機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-47「己が旗を掲げろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍によるアシハラ侵攻が開始されて、既に数時間が経過しようとしていた。

 

 その間に行われたザフト軍の攻撃は、特殊部隊フリューゲル・ヴィントを初めとしたオーブ軍の巧みなゲリラ戦術にあい、悉く撃退されている。

 

 業を煮やす形で実施された第2次攻撃には、要塞直掩部隊を除く全部隊が投入され、複雑なデブリ帯の中をアシハラ目指して進んでいる。

 

 その中にはレヴォリューションを先頭にしたヴェステンフルス隊や、アスランが駆るインフィニット・ジャスティスの姿もあった。

 

 だが、出撃してかなりの時間が経っていると言うのに、彼等はまだ行程の半ば程度しか進んでいない。

 

 これには理由があった。

 

 第1次攻撃隊は迷宮のように複雑な地形のデブリ帯内部で陣形を分断され、そこを特機を中心としたオーブ軍に襲撃される形で敗退している。

 

 その戦訓を踏まえ、第2次攻撃隊は慎重にも慎重を重ねて進んでいた。

 

 進撃する主隊の前面には少数の部隊を配置して前路警戒に当たらせて、不意に敵が出現するのに備え、進撃路の選定と確保を慎重に行った末に前へ進む、という地味な作業を繰り返しての進軍だった。

 

 着実に前へは進んではいる。ただし、広大なデブリ帯をゆっくり進んでいる為、進撃にあまりにも時間がかかりすぎているのだ。もっとも、そのおかげで、オーブ軍から奇襲を食らう可能性は極限で来ているのだが。

 

 こうして、ゆっくりと、しかし確実にザフト軍はアシハラに近付いていく。

 

 とにかく、敵がどの方向からどのように出て来るのか判らないのである。進撃するザフト兵士達の中には、緊張と恐怖で震え出しそうな者すらいた。

 

 それでもどうにか彼等は恐怖を押し殺して進撃し、アシハラまであと僅かと言うところまで来ている。今回はザフト軍の規模を警戒したのか、途中でオーブ軍の迎撃を受ける事も無く、ここに至るまでに犠牲者は出ていない。

 

 ただそれだけに、オーブ軍はアシハラ周辺で守りを固め、ザフト軍を待ち受けている可能性は充分にあった。

 

 勝負はこれから。アシハラが見える位置まで行けば、激しい迎撃があると予想された。

 

 一同が固唾を呑んで進撃する中、

 

 ついにデブリの向こうに、目指す人口構造体が姿を見せ始めた。

 

 虚空に浮かぶ、巨大なステーション。

 

 大小数々の発着場と、それらを統括する管制ブロック。いくつもの艦艇や機動兵器を収容する格納庫ブロック。その他、長期滞在を目的とした居住ブロックや娯楽設備を整えた宇宙の大都市。

 

 多くのザフト軍人が初めて見る事になる、オーブが世界に誇る巨大宇宙ステーションの姿である。

 

《あれがアシハラ・・・・・・》

《結構、デカいな》

 

 ザフト兵士達の間で、感嘆交じりの声が聞こえてくる。

 

 普段、遥かに巨大なコロニーに住んでいる彼等にとっても、アシハラはちょっとした要塞級に巨大な代物である。

 

 先の大戦では地球連合軍によって一度は国を滅ぼされたオーブが、ほんの僅かな期間でこれほど巨大な拠点を宇宙に建設してしまうとは、誰にも想像できなかった。戦後いかに、オーブ人達が不屈の努力と勤勉を重ねたかが分かる。

 

 とは言え、いつまでも感嘆に耽っている事も出来ない。こうしている間にも、いつオーブ軍の攻撃が開始されるかわからないのだ。

 

 直ちに散開し、攻撃陣形を展開するザフト軍。

 

 アシハラまでザフト軍を引き付けて、一気に殲滅するのがオーブ軍の作戦なのだろうが、これだけの大軍を前にして、少数のオーブ軍にできる事などたかが知れているはず。

 

 ザフト軍の誰もがそう思っている。

 

 やがて、陣形の再編を完了したザフト軍は、ゆっくりとアシハラへ接近していく。

 

