機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-14「戦旗は風を受けて翻る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 まったく味気ない食事を終えて、カガリは無言のまま席を立つ。

 

 食事事態は非常に豪華なのだが、監禁された状況で食べる食事が美味かろう筈も無い。

 

 取り敢えず、食べない訳にも行かないから食べていると言うだけの話だった。

 

 ユウナがいる時は、ほぼ毎回のように食事に同席させられるのだが、今日は誘われなかったところを見ると、どうやらユウナは用事で外出しているらしい。

 

 恐らく、件の同盟の件で忙しいのか、それとも結婚式の方なのかは知らないが。

 

 あのニヤケ顔を見ながら食事しなくてはいけない、と言うのはカガリにとって苦痛でしか無い為、いない方が気が楽で良いのだが、その間に同盟や結婚の話が進められているのかと思うと、やりきれない物があった。

 

 どうにかしたいところだが、監禁された今のカガリには何の力も無い。戦う事も、情報を収集する事もできないのだ。

 

 よって、カガリとしては無為に無聊の日々を送っているところであった。

 

 このまま、セイランに良いようにさせる気は無いが、具体的な手段が今のカガリには無かった。

 

 その時、扉が開いてメイドが入ってくるのが見えた。多分、カガリの食事を下げに来たのだろう。

 

 やれやれ、とカガリは溜息をつく。

 

 今日もこれから、礼儀作法やら何やらと、結婚に向けたレッスンが目白押しだ。

 

 カガリにとっては窮屈極まりない生活なのだが、それを拒否する権限もカガリには与えられていない。

 

 お飾りはお飾りらしく、黙って言う事に従っていろ。と言いたいらしい。

 

 と、部屋に入ってきたメイドが、何やらカガリの方をジッと見つめて立ち尽くしいるのが見える。

 

 何か文句があるのかもしれない。

 

 カガリはこの屋敷に監禁されて以来、殆ど彼女達とは口を聞いていないので、中にはカガリの態度に不満を抱いている者もいるのだろう。

 

 無視してやろうとそっぽを向くカガリ。

 

 が、いつまで経っても、そのメイドは立ち去る気配が無い。かと言って、向こうから話しかけてくる気配もない。

 

 いい加減焦れて来たカガリは、顔を向けずに口を開いた。

 

「何だ? 私に何か用でもあるのか?」

 

 ぶっきらぼうに尋ねるカガリ。

 

 それに対して、メイドは静かな口調で答えた。

 

「いえ、むしろ用があるのは、カガリ様の方だと思いましたので」

 

 どう言う意味だ、と思い振り返るカガリ。

 

 そこで、

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 絶句した。

 

 そこには、よく見知った人物が、あまり見慣れない格好で立っていたのだ。

 

 たっぷり10秒程、無言でメイドを見据えるカガリ。

 

 メイドの方でも、律義に無言のまま、カガリが発言するのを待っている。

 

「・・・・・・・・・・・・お前、何やってるんだ、エスト?」

 

 カガリの目の前に立つメイド。

 

 それは見間違いようも無く、友人であり妹分でもあるエスト・リーランドだった。

 

 と言うか、こんな仏頂面のメイドが他にいては堪ったものではない。

 

「潜入に最適な服装を選んでみましたが、何か?」

 

 シレッと答えるエストは、足音も小さくカガリに歩み寄った。

 

 そこでカガリは、ハッとして周囲に目をやる。

 

「おい、この部屋、盗聴されているぞ」

 

 カガリ自身、既に複数の盗聴器を確認しているが、探せばまだまだ出て来るだろう。一応、監視カメラの存在は確認できていないが、それでも会話を聞かれればまずい事になる。

 

 だが、エストは何でもないと言った調子で話し始める。

 

「それなら心配いりません。既にダミーの会話データが流れるように細工をしておきました。今から15分以内なら、私達の会話を聞かれる事は無いです」

「・・・・・・そうか」

 

 その事を聞き、カガリはホッと息をついた。

 

 何にしても、久しぶりに、まともな「人間」の顔が見られて、ようやく息を付けた思いである。

 

「それで、外の状況はどうなってる?」

「既に政府発表が成され、近日中にはオーブは大西洋連邦との同盟を締結する旨が伝えられています」

 

 エストの言葉に、カガリは苦い表情を作る。自分が監禁されている間に、事態がそこまで動いてしまったとは。

 

「民の反応はどうだ?」

「戸惑いはあるみたいです。中には反発する声も少なくはありませんが、政府がそう決定したのなら従う、という風潮が大半です。加えてウナト・エマ・セイランより『この決定にはアスハ代表も賛同している』と発表された事で、反論する声も下火になっているようです」

