機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-19「ディオキアの夜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウナ・ロマ・セイランと、ウナト・エマ・セイラン。

 

 オーブ・セイラン派を牛耳る2人は、困窮した表情を突き合わせていた。

 

 先日の第1次アカツキ島沖海戦における大敗により、全戦力の2割以上を一気に失ったセイラン軍は、その後の小競り合いにおいても芳しい戦果をあげる事は出来ず、閣僚や軍内においては、小規模な厭戦気分が起こっている始末である。

 

 良くない傾向だった。

 

 ただでさえ、国民はセイラン派よりも政府軍の方を支持する傾向が強い。

 

 無理もない事だ。向こうにはカガリがいる。何の力もないくせに、前大戦の英雄と言うだけで代表の座についていた(とセイラン親子は認識している)カガリだが、それだけに国民の人気は根強い。潜在的な支持者も含めると、国民の大半はアスハ派だ。一方のセイラン派は、それこそセイランの身内とも呼べる者たちばかりである。

 

 それでも、セイラン軍は戦力的には政府軍を上回っている。元々軍部の6割がセイラン派だったことに加え、セイランは自前の私兵軍団も有している。まともに戦えば政府軍など鎧袖一触になるはずだった。

 

 そして政府軍の戦力に壊滅的な打撃を与えたところで、カガリに降伏勧告を行えば、このくだらない内戦も終結し、セイランの天下は確立される。予定よりも時間はかかったが、それでオーブは安泰になる。そのように考えていたのだ。

 

 しかし蓋を開けてみれば、セイラン派は連戦連敗。今や、僅かな支持すら失いかねない状況に陥っていた。

 

 そこに来て今、更にユウナ達を悩ませる事態が起こっていた。

 

 2人の目の前には、同盟相手である大西洋連邦から送られてきた書類がある。それによれば、先日、ガルナハンでの戦闘で大敗した地球軍は、地中海戦線が危機的状況に陥りつつある。しかし、増援しようにも地球軍は他の戦線でもザフト軍とにらみ合いを続けている為、戦力的な余裕はない。

 

 そこでセイラン軍から戦力を抽出し、スエズ基地へ増援を送るように要請が来たのだ。

 

 要請、と言えば聞こえはいいが、事実上の命令である。向こうは戦力でも国力でも勝っている為、いくらでも居丈高にできる。

 

 そして、同盟を結んだ手前、セイラン軍にはこれを拒否できる立場になかった。

 

「困ったことになった・・・・・・」

 

 ウナトは額に汗を滲ませて、唸るように言った。見れば、向かいに座っているユウナも似たような顔をしている。

 

 確かに、スエズに軍を派遣したとしても、すぐに政府軍に対する戦況が不利になるわけではないが。セイラン軍の兵力にも余裕があるとは言い難い。要求された戦力の抽出を行ってしまうと、戦線の維持が難しくなるかもしれない。

 

「ほんと、カガリもとんでもない時に、馬鹿な火遊びを始めてくれたものだよ」

 

 ユウナは吐き捨てるように言う。

 

 内戦さえ起らなければ余計な戦力抽出に悩む必要も無く、大手を振って軍を送る事ができた筈なのだ。

 

 しかし「火遊び」と言っているあたり、彼らの中ではまだカガリは「無能で無知な子供」という認識が抜けていないらしい。

 

「だが、こうして要請がきた以上、増援を出さないわけにはいくまい」

「そうだね・・・・・・」

 

 何か、自分達の戦力を温存しつつ、それでいて地球軍に対して参戦の義理を果たせるような、見栄えの良い戦力は無いものか。

 

 少し考え込んでから、ユウナは顔を上げて言った。

 

「父上、いっそ『アレ』を使ってみては如何ですか?」

 

 ユウナの脳裏には、先頃完成した、ある物が想い浮かべられていた。

 

 もしかしたら、最低限の戦力分派で、充分な戦果を期待できるかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 唖然とする、とはこの事だろう。

 

 基地の敷地に降り立ったアリス達は、放たれた熱気に当てられて呆然と立ち尽くしていた。

 

 ガルナハンでの戦いを終え、ラドル隊と別れたミネルバは、その足で中東地方を北上、黒海南部沿岸のディオキア基地に寄港した。

 

 スエズへの補給ルートは切断したが、依然として同基地は中東方面軍にとっての脅威である。

 

 地球軍は失地回復を目指して、艦隊を地中海に集結させていると言う噂もある。

 

 ザフト軍が即時に動かせる機動戦力として、ミネルバを東部地中海戦線の最前線であるディオキアへ派遣したのは、自然な流れと言える。

 

