機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-40「蒼穹に交わす戦刃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始からかなりの時間が経過したが、状況は一進一退のままだった。

 

 ザフト軍は当初、怒涛の勢いでオーブ沿岸部に押し寄せたものの、その後、カガリがオーブ軍の全権を掌握した事で体勢を立て直され、思うように攻められないでいた。一部の部隊は内陸部への侵攻に成功したものの、そこで新たに強固な防御陣に進撃を阻まれている。

 

 一方、オーブ軍は防衛戦闘を継続するのと並行して、ジブリール捜索に当たっていた。ともかく、ジブリールさえ確保して突き出せば、ザフト軍は侵攻の大義名分を失う事になる。その為、手隙の兵士を総動員して、国内にあるシャトル発着場をくまなく探しているのだが、未だに目標発見の報告が届けられる事は無かった。

 

 その間にも前線では、両軍の兵士は決死の攻防戦を繰り広げている。

 

 その中には、デスティニーが一時退却した事で、フリーハンドを得る事ができたフェイトの姿もあった。

 

 フェイトを駆って最前線に突入したシンとマユは、対艦刀、ライフル、プラズマ砲、レールガン、ブーメランを駆使して、ザフト軍の機体を次々に戦闘不能に陥れていく。

 

 武装や手足、頭部を破壊されたグフ、ザク、バビ、ディンが、ふらつくようにして戦線離脱していくのが見える。

 

 損傷した機体で戦線に留まれば、他のオーブ軍機の餌食になりかねない。

 

 フェイトの戦闘加入から僅か数分で、20機近いザフト軍機が損傷を負って後退していった。

 

 だが、いかにフェイトが奮迅の活躍をしようが、一度に守れるのは一方面でしかない。一部のザフト軍機は、フェイトのいる地点を回避し、迂回ルートで侵攻しようとしていた。

 

 前線を避け、後方からオーブ軍の戦線を突き崩そうと言う魂胆であるらしい。それが成功すれば、オーブ軍は総崩れになっていたかもしれない。

 

 しかし、そんな彼らの思惑は、天空から降り注いだ数条の閃光によって遮られた。

 

 瞬く間に、数機のザクが頭部を破壊されて戦闘力を失う。

 

《な、何だ!?》

《あれはいったい!?》

 

 驚いてカメラアイを上空に向けるザフト兵士達。

 

 振り仰いだ先には、

 

 10枚の蒼翼を広げて急降下してくる機体があった。

 

 フリーダムによく似たその機体は、両手のライフル、腰のレールガン、腹部の砲門、肩のプラズマ砲を一斉展開すると、フルバースト射撃を敢行する。

 

 その火力の前に、成す術無く戦闘力を奪われていくザフト軍機。

 

 更にその機体は、背中に負った巨大な対艦刀を引き抜くと、動きを止めているザフト軍部隊の中へ一気に斬り込み、残ったザフト軍機を纏めて斬り飛ばしてしまった。

 

「どうやら、間に合ったみたいですわね」

 

 周囲の敵機を一掃し終え、コックピットに座した少女は柔らかく微笑んだ。

 

 ラクスである。

 

 宇宙空間に展開し降下揚陸を目指していたザフト軍艦隊を一掃したラクスは、その後、アスランの襲撃をかわして地球に降下、必死の防衛戦を続けるオーブ軍の援護に駆け付けたのだ。

 

 フリーダムによく似た外見を持つこの機体は「トゥルース」。ラクスがファクトリーに開発を依頼した彼女の専用機である。

 

 見ての通り、フリーダムをベースにした機体であり、ライフルが2丁になっている事と、腹部に砲門が追加されている事、更に関節部分が金色になっている事以外は、旧フリーダムと同じである。

 

 当初は、ストライクフリーダム同様にドラグーンを装備して火力面を強化する案も浮上していたのだが、ラクスが火力よりも機動力の強化を望んだため、旧フリーダムと同様の翼が取り付けられた。その代わり、戦力の底上げを図るために、イリュージョンの主力武装だった対艦刀ティルフィングが装備されている。

 

 周囲の敵を掃討し終え、ラクスはトゥルースのカメラを巡らした。

 

「さて、あちらはどうなっているでしょう?」

 

 ラクスの視線の先には、尚も激しい砲火が交わされている最前線の様子が映し出されている。

 

 そこでは今、彼女と共に地上に降下してきたクライン派の機体がオーブ軍を救援しているはずだった。

 

 

 

 

 

 降下してきたポッドから出て来たのは、漆黒の外観をした大型の機体であった。

 

 十字に切られた顔面に輝くモノアイや、ずんぐりしてマッシブな手足など、どちらかと言えばザフト軍の機体に近いかもしれない。

 

