機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-45「運命が示す、それぞれの道標」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、この日を迎えるに至った。

 

 その昂揚感を前にして、デュランダルは年甲斐も無く少年のように心が浮き立つ事のを押さえられないでいる。

 

 あの日、

 

 あの雪が舞い散る日にタリアと別れざるを得なかった時から、果たしてどれくらいの月日が流れた事だろうか?

 

 デュランダルのこれまでの人生は、今日この日の為にあったと言っても過言ではない。

 

 ここに至るまでに辿った道は、決して平坦ではなかった。

 

 元々、デュランダルには、人類を導く為の構想があった。しかし、それを実現する為の力がなかった。

 

 その力を得る為に政治の道に入り、戦後、あくまで平和路線を目指そうとしたクライン派と歩調を合わせる事で、己の地位を確立していき、ついにはプラントにおける最大の権力である、最高評議会議長の座も手に入れた。

 

 それと並行して、デュランダルは世界中に謀略の種を撒く事も忘れなかった。デュランダルの構想を実現する為には、プラント一国を掌握しただけでは到底足りなかったのだ。

 

 その為にデュランダルは、地下で精力的に活動した。

 

 世界中にネットワークの情報網を構築して、各国首脳、とりわけ最大の宿敵となるであろうロゴスやブルーコスモスメンバー、大西洋連邦幹部に関する情報は徹底的に調べ上げた。

 

 彼等の活動、経済、家族環境、来歴、性格、趣味嗜好、あらゆる情報を集め、それを事細かに分析して自身の戦略へと組み込んで行った。

 

 それと同時に、自陣営の強化にも余念がない。最新鋭戦艦を建造し、デュランダルにとっては忘れられない女性であるタリアを艦長に据えた。勿論それは、彼女の適性の高さを考慮した故である。

 

 セカンドステージシリーズ、ニューミレニアムシリーズの開発促進により、ザフト軍の戦力を大幅に強化。人材面では、自身に忠実なレイ・ザ・バレル、イレーナ・マーシアに加えて、遺伝子解析により見出したアリス・リアノンを、最新鋭機インパルスのパイロットに選出した。

 

 あえてパイロットとしての能力が高かったレイよりも、アリスをインパルスのパイロットにしたのは、彼女がいずれレイをも上回るパイロットに成長するであろうと見越しての事だった。成長したアリスが、いずれザフト全軍の先頭に立つ、英雄としての役割を担う事を期待したのだ。

 

 それにアスラン。

 

 前大戦の英雄であり、伝説のパイロットとまで言われていた彼が、大戦中の行動が原因で不遇の扱いを受けている事は知っていた。そこでデュランダルはアスランと直接会い、自身の存念を聞かせた上で、彼を味方に引き入れた。

 

 アスランは誠実な男だ。たとえ虚言を弄して一時的に彼を謀ったとしても、いずれは欺瞞に気付かれる可能性がある。そうなった時、アスランは自分にとって最強の敵になる可能性があった。

 

 故にデュランダルは、自身の全てを話す事で、アスランの信頼を勝ち得る事に成功したのである。

 

 こうして、デュランダル陣営は整い、運命のXデーを迎えた。

 

 デュランダルは巧みに情報を操作し、時には自分に敵対する組織を支援する事も厭わなかった。

 

 ブレイク・ザ・ワールドではテロリスト達にユニウスセブンを動かす為のフレアモーターを供与し、更に彼等の情報をわざとブルーコスモスにリークする事で、地球の各国が結束するように仕向けた。その時のデュランダルには、たとえ世界中が敵に回ったとしても、最終的には自分が勝てるだけの自信があったのだ。

 

 あのデストロイの件もそうだ。

 

 デュランダルは、地球連合軍が開発を進めていた超巨大機動兵器の存在は、前々から掴んでいたのだ。そして当時、西ユーラシアの連合離脱問題が深刻化し始めていた時期であった為、ジブリールがその殲滅の為にデストロイを使う事も予想済みであった。

 

 そこでデュランダルは地球軍の行動をあえて黙認し、ある程度デストロイに暴れさせた後、立派に成長したアリスに新型機デスティニーを与え、これを討たせた。それに先立ち、先の大戦の英雄だったイリュージョンは討伐していたので、これにて新たなる英雄が誕生したわけである。

 

 あのオーブ戦の折、ジブリールは自分の才覚で逃げおおせたと思っていただろうが、とんでもない誤解である。全てはデュランダルがお膳立てし、それと判らない程度にザフト軍の攻撃を控えさせて、脱出するまでの時間を稼いでやっていたのだ。まだ、あの時点では彼に捕まってもらう訳にはいかなかったので。

 

 レクイエムの情報も無論、デュランダルは掴んでいた。そして、月に逃亡したジブリールが、その発射に踏み切るであろう事も。だからこそデュランダルは、万が一の事を考えてアプリリウスには戻らずメサイアに上ったのだ。

 

 あえてレクイエムを撃たせる事で、ジブリールの残虐性を世界中に知らしめ、彼と自分達とでは決して相容れないのだと言う事を大々的にアピールした上でジブリールを討伐し、持って覇権を確立する事に成功した。

 

 そして今、デュランダルは世界最高の指導者として君臨する立場になっている。今日まで苦労してきたのは全て、この為だったのだ。

 

