機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-46「アシハラ侵攻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙ステーション・アシハラはオーブが戦後になって完成させた一大宇宙拠点である。

 

 その収容能力は3個艦隊におよび、その他に民間用の発着ステーションも備えた、まさにオーブの宇宙における玄関口の一つと言える。

 

 ただ地理的条件としては、デブリ帯の奥にあり周囲の航路は限定された物となっている。それ故に、必ずしも交通の便が良いとは言えなかった。

 

 しかしその分、軍事拠点として見た場合のアシハラの価値は計り知れない物がある。

 

 まず、大艦隊を収容できるため、宇宙における長期の軍事行動に支障が無い。宇宙に拠点が少ないオーブとしては、艦隊を維持するうえでも重要である。

 

 更に、当然の事だが、デブリ帯の奥にある為、大軍でもっての侵攻は困難を極める。この点、常に物量不足に悩まされ続けてきたオーブ軍にとっては、大きなアドバンテージになる。これは先の内戦中、大艦隊でもって侵攻を企てたセイラン艦隊を撃退した事からも、その片鱗が伺える。

 

 宇宙空間における天然の要害を利用した一大拠点。それがアシハラだった。

 

 オーブ軍は現在、このアシハラに全戦力を集結させてザフト軍と対決する姿勢を示している。

 

 まさにオーブの命運は、アシハラを守り切れるかどうかの一点に掛かっていると言っても良かった。

 

「何とも、厄介な場所に拠点を築いてくれたものだな、オーブも」

 

 モニターを見ながら、デュランダルは唸るように呟いた。

 

 現在、彼が座乗する機動要塞メサイアを中心としたザフト艦隊は、アシハラのあるデブリ帯の手前まで進軍している。

 

 その周囲には要塞空母ゴンドワナをはじめとしたザフト艦隊が取り巻き、アシハラ包囲網を展開していた。

 

 しかし、ここからは迂闊に攻め込む事もできない。

 

 ここから先、メサイアで侵入するにはデブリが多すぎる。戦艦程度なら侵入できなくもないが、メサイアやゴンドワナはあまりに大きすぎて、侵入経路を確保できないのだ。

 

 加えて今回、メサイアの切り札とも言うべきネオジェネシスの使用も、二つの理由から制限されている。一つは、多くのデブリが邪魔をして、照準に必要な目標の座標データが得られないのだ。どんな武器でも、使用する際には目標を定めロックオンする必要があるが、デブリ帯の奥深くにあるアシハラは如何なるセンサーをもってしても、デブリの外からでは捕捉できない。

 

 更に、照準データの問題をクリアできたとしても、もう一つの問題が残っている。こちらはより深刻な問題だが、メサイアのいる場所からネオジェネシスでアシハラを撃つと、その背後にある地球も直撃してしまう。そうなると、大気中にガンマ線が放射され、地球に深刻な被害を与える事になる。

 

 既に支配体制を確立しつつあるデュランダルとしては、万が一にも地球を誤射してしまう訳にはいかない。撃つなら少なくとも、射線から地球が外れる位置にメサイアの座標を移動する必要があった。

 

 本来ならダイダロス基地を陥落させた時点で、レクイエムを接収するはずだったのだ。あれならば、ネオジェネシス以上に精密な射撃ができるし、着弾地点以外への影響も少なくて済む。仮に地上を狙い撃ったとしても、被害は着弾点とその周辺に留まっただろう。

 

 しかしレクイエムはオーブ軍に破壊され、接収も失敗した。技術班の話では、砲本体はもとより、発射機構も根こそぎ破壊されたため、修復はほぼ不可能との事である。

 

 その為ザフト軍はわざわざこうして、大軍でもって攻め寄せる事態になっていたのだ。

 

 ザフト軍にとって、アシハラはオーブを攻める上でどうしても陥としておきたい。基本的に自給自足の態勢を確立しているプラントだが、それでもいくつかの資源物資は地球からの輸入に頼っている。

 

 もし万が一アシハラを無視して素通りしたら、オーブ軍は地球からプラントを目指す輸送船を的にして通商破壊戦を仕掛ける事も考えられる。そうなると、プラントは宇宙空間で干上がってしまう。

 

 オーブを攻めるなら、まずはアシハラを陥とす。それが大前提だった。

 

「議長、全軍、配置完了しました」

 

 イレーナが、いつも通りの報告を上げる。

 

 もはや残っているオーブ軍の戦力はたかが知れている。これだけの大軍で攻めれば、宇宙ステーションくらい、陥とせないはずが無かった。

 

「始めてくれ」

 

 厳かに宣言するデュランダル。

 

 それを受けて、ザフト軍は進撃を開始する。

 

 次々と、デブリ帯の中へ入り、その姿を消していくモビルスーツ隊。彼等の任務は抵抗勢力の排除の他に、アシハラの座標位置を見付けてビーコンを打ち込む事でもある。座標さえ判れば、黙視できなくてもネオジェネシスで薙ぎ払う事ができる。

 

