機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

16 / 59
PHASE-13「蘇りし翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスがコックピットから降りるとすぐに、ルナマリアやヴィーノ、ヨウラン達が駆け寄ってきた。

 

「アリス、凄かったじゃない、どうしたのよ!!」

「へ?」

 

 目を丸くするアリス。

 

 そんなアリスの背中やら肩やらをヴィーノやヨウランが、が遠慮なしにバシバシと叩いて来る。

 

「いやァ、ホント良くやってくれたよ!!」

「助かったぜ!!」

「ちょッ イタッ 痛いってば!!」

 

 こっちは一応、これでも女の子なんだから、少しは加減して欲しかった。

 

 見ればルナマリア達だけでなく、アスランやレイの姿も見える。

 

 驚いた事に、レイが微妙に笑顔を浮かべているのが見えた。

 

 長く一緒にいるが、アリスはレイが笑っているところは見た事が無かった

 

 その顔を見て、思わずアリスも笑顔を返してしまう。

 

「さあッ ほらもう、お前等、いい加減仕事に戻れ!! カーペンタリアまではまだあるんだぞ!!」

 

 整備長のエイブスに追い立てられ、蜘蛛の子を散らすように散っていく一同。

 

 そんな中で、レイとルナマリア、そしてアスランがアリスに駆け寄って来る。

 

「けど、ホントどうしちゃったわけ? 何か急にスーパーエース級じゃない。火事場の馬鹿力ってわけ?」

 

 ルナマリアの物言いに、アリスは苦笑する。女の子に向かって「火事場の馬鹿力」は無いと思うのだが。

 

 しかし、そんな事を言う辺りはルナマリアらしいと思った。

 

「そんなんじゃない、と思うんだけど。何だか急に、今まで見えなかった物が見えるようになったって言うか、世界の全部が認識できるようになったって言うか、そんな感じがしたんだ」

「同じ感覚かどうかは判らないが、そう言う事は俺にも覚えがある」

 

 そう言ったのは、アスランである。

 

「隊長もですか?」

「ああ、生憎、その感覚が何なのか、どうすれば使えるようになるのかは、俺にも判らないがな」

 

 前大戦時、アスランは自分が常の能力を越えた実力を発揮して、危機的状況を乗り越えた事が何度かあった。もっとも、その正体までは結局わかっていないし、戦争が終わって以後は一度も発動した事が無いので、どうすれば使えるのかは、アスランにも皆目見当がつかないのだが。

 

 もし、あれを完璧に使いこなせる者がいるとすれば、それはただ1人。今はもういない、彼の親友だけかもしれなかった。

 

「すまない、力になれなくて」

「い、いえ、そんな事無いです」

 

 謝罪するアスランに対し、アリスは苦笑しながら手を振る。

 

 アーモリーワン以来、アリスはどこかアスランに苦手意識のような物を感じていたのだが、何だか今の話を聞いてから、妙に親近感が湧いていた。

 

「何にせよ、お前が艦を守った」

 

 レイは、穏やかな口調で、いつも通り淡々と言った。

 

「生きていると言う事は、それだけで価値がある。明日があると言う事だからな」

 

 そう言ってアリスの肩をポンと叩くと、レイは1人で先に行ってしまった。

 

 その背中を、3人はポカンと眺めている。

 

「・・・・・・驚いたな、彼はあんな風にしゃべる事もできたのか」

「私も驚きました。士官学校の頃から一緒にいますけど、レイがあんな風にしゃべったの見たの、はじめてかも」

 

 アスランとルナマリアが、唖然とした調子で言う。

 

 その感想については、アリスも同様だった。

 

 今までレイの事は、お高く纏ってとっつきにくい人物であると思っていただけに、今日のあの態度は、とても新鮮に思えたのだ。

 

 しかし、

 

「何かレイ。セリフが説教くさい、て言うか、ジジくさいよ」

 

 ひどく失礼な事を言うアリス。

 

 そんなアリスの発言に、アスランとルナマリアは、ついつい噴き出してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 連れて来られた部屋は、意外にも豪華な造りであった。

 

 周囲を見回せば、必要な物はとりあえず揃っている感じである。それどころか、家具一つ取っても、かなりの値打ち品である事が窺える。

 

 もっとも、それでカガリの気が晴れるかと言えば、微塵もそのような事は無いのだが。

 

「部屋はこちらをお使いください。御用があれば、外に使用人がおりますので」

 

 そう言うと、ここまでカガリを連れて来た兵士は下がって行った。

 

 その様子を見て、カガリはやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 軍本部で拘束されて、カガリが連れて来られたのは留置所では無く、セイラン家の本宅であった。

 

 どうやら、彼等はここでカガリを監禁するつもりらしい。

 

 狙いは恐らく、例の同盟の締結だろう。唯一の反対派であったカガリさえいなくなれば、あとはセイランが好き放題に国政を壟断できるのだから。恐らく、「アスハ代表は急病につき療養中。政治全権は宰相ウナトに一任」とか何とか上手く言って。

 

 カガリは無言のまま、足早に壁に掛かっている絵に歩み寄ると、そっと額を外して裏側を探る・

 

「・・・・・・チッ やっぱりな」

 

 指に触れた物を、舌打ちしながら取り外す。

 

