機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-16「迸る炎は己を焦がす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステラはブー垂れていた。

 

 地球連合軍の航空母艦J・P・ジョーンズは現在、ザフト軍の戦艦ミネルバが出港したという情報を得た為、その迎撃の為に南下している。

 

 その出撃を前にして、少女は不満顔だった。

 

「いいなー、みんな・・・・・・ステラだけお留守番・・・・・・」

「しょうがねえじゃん。ガイア飛べないし、泳げねえし」

 

 不満タラタラなステラに、アウルが冷たく言い捨てる。

 

 折角今日は、みんなと「せんそー」にお出かけできると思っていたのに、蓋を開ければ居残りを命じられた。ステラには、それが不満だったのだ。

 

 しかし、今回の戦場は海の上となる。単体で飛行可能なカオスやストーム、水中戦用に作られたアビスはともかく、陸戦用の機体であるガイアでは戦い所が無かった。その為、ステラには味方基地の防衛が言い渡されていた。

 

 そんなステラの頭を、スティングが優しく撫でる。

 

「海でも見ながら良い子で待ってな。好きなんだろ?」

「・・・・・・うん」

 

 一応は頷くが、やはりまだ納得できない様子のステラ。みんなは行くのに、自分はいけないと言うのが、どうしても嫌なようだ。

 

 そんなステラに、ラキヤはサングラスの奥から優しく笑い掛ける。

 

「僕達はみんな行っちゃうけど、大丈夫、ステラに助けてほしくなったら、ちゃんと呼ぶから」

「ラキヤ・・・・・・」

 

 可哀そうだけど、こればかりは仕方が無かった。

 

 そこへ、ネオが歩いて来るのが見えた。

 

「俺も、ステラと出られないのは残念だがね」

「ネオ!!」

 

 その声を聞き振り返ると、ステラは仮面を付けた上司へと駆け寄って、その軍服の裾を引っ張る。

 

 自分にじゃれついて来るステラに対して、ネオは仮面から覗く口に、優しい笑みを浮かべて言う。

 

「だが、仕方ない。何もないとは思うが、後は頼むな」

「・・・・・・うん」

 

 ネオの言葉に、ステラは俯いて引き下がる。

 

 普段はステラにとかく甘い一面があるネオだが、やはりこればかりはどうしようもない事だった。

 

 ステラとしても、父のように慕っているネオにまで言われては、従うしかないと判っているらしい。

 

 ガイアが抜けるのは戦力的にも痛い事だが、ネオは既に近場の基地と交渉して、防衛戦力として駐留していたウィンダム30機と、そのパイロットを徴発している。

 

 その基地と言うのは、対カーペンタリア攻略用の秘密基地として密かに建造が進められており、そこの戦力も本来、むやみに動かす事ができない類の物である。

 

 しかし、ここにファントムペインの強みがあった。

 

 ブルーコスモス盟主ロード・ジブリールと言う後ろ盾を持つファントムペインは、一般の地球軍部隊に対して上位命令権を有している。その為、どんな戦力であっても、強制的に指揮下に収める事ができるのだ。

 

 それ故、ファントムペインに所属する各部隊は、必要最低限な基幹戦力だけを持って移動し、支援戦力は現地調達する。と言うやり方ができる為、他の部隊には無い機動力を有しているのだ。

 

「いやー お前さんも悪いね。あっちこっち引っ張り回しちゃって」

 

 ネオはラキヤに、そう言って笑い掛ける。

 

 ラキヤはブレイク・ザ・ワールドの後、ネオの使いで月基地に赴き、そこでレイモンド・クラークの要請でプラントへ赴き、フォックス・ノット・ノベンバーに参加。敗北後は月にとんぼ返りして今度は地球に降下と、ここ数カ月の間、随分慌ただしい日々を送って来たのだ。

 

「一応言っときますけど、僕は大佐の使いっぱじゃありませんからね」

「判ってるよ、んな事。で、アレはどうなった?」

 

 ネオの言う「アレ」とは、ラキヤが月から運んで来た物の事である。

 

 奪取したセカンドステージシリーズのデータを元に開発した試作型の装備である。事に今回持って来たのは、地上における戦術の幅を広げる事も期待される。

 

「でも、大丈夫ですか? 地上での使用例はまだない装備ですけど」

「ま、何とかするさ」

 

 ラキヤの懸念に対し、軽い調子で答えるネオ。

 

 対してラキヤも、苦笑を浮かべてしまう。

 

 本当に、この男が言うと何とかなってしまいそうに思えるから面白い。まるで、ネオには不可能な事なんて何もないかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修理を終えたミネルバは、カーペンタリアを出港後、進路をインド洋方面に取っていた。

