1
スエズは地球連合軍が中東の押さえとして建造された基地であり、同方面の地球軍拠点としては最大の規模を誇っている。
要塞化した防衛ラインが幾重にも張り巡らされ、多数のモビルスーツや砲台が、眦を上げて襲来するザフト軍を待ち受けている。
また、海路と陸路における連絡路の整備も行われており、万全の補給体制が確立されていた。
そのスエズ基地に、「ザフト軍動く」の報告が届けられた。
スエズ東方のマハムールには、ザフト軍が前線基地を築いて地球軍と対陣している。
これまで数度行われたザフト軍による攻撃は、全て地球軍の鉄壁の防衛ラインを突破できずに失敗している。
大方の予想で、今度もそうなるだろうと言われていた。
「まったく、懲りない連中ですな」
ソファに座り大仰に肩を竦めた男は、色白の顔をした若い男だった。恐らくは20代前半くらいであろう。燃えるような赤い髪と、歪んだ色を宿した鋭い瞳が特徴的である。
階級章は大尉の物だが、目の前にいる基地司令官の准将を相手に一切物怖じした様子を見せず、足まで組んで大きな態度を示している。
「まあ、今回も連中は、無様な死体を晒すだけに終わるでしょうよ」
「まあ、その意見は否定せんがね」
基地司令は、そんな男の態度を咎めるでもなく、ただ淡々と見詰めて呟きを返す。
ベイル・ガーリアン地球連合軍大尉は、ファントムペインに所属している。その為、基地司令には彼に対する命令権が与えられていないのだ。
故に、ベイルがどれだけ横柄な態度を取ったとしても、それを改めさせる権限は基地司令には無い。それどころか、逆に基地司令の方が罪状を問われる事すらあり得た。
「まったく、あの実験動物共と来た日には、少しはこちらの苦労を考えれば良い」
ベイルは苦い顔を作り、吐き捨てる。
「連中の臭い死体を片付けるのも手間が掛かると言うのに」
「片付けるのは君じゃないだろう?」
皮肉を交えた基地司令の言葉に対し、ベイルは口元を吊り上げて笑みを浮かべる。
「勿論です、司令。それはあなたと、あなたの部下の仕事であり、私の仕事ではない」
厭味を聞かせた斬り返しに、司令官は顔を顰めるしかない。
このファントムペイン所属の若い大尉が赴任してきてからと言う物、終始こんな感じであった。
仕方なしに司令官は、話題を変える事にした。
「・・・・・・・・・・・・噂では、ザフト軍は増援を受けたと言う事だが?」
当然の判断と言える。現有戦力で勝てないのだから、何らかの梃入れはあると考えた方が良い。
だが、基地司令の危惧する言葉も、ベイルは鼻で笑い飛ばす。
「ああ、例のミネルバですか。たかが戦艦が1隻加わったくらい、何程だと言うのです?」
「だが、君もオーブ沖での戦闘報告は聞いているだろう?」
1隻で空母2隻を含む10隻以上の艦を撃沈し、1個艦隊を退けたザフト最強の戦艦。
そんな艦に出て来られたら、いかにスエズと言えども持ちこたえるのは難しいかもしれない。
だが、ベイルは気にすら掛けずに肩を竦める。
「そんな物は、ただの噂でしょう。下らない。戦場に錯綜は付き物です。大方、艦隊の指揮官が取り逃がした失態を隠す為にでっち上げた法螺話でしょう。取るに足りませんよ」
そう言うと、ベイルは立ち上がって窓の方へと近付く。
外では、ザフト軍襲来に備えて出撃準備を急いでいるモビルスーツ隊の姿がある。
「何れにしても、この私がいる限り、確実に仕留めて見せますよ。ミネルバだろうが、コーディネイターの猿どもだろうがね」
ベイルは溢れる自信を隠しもせずに、そう言い放った。
ザフト軍の前線基地であるマハムールから、スエズへと向かうルート上に、ガルナハンと呼ばれる地名の場所がある。
見上げるような岩山と、深い渓谷が点在する複雑な地形が特徴の場所である。
マハムールからは迂回ルートを辿ってスエズへ向かう事になるが、ここはスエズ基地の陸路補給ラインの要となっており、ここを陥落させる事ができれば、スエズ基地を干上がらせる事も不可能ではないとの見解が成されていた。