 もう間も無く戦端が開かれる事になる。そして、今度こそ最後の戦いになるはずだった。

 

 だが、

 

 奇妙な事が、起こっていた。

 

 初めに違和感を覚えるようになったのは数人だが、やがて多くの者達が、その異変に気付いて戸惑いはじめる。

 

《こいつはどういう事だ?》

 

 ジャスティスのすぐ隣を飛ぶレヴォリューションから、ハイネの訝るような声が聞こえてくる。彼もまた、自分達を取り巻く異常性に気付いたのだろう。

 

 敵が、現れないのだ。

 

 既にアシハラは至近距離にまで迫っている。一部の部隊は、攻撃可能圏内にまで接近しているくらいだ。

 

 にもかかわらず、反撃の砲火はおろか、1機のオーブ軍機の姿すら見る事はできない。

 

 アシハラの方でも、異常を感知して動き出すと言う気配は無い。目の前に浮かぶ巨大ステーションは、まるで誰もいない蛻の殻であるかのようだ。

 

 そう、誰もいない・・・・・・

 

「ッ!?」

 

 そこで、

 

 アスランは気付いた。

 

「全機、攻撃中止ッ 反転するんだ!!」

《お、おい、アスラン、どうしたんだよ?》

 

 突然叫んだアスランに対し、傍らのハイネが訝るように尋ねてくる。

 

 が、それに構わず、アスランは回線をオープンにして叫ぶ。

 

「全機反転!! 急いで艦隊に戻れ!!」

 

 逡巡している暇はない。完全に一杯食わされた。

 

 恐らく、オーブ軍は今頃・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 出し抜けに吹き抜けた無数の閃光が、メサイアを取り巻くように航行するザフト艦を捉え、撃ち抜いていく。

 

 まさか!? と誰もが思う。

 

 前線はデブリ帯の中、艦隊からは大きく離れたアシハラ近辺のはずだ。

 

 現に激しい抵抗を食らい撃退された第1次攻撃隊と違い、第2次攻撃隊はろくな抵抗を受ける事無く、アシハラ近傍まで攻め込む事に成功している。これはオーブ軍が、デブリ帯での迎撃を諦め、守りを固めたためだと思われた。

 

 誰もが、オーブ軍が自ら打って出てくる可能性など考えもしなかった。自分達が攻め込んでオーブ軍が守る、という構図を完璧に思い描いていたのだ。

 

 だが、今まさに、虚空を航行するザフト艦隊に向けて、オーブ艦隊はほぼ全部隊でもって襲い掛かろうとしていた。

 

「名付けて、『コズミックイラ版空城(くうじょう)の計』、かな?」

 

 武蔵艦橋に座乗するユウキは、少しおどけた調子で言った。

 

 ユウキがバルトフェルドと共同で立てた作戦はこうだった。

 

 ザフト軍がアシハラ攻略を目指してくるなら、向こうから攻略の部隊を派遣してくるはず。しかし、アシハラ周辺の正確な宙域図を持たないザフト軍は、まず威力偵察を兼ねた部隊を先に送り込んでくると思われた。

 

 そこでオーブ軍は、敵の最初の一撃に対しては激しく抵抗してみせる。まずは自分達には抵抗の意志があり、その為の力もあるのだと言う事を見せ付ける為だ。

 

 オーブ軍のおおよその戦力を把握したザフト軍は、今度は主力軍を派遣してくるはず。

 

 本当の作戦はここからである。

 

 進撃するザフト軍の主力を、無人のアシハラを使って引き付けるだけ引き付け、その間にオーブ軍主力は迂回路を使って敵艦隊の前面に出現し、一気に本丸に総攻撃を掛けるのだ。たとえ迂回路を使っても、地の利を得ている分、オーブ軍の方がザフト軍より早く行動できるのは必定だった。

 

 慎重に慎重を重ねてデブリ帯を進撃したザフト軍主力が見る物は、蛻の殻のアシハラと言う訳である。

 

 これには、敵が万が一、ネオジェネシスの発射に踏み切った場合の措置も含まれている。そうなった場合、もしオーブ軍がアシハラに立て籠もったままでいたら、一網打尽にやられてしまうだろう。その為にオーブ軍は自分達の所在をギリギリまで秘匿した上で、一気に打って出たのだ。

