機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-42「虚空斬り裂く葬送曲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーアは緊張した面持ちで佇んでいる。

 

 先のオーブ戦直後に行われた会見。オーブの代表首長の映像に、割り込む形で行われた彼女の演説は、当初は予定通りに進められた。

 

 ミーアはいつも通りに「ラクス・クライン」の演技をし、議長が用意した原稿を読み上げた。

 

 内容的にはオーブを糾弾する物であったが、それはミーアにとっては何の関係も無い。ミーアは議長がやれと言った事を忠実にこなすだけだし、何より、そんなミーアの目から見ても、ジブリールを匿って、おまけに逃亡の手助けまでしたオーブは悪者に決まっているのだから。

 

 そんなオーブを非難する事に、ミーアは誇りすら感じていた。

 

 自分の声が、自分の演技が、自分の力が、世界を救う為に役立てられているのだと思うと、それだけで誇らしかった。

 

 全てがいつも通り。

 

 だが、いつも通りの会見は、いつも通りには終わらなかった。

 

 ミーアが演説を進めていた暫くした時、突如、再び画面が切り替わり、そこには何と、自分と同じ顔の少女がオーブの代表と一緒に映っていたのだ。

 

 彼女は言った「わたくしはラクス・クラインです」と。

 

 その瞬間のミーアの動揺は、言葉では語り尽くせない程であった。

 

 メッキは、呆気無く剥がれた。

 

 画面の中で、堂々とした本物の「ラクス・クライン」と、所詮は偽物に過ぎない「ミーア・キャンベル」。

 

 正直言って、ミーア自身がそれと判るくらいに器が違い過ぎた。その瞬間、ミーアは、元の無力で地味なミーア・キャンベルに戻ってしまったのだ。

 

 おまけに、ラクスは議長の事を支持しないとまで言った。

 

 なぜ? と思う。平和を愛するラクスなら、絶対に議長を支持するはず。なぜなら、議長は平和を作る為に、悪の組織であるロゴスや連合、オーブを倒そうとしていたのだから、ラクスがそれを支持するのが当然であるはずなのに。

 

 結局、ミーアは何一つとして彼女に敵わないまま、放送は打ち切られてしまった。

 

 そして今、ミーアは議長の前に立っている。まるで重大な過失を犯した罪人のように悄然として。

 

 とんでもない失敗をしてしまった。

 

 与えられた役割をこなす事も出来ず、議長の足を引っ張ってしまった。

 

「ご、ごめんなさい! あたし、あのッ・・・・・・」

 

 余りの事に、デュランダルの顔をまともに見る事も出来ない。

 

 もしかしたら、このまま切り捨てられてしまうかもしれない。そんな考えが、漠然とミーアの中で浮かんできた。

 

 悄然と立ち尽くすミーア。

 

 それに対して、

 

「いや、とんだアクシデントだったよ」

 

 デュランダルは、意外にも優しい声をミーアに掛けた。

 

「え?」

 

 驚いて顔を上げるミーアに、デュランダルはにこやかに話しかける。

 

「君も驚いただろうが、私も驚いた。すまなかったね、気まずい思いをさせて」

「い、いえ・・・・・・」

 

 優しい言葉を掛けてくるデュランダルに対して、ミーアは戸惑いがちに返事を返す。

 

 正直、この場でお払い箱を言い渡されると思っていたので、かなり意外だった。

 

「いったい、なぜこんな事になったのか・・・・・・だが、これでは流石に少し、予定を変更せざるを得ないな」

 

 確かに、本物のラクスが向こうに着いた以上、デュランダルの計画もこのままと言うわけにはいかない。

 

 となるとやはり、ミーアとしては自分自身の今後の身の振り方が気になるところだった。

 

「なに、心配はいらない。君には、まだまだ期待しているからね」

 

 そんなミーアの不安を振り払うように、デュランダルは彼女の華奢な肩に手を置く。

 

「君のおかげで、世界は本当に救われたんだ。私も人々も、それを決して忘れやしないさ」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、今度は君の『もう1つの力』を使って、世界を守る為に協力してくれないか?」

「・・・・・・はい」

 

 デュランダルの言葉に対し、ミーアは低い声で返事を返す。

 

 デュランダル言う、「もう1つの力」。

 

 それさえ使えば、確かに、ミーアはまだ議長の為に働く事ができる。

 

 自分の居場所がまだある。そう思うだけで、先程までとは比べ物にならないくらいに心が軽くなったようだ。

 

 だが、同時に漠然と思う事がある。

 

 それは、

 

 多分もう「ラクス」に戻る事は、できないだろう。と言う事だった。

 

 

 

 

 

 自室のベッドに寝そべり、アリスはヘッドホンを耳に当てていた。

 

 格好はいつもの軍服姿ではなく、下着の上から寝間着代わりのYシャツを羽織っただけというラフな物で、捲れた裾の下からは青と白のラインが入ったパンツが見えている。

 

 今この部屋には、アリスしかいない。

 

 同室のメイリンは、今は勤務の為に艦橋に詰めているので、しばらくは帰って来ないだろう。

 

 ヘッドホンから聞こえてくるのは、ラクス・クラインの代表曲「静かな夜に」だ。

 

 これはだいぶ前に買った物で、ミネルバ着任に合わせて持ち込んだ数少ない私物の1つである。

 

 ヘッドホンから流れてくる歌はゆっくりとしたスローテンポで、聞いているだけで落ち着いてくる感じがした。

 

 アリスが憧れてやまない、ラクス・クラインの歌だった。

 

 やがて、曲が終わる。

 

 アリスは寝そべったままで傍らのポータブルプレイヤーの蓋を開け、用意しておいたもう1枚のCDをセットして再生した。

 

 今度もまた、「静かな夜に」だ。

 

 ただし今度は先程とは違って、最近歌われているアップテンポ調の物である。

 

 こっちのCDはディオキアに上陸した時に買った物だが、初めて聞いた時には活動再開したラクスの存在が嬉しくて、こんな感じのも良いかな、と思った物である。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・やっぱり違う」

 

 アリスは小さな声で呟いた。

 

 最初の静かな曲調のラクスと、次のアップテンポのラクス。

 

 聞き比べると、明らかに違和感を感じるのだ。

 

 それは単に声音や曲調という問題だけではなく、耳に伝わってくる感触と言うか雰囲気と言うか、強いて言えばオーラのような物が、全く違うのだ。

 

