機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-43「墜ちる月」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球連合軍がレクイエムによるプラント直接攻撃を行った後、デュランダルが取った行動は迅速だった。

 

 直ちに月軌道艦隊を中心とした討伐艦隊を編成、ダイダロスに派遣して事態の対処に当たると同時に、自身の座乗する機動要塞メサイアも、月方面に進路を向けた。

 

 だが、真に大変なのは前線よりも、むしろプラント本国であろう。

 

 今も向こうに残っている議員に対し、通信で指示を送っているところではあるが、その議員からして、突然の事態にどう対処して良いか判らない様子だった。

 

《市内はどこもパニック状態です。とても収拾のつくものではありません!!》

 

 無理も無い。敵の攻撃の着弾により、コロニー4基が壊滅、更にその衝突を受けて2基が破損したのだ。被害にあった6基のコロニーにおける生存者は絶望的と見られている。市民の間で、次は自分達の番だと言う不安が広まるのは当然だった。

 

 シェルターや港には、脱出しようとする人々が溢れかえり、大混乱に陥っていた。

 

「判っているッ だが、それを収めるのが仕事だろう。泣き言を言うな!!」

 

 デュランダルは容赦なく怒鳴りつける。

 

 泣きたい気持ちは判るが、彼等まで狼狽したりしたら市民に与える不安と混乱は計り知れないものとなる。

 

 大変でも、やってもらわねばならなかった。

 

 そこへ、士官の1人が報告書を持ってデュランダルに駆け寄ってくる。

 

「砲のパワーチャージにどのくらいかかるかは不明ですが、時間はそう無いと見るべきです。また、他にどのくらいの中継点があるのかも特定できません」

 

 モニターに映し出された略図を見ながらの説明には、落胆せざるを得ない。事実上、何も判っていないに等しいからだ。

 

 もっとも無理も無い。先の第1射から、まだそれほど時間も経っていない。兵器の詳細について調べる余裕すらなかったのだ。

 

 とは言え、それで手を拱いている訳にはいかないのも現状である。どうにか、2射目がある前に、あれを破壊しなくてはならなかった。

 

「ならばまずは、ファーストサーバーを陥とすべきです。今、我々の位置からでは・・・・・・」

 

 確かに、現在のザフト軍の位置からでは、ダイダロス基地を直接攻撃するよりも、第1中継地点の方が近い位置にある為攻めやすいだろう。更に、レクイエムの兵器特性上、1基でも中継点を破壊、もしくは軌道をずらす事ができれば、照準を狂わせる事が可能と思われた。

 

「ともかく救助を」

「いや、残る都市の避難の方が先ですよ」

 

 狼狽した将校達が、話し合っているのを、デュランダルは制して言う。

 

「それも判っているが、そうしている間に2射目を撃たれたらどうする?」

 

 その指摘に、将校達は沈黙する。そうなった場合、またも多くの命が失われる事になる。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 その為にデュランダルは、避難の監督は本国の方に任せ、こちらは攻撃に全力を傾注すべきだと言っているのだ。

 

《何か、和解・・・・・・停戦の手段などは?》

「停戦?」

 

 恐る恐ると言った感じに意見する議員に対して、デュランダルは鋭い視線と共に言い返す。

 

「相手は国家ではないのだぞ。テロリストとどんな交渉ができると言うんだね? 力に屈服しろと言うのか!?」

 

 相手が国家なら、まだ話し合いでの解決も見込めるかもしれない。が、しかし相手は話が通じる相手ではない。それは、これまでの一連の出来事で判り切っている事だった。

 

 ロード・ジブリール。

 

 ロゴスの残党の1人であり、この戦争を陰で演出し続けた男。

 

 あの男との長きにわたる戦いに決着を付ける時が、ついに来たのだ。

 

「ザフト全軍、どうか全力で事態に臨んでほしい!!」

 

 デュランダルの指示を受けて、ザフト将校達は全力を尽くすべく動き出す。

 

 とにかく、事この段になった以上、もはや後戻りはできない。何としてもレクイエムを破壊してジブリールを討ち果たさなければ、プラントは終わりだった。

 

 そんな中、イレーナがデュランダルの背後から歩み寄った。

 

「わたくしも行きましょうか?」

「いや」

 

 イレーナの申し出に対して、デュランダルは首を振った。

 

「君には、他にやってもらわなくてはならない事がある。間も無く地球からアスランが戻る。彼と、あとハイネを連れて、行って欲しい場所があるんだ」

「・・・・・・判りました」

 

 デュランダルの意図を察して、イレーナは頷きを返す。

 

 デュランダルの作戦に隙は無い。今度こそ、ジブリールを仕留める事ができるはずだった。

 

 

 

 

 

 その頃、ダイダロス基地では、レクイエム第2射の準備を進めるべく、急ピッチで作業が進められていた。

 

「ザフト艦隊、動き出しました! イエロー136アルファ!!」

「レクイエム、再チャージ急げ!! セカンドムーブメントの配置、どうなっているか!?」

 

 基地司令が陰気な顔に焦りを滲ませて叫んでいる。先の射撃で最終中継点であるグノーをザフト軍に破壊されてしまったため、新たな中継点を他から持って来なくてはならないのだ。

 

 しかし、その作業が完了する前に、ザフト軍の侵攻は始まってしまった。

 

「守りきれよ。今度こそ、アプリリウスを葬るのだからな」

 

 ジブリールも遅々とした速度で進む作業の様子を、イライラしながら眺めている。

 

 ザフト軍は要塞空母ゴンドワナを中心に、月軌道艦隊、および本国防衛軍からも増援を送り、必勝の構えだ。その総数はダイダロスに駐留している地球連合軍よりは少ないが、それでもかなりの数になる。

 

 地球連合軍も手を拱いていた訳ではない。ザフト軍が目指している1次中継点フォーレには既に、基地兵力の8割を増援として送り、更にアルザッヘルからも増援が来る手はずになっているが、このままでは防ぎきれるかどうか、微妙な所であった。

 

 と、

 

「何だったら、俺も出ましょうかね?」

 

 ジブリールの背後から、小馬鹿にしたような口調が投げかけられた。

 

 対してジブリールも、首を僅かに後ろに向けて、自身の背後に立つ赤髪の青年を見やった。

 

「貴様はこの基地の守りだ。動かすわけにはいかん」

「そいつは、慎重な事で。もっとも、そのおかげでアンタは今まで生き残って来られたんでしょうけど」

 