 だが、彼等は間違いなく、クライン派に所属する新型機であった。

 

 ドムトルーパーの名称がつけられたこの機体は、元々はニューミレニアムシリーズで計画された主力機動兵器だったが、その操縦性の悪さが祟り、ザクウォーリアに正式採用を譲りお蔵入りになった。

 

 しかし高出力スラスターと、足首のホバー機能によって、地上戦闘における高い機動性を獲得する事に成功したこの機体にクライン派は目を付け、特機の支援用としてファクトリーで完成させたのだ。

 

 そのコックピット内には、外見からして一癖も二癖もありそうなパイロット達が座っていた。

 

《ふー、やっぱり鬱陶しいな、地球の重力は》

 

 口を開いたのはヘルベルト・フォン・ラインハルト。一見すると知的で穏やかそうな外見をしているが、額には傷跡の縫い目があり、まるでフランケンシュタインを思わせる怪異な容貌をしている。

 

《だよな。足の方に血が下がってムズムズするんだよ》

 

 笑いながら答えたのはマーズ・シメオン。顎鬚と前髪を立ち上げた風貌は、何やら歴戦の傭兵か、そうでなければ荒くれ者の盗賊であるようだ。

 

《お前は宇宙でも、頭に血が足りていないだろ》

《んだとォ!?》

 

 混ぜっ返すヘルベルトに、食って掛かるマーズ。

 

 そんな2人を、残った1人が呆れ気味に割り込む。

 

「何やってんだい、ほら、行くよ野郎ども!!」

 

 そう叫んだのは、3人の中で紅一点のヒルダ・ハーケンだ。しなやかなネコ科の猛獣を思わせる外見の女性で、美人と称しても良い端正な顔立ちをしているが、右目を眼帯で覆った凄味のある顔付きをしている。3人のリーダー格である。

 

 ヒルダ、マーズ、ヘルベルトの3人は、かつてはザフト軍でもトップクラスの実力者達であり、同時にラクスに対して絶対の忠誠を誓っている者達だ。

 

「「「ラクス様の為に!!」」」

 

 唱和すると同時に、突撃を開始する3機のドムトルーパー。

 

 足首のホバリングにより、その巨体に似合わない高い機動性を誇るドムは、オーブ軍を攻撃しているザフト軍部隊に一気に接近すると、手にしたビームバズーカで次々と敵機を屠っていく。

 

 突如現れた謎の敵を前にして、ザフト軍の戦線は一気に混乱を来す。

 

 歴戦のパイロットであるヒルダは、それを見逃さない。すかさず、マーズとヘルベルトに指示を飛ばす。

 

「まずはあれだ、行くよ!!」

《おう!!》

《行くのかよ》

 

 ヒルダの叫びに、マーズは意気を上げて、ヘルベルトは面倒臭そうに追随する。

 

 殆ど間隔を開けず、3機1列に並ぶドム。

 

 次の瞬間、3機のシステムが同調して、前面にビームのフィールドを展開した。

 

「「「ジェットストリームアタック!!」」」

 

 ピッタリと同調した動きで、突撃を開始する3機のドム。

 

 その前面のフィールドが触れた機体は、次々と破壊されていく。

 

 スクリーミングニンバスと呼ばれるこのフィールドは、ビームサーベルと同じ攻勢フィールドの性質を備え、触れた物を破壊する事ができる。言ってしまえば「布状のビームサーベル」だ。ドム3機はシステムを同調させる事で、このスクリーミングニンバスを最大展開する事ができるのである。

 

 スクリーミングニンバスは、触れた機体を例外なく破壊していく。

 

 更に、このフィールドを避けようとすると、ヒルダ機の背後から飛び出したマーズ機やヘルベルト機のビームバズーカが火を噴き、体勢を崩した敵を打ち倒していく。

 

 高度な連携により、三位一体の戦術を可能にしたドムトルーパー隊の攻撃により、ザフト軍の陣営は徐々に切り崩されつつあった。

 

 

 

 

 

 フェイト、トゥルース、ドムトルーパー隊の参戦により、オーブ軍がザフト軍を押し返し始めている頃、海上では白亜とグレーの艦が、互いに激しい砲撃の応酬を繰り広げていた。

 

 ミネルバとアークエンジェルは、海上を旋回しながら、互いの主砲を相手に叩き付けている。

 

 戦闘開始から大分時間が経過し、アークエンジェルもミネルバも互いに多数の命中弾を出しているにも拘らず、未だに致命的な損害を負ってはいない。両艦共に性能が似ている為、なかなか決定打を奪えないのでいるのだ。

 

 互いの艦を操るマリューもタリアも、両者1歩も引かずに熾烈な砲撃戦を展開していた。

 