 

 カガリは苦り切った顔を作る。

 

 セイランはカガリを監禁した事で、もはや遠慮をする必要性を感じなくなったようだ。カガリの名を勝手に使っている辺り、権勢を思いのままにしている感がある。

 

「あとついでに、カガリとユウナ・ロマの結婚も報じられました。おめでとうございます」

「睫毛の先程もめでたい訳があるか」

 

 エストのずれた発言に、カガリはそう突っ込みを入れて思案する。

 

 とは言え、事態はカガリの予想を越えた速度で進行している。正直、こんな所で漫才をやっている場合では無い。

 

 何か手を打たないと、それこそ取り返しのつかない事になってしまう。

 

「それから、もう一つ報告する事があります」

「何だ?」

 

 何気ない調子で尋ねたカガリだが、次いでエストが口にした言葉に、驚愕の表情を浮かべた。

 

「アスハ邸が襲撃を受けました。目的は、ラクスの暗殺と思われます」

「なッ!?」

 

 思わず立ち上がるカガリ。そのまま、エストに掴みかからんばかりに詰め寄る。

 

「そ、それで、被害はッ!? 誰か怪我はしなかったか!?」

 

 あそこにはカガリの大切な人達が暮らしている。彼等にもしもの事があったらと思うと、カガリとしては気が気でなかった。

 

 対してエストは、淡々と状況を伝える。

 

「屋敷は全壊しましたが、幸いけが人はいません。モビルスーツで襲ってきましたが、シンがイリュージョンで撃退したとのことです」

「そうか・・・・・・良かった・・・・・・」

 

 ホッと胸をなでおろすカガリ。戦後、大破したイリュージョンを密かに修理し、人目を隠してあの別荘に封印しておいたのが、とんだところで役に立ったものである。

 

 エストは先を続ける。

 

「バルトフェルド隊長の話では、襲撃者はコーディネイターの特殊部隊との事です。注目すべき点は、彼等が使用したモビルスーツですが・・・・・・」

 

 言いながらエストは、ポケットから自分の携帯電話を取り出すと、画面を操作して画像を映し出す。

 

 そこには、破壊され尽くしたモビルスーツの残骸が転がっているところが映っていた。

 

「見慣れない機体だな」

「ザフト軍が現在、前線部隊に配備を進めている新型水中用モビルスーツ、アッシュです」

 

 その報告に、カガリの顔に緊張が走る。

 

 コーディネイターの特殊部隊が動き、それがラクスを狙って来た。しかも、ザフト軍の配備前の機体を使って。

 

 そこから行きつく答えは、1つしか考えられない。

 

「まさか・・・デュランダル議長の、差し金か・・・・・・」

 

 カガリの脳裏に、かつて会ったプラント最高評議会議長の顔が思い出される。

 

 人の良さそうな笑顔を常に張り付けた顔、だが同時に、得体の知れない闇が、その笑顔の裏に潜んでいるような気がしてならなかった。

 

「厄介な事になったな」

 

 カガリは難しい顔で呟く。

 

 もし本当に、ラクス暗殺未遂がデュランダルの差し金だとしたら、カガリが推し進めて来た親プラント路線の政策も見直す必要性が出て来る。

 

「・・・・・・予定より早いが、どうやら動く必要がありそうだな」

 

 カガリは決意を込めた瞳で呟く。

 

 それは、考えられる限り最も困難な道。

 

 だが同時に、最も強く、オーブの理念を体現した道でもある。

 

「エスト。ラミアス艦長達に連絡を取ってくれ。アスハの私邸にある私の部屋に、小さな戸棚がある。そこに隠し棚があって、中には必要な書類と、コード発振用のデジタルキーが収められている。開け方はマーナが知っているから、彼女に聞いてくれれば判る筈だ。そこに書かれている事を、実行してくれ、と」

「判りました」

 

 エストは一切疑う事無く、カガリの言葉に頷きを返す。

 

 疑う必要はないのだ。

 

 カガリが、「やる」と言うなら、自分は全力を持って彼女について行く。それがラクスであっても同じ事である。それがエスト・リーランドと言う少女の歩む道であり、その結果がどうなろうと、その全てを受け入れる覚悟を持っていた。

 

「それから、これは個人的な頼みなんだが・・・・・・」

「何でしょうか?」

 

 尋ねるエストに、少し顔を逸らした後、言い難そうに続けた。

 