 今やデュランダルを止め得る者は存在しない。

 

 残る懸念材料があるとすれば、それは2つ。オーブのカガリ・ユラ・アスハと、そしてラクス・クラインだ。

 

 今大戦においても、常に自分の予測を外す行動し続けたラクス。

 

 こちらの放った暗殺部隊を隠し持っていたイリュージョンで撃破し、その後も悉くデュランダルの目を掻い潜り活動を続けたラクス。極めつけはあの放送である。あれによって、一部の人間がデュランダルに不信感を抱いたのは間違いないだろう。

 

 そしてカガリ。

 

 彼女が単独であったなら、デュランダルはカガリをそれほど恐れはしなかっただろう。確かにカガリには高い理想があり、それを実現する為に努力も怠らず、常に自分の定めた道を行こうとする。だが、そういう人間ほど、却って足元を掬い易い物だ。カガリ個人に対してはデュランダルも好印象を抱いているが、それとこれとは話が別である。

 

 この2人に手を組まれる事は、デュランダルにとっても最悪の予想だったのだが、それが今、現実に起こっている。厄介な事になってしまった。

 

 だが、

 

 デュランダルはほくそ笑む。

 

 まあ良いだろう。既にオーブ軍の戦力は壊滅させた。シン・アスカやキラ・ヒビキ、そしてラクス・クラインをはじめとした主要メンバーは健在なようだが、もはや彼等に、積極的にデュランダルの歩みを阻む事はできないはずだ。

 

 その時、背後の扉が開いて、秘書のイレーナが入ってきた。

 

「失礼いたします。議長、お時間です」

「ああ、判った。すぐに行く」

 

 そう言って、デュランダルは立ち上がる。

 

 さあ、行こう。ここからは、私の世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、私の中にも皆さんと同様の悲しみ、そして怒りが渦巻いています。なぜ、こんな事になってしまったのか? 考えても既に意味のない事と知りながら、私の心もまた、それを探して彷徨います。

 

 私達はつい先年にも、大きな戦争を経験しました。そして、その時にも誓ったはずでした。こんな事は、もう二度と繰り返さないと。にも拘らずユニウスセブンは落ち、努力も空しく、またも戦端は開かれ、戦火は否応無く拡大して、私達はまたも、同じ悲しみ、苦しみを得る事となってしまいました。

 

 本当に、これはどういう事なのでしょうか? 愚かとも言える、この繰り返しは?

 

 一つには、先にも申し上げた通り、間違いなくロゴスの存在故です。敵を作り上げ、恐怖を煽り、戦わせて、それを食い物にしてきた者達。長い歴史の裏側に蔓延る、彼等、死の商人達です。

 

 だが、我々は、ようやくそれを滅ぼす事ができました!

 

 だからこそ、今、あえて私は申し上げたい。

 

 我々は今度こそ、もう一つの最大の敵と戦っていかねばならないと。そして我々はそれにも打ち勝ち、解放されなければならないのです!!

 

 皆さんにも既にお分かりの事でしょう。有史以来、人類の歴史から戦いの無くならぬ理由。常に存在する、最大の敵。

 

 それは、いつになっても克服できない、我々自身の無知と欲望だと言う事を!!

 

 地を離れて宇宙を駆け、その肉体の、能力の、様々な秘密まで手に入れた今も、人は未だに人を分からず、自分を知らず、明日が見えない、その不安。

 

 同等に、いや、より多く、より豊かにと、飽くなき欲望に限りなく伸ばされる手!! それが今の我々です。争いの種、問題は全てそこにある!!

 

 だが、それももう、終わりにする時が来ました。終わりにできる時が。我々は最早、その全てを克服する方法を得たのです!!

 

 全ての答えは、皆が自身の中に既に持っている。それにより人を知り、自分を知り、明日を知る・・・・・・

 

 これこそが、繰り返される悲劇を止める、唯一の方法です。

 

 私は、人類の存亡を掛けた最後の防衛策として、『デスティニープラン』の導入、実行を、今ここに、宣言いたします!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、

 

 世界が激震したのは言うまでもないことだった。

 

 デュランダルの演説が終わるとともに、デスティニープランの具体的な内容が開示されていく。

 

 人間は生まれながらにして、全ての情報を遺伝子に書き込まれている。

 

 それはその人物の性別、容姿、性格、能力、疾病因子、寿命に至るまで全て。正に遺伝子とは、その人物が持つ運命を網羅した辞書であると言っても過言ではない。

 

 それらが千差万別である事は、言うまでもない事である。

 

 デスティニープランとは、その遺伝子を読み取り、能力を解析し、その人物に相応しい地位や職業を提供し、より良い社会、より良い世界を造る物である

 

 このプランが実行されれば、現状の相応しくない世界は一掃され、代わって、より明るい未来が来る事は約束されたような物である。

 

 だが、それが同時に、数々の疑惑と後悔を世界中で生んでいる事は間違いなかった。

 

 彼女もまた、そうした1人である。

 

「・・・・・・・・・・・・ギルバート」

 

 艦長室の机に向かったまま、タリアはかつての恋人であり、今も心の奥底で想い続けている男の名を呼んだ。

 

 タリアには気付いていた。なぜ、デュランダルがこのようなプランを持ち出すに至ったかについて。

 