「ゴットフリート、撃てェ!!」

 

 マリューの号令と共に、放たれる4門の主砲。

 

 その閃光がグレイの巨艦を直撃して装甲を抉る。

 

 直撃を受けたミネルバは、表面装甲に大穴を開けられ、被害は内部の区画にまで及ぶ。

 

 しかし、ミネルバは怯まない。反撃はすぐに行われた。

 

「トリスタン、撃てェ!!」

 

 負けじとミネルバも、タリアの号令の元、4門のトリスタンを発射しアークエンジェルの白い装甲を叩く。

 

 しかも、ミネルバの攻撃はそこで止まらない。

 

 すぐさま、後部のミサイルランチャーからパルジファルが一斉発射され、アークエンジェルへと向かう。

 

「回避、迎撃!!」

 

 飛んでくるミサイルを確認したマリューの命令を受けて、アークエンジェルは甲板上のイーゲルシュテルンで弾幕を張り、飛来するミサイルの迎撃に努める。

 

 しかし、これまでの戦闘でイーゲルシュテルンもいくつか破壊されている。

 

 多くのミサイルは着弾前に破壊したものの、弾幕をすり抜けて2発のミサイルがアークエンジェルのブリッジへ迫る。

 

 迎撃も回避も、間に合わない。

 

 やられるッ

 

 誰もがそう思った瞬間、

 

 駆け抜けた閃光が、アークエンジェルに迫ったミサイルを正確に叩き落とした。

 

 いったい、何が起こったのか?

 

 予想したよりも軽い衝撃に訝り、目を開けたマリュー達の視界には、ブリッジを掠めるようにして飛翔する青と白の戦闘機の姿が映る。

 

「あれはッ!?」

「スカイグラスパー!?」

 

 信じられない物を見るような声が、ブリッジクルーの間から上がる。

 

 だが、一番信じられないのは、他ならぬマリュー自身であろう。

 

 馬鹿な、だってあの機体は、あの人に・・・・・・

 

 思考が定まらない中、そのスカイグラスパーから通信が入った。

 

《よう、余計な事しちゃったかな?》

 

 おどけた調子で言うネオ。

 

 その仕草に、マリューは思わず自分の胸が高鳴るのを感じる。

 

 悪戯をした後のようなその表情は、かつてのムウ・ラ・フラガと寸分違わなかった。

 

「あなたッ!?」

 

 マリューはそこから先の言葉が続かない。

 

 なぜ、ネオが自分達を助けに来てくれたのか。彼には、自分達を助ける理由などないはずなのに。

 

 そんなマリューに対しネオは、尚もおどけたように肩を竦めて見せた。

 

《でも俺、あのミネルバって船、嫌いでね》

 

 何と言うか、いかにも取って付けたような言い訳に聞こえる。

 

 次いで、

 

《大丈夫、あんた等は勝てるさ》

 

 ネオは頼もしく言い放った。

 

《何たって俺は、不可能を可能にする男だからな》

 

 その瞬間、

 

 マリューが感じた衝撃は、言葉にする事もできない程であった。

 

『やっぱ・・・・・・俺って・・・・・・不可能を、可能に・・・・・・』

 

 あの時も、彼はそう言いながら、閃光の中へ消えていった。

 

 聞き間違いようも無い、それはかつてムウ・ラ・フラガの、とっておきの決め台詞だった言葉だ。

 

 思わず、マリューは艦長席に座ったまま泣き崩れる。

 

 あの人はムウだ。

 

 やっぱり、ムウ・ラ・フラガだったのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大気圏を抜けると同時に、フリーダムは8枚の蒼翼を広げ、ジャスティスもリフターを跳ね上げて安定飛行に入る。

 

 展開する青い視界の中、両機は尚も向かい合って対峙する。

 

「大気圏突破完了。戦闘可能です」

「了解、引き続きお願い!!」

 

 エストの報告を聞きながら、キラはフリーダムを加速させる。

 

 軌道上での激突を経て、フリーダムとジャスティスはそのまま重力に引かれ降下、広がる蒼穹の下、再び剣を交える。

 

 先に動いたのはフリーダムだ。

 

 パラエーナ、ビームライフル、レールガンを展開し、6門によるフルバーストを行う。

 

 ストライクフリーダムの強みは、高機動と高火力にあるのだが、大気圏内ではドラグーンが使えない為、火力は6割減となってしまう。

 

 その激減した火力をかいくぐり、ジャスティスはアンビテクストラスフォームに連結したビームサーベルを翳して斬り込む。

 

 振るわれる光刃。

 

「正面攻撃、来ます!!」

「ッ!!」

 