 親指大の小さな機械。盗聴機である。

 

 恐らく部屋中に仕掛けられているのだろう。連中のやりそうな事である。カガリの行動を監視していないと気が済まないらしい。

 

 まったく、こちらが女だという事実を忘れているのではないだろうか。

 

 そう考えてから、

 

 カガリはがっくりとうなだれた。

 

 もしそうだとしたら、明らかに原因が自分自身にある事に気付いたからだ。

 

 続いてカガリは、そっと窓に歩み寄り、外の庭の様子を覗う。

 

 広い庭には何人か、ボディガードと思しきスーツを着た男達が見える。

 

 その姿を見て、カガリは僅かに顔を顰めた。

 

 セイランがオーブを復興する際、正規軍の再建と並行して、自分達の意を受けて動く私兵部隊を作り上げたと言う噂がある。

 

 確証は得られないが、あの男達が、その私兵部隊の連中である可能性は充分にあった。

 

 その時、扉が開く音がした為、カガリは慌てて窓から離れた。

 

「やあ、カガリ、よく来たね」

 

 入ってきたのはユウナだった。

 

 自分達で連行しておいて、「よく来たね」は無いだろう。

 

 ユウナはそんなカガリに歩み寄り、大仰に肩をすくめながら言葉を続ける。

 

「でも、安心して良いよ。ここにいたら、何の心配もいらないからね」

 

 猫なで声が必要以上に鼻につくが、カガリは無言のまま聞くに任せている。

 

 ここで暴れても勝ち目はない事くらい、カガリにも判る。

 

 ユウナ達はカガリを捕えた事で、完全に御満悦となっていた。

 

「で、何の用だ? 用があるんだったらさっさと言えよ」

 

 ぶっきらぼうに尋ねるカガリに対し、ユウナは溜息をつきながら言う。

 

「やれやれ、君はまず、その言葉づかいを何とかしないとね。国の母たらん立場の筈の君が、いつまでもそんなんじゃ、やがてみんな呆れるよ」

 

 ユウナの御託を、無言のまま聞き入っているカガリ。

 

 だが、次いで言われた言葉に、驚愕に目を見開いた。

 

「今は良くても、いずれ僕と結婚すれば、嫌でもそうならざるを得ないんだ」

「なッ!?」

 

 結婚!?

 

 なぜ、そんな話になっているのか?

 

 だがユウナは、驚くカガリに構わず、相変わらず甘ったるい声で話しを続ける。

 

「こんな情勢なんだ。首長全員が想いを同じくして一丸になって国を護るって事をアピールしないと」

「だが、結婚などッ あれは何度も断った筈だ!!」

 

 だが、怒鳴るカガリに、ユウナはニヤついた顔を近付ける。

 

「子供の時間は終わりだよカガリ。ちょっと早くて可哀そうな気もするけど」

 

 ユウヤの手がカガリの左手を取る。

 

 そして、

 

「あッ!?」

 

 カガリが声を上げた瞬間、ユウヤの指がカガリの指に嵌っていた指輪を抜きとってしまった。

 

 それは、アスランが別れ際にくれた指輪。

 

 カガリにとっては、とても大切な物。

 

「か、返せ!!」

「これは、僕が預かっておくよ。君にこんな物は必要ないからね」

 

 言いながら、見せつけるように、指先で指輪を弄ぶユウナ。

 

「まったく、言ってくれればもっと良い物を、僕があげたのに」

「ユウナ!!」

 

 カガリは最早、目の前の男に嫌悪感以外の物を抱けずにはいれなかった。

 

 そんなカガリを、ユウナは馬鹿にしたように見据える。

 

「僕に怒鳴ったって意味は無いよ。これはもう、決まった事なんだからね」

 

 決めつけるように言うユウナ。

 

 更に念を押すように、顔を近付けて来る。

 

「オーブは大西洋連邦と同盟を結ぶ。そして君は、僕と結婚するんだ。な~に、何も心配はいらない。オーブは何も変わらないし、代表首長である君の立場も変わらない。ただちょっと、国の進む道を変え、そして君の代わりに重い荷物は僕達が背負って歩いてあげるってだけの話さ」

 

 その言葉を、カガリは黙ったまま聞いている。

 

 内心に滾る怒りは、今すぐにでも目の前の男にぶつけてやりたいくらいだった。

 

 ユウナは要するに、カガリを御飾りの傀儡として据え、その上で自分達は特権を独占すると言っているのだ。

 

 やがて、ユウナは仕事があるからと部屋を出て行き。

 

 再び1人となったカガリは、備えつけのベッドに、倒れ込むようにして横になった。

 

 天井に向けて、左手を翳す。

 

 先程までそこにあった温もりのある重みが、今は無い。

 

 このままではオーブは、その理念に反する行動を取らざるをえなくなる。

 

 そしてカガリも、望まぬ結婚を強いられる事になるだろう。

 

 あらゆる事が、間違った方向へ流れようとしている。

 

「・・・・・・・・・・・・負けてたまるか」

 

 カガリは低い声で呟く。

 

 その瞳には、未だに絶望の色は無い。

 

 たとえどれだけ絶望的な状況になっても、最後まで戦い抜いてやる。

 

