機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-41「対決の時」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターの中から鋭い視線を送ってくるデュランダルに対し、タリアとアーサーは直立不動で向き合っている。

 

 ジブリールを取り逃がした後、タリアは艦隊を指揮してオーブの領海外へと撤退した。

 

 激戦の結果、艦隊の数は出撃当初の半数近くまで減っている。これ以上の損害を受けながら戦うのは得策ではないし、何よりジブリールを逃がしてしまった事で、ザフトがオーブに侵攻する大義名分が失われてしまった。

 

 その為、タリアは艦隊の撤退を決断したのだ。

 

 もっともそう決断した根底には、かつて世話になったオーブと、これ以上争いたくないと言う思いもあったのだが。

 

《では、ジブリールは、そのシャトルに?》

「確証はありませんが、私はそう判断します」

 

 キビキビと答えるタリアに対し、デュランダルは表情を動かさずに言う。

 

 その視線は、見ようによってはタリア達を責めているようにも見える。

 

《いずれにしても彼を捕えられず、君達はオーブに敗退したと、そう言う訳だな?》

 

 冷たい表情で尋ねるデュランダルに対し、アーサーはあからさまに肩を震わせる。敗戦の責任について、何か問われると思っているのだろう。

 

 対してタリアは、堂々としたまま、デュランダルの問いかけに答えた。

 

「はい、そういう事になります。アークエンジェル、イリュージョン、そしてフリーダム、と言って差し支えないと思います。それらの参入によって状況は不利となり、その上、依然としてジブリールが国内にいると言う確証は得られませんでしたので。あのまま戦っても、ただ消耗戦になるだけでした」

《そうか・・・・・・》

 

 タリアの言葉に、デュランダルは一瞬沈黙する。

 

 「ジブリールを捕える為にオーブに侵攻する」。それが今回の作戦目的であったはずだ。故に、ジブリールがいなくなったオーブから撤退するのは、ごく自然な流れだったはずだとタリアは信じている。

 

 だが、それとは逆に、タリアの胸の内にはデュランダルに対して、ある疑念があった。

 

 今回の件、ジブリールの事はあくまで建前で、本当はそれを理由にオーブを滅ぼすのがデュランダルの真の狙いだったのではないか、と言う風に解釈もできる。

 

 ロゴスの糾弾からヘブンズベース戦での勝利を経て、今や世界情勢は大半がデュランダルを支持している。未だにデュランダルと敵対する道を選んでいるのは、ジブリール以外ではオーブのみと言って良いだろう。そのオーブを滅ぼす事の方が、彼の今回の目的だったのではないか、と考える事もできるのだ。

 

 傍らのアーサーがハラハラとしながら見守る中、タリアとデュランダルの睨み合いは尚も続く。

 

 やがて、デュランダルの方から相好を崩した。

 

《いや、ありがとうグラディス艦長。判断は適切だったと思う》

「いえ」

 

 そんな言葉の交し合いすら、今は白々しく感じてしまう。

 

 もっとも、緊張が解けたおかげで、隣のアーサーはホッとしている様子だが。

 

《シャトルの件については、こちらで調べる。オーブには何か、別の交渉手段を考えるべきかな?》

「私はそのように考えます」

 

 あるいは今回の戦いで、デュランダルの戦略構想に齟齬が生じたのかもしれない。

 

 しかし、それでもやはり、タリアは撤退を決めた自分の判断が間違っていたとは思わなかった。

 

 そう、たとえそれが、目の前のモニターに映っている男を裏切る事になっていたとしても。

 

 

 

 

 

 格納庫に収容された機体を見て、アリスは駆け寄っていく。

 

 メンテナンスベッドに固定された機体は、今は鉄灰色に染まっているが、VPS装甲を起動すれば鮮やかな紅に染まる事になる。

 

 ジャスティスである。

 

 士官学校の教科書でしか見た事が無かった機体が、今現実に、アリスの目の前に佇んでいた。もっとも、教科書に載っていたのとは少し武装が違うみたいだから、大戦後に完成した新型なのだろうと考えられたが。

