機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-44「いつか必ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはかつて、アルザッヘルと言う地名で呼ばれていた場所だ。

 

 月面における最大の軍事基地であり、今大戦においては長く地球連合軍に前線基地として機能し、ザフト軍の攻勢を支え続けた、正に地球連合軍にとっては宇宙における要とも言うべき基地である。

 

 そのアルザッヘル基地が、今、炎に巻かれて消滅しようとしていた。

 

 アルザッヘルから見て、月の裏側にあるダイダロス基地。

 

 元はレアメタル採掘用の基地として建設された、そのダイダロス基地に、先の大戦以後、地球連合軍は軌道間全方位戦略砲レクイエムと言う大量破壊兵器を密かに建造し、対プラント戦を意識して秘匿し続けてきた。

 

 そのレクイエムを巡る戦いにおいて、同基地に立て籠もっているブルーコスモス盟主ロード・ジブリール氏の要請に従い、アルザッヘルは救援の為の兵力を送り出した。

 

 まさに、その間隙を突かれた形となった。

 

 増援部隊を送り出して程無く、ザフト軍の別働隊がアルザッヘル基地に襲い掛かったのである。

 

 事は、完全なる奇襲となった。

 

 部隊の大半をダイダロス救援に回し、更に意識を月の裏側にばかり集中していた地球連合軍はひとたまりも無かった。

 

 軌道上からの艦砲射撃と、それに続くモビルスーツ隊の襲撃により、基地施設は瞬く間に炎に飲み込まれ、港に停泊中の艦艇は飛来した砲撃やモビルスーツの襲撃を受けて、飛び立つ事も出来ずに破壊されていく。

 

 中には緊急発進し、迎撃に出たモビルスーツやモビルアーマーも存在したが、個別単位でバラバラに交戦を試みる者など物の数ではなく、それらは全て、成す術も無くザフト軍の反撃を食らって撃破されていった。

 

 炎に包まれ、瓦礫の山と化したアルザッヘル基地。

 

 その中央に、炎を背景にして佇む機体が立っている。

 

 ザフト系列のモビルスーツらしく、ずんぐりした四肢と強靭な装甲は漆黒に輝き、背部には大型のスラスターを装備している。背部ユニットからは突起のようにドラグーンユニットが突き出し、頭部にはザフト軍機の特徴とも言うべきモノアイが光っている。

 

 そして手には、デスティニーのアロンダイトをも上回る、巨大な対艦刀が握られていた。

 

 今日の戦闘だけで、何機もの地球軍機がこの巨大な対艦刀の餌食となっている。

 

 その機体のコックピットの中で、イレーナ・マーシアは、周囲の火炎地獄を満足そうに眺めた。

 

 この基地には、大西洋連邦大統領コープランドも潜伏していたらしいが、この状況では生きているとは思えなかった。もっとも、地球圏一の大国を預かる大統領の身でありながら、守るべき国民も自らの責任も投げ捨てて、己の身一つの安寧を考えた男だ。死んだところで何ほどの物でも無いが。

 

 不必要とも思える徹底的な破壊。

 

 だが、これは必要な事。

 

 全ては議長が定めた、議長の目指す未来を勝ち取るために。

 

 その時、センサーがゆっくりと接近してくる味方の機体がある事を告げた。

 

《D地区、制圧完了したぜ》

《B地区もだ。もう抵抗勢力は無い》

 

 オレンジ色のデスティニー、ハイネのレヴォリューションと、もう1機はアスランのインフィニットジャスティスだ。

 

 イレーナがアルザッヘル攻略戦の指揮を取るにあたって、2人には補佐を務めてもらったのである。

 

 ザフト軍でも最強クラスの隊長2人が脇を固めてくれたおかげで、地球連合軍最大の基地であるアルザッヘルは、呆気無いほど簡単に陥落させる事ができた。

 

「了解しました。引き続き警戒に当たってください。まだ反抗を企てようとする輩がいるかもしれませんので、そちらの方は確実に排除をお願いします」

《了解だ》

 

 ハイネがそう言うと、レヴォリューションはスラスターを噴射して、その場を去っていく。

 

 だが、もう1機、ジャスティスの方は何を思ったのか、その場から動こうとしなかった。

 

「何か?」

《いや・・・・・・》

 

 訝って尋ねるイレーナに、アスランは答える。

 

《議長の世界を構築したいと言うあなたの気持ちは俺にも判るが、あまり突っ走りすぎないでくれ。それだけを言っておきたかった》

「お気遣いには感謝します」

 

 アスランの言葉に対して、イレーナは素っ気ない口調で返す。

 

「しかし、無用な事です。私はこのような所で立ち止まる訳にはいきませんので」

 

 そう、デュランダルの理想を知り、共感した時から、イレーナの全てはデュランダルに捧げてある。

 

 その為なら、この命を幾らでも賭けるし、デュランダルが死ねと命じれば笑って死ぬ覚悟だった。

 

 イレーナの答えを聞いて、ジャスティスもその場を去っていく。

 

 その様子を見送りながら、イレーナは暗澹たる気持ちが自らを支配していくのを感じた。

 