「探してほしい物がある。多分、この屋敷にあると思うんだ」

 

 エストはカガリから話を聞くと、頷いてから、食器の乗ったトレイを持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしていよいよ、その日がやってきた。

 

 その日、主とオロファトの街は華やかな熱気に包まれていた。

 

 カガリとユウナの結婚式。

 

 それを祝福するために今日は朝から多くの人々が集まり、新郎新婦を一目見ようと、パレードが行われる沿道は、見物できるスペースの取り合いが行われていた。

 

 この日の為に、ウナトをはじめセイランの者達は、ユウナとカガリの結婚式を大々的に宣伝していた。

 

 勿論、内容は大幅に脚色されている。

 

 曰く、この結婚は、今は亡きオーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハが熱望した物であり、カガリとユウナも幼い頃から将来を誓い合って、今日まで過ごしてきた。2人は相思相愛であり、結婚の後は2人の力を合わせて、より一層オーブを盛り立てていくことを、亡きウズミの墓前に誓った。と。

 

 カガリが聞いたら呆れるだけでは済まないような宣伝が、平気な顔で行われていた。

 

 セイラン側としては、この結婚が正当なものである事を大々的にアピールして反対派を黙らせると同時に、この後の覇権も確たるものにするという狙いがあったのだ。

 

 そのカガリは、セイラン邸において純白の花嫁衣装に身を包み、準備を終えようとしていた。

 

 正面ホールに出てきたカガリの姿を見て、やはり白いタキシード衣装を着て準備を終えていたユウナが、笑顔で出迎える。

 

 周囲にはウナトを始め、セイラン家の家族や招待客、使用人たちが集い、出てきたカガリを見て感嘆の声を上げる。

 

「うん、とってもきれいだよ。カガリ」

 

 言いながら、ユウナはカガリの髪を掬いあげる。

 

「でも、ちょっと髪が残念かな。今度は少し伸ばすといい。その方が僕の好みだ」

 

 それに対して、カガリは何も言わない。

 

 ただうつむき加減になって、目を伏せているだけだ。

 

 やがて2人は、純白の大型リムジンに乗り込み、結婚式の会場へと出発する。

 

 ここから結婚式場まで、メインストリートをパレードしながら進むことになる。

 

 ユウナが、座席の前に備え付けられたミニバーを開きながら話しかける。

 

「何か飲むかい? 緊張してるの? さっきから全然口も聞いてくれないね」

 

 白々しい事を言ってくるユウナに対し、カガリはそっけない口調で返す。

 

「いや、大丈夫だ。心配するな」

 

 はっきり言って、口をきくだけでも怒りがにじみ出そうなのだが、それで全く話さないわけにはいかないだろう。

 

 だがそれに対し、ユウナはこれまでにないくらいぞんざいな口調で言葉を返してきた。

 

「『いえ、大丈夫ですわ。ご心配なく』だろ。しっかりしろよ」

 

 その言葉に、カガリは膝に乗せた両の拳をグッと握り締めて、悔しさをこらえる。

 

 そうしているうちに、リムジンはパレードを行うメインストリートへとさしかかった。

 

「ほら、マスコミもたくさんいるんだぞ。もっとにこやかな顔して」

 

 冷たい口調で命じるユウナ。

 

 もはや、取り繕う必要性も感じなくなったのか、はたまた既に夫気取りなのか。

 

 間違いなくその両方だろう。

 

 仕方なしに顔を上げ、虚ろな顔に無理やり笑顔を張り付けて手を振るカガリ。

 

 その姿を見て、居並ぶ観衆達は大いに喝采を上げて盛り上がった。

 

 

 

 

 

 パレードが行われているころラクスやマリューを始め、一部の者たちは、オーブ本島であるヤラファス島よりも、北に位置する島に来ていた。

 

 この一角にあるアカツキ島は、戦後になってオーブ北方の軍備強化が叫ばれる中で建造された軍事拠点である。

 

 大規模な艦隊泊地や、迎撃施設各種、地下には軍事工廠まで備え、さながらオノゴロ島の軍事拠点が、そのまま引っ越してきた感があった。

 

 ラクス達は今、ここに集い、今日この日のための準備を推し進めてきた。

 

 今日この日、カガリとユウナの結婚式を盛大に祝う為に、

 

 ではない。

 

 カガリが密かに考えていた、ある計画を実行する為に、である。

 

「ラミアス艦長、準備できました」

 

 中央指令室で作業の監督をしていたマリューに、柔らかい声でラクスが告げる。

 

 彼女は関係各部署への連絡を担当していたのだ。

 

