機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-12「覚醒の時」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミネルバが出港すると言う話を聞き、カガリは取る物も取り敢えず、急いで艦を訪れていた。

 

 オーブが地球連合に加盟する。その流れは、もはや止め難いレベルにまでなっている。既に、オーブ政府内で条約に反対しているのはカガリ1人であった。

 

 ミネルバがオーブを出れば、もはや会う事は叶わないだろう。明日には敵味方になっているかもしれない。

 

 そうなる前にカガリは、どうしてもタリアと会って話さねばならないと思ったのだ。

 

 出港前に慌ただしい時間であるが、タリアはカガリの来艦を知ると、快く会ってくれた。

 

「本当に、すまないと思う」

 

 顔を合わせるとすぐに、そう言ってカガリは、タリアに頭を下げた。

 

 地球を救ってくれた艦を、まるで追いだすように扱わねばならない現状が、カガリには悔しくて仕方が無かった。

 

 そんなカガリに対して、タリアは優しく微笑みかける。

 

「お気になさらないでください、代表」

 

 タリアとて、今回の決定がカガリの意思では無い事は判っていた。

 

 クルー達の中にはカガリを非難し、露骨に指すような視線を送る者もいる。しかしタリアは、カガリを責めようと言う気持は微塵も無かった。

 

 恐らくカガリは、同盟締結に反対して必死に抵抗してくれたのだろう。だがそれでも、抗いきる事ができなかったのだ。

 

 いかにカガリと言えど、どうにもならない事はある。しかも彼女は、まだ18歳の若さである。将来はともかく、現在ではまだまだできない事の方が多いのだ。

 

「しかし、私は、あなた達に何もしてやる事ができなかった」

「代表・・・・・・」

 

 悔しそうに顔を伏せるカガリ。

 

 そんなカガリを、タリアはそっと抱き寄せて抱擁を交わす。

 

 カガリもまた、別れを惜しむようにタリアの背に手を回す。

 

 と、

 

「気を付けてくれ、グラディス艦長」

 

 カガリは低い声で、そっと告げる。

 

「え?」

「領海の外で、地球軍艦隊が網を張っている」

 

 その言葉に、タリアは緊張した表情を作る。

 

 カガリは今日、この事を伝える為に来たのだ。

 

「なぜ、このような・・・・・・」

「私はセイラン派の連中から監視されている。今日こうして、あなたに会いに来るだけでも、かなり無理があったんだ」

 

 ここまでオーブの内情は荒んでいたのか、と言う事をタリアは改めて確認した。

 

 実際カガリは、この情報を独自の情報網から得たのだが、重要なのは既にセイランもこの事を知っている可能性が高いと言う事だろう。その証拠として、地球軍が潜伏している一部の海域が、セイラン家からの告知によって進入禁止となっている。明らかに、戦闘がある事を見越したうえでの措置だった。

 

 セイランはまたしても、この情報をカガリには伝えずにいる。大方、戦闘が始まった後で「ミネルバは既に領海の外に出たのだから、我々が感知すべきじゃない」と、事後承諾的に事を進めようとしているのだろう。

 

 だからこそ、カガリは多少無理をして行動を起こしたのだ。

 

「情報感謝します、代表。しかし、良いのですか? そのような御無理をなさっては・・・・・・」

「心配無い。こっちはこっちで何とかするさ」

 

 心配するタリアに対してカガリはそう言って笑い掛け、艦橋を後にした。

 

 その足で搭乗ゲートに向かおうとした時、赤服を着た見覚えのある少女と正面から行き合った。

 

「あ?」

「おお」

 

 互いに相手の存在を認め、足を止める。

 

 アリスだ。

 

 少女はカガリを見ると、少しばつが悪そうな顔をしたが、すぐに意を決して近付いて来た。

 

「あの、代表・・・・・・」

 

 言ってから、勢い良く頭を下げた。

 

「この間は、すいませんでした!!」

「お、おいッ 何の事だ?」

 

 いきなり頭を下げられ、カガリも思わず呆気にとられる。

 

 そんなカガリに対し、アリスは顔を上げて真っ直ぐに見詰める。

 

「この間、ユニウスセブンの時の前に、あんな生意気な事言っちゃって」

「・・・・・・ああ」

 

 そこでカガリは、アリスが何を言いたいのか理解した。

 

 あのユニウスセブンでの戦闘前に、ヨウランが言った「自分達にとって地球が滅びるのは不可抗力で、むしろ色々な厄介事が無くなるから案外ラク」と言う言葉を、アリスは肯定するような発言をしてしまった。

 

 その事を謝っているのだ。

 

「ずっと、謝りたかったんだけど、なかなか機会が無くて」

「気にするな。て言うか、今更だろ」

 

 そう言って、カガリは苦笑する。

 

 アリスのそう言う率直な態度は、カガリとしても好ましく思えるところである。

 

「だが、私が言った事も忘れないでくれ。お前達が冗談で言ったつもりの言葉でも、言われた側からすれば冗談で済まない事もあるし、そのせいで傷付いてしまうことだってあるんだ」

