1
マハムール基地のあるペルシャ湾沿岸は、旧世紀には石油の産出地を巡って幾多の紛争が起こった地域でもある。
紀元前までさかのぼれば、この一帯にはチグリス・ユーフラテス沿いに栄えたメソポタミア文明が栄えた事は教科書にも載っている。
ザフト中東方面軍は現在、このマハムール基地を拠点として、地球連合軍中東方面軍と対峙していた。
しかし、戦況は芳しくない。
地球連合軍はスエズに一大拠点を築き、ザフト軍の侵攻を阻み続けている。
スエズは中東資源地帯の拠点である事もさることながら、交通の要衝であるスエズ運河を擁している。
地中海への進入路であるもう一方、ジブラルタルはザフトの一大拠点となっている以上、スエズは地球軍にとって、絶対に陥とす事ができない要衝である。
その為、スエズには強固な防衛ラインが敷かれ、大軍が展開されている。いかに精鋭を誇るザフト軍と言えど、その防衛ラインの前にはただ時間と命の消耗を重ねていた。
その士気低下著しいマハムール基地に、ミネルバは入港した訳である。
ニーラゴンゴと言う護衛を失いながらも、辛うじて辿り着いたミネルバは早速、作戦参加に向けて機体と艦の整備、及び物資の補給を開始していた。
作業の様子をキャットウォーク上から眺めていたアリスは、ふと、感の外へと歩いて行く人影があるのを認めた。
タリアとアーサー、ハイネ、そしてアスランだ。
その姿を見詰めて、アリスは不貞腐れたように顔をそむける。
彼等、特にアスランの事を思い出すと、叩かれた頬がジンジンと痛んで来る。
『理解できないなら、ハッキリ言ってやる。お前がやった事は、ただの虐殺だ』
『アスランがやらなきゃ、俺がお前を殴ってたぜ』
2人から言われた事が、アリスの脳内で反響する。
何故いけない?
敵は倒した。捕えられていた人達も解放した。全てが丸く収まって万々歳じゃないか。
なのに、それを虐殺なんて言われると、折角良かれと思ってした事なのに、全てが台無しになってしまう。
じゃあ、アスランやハイネは、あのまま敵を放置して基地を完成させ、地域の人達への虐待が続けられた方が良かったとでも言うのだろうか?
そんな事は無い筈だ。絶対に。
と、その時、
「いつまでそうやって、不貞腐れているつもりよ?」
呆れ気味に声を掛けられ振り返ると、そこには腰に手を当てているルナマリアの姿があった。
「言いたい事があるんだったら、直接言ってくればいいじゃない」
「・・・・・・別に、ボクは」
横に並んで寄りかかるルナマリアから逃げるように、アリスはそっぽを向く。
そんなアリスに構わず、ルナマリアは話しを続ける。
「まあ、アリスの気持も判るけどね。あんな風に頭ごなしに言われて、おまけにほっぺまでひっぱたかれたんじゃね。反発したくもなるわよ」
だからそんなんじゃない。と言おうとするアリス。
しかしその前にルナマリアは、からかうような目でアリスを見る。
「ま、そうやって、ただ不貞腐れてる所はガキくさいけどね」
「うるさいな、ルナには関係ないでしょ」
吐き捨てるように言うアリス。
ルナマリアが自分を気遣って、わざわざこんな事を言っているのはアリスにも判っている。
勿論、アスランやハイネもだ。彼等はもっと、目先の事に捉われず、大局的に立てるような視点を持つように言っている気がする。
だが、その対極的な視点とやらが何なのか、今のアリスにはまだ判らなかった。
「それに、ルナだって人の事言えないじゃん」
アリスは、少し強い調子で言う。
「先輩の事だってあるし」
「ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、ルナマリアは体を震わせた。アリスの言った言葉が何を意味するのか、ルナマリアには理解できたのだ。
アリスはそんなルナマリアの様子に気付かずに言葉を続ける。
「ボクは悔しいよ。あの時、ボクにもっと力があったら、先輩を死なせずに済んだかもしれないのに」