 

 その機体から降りてくる人影を見て、アリスは大きく手を振った。

 

「アスラン!!」

 

 アリスが名前を呼ぶと、向こうも気づいて手を振りかえしてきた。

 

 フリーダムとの戦闘を引き分けと言う形で終えたアスランは、そのまま撤退するザフト艦隊に合流し、馴染のあるミネルバに着艦したのだ。

 

 任務を達成できず、全軍敗走と言う形になったのは残念ではあるが、アスランにとっては久しぶりとなるミネルバである。

 

 アリスが駆け寄ると、笑顔で出迎えた。

 

「アスラン、体はもう良いの?」

「ああ。充分に休ませてもらったからな。もう元通りだ」

 

 言ってから、アスランはアリスを頼もしげに見つめて言う。

 

「噂は聞いているぞ。大活躍だそうじゃないか。本国にいて君達の活躍を聞くと、一緒に戦っていた俺としても鼻が高いよ」

 

 アスランにそう言われて、アリスははにかんだように顔を赤くする。

 

 尊敬する先輩であるアスランにストレートに褒められる事も無論嬉しいが、自分達の活躍が本国でまで噂になっているとは思ってもみなかったのだ。

 

「取りあえず、着艦の報告をしたい。艦長の所まで案内してくれるか?」

「あ、はい、じゃあボクが」

 

 そう言うと、アリスは率先して歩き出す。

 

 激しい戦闘の直後と言う事も有り、ミネルバの艦内区画もあちこち損傷している。いくつか立ち入り禁止になっている区画もあった。

 

 それらを避けて通りながら、アリスはアスランを伴って艦橋へと歩いていく。

 

「ねえ、アスランがうちの艦に来たって事は、またアスランが隊長やるの?」

「いや、そんな事は無いぞ」

 

 アリスの質問に対し、アスランは即座に否定の言葉を述べた。

 

 実際、アスランにとって、今回ミネルバと合流したのはただの偶然である。本来ならアスランは大気圏内に降りる予定でもなかったのだが、フリーダムとの闘いが激しすぎ、重力に引かれ過ぎた為に、降りざるを得なくなったのだ。

 

「それに、今は隊長としてはレイがいるし、君もルナマリアも立派に成長した。俺の出る幕はもう無いだろう」

 

 そう言ってアスランは笑う。

 

 かつて自分の育てた後輩達が、立派に自分の跡を継いで最強部隊として活躍している事は、アスランにとって誇りでもある。

 

 この先、戦いは恐らく再び宇宙に移ると思われる。月に逃亡したジブリールが、そのまま大人しくているとは思えないのだ。

 

 そうなった時、アリス達は頼もしい味方になってくれると期待していた。

 

 

 

 

 

 何となく居場所が無く、上部甲板で海風に吹かれながらネオは作業風景を眺めていた。

 

 戦闘後、アークエンジェルはオノゴロに入港して補修作業を始めていた。周りには、同じように戦闘で破損した他の戦闘艦の姿もある。

 

 そんな中でネオは、疎外感に押されて1人佇んでいた。

 

 解放された以上、ネオはもう捕虜ではない。しかし、心情的にここを去る事も出来ない。だからこうして、1人で佇んでいるのだった。

 

 周囲を見回せば、戦闘の後だと言うのに美しい景色の眺めが、ネオの視界を満たしてくる。

 

 まるで別世界だ。

 

 ネオが今まで歩んできた世界は、ろくでもない地獄ばかりだった。

 

 やはり、ここは自分のいる場所じゃない。そんな風についつい思ってしまう。

 

 その時、

 

「こんな所にいたの?」

 

 背後から声を掛けられて振り返ると、マリューが長い髪を揺らして歩いてくるのが見えた。どうやら、作業がひと段落した為、ネオの姿を探していたらしい。

 

「居場所が無くってね」

 

 そう言って、肩を竦めるネオに、マリューも柔らかく微笑む。

 