「御苦労さま。どう、状況は?」

 

 マリューの問いかけに対し、ラクスは難しい表情のまま顔をうつむかせる。

 

「予想どおりですわね。あまり芳しくありませんわ」

「仕方ないわね。今はセイランの天下だから。彼らについていこうという人が多いんだわ」

 

 船出は、相当厳しいものとならざるを得ないだろう。

 

 だが、カガリは、それを承知で決断したのだ。

 

 既に交渉の時は過ぎた。譲れぬ物があるなら、互いの信念をかけてぶつかり合うしかない。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 ラクスが、彼女にしては珍しく、やや呆れ気味な口調で言った。

 

「カガリさんも、ずいぶんと、大胆な事を考えられましたわね」

「でも、宣伝効果は抜群でしょう」

 

 対して、マリューもまた苦笑しながら応じる。

 

 彼女としても、今回の作戦の「派手さ」に関してはラクスと同意見である。だが同時に、これくらい派手な方が、自分たちの存在を世界に強くアピールできると考えていた。

 

 その時、スピーカーから少年の声が聞こえてきた。

 

《こちらシン、準備完了、いつでもいけます》

 

 その報告を聞き、マリューもマイクに近づいて話しかける。

 

「お願いするわ、シン君、マユちゃん。この作戦の鍵は、あなた達に掛っているのだから」

《了解!!》

《判りました!!》

 

 マイクから、2人の元気な返事が返ってきた。

 

 その頃、シンとマユは滑走路に駐機したイリュージョンのコックピットに座っていた。

 

 これから2人で、カガリを「迎えに」行く事になる。

 

 しかし、その時の事を考えると、シンとしては痛快な気分を押さえきれなかった。

 

「お兄ちゃん、楽しそうだね」

「まあな」

 

 マユの言葉にも、弾んで答える。

 

 実際、モビルスーツに乗っていて、ここまで楽しい任務は初めてかもしれない。

 

 ただ、一つ残念な事があるとすれば、

 

「これって、普通はアスランの仕事なんじゃないのか?」

「仕方ないよ、アスランさんいないし」

 

 アハハーと笑うマユに、シンもまた笑みを返す。

 

 そこへ、通信機が再び鳴ったのでスイッチを入れると、繋ぎ姿のリリアの姿があった。

 

《シン、マユちゃん、調子はどう?》

「ああ、問題無い。この操縦の系統は、むしろムラサメよりもやり易いくらいだよ」

「こっちも問題無いです」

 

 リリアはつい先ほどまで、イリュージョンのOSをシンとマユの為に最適化する作業を行っていたのだ。

 

 と、画面の向こうでリリアが、なぜか辛そうに顔を伏せた。

 

「リリア?」

《その・・・・・・シン、ごめんね。マユちゃんとの事、ずっと黙ってて。私、どうしても言いだせなくて・・・・・・》

 

 リリアとしても、まさかマユがイリュージョンに乗って戦争に出る事になるなど、想像すらしていなかったのだろう。だから軽い気持ちで整備を手伝ってもらったのだ。

 

 しかし、それが結果的に、マユを再び戦場に引きずり込んだ事になる。

 

「そんな、リリアさんッ」

 

 声を上げるマユ。

 

 戦うと決めたのはマユだ。確かに、きっかけを作ったのはリリアかもしれないが、姉とも慕う人が、その事で悩んでしまうのはマユとしても辛かった。

 

 そんなリリアに、シンが笑い掛ける。

 

「リリア」

 

 声を掛けられ、顔を上げるリリアに、シンは優しく言う。

 

「ありがとうな。リリアのおかげで、俺はみんなを護る為に戦う事ができる。リリアには、本当に感謝してるよ」

《シン・・・・・・》

「だから、もう気にすんなよ」

《・・・・・・ありがとう》

 

 安堵したように笑顔を見せるリリア。

 

 やがて、シグナルが灯る。発進準備が完了したのだ。

 

「それじゃあ」

「行ってきます、リリアさん!!」

《うん、行ってらっしゃい。カガリの事、お願いね》

 

 通信が切れる。

 

 PS装甲を入れると同時に、イリュージョンの装甲は目が覚めるような蒼に染まった。

 

 2人は互いに頷き合う。

 

「シン・アスカ」

「マユ・アスカ」

「「イリュージョン、行きます!!」」

 

 コールと共にスラスターを全開。同時に純白の双翼を広げて滑走路を加速するイリュージョン。

 

 機体はやがて、蒼天高く舞い上がった。

 

 

 

 

 

