1
建造時、「参號艦」のコードネームで呼ばれていた戦艦信濃は、大和型宇宙戦艦の3番艦に当たる。
1番艦大和が艦首にバスターローエングリンを装備して砲撃力を強化、2番艦武蔵は回転衝角と無限軌道を装備して近接戦能力を強化している。
それに対して信濃は、延長した艦首部分にカタパルトブロックと追加格納庫を備え、艦載機収容能力を大幅に強化している。更に内部設備にしても、充分なモビルスーツ整備機材や弾薬庫が搭載され、艦載機運用能力は飛躍的に向上している。
時代が巨大戦艦よりも、モビルスーツを用いた機動戦術に移行している事を考えれば、大和、武蔵よりも信濃は実戦的になったと言える。
信濃は現在、その巨体を地球連合軍スエズ基地に浮かべていた。
多くの地球軍兵士が、港に停泊した巨大戦艦を唖然として見上げている。オーブ軍が誇る世界最大の戦艦を間近で見た事がある兵士はこの中にいないだろうから、当然の反応だろう。
スエズ基地は現在、孤立の危機にある。
先日の戦いで、スエズの喉元に当たるガルナハンをザフト軍に陥とされた事で、陸路における補給線を切断されてしまったのだ。それに合わせてザフト軍は、カーペンタリアとジブラルタルから潜水艦隊を繰り出して通商破壊戦を実施し、海路の補給線も断ち切りに掛っている。
地球連合軍もハンターキラー部隊を出撃させて対処しているが、それでは場当たり的な対応にしかならず、損害をゼロにする事ができないのだ。
このままでは早晩、スエズ基地は干上がってしまうだろう。
更に悪い事にガルナハンの失陥に伴い、周辺諸都市がこぞって地球連合を見限り、プラントよりの政策を打ち出し始めている。
由々しき事態だった。このままでは地球連合は、スエズと言う重要拠点を失うだけではなく、中東から西ユーラシア一帯の支配権も失いかねない。
その状況を打開する為に、同盟を結んだオーブ・セイラン軍に増援を要請したのである。
部隊を預かるネオは、オーブ軍が到着すると早速、副隊長であるラキヤを伴って信濃を訪れていた。
信濃艦橋に入ると、2人はセイラン軍最高司令官に対し、踵を揃えて敬礼した。
「地球連合軍スエズ方面軍司令官、ネオ・ロアノーク大佐であります」
「同じく、副官のラキヤ・シュナイゼル大尉であります」
名乗る2人に対して、席に座っていた司令官は優雅な足取りで立ちあがった。
「これはこれは、ご丁寧に。オーブ軍最高司令官、ユウナ・ロマ・セイランです」
場違いとも思える明るい声で、ユウナも名乗る。
ユウナがセイラン軍指揮官としてスエズにやってきた理由は、言ってしまえば地球軍に対する見栄だった。
何しろ、先の内戦の勃発により、オーブ軍は真っ二つに割れる事態になった。しかも、代表首長が与する側は、大西洋連邦との同盟を真っ向から否定したのだ。
これらの事態により、オーブ・セイラン派は当初の予定よりも大西洋連邦から低く見られているところがある。代表首長を説得できなかった上に、当初の予定していた戦力よりも低くなってしまったのだから、当然の事と言える。
従って、セイランとしては自分達の誠意を形にして見せる必要がある。その為、宰相の息子であり、閣僚にも名を連ねるユウナが最高司令官として赴任した訳である。
最高司令官と言っても、実際にここまで艦隊を束ねて来たのは、信濃艦長に就任しユウナの主席幕僚の座にいるマカベである。彼は先日の第1次アカツキ島沖海戦において大敗し、乗艦だった空母カグツチも失う失態をしたが、セイランの口利きにより、再び最新鋭戦艦の艦長職に返り咲いていた。
ユウナには実戦経験は無い。それどころか、軍事その物に関してはまったくの素人である。カガリのように、軍事教練を受け、実際に戦場に出て銃を手に取った事すらこれまでない。