「・・・・・・・・・・・・」
「ルナだって、そう思ってるんでしょ。メイリンも・・・・・・」
「アリス」
アリスの言葉を遮るルナマリア。
ハッとして振り返ると、ルナマリアは普段からは想像もできない程に目を吊り上げ、口元を固く結んでいる。
それを見て、アリスは自分が言った事を後悔した。
「ごめん、アリス・・・・・・それ以上は、言わないで・・・・・・」
「あ・・・ル、ルナ・・・・・・」
自分の言葉がいかに彼女を傷付けたか。
苛立ち紛れに放った言葉が、親友の傷口を抉ってしまったのか。
その事に、アリスは今更ながら気付いた。
「ご、ごめん、ルナ・・・・・・」
それは、忘れたくても忘れられない記憶。
力が無かったが故に、助けられなかった、大切な人。
だからこそ、力が欲しかった。誰にも負けないだけの力が。
だが力を持ったら、今度は自分達の行いを否定される。
故にこそ、アリスは今、自分が進むべき道を迷いつつあるのだった。
「・・・・・・ごめん」
短く言い置き、ルナマリアは足早にその場を去っていく。
それを追い掛ける事は、アリスにはできなかった。
2
海洋を進む巨大空母は、よく見れば三胴のトルマリン艦である事が判る。
タケミカズチ級大型空母は、オーブ軍が八八艦隊計画の一環として作り上げた大型空母である。
海上における制空権、および制海権の確保を目指し、地球連合軍のタラワ級、スペングラー級正規空母を上回る艦載機運用能力を目指して建造された空母は、現状、洋上空母としては世界最大の大きさを誇っている。
既に計画された4隻全てが竣工している。内、1番艦タケミカズチはオーブ政府軍所属となったが、2番艦タヂカラオ、3番艦カグツチ、4番艦オモイカネは全てセイラン軍側に回っていた。
「来たか」
そのタケミカズチの艦橋で、艦長兼第1航空艦隊司令官トダカ一佐は、オペレーターからの報告を聞き、低い声で呟いた。
前方に向けられた眼差しは鋭く、それでいて深く澄んでいる。壮年に入った体躯は尚も頑健で、いかにも海の男と言った風情を出している。
見る物が見れば、故トウゴウ元帥の若き日を連想するだろう。
彼はオーブ政府軍における、唯一の海上航空戦力であるタケミカズチを預かる者として、洋上における戦闘の指揮を任されていた。
オーブ政府軍の洋上戦力は2個艦隊。トダカ率いる第1航空艦隊と、高速水上砲戦部隊である第2護衛艦隊である。
対してセイラン軍は、2個航空艦隊に3個水上艦隊を擁し、戦力的には政府軍を圧倒している。
だが、内戦突入より半月近くは、両軍ともに主だった動きを見せる事無く、互いに睨み合いの日々が続いていた。
何しろ相手は同じオーブ軍。敵味方に分かれたとはいえ、本来は同じ旗を仰ぐ者達だ。彼らで無くても、銃口を向ける事に躊躇いを持つと言う物だ。
しかし、この日、ついに状況は動いた。
進まぬ戦況に業を煮やし、セイラン軍艦隊はオノゴロを出港し北上、政府軍本営のあるアカツキ島を目指して進撃を開始したのだ。
その情報を察知したカガリ以下オーブ政府軍首脳部は、トダカを司令官として迎撃艦隊を差し向けた。
この段に至り、オーブ内戦は本格的に幕を開けた事になる。
「敵モビルスーツ隊、接近。数約100。熱紋照合、M1、及びムラサメです!!」
「やはり、やらねばならんか」
オペレーターの報告を聞きながらトダカは、静かに目を閉じて呟く。
相手は同じオーブ人。できれば戦う事無く済ませたかったのだが、やはりそうもいかないらしい。
「艦長、既に全部隊、出撃準備できております」
副官のアマギ一尉が、緊張に満ちた顔で報告して来る。
向こうがやると言うのなら、こちらも迎え撃たねばならない。
トダカは頷くと、顔を上げた。
「全艦、対艦、対空、対モビルスーツ戦闘用意!! モビルスーツ隊は直ちに発進!!」
トダカの命令を受けて、戦闘機形態のムラサメが次々と飛行甲板を滑走して上空に舞い上がって行く。