 多くの国民に祝福されながら、リムジンは結婚式の会場に到着した。

 

 式を上げる事になる祭壇までには、赤絨毯を敷いたが備えられ、参加者が列を作って見守っている。

 

 祭壇の上では、オーブ軍の象徴的な機体であるM1アストレイが、新造の如く並んで見守っていた。

 

 ユウナの手を引かれてカガリが出て来ると、参加者から喝さいが起こった。

 

 その喝采から目をそむけるように、カガリは俯いたまま顔を上げようとしない。

 

「嬉し泣きだろうね、その涙は」

 

 ユウナが猫なで声で、皮肉交じりに言う。

 

 ユウナも判っているのだ。カガリの気持が自分には向いていない事くらい。だが、そんな事は関係なかった。式さえ上げてしまえば、もはやカガリは自分の物になる。後は、どうしようが自分の自由だった。

 

 2人は手を繋ぎ、参加者の祝福を受けながらゆっくりと階段を上がっていく。

 

 祭壇の前では、儀礼用の服を着て経典を持った神官が2人を待っている。

 

 やがて、2人は並んで祭壇の前に立ち、出席者たちもそれぞれの席に着席すると、式は厳かに始められた。

 

「今日、ここに婚儀を報告し、またハウメアの許しを炎と、この祭壇の前に進み出たる物名は、ユウナ・ロマ・セイラン、そしてカガリ・ユラ・アスハか?」

 

 神官の朗々たる問いかけに、ユウナは悠然と、カガリは消え入りそうな程小さな声で「はい」と返事を返す。

 

 居並ぶ出席者たちも、粛然としたまま式の様子を見守っている。

 

 若い2人の人生の門出に、誰もが晴れがましい気持ちになっているのが判る。

 

「この婚儀を心より願い、また、永久の愛と忠誠を誓うのならば、ハウメアはそなた達の願い、聞き届けるであろう」

 

 厳かな式の中で、ユウナは昂然と胸を逸らして、口元には笑みを浮かべている。

 

 今まさに、彼にとっての人生の絶頂期であろう。

 

 代表首長であり、前大戦の英雄との婚礼。それは正に、彼にとっては権力への一里塚である。舞い上がらない方がおかしい。

 

 対してカガリは、未だに俯いたままだ。今日この時を迎えてしまったと言う事は、彼女にとっては敗北に等しいのだから。

 

「今、あらためて問う。互いに誓いし心に偽りは無いか?」

「はい」

 

 神官の問いかけに、ユウナは堂々と答える。

 

 次に、カガリが同じように答えれば、それで、その瞬間、全てが決する事になる。

 

 オーブは大西洋連邦と同盟を結び、新たな権力者となったセイランを頂点とし、より輝かしい未来を刻む事になる。

 

 誰もが、そう思った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誓わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにもアッサリと、

 

 皆が期待した言葉とは、真逆の返事が花嫁の口から発せられた。

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 誰もが、とっさに耳を疑う中、

 

 そこで、

 

 それまで顔を伏せていたカガリが顔を上げた。

 

 顔には、この上ないくらい、極上の笑みを満面に浮かべて。

 

「ユウナ、私はお前とは結婚しない」

「カ、カガリ、な、何言ってるんだい?」

 

 うろたえるユウナに、カガリは笑みを浮かべたまま振り返る。

 

「これが答えだ、ユウナ」

 

 言うが早いか、カガリは拳をグーに握り、躊躇う事無くユウナの顔面に、思いっきり叩きつけた。

 

「ぐへらッ!?」

 

 吹き飛ぶユウナ。

 

 顔からは無様に鼻血が零れ、その場に倒れ込んで尻もちを突く。

 

 呆気に取られて立ち上がる参列者たち。

 

 そんな彼等を目の前にしながら、カガリは大きく両手を広げて体を伸ばした。

 

「あああ~ スッキリしたッ!!」

 

 心の奥底から安堵したように、カガリは晴れがましい笑顔を向ける。

 

 当然、居並ぶ報道陣達のカメラによって、一連の出来事は全てリアルタイムで、オーブ中に流されていた。

 

「カ、カガリ様ッ これはいったい、どう言う事ですか!?」

「言った通りだウナト。私はユウナとは結婚しないし、大西洋連邦との同盟にも承服しない」

 

 血相を変えたウナトが叫ぶが、それに対してカガリはシレッと答えると、これまでの鬱憤を全て込めた笑顔で、ユウナに向き直った。

 

「ほらユウナ、私からのプレゼントだ。『次』はちゃんと結婚できたら良いな」

 