 そう言って肩を竦める男に、暗にジブリールが今まで、敗北した味方を置き去りにして1人生き残り続けて来た事を揶揄していた。

 

 男の言葉に、ジブリールは明らかに不快な表情を向ける。

 

「大きな口を叩くなよ。そもそも、貴様達が無用な失態を続けなければ、私がこのような辺境の月基地に押し込まれるような事にはならなかったのだからな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ジブリールの言葉に対し、男は露骨に憎悪を滲ませた目を向けてくる。

 

 だが、ジブリールはそれに構わず、前を見続ける。

 

「何にしても、ここを守りきらねば、全てが終わってしまう」

 

 ジブリールの目には、第1中継点増援の為に出撃していく艦隊の姿が見える。

 

 総力を挙げて出撃していく地球連合軍。

 

 次の攻撃までに守りきれるかどうか。それが、この戦争の帰趨を決めると言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 地球連合軍がフォーレと呼称する一次中継点に到達すると同時に、ザフト軍月軌道艦隊は攻撃を開始した。

 

 艦隊の砲撃に続いで、お決まりとも言うべきモビルスーツ隊の突撃が開始される。

 

 それを迎え撃つべく、砲門を開く地球連合軍。

 

 両軍の間で、激しい砲火の応酬が交わされる。

 

 ザフト軍には、もう本当に後が無かった。

 

 これまで多少の作戦失敗はあったものの、地球連合軍に対しては常に有利に戦局を進めてきたザフト軍だが、ここに来て追い詰められる結果となっている。

 

 ここを守りきらなければ、プラントの壊滅は免れない。

 

 それ故に、投入可能な全戦力をフォーレに叩き付けていた。

 

「くそッ 連合め、卑怯な手を使いおって!!」

 

 後詰部隊の先頭に立って進軍するイザークは、歯ぎしりしながら毒づく。先のグノー攻防戦では、今一歩の所でプラント攻撃を防げなかった事も有り、イザークとしては悔しさも人一倍である。

 

 そんな相棒を宥めるように、ディアッカは肩を竦めて返事を返す。

 

《戦争に卑怯もクソも無いだろ》

「何を、ディアッカ、貴様、奴らの肩を持つ気か!?」

《んな訳ないだろ! たくッ》

 

 どうやら、火に油を注いでしまったらしい。

 

 こうなった時のイザークは大抵の場合、周りの人間の話を聞かないと言う事を経験で知っているディアッカは、肩を竦めて会話を打ち切る。

 

 代わって、今度はディアッカの方から口を開いた。

 

《なあ、俺達、本当にこれで良いんだよな?》

 

 珍しく迷うような友人の言葉に、イザークも怒気を押さえて返事を返す。

 

「何がだ? 俺達はプラントを・・・・・・」

《守らなきゃってのは判ってるし、今は戦うしかないけどさ・・・・・・》

 

 先日の、2人のラクス・クラインがもたらした混乱は、プラント全体に大きな波紋を投げかけていた。特に最前線で戦うザフト軍にとっては、どちらのラクスを信じて戦うべきか、混乱に陥る場合もあったらしい。

 

 そのように分裂しかけたザフトを再び元に戻したのは、皮肉にも今回のプラント攻撃だった。同胞を撃たれた痛みと憎しみが、分裂しかけたザフトを、再び1つにまとめ上げたのである。

 

 だが、ディアッカも、そしてイザークも、その事に疑問を感じずにはいられなかった。

 

 憎しみや悲しみに身を任せて戦う事がいかに危険であるか、2人は先の大戦で学んでいる。その先に待っているのが破滅への一里塚だと言う事も。

 

 まして、どちらが本物のラクス・クラインであるか、一時期、L4同盟軍と行動を共にした事も有る2人には判っている。その事が、偽物を仕立てているデュランダル議長に疑念を持たずにはいられなかった。

 

《せめてアスランがいてくれりゃ、何か判るかもしれないんだけどね》

 

 ディアッカが言った途端、

 

「あいつの話はするな!!」

 

 イザークは、殆ど反射的に怒鳴りつけた。

 

「まったく、鉄砲玉じゃあるまいし、予定も無く地球に降りたと思ったら、その後は連絡の一つも寄越さんとはッ 何を考えているんだあいつは!? 少しはイライラさせられる、こっちの身にもなれと言う物だ!!」

 

 貶してるんだか心配してるんだか、イマイチ判りづらいイザークの発言に、ディアッカは苦笑するしかなかった。

 

 だが、アスランとラクスの縁は、イザークやディアッカよりもずっと深い。そのアスランが、ラクスの偽物に気付いていないはずがないのだ。

 

 もしアスランが、それを承知で議長に協力しているとしたら。

 

 果たして、それをするだけの価値が、デュランダルの目指す未来にあると考えているのだろうか?

 

 だが、思考するのもそこまでだった。

 

 程無く、流星のように流れる閃光の軌跡が見えてくる、ザフト軍と地球軍が交戦している光だった。

 

 状況は一進一退である。月軌道艦隊が怒涛の勢いで押し寄せ、地球軍がそれを押し返すと言う状況が続いている為、未だにコロニーに取り付く事ができたザフト軍部隊は無かった。

 

「行くぞ、何としてもプラントを撃たせるんじゃない!!」

《おう!!》

 

 気を取り直して、イザーク機に追随するディアッカ。

 

 すぐに、地球連合軍も、新たな敵部隊に対して攻撃を集中してくる。

 

 イザークとディアッカは交戦域の真ん中に飛び込むと、押し寄せる地球連合軍の機体を、次々と屠っていく。

 

 流石は歴戦のパイロットと言うべきだろう。いざ戦闘となれば内の迷いを捨てて、全神経を戦いに集中し、圧倒的な戦闘力を見せ付けていく。

 

 2人の隊長に続いて飛び込んだのは、ルインのアドラーと、アキナのファルケだ。

 

 2機はそれぞれの長所を活かして、次々と敵機を葬っていく。

 

 そこへ、巨大な機影が迫ってくるのが見えた。

 

 巨大な蟹のような外見をしたモビルアーマー。ザムザザーだ。

 

 アドラーとファルケに狙いを定め、猛スピードで突撃してくるザムザザー。モビルスーツを上回る巨体で突進されると、見た目にはかなり脅威である。

 

 しかし、長い戦いで既に歴戦の兵士にまで成長を遂げていたルインとアキナは、全く動じる事は無い。アドラーとファルケの前面に、紅いフィールドが展開されると、2機は高速機動を発揮して突撃を開始する。

 

 ツインバードストライクの構えである。

 