スエズへの直接侵攻は兵力的に難しいと判断され、敵の補給線へ負担を掛ける作戦が行われているのだ。もしガルナハンを陥落させる事ができれば、スエズ基地への補給は海上輸送一本となり、ザフト軍としてもスエズ封鎖が容易となる訳である。
しかし、マハムール基地に展開するラドル隊は、過去に何度かガルナハン基地に攻撃を仕掛け、そして悉く失敗に終わっていた。
今回ザフト軍は、レセップス級陸上戦艦デズモンド、ピートリー級陸上戦艦バグリィ、そしてミネルバの3隻で艦隊を組み、このガルナハン基地に攻撃を仕掛ける事になる。
しかし、基地には過去にザフト軍の攻撃を退けた2体の「守護神」が存在している。
それをどうにかしない事には、仮にミネルバを投入したとしても結果は変わらないと予想された。
その状況を打開する為、今回ザフト軍は現地ゲリラに応援を要請していた。
ブリーフィングルームでアリス達が着席して待っていると、アスランとハイネ、副長のアーサーが入ってきた。
更に、もう1人。
軍服を着ていない少女が、彼等の後に続いては言って来た。
年齢は13~4歳。アリス達よりも少し下くらいだ。彼女が現地ゲリラからの協力員なのだろうか?
正面の段上に立つと、アーサーはかしこまった調子で言った。
「あー、では、これより、『ガルナハン・ローエングリンゲート突破作戦』のブリーフィングを始める」
宣言してからアーサーは、指揮を執るハイネに説明を代わった。
説明によれば、基地のあるガルナハンの街にこちら側からアプローチできるのは、問題の渓谷1ヶ所のみ。しかし地球軍は峡谷の岩山中腹に陽電子破城砲ローエングリンを配備し、接近するザフト軍艦を片っ端から撃沈していると言う。
先のラドル隊の攻撃も、このローエングリンのせいで一敗地にまみれる結果となった。
だが、長距離狙撃や、接近しての攻撃も効果が薄い。
渓谷には大軍に加えて、地球軍の新型モビルアーマーも配備されている。
「この新型ってのが、なかなか厄介だ。陽電子リフレクターって言うシールドを持っていて、どんな攻撃でもはじき返してしまう。加えて砲自体も、ノコノコ接近すればさっさと格納されちまうから、モビルスーツで近付く事もできない」
言ってからハイネは、壁際に控えているアスランを見た。
「このモビルアーマーってのは、お前等がオーブ沖で戦った奴らだろ?」
「まったく同じ物であるかは判りませんが、似たような物だと思います」
オーブ沖の戦いで、タンホイザーをもはじき返したザムザザーの事は記憶に新しい。どうやら地球軍は、陽電子リフレクター装備の機体を多数量産する事に成功しているらしい。
「あの時は、アリスのおかげで何とかなりましたが」
言われて、アリスは少し顔を赤くしてそむける。そうストレートに言われると、悪い気はしなかった。
そのやり取りを見ながら、ハイネは続ける。
「まあ、今回もアリスの奮戦に期待したいところだが、残念ながら今回は、正面突破は難しい。そこで、絡め手を使う。それじゃあ、ミス・コニール」
声を掛けられ、黙ってやり取りを聞いていた少女は慌てたようにハイネを見上げる。
対してハイネは、優しく笑い掛けながら続けた。
「彼女が、作戦を行うパイロットだ。データを渡してやってくれ」
「こいつが・・・・・・そうなんだ?」
どうやら、彼女がやはり現地ゲリラからの協力者であるらしい。
コニールはアリスを見ると、少し驚いたような顔をした。どうやらアリスが思っていたよりも若く、しかも女であった事に驚いているようだ。
とは言え、驚いているのはアリスも同じである。
現地人のゲリラと言うから、てっきり強面でごついオッサンを想像していたのだが、来たのがアリスよりも年下で、しかも可愛い女の子なのだから。
だが逆を言えば、こんな小さな女の子ですら戦争に駆り出されなくてはいけない程に、状況は予断を許されない物であると言う事か。
コニールはポケットからデータの入ったディスクを取り出すと、アリスに向けて差し出す。
だが、アリスがそれを受け取ろうとすると、コニールは指に力を入れて話そうとしない。
どうしたのだろう?
