機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-23「少女の想いは黄昏に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラキヤ・ホーク。

 

 ルナマリア・ホークの1歳上、メイリン・ホークとは2歳離れた兄に当たる。

 

 元ザフト軍、ホーク隊隊長。

 

 士官学校卒業時に成績優秀であった為ザフトレッドに認定され、戦場を駆ける。

 

 初陣となった新星攻防戦においては、ネルソン級戦艦1隻、ドレイク級護衛艦1隻撃沈、メビウス6機を撃墜し、エース認定を受ける。

 

 その後、地上軍への配置転換となり、カーペンタリア配属となり、主にインド洋戦線や太平洋戦線で多くの戦果を上げる。

 

 その後も活躍を続け、あの凄惨を極めたアラスカ攻略戦にも参加し生き残った。ただ、その際に負傷し、一時期戦線から離れる事になる。

 

 やがて、地上におけるザフト勢力が退勢となり、招集を受けて本国へ帰還。戦線に復帰すると同時に、それまでの功績が認められ、「ホーク隊」の結成を許可され隊長職に就任する。

 

 しかし、それが仇となった。

 

 部隊の初陣となったボアズ攻防戦において、同要塞は地球軍の核攻撃を受け、駐留部隊ごと壊滅。

 

 同時にラキヤもMIA認定を受け、事実上の戦死と判断されていた。

 

 だが、ラキヤは生きていた。

 

 そして戦後、地球軍の捕虜となっていたラキヤは、その能力の高さを地球軍上層部に目をつけられて地球軍に入隊、今は「ラキヤ・シュナイゼル」と名乗っているわけである。

 

 だが、サングラスを取ったラキヤの顔を見て、強く反応したのは、妹のルナマリアではなく、その背後に立っていたアリスだった。

 

「・・・・・・先輩」

 

 アリスが、ラキヤの顔を見て呆然とつぶやく。

 

 対して、ラキヤもまた、呆然と少女の顔を見つめる。

 

「そんな・・・・・・アリス、君まで・・・・・・」

 

 ラキヤがそう呟いた瞬間、

 

 堪えきれなくなったアリスは、勢いよくラキヤに飛びついた。

 

「先輩!!」

「うわッ アリス!?」

 

 支えきれず、仰向けに倒れたラキヤは、そのまま後頭部を思いっきり地面にぶつける。

 

 だが、そんなこともお構いなしに、アリスは涙でグシャグシャになった顔をラキヤに押し付けた。

 

「バカバカバカ!! 先輩のバカ!! 生きてたんなら、どうして今まで連絡くれなかったんですか!?」

「アリス・・・・・・」

 

 感情を爆発させたように泣きじゃくるアリス。

 

 勿論、アリスはラキヤが地球軍に入っていることは知らない。もし、知らせたらどんな顔をするか。

 

 それを考えると、ラキヤの心は疼かずにはいられなかった。

 

 事情を知らず、ついていくことができないアスランやスティング、アウル達は呆然と、その様子を見つめている。

 

「ほんとよね。いったい今まで、どこほっつき歩いてたのよ、お兄ちゃん?」

 

 そんな中で、ルナマリアは近づいて覗き込む。その瞳にも、うっすらと涙が浮かんでいる。

 

「あたしもメイリンもアリスも、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんがいなくなって、すごい悲しかったんだから」

「ルナ・・・・・・ごめん・・・・・・」

 

 胸の中で泣きじゃくるアリスをあやすラキヤ。

 

 そこへ、

 

「あの・・・・・・」

 

 おずおずといった感じに声をかけてきたのは、状況を把握できずの呆然としていたアスランだった。

 

「そろそろ、状況を説明してもらいたいんだが?」

「あ、ごめんなさい」

 

 ルナマリアは立ち上がると、アスランに向き直った。

 

「この人、私のお兄ちゃんなんです」

「ど、どうも・・・・・・」

 

 尚も泣いているアリスを胸に抱きながら、ラキヤはアスランに挨拶する。

 