 先行するアドラーが高速でザムザザーの突撃を回避すると、同時にエクスカリバーを一閃、ザムザザーの背中をリフレクター発生装置ごと斬り裂く。

 

 そこへ、今度はファルケがオルトロスとレールガンで砲撃を浴びせる。

 

 ビームの直撃を受けたザムザザーは一瞬動きを止めると、自壊するように内部から爆散した。

 

 一部の隙も無い連携攻撃を前に、地球軍自慢のモビルアーマーも成す術が無い。

 

 だが、1機撃墜しても、後から後から地球軍は湧いてくる。

 

 フォーレを巡る戦闘は、激しさを増しつつ、尚も一進一退の状況が続いていた。

 

 

 

 

 

 地球を出た後、ミネルバは月軌道艦隊との合流を目指して航行していたが、その予定は進撃途中で急遽変更される事になった。

 

 デュランダル議長から、緊急の特命コードを受け取ったからである。

 

 だが、その内容は驚愕すべき物だった。

 

 その命令書には、ミネルバ単独にてダイダロス基地を強襲、基地施設並びにレクイエム砲本体を壊滅せよ、と言う事だった。

 

 無茶にも程がある。いかに小規模とは言え、相手は地球連合軍の基地だ。ミネルバ1隻で陥落させるには無理がありすぎた。

 だが、やるしかない事もまた事実である。

 

 いかにミネルバの俊足をもってしても、今から月の裏側にある1次中継地点に行っても間に合わない可能性が高い。それよりも、地球から上がって来たばかりのミネルバの位置からなら、ダイダロス基地の方が遥かに攻めやすいだろう。勿論、距離的な意味でだが。

 

「間に合うかな・・・・・・」

 

 アリスが不安そうに呟く。

 

 彼女の横にはレイとルナマリアの姿もある。3人とも、既にパイロットスーツに着替え終えていた。

 

 アスランはいない。宇宙に出た時点で、別口で特命コードを受け取り、艦を降りていた。

 

 やはり、自分達だけで敵の基地を攻めるのには不安があった。もし自分達が基地陥落に失敗し、月軌道艦隊も1次中継点撃破に失敗したら、今度こそプラントが撃たれる事になる。そう考えれば尚更だった。

 

 モニターの中では、月軌道艦隊と地球軍艦隊の交戦の様子が映し出されているが、まだザフト軍が問題のコロニーに取り付けた様子は無い。ザフト軍も可能な限りの戦力を投入しているが、やはり未だに物量では地球軍の方が勝っているようだ。

 

「第2射までに月軌道艦隊が第1中継点を陥とせれば、辛うじてプラントは撃たれない。だが、奴らのチャージが早ければ、艦隊もろとも薙ぎ払われるぞ」

 

 レイの冷静な指摘に、アリスはビクッと肩を震わせる。

 

 それはまさしく、アリスが考えていた最悪のシナリオである。

 

「トリガーを握っているのが、そういうやつだと言うのを忘れるな」

「・・・・・・うん、判ってる」

 

 ロード・ジブリール。

 

 ロゴスの残党にして、全ての元凶。

 

 開戦初日に躊躇い無くプラントに核を打ち込み、何の罪も無い西ユーラシアの人達を虐殺し、そしてステラを使い捨てた許されざる男。今また大量破壊兵器でプラントを攻撃して、「血のバレンタイン」を遥かに上回る犠牲者を出した。

 

 今度こそ、確実に葬らなくてはならない。

 

 そこでふと、アリスはラキヤの事を思い出し、モニターに目を向けた。

 

 アリスの恋人で、今は地球軍の士官をしている青年。

 

 もしかしたら、彼もまた、今あそこで戦っているのだろうか? そんな考えが浮かんでくる。

 

 堪えきれず、アリスは自分の体をギュッと抱きしめた。

 

 会いたい。

 

 ラキヤに会いたい。

 

 会って抱き締めてほしい、キスしてほしい、可愛がってほしい。

 

 重大な作戦の前だと言うのに、アリスの心の中ではラキヤへの思慕が焦燥のようになって湧き上がってくるのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レクイエム、稼働率50パーセント!!」

 

 その報告に、ジブリールは歓喜の表情を浮かべる。

 

 ザフト軍の猛攻で一時はどうなる事かと思ったが、準備は順調に進んでいる。もう間もなく、全てが完了するはずだった。

 

「良いぞッ フォーレさえ守りきれれば、我々の勝ちだ!!」

 

 間もなくレクイエムは放たれ、あの目障りな砂時計は一掃される。そう考えれば、心躍る物も来ようと言う物だ。

 

「これで終わる。長きに渡る奴等との戦いも」

 

 そもそも、コーディネイターなどと言う人外のバケモノが跳梁する今の世の中は間違っている。奴らの存在こそが害悪である事は間違いないのだ。

 

 だから醜いバケモノ共は全て滅ぼし、美しい青き清浄なる世界を取り戻さなくてはならない。

 

 ブルーコスモスの前盟主ムルタ・アズラエルは、コーディネイター殲滅を謳い、一時はそれに成功する一歩手前まで言ったものの、最後には志半ばで倒れる事となった。

 

 しかし今、アズラエルですら成し得なかった事が、もう間もなく達成されるのだ。

 

「誰もできなかった事を、私は成し遂げる!! 歴史はようやく正されるのだ。あと数時間で!!」

 

 高らかに謳い上げるジブリール。

 

 今この瞬間こそが、彼にとっては最高潮だったのかもしれない。

 

 それ故に、転がるのもまた必然だった。

 

「10時方向より接近する艦影あり!!」

「何ッ!?」

 

 水を差すようなオペレーターの言葉に、ジブリールは思わず目を剥く。

 

「距離50。ザフト軍、戦艦ミネルバです!!」

「ミネルバだと!?」

 

 慄然とする。それは、今まで何度も何度も煮え湯を飲まされ、ついに撃沈する事ができなかった忌々しい戦艦の名前だ。

 

 ミネルバは今まで地球にいると思っていたのだが、まさか宇宙に上がってきているとは、誰も思ってもみなかった。

 

「馬鹿者ッ なぜ今まで気付かなかった!?」

 

 怒鳴る基地司令官。すぐさま、迎撃態勢を取ろうとするが、あまりにもタイミングが悪すぎる。

 

 現在、基地の駐留兵力の大半はフォーレ防衛の為に出撃してしまっており、ダイダロスは完全に手薄な状態だった。しかも、部隊を呼び戻せば、今度はフォーレが陥落してしまう。アルザッヘルからの増援も、まだ1日以上掛かる場所にいる。