 原因は判っている。先日行われた放送を見た事だった。

 

 初めに現れたラクスと、後から現れたラクス。

 

 見た目も、声も全く同じ2人のラクスの存在は、ザフト軍内部でも波紋を呼んでいる。

 

 片や議長を支持し、片や議長を支持しないと表明した2人のラクス。

 

 全く正反対の事を言うラクスに、誰もが戸惑いを感じているのだ。

 

 だが、アリスには判った。幸か不幸か判ってしまった。

 

 後から出てきて、カガリと一緒にいたラクス。彼女こそが、本物のラクスだ。

 

 実際に比べてみないと判らなかったかもしれない。だが、判ってしまった以上、悩まずにはいられなかった。

 

 本物のラクスは、議長を支持しないと言った。

 

 そして議長は、偽物のラクスを仕立てて皆を騙していた。その事実に対して、自分はどう向き合えば良いのか、アリスには判らなくなり始めていた。

 

 アスランに聞いてみたが、言葉を濁すだけで何も教えてはくれなかった。

 

 だからこそ、アリスは1人で悩み続けているのだ。

 

 やがて、2枚目のCDも終わりを告げる。

 

 もう1回、最初の曲を聞こう。

 

 そう思って手を伸ばした時だった。

 

 ギュム!!

 

「痛ァーいッ!?」

 

 いきなり、お尻をつねられ、思わず悲鳴を上げるアリス。

 

 振り返るとそこには、いつの間に部屋に入って来たのか、呆れ顔のルナマリアがアリスのお尻を思いっきりつねり上げていた。

 

「もう、いきなり何すんの、ルナ~」

 

 つねられて赤くなったお尻を押さえながら、涙目で抗議するアリス。

 

 対してルナマリアは、呆れ顔のまま腰に手を当てて言う。

 

「何回も声掛けたのに、あんたが返事しないからでしょ。それに何なのよ、その格好は? そういう格好するんだったら、鍵くらい掛けておきなさいよね」

「う・・・・・・・・・・・・」

 

 寝間着代わりとは言え、Yシャツの下から惜しげも無く生足を晒していると言う、何とも艶めかしい格好のアリス。

 

 激しく正論なルナマリアの言葉に、反論の余地は無かった。

 

 ベッドに腰掛けるルナマリア。

 

 そこでふと、指先がラクスのCDジャケットに触れた。

 

「何だ、聞いてたんだ」

「うん、やっぱり、気になっちゃってさ」

 

 アリスは力無く笑って答える。

 

 ザフトの軍人として議長を信じたいと言う気持ちと、ファンとしてラクスを信じたいと言う気持ち。その2つが、今、アリスの中でせめぎ合っている状態だった。

 

「ま、そりゃそうよね。あんな映像見たら、普通は誰だって戸惑うわよ」

「ルナは、どうなの?」

「あたし?」

 

 急に話を振られて、考え込むルナマリア。

 

 しばらく唸ってから、ルナマリアは答えた。

 

「よく判んない、て言うところかな? 実際、まだ混乱してる部分も大きいし。ただ・・・・・・」

「ただ?」

 

 ルナマリアは、昔のラクスのCDジャケットを持ち上げて言った。

 

「どっちが本物かって聞かれたら、やっぱりこっちかなあ?」

 

 やっぱり、とアリスは思った。

 

 見比べれば、大抵の人間は、そっちの方が本物だと思うようだ。

 

 ルナマリアは、更にもう1枚の方のジャケットを取り上げて苦笑する。

 

「何だか、こっちの方は、派手っていうか露出度が高いっていうか、よくこんな衣装着てられるわよね」

「いや~ それ、ルナにだけは言われたくないんじゃないかな?」

 

 何しろ、軍服を改造するに当たってあんな短いスカートを作り、それをアリスにまで強制的に穿かせるルナマリアだ。露出度が高いと言う面では、ラクス(ミーア)と良い勝負だった。

 

 だが、

 

 ルナマリアは凄味のある笑みを浮かべると、アリスの額を人差し指でツンとつついた。

 

「聞こえなかったわ。何か言ったかしら、ヘタレアリスちゃん?」

「イーエ、ナンデモアリマセン、ルナマリアオネーサマ」

 

 冷や汗をダラダラと流しながら、必死に白旗を上げるアリス。

 

 アリスは腕力では絶対にルナマリアに敵わない。下手に弄れば、どんなお仕置きをされるか判った物ではなかった。

 

「まあでも、実際の話、あれを見て今でも議長を完全に信じきっているのは、うちの艦じゃレイくらいの物よ」

「レイが?」

 

 言われてみれば確かに、レイはデュランダルとも個人的な付き合いが深い。真実がたとえ黒だったとしても、デュランダルが白と言えば、レイの中では白になるだろう。それくらい、2人の間の絆は強固なのだ。

 

「何か話振っても『議長は正しい、俺は議長を信じる』とか、『本物とか偽物とか、そんな物関係あるのか?』とか、取り付く島がさっぱり無かったわよ」

「・・・・・・ふうん、レイがねー」

 

 それは確かに、ありえそうな話だった。

 

 いずれにしても、アリス達も、今後の在り方について、真剣に考えなければならないのは確かなようだった。

 

 

 

 

 

 降り注ぐ南国特有の陽光の下、整然と並んだクルー達を前にして、カガリはゆっくりと歩きながら見回している。

 

 彼等の背後には白亜の巨艦が停泊し、発進の時を待っていた。

 

 アークエンジェルは、オーブ沖での戦いにおける損傷修理が完了し、今や新品同然の姿を誇らしげに浮かべている。

 

 そのアークエンジェルの向こうでは、艦首の回転衝角が力強い印象を受ける武蔵や、クレタ沖の損傷修理が完了した信濃の姿もあった。

 

 アークエンジェル、武蔵、信濃の3隻は、これからマスドライバー・カグヤを用いて、宇宙へと上がる事になる。

 

 今後の戦いが宇宙を舞台としたものになる可能性が高い以上、早急にアシハラの守りを固めておく必要があった。今回の宇宙進出も、その為の予防策の一環である。

 

「宇宙の情勢はまだ判らない。時期が時期なので、何のトラブルも無く、と保証はできないが、この後、第2宇宙艦隊の編成も行われる事になる。それに伴い、できるだけサポートする事も約束する」