 自分はこれだけ、議長に忠誠を誓っている。だが、議長の心は、未だにある女性に向けられていた。

 

 それはデュランダルの昔の恋人であり、イレーナにとっても無二の親友である女性。

 

 そして女性の方も、結婚した後で尚、デュランダルの事を愛している事をイレーナは知っていた。

 

 どちらも、イレーナにとっては大切な存在である。

 

 だから、2人の仲に土足で踏み込むような真似は決してするまいと心に決めていた。

 

 これで良いのだ、自分は。

 

 たとえ、この想いが届かずとも、自分の心は全てあの人の物。

 

 あの人が進むと決めた道は、我が剣で全て薙ぎ払って見せる。

 

 イレーナは心の中で、その決意を新たに燃え上がらせるのだった。

 

 

 

 

 

 惨憺たる有様だった。

 

 ダイダロス基地攻略作戦を終えて、宇宙ステーション、アシハラに帰還したオーブ軍宇宙艦隊には、出撃時の威容は存在しない。

 

 数は出撃時の半分にまで減り、生きて戻ってきた艦艇も、大きく損傷している物が多い。

 

 装甲が抉られている物、砲塔が吹き飛ばされている物、艦橋が無くなっている物、様々である。

 

 負傷者の数も馬鹿にならない。今も各艦艇から、担架に乗せられた負傷者達が搬出されているところだった。

 

「ずいぶんやられたな」

 

 キャットウォークの上からその様子を眺めながら、シンはポツリと呟いた。

 

 彼の脇にはリリアがいて、同じように眼下の搬出作業の様子を眺めていた。

 

 レクイエム破壊と、ジブリール討伐を目指してダイダロス基地に進撃したオーブ軍宇宙艦隊。

 

 一応、その任務は達成されレクイエムは破壊、ヘブンズベース、オーブとしぶとく逃げ続けたジブリールも、ついにアリスのデスティニーによって討ち果たされた。

 

 戦略目標は全てクリアされたわけだが、戦闘終盤において思わぬ事態が起こった。

 

 突如、戦線に現れた不気味な影。

 

 ザフト軍の機動要塞メサイア。

 

 前代未聞の自走可能な要塞が出現した事で、戦況は一変してしまった。

 

 メサイアから放たれ、オーブ艦隊の大半を飲み込んだ閃光。それは2年前に地球に向けて放たれようとしていた光と同じだった。

 

 ネオジェネシス。

 

 かつての悪夢の兵器を、デュランダルは復活させていたのだ。

 

 ネオジェネシスはかつてのジェネシスよりも一回り、小型化されていたが、その分扱いやすく、また要塞に埋め込まれている関係で防御力も高くなっている。

 

 その一撃により、オーブ艦隊は壊滅に近い損害を受けたのだ。

 

 後はもう、地獄だった。

 

 艦隊としての秩序が崩壊したオーブ艦隊は、その後、メサイアから出撃したザフト軍に追撃されて更に損害を増やす結果となった。

 

 大和、武蔵、信濃、アークエンジェル、エターナル、クサナギ、ツクヨミ、スサノオと言った主力戦艦群は、どうにか撃沈を免れたが、撤退する艦隊の殿を務めて最後まで奮戦した旗艦クサナギは大破し、司令官のソガ一佐も重傷を負ってしまった。

 

 次席指揮官であるバルトフェルドが、どうにか艦隊をまとめ上げて撤退戦を指揮し、残存全部隊をアシハラに収容する事に成功したのである。

 

 確かにジブリールは討ち果たした。レクイエムも完全破壊し、すぐにオーブが危機に陥ると言う事も無くなった。だが、その代償としてオーブ宇宙軍は壊滅的な被害を被ってしまった事になる。

 

 事実上の三つ巴に近い戦いだったダイダロスの戦いは、ザフト軍の一人勝ちという結果に終わった。

 

「これから、どうなるんだろう?」

 

 廊下を歩きながら、リリアが不安そうに尋ねてくる。

 

 勿論、今回の戦いの顛末は、既に本国のカガリに元にも送られている。カガリも直ちに、カグヤ通じてアシハラに増援部隊を上げる事を約束してくれた。しかし、精鋭の宇宙艦隊がほぼ半壊に近い損害を喰らったのだ。この損害は、多少の増援を受けた程度で補填できる物ではない。損害回復には年単位の時間が必要と思われた。

 

 恐らく、デュランダル議長がこのまま手を拱いている、などという事は無いはずだ。必ずこれを機会に、オーブを潰しに掛ってくるはずである。

 

「大丈夫だ」

 

 シンの言葉に、リリアは立ち止まって振り返る。

 

 そこには、笑顔を浮かべまっすぐに見つめて来るシンの顔があった。

 

「これからどうなるか、なんて誰にもわからない。けどさ、俺も頑張るから」

「シン・・・・・・」

 

 見つめるリリアに対して、シンは力強く言う。

 

「みんなの事は、必ず俺が守るよ。リリアも、マユも、みんな」

 

 その言葉に、

 

 リリアは思わず、自分の胸が熱くなるのを感じた。

 

 ずっと弟みたいだと思っていた。まだまだ子供だと。

 