 スエズの補給線を切断したとはいえ、それは陸路のみであり、海路の補給線は未だに健在である。勿論、カーペンタリアやジブラルタルの艦隊司令部は直ちにボズゴロフ級潜水母艦を用いた通商破壊戦を繰り出すだろうが、その効果が表すのは、まだ当分先の話である。

 

 その前に地球軍が攻勢に出てくる可能性は充分に考えられる為、ザフト軍としても戦力を補充して警戒に当たっていた。

 

 だがミネルバが到着し、クルー達が艦を降りた時、基地内は場違いな熱気に包まれていた。

 

 兵士達は運動場に集まり、何やら歓声を上げている。

 

 その様子を、アリス、アスラン、ルナマリア、メイリンが唖然として見詰めている。

 

「なに、これ?」

「さ、さあ?」

 

 ルナマリアの問いかけに、アリスは顔をひきつらせながら答える。

 

 控えめに言っても、ザフト軍の最前線基地には見えない。どう見ても、アイドルのコンサート会場だった。

 

 兵士達が集まっている部隊の上には、どぎついピンク色のザクが佇んでいる。

 

 いったい、誰の趣味だろう?

 

 そう思った時だった。

 

《みなさ~ん こんにちは~!!》

 

 底抜けに明るい声が、スピーカーから響いて来た。

 

 それと同時に、歓声が割れんばかりに盛り上がる。いったい、何が起こると言うのだろう?

 

 ステージ上で、一斉にスモークが焚かれる。

 

 それが晴れた時、

 

 ステージ上には1人の少女が立っていた。

 

「あッ!!」

 

 その姿を見て、アリスは思わず声を上げた。

 

 整った顔立ちに、流れるようなピンク色の髪。プラント出身者なら、誰もが知っている可憐な容姿。

 

 プラントの歌姫ラクス・クラインが、そこに立っていた。

 

 流れ出すアップテンポ調のメロディ。それに合わせて、ラクスが歌いだす。

 

 曲は、彼女の代表曲とも言うべき「静かな夜に」だ。もっとも、以前はスローテンポの曲だったが、今歌っているのは、かなりアップテンポ調に改定されているが。

 

 大いに盛り上がる兵士達。

 

「あ、あれ、ラクス・クラインよね? ね?」

 

 驚いて声を上げるルナマリアは傍らにいるアリスの肩を叩こうとして、

 

 動きを止めた。

 

「ラ、ラクス様・・・・・・」

 

 そこには、目をキラキラ輝かせた親友の姿があった。

 

 そこで、ルナマリアは思い出した。

 

 アリスはラクス・クラインのファンなのだ。軍に入る前は追っかけもやっていたくらいである。プラントにある彼女の部屋は、一面、ラクスのポスターやらCDやらで埋め尽くされている。

 

 迷う事無く、兵士の歓声の中へと飛び込んで行くアリス。熱狂を上げる兵士達と一緒になってはしゃいでいる。

 

 その姿を、ルナマリアは頭痛がする想いで眺めていた。

 

「でも、何でラクス様が? ずっと行方不明だったのに」

「そうよね。それに、何か前の雰囲気違うし」

 

 訝るように首を傾げるホーク姉妹。

 

 もっとも、既に熱を上げているアリスの耳には全く届いていない様子だが。

 

 そんな中で1人、

 

 アスランだけは険しい顔を作り、段上で熱狂を浴びて歌う「ラクス・クライン」を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 そんなラクス・クラインのコンサートに盛り上がるザフト軍の様子を、少し離れた場所から覚めた目で見つめている者達がいた。

 

「やれやれ、だな」

 

 車の運転席に座ったスティングがサングラス越しに、熱狂するザフト兵達の様子を見ながら呟く。

 

 その助手席には、同じくサングラスを掛けたラキヤが座り、後部座席にはアウルとステラが座っている。

 

 もっとも、ライブの様子を熱心に見ているのはスティングとラキヤだけであり、アウルは面倒くさそうに頭の裏で手を組んでおり、ステラに至ってはコンサート会場とは逆方向にある海を見てはしゃいでいる。

 

「ほ~んと、何か楽しそうだよね~」

 

 喧騒を横目で見ながら、アウルが気の無い調子で呟く。

 

 彼等は、数日前からディオキアに民間人を装って潜入していた。

 

 既に、ガルナハンで地球連合軍を破ったミネルバが、このディオキアに入港している事は掴んでいる。その動向調査が目的だった。

 

「で、結局、俺等って、まだあの艦を追うの?」

 