 

 

 

 

 それから暫くして、ようやくアリスも泣き止み、話が進む流れとなった。

 

「でも、ほんとに、今までどうしてたんですか? 先輩はボアズで戦死したって聞いてたから・・・・・・」

「まあね・・・・・・」

 

 少し自嘲気味につぶやくと、ラキヤは顔を伏せて話し始めた。

 

 ボアズに地球軍が襲来した時、ラキヤは予備隊として出撃待機中であった。

 

 だが、戦線が要塞に近づきつつあり、ついにホーク隊にも出撃命令が下ったのだ。

 

 核攻撃が行われたのは、それから暫くしてからだった。

 

「僕のゲイツは幸いな事に、要塞から少し突出していた場所にいてね、爆発の範囲から逃れられたのは良かったんだけど、要塞爆発の衝撃で吹き飛ばされたんだ。気を失っているうちに、ジャンク回収に来た民間船に救助されたんだけど、気が付いたらもう半年も経過していて、戦争も終わっていたってわけ」

 

 勿論、後半部分は嘘である。ジャンク船ではなく、ラキヤのゲイツを回収したのは地球軍の艦船だった。その為に、捕虜から取り引きを経て、地球軍の士官となるという、数奇な運命を辿る事になった。

 

 ラキヤが説明していた時、背後の方で可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。

 

 振り返れば、毛布にくるまったステラが口元を抑えている。くしゃみは彼女のものだろう。

 

 それを見て、ラキヤは苦笑した。

 

「ごめん。ちょっと今日はこれくらいで。ステラの事、休ませてあげたいし」

「先輩ッ」

 

 声をかけるアリスに、ラキヤは振り返って微笑む。

 

「近いうちに連絡するよ」

 

 言いながら、ステラの肩に手を置く。

 

「この子の事、ありがとう。今度、落ち着いて会おう」

 

 言いながら、歩き出すラキヤ。

 

 それに続いて、スティングは一礼し、アウルは腕を頭の後ろで組みながら後に続く。

 

 と、

 

「アリス」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、ステラが笑顔で手を振っている。

 

「またね」

「うん、またね、ステラ」

 

 笑顔で手を振るアリス。

 

 やがて、4人の影は小さくなり、視界の外へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アシハラ会戦と呼ばれる、宇宙におけるオーブ政府軍とセイラン軍による戦闘は、政府軍側の奇襲攻撃で幕を挙げた。

 

 当初、セイラン軍は、アシハラ前面に布陣した政府軍に対し、正面からの艦隊決戦を望み、デブリ帯を進撃していた。

 

 この判断自体は間違っていない。

 

 数的にはセイラン軍は政府軍を上回っている。正面からまともに激突すれば、セイラン軍優勢となり、以後も押し切ることができたかもしれない。

 

 だが、その事は政府軍側も承知の上だった。

 

 セイラン軍前衛艦隊が、アシハラまであと少しというところまで進んだ時だった。

 

 突如、四方からビームがいかけられた。

 

 セイラン艦隊の多くは、地球軍が量産しているアガメムノン級、ネルソン級、ドレイク級で構成されている。

 

 そのうち、先頭を進んでいたドレイク級護衛艦3隻が突如、デブリの中から攻撃を仕掛けられ、炎を上げて吹き飛んだのだ。

 

 突然の奇襲攻撃に、セイラン艦隊司令部は混乱に見舞われた。

 

「な、何事だ!?」

「て、敵の奇襲です!! 前衛艦隊が攻撃を受けています!!」

 

 慌てふためいた司令官の問いに、オペレーターが調子の狂った声で応じる。

 

 司令官は、戦闘はアシハラ正面に出てからと考えていたため、この時点では警戒以上の指示は出していなかったのだ。

 

 そもそもデブリ帯は瓦礫や残骸、隕石が散乱しているため、視界もセンサーも効かなくなっている。大規模な艦隊運用にも適していない。ここで大軍がぶつかり合うのは愚の骨頂である。

 