 エストの警告と同時に、キラはフリーダムを上昇させてジャスティスの攻撃を回避、同時に腰のレールガンを浴びせる。

 

 至近距離からの容赦ない射撃。

 

 いかにアスランでも、流石にこれはかわしきれない。

 

「グッ!?」

 

 実体弾の直撃を受け、ジャスティスは海面に向けて吹き飛ばされる。

 

 そこへフリーダムはビームサーベル2本を抜いて斬り込んで行く。

 

 だが、フリーダムが間合いに入る前に体勢を立て直したジャスティスは、リフターを飛ばしてフリーダムを牽制して来た。

 

「リフターが邪魔です!!」

「判ってる!!」

 

 突っ込んでくるリフターを回避するフリーダム。

 

 味方であった時はあれほど頼もしかったジャスティスも、いざ敵に回ればこれほど厄介な存在になるとは。

 

 フリーダムはどうにかリフターの突撃を回避し、ジャスティスへ斬り掛かろうとする。

 

 そこへ、旋回しながら飛んでくる物体にキラは気づいた。

 

「クッ!?」

 

 とっさに、ブーメランだと気付いたキラは、サーベルで切り払う。

 

 辛うじて回避に成功するフリーダム。しかし、そのせいで一時的に動きが止まってしまう。

 

 そこへジャスティスが斬り込んでくるのが見えた。

 

「貰ったぞ!!」

 

 ビームサーベルを振りかざすジャスティス。

 

 だが、それよりも一瞬早くキラは動いた。

 

 サーベルを振るうのは間に合わないととっさに判断したキラは、向かってきたジャスティスを交差法気味に蹴り飛ばした。

 

 今にも斬撃を繰り出そうとしていたジャスティスは、フリーダムに蹴り飛ばされてバランスを崩す。

 

 その隙にキラは、どうにか体勢を立て直す事に成功していた。

 

「やるね、アスラン・・・・・・」

 

 久しぶりに剣を交える事になった親友の技量に対して、惜しみない称賛の声を送る。

 

 それに対してアスランも、舌を巻く思いでフリーダムを見る。

 

「やはり・・・・・・強い・・・・・・」

 

 この2年間、何処で何をしていたのかは知らないが、キラの技量は聊かの衰えも見せてはいなかった。

 

 ここに至るまで、両者無傷。

 

 その事が、キラとアスラン、互いの技量がほぼ伯仲している事を物語っていた。

 

 二刀流を構えるフリーダム。

 

 対してジャスティスは、アンビテクストラスフォームのサーベルを構える。

 

 戦いは、まだ終わらない。

 

 両者ともに、再び仕切り直すように剣を振り翳した。

 

 

 

 

 

 何機目かのザフト機をミストルティンで斬り飛ばし戦闘不能にした時、シンは高速で接近してくる機影に気付いた。

 

「接近反応だよ、お兄ちゃん。数は2つ!!」

「2つ?」

 

 訝りながら、カメラアイを向けるシン。

 

 1機は、アリスのデスティニーだ。消耗した武装の補充をして戦線に復帰したらしい。

 

 更にもう1機、デスティニーに追随する機体があった。

 

「あいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 その姿を見て、シンは呻き声を漏らす。

 

 ダークグレイの装甲に、背部から突起を突き出したユニットを背負っているその機体には、見覚えがあったのだ。

 

 ZGMF-X13A「プロヴィデンス」

 

 先の大戦終盤、ザフト軍が戦線に投入したイリュージョン等の兄弟機で、当時はまだ未知の兵装だったドラグーンを、初めて本格的に実戦投入し猛威を振るった機体である。あの機体1機だけで、L4同盟軍は、ほぼ半壊に近い損害を受けたのだ。

 

 シンもまた、あの機体に撃墜された1人だったので覚えていた。

 

 接近中の機体は、そのプロヴィデンスによく似ている。恐らく後継機か何かだろう。

 

「マユ、来るぞ。戦闘データを頼む」

「判った!!」

 

 シンは指示を出しながら、心の中でマユの身を案じる。

 

 敵が2機だと、オペレーターにかかる負担は事実上2倍以上になる。マユが北海沿岸の時のように、情報過負荷に陥らないか心配だった。

 

 だが、それらを飲み込んで、シンはフェイトを反転させる。

 

 出撃前にマユをフェイトの後席に乗せると決断した時点で、シンは妹の事を信じると決めていた。

 

 ならば、自分はマユに背中を預け、全力で戦うのみである。

 

 一方、デスティニーとレジェンドの方でも、対艦刀2本を構えて迎え撃つ体勢にあるフェイトの姿を捉えていた。

 

《今度こそあれを仕留めるぞ、良いなアリス?》

「了解、レイ。掩護よろしく!!」

 