更に、後続のイージス艦の後甲板からは、シュライク装備のM1アストレイが舞い上がる。
これは従来のM1の強化案の1つで、バックパックの両側に回転翼付きの翼を装備した物である。ムラサメに比べると、機動力でも後続力でも劣るが、飛行甲板無しでも離着陸できると言う利点があった。
そして、
エレベーターを使って飛行甲板に上がってきた機体を、トダカは頼もしげに見詰める。
あの機体こそが、政府軍の切り札であり、今後の戦況を占う上での核となるべき機体だ。
タケミカズチのコックピットに上がったイリュージョン。そのコックピットにはパイロットスーツを着込んだアスカ兄妹の姿があった。
今回の海戦に際し、カガリはイリュージョンを第1航空艦隊へ配備した。
イリュージョンの戦闘力は圧倒的であり、この機体に追随できる機体は今のオーブにはいない。その為カガリは、この一戦で可能な限り流れを政府軍側に傾けてしまおうと考え、イリュージョンの投入を決めたのだった。
「マユ、システムの方はどんな感じだ?」
「うん、大丈夫。前に乗った時より、上手く扱える感じだよ」
シンの質問に、マユは元気に答える。
イリュージョンのシステムはここ数日、リリアが付きっきりで調整してくれた。その為、以前はキラとエストに合わせて調整されていたOSも、今は完全にシンとマユに合致する物に調整し直されていた。
これで名実ともに、イリュージョンはシンとマユの愛機になった訳である。
やがて、シグナルが灯り、リニアカタパルトがオンラインになる。
「行くぞ、マユ」
「うん、お兄ちゃん!!」
頷き合う2人。
同時にイリュージョンのPS装甲が、蒼に染まった。
「シン・アスカ」
「マユ・アスカ」
「「イリュージョン行きます!!」」
加速して打ち出される機体。
イリュージョンは純白の双翼を広げ、蒼天へと舞い上がった。
政府軍とセイラン軍の最初の激突は、互いにモビルスーツを繰り出しての空中戦から始まった。
中でも機動力の高いムラサメは、自軍から突出する形で先行し、相手を射程に捉えるとともに砲門を開いていく。
同志討ちを避けるという目的もあるのだろう。セイラン軍の機体は全て、塗装が緑色に変更されているのが見える。
政府軍側のムラサメが、巧みな連携を示してセイラン軍の機体を撃破する。
かと思えば、セイラン軍のムラサメが火力を集中させることで圧倒し、政府軍の機体を破壊する。
状況は一進一退の攻防戦となる。
しかし、それはある意味異様な光景だった。
味方の機体はムラサメ、敵もムラサメ。機体の色以外は性能も形状も全くの同じ。
まるで鏡写しのような戦闘が、オーブ北方海上にて展開されていた。
死闘は、海中でも行われている。
先の大戦後期には最新鋭機として名を馳せたM1だったが、今では続々と登場する新型機を前に旧式化が著しくなりつつある。
その事を憂慮したオーブ軍は、M1の延命化を図る為、いくつかの強化案を打ち出した。
その内の1つが、水中戦型M1である。
M1Mと名付けられたこの機体は、各部署に水中航行用のスケイルアーマーを装備、バックパックと脚部には水中戦用のスラスターを装備、センサーもソナー兼用の物に換装。更に左腕にも、方向転換用のスラスターを装備している。武装としてはフォノンメーザーライフル1基、肩には3連装超音速魚雷発射管を備え、接近戦用武装としてはストライクAにも使われている対装甲実体剣を装備している。
その性能は事実上ザフト軍のグーンを上回り、ゾノと同等とまで言われている。
ただ欠点として、元々M1は水中戦に対応した設計がされていないと言う事もあり、深海への潜航能力は得られなかった。しかし、元々オーブ軍の戦略が専守防衛である事を考えると、深海航行能力を付加する意味は薄く、海上戦の主力としては充分な性能を満たしていると言う評価を受けていた。
その両軍に所属するM1Mが、互いの艦隊の間で激しく砲火を交わし、海中を容赦なく撹拌し、海底を衝撃で抉って行く。