 そう言うと、未だに地面にへたり込んでいるユウナの膝に、持っていたブーケを投げ捨てた。

 

 怒り狂ったのはユウナ、ではなくて、彼の父親だった。

 

「い、今更何を言っているのですか!? もう決まった事なのですぞッ それを・・・・・・」

「私を監禁している内に、お前等が勝手に決めた事だろ。全部」

 

 居並ぶ報道陣を前に、カガリはアッサリと言ってのけてしまった。

 

 早くも、報道陣の間ではざわめきが起こり始めている。

 

 それらを見回しながら、焦りを隠すようにウナトは叫んだ。

 

「し、式は中止だッ カガリ様はご乱心なされたッ 早く別室にお連れするんだ!!」

 

 声を上ずらせながらも、指示を下すウナト。

 

 その指示を受けて、物影で控えていた警備兵やSP達が段上に駆け上がり、カガリを取り囲む。

 

「代表、さあ、こちらへ」

「どうか、大人しくなさって下さい」

 

 冷たい声で告げる警備兵達。

 

 それに対してカガリは腰に手を当て、落ち着き払って言う。

 

「おいおい、私の事ばかり気にしていて良いのか?」

 

 何の事か、と訝る警備兵達から視線を外し、上空を振り仰ぐカガリ。

 

「・・・・・・いや、もう遅いか」

 

 半ば投げ捨てるような言葉。

 

 次の瞬間、中天で日が陰る。

 

 皆が振り仰いだ瞬間、

 

 純白の翼を持つ鋼鉄の天使が、ゆっくりと舞い降りて来た。

 

「あ、あれは、まさか、イリュージョン!?」

 

 声がした瞬間、誰もが我先にと逃げ散っていく。

 

 祭壇の上で待機していたM1が、とっさに振り仰いでライフルを向けようとする。

 

 しかし次の瞬間、イリュージョンはそれよりも速くビームライフルを二射。M1の手からライフルを弾き飛ばしてしまった。

 

 ゆっくりと着地するイリュージョン。

 

 ユウナは腰が抜けたのか、立ち上がる事もできず、未だに地面に座り込んでいる。

 

 そして他の者は我先にと逃げ散ってしまった為、誰もユウナを助けようと言う者はいなかった。

 

「か、カガリ~!!」

 

 情けない声を上げるユウナ。

 

 対してカガリは、下ろされたイリュージョンの掌に乗りながら、鋭い眼光をユウナに向けて言い放った。

 

「聞けッ この私がいる限り、絶対にオーブは、お前等の良いようにはさせないからな!!」

 

 そこには、それまで彼等が思っていたような「子供」の姿はどこにもなかった。

 

 立派に成長した「若獅子」の雄姿が、そこに雄々しく立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 口上を言い終えたカガリは、身を翻してイリュージョンのコックピットへと乗り込む。

 

 だが、カガリは今、豪奢なウェディングドレスを着ている。当然、そのスカートの裾は、普通の服の何倍もの質量がある為、ただ動くだけでも一苦労である。

 

 加えてイリュージョンのコックピットは、タンデム複座式である為、通常の機体よりも若干狭い構造をしている。

 

 その為、コックピット内は、ちょっとしたパニックに陥っていた。

 

「ちょッ、カガリ、お前これ何とかならなかったのかよ!?」

「私に言うなッ 用意したのはセイランだ!!」

「わぁ、カガリさん、その服素敵!! 後で私にも着させてください!!」

「だ、ダメだマユッ!! マユにはまだ早いぞ!!」

「お前等、漫才やってる場合か!! て言うか、何でマユがここにいるんだ!?」

「いや、それは成り行きと言うか、何と言うか・・・・・・」

「お兄ちゃん、そんな事より早く出発しないと!!」

 

 とてもではないが、乾坤一擲の大作戦の最中とは思えない騒ぎであった。

 

 それでもどうにか、シンはカガリのドレスを脇にうっちゃって自身の操縦スペースを確保すると、双翼を広げてイリュージョンを舞い上がらせた。

 

 だが、セイラン側もさる物。

 

 式場での騒ぎを聞きつけ、ただちに待機中だった空軍機にスクランブルが掛けられた。

 

「ムラサメ2機、正面から接近ッ お兄ちゃん!!」

 

 マユの警告通り、接近してくる機影を捉える。

 

 ムラサメは戦闘機形態のまま、かなりの速度で向かって来る。

 

《イリュージョン、ただちに武装を解除し、こちらの指示に従って着陸せよ!!》

 