 そう、あれだけの大艦隊を、たった1隻で打ち破ったミネルバのように。

 

 

 

 

 

 カガリが逮捕される。

 

 その情報は、ほどなくマリュー達の下へももたらされた。

 

 その話を聞いた時、誰もが驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。

 

「まさか、セイランがこんな強引な手を使ってくるなんて」

「連中としても、大西洋連邦との同盟がある。これ以上、時間をかけたくなかったんだろう」

 

 沈痛なマリューの言葉に、バルトフェルドはコーヒーを片手に答える。

 

 口をつけるコーヒーの苦さに、わずかに顔をしかめる。

 

 バルトフェルドとしても、今回の事態は予想の埒外だったのだ。

 

「それで、カガリさんの行方についてはどうなの?」

「そちらについては、有力な情報は得られていません」

 

 マリューの質問に淡々と答えたのはエストだった。今回の情報を持ってきたのは彼女である。

 

 セイラン派が幅を利かせている軍部だが、まだ少数とはいえ「アスハ派」の軍人も存在している。エストはそれらの心ある士官から情報を得てきたのだ。

 

 だがセイラン側は、カガリ奪還を極度に警戒している節がある。なかなか尻尾を掴ませようとはしなかった。

 

「ただ、留置所の出入所記録をハッキングしましたが、それらしき人物の入所記録はありませんでした」

「だとすれば、彼女の居場所はセイラン所有の屋敷のどこか、か」

 

 とはいえ、数が多すぎる。このオーブ国内にセイラン所有の邸宅は大小合わせて数十ヵ所も存在するのだ。あるいは、臨時にどこかの施設を借りて、そこに監禁されている可能性すらある。それらを虱潰しにするのは骨が折れる作業である。

 

 難しい顔を作る一同。

 

 この場にいるのは、マリュー、バルトフェルド、エストの他にあと2人、シンとラクスが会話に加わっている。

 

 シンは苦い表情をする。

 

 カガリには恩義がある。戦後、身寄りを亡くしたシンとマユに住む場所を提供し、シンには軍にとどまれるよう便宜を図ってくれた。

 

 もし、彼女に恩を返せるとしたら、今がその時だと思った。

 

「助けなきゃ・・・・・・」

 

 シンが告げた言葉に、全員が強く頷きを返す。

 

 彼女は前大戦から共に闘ってきた大切な仲間であり、かけがえのない友人だ。

 

 もとより、この場に集まった全員、カガリを見捨てる気でいる者は1人もいない。

 

「だが、こうなった以上、例のプランは見直しだな」

 

 バルトフェルドは、溜息を交えてつぶやきながら、砂浜へと目をやる。

 

 そこでは、子供たちが元気に走り回っている姿が見える。リリアとマユが一緒に遊んであげているようだ。

 

 実はバルトフェルドは、オーブと大西洋連邦の同盟締結が濃厚になった時点で、オーブを出る計画を立てていたのだ。

 

 同盟が締結すれば、コーディネイターにとってオーブは住み良い場所とはいえなくなる。そうなる前に、プラントあたりへ移住しようかと考えていたのだ。その際にはマリューやマルキオをはじめ、親しいナチュラルの人々も一緒に連れて行こうと考えていたのだが。

 

「カガリさんを1人、残していくわけにはいきませんものね」

 

 ラクスも、沈痛な表情で言う。

 

 彼女自身、カガリの身に降りかかった災難を考えると、やりきれない思いがあるのだ。

 

「では、カガリの事は私の方で調べてみます」

 

 そう言ったのはエストである。

 

「この中では、私が適任でしょうから。可能なら連絡も取れるようにします」

 

 シンは軍人だが潜入や情報収集は畑違いである。マリューも同様だ。バルトフェルドは見た目と存在が強烈すぎる為、潜入向きではない。ラクスに至っては軍人ですらない。

 

 その点、エストは元大西洋連邦の特殊部隊員だ。情報収集や潜入作戦用の技能も習得している。この役目には適任だった。

 

「お願いするわね」

 

 エストに頷きながら、マリューは視線を海岸の方に向ける。

 

 マユやリリア達と一緒になって遊ぶ子供たちが、今は波と戯れるようにしているのが見える。

 

「どこかでただ、平和に暮らせて、死んで行ければ一番幸せなのに、まだ、何が欲しいって言うのかしら、私たちは」

 

 その言葉に、シン達も海岸で遊ぶマユ達に視線を向けた。

 

 そう、本当に、それが一番幸せのはずなのだ。

 

 なのに、人は戦おうとする。何かを得る為に、あるいは何かを守る為に。

 

 そして自分たちもまた、戦いから無縁ではいられない事を、実感せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、事態は予想外に早く、そして思ってもみなかった形で展開することになった。

 

 その日の深夜。

 

 アスハ邸から程遠からぬ海岸の岩場に、複数の影が上陸してくる光景があった。

 

 闇に紛れて岩場に立った彼等は、潜水具を素早く脱ぎ捨て、代わって暗視スコープを装着し、持ってきた防水バッグの中からライフルを組み立てる。

 

 その動きは機敏であり、何らかの軍事訓練を受けているのは明らかだった。

 

「良いな、ターゲットの死の痕跡は決して残すんじゃないぞ。ただし、確実に仕留めるんだ」

 