 

 居並ぶ面々の中には、カガリのよく知る者達もいる。

 

 今回の出撃に際し、今まで軍籍にあった者は1階級昇進し、階級の無かった者にも、その実績に合わせて階級が宛がわれる事になった。

 

 これにより、マリュー、ユウキ、ネオが一佐、キラ、ラクスが三佐、ライアが一尉、シン、エストが二尉、マユが三尉となった。

 

 勿論、この中の大半の者が、階級なんぞ野球の背番号くらいにしか考えていない者達だが、それでも便宜上、組織を運営する上で必要な事ではあった。

 

 キラに関しては、代表首長であるカガリのきょうだいと言う事で、准将、もしくは将軍の階級を名誉的に送ってはどうかとの意見も出たが、当のキラ自身が「特別扱いされては困る」と断った為、この話は立ち消えとなった。

 

 カガリは、新たにオーブ軍の軍服を着た一佐の前で立ち止まった。

 

「ロアノーク一佐、アカツキを頼むな」

「お任せを」

 

 おどけた調子を交えつつカガリに丁重に敬礼するネオも、今回の出撃には隊長格として同行する事になった。これは以前のムウのポジションと同じだが、今回は更にカガリの愛機であるアカツキを任される事になっていた。その事からも、カガリが彼に寄せる期待と信頼が伺えた。

 

 カガリは次いで、キラに目をやった。

 

「・・・・・・お前、今度はちゃんと帰ってこいよな」

 

 念を押すように言うカガリに対し、キラは苦笑しながら答える。

 

「えっと、僕はそこまで信用無いのかな?」

「ああ、無いな」

 

 キラの反論に対し、容赦無くバッサリと斬り捨てるカガリ。

 

 と、

 

「大丈夫ですカガリ」

 

 淡々と言ったのはエストである。このような場でも相変わらずメイド服を着ている辺り、昔と比べて成長しているようで、KY振りに関しては逆に磨きが掛かっている感もあった。

 

「勝手にどこかに行こうとしても、私が首に縄をかけて連れ帰りますので」

「頼むぞ。お前だけが頼りだ」

 

 そう言って、妹分の肩を優しく叩くカガリ。

 

 自分の彼女ときょうだいが結託する様に、苦笑しか出ないキラ。勿論、自業自得である為、キラに反論する資格は無いのだが。

 

 程無く、発進準備を終えたアークエンジェルは、マスドライバーから宇宙へと飛び立っていく。

 

 その様子を、カガリは地上からいつまでも眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイダロス基地はプラントから見ると、ちょうど月の裏側に位置していた。

 

 元々は資源採掘用に作られた基地であり、規模も駐留兵力もそれほど大きくはない。先の大戦でも、最前線である月基地の1つであるにもかかわらず、ザフト軍の攻略順位はかなり低かったくらいである。

 

 その重要度の低いダイダロス基地で、今まさに誰も予想していなかった動きが起ころうとしていた。

 

「レクイエム、ジェネレーター稼働率85パーセント。23番から55番まで臨界」

「パワーフロー良好、超鏡面リフレクター、臨界偏差3129」

「予備冷却系GRを起動。バイパス接続」

 

 パネルには、地球、月、プラントの状況が映し出されている。

 

 そして同じ画面には、プラント方面に向けてゆっくりと動いていく小さな反応がある。

 

 フォーレ、ヴェルディ、ツェルニー、マルタン、グノーとそれぞれ名付けられた中継点は、今まさに地球軍艦隊に護衛されて配置に着こうとしていた。

 

 それら5つの中継点が、ここ、ダイダロスに設置された兵器の要であった。

 

「しかし、本当に撃つのですかね、あなたは?」

 

 基地司令が不躾な視線を向けた先にいる人物。

 

 それは、全世界が今まさに動静を注目する人物、ロード・ジブリールだった。

 

 大方の予想でアルザッヘルに入ったと思われていたジブリールだったが、その予想をまたも裏切り、このダイダロスに身を置いていた。

 

「当たり前だ。その為に、わざわざこちらに上がったのだからな」

 

 ジブリールは不機嫌気味に、そう返す。

 

 その瞳には、基地司令に対する侮蔑の色が見て取れた。結局こいつも、いざとなったら躊躇うクチか?

 

 そう思ったジブリールだが、次に基地司令が言った言葉に、軽い驚きを覚えた。

 

「それは頼もしい、嬉しく思いますよ」

 

 思わず聞き間違いかとも思ったが、どうやら基地司令の様子を見る限り、ジブリールの意見を本気で支持している様子だった。

 

「ならば我々も、懸命に働いてきたかいがあるというもの。こんな所でもね」

 

 驚いた様子で聞いているジブリールに、基地司令は自身の偽らざる心の内を語る。

 

「いや、申し訳ない。最近はなぜか『必要だ』と巨費を投じて作っておきながら、肝心な時に撃てないと言う『心優しい』政治家が多いもので。それでは我々軍人は、いったい何なのかと、つい思ってしまうのですよ」

「フンッ 私は大統領のような臆病者でも、デュランダルのような夢想家でもない。撃つべき時には撃つさ。守る為に」

 

 そう言ってジブリールはデュランダルや、アルザッヘルにいる大西洋連邦大統領コープランドをあざ笑う。

 

 ロゴス騒ぎの後、コープランドは暴動を避けて、大兵力を有するアルザッヘルに逃げ込んでいたのだ。そして穴熊を決め込み、1歩も外に出ようとはしていなかった。まさに、臆病者の極みと言える。

 

 まあ良いだろう。

 

 ジブリールはほくそ笑む。

 

 全てが終わった後の新世界の構築と言う大事業を始めるとき、あの男には再び「お飾り」と言う役割をやってもらうのだから。それまでせいぜい、閉じ籠っておけば良いのだ。

 

 現在、ダイダロスで使用準備を進められている兵器。

 

 軌道間全方位戦略砲レクイエム。

 

 これがあるからこそ、ジブリールは宇宙軍主力が駐留しているアルザッヘルではなく、このダイダロスを逃亡先に選んだのだ。

 

 これさえあれば、忌々しいデュランダルを抹殺する事もできる。そうなれば、あとは自分の天下だ。

 

 ジブリールはそう、固く信じていた。

 

 

 

 

 

 第12宙域に、不審な動きをするコロニーがある。

 