 あの雪の日。

 

 自分も、彼も、若かったあの日。

 

 自分達はただ、己の運命に従って別れるしかなかった。

 

 最後は互いに握手を交わし、静かな別れとなった。それ故にタリアは今まで、あれはあれで良かったのだと、自分に言い聞かせ続けてきた。

 

 だが違った。少なくともデュランダルの中では、今現在もあの時の事は終わってはいなかったのだ。

 

 彼が感じた敗北感、そして絶望感。それらが、今日の宣言に繋がっているのは、間違いない。

 

 だとしたら、デュランダルをこうまで追い込んだのは、他ならぬタリア自身と言う事になる。

 

 タリアはもう一度、画面の中を見詰める。

 

 そこには既に、愛する男の姿は無い。

 

 彼が今、どこへ向き、何を目指そうとしているのか、タリアには理解していた。

 

 しかしそれでいて、自分の中で彼を否定する気持ちが湧いている事も事実であった。

 

 

 

 

 

 デュランダルの発した放送は、アシハラでも受信され、主要メンバー達は聞き入っていた。

 

 先日のダイダロスの戦いで多大な損害を食らったオーブ軍は、その後、部隊の再編を行いつつ次の戦いに備えている所だった。

 

 特に、主力艦隊の数が半減に近い損害を被った為、まともな艦隊戦を行える状況ではない。そこで一部の組織を改編し、少数の精鋭特殊部隊を編成し作戦の要とする編成替えが行われている最中である。

 

 そこに来て、デュランダル議長による世界に向けての放送を聞き、急ぎ、今後の対策を立てる事となったわけである。

 

「ついに始まったわね」

 

 重苦しい口調で言ったのはマリューである。

 

 彼女も、そして他の一同の顔にも、戸惑いの色が濃い。誰もが、話の突飛さについていけてない様子だ。

 

「これが、デスティニープラン・・・・・・・・・・・・」

 

 シンがポツリとつぶやく。

 

 彼もまた、この状況に納得できないでいる者の1人である。

 

 無理も無い。人種も国籍も、全て飛び越えて、いきなり遺伝子と言われても、ピンと来るはずが無かった。

 

 確かに、人の遺伝子にはあらゆる情報が書き込まれている。それは今日、定説と言って良いし、一部では実証もされている。

 

 そこから考えれば、遺伝子を解析して人間の役割を決めて統制すると言うデュランダルのやり方は、社会を維持すると言う面で考えれば、確かに効率的かもしれない。

 

 しかし、 

 

「でも、それで平和が来るのかな?」

 

 傍らに立つエストの頭を撫でてやりながら、キラがそう発言する。

 

 少々行動は突飛だが、デュランダルの目的はあくまでも「平和な世の中を作る事」であり、芯はぶれていない。デスティニープランは、その為の手段でしかないのだ。

 

 問題は、デスティニープランを実行する事で、本当に平和な世の中が来るのか? と言う事だが。

 

「無理だろうな」

 

 バッサリと斬り捨てるように発言したのはバルトフェルドである。彼はソガ一佐が負傷して後送された後、正式にオーブ宇宙軍司令官に就任している。ダイダロス戦の後、壊乱したオーブ艦隊をまとめ上げ困難な撤退戦を成功させた事が、カガリのみならず他のオーブ将校からも評価された故である。

 

 バルトフェルドは、苦い表情のまま続ける。

 

「戦争が起こる最大の原因は格差だ。自分が良い暮らしをしたい、もっと良い物が欲しい、あるいは美味い物が食いたいでも良い。そうした思いが『無い物はある奴から奪おう』って話になり、戦争が起こる物だ。だがデスティニープランは、この格差を却って助長させてしまうだろう」

「僕もそう思います」

 

 ユウキがバルトフェルドに同意の声を上げた。

 

「今回のプランを発動し完璧に機能すれば、確かに社会の効率は良くなるはずです。何しろ、初めから間違いのない道を選ぶ事ができるんですから。けど、プランが発動すれば、必ずそれによって既得権益を奪われて没落する人達が出て来る事になる」

 

 それは判りやすい例として挙げればロゴス幹部達であり、その息のかかった者達だ。そして、それらの人間が、自分達の権益を奪われるのを座視するはずもない。

 

 そこでデュランダルを支持する派閥と、反デュランダル派が相争う事になるだろう。

 

 恐らくデュランダルは、それらを徹底的に淘汰、弾圧するはずだ。それは彼自身が目指す世界の構築の為に必要な事であり、そうしなければ、彼の理想は根底から揺らぐ事になるからである。

 

「そして弾圧された側は更に反発を繰り返し、戦火は拡大する。結局、そこに行きつく訳か。やりきれんな」

 

 吐き捨てるようにネオは言う。

 

 仮に全ての抵抗勢力を廃し、デスティニープランの導入実行がスムーズに成功したとしても、問題は無くなる訳ではない。

 

 たとえば、まったく同じ運命を歩んできたAという人間と、Bという人間がいたとする。しかし遺伝子解析の結果、Aは高い地位が約束され、Bは低い地位を宛がわれてしまう。

 