 出撃していくザフト軍の勇壮な様子を見て、デュランダルはほくそ笑む。

 

 間もなくだ。間も無く全てが終わり、そしてデスティニープランが施行される事によって、新しい時代が到来する事になる。

 

 その為の準備は、既に進めてある。このメサイアの大型コンピューター内には、地上で採取したデータがサンプルとして保管されている。いずれは全人類のデータが、この要塞に集められる事になるだろう。そしてそれを基にして、デスティニープランは実行される事になるのだ。

 

 遺伝子によって全てを管理され、争いの無い平和な時代が、もう間もなくやってこようとしているのだ。

 

 この流れは、もはや止める事かなわない。たとえラクス・クラインであろうと、カガリ・ユラ・アスハであろうと。

 

「私はちゃんと言ったはずだがな。これは人類の存亡を掛けた、最後の防衛策だと」

 

 進撃するザフト軍を、冷たい目で見送りながら、デュランダルは呟く。

 

「なのに敵対すると言う事は、それは『人類の敵』と言う事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デブリ帯の中は、複雑に入り組んだ迷路のようになっている。

 

 その日の状況や重力の関係で微妙にデブリの位置が変わる場合もあるので、未だに精密な航路図が作られるには至っていない。

 

 それでもどうにか、周辺宙域限定の航路図を持っているのはオーブ軍くらいのものだろう。彼等は付近航行用として、常にデブリの観測、航路の策定を行っているはずだから。

 

 そんな不案内なデブリの中を縫うように、ザフトの大軍が進撃していく。

 

 周囲には大小の隕石や、過去の戦いや事故で破壊された宇宙船やシャトルの残骸が散乱しており、レーダーはまるで役に立たない。熱紋センサーと、カメラ等の光学センサーだけが頼りだった。

 

 一歩間違えば大事故にもつながりかねない行軍だが、宇宙での作戦行動に慣れているザフト軍は、難なくデブリを回避して進撃する。

 

 しばらく進むと、彼等の前に一際大きな隕石が前方に見えてくる。

 

 その隕石を迂回しようと、ザク部隊が旋回しかけた。

 

 次の瞬間、

 

 突如、虚空から走った無数の閃光が、ザクの腕や頭部を、次々と撃ち抜いていく。

 

《て、敵だァ!!》

《応戦しろ!!》

 

 飛んでくるビームに対し、砲門を開くザフト軍部隊。

 

 しかし、ビームはまるで虚空を舞うように、四方八方から次々と射かけられる。

 

 ザフト軍部隊も応戦しようと火器を振り立てるが、殆ど目隠しされている状態で反撃しているような物なので、反撃にも手ごたえが一切感じられない。

 

 そのうち、攻撃は更に熾烈さを増し、ザフト軍機を片っ端から薙ぎ払って行く。

 

《クッ ダメだ、一時後退しろ!!》

 

 損害にたまりかねた隊長が、一時後退して、体勢を立て直そうとする。

 

 だが、そこへ青い羽を煌めかせて、飛来する機体がある。

 

 ストライクフリーダムだ。

 

 フリーダムは高速で駆け抜けると同時にビームサーベルを抜刀、一閃で隊長機のグフの頭部と右腕を切り飛ばした。

 

 更に大きく旋回して振り返ると、ドラグーン8基、パラエーナ、ビームライフル、レールガンを同時に構えて14連装フルバーストを繰り出す。

 

 奔流のような攻撃。

 

 照準は正確無比にして、攻撃速度は神速。

 

 それだけで、残っていたザフト軍機はひとたまりも無く撃破されていく。

 

 ザクの頭が吹き飛ばされ、グフの腕がもぎ取られ、ゲイツの足がちぎれ飛ぶ。

 

 圧倒的な攻撃を前に、ザフト軍は抗する事すらできないでいる。

 

 大破した機体は無い。しかし、ようやくフリーダムの攻撃が終了した時、まともに戦闘力を保持している機体も存在しなかった。

 

「宙域制圧完了。次へ行きましょう」

「了解」

 

 エストに返事を返しながら、キラはドラグーンを引き戻して次の宙域へと向かう。

 

 後には、身動きすらままならなくなったザフト軍機が残されているのみであった。

 

 フリーダムの先制攻撃を機に、オーブ軍の襲撃は開始された。

 

 ムラサメやM1はデブリ帯各所に身を潜め、進軍途中のザフト軍に対して奇襲攻撃を敢行、無防備なザフト軍機を次々と屠っていく。

 

 この突然の攻撃に、ザフト軍は各所で大混乱を引き起こした。

 

 ザフト軍も無論、オーブ軍の奇襲攻撃を予測して慎重に行動してはいたが、オーブ軍は周囲の地形を知り尽くしている為、地の利を持っている。最適な待ち伏せポイントも、デブリ帯における戦闘マニュアルも、完璧に確立していた。

 

 デブリ帯を進んでいたザフト軍は各所で分断され、部隊間の連絡すらままならないまま、オーブ軍に包囲されて撃破される機体が続出する。

 