 暖かな黄昏の光が、2人の姿を赤く染めている。

 

 そんな様子を互いに見つめ合いながら、ネオは声をかける。

 

「・・・・・・綺麗な所だな、オーブって」

 

 らしくない、とネオは思ったが、マリューは黙って聞き入っている。

 

「あんたも、ここの生まれ?」

 

 言ってから、ネオは内心で「しまった」と思った。マリューが、悲しげな顔をしているのに気付いたのだ。

 

「・・・・・・いいえ」

 

 顔を伏せて答えるマリュー。

 

 以前のムウなら、そんな質問はしなかっただろう。自分の身の上については、殆ど彼に話してあるのだから。

 

 ダメだと思っても、ついそう思ってしまう。

 

 マリューがそのまま立ち去ろうとした時、ネオは再び口を開いた。

 

「・・・・・・ネオ・ロアノーク。CE42、11月29日生まれ。大西洋連邦ノースルバ出身、血液型O・・・・・・」

「え?」

 

 驚いたように振り返るマリューに、ネオは更に続ける。

 

「・・・・・・CE60入隊、現在、第81独立機動群ファントム・ペイン大佐」

 

 その経歴に偽りはない。少なくとも、ネオの中では。

 

 何の取り柄も無い、うらぶれた故郷。ろくでもない家族。鉄よりも固い友情で結ばれていた幼少時代の仲間達。入隊後、何度も血反吐を吐かされた上官のしごき。散って行った戦友達。命からがら生き残った第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦・・・・・・

 

 それらは全て、ネオの中で確かにあったはずの記憶である。

 

「・・・・・・の、はずだったんだけどな」

 

 自信無さげに、ネオは呟く。

 

「だが、何だかちょっと、自信無くなってきた」

「・・・・・・え?」

 

 驚くマリューを、ネオは憂いを秘めた瞳で、真っ直ぐに見つめて言う。

 

「あんたを知ってる・・・・・・ような気がする」

 

 最後は、少しためらいがちに付け加える。

 

 ここで断定してしまうと、自分が持っている今までの全てを否定してしまいそうだったからだ。

 

 それでも尚、目の前の女には自分の持つ焦燥感の全てを吐き出していく。

 

「いや・・・・・・知っているんだ。きっと俺の目や、耳や、腕や、何かが・・・・・・だから、飛んで行っちまえなかった」

 

 あの時、

 

 解放された時、言われたとおりに飛んで行ってしまっていたら、きっとネオはひどく後悔していただろう。目の前の女性を悲しませたままどこか別の場所に行ってしまっていたりしたら、きっと今度こそネオは、自分を保つ事ができなかったかもしれない。

 

 だが、今まで連合の士官として戦ってきた「ネオ」としての自分も、また確かに存在していた。

 

 自分と共に戦ってきた少年達。ラキヤ、スティング、アウル、ステラ。

 

 彼等の事を忘れてしまう事もまた、できそうにない。

 

 ネオはマリューをまっすぐに見つめて語る。

 

「あんたが苦しいのは判っているつもりだ。でも、俺も苦しい・・・・・・」

 

 果たして自分は「ネオ・ロアノーク」なのか? それとも「ムウ・ラ・フラガ」なのか? それさえ、今のネオにはあやふやになっていた。

 

「だから、ここにいても良いか? あんたのそばに・・・・・・」

 

 そうささやくと、マリューの手が上がり、ネオの背中に縋り付く。

 

 それに対してネオも、マリューの体をそっと抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍によるオーブ侵攻作戦「オペレーション・フューリー」は、カガリをはじめとしたオーブ軍の献身的な活躍により、多大な犠牲を出しながらも、オーブ軍の勝利という形に終わった。

 

 しかし、勝利を得る事はできたものの、オーブが蒙った被害は決して小さくない。ザフト軍は極力市街地への攻撃は避けていたようだが、それでも流れ弾による被害や犠牲を避ける事はできず、少なくない犠牲者を出す結果となった。

 