 これではBは納得しないであろう。Aと同じ待遇、もしくはそれに準ずる補償を要求する事は目に見えている。だが、Bの要求を飲んだとすれば、今度はAの方に不満が出る。Bよりも遥かに高い地位にいるのに、Bと待遇が同じであるのはおかしい、といった具合に。結局のところ、格差を取るか平等を取るかで、再び争いが起こってしまう。

 

 旧世紀、現在のユーラシア連邦領中部から東部を中心に栄えた社会形態で「共産主義」という物がある。これは一言で言えば「財産は個人ではなく社会が管理し、平等な分配を行う」という物であった。

 

 その当時は帝政主義からの脱却等もあり、民衆の間では広く支持を集めたものである。

 

 しかしやがて、共産主義は一世紀を待たずして崩壊を始める事になる。その理由としては、あくまでも「平等」を目指した結果、ライバルである自由主義国家に対して経済体制で大きな後れを取った事。そして、「平等」を謳いながらも、政府首脳の一部が自分達の権益を特権化し、富を独占した事が挙げられる。

 

 社会を管理し、役割を管理すると言う意味合いで見るなら、デスティニープランは共産主義の奇形進化型と見る事もできる。

 

 恐らくこの事が、早い段階で大きな火種になるであろう事は目に見えていた。

 

「俺は反対だよ」

 

 皆が振り返る中、シンが断固とした口調で言った。

 

「こんなのは間違ってると思う。これじゃあ、人の自由も、尊厳も、努力する事も、みんな否定しているようなものじゃないか」

 

 人は己の道を自分で見つけ、それを目指して進んでいくべきなのだ。だが、デスティニープランは、そのあり方を否定しようとしている。

 

 全てを遺伝子に頼り、自分の望む事があっても「それは不可能だから」と否定される。

 

 そして人は、ただ社会を維持するだけの歯車と化し日々を暮らしていく。

 

「俺は嫌だね。そんなのは、人間の幸せじゃないと思う」

「私も、シンに賛成です」

 

 リリアが言う。

 

「人は、明日はもっと頑張ろう、とか、明日は別の事をやってみようって思えるから生きていけるんだと思います。だから、デュランダル議長の意見には賛成できません」

 

 言いながらリリアは、シンの顔を見つめる。

 

 もし、デスティニープランが導入されたりしたら、自分とシンは引き離されてしまうかもしれない。それが自分達の運命だ、という理由だけで。

 

 そんな事は、今のリリアにとって耐えがたい恐怖となっていた。

 

「判りました。ではみなさん、デスティニープランの導入には反対という方向で宜しいですね」

 

 ラクスが確認するように尋ねる。

 

 その手には、ダコスタがメンデルで探し出してきた、あの古ぼけたノートが握られている。このノートに書かれていた事は、確かにデュランダルが宣言した通りの事だった。

 

 もう少し早く、この事実に気付いていたら、別の手を打つ事もできたのかもしれないが、デュランダルの迅速さの前に、完全に出し抜かれてしまった。

 

 だが、まだ負けた訳ではない。諦めなければ、勝機は必ずあるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュランダル議長の導入宣言から、ザフト軍内部においても混乱が見られていた。

 

 コーディネイターであるから、自分達が遺伝子調整によって高い能力を得ているという認識が強い彼等であるが、それでも「遺伝子で適性を調べ、それにより役割を分配する」と突然言われても、ピンと来ないのは当然だった。

 

 アリスも、戸惑っている者の1人である。

 

 彼女は以前から議長本人や、アスランからある程度、政策について聞かされていたのだが、それでもその内容を実際に知るに至って、その内容については考えざるを得なかった。

 

「遺伝子で全てを決める世界、か・・・・・・」

 

 正直そう言われても、良く判らない、というのがアリスの本音だった。

 

 無論、アリスは自分の今の実力が、遺伝子の調整によって得られた事は理解しているが、そこに至るまでは充分に努力と経験を積み重ねてきたつもりだ。全てが遺伝子によって、最初から決められていた事だなんて、思いたくは無い。

 

 そう考えている内に、目的の場所に着いた。

 

「レイ、アリスだけど。来たよ」

《開いているぞ。入ってくれ》

 

 インターホン越しに、促されて中へと入る。

 

 そこには、ベッドに腰掛けてこちらを見ているレイの姿があった。アリスは彼に呼ばれて来たのである。

 

「何か用? て言うかレイ、顔色良くないよ。具合悪いの?」

「気にするな、何でもない」

 

 素っ気なく言ってから、レイはアリスに椅子に座るように促した。

 

 訝りながらも、言われた通りに椅子に座るアリスを見ながら、レイは話し始めた。

 

「アリス、お前は、先日の議長の話を聞いてどう思った?」

「どうって・・・・・・まあ、驚いているのは確かだし、まだイマイチ、ピンと来てないというか・・・・・・」

 

 アリスの返事を聞いてから、レイは頷いて話を続ける。

 

「別に驚くような事でもないだろ。議長が目指す世界がどんなものかは、お前も聞かされていたはずだ」

「うん、それは・・・議長とかアスランとかからは、それなりに。けど、具体的には何も聞いてなかったから」

 

 実際に、これほどの物だとは思っていなかった為、その内容もさておきながら、スケールの壮大さにも驚かされていた。

 

「確かに大変な道である事は間違いない。だが、だからと言って議長は諦めるような人ではない」

 