 そんな中で、シンはフェイトを駆って前に出ると、迷う事無く敵の主力部隊がいる方面に飛び込んで行った。

 

「敵機、正面、10時から2時に掛けて展開しているよ!!」

「了解、行くぞ!!」

 

 マユの捕捉したデータを基に、シンは攻撃を仕掛ける。

 

 ビームライフル、レールガン、パラエーナを展開、フルバースト射撃を仕掛ける。

 

 フリーダム、トゥルースには劣るが、それでも1機のモビルスーツが持つ火力としては最高クラスである。

 

 その圧倒的かつ正確な砲撃を前に、進撃しようとしていたザフト軍機は反撃する事すらできずに破壊されていく。

 

 それでもどうにか、フェイトが作り出した弾幕を突破して数機のザクやグフが迫ってくる。

 

 だが、彼等もまた、他の味方と同様の運命しか用意されていなかった。

 

 シンは向かってくる敵機を確認すると、フェイトの背中から対艦刀ミストルティンを抜き放ち斬り込んで行く。

 

 すれ違う一瞬で、閃光のような軌跡が走る。

 

 それだけで、ザクが、グフが、ゲイツが武装や頭部を破壊されて戦闘力を失っていく。

 

 まるで勝負にならない。殆どの兵士が、自分達の身に何が起こったのかすら理解できなかっただろう。

 

《おのれッ よくもみんなを!!》

《単独で攻めるなッ 囲んで討ち取るんだ!!》

 

 フェイトの凄まじい戦闘力を目の当たりにしたザフト軍機は、集団でフェイトを討ち取ろうと群がってくる。

 

 だが、集中される火線は全て空を切り、宿命の戦天使を捉える事はできない。

 

 逆にシンは、マユが算出した接近データを基に機体を操り、一気に敵部隊の中へフェイトを踊り込ませると、ミストルティンを縦横に振るい、あっという間に敵機の戦闘力を奪っていく。

 

 戦闘力を奪われたザフト軍機は、たまらずその場から後退していくしかない。そのまま戦場に留まっていても、ムラサメやM1のカモにされるのが目に見えているからだ。

 

 デブリの陰から次々と湧いてくるザフト軍機。

 

 しかしフェイトは、ただ1機からなる強固な防衛線を形成し、ザフト軍の進撃を阻み続けていた。

 

 また、別の宙域でも、オーブ軍とザフト軍との間で戦端は開かれていた。

 

 その機体を見た者は、誰もが目を疑うだろう。何しろ、機体全てが眩いばかりの黄金に輝いているのだから。

 

 迂回路を取ってアシハラに接近しようとした部隊の前に、姿を現したのはネオの駆るアカツキであった。

 

 オーブ軍の旗機として開発されたアカツキは、今、ネオ・ロアノークと言う新たな乗り手と共に、虚空の戦場を駆けていた。

 

「そら、行くぞ!!」

 

 ネオの声と共に、アカツキのバックパックから7基の砲塔が射出される。

 

 シラヌイパックと呼ばれるこの装備は宇宙戦用の追加兵装で、7基のドラグーンを装備してオールレンジ攻撃が可能となっているのが特徴である。

 

 ネオは元々、同じくオールレンジ攻撃が可能なモビルアーマー、エグザスを駆っていた経験がある。その事からも、このシラヌイパックはネオにとって最適とも言える武装だった。

 

 虚空を走る、7基の黄金の砲塔。

 

 それらが一斉に攻撃を仕掛ける度、ザフト軍機は次から次へと火球へと変じていく。

 

 元々、この手の兵装を使い慣れているだけあって、ネオの攻撃には無駄も隙も無い。

 

 向かってくる敵だけでなく、デブリの陰に隠れている敵も見逃さず、見付け次第ドラグーンの閃光を射かけ、容赦なく撃破していく。

 

 やられてばかりでは堪らないとばかりに、ザフト軍も反撃を開始する。

 

 ザクがオルトロスや突撃銃を、グフがドラウプニルを構えると、一斉に砲火を集中させ、アカツキを屠り去ろうとする。

 

 しかし、その攻撃は全て用を成さない。

 

「無駄だ!!」

 

 ネオの鋭い一声。

 

 ビームがアカツキに命中した途端、全てが反射して己に弾き返されてきたのだ。

 

 ザフト軍機は、自分達が放った砲撃を逆に自分達で喰らって大破する機体が続出していく。

 

 ヤタノカガミ装甲を持つアカツキを前に、ビーム攻撃は一切通用しない。

 

 放たれた砲火は全て弾き返され、己を傷付けていくザクやグフ。

 

 たまらず、接近戦を仕掛けてくる機体もあるが、ネオは巧みにアカツキを操り、それらの攻撃を回避しながら、ビームライフルやビームサーベル、ドラグーンを使って返り討ちにしていく。

 

 元ファントムペイン隊長としての腕前は、全く翳りを見せていない。

 

 アカツキの性能と相まって、ネオが守る宙域はどこよりも堅固にザフト軍の侵攻を阻み続けていた。

 