 だが違った。あの、オーブ戦争で両親を亡くし、この広大な世界で妹の手を引きながら迷子になっていた少年は、今や立派な大人に成長していたのだ。

 

 思わず、顔を下に向けるリリア。

 

 何だか、まともにシンの顔を見ていられなかった。

 

「リリア?」

「な、何でもない!!」

「いや、何でもないって・・・・・・」

 

 突然、挙動不審になったリリアの様子に、シンも戸惑ってしまう。

 

 そんなシンにかまわず、リリアは俯いたまま足元を見続けている。

 

 彼女は自分の心の中で起こっている変化に、既に気づいていた。

 

 きっとこれは、そうなのだろう。

 

 しかし同時に、それを目の前の少年に打ち明けてしまう事を恐れていた。

 

 それを言ってしまえば、自分とシンは今までのような関係ではいられなくなってしまう。それにマユとも。漠然とだが、そんな風に感じている。

 

 それがリリアには怖かった。

 

 だから、今はまだ言えない。

 

 自らの気持ちを胸の内に押さえ込むリリア。

 

 だが、

 

 そうしている今も、心が溢れだしそうになるのを堪え切れずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイダロス戦が終了した後、ミネルバは中立都市コペルニクスへと寄港していた。

 

 本来なら、デュランダルが座乗するメサイアへ寄港するべきところだが、メサイアは現在、ダイダロス戦における事後処理と、捕虜の収容でごった返しており、ミネルバが寄港しても邪魔になりそうである。

 

 何より、ヘブンズベース、オーブ沖、そしてダイダロスと、クルーは休みなく戦い続きであった為、疲労も際に達している。艦長のタリアとしても、ここらでリフレッシュの必要性を感じていた為、コペルニクスへの寄港を決めたのだった。

 

 コペルニクスに入港を果たす事で、ようやくミネルバは、纏まった休養をクルーに与える事が出来たのである。

 

 そんな中で1人、アリスは自室に籠ったまま、上陸許可が出ても艦を降りようとはしなかった。

 

 机に向ったまま、自分の手をジッと見つめる。

 

 その手には、まだ「あの時」の感触が残っていた。

 

「・・・・・・ボクが、ジブリールを、殺した」

 

 彼が乗っていたと思われる戦艦の艦橋を、デスティニーのパルマ・フィオキーナで叩き潰した。

 

 その時の感触が、自分の手に残っている気がしたのだ。

 

 勿論、それは錯覚である。モビルスーツの手で叩き潰した人間の感覚が、自分の手に残っているわけがない。ましてかアリスは、これまで何人もの敵の命を奪ってきている。そこにジブリール1人が加わったからと言って、何が変わると言うわけでもないのに。

 

 結局のところ、アリスにとってもジブリールと言う存在は特別であったのかもしれない。

 

 アリスは、ついに面と向かって顔を合わせる事の無かった宿敵に思いを馳せた。

 

 彼が如何にしてコーディネイターを憎み、ブルーコスモスを率いてコーディネイター絶滅を叫ぶようになったのか、それはアリスには分からない。

 

 だが、如何な理由があったとしても、彼の存在は容認できない。死んだ今となっては多少の同情をしないでもないが、それでも、これで良かったのだと言う思いの方が圧倒的に強かった。

 

 それにしても、

 

「暇だな・・・・・・・・・・・・」

 

 ジブリールの事を頭の隅から追い出すと、アリスは机の上に頬をくっつける。

 

 メイリンが勤務を空けたら一緒に街にでも行こうと思っていたのだが、その間にする事が無くて困っていたところだった。ルナマリアの方も、朝から射撃場に籠って訓練をしているので、誘いづらかった。

 

 いっそ、1人で遊びにでも行こうか?

 

 いや、しかし土地勘の無いコペルニクスを1人でぶらつくのも、何だか面白くなかった。

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

 突然、すぐ脇に置いておいた携帯電話が着信を告げる。

 

 どうやら、メールが来たらしい。この町に知り合いはいないはずだから、ルナマリアかメイリンだろうか?

 

 そう思って何気なく携帯電話を手に取って、受信画面を開く。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・え、嘘ッ!?」

 

 思わず、信じられない面持ちで食い入るように画面を見る。

 

 そこには、まさかと思っていた人物の名前があったのだ。

 

 

 

 

 

 訓練を終え私服に着替えたルナマリアは、ちょうどアリスの部屋に向かう途中だった。

 

 メイリンはまだ勤務が終わっていないし、どうせアリスも暇しているだろうから、引っ張り出して遊びに行こうと思ったのだ。

 

 まあ、何のかんのと文句は言うだろうが、そこはそれ、おやつでも奢ってやれば黙って付いて来るだろう。

 

 そんな感じに「アリス餌付け計画」を頭の中で考えながら歩いている時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん?」

 

 アリスはふと、足を止めて物陰に隠れた。

 

 前方に不審人物がいる。

 

 いや、正体が誰かは判っているのだが。

 

 アリスだ。

 

 アリスは水色の半袖Yシャツに、チェック柄のミニスカートを穿き、頭には長い髪もすっぽり収まる程の大ぶりなキャスケット帽を目深に被り、目元はちょっと大きめのサングラスで覆っている。

