機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-36「天空の剣」

 

 

 

 

 

 

 

 ヘブンズベース攻防戦は対ロゴス同盟軍の圧倒的な勝利に終わり、基地では武装解除が行われている。

 

 同時に基地内に潜伏していたロゴス幹部も次々と逮捕、拘束されているようだ。この後、彼等は国際法廷で裁きの場に引き出され、そこで罪状が明らかにされる事になるだろう。

 

 かつては世界の富を独占し、神の如き権勢を振るったロゴスが、惨めな事になったものである。

 

 だが対ロゴス同盟軍はこの結果において、いささか画竜点睛を欠く事となった。逮捕された者達の中に、最大の戦犯ともいうべき人物の姿は無かったのだ。

 

「ジブリールがいない?」

 

 報告を聞いて、アリスは驚きの声を上げた。

 

 逮捕され、引きずり出された者達の中に、ブルーコスモス盟主ロード・ジブリールの姿は無かったらしい。

 

 この戦争の計画を立案し、数々の非道な行為を指示して来たとされる人物。言わば、戦犯と言う意味では最大と言っても過言ではないのがジブリールだ。そのジブリールを取り逃がしたのは痛い。

 

「基地が陥落する直前に、1人逃亡したらしい。他の幹部達を、全て置き去りにしてな」

「何て奴・・・・・・」

 

 レイの言葉を聞いて、アリスは歯噛みした。

 

 こんな事で大魚を逸するのは痛恨の極みだった。囮にされたロゴス幹部達も、良い面の皮だろう。勿論、同情する気は微塵も無いが。

 

 聞いていたルナマリアも、不安そうにレイを見る。

 

「これから、どうするの?」

「まだ判らん。だが、奴を探して捕まえない事には話にならない。パナマか、ビクトリア、あるいは華南、厄介な場所に逃げ込まれなければいいが・・・・・・」

 

 パナマ、ビクトリア、華南、全て、宇宙港がある基地である。それは即ち、ジブリールが宇宙へ逃亡することを意味している。確かに、今回のヘブンズベース戦で、地上におけるロゴス派の地球連合軍は壊滅状態に陥った。ジブリールが地上での反撃を諦め、宇宙に逃げて捲土重来を図る可能性は充分にあるだろう。

 

 もしジブリールの宇宙逃亡を許せば、今度はプラント本国が危うくなる可能性もあった。

 

「そんな事は、させるもんか」

「アリス?」

 

 ルナマリアが振り返ると、アリスは固い決意を瞳に宿して呟く。

 

「今度こそ、絶対にボクが倒す」

 

 そんなアリスを、ルナマリアは怪訝そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

「アリス、あんた大丈夫?」

「え、何が?」

 

 廊下を並んで歩いているルナマリアから尋ねられ、アリスはキョトンとした顔をする。

 

 ここ最近、アリスがどこか変わったような気がする。

 

 どこ、と聞かれれば逆に困るのだが、それはあるいは、幼馴染として子供の頃から一緒に過ごしてきたルナマリアだから感じる事ができた変化かもしれなかった。

 

 だが、それを言葉にしてみれば、やはり「よくわからない」と言うのが本音であった。

 

「ううん、やっぱり良い」

 

 そう言って、ルナマリアはお茶を濁す。

 

 そんなルナマリアを見て、アリスはクスッと笑った。

 

「何それ? 変なルナ」

「なにを~」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるルナマリア。同時に手を伸ばし、アリスのほっぺを思いっきりつまみ上げた。

 

「そう言う生意気なこと言う口は、ここかしら~?」

「いひゃいいひゃいッ やめれ~(訳:イタイイタイっ、やめて~)」

「全く、そんな生意気な子に育てた覚えはないわよ」

「しょだれられへなひ~(訳:育てられてない~)」

 

 昔から、喧嘩ではルナマリアに敵わないアリスである。

 

 ひとしきり頬をこね回された後、ようやく解放された。

 

「うう~ ひどいよ・・・・・・」

「まったくアンタは、子供の頃から全く成長していないわね」

 

 赤くなった頬を抑えて半べそをかくアリスを見ながら、ルナマリアはやれやれとばかりにため息をついた。

 

 そこでふと、ルナマリアは思い出したように話題を変えた。

 

「そう言えばアリス、あんた、お兄ちゃんと連絡とか取ってないの?」

「ッ!?」

 

 ギクッ という擬音が聞こえそうなくらいに、アリスは肩を震わせた。まさか、このタイミングでその話題を振られるとは思っていなかったのだ。

 

 実際の話、連絡どころの騒ぎではない。

 

 この間、基地に潜入してきたラキヤがアリスを訪ねてきて、それどころか一夜を共にしてしまった。

 

 今やラキヤとアリスは、互いに思いを寄せ合う恋人同士である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ん、何赤くなってんの、あんた?」

 

 明らかに挙動不審なアリスの様子に、ルナマリアは怪訝な顔付きで尋ねる。

 

 とは言え、ラキヤとの関係はまだ、ルナマリア達に言える事ではなかった。そうなると必然的に、今のラキヤの立場にまで言及しなくてはならなくなる。

 