訝るように顔を上げるアリス。
すると、コニールは何かにすがるような必死の眼差しを、アリスに向けて来ていた。
「どうしたの?」
声を掛けるアリスに、コニールは食いしばっていた歯を解くように言葉を紡いだ。
「前に砲台を攻めた時・・・・・・町は大変だったんだ。それと同時に、町でも抵抗運動が起こったから」
その言葉に、アリスはハッと息を飲んだ。
恐らく彼等は、ザフト軍の作戦成功を見越して、後方撹乱の為に蜂起したのだろう。
だが、意に反してザフト軍の作戦は失敗した。
後にもたらされた結果は、想像するに難くない。
「地球軍に逆らった人達は、滅茶苦茶ひどい目にあわされた! 殺された人だってたくさんいる! 今度だって、失敗すればどんな事になるか判らない!」
コニールは、目に涙を浮かべて叫ぶ。
「だから、絶対にやっつけて欲しいんだ! あの砲台を、今度こそ!!」
それは、彼女の心からの叫びだった。
ゲリラとは言え、彼女はまだ幼い。地球軍に支配されている町から抜け出して、こうしてザフト軍に接触するだけでも命がけだっただろう。
その恐怖を押し殺して、大事なデータを自分達に届けてくれたのだ。
「任せて。必ず成功させるから」
アリスはコニールの肩を叩き、力強く頷いて見せる。
必ず、成功させる。自分達の為にここまで来てくれたコニールや、彼女の仲間の為にも。
その想いを、アリスは新たにするのだった。
2
旗艦デズモンドに座乗するラドル司令より「作戦開始」の号令を受信するとともに、ミネルバは速度を上げて全隊の前へと出た。
敵は陽電子砲を備えている。
その圧倒的な火力に対抗できるのは、艦隊の中でミネルバだけである。
だが、そのミネルバの火力を持ってしても、ローエングリンゲートを容易に突破する事は敵わないだろう。下手をすれば、逆撃を食らってミネルバまで撃沈されかねない。
問題は例のモビルアーマー。これを排除しない事には突破は叶わない。
その問題を解決する為の切り札が、アリスとインパルスだった。
「アリス・リアノン、コアスプレンダー行きます!!」
コールと共に射出される小型戦闘機。
それを追って、チェストフライヤーとレッグフライヤーが続く。
しかし、通常ならそこでインパルスに合体する筈が、3機は合体せずに飛んで行く。
その向かう先には、岩山の麓にできた小さな裂け目を目指していた。
昔の坑道跡であり、地元の人間ですら殆ど存在を知らない場所だ。計算上、コアスプレンダー、チェストフライヤー、レッグフライヤーの各機体なら、ギリギリ通りぬける事ができるとある。
坑道はローエングリンゲートのすぐ真下まで続いているらしい。アリスはここを通り抜け、ローエングリンへ奇襲を行う事になる。
迫る岩肌が、否応なく恐怖感を呼ぶ。
だが、ここまで来た以上、最早やるしか無かった。
「行、け!!」
短く言い放つと、慎重にスロットルを絞って岩の裂け目へと飛び込んだ。
その頃、ガルナハン基地の方でも、ミネルバ以下ザフト艦隊の接近に気付いていた。
直ちに迎撃態勢が取られ、モビルスーツ隊が発進していく。
中で1機、異様な機体があった。
巨大な胴体に、昆虫を思わせる6本の脚。胴体上部にはストライクダガーの上半身と、推進用のスタビライザーが突き出ている。
グロテスクと形容して良い巨体は、通常もモビルスーツよりも明らかに二周りは大きい。
YMAG-X7F「ゲルズゲー」
地球軍が、このローエングリンゲート防衛の要として投入した巨大モビルアーマーである。