 のけ反るような姿勢になったアウルの視界には、ミネルバのブリッジ部分が見えている。この場にモビルスーツがあったら、すぐにでも襲撃を掛けれそうな位置に、暢気に停泊していた。

 

「まあ、そうだろうね。少なくとも大佐はそのつもりらしいよ」

「ふーん、何かめんどくせーの」

 

 説明したラキヤに、やれやれと言った調子にアウルは答えた。

 

 なぜ、あんなたかが戦艦1隻に拘るのか、アウルには理解できなかった。

 

 彼にとって、何かに拘ると言う行為は「カッコウワルイ」と言う事になるらしい。それよりも、やるならやるで、もっとクールにやる事を好んでいた。

 

「俺達にとって重要なのは、この戦争の行く末じゃない。ようは、殺るか、殺られるか、だけだからな」

「・・・・・・まあね」

 

 スティングとアウルが会話している間も、ステラは嬉しそうに声を上げて身を乗り出し、海を眺めている。

 

 その様子を愛おしそうに眺めながら、ラキヤがスティングの後を引き継ぐ。

 

「だけど、ここのところ、負け続けているからね、僕達はずっと」

「負けてないぜ」

 

 ラキヤの言いように、アウルはムッとして返す。

 

 だが、ラキヤはサングラス越しに静かな視線をアウルに向ける。

 

「負けだよ。勝ててないって事は、僕達にとっては負けなんだ」

 

 単一部隊としてのファントムペインは、間違いなく地球連合軍最強部隊である。故に、勝ち続けてこそ、自分達には意味がある。勝ってない事は、イコール負けと言う事になる。

 

 勝てない最強部隊に、存在価値は無かった。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 ラキヤは、ライブを続けるラクス・クラインを眺めながら、訝るように言った。

 

「どうかしたのか?」

「いや・・・・・・」

 

 尋ねて来るスティングに、ラキヤは首を傾げながら言う。

 

「ラクス・クラインって、芸風変わったのかな? 前はもっと落ち着いた感じだったと思ったんだけど」

「いや、知らねえよ。てか、何でラキヤがラクス・クライン知ってんの?」

「あ、いや・・・・・・」

 

 言葉を濁すラキヤ。

 

 スティングが胡散臭そうな目を向けて来るが、無視してシートに深く座る。

 

 だが、サングラス越しの目は、鋭くラクスを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、呆れた物ですね」

 

 タリアは目の前に立つ人物に、皮肉を交えてそう言った。

 

 彼女の目の前には、本来ならこの場にいない筈の男が悠然と微笑みを浮かべて立っているのだ。

 

 男の名は、減プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルと言う。

 

 どうやら、ラクス・クラインの慰問コンサートに合わせて、このディオキアに来ていたらしい。

 

「はは、驚いたかね?」

「ええ、とっても。ま、今に始まった事じゃないですけど」

 

 皮肉半分、愛情半分の笑みをデュランダルへと向けるタリア。

 

 デュランダルが突飛な行動をするのはいつもの事であり、この程度の事でいちいちうろたえていたら、あっという間に白髪になってしまう。

 

 デュランダルは次いで、タリアの傍らに立つレイへと視線を向けて微笑む。

 

「元気そうだね、活躍は聞いているよ」

「ギル・・・・・・」

 

 普段は冷静沈着なレイが嬉しそうに微笑みを浮かべて、デュランダルへと飛び付く。

 

 幼い頃にレイを引き取ったと言うデュランダルは、言わばレイにとっては父親のような存在だ。そのデュランダルに褒められたのだから、彼としても嬉しいのだろう。

 

 テラスにセッティングされたテーブルに着くと、タリアは早速と言った感じにきりだした。

 

「大西洋連邦に何か動きでも? そうでなければ、あなたがわざわざおいでになったりはしないでしょう?」

「そうかな? と言うか、みんなやはりそう思うか?」

 

 そう言って薄く笑うデュランダル。

 

 その顔を見て、タリアは密かに顔を伏せる。やはり、この男は食えない男だった。

 

 そこへ、デュランダルの秘書を務めている、イレーナ・マーシアがテーブルに近付いて来た。

 

 イレーナは、座っているタリアと視線を交わし、少しだけ微笑むとデュランダルへ向き直った。

 

「失礼します議長。お呼びした、ミネルバのクルー4名が到着しました」

「ああ、来たか。通してくれ」

 

 程なく、緊張した面持ちのアリス、アスラン、ハイネ、ルナマリアが入ってきた。

 

 その姿を見て、デュランダルは立ち上がると顔をほころばせた。

 

「やあ、みんな、よく来てくれたね」

 

 デュランダルの目は、アスランへと向けられる。

 