 

 

 

 

「どうやら、作戦は順調のようですわね」

 

 自身もトゥルースを駆って前線を駆けながら、ラクスは戦況全体を確認する。

 

 その後方からは、ドムトルーパー隊の3機が、着かず離れずして護衛にあたっていた。

 

 現在までのところ、オーブ軍の作戦は順調に推移している。

 

 この戦い、オーブ軍の圧倒的不利は否めない。ザフト軍は数も多いし、質の面でもデスティニー、ジャスティス、レジェンドをはじめとした特機多数を有し、オーブ軍と同等以上の物を揃えている。

 

 これまでのように、正面からまともに戦ったのでは勝ち目は薄い。

 

 そして、もしアシハラが陥落するような事があれば、オーブの命運は決まったような物である。

 

 そこで一計を案じる事になった。

 

 宇宙艦隊司令官アンドリュー・バルトフェルド一佐が発案し、第1戦隊司令官ユウキ・ミナカミ一佐が固めた作戦の骨子は、「地形を利用したゲリラ戦」だった。

 

 アシハラ周辺は深いデブリ帯になっており、大軍での侵攻は適さない。そこで、ザフト軍主力をデブリ帯の中に引きずり込んで分断、包囲殲滅しようと言う作戦になった。

 

 デブリ帯の中では、大軍ではかえって身動きが取れなくなる。そこで、フェイト、フリーダム、トゥルース、アカツキをはじめとした精鋭特殊部隊「フリューゲル・ヴィント」を編成し、デブリ帯に侵入したザフト軍を各個撃破する事になったのだ。

 

 唯一の懸念材料は、開戦と同時にメサイアがネオジェネシスを撃ってくることだが、どうやら必要な射撃データが得られないのか、それとも地球を誤射してしまう可能性を考慮したのか、ネオジェネシスが放たれる事は無かった。

 

 勿論、初戦で撃たれなかったからと言って、今後も撃たれないと言う保証はない。

 

 だがまずは、敵の侵攻を水際で阻止して、状況が変わるのを待つのだ。

 

 トゥルースは速度を上げて一気に飛翔すると、両手にビームサーベルを構えて斬り込み、前面にいるザフト軍機を次々と斬り伏せていく。

 

 その背後からは、スクリーミングニンバスを発動し、ジェットストリームアタックを仕掛けるドムトルーパー隊が続く。

 

 瞬く間に、ザフト軍の戦線は切り崩されていく。

 

 フェイト、フリーダム、トゥルース、アカツキ、ドムトルーパー隊。

 

 彼等は皆、一騎当千の実力者達であり、それを集めて臨時に結成したフリューゲル・ヴィントの戦闘力は、地球圏最強と言っても良かった。

 

「味方の援護に参ります。ヒルダさん、マーズさん、ヘルベルトさん。ついてきてください」

《《《ハッ 了解です!!》》》

 

 飛翔するトゥルースに従い、3機のドムが随行する。ヒルダ達にとってラクスは、仕えるべき絶対の主君であり、彼女の為ならば、ヒルダ達は如何なる敵をも食いちぎる猟犬と化す。

 

 各所にてザフト軍を襲撃するオーブ軍の作戦は、今のところ順調と言って良かった。

 

 

 

 

 

 宿命の翼が駆け抜ける時、ザフト軍機が確実にその数を減らしていく。

 

 シンはフェイトを駆って進撃しようとしているザフト軍の中へと飛び込むと、両手のミストルティンを振りかざし、ザフト機の手足を斬り飛ばしていく。

 

 当然、ザフト軍も反撃しようとするが、フェイトは巧みにデブリを縫うように飛翔して、照準を付けさせない。

 

 この戦いに先立ち、オーブ軍機は全て周辺宙域のデータをOSに入力してある為、デブリの中であっても問題なく飛ぶ事ができるのである。

 

 そして動きが止まったところでデブリの陰から飛び出し、両方の対艦刀を振り翳す。

 

 それに対して、ザフト軍は距離を置きながら火線を集中させようとする。

 

《深追いするな!! 奴の方が機動力は高いんだ、遠距離から火力を集中させろ!!》

 

 指揮官の指示が飛び、ザフト軍は飛翔するフェイトめがけて一斉攻撃を仕掛ける。

 

 だが、シンは巧みに虚空を舞うように機体を操って攻撃を回避、一発の直撃弾も食らう事は無い。

 

 その時、フェイトを追い立てていたザフト軍部隊に、あらぬ方向から一斉に砲撃が浴びせられた。

 

 空間そのものを根こそぎ薙ぎ払うような、閃光の奔流。

 

 突然起こった強烈な攻撃に被弾し、戦闘力を失う機体が続出する。

 

 そこへ4対8枚の青い翼を閃かせ飛来したフリーダムが、ビームサーベルを抜き放って一閃、ザクの2機の首を斬り飛ばす。

 

《シン、掩護する。一気に片を付けよう!!》

「キラさんッ 了解です!!」

 