 地球からの帰還の後、機動要塞メサイアに座乗したデュランダルから、そのような指示を受け、ジュール隊とエルスマン隊は調査の為に赴いていた。

 

 フォックスノットノベンバーの後、ザフト軍は新たに月の地球連合軍に対応する為、月軌道艦隊を設立、ジュール隊とエルスマン隊もこれに所属している。

 

 今回両部隊に派遣が命じられたのは、月軌道艦隊の活動宙域が近かったことが大きかった。

 

 とは言え、不審な点も多い。最大の疑問点としては、地球連合軍の意図が不明瞭な点だった。第12宙域は確かにプラント寄りの場所ではあるが、プラントを直接叩くには距離がありすぎるのだ。

 

 大方の予想では何らかの拠点建設のための動きではないかと思われていたが、いずれにしても行ってみない事には何も判らなかった。

 

 ジュール隊とエルスマン隊が進んでいくと程なく、問題のコロニーが姿を見せ始めた。

 

 それと同時に、護衛と思われる地球軍艦隊も、こちらに向かってくるのが見える。

 

「チッ!! 報告通り、結構な数だぞ!!」

 

 部隊の先頭を進むイザークが、苛立たしげに叫ぶ。

 

 今回の調査部隊の総隊長でもあるイザークは、乗機を以前のザクファントムから、グフイグナイテッドに更新している。

 

 パーソナルカラーである青に塗装されたイザークのグフの後方には、ダークグレーのグフが付き従っている。こちらはディアッカの機体だ。

 

《ああ、けどいったい、なぜこんな所に?》

 

 ディアッカも、訳が分からないと言った感じに怪訝な声を発する。

 

 こうして来てみても、やはり地球軍の考えている事は判らない。このような中途半端な場所では、基地を建設するにも不適切だと思うのだが。

 

「さあな。友好使節でない事だけは確かだろう」

《だね》

 

 相棒の返事を聞いてから、イザークはカメラを後方から付き従う2機に向けた。

 

「ルイン、アキナ、お前達は新型の初陣だ。その実力、しっかりと見せてもらうぞ!!」

《はい!!》

《了解です!!》

 

 ジュール隊に所属する若手2人、ルイン・シェフィールドとアキナ・コールアンは、隊長の言葉に対して元気な返事を返す。

 

 あのユニウスセブン落下事件、ブレイクザワールドの折にはまだまだ未熟で、敵機に翻弄されるだけだった2人だが、この戦争の期間中に数多の戦いを経験し、今や歴戦の兵士と肩を並べるまでに成長し、完成したばかりの新型機まで任されるに至っていた。

 

 そんな頼もしい仲間を引き連れて、ジュール隊とエルスマン隊は突撃を開始する。

 

「良いか、味方の増援部隊もいずれやって来るッ 何としても敵の意図を阻止するんだ!!」

 

 最前線でテンペストビームソードを振るい、イザークが叫ぶ。

 

 数に恃んで防衛線を張る地球連合軍に対して、ザフト軍も果敢に攻め入っていく。

 

 ディアッカはグフのドラウプニルを放ち、突撃する味方を掩護する。

 

 そしてエルスマン隊が開いた穴から、イザーク機を先頭にしたジュール隊が突撃し、次々とウィンダムやダガーLを屠っていく。

 

 勢いに勝るザフト軍だが、地球軍も負けてはいない。得意の集団戦術を駆使して、ザフト軍の進行を拒み続けている。

 

 そんな中にあって、ザフト軍から突出するように前に出る2機があった。

 

 ルインとアキナの機体である。

 

「行くぞ、アキナ!!」

《判った!!》

 

 通信機越しに頷き合う2人。

 

 2人の操る機体は、外見はアリスのかつての愛機、インパルスを元にしている。

 

 背中のバックパックは、エネルギー効率の問題からお蔵入りとなった「デスティニーシルエット」を元にしており、武装や構造を簡略化する事でエネルギー問題を解決している。

 

 ルインの機体は接近戦装備のアドラー。分離合体機構をオミットしたインパルスの機体に、デスティニーと同じ翼型のスラスターを装備、メイン武装としてビームライフル、エクスカリバー対艦刀をどれぞれ1基ずつ装備し、肘にはフラッシュエッジ・ビームブーメランを持っている。

 

 アキナの機体は砲撃戦装備でファルケと言う。機体形状はアドラーと一緒だが、こちらはガナーザクウォーリアのオルトロスをメイン武装とし、更に背部には2機のレールガンを装備、接近戦武装としてビームサーベルを持っている。

 

 この2機は連携攻撃を重視して2体1対で設計された機体であり、武装が違うだけで、基本となるフレームは一緒である。

 

 アキナのファルケが、手にしたオルトロスと、肩のレールガンを一斉発射する。

 

 それと同時に、ルインのアドラーがエクスカリバーを掲げて突撃、居並ぶウィンダムを次々と斬り捨てていく。

 

 地球軍側でも、アドラーとファルケを強敵と認識したのだろう。その進撃を阻むべく、部隊を集結させてくる。

 

 その様子を、ルインは鋭く見据える。

 

「アキナ、あれやるぞッ 遅れるなよ!!」

《了解ッ いつでも良いよ!!》

 

 加速を始めるアドラーに、ファルケはすかさず追随する。

 

 そこへ、砲火を集中する地球軍。

 

 対して2機は、交差するような軌道で飛翔し、一気に距離を詰めていく。

 

 次の瞬間、アドラーとファルケの前面に赤いフィールドが出現した。

 

 機体前面を保護するようにまとったそのフィールドは、あのオーブ戦で猛威を振るったドムトルーパー隊が使用していたスクリーミングニンバスだ。もっとも、ジェットストリームアタックに使われた物に比べれば、だいぶ出力は落ちるようだが。

 

 更に加速する、アドラーとファルケ。

 

 その動きを、地球軍は追う事ができないでいる。

 

「ツイン!!」

 

「バード!!」

 

「「ストライク!!」」

 

 交差しながら駆け抜ける2機。

 

 立ち竦むウィンダム隊を、アドラーがエクスカリバーで斬り捨て、ファルケがオルトロスで撃ち抜いていく。

 

 勿論、ウィンダム隊も反撃の為に火力を集中するが、高速機動と、完璧な連携攻撃で攪乱しながら攻め込んでくる2機を捉える事ができない。

 