「やあ、アスラン、久しぶりだね」

「そうですね。俺がミネルバ隊配属の辞令を受け取った時以来になります」

 

 硬い表情のまま、アスランは答える。

 

 彼らを招待したのはデュランダルだが、アスラン自身は今日ここに、デュランダルに問いただす事があってやってきたのだ。

 

 アスランの言いたい事が何か判っている。そう言いたげに頷くと、デュランダルは視線を移した。

 

「ハイネとは、ついこの間会ったね」

「あれから色々あり過ぎて、随分前のような気がしますよ」

 

 そう言って苦笑しながら、ハイネは肩を竦める。

 

 ハイネはカーペンタリアに降下する前に、デュランダルと会見している。そこでアスランとタリアのフェイス承認と、中東戦線への参加の辞令を受けた訳である。

 

 デュランダルは更に視線を巡らし、若い少女2人を見やる。

 

「それから・・・・・・」

「ルナマリア・ホークであります」

「あ、アリス・リアノンです!!」

 

 いつも通りハキハキした調子で言うルナマリアに対し、アリスは少し上ずったように名乗る。

 

 それに対してデュランダルは、機先を制するように言った。

 

「君の事は、よく覚えているよ」

「え?」

 

 話を振られ、アリスはキョトンとする。

 

「このところ、大活躍だそうじゃないか。叙勲の申請も来ていたね。結果は早晩、手元に届くだろう」

「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」

 

 戸惑いながらも、アリスは誇らしさと共に答える。

 

 こうして、自分の事を判って、認めてくれる人がいると言う事は、それだけで苦しい戦いを生き抜いてきたかいがあると思った。

 

 やがて、会食が始まった。

 

 会食と言っても、やはりメンツが軍人と政治家であるせいか、話題は戦局に関する物が中心となってしまった。

 

 デュランダルの話によれば、宇宙戦線は月を最前線にして、一進一退の攻防を繰り広げているらしい。

 

 しかし、肝心の和平に関する話は未だに僅かも出ていないと知り、一同を落胆させる。

 

 やはり、局地的な戦闘で一度や二度敗北した程度では、地球軍の足元をぐらつかせる事はできないらしい。

 

 先の大戦においても、中盤までは多少戦況がもたつく事はあっても、概ねザフト軍優位で戦局が推移したのだが、アラスカでの大敗以後、あっという間に土俵中央によりを戻されてしまった。

 

 最終的に負けなければ良い地球連合軍と、勝ち続けなければいけないザフト軍の差がそこにあった。

 

 やがて食事も終える頃、デュランダルが問い掛けるように口を開いた。

 

「なぜ我々は、こうも戦い続けるのか? なぜ戦争はこうまでしなくてはならないのか? 戦争は嫌だと、いつの時代の人も叫び続けているのにね。君は何故だと思う、アリス?」

「えっと・・・・・・」

 

 突然、話を振られて、アリスは戸惑いながらも、少し考えてから答える。

 

「それは・・・・・・やっぱり、戦争をやりたがる人がいるからだと思います。大西洋連邦とか、ブルーコスモスとか・・・・・・」

「ふむ・・・・・・まあ、それもあるかもしれないね」

 

 不正解ではないが、満点ではない。と言う表情でデュランダルは言う。

 

「こう考えてみたまえ。誰かの物が欲しい。自分達とは違う。憎い、怖い、間違っている。そんな理由で戦い続けているのも確かだ、人は。だが、もっとどうしようもない、救いようの無い一面もある。例えば、君達が乗っている機体はそれぞれ、ザフトの最新鋭機だが、今は戦争中だから、そうした新しい機体は工場で次々と作られる」

 

 アリスは、デュランダルが何を言おうとしているのか理解できなかった。先程の質問と、今のデュランダルの説明がどう繋がっているのか判らないのだ。

 

 だがデュランダルは、構わず先を続ける。

 

「戦場ではミサイルが撃たれ、モビルスーツが撃たれ、様々な物が破壊されて行く。だから、工場では機体を作り、ミサイルを作り、戦場へと送り込まれる。両軍ともにね。生産ラインは要求に追われ、追いつけない程だ。その1機、1体の価値を考えてみてくれたまえ」

「議長、そんなお話は・・・・・・」

 

 話についていけていないアリスとルナマリアを気遣うように、タリアがデュランダルをたしなめる。

 

 兵士とは言え、彼女達の前でするには相応しくないように思えたのだ。

 

 だが、それを遮るように、アリスが口を開いた。

 

「でも、戦争だから、それは仕方ないと思います」

 