 力強い援軍を受けて、フェイトは全砲門を展開する。

 

 同時にフリーダムも、ライフル、パラエーナ、レールガン、ドラグーンを一斉展開する。

 

《マユ、射撃データの転送をお願いします》

「判ったッ システムリンク、データ転送開始!!」

 

 砲門を揃える、フェイトとフリーダム。

 

 その全砲門が、容赦なく、一斉に放たれる。

 

 フェイトの6門と、フリーダムの14門。

 

 合計20連装フルバースト。

 

 一軍にすら匹敵すると思われる強烈な射撃を前に、ザフト軍は抵抗する気力すら吹き飛ばされる。

 

 まさしく、視界全てを閃光一色に染める攻撃を前にしては、如何なる抵抗も無意味と成り果てる。

 

 第一撃で戦闘力を失ったザフト軍機が、這う這うの体で退却していく。

 

 だが、攻撃はまだ終わっていない。

 

 尚もマルチロックオンした敵機を相手に、連続した攻撃を仕掛けるフェイトとフリーダム。

 

 ザフト軍もどうにか反撃を仕掛けようと火砲を振り上げるが、その瞬間には嵐のような砲撃を食らい、戦闘不能に追い込まれる。

 

「行きますッ 掩護お願いします!!」

 

 ある程度敵が減ったところで、シンはミストルティンを抜き放つ。砲撃戦も結構だが、やはり自分の本領は接近戦にある。その事を理解しているシンは、迷う事無く、大剣を手に斬り込んだ。

 

 それを背後から、砲撃で掩護するフリーダム。

 

 突っ込んでくるフェイトに砲撃を浴びせようとしたザフト機が、フリーダムの砲撃を受けて、あっという間に潰されていく。

 

 そこへ斬り込む。

 

 振るわれる大剣の剣閃は閃光のように鋭く、かつ的確に、正面にいたザク3機の頭部と腕を斬り飛ばしてしまう。

 

 駆け抜けるフェイト。

 

 そこへ2機のグフが、テンペストを手に死角からフェイトに斬り掛かろうとしている。

 

 対してシンは、攻撃を終えた直後でありすぐには動く事ができない。

 

 接近するグフ。

 

 攻撃が成功するか。そう思った瞬間、

 

 フリーダムのドラグーンが四方からビームを射かけ、グフの腕を吹き飛ばす。

 

 そこへ、振り返るフェイト。

 

 振り向きざまにミストルティンを一閃。更に、もう一閃。

 

 それだけで、2機のグフは頭部を斬り飛ばされて戦闘力を失ってしまった。

 

 接近と同時に閃光の如き剣閃を振るうフェイト。

 

 遠距離から高速精密射撃を行うフリーダム。

 

 地球圏最強クラスの戦力であるフェイトとフリーダムの連携を前に、ザフト軍の一般兵士ではどれほどの大軍であっても、物の数ではなかった。

 

 やがて、最後の1機がフェイトのミストルティンによって斬り倒され、ついにザフト軍の攻撃は沈黙するに至る。

 

《敵対勢力、脅威レベル5パーセント以下に低下。壊滅と判断します》

「もう、ここは大丈夫なんじゃないかな?」

 

 淡々とした声で報告するエストと、元気な声のマユ。

 

 オペレーター2人の言うとおり、カメラにも熱紋センサーにも、動いている敵機の存在は確認できなかった。

 

 この間、僅か2分足らず。

 

 小国程度なら壊滅に追いやれるだけの数いたはずのザフト軍モビルスーツ隊を、フェイトとフリーダムはたったそれだけの時間で返り討ちにしてしまった。

 

 まさに、畏怖すべき存在であるとさえ言える。

 

《ここら辺の敵は、だいぶ減ったみたいだね》

「そうですね、じゃあ、他の援護に・・・・・・」

 

 シンがそう言いかけた時だった。

 

 背後の宙域で、三色の信号弾が上がるのが見えた。

 

 恐らく、後方で待機している艦隊から撃ち上げられたものである。

 

 この時、フリューゲル・ヴィントの徹底したゲリラ戦を前に、壊滅的な損害を食らったザフト軍は、たまりかねて一時退却を始めていた。それに合わせて、オーブ軍も一旦戦力を整えるべく集合を命じたのだ。

 

「お兄ちゃん、あれ!!」

「ああ」

 

 マユの声に頷きを返す。

 

 あれは撤退信号だ。艦隊が、一時帰還を促しているのである。

 

 それと同時に、オーブ軍にとっては次の作戦開始を告げる合図でもある。

 

「行きましょう、キラさん」

《うん、そうだね》

 

 頷き合い、機体を反転させるキラとシン。

 

 今、2人が壊滅させた敵は、ザフト軍のほんの一部でしかない。戦いは、まだまだこれからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイロン隊、音信途絶!!」

「クロース隊、全滅、帰還機無し!!」

「アスケイル隊、現在敵部隊と交戦中!!」

「左翼味方部隊、全機被弾、帰投します!!」

 