M1の開発コンセプト宜しく、水中では高い機動性を発揮するM1Mだが、それだけに撃墜された時は悲惨である。
何しろ、エンジンやコックピットに食らおうものなら、一撃の元に爆砕されてしまう。
また、浸水でも引き起こそうものなら、コックピット内は一瞬で冠水してしまう。その場合、機体が無傷に近くてもパイロットが溺死してしまい、機体はそのまま海底に横たわってパイロットの墓標と化すのだった。
しかし、やはり数は力であるというべきか、時間が経つごとにセイラン軍が押し始める。
セイラン軍は政府軍の倍以上の兵力を繰り出してきている。しかも同じ性能の機体を使っているとなると、結果はおのずと決まってくる。
翼を打ち抜かれて、墜落していく機体。コックピットを破壊されて爆際する機体が続出する。
政府軍の戦況が不利に傾きかけた、
その時、
双翼を戴く幻想の戦天使が舞い降りた。
「2時、6時、11時の方向、味方が苦戦してるよ、お兄ちゃん!!」
「任せろ!!」
マユのオペレートにしたが、イリュージョンを駆るシン。
右手にはビームライフル。左手にはビームガトリングを展開して構えると、味方の機体を攻撃中のセイラン軍機に向けて砲門を開く。
その圧倒的な攻撃速度に、セイラン軍の兵士は全く追いつく事が出来ない。
気付いた瞬間には、既に3機のムラサメが武装や頭部を破壊されて、後退を余儀なくされていた。
シンは更に、イリュージョンが腰に装備した2本のラケルタを抜き放つと、ムラサメの編隊へと斬り込んでいく。
勿論、ムラサメも反撃する。
接近するイリュージョンに対し、編隊を組んだムラサメが一斉にビームライフルを撃ちかける。
嵐のように迫りくる閃光の奔流。
しかし、ただの一撃すら、イリュージョンを捉える物は無い。
接近するとともに、2本のビームサーベルを振るうイリュージョン。
それだけで機体の腕や足、頭部を斬り飛ばされる機体が続出する。
圧倒的だった。
そもそもイリュージョンは先の大戦時、あの悲惨を極めたオーブ防衛戦以降、常にオーブ軍の先頭に立って戦い続けた、言わばオーブの守護神ともいうべき機体である。
ただ1機で劣勢を支え、数多の敵機を退けたイリュージョンには、畏怖と敬意が入り混じった感情を抱かずにはいられなかった。
ティルフィングを振り翳し、政府軍の先陣を切って斬り込んで行くイリュージョン。
長大な大剣が蒼空に旋回する度、ムラサメは翼や頭部、武装を斬り飛ばされて海面へと落下していく。
イリュージョンが開いた突破口。
そこへ、政府軍機が突入していく。
当初はセイラン軍が優勢に進めていた戦況が、イリュージョンの参戦によって、徐々に土俵中央に押し戻しつつあった。
セイラン軍の一部の機体は、イリュージョンの防衛線を迂回して、後方で待機している第1航空艦隊へと迫りつつあった。
敵の主力を引き付け、別動隊で敵の母艦を叩く。兵力に勝るセイラン軍ならではの戦法であると言える。
艦隊に接近したムラサメが、抱えて来た対艦ミサイルを解き放とうとした、正にその時。
出し抜けに、艦隊から猛烈な対空砲火が打ち上げられた。
《な、何だこれは!?》
《艦隊の攻撃じゃないぞ!?》
凄まじい対空砲火の壁に、ムラサメ隊は攻めあぐねる。
この時、タケミカズチの甲板には、特殊な装備を持ったM1が6機、鎮座していた。
両腕には巨大なビームガトリングを装備、腰にはビームキャノン、肩の張り出しと足にはそれぞれミサイルランチャーを装備している。
この重武装型の機体は、対空戦用M1である。
発想自体は先の大戦の折には既にあったのだが、機動力の低下やエネルギーの消耗等の問題が浮上した為、採用を見送られていた機体である。
しかし戦後になって海軍が再建されると、艦隊防空用の機体として採用された。同時に武装を瞬時にパージして身軽になれる機構が設けられ、更にエネルギー問題に関しては艦のコンジットに直接接続する事で解決していた。