 

 作戦開始に先立つ会議の場で、ユウキはバルトフェルドをはじめとしたオーブ軍将校達の前で言った。

 

『今回の戦い、まともな戦力同士のぶつかり合いでは、オーブ軍に勝機はありません』

 

 それは先のダイダロスの戦いで壊滅的な損害を被った事に起因する。あの敗北が無ければ、オーブ軍はまともな艦隊戦を挑む事も不可能ではなかったのだが。

 

 しかしこうなってしまった以上、正面からのぶつかり合いはオーブ軍にとっては不利以外の何物でもない。

 

『今回の戦いで、僕達に勝機があるとすれば、それはたった1つ・・・・・・』

 

 総攻撃を開始するオーブ軍宇宙艦隊。

 

『プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの、首を取る事だけです』

 

 各艦艇は熾烈な砲撃を開始し、デッキからは次々とモビルスーツ隊が発進していく。

 

 それはエターナルとアークエンジェル。フリューゲル・ヴィントの母艦となっている2隻においても同様であった。

 

「それじゃあ、行ってくるぜ」

 

 アークエンジェルの格納庫で、まず発進しようとしているのはネオが駆るアカツキである。背中には7基のドラグーンを装備したシラヌイパックを装備している。

 

 ネオはフリューゲル・ヴィントの隊長を務めており、今回の任務は敵機への攻撃よりも全体の指揮や、母艦の守備が主となる。防御力の高いアカツキにはうってつけの任務と言えるだろう。

 

 そのコックピットモニターの中では、不安そうなマリューの顔が映っている。

 

《その・・・・・・気を付けてね》

 

 躊躇いがちに言うマリューに対して、ネオは力強く笑って見せる。

 

 何度見ても良い女だ。こんな女が待っていてくれるなら、自分は地獄の底からだって戻ってきてみせる。何度でも。

 

「大丈夫、俺はちゃんと帰って来るさ。勝利と共にね」

 

 そう言って、機体をカタパルトデッキに進ませる。

 

「ネオ・ロアノーク、アカツキ、出るぞ!!」

 

 黄金の機体が、虚空を照らして出陣する。

 

 それに続いて発進しようとしているのは、背に8枚の翼を従えた機体だ。

 

 そのコックピット内で、キラは振り返って後席のエストを見る。

 

「エスト、頼むよ」

「はい、キラ。あなたの事は、私が守ります」

 

 口調は淡々と、しかし最大限の思慕の想いを込めて、エストは頷く。

 

 お互いの事を誰よりも理解し、愛し会っている2人に言葉はいらない。ただ、相手を信じて戦うだけである。

 

「キラ・ヒビキ」

「エスト・リーランド」

「「ストライクフリーダム行きます!!」」

 

 虚空に打ち出されると同時に、蒼翼の熾天使は8枚の翼を広げて飛翔していく。

 

 一方、もう1隻のエターナルでも、2機の機体が発進準備を進めていた。

 

 事実上、この部隊の象徴とも言うべき少女は、真実の名を冠した機体の中で、発進の時を待っている。

 

《無理をするんじゃないぞ、ラクス》

 

 エターナルの艦長席に座るバルトフェルドから、忠告めいた声が届く。

 

《お前がやられたら、元も子も無いんだからな》

「判っています」

 

 対してラクスは、穏やかな口調で答える。

 

「しかし、今は無理をしなければならない時。ならば、わたくしだけが、身の安全を求めるわけにはまいりません」

 

 そう言うとラクスは、機体をカタパルトデッキに進ませた。

 

 事この段に至って、ラクスは自分1人の命を厭う気はない。否、たとえここで自分の命が失われようとも、必ずカガリが後を継ぎ、平和な世界を造り出してくれるはず。

 

 だからこそラクスは、後顧の憂いを全て気にせずに戦いに赴く事ができるのだ。

 

「ラクス・クライン、トゥルース、参ります!!」

 

 その姿は、正にもう1機の蒼翼の熾天使と言うべきであろう。

 

 トゥルースは大剣を背に負い、飛び立っていく。その背後からは、忠実な猟犬の如く付き従う3機のドムトルーパーが続いた。

 