 ラキヤが地球軍の士官である事も、ルナマリア達は知らない。義兄がザフト軍から地球軍へ鞍替えしていると知れば、ルナマリアもショックが大きいだろう。

 

「べ、別に、先輩とは、特に連絡は取り合ってないよ?」

「・・・・・・ふ~ん」

 

 不審そうな目を向けてくるルナマリア。

 

 だが、すぐに納得したように顔を放した。

 

「ま、良いけどね。それならそれで」

 

 その様子に、そっと胸を撫で下ろすアリス。

 

「どうでも良いけど、あんたさ、そんなんじゃ、いつまで経っても『ヘタレアリス』のまんまよ」

「もうッ その呼び方やめてよ~」

 

 プンプンと怒るアリスに、ルナマリアはいたずらっ子のような笑いを向ける。

 

「やめてほしかったら、一度でもあたしに勝ってみなさい」

「言ったなー 絶対泣かしてやるんだから!!」

「へー それは楽しみね」

 

 完全にからかいモードのルナマリアに対して、涙目で抗議するアリス。

 

 何とも、2人の力関係を如実に現している光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エターナルの廊下を、ラクスは難しい顔を張り付けて進んでいく。

 

 ヘブンズベースが陥落して以後、世界の情勢は一時的に鎮静化している。ザフト軍をはじめ、対ロゴス同盟軍は解散し、既に各々の国への帰還を始めている。

 

 降伏したヘブンズベース側と、ザフト軍との間ではすでに交渉の為の準備を始めている。

 

 一見すると、このまま収束に向かいそうな雰囲気ではあるが、しかしラクスの胸の内では、まだ懸念材料が残っていた。

 

 確かにヘブンズベース基地は陥落し、多くのロゴスメンバーは捕えられた。このまま行けば、全ての戦争は終わるように思える。

 

 しかしデュランダルはまだ、その胸の内に隠し持っている何かがある。ラクスはそう睨んでいた。

 

 この戦争、このまま終わるような事は無いはず。ラクスはそう思えてならなかった。

 

「しかしな、ラクス」

 

 彼女の背後に付き従うバルトフェルドが、歌姫の少女に隻眼を向けて疑問をぶつける。

 

「どうして次はオーブなんだ? デュランダル議長が討つとぶち上げているのはロゴスだろう?」

 

 ヘブンズベースを陥落させたとは言え、地球軍、特にその宗主国で、ロゴスとの関係も深い大西洋連邦は多くの戦力を有し、未だに世界最強国の地位に君臨している。

 

 確かにオーブはプラントとも敵対する道を選んではいるが、しかし、デュランダルが大西洋連邦を無視して、オーブを優先する理由が思いつかなかった。

 

「私もバルトフェルド隊長と同じ意見です」

 

 淡々とした口調で言ったのはエストである。

 

 地球を出発して以来、ラクスの影のように寄り添う少女もまた、ラクスの意見には懐疑的であるらしい。

 

「現状で、オーブとプラントが本格的な戦闘に突入する可能性は、低いように思えます」

「オーブは強い国ですから。その力も、理念も・・・・・・」

 

 エストの頭をそっと撫でてやりながら、ラクスは話を続ける。

 

「でもそれは、デュランダル議長がやろうとしている事の前では、ただの障害でしかないだろうと思うので・・・・・・」

 

 扉が開き、3人はエターナルのブリッジに入る。

 

「何だ、奴がやろうとしている事とは?」

 

 鋭い眼つきで尋ねるバルトフェルド。

 

 その傍らでは、エストが機器を操作してデュランダルの経歴をモニターに映している。

 

 対してラクスは、はっきりとした口調で返した。

 

「まだ、はっきりとは判りませんが、少しずつ見えてきたような気がします。議長は、地球、プラントを1つにまとめた、新しい世界秩序を創ろうとしているのではないでしょうか?」

 

 その言葉に、バルトフェルドもエストも動きを止めてラクスを見た。

 

 地球とプラントの争いの根は深い。それだけにこの戦争、終わらせるのは容易な事ではないだろう。それをデュランダルは地球とプラント、双方を納得させる形で終わらせるに足る、切り札のような物を持っているのだろうか?

 

 古来より、多くの権力者が、一つの思想や価値観の元に世界を統一する事を試みてきた。そして、その全てに挫折してきた。

 

 一つの意志、一つの思想の元に統一され、誰を憎む事も無く、誰と争う事も無い世界は確かに平和だろう。だが、それは機械の平和だ。人間の平和ではない。それ故に人類は統一される事を拒み、自分達の自由の為に戦い勝利を勝ち取ってきたのだ。

 

 人は人である限り、完全に統一する事は出来ないし、統一する事によって人ではなくなってしまうだろう。

 

 ラクスは更に続ける。

 

「もしかしたら、今この紛争も、そのための土台作りでしかないのかもしれません」

 

 ラクスの暗殺未遂やベルリンの惨劇、いやそれ以前に、戦争の発端となったユニウスセブンの落下すら、議長が仕掛けた壮大な計画の一端に過ぎないのかもしれない。

 