 リーダーの指示に無言で頷くと、足音を立てずに崖の上のアスハ邸を目指して駆けだした。

 

 異変に最初に気付いたのはバルトフェルドだった。

 

 彼は就寝前、ベッドの上で小説を読んでいたのだが、不意の警告音を聞くと、その隻眼に緊張を走らせた。

 

 銃を片手に部屋を飛び出すと、ちょうど隣の部屋から、同じように緊張を顔に張り付けたマリューが出て来た。

 

「・・・・・・どこの連中かな?」

 

 バルトフェルドは、独り言のように言う。

 

 警告音は、この屋敷に侵入者が現れた事を意味している。そして不本意ながら、心当たりは多すぎるくらいだった。

 

「ラクスとマユ、それに子供達を頼む。シェルターへ」

 

 バルトフェルドの命令に、マリューは頷くと駆けだして行った。

 

 それと入れ替わりに、シンも銃を持って出て来た。

 

「バルトフェルドさんッ」

「どうやら、いやお客さんみたいだな。出迎えは俺がやるから、お前さんはラミアス艦長と子供達を頼む」

「はいっ」

 

 駆けて行くシンを見送ると、バルトフェルドも行動を開始する。

 

 リビングまで駆けおりると、壁に身を寄せて様子を覗う。

 

 ほぼ同時に、銃弾の嵐がリビングに吹き込んで来た。

 

 とっさに物影から出て反撃するバルトフェルド。

 

 その的確な銃撃を前に、接近しようとしていた2人の敵が、もんどりうって倒れる。

 

 前大戦で生死を彷徨うほどの重傷を負ったバルトフェルドだが、その戦闘技術はいささかも衰えてはいない。向かってくる敵を的確に処理していく。

 

 だが、敵の数が多すぎる。

 

 とっさにテーブルを倒し、即席のバリケードを作って反撃するバルトフェルド。

 

 そこへ、射撃が集中される。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら、テーブルの影に身を隠すバルトフェルド。

 

 装備、人員、そして数から言っても、敵はプロである事は間違いない。

 

 だが、誰が? 何の目的で?

 

 銃を撃ちながらも、バルトフェルドは冷静に思考を走らせる。

 

 オーブ政府がこちらの動きを察知して刺客を送り込んで来たか、あるいはラクスやバルトフェルドの存在を察知したブルーコスモスの襲撃か。

 

 考え始めればキリがない。

 

 テーブルの影から銃を突き出し、反撃の銃撃を浴びせる。

 

 が、やはり数が多すぎる。どうやら裏からも侵入されたらしく、邸内からも散発的に銃撃音が聞こえ始めていた。

 

 子供達とマルキオの護衛にはマリューとシンがついているが、2人だけでは心もとない。ラクスとリリアは銃撃戦ができないし、せめてエストがいたら良かったのだが、間の悪い事に彼女はカガリの情報を得る為に軍本部へ行ってしまった。

 

 バルトフェルドは銃撃が止んだ一瞬の隙をついてテーブルの影から飛び出し、廊下に転がりこむ。

 

 裏門が破られた以上、表だけを守っていても意味は無い。こうなったら、一刻も早く合流した方が良いだろう。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、横合いから白刃が飛び出してきた。

 

 ナイフである。

 

「クッ!?」

 

 その一撃を、とっさに左腕で受け止めるバルトフェルド。

 

 しかし一瞬反応が遅れた事が災いし、拳銃を床に取り落としてしまう。

 

 振り下ろされた刃は左腕に深々と突き刺さり、更に悪い事に2人はもつれ合うようにして倒れ込んでしまった。

 

 バルトフェルドの上にまたがり、敵は更にナイフを押し込もうと力を入れて来る。

 

 だが、一瞬の隙を突き、バルトフェルドは相手を蹴り飛ばす。

 

 体勢を崩しながらも、尚も斬りかかって来ようとする敵。

 

 それよりも一瞬早く、バルトフェルドの銃撃によって吹き飛ばされた。

 

 倒れた相手を押しのけながら、バルトフェルドは自分の左腕を惚れぼれと見詰める。彼の左腕は、肘から先が黒い銃身になっていた。

 

 先の大戦でシルフィードと戦った際に重傷を負ったバルトフェルドは、その時に左腕も失った。そこで彼は、失った左腕の代わりに、隠し武器としてショットガンを仕込んでいたのだ。

 

 この義手を選択した時、彼の副官は呆れていたが、どうやら無駄にはならなかったようである。

 

 擬装用の義手を装着し直して、上階へ向かおうとしたバルトフェルド。

 

 その時、微かな音声が聞こえて来ている事に気付いた。

 

《目標は子供と共にエリアEへ移動、武器は持っていない。護衛は女1人に子供が1人だ。早く仕留めろ》

 

 たった今倒した敵が、耳に付けていたイヤホンが外れ、そこから音声が漏れて来ていたのだ。

 

 目標

 

 その言葉が、バルトフェルドには引っ掛かった。

 

 それに敵の正体。当初はオーブ軍かブルーコスモスかと思っていたが、そのどちらでもない。

 

 こいつ等はコーディネイターだった。そこから導き出される答は1つ。

 

 こいつ等の狙いはラクスの暗殺。

 