 型どおりの警告を発して来る。どうやら既に、カガリが乗っている事が向こうにも伝わっているらしい。むやみに発砲して来るような事は無いようだ。

 

 そして無論、素直に警告に従ってやる義理もこちらには無かった。

 

「悪いけど、急いでるんだよ!!」

 

 言い放つと同時に、シンはイリュージョンの腰からラケルタを抜き放ち、更に加速する。

 

 すれ違う一瞬、2機のムラサメの翼を斬り飛ばした。

 

 スパイラルダウンしながら落下していくムラサメ。

 

 この高さから落ちたら中のパイロットもただでは済まないだろうが、まあ大丈夫だろう。その前に人型に変形して、姿勢を立て直せばいいのだから。それすらできないようなパイロットは、オーブ軍にはいない筈だった。

 

 その後、セイラン側も、追いつくのは無理と判断したのか、さしたる追撃を受ける事も無く、イリュージョンはアカツキ島へと辿り着いた。

 

 コックピットからカガリが下りて来ると、多くの兵士が出迎える為に駆け寄ってきた。

 

 マリューやラクス達だけでは無い。オーブ軍の軍服を着た多くの兵士達が、カガリを取り囲むようにして列を作り、直立不動で敬礼を向けていた。

 

 それらをゆっくりと見回してから、カガリはマリューに尋ねた。

 

「どれくらい集まった?」

「全軍の3割から4割ってところかしら。多いとは言えないけど、上出来な方だと思うわ」

 

 無理も無い。

 

 戦後の軍備復興計画は、殆どセイランに取り仕切られていた。そのせいで、軍部にもセイラン派の者達が多く浸透している。今や勢力的にアスハ派は押され気味なのだ。

 

「幸いなのは、宇宙軍が丸ごとこっちについてくれた事か。それが無かったら、数で押し切られていただろう。トウゴウ元帥は、そこまで見越して宇宙軍を作ったのかもな」

「爺やか・・・・・・」

 

 低く呟きながら、カガリは亡きジュウロウ・トウゴウに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 今から半年ほど前になる。

 

 その日、カガリは経済関連の閣僚会議を予定していたのだが、報せを受けると全ての予定をキャンセルして、トウゴウ宅へと車を走らせた。

 

 ジュウロウ・トウゴウ海軍名誉元帥は、長くオーブに仕えた人物であり、幾度かの領海紛争にも参加した歴戦の提督であった。ヤキン・ドゥーエ戦役の折には、最新鋭戦艦大和の艦長として、オーブ防衛戦、メンデル攻防戦、ヤキン・ドゥーエ攻略戦などとを戦い抜いた。

 

 戦後、一線を退いたトウゴウは、先の大戦の戦訓から宇宙軍の重要性を説き、自ら率先する形でオーブ宇宙軍建設に尽力したのだ。

 

 そんなトウゴウも、1カ月程前から体調が悪化し公務を退いて自宅療養していたのだ。

 

 しかしその日、ついに体調が急変したと言う報せがカガリの元へもたらされたのだ。

 

 トウゴウ宅に着くと、カガリは飛び降りるように車から出て、足早に玄関へと向かう。

 

 歴戦の提督であり、軍の重鎮でもあるトウゴウだが、その暮らしぶりは拍子抜けるほど質素であり、軍から支給された一戸建ての官舎を使用していた。トウゴウの妻は5年前に他界し、1人息子も早逝した為、今はこの狭い官舎をトウゴウが1人で使っていた。

 

 玄関に入ると、ユウキが待ち構えていたようにカガリに駆け寄ってきた。

 

「容体はッ?」

 

 挨拶もせずに、いきなり用件に入る。今は一瞬ですら惜しかった。

 

「1時間くらい前に一度意識を失ったけど、ついさっき辛うじて回復した。医者の見立てでは、ここ1~2時間がヤマだろうって」

 

 足を止めずにユウキの言葉を聞きながら、カガリは勝手知ったるトウゴウの寝室に駆けこんだ。

 

 トウゴウの性格を現わすように、質素な作りの私室であり、書き物をする為のデスクと、書棚がある以外は何も置かれていなかった。

 

 そして、壁際のベッドには、よく見慣れた男性が多くのチューブに繋がれて横になっていた。

 

「爺や!!」

 

 駆け寄り、トウゴウの体にすがりつくカガリ。

 

 既に心電図の波形は、頼りないグラフを指し示すのみになっており、命の灯が徐々に小さくなっている事を現わしていた。

 

「爺やッ 私だ、カガリだッ 判るか!?」

 