 犠牲になった者の中には、ウナトをはじめとしたセイラン軍主導部、つまり内乱前には閣僚の座に占めていた首長達の名前もあった。

 

 彼等はザフト軍の侵攻が始まるとすぐに自分達だけ特別シェルターの中に逃げて、そこを対策本部としていたが、まさにそこへ、ザフト軍のジオグーンが突っ込んでくる結果となった。

 

 シェルター内部が一瞬で焼き尽くされた事は想像に難くない。恐らくウナト達は、自分達の身に何が起こったのかも判らないまま死に絶える事になっただろう。それはそれで、理想的な死に方かもしれないが。

 

 ユウナは生き残った。

 

 ただし彼は、戦前における全ての権限をはく奪された上、国家反逆罪で逮捕、拘禁された身分である。

 

 この後の軍事法廷においても、彼は責任転嫁と自身の無罪を主張し続ける事になるが、結果的に判決が覆る事は無かった。ただ、本来なら国家反逆罪は極刑を言い渡されるところだが、カガリをはじめとした新政権閣僚達からの「助命嘆願」により、禁固5年、懲役25年に「減刑」された。

 

 こうなった背景には、何もカガリ達が彼の命を惜しんだから、という理由があったわけではない。

 

 ユウナを処刑してしまったりしたら、却ってその存在を神格化し、セイラン派の再蜂起を促す可能性も有り得る。それよりもあくまで生かしたまま「セイランの悪行」を後世まで人々の記憶に刻みつけた方が得策であると考えた結果だった。

 

 こうして収監されたユウナは、長い年月を塀の中で過ごし、やがてオーブ連合首長国は「オーブ共和国」と改名する中で、次第にその存在も人々の記憶から忘れ去られていった。

 

 そして収監から27年後のCE101年、政治犯に特赦が下り、ユウナも出所を許される事になる。

 

 しかし、その頃には既に、彼の友人知人の殆どはオーブには存在しておらず、また、彼自身も、再び世に出ようと言う気概は失われていた。

 

 出所後ユウナは、僅かに残っていた家人を連れてオーブを出国。赤道連合の片田舎で、ひっそりと余生を過ごし、天寿を全うする事になる。

 

 出所後、オーブでの事は誰にも語ろうとしなかったユウナだが、死に際に残した遺言状の中には自分の罪の告白と、オーブ内戦で犠牲となった全ての人々へ詫びる、と書き残されていたらしい。

 

 それが、一時期は飛ぶ鳥を落とす勢いを示し、オーブの行政を牛耳るまでに至ったセイラン家の最後だった。

 

 余談だが、ホウジ・マカベもオーブ軍を辞して野に下った。

 

 一時期、彼も軍事法廷の場に引き出され戦犯として裁かれる立場にあったが、意外な人物が救いの手を差し伸べた。

 

 カガリである。

 

 マカベは確かにセイラン軍の幹部であり、多くの戦いにおける敗北の責任もある。しかし、彼自身は元々戦略家ではなく軍政家の面が強く、敗北の責任はむしろ、適材適所を考えなかったセイランに帰せられる。事実、内戦が始まる前まで、マカベは軍官僚として地道な実績を上げ続けてきたのだ。また、内戦の最終局面における毅然とした態度が、カガリに好印象を与えた事も大きかった。

 

 カガリはマカベに対し、参謀本部の主計部監査役として招きたい旨を打診したが、マカベはそれを固辞した。

 

 自分は元々、アスハに背を向けた裏切者であり、そのトップであるカガリの好意に甘えては義が立たない。何より、自分が仕えるべき相手はセイランただ1つと決めている。と言うのがマカベの主張であった。

 

 民間に下ったマカベはこの後、13年後に病を得てこの世を去る事になる。

 

 死に際しマカベは、子供達にオーブに対して忠誠を誓う事。そして収監されているユウナの事を頼むと伝え、ゆっくりと息を引き取ったと言う。

 

 以上が、オーブ内戦における、主要な顛末である。

 

 だが、無論、これらは全て先の話であり、そこに至るまでは大小無数のドラマが展開される事は言うまでもない。

 