 

 目的は、地球軍スエズ基地攻略を目指している中東方面軍支援であった。

 

 先の大戦以後、ユーラシア連邦内部では大西洋連邦に弱腰な政府を非難する声が強まっている。特に西側地域に分離独立を叫ぶ声まで上がるようになっていた。

 

 元々、ユーラシア西側は、旧世紀にはヨーロッパの名称で呼ばれ、多くの国々が分立する地域であり、ユーラシアとは別の政治形態を有していたのだ。それだけに古くから独立を目指す声は強かったが、それが近年になって噴出した感がある。

 

 それに対し地球連合軍は、武力を用いた鎮圧を行っており、地域住民に犠牲者が出ているらしい。

 

 ザフト軍は独立を支援すべく軍を派遣しているのだが、地球軍の堅固な防衛ラインの前に苦戦を強いられているらしい。

 

 ミネルバは、その支援の為に赴く事になる。

 

 スエズ戦線支援ならば、カーペンタリアからミネルバが行くよりも、宇宙軍の戦力を降下させた方が早いと思うのだが、ともかくも、命令である以上行かない訳にはいかなかった。

 

 だが、アーモーリーワン出港時に比べれば、戦力も充実している。

 

 艦載機はインパルス、セイバー、グフ、ザクが2機。全て、ザフト自慢の新鋭機だ。加えて今回、ボズゴロフ級潜水母艦のニーラゴンゴが、グーンを搭載して海中から付き従っている。

 

 高速艦であるボズゴロフ級は、水上航行するミネルバにも追随する事ができる。ニーラゴンゴが護衛についてくれたおかげで、水中の防御も強化された事になる。

 

 航海は順調に進むかと思われた。インド洋はザフト軍の勢力圏である事を考えれば、地球軍と言えど大ぴらには手出しはできない。

 

 だが、出港からほどなく、異変は起こった。

 

「艦長!!」

 

 熱源モニターを見ていたバートが、タリアに向かって叫ぶ。そこには接近しつつある多数の機影が捉えられていた。

 

「熱紋照合、ウィンダムです。数は30!!」

 

 偶然、哨戒していた敵に捕捉された訳ではない。明らかにこちらを待ち伏せしていた感だ。

 

 更に、バートの報告は続く。

 

「更に熱紋照合、敵編隊の中に、カオス、他1機を確認!!」

 

 その報告に、タリアの顔に緊張が走った。

 

「つまり、あの部隊だってわけね」

 

 アーモリーワンを襲い、カオス、アビス、ガイアを強奪した部隊。まさか、こんな所に来てまで縁があるとは思わなかった。

 

「付近に母艦は!?」

 

 30機ものウィンダムを運ぶのには、必ず大規模な空母機動部隊が必要になる筈である。

 

 しかし、その影はどこにも見えなかった。

 

「まさか、またミラージュコロイドか?」

「海上で? あり得ないでしょ」

 

 アーサーの言葉を、タリアは即座に否定する。ミラージュコロイドは大気圏内での使用にはとことん向かない。地上では作動時間が短くなる上に、噴射炎や船の航跡、駆動音は消せないからだ。

 

「あれこれ言っている暇はないわ。ブリッジ遮蔽、対モビルスーツ戦闘用意。ニーラゴンゴとの回線固定!!」

 

 タリアは手早く指示を飛ばして行く。

 

 詮索は後回しだ。今はとにかく、向かって来る敵を迎え撃たないといけない。

 

 ブリッジが装甲艦橋へと下がり、戦闘モードへと移行していく。

 

 それと同時に、格納庫では艦載機の発進準備が進められていた。

 

 

 

 

 

 空中で合体を終えたインパルスに追随するように、セイバーとグフが脇に着く。

 

《インパルス、セイバー、グフは発進後、敵機を迎撃。ザクは別命あるまで待機してください》

 

 アナウンスに伴い、3機はミネルバの前方を護るように展開する。

 

 既に視界の彼方では、蒼い空に染みを付けたような黒い点が見えている。

 

 地球連合軍が繰り出したウィンダムの大編隊だ。その大きさが急速に拡大されている事から、かなりの速度で接近してきているのが判る。

 

「良いか、なるべくミネルバから離れるんじゃないぞ」

 

 ハイネから指示が飛ぶ。

 

 ハイネは隊長等の呼称は要らないと言ったが、やはり戦う以上は統一指揮を執る人間は必要になる。そこでやはり当初の予定通り、アスランは身を引き、隊長職は新たにハイネが引き継ぐ事になった。

 