 

 ジブリールは、唇が切れるくらいに強く噛みしめる。

 

 目前まで迫った勝利が、音を立てて崩れていくのが分かった。

 

 

 

 

 

 ルナマリアの乗ったコアスプレンダーが中央カタパルトから射出され、ブラストインパルスに合体完了するのが見える。

 

 続いて、レイのレジェンドも発進していく。

 

 最後に、アリスの番が来た。

 

「アリス・リアノン、デスティニー行きます!!」

 

 リニアカタパルトから射出されると同時に、機体は赤、青、灰のトリコロールに染められる。

 

 同時に、久しぶりに感じる宇宙の感覚が、アリスを包み込んでくる。

 

 速度を上げてダイダロス基地に迫るデスティニー、レジェンド、インパルスの3機。

 

 それを察知したのだろう。ダイダロス基地の射出口からも、次々とモビルスーツやモビルアーマーが湧き出してくる。

 

 いかに大半の戦力をフォーレ防衛に回しているとはいえ、まだかなりの数が残っていた様子である。

 

《行くわよ!!》

 

 ルナマリアの叫びと共に、インパルスはケルベロスを跳ね上げて砲撃を開始する。

 

 それに合わせるように、デスティニーも長射程ビーム砲を展開して砲撃、向かってくるウィンダムやダガーLを撃ち落としていく。

 

 レイもまた、2人に続いて攻撃を開始する。

 

 レジェンドは装備している大型ドラグーン2基と小型ドラグーン8基を一斉射出し、連合軍機に容赦無く砲撃を浴びせていく。

 

 大型ドラグーンには9門、小型ドラグーンには2門、それぞれ砲門が備えられている。合計34門。それらが一斉に攻撃を行い、接近しようとしていたザムザザーを四方八方から撃ち抜いて破壊する。

 

 アリスはその間にアロンダイトを抜いて構えると、残像を引きながら突撃、焦って射撃する地球軍の攻撃をすり抜けて斬り込む。

 

 デスティニーの機動力の前に、成す術がない地球連合軍。

 

 ウィンダムやダガーLが、次々と斬り飛ばされていく。

 

 そこでアリスは、接近してくるモビルアーマーに気付いた。

 

 虫のような胴体に、ダガーの上半身を持つグロテスクな機体。ガルナハンで交戦したゲルズゲーだ。

 

 アリスはデスティニーを加速させ、ゲルズゲーへ向かう。

 

 ゲルズゲーの方でも、接近するデスティニーに攻撃を集中してくるが、その攻撃は全て、デスティニーの残像を抉る事しかできない。

 

 デスティニーの肩にあるフラッシュエッジを両手に構え、サーベルモードにするアリス。

 

 駆け抜ける一瞬。

 

 瞬時に振るわれる刃は、ゲルズゲーの足を、腕を、頭部を悉く切り飛ばす。

 

「これでッ!!」

 

 機体を反転させるアリス。同時にデスティニーの右腕を突き出しパルマ・フィオキーナを発動、ゲルズゲーを火球に変えた。

 

 デスティニーの戦闘力を前にしては、地球軍の主力モビルアーマーも成す術がない。

 

 かつて、アスランですらようやくの思いで倒した敵を、アリスはあっという間に倒してしまった。

 

 奮戦を続ける、アリス、レイ、ルナマリアの3人。

 

 このまま一気に突破する。

 

 そう思った、正にその時だった。

 

 突如、出し抜けに太い閃光が、ダイダロス基地の方向から放たれた。

 

「ッ!?」

 

 アリスは一瞬早く気付き、とっさに回避行動を取る。

 

 閃光はデスティニーの頭上を駆け抜けていった。

 

「何っ!?」

 

 閃光が飛んできた方向へ目を向けるアリス。

 

 そこで、驚愕した。

 

 見れば、グロテスクとも言える外見の機体が、こちらに向かって飛翔してきている。

 

 上半身は、地上で何度か戦ったカラミティの物だ。しかし、本来なら足に当たる部分には巨大な鉤爪があり、手には鎌を持ち、肩から左右には張り出した装甲が見える。背中には大ぶりな翼を背負っていた。首の左右からは巨大な砲身が突き出ている。

 

「ハ~ハッハッハッハッハッハッ 待ちかねたぞ、モルモット共!! さあ、ここが貴様等に相応しい墓場だッ その醜い躯を、冷え切った虚空にありがたくぶちまけろ!!」

 

 その機体のコックピットの中で、ベイル・ガーリアン少佐は高らかに声を上げた。

 

 ベルリン戦で敗北し部隊も壊滅したベイルだが、その後、デストロイ撃墜のどさくさに紛れて、どうにか戦線離脱に成功していた。

 

 生き残ったベイルは原隊に復帰すると、ロゴス狩りやヘブンズベース陥落で追い詰められたジブリールに言葉巧みに取り入り、再びファントムペインとして、ジブリールの側近に返り咲いたのである。

 

 ジブリールとしても、ロアノーク隊の壊滅により自分の意思で動かせる兵力が減っている。使える手駒は欲しいところであった為、自分の意で動かせるベイルの存在を手放せなかったと言う事情がある。

 

 ベイルが駆る機体はエグゼクターと言い、 見ての通り、オーガカラミティ、ガイストフォビドゥン、ドレイクレイダー。その3機の特徴を、1機に無理やり纏めたような機体である。

 

 その動力源にはNジャマーキャンセラーと核エンジンが使われており、高い戦闘力と機動力を実現していた。

 

《アリス、ルナマリア、一斉攻撃だ!!》

「判ったッ!!」

《了解!!》

 

 レイの指示に従い、デスティニーは長射程ビーム砲を、インパルスはケルベロスを、レジェンドは大小10基のドラグーンを一斉発射する。

 

 奔流のような閃光。

 

 並みのモビルスーツなら、20機撃墜してもお釣りが来るような火力がエグゼクターに叩き付けられる。

 

 しかし、

 

「無駄だ、無駄無駄ァ!!」

 

 放たれた全ての攻撃が、ゲシュマイディッヒパンツァーによって軌道を捻じ曲げられ、用を成さず虚空に駆け去っていく。

 

「貴様らバケモノ共の薄汚れた攻撃など、この俺に通じるものかッ!!」

 

 ベイルの哄笑が響き渡る中、アロンダイトを抜いたデスティニーが斬り込みをかける。

 

「これで、どうだ!!」

 