 だが政府軍からすれば、普段の訓練はデブリ帯の中で行っていることから、ここは彼らの庭のようなものである。待ち伏せのポイントも、襲撃の算段も全て把握済みだった。

 

「は、早く迎撃しろ!! 予備のモビルスーツ隊発進!! 前衛艦隊を直ちに呼び戻せ!!」

 

 狂ったように命令を連発する司令官。

 

 ただちに、命令は実行され、本隊からもモビルスーツが発進していく。

 

 しかし、Nジャマーの影響もあり、前線部隊への命令伝達には遅延を来している。レーザー通信の打電も行われているが、すでに襲撃を受けて混乱している為か、受信できていない艦もある。

 

 その為、尚も抗戦を続けようとする艦と、命令を受諾して後退しようとする艦がそれぞれバラバラに行動してしまい、前線は崩壊状態となってしまった。

 

 その間にも、政府軍の攻撃を受けて撃沈する艦が続出する。

 

 ムラサメやオオツキガタといった機体が次々とセイラン艦隊に取り付き、容赦なく砲火を浴びせていく。

 

 勿論、セイラン軍も迎撃のためにモビルスーツを発進させて迎え撃つ。

 

 しかし、そこへ疾風の如く斬りこむ機体があった。

 

 キョウのストライクイエーガーである。

 

 イエーガーは敵陣の只中に飛び込むと、両手のビームライフルを放ち、次々とムラサメの翼や腕、頭部を撃ちぬいて戦闘不能にしていく。

 

 勿論、セイラン軍のムラサメ隊も反撃の為に砲火を撃ちかける。

 

 しかしキョウは、まるで舞うように機体を操り、セイラン軍の砲撃を次々と回避していく。

 

 そして反撃として放つ一撃は、確実にムラサメを撃墜する。

 

 更に、ビームライフルを持った両腕を水平に伸ばすと、対角線に位置する敵機を次々と撃ち抜き、撃破していく。

 

 その圧倒的な戦闘力の前に追随できず、慌てて後退しようとするセイラン軍のモビルスーツ隊。

 

 しかしイエーガーはビームサーベルを抜き放つと、あっという間にセイラン軍の隊列に切り込み、光刃を振るって敵機の手足や頭部を斬り飛ばし、戦闘不能に追い込んでいく。

 

 圧倒的な戦闘力を前に、次々と戦線離脱していくセイラン軍。

 

 そこへ、ライアに率いられたモビルスーツ隊が突撃する。

 

「全軍、攻撃開始、敵を一気に押し返すわよ!!」

 

 突撃と同時に、レールガンやミサイル、ビームを撃ちかける。

 

 セイラン軍も必死の抵抗を行うが、キョウの攻撃によって既に戦線が破綻している状態である為、陣形すらまともに組めない有様だった。

 

 前衛艦隊の悲痛な叫びは、セイラン軍本隊にも伝えられていた。

 

 政府軍の奇襲攻撃を受け、前衛艦隊は壊滅している。既に戦力として数えられる物は5割を切りつつあった。

 

「本隊からモビルスーツ隊を応援に差し向けろッ 何としても持ちこたえるんだ!!」

 

 司令官の命令は直ちに伝達され、発艦したモビルスーツ隊が次々と翼を連ねて前衛部隊救援に飛び立っていく。

 

 とにかく、セイラン軍の数は多い。圧倒的な物量差をぶつければ、少数の政府軍を押し返し、戦線を立て直すことは不可能ではないはずだった。

 

 だが、その判断が決定的に間違ったものであると司令官が認識するのは、それから僅か30分後の事だった。

 

 尚もアシハラに向けて航行するセイラン艦隊本隊。

 

 その横合いから突如、大威力の砲撃が次々と撃ちかけられたのだ。

 

「な、何事だ!?」

「オレンジ、チャーリーに敵艦隊!! 戦艦5隻、急速接近中!!」

 

 オペレーターが悲鳴にも似た声を発する。

 