 背筋が寒くなる。

 

 まるっきり、誇大妄想と言い切れないところが確かにあった。現状全てが、デュランダルが優位に立つように仕組まれているように思えてくる。

 

 その時、ブリッジの扉が開き、荷物を抱えたマーチン・ダコスタが入ってくるのが見えた。

 

 彼はここ数日エターナルを離れ、ラクスの密命を帯びて、ある場所へ行っていたのだ。

 

 その場所とは、L4宙域にある、コロニー・メンデル。かつてはL4同盟軍旗揚げの地にもなった因縁ある場所であり、それ以前には最先端の遺伝子研究施設があった場所である。あのスーパーコーディネイターであるキラ・ヒビキが誕生した場所でもあった。

 

 宇宙に出て数か月。デュランダルの情報がうまく集まらない事に焦慮を感じたラクスは、再度デュランダルの経歴を洗い直し、彼が一時期、メンデルの遺伝子研究所に籍を置いていたことを掴んだ。

 

 そこで、藁をも縋る想いで、ダコスタに調査を依頼したのだ。

 

「いやもう、参りましたよ。コロニーは空気も抜けちゃってて荒れ放題だってのに、遺伝子研究所の方はデータから何からきれいに処分されちゃってました」

 

 恐らく、デュランダルが自分の足跡を消去する為にやったのだろう。やはり抜け目のない用心深さである。

 

「こんな物しかありませんでした」

 

 そう言ってダコスタが差し出してきたのは、数冊の古ぼけたノートだった。

 

 資料としては少々頼りないが、しかしそれだけに、デュランダルの目をすり抜けたのかもしれない。

 

 ラクス、バルトフェルド、エストが覗き込む中、ダコスタはページを開いて指し示した。

 

「ここですね。たぶん、当時の同僚か何かが書いたものだと思うんですが・・・・・・」

 

 そこにはこう書かれていた。

 

『デュランダルの言う、デスティニープランは、一見、今の時代に有益に思える・・・・・・』

 

「これは・・・・・・・・・・・・」

「デスティニープラン?」

 

 更に、文章はこう続いている。

 

『だが我々は忘れてはならない。人は世界の為に生きるのではない。人が生きる場所、それが世界なのだと言う事を・・・・・・』

 

 そこまで読み進めた時だった。

 

 突如、ブリッジ内に警報が鳴り響き、一同はとっさに顔を上げた。

 

「何だ!?」

 

 バルトフェルドは叫ぶと、モニターに目をやる。

 

 オペレーターが慌ててモニターを操作すると、そこには漆黒のジンがライフルを構えているのが見えた。

 

「偵察型のジン!?」

 

 先の大戦ではザフトの主力モビルスーツだったジンも、その後、ゲイツやザクにその座を譲り、今は一線から殆ど姿を消している。だが、拡張性が高い構造をしている為、拠点防衛や偵察、訓練部隊などでは未だに使用している所もあった。

 

 ジンのライフルが火を噴いた瞬間、モニターがノイズに変わる。センサーの存在に気付いたジンが破壊したのだ。

 

 その様子を見て、バルトフェルドが苛立たしげに舌打ちする。

 

「チッ 尾けられたか、ダコスタ!?」

「ええ!?」

 

 ダコスタの顔面は青くなる。

 

 厄介な事になった。恐らくジンは、ダコスタが使ったシャトルを尾行してここまでやって来たのだ。

 

「すぐに追う。エスト、手伝え!!」

 

 出撃しようとするバルトフェルドに、エストは無言で頷いて続こうとする。

 

 しかし、

 

「待って」

 

 そんな2人を、ラクスが制した。

 

「待ってください。もう間に合いません。追尾してきたと言うなら、母艦はもう、そう遠くないはずです」

 

 母艦が近くまで来ているとしたら、あのジンを撃墜したところで意味は無いだろう。むしろ、そうなるとこっちの位置を暴露するようなものだった。

 

「メンデルを見張られていたのかもしれません。わたくしが迂闊でした」

「ラクス・・・・・・」

 

 エストが、ラクスを気遣うように寄り添う。

 

 デュランダルの用意周到さには、舌を巻かされる。彼はこちらが調査に来る事を見越して網を張っていたのだ。

 

「そんな、ラクス様が悪い訳ではッ」

「ああ! 迂闊なのは、お前だ」

 

 言いながら、バルトフェルドは冗談交じりにダコスタの首を締め上げる。

 

「だがどうする? ここの工廠(ファクトリー)の機体だって、まだ最終調整は終わっていない。攻め込まれたら守りきれん」

 

 バルトフェルドの言うとおり、ファクトリーでは現在、ラクス専用機や支援用の機体が急ピッチで最終調整を行っているが、まだ使用できる状態になっていない。使用可能なのは、エターナルに搭載されている2機と、あとはオーブ政府から開発を依頼された武装のみだった。

 

 加えてエターナルと違い、岩塊に偽装したファクトリーは自力では動く事ができない。最悪、施設を捨てて作業員を逃がすにしても、相応の時間が必要だった。

 