 

 何やら、周囲を気にするようにキョロキョロと見回しているアリス。

 

「・・・・・・何あれ? すごく怪しいんだけど」

 

 いかにも「ボク変装してます」的なアリスの格好を見て、ルナマリアは胡散臭そうに目を細める。

 

 ちなみにこのルナマリア嬢、かつてアリスとラキヤのデートを覗き見する時、妹のメイリン嬢と共に同じような格好をして尾行した事があるのだが、そんな過去の事は気にしない。彼女は現在(いま)を生きる女なのだ。

 

 そうしている内に、アリスは足早に昇降ゲートの方へ向かって歩き出す。

 

「・・・・・・・・・・・・よし」

 

 ルナマリアは予定を変更して、このままアリスを尾行する事にした。まあ、これはこれでアリスと行動を共にするわけだから、ある意味、予定通りではある。

 

 アリスはああ見えてかなり鈍いところがあるので、下手な事をしなければ気付かれる事は無いだろう。

 

 案の定と言うべきか、アリスはルナマリアの尾行に全く気付く事無く、艦を出て行った。

 

 迷わず後を尾けるルナマリア。

 

 アリスはそのまま町の方へ向かい、人ごみの中を縫うようにして歩いていく。

 

 繁華街では流石にちょっと見失いそうになったが、それでもルナマリアはアリスの後からついていく。

 

 やがて、人の波も少なくなり始めたが、アリスは尚も歩き続ける。

 

 その姿は、古代ローマの野外劇場を思わせる石造りの建物の中へと入っていった。

 

「こんな所に、何の用があるのかしらあの娘?」

 

 訝りながらも、ルナマリアもアリスに続いて中へと入っていく。

 

 中には誰もいないのか、人の気配が全くしない。その為ルナマリアは、足音を立てないように慎重に歩きながら進んでいく。

 

 やがて開けたような場所に出る。ちょうど、劇場の中央付近だ。

 

 そこまで来た時、突然、アリスはサングラスを取って走り出した。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、声を上げるルナマリア。

 

 アリスが走っていく先には、予想外の人物が立っていたのだ。

 

 アリスが駆けていく先。そこには、ルナマリアの義兄である、ラキヤ・ホーク。ラキヤ・シュナイゼルの姿があったのだ。

 

 ラキヤの方でもアリスの姿を見て立ち上がる。

 

「先輩!!」

 

 駆け寄るとアリスは、迷う事無くラキヤの胸の中へと飛び込んだ。

 

 ラキヤも、優しくアリスを迎え入れ、その華奢な体を抱き留める。

 

「アリス、会いたかった」

「ボクも、です」

 

 2人は互いの温もりを感じ合うように、抱擁を交わし合う。

 

 望外の喜びと言うべきか、アリスもまさか、ラキヤから連絡を貰えるとは思ってなかった。その為、連絡を貰うとすぐに、人目を忍んでやって来たのである。

 

 ラキヤの方も、たまたま駐留していたコペルニクスでミネルバの入港を知り、ダメ元でアリスに連絡を入れてみたのである。その結果、今回の密会が成立したわけである。

 

「心配したよ。ミネルバがダイダロスを叩いたって聞いた時は。けど、ザフト軍が勝ったって聞いた時は、逆に、ちょっと可笑しいんだけど、ホッとした」

 

 その時の自分を思い出し、ラキヤは苦笑する。

 

 味方が負けた事よりも、ザフト軍が勝ってアリスが無事である可能性が高いと思った事の方がよほど安心した自分が可笑しかったのだ。

 

 そんなラキヤに対して、アリスは真剣な眼差しを向けて告げる。

 

「先輩・・・・・・ジブリールは、ボクが討ちました」

 

 まだ、あの時アリスが撃沈した艦にジブリールが乗っていたと言う確証は得られていない。関係者やダイダロス基地氏司令部の要員も、基地陥落の際に殆どが戦死している為、確認のしようが無いのだ。

 

 しかし、現在に至るまで、ジブリールが生きていると言う情報も入ってきていない為、アリスが撃ち果たしたと言うのが正式な見解となりつつあった。

 

「そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 ラキヤは微笑みを浮かべると、優しくアリスの頬を撫でる。

 

「ありがとう、アリス。ステラの仇を討ってくれて」

「先輩・・・・・・・・・・・・」

 

 嬉しそうに頬を紅潮させるアリス。

 

 やがて2人は、どちらからともなく目を閉じると、ゆっくりと唇を重ね合わせた。

 

 その様子を、

 

「うわー」

 

 ルナマリアは物陰から、顔を赤くして眺めていた。

 

 アリスを尾行してきたら、こんな場面に出くわす事になるとは思ってもみなかった。

 

 確かにアリスがラキヤに好意を持っていたのは前から知っていたし、その為にルナマリアやメイリンも何度か後押しした事もあった。しかし、万事アクティブな事が多いアリスが、こと恋愛に関してだけは超が付くくらいに奥手であった為、ホーク姉妹の支援も悉く失敗してきたのである。

 

 それがまさか、こんな事になっているとは思いもよらなかった。

 

 いったいいつの間に?