6機が備えるガトリング砲や、ミサイル、砲弾が次々と上空のムラサメへと発射される。
その強烈な弾幕を受け、炎を上げて撃墜される機体も少なくないが、しかし、多くの機体はそれでも尚、タケミカズチ目指して突き進んで来る。
何しろ、政府軍が保有する唯一の正規空母である。これさえ撃沈できたら、政府軍の洋上作戦能力は大幅に低下する事になる。
甲板上で対空射撃を行っていたM1が1機、ビームの直撃を受けて爆発炎上する。
更に1機、直撃を受けて吹き飛ばされるに至る。
しかし、ムラサメ隊にできたのはそこまでだった。
後方から放たれる閃光が、今にもタケミカズチに攻撃を仕掛けようとしていたムラサメの頭部や武装、翼を次々と吹き飛ばして行く。
後方を転じれば、滞空する1機の機体が翼を広げて向かって来ている。
タケミカズチが攻撃を受けている事を知って、イリュージョンが引き返して来たのだ。
「照準修正、右に5度ッ うん、そこだよ!!」
「よしッ!!」
マユがデュアルリンクシステムの未来予測を使って敵の動きを先読みし、それに従ってシンが的確に機体を操る。
290ミリ狙撃砲を構えたイリュージョンは、長距離であるにもかかわらず、ムラサメの各部位を的確に破壊、戦闘力を奪って行く。
撃ち洩らしは無い。
ただし、逃れられた機体もまた、存在しない。
全てが撃墜、大破を免れながら、ただ戦闘能力だけを的確に奪われていた。
「頃合いだな」
戦況を見守っていたカガリは、司令席に座りながら呟いた。
当初は怒涛の勢いを持っていたセイラン軍も、イリュージョンの参戦によって、既に各戦線に破綻が来たし始めている。
それに伴い、政府軍もまた各戦線で反撃を開始している。
戦況は、カガリが思い描いた通りに進んでいる。今こそ、勝敗を決する時であった。
「予備隊に出撃命令を出せ」
「ハッ」
カガリの命令を受けて、アカツキ島の滑走路で待機していた部隊が、次々と離陸して行く。
イリュージョンの攻撃を受ければ、敵の戦線は必ず破綻を生じる筈。そこへ、予備隊として保持していた部隊を投入し、一気に敵を追い落とし勝敗を決する。
それが、カガリの思い描いた作戦だった。
この予備隊に所属するM1には、シュライクとは違う飛行ユニットが装備されていた。
M1Sと呼ばれるこの機体は、以前、モルゲンレーテで整備した事があるシルフィードの戦闘データを元に開発された空戦型のM1である。装備その物は通常型のM1と変わらないが、大きく左右に張り出したスタビライザーを装備しているのが特徴である。
これもM1強化案の1つであるが、その後、より機動力の高いムラサメがロールアウトした為、少数生産で終わった機体である。
しかし、兵士には長く親しんだ機体であるM1をベースにしている為、その戦闘力は確実性が高い。戦力不足の政府軍としては、多少旧式化していても、実戦に耐えるなら戦線投入すべきとの声が高まった為、部隊が編成されて出撃したのだ。
ただし、流石に役割分担が成され、最前線で敵の攻勢を支えるのは最新鋭のムラサメが担当し、M1Sは掃討目的の追撃戦で使用される事となった。
そのM1S部隊の先頭に立つ機体は、シルエットはムラサメと酷似している。
しかし脚部のスラスターと翼は大型化し、戦闘機形態の機体下面には大型の大砲を備えている。
XMVF-M12S「ライキリ」
ムラサメをベースに、機動力と攻撃力を大幅に強化した機体である。
開発者はリリア・クラウディス。彼女の、技術者として初の成果となる。
《良いエスト、その機体はオリジナルのムラサメよりも、だいぶ燃費が悪くなってるから、そこだけは気を付けて》
「判りました」
通信機から聞こえて来たリリアの声に、エストは静かに頷きを返した。
エストは今、青紫に塗装した専用のライキリを駆り、再び戦場へ立っていた。
元々ライキリは、ロールアウト前のテストを控えていた機体である。その為、エストの出撃は、ライキリの実戦テストも兼ねている。
そのエストは、モニターの端に映っている機体を眺めながら飛行する。