「はい」

 

 カガリの言葉は、アリスの胸に深く刻まれる。

 

 自分達は戦争をしている。だが、だからこそ、相手が何を考え、何を思っているのか、それを忘れてはいけないのだ。

 

「私の方でも言い忘れていた。ユニウスセブンの時は、ありがとうな。お前達が頑張ってくれたおかげで、私は再びオーブに戻ってくる事ができた。本当に、礼を言う」

「代表・・・・・・」

 

 そこでふと、カガリは何かを思いついたように言った。

 

「なあ、その『代表』ってやめないか? グラディス艦長とかデュランダル議長ならともかく、あんまり歳の変わらないお前等にまでそんな風に言われると、何だか落ち着かないんだが?」

「えっと、じゃあ、なんて呼べば?」

「カガリで良いよ。私としても、その方がやりやすいしな」

 

 そのカガリの言葉に、アリスは一瞬キョトンとする。

 

 しかし、すぐに嬉しそうに頷く。

 

「えっと、じゃあ、カガリ」

「何だ、アリス?」

 

 アリスはスッと、右手をカガリに差し出す。

 

 それに対し、カガリもまた、笑顔でその手を握り返した。

 

「元気でね」

「ああ、お前もな」

 

 また会う事は、叶わないかもしれない。次に会う時は、敵同士かもしれない。

 

 だがそれでも今だけは、折角出会えた友達として別れたかった。

 

 やがて、アリスが去っていくと、入れ代わるようにして別の人物が姿を現わした。

 

 赤服を着たその青年が姿を現わした時、

 

「あ・・・・・・」

 

 カガリは、僅かに声を上げた。

 

 それは、彼女が、ある意味一番会いたくなかった相手。

 

 だが、どうしても、もう一度会いたかった相手。

 

 アスランは、カガリを真っ直ぐに見据えて歩いて来た。

 

「アスラン・・・・・・」

 

 オーブに戻ってから、カガリはアスランと顔を合わせるのは、実はこれが初めてである。

 

 理由としては勿論、連日の閣議で忙しかった事もあるが、それ以上にユウナとの事もあった。

 

 ユウナとの結婚話をカガリは断り続けているし、カガリ自身の気持は紛う事無くアスランに向いている。

 

 しかしそれでも、カガリの中の後ろめたい気持ちが皆無という訳にはいかなかったのである。

 

 何を、どうやって切り出そうか。

 

 思案に暮れるカガリ。

 

 するとアスランは、カガリの前に立って、軍服のポケットに手を入れた。

 

「どうやって渡そうか迷ってたんだが、君の方から来てくれてよかった」

「え?」

 

 訝るカガリ。

 

 そんなカガリに、アスランは手を差し出す。

 

 そこには、掌に収まるサイズの箱が乗せられ、その中には銀に輝く指輪があった。

 

「お前、これッ!?」

 

 驚いて顔を上げるカガリ。

 

 対してアスランは、照れたように顔を逸らしている。

 

「その・・・・・・色々と、難しい事は判ってるけど・・・やっぱり、俺としても、気分が良い訳じゃないから」

 

 あの上陸した日。

 

 あの時カガリに抱きつこうとした男が、カガリの婚約者なのだろうと言う事は予想していた。

 

 幸いにしてカガリは歯牙にもかけていない様子だったが、しかしそれでも、手を拱いているもどかしさには耐えられなかったのだ。

 

「その・・・・・・嫌か?」

 

 オズオズと尋ねて来るアスラン。とてもではないがその姿からは、颯爽とモビルスーツを駆るエースパイロットとしての姿も、はたまた隊長として威厳のある姿も見る事はできない。

 

 今の彼はどこにでもいる、18歳の青年に過ぎなかった。

 

 それに対し、

 

「馬鹿」

 

 カガリは、目に涙を浮かべ、それでいて嬉しそうに笑いながら言った。

 

「嫌な訳、ないだろ」

 

 その言葉に、アスランもまた微笑みを浮かべる。

 

 アスランはカガリの左手を取ると、その薬指にそっと指輪を指し込む。

 

 驚いた事に、指輪はまるで測ったように、カガリの指へとすっぽり収まった。

 

 泣き笑いの表情を浮かべるカガリ。

 

 そんなカガリを見て、アスランも愛おしそうに笑う。

 

 もしオーブが地球軍の側に回るのなら、もう会えなくなってしまうかもしれない。

 

 だからこそ、2人は互いを忘れないように見つめ合い、

 

 そして互いに、唇を重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな唸りを上げて、グレーの巨艦がゆっくりと滑りだしてくる。

 

 アーモリーワンからの出撃以来、艦の形が変わる程に受けた損傷は、既にオーブ技術陣の尽力のおかげで新品と見紛わんばかりに修復されていた。

 

 目指すカーペンタリア基地は、オーブから南に下った場所。旧世紀にはオーストラリアと呼ばれた大陸の北部にある。

 