 傍から見れば、ハイネが後から来てアスランのポストを奪ったようにも見えるが、アスラン自身の考えとして、ハイネは先任隊長であるし、何より自分が指揮官であるよりも戦士であると自認している事から、この決定はむしろ歓迎しているくらいだった。

 

「俺は正面を押さえるから、アスランは右舷を、アリスは左舷を頼む!!」

《了解!!》

《了解です!!》

 

 ハイネの指示に従い、散開する3機。

 

 その様子は、接近する地球連合軍からも確認する事ができた。

 

 特に目立つのは、先頭切って向かって来るオレンジ色のグフだろう。

 

《また新型か。カーペンタリアで? ザフトはすごいねえ》

 

 先頭を行くネオは、感心半分、呆れ半分と言った感じで言う。確かに、矢継ぎ早に新型機を繰り出して来るザフトの技術には、舌を巻く物がある。

 

 そのネオは今回、赤紫色に塗装した専用のウィンダムでの出撃であった。

 

《フンッ あんな物!!》

 

 吐き捨てるように言うと、スティングのカオスが速度を上げて突っ込んで行く。

 

 それに合わせるように、ウィンダム部隊も速度を上げ始めた。

 

「じゃあ、僕はあっちの赤いのをやります」

《そんじゃあ、俺は白だな。お互い頑張ろうか!!》

 

 言い放つと同時に、ラキヤのストームとネオのウィンダムも加速し始めた。

 

 向かって来るウィンダムの大軍に対し、インパルス、セイバー、グフがそれぞれ散開して迎え撃つ。

 

 インパルスとセイバーはビームライフルを放ち、向かって来るウィンダムを的確に撃ち落として行く。

 

 勿論、ウィンダムも反撃にビームライフルを放つが、高機動の2機を捉える事ができない。

 

 逆に反撃を食らって、撃破される機体が続出する。

 

 更に、注目すべき点は、ハイネのグフだろう。

 

 グフは腕に装備されているドラウプニル4連装ビームガンを放ち、ウィンダムを撃破していく。

 

 これは速射性能に優れたビームガンで、射程距離はビームライフルに劣るが、速射能力が高い為、中距離以下では高い威力を発揮する。

 

 襲いかかろうとするウィンダムは、グフの反撃を食らって次々とハチの巣にされて行く。

 

 その時、緑色の機体が襲い掛かってくるのが見えた。

 

 とっさに、機体を振りかえらせるハイネ。

 

「こいつ、奪われた機体か!?」

 

 ドラウプニルを放つグフ。

 

 だが、カオスは高機動を展開して、奔流のように向かって来るビームを回避する。

 

 グフも新型機だが、カオスもまた新型である事に変わりは無い。

 

「いくら新型だからって、俺が全部落としてやるよ!!」

 

 スティングが叫ぶと同時に、モビルアーマー形態のまま、ビームライフルと兵装ポッドで攻撃を仕掛ける。

 

 対してハイネも、機体を急速に後退させて回避する。

 

 そこへ追撃して来るカオス。

 

 機体を人型に変形させると、脚部のビームクローを展開して、グフへと蹴りかかる。

 

「おらッ 食らいやがれ!!」

 

 振り翳される斬撃。

 

 その一撃を、グフはシールドで受け流す。

 

「舐めるなよ!!」

 

 体勢を崩すカオスに対し、ハイネは素早く前に出ると同時に、右腕のスレイヤーウィップを繰り出した。

 

 一閃される鞭。

 

 対してカオスはビームライフルを構えようとするが、その前にグフの鞭がライフルの銃身に巻きついた。

 

「クソッ!?」

 

 スティングは悪態をつき、とっさにライフルを離す。

 

 次の瞬間、ライフルは電流を流されて負荷が掛かり、爆発する。

 

「こいつッ よくも!!」

 

 熱くなるスティング。

 

 カオスはそのままビームサーベルを抜いて斬り込んで行く。

 

 対してグフも、盾の裏からテンペスト・ビームソードを抜き放って迎え撃つ構えを取る。

 

「舐めるなよ、ザクとは違うのだよ、ザクとはッ」

 

 不敵に言い放つハイネ。

 

 次の瞬間、両者は互いの剣を振り翳して激突した。

 

 

 

 

 

 ライフルモードのレーヴァテインを放ちながら接近して来るストームに対し、アスランのセイバーは機先を制するようにアムフォルタスを放つと、戦闘機形態に変形しその場から離れる。

 

 セイバーは一気に上昇して雲の中に隠れると、ストームの未来位置めがけてビームライフルを放った。

 

「こいつッ 雲の中から!?」

 

 舌打ちするラキヤ。

 

 放たれるセイバーの攻撃に対し、シールドを翳して後退しつつ、レーヴァテインで反撃するストーム。

 