だが、ユウナ自身は、その事をさほど重要視していなかった。
ユウナの趣味は、古今東西の戦史の研究であり、戦略ゲームのシュミレーションである。それらで得た知識を持ってすれば、勝利を得る事など造作も無い事だった。
「早速、作戦会議に移りたいのですが?」
「ええ、勿論です。こちらへどうぞ」
そう言うとユウナは、ネオとラキヤを海図台のある作戦室へと招いた。海図の上には、スエズから東地中海、更に黒海までの地形を詳細に現わしている。
作戦会議が始まるとネオは、ユウナに対しへりくだった調子で現状を説明していく。
大した役者だ。
その様子を傍らで見ているラキヤは、素直にそう思った。
今回のオーブの参戦に対する地球軍の思惑、は言ってしまえば極力、地球軍の戦力を使わずに温存する事にある。その為にはまず、オーブ軍をザフトにぶつけ、消耗したところを叩き潰すのがベストである。
だからネオは、必要以上にへりくだってユウナをおだてているのだ。どうにかしてオーブ軍に先鋒を引き受けさせるために。
「豚もおだてりゃ木に登る」と言うが、さて・・・・・・
「なぁる、ほど、ね」
ネオの説明を聞き終えたユウナは、勿体付けたように頷き、指揮棒を振り翳す。
「ま、当然、もうこちらの動きも察知されているだろうから? あちらも動き出しているとすれば・・・・・・黒海、マルマラ海、そしてダーダネルスの辺りなど・・・・・・」
言いながらユウナは、指揮棒で地図の上をなぞって行く。
そして、ダーダネルス海峡の一点を差した。
「うーむ、私なら、このあたりで迎え撃つ事にするかなァ? 海峡から出て来た艦を叩いて行けばいいんだから。そう考えるのが最良かと」
「流石、オーブ軍の最高司令官殿ですな。私もそう思いますよ」
おだてるように言うネオの姿に、ラキヤは苦笑を隠すのに必死だった。
そもそも黒海から地中海に抜けるには、そこくらいしか最良の迎撃地点が無い。もう一つのボスボラス海峡は、ザフトの拠点であるディオキアに近過ぎる為、邀撃のポイントとしては不適切だった。
多少の知識さえあれば誰だって思いつく事だったが、その考え自体はネオやラキヤの構想と一致していた為、言いたいように言わせてやっていた。
「ザフトには、あのミネルバがいると言う事だけど、まあ、作戦次第でしょう」
低姿勢のネオに気を良くしたのか、ユウナは更に得意になって話し続ける。
「あれが要と言うなら、逆にあれを落としてしまえば、敵は総崩れでしょうから」
「頼もしいお話です」
ネオは仮面の下の口元に、笑みを浮かべて言う。どうやら、核心に入るつもりらしい。
「では、先陣はオーブの方々に。左右のどちらかに誘っていただき、こちらはその側面を突くと言う形にしましょう」
「ああ、そうですね。それが美しい!!」
ユウナは上機嫌で手を叩く。
どうやら、ネオの思惑には全く気付いていない様子だ。
「海峡を抜ければすぐに会敵になるでしょうけど、宜しくお願いしますよ」
「ええ、お任せください。我が軍の力、とくとご覧にいれましょう」
そう言って笑顔を浮かべるユウナ。
どうやら彼は、予想よりもあっさりと木に登らされたクチだった。
「良いんですか、あんなのが味方で?」
J・P・ジョーンズに帰るなり、ラキヤは皮肉を交えてネオに尋ねた。
思い出されるのは、ユウナのニヤついた顔である。
随分と得意げに「作戦」を披露してくれたが、具体的な事は何一つとして言っていない。ミネルバを叩くと言う方針は結構な事だが、相手は単艦で数多くの地球軍を破っているザフト最強戦艦だ。そんなのを相手に、いったい何をどうするつもりなのか?