 言い放つと同時に、アリスはデスティニーの長射程ビーム砲を跳ね上げて、先制の一撃を放つ。

 

 対して、フェイトは旋回して回避。ミストルティンを振り翳して斬り込んでくる。

 

 だが、その鼻先を、牽制するように放たれたレジェンドの砲撃が掠める。

 

 プロヴィデンスは大気圏内での戦闘を考慮していなかったため、ドラグーンを地上で使用する事はできなかった。しかしレジェンドではその点を改良され、射出こそできないものの、ジョイント部分を旋回させる事で、地上でも砲撃自体は可能となったのだ。

 

 圧倒的な火線による攻撃を、フェイトは沈み込むようにして回避した。

 

 そこへ、アリスはデスティニーのアロンダイトを抜いて斬り掛かる。

 

 振り下ろされる大剣の一撃を、急激な回頭で回避するフェイト。

 

 同時に、左手のミストルティンを旋回の勢いに任せて繰り出す。

 

 ティルフィングやアロンダイトより短いミストルティンは、片腕でも十分に扱う事ができる。その分、素早い攻撃が可能となるのだ。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちするアリス。

 

 繰り出されたフェイトの攻撃を、デスティニーは後退する事で回避する。

 

「逃がすか!!」

 

 更に斬り込もうとするシン。

 

 繰り出されるミストルティンの攻撃。

 

 それをアリスは、ビームシールドを展開して防ぎにかかる。

 

「うゥッ!?」

 

 凄まじい衝撃に、思わず顔をしかめるアリス。同時にデスティニーも、大きく吹き飛ばされる。

 

 だが、フェイトは追撃を掛ける事ができなかった。

 

 ミストルティンを構え直して更に斬り込もうとした瞬間、デスティニーを掩護するように、レジェンドが砲撃を行ったのだ。

 

 ユニットに装着状態の小型ドラグーン6基とビームライフル、合計7門による一斉攻撃。

 

 まるで面のようにも見えるその攻撃を、しかしシンはフェイトを巧みに操って、華麗に回避していく。

 

 殆ど神業に近い回避技術だ。

 

 しかし、

 

「お兄ちゃん、後ろ!!」

 

 マユの警告。

 

 フェイトがレジェンドを相手にしている隙に、デスティニーは体勢を立て直していたのだ。

 

 デスティニーの長射程ビーム砲が発射される。

 

「クッ!?」

 

 その攻撃を、辛うじてシールドで防ぐシン。

 

 しかし、勢いまでは防ぎきれず、フェイトはバランスを崩して大きく吹き飛ばされた。

 

《今だ、アリス、トドメを刺せ!!》

「判った!!」

 

 フェイトはバランスを崩し、錐揉み上になっている。今ならトドメを刺せるはず。

 

 再度、長射程ビーム砲を構えるデスティニー。

 

 しかし次の瞬間、出し抜けに起こった閃光の奔流がデスティニーを襲う。

 

「なッ!?」

 

 驚きながらも、とっさの回避に成功するアリス。

 

 目を転じれば、こちらに向かって急速に接近してくる機影がある事に気付いた。

 

「あれは、フリーダム!?」

 

 正確にはトゥルースである。本島周辺のオーブ軍支援がひと段落したラクスは、苦戦するフェイトの様子を見て援護に駆け付けたのだ。

 

 デスティニーを後退させたトゥルースは、そのまま自機をフェイトに寄せる。

 

《シンさん、マユさん、大丈夫ですか?》

「ラクスか!?」

「え、ラクスさんなの!?」

 

 スピーカーから聞こえてきた柔らかい声に、驚くアスカ兄妹。宇宙に行ったはずのラクスに、まさかここで助けられるとは思っていなかったのだ。

 

《わたくしが援護いたします。もう少しの間、頑張ってください!!》

「悪い!!」

 

 答えながら、シンは体勢を立て直す。

 

 一方、アリスとレイも、突如参入したトゥルースの存在に、戦術の立て直しを迫られていた。

 

「もう、次から次、忙しないなー」

 

 アリスが、ため息交じりに呟く。

 

 何だかオーブ軍の新兵器展覧会みたいな状況になっている事に、呆れを隠せないのだ。

 

《アリス、あっちのフリーダム級は俺がやる。お前は、イリュージョン級の方をやれ》

「判った!!」

 

 そう言うと、2人は判れて、それぞれの目標へと向かう。

 

 デスティニーは、アロンダイトを振り翳してフェイトへと斬り掛かる。

 

 その攻撃を、シールドで受け止めるフェイト。

 

「何だ、今度は1対1かよ!?」

 