 カーペンタリア基地は前大戦時には、地上におけるザフト最大の拠点として活躍し、終戦時、唯一、地球軍による占領を免れた基地でもあった。

 

 現在、カーペンタリア、そしてもう1か所のザフト軍拠点であるジブラルタルは、地球軍の包囲を受けている。たとえミネルバが行っても、合流できるかどうか判らない。

 

 しかし、情勢不安定なオーブに留まり続けるよりも、多少危険でも味方との合流を目指した方が得策である、とタリアは考えていた。

 

 港を出て、外海を目指して航行するミネルバ。

 

 やがてその姿が領海線を越えた時だった。

 

 突如、ミネルバの進路を遮るようにして、無数の艦船が姿を現わした。

 

 地球軍艦隊である。

 

 空母4隻、戦艦8隻を含む大艦隊が、ミネルバの進路上で待ち構えていた。

 

 地球軍艦隊旗艦の艦上で、艦隊を統べる司令官が姿を現わしたミネルバの姿を見てほくそ笑んでいた。

 

「成程、あれがザフトの最新鋭戦艦ミネルバか」

「情報通りですな」

 

 参謀長もまた口元に笑みを張り付けて、手にした双眼鏡から目を離す。

 

 彼等は今日、ミネルバがオーブを就航してカーペンタリアへ向かうと言う情報を掴んでおり、その情報を元に、この海域で網を張っていたのだ。

 

 情報を流したのはセイランである。

 

 セイランは地球連合への加盟する手土産として、ミネルバを犠牲の祭壇に捧げたのである。

 

 ザフトの最新鋭戦艦であり、先のブレイク・ザ・ワールドにも関与した艦。これほど極上の手土産は、他には無いだろう。

 

「フンッ 連中も必死だな。早くしないと自分達の取り分も無くなってしまうと言う訳か」

 

 セイラン家に対して、明らかな侮辱の言葉を吐く司令官。

 

 かつて母国を焼いた国にあからさまに媚を売るセイランの態度は、他国の事とは言え、彼には理解しがたい物があるのだ。

 

「まあ、良いじゃないですか。おかげで、我々は極上の獲物が手に入った訳ですし」

「確かにな」

 

 参謀長の言葉に、司令官は鷹揚に頷く。

 

 確かに、その手の裏事情など、こちらが気にするような事では無い。自分達はただ、目の前の仕事を片付けるだけだった。

 

「よし、全艦戦闘配置、モビルスーツ隊発進、目標、ザフト軍戦艦ミネルバ!!」

 

 いかにザフト軍の最新鋭戦艦とは言え、この大艦隊に敵う筈が無かった。

 

 水上艦艇がミネルバの進路を遮るように行動し、空母の甲板では高機動型のストライカーパックであるジェットストライカーを装備したウィンダムが、次々と発艦して行く。

 

 後は包囲して、袋叩きにするだけである。

 

 司令官の口が、攻撃開始を告げようとした。

 

 正に、その瞬間だった、

 

「敵戦艦に、高エネルギー反応!!」

「何ッ!?」

 

 オペレーターの悲鳴じみた報告に、司令官は思わず目を剥いた。

 

 その視線の先、

 

 真っ直ぐに、向かって来るミネルバの艦首が、光り輝いているのが見える。

 

「いかんッ 回避だ!!」

 

 殆どとっさに命じる司令官。

 

 だが、次の瞬間、

 

 ミネルバの艦橋で、タリアの目が鋭く光った。

 

「タンホイザー、発射ァァァァァァ!!」

 

 放たれる閃光。

 

 一部の大量破壊兵器を除けば、艦載砲としては世界最強の威力を持つ陽電子破城砲タンホイザーが、地球軍艦隊を飲み込むような形で放たれたのだ。

 

 海面その物を薙ぎ払うかのような一射。

 

 その一撃が、地球軍艦隊の隊列の一角を、文字通り「削り取った」。

 

 まずは一撃。立ち上がりを制する事はできた。

 

 カガリから、地球軍艦隊の待ち伏せを知らされたタリアは、港を出た時点でコンディションレッドを発令し、全艦に戦闘準備を命じたのだ。

 

 そして、地球軍艦隊を射程に捉えた瞬間、タンホイザーを先制の一撃とした発射。地球軍艦隊の隊列に大穴を開けたのだった。

 

「これで、退いてくれれば嬉しいのだけど・・・・・・」

 

 タリアが呟いた瞬間、

 

「地球軍艦隊、砲撃を開始しました!!」

「後方の空母より、モビルスーツ隊の発進を確認!!」

 

 どうやら、そう上手くいかないらしい。

 

 しかも、さらに驚愕の事態が起こった。

 

「後方にオーブ軍艦隊、我が艦の後方を塞ぐ形で展開しています!!」

「えええッ!?」

 

 アーサーが驚いて声を上げる。

 

 何と言う手の早さ。

 

 オーブは、否、この場合はセイランは、と言うべきだろうが、彼等はどうあってもこの場でミネルバに沈んでもらいたいらしい。

 

 前面には地球軍艦隊、後方にはオーブ艦隊。