 駆け抜ける運命の翼。

 

 大剣の一閃が迫る中、

 

 突如、エグゼクターの姿はアリス達の目の前から消え去った。

 

「なッ!?」

 

 動きを止めるデスティニー。

 

 ミラージュ・コロイドの幻惑機能を使い、一瞬姿を消して、アリスの間合いを狂わせたのだ。

 

 次の瞬間、エグゼクターの姿はデスティニーのすぐ脇に出現した。

 

「残念だったなァ さァ死ね、モルモット!! とっとと死ねェ!!」

 

 手にしたビームガトリングライフルを放とうとするエグゼクター。

 

 しかし、

 

《アリス!!》

 

 レイはアリスを助けるべく、レジェンドのドラグーンでエグゼクターを包囲し、一斉攻撃を仕掛ける。

 

 逃れようのない、全方位からの攻撃。

 

 しかし、その全てがゲシュマイディッヒパンツァーの影響により、明後日の方向に逸らされてしまう。

 

 その間に、一旦離れて仕切り直そうとするデスティニー。

 

 しかし、

 

「ざ~んねん」

 

 その動きを嘲笑うように、エグゼクターはデスティニーに追随してくる。

 

「クッ!?」

 

 それを振り払うように、アリスはデスティニーの肩からフラッシュエッジを抜き放ち、追ってくるエグゼクターに投げつける。

 

 しかし、その攻撃をエグゼクターはニーズヘグで弾いてしてしまった。

 

「このままじゃ、まずいかも・・・・・・」

 

 焦燥が、アリスの心を満たしていく。

 

 もう時間が無い。こうしている間にもレクイエムのパワーチャージは進められているのだ。

 

 他の地球連合軍機も、エグゼクターがデスティニーを抑えている隙に奇襲のショックから立ち直っていた。

 

 見れば、レジェンドもインパルスも、多数の敵に囲まれて身動きが取れないでいる。

 

 このままでは、タイムリミットが来てしまう。

 

 その時、更に戦慄すべき事が起こった。

 

 基地の大型ゲートが開いたかと思うと、そこから見覚えのある巨大な影がせり上がってきたのだ。

 

「あれは!?」

 

 目を剥くアリス。

 

 忘れもしない。カブトガニの羅のような装甲を頭の上に頂いたその機体は、ベルリンやヘブンズベースで猛威を振るったデストロイだ。

 

 数は3機。

 

 攻略法が確立されている為、既にデストロイは絶対的な脅威と言うわけではなくなったが、それでもこの周囲敵だらけの状況では、厄介である事には変わりはない。

 

「クハハハハハハ、これで貴様等は終わりだなモルモット!! お前らが死ぬのが早いか!? それとも、指を咥えている内にあの目障りな砂時計が破壊されるのが早いか!? どっちにしろ、これでジ・エンドだ!!」

 

 勝ち誇るベイルの声を聞き、進撃を開始するデストロイ。

 

 対してアリスも、レイも、ルナマリアも手を出す事ができない。

 

 アリス達が見ている前で、デストロイの巨大な砲門、アウフプラール・ドライツェーンが火を噴こうとした。

 

 まさにその瞬間、

 

 虚空に、8枚の青い羽が舞った。

 

 自在に飛び回る羽は、デストロイの砲門を、腕を、足を、次々と撃ち抜いていく。

 

「な、何ィィィィィィィィィィィィィィィ!?」

 

 突然の事態を目の当たりにし、驚愕に目を剥くベイル。

 

 彼の見ている目の前で、虚空を奔る無数の閃光が、まるで解体作業のようにデストロイを破壊していく。

 

 突然の事で対処できなかっただろう。デストロイの方でも、陽電子リフレクターを展開する事ができず、飛来する攻撃を前に、次々と武装や手足を破壊されて擱座する機体が続出する。

 

「な、何が!?」

 

 驚いているのはアリスも同じである。今まさに攻撃を開始しようとしていた敵が、目の前で見る見るうちにスクラップに変えられていくのだから当然だろう。

 

 そうしている内に、羽は攻撃を終えて一か所に集り、一斉に砲門を揃える。

 

 その羽に取り囲まれた中心には、1機のモビルスーツが存在していた。

 

《あれって・・・・・・》

「フリーダム!?」

 

 形状や武装は、オーブでアリスが戦った機体とは違うようだが、それは間違いなくフリーダム級機動兵器だった。

 

 驚くアリス達の目の前で、フリーダムは14門の砲を一斉発射し、デストロイの戦闘力を次々と奪っていく。

 

 デストロイも反撃の為に砲撃を放つが、フリーダムは余裕すら感じさせる機動で全ての攻撃を回避し、逆に砲撃を浴びせ、デストロイを破壊していく。

 

「・・・・・・何で、フリーダムがここに?」

 

 アリスは直接見た訳ではないが、あれは恐らく、オーブ戦でアスランが戦ったと言うフリーダムだろうと思われた。

 

 つまり、あれはオーブ軍の機体と言う事になる。

 

 なぜ、オーブ軍がここに現れたのか?

 

 そう考えた時だった。

 

 更に、アリス達の後方から急速に接近する機影があった。

 

 数は2機。

 

 それらは、視界外からあっという間に駆けてきた。

 

 

 

 

 

 キラとエストが駆るストライクフリーダムの援護を受けて、フェイトとトゥルースは、一気に地球連合軍の防衛線を突破しにかかる。

 

 敵の数は多い。フォーレ防衛に振り分けられたというのに、まだかなりの数の敵が基地内に残っていたらしい。

 

 しかし、フェイトとトゥルースが使用している追加武装の火力と機動力をもってすれば、それらは物の数ではなかった。

 

《シンさん、マユさん》

 

 並走するトゥルースから、フェイトに通信が入った。

 

《わたくしが前衛を務めます。フェイトは後方から続いてください》

「判った!!」

「お願いします。ラクスさん!!」

 

 宣言通りラクスのトゥルースが、フリーダムの攻撃や、それに先立つザフト軍の攻撃でズタズタになった地球軍の戦線を、強引に突破しにかかる。

 

 フェイト、そしてトゥルースが装備している追加武装は、ミーティアと呼ばれる物で、普段はエターナルの艦首に装備されている物だが、必要に応じて分離、2機と合体する事で、フェイトとトゥルースの火力と機動力を大幅に上げる事が可能となっている。

 

 戦線を突破すると同時に、ラクスはマルチロックオンを起動、全武装を一斉発射する。

 