「クソッ」

 

 バルトフェルドは舌打ちすると、マリュー達と合流すべく駆けだした。

 

 

 

 

 

 その頃、マリューとシンに護衛されて、ラクスや子供達はシェルターのある場所へと急いでいた。

 

 先頭はシン、マリューがしんがりとなり、一団となって進んで行く。

 

「窓から離れて、急いでねッ」

 

 マリューが子供達に指示を下す。

 

 シンは先頭になって進みながら、周囲の廊下を警戒しながら進んで行く。

 

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 マユが不安そうに、シンを見上げて来る。

 

 この中では比較的年長のマユだが、まだ13歳の女の子だ。突然降ってわいたような事態に、怖がるのも無理は無い。

 

 そんな妹を安心させるように、シンは微笑みかける。

 

「大丈夫、みんなの事は俺が守るから」

 

 そう言った時だった。

 

 廊下の先で黒い影が動くのを、シンは見逃さなかった。

 

「クッ!!」

 

 素早く引き金を引いて、拳銃を2射する。

 

 シンも軍に入った際、正式に射撃の訓練は受けている。無論、モビルスーツの操縦ほどには上手くないが、それでも並みの兵士程度の実力は有していた。

 

 シンの反撃を受けて、影は弾かれたように倒れる。

 

 しかし、間近で銃声を聞いたせいで、子供達の間の間に鳴き声や悲鳴が上がる。

 

「止まるな、走るんだ!!」

 

 泣き声に覆いかぶせるようにして、シンが叫ぶ。

 

 マユが子供達の手を引き、リリアは子供を抱いて走って行く。目の見えないマルキオは、ラクスに手を引かれて進んで行く。

 

 その時、曲がり角の向こうから、更に敵が現れるのが見えた。

 

「ウオォォォォォォ!!」

 

 とっさに振りむきざまに銃撃を放つシン。

 

 そのうちの1発が、相手の手からライフルを弾き飛ばした。

 

 しかし、相手はそれだけでは止まらない。すぐにナイフを抜いて踊りかかって来る。

 

「クッ こいつ!!」

 

 飛びかかるシン。

 

 同時に鋭い蹴りを繰り出し、相手の顎を打ち抜いて弾き飛ばした。

 

 その時、

 

「シン、後ろ!!」

 

 リリアの鋭い警告に、とっさに床へと転がるシン。

 

 そこへ、敵からの銃撃が床を叩く。

 

 危なかった。リリアの警告が無ければ、今頃シンは背後からハチの巣にされていた筈である。

 

 シンを銃撃しようとしていた敵は、逆にマリューの銃撃を浴びて床に倒れる。

 

 そこへ、リリアが駆け寄ってきた。

 

「シン、大丈夫?」

「ああ、サンキューな」

 

 リリアの手を借りて起き上がりながら、シンは礼を言う。

 

 とにかく、もうすぐシェルターだ。そこまで行けば、あとは安全な筈だった。

 

 シェルターの入り口では、パスワードを知っているマルキオがパネルの操作を行っていた。

 

 そこへ、突然反対側のドアが開いたので、とっさに銃口を向ける

 

 が、

 

「おいおい、俺だよ」

 

 苦笑気味にそう言ったのが、階下で足止めをしていたバルトフェルドと知り、ホッと胸をなでおろす。

 

 ちょうどその時、思いドアがスライドして、シェルターの扉が開いた

 

「みんな、早く入って!!」

 

 促され、まず子供達とマルキオが中へと入って行く。

 

 だが、続いてラクスが中に入ろうとした時だった。

 

 彼女の背後にいたマユが、ふと、通気口の中で何かが光ったのを見逃さなかった。

 

「危ない、ラクスさん!!」

 

 とっさに、マユの小さな体がラクスに体当たりを掛ける。

 

 ほぼ同時に、通気ダクトの中でマズルフラッシュが瞬く。ダクトの中にも刺客が潜んでいたのだ。

 

 とっさにマユが体当たりを掛けた事で、ラクスは床に押し倒され、不意の襲撃から逃れる。

 

 ほぼ同時に、シン、バルトフェルド、マリューの銃が火を吹き、ダクトの中にいた暗殺者を射殺する。

 

「今の内だ!!」

 

 バルトフェルドが促され、シンはラクスとマユを助け起こすと、シェルターの中へと駆けこむ。

 

 最後にマリューが中に飛び込むと扉は閉じられ、ロックが掛けられた。

 

 このシェルターは自然の岩盤を掘削し、その中に造られている為、壁面は非常に強固である。この扉にしても爆薬程度で破る事はできないし、ロック解除も外からはできない仕組みになっている。取り敢えず、これで一安心だった。

 

「コーディネイターだわ」

 

 床に座り込んだまま、マリューは荒い息と共に呟いた。

 

 その言葉に、バルトフェルドも頷きを返す。

 

「ああ、それも素人じゃない。ちゃんと戦闘訓練を受けている連中だ」

「ザフト軍、て事ですか?」

「それは判らんがね」

 

 シンの質問にバルトフェルドが答えた時だった。

 

「狙われたのは、わたくし、なのですね?」

 

 先程の奇襲は、明らかにラクス個人を狙っていた。つまり、連中の言っていた「目標」と言うのは、ラクスである事を意味している。

 