 この時、機動兵器部隊を前線の救援に差し向けた為に、手薄になったセイラン艦隊本隊を、政府軍艦隊が襲撃していた。

 

 襲撃に加わったのは、わずか戦艦5隻。

 

 だが、並みの5隻ではなかった。

 

 イズモ級戦艦のクサナギ、スサノオ、ツクヨミ

 

 大和級戦艦の大和、武蔵

 

 オーブが世界の誇る、最強の戦艦部隊だった。

 

 セイラン軍と並走する形で砲門を開く5隻の戦艦。

 

 その一撃ごとに、セイラン軍の艦は直撃を受け、火球となって撃沈されていく。

 

「こ、攻撃しろッ 相手はたったの5隻だぞ!!」

 

 狂ったように叫ぶ司令官。

 

 しかし大軍であるが故にデブリに阻まれて身動きが取れず、陣形の改変すらままならないセイラン軍は成す術もなく、次々と撃沈の憂き目を見る。

 

 一方、政府軍艦隊は、そんなセイラン艦隊の混乱ぶりを横目に見ながら、熾烈な砲撃を繰り返している。

 

「セイラン艦隊、尚も陣形改変中、抵抗、僅かです」

「デブリを盾にしながら回り込め。敵が混乱しているうちに、多くの打撃を与えるんだ!!」

 

 政府軍艦隊司令官ソガ一佐は、セイラン艦隊の動きを読み切り、冷静に艦隊を機動させている。

 

 大軍で突入すれば、デブリに阻まれて身動きできなくなることは予想済みである。だからこそ、ソガは艦隊全てではなく戦艦5隻のみを引き連れてデブリ帯に突入したのだ。

 

 知らせを聞けば、前衛艦隊援護に向かった部隊が戻ってくるかもしれない。それまでに、可能な限り敵艦隊に打撃を与えるのだ。

 

 艦隊4番艦に位置する武蔵もまた、その巨砲を振りかざし、すでに戦艦2隻、護衛艦2隻を撃沈、あるいは大破戦闘不能に追い込んでいた。

 

 そして今また、武蔵の砲撃をエンジン部分に食らったセイラン艦隊のネルソン級戦艦が、バランスを崩すように傾斜すると、火球に変じて爆散した。

 

「敵戦艦、撃沈を確認!!」

 

 オペレーターからの報告に、ユウキは頷きを返した。

 

「目標変更、後方の敵戦艦。主砲、1番から3番、全砲門照準!!」

 

 9門の主砲を一斉発射する武蔵。

 

 後方に付き従う大和も、武蔵にならって砲門を開いている。

 

 地球圏最強の戦艦2隻を相手に、地球軍が量産した戦艦では対抗できない様子である。

 

 その時、武蔵が砲撃したアガメムノン級戦艦が、一撃の下で火球に変じ、内部から膨張するようにしてはじけ飛んだ。

 

 恐らく武蔵の砲撃は敵戦艦の装甲を貫き、弾薬庫に直撃したのだろう。

 

 ひとたまりもなく、炎に包まれていく戦艦。

 

 ある意味、この武蔵の一撃こそが、この戦いの帰趨を制したといってもいいだろう。

 

 武蔵の一撃で撃沈したアガメムノン級戦艦。これこそが実は、セイラン艦隊の旗艦だったのだ。

 

 その旗艦が撃沈した事により、セイラン軍は命令系統が完全に破綻してしまった。

 

 めいめいバラバラの方向に、逃走を開始するセイラン艦隊。あるいは一部の艦隊は尚も抗戦を試みようと砲門を向けてくるが、隊列を組まない攻撃など、何ほどの脅威でもなかった。

 

 そして、逃走に転じた艦隊の運命も、過酷なものだった。

 

 この迷路のようなデブリ帯で勝手に動こうとすると、艦同士が衝突したり、あるいは部隊からはぐれて自分の位置を見失うことすら考えられる。

 

 そしてバラバラになったところに、分散して伏せていた政府軍艦隊の艦艇やモビルスーツ隊が、次々と襲いかかる。

 