 刃と盾のスパークを目にしながら、不敵に言い放つシン。

 

 対してアリスも、負けずに笑みを浮かべて言い返す。

 

《こっちも色々と忙しいんだってばッ》

「上等だ。行くぞ!!」

 

 大剣を跳ね上げると同時に、ミストルティンを振り翳して斬り掛かるフェイト。

 

 対抗するように、デスティニーもアロンダイトを振るった。

 

 一方、ラクスはトゥルースの全火力を、向かってくるレジェンドに向けて解き放っていた。

 

 迸るフルバーストの閃光。

 

 しかし、レイはレジェンドを沈み込ませて回避すると、同時にドラグーン6基とビームライフルを展開し一斉射撃を掛ける。

 

 対してラクスも、トゥルースを後退させてレジェンドの攻撃を回避する。

 

 その間にビームジャベリンを引き抜き、斬り込んでくるレジェンド。

 

 対抗するようにトゥルースもティルフィングを振り翳して迎え撃つ。

 

「ハッ!!」

 

 掛け声とともに、大剣を旋回させるラクス。

 

 それに対してレイは、レジェンドを沈み込ませて攻撃を回避、逆にビームジャベリンを繰り出す。

 

 その攻撃を、上昇して回避するトゥルース。同時にレールガンを展開して放つ。

 

「チィッ!?」

 

 舌打ちするレイ。

 

 レジェンドはトゥルースの攻撃を、シールドを展開する事で防ぐ。

 

 大剣を振り下ろすトゥルースと、槍を繰り出すレジェンド。

 

 それぞれの刃が、蒼穹の下で交差した。

 

 

 

 

 

 フェイトがデスティニーと、トゥルースがレジェンドと、そしてフリーダムがジャスティスとそれぞれ交戦している頃、オーブ本島では尚も激しい戦闘が続けられていた。

 

 互いの特機がそれぞれ、敵軍の特機との戦いに忙殺されている中、他の部隊は尚も海岸線で、あるいは上空や内陸部で応酬を続けている。

 

 そんな中で猛威を振るっているのは、やはり3機のドムトルーパー隊だろう。

 

 圧倒的な戦闘力を発揮して、次々と敵機を屠っていく3機のドム相手に、ザフト軍の陣営は散り散りになりつつあった。

 

 ドムトルーパー隊に触発されて、オーブ軍も各戦線で反撃を開始している。

 

 今やザフト軍は、当初の勢いを完全に失って散り散りとなりつつあった。

 

 その様子を、インパルスを駆って前線にやってきたルナマリアは、舌打ち交じりに眺める。

 

「これは、まずいはね・・・・・・」

 

 そう呟いている内にも、数機のムラサメがインパルスを見付けて突っ込んでくる。

 

 それらの攻撃をかわし、あるいは防ぎながら、逆に撃墜していくルナマリア。

 

 その様子は、カガリの護衛を終えて、再び前線に舞い戻ってきたライアの目にも見えていた。

 

「あれは、インパルスッ」

 

 壊走状態のザフト軍にあって、未だに善戦をつづけるインパルスの為に、味方の追撃はうまく行っていない。どうにかして、排除する必要があった。

 

 ライアはライキリを急降下させて、インパルスへと向かう。

 

 対してルナマリアの方でも、上空から接近するライキリの存在に気付いて振り返る。

 

「こいつ、オーブの新型!?」

 

 ムラサメとは若干違うフォルムのライキリに、ルナマリアにも緊張が走る。

 

 ビームライフルを放つインパルス。

 

 対してライアは、インパルスの上空をフライパスするような機動で攻撃を回避、同時に人型に変形してインパルス砲を放つ。

 

 その攻撃を、ルナマリアは後退する事で回避した。

 

「こいつ、やるッ!!」

 

 ルナマリアが舌打ちして言いながら、再びライフルを構えようとするインパルス。

 

 だが、その前にライキリの手にあるビームライフルが火を噴き、インパルスの手からライフルを弾き飛ばす。

 

「クッ!?」

 

 ライフルを失ったインパルスは、代わってビームサーベルを抜き放ち斬り込んでいく。

 

 対抗するように、対艦刀を抜いてインパルスを迎え撃つライキリ。

 

 振るわれる2本の刃。

 

 互いの剣は相手のシールドで弾かれる。

 

「クッ!!」

「まだまだ!!」

 

 機体を大きく弾かれながらも、尚も体勢を立て直して斬り掛かっていく少女達。

 

 そんな中で、オーブにおける戦闘は最終局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ザフト軍が引き渡しを要求し、オーブ軍が必死にその身柄確保に奔走している人物は、セイラン家所有のシャトルの中で、いら立ちを募らせていた。

 