正直な話ラキヤは、あんなのを司令官に戴いて戦わなくてはならないセイラン軍の兵士達に、同情を禁じ得なかった。
「良いも悪いも無いでしょ、今更。何だ、随分と否定的だね?」
「役に立たないくらいなら構いませんけど、足を引っ張られるのはごめんですから」
ラキヤが危惧するのは、結果的にセイラン軍が地球軍の足かせとなって作戦の妨げにならないかと言う事だった。
今回の作戦は、中東から西ユーラシアの命運を占う大事な一戦なのだ。絶対に落とす事はできない。
「大丈夫だよ」
対してネオは、軽い調子で答える。
「連中は、どうしても守りたい物があって戦ってるんだ。そう言う奴等は強いよ」
「だと良いんですけど」
ネオの言葉に、肩を竦めるラキヤ。
そのまま艦橋へと入る2人。
するとそこには、見慣れない人物がいて、2人が入ってくるのを待っていた。
「失礼します、ネオ・ロアノーク大佐でありますか?」
「そうだが、君は?」
仮面越しに視線を向けたネオに対し、男と、その背後に立っていた男女2人が揃って敬礼した。
「失礼しました。私は本日付で大佐の指揮下に入ります、ベイル・ガーリアン大尉であります。後ろにいるのは、同僚のラーナ・シルス中尉と、ジャック・ランベルト少尉です」
「ああ、お前さんがたが」
名乗ったベイル達に対し、ネオは納得したように頷く。
昨日、艦隊司令部から、1個部隊の増援がある旨が伝えられていたが、どうやらそれが彼らであるらしい。
敬礼するベイル達に対し、ネオは笑みを向けて言う。
「もうすぐ出撃になるけど、それまで休んでいてくれ。期待してるよ」
「ハッ」
もう一度敬礼し、ベイル達は艦橋を出て行く。
その姿が完全に見えなくなってから、ラキヤはネオに振り返った。
「大佐、彼等は、あの・・・・・・」
「ああ、司令部も厄介な物をよこしてくれた物だよ」
ネオもラキヤが何を言いたいのか判っているのか、苦笑気味に応じる。
ベイル・ガーリアンと、彼の部下である2人のパイロットの事は噂に聞いて知っていた。
徹底したコーディネイター嫌い。戦場での残虐性。それだけならば、ファントムペイン所属としては別に珍しくも無いが、彼等は勝つ為ならば味方を背中から撃つ事もためらわず、その為に戦線を崩壊させた事もあるとか。
ようするに、非常に扱いにくい相手である事は確かだった。
「ま、送られてきた物はしょうがない。このさい、うまく使わせてもらうしかないだろ」
そう言って肩を竦めるネオ。
だがラキヤは、彼等が齎す一抹の不安感を、どうしても拭う事ができなかった。
ネオ達の元を辞したベイル達は、その足で格納庫へと向かっていた。
今頃は、彼等の専用機が収容を開始している頃だった。
「何だか、胡散臭い奴らだね」
顔を顰めて言ったのは、ベイルの背後を歩くラーナである。南アフリカ系の褐色の肌をした女性は、前大戦期からベイルと共に戦って来た相棒のような存在である。
もう1人のジャックは最近になってベイルの下に配属されたのだが、こちらは随分と無口な男である。
彼女が口にしたのは、先刻顔を合わせたネオとラキヤの事である。
「何だって、仮面やらグラサンなんか掛けてんのかね連中は? 格好つけてんのか?」
「知るか。何か顔見られちゃ困るような事でもあんだろ。昔の犯罪者だとか」
「それじゃあ、あたしらも顔、隠さないとねえ」
違いない、と笑いながらベイルは格納庫へは言って行く。
そこでは物資や機体の搬入に大わらわの状態となっていた。
3人はそのまま足を止めず、奥のキャットウォークへと向かう。
「ま、連中の事はどうだっていい。ようは俺達が、気持ち良くモルモット狩りができるかどうか、て事だけだ」
「その点は良いのかい? 向こうは同じファントムペイン。しかも大佐と来た。いざとなったら向こうは、あたし等を命令で押さえ付ける事だってできるんだよ?」
一般の地球軍兵士相手なら横柄な言動が許されるファントムペインだが、今度の上官はベイル達と同じファントムペインなのだ。これまでのようにはいかないかもしれない。
気分良く戦っているところに横から邪魔されでもしたら、とんだ興ざめとなってしまう。
しかしベイルは振り返ると、危惧するラーナに向けて意味ありげに笑みを見せた。
「なあに、戦場では何が起こるか判らん。突然、通信機が故障することだってあるし、命令伝達に支障が生じる事もな」
それは暗に、いざとなったら命令違反をすると明言しているような物である。