 戦場では多くの兵力を必要としているのは事実だ。正に1発のミサイルは、兵士1人分の命にも匹敵する。拳銃弾を1発撃つのだってタダでは無いのだ。

 

 アリスの答に対して、デュランダルも頷いて続ける。

 

「その通りだ。だが、それを逆に考える者達もいる」

「逆、ですか?」

 

 意味が判らないアリスに、デュランダルは冷笑と共に続ける。

 

「戦争が終われば兵器が作られないから儲からない。だが、また戦争になれば? 自分達は儲かるのだ。ならば戦争を続けよう。そんな事を考える彼等にとって、戦争はぜひとも続けて欲しい事ではないかね?」

「そんな!?」

 

 そんな、言ってしまえば「他人の死」を商売にしているような人間がいるとは、アリスには信じられなかった。

 

「『あれは敵だ。危険だ、戦おう』『撃たれた、許せない。戦おう』。人類の歴史には、ずっとそう人々に叫び、常に産業として戦争を考え、作ってきた者達がいるのだよ。自分達の利益の為に・・・ね」

 

 それが本当なら、自軍の正義を信じ、仲間を護る為に倒れて行く兵士達の何と滑稽な事か。彼等は皆、そいつ等の金儲けの為に死んでいったような物ではないか。

 

 アリスの中で、どうしようもない怒りが渦を巻くのを感じた。

 

 そんなアリスに、デュランダルは諭すように告げる。

 

「彼等の名前こそが『ロゴス』。今回の戦争にも、間違いなく彼等の影響があるだろう。彼らこそが、あのブルーコスモスの母体でもあるのだから」

「ロゴス・・・・・・」

 

 アリスはゆっくりと、告げられた名前を反芻する。

 

 それこそが、自分達が倒すべき敵の名前。

 

「難しいのはそこなのだよ。彼等に踊らされている限り、プラントと地球はこれからも戦い続けて行くだろう。できる事なら、それを何とかしたいのだがね、私も。それこそが、何より本当に難しいのだよ」

 

 

 

 

 

 会食が終わった後、出席者たちはそれぞれ宛がわれた部屋へと下がっていった。

 

 デュランダルの好意もあり、今日は全員、このホテルに泊まるように言われたのだ。

 

 タリアもイレーナと共に去っていくのが見える。恐らくこの後、女同士で飲み直すつもりなのだろう。

 

 そんな中で1人、アスランは残ってデュランダルと向き直っていた。

 

「ロゴスの話には驚かされましたよ。まさか、そんな事まで掴んでいたとは」

「常に情報は押さえておくものだよ、アスラン」

 

 アスランの言葉に対し、デュランダルは苦笑しながら応じる。

 

「とは言え、彼等と戦うにはまだ足りないのが現状でね。なかなか主導権を握れないのだよ」

 

 言ってから、デュランダルはアスランに向き直る。

 

「もっとも、今君が聞きたいのは、そんな事ではないのではないかな?」

 

 試すようなデュランダルの言葉に、アスランは、僅かに目を細める。

 

 判っているなら話は早い、と言うべきなのだろうが、目の前の男が判っていて勿体付けているのも、アスランには忸怩たる物がある。

 

 だが、話を始めない事には、事態は進みそうも無かった。

 

「では、単刀直入に聞きます」

「うん?」

「あの『ラクス・クライン』はいったい何者ですか?」

 

 宣言通り、アスランは単刀直入に斬り込んだ。

 

 昼間、基地でコンサートを行っていた、明らかに偽物と判るラクス・クライン。

 

 本物のラクスが、今オーブにいる事をアスランは知っている。そもそも、昼間のラクスは、姿こそ似ている、明らかに過去のラクスと比べて違和感の塊である事が判る。

 

 しかし、そのラクスがこうしてザフト軍の基地で慰問コンサートを開いている以上、ただのコスプレ趣味の人であるとは思えない。何らかの影響力を持った人間が背後にいると推察できる。

 

 そして、目の前の人物を見逃す程、アスランも阿呆ではないつもりだった。

 

「そのラクスと言うのは、彼女の事かね?」

 

 デュランダルはそう言うと、暗がりを指し示す。

 

 そこで、アスランは息を飲んだ。

 

 暗がりからゆっくりと歩いて来る人物。それはまさしく、当の『ラクス・クライン』本人であったのだから。

 

 『ラクス』はデュランダルの横に立つと、アスランに向かってニッコリ微笑んだ。

 

「君には紹介しておこう」

 

 そう言って、『ラクス』の肩に手を置くデュランダル。

 

「彼女の名はミーア・キャンベル。私の『ラクス』だよ」

「宜しくね」

 