 あの時、マユが庇わなかったら、今頃ラクスの命は無かった事だろう。

 

 その時だった。

 

 突然、床全体が波打つような振動が伝わってきた。

 

 同時に、轟音と衝撃がシェルターを揺るがす。

 

 爆発。それも、恐らく尋常でない規模の。

 

「『狙われた』と言うか、狙われてるなあ、まだ」

 

 バルトフェルドが苦しげに言う。この振動は最早、対人兵器レベルの物では無い。

 

 一同は奥の扉を開き、更にシェルターの奥へと退避する。

 

 しかし、それも恐らくは時間稼ぎでしかないだろう。

 

「モビルスーツ!?」

「恐らくなッ」

 

 扉をロックしながら、バルトフェルドは吐き捨てるように言う。

 

「何が何機来てるか判らんが、火力のありったけで狙われたら、ここも持たんぞ」

 

 モビルスーツの火力は、対人火器とは比べ物にならない。このシェルターの壁も、モビルスーツの火器を防げるようにはできていなかった。

 

 どうする?

 

 シンの中で焦りが募って行く。

 

 ここにモビルスーツは無い。何でもいい。どんな機体でも手元にあれば、あんな連中一掃できるのに。

 

 シンはマユやリリア、子供達を見回す。

 

 自分は彼女達を護る事もできず、ここで手を拱いている事しかできないのか!?

 

 その間にも、振動は徐々に強くなって行く。

 

 もし壁面が破られれば、その瞬間、シェルターは一瞬で炎に包まれるだろう。

 

 その時、ふいにバルトフェルドが真っ直ぐにラクスを見据えた。

 

「ラクス、鍵は持っているな?」

 

 その言葉に、ラクスはハッとして、胸に抱いたハロを強く抱きしめる。

 

 そんなラクスに対し、バルトフェルドは鋭い口調で続ける。

 

「扉を開ける。仕方なかろう? それとも今、ここでみんな大人しく、死んでやった方がいいと思うか?」

「いえ・・・・・・それは・・・・・・」

 

 バルトフェルドの言葉に、ラクスは言い淀む。

 

 バルトフェルドが何を言おうとしているのか、ラクスには理解できている。

 

 ただそれだけに、躊躇いを覚えずにはいられなかった。

 

 踏み出してしまえば、もう後戻りはできない。それは、そう言う類の物なのだ。

 

 だが、

 

 ラクスは子供達を見回す。

 

 力があるのにそれを使わず、この子達まで犠牲にする事は許されない事だ。

 

 ゆっくりと頷き、ラクスはバルトフェルドに歩み寄ると、手の中のピンクハロを差し出す。

 

 ハロが口を開くと、そこには金と銀の鍵が1本ずつ収められていた。

 

 1つはラクスが、もう1つはバルトフェルドがそれぞれ掴むと、部屋の更に奥にある大きな扉へと歩み寄る。

 

 左右のパネルに鍵を差し込むと、同時に回した。

 

 厳かな音と共に、扉が左右に開いて行く。

 

 一同の視線が闇の先に集中する中、

 

 それは静かに佇み、眠り続けていた。

 

「これはッ!?」

 

 シンは思わず声を上げる。

 

 鋼鉄の四肢、背中に負った巨大な翼、額に備えた4本のブレード。

 

 シンはその機体に、見覚えがあった。

 

 其れはかつて、最凶最悪のテロリストとして恐れられた少年の愛機。L4同盟軍最強の一角として、埒外の猛威を振るった機体。

 

 ZGMF-X14A「イリュージョン」

 

 かつての主を失った最強の機体は、この2年間闇の中でただジッと、自身に相応しい乗り手を待ち続けていたのだ。

 

「さて、問題は誰が乗るかだ」

 

 バルトフェルドは思案して言う。

 

 かつての乗り手であるキラは、もういない。そしてサブパイロットであったエストもここにはいない。

 

「わたくしが乗ります」

 

 穏やかな声で名乗り出たのはラクスだった。

 

 確かに彼女は、かつてはイリュージョンの兄弟機であるフリーダムのパイロットであった。勝手も知っているだろう。

 

 しかし、

 

「ダメよ、ラクスッ」

 

 慌てたようにリリアが遮った。

 

「リリアさん・・・・・・」

「狙われてるのはラクスなんだよ。それなのにラクスが出て行ったりして、もしもの事があったらどうするのッ」

 

 そう言われてしまっては、ラクスとしても黙らざるを得ない。パイロットとしてのラクスの能力は疑うべくもないが、万が一の事を考えると自重せざるを得なかった。

 

 そこで、

 

「俺が乗るよ」

 

 シンが名乗り出た。

 

「お兄ちゃん!?」

「シンッ!?」

 

 マユとリリアが声を上げる中、シンは固い決意を瞳に滲ませて言う。

 

「ラクスがダメなら、俺しかいないだろ」

 

 確かに、シンはアスランや、あのキラですら一目置いたほどの技量の持ち主であり、現在でもオーブ宇宙軍のエースパイロットとして鳴らしていた。シン以上の適任は、この場にはいないだろう。

 

「決まりだな。だが、問題はもう一つある」

 

 バルトフェルドが言いたい事は、皆理解している。

 