 だが、当たらない。

 

 アスランは雲を利用して撹乱しつつ、ラキヤの狙いを巧みに外していた。

 

 そして、砲撃が途切れた一瞬の隙を突き、セイバーは雲の中から躍り出た。

 

 ほとんど垂直に近い急降下。手には、ビームサーベルを握り、振りかざしている。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちして、機体を後退しセイバーの斬撃を回避するラキヤ。

 

 セイバーの刃は、ストームのコックピットを掠めるようにして過ぎていく。

 

 背中を向けたセイバー。

 

 そこへストームは、レーヴァテインを向けて放つ。

 

 しかし、ロングビームライフルの放つ閃光は、深紅の機体を捉える事はない。

 

 ビームが届くよりも一瞬早く、アスランはセイバーを再び戦闘機形態にして、その場から飛び去っていた。

 

 ストームは前大戦中期、空中戦を想定して開発されたシルフィードの後継機に当たる。その為、空戦能力は現行のザフト機よりも高く設定されている。

 

 しかし、セイバーもまた、空中における機動力を考慮して開発された機体である。むしろセイバーは戦闘機形態への変形機構を設ける事で、より高い機動性を実現している。直線機動における速度や加速力などは、ストームを凌駕していた。

 

 幾度かの戦闘でその事を理解していたアスランは、一撃離脱に徹する戦術でストームと対峙していた。

 

 戦闘機形態で加速しつつ、一気に旋回を掛けるセイバー。

 

 間合いに入ると同時に人型に変形し、勢いのままにビームサーベルを抜いてストームへ斬りかかる。

 

 対抗するように、ストームもレーヴァテインを対艦刀モードにして迎え撃つ。

 

 互いの剣がシールドで防がれる。

 

「クッ!?」

「グゥッ!?」

 

 刃の織りなすスパークが、互いのモニターを焼き、視界を明滅させる。

 

 離れる両者。

 

 同時にストームがビームガンを、セイバーがビームライフルを相手に放つ。

 

 しかし、やはり閃光は互いを捉える事無く、両者は再び空中戦へともつれこんでいった。

 

 

 

 

 

 1機だけ、紫色のウィンダムがいる事に気付いた瞬間、そいつはまっすぐにインパルスに向かってきた。

 

 しかもそのウィンダムは、他の機体を一気に追い越して迫って来る。

 

「こいつ、速い!?」

 

 アリスはとっさに、インパルスのビームライフルを放って迎え撃とうとする。

 

 しかし、それに対してウィンダムを操るネオは、巧みな機動で向かって来る閃光を回避し、インパルスとの距離を詰めて来た。

 

「さて、新装備の威力、見せてもらおうか!!」

 

 言い放つと同時に、ジェットストライカーの下に装備した円筒形の砲台2基を切り離した。

 

 有線によって機体と繋がれたそれは、改良を重ね、大気圏内でも使用可能となったガンバレルである。

 

 元々、地球連合軍のドラグーン開発は、ザフトに比べて立ち遅れているのが現状だった。特に、ドラグーンを操る為に必要な技能である高度な空間把握能力を持つ人間は希少であり、また、能力の低さを補助する為のインターフェイス開発が行き詰っている事が原因として上げられる。ストームに搭載予定だったドラグーンが見送られたのも、それが理由である。

 

 しかしカオスの機動兵装ポッドは、インターフェイス改良が行われ、空間把握能力が低くても扱えるドラグーンシステムが開発されている。これを得た事により、地球連合軍のドラグーン技術も促進されるはずだった。

 

 ネオのウィンダムが装備したガンバレルは、その先行試作型である。ただ、欠点として、大気圏内でも使用できるように推力を強化した結果、予定よりも大型となり2基しか搭載できなかった事、量子通信の技術はまだ完璧とは言えず、完全な無線通信ではなく、有線制御を主とし、無線制御は補助的に使用される事になった事があげられる。

 

 しかし、これまで大気圏内では使用できなかったガンバレルが、使用可能になったのは大きな前進だった。

 

 その予想していなかった攻撃に、アリスは思わず息をのむ。

 

「クッ!?」

 

 辛うじて回避には成功した物の、ビームはインパルスの肩を掠めていく。

 

「大気圏内で、ドラグーンッ!? そんな・・・・・・」

 

 スラスターを全開にして、射線から逃れようとするインパルス。

 

 しかしネオはビームライフルと2基のガンバレルを駆使して、執拗にインパルスを狙ってくる。

 

「悪いが、付き合ってもらうぞ!!」

 

 不敵につぶやくとともに、攻勢を強めるネオ。

 