 その第1撃を放つべく、カガリは今、多くのカメラの前に座っていた。

 

 世界中の多くの人々が、画面の中の彼女に注目する中、カガリはゆっくりと話し始めた。

 

《みなさん、私はオーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハです》

 

 デュランダルが急速に世界を掌握しつつある。そんな中にあって、オーブが孤立化しつつあるのが現状である。

 

 何より、ジブリールがオーブに逃げ込み、その身柄引き渡しを要求しに侵攻してきたザフト軍とオーブ軍が交戦している隙に、ジブリールを取り逃がしてしまった事は大きい。

 

 事実はどうあれ、このままでは世界はオーブを悪とみなして糾弾してくることも考えられる。

 

 その状況を打開する為に、カガリはこの放送を行う事にしたのである。

 

《今日、私は全世界のメディアを通じ、先日、ロード・ジブリールの身柄引き渡し要求と共に我が国に進行してきたプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル氏にメッセージを送りたいと思います》

 

 カガリは毅然とした口調で、真っ直ぐ画面を見て話し続ける。

 

《過日、様々な情報と共に我々に送られたロゴスに関するデュランダル議長のメッセージは、確かに衝撃的な物でした。ロゴスを討つ。そして戦争の無い世界に、という議長の言葉は、今のこの混迷の世界では、政治に携わる者としても、また、この世界に生きる一個人としても魅力感じざるを得ません。しかし、それは・・・・・・》

 

 カガリがそこまで言った時だった。

 

 突然、画面にノイズが走り、カガリの姿は砂嵐の中へと消えていった。

 

 やがて、ノイズが晴れて画面がクリーンになる。

 

 しかし、そこに立っていたのはカガリではなく、ピンク色の髪をした可憐な少女だった。

 

《わたくしは、ラクス・クラインです》

 

 語り始めたのは、デュランダルの元にいる「ラクス」。ミーア・キャンベルである。

 

《過日、行われたオーブでの戦闘を、もう皆さんもご存じの事でしょう。プラントとも親しい関係にあった彼の国が、なぜジブリール氏を匿うなどと言う選択をしたのか、今もって理解できません》

 

 オーブが世界に向けて放送を行うと知った時点で、デュランダルはそれを逆用しようと考えたのだ。

 

 先日の戦闘でザフト軍が敗退し、ジブリールを捕える事もオーブを叩き潰す事も失敗した。だからこそ、今の内に「オーブ=悪」と言う構図を世界中の人間の意識に植え付けておこうと考えたのだ。

 

 その為には、やはり「ラクス」の存在が有効であろう。デュランダルが自分で説を言うよりも、高いカリスマ性を持つ「ラクス」の口から言わせたほうが、何倍も効果が望めるはずだった。

 

《ブルーコスモスの盟主、プラントに核を放つ事も、巨大兵器で街を焼く事も、子供達をただ、戦いの道具とする事も厭わぬ人間を、なぜ、オーブは戦ってまで守るのでしょうか?》

 

 涼やかな声で語りかけるミーアは、あくまでも悪いのはオーブだと強調する。

 

 割り込みを掛けるなどと言う強引な手法も、平和を愛し、その為に戦う事も厭わない「ラクス」が言うからこそ、肯定されると言うものだ。

 

《オーブに守られた彼を、わたくし達はまた、捕える事ができませんでした。わたくし達の世界に誘惑は数多くあります。より良き物を、多くの物をと望む事は、無論、悪い事ではありません。ですが! ロゴスは別です。あれはあってはならない物。この人の世に不要で、邪悪な物です》

 

 ミーアはあくまで可憐に、それでいて毅然と「ラクス・クライン」を演じ続ける。

 

 彼女の口から発せられる言葉は、まさしく「ラクス・クライン」の物であり、まぎれもなく平和へのメッセージであるとアピールできる。

 

 彼女の言葉を聞いた者は、皆、まるで言葉そのものが脳神経を侵すかのように、彼女の言葉を信じていく。

 