 放たれるミサイルが、ビームが、次々と地球軍機の戦力を奪っていく。

 

 圧倒的とも言える火力。戦艦に匹敵する攻撃を前に、地球軍機は次々と破壊されていく。

 

 勿論、地球軍も反撃を行うが、それらの攻撃を、ラクスは巧みに回避しながら攻撃を続けていく。

 

《シンさん、今ですッ レクイエムを!!》

「判った!!」

 

 ラクスが開いた穴に、シンはミーティア装備のフェイトを駆って一気に突破する。その向かう先には、目指す試掘抗。レクイエムの砲門があった。

 

 その直上でフェイトは停止して、手に持った2本のアームを構える。

 

 フェイトが装備するミーティアは、フリーダムの物とは若干違っていた。形状その物は似ているが、手に装備しているアームの武装が違うのだ。

 

「パスワード認証。コード『ヌァザ』入力!!」

「承認。オンライン確認。ミーティア内全動力を『光の聖剣』へ!!」

「ハイパーデュートリオン、フル稼働!! ジェネレーター出力全開!!」

 

 2本のアームの前半分が上下に開き、内部で強烈なスパークが起こる。

 

 凄まじいほどのエネルギーが、一気に砲身内に流し込まれていくのが分かる。

 

「砲身展開完了。エネルギー充填開始!!」

「砲撃モード設定したよ、お兄ちゃん!!」

「了解ッ ターゲットロックオン。砲撃準備完了!!」

 

 照準内には、今にも発射しようとしているレクイエムの姿がある。

 

 その砲門に向けて、光の聖剣は抜き放たれた。

 

 

 

 

 

「「クラウ・ソラス、発射ァァァァァァ!!」」

 

 

 

 

 

 迸る閃光。

 

 視界全てを焼き尽くすクラウ・ソラスの砲撃。

 

 放たれた無数の核を殲滅し、地上から宇宙空間を航行する戦艦を撃ち抜く程の高出力プラズマ砲の一撃が、レクイエムの砲門に打ち込まれた。

 

 イリュージョンからフェイトに移行する際に、設計からオミットされたクラウ・ソラスだが、そのコンセプトと性能を惜しんだファクトリー技術者が、フェイト専用のミーティアを開発し、そこにクラウ・ソラスを搭載したのだ。

 

 命中後、一瞬の沈黙。

 

 次の瞬間、マグマの如く湧き上がった閃光が、巨大な試掘抗を満たし、周辺の土壌をも巻き込んで大崩壊を引き起こす。

 

 予想を遥かに上回る特大の火柱が立ち上り、砲本体はおろか、周囲の地形をも巻き込んで月の表面を焼き尽くしていく。

 

 レクイエムの内部では、発射待ちをしていた莫大な量のエネルギーがチャージ済みで待機していたのだ。そこに来て、戦艦主砲をも上回る攻撃を叩きつけられたのである。エネルギーは強烈なフィードバックを起こし、それが誘爆によって一気に拡大、致命的な大崩壊を引き起こしたのだ。

 

 地形そのものが変わるほどの大爆発。

 

 当然、レクイエムが原形を留めない程に破壊されたのは言うまでもない事である。

 

 爆発の閃光が晴れた時、レクイエムがあった場所には、黒煙を上げ続ける巨大なクレーターが存在しているのみだった。

 

 浮き足立ったのは、地球連合軍である。

 

 自分達が恃む決戦兵器が、一瞬にして完膚なきまでに破壊されてしまったのだ。士気が一気に低下したのは言うまでもない事である。

 

 クラウ・ソラスの直撃を受けて、チャージしていたエネルギーが暴走した結果、レクイエムは砲その物は元より、内部の機構まで完全に破壊されてしまっている。修復はまず不可能だろうと思われた。

 

 勝利を目前にした状態からの一転した逆転劇に、地球軍の兵士達は誰もが色を失っている。

 

 そこへ、次々と砲撃を掛けられ、撃墜される機体が相次ぐ。

 

 目を転じれば、こちらへ向かってくる多数のムラサメの姿があり、更にその後方から進撃してくる艦隊が見える。

 

 速度が違い過ぎる為に先行したミーティアとフリーダムに、オーブ宇宙軍の主力がようやく追い付いてきたのだ。

 

 攻撃を開始するムラサメ部隊。

 

 それに対して、既に部隊としての体を成していない地球軍は、あまりにも無力だった。

 

 フェイトもまた、ミーティアをパージすると、全火力を展開して砲撃を行っている。

 

 以前のイリュージョンでは、クラウ・ソラスを使用した後、しばらくはエネルギー欠乏を来していた。クラウ・ソラスに全エネルギーを持って行かれるため、再チャージまでの間、身動きが取れなくなるのだ。

 

 しかしフェイトではミーティアにハイパーデュートリオンエンジンを搭載し、クラウ・ソラスの発射用エネルギーもそちらから供給されるため、フェイト本体のエネルギー消費は解消されていた。よって、イリュージョンの欠点だった、クラウ・ソラス使用後の一時的な性能低下も抑えられるようになったのである。

 

《先に行け、アリス!!》

 

 自身も味方のムラサメ隊と共に、地球連合軍を攻撃しながらシンが叫んでくる。

 

《こっちは俺達が引き受ける。お前は今度こそ、ジブリールを倒すんだ!!》

 

 見れば、レジェンドやインパルスもまた、つい先日まで敵だったオーブ軍ムラサメ隊の援護を受けている。

 

 所属する陣営は違えども、今この時だけはジブリールと言う憎むべき敵を討つ為に、両軍は共闘する姿勢を示していた。

 

「判った、お願い!!」

 

 言い放つとアリスはデスティニーを駆り、追いすがろうとする地球連合軍機を振り切ってダイダロス基地へと向かう。

 

 そこへ、

 

「逃げるかッ モルモット!!」

 

 ベイルのエグゼクターが追いすがろうとする。

 

 だが、その前に青い羽が舞い、数条の閃光を射かける事でエグゼクターの進路を阻む。

 

「ザフト機、戦線離脱を確認。引き続き、戦術予測を継続します」

「了解。敵は新型だから、その事を忘れないで」

 

 エストに指示を出しながら、キラはフリーダムのサーベルを抜いて斬り込んで行く。

 

 対してエグゼクターは光刃の一撃を回避し、フリーダムと対峙する。

 

「このッ 日和見主義のオーブ軍の分際で、この俺の邪魔をしおって!!」

 

 胸部のスキュラと、肩のシュラークを一斉発射するエグゼクター。

 