 彼は到着早々にシャトルに乗り込み準備を終えていると言うのに、オーブが陥落した場合、一緒に逃亡する予定のセイラン親子がなかなか姿を現さないのだ。

 

 外での戦闘は激しさを増している。悠長に待っている時間は、もう無かった。

 

「もう、これ以上は待てんッ すぐにシャトルを出せ!!」

 

 シートから立ち上がり、ジブリールはコックピット付近に立っている兵士に詰め寄って怒鳴った。

 

 発着場の捜索に来たオーブ軍兵士は既に排除して時間は稼いであるが、いつ再び、別の兵士が来るとも限らない。あんなノロマな親子を待っている事はできなかった。

 

「し、しかし・・・・・・」

 

 セイラン親子からの連絡を待っていたオーブ兵士は、居丈高なジブリールの態度に困惑の表情を見せる。

 

 その態度にもジブリールは苛立ちを覚える。

 

 オーブが陥落したら、などと悠長な事を言っていると手遅れになってしまうではないか。

 

「重要なのは私だ!! セイランではない!!」

 

 尊大に言い放つジブリール。

 

「お前達にも判っているだろう!? 私が月に上がらねばならないのだ!!」

 

 そう、セイラン親子の代わりなどいくらでもいる。しかし、ロード・ジブリールの代わりは誰にもできない。

 

 今、ジブリールが捕殺されれば、月の地球連合軍は求心力を失い瓦解してしまう。そうなればコーディネイターのバケモノ共に対抗する勢力はいなくなり、青き清浄なる世界は失われる。世界はコーディネイターの穢れきった手に堕ちてしまうのだ。

 

「しかし、我々はオーブに仕える者です」

 

 兵士達の1人が、躊躇いがちに抗弁する。それはあるいは、彼等にとっての最後の矜持であったのかもしれない。

 

 対してジブリールは、薄笑いを浮かべながら言った。

 

「もう違う」

 

 彼等は先ほど、同胞であるはずのオーブ兵士を撃ち殺している。更には司令部に対しても、この場にジブリールはいないと言う虚偽の報告までしている。

 

 もはや彼等はオーブの軍人ではなく、立派な裏切者であった。

 

「仕える相手を選ぶチャンスを与えてやっているのだぞ?」

 

 ほのめかすジブリール。ようするにここで自分に協力すれば、月に行った時に便宜を図ってやると言っているのだ。

 

 その言葉を聞いて、オーブ軍人達はあからさまに下卑た笑いを向けてくる。

 

「よし、発進する。位置に着け!!」

 

 あっさりと掌を翻し、キビキビと命令を下す兵士に目を向けながら、ジブリールは彼等に背を向ける。その顔には、あからさまな侮蔑の色が浮かべられていた。

 

 連中はしょせん俗物だ。世界の大義の事よりも、自分達の身の安全の方が大事な連中だ。

 

 だからこそ、自分のような大義を持った人間は生き残らなくてはならないのだ。たとえ、何を犠牲にしても。

 

 独善的な考えを新たに強めながら、ジブリールは発進シークエンスに入り始めたシャトルに身をゆだねるのだった。

 

 

 

 

 その反応を捉えたフェイトとデスティニーは、今にも斬り掛かろうとしていた剣を止めて振り返る。

 

 突然、センサーがあらぬ反応を示し、地上から飛び立つ機影がある事に気付いたのだ。

 

「何だ?」

《え、シャトル?》

 

 シンとアリスは、一時、自分達が敵同士である事も忘れて、肩を並べたまま、白煙を引いて駆け上がろうとしているシャトルに見入っている。

 

 その様子を眺めながら、シンは訝るように首をかしげた。

 

 この、戦闘をしているタイミングでシャトルを使って宇宙に上がるのは、一体どこの誰だろう? 万が一流れ弾に当たったりしたら、シャトルなどひとたまりもないと言うのに。

 

 その時、

 

「大変だよ、お兄ちゃん、アリスさん!!」

「マユ?」

《どしたの?》

 

 マユが出し抜けに大きな声を上げた。

 

「あのシャトル、壁にセイランの紋章が描かれてる!!」

「何ッ!?」

 

 思わず目を剥くシン。

 

 このタイミングで発進するセイランのシャトル。そこから考えられる答えは1つしかない。

 

「ジブリールの逃亡機か!!」

 

 悟ると同時に、スラスターを全開にしてフェイトを飛翔させるシン。

 

《あ、ちょっと待ってシン、ボクも行く!!》

 

 アリスもまた、デスティニーを駆ってシャトルを追撃する。

 

 国防本部の方でもシャトルの存在に気付いたらしく、ムラサメが何機か追撃する態勢にある。

 