 メサイアの司令室に、戦況が次々ともたらされる。

 

 戦闘開始から既にある程度の時間が経過しているが、戦況はザフト軍にとって芳しいとは言えない。アシハラを目指してデブリ帯の中を進んだザフト軍部隊は敵の迎撃に遭い、壊滅的な損害を食らう部隊が続出していた。

 

 どうやらオーブ軍は、デブリ帯の入り組んだ地形を利用してゲリラ戦を仕掛けて来たらしい。不用意に進撃したザフト軍部隊が、次々と餌食になっている。

 

 その様子をデュランダルは、表面上は冷静に見つめていた。

 

「どうやらあの一帯は、実質的にはオーブ軍の城みたいなものになっているみたいだな」

「はい」

 

 答えたのは、背後で影の如く控えているイレーナである。

 

「恐らく、あのステーションを建設した時点で、万が一侵攻を受けた場合に備えて周到に準備して来たものと思われます」

「向こうが罠を張っていた場所に、わざわざ飛び込んで行ったわけか。厄介な話だな」

 

 実際の話、デュランダルとしてもこれだけの大軍で攻めれば、早期にアシハラに辿りつけると思っていた。確かにデブリ帯は厄介な存在だが、それはオーブ軍も同じはず。条件が同じなら、大軍の方が有利だと。

 

 だが実際には条件は同じではなかった。周辺宙域の測量を徹底的に行ったオーブ軍の迎撃に遭い、ザフト軍がほぼ一方的に戦力をすり減らされていっている。

 

 第一次攻撃における作戦の失敗は、認めざるを得なかった。

 

 しかし、

 

 デュランダルは薄く笑う。

 

 第一次攻撃は所詮、前座みたいなものだ。こちらはまだ切り札をいくつも持っている。それに対してオーブ軍はもう後が無い。それを考え合わせれば、やはりデュランダルの勝ちは動かないだろう。

 

「作戦の第2段階を発動だ。第二次攻撃隊を出せ」

「ハッ」

 

 デュランダルの命令を受けて、イレーナは各部署へと指示を飛ばす。

 

 ここからが、本当の戦いとなるだろう。

 

 指示を受けて、動き出す将校達。

 

 それを見ながら、デュランダルは更に指示を下した。

 

「メサイア前進開始。同時にアシハラの正確な座標ポイントを探れ。位置判明が終わり次第、ネオジェネシスによる砲撃を行う!!」

 

 

 

 

 

 ジュール隊とエルスマン隊は、最前線の一角に位置し、出撃の時を待っていた。

 

 既に、第一次攻撃隊が壊滅的な被害を受けて敗走した事は聞いている。

 

 流石のオーブ軍と言うべきか、彼等はザフト軍以上に少数での戦い方に慣れている。ダイダロスにおける敗残の軍だからと言って、侮って攻めかかった末が、このざまである。

 

「で、どーすんの?」

 

 モニターの中のイザークに、ディアッカは苦笑交じりに尋ねる。

 

 既に指令本部から出撃命令も来ている。今度は主力隊の一部を投入しての全力出撃だ。先の戦いのようにはいかないだろうが。

 

 ジュール隊とエルスマン隊が命じられている任務はメサイアの防衛だが、戦火がこちらまで飛び火しないとも限らない。充分に警戒する必要があるだろう。

 

 しかし、

 

「一応出てって、瞬殺されてくる?」

 

 オーブ軍にも一騎当千のパイロットが多い。それらと戦えば、如何にイザークやディアッカと言えど敗北は免れないだろう。

 

《馬鹿者ッ そんな考えなら最初から出るな!!》

「いや、だってなぁ」

 

 イザークの剣幕に、ディアッカは困ったように返事を返す。

 

 今回はザフト軍も万全の態勢で臨んでいるが、それでも第一次攻撃隊は撃退され、這う這うの体で退却してきたのだ。

 

 単純に戦力の問題だけではない。それ以外の何か説明できない要素が、彼等の力を何倍にも高めているように思えた。

 

 それに、イザークとディアッカには、他にも懸念材料があった。

 

 それは議長が、あのジェネシスを再建し、先のダイダロス戦の折にオーブ艦隊に向けて照射した事だった。

 

 ジェネシスの事は無論、イザークとディアッカは知っている。

 

 先の戦争におけるザフトの負の遺産であり、一度はプラントに向けて放たれようとした悪魔の兵器である。2人も成り行きからL4同盟軍に一時協力し、ヤキン・ドゥーエ、並びにジェネシス破壊作戦に参加したのでよく覚えている。

 

 かつてイザーク達が多大な犠牲の末に破壊したジェネシスを復活させたばかりか、一時的とは言え、協調体制にあったオーブ軍に向けて照射した。その事に対して、どうしても納得がいかなかった。

 

 それに、例のデスティニープラン。あれにしたところで、まったく納得できる代物ではない。遺伝子で判るのは、せいぜい、その人物の能力くらいなものだ。人が持つ、本当に大事な内面は、遺伝子などで測れるものではない。

 

 それらの事実が、イザークやディアッカの中で、議長に対する不信感となって表れていた。

 

 ややあって、イザークが己の迷いを振り払うように顔を上げた。

 

《・・・・・・・・・・・とにかく、出るぞ。出撃準備!!》

 

 イザークの言葉に対し、ディアッカは意外そうな顔を作った。

 

「良いのかよ?」

《今は、行くしかないだろう》

 

 ディアッカの問いかけに対し、イザークは憮然とした調子で返す。

 

 勿論、ザフトの軍人である以上、戦えと言われれば戦わねばならない。

 

 しかし今、自軍の正義が揺らぎつつある中で戦ったとして、納得するような戦いができるかどうか。

 

 そして、仮に勝てたとして、それが誰のための勝利なのか、イザーク達には判らなくなり始めていた。

 

 

 

 

 

 迷いを持っている人物は、ここにもいた。

 

 パイロットスーツに着替えを終えたアスランは、そのままロッカーの鏡で自分の顔を覗き込む。

 

「・・・・・・・・・・・・ひどい顔だな」

 

 自嘲気味につぶやく。

 

 ジェネシスの復活について、アスランが思い悩んでいるのはイザーク達と同じであるが、彼の場合はより深刻であると言える。

 

 ジェネシスは、アスランの亡き父、パトリック・ザラが生み出した兵器だ。

 

 「血のバレンタイン」で母を失い、そこから狂気へと走って行った父。

 

 やがて、ナチュラル全てを滅ぼせば戦争が終わると言う妄執に取り付かれた末にパトリックが生み出したのが、あのジェネシスと言う兵器だ。

 

 先の大戦でジェネシスが放たれたのは2回。

 

 そのたった2回だけで、プラントに侵攻してきた地球連合軍は壊滅してしまった。

 

 そして3回目は地球連合軍によって奪取され、プラントに向けて放たれる寸前だった。

 

 そんな悪夢の兵器を議長が復活させているとは、アスランは夢にも思わなかった。

 

 確かにアスランは、デスティニープランの事を議長から聞かされていた。その考えに共鳴し、新たな世界を造る為に協力したいとも思った。

 

 だが、それがこんな事になるとは。

 

 しかも、アスランを悩ませているのは、それだけではない。

 

 デスティニープランに対し反対の意を表明したオーブに対し、議長は直ちに討伐の為の兵を上げた。

 

 オーブに、

 

 彼女のいる、あの国に。

 

「・・・・・・カガリ、俺はいったい、どうすれば良い?」

 

 アスランは、この場にいない恋人に向かって語りかける。

 

 このままでは、オーブも、カガリも失われてしまう。しかし、ザフトの軍人として、議長や仲間を裏切る事も出来ない。

 

 ジリジリとした焦燥感が、アスランの心を焦がしていく。

 

 ただ、時間だけが無為に過ぎ去り、やがて、否応なく出撃の時間を迎える。

 

 アスランはそっと、ロッカーの扉を閉じると、重い足取りで格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト艦隊やメサイアから、次々と第二次攻撃隊が発進していく。

 

 今度は主力隊も投入しての全力出撃である。メサイアおよびザフト艦隊周辺には、最低限の護衛部隊のみを残して、他は全てアシハラ攻撃に振り分けられている。

 

 その残留部隊の中には、ミネルバの姿もあった。

 

 アリス、レイ、ルナマリアの3人はパイロット待機所にて、出撃していく味方を見送っていた。

 

「ねえ、ボク達も行かなくて、本当に大丈夫かな?」

「議長からの指示だ。仕方ないだろう」

「あんたはもう少し、落ち着きなさい」

 

 年上2人から窘められ、アリスは少し不満顔をする。

 

 第1次攻撃隊が撃退された事は、既にアリス達の耳にも届いている。それなのに、出撃命令が出ない事が不満なのだ。

 

 アリスはふと、レイの顔をチラッと横に見る。

 

 思い出すのは、先日の会話だ。

 

 レイはアリスに、自分がクローンである事を明かし、もうそれほど長くは生きられないと言った。だからこそ、アリスに議長と、新しい世を守るように言った。

 

 勿論、アリスは今までそのつもりで頑張ってきたのだし、レイの為にも、その頼みを聞いてあげたいと言う思いはある。

 

 だがしかし、もし、その進むべき未来が始めから間違っていたとしたら?

 

 もしかしたら、自分達は、とんでもない事をしようとしているのではないか?

 

 そんな思いが、アリスの中に込み上げてくる。

 

 2人には気づかれないように、アリスはそっと、自分の手を握り締める。

 

 遺伝子で全てを決する世界。

 

 もし、そんな世界が本当に来たとして、万が一、自分とラキヤの相性は不適格だという烙印を押されたりしたら?

 

 そんなのは嫌だった。絶対に。

 

 結局、アリスは自分の中で答えを見出す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 作戦第1段階において、ザフト軍を撃退する事に成功したオーブ軍は、次の作戦を目指して移動を開始していた。

 

 初戦は大勝利。損害は軽微である。勿論、特機に被害は無かった。

 

 だが、これはまだ前哨戦である。大変なのはここからであった。

 

 そんな中、エターナルの格納庫では、1機の機体が組み上がろうとしていた。

 

「ふう・・・・・・こんな感じかな」

 

 最終調整作業を終えたリリアは、額の汗を拭って息を吐いた。

 

 彼女の目の前には、完成したばかりのモビルスーツが鎮座していた。

 

 全体的なフォルムとしては、リリアが開発に携わったライキリに似ているが、武装や頭部の形状が若干異なる。

 

 この機体は通常のライキリに、エストが使って大破したセイバーの部品を組み込む事で完成させた機体である。

 

 頭部には索敵と通信能力の高いセイバーの物を使用、背部にはアムフォルタスを装備して火力を高めている。何より重要なのは内部、エンジンをデュートリオンエンジンに換装する事で、ライキリのネックであった稼働時間の不足を解消した。

 

 正式名称は「ライキリⅡ型」だが、シンプルに「ライキリ改」と呼称している。

 

「御苦労さま、悪かったわね」

 

 そう言って、ライアはリリアを労った。彼女がリリアにライキリの改修を依頼したのだ。

 

 ライアとしては、続々と現れるザフト軍の新型機に対し、量産型の機体で対抗するには限界があると感じていた。しかしだからと言って、新たな特機を改めて開発している余裕も無い。

 

 そこでリリアが目をつけたのは、エターナル内で大破したまま放置されていたセイバーだった。

 

 セイバーの部品とエンジンをライキリに搭載する事で、性能アップと時間短縮、コストダウンを狙ったのである。

 

 おかげで、元になったムラサメの原形を留めないほどに改造されてしまったが、ザフト軍のセカンドステージシリーズの機体とぶつかっても、遜色ない性能を発揮できると考えられていた。

 

 やがて、ライアは性能チェックをする為にコクピットに上がり、リリアは使った機材の後片付けを始めていた。

 

 その時。

 

「リリア」

 

 背後から声を掛けられて振り返ると、そこにはシンの姿があった。

 

 その顔を見た瞬間、リリアはドキンと胸が大きく高鳴るのを感じた。

 

 一気に顔が赤くなり、たまらず下を向く。

 

 リリアは、自分の心の内にあるシンへの想いを確認してから、まともに彼の顔を見れないでいる。

 

 何だか、シンの顔を見るだけで気が動転してしまい、あらぬ事を口走ってしまいそうで怖かった。

 

「し、シン、どうかしたの!?」

 

 微妙に声を上ずらせながら尋ねるリリアに、シンは歩み寄る。

 

「いや、もうすぐ出撃前だからさ、その前にどうしても、リリアの顔が見ておきたくて」

「そ、そうなんだ・・・・・・」

 

 答えながら、リリアは思う。

 

 シンは本当に大きくなった。それは身体だけでなく、心も。こうして離れて立っているだけでも、まるでリリアを包み込むような温かい存在感を発している。

 

 あの戦火から投げ出され、ただ闇雲に戦場に飛び出して言った少年は、今やオーブを代表するエースにまで成長し、人々から頼られる存在になっている。

 

 彼自身が望むなら、これからまだまだ、大きく羽ばたけるだろう、きっと。それを自分1人が彼を引きとめる事は許されない。

 

 自分が彼の、足枷になるような事があってはならない。

 

 今まで率先して姉役を務めてきたリリアは、自分にそう言い聞かせて納得しようとする。

 

 だが、

 

「ありがとう」

「・・・・・・え?」

 

 続いてシンの口から発せられた言葉は、リリアの予想外の物だった。

 

 シンは笑顔を浮かべて、リリアを見ている。

 

「俺がここまでやってこれたのは、きっとリリアがいてくれたからだと思う。本当に、感謝しているよ」

「シン・・・・・・・・・・・・」

 

 予想していなかった言葉に、思わず目頭が熱くなるリリア。

 

 もう、これ以上、この場にいる事は1秒でも耐えられない。

 

「ご、ごめんッ」

 

 そのまま、堪え切れずに、その場から駆け去ろうとするリリア。

 

 だが、

 

「待って!!」

 

 その手を、シンが強引に掴んで引き寄せる。

 

「あッ!?」

 

 気付いた時には、リリアの体はシンの腕に抱きとめられていた。

 

 力強い腕に、リリアは抵抗する事もできず、少年の胸に収まってしまう。

 

「約束するよ。俺、この先どんな事になっても、必ずリリアの所に戻ってくる。だから、リリアも俺を信じて待っててくれないか」

「シン・・・・・・・・・・・・」

 

 もう、限界だった。

 

 リリアはこれ以上、自分の気持ちに嘘をつき続ける事にたえられそうになかった。

 

 目を閉じるリリア。

 

 その唇に、

 

 シンはそっとキスをした。

 

 

 

 

 

PHASE-46「アシハラ侵攻」      終わり

 


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