イリュージョン。
かつてエストが、相棒であり、最愛の人でもあった少年と共に乗っていた機体である。
今、イリュージョンは新たな乗り手と共に、戦場の空を舞っている。
だがエストは、これで良かったと思っていた。
自分の相棒はこの世でただ1人、キラ・ヒビキだけであり、彼以外の人間と組む気はエストには無い。
かと言って最強の機体を地下で眠らせておく事は、政府軍にとって宝の持ち腐れである。シンとマユがあの機体を使えるなら、積極的にそうすべきだった。
速度を上げ、エストはセイラン軍へと向かう。
既にイリュージョンの攻撃で戦線が破たんしていたセイラン軍は、防御を固めつつ後退を開始していた。
そこへ、エストのライキリは真っ先に斬り込んで行く。
機首部分に装備した72式超高インパルス砲を発射。今にも背中を向けて退避しようとしていたムラサメを撃破する。
新手の接近に気付いたセイラン軍も、反転して迎え撃とうとする。
そこへエストは、ライキリを駆って斬り込んだ。
敵の真っただ中に突入すると同時に、人型へ変形。右手にはビームライフル。左手にはシールドと一体になったインパルス砲を構えて、次々とセイラン軍の機体を撃ち落として行く。
後続してきたM1S部隊も、戦闘を開始している。
性能的にはムラサメに劣るM1Sだが、セイラン軍は既に戦線崩壊によって部隊同士の連携に齟齬が生じ始めている。その為、後続部隊として戦線に加わった為、充分な連携攻撃ができているM1S部隊を相手に、次々と討ち取られて行った。
エストは更に、対艦刀ムラマサを抜き放つと、片っぱしから逃げようとするムラサメを斬り倒して行く。
それに対してセイラン軍は、碌な抵抗も示す事はできない。
この戦場においては既に、勝敗は決しようとしていた。
セイラン軍艦隊を率いるホウジ・マカベ一佐は、次々と齎される報告に、顔面が蒼白になる思いだった。
既に出撃したムラサメの4割が喪失。2割が何らかの損傷を負って戦闘不能と判断されている。
それに対して政府軍に与えた損害は2割にも達していない。
「馬鹿な・・・・・・」
悪夢だった。
圧倒的多数の戦力を擁し、ただ一戦で勝敗を決する筈が、蓋を開けてみれば良いように翻弄され、戦線はズタズタにされて壊滅寸前の状態だった。
「なぜ、このような事に・・・・・・」
マカベが呟いた瞬間だった。
「敵機、我が艦隊上空に侵入!!」
「熱紋照合、これは・・・・・・イリュージョンです!!」
その報告に、マカベはハッと顔を上げた。
イリュージョン。
前大戦の英雄であり、オーブの守護神とも言うべき機体。そしてユウナ・ロマ・セイランの結婚式からカガリ・ユラ・アスハを連れ去った憎き機体。
セイラン家から、最優先で撃墜するように言われている存在が、セイラン軍艦隊の上空に姿を現わした。
だが、今、艦隊はほぼ丸裸に近い。
マカベは少数の政府軍が艦隊を襲う可能性は低いと考え、直掩用の機体まで攻撃に投入してしまい、セイラン艦隊の上空は完全にがら空きとなっていたのだ。
今や各艦は、それぞれの艦が保有する対空火器のみが、己を護る唯一の手段と化していた。
「う・・・撃てッ 撃ち落とすんだ!!」
狂ったように叫ぶマカベ。
同時にセイラン艦隊から、上空のイリュージョンへ向けて激しい対空砲が打ち上げられる。
だが、嵐のように吹き上げて来る火線を冷静に見極め、シンは的確にイリュージョンを操って行く。
「マユ、射撃最適データを!!」
「判った!!」
シンに言われ、マユは予測演算から割り出した射撃用データを前席へと送る。
それに伴いシンはマルチロックオンを起動、同時にイリュージョンは狙撃砲を構える。
「行っけェェェェェェェェェェェェ!!」
引かれるトリガー。
間断なく、狙撃砲から閃光が放たれる。
その攻撃は、イージス艦の後部推進機を、空母の飛行甲板を、あるいは艦首部分を破壊して、戦闘能力や航行能力を奪って行く。