 それに対するセイラン軍の抵抗は、もはや微々たるものである。司令官を失った軍隊がいかに脆いか、その典型的な見本を示していた。

 

 デブリ帯。

 

 アシハラ沖会戦の戦場は今や、セイラン軍に対する政府軍の草刈り場と化していった。

 

 この戦いで、セイラン軍は宇宙における機動戦力の8割を喪失し壊滅する。

 

 これにより、オーブ上空の制宙権は政府軍に帰することになり、政府軍は宇宙から地上へ容易に増援を送れるようになったわけである。

 

 当初はセイラン軍の圧倒的有利な状況から始まったオーブ内戦ではあるが、徐々に、その勢力は政府軍優勢に傾きつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回せば、家族連れと思われる人たちが、多く見られる。

 

 デッキチェアに腰掛け、ラキヤはコーヒーを口に運んでいる。

 

 それらの光景を見ていると、一瞬でも、自分がここにいるのは場違いなのでは、と思ってしまう事がある。

 

 自分の手は血で汚れている。

 

 そんな自分が、平和に生きている人たちと時間を共有してもいいのだろうか、と。

 

 だが、そんな思いも、近づいてきた足音とともに霧散した。

 

「先輩、あの・・・・・・お待たせしました」

 

 声をかけられ、振り返るラキヤ。

 

 そこには、水着姿の少女が2人、ラキヤの前に立っていた。

 

 アリスと、そしてステラだ。

 

 ラキヤから連絡を受けてアリスがやってきたのは、ポートタルキウスにある町営プールだった。

 

 小さな港町であるポートタルキウスには、あまり娯楽施設というものがない。

 

 その為、ラキヤが選んだのは、このプールだった。

 

 アリスは今、赤地に白いラインの入ったビキニタイプの水着を着ている。

 

 ステラも同じビキニ姿だが、こちらは水色をしていた。

 

「あ、あの、先輩・・・・・・どうですか?」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くして尋ねるアリス。

 

 それに対して、ラキヤはニッコリ微笑む。

 

「うん、とっても似合っているよ」

「ありがとう・・・・・・ございます」

 

 今にも消え入りそうな声で、アリスは言った。

 

 そんなアリスの顔を、ステラが不思議そうに覗き込む。

 

「アリス・・・ちょっと変」

「え、そ、そんな事、無いよ?」

 

 語尾が疑問文になっているあたり、本人もかなりテンパっているのだろう。

 

 さらに顔を赤くするアリスを、ラキヤはにこやかに、ステラは不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 ところで、

 

 そんな3人の様子を、物陰から見つめている2つの影があった。

 

「わ、ホントにお兄ちゃんだ」

「でしょー わたしもビックリしたわよ」

 

 特徴的な赤い髪をした2人の少女は、ルナマリアとメイリンのホーク姉妹である。

 

 場所がプールというだけあり、2人ともやはり水着姿である。

 

 ルナマリアがパレオ付きのビキニ、メイリンがピンクのワンピースを着ている。

 

 だが、2人とも物陰から顔を出し、目はサングラスで覆っている。

 

 はっきり言って、傍から見ればかなり胡散臭い。

 

「ママー あれなにー?」

「シッ 見ちゃダメよ」

 

 などと、通りすがりの親子連れが指差していく。

 

 そんな事にも構わず、ホーク姉妹はアリス達を見続けていた。

 

「それにしても、お兄ちゃんも気が利かないな~ 何だって、あの娘まで連れてくるかな?」

「ああ、あれが、この間アリスが助けたって娘?」

「そうそう、ステラって言ったかな? アリスもアリスよ。折角、お兄ちゃんと2人になれるチャンスだってのに」

 

 アリスがラキヤに好意を寄せている。

 

 その事は、幼い頃からの付き合いであったルナマリア達には分かっていた。

 

 だからこそ今日、ラキヤと会うというアリスをつけてここまで来たのだ。

 