 しかし、加速を始めたシャトルを相手に追いつく事ができないでいる。

 

 フェイトとデスティニーは、それらのムラサメをあっという間に追い越してシャトルを追う。

 

 だが、地球圏最高の機動力を誇るフェイトとデスティニーでも、シャトルの加速には追いつけない。背後からビームライフルを撃つが、ついに命中する事は無かった。

 

 そうしている内に、とうとうシャトルは、追撃を振り切って遥か上空へと消え去ってしまった。

 

 一方、宇宙空間でも、シャトルが上がってくる様子を捉えていた。

 

 先の戦闘でザフト艦隊を撃退したオーブ宇宙軍は、その後も制宙権維持の為にオーブ上空に留まり続けていた。そして地上の国防本部から、ジブリールが逃亡したと言う情報を入手すると、網を張って待ち構えていたのだ。

 

 今まさに、問題のシャトルが駆け上がってくるのが見える。

 

 しかし、彼等が砲門を開こうとした瞬間、

 

 出し抜けに、展開していた数機のムラサメが火球に包まれて爆散した。

 

 全く予期できなかった突然の攻撃に、大混乱に陥るオーブ軍。

 

 そんな彼等をあざ笑うかのように、

 

 異形のモビルスーツが闇の中から悠然と姿を現した。

 

 上半身は通常のモビルスーツ同様人型なのだが、足に当たる部分が無く、そこには巨大な鉤爪が備えられている。手には巨大な鎌を持ち、背部には大ぶりな翼を装備、そして肩から左右に、張り出した装甲が見える。

 

 いくつもの機体の特徴を併せ持つそのモビルスーツは、まるで神話の時代の魔獣キメラを連想させる禍々しい外見だ。

 

 この機体の接近に、オーブ軍の誰も気付く事は無かった。何も無い空間からいきなり現れたように見えたのだ。

 

 ただちにオーブ軍のムラサメ隊が攻撃を掛けるが、放たれたビームは全て、命中直前にあらぬ方向に軌道を捻じ曲げられてしまった。

 

 逆に、そのモビルスーツからの攻撃は、的確にムラサメ隊を撃破していく。

 

 そうしている内に、大気圏を抜けたシャトルは、混乱しているオーブ軍を尻目に一散に飛び去ってしまった。

 

 やがて、ムラサメ隊に大打撃を与えたモビルスーツも、闇に溶けるように姿を消していく。

 

 後には、突然の奇襲に呆然とする事しかできないオーブ軍機が残されているのみであった。

 

 

 

 

 

「逃がしたか・・・・・・・・・・・・」

 

 シンは苦い表情で呟く。

 

 せっかくここまで頑張ったのに、本命ともいうべきジブリールを逃がしたのは痛かった。この事が、後々に大きな影響を及ぼす事になるかもしれないと思うと、痛恨の極みと言える。

 

 その時、後方から三色の信号弾が上がるのが見えた。

 

 乱戦の中で旗艦が撃沈されたザフト軍は、その後タリアが指揮権を掌握していた。

 

 そのタリアは、ジブリールの逃亡を許してしまった事で、逆にこれ以上の戦闘継続の意義は失われたと判断し、全軍に撤退命令を下したのだ。

 

 これに対してオーブ軍を預かるカガリは、全軍に対して追撃はしないように厳命を下した。今回の戦闘で、オーブもかなりの痛手を蒙っているし、何より、戦う意義が無いと言う意味では、オーブ軍もザフトと同じであった。

 

《終わったね》

「ああ、そうだな」

 

 アリスからの通信に、シンも静かに頷きを返す。

 

 ジブリールを逃がしたのは確かに痛かったが、同時にこれ以上不毛な戦いを続けなくて済む、という意味ではありがたくもあった。

 

 アリスはデスティニーを反転させる。

 

《じゃあ、ボクも行くね》

「ああ」

 

 反転するデスティニーを、シンは追おうとはしない。カガリから追撃はするなと言われているし、何より、できるならアリスとこれ以上戦うような事はしたくなかった。

 

「アリス」

《うん?》

 

 去ろうとするデスティニーの背後から、最後にシンは声をかける。

 

「お前、死ぬなよ」

 

 その言葉に、アリスは一瞬キョトンとするが、すぐに笑みを浮かべた。

 

《うん。シンも、それからマユちゃんも、元気でね!!》

 

 いずれ、また戦う事になるだろう。

 

 これは予感ではなくて、予定。

 

 確定した未来に対する、単なる確認。

 

 もしかしたらその時、どちらかが命を落とす事になるかもしれない。

 

 しかしそれでも、今だけは互いに感じる友情に偽りは無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-40「蒼穹に交わす戦刃」      終わり

 


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