マカベの旗艦であるカグツチも例外ではない。
イリュージョンの狙撃砲によって飛行甲板に大穴を開けられ、艦尾に撃ち込まれたビームによって推進機も破壊されて漂流を始めている。
「飛行甲板、大破!!」
「機関損傷ッ 速力8ノットに低下!!」
「機械室故障ッ 全火器使用不能!!」
「ダメコン班より報告ッ 左舷より浸水発生ッ 復旧には時間が掛かる見込み!!」
次々と寄せられる報告が、カグツチが艦としての機能を奪われてしまった事を現わしていた。
「ええい、脱出だ脱出!! 急いで艦を離れろ!!」
喚くように言い放つと、マカベは先頭切ってブリッジを出て行く。
それを見て、他の兵士達も慌てふためいて自分達の司令官に倣う。どの道、艦載機運用能力も航行能力も奪われた空母など、素晴らしく大きな的でしか無い。
他のクルー達も、我先にと救命艇を下ろして艦を離れる者。それすら待てない者は甲板から身を躍らせて海へ飛び込んで行く。
その間にも、イリュージョンはセイラン艦隊上空を飛びまわり、次々と生きている艦に狙撃砲を撃ち込んで行く。
撃沈した艦は無い。
しかし、ものの5分の間に、航行可能な艦は殆どいなくなってしまった。
生き残った艦は、オノゴロ方面に向けて一目散に逃走して行くのが見える。
「こんなものかな」
その様子をイリュージョンのコックピットから眺めながら、シンはやれやれとばかりに呟いた。
視界の彼方には、我先にと逃げ帰って行くセイラン艦隊の残存部隊の姿がある。イリュージョンの性能なら、追撃を掛けて全滅させる事も不可能ではない。
しかし、シンはそれをやろうとはしなかった。
カガリから「あまりやり過ぎないように」と言う指示を受けている。
理由としては、この戦いがただの戦争では無く、「内戦」であると言う点にある。つまり、勝手も負けても、オーブが受ける傷は深くなるだけで、一切の利益は無い。
その為、政府軍としては相手の殲滅よりも「追い返す」事を念頭に戦わねばならなかった。
誠に、内戦という物は、戦争の中でも特に厄介である。何しろ、やればやるほど国が弱くなるのだから。
同様の理由で、政府軍側から積極的に攻め込む事はできない。セイラン軍はオノゴロヤヤラファスなど、人口密集地帯を押さえている。その為、政府軍の側から彼等の勢力圏へと攻め込めば、最悪、一般人をも巻き込んでの市街戦になりかねない。それだけは是が非でも最優先で避けねばならなかった。
現状、政府軍が取れる手段は、アカツキ島を中心に護りを固めて、来襲するセイラン軍を撃退する事だけである。
しかしそれでも、今回の戦いで来襲したセイラン艦隊を半壊に近い損害を与えて撃退する事に成功した。これで暫くは、連中も積極的な攻勢に出てくる事はできないだろう。
「さて、帰るか、マユ」
「うん」
頷き合うアスカ兄妹。
彼等を乗せて、イリュージョンはゆっくりと旋回し、後方で待機している味方艦隊の方へと戻って行った。
3
夕日が沈もうとする中、補給作業は引き続き行われている。
スエズを護る地球連合軍は強大であり、少数のザフト軍にとって、戦況は予断を許される状態では無い。
ミネルバも数日の内には出港し、友軍支援に向かう事になる。
ミネルバの甲板から作業の様子を眺めながら、アリスは湧き上がる、どうしようもないくらいの自己嫌悪に身を焦がしていた。
折角、自分を気遣ってくれたルナマリア。
彼女を傷付けてしまった事が、どうしようもない後悔となってアリスを縛っていた。
大切な親友なのに、
自分が持て余してしまった苛立ちを、そのままぶつけてしまった。
「・・・・・・・・・・・・最低だよね、ボク」
呟く独り言と共に、瞳からは涙があふれて来る。
あんな事を言えば、ルナマリアが傷付くと判っていたのに。
悔しいのは自分だけでは無い。ルナマリアや、メイリンだって想いは同じなのに。
そんな事も忘れて、ルナマリアに当たってしまった自分が恥ずかしかった。