 それに対してアリスも、インパルスのビームライフルを放って果敢に反撃するが、直線的な攻撃しかできないインパルスでは、変幻自在なガンバレルに対抗できない。

 

「クッ これじゃあ!?」

 

 飛んでくるビームをシールドで防ぎながら、後退するしかないインパルス。

 

 その機影は、徐々に母艦であるミネルバから引き離されつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上では、ミネルバが盛んに対空砲火を打ち上げて、接近するウィンダムを阻んでいる。

 

 アリス達の奮戦もあって、未だにミネルバに取り付いた機体は無い。このまま行けば、切り抜ける事も不可能ではないだろう。

 

 しかし、疑問は尽きない。

 

 これだけの大軍を展開するとなると、必ずどこかに基地なり母艦なりがいるはずなのだが、その影すら未だに掴めずにいた。

 

 タリアは先ほど、ニーラゴンゴの艦長とその事を協議したところだが、向こうはタリアの考えを頭ごなしに否定してきた。

 

 ニーラゴンゴの方でも母艦の存在は確認できていないし、このようなカーペンタリアの間近に敵が基地を築くなど考えられない、と。

 

 頭が痛くなる。

 

 では、この大軍は、海の中から湧いて出たとでも言うのだろうか?

 

 母艦を確認できないのは、こちらの索敵が甘いからであり、このようなカーペンタリアの近場だからこそ、戦略的に基地を作る意味があるのだというのに。

 

 だが、考えているうちに、事態は更に変化を呼んだ。

 

「艦長、海中からモビルスーツ接近!! これは、アビスです!!」

 

 その報告に、思わず舌打ちする。

 

 海戦だというのに今まで、敵に奪われた水中戦用モビルスーツの存在を失念していたのだ。

 

「レイとルナマリアに水中戦用の準備をさせて。準備でき次第発進!!」

 

 タリアはメイリンに指示を下す。

 

 ミネルバには水中戦を想定した機体が無い。ニーラゴンゴにはグーンを積んでいるが、グーンではアビスに敵わないだろう。

 

 馴れない水中戦ではレイとルナマリアに申し訳ないが、とにかく出さないわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 グーンは遠目に見ると三角形の形をし、先端が尖っているため、イカのような印象を受ける。

 

 その姿を見て、アウルは落胆したようにつぶやく。

 

「な~んだ、雑魚じゃん」

 

 グーンは前大戦初期でこそ、水中における機動力を遺憾なく発揮して制海権を我が物としたが、やがて地球軍も水中用モビルスーツの開発に成功した事で一気に巻き返され、終盤になる頃には既に旧式化が著しかった機体である。

 

 代替機であるアッシュが量産を開始した事で、間もなく戦線から姿を消すであろうが、今はまだ、ザフト軍水中用モビルスーツの主力を務めていた。

 

 突き進んでくるグーンを見据え、不敵に笑うアウル。

 

 対してアビスは、潜航形態で一気に接近すると、直前で人型に変形、直進するグーンに対してランスを振るう。

 

 その一撃で、切り裂かれて爆発するグーン。

 

 残った2機のグーンは、ノロノロと旋回してアビスに向き直ろうとする。

 

 だが、アウルはその前にアビスを急接近させ、2機目のグーンをランスで叩き斬る。

 

「アハハー ごーめんねー 強くってさー!!」

 

 3機目のグーンが、アビスから遠ざかろうとしている。遅ればせながら、距離を置いての火力戦に切り替えようというのだろう。

 

 だが、その前にアビスはシールドから高速誘導魚雷4発を放つ。

 

 必死に回避しようとするグーンだが、機動力は魚雷の方が圧倒的に早い。

 

 あっという間に直撃を受け、撃破される。

 

「へへーんだ」

 

 せせら笑うアウル。この程度の敵を倒すことくらい、彼にとってはお遊び以下でしかなかった。

 

 そこへ、センサーがさらなる機影の接近を告げる。

 

 赤と白のザク。アウルにとってはよく見なれた機体だ。

 

 ミネルバから発進したレイとルナマリアは、水中のグーンを支援するために急行してきたのだが、水中ではザクも思うように動く事が出来ず、先にグーンを撃墜されてしまったのだ。

 

 射程に入ると同時に、ザクは手に持ったバズーカを放つ。

 

 実体弾であるバズーカは、確かに水中でも使う事が出来る。しかし、水の抵抗のせいで射程はほとんど期待できないし、速度も遅い。

 

「へっ そんなもんにやられるかよ!!」

 

 アビスはあっけなく回避し、逆に2機のザクへと向かっていく。

 

 それに対してザクの動きは、もどかしいほどに遅かった。

 

 

 

 

 