 機動性を重視したアドラーとファルケの前に、地球連合軍の機体は次々と撃破されていく。

 

 ツインバードストライク。

 

 スクリーミングニンバスで前面を保護しながら高速機動で突撃、その動きに翻弄されて身動きが取れないでいる敵を片っ端から撃墜していく戦術である。これは元々、ザフト軍でお蔵入りになったドムトルーパーのスクリーミングニンバスを利用する上で考案された戦法であり、攻撃力と言う点ではジェットストリームアタックに劣るものの、機動力では勝っていると計算されていた。

 

 まさに、機動連携攻撃を重視したアドラーとファルケの、必殺技ともいうべき戦術である。

 

 ルインとアキナの活躍で勢いを得たザフト軍は、戦線を押し上げて次々と地球連合軍を撃破していく。

 

 このまま行けば、問題のコロニーに辿りつく事もできる。

 

 誰もがそう思い始めた時、変化が起こった。

 

 突如、巨大なコロニーが目に見えて減速し始めたのだ。

 

「制動を掛ける?」

 

 その様子を見ていたイザークが、怪訝な面持ちでコロニーを睨む。

 

「こんな所でか?」

 

 こんな場所で停止して、いったい何になると言うのだろうか?

 

 そこでさらに、不可思議な事が起こり始めた。

 

 制止したコロニーが、今度は対角線上のブースターを噴射して方向を変え始めたのだ。まるで、姿勢制御をするように。

 

《何だ? 何をやろうとしている!?》

 

 傍らのディアッカもまた、同様に戸惑った声を上げている。

 

 このような場所で、進路変更していったいどうしようと言うのか?

 

「判らんが、とにかく止めるんだ!! エンジンに回り込め!!」

《了解!!》

 

 そう言うと、イザークとディアッカのグフは次々と突撃を開始する。それにルインやアキナをはじめとした隊員達も続く。

 

 グフのドラウプニルや、ザクのオルトロス、突撃銃が火を噴き、更にはアドラーのビームライフル、ファルケのオルトロスとレールガンが、次々と放たれてコロニーに叩き付けられていく。

 

 とにかく、片方のエンジンを潰せば、回転軸がぶれてスピンを始めるはず。そう考えて、攻撃を集中していくザフト軍。

 

 その時だった。

 

 コロニーを守っていた地球軍が、一斉に散開していく。

 

「な、何だ!?」

 

 戸惑うイザーク。

 

 まるで、危険から回避するような行動に散っていく地球軍の姿は、イザーク達の焦燥を否が応でも駆り立てる。

 

 

 

 

 

 その頃、ダイダロス基地では、ジブリールが待ちわびた報告がもたらされていた。

 

 最終中継地点であるグノーが、ようやく配置に着いたのである。

 

「照準はどこに?」

「アプリリウスに決まっているだろう。これは脅しではないのだぞ!!」

 

 尋ねる基地司令に、ジブリールは居丈高に言い放った。

 

 デュランダルが宇宙に上がった事は、ジブリールも掴んでいる。ならば奴はプラント行政府のあるアプリリウスワンにいるはずだ。そこを攻撃すれば、デュランダルを抹殺できる。

 

 そして、それが可能とする兵器を今、ジブリールは手にしていた。

 

「照準、プラント首都アプリリウス!!」

「目標点入力、アプリリウス」

「最終セーフティ解除。全ジェネレーター臨界へ」

 

 オペレーター達が作業を復唱し、レクイエムの発射準備が進められていく。

 

 その間、基地内の試掘坑を再利用する形で作られた巨大な砲門が姿を現す。

 

 直径数100メートルに及ぶ巨大な砲門は、しかし、レクイエムと言う兵器システムを構成する、ほんの一部でしかない。そもそも、地表に固定された砲門では、この位置からプラントを狙い撃つ事はできないはずである。

 

 だが、そこにこそ、この兵器の意義があると言っても過言ではなかった。

 

「トリガー回せ!!」

 

 基地司令が命じて程なく、ジブリールの前のコンソールが開き、トリガー型の発射装置がせり出す。

 

 それを握り込み、ジブリールは会心の笑みを浮かべる。

 

「さあ、奏でてやろうデュランダル!! お前達を弔う鎮魂歌(レクイエム)を!!」

 

 トリガーが力強く絞り込まれる。

 

 次の瞬間、砲門から巨大な閃光が迸った。

 

 閃光は直進すると、月表面を駆け上がり、やがて1次中継地点である円筒型のコロニーを抜ける。

 

 次の瞬間、閃光はありえない角度で急カーブして、更に次の中継点へと向かう。

 

 その様子を、ジブリールはほくそ笑みながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 その頃、ジブリールが抹殺を狙ってレクイエム発射に踏み切った最大の標的たる人物は、彼が狙ったアプリリウスワンではなく、機動要塞メサイアにその姿があった。

 

 このメサイアは、先の大戦で、ボアズ、ヤキン・ドゥーエと言う二大要塞を失ったザフト軍が戦後になって建造した要塞で、両要塞に比べると、いささか小振りで部隊収容規模も小さい。

 

 しかしメサイアには、その欠点を補って余りある利点が存在した。

 

 大型の推進器を搭載したメサイアは、自在に宇宙空間を航行する事ができるのである。それ故、従来の要塞の枠に捉われない、柔軟な戦略的運用が可能になっていた。

 

「先の、動くコロニーの情報について、何か続報は入っているか?」

「いえ、まだ」

 

 デュランダルの質問に、傍らのメサイア将校は答える。

 

「ジュール隊とエルスマン隊には停止を第1に考えるように命じてありますが」

「うむ、そうだな」

 

 とにかく目的が不明である為、ジュール隊とエルスマン隊には、取りあえず調査と停止を第1に考えて送り出したのだ。

 

 程なく、彼等から何らかの情報がもたらされるであろうと期待しているところではあるが。

 

 デュランダルが、更に何か言おうとした、その時だった。

 

「月の裏側に、高エネルギー体発生!! こ、これは!?」

 

 オペレーターの1人が、上ずった声を発する。

 

 直ちに他のオペレーター達もコンソールに取り付いて状況分析を始める。

 

 やがて、モニターにプラントの様子が映し出された。だが、それを見た一同は、思わずうめき声を発した。

 

 虚空に浮かぶプラント。その内の1基が今、駆け抜けた閃光に貫かれているのが見える。

 