 確かに、議長は自分の理想を成すだけの力を備えている。そして、それを成せるようになったのは、ここに至るまでに諦めずに努力してきた結果なのだと思う。

 

 そして、その世界を守る為に、自分やデスティニーがある。それもアリスには理解できた。

 

「でも、これからが大変だと思うよ。こんなの、絶対反対しようとする人達が出てくるだろうしさ」

 

 アリスの脳裏には、カガリ・ユラ・アスハや、ラクス・クラインの顔が思い浮かべられた。

 

 きっとあの少女達は、デスティニープランには反対の立場をとるだろう。そして、議長もまた、そんな彼女達の存在を許しはしないはずだ。

 

「判っている。だからこそ、今、議長には俺達が必要なんだ」

「レイ・・・・・・」

「お前の言う通り、妨害しようとする輩は必ず現れるだろう。いつの時代にも、変化は必ず反発を生む。それによって不利益を被る者、明確な理由は無くとも、ただ不安から反発する者、様々だ」

 

 いつどんな時でも、変革する時には大きな血が流れる。それは新しい流れと古い流れが激突しようとするからに他ならない。

 

「議長のおっしゃる通り、無知な我々には明日を知る術など無い。だが人は本当にもう、変わらなければならない。でなければ救われないんだ!!」

「うん・・・・・・それは、そう思うけど・・・・・・」

 

 アリスは答えながら、ラキヤの事を考える。

 

 どんなに能力があり、他者より優れた資質と人格を持っていたとしても、ただナチュラルだと言うだけで他者から白い目で見られ続け、ついには居場所まで失ってしまったラキヤ。

 

 もしラキヤのような人達を救えるとしたら、確かに人は変わるべきなのかもしれないと思う。

 

「強くなれ、アリス」

 

 不意に、レイは苦しそうに息をしながら言った。

 

「レイ?」

「お前が、守るんだ・・・・・・議長と、新しい世界を・・・・・・」

 

 言っている内にも、レイは顔を歪め、呼吸を早くし始める。

 

 まるであの、ロドニアラボを2人で偵察に行った時のようだ。

 

「レイ、大丈夫!? 薬、じゃなくて医務室に・・・・・・」

「騒ぐな・・・・・・大丈夫だ・・・・・・」

 

 慌てて立ち上がろうとするアリスを制しながら、レイは震える手でベッドの枕元から薬のケースを取り出して飲み下す。

 

 暫くすると落ち着きを取り戻したようで、再び穏やかな顔を上げた。

 

「見苦しいところを見せたな」

 

 そう言って、苦笑とも微笑ともつかない笑いを見せるレイに対し、アリスは心配そうに覗き込む。

 

「ううん、そんな事無いけど、ほんと、大丈夫なの?」

「ああ、持病みたいなものだからな。気にしないでくれ」

 

 言ってからレイは、再び真剣な眼差しをアリスに向けて来る。

 

「それよりも、俺がさっき言った事を忘れないでくれ。この先何が起ころうと、誰が何を言おうと、議長を信じろ」

「え?」

 

 断定するようなレイの物言いには、流石にアリスも怪訝にならざるを得ない。

 

 今まで多くの人達と触れ合ってきたアリスだが、その中には今は敵として戦っている人達もいる。レイは言わば、そう言った人達の言葉にも耳を貸すなと言っているのだ。

 

「世界は変わるんだ・・・・・・俺達が変える」

 

 そんなアリスに、レイは押し込むように言う。

 

「だが、そんな時には、これまでとは違う決断をしなくてはならない時があるだろう。訳が分からず逃げたくなる時もあるだろう。だが、議長を信じてさえいれば、大丈夫だ」

「ちょ、ちょっと、レイ、やめてよ・・・・・・」

 

 見ればアリスは、困ったような、それでいて泣き出しそうな、そんな顔をしている。

 

「何だかレイ、それじゃあもうすぐ死んじゃうみたいじゃん」

 

 そのアリスの言葉に、

 

 レイは思わず苦笑してしまった。女の勘、などという物が本当にあるなら、今だけは信じてしまいそうだった。

 

「実際、俺はもう長くない」

「え!?」

 

 レイの発言に、思わずアリスは目を剥いた。

 

 一瞬、何の冗談だと怒ろうかと思ったが、そもそもレイは、そんなくだらない冗談を言うような人間ではない。

 

 そんなアリスに対し、レイは自身の持つ最大の秘密を打ち明けた。

 

「俺は・・・・・・クローンだからな」

 

 

 

 

 

 レイの部屋を後にし、艦内を宛ても無く歩きながらアリスは考えていた。

 

 レイは色々な事を話してくれた。

 

 ただ1人の「最高のコーディネイター」を生み出す為に、その資金集めの為に作り出された自分達クローン。

 

 しかし、テロメアが生まれつき短く、人よりも短い人生しか生きられないレイ。父親も無く、母親も無く、ただ人より早く老いて死ぬ体しかレイには無い。

 

 もう1人の「レイ」は、そんな自分の境遇を呪い、自分を生み出した世界を呪い、全てを消し去ろうとして戦い、そして死んだ。

 

 だがレイは、誰も恨む事が出来ず、ただ結果を受け入れる事しかできない。そう遠くない将来、自分が死んでしまう事は運命付けられていると言う事実を。

 