彼等にとって、上官がどうであるとか、命令がどうであるとか、などと言う事は一切関係ない。ようは自分達が気分良く戦えればそれでいいのであり、その上で勝ってしまえば、文句を言われる筋合いはないのだ。
だが、それを咎める気はラーナは無い。
「成程ね」
笑みを浮かべるラーナ。
彼等にとって、その程度の事は日常茶飯事であるのだ。
やがて、3人は鎮座している3機の機体がある場所まで来て足を止める。
そこでは、彼等の愛機が戦いの始まりを待ちわびるように、鉄灰色の装甲で佇んでいた。
「何にしても、ここからだ、俺達の戦いは」
そう言って笑みを浮かべるベイル。
その顔には、来るべき「モルモット狩り」に向けて、溢れだすような闘志が見て取れるのだった。
ディオキアのある黒海沿岸は、内海の構造を取っている地中海の更に奥と言う、入り組んだ地形の場所にある。
南岸には旧トルコ領の山岳地帯がそびえ立ち、陸路からの侵攻を困難にしている。
海路から黒海にアプローチできるポイントはただ1つ、イスタンブールに隣接したボスボラス海峡。そしてその先にあるダーダネルス海峡のみである。
ダーダネルス海峡はエーゲ海とマルマラ海を結ぶ海峡であり、全長6キロの長大さを誇る半面、最峡部の幅は1・2キロしか無く、事実上、船舶は1隻ずつ航行するしかない。
言わば、ディオキアにとっては海上防衛の要とも言うべき地点である。
このダーダネルス海峡を守備する為に、ミネルバはディオキアを出港して南下していた。
地球軍が黒海沿岸にアプローチするとしたら、ユーラシア領を介して北部から侵攻するのがベストだろう。開けた平野部の多い黒海北部なら、大軍の展開が容易だから。
しかし一方で、地球軍がスエズに大軍を集結させているのは、既に情報として聞いている。
彼等の北上に警戒するのが、ミネルバの任務であった。
航行する艦に合わせて、心地よい風が吹いて来る。
その風に身を任せながら、アリスはミネルバの甲板に立っていた。
既にスエズにオーブ・セイラン艦隊が入港している事は知っていた。
いよいよ、オーブとの戦いが始まろうとしている。
オーブ。
相手はセイラン軍とは言え、かつて僅かな間、身を置いていた事もある場所である。いざ対峙するとなれば忸怩たる物を隠せない。
それにカガリ。
今やオーブ内戦の片方。政府軍の代表となった少女は、どう言う思いで現状を見ているのだろうか? そして、自国の兵士達と戦おうとしているアリスを、どのように思っているだろうか?
「・・・・・・・・・・・・」
やりきれない思いを込め、天を仰ぐ。
勿論、戦いとなったら手加減する気は無い。例え敵がどんな相手であったとしても、アリスは全力で戦う心算である。
だがそれでも、かつての友達を敵に回す事の何と辛い事か。
その時、こちらに近付いて来る足音に気付いて振り返った。
「・・・・・・あ」
声を上げるアリス。
歩いて来たのは、アスランだったのだ。
「こんな所で、何やってるんだ?」
「・・・・・・アスランこそ」
そう言うと、互いに沈黙してしまう。
お互い、何でこんな所にいるのか判っているのだ。
アリス以上に、あるいはアスランはつらいだろう。
セイラン派とは言え、今度の敵はオーブ軍。かつてL4同盟軍においては共に戦った者達である。
そして勿論、カガリの事もある。その想いはアスランもアリスも同じであった。
「・・・・・・辛いな、お互い」
「そうですね」
2人は揃ってため息をつく。
結局のところ、戦争と言うシステムの中に組み込まれた者同士、お互いどちらかが燃え尽きるまで全力でぶつかり合うしかない、と言う事なのかもしれなかった。
2
「ようし、始めようか。『ダルダノスの暁』作戦、開始!!」
信濃の艦橋において、ユウナの陽気な声が響き渡った。
スエズでの作戦会議を終えたセイラン艦隊は出港後、地球軍艦隊の先方を務めてダーダネルス海峡の先、マルマラ海へと進出していた。
目的は、ザフト軍、ディオキア基地の攻略である。
当然、ザフト軍の迎撃がある事は予想されていたし、その為の準備をしてここまで進撃して来たのだ。
だが、戦闘開始前になって発せられたユウナの言葉を聞いた瞬間、居並ぶ幕僚達は揃って「?」を頭に浮かべた事は言うまでも無い事である。この場にいる全員、聞き慣れない作戦名に戸惑っているのだ。
いったい、我等が司令官殿は何を言い出したのだろう?