「予定通り、出て来たな」
その奇怪な姿を見て、セイバーを駆るアスランは呟いた。
まずは作戦の第1段階は成功だ。あの機体をできるだけローエングリンから引き離し、インパルスが地下から奇襲を掛けるのを援護するのが、この攻撃の目的である。
その時、後方から閃光が迸るのを見た。
奔流が、光となって押し寄せる。
ミネルバが、タンホイザーを発射したのだ。
あらゆる物を粉砕し、粒子の欠片へと吹き飛ばす事が可能なタンホイザー。
しかしゲルズゲーは構わず前へと出ると、陽電子リフレクターを展開した。
命中する光の奔流。
閃光が激突し、視界がスパークを起こす。
しかし、オーブ沖でのザムザザーがそうであったように、ゲルズゲーもまた小揺るぎせずにタンホイザーを受け止める。
逆に、ゲルズゲー後方の砲台に閃光が走ったと思った瞬間、奔流の如く光が迸る。
砲台として備えつけられたローエングリンが、ミネルバに向けて発射されたのだ。
命中すれば、たとえミネルバと言えどただでは済まない。
対してミネルバは、錐揉みするように急激に高度を下げると、射線の下を潜り抜けるようにして回避した。
ホッとしたのも束の間。センサーが前方から多数の機影が接近してくる事を告げている。
《戦闘開始。できるだけ奴等を引き付けろ!!》
ハイネの命令が響く。
今現在、アリスは作戦遂行の為に狭い地下坑道を飛行している筈だった。彼女の支援の為にも、可能な限り地球軍を引き付ける必要があった。
アスランはセイバーを駆って前へと出る。
地球軍もダガーL部隊が次々と飛来して攻撃を仕掛けて来るが、アスランはその攻撃を全て回避し、逆にビームライフルで次々と倒して行く。
後方では、ハイネのグフがドラウプニルを放って、接近するダガーを次々とハチの巣にしている。
地上ではレイとルナマリアのザクが、手にした突撃銃やオルトロスを放っているのが見えた。
数が多い地球軍。
だがミネルバ隊のパイロット達は皆、多くの戦闘を経験して一騎当千の実力を持つに至っている。並みの兵士が相手なら負ける事も無い。
アスランはセイバーのビームサーベルを抜き放ち、ダガー部隊の中へと斬り込んで行く。
セイバーの急激な動きに対抗できず、一刀の元に斬り捨てられるダガー。
見ればハイネのグフも、テンペストを抜き放ってセイバーに続いている。
ザフトが誇る最新鋭機2機と、それを操る特務隊フェイス2人。
その圧倒的な攻撃力を前に、地球連合軍のダガー隊は成す術もなく切り裂かれて行った。
順調に進んでいる。このままいけば、充分に作戦成功は見込める。
そう思った瞬間だった。
突如、嵐のようなビームが、上空から降り注いだ。
「何ッ!?」
上空を振り仰ぐアスラン。
そこには、増援として現れた多数のウィンダムが滞空して、こちらに向かってくると転がった。
「新手かッ!?」
とっさに振り仰ぎ、セイバーのビームライフルを放つアスラン。
ハイネ、レイ、ルナマリアもそれに倣い、迎撃を開始するが、数が圧倒的に多いため、その進行を阻む事が出来ない。
「ハーハッハッハッ 馬鹿な実験動物共め!! 貴様らの浅はかな考えなど、この俺に見抜けない筈がなかろう!!」
高らかに笑いながら、ベイルはビームライフルを放ちながら接近していく。
彼のウィンダムは、黒に塗装されており、一目で隊長機である事が判る。
一斉に攻撃を開始する指揮下のウィンダム隊を見ながら、ベイルは尚も罵り声を上げる。
「貴様等の薄汚い血を地球の大地へと流して浄化させてやるッ ありがたくぶちまけるが良い!!」