 必死に呼びかけるカガリ。

 

 しかし、トウゴウは僅かも目を開く気配は無く、ただ小さな呼吸を繰り返しているのみであった。

 

「爺や!!」

 

 トウゴウの手を握るカガリ。

 

「逝くな爺や!! 私はまだ、爺やに教えてもらいたい事がたくさんあるんだぞ!!」

 

 トウゴウはとりわけ、カガリには優しかった。まるで本当の祖父と孫に思える程だった。

 

 そのトウゴウがいなくなってしまうという事実が、カガリには耐えられなかった。

 

「お父様が死に、キラもいなくなり、その上爺までいなくなったら、私はこれからどうやって生きて行けばいいんだ!?」

 

 カガリの目から、滂沱の如く涙が零れ落ちる。

 

 だが、トウゴウの意識は戻らない。

 

 誰もが、もうだめか、そう思った時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・何を、泣いておられるのですかな、カガリ様?」

 

 弱々しい、しかし、いつも通りの優しい声。

 

 顔を上げるカガリ。

 

 そこには、優しい笑顔を浮かべたトウゴウの顔があった。

 

「爺や・・・・・・?」

「カガリ様が、そのように泣いておられては、爺も安心できませぬな」

 

 そう言うと、トウゴウは震える手を伸ばす。

 

 かつては海の男として鍛え、誰よりもたくましかった手は、戦傷と病状により、見る影もなく衰えてしまっている。

 

 しかしそれでもトウゴウは、全身の力を振り絞るようにして手を伸ばし、カガリの頭を優しく撫でる。

 

「心配せずとも、爺はちゃんと、カガリ様と共におりますぞ。いつまでも」

「爺やッ!!」

 

 ニッコリと笑い掛けるトウゴウに、カガリも涙を浮かべながら笑顔を返す。

 

 トウゴウが眠るように静かに息を引き取ったのは、それから20分後の事だった。

 

 

 

 

 

 トウゴウはもういない。

 

 しかし、彼の遺志は宇宙軍と言う形となって、今もカガリと共に生き続けている。

 

 ならば、カガリはたとえ泥を啜ってでも、その遺志に答えねばならない。

 

「カガリ」

 

 静かに声を掛けられ振り返ると、そこにはエストの姿があった。

 

 が、

 

「・・・・・・・・・・・・何でお前は、まだメイドなんだ?」

「非常に多機能な服ですので、重宝しています」

 

 シレッと答えるエストだが、カガリは見逃さない。いつも通りの無表情に見えるが、あれは少し嬉しがっている時の顔だ。

 

 どうやら、メイド服が余程気に入ったらしい。まあ、最初の頃の無口、無感動、無表情ぶりからすれば、別人と思える程の進歩である。これはこれで好ましいので、取り敢えず放っておく事にした。

 

「カガリ、これを」

 

 そう言うとエストは、スカートのポケットから何かを取り出してカガリへ差し出す。

 

 それを見て、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 カガリは僅かに声を上げる。

 

 それは、ユウナに奪われた指輪だった。カガリにとっては、アスランから貰った大切な物である。カガリは潜入中のエストに、この指輪を探し出すように頼んでいたのだ。

 

 震える指先で指輪を受け取り、そっと左手の薬指にはめ直す。

 

 指輪は再び、本来あるべき場所へと戻ったのだ。

 

 ギュッと、拳を握り、カガリは周囲を見回す。

 

 シン、マユ、ラクス、エスト、リリア、マリュー、バルトフェルド。

 

 その他多くのオーブ軍人たち。

 

 彼等は皆、カガリを慕い、たとえ地獄の果てまでもついて行く事を誓っていた。

 

「皆、これから進むべき道は、辛く険しい。だが、どうか、みんなの力を私に貸してほしい!!」

 

 カガリが言い放つと同時に、割れんばかりの歓声が、全軍の間から湧きおこった。

 

 

 

 

 

 この日、カガリ・ユラ・アスハは「オーブ政府軍」の樹立を、世界に向けて高らかに宣言した。

 

 同時にセイランおよび、セイラン派の軍を「反乱軍」と断じて、武装解除と恭順の呼びかけを行った。

 

 対してセイランは、「アスハ代表の乱心」を大々的に宣伝し、恭順の呼びかけに対しても「取るに足らない戯言」と切り捨て、徹底抗戦の構えを見せていた。

 

 今、ユニウス戦役にその1ページを飾る事になる「オーブ内戦」が幕を開けた。

 

 

 

 

 

PHASE-14「戦旗は風を受けて翻る」      終わる

 


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