一同を代表する形で、マカベが声を掛けた。
「あ、あの・・・・・・ユウナ様?」
「何だ、知らないの? ゼウスとエレクトラの子で、この海峡の名前の由来の・・・・・・」
言いながら、ユウナはやれやれとばかりに首を振る。
「ギリシャ神話だよ。ちょっと、カッコイイ作戦名だろ?」
得意げに言ったユウナ。
作戦開始を前にして、何とも緊張感の無い事である。これから始まるのが、命のやり取りである事すら、彼の頭には無いらしい。
不謹慎にも程があると言えよう。
それを聞いた瞬間、居並ぶ幕僚達は、
「お、おお~ 流石はユウナ様!!」
「いやはや、博識でいらっしゃるッ!!」
「なるほど、確かに作戦名は大事ですな!!」
「何と勇壮な作戦名ッ これなら、この戦い、勝ったような物でしょう!!」
大絶賛していた。
その歓声を聞き、ユウナは満足そうに笑みを浮かべて頷きを返している。
奇異に見えるかもしれないが、ユウナの周りではこれが「当たり前」の事である。何しろ、今回の派遣軍に同行した者たち全員、セイラン家肝いりで幕僚に就任した者達であり、言ってしまえば「譜代大名」みたいなものだ。故に、ユウナの言動は、ここにいる限りすべてにおいて肯定されるべき物なのである。
「よ~し、『ダルダノスの暁』作戦、発動!!」
調子を合わせたように、マカベが高らかに宣言する。
それと同時に、セイラン艦隊は次々とモビルスーツ隊が発進していく。
この戦いにセイラン軍が投入した戦力は、戦艦信濃、航空母艦タヂカラオ、及びイージス艦2隻、護衛艦4隻。機動兵器100機となる。
信濃の艦首甲板に増設されたカタパルトデッキや、タヂカラオの飛行甲板からは戦闘機形態のムラサメが発艦し、イージス艦や護衛艦の後甲板から、シュライク装備のM1が飛び立って行く。
それを迎え撃つように、ミネルバからもインパルスとセイバーが上がり、向かって来ていた。
敵が大軍である事からタリアはこの戦い、長期化する事を予想していた。その為、戦力投入の時期を計る必要がある。
そこで、まずはデュートリオンビームでバッテリー補給が可能なインパルスとセイバーを先行させ、グフとザクは予備戦力として待機させる事にしたのだ。
《行くぞ、アリス。まずは向かって来る敵を排除する!!》
「了解!!」
アスランの指示に答えるとともに、アリスは己の中にある迷いを無理やり忘却する。
戦う以上、迷いがあってはいけない。迷いは即、死に繋がる。それが戦場と言う物だ。
速度を上げて斬り込んで行くアスランのセイバー。
それに続いて、インパルスも突撃を開始した。
オーブ軍のムラサメもまた、速度を上げて突っ込んで来る。
それに対しインパルスは、ビームライフルを放ってムラサメを迎え撃つ。
先頭を飛んでいたムラサメが、インパルスの攻撃を受けて吹き飛ばされる。
それが、戦闘開始の合図となった。
一気に群がって来るムラサメ。
それに対してアリスは、迷う事無くインパルスを敵のまっただ中へと突っ込ませる。
相手が地球軍であっても、オーブ軍であっても対多数戦闘の基本は一緒だ。まずは機体を突っ込ませる。そうする事によって、相手の攻撃を逆に躊躇わせるのだ。
案の定、ムラサメ隊はインパルスを包囲したものの、同士討ちを警戒して攻撃を躊躇う。
そこへ、インパルスは容赦なくビームライフルを浴びせて撃墜していく。
勿論、時々反撃の攻撃が機体を掠めるように飛んで来るが、アリスは冷静にインパルスを動かし、危なげなく回避していく。