 そう言ってニッコリ微笑む、ミーアと呼ばれた少女。

 

 そんな2人を、アスランは唖然として見詰める。

 

「君も知っての通り、ラクス・クラインの存在はとても大きい。それは、私の存在すら凌駕するほどにね。だからこそ、今、ラクスの存在が必要なのだよ。我々には」

 

 確かに、ラクスがプラントに持つ影響力は無視し得ない物がある。彼女がその気になれば、デュランダルの勢力圏を一気に塗り替える事も不可能ではない。

 

 デュランダルは、ラクスの持つ政治的な力を恐れ、尚且つそれを自身の力として活用できないかと考えた。

 

 その結果選ばれたのが、虚像としてのラクス。ミーアと言う訳だ。

 

「では、まさか、アスハ代表の声明にあったアッシュって言うのは・・・・・・」

 

 アスランは愕然として呟く。

 

 現在、オーブ政府軍を指揮しているカガリは宣戦布告の際、ザフト軍の新型モビルスーツ、アッシュによる領土侵犯と攻撃があった事を発表している。

 

 勿論、プラント政府はその事実を否定したし、ザフト軍内でもオーブ政府の発表を信じている者は殆どいない。アスラン自身、あの発表には半信半疑だったのだが、今、目の前にいるミーアを見て、ある種の確信が浮かびあがろうとしている。

 

 もしあれが、ラクスを葬り、ミーアと言う「ラクス」を単一の物として確立する為にデュランダルが仕掛けた物だとしたら、全ての辻褄が綺麗に合ってしまうのだ。

 

 そんなアスランに対し、デュランダルはあくまでも静かに語る。

 

「君に、今更綺麗事を言っても始まらないか」

「では、やはり・・・・・・」

 

 アスランの問いかけに、デュランダルは頷きを返す。

 

「確かに、あれは私が仕掛けた物だ。万が一、彼女に事を起こされた場合、我々が窮地に立たされることになるのは明白だからね」

「それは、そうかも知れませんが」

 

 前大戦終盤、あれだけの政治力と求心力を発揮して、烏合の衆に過ぎなかったL4同盟軍をまとめ上げ大戦終結に導いたラクス。加えて、モビルスーツパイロットとしても超一級と来ている。

 

 L4同盟軍その物は壊滅状態となり、戦後になって、名実ともに解散して、構成員たちもそれぞれの道を歩んでいる。しかし中心母体の一つであった「クライン派」は、今も強固な組織を地下に保っており、活動を続けていると言う噂まである。

 

 味方であるときはこの上なく頼もしかったが、もし万が一敵にまわったりしたら、とんでもなく厄介な存在となるだろう。

 

 味方になってくれるならよし。

 

 だが、それにはあまりにも不確定要素が大きすぎる。

 

 先手を打ったデュランダルの先見その物は、見事と言うべきだろう。たとえそれが失敗だったとしても。勿論、元婚約者であり、現在でも友人であるラクスを暗殺されかけたアスランとしては、気分のいい物では無いが。

 

 だからこそ、一言言わずにはおれなかった。

 

「議長、私はあなたのやり方そのものには反対しません。あなたは私に働き場所をくれた。その事にはとても感謝しています。その恩に報いたいとも」

 

 アスランは、真っ直ぐにデュランダルを見詰めて言う。

 

「例の件に関しても、現状を打破する為には実行してみるだけの価値はあると思っています。でも、だからこそ、あなたには尊敬すべき人であってほしい。どうか、私達の気持ちを裏切らないでください」

「・・・・・・・・・・・・憶えておこう」

 

 僅かな沈黙が、デュランダルの中でどのような思考が成されたのか、アスランに推し量ることはできない。

 

 ただ、自分の気持が、彼に伝わっている事を願うだけだった。

 

 

 

 

 

 アスランがデュランダルの元を辞して部屋へと向かおうとした時、後ろからパタパタと走って来る足音があった。

 

「待って、ねえ、待ってよ!!」

 

 足を止めて振り返るアスラン。

 

 その視線の先には、息を切らして走って来るミーアの姿があった。

 

 追いついたミーアは、息を整えながら言う。

 

「足、早すぎよ・・・・・・」

「ああ、すまない。俺に何か用か?」

 

 息を整えたミーアは、顔を上げるとまっすぐにアスランを見据えて言った。

 

「どうして、議長のやる事を否定するようなこと言うの? 議長は、この世界から戦争をなくそうとしているのよ。それなのに・・・・・・」

 

 本物のラクスの比べれば、ずいぶんと直言的な物言いをする少女だと思った。もっとも、本物の方も言う時は言うので、ある意味で似ているのかもしれないが。

 