 兵装ポッドを開き、ミサイルを一斉発射するカオス。

 

 それに対してハイネが操るグフは、高速で機動しつつ引き付けるだけ引き付けると、ドラウプニルを発射して、ミサイルを一掃してしまう。

 

「クソッ こいつ、ちょこまかと!!」

 

 苛立ったように叫ぶスティング。

 

 同時にカオスの肩にある兵装ポッドを分離、グフに向けて解き放つ。

 

 その変幻自在の攻撃には、さしものハイネも攻め手を失って後退せざるを得なかった。

 

「こいつ、厄介な物持ってんな!!」

 

 ドラウプニルを放って牽制しようとするが、兵装ポッドは巧みな機動でグフの攻撃を避け、砲撃を行って来る。

 

 その閃光を盾で防ぎながら後退するしかないグフ。

 

 その時、ハイネの視界に、紫色のウィンダムと交戦しながら、徐々にミネルバから離れつつあるインパルスの姿が見えた。

 

 舌打ちしながら、ハイネはインパルスに通信を入れる。

 

「アリス、戻れッ 離れてるぞ!!」

《そ、そんな事言われても!!》

 

 苦戦している事が窺える、アリスの苦しい声が聞こえて来る。

 

 ハイネも唇を噛む。

 

 援護に行こうにも、ハイネは今カオスと交戦中であり、振り切れそうもない。

 

 その時、ストームと交戦中のアスランから通信が入った。

 

《ハイネ、俺が行く》

 

 言っている内に既に、セイバーは戦闘機形態に変形して機首を巡らしている。

 

 交戦していたストームは、とっさにレーヴァテインをライフルモードにして撃ちかけているが、セイバーはその攻撃を回避しながら、ぐんぐん引き離して行く。

 

 アスランはフェイスとして、この場はミネルバよりもインパルス、アリスの援護を優先すべきと判断したのだろう。

 

 ならば、ハイネもそれに答える必要がある。

 

「判った、ミネルバは俺に任せろ。お前はアリスを頼む!!」

《すまない!!》

 

 飛び出していくセイバーを見送ると、ハイネは対峙しているカオスへと向き直る。

 

 その間にもカオスは、兵装ポッドを展開してグフを攻撃してきている。

 

「さて、こっちも大詰めってところかな?」

 

 ハイネが言いながら、グフはドラウプニルを構え直した。

 

 

 

 

 

 ネオは巧みに射線を散らしながら、インパルスを味方がいる方向へと誘導していく。

 

 ビームライフルとガンバレル。これらの巧みな攻撃によってインパルスは、徐々に陸地の方へと流されて行っていた。

 

 だがそれでも、どうにか今のところ、ネオの猛攻撃を辛うじて防いでいた。

 

「やるねえ、なら、こいつはどうかな!?」

 

 ネオは余裕の笑みを交えて言い放つと同時に、ガンバレルを大きく展開し、ちょうど三角形の各点でインパルスを包囲するような形へと持ち込む。

 

 その状態に、アリスは一瞬、焦りを覚える。

 

「クッ!?」

 

 とっさにスラスターを切り、機体を自由落下させる。

 

 間一髪、3条のビームはインパルスの頭上を飛び越えて行く。

 

 危なかった。もし大気圏内じゃなく宇宙空間での戦闘だったら、今のでやられていたかもしれない。

 

 そこへ、通常タイプのウィンダムが2機、インパルスにとどめを刺すべく向かって来る。

 

 アリスはすぐさまスラスターを再点火すると、ビームサーベルでウィンダム1機の胴体を切り裂き、もう1機をビームライフルで撃ち抜いた。

 

 だが、その一瞬の隙をネオに突かれた。

 

 迫る赤紫のウィンダム。

 

 その強烈な蹴りが、インパルスの胸部を捉えて弾き飛ばした。

 

「キャァッ!?」

 

 衝撃により、まっさかさまに落下していくインパルス。

 

 そこへ、ネオはとどめを刺すべくインパルスとの距離を詰めようとする。

 

 だが、その眼前に太い閃光が駆け抜けて行った。

 

「何ッ!?」

 

 とっさに後退を掛け、回避するネオ。

 

 その視界の先には、インパルスを援護する為に駆け付けたセイバーの姿があった。

 

「ラキヤを振り切って来たか。やるねェ!?」

 

 おどけた調子で言うネオだが、更なる強敵が現れた以上、そちらと対峙しなくてはいけなかった。

 

 再びガンバレルを展開し、セイバーへと向かって行くネオのウィンダム。

 

 対してアスランは、セイバーを駆って駆け付けると、変形と同時にビームライフルを構えた。

 

「こいつが隊長機か!?」

 