 決断すると、ラクスは顔を上げた。

 

「艦を出しましょうバルトフェルド隊長。今すぐに」

「そんな! それこそ発見されますよ!!」

 

 バルトフェルドから逃れたダコスタが、そう言って反論するが、ラクスは落ち着いた調子で返す。

 

「もう同じ事です。ならば攻め込まれる前に出て、少しでも有利な状況を・・・・・・」

「だが、今のこいつには、ナスカ級1隻とだってやれる戦力は無いぞ。どうあがいたって、勝ち目は・・・・・・」

「勝ちたいわけではありません。守りたいのです。アレと、力を貸してくださった、このファクトリーの方々、そして、この資料を」

 

 ラクスは古ぼけたノートを大事そうに抱きしめる。

 

「わたくし達が出れば、ザフトはそれを追うでしょう。ファクトリーはその間に、対応の時間を稼げます。我々は最悪の場合、降下軌道へ逃げて、あの装備と資料を、アークエンジェルへ向けて射出します」

「よーし、判った」

 

 バルトフェルドは頷く。

 

 そうと決まったら善は急げだった。

 

「エターナル発進準備! ターミナルに通達。ファクトリーには俺が話す。回線を回せ!!」

 

 バルトフェルドの命令は、直ちに伝達される。

 

 エターナルのエンジンに灯が入り、全ての回路がオンラインになる。

 

 同時にファクトリーはサイレントモードへ移行する。これで、遠目にはただの岩の塊にしか見えなくなる。よほど近づかれて精査でもされない限り、それが軍事施設である事は見抜けないはずだった。

 

 擬装用の岩塊を取り払うと、淡紅色の戦艦が姿を現す。

 

 全貌を顕にしたエターナルは、ブースターを添加して一気に加速。岩礁地帯から飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エターナル緊急発進の報を受けて、オーブ政府軍にも緊張が走った。

 

 先日の第2次アカツキ島沖海戦の結果、セイランの戦力をほぼ壊滅状態に陥れた政府軍は、その後、戦力の補充と部隊の再編に努めていた。

 

 その最中で告げられた急報に、誰もが焦りを覚えずにはいられなかった。

 

 カガリはすぐさま、キサカ、ユウキ、ライア、キョウと言った腹心達を呼び、緊急の協議に移った。

 

「それでカガリ、エターナルからは何て言ってきたの?」

 

 尋ねるユウキに対し、キサカが答えた。

 

「ザフト軍に発見され、やむを得ず緊急発進したとの事だ」

「どれくらいの規模の敵に追われているのかは判らないが、突破が無理ならポッドだけでも地上に下ろすとの事だ」

 

 後を引き継いだカガリも、苦しい表情で言う。それだけでも、エターナルが如何に苦境に陥っているか理解できた。

 

「突破が無理ならって・・・だって、エターナルは大気圏突入できないんだよッ」

 

 ライアの言うとおり、エターナル級戦艦は基本的に宇宙空間での運用のみを想定して建造された高速戦艦だ。むしろ、大気圏内航行を度外視したからこそ、比類ない高速性を実現し得たとも言える。

 

 つまり、突破し得ないと言う事はすなわち、エターナルが撃沈される事を意味している。

 

「アシハラに頼んで、援軍を送ってもらおうよ!」

「いや、ダメだ。アシハラからじゃ遠すぎる。間に合わない可能性が高い」

 

 基本的にオーブが所有する宇宙戦艦は、火力と装甲や、運用性を重視しているため、ザフト艦に比べて低速である。今からアシハラに連絡して出航準備をして救援に差し向けても、恐らくその頃にはエターナルは沈められているだろう。

 

 何か、手っ取り早く準備できて、なおかつ戦場となっている宙域へ迅速に送り込める戦力は無い物か?

 

 だが誰も、そんな都合の良い戦力に心当たりは無い。

 

 思案に暮れる一同。

 

 その時、

 

「僕が行く」

 

 それまで1人黙っていた今日が口を開いた。

 

「キョウ・・・お前・・・・・・」

「カガリ、ブースターを貸して。僕がエターナルの救援に行く」

 

 電文の内容からすれば、エターナルは恐らくポッド射出を狙い、オーブを目指して航行するだろう。ならば、戦場はオーブ上空に近づく可能性が高い。今から準備すれば、モビルスーツ1機くらいなら、ギリギリ援軍として送れるかもしれなかった。

 

 固い決意を光らせて、キョウはカガリを見る。

 

 カガリは思案する。

 

 今、ここでラクスやバルトフェルド、エストを失うわけにはいかない。だが、時間的にも戦力的にも、援軍に送れる量は限られている。

 

 もしこの状況をひっくり返せるとすれば、それは目の前にいる人物しかいなかった。

 

「頼む」

「判った」

 

 キョウは短く頷くと、格納庫に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 地球圏でも屈指の高速性能を誇るエターナル。その俊足に追いつける艦は少ないだろう。それは高速性能が自慢のナスカ級戦艦であっても例外ではない。

 

 全速航行するエターナルはナスカ級戦艦をグングン引き離し、地球を目指して航行していく。

 