 閃光は更に、発射状態を保ったまま射線がずらされ、コロニーの外壁を斬り裂くと、その隣にあったコロニーも斬り裂いてしまう。

 

 人類の英知を結集して作られた砂時計型のコロニー、プラント。

 

 一見すると安定した環境を提供し、人類にとっては最適とも言える宇宙の居住空間であるように思えるが、しかし、現実には壁1枚向こうは真空の地獄である。

 

 次々と破壊されていくコロニー。

 

 司令室の面々は、その様子をただ呆然と眺めている事しかできない。

 

 更にそれだけでは終わらない。破損したコロニーの1基がバランスを崩して軌道を外れ、まるでドミノ倒しのようにその隣にある別のコロニーに衝突して崩壊を促す。

 

 誰も、声を発する事ができないでいる。

 

 地獄だった。

 

 今まさに、血のバレンタインをも上回る悲劇が、モニターの中で現実に起こっているのだ。

 

「いったいどういう事だ!?」

 

 彼等を正気に戻したのは、最高議長からの一喝だった。

 

 デュランダルは常の穏やかさをもかなぐり捨てて怒号を発する。

 

「どこからの攻撃だ!? いったい何が起きたと言うのだ!?」

 

 デュランダルの声に我に返った一同は、慌てた様子で状況解析を進めていく。とにかく、一刻も早く状況を確認する必要があった。

 

 慌てて動き出すオペレーター達。

 

 その様子を、横目に見ながら、

 

 デュランダルは崩壊していくコロニーの様子を、冷ややかな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

「ヤヌアリウスワンからフォー、直撃」

「ディセンベルセブン、エイト、ヤヌアリウスフォーの衝突により崩壊!!」

 

 オペレーターの報告に、思わずジブリールは立ち上がって目を剥いた。

 

「・・・・・・ヤヌアリウスだと!?」

 

 照準はアプリリウスに合わせられていた筈だ。それがなぜ、別のコロニーに命中したのか?

 

「どういう事か!?」

「ハッ グノーの射角が計算外にずれたようで。戦闘の影響と思われますが・・・・・・」

 

 最終中継地点であるグノーがザフト軍に発見されて攻撃を受けていた事は知っているが、まさかその影響で角度がずれ、本来の照準から逸脱してしまったのだ。

 

 思わぬ誤算である。

 

 この軌道間全方位戦略砲レクイエムの最大の利点は、超大型のゲシュマイディッヒパンツァーを搭載したコロニーを利用する事で、巨大兵器にありがちな死角を、完全に無くしている事にある。

 

 砲門から発射されたビームを、各中継点にて歪曲させれば、事実上、地球の裏側を撃つ事も可能となる。

 

 しかし、それだけに扱いは繊細な操作が必要になる。まず、エネルギーのチャージにかなりの時間がかかる事に加えて、巨大なコロニーを動かすのだから照準を完了するまでには相応の時間を要する。更に、敵に発見されれば攻撃を受け、予想外のアクシデントで照準が狂う事も考えられる。

 

 今回の照射により、一握りのコーディネイターを抹殺する事に成功し、ジブリールの溜飲は僅かに下がったが、本命であるデュランダルを撃ち損じてしまった。まさにレクイエムと言う兵器システムの長所と短所がハッキリと出た事になる。

 

 これで敵も、ジブリールの手の内を知った事だろう。黙って二射目を待っているような事はしないはずだ。

 

 レクイエムの二射目が早いか、それともザフトが侵攻してくるのが早いか、時間との勝負になりそうだった。

 

 

 

 

 

 その頃、最終中継地点に展開していたジュール隊とエルスマン隊も、交戦を再開していた。

 

 一時、突然のプラント攻撃に呆然としていた彼等だが、兎にも角にも、第二射を許すわけにはいかない。

 

 全軍、プラントを撃たれた怒りをぶつけるように、総攻撃を開始していた。

 

「とにかくこいつを陥とせッ 絶対に二射目を撃たせるんじゃない!!」

 

 イザークが激を飛ばし、全員がそれを受けて奮い立つザフト軍。

 

 だが、地球軍側も負けてはいない。

 

 ここが正念場とばかりに、全軍を上げてザフト軍を迎え撃つ体勢を取る。

 

 ザムザザーやウィンダムが壁を作り、砲火を集中させてザフト軍の進撃を阻もうとする。

 

 1機のザムザザーが、かぎ爪を振りたててイザークのグフへと向かってくる。

 

「来るかッ!?」

 

 対抗するように、テンペストとスレイヤーウィップを構えるイザーク機。

 

 その時だった。

 

 突如、降り注ぐように駆け抜けた閃光が、接近しようとしていたザムザザーを、一撃の元に吹き飛ばした。

 

「何だ!?」

 

 イザークの見ている前で、成す術もなく炎を上げて爆散するザムザザー。

 

 突然の事態に、驚きを隠せない。

 

 振り仰いだイザーク。

 

 そこには、翼を広げて駆けてくる、オレンジ色の機体があった。

 

「あれは!?」

 

 見覚えがある。あれは確か、ヘブンズベース戦で凄まじい活躍していた新型機だったはず。

 

 当時、既に月軌道艦隊にあって、地球連合軍と睨みあいをしていたイザークはヘブンズベース戦には参加していないが、戦いの映像は閲覧している。圧倒的な性能を示し、地球軍が投入した巨大兵器を薙ぎ倒していく姿は、強く印象に残っていた。

 

 だが、あれはミネルバ隊に配属されているはず。そのミネルバは、まだ地球にいるはず。あの機体が、ここにいるはずが無い。それに何より、機体の色が違う。イザークの記憶にある機体は、灰、青、赤のトリコロールだったはず。

 

 訝るイザークに対し、オレンジ色の機体は目前の地球軍部隊を一掃すると、機体をターンさせてイザーク機に向き直った。

 

《こちらヴェステンフルス隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。遅れてすまない。これより掩護する!!》

 

 その声に、イザークは驚きを隠せなかった。

 

 確か、ハイネ・ヴェステンフルスはクレタ沖海戦で負傷して本国で療養中だったはずだが、それが軍務に復帰して、しかも新型機まで受領したいたとは。

 

 そのハイネ機に続いて、肩をオレンジ色に塗装したザクの一団が戦線に加入すると、横一列に並んで一斉にオルトロスを発射する。

 