高らかに言いながら、自身もライフルを放つベイル。
対してアスラン達は、突如現れた敵の増援を前に作戦の立て直しを迫られていた。
「クッ このッ!!」
後退しながらビームライフルを放つ、アスランのセイバー。
1機のウィンダムがコックピットを撃ち抜かれて落下していくが、その味方の屍を乗り越えるように、新たなウィンダムが向かって来る。
「チィッ!?」
舌打ちすると同時に、アスランはアムフォルタスを跳ね上げて撃ち放つ。
モビルスーツの火力としては上位と言っても過言でない砲撃は、しかし割り込むようにして現われたゲルズゲーに阻まれて、けんもほろろにはじき返された。
舌打ちするアスラン。
敵の大軍に加えて、圧倒的な防御力を誇るモビルアーマーの存在。そしてローエングリン。
正に、鉄壁の防御陣だ。
《アスラン、セイバーの機動力なら、どうにか突破できないか!?》
自身もウィンダムと戦っているハイネから、苦しげな声で通信が入る。向こうも奮戦しているようだが、状況はアスランと同じであるらしい。
それは、レイとルナマリアも同様である。多数の敵に囲まれて身動きができないでいる。
「無理だ、この大軍が相手ではッ」
叫びながら、アスランは機体を翻す。ウィンダムに、背後につかれたのだ。
黒いウィンダム。ベイルの機体である。
背後をとったベイル機は、セイバーめがけてビームライフルを放ってくる。
「どうしたどうしたッ? 逃げるしか能が無いのか、モルモット!! そんなんじゃ、こっちは詰まらんぞ!!」
ベイルのウィンダムの攻撃を、巧みに回避しながら、アスランはセイバーを戦闘機形態に変形させて一気に振り切る。
「もうすぐだ、ハイネ!!」
充分に距離を置いた所で、セイバーは再び人型に再変形、ビームライフルを構えて発射する。
ベイルのウィンダムは、とっさに回避行動を取った為に撃墜を免れたが、彼の背後にいたウィンダムは、フライトユニットを撃ち抜かれて落下していく。
「もうすぐ、状況が変わるッ それまで耐えれば!!」
アスランが言いながら、ビームサーベルを抜き放って斬り込むセイバー。
対してベイルは、巧みに後退しながらセイバーの斬撃を回避する。
「馬鹿めッ 誰が貴様等とまともに戦ったりするものか!!」
せせら笑うように言いながら、ライフルのトリガーを引くベイル。
「いい加減諦めろ、モルモットがッ どの道貴様等は、純粋な人間である我等には敵わん!! ここで醜い躯を無様に晒す事が決まってるんだ!! 俺達の手を煩わせるんじゃない!!」
圧倒的な優位の状況から、勝ち誇ったように叫ぶベイル。
そう、もう既に、地球軍の勝利は動かし難い。
なのに、目の前の連中は無様にあがく。
ベイルにはそれが、不快で不快で堪らなかった。
なぜ、こいつ等はあがくのか? どうせ死ぬことには変わりないのだ。だったらさっさと死んでくれればいい物を。
「これで、終わりだァァァァァァ!!」
叫びながら、ベイルがビームライフルを構えた。
次の瞬間、
爆発が起こった。
「な、何ィィィィィィ!?」
驚愕と共に振り返るベイル。
場所は彼の背後、ローエングリン砲台のある、正にその場所であった。
そこには、
トリコロールに装甲を染めた機体が、敢然と立ち上がっていた。
その頃アリスは、コアスプレンダーを操り、狭い坑道内を飛びぬけていた。
当然だが廃坑になって久しい為、光源は一切ない。その為アリスは、一切視界が利かない中を、センサーだけを頼りに飛行していた。