及び腰の攻撃など、そうそう当たるものでは無い。
インパルスは更にビームサーベルを抜き放つと、ムラサメ隊の中へと斬り込んで行く。
振り上げる光刃。
一瞬、呆然と滞空しているムラサメの機影に、カガリの姿が重なって見えた。
「クッ!?」
迷いを振り払うようにサーベルを振るい、ムラサメを撃墜するアリス。
迷うな。敵を倒さなければ、自分が、仲間が殺される事になるんだ。
だがそれでも、ここにいる兵士1人を倒すたびに、悲しむカガリの姿が浮かぶのを、どうしても止められなかった。
目を転じれば、機動力を活かしてムラサメ隊を翻弄しているセイバーの姿がある。
それを操るアスランは、アリスに比べれば、まだ割り切っている方だった。
「すまん」
コックピットの中で一言詫びを入れると、躊躇う事無くトリガーを絞る。
その一撃は、ムラサメの翼を破壊して海面に叩きつけた。
更にアスランは、ビームライフルやスーパーフォルテスビーム砲を駆使して、ムラサメを撃ち落として行く。
今回は長期戦になる事が予想されるので、主武装であるが、同時に大量のバッテリーを食うアムフォルタスは、なるべく使わない方針だった。
またたく間に3機のムラサメを撃墜するアスラン。
量産機とは言え、ムラサメはオーブの誇る最新鋭空戦用モビルスーツ。本来であるならば同じ可変機と言う事で、セイバーと性能的には大差が無い。
しかし、そこにアスランと言う超一級のパイロットの腕が加われば、多少の数的有利など無きに等しい物となる。
ビームサーベルを抜き放ち、斬り込んで行くセイバー。
その動きに淀みは無い。
操るアスランの目にも、迷いは無かった。
理不尽な戦いなら、今まで何度も経験してきた。特に先の大戦の中期、敵対するシルフィードのパイロットが旧友のキラであると判った時の葛藤は今の比では無かった。
それに比べれば、今のこれは何程の物でもない。
光刃を振るい、ムラサメを斬り捨てるセイバー。
その鋭い動きに、ムラサメ隊は完全に翻弄されていた。
タリアの作戦は、順調に進行していた。
アリスとアスランは、彼女の期待通りに敵の進行を押さえてくれている。
だが、まだ油断はできない。恐らく後方には、地球軍の艦隊が待機して戦闘に加わるタイミングをはかっている筈なのだ。
これ以上、セイラン軍の相手に時間を掛ける事は出来なかった。
「取り舵30、タンホイザーの射線軸を取る!!」
敵機はアリスとアスランが押さえてくれている。その間にミネルバは、陽電子砲の一撃で持って、一気にセイラン艦隊を殲滅する。
それがタリアの考えた作戦だ。
「海峡を塞がない位置に来たら薙ぎ払う。まだ後ろに、あの空母がいる筈よ!!」
「は、はい!!」
タリアの指示を受けて、アーサーが動き出す。
各個撃破。それがタリアの狙いだった。その為に、まずはセイラン軍を潰す。その後、予備戦力として待機しているハイネ、レイ、ルナマリアを出撃させて総力戦に移行するのだ。
回頭するミネルバ。同時に艦首ハッチが開き、タンホイザーの巨大な砲身が姿を現わす。
「タンホイザー起動、照準、敵護衛艦群。プライマリ兵装バンク、コンタクト、出力定格。セーフティ解除」
タンホイザーの発射準備を進めるミネルバ。
その頃、セイラン艦隊旗艦信濃の艦橋では、ユウナが苛立った声を上げていた。
「何でだッ!? 何でたった2機のモビルスーツを墜とせないんだよ!? もっと追いこめよ!!」