 対して地球連合軍は、突如現れたザフト軍の増援の前に、大混乱に陥っていた。

 

 

 

 

 

 ZGMF-X42S「レヴォリューション」

 

 それが、ハイネが駆る新型機の名称である。

 

 コードから判る通り、アリスのデスティニーと同型機であり、武装も性能シルエットもほぼ一緒である。違うとすれば、OSがハイネの戦闘データをもとにチューニングされている事と、VPS装甲とスラスターの噴射炎が、彼のパーソナルカラーであるオレンジに変更されていることくらいであろう。

 

 ちなみに本来の名称は「デスティニー2号機」なのだが、ハイネのたっての希望によりレヴォリューションに改称されていた。

 

 クレタ沖海戦で重傷を負い、一時は意識不明だったハイネだが、その後本国で療養する事で体力も回復して軍務に復帰。本国防衛軍に配属され、そこでレヴォリューションを受領したのだ。

 

 今回の戦闘は、新規部隊編成の為にメサイアに行っていた際に、地球軍の不審な動きを察知した国防本部の命令により、ジュール隊、エルスマン隊の支援に来たのだ。

 

 しかし、結果的にレクイエム発射に間に合わなかった事は、ハイネにとっても取り返しのつかない痛恨事だった。そのせいで、プラントに甚大な被害をもたらしてしまった事は悔んでも悔やみきれない。

 

 せめて二射目は絶対に防ぐ。

 

 その思いを胸に誓い、ハイネは斬り込んで行く。

 

「さあ、行くぞ!!」

 

 一声吠えると、ハイネはレヴォリューションを駆って前へと出ると、アロンダイトを抜き放ち、片っ端から斬り飛ばしていく。

 

 当然、地球連合軍のウィンダムやダガーLもレヴォリューションを強敵と見なし、攻撃を集中させてくる。

 

 しかし、

 

「当たるかよッ!!」

 

 残像を引きながら飛ぶレヴォリューションの動きに翻弄され、地球軍の攻撃は悉く空を切る。

 

 そんなレヴォリューションの進撃を阻むように立ちはだかるザムザザー。

 

 だが、

 

「邪魔だ!!」

 

 ハイネは怯む事無くレヴォリューションを加速させると、パルマ・フィオキーナを発動、密着状態でザムザザーを吹き飛ばす。

 

 かつてはミネルバを散々に苦しめた巨大モビルアーマーも、高速高機動のデスティニー級機動兵器の前には成す術がない。

 

 あっけなく撃破され、火球に転じるザムザザー。

 

 ハイネは更に、レヴォリューションの肩にあるフラッシュエッジ・ビームブーメランを抜き放った。

 

 ブーメランではあるが、フラッシュエッジは刃の部分を伸長するとビームサーベルとしても使用できるのだ。

 

 これらを用い、ハイネは片っ端から、向かってくるウィンダムを叩き斬っていく。

 

 その間に戦線突破を果たしたイザークとディアッカは、ついに問題のコロニーに取り付いた。

 

 イザーク機とディアッカ機、さらに後続してきたルインとアキナのアドラーとファルケも加わり、一斉攻撃を展開する。

 

「一点突破だ。スラスターに攻撃を集中しろ!!」

 

 イザークの命令に従い、攻撃を集中させるザフト軍。

 

 程無く、コロニーは構造を保つ事ができず、真っ二つに引き裂かれて崩壊していく。

 

 やがて、周辺には破壊されたコロニーの残骸が散らばり始めた。

 

 それに合わせて、撤退を始める地球連合軍。

 

 その様子を、ザフト軍は追撃する事も忘れて見つめている事しかできない。

 

 これでザフト軍は、一応の目的は達した事になる。が、しかし、誰もが苦い敗北感を拭う事ができないでいた。

 

 プラントは撃たれ、多くの犠牲者が出る事を防げなかった。

 

 その事が、彼らの心に重くのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラントを襲った惨劇は、カーペンタリアで発進待ちをしていたミネルバからも確認する事ができた。

 

 映像の中で、真っ二つに斬り裂かれたコロニーが、他のコロニーと衝突して更なる被害を誘発していく光景が映し出されている。

 

 中で生活していた住人達が辿った運命は、考えるだけ時間の無駄だろう。生存者の存在は絶望的である。

 

 その光景に、誰もが声も出せないでいる。

 

 映像の中の光景が、現実の物とはとても思えなかった。

 

 果たしてあの一瞬で、どれだけの人間が命を落としたことだろうか? それはこの場にいる誰にも、想像すらできない事であった。

 

 しんと静まり返ったレクルームの中で、アリスも、レイやルナマリアと共に、呆然とその様子を眺めていた。

 

「何で・・・・・・」

 

 知らずの内に、アリスの唇は動いていた。

 

「何で、こんな・・・・・・・・・・・・」

 

 アリスのその言葉を奇禍としたのかもしれない。

 

「・・・・・・お母さん? ・・・・・・・・・・・・嫌ァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 1人の女性兵士が、悲鳴と共に泣き崩れる。恐らく、崩壊したコロニーに家族がいたのだろう。

 

 それと同時に、あちこちから悲鳴や鳴き声が上がる。

 

 その場で泣き崩れる者、あまりの事態に思考が停止する者、拳を壁にぶつけて怒りをあらわにする者。

 

 まるで地獄絵図だ。

 

 この場にいる全員が、あまりにも無力である。誰もが、自分の家族や友人、同胞の最後を映像越しに眺めて泣き崩れる事しかできないでいるのだから。

 

 その様子を、アリスはいたたまれない気持ちで眺める。

 

 幸か不幸かアリスの両親はアプリリウスに住んでいる為、今回の攻撃で被害は無かったが、もしあの攻撃がアプリリウスを直撃していたらと思うと、とても他人事とは思えなかった。

 

「ジブリールだな」

 

 阿鼻叫喚が続く中で、1人レイが冷静に告げる。

 

 振り向くとレイは、壁際のコンピューターを操作して何かの画面を呼び出している所だった。

 

「月の裏側から撃たれた。こちらがいつも通り、表のアルザッヘルを警戒している隙に」

 

 開示された情報を、レイは動揺する事も無く読み取っていく。

 

 それは、巨大な大砲のデータだった。砲の口径からして、想像を絶する威力がある事は間違いないだろう。

 