 だが、それはあくまで相手も艦であった場合の話だ。

 

 ナスカ級戦艦は次々と、ザクやグフを発艦させてエターナル追撃に当ててくる。

 

 モビルスーツの機動性に比べると、エターナルの高速性能もほとんど意味が無かった。

 

 ザクは背面のポッドから、エターナルめがけて一斉にミサイルを放ってくる。

 

「対空戦闘、迎撃掛かれ!!」

 

 バルトフェルドの命令を受け、ミサイル迎撃を開始する。

 

 エターナルは元々、フリーダム、ジャスティスの専用運用艦として建造され、攻撃力に関しては艦載機動兵器に依存している面が強い。その為、個体としての対艦攻撃能力は低いのだが、その分、対空防御力は充実していた。

 

 近付いて来るミサイルが、迎撃ミサイルや弾幕に絡め取られて、次々と爆発していく。

 

 だが、ザクやグフは、更に接近して砲撃を浴びせてくる。

 

 こうなるとエターナルと言えど、回避運動の為に速度を落とさざるを得ない。

 

 そしてエターナルの船足を鈍ったところに、ナスカ級が砲撃を浴びせてくる。

 

 対してエターナルは、錐揉みするようにひねり込みながら、火線を急激に回避して対空戦闘を継続する。

 

 だが、四方八方から押し寄せてくるザクやグフの大軍を前に、早くも対空砲は対応過負荷に陥りつつあった。

 

 前方には青い地球が見えている。あそこまで行ければこちらの勝ちなのだが、やはり多勢に無勢の感は否めない。

 

 バルトフェルドは、素早く決断をした。

 

「クソッ ダメだ。俺が出る。エスト、付き合え!!」

 

 艦長席から立ち上がり、身を翻すバルトフェルドに、エストもコクリと頷きを返して後に続く。

 

「隊長!!」

「うるさいのを追っ払う。とにかく距離を稼げ、いいなダコスタ、エンジンを撃たせるな!!」

 

 言い放つと、隻眼の虎とメイド少女は艦橋のエレベーターに姿を消す。

 

 ほどなく、エターナルから2機のモビルスーツが射出された。

 

 1機はバルトフェルドが駆るガイアである。

 

 元々はステラが乗っていた機体だが、クレタ沖海戦の後、大破したガイアをザフト軍が回収し、プラントへ送る際にクライン派が書類を偽造して強奪したのだ。

 

 ガイアに続いて飛び出してきたのは、エストが操るセイバーである。こちらも元はアスランの機体だったが、北海沿岸での戦闘の後、やはり同様の経緯でプラントに送られるところを、クライン派が入手したのだ。

 

 当然、許されざる行為ではあるが、L4同盟軍解散以降、戦力不足に悩んできたクライン派としては、背に腹は代えていられないと言う事情もあった。

 

 VPS装甲の電圧を調整し、元々は黒かったガイアの装甲は鮮やかな朱に染まっている。同様にセイバーも薄紫色に装甲の色を変化していた。

 

 飛び去る2機を、ラクスは祈るような面持ちで見送る。

 

 とにかく、ポッドの射出地点まで逃げ延びなければ。

 

 視界の彼方では、青い地球が大きく広がっている。

 

 手を伸ばせば届きそうなほど大きな惑星が、今のラクスにはどこよりも遠くに感じられた。

 

 

 

 

 

 出撃すると同時に、エストとバルトフェルドは激しい砲火に見舞われた。

 

 どうやらエターナル捜索に当たっていた部隊だけではなく、近隣に駐留していた部隊にも応援を頼んだらしい。

 

 モビルスーツも40機以上集まってきている。

 

「やらせんぞ!!」

 

 バルトフェルドはガイアのビームライフルを放ち、ザクやグフを次々と撃ち抜いていく。

 

 エストも戦闘機形態のセイバーでザフト軍を引き離すと、反転と同時に人型に変形、アムフォルタスを跳ね上げて砲撃、追いすがろうとしていたザクの戦闘力を奪う。

 

 だが、やはり数が多い。

 

 ザフト軍の一部がエストとバルトフェルドの相手をする一方で、他の機体はエターナルに取り付こうとしている。

 

 オルトロスを一斉発射するザク。

 

 その一撃はエターナルのブリッジ付近を掠め、淡紅色の戦艦を大きく揺さぶる。

 

「クソッ!!」

 

 バルトフェルドはガイアを獣型に変形させると、頭部を吹き飛ばされたザクを踏み台にして跳躍、グリフォンビームブレードで、接近しようとしていたグフを斬り飛ばす。

 

 エストもまた、高機動のセイバーでザフト軍の陣形をかき乱しつつ、隙をついて突入し、翻弄されて動きを止めていた敵機を撃墜する。

 

 地球圏でも有数のエースパイロットであるエストとバルトフェルドは、圧倒的多数の敵機を相手に一歩も引かずに戦い続ける。

 

 だが、やはり多勢に無勢である。

 

 一瞬、動きを止めたガイアに、グフがスレイヤーウィップを放つ。

 

 とっさの事で、回避が追いつかないガイア。

 