 勿論、野次馬根性が8割5分くらい入っているのは言うまでもない事であるが。

 

「あれじゃあ、2人っきりにはなれないかな?」

「いーや、まだ判らないわよ。まだ始まったばかりだし」

 

 強気な姉に対し、メイリンはため息をつく。

 

「でもさ、そんな事できるかな? 『あの』アリスだよ」

「それは・・・・・・」

 

 メイリンの発言に対し、ルナマリアは言葉を詰まらせた。

 

 普段強気に見えるアリスだが、こと恋愛ごとに関してはむしろ奥手の方である。そのせいもあり、アリスはラキヤがプラントにいる間に告白に踏み切ることができなかったのだ。

 

 ルナマリアとメイリンも、何度か背中を押してみたのだが、文字通り「暖簾に腕押し」だった。

 

 付いたあだ名が「ヘタレアリス(命名:ルナマリア)」である。

 

 だが、脈はある。

 

 ルナマリアの見たところ、ラキヤの方でもアリスの事は憎からず見ているはず。その証拠に、今日もラキヤの方からアリスを誘っていた。

 

 そう考えれば、今度こそはという思いがある。

 

「せめて、今日中にキスくらいはしてもらわないと」

「無理だと思うなー」

 

 積極的な姉と諦め気味の妹。

 

 そんな対照的な2対の視線が、楽しげな3人に向けられていた。

 

 

 

 

 

「ほら、怖がらないで」

「で、でも、怖い・・・怖いは、ダメ・・・・・・」

 

 アリスに手を引かれながら、ステラはおっかなびっくり前へと進んでいく。

 

 ステラは今、アリスと一緒にプールに入り、彼女から泳ぎを教えてもらっていた。

 

 先日、海で溺れかけたステラ。

 

 泳げないと言う事は、その時に知っていたが、ラキヤから聞いた話ではステラは海が好きだという。

 

 そこで、ただ眺めているだけでなく、海に行ったら泳げるようにと、アリスが教えてあげていたのだ。

 

「ラキヤ~」

「ステラ、頑張ってー」

 

 情けない声を上げるステラに、プール縁に腰掛けたラキヤは能天気な声援を送る。

 

 1人、元気なのはアリスだった。

 

「足はバランスよく動かす。もっと体から力抜いて、そうすれば体が水に浮くから」

「あう~」

 

 涙目になるステラに、アリスは笑いかける。

 

「大丈夫だよ、ちゃんとボクが支えていてあげるから」

「うう~ アリス~・・・・・・」

 

 促され、まだぎこちない動きながら泳ごうとするステラ。

 

 その様子が、何とも微笑ましかった。

 

 それでも飲み込みは早い方なのだろう。暫くするとステラは、少しだけだが支え無しでも水に潜れるようになっていた。

 

 

 

 

 

 その様子を、ホーク姉妹は離れた場所から見守っている。

 

「なんか、ものすごく・・・・・・」

「アットホーム的っていうか、何ていうか・・・・・・」

 

 あの3人を見ていると、休日に家族サービスする親子連れみたいだった。見ていてほのぼのしてくる。

 

「でも・・・・・・」

 

 メイリンが、目を離さないようにしながら言う。

 

「やっぱり、2人っきりになれそうな雰囲気じゃないよね」

「ん~ 何かアリスも、お兄ちゃんの事よりも、ステラにばっかり構ってるし」

 

 確かに、見ていればアリスは、先ほどからステラの水泳の練習ばかりしていて、ラキヤとはあまり会話していないように見えた。

 

 先ほどから見ていても、その傾向が強い。

 

「ママー あのおねーちゃん達、たのしそー」

「シッ 良いからこっち来なさい」

 

 親子連れがそんな会話をしているが、とりあえず無視して監視を続けた。

 

 やがて、泳ぐのも飽きたのか、3人はプールから上がって食堂エリアの方へ歩いていく。

 

 その様子を見て、ルナマリアとメイリンも後をつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水平線に陽が落ち、黄昏が落ちる中、ラキヤとアリスは並んで歩いていた。