「は、は・・・・・・・」
傍らに控えているマカベは、冷や汗を流して恐縮している。
ザフト軍が繰り出してきたモビルスーツはたったの2機。
しかし、そのたった2機のモビルスーツを相手に、30機のムラサメが圧倒されて攻めあぐねている。
今も、彼等が見ている前で、インパルスの攻撃を浴びたムラサメが爆散する。
こんな馬鹿なッ
こんな筈じゃない。こんな状況は、自分のプランの中には無かった。
指揮官席に座りながら、ユウナは歯ぎしりする。既に、作戦開始前の余裕は完全に失われていた。
味方のモビルスーツが、たった2機の機体相手に手間取るなど、戦闘開始前には考えもしなかった事である。
「モビルスーツ隊、全機発進!!」
苛立ちを叩きつけるように、ユウナは言った。
「1機ずつ取り囲んで堕とすんだよッ そうすればアレだって墜ちる!!」
「し、しかしユウナ様、それでは損害が大きく・・・・・・」
流石にまずと思ったのか、マカベが控えめに反対意見を述べる。
このままセイラン軍単独で戦っても損害ばかりが大きくなる。それよりも、ここは防戦に徹し、地球軍の戦力と糾合すべきだと思ったのだ。
主に事務方や軍政関係の仕事を多くこなしてきたマカベだが、流石にそのくらいの基本戦術は理解していた。
「そんな事してる場合かッ 良いから僕の言うとおりにしろよ!!」
マカベの言葉に対し、ユウナは怒鳴りつける事で押さえ付けようとする。
ユウナの頭の中には、自分が指揮する艦隊が華々しく勝利する事しか無いのだろう。負ける事は考えておらず、勝利とは望めば得られる物だと思っているのかもしれない。
マカベは、僅かに顔を伏せる。
だが、すぐに顔を上げると、ユウナの指示を伝達すべく口を開いた。
その時、
「敵艦、陽電子砲発射態勢に入りました!!」
見張りからの報告に戦慄した。
目を向けると、艦首砲門を輝かせているミネルバの姿がある。
「な、何ィ!?」
驚いて声を上げるユウナ。
狭い海峡での陽電子砲発射。これでは、逃げ場は無く一掃されてしまう。
「面舵20!!」
声を張り裂けて、叫ぶマカベ。
だが、命令伝達を受けても、信濃の回頭は呆れるほどに遅い。
元々、世界最大の巨艦である為、機動力が極端に鈍い事に加え、クルーは配属されたばかりでまだ熟達には程遠い。艦を動かす作業一つ取っても、もたつく有様である。
訓練終了前に引っ張り出してきたツケが、完全に現われていた。
ダメだ、間にあわない。
誰もがそう思った瞬間、
高空より飛来した閃光が、ミネルバのタンホイザーを貫いた。
「な、何だと!?」
驚くマカベ。
同時にミネルバの艦首で、大きな爆発が起こる。充填した大量のエネルギーが、行き場を失いフィードバックしたのだ。
振り仰ぐ一同。
そこには、
陽光に双翼を煌めかせて、舞いおりて来る幻想の戦天使の姿があった。
「あ、あれはッ イリュージョン!?」
「えええッ!?」
マカベの声に、素っ頓狂な声を上げるユウナ。
だが確かに、そこには、あのにくき機体の姿があった。
カガリとの結婚式に乱入し、花嫁を連れ去った機体。
幸せの絶頂にいたユウナを突き飛ばし、一転して哀れなピエロに貶めた存在。
《こちらは、オーブ政府軍である!!》
オープン回線を通じて、声が響いて来る。
《これより我が軍は、この海域にいる全ての敵対勢力に対し攻撃を開始する!!》
PHASE-20「ダーダネルス海峡海戦」 終わり