 レイは言った。「もう、自分達のような子供が生まれてくる事だけは、あってはならない」と。その為に、今の世界を壊し、議長が作り出す新たな世界が必要なのだ、と。

 

 アリスにも、その為の力になってほしい、と。

 

 しかし、

 

「・・・・・・本当にそれで良いのかな?」

 

 レイの事は確かに驚いた。可哀そうだとは思うし、自分にできる事なら何でもしてあげたいとも思う。

 

 しかし、それが本当に議長の目指す世界に繋がるのか、と言われれば、アリスには疑問を感じずにはいられなかった。

 

 アリスとレイの間には、デスティニープランに対して決定的な温度差が存在している。

 

 勿論、レイは議長から最も信頼の厚い、言わば第1の功臣であるのに対し、アリスも議長に見い出されたとは言え、レイほどには議長に対し忠誠を誓っているとは言い難い。

 

 だがそれ以前に、アリスの中でこの事態を受け入れる事ができないでいる因子が存在しているような気がした。。

 

 生物とは、あらゆる柵も垣根も取り払い、全てを極限すると、2つの種類しか存在していない。

 

 即ち、男と、女だ。

 

 究極的な男女の営みとして上げられる事は、やはり子孫を残す事にあるが、その際、当然の事ながら男と女で役割は分担される。男は子供を作るのに対し、女は産み、育てるのが役割になる。

 

 人間1人を1つの世界と捉えるなら、子供という新たな「世界」を作るのが男なら、生み出すのが女の役割なわけだ。

 

 更に、家庭と言う一つの集団を「世界」とした場合でも、男女にはそれぞれの役割もある。男は自身の力強さを誇示する為に、世界を新たに構築する役割を担うのに対し、女は安心して子供が育つ環境を守る事が役割となっている。

 

 世界を壊し、新たに作るのが男なら、生み、守り、育てるのが女である。

 

 これはある意味において、男女が持って生まれた役割であり、あるいはこれこそが、デスティニープランの究極先鋭化と言えなくもない。

 

 レイは言うまでも無く男である。そしてアリスは(本人も時々忘れがちだが)女である。

 

 故に、世界を壊し、再び作ろうとしているレイやデュランダルの考えに、アリスはある程度の理解を示しつつも、心の底からは賛同できないでいるのかもしれなかった。

 

 それにもう一つ、アリスの中で蟠っている物がある。

 

 あのダイダロス戦終盤において、オーブ艦隊に向けてメサイアが放った閃光。

 

 あれは先の大戦でザフト軍が開発し、多くの犠牲者を出したジェネシス、その改良型だと言われている。

 

 ジェネシスの名前はアリスも知っている。正義を謳いながら作られた悪魔の兵器、創生を叫びながら破壊を行う死の閃光。

 

 一説によれば、戦争終盤、ジェネシスは地球連合軍にコントロールを奪われ、その砲門をプラントに向けて発射しようとした事があったらしい。それを、ラクスをはじめとしたL4同盟軍の活躍で阻止したのだとか。

 

 一歩間違えば、アリス達の命もまた、ジェネシスによって奪われていたかもしれないのだ。

 

 にもかかわらず、議長はジェネシスを復活させた。

 

 その事が、どうしてもアリスには納得できなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・本当に、デスティニープランの先には、ボク達が望むような世界が来るのかな?」

 

 誰に聞くでもなく尋ねるアリス。

 

 世界は今、本当の意味で進むべき道を見定めようとしている。

 

 しかし、

 

 その激流の中で、アリスは未だに彷徨っている状態であった。

 

 

 

 

 

 宇宙ステーション・バックヤード。

 

 「裏庭」と言う名称を付けられた中型の宇宙ステーションは、地球連合軍が密かに建造した拠点で、その存在は徹底的に隠匿されている為、存在を知る者は殆どいない。

 

 規模としては1個艦隊程度の収容能力があり、長期運用を目指し、物資集積所も比較的大きめに取られている。ただし、艦隊運用に必要な最低限度の施設があるだけなので、娯楽施設など、クルーのメンタルケアに必要な施設は殆ど存在していない。

 

 本当に、ただ艦隊を収容するだけの施設である。

 

 ダイダロス戦の後、辛うじてザフト軍の包囲網を逃れ月脱出に成功したクラーク艦隊は、その後追撃の手を振り切って、このバックヤードに身を寄せていた。

 

「何と言うか、すごい事になっちゃったねえ」

 

 旗艦ガーティ・ルーの艦橋でクラークはぼやくように呟いた。

 

 先のデュランダル議長の演説は、このバックヤードでも受信しており、クルー達の間ではパニックも起こっていたらしい。

 

 まあ、無理も無い話だろう。正直、クラークにも話が突飛過ぎて付いて行けてない、というのが本音なのだから。

 

「それで提督、これから我々はどうするのですか?」

 

 尋ねたのはイアンである。

 

 クラークの周りには彼の他に、ラキヤやスティングを始め、多くの幹部達が集まっている。皆、大なり小なり、議長の演説に衝撃を受け、今後の在り方についてクラークに支持を求めてやって来たのだ。

 

 彼等を見回してから、クラークは顔を上げて言った。

 

「まずは、私の考えから述べようか」

 