 鞭はガイアのビームライフルをからめ捕り破壊した。

 

「チッ!?」

 

 とっさにビームサーベルを抜きながら後退を掛けるバルトフェルド。

 

 グフは更に、ドラウプニルを浴びせてガイアを牽制してくる。

 

 対してバルトフェルドはシールドを掲げて防ぐが、これでは身動きが取れない。

 

 その間にも一部のザクは、エターナルに取り付いてライフルで攻撃している。

 

 今のところはエターナルはラミネート装甲のおかげで被害は無いようだが、それもいつまで持つか。

 

 そこへ、接近したザクがエターナルの艦橋に向けてオルトロスを構えた。

 

 銃口から、閃光がほとばしる。

 

 そこへ、

 

「ダメェェェェェェ!!」

 

 高機動を発揮して、とっさに割り込みシールドで防ぐセイバー。

 

 しかし、僅かに間に合わない。

 

 セイバーがシールドを掲げるよりも一瞬早く、命中したオルトロスの閃光はセイバーの左腕を吹き飛ばしてしまった。

 

「クッ!?」

 

 どうにかエターナルは守れたものの、セイバーは損傷し戦闘力が低下してしまった。

 

 見ればガイアも、多数の敵機に囲まれて身動きが取れないでいる。

 

 なのに敵は、尚も続々と湧いてきている。

 

「まだ、まだァ!!」

 

 残った右腕のライフルで、必死に応戦するセイバー。損傷して尚、正確な攻撃は、次々とグフやザクを戦闘不能にしていく。

 

 一部の機体は、エストの鬼気迫る戦いぶりに攻めあぐねている様子すらあった。

 

 しかし、それでも全ての敵を防ぐ事など不可能だった。既に砲火はエターナルにもおよびはじめている。

 

 エストが見ている先では、爆炎に包まれながら必死に回避運動をしているエターナルの姿があった。

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 エストの中に、絶望的な気分が増してくる。

 

 ラクスが・・・・・・

 

 ラクスがやられてしまう。

 

 守るって・・・・・・

 

 絶対に守るって約束したのに。

 

『僕がいない間、君がラクスを守って』

 

 かつてそう言った少年の言葉を、エストは思い出す。

 

 だからこの2年間、エストはずっとラクスを守り続けてきた。

 

 だが、このままでは、その約束を守れそうにない。

 

「・・・・・・・・・・・・どうしてですか?」

 

 エストは、囁くように語りかける。

 

「・・・・・・どうしてあなたは、帰ってきてくれないのですか?」

 

 ビームトマホークを構えたザクが、セイバーに向かって斬り掛かってくるのが見える。

 

 だが、その光景をエストは、呆然と眺めている。

 

《エスト、何をしている!?》

 

 バルトフェルドが叫びながら、とっさに援護に入ろうとするが、それにも反応は無い。

 

「あなたさえいてくれたら・・・・・・・・・・・・」

 

 かつて、エストを置いて1人出撃したまま、帰って来なかった少年。

 

 初めに銃を向け合い、やがて協力し合い、そして想いを寄せ合うようになった少年。

 

 空っぽだったエストの心に、多くの物を与えてくれた少年。

 

 どうして今、ここにあなたはいてくれないの?

 

「あなたさえいてくれたら、どんな敵とだって戦えるのに・・・・・・」

 

 ザクの一撃が、セイバーの右腕を斬り飛ばす。

 

「どんな敵にだって、負けはしないのに・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 セイバーに斬り掛かろうとしていたザクは、振り上げたトマホークを右腕ごと吹き飛ばされた。

 

 更にザクは振り向こうとした瞬間、迸った剣閃に頭部を斬り飛ばされる。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 目を開けるエスト。

 

 そこには、セイバーを守るように佇む、白い機体が佇んでいた。

 

「・・・・・・ストライク?」

 

 かつての愛機に似たその機体を、エストは呆然とつぶやく。

 

 だが、すぐに配色や細かい形状が違う事が分かる。

 

 機体の配色は、白の他に青が中心であり、ライフルは2丁装備、肘の下に小振りの実体剣を装備し、背中に負ったエールストライカーに似た装備も、翼端のブースターなど、相違点が多い。

 

 セイバーのOSは、その機体がオーブ軍のストライクAだと告げている。確か、宇宙軍のキョウ・カリヤ一尉が乗る機体だったと記憶している。

 

 エターナルがザフト軍に攻撃を受けていると知ったキョウは、イエーガーに大型のブースターを取り付けて大気圏離脱し、短時間の内に救援に駆け付けたのだ。

 

 両腕を失った状態で呆然と佇むセイバーに対し、イエーガー装備のストライクAは振り返った。

 

《ごめんね、エスト、待たせちゃって》

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 優しげなキョウの声に、エストは思わず声を漏らす。

 

 エストの耳に木霊する、あまりにも懐かしい声。

 

 思わず聞き間違えかと思えるほど、エストの心を激しく揺さぶってくる

 

 同時に包囲を脱したバルトフェルドのガイアも、セイバーのビームライフルを拾ってカバーに入る。

 