 それは、イリュージョンが2人乗りだと言う事だ。

 

 イリュージョンはデュアル・リンクシステムと言う装置を搭載している。これはあらゆる戦闘データを解析し、数秒先の未来を予測するシステムなのだが、処理するデータが膨大である為、操縦を担当するメインパイロットと、システム操作を担当するサブパイロットが必要になるのだ。

 

 勿論、サブパイロット無しでも機体は動かせるし戦闘も可能なのだが、それでは能力を十全に発揮する事ができない。

 

 その時、誰もが驚く人物が名乗りを上げた。

 

「お兄ちゃん、私が乗るッ」

 

 そう名乗り出たのは、何とマユだったのだ。

 

「ま、マユ、何、馬鹿な事言ってんだ!?」

 

 怒鳴りつけるように言うシン。それは兄として当然の反応だった。

 

 マユは今まで戦場に出た事が無い。勿論、先の大戦の時はシンにくっついて戦場に来てはいたが、ずっと後方の戦艦で待機していたのだ。

 

 そのマユが突然、モビルスーツに乗ると言いだした事に、シンは戸惑いを隠せなかった。

 

「お願い、お兄ちゃんッ 私も、みんなの為に戦いたいの!!」

「だからって、マユ・・・・・・」

 

 戸惑うシン。

 

 マユの想いは、無論、兄としては誇らしい事である。しかし、それとこれとでは話がまるで違う。

 

 そんなシンに、リリアが歩み寄った。

 

「あのね、シン」

「な、何だよ?」

 

 あまりの事態にショックを受けているシンに、リリアは言い難そうに話す

 

「実は今まで黙ってたんだけど、マユちゃん、今までこの機体に何度も乗っているの」

「なッ!?」

 

 今度こそシンは、完全に絶句する。

 

 なぜ、そのような事になっていたのか? 自分の与り知らない所で、一体何が起こっていたのか?

 

「イリュージョンの整備、私がやってたんだけど、デュアル・リンクシステムの調整だけは、どうしても誰か他の人に手伝って貰わなくちゃいけなくて、それでマユちゃんに・・・・・・」

 

 今まで黙っていてごめん、と言うリリアに、シンはどう応えて良いのか判らなくなる。

 

 本来ならば怒るべき所なのだろうが、しかし・・・・・・

 

 その間にも、砲撃は続く。シェルターの壁も崩れ始め、もういくらも持たないであろう事は明白だった。

 

「時間が無いぞ、シンッ!!」

 

 急かすバルトフェルド。

 

 シンもまた、短い葛藤の末に、頷きを返した。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 そう言うと、シンは妹の傍らに歩み寄り、その細い両肩に手を置いて見詰める。

 

 マユもまた、兄とよく似た、強い光を秘めた眼差しで見上げて来る。

 

「マユ、お前の事は、俺が絶対に護るからな」

「お兄ちゃん・・・・・・・・・・・・」

 

 2人は互いに視線を重ねて頷くと、揃って、機体の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 その頃、アスハ邸を襲撃した特殊部隊は、目標がシェルターに逃げ込んでしまった為、手持ちの火器では埒が明かないと考え、自分達が潜入の為に乗ってきたモビルスーツを引っ張り出してきた。

 

 既に彼等の攻撃により、美しい邸宅は見る影もない程に破壊し尽くされている。

 

 アッシュと名付けられたこの機体は、楕円形の胴体にクローの付いた両腕と長い足を有しており、ザリガニのような印象を受ける。

 

 ザフト軍が配備を目指して量産を進めている機体であり、グーン、ゾノに続く水中用モビルスーツである。水中戦における機動力もさることながら、ある程度地上における戦闘能力も有している最新鋭機であった。

 

 そう、バルトフェルドやマリューが予想した通り、彼等はザフト軍の特殊部隊だった。

 

 目的は、オーブ潜伏中のラクス・クラインの暗殺。しかも、オーブにラクスがいたと言う証拠も、一切残さずに始末すると言うのが命令だった。

 

 しかし、予想外に手間取ってしまい、アッシュまで持ちだす羽目になったのは完全に予想外だった。

 

「一点に集中して狙えッ 壁面を突破できれば、それで終わる!!」

 

 隊長であるヨップ・フォン・アラファスの指示が飛ぶ。

 

 先の大戦後、オーブ軍の洋上監視網も強化されている。その為、グーンやゾノの性能では役不足であり、潜入にはアッシュを使わざるを得なかったのだが、こうなった以上は、確実かつ早期に目標を仕留め、そしてオーブ軍が嗅ぎ付ける前に撤収しなくてはならない。もしこの期待が見とがめられれば、プラント側の関与の証拠となってしまうからだ。

 

 その時、度重なる攻撃に、ついにシェルターの壁の一部が崩壊して内部が見えるようになった。

 

 だが、内部を覗いて見て、ヨップは舌打ちした。シェルターは多重構造になっており、破壊した壁の奥に、更に別の壁が見えるのだ。どうやら、ラクス・クラインはその中であるらしい。

 

「目標を探せ!! オルアンとクラムニクは・・・・・・」

 

 ヨップが命令を下そうとした。

 

 その時、

 

 一条の閃光が、宵の空を切り裂いて駆け抜けた。

 