 対してフリーダムは、その攻撃をひらりと回避して、逆にフルバーストを仕掛けてくる。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーを発動する間もない。

 

 フリーダムの攻撃が、エグゼクターの鉤爪と右腕を一撃の元に吹き飛ばした。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちして、エグゼクターを反転させるベイル。

 

 一瞬でフリーダムを強敵と判断したベイルは、即座に交戦を断念して逃走に掛かった。

 

「どのみち、この基地はもう終わりだ。なら、これ以上付き合う義理も無いな!!」

 

 ベイルは言いながら、壊乱する味方部隊の中に紛れ込むようにしてフリーダムを振り切りにかかる。

 

 ジブリールの事は気にしない。あの盟主殿の事だから、万が一の脱出手段は用意してあるだろうし、そうでなければ奴1人が死ぬだけの話だ。いずれにしても、ベイルが一切関知するところではなかった。

 

 逃走するエグゼクターを、キラもどうにか追おうとするが、その前に生き残っていたウィンダムやザムザザーが立ちはだかり、行く手を遮ってくる。

 

「クッ!?」

「交戦を回避しての追撃は困難です。まずは目の前の敵を排除しましょう」

 

 エストの言うとおりだった。

 

 敵の隊長機を取り逃がすのは痛いが、深追いして返り討ちにあうのだけは避けるべきだろう。

 

 仕方なくキラは、目の前の敵に専念すべくフリーダムを駆って前に出た。

 

 

 

 

 

 オーブ艦隊、およびミネルバによるダイダロス基地への艦砲射撃が開始されていた。

 

 戦艦群による主砲一斉射撃と、それに続く中型艦艇によるミサイル攻撃が次々と降り注ぎ、基地施設を薙ぎ払っていく。

 

 その中でも特に圧巻なのは、3隻の大和級戦艦による強烈な射撃であろう。

 

 大和、武蔵、信濃。

 

 ついに3隻揃い踏みした最強戦艦。その合計27門になる主砲を一斉発射すれば、粉砕できない物など無いように思える。

 

 先頭を行く戦隊旗艦武蔵の艦橋では、第1戦隊司令官に就任したユウキが、砲撃を行う指揮下の戦艦群を見やりながら、的確に指示を飛ばしていく。

 

「D12区画へ砲撃を集中しろ。そこがまだ、敵の抵抗が強い!!」

 

 地球圏最強の戦艦群を任されている、という重責にも拘らず、若き新提督は気負った様子も無く指示を出し続ける。

 

 先の大戦では、亡きジュウロウ・トウゴウ元帥から直接薫陶を受け、最終段階では彼の意を受けて戦艦大和を指揮したユウキは、既に艦隊指揮官として充分な経験を積んでいると言って良かった。

 

 武蔵、大和、信濃が砲撃を行うたびに、ダイダロスの基地施設は、その下にある土壌ごと、火炎の中に叩きこまれていく。

 

 機動兵器全盛のこの時代の中にあっても、戦艦の価値が失われたわけではない。その証明が今まさに、もっともシンプルかつ明確に行われていた。

 

 ダイダロス基地の側でも、備え付けの砲やミサイル群による反撃を試みているが、圧倒的な火力を有するオーブ艦隊第1戦隊の砲撃を前にしては成す術も無く、程なく、沈黙する砲台が加速度的に増えていった。

 

 そのような最中、1隻のアガメムノン級戦艦が、オーブ軍が展開している宙域とは反対側のゲートから、基地を抜け出そうとしていた。

 

 その艦橋では、苛立ち交じりに歯噛みするジブリールの姿があった。

 

「なぜだ!? いったいなぜこんな事になったと言うのだ!?」

 

 自ら以外の人間に対して、容赦なく苛立ちを吐き出すジブリール。

 

 こうなったのは自分の責任ではなく、自分以外の人間がふがいない事にある。ザフトの攻撃を防げず、あのオーブ軍にまで襲撃を許した、無能な軍人達の責任だ。

 

 だから彼等には責任を取ってもらう。自分が脱出するまでの間、彼等には囮になってもらうのだ。

 

 またも、味方を見捨てて1人逃げようとしているジブリール。

 

 ヘブンズベースではロゴスメンバー達を、オーブではセイラン親子を、それぞれ見捨てて逃げてきた。今度も、そうする事によって逃げ延びようと言うのだ。

 

 既にダイダロス基地は壊滅状態だ。レクイエムも先ほどフォーレが陥落し、砲自体も完全破壊されてしまった。これではもう、使い物にならない。

 

 だが、

 

 ジブリールはほくそ笑む。

 

 アルザッヘル基地に行けば、まだ宇宙軍の主力部隊が手付かずで温存されている。自分がアルザッヘルまで逃げ延びれば、まだ巻き返しは可能だった。

 

 そう、自分にはコーディネイターと言う人外のバケモノを根絶やしにし、この地球に真の平和と繁栄をもたらすと言う崇高な使命がある。こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。

 

 それに、この程度の危機は、何度も間一髪で乗り越えてきた。今度もまた、乗り越えられるはずだ。

 

 その時だった。

 

「敵機接近、迎撃、間に合いません!!」

「何ッ!?」

 

 目を見開くジブリール。

 

 そこには、見覚えのある機体が、急速に接近してくる様子が映し出されていた。

 

 赤い翼を広げた、灰、青、赤のトリコロール色の機体。

 

 ベルリンで、ヘブンズベースで、オーブで、何度も煮え湯を飲まされた、言わばジブリールにとって最大の仇敵とも言うべき機体だ。

 

「おのれッ おのれェェェェェェ!!」

 

 迫る機体を血走った眼で睨みつけながら、ジブリールは叫ぶ。

 

 自分は生き残る!!

 

 今度も!! 必ず!! 生き残るのだ!!

 

 一方、アリスは、1隻だけ逃亡しようとしているアガメムノン級戦艦を見付けると、迷う事無くデスティニーをそちらに向かわせる。

 

 この状況で1隻だけ逃亡しようとしている戦艦。間違いなく、ジブリールの逃亡艦だと直感的に思ったのだ。

 

 基地の防衛の為に出動するなら進路が反対だし、基地を放棄して逃げるにしても1隻だけというのはおかしい。普通は、脱出艇やら他の艦艇やらも、同時にわらわらと出て来るはずなのだ。

 

 ジブリールは、あまりにも早く行動し過ぎたのだ。ヘブンズベースでもオーブでもそうだったが、味方が敗北する前にと言う心理が働いた結果なのだが、今回は、それが完全に裏目に出た。

 

 味方がまだ戦っている中で1隻だけ逃げようとした為、却ってアリスの目には奇異に映ってしまったのだ。

 

「逃がさないッ!! 今度こそッ 今度こそッ 今度こそッ 絶対に!!」

 

 ステラの仇!! 罪も無いまま死んでいった多くの人達の仇!!