 

「これはもう、あの娘の事、『ヘタレアリス』とは言えないわね」

 

 そう言って、苦笑するルナマリア。

 

 それはそれで嬉しいような、寂しいような、これが娘を嫁にやる母親の心境なのだろうか、と考えてしまうルナマリア・ホーク、17歳。

 

 ともあれ、こうなった以上、ここに居続けるのはいろいろと問題があるだろう。あとは2人だけにしてやろう。

 

 そう思ってルナマリアが立ち上がろうとした時だった。

 

「先輩、やっぱりまだ、地球軍に居続けるんですか?」

 

 聞こえてきたアリスの言葉に、ルナマリアは動きを止めた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 ラキヤが地球軍にいる? それはいったい、どういう事なのか?

 

 再び聞き耳を立てるルナマリア。

 

 そんな中で、ラキヤは申し訳なさそうにアリスに話す。

 

「うん、前にも言ったけど、僕にはまだ、やらなくちゃいけない事があるから」

「でも、ジブリールはもう倒したんですよ。ロゴスだって。もう地球軍には戦う理由なんか無いじゃないですか。それにステラの仇も・・・・・・」

「いや」

 

 アリスの言葉を遮って、ラキヤは言った。

 

「もう1人、居るんだ。ステラの仇は」

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 低く発せられたラキヤの言葉に、アリスは思わず言葉を詰まらせる。

 

 確かに、ジブリールは討ち果たした。最大の元凶を葬る事には成功した。

 

 だが、まだいるのだ。病院からステラを連れ出して、記憶消去と精神調整を行い、虐殺に駆り立てた張本人が。

 

 その時だった。

 

 突如、物音がして人が動く気配があった。

 

 振り返るアリスとラキヤ。

 

 そこには、

 

「る、ルナ!?」

 

 硬い表情をして、2人を見詰めているルナマリアが立っていた。

 

「どうしてここに・・・・・・てか、尾けて来たの!?」

「どうだって良いわよ、そんな事!!」

 

 戸惑うアリスに叩き付けるように叫ぶと、ルナマリアはラキヤに詰め寄った。

 

「どういう事? お兄ちゃんが地球軍にいるって、本当の事なの!?」

「ルナ・・・・・・・・・・・・」

 

 突然現れた妹の存在に、ラキヤも戸惑いを隠せないでいる。あまりの事態に、次の言葉が続かなかった。

 

 だが、その様子が、如実に真実を指し示している。

 

 ルナマリアは次いで、立ち尽くしているアリスを鋭く睨みつけた。

 

「アリス!!」

「ッ!?」

 

 その剣幕を前に、ビクッと肩を振るわせるアリス。

 

「あんたは知ってたのね、その事!?」

「えっと、ルナ・・・それは・・・・・・」

 

 アリスも言葉が続かない。

 

 無論、アリスもいつまでも隠しているわけにはいかないと思い今日まで来たのだが、タイミングが見いだせず、ズルズルと今日まで引っ張り続けてしまった。その事が結果的にルナマリアやメイリンを騙し続けていた事に変わりは無いのだ。

 

「アリスを責めないであげて、ルナ」

 

 見かねたように、ラキヤが優しく声をかけた。

 

「この娘も、すごく悩んだんだ。けど、僕の今の立場の事を考えて、ずっと黙っていてくれたんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、沈黙するルナマリア。

 

 冷静に考えれば、アリスが騙すつもりで、今までラキヤの事を黙っていた訳はない。それはルナマリアにも理解できる。

 

 そもそも、アリスはどちらかと言えば素直で嘘がつけない性格をしている。意図的にルナマリア達を騙すような事はしないはずだ。と言う事は、今回の事は止むにやまれぬ事情があったのだろう。

 

 だから、一方的にアリスを責めるのは確かに可哀そうではある。

 

 しかし、

 

「だからって、納得なんてできないわよ、こんなの・・・・・・」

「・・・・・・そうだね、ごめん」

 

 そもそも、何でラキヤが地球軍にいるのか。その辺りから説明してもらわない事には、ルナマリアには納得がいかなかった。

 

 その時だった。

 

 突如、ラキヤは2人に背を向けると、油断の無い鋭い瞳で周囲を見回す。

 

 それは、普段はあまり見せる事の無い、戦う時のラキヤの顔である。

 

「先輩?」

「気を付けて2人とも」

 

 ラキヤは懐の拳銃に手を触れながら、油断なく告げる。

 

「どうやら、嫌なお客さんみたいだ」

 

 ラキヤが言い終わらないうちに、物陰からワラワラと人影が出て来た。

 

 数は10人弱と言ったところだろう。見るからに凶悪そうな外見をした男達ばかりだ。手にはそれぞれ、ナイフやら銃やらを持っている。

 

 そして、

 

「お客さ~ん、困りますね、こんな場所で痴話げんかは。できればあの世でやってもらいたいんですがね? 何しろ、モルモット同士の喧嘩なんぞ、見苦しすぎて誰も見たくないもんで」

 

 見下したような言い方と共に現れた青年を見て、ラキヤは睨みつけるように目を細めた。

 