 しかし、

 

 アスランはミーアの顔を見ながら思う。

 

 顔はおそらく整形で似せているのだろうが、声までそっくりである。これはおそらく、彼女本来のものだろう。もう少し落ち着いた調子で話せば、アスランも見分けをつけられるかどうか自信が無かった。もしかしたら、この声があったからこそ、デュランダルは彼女に白羽の矢を立てたのかもしれなかった。

 

「ねえ、聞いてるの?」

 

 気がつけば、ミーアが少し怒ったようにアスランを見ていた。

 

 それに対して、アスランも苦笑を浮かべる。

 

「ああ、聞いているよ」

 

 こういう仕草は、やはりラクスとはかけ離れているように思えた。

 

「俺は別に、議長のやる事を否定しているわけじゃない」

「え?」

 

 アスランの言葉に、ミーアはキョトンとする。

 

「確かに、本物のラクスを亡き者にしようとするやり方は気分が良いとは言えないし、もしそれで成功していたら、あるいは俺は議長についていくのをやめていたかもしれない。だが、彼の考えそのものには充分賛同できるし、その政策を手助けできる事は誇りに思っている」

「じゃあ、何であんなこと言ったの?」

 

 あんな、デュランダルを否定するような事を言った事が、ミーアには理解できなかった。

 

「物事は、単一の方向から見ているだけでは、見えない事が多い。もっと多角的な視点を持ち、いろいろな意見を取り入れてこそ、より良い結果が出せると俺は思っている。そういう形で、議長に協力していきたいんだ」

 

 そう言うとアスランは、静かな瞳をミーアへと向けた。

 

「君が『ラクス』としての役割を議長から与えられたのなら、俺も君をラクスとして扱う事にする。だから、君は君で議長を支えて行ってほしい」

 

 そう言って、アスランはミーアの肩をたたく。

 

 だが、同時にこの決断が、オーブで戦っているカガリと敵対する道を進むことになるであろうことも、アスランは理解していた。

 

 理解して、それでも歩みを止めるつもりはなかった。

 

 彼女はオーブ、そして自分はザフト。

 

 所属する2つの陣営が敵対すると決めた時、あるいはアスランとカガリの対決もまた、不可避な物となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「セイラン軍、スエズ派遣艦隊を出撃させる」の報告は、アカツキ島の政府軍司令部にも直ちに届けられた。

 

 その報告を聞き、カガリは険しい表情を作る。

 

「ついに、来るべきものが来たか・・・・・・」

 

 その言葉にも、苦みが含まれる。

 

 大西洋連邦と同盟を結ぶ以上、いずれ参戦の要請は来る事になる。

 

 それを避けたかったからこそ、カガリはこれまで、同盟締結には頑なに反対してきたのだ。

 

 にも拘らず、セイラン親子が軍派遣をあっさりと実行してしまった事には、憤りを禁じ得なかった。

 

 最大限好意的な見方をすれば、同盟締結は彼等の基本方針であり、大西洋連邦からの要請を受諾することは仕方のない事だった、と見る事も出来る。

 

 しかし、これから戦場に赴き命のやり取りをする兵士からすれば「仕方ない」では済まされない物がある。

 

「如何しますか、カガリさん?」

 

 そう尋ねたのはラクスである。

 

 ここでは彼女の他に、シン、マリュー、バルトフェルド、エスト、艦隊司令官のトダカ、更に、主席幕僚としてカガリを補佐しているキサカの姿もある。

 

「戦況を考えれば、我々の方から動かないのも手だが?」

 

 そう言ったのはキサカである。

 

 確かに、敵はわざわざ戦力を分割して、防衛線を薄くしてくれたのだ。戦力的に劣る政府軍としては確かに、歓迎すべき事態ではある。

 

「派遣する戦力がどれくらいか、判るか?」

 

 カガリはトダカを見て尋ねる。

 

 報告を聞いてすぐに、カガリは海軍に偵察を行うように命じていたのだ。

 

「はっ 偵察からの報告によりますと、空母1隻、戦艦1隻、イージス艦2隻、護衛艦4隻との事です」

「空母はタケミカズチ級でしょうけど、戦艦?」

 

 尋ねたのはマリューである。

 

 現在、オーブ本国に戦艦は駐留していない。保有している戦艦は全て宇宙ステーション・アシハラにいて、宇宙軍が保有している。セイランが動かせる戦艦はいないはずだが。

 

「いや、待て」

 

 思考を制したのは、バルトフェルドだった。

 

 彼はエストを見て、尋ねる。

 