 一種、麻薬にも似た声が、人々の意識を支配しようとした正にその時、

 

 変化は起こった。

 

 再び発生する砂嵐のノイズ。

 

 それが晴れた時、

 

 画面は分割され、片方には変わらず「ラクス」が立っており、もう片方には元通りのカガリの姿がある。

 

 だが、

 

《その方の姿に騙されないでください》

 

 聞こえてきた涼やかな声は、最前までと同じ「ラクス」の声だった。

 

 驚くべきことが起こったのは、次の瞬間である。

 

 分割された片方の画面に座るカガリ。

 

 その背後にも、全く同じ姿をした「ラクス・クライン」が姿を現したのだ。

 

《わたくしは、ラクス・クラインです》

 

 画面の中に現れた、本物のラクス。

 

 彼女は、もう1人の「ラクス」を凌駕する圧倒的な存在感でもって、その場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

「バカな・・・・・・・・・・・・」

 

 この事態に、世界中で最も衝撃を受けた人物は、あるいはこの男であったかもしれない。

 

 デュランダルは、画面の中に映っている本物のラクスを見て、呆然と呟いた。

 

「なぜ、彼女がオーブにいる?」

 

 この事態は、デュランダルにとって完全に誤算だった。彼は今の今まで、ラクスはまだ宇宙のエターナルにいると思い込んでいたのだ。

 

 彼女が直接妨害できる場所にいない。そう思ったからこそ、より強い政治的効果を期待してミーアを単独でテレビに立たせたのだ。

 

 だが、現実にラクスは今、カガリと共にテレビに映り、それが全世界に流されてしまっている。

 

 デュランダルはここに来て、完全に出し抜かれた形だった。

 

《わたくしと同じ声、同じ顔、同じ名の方が、デュランダル議長と共にいらっしゃる事は知っています》

《あ・・・・・・・・・・・・!》

 

 語り始めたラクスに対し、突然の事態に顔色を失ったミーアは、あからさまに狼狽を示す。無理も無い、彼女にはこうなった時の対処法は何も伝えていないのだから。

 

 ラクスは一気に攻勢をかけるべく、語り続ける。

 

《ですがわたくし、シーゲル・クラインの娘であり、先の大戦ではL4同盟軍の一員として戦ったわたくしは、今もあの時と同じように、オーブのアスハ代表と共におります》

《あ・・・・・・えっと・・・あの・・・・・・》

 

 毅然と語り続けるラクスに対し、ミーアはあたふたと原稿に目を落としているのが見える。だが無駄な事だ、それを見たとしても、対処法など書かれているはずがない。

 

 ラクスとミーア。

 

 本物と偽物。

 

 完全に役者が違っていた。

 

《彼女とわたくしは違う者であり、その思いも違うと言う事を、まずは申し上げたいと思います》

《わ、わたくしは・・・・・・》

 

 焦って声を張り上げるミーアだが、そこから先の言葉が続かない。それどころか、手に持った原稿まで映像に映ってしまう始末である。

 

 これではまるで茶番である。

 

《わたくしはデュランダル議長の言葉と行動を支持しておりません》

《え、ええッ!?》

 

 決定的な一言を前に、ミーアの狼狽は極地に達する。

 

 もはやこれまでだった。

 

 デュランダルは素早く決断すると、インターホンを操作して秘書のイレーナを呼び出す。これ以上、ミーアの放送を続けさせても、襤褸を出し続けるだけだ。

 

「こちらの放送を止めろ!! 奴らの思惑に乗せられているぞ!!」

《わかりました》

 

 インターホンの向こうで、イレーナは全て承知しているとばかりに素早く動く。程なく、画面の中からミーアの姿が消えた。

 

 それを確認すると、デュランダルは深く椅子に腰かける。

 

 今回は完全に失敗だった。

 

 ラクス・クラインは、やはり侮れる存在ではない。恐らく、報告にあったフリーダム。あれを操っていたのが彼女だったのだろう。

 