「・・・・・・ベイル・ガーリアン」

「久しぶりだなあ、ラキヤ・シュナイゼル!! 貴様の薄汚れた面なんぞ見たくもなかったが、まあ、それも今回で終わりだと思えば、すがすがしい気分だよ」

 

 高みから見下ろすようなベイルを睨みつけ、ラキヤは妹と彼女を庇うように後退する。

 

「先輩・・・・・・」

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 不安そうに、体を固くするアリスとルナマリア。

 

 対してラキヤは、殊更低い声で告げた。

 

「アリス、あいつだ」

「え?」

 

 訝るアリスに、ラキヤは鋭い眼差しをベイルに向けて言った。

 

「あいつが、ステラの、もう1人の仇だよ」

「えッ!?」

 

 ラキヤの言葉に、思わずアリスはベイルの方を見る。

 

 対して、ベイルは嘲笑を滲ませて、己を誇るように睨み返してくる。

 

「ステラ? ・・・・・・ステラ? ・・・・・・・ああ、あの役立たずのお人形の事か」

 

 ようやく思い出した、と言わんばかりにベイルはわざとらしく手を叩いて言う。

 

「まったく・・・・・・何をくだらない事を言い出すかと思えば、あのお人形を壊したのは、聞いていればその女だそうじゃないか。それに、俺にあれを命じたのは盟主だ。恨むんなら、そいつらを恨めよ。もっとも、盟主の方は今頃、肉片になって宇宙を彷徨っているだろうがな。用があるんだったら、頑張って拾い集めて来いよ」

 

 せせら笑うベイル。

 

 その様子に、ラキヤも、アリスも、神経が焼き切れそうなほどに沸騰するのを感じた。

 

「やれ」

 

 軽く手を振るベイル。

 

 それが合図だったのだろう。居並ぶ男たちが、3人に向かって近づこうとする。

 

 次の瞬間、ラキヤの手が閃いた。

 

 手にした拳銃を放ち、先頭の男の眉間を正確に撃ち抜く。

 

 たじろく男達。

 

 その隙にラキヤは、更に2発発射し、立ち尽くしている男達を撃ち倒した。

 

 ようやくの事で、ラキヤが容易な相手ではないと気付いたのだろう、男達が動き出す。

 

 しかし、その時には既にアリスとルナマリアも動いていた。

 

 2人とも拳銃を手に、ラキヤの援護に入る。

 

 アリスは正確な射撃で、向かってくる相手を次々と撃ち倒していく。

 

 ルナマリアの方は、射撃は他の2人ほど正確ではないが、牽制の射撃を行いつつ接近し、体術で敵を無力化していく。

 

 その間にもラキヤは、飛んでくる銃撃を、遮蔽物を利用しながらかわし、電光石火の速さで動くと同時に、更に正確な射撃で敵を打ち倒していく。

 

 その様子を、ルナマリアは関心半分と言った感じで眺めている。

 

 昔から喧嘩も強かったラキヤだが、軍に入って、更に動きが洗練された感がある。今も、ラキヤ1人で半分以上の敵をなぎ倒している。

 

 呆れてしまう。あれで本人はナチュラルだと言うのだから、世の中色々と間違っている気がした。たぶん、アリスとルナマリアが2人で掛かっても、今のラキヤには敵わないだろう。

 

 程無く、居並んでいた男達は全員床に這いつくばっていた。

 

 この間にかかった時間は、僅か3分足らず。正にあっという間だった。

 

「やるね、ルナマリア」

「私だって、いつまでも子供じゃないわよ」

 

 そう言って、ルナマリアはラキヤに強がってみせる。

 

 あらかたの敵を倒し終えた。そう、判断した時だった。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 突然響き渡る、アリスの悲鳴に、2人はとっさに振り返る。

 

 そこには、アリスを羽交い絞めにしたベイルが、少女の頭に銃口を突きつけていた。

 

 被っていたキャスケット帽が弾き飛ばされ、アリスの長い髪がばさりと解けるのが見える。

 

「アリス!!」

 

 とっさに銃を向けようとするラキヤ。

 

 しかし、

 

「おっと、そこまでだ。銃を捨てろ!!」

 

 勝ち誇ったように叫ぶベイル。その腕の中で、アリスも必死に抜け出そうとしているが、両腕をホールドされている上に、腕力も違い過ぎる為、抜けられないでいる。

 

 仕方なく、ラキヤとルナマリアは銃を床に置く。

 

 その様子を眺めて、ベイルは薄笑いと共に見て、次いで周囲を見回し舌打ちした。

 

「チッ 役立たず共が。やっぱ現地調達のゴロツキじゃ話にならんな」

 

 既に彼が雇ったゴロツキは全滅している。残っているのはベイルだけだった。

 

 吐き捨てるように言うと、再び視線をラキヤ達に戻した。

 

「まあ、良い。どのみちこうなる事はできたんだ。結果オーライだろ」

 

 そう言いながら、ベイルは見る者に不快感しか呼び起さないような笑みを向けてくる。

 

「なあ、ラキヤ・シュナイゼル。俺が大嫌いな物が何か、知っているか?」

「・・・・・・・・・・・・さあ」

 