 そしてさらに1機、飛び立とうとしている機体がある。

 

「マユ、準備は良いな?」

 

 自身もシステムのチェックをしながら、シンは尋ねる。

 

 先の前哨戦でも、損傷らしい損傷は受けなかった。フェイトはまだまだ全力発揮可能な状態である。

 

「こっちは準備完了。いつでも行けるよ!!」

 

 背後から聞こえてくる妹の頼もしい声に、シンも頷く。

 

 宇宙のどこを探しても、これを程息の合った2人も珍しいだろう。

 

 シンとマユ。2人揃えば、まさしく最強と言って良かった。

 

 頷き合う2人。

 

 全ての準備は整った。あとは飛び立つだけである。

 

「シン・アスカ」

「マユ・アスカ」

「「フェイト、行きます!!」

 

 全ての人の希望を乗せて、宿命の戦天使が飛び立つ。

 

 これが、正に人類の未来を掛けた、最終決戦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍の奇襲攻撃を受けたザフト軍は、一時的な混乱に陥っていた。

 

 今まさに自分達が敵を攻めている状態だと考えていた彼等にとって、まさかオーブ軍が攻勢に出て来るとは、想像の埒外だったのだ。

 

 オーブ艦隊からの熾烈な砲撃の為に、ナスカ級戦艦やローラシア級戦闘母艦で構成されたザフト艦隊の陣形は乱れ、一部は旗艦ゴンドワナ周辺にまで砲火が及ぶ。

 

 しかし、元々は集団戦よりも個人戦技に優れるザフト軍である。一部の部隊は危急に際してすぐさま体勢を立て直し、反撃に出ていた。

 

 ミネルバの姿もその中にある。

 

 艦隊が攻撃を受け、前衛部隊の陣形が乱れたと見るや、タリアは直ちに艦を前進させ、味方を掩護できる位置に陣取ったのだ。

 

 同時に、艦載機の発進命令も下した。

 

 そのカタパルトデッキの上で、アリスの乗るデスティニーは発進準備を終えて命令を待っていた。

 

「・・・・・・シン・・・・・・マユちゃん・・・・・・カガリ・・・・・・」

 

 オーブで出会った友人達。

 

 彼等はきっと最後まで諦めないだろう。デスティニープランを阻止し、今ある世界を守る為に命尽き果てるまで戦うはずだ。

 

 それに対してアリスは、デスティニープランを擁護し、推進する側としてこの戦いに参加している。

 

 矛盾している。と思った。

 

 アリスは、心の底からデスティニープランの導入に賛成しているわけではない。いかにレイに議長への忠誠を吹き込まれ、プランの利点を説かれたとしても、納得できない物は納得できなかった。

 

 それなのに、デスティニープランを守る為に戦おうとしている。これが矛盾でなくてなんだろう。

 

 自分の中に根付いている迷い。

 

 こんな状態で、あの強敵、シンとマユが駆るフェイトと戦えるかどうか。

 

 だが、状況はアリスを待ってはくれない。

 

 カタパルトデッキに灯が入り、否が応でも発進準備が整う。

 

 顔を上げるアリス。

 

 もはや、ここまで来てしまった。ならば全ての迷いを飲み込んで、飛び立たねばならなかった。

 

「アリス・リアノン、デスティニー行きます!!」

 

 虚空に飛び立つ、運命の堕天使。

 

 赤き翼は鮮血の如く染まり、少女のこれまでの道のりが、如何なるものであったかを示しているかのようだった。

 

 だが、いったん戦場に出たのなら、アリスはもう迷いはしない。

 

 己の内に抱えた物全てを振り払うように、突撃していくデスティニー。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ビームライフルを抜き放ち斉射。

 

 向かってくるムラサメを、片っ端から撃墜していく。

 

 近付こうとしてくる敵に対しては、アロンダイトを抜き放って逆に斬り掛かる。

 

 残像を残しての突撃。

 

 照準を狂わされたオーブ軍機の攻撃は、成す術無く空を切る。

 

 デスティニーの大剣が旋回するたびに、ムラサメは胴を、首を斬り飛ばされ、あるいは真っ向から真っ二つにされて爆散する。

 