 そう告げるクラークの目は、いつもの冴えない中年オヤジの物ではなく、歴戦の将を思わせる、鋭く凄みのある物だった。

 

「今回のデュランダル議長の案には、賛成できない」

 

 クラークははっきりした口調で言い切る。

 

「遺伝子で全てを決する世界というのは、一見すると確かに効率が良い世界かもしれない。だが、言うまでも無く我々ナチュラルは、彼らコーディネイターよりも遺伝子の面で劣っている。そんな我々が、このプランを受け入れたりしたら、真っ先に淘汰されるのは我々という事になる」

 

 考えてみれば、当然の事だろう。

 

 そもそも、今回と前回の戦争の根幹には遺伝子改造問題が絡んでいる。にも拘らず、その遺伝子を解決方法にしようと言うのは、明らかに本末転倒である。

 

 プランが実行されれば、遺伝子改造されたコーディネイターに有利な政策になるであろう事は火を見るより明らかだった。

 

「もっとも・・・・・・」

 

 クラークはそこで、ニヤリと笑う。

 

「こいつは、どちらかと言えば悪足掻きの類さ。何しろ、我々にはもう、まともにザフト軍と戦うだけの戦力は残っていないんだからね」

 

 このバックヤードに集まった戦力は、実質、通常編成の一個艦隊半と言ったところである。他の艦隊はダイダロスやアルザッヘルで潰されるか、あるいは降伏してしまった。このバックヤードに集まったのが、事実上、地球連合宇宙軍の最後の戦力と言う事になる。

 

 数だけが取り柄の地球連合軍が、惨めな事になったものである。

 

「宜しいのですか?」

 

 懸念を表明するように尋ねたのはイアンである。

 

「我々は、曲がりなりにも地球軍の軍人です。その我々が、政府からの命令を受けずに軍を動かせば、反逆とも取られかねませんが?」

「別にかまわんさ」

 

 クラークはあっけらかんと返事を返す。

 

「どうやら大統領はアルザッヘルで死んでしまったみたいだし、本国の方もロゴス狩りの余波で大混乱みたいだ。今更我々の動きを掣肘するだけの力は残っていないさ」

 

 そこで再び、クラークは笑みを浮かべる。

 

「このまま議長殿に勝ち逃げされるのは、私としてはいかにも癪でね。どうやら、我々は世界の敵と認定されたみたいだし、悪役は悪役らしく、醜く最後まで足掻いてみないかい?」

「その話、乗ったぜ!!」

 

 力強く言い放った声に、一同は振り返る。

 

 そこには、不敵な笑みを顔に張り付かせているスティングがいた。

 

「ここに来るまでに何もできなくて、いい加減鬱憤が溜まってたんだ。最後にひと暴れするって言うんなら、乗らせてもらうぜ!!」

 

 スティングはアウルが死んだ時も、ネオが行方不明になった時も、ステラが死んだ時も何もする事ができず、今まで燻り続けてきた。

 

 しかし今、クラークが発する力強い風を受けて、彼の心は再び燃え上がろうとしていた。

 

「ここの最高責任者は、閣下、あなたです」

 

 イアンが謹厳な顔で言う。

 

「あなたが戦うと言うなら、我々は従うまでです」

 

 生真面目な職業軍人である、彼らしい物言いである。

 

 クラークは、最後にラキヤを見た。

 

「君は?」

「言うまでもありません」

 

 ラキヤもまた、躊躇わずに答える。

 

「僕の身柄は、提督にお預けしました。全ては、提督の意思に従います」

 

 士気は否が応でも上がる。

 

 ロゴスでも無い。ブルーコスモスでも無い。

 

 それは彼等が、真の意味でナチュラルの権利と地球の平和を守る為の軍隊、地球連合軍に立ち返った瞬間でもあった。

 

 そんな中で、ラキヤはアリスの事を考えた。

 

 今は敵味方に分かれてしまった、年下の彼女。

 

 今回のこの決断を聞いて、あの娘は怒るかもしれない。

 

 いや、それよりも泣いてしまうかもしれない。あれでけっこう、アリスは泣き虫なところがあるから。勿論、そんなところも含めて、ラキヤはアリスの事を可愛いと思っているのだが。

 

 ごめんね、アリス。

 

 天井を仰ぎ、心の中で恋人に詫びるラキヤ。

 

 最早、自分達を取り巻く運命は、自分達の手では止められない所まで来てしまったみたいだった。

 

 

 

 

 

 デスティニープランに対する各国の反応は様々であった。

 

 大洋州連合を始めとした親プラント国家は、いち早く支持を表明したものの、代表不在の大西洋連邦や、その他の地球連合構成国の動きは思った以上に緩慢で、誰もが戸惑いを隠せずにいる事が窺えた。

 

 これらに対して、いち早く拒否の姿勢を示した国家が存在する。

 

 オーブ連合首長国と、その親交国であるスカンジナビア王国である。

 

 カガリとスカンジナビア国王の連名で出された声明文では、デスティニープランを拒否する旨を謳った上で、デュランダル議長がプランの導入実行を強行する場合、あくまでも抵抗する姿勢が示されていた。

 

 これに対して、デュランダルも苛烈な決断をする。自身の進む道にとって、最後の障害となる存在を取り除くと宣言したのだ。

 