「これは・・・・・・結構きついかも・・・・・・」
コアスプレンダーの翼端を壁面が擦りそうになるたび、背中に冷や汗が伝い落ちる。
そもそもコアスプレンダーに限らず、戦闘機はこのような狭い場所を飛ぶようには設計されていないのだ。この作戦それ自体が、常軌を逸している事は間違いない。
「でも・・・・・・」
操縦桿を握りながら、アリスはつぶやく。
あのコニールの必死な顔。
あんな小さな女の子が、命を危険にさらして戦わなきゃいかないなんて言う事その物が間違っている。
助けたい。何としても。
その一念がアリスを奮い立たせる。
既に、行程は半ば以上過ぎた。あと少しだ。
その時、センサーが目標地点到達を告げる。正面に見える壁の向こう。あそこを破壊すればローエングリンゲートの裏に出られる。
「行ッけェェェェェェ!!」
アリスはコアスプレンダーのミサイルを壁に向けて発射する。
視界が開け、光が差し込んでくる。
その光の中から、外へと飛び出した。
慌てる地球軍機の姿が見える。
それらを尻目に、アリスはインパルスを合体させる。
今回はシルエットフライヤー装備ではない為、素体のままだが、それでもビームライフルと対装甲レーザーナイフは使う事が出来る。
躍り出ると同時に、ビームライフルを構えるアリス。
素早く一射して、ダガーLを倒す。
しかし、敵もさる物。もう1機のダガーはすぐに体勢を立て直すと、ビームライフルを放って、インパルスの手からライフルを弾き飛ばしてしまった。
「ま、だまだァァァァァァ!!」
アリスは叫びながら、インパルスの対装甲レーザーナイフを抜き放ち、一気に奪取する。
ダガーはすかさず、照準を修正しようとするが、遅い。
アリスはダガーの胸部、コックピットブロックめがけて、ナイフを突き込んだ。
パイロットを失い、動きを止めるダガー。
崩れ落ちる敵機を確認して、アリスはインパルスを振りかえらせる。
これで、護衛は排除した。後は砲台を破壊するだけ。それで、こちらの勝ちだ。
しかし、そう思った瞬間、異変が起こった。危機的状況を察した砲台が、内部に格納を開始したのだ。
「やばッ!?」
ここで格納されてしまったら元も子も無い。折角の苦労がすべて水の泡となり、作戦も失敗してしまう。
チラッと浮かぶのは、コニールの顔だ。
あの少女が絶望に暮れる。
そんな物は、見たくなかった。
「やらせるかァァァァァァ!!」
アリスはとっさに、足元に転がっていたダガーの機体を持ち上げると、インパルスの各部位が悲鳴を上げるのを無視して、今にもハッチが閉じようとしている砲台の中へと投げ込む。
更に、駄目押しとばかりに、胸部のバルカンをありったけぶちこむインパルス。
ハッチが閉じられ、砲台が完全に格納される。
しかし次の瞬間、ハッチが内部から膨脹するように弾け飛び、一気に爆炎に包まれた。
砲台の崩壊は、アスラン達のいる場所からも確認できた。
吹きあがる炎。
同時に、退避するインパルスの姿も見える。
狼煙は上がった。今こそ、反撃のチャンスだ。
「行くぞッ」
鋭く言い放つと、アスランはセイバーのシールドを投げ捨て、同時にビームサーベルを二刀流に構えて急降下。眼下のゲルズゲーを目指す。
閃光が瞬く、二度。
一拍置いて、ゲルズゲーの上半身を構成する、ダガーの両腕が斬り飛ばされた。
間髪いれず、アスランは追撃を掛ける。
アムフォルタスを跳ね上げると、ゲルズゲーが陽電子リフレクターを展開する間も与えずに斉射する。