 ザフト最強の実力を誇る少女を前に、並みの兵士など路傍の石も同然でしかなかった。

 

 

 

 

 

 オーブ軍の奇襲攻撃を受け、ジュール隊とエルスマン隊もまた全力出撃を行っていた。

 

 ともかく、この場は戦わなくてはならない。

 

 議長への疑惑や、デスティニープランへの不信感など様々な問題を内包している状態ではあるが、全ては後の事だ。今は戦って勝たない事には、真相を究明する事も、議長に真偽を問う事もできなかった。

 

 イザークとディアッカのグフをそれぞれ先頭に、両部隊は迎撃位置に着くべく、それぞれ進んでいく。

 

 その中には、アキナとルインが駆るアドラー、ファルケの姿もあった。

 

「アキナ、行くぞ!!」

《了解。いつでも良いよ!!》

 

 呼吸を合わせる2人の若きエース達。士官学校以来、ともに戦場で戦ってきた2人は、互いの呼吸を誰よりも理解している。

 

 アドラーとファルケの前面に、スクリーミングニンバスの赤い幕が張られる。

 

「「ツインバードストライク!!」」

 

 交差するような機動を行いながら飛翔する鷲と鷹の2機。

 

 ファルケのオルトロスによる砲撃を受けて、ムラサメ2機が一度に吹き飛ぶ。

 

 更にそこへ、押し込むようにアドラーがエクスカリバーを構えて突撃、正面からオオツキガタを袈裟懸けに斬り飛ばした。

 

 反撃しようと砲火を集中するオーブ軍。

 

 しかし、高い機動性に加えてスクリーミングニンバスによる防御力を備えた2機を前に、並みの攻撃で歯が立たない。

 

 逆に攻撃を食らい、撃墜する機体が続出する。

 

 その2機に続くように、ジュール隊とエルスマン隊も突撃を開始する。

 

《本当に良いんだな、イザーク?》

 

 確認するように、ディアッカは尋ねる。

 

 事この段になった以上、もはや後戻りはできない。今は戦うしかないのは判っているのだが、自軍の正義を疑った状態で戦うのは難しいのも、また事実だ。

 

「やるしかなかろう。今はただ!!」

 

 叩き付けるように叫ぶイザークの言葉は、ディアッカに対する返事と言うよりも、心に迷いがある己への叱咤のようにも聞こえる。

 

 それに対して、ディアッカもフッと笑みを浮かべる。

 

 相棒がそこまで言うのなら、もはや何も言うまい。あとは自分達の務めを果たすのみだった。

 

「行くぞ!!」

《おお!!》

 

 掛け声とともに、突撃を開始する2機のグフ。

 

 それに続いて、ジュール隊とエルスマン隊の各機も混沌の戦場へ突撃していった。

 

 

 

 

 

 オーブ艦隊とザフト艦隊の間で激しい砲火の応酬が繰り広げられる間を、両軍の機動兵器が次々と軌跡を描いて飛翔し、砲火を浴びせあう。

 

 オーブ軍の奇襲攻撃により、一度は戦線を崩されかけたザフト軍だったが、とにかく数は多いため、やがて後続部隊が戦線に加入するに至り徐々に体制を立て直しつつあった。

 

 オーブ軍もフリューゲル・ヴィントを中心に激しく攻め立ててはいるが、ザフト軍の強固な防衛ラインに阻まれて、進撃は停滞気味になっていた。

 

 メサイアにも、移り変わる戦況の報告が次々ともたらされていた。

 

「みな、頑張っているようだね」

 

 戦況報告を聞きながら、デュランダルは余裕を持った声で呟く。

 

 今のところ、メサイアまで砲火が届く事は無い。全て、前線のザフト軍によってオーブ軍の攻勢は阻まれていた。

 

「オーブ軍もなかなか巧い手を使う物だが、この分で行けば防ぎきれるかな?」

「はい。前線の部隊はよくやっていると思います」

 

 デュランダルの問いかけに答えながら、イレーネはタリアの事を思う。

 

 親友でもある女性艦長は、オーブ軍の奇襲で前衛艦隊が混乱すると見るや、すぐに艦を突出させて援護に向かった。

 