 

 プールを出てからずっと無言。2人は一切会話せずに、並んで歩いていた。

 

 ステラがいるのは、ラキヤの背中。どうやら今日1日、遊び疲れて眠ってしまったらしい。

 

 そんな中で、アリスはゆっくりとラキヤの方を見た。

 

「先輩、今はどんなお仕事してるんですか?」

「運送系の仕事。小さな会社だけどね、結構仕事内容は充実してるし、楽しいよ」

 

 元ザフト軍のエースが、ずいぶんと地味な仕事をしている、と思った。

 

 ボアズでMIAになってから、ラキヤの身にいったい何があったのか、アリスには想像することもできなかった。

 

 だが、どうしてもこれだけは聞きたかった。

 

「どうして、教えてくれなかったんですか? 生きてるって・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アリスの質問に、ラキヤはしばらく沈黙してから答えた。

 

「・・・・・・・・・・・・君も、知っているでしょ、僕の体の事」

「・・・・・・はい」

 

 小さな声で頷くアリス。

 

 ラキヤは子供のころから優秀な存在だった。勉強もスポーツも、何をやらせても周囲の子供より抜きんでており、更に周囲に気配りもでき、性格もやさしかった。ついでに言うと近所の子と喧嘩しても負ける事はなかったくらい、体は細いくせに腕っぷしも強かった。

 

 普通に地球で生活できれば、ラキヤはきっと幸せだったのだろう。

 

 だが、プラントという閉鎖的な環境は、ラキヤという存在に安息を与えたりはしなかった。

 

 ラキヤは、ナチュラルだったのだ。

 

 もともと、ルナマリア達の両親の友人が事故死した為、その1人息子だったラキヤを引き取り、自分達の子として育てたのだ。

 

 勿論、ホーク家の人々、ルナマリアやメイリン、そして彼女たちの両親はラキヤを本当の家族と思い大切に思ってくれた。

 

 だが、周囲の人間までそうだったわけではない。

 

 やがてラキヤの出自が周囲に知れると、露骨な嫌がらせを受けるようになった。

 

 一般にはブルーコスモスの存在もあり、ナチュラルによるコーディネイター迫害が大きく取り上げられる事が多いが、その逆も決して少なくない。いや、むしろ、身体能力が高い分、コーディネイターによるナチュラルに対する迫害の方が、より陰湿である場合も多い。それが倫理観が備わっていない子供であるなら、より残虐性を増してくる。

 

 ラキヤに対する嫌がらせも、相当なものだった。

 

 しかし、そんな中でもラキヤは負けなかった。

 

 いわゆる「天才型」の人間であったラキヤは、成績は常に上位をキープし、成長してからも、腕っぷしはそこらの同世代よりも強かった。

 

 しかし、それが却ってやっかみを生む元となった。

 

 コーディネイター達からすれば、自分達よりも優秀なナチュラルがいるというだけで、この上ない屈辱だったのだ。

 

 それでも、嫌がらせがラキヤ1人に集中しているうちはまだ良かった。ラキヤも両親に相談せず、1人で耐えていたのだ。

 

 痛みを共有していたのは2人の妹達、ルナマリアとメイリン、そして幼馴染のアリスだった。

 

 ラキヤの思春期は、3人の女の子によって支えられていたと言っても過言ではない。

 

 アリス達がラキヤに与えてくれた安息は、言葉では言い表せない程だった。彼女たちの存在がなかったら、ラキヤは度重なる嫌がらせに耐えかねて自殺していたかもしれない。

 

 しかしついに、嫌がらせの波は3人にまで及ぶようになった。

 

 ラキヤの事を快く思っていない男子数人が、アリス達に暴行を加えようとしたのだ。

 

 幸いその時は発見が早く、一部の同情的な知人がラキヤに急を知らせた為に事無きを得たが、幼い心に与えた衝撃は想像を絶する物だった。

 