 驚く一同。

 

 その視線の先で、爆煙を突いて上空に駆け上がる蒼い機体がある。

 

「何だ、あれは!?」

 

 驚いて声を上げるヨップの視線の先で、その機体は背中の双翼を大きく広げた。

 

 その姿は、さながら愚かな人類を裁く為に舞い降りた天使のようである。

 

《あれはまさか、イリュージョン!?》

「ええええッ!?」

 

 部下の1人が叫んだ機体名に、ヨップは驚愕の声を上げる。

 

 イリュージョンの名は、無論、ヨップも知っている。

 

 先の大戦で活躍したザフト軍機。

 

 単体の戦闘力では最強とまで謳われた機体。

 

 しかし、パイロットの名前や素性など、あらゆる物が謎とされた為、伝説、あるいは空想の産物とさえ言われていた。

 

 だが、そのイリュージョンが今、目の前にいた。

 

 次の瞬間、イリュージョンは背中の対艦刀ティルフィングを抜き放ち、斬り込んで来る。

 

 その凄まじいスピードを前に、ヨップ達は動く事すらできない。

 

 すれ違う一瞬、

 

 複数のアッシュが、足を斬り飛ばされて地面へと倒れる。

 

 離脱するイリュージョン。

 

 その背中に向けてヨップ達のアッシュは、一斉にビーム砲や背中のミサイルランチャーを放つ。

 

 しかし、

 

 イリュージョンはまるで風に舞うかのような軽やかさで全てを回避する。ただの一撃すら、掠める事もできない。

 

 代わってイリュージョンは、背中の狙撃砲を展開して構えると、間断ない射撃を行う。

 

 正確無比な射撃を前に、アッシュは次々と腕を、足を吹き飛ばされ、戦闘力を奪われて行く。

 

「ば、馬鹿なァァァァァァ!?」

 

 信じがたい光景に悲鳴を上げるヨップ。

 

 だが、鮮やかに戦場を舞うイリュージョンの前に、アッシュは次々と無力化されて行く。

 

 そのイリュージョンのコックピットに座したアスカ兄妹は、比類ない程の連携で次々とアッシュの戦闘能力を奪って行く。

 

「お兄ちゃん、次、二時の方向、敵機が攻撃態勢に入った!!」

「遅いッ!!」

 

 マユのオペレートに従い、シンはイリュージョンを操る。

 

 ティルフィングを一閃。

 

 それだけで、アッシュは腕を斬り飛ばされて後退する。

 

 軽い。

 

 何と言う圧倒的な機体だ。かつて乗っていたストライク・ヴァイオレットよりも、現在乗っているムラサメよりも、圧倒的な出力が齎す機動性は、もはや解放感と言っても良かった。

 

 だがシンは、全ての攻撃を、敵の戦闘力を奪う事を目的に行っていた。

 

 かつて、この機体に乗っていたキラは、例え敵であっても可能な限り命を奪わない戦い方をしていた。その戦い方に、シンも習おうと思ったのだ。

 

 やがて、アッシュは残り1機になる。

 

「敵機、接近戦を狙ってる!!」

 

 マユのオペレート通り、クローにビームを出力して斬りかかって来るアッシュ。

 

 しかし、シンは慌てない。

 

 斬りかかって来るアッシュに対し、イリュージョンを上昇させて回避。

 

 振り向こうとするアッシュに対し、シンは機体を宙返りさせると、ビームライフルを抜き放って一射。アッシュの右腕を破壊する。

 

 更にシンは、アッシュの背部のミサイルランチャーを破壊し、左腕も吹き飛ばす。

 

 最後にラケルタ・ビームサーベルを抜き放つと、低空から一気に接近して横薙ぎに一閃、アッシュの両脚を一緒くたに斬り飛ばしてしまった。

 

 地面に転がるアッシュ。

 

 それを確認してから、イリュージョンはゆっくりと海岸へ降りて来る。

 

 僅か数分。

 

 たったそれだけの時間で、周囲に立っている機体はイリュージョンしかいなくなってしまった。

 

 圧倒的という言葉すら遠い。

 

 鎧袖一触ですら、まだ温い。

 

 根本から次元が違う戦闘が、展開されたようだった。

 

 その時、驚くべき事が起こった。

 

 突然、爆炎が躍り、シンとマユが見ている前で、アッシュが次々と爆発して行く。

 

 連鎖的に起こった爆発は、次々とアッシュを飲み込んで行く。

 

 例外は1機も無い。どうやら、証拠隠滅を図るつもりのようだ。

 

 その様を、シンは驚愕の眼差しで見詰める。

 

 シンは彼等の命を奪わないように戦ったが、それは何の意味も無かった。彼等は元々、任務に失敗した時はこうするつもりだったのだ。

 

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 マユが呆然として呟く。

 

 だが、シンは敢えて何も言わなかった。

 

 これはマユ自身が選んだ道だ。そして、自分はその事を許した。

 

 ならば、全てを受け入れて前へと進まねばならない。

 

 やがて、東の空からゆっくりと太陽が昇ってくるのが見える。

 

 その光の中で、イリュージョンは己の翼を休めるように、静かに佇んでいた。

 

 

 

 

 

PHASE―13「蘇りし翼」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。