 とっさの判断はさすがと言うべきだろう。彼女の判断のおかげで、オーブ軍は当初の勢いが鈍り始め、逆にザフト軍は体勢を立て直しつつある。

 

 いかにシン・アスカ、キラ・ヒビキ、ラクス・クラインと言った一騎当千のパイロットを抱えているとはいえ、少数のオーブ軍で大軍を破るのは容易ではないはずだ。

 

 それにしばらく攻勢を支える事ができれば、デブリ帯の中に入っていった主力隊が戻ってくるはず。

 

 時間はザフト軍の味方だった。

 

 この戦い、勝てる。

 

 誰もがそう思った時だった。

 

「後方に、新手が接近!!」

 

 オペレーターの発した一言が、ザフト軍勝利に傾き掛けた状況を強引に引き戻す。

 

 馬鹿なッ

 

 イレーナは目を剥く。

 

 ダイダロスであれだけの大損害を食らって、オーブ軍にはまだ、別働隊を組織できるだけの余力があったと言うのだろうか?

 

 だが、オペレーターの報告は、その予測を裏切るものだった。

 

「識別信号、および熱紋確認、アガメムノン級3 ネルソン級8 ドレイク級22、他、アンノウン1!!」

 

 その報告が、後方に現れた相手が何者であるかを如実に表している。

 

「地球連合軍です!!」

 

 まさか!?

 

 このタイミングで!?

 

 この出現を予想できた者など、誰もいなかっただろう。

 

「地球連合軍・・・・・例の、追撃を振り切って行方をくらました連中だな」

「恐らく・・・・・・まさか、このタイミングで姿を現すとは予想外でした」

 

 イレーナは悔しさを滲ませて言う。

 

 ダイダロス戦の後、一部の部隊がザフト軍の追撃を振り切って何処かに姿を消した事は知っていた。しかし、数はそれほどでもないし、何より既に地球軍の指揮系統は壊滅している。彼等が打って出る事はありえないと考えていた。

 

 だが違った。彼等の監視を、もっと強化すべきであった。

 

 現在、主力軍がアシハラ方面に向かったせいで、メサイア周辺は手薄になっている。それでもオーブ軍か地球連合軍、どちらかを相手にするのなら十分な戦力は残しているのだが。流石に、双方を同時に相手取ると不覚を取る場合もあり得た。

 

「申し訳ありません議長。このような事になるとは・・・・・・」

 

 デュランダルに対して頭を下げるイレーナ。完璧に思えたザフト軍の戦略が、ここに来て綻びを見せ始めていた。

 

 対してデュランダルは、鷹揚に頷いて答える。

 

「なに、構わん。まだ負けた訳ではあるまい」

 

 確かに、状況は圧倒的ではないにしろ、ザフト軍に不利に働き始めている。しかし、状況は変わっていない。主力軍が戻ってきさえすれば、いくらでも逆転できるのだ。

 

 イレーナは決断する。

 

 この上は、失態は自らの手で取り返すしかない。

 

「では議長、私も出ようと思います」

「君もか?」

 

 デュランダルは、少し驚いたように言う。この状況で、イレーナが出撃するとは思っていなかったのだ。

 

 だが、イレーナは断固たる口調で言う。

 

「はい。戦場では何が起こるか判りませんので。私も出撃し、守りを固めたいと思います」

 

 そう言って、イレーナは出撃するべく踵を返す。

 

 自分はデュランダルの剣。

 

 たとえ彼が自分を愛してくれなくても、自分は彼自身と、その理想を守る為に、この身を一振りの剣にして戦うのみだった。

 

「イレーナ」

 

 そんなイレーナの背中に、デュランダルは静かに声をかけた。

 

 足を止めるイレーナ。僅かに振り返って見てみれば、デュランダルは彼女を見ずにモニターに目を向けている。

 

 だが、声だけはイレーナに向けて言った。

 

「死ぬんじゃないぞ。君にはまだまだ、これからいくらでも働いてもらわなくてはならんのだからな」

「・・・・・・心得ています」

 

 そう返すとイレーナは、今度は足を止めずに出て行く。

 

 これで良い。

 

 あのデュランダルの言葉。

 