反撃の手段を失い、リフレクター展開も間に合わないモビルアーマーなど、俊敏なモビルスーツの敵ではない。
その一撃が、ゲルズゲーの巨体を一撃の元に刺し貫く。
次の瞬間、異形のモビルアーマーは爆炎を残して吹き飛ばされる。
ザフト軍の反撃が開始された。
砲台周辺の地球軍陣地には、ミネルバ、デズモンド、バグリィの艦砲射撃が降り注ぎ、砲台を吹き飛ばして行く。
更にレイとルナマリアも、接近して攻撃を行っている。
それに対して地球軍の抵抗は、ローエングリンとゲルズゲーと言う2大兵器を失った事で、完全に崩壊していた。
「おのれッ おのれェェェッ モルモットの分際で、よくもォ!!」
狂ったように叫ぶベイル。
だが次の瞬間、オレンジ色の影が鋭く奔った。
「そらッ!!」
ハイネのグフは、ベイルのウィンダムに接近すると同時にテンペストを一閃する。
その一撃でウィンダムは、右腕をライフルごと斬り飛ばされてしまった。
「チィッ!?」
とっさに踵を返す、ベイルのウィンダム。
「ハッ どの道、ここはもう終わりだ。なら、俺がこれ以上付き合う義理も無い。モルモット共はせいぜい、他の雑魚と遊んでいろ!!」
そう言い放つと、未だに味方の撤退支援の為に奮戦しているウィンダム隊を残して、自分はさっさと戦場から離脱して行った。
ガルナハン基地陥落の報を受け、町は沸き返った。
町中の人々は、自分達の家から飛び出して、それまで支配していた連合軍に反撃を開始したのだ。
連合が接収していた家には石が投げ込まれ、連合の旗は引きずりおろされて焼き払われる。
昨日の支配者が、落日を迎えた瞬間だった。
インパルスのコックピットからその様子を眺めていたアリスは、ふと、皆に担がれている小さな人影に気付いた。
コニールだ。
必死の思いでザフト軍の援軍を呼んで来た彼女は、仲間の男達に肩車されて歩く彼女の顔には笑顔がある。
「良かった・・・・・・」
人知れず、アリスは呟く。
あの子の笑顔を取り戻す事ができた。それがアリスにとって、今回の戦いにおける最大の戦果であったように思える。
だが同時に、アリスは見てしまった。
コニール達がいる場所とは反対側。
少し広めの場所に、1列に膝をついて並ばされた地球軍兵士が、ゲリラ兵士によって頭を撃ち抜かれて倒れて行く。
1人の兵士が頭を撃ち抜かれて倒れた瞬間、アリスは思わず息を飲んだ。
これが「力を持つ」と言う事の意味なのだろうか?
確かにゲリラたちには、復讐をするだけの動機と、意味、そして今や力もある。
彼等にとって、これは「正当な」復讐であり、こうする事によって、自らの悲しみと、死んだ者達の魂を慰める意味がある。
だが、既に抵抗を失った者達を捕えて処刑するという行為が、第三者であるアリスの目から見て、何とも不快感を呼び込む行為である事は確かだった。
そして、それは同時に、先日の自分自身にも当てはまる事に気付いた。
「・・・・・・・・・・・・こう言う、事だったんだ」
愕然として呟くアリス。
今あそこで処刑を行っているゲリラ兵士。それは紛う事無き、先日のアリス自身の姿だった。
力を持つ者は、その使い方も知らなくてはならない。
アスランやハイネが教えようとした事が、今、ようやくアリスにも判り始めていた。
処刑を行うゲリラ兵士達と、笑顔で勝利を祝うコニール達。
どちらも同じ存在である筈なのに、そのあまりの落差に、アリスはめまいが起こる事を止められなかった。
PHASE-18「真実の光と影」 終わり