 ラクスがモビルスーツパイロットである事は、無論、デュランダルも知っていたが、まさか交戦域のど真ん中に直接降下していくとは思ってもみなかった。

 

 デュランダルは、泰然と腰掛けながら、画面の中の歌姫を睨み続ける。

 

 間もなく戦いは終局を迎える事になる。

 

 そしてその時、自分の前に立ちはだかる人物は、

 

 間違いなく、テレビの中で演説を続ける少女であろうと確信していた。

 

 

 

 

 

 画面に映っている様子は、ミネルバでも視聴されている。

 

 だが、突然起こった事態に、誰もが声を上げる事も出来ずに唖然としている様子だった。

 

 無理も無い。この状況を説明できる人間など、誰もいないだろうから。

 

 一連の様子を、アリスもまた呆然と眺めている。

 

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

 

 無意識に、アリスはカガリと共にいる少女に見入っていた。

 

 カガリの声明発表から始まった、この騒動は、とてつもない波紋を呼び起こそうとしている。

 

 初めは、カガリ1人で話していたが、やがて画面が切り替わり、今度はラクスが映ってオーブを糾弾し始めた。

 

 それがしばらく続いたと思ったら、再び画面が切り替わり、今度はあろうことか、2人のラクスが同時に映っていたのだ。

 

 そして今は、カガリと一緒に映っている方のラクスが、1人で画面の向こうから語りかけていた。

 

《戦う者は悪くない。戦わない者も悪くない。悪いのは全て、戦わせようとする者、死の商人ロゴス。議長のおっしゃるそれは、本当でしょうか? それが真実なのでしょうか?》

 

 それはそうだ。と、アリスは思う。

 

 デュランダルはそう言って、アリスを導いてきた。現にロゴスは存在し、彼等のせいで戦争は起こり、多くの人が死に絶えたのは事実なのだ。

 

 ベルリンをはじめとした4都市で虐殺された人々や、ヘブンズベースで殺された兵士達など、ロゴスがいなければ死ななくてよかった人間が、一体どれほどいた事だろう?

 

 それにステラ。

 

 あの、アリスが自ら手に掛けてしまった少女もまた、ロゴスが存在したからこそ、あのような無残な死に方をしなくてはならなかったのだ。

 

 少なくとも、アリスはそう信じている。

 

 しかし、

 

《わたくしは、そうは思いません》

「え!?」

 

 思わず驚愕するアリス。

 

 当のラクスが、彼女の考えを真っ向から否定したのだ。

 

《ナチュラルでもない。コーディネイターでもない。悪いのは彼等、世界・・・あなたではないのだと語られる言葉の罠に、どうか陥らないでください》

 

 今までアリスの中にあった価値観を、全て壊すようにラクスは語り続ける。

 

 だが、判る。

 

 否、今まで判らなかった事が、今ならわかると言うべきか。

 

 彼女こそが本物のラクスであり、アリスが憧れる「プラントの歌姫」に間違いなかった。

 

 こうして見るとむしろ、今まで気付かなかったのが不思議なくらいである。

 

《むろん、わたくしはジブリール氏を庇う者ではありません。ですが、デュランダル議長を信じる者でもありません》

 

 ラクスは、演説を締めくくるように語る。

 

《我々はもっとよく知らなくてはなりません。デュランダル議長の、真の目的を・・・・・・》

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

 

 画面の中で、カガリと共に映るラクスの姿を、アリスは陶酔と戸惑いの入り混じった瞳で見つめる。

 

 今まで「本物」と思ってきたラクスは、デュランダルを支持すると言っている。

 

 だが、アリスが「本物」と信じるラクスは、デュランダルを支持しないと言っている。

 

 いったいこれから、どうなるのか、アリスにはまるで判らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるべく早い段階で、宇宙に上がる必要がありそうだね」

 

 ユウキが居並ぶ一同を前にしてそのように言ったのは、カガリとラクスの演説を見終わってすぐの事だった。

 

 国防本部の一室に集まって演説を見ていた一同は、ユウキの言葉に神妙な頷きを返す。

 