 

 デスティニーを駆って、一気に接近するアリス。

 

 アガメムノン級戦艦の方でも対空砲火を撃ち上げて来るが、そんな物はデスティニーにとって豆鉄砲ほどの脅威にもならない。

 

 残像を引きながら一気にすり抜けると、艦橋の前に詰め寄り、右腕を振り上げるデスティニー。

 

 コックピットに座るアリスの目には、艦橋のシートに座って、血色の悪い顔を引きつらせる男の顔が見えた気がした。

 

 次の瞬間、デスティニーはパルマ・フィオキーナを、アガメムノン級戦艦の艦橋に叩き付ける。

 

 艦橋は一瞬で叩き潰され、デスティニーの攻撃は遥か艦の内部にまで突き進む。

 

 爆発、炎上する戦艦。

 

 生存者は無論、皆無である。

 

 恐らく、最後の瞬間までジブリールは、自らの逃亡成功を固く信じていた事だろう。

 

 しかし、現実にジブリールは、デスティニーによって叩き潰され、炎の中でその生涯を終えていた。

 

 他人を踏み台にし、他者の命を虫けらの如く扱って生き延びてきたジブリール。

 

 その彼も、最後は自分自身が虫けらのように叩き潰される結果になったのだった。

 

 

 

 

 

 ダイダロス基地陥落。

 

 その報告は、アルザッヘルを発してダイダロスに向かっていた地球軍艦隊にも届けられた。

 

「・・・・・・間に合わなかったか」

 

 旗艦ガーティ・ルーの艦橋に座し、レイモンド・クラーク第2軌道艦隊司令官は諦念を滲ませて呟いた。

 

 彼の率いる艦隊はアルザッヘルを発し、ダイダロス基地まであと1日と言うところまで来ていたのだが、結局、救援は間に合わず、基地は陥落してしまった。

 

 基地にいたジブリールの運命も不明なままである。あの用意周到な盟主の事だから、生き延びている可能性もあるが、今は楽観論で行動する事も出来ない。

 

「いかがなさいますか?」

 

 尋ねてきたのは、艦長のイアン・リー中佐だ。アーモリーワン襲撃の際、ロアノーク隊に所属していた彼は、今も変わらずガーティ・ルーの艦長を務めていた。

 

「このまま進撃して、敗走してくる味方を収容しますか? それとも、反転してアルザッヘルに帰還しますか?」

 

 前者ならこのまま進めばいいが、後者なら、早く決断しないとこちらまでザフト軍の追撃を受ける事になりかねない。

 

 しかし、

 

「いや・・・・・・」

 

 クラークはイアンの質問に対し、首を横に振った。

 

「どちらも、やめておこう」

「は・・・・・・・・・・・・」

 

 謹厳に頷きながらも、イアンはクラークの次の言葉を待つ。では、どのように行動すればいいのか、図りかねている様子だ。

 

 クラークには一つ、予感があった。

 

 そして、程なく、その予感が的中する事になる。

 

「大変ですッ!!」

 

 オペレーターが、素っ頓狂な声を上げて振り返った。

 

「アルザッヘルから緊急入電。『我、敵の攻撃を受く。基地は壊滅状態』!!」

「・・・・・・やっぱりね」

 

 苦い物を噛み潰すように、クラークは呟いた。

 

 アルザッヘル基地は、ダイダロス基地よりもプラント本国に近い。地球軍がダイダロス救援に動いた隙に、ザフト軍が今回の出撃で間に合わなかった部隊を別働隊として再編し、襲撃を掛ける事は充分に予想できた。

 

 いかに宇宙軍主力が駐留しているとはいえ、今はクラーク艦隊が出撃した直後であり、基地は手薄になっている。そこへ奇襲を掛けられたら、いかにアルザッヘルと言えどひとたまりも無かっただろう。

 

 だが、事は深刻である。これでクラーク艦隊は、ダイダロスに行く事もできず、アルザッヘルに戻る事も出来なくなったのだ。この広大な宇宙空間で、迷子になったに等しい。

 

 だが、その先の策も、クラークにはできていた。

 

「艦長、進路をコペルニクスへ」

「は、コペルニクス、ですか?」

 

 それは月面にある中立都市の名前だ。確かに、どのコペルニクスはどの陣営にも即さず、またどのような陣営であっても「交戦不可」というルールを守れば港を解放してくれる。

 

 しかしコペルニクスはあくまで中立都市であり、大艦隊の港としては不適切である。

 

 だが、クラークの考えはそこで終わらなかった。

 

「我が艦隊は、いったんコペルニクスを経由して、その後、バックヤードへ向かう。そのように準備してくれ」

 

 その言葉を聞いて、ようやくイアンは納得した。

 

 バックヤードとは、地球連合軍が密かに建設した極秘の宇宙ステーションである。その存在は秘匿されており、殆どの者は存在すら知らない。イアンも名前を知っているのみである。

 

 どうやら、クラークはバックヤードに身を寄せて、再起を図るつもりであるらしい。

 

 もはやそれが、地球連合軍に残された最後の策であると言えた。

 

 

 

 

 

 その頃、ダイダロスの戦いは、まだ終わってはいなかった。

 

 基地は壊滅状態に陥り、残った地球連合軍も降伏の意を表す部隊が続出している。

 

 ここでの戦闘も、もう終わり。

 

 誰もがそう思い始めた時、

 

 集結を始めたオーブ艦隊の前に、とんでもない物が姿を現したのだ。

 

「あ、あれは何だ!?」

「バカな、何であんな物が動いているんだ!?」

 

 驚愕の声を上げる将校達。

 

 その目の前には、長大なリングを幾重にも巻いた、髑髏のような形の巨大岩塊が姿を現していた。

 

 ザフト軍、機動要塞メサイア。

 

 その不気味な威容が、オーブ軍の前に初めてあらわしていたのである。

 

 恐怖に戦くオーブ軍将兵達。

 

 次の瞬間、彼等に向けて、メサイアから奔流のような閃光が撃ち放たれる。

 

 それは、2年前に目にした事もある、悪夢の再現であった。

 

 

 

 

 

PHASE-43「墜ちる月」      終わり

 


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