 あれを聞けただけで、イレーナは自らの命が尽き果てるまで戦う事ができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイモンド・クラークに率いられた地球連合軍艦隊が、戦場に到着したのは、オーブ軍とザフト軍の戦闘が終結してから数時間が経過した頃だった。

 

 既に両軍は激しく砲火の応酬を繰り返しており、クラーク艦隊はその只中に飛び込んだような物である。

 

「出遅れたか・・・・・・しかしまあ、タイミング的には逆に良い感じかな」

 

 旗艦ガーティ・ルーの艦橋で戦況モニターを眺めながら、クラークは呟く。

 

 彼の予定では、戦闘開始直後に戦場に乱入し、ザフト軍を背後から叩く作戦だったのだが、バックヤードから戦場まで距離がありすぎて、予想外に時間がかかってしまった。

 

 しかし、それが却って良い結果を生む事になった感がある。オーブ軍の作戦に翻弄されたザフト軍の防衛線は手薄になっている。今ならメサイアに強襲を掛ける事ができるかもしれない。

 

「宜しいですね、提督?」

「ああ、始めてくれ」

 

 尋ねてきたイアンに、クラークは気負った様子も無く答える。

 

 どのみち、ここまで来たのだ。あとはやるだけだった。

 

「全艦隊、砲撃開始。モビルスーツ隊、発進はじめ!!」

 

 イアンの命令を受けて、砲門を開く地球連合軍。

 

 更に各艦の格納庫からは、待機していたウィンダムが、ダガーが、ザムザザーが次々と発進していく。

 

 そして、ガーティ・ルーの格納庫では、ラキヤのストームとスティングのカオスも発進準備を整えていた。

 

《いよいよだな》

「そうだね」

 

 スティングの言葉に、ラキヤは頷きを返す。

 

 普段モビルスーツに乗る時、ネオに倣ってパイロットスーツを着る事が無かったラキヤだが、今回はきちんと着こんでコックピットに座っている。

 

 ここに至る道のりは長く、そして失った物はあまりに多い。それらの多くは、もはや取り戻す事はできないだろう。

 

 ただ一つ、彼等は自分達が取り戻した「地球連合軍」としての誇りだけを胸に、これから戦いに赴く事になる。

 

《なあ、ラキヤ・・・・・・今までありがとうな》

「急にどうしたの?」

 

 スティングが突然言ってきた言葉に、ラキヤは苦笑とも戸惑いともつかない言葉を返す。

 

《別に。何となくだよ。これが最後みてえだし、今のうちに言っとこうと思っただけだ》

 

 その返事に、ラキヤは微笑を浮かべる。

 

 どうやら、スティングなりに、今回の出撃には思う事があるみたいだ。

 

「僕の方こそ、今までありがとう。君やアウル、ステラや大佐がいたから、僕はここまでやって来れたんだ」

 

 ボアズ戦の後で捕虜となり、半ば強制的な地球軍入隊、そしてファントムペインとして表沙汰にできないような数々の作戦に参加してきたラキヤ。

 

 そのろくでもない地球軍での生活の中で、ロアノーク隊で戦った一時だけは、心の底から充実していたと言える。

 

 彼等がいたから、今の自分がある。それはラキヤにとって、確信を持って言える事だった。

 

《死ぬなよ、ラキヤ》

「スティングもね」

 

 互いの友情と共に、出撃の時を迎える。

 

「ラキヤ・シュナイゼル、ストーム行きます!!」

 

 コールと共に、虚空へと打ち出されるストーム。

 

 同時に、スラスターがX字の噴射炎を翼状に形成する。

 

 飛び立つとすぐに、ザフト軍のグフやザクが向かってくるのが見える。

 

「行くよッ!!」

 

 言い放つと同時に、ラキヤはストームを加速させる。

 

 手にしたレーヴァテインを斉射、次々とザフト軍機を撃ち抜いていく。

 

 更にラキヤが機体を操作すると、ストームの肩から2基、背部から4基、合計6基の小型ユニットが射出される。

 

 スマートドラグーンと呼ばれる、ストームの追加武装である。

 

 これは元々あったストームの火力強化用武装だが、開戦当初はインターフェイスの開発が間に合わず、長らく搭載を見合わせていた物である。しかしその後、カオスのデータを得た事で、使用可能になったのだ。