「エスト、確かオノゴロで建造中だった『参號艦』が、そろそろ完成しているんじゃなかったか?」

「そう言えばそうですね」

 

 エストは淡々とした調子で答える。

 

 参號艦とは大和型宇宙戦艦の3番艦に当たる艦で、大和、武蔵よりも艦載機収容数で優れているのが特徴である。

 

 しかし、

 

「馬鹿なッ」

 

 声を上げたのはトダカだった。

 

「参號艦は、まだ完成して1カ月もたっていません。クルーの訓練も、まだ途上のはずです。とても動かせるとは・・・・・・」

 

 トダカは、途中で言葉を切った。

 

 ある考えに思い至ったのだ。

 

 そんなトダカから引き継ぐように、カガリは口を開いた。

 

「連中、おそらく参號艦を訓練途上で引っ張り出したんだ」

 

 考え込むカガリ。

 

 確かにキサカの言うとおり、ここは見逃した方が戦況は有利に運ぶだろう。少数の政府軍には、戦力を割く余裕もない。

 

 だが、

 

 それでも、

 

「・・・・・・こちらからも、軍を派遣しよう」

 

 静かに、しかし確固たる口調でカガリは言った。

 

 見捨てるのは簡単だ。だが、それではセイランと同様になってしまう。

 

 勿論、軍トップとしての打算もある。戦場がオーブから離れるなら、こちらも積極的に作戦行動が取れる。つまりこれは、受け身一辺倒の政府軍が、攻勢に出るチャンスでもあるのだ。

 

「派遣は少数精鋭にて行う。それに合わせて、準備してくれ」

 

 カガリは居並ぶ仲間達を見据えて、そう言った。

 

 向こうの戦場にはセイラン軍だけでなく、オーブ軍やザフト軍もいる。難しい戦いになるだろう。

 

 だが、同時に今後の戦況を確定する大きな戦いになる予感もあった。

 

 

 

 

 

 白亜の巨艦は、かつてと変わらぬ姿をとどめ、出撃の時を待っていた。

 

 馬が前足を突きだしたような特異な姿をした戦艦は、それゆえにザフト軍から「足付き」というコードネームで呼ばれていた事がある。

 

 元、大西洋連邦軍所属、機動特装艦アークエンジェル。

 

 かつてオーブ所有の資源衛星ヘリオポリスで建造され、当時としては画期的な機動兵器であるXナンバーの母艦として運用を予定されていた戦艦は、数々の激戦と数奇な運命を経て、戦後はこのオーブに身を隠していたのだ。

 

 カガリはスエズ派遣艦隊を追撃するに当たり、このアークエンジェルを使用すると決めた。

 

 少数精鋭で行く以上、半端な戦力は投入できない。艦載機とそのパイロットも厳選し、カガリが最も信頼を置く者達を選び出した。

 

「良いのかよ、本当に?」

 

 搬入されていくイリュージョンを見ながら、シンはカガリに尋ねる。

 

 シンとマユ、そしてイリュージョンも当然のことながら、派遣軍の一員に選抜されていた。

 

 だが、ここまで政府軍がセイラン軍相手に善戦で来ていたのはイリュージョンの存在が大きい。そのイリュージョンが抜けても大丈夫なのか心配なのだ。

 

「こっちだって大変なんだろ?」

「大丈夫だ。一応、お前らが抜けた穴を埋める手立てはある」

 

 そう言ってから、カガリは少し顔を伏せて言う。

 

「済まないが、私は今回、同行する事はできない」

 

 カガリは今、政府軍の代表という立場にある。全軍を指揮し、なお且つオーブの意思を代表する存在でもある。いかに重要な戦線とはいえ、かつてのように簡単に出歩く訳にはいかないのだ。

 

 そんなカガリに対し、シンは力強く笑いかける。

 

「任せとけって。アンタの分も、俺達が戦ってきてやるから」

 

 そう言って請け負うシン。

 

 その姿が、カガリにはこの上なく頼もしく、そして眩しくもあった。

 

 

 

 

 

 やがて、轟音としぶきを上げて、アークエンジェルは飛び立っていく。

 

 あれは、かつてカガリも乗った事がある船。

 

 全ての希望を乗せて、旅立って行く戦艦。

 

 彼等と共に行く事は、もはやカガリにはできない。

 

 だからこそ、カガリは誓う。彼等に対し最大限の支援を行い、そして彼等が返ってくる国を護ると。

 

 洋上を飛翔し、徐々に小さくなっていくアークエンジェル。

 

 その姿をカガリは、島の高台からいつまでも見つめているのだった。

 

 

 

 

 

PHASE-19「ディオキアの夜」      終わり

 


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