 短く答えながらも、ラキヤは飛びかかれるタイミングを計っている。ベイルが僅かでも隙を見せれば、その瞬間に襲い掛かるつもりだった。

 

 それでなくても自分の大切な彼女が、憎むべき敵の手にゆだねられている状況には我慢ができないくらいである。

 

「俺のやる事を、誰かに邪魔される事だよ。今まで邪魔してくれた奴は全員あの世に送ってきたんだが、その中で貴様は随分と俺の手を煩わせてくれた。全く、下賤で、不愉快で、意地汚い奴だよ、お前は!!」

 

 言いながら、下卑た笑いを腕の中にいるアリスへと向けた。

 

「こいつがお前の女か。モルモットにしちゃ、なかなかな上玉じゃないか。まだガキ臭いところはあるがな」

 

 言いながらベイルは、見せつけるようにアリスの胸を鷲掴みにする。

 

「イヤァ・・・・・・」

 

 込み上げる嫌悪感に悲鳴を漏らすアリス。

 

 それが更に、ベイルの中で嗜虐心をそそっていく。

 

「こいつは仕込めば、なかなかの代物になりそうだ。どうだ、パイロットなんかやめて、体売る仕事してみろよ? モルモット女なんぞ俺は願い下げだが、そういう獣姦趣味が良いっていう変態野郎はいくらでもいるからな」

 

 そう言うと、アリスの頬に舌を這わせる。

 

 対して、グッと目をつぶって不快感を堪えているアリス。

 

 と、

 

「やめなさいよ!!」

 

 見かねたように、ルナマリアが叫ぶ。親友が嬲り者にされる様は、見るに堪えかねていた。

 

「そんな事して、いったい何になるって言うのよ!?」

「何になる、だぁ?」

 

 ルナマリアの言葉に対して、ベイルは唇の端を吊り上げて薄笑いを見せる。

 

「良いかッ 貴様達モルモットは、所詮、俺達のお情けで生かされてるんだッ その分際も弁えずに、不遜な権利ばかり主張しやがってッ 貴様等は黙って、俺達人間様の為に奉仕してりゃ良いんだよ!!」

 

 ブルーコスモスの思想を極限したような、傲岸不遜極まりないナチュラル史上論。

 

 そして、手段の為なら目的を選ばない残虐性。

 

 ベイルと言う存在が、人間としていかに相容れない存在であるか、如実に物語っていると言って良かった。

 

「・・・・・・・・・・・・良く判った」

 

 静かに言ってラキヤはルナマリアの肩を叩きながら、前へと出る。

 

 その目は、真っ直ぐにベイルを射抜いている。

 

「それなら、僕1人を殺せば良い。この子達は関係無いでしょ」

 

 そう言って、ラキヤは自ら的になるように、立ち止まって両腕を大きく広げてみせる。

 

「お兄ちゃん!!」

「先輩、ダメ!!」

 

 アリスとルナマリアが叫ぶが、ラキヤは構わずベイルを睨んで立ち続ける。

 

 その様子を見て、ベイルは薄笑いを浮かべて、銃口をラキヤへと向けた。

 

「良い覚悟だ。じゃあ遠慮なく、死ねェェェ!!」

 

 忌々しい相手をようやく葬る事ができる。

 

 そう考えると、ベイルの中で高揚感は否が応でも増してくる。

 

 少女2人が絶望感に捕らわれる中、ベイルは引き金を引き絞った。

 

 放たれる弾丸は、真っ直ぐにラキヤへと向かう。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 ラキヤの中でSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

 加速される感覚、溢れかえるほどに漲る躍動感。

 

 今のラキヤには、亜音速で飛んでくる銃弾すら、空中に止まって見える。

 

 駆けながら、首を傾けて銃弾を回避するラキヤ。

 

 ベイルの驚く顔が見えた。

 

 その顔面へ、

 

 一気に距離を詰めたラキヤは、迷う事無く右ストレートを叩きこんだ。

 

「グベッ!?」

 

 カエルがひき潰されたような声と共に、顔面から鼻血を流して床に転がる。まさか、至近距離で銃弾をかわされるとは思ってもみなかったのだろう。

 

 ベイルの拘束が外れ、アリスが崩れ落ちる。

 

 そのアリスの体を、慌てて駆け寄ったルナマリアが抱き留めた。

 

「アリス、大丈夫?」

「う、うん、ありがとう」

 

 そう言って、力無く笑うアリス。

 

 一方、

 

「ヒッ ヒ~~~~!!」

 

 無様な悲鳴を上げて、転がるように逃走に転じるベイル。

 

 武器も、雇ったゴロツキも失い、人質も奪還されてしまった。もはや、ベイルに打てる手段は、逃走のみだった。

 

「待て!!」

 

 その背後から、ラキヤが追いかけようとする。

 

 しかし、廊下に出た時には既に、ベイルの姿はどこにもなかった。

 

 その様子に、ラキヤは舌打ちする。相変わらず、逃げ足だけは速い男である。

 

 仕方なく、ラキヤは抱き合っている妹と彼女の元へと戻った。

 

「せんぱ~い」

 

 今にも泣きそうな顔で、情けない声を上げてくるアリス。

 