《お前・・・・・・》

 

 ザフト軍に応射しながら、バルトフェルドも呆然と呟いた。キョウの声には、バルトフェルドも聞き覚えがあったのだ。

 

 そんなバルトフェルドのガイアに、キョウは通信を入れる。

 

《すいません、バルトフェルドさん。暫くお願いします!!》

 

 そう言うとキョウは、セイバーを掴んで応戦の続けるエターナルへ飛んだ。

 

 イエーガーとセイバーの接近に気付いたエターナルの方でも、事情を察したラクスが緊急着艦措置を取るように命じる。

 

 寸前で、ザクが放ったオルトロスが、セイバーの両足を吹き飛ばす。

 

 しかし、どうにか開いた後部ハッチから射出されたワイヤーがセイバーをキャッチし、艦内に収容する事に成功した。

 

 

 

 

 

 セイバーを降りると、エストは一散に駆けてメイン格納庫へ向かう。

 

 さっき聞いた声。あれは幻ではなかったか? 自分の願望が耳に聞こえただけだったのではないか?

 

 ふとすれば、そのように思ってしまう。

 

 まるで、急いで行かないと、何もかも消えてしまうような焦燥感に身を焦がされる。

 

 ハッチが開くのももどかしく、格納庫へ飛び込むエスト。

 

 そこには、

 

 エストを待ち構えるように、少年が佇んでいた。

 

 少年からしばらく間をおいて、立ち止まるエスト。

 

 尚もザフト軍の攻撃で艦が揺れる中、キョウとエストは無言のまま見つめ合う。

 

「・・・・・・・・・・・・とにかく色々ありすぎて、何から文句を言えば良いのか、本当にわかりません」

 

 ややあって、エストの方から口を開いた。

 

 その表情にいつもの、半ばトレードマークと化した無表情は無く、非難と戸惑いと嬉しさが複雑に入り乱れたような表情をしている。

 

「・・・・・・だいたい、何なんですか『キョウ・カリヤ』って? どんな変な漫画を読み過ぎたら、そんなしょーもない偽名が思いつけるのですか?」

 

 随分、ひどい言われようだった。ヘルメットの奥で、キョウが苦笑を漏らしたのが分かる。

 

 手を伸ばし、ヘルメットを取るキョウ。

 

 その様子を見て、エストは溢れる懐かしさと嬉しさを堪えきれず、微笑みながら、目には涙をいっぱい浮かべる。

 

「あなたは『キラ』です・・・・・・『キラ・ヒビキ』以外の名前は、私が認めません」

 

 果たしてそこには、

 

 エストの記憶にある通りの、キラ・ヒビキの姿があった。

 

 感極まるエスト。

 

 そのまま、己の全てをぶつけるように、キラに飛びついた。

 

「キラっ キラっ キラァ!!」

 

 常の無表情ぶりをかなぐり捨て、感情を爆発させて泣きじゃくるエスト。

 

 そんなエストを、キラは優しく抱き留める。

 

「会いたかったッ みんながあなたは死んだと言ったけど、私だけは信じませんでしたッ あなたはきっと帰ってくるって、ずっとずっと、信じていました!!」

「ごめんねエスト、寂しい想いさせちゃって」

 

 抱擁を交わすキラとエスト。

 

 だが、その間にも砲撃を浴びたエターナルは、振動を繰り返している。

 

 あまり、時間は無かった。

 

 キラはエストの体を離すと、真剣な眼差しを向けた。

 

「エスト、積もる話は後にしよう。君の助けが必要だ、僕に力を貸して」

 

 それに対して、エストも涙を拭ってキラを見つめ返す。

 

「はいキラ。あなたが望むなら、私は何処までも着いていきます」

 

 頷き合う2人。

 

 振り返る視線の先には、2人が乗るべき機体の姿があった。

 

 

 

 

 

 ストライクAのコックピットには、キラが普段、封印してあるシステムがある。

 

 だが今、エストと言う存在を得て、初めてそのシステムが、永い眠りから目を覚ます。

 

 パイロット席の後方にあるハッチが開き、そこにコンソールと一体になった、タンデム式の後部シートが現れる。

 

 更に、天井からサブパネルも降りてくる。

 

 これにより、普段は単座式のストライクAが、一瞬で複座の機体に早変わりしてしまった。

 

 その前席にはキラが、後席にはエストが腰掛ける。かつて、イリュージョンに乗っていた時と同じである。

 

 同時にストライクAの背部コネクタからイエーガーストライカーが取り外され、別の装備を装着される。

 

「CPG設定完了、ニューラルリンケージ、イオン濃度正常。メタ運動野パラメータ更新」

 

 引き出したキーボードに、キラが高速でタイピングしてシステムを起動していく。

 

 その後部では、エストもまた、タイピングを行っている。

 

「コンジットオンライン、全システム正常、回線1番から99番まで掌握、デュアルリンクシステム、オールデータ、アップデート」

「原子炉臨界、パワーフロー正常、全システムオールグリーン」

 

 全ての準備は整った。

 

 後は、飛び立つだけである。

 