 確かに地球連合軍の主力艦隊はアルザッヘルに駐留している。それに合わせてザフト軍もそちらの方を警戒していたのだが。まんまと裏をかかれた事になる。

 

「ダイダロスにこんな物があったんだ・・・・・・」

 

 画面を覗き込みながら、アリスは悔しそうにつぶやく。

 

 もっとジブリールの動向に、注意を払うべきだった。いや、それ以前にもっと早く捕まえられていたら、今回の悲劇は防げたはずなのに。

 

「でも何で!? 裏側からって・・・・・・そんなの無理じゃない!! どうやって!?」

 

 ルナマリアが取り乱したように叫ぶ。

 

 確かに警戒していなかったと言えばその通りなのだが、それも無理の無い話である。誰も月の裏側からプラントを討てる兵器が存在しているとは思わないだろう。

 

「奴らは廃棄コロニーに超大型のゲシュマイディッヒパンツァーを搭載し、ビームを数回にわたって屈曲させたんだ」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 冷静に説明するレイの言葉に、アリスはうめき声を発する。

 

 ゲシュマイディッヒパンツァーの事はアリスも知っているし、ディオキアで戦った敵の中に、それを装備した機体が存在していたのを覚えている。

 

 しかし、そんな誰も思いつかないような手段でプラントを攻撃してくるとは。

 

 こうして見ると発想自体は、そう目新しいという物ではない。既存の技術を組み合わせた物だ。ただし、その規模はまさしく「開いた口がふさがらない」というレベルだろう。

 

 だが、そんな使い古された技術で、現実にプラントが大損害を被ったのだから、あながち馬鹿にもできない。

 

「このシステムなら、どこに砲があろうと、屈曲点の数と位置次第で、どこでも自在に狙える。悪魔の業だな・・・・・・」

「そんな・・・・・・そんな事を・・・・・・」

 

 呆然と呟くアリス。

 

 それに対してレイは、あくまで冷静な口調で言った。

 

「ジブリールを討てなかった、俺達の責任だ」

「ッ!?」

 

 その言葉に、アリスはビクッと肩を震わせる。

 

 これまでジブリールを討つ機会は何度もあったのに、その悉くに失敗し続けてきた。その結果が、今回の惨劇に繋がっている。

 

 事にアリスはオーブ戦の終盤で、今一歩のところまで追い詰めながら取り逃がすと言う失態をしていた。責任は重大であると言える。

 

「ちょっとレイ、言い過ぎよ!!」

 

 落ち込むアリスの様子に、流石に見かねたルナマリアが声を上げる。

 

 だが、

 

「いいよ、ルナ・・・・・・・・・・・・」

 

 力無く肩を落としながら、アリスはルナマリアを制した。

 

 あの時ジブリールを討てていたら今回の事は防げた。その事は事実であるから、反論のしようも無い。

 

 今、アリスの中では自分に対する甘さと、この惨劇を演出したジブリールに対する怒りがない混ぜになって、グツグツと煮えたぎっていた。

 

 つい先日まで、ラクスの真偽について悩んでいた事も、今やアリスにはどうでも良くなっている。

 

 大事なのは、こんな事は二度と起こさせない事だ。

 

 その為に、

 

「ジブリールはボクが討つよ・・・・・・今度こそ、必ず」

 

 いつに無く低い声で、静かに告げるアリス。

 

 間もなく、ミネルバも宇宙に戻る事になる。そこでダイダロス基地攻略作戦に参加する事になるだろう。

 

 その時こそ絶対に討ち果たす。

 

 アリスは固く、そう心に誓っていた。

 

 

 

 

 

「間もなく、合流地点です。クサナギのビーコン、確認しました」

 

 ダリダの報告を聞いて、マリューは頷きを返す。

 

 現在、アークエンジェル、武蔵、信濃の3隻は何も無い宇宙空間で遊弋しつつ、味方艦隊との合流を待っていた。

 

 当初、地球を出た時は、その足でデブリ帯のアシハラへ向かう予定であったが、その予定は、航行途中で変更された。

 

 理由は言うまでも無く、先日行われた地球軍によるプラント攻撃だ。

 

 オーブ軍の方でも地球連合軍が使用したレクイエムについて解析し、その結果、アシハラで守りを固める作戦は放棄し、月方面に打って出る事になったのだ。

 

 事はプラントだけの問題ではない。あの兵器を使えば、オーブを狙う事だって不可能ではないのだ。

 

 何としても、早急にレクイエムを破壊する必要があった。

 

 勿論、ザフトからも軍は派遣されるだろうが、それに合わせてオーブ軍宇宙艦隊も、月に進撃する事を決定したのだ。

 

 カガリが率いる現オーブ政府、つまり旧オーブ政府軍は、地球連合軍とは国交断絶状態にあるが、厳密に言えば交戦状態にある訳ではない。故に宣戦布告無しに地球連合軍の所属基地であるダイダロスに攻撃を仕掛ける事は、多少の法的問題を孕んでいるという意見もあった。

 

 しかしカガリは、既にジブリールは国際的なテロリストにすぎず、これを匿うダイダロス基地もまた、テロリストに加担していると主張し、「ジブリール討伐」を掲げて、宇宙軍の出撃を決定したのだ。

 

 程無く遊弋するアークエンジェルの前に、虚空の中から大小の艦艇群が姿を現した。

 

 中には、大和やクサナギと言った、馴染の深い艦の姿もある。

 

 艦隊は整然と陣形を組んで、一糸乱れぬ行動で列を成している。

 

 これこそが、オーブ軍宇宙艦隊の勇姿であった。

 

「総旗艦クサナギより入電。《再開と合流を祝す。その奮戦に期待する》」

 

 宇宙艦隊司令官のソガ一佐が座乗するクサナギは、艦隊の中央に位置している。

 

 オーブ宇宙軍、全力を挙げての出撃となる。今度こそ、何としてもジブリールを捕え、オーブ戦での汚名を晴らす必要があった。

 

 程無く、クサナギは艦首を巡らし、それに合わせてオーブ艦隊も進路を変更していく。

 

「機関始動。クサナギに続行せよ。武蔵、信濃に打電、《我に続け》」

 

 ゆっくりと動き出すアークエンジェル。

 

 それに伴い、マリューは高らかに宣言した。

 

「進路、月へ!!」

 

 今、世界の命運を賭けた最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-42「虚空斬り裂く葬送曲」      終わり

 


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