 

 展開する6基のドラグーン。

 

 それらが一斉に砲撃を開始し、前方に展開しようとしてオルトロスを構えていたザクを、あっという間に撃破していく。

 

 更に、敵の中枢深くへ進撃していくストーム。

 

 その視線の先には、オーブ軍とザフト軍が入り乱れる混沌の戦場が展開されていた。

 

 

 

 

 

 パイロットスーツに着替えたイレーナは、自らの愛機の場所へと向かう。

 

 彼女の機体は、デスティニーやレジェンドと同時期に開発した機体だが、それらの機体とは大きな相違点が存在している。

 

 それは顔。デスティニー等のセカンドステージシリーズは、2本以上のブレードアンテナとツインアイが特徴だが、この機体は額に1本のアンテナがあり、「目」に当たる部分も、ツインアイではなく、ザクやグフと同じモノアイだった。

 

 ツインアイではなくモノアイを選んだ理由は、元々、イレーナはツインアイ系の機体操縦に慣れていない事が上げられる。使い慣れないシステムよりも、自身で使い慣れた物を選んだわけである。

 

 コックピットへ続くキャットウォークの前で、イレーナはふと足を止める。

 

 自分の愛機の隣に佇んでいる機体の前に、誰かが立っている事に気付いたからだ。

 

 ヘルメットで顔を覆っている為、素顔を伺う事はできない。しかし、イレーナにはそれが誰か、すぐに判った。

 

 その人物の前に立つと、立ち止まって互いに見つめ合う。

 

「オーブ軍に続いて地球軍まで姿を現し、状況は予断を許されません」

 

 イレーナの言葉を、相手は黙って聞き入っている。

 

「しかし、ここを凌げば勝機はあります。議長が目指す未来を勝ち取る為、互いに力を尽くしましょう」

 

 イレーナの言葉に対し、相手はヘルメット越しに頷きを返した。

 

 その背中を見送り、イレーナも自分の機体を立ち上げる。

 

 この機体に乗り込むのは、これで2度目。

 

 もっとも、前回のアルザッヘル攻略戦の時は、殆どの敵が無抵抗に近かった為、本格的な実戦投入はこれが最初と言う事になる。

 

 だが、恐れるべき物は何もない。

 

 この先には、デュランダルが作る素晴らしい未来が待っている。その未来を守る為に、自分は剣を振るうだけだ。

 

「イレーナ・マーシア、ジャッジメント、出撃します!!」

 

 コールと共に要塞から飛び立つ、審判の名を持つ機体。

 

 その手にあるのは、デスティニーのアロンダイトすら上回る巨大な対艦刀。あまりに巨大である為、モビルスーツのパワーだけでは振り回す事ができず、剣先に近い峰の部分には数基のブースターが取り付けられている。

 

 22・56メートル対艦刀デュランダル。

 

 モビルスーツの携行武装としては、間違いなく地球圏で最大の大きさを誇っている。刀身の長さ、身幅、肉厚、重量、どれをとっても常識外の大きさである。あまりに巨大である為、ハードポイントに収納する事ができず、ジャッジメントは出撃の際には、常に手に持って出る事になる。

 

 そのデュランダルを振り翳し、ジャッジメントは飛翔する。

 

 ザフト軍の新手を前にして、ムラサメ隊が立ちはだかろうと寄ってくる。

 

 だが、

 

「どきなさい!!」

 

 突撃と同時に、ブースターに点火。

 

 巨大な剣を振り下ろす。

 

 破断。

 

 余りの大質量をぶつけられた為、標的となったムラサメは斬り裂かれる前に、内部骨格を叩き潰されて砕け散ってしまった。

 

 戦慄すべき威力である。

 

 ジャッジメントが大剣を振り回すたびに、確実にオーブ軍は数を減らしていく。

 

 まるで、それ自体が一個の暴風である。

 

 その進撃を止め得る者は、誰もいなかった。

 

 皆、それぞれに信じる者の為、戦場に己を投じていく。

 

 戦いは、いよいよもって、混沌の様相を呈しようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-47「己が旗を掲げろ」      終わり

 


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