 放つセイバーの攻撃を、ウィンダムは巧みに回避しガンバレルで攻撃してくる。

 

 互いの閃光は、相手を捉える事無く駆け去っていく。

 

「こいつはッ なかなか!!」

「まだだ!!」

 

 互いにい放つと、ビームサーベルを抜いて斬り結ぶセイバーとウィンダム。

 

 その頃、落下寸前だったインパルスは、どうにか空中で体勢を立て直し、浅海面に着地する事に成功していた。

 

「い、今のはやばかったかも・・・・・・」

 

 冷や汗と共に、溜息をつくアリス。

 

 上空では、赤紫のウィンダムと交戦するセイバーの姿がある。

 

「援護しなくちゃ」

 

 呟いてから、機体を飛び立たせようとした。

 

 次の瞬間、横合いから飛び出してきた、黒い物体に気付いた。

 

「え!?」

 

 とっさに振り返ろうとした瞬間、相手はインパルスに体当たりを掛けて来た。

 

「うあァッ!?」

 

 吹き飛ばされ、海面に倒れ込むインパルス。

 

 衝撃で、アリスの意識が飛びかけるが、それでもどうにか起き上がりながらカメラを相手へと向ける。

 

 そこには、見覚えのある漆黒の機体が、獣形態でこちらを睨んでいた。

 

「まさか、ガイア!?」

 

 とっさに、待ち伏せされたか、と考えるアリス。

 

 あの赤紫のウィンダムは、この事を見越してインパルスをこの場に誘い込んだのか?

 

 勿論、事実は別で、ステラは基地で待機していたところを、戦闘が近くなったために参戦したのだが、それはアリスの与り知らない事であった。

 

 人型に変形し、ビームサーベルを抜き放つガイア。

 

 同時にインパルスも、ビームサーベルを抜いて対峙する。

 

 インパルスとガイアは、互いに刃を閃かせて斬り結ぶ。

 

 真っ向から斬り下げようとするインパルス。

 

 だが、その前にガイアは大きく後退して回避。海面を叩いた光刃が、激しく水蒸気を起こす。

 

 後退するガイアを追って、インパルスも陸上へと上がる。

 

「逃がさないッ!!」

 

 飛び上がり、斬撃を振るうインパルス。

 

 その一撃を、ガイアはシールドで防ぎ、インパルスの機体が弾かれた所で、逆にサーベルを振るう。

 

 インパルスとガイアは、互いに足元の木々を薙ぎ払いながら、徐々に徐々に内陸の方へと入って行く。

 

 その時だった。

 

 インパルスの装甲に、ガイアの攻撃とは違う衝撃がぶつけられたのをアリスは感じた。

 

「え?」

 

 振り返るアリス。

 

 そこにあった物を見て、愕然とした。

 

 地面に備えつけられた砲台、滑走路と思われる広いスペース、機体を収納する為の格納庫と思しき建物や司令部施設用の建築物。

 

「基地ッ!? カーペンタリアの、こんな近くに!?」

 

 地球軍はこの場に基地を建設し、近々カーペンタリアを強襲するつもりだったのだろう。恐らくあのウィンダムの大軍は、ここから現われたのだ。

 

 こんな所に基地があったら、カーペンタリアが攻撃に晒されてしまう。今の内に潰しておかなくては。

 

 そう思った瞬間、

 

 そこで、アリスは見てしまった。

 

 金網と鉄条網に遮られた基地施設の一角に、まるで押し込まれるようにして連なっている、明らかに軍人とは思えない人々がいる事を。

 

 彼等は皆、一様にボロボロの服を着て痩せ衰え、中には負傷して手当てを受けたと思しき者まで見える。

 

 それを見て、アリスはここで何が行われていたのか、理解した。

 

 地球軍は基地建設の為に現地人を重用し、強制労働させていたのだ。確かに、早期に基地建設を目指すなら、労働力の現地調達は必須である。

 

 しかし、ボロボロに衰弱しきった人々を見れば、地球軍が彼等をどのように扱っていたかは容易に想像できた。

 

「・・・・・・何て、ひどい事を」

 

 震える声で、絞り出すアリス。

 

 全身から噴き出る怒りが、迸りそうだった。

 

 その時、逃げようとした現地人の1人を、地球軍兵士が背中から銃を撃って射殺した。

 

 血を吹き、地面に倒れる現地人。

 

 その光景を見た瞬間、アリスを押さえていた最後の自制心が吹き飛んだ。

 

 怒りをそのまま叩きつけるように、アリスはインパルス頭部のCIWSを斉射する。

 