 そんなアリスに、ラキヤは笑いかけ、すがりついてきた少女の体を優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・成程、そんな事があったんだ」

 

 全ての説明を聞き終えて、ルナマリアは頷いた。

 

 ボアズ戦の後ラキヤが地球軍に回収された事、そこで強制的に地球軍に入隊させられた事、ファントムペインでの事、アーモリーワンの事、ステラ達の事、そしてアリスとの事。

 

 初めは驚きと共に聞いていたルナマリアだが、やがて納得したような表情を浮かべた。

 

「何ていうか、お兄ちゃんはどこに行っても変わらないね」

「そうかな?」

 

 意外そうな表情を浮かべるラキヤに、ルナマリアは可笑しそうに笑って見せる。

 

「そうだよ。何だか、いっつも自分以外の誰かの為に頑張っちゃってさ。何か、早死にとかしそうだよね」

 

 兄が地球軍にいる。その事は確かに、ルナマリアにとっては忸怩たるものがある。だが同時に、そんな兄がいつまでも変わらずにいてくれた事には、奇妙な可笑しさと嬉しさが入り混じっていた。

 

 そんなルナマリアの言葉に対して、苦笑を返すラキヤ。

 

「いや、シャレにならないから、そういう事は言わないでね」

 

 前線で戦っている身としては、笑い話で済まされる物ではなかった。

 

「それで、先輩、やっぱりまだ、地球軍にいるんですか?」

 

 アリスが縋るように、ラキヤを見つめてくる。

 

 今後どうなるかわからないにしても、やはりラキヤが地球軍に居続ける事は、アリスにとっても耐えられない事だった。

 

 対してラキヤは少し申し訳なさそうに顔を伏せながら、それでも己の考えを曲げずに答える。

 

「うん、悪いんだけど。今はまだ、やめるわけにはいかないんだ」

「それは、さっきの男の事があるから?」

 

 ルナマリアの問いかけに、ラキヤは頷きを返す。

 

 あのベイルを討ち果たさない限り、ステラの仇を討った事にはならない。その為には、ラキヤは地球軍に居続ける必要があった。

 

「それに、今はまだ、僕の力を必要としてくれている人達もいるからね。その期待を裏切る訳にはいかない」

 

 そう告げるラキヤの脳裏には、スティングやクラーク、その他多くの仲間達の顔が思い浮かべられる。

 

 衰退を始めた地球連合軍の中にあって、ラキヤの存在はあまりにも大きい。今、彼等を見捨てて軍を去る事は、ラキヤにはできなかった。

 

「けど、いつか必ず」

 

 そう言って、笑みを見せるラキヤ。

 

 それに対して、アリスとルナマリアも、寂しそうにしながらも微笑みを返す。

 

 ラキヤはルナマリアを、そしてアリスを、そっと抱き締める。

 

 今は帰る事ができない。

 

 だが、いつかは必ず。

 

 その想いを胸に刻み、ラキヤは少女達に別れを告げる。

 

 その背中を、アリスとルナマリアはいつまでも見送っていた。

 

 

 

 

 

~それはさておき~

 

 

 

 

 

「さ て と、アリス」

 

 勿体つけたような口調で声をかけるルナマリア。

 

 その妙な言い回しに、アリスは不穏な物を感じ、ゆっくりと振り返る。

 

 見ると、ルナマリアは顔に満面の笑顔を浮かべてアリスを見ている。もっとも、目は1ミリグラムも笑ってはいないのだが。

 

 一気に顔を青褪めさせるアリスに対し、ルナマリアは笑顔を浮かべたまま言った。

 

「お兄ちゃんとの事、今の今まであたし達に黙ってた件について、たっぷりとお話を聞かせてもらいましょうか?」

「えっと・・・・・・」

 

 必死に視線を泳がせるアリス。

 

 何とか、この状況を脱出する手段は無いものかと思案する。

 

「そ、そーだ、ボクお買い物に行こうと思ってたんだ。それじゃーね、ルナ」

 

 棒読みでセリフを言いながら回れ右をし、無駄な抵抗をしようとするアリス。

 

 だが、

 

 ガシッ

 

「ヒィッ!?」

 

 悲鳴を上げるアリス。

 

 逃がさない、とばかりにルナマリアはアリスの襟首を掴まえている。

 

 恐怖で震えているアリスをよそに、ルナマリアは片手で携帯電話を取り出してボタンをプッシュする。

 

「あ、もしもし、メイリ~ン? もう仕事終わった~?」

「ちょ、何でメイリンまで呼ぶの!?」

「・・・あ、そう。じゃあさ、今からアリスを吊し上げ・・・じゃなかった、お説教するから、あんたも参加しない?」

「いや、それ、言い直す意味無いよね!?」

「・・・うん、じゃあ、あたしの部屋でね」

 

 アリスを徹底的に無視して電話を切るルナマリア。

 

 お仕置き確定。アリスに逃げ道は無かった。

 

「さ、行くわよアリス」

「イィヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 抵抗も空しく、ズルズルと引きずられていくアリス。

 

 その日、ミネルバの艦内にアリスの泣き声が響き渡ったと言う。

 

 

 

 

 

PHASE-44「いつか必ず」      終わり

 


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