 このままでは3人に危害が及ぶのは、時間の問題であるように思われた。

 

 ラキヤが出自を隠し、追われるように軍士官学校に入学する事を決めたのは、ちょうどそのころだった。

 

「あの時・・・・・・ボク達にもっと力があれば、先輩をあんな目には・・・・・・」

 

 悔しそうに、アリスはつぶやく。

 

 あの頃のアリス達では、ラキヤを守る事ができなかった。だからこそ、ラキヤは彼女たちを守る為に、自分の身を遠ざけるという選択肢を選ばざるを得なかったのだ。

 

「アリス」

 

 そんなアリスに、ラキヤは優しく声をかける。

 

「もう済んだことだよ」

「先輩・・・・・・」

 

 そんなラキヤに、アリスは悲しそうな目を向ける。

 

 ラキヤがプラントに戻らなかった理由。それは、自分が戻る事で再び、両親や妹達、そしてアリスに迷惑をかけたくなかったからだ。戦死したと思っていた人間がひょっこり戻ったりしたら、今度はどんな嫌がらせや誹謗中傷を受けるか、分かったものではなかった。

 

「だから、もう気にしないで。僕は大丈夫だから」

 

 言ってから、ラキヤは視線を明後日の方へと向けた。

 

「君達もだよ、もう気にしなくていいからね」

「せ、先輩?」

 

 突然何を言い出すのか?

 

 と思っていると、背後で人が動く気配があり、アリスはあわてて振り返った。

 

 そこには、

 

「なんだ、気づいてたの?」

「えへへ~」

 

 よく見知った顔が2つ、ばつが悪そうな笑顔を並べていた。

 

「る、ルナ!? メイリン!?」

 

 驚愕に染まるアリスの顔。

 

 まさか、つけられていたのか!?

 

 そう考えると、顔が一気に熱くなるのを止められなかった。

 

「まったく、いつから覗き見が趣味になったのかな?」

「失礼ね、保護者としての義務よ」

 

 苦笑気味に言うラキヤに対し、ルナマリアが口をとがらせて抗議しながら、顔を赤くしているアリスを見る。

 

 まったく、今日こそは前進すると思っていたのに、結局「ヘタレアリス」のままで終わってしまった。

 

 どうやら、ルナマリアが思っている以上に、ラキヤのアリスの仲は険しそうだった。

 

「お兄ちゃん、久しぶり。生きてたなんてびっくりだよ」

「メイリンも、元気そうでよかったよ」

 

 久しぶりに会ったラキヤとメイリンは、そう言って挨拶を交わしている。

 

 そんな喧騒が煩かったのだろう。ラキヤの背中でステラが目を覚ました。

 

「ん・・・ん? ・・・ラキヤ?」

「あ、ごめん、起こしちゃったかな?」

 

 気遣うように、背中のステラをおぶり直すラキヤ。

 

 その様子を見ながら、ルナマリアが訝るように尋ねる。

 

「そういえばお兄ちゃん。その子って、何なの?」

「ああ、僕がお世話になっている会社の娘さんだよ。年齢が近いから、僕が面倒を任されることも多いんだ」

 

 その時、ラキヤの腕に付けた腕時計型がブザーを鳴らした。

 

 呼び出し音である。どうやら、帰らなくてはいけない時間が迫っているようだ。

 

「おっと、もうこんな時間か。じゃあ、僕達は行くよ」

「あ、先輩!!」

 

 踵を返そうとするラキヤを、アリスが呼び止める。

 

「また・・・・・・会えますよね。ううん、今度は、ボクの方から会いに行きます。先輩のところへ」

 

 夕日に照らされたアリスの顔が、夕日以外でほんのりと赤くなっている。

 

 そんなアリスを、ラキヤは優しく見つめる。

 

「うん、待ってるよ」

「アリス・・・・・・バイバイ」

 

 微笑むラキヤに、手を振るステラ。

 

 やがてその姿が、ゆっくりと黄昏の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

PHASE―23「少女の想いは黄昏に」      終わり

 


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