 口径12・7ミリの弾丸は、モビルスーツ相手では豆鉄砲以下の威力しか無い。せいぜい、飛んで来るミサイルの迎撃くらいにしか使えないが、相手が剥き出しの砲台や生身の人間なら話は別だ。

 

 アリスは容赦なく砲弾を浴びせ、銃座を破壊していく。

 

 迎撃の為に向かって来る自走砲や、基地施設、更には逃げようとする兵士達にまで容赦なく砲弾を浴びせて吹き飛ばして行くインパルス。

 

 遠くの方で、誰かが制しする声を聞いたような気がしたが、それすら、今はどうでもよかった。

 

 基地中に爆炎が躍る。

 

 逃げようとする兵士すら、インパルスは容赦なく吹き飛ばす。

 

 誰も逆らう事ができず、誰も抵抗する意思すら持つ事を許されない。この場にあってインパルスは、正に暴君の如き存在だった。

 

 やがて、全ての抵抗を排除したアリスは、現地人達を仕切っていた鉄柵を全て引っこ抜いて取り払う。

 

 その様子に、心配顔で見守っていた現地人達が一斉に駆けだし、反対側にいる家族と再会して抱擁を交わす。

 

 その様子を見て、アリスはニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦い自体は、両軍ともに痛み分けに近い形で終結した。

 

 地球連合軍はウィンダム部隊が全滅、完成間際まで造った基地も壊滅すると言う大損害を被り、ほうほうの体で引き上げて行った。

 

 しかしザフト軍も手痛い損害を被った。戦闘終結間際、レイとルナマリアを振り切ったアビスが、ニーラゴンゴを強襲。魚雷4発を撃ち込んで撃沈してしまったのだ。

 

 ミネルバには損害らしい損害は無かったものの、護衛戦力を失い、厳しい船出となってしまった。

 

 そして、

 

 帰還したアリスを待っていたのは、アスランの容赦ない平手打ちだった。

 

 頬を張られた瞬間、アリスは視界が明滅する程のショックに見舞われた。

 

 それでもどうにか、倒れずに足を踏ん張り、アスランを逆に睨み返す。

 

「何で殴られなくちゃいけないんですか!?」

 

 納得がいかなかった。

 

 アリスは自分が間違った事をしたとは毛ほども思っていない。それなのに懲罰を受けなくてはならない理由が判らなかった。

 

「ボクは間違った事をしたとは思っていませんッ あそこにいた人達は、あれで助かったじゃないですか!!」

 

 その言葉に、アスランは2発目の平手打ちを食らわせようとした。

 

 だが、寸前でその手を背後から掴む者がいた。

 

「それくらいにしとけ」

 

 常にないくらい、低く抑えた声でアスランを制したのはハイネだった。

 

 流石にこれ以上は単なる暴力にしかならないと思い、とっさに止めに入ったのだ。

 

 ハイネの介入で、アスランも少しだけ冷静さを取り戻したのだろう。振り上げた手をゆっくり下ろす。

 

 だが、その目は、尚も鋭くアリスを睨み据えて言う。

 

「理解できないなら、ハッキリ言ってやる」

 

 アスランの声は低く抑えられているが、冷静さと怒気が入り混じったような不安定さを聞く者に感じさせた。

 

「お前がやった事は、ただの虐殺だ、アリス」

「ッ!?」

「殆ど抵抗できない人間を、圧倒的な力で叩き潰す。それじゃあ、あそこで民間人を徴用していた地球軍の奴等と何も変わらないぞ」

 

 それだけ言うと、アスランは踵を返してその場を去って行った。

 

 立ち尽くすアリス。

 

 虐殺?

 

 自分がやった事が?

 

 そんな馬鹿な。だって、自分は囚われた人達を助ける為にやったのに。それを虐殺だなんて・・・・・・

 

 頭の中で思考がグルグルと回るアリス。

 

 そんなアリスの肩を、ハイネがポンと叩く。

 

「あれくらいで済んで良かったな。もしアスランがやらなかったら、俺がお前を殴ってたぜ」

 

 その言葉に、アリスは更にショックを受ける。

 

 ハイネですら、アリスの行為は間違っていたと言いたいらしい。

 

「お前さんの気持も判る。けどな、アスランが言った事、自分なりによく考えてみろよ。俺達は力を持ってるんだ。なら、その使い方も覚えないと、お前その内、自分自身すら見失っちまうぜ」

 

 そう言うと、ハイネもその場を後にする。

 

 2人のフェイスが残した言葉。

 

 それが、まだ幼さを残すアリスの心に、深く突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

PHASE-16「迸る炎は己を焦がす」      終わり

 




本編に登場したガンバレル搭載型ウィンダムは、杉やんさんのアイディアによる物です。

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