「行くよ、エスト」

「はい」

 

 頷き合う2人。

 

 カタパルトに灯が入り、発進準備は整った。

 

「キラ・ヒビキ」

「エスト・リーランド」

 

 

 

 

 

「「ストライクフリーダム、行きます!!」」

 

 

 

 

 

 射出されると同時に、VPS装甲に灯が入り、装甲が紫と青のラインが入った白い機体に染め上る。

 

 同時に、フリーダムの特徴ともいうべき8枚の蒼翼が広げられる。

 

 降臨せしは、復活を果たした自由の翼、蒼翼の熾天使。

 

 踊り込んだフリーダムに対し、一斉にミサイルを発射するザク。

 

 対してフリーダムは、2丁のライフルを駆使して全てのミサイルを叩き落とす。自機にもエターナルにも、命中した物は1発も無い。

 

 更にキラは、腰からビームサーベルを抜き放つと、すれ違うと同時に2機のザクの腕や頭部を斬り飛ばした。

 

 敵の陣形の中に踊り込んだフリーダムは、両手のビームライフルを左右に伸ばし、対角線上のザクやグフを次々と撃ち抜いていく。

 

 だが、ザフト軍もやられっぱなしではない。

 

 2機のグフが、隙をついて接近、スレイヤーウィップを伸ばしてフリーダムの腕と脚に絡みつける。

 

 このまま電流を流しこむ。

 

 そう思った瞬間、

 

 フリーダムの背部に備えられた8枚の蒼翼が、一斉に射出されると、軌道を変更してグフへと向かう。

 

 フリーダムの翼は、全てドラグーンシステムになっているのだ。それらが一気に襲い掛かる。

 

 デュアルリンクシステムに従い、完璧にトレースされた軌道で攻撃を開始するドラグーン。

 

 たちまちの内にフリーダムを捕えていたグフは、頭部や腕を破壊されてしまう。

 

 戒めを解かれたフリーダム。

 

 同時に加速して距離を置くと、マルチロックオンを起動する。

 

「A3、C5、D1より敵部隊接近。数、15。全機、マルチロックオン完了。キラ!!」

「了解ッ!!」

 

 モニターの中で、キラはロックした全ての機体に照準を合わせ、全火力を開放する。

 

 両手のビームライフル、肩のパラエーナプラズマ収束ビーム砲、腰のクスィフィアスレールガン、そして8門のスーパードラグーン機動兵装ウィング。

 

 解き放たれる14連装フルバースト。

 

 その圧倒的火力を前にしては、数に勝るザフト軍も烏合の衆でしかなかった。

 

 フリーダムストライカーと言うこの装備は、キラはストライクAの追加装備として、カガリを通じてファクトリーにアイディアを送り、開発を依頼した物だ。

 

 かつてのフリーダムをベースにしながらも、ドラグーンシステム等の重火力と高い機動性を並列させるために、ファクトリーでは従来よりも小型化に成功した核エンジンとNジャマーキャンセラーをストライカーパックに直接搭載すると言う荒業を使った。

 

 更にVPS装甲の電圧調整により、装甲エネルギーはギリギリまで削り、浮いた分を火力と機動力に回している。装甲がほぼ白に近くなっているのはこの為だった。

 

 これにより、ストライクフリーダムは比類ない性能を持つに至ったのだ。

 

 ものの2分で、戦闘力を残した機体は1機もいなくなってしまった。

 

 キラは更にフリーダムを加速させると、エターナルに砲撃を浴びせている3隻のナスカ級戦艦に急接近した。

 

 ナスカ級戦艦の方でもフリーダムの接近に気付き、激しく対空砲を撃ち上げて来るが、それらはフリーダムを捉える事はできない。

 

 キラは一気に攻撃位置までフリーダムを持って行き、その間にエストはマルチロックオンを完了させる。

 

「全ターゲット、ロックオン、攻撃準備完了です!!」

 

 エストの報告と同時に、キラはフリーダムのドラグーンを解き放った。

 

「行ッけェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 一斉に発射されるドラグーンの閃光。

 

 それらはナスカ級戦艦の砲塔を、スラスターを次々と破壊していく。

 

 あっという間に、戦闘航行が可能なナスカ級戦艦はいなくなってしまった。

 

 8枚の翼を引き戻すフリーダム。

 

 圧倒的な戦力に、エストは声も出ない。自分とバルトフェルドが2人掛かりでも苦戦を強いられたザフト軍部隊を、キラはものの数分で壊滅させてしまったのだ。

 

 久しぶりに見るキラ・ヒビキは、以前と変わらず、否、以前の戦闘力すら凌駕していると言っても過言ではない。

 

 そのキラが、エストに振り返った。

 

「終わったよ、エスト」

 

 微笑むキラ。

 

 その笑顔に、エストは自分の胸が急激に熱くなるのを感じた。

 

 キラだ。

 

 間違いなく、この人はキラだ。

 

 ようやく、自分の元へと帰ってきてくれた少年に、エストは流れる涙を堪える事ができなかった。

 

 

 

 

 

PHASE-36「天空の剣」      終わり

 


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