ゆっくりとした足音が近づいて来たのは、その時だった。
「ここにいたのか」
ハッとして、顔を上げる。
相手はアスランだった。正直、この間の事もある為、一番会いたくない相手である。
とっさに踵を返し、その場から離れようとするアリス。
だが、
「そうやって、逃げるのか?」
背後から声を掛けられ、アリスは足を止める。
振り返ると、アスランは手すりに寄りかかるようにしながら、アリスに話しかけていた。
「逃げるって、別に・・・・・・・・・・・・」
だが、そこから先が続かない。
確かに、この状況を見れば、アリスの方が逃げているようにしか見えない。
アスランは続ける。
「俺から逃げ、ハイネから逃げ、答えから逃げ、ルナマリアから逃げ、お前は一体どうするつもりなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
答えられないアリス。
逃げるつもりはない。と反発するのは簡単だ。だが、それで自分が進むべき道が変わる訳ではないだろう。
アスランは立ち上がると、真っ直ぐにアリスを見る。
「アリス、俺はお前がインド洋の戦いでやった事を、全て頭から否定するつもりはない」
「え?」
アスランの意外な言葉に、アリスは思わず相手の顔をマジマジと見やる。あの時、あれほどの叱責をして、おまけのほっぺまでひっぱたいておいて、今更何を言うのか?
困惑するアリスに、アスランは諭すように言う。
「行為自体は、全く認められない。あの時言ったように、あれじゃあただの虐殺だ」
だがな、
アスランは微笑を浮かべながら続ける。
「誰かを助けたい。誰かを護りたいって君が思う気持ちその物は、決して間違ってはいない。だからこそ、その気持ちをどこに向けるのか、あるいは、自分が持つ力をどう使うのかを考えて行って欲しいんだ」
誰かを護りたい。
そう思う心は、確かにアリスの中にある。むしろそれこそが、アリスの想いの源泉であると言える。
だが、自分の力をどう使うのか。それが今のアリスには判らない事だった。
「アスランには・・・・・・」
試みるように、アリスは尋ねてみる。
「判っているんですか、その答が?」
尋ねるアリスに対して、アスランは苦笑しながら首を振る。
「俺も、まだ考え中だよ」
言ってから、アスランはアリスを見て言う。
「だが、前の戦争の時に、ある人からこう言われた事がある。『殺したから殺されて、殺されたから、また殺して、それで最後には本当に平和になるのか』ってね」
「殺したから殺して、殺されたから、また殺して・・・・・・」
アスランの言葉を反芻するアリス。
確かに、それでは無限に続く負の連鎖だ。果てしなく続いて行った先では、何も残らない不毛な憎しみが延々と続いて行くだけだった。
負の連鎖はどこかで止めなくてはならない。それこそが、力を持った人間の義務なのではないだろうか?
アリスは今、ほんの少しだが、自分の道が見えたような気がした。
まだ殆ど、霞が掛かったように見えない。だがそれでも、足元を照らす仄かな明かりが点灯したような気がした。
「何にしても、護りたい物があるから戦っているのは変わらない筈だろ。君も、俺も、そして彼女もな」
「え?」
「彼女」と言われて顔を上げるアリス。
そこには、甲板に出て手を振っているルナマリアの姿があった。
「アリスー!! 何やってるの!? 食堂行くわよ!!」
どうやら、食事の誘いに来たらしい。その様子からは、先程の事など無かったかのように、溌剌とした様子のルナマリアの姿があった。
眩しいくらいに前向きな性格。
それこそが、ルナマリア・ホークと言う少女の魅力であると言えた。
「さて、俺達も飯にしよう」
そう言うと、アスランも歩き出す。
その背を追って、アリスもまた、親友の待つ場所へと駆けだした。
PHASE-17「道まだ半ば」 終わり
今回登場したM1の強化案のうち、M1Mと、M1Sは杉やんさんのアイディアによるものです。(対空型のみ私の案です)