 現在この場には、シン、マユ、リリア、キラ、エスト、ライア、マリュー、ネオ等が集まっている。

 

 ユウキとライアを除く一同は、まずキラが生きていた事に驚いて、その後、キラとエストがムウ(ネオ)の存在に驚いていた。

 

 その混乱がようやく収まったところで、まじめな話として今後の方針を語り合っていた訳である。

 

 次の戦場は、恐らく宇宙になる。誰もが、そのように考えていた。

 

 ジブリールは宇宙に逃亡した事を考えると、ザフト軍がこれ以上、地上で攻勢をかけてくる可能性は低い。むしろ可能な限りの戦力を宇宙に挙げて、月軌道、ならびに本国の坊衛に当てると予想された。

 

 戦場は月になると思われる。月のアルザッヘル基地には、まだ十分な数の地球軍部隊が温存されている事が確認されており、その総数はザフト全軍を上回っている。恐らくジブリールはそれと合流して再起を図るつもりなのだ。

 

「戦力を再編してアシハラの宇宙軍と合流し、守りを固めないと」

 

 地球連合軍とザフト軍。激突すればどちらが勝つかは判らないが、勝った方とオーブが交戦状態になる可能性は大いにあった。

 

 その際、主力軍をアシハラに布陣しておけば、仮にどこが戦場になっても、即座に対応する事ができるはずだった。

 

「厳しい戦いになるわね」

 

 マリューが難しい表情で言った。

 

 今回のカガリとラクスの演説により、一応、オーブの正当性と姿勢は示す事ができただろう。加えて、デュランダルの疑念を世界中にまく事にも成功したはずだ。

 

 特にデュランダルが「偽ラクス」を仕立て、自分の権勢強化に利用していたと言う事実を世界に知らしめる事ができたのは大きい。そういう意味で、今回のラクス登場のタイミングは最適だった。

 

 早過ぎれば彼女の身柄がデュランダルに狙われるだろうし、遅すぎればデュランダルの跳梁を許してしまい、最終的な巻き返しが難しくなる。正に、切り札の切り所としては、この上ないくらいにベストだった。

 

 しかしそれでも、今回の一事だけでデュランダルの動きを掣肘するには至らないと言うのが、大方の考えである。

 

 デュランダルは今や、世界に比類する者のいない程の力を持った指導者である。その力は、1度や2度の失策程度では小揺るぎすらしないだろう。

 

 やはり、直接的な対決以外に、デュランダルを止める方法は無いだろう。

 

 その時、

 

「マユ?」

 

 シンの声に一同が振り返ると、椅子に座ったままのマユが、コックリコックリと舟を漕いでいるのが見えた。

 

 どうやら、難しい話ばかりで疲れてしまったのだろう。

 

 その姿に、一同は思わず緊張がほぐれて和むのを感じた。

 

「しょうがないよ、頑張ったんだもんね、この子」

 

 リリアは、がんばって目を半開きにして眠気を堪えているマユの様子を見ながら、微笑ましそうに笑う。

 

 無理も無い。この中でマユは最年少であるのに、今日1日、戦場を駆けずり回って戦い続けたのだ。疲れていないはずが無かった。

 

「ゆっくり休ませてあげたら?」

「そうします」

 

 キラに言われて、シンはそっと、妹の体を抱え上げる。

 

 持ち上げると、マユの体は羽のように軽く、殆ど持っていると言う感触は無かった。

 

「着替え等を手伝います」

「あ、私も行くわ」

 

 そう言って、エストとリリアも後に続いて出ていく。

 

 何にしても、苦しい戦いを勝ち抜く事ができたからこそ、ゆっくり休む事もできる。明日の事を考える事もできる。

 

 シンが抱えているマユの寝顔を見ながら、一同はそのように考えていた。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 この時は、誰もまだ気づいていなかった。

 

 宇宙に流れる葬送の歌が、間も無く奏でられようとしている事に。

 

 

 

 

 

PHASE-41「対決の時」      終わり

 


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