 同時にザフト全軍が、オーブ所有の宇宙ステーション・アシハラに侵攻すべく動き始めた。

 

 それに対しオーブ軍も全面対決の姿勢を示し、残された全軍をアシハラに集結させ、一歩も引かぬ構えを見せている。

 

 決戦に向けて、全てが動き出す。

 

 今、風は終局に向かって吹き始めていた。

 

 

 

 

 

 アシハラの全てが、決戦に向けて移行しつつある。

 

 今回は今までにないくらいに、過酷な戦いになるだろう。負ければ自分達は勿論、オーブの滅亡も免れない。

 

 その為の準備は、着々と整いつつあった。

 

 地上からは、カグヤを通じて次々と戦力や物資が運び込まれ、入れ替わりに民間人を乗せたシャトルが地上へと降りていく。

 

 アシハラは軍民共用の宇宙ステーションである。もしザフト軍の侵攻を許せば、ステーション内の民間人に被害が出る事も考えられる。その為、ステーションに勤務する民間人スタッフの退避が行われ、同時に戦闘が行われるまで、宇宙への出国が禁じられる措置が取られた。

 

 そんな中で、今回の戦いにおける打ち合わせをするために、キラはエストの部屋に向かっていた。

 

 オーブ軍は決戦に先立ち、特殊部隊「フリューゲル・ヴィント」を編成している。これはアークエンジェル、エターナルを中心とした精鋭部隊であり、フェイト、フリーダム、トゥルース、アカツキと言う特機も所属する最強部隊である。

 

 今回は、今までとは違う戦い方が求められる事になる。全ての作戦を滞りなく行わないと、オーブ軍に勝機は無いだろう。

 

 その為にも、緻密な作戦の打ち合わせが必要だった。

 

「エスト、入るよ」

 

 言いながら扉を開くキラ。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 入り口で、キラは固まった。

 

 部屋の中央に、エストが背中を見せて立っている。それは良い。

 

 問題なのは、着替えの途中だったらしく、エストは脱いだばかりと思われるメイド服を持って、下着姿の背中を晒していたのだ。

 

 エストが身に着けている物は、所々にフリルが入った、ピンク色のブラとパンツのみ。誰の趣味かは丸判りだが、あとは、真っ白な雪原を思わせる純白の肌が、長い黒髪と絶妙なコントラストを作り出していた。

 

「き、キラッ!?」

 

 入ってきたキラを見て、エストも慌てる。

 

 顔を真っ赤にしながら、とっさに手にしたメイド服を持ち上げて、体の前を隠した。

 

「ご、ごめん!!」

 

 確か、昔もこんな事があったような気がする。あの頃のエストなら、この時点で張り手かキック、果ては銃弾が飛んできた事もあった。

 

 慌てて出て行こうとするキラ。

 

 だが、

 

「待って!!」

「・・・・・・え?」

 

 突然の制止に、キラはゆっくりと振り返る。

 

 するとエストは、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、俯いて目を逸らしている。

 

 しかし、その小さな口から出た言葉は、キラの予想とは違っていた。

 

「行かないで・・・・・・ください・・・・・・」

「エスト?」

 

 訝るキラに対し、エストは勇気を振り絞るように顔を上げて、真っ直ぐにキラを見る。

 

「不安、なんです・・・・・・」

「不安?」

 

 震える少女に、キラはゆっくりと歩み寄る。

 

 対してエストは、潤んだ瞳でキラを見上げてくる。

 

「また・・・・・・キラが、私を置いてどこかに行ってしまうんじゃないかと思うと・・・・・・とても・・・・・・」

「エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 かつてキラは、エストを置いて1人出撃し、そして帰って来る事は無かった。

 

 なぜ、あの時、もっと強く引き止めなかったのか? なぜ、自分もついて行かなかったのか? なぜ、もっと素直に自分の気持ちを伝えなかったのか?

 

 この2年間、エストはあらゆる後悔をし尽くしたと言っても良い。

 

 そして、ようやく取り戻した大好きな人を前にして、また失うのではないかと言う不安がこみ上げてくるのも無理ない話であった。

 

 エストの手から力が抜け、メイド服がパサッと音を立てて床に落ちる。

 

 ほぼ全裸に近い少女の小さな体を、

 

 キラは優しく抱きしめる。

 

「大丈夫。今度は、どこにもいかないよ。たとえ何があっても、僕は君を放さない」

 

 その声が、温もりが、エストを温かく包み込む。

 

「・・・・・・お願いがあります、キラ」

 

 ややあって、エストは言った。

 

「あの時、キラは言いました。『帰ってきたら、続きをしてくれる』と」

「・・・・・・ああ」

 

 その言葉が、キラの中で記憶を呼び覚ます。

 

 あれは最後の出撃の直前。珍しく駄々をこねるエストに対し、キラはおでこにキスをしてあげて、そのような事を言ったはずである。

 

「・・・・・・・・・・・・お願い、します」

 

 それは、心が無垢な少女にとって、恐ろしく勇気がいる言葉だった。

 

 それに対して、

 

 キラは無言。

 

 ただ、エストの顎に指を添え、優しく顔を持ち上げる。

 

 目をつぶるエスト。

 

 健気にも震える少女。

 

 その唇に、キラは自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

 

PHASE-45「運命が示す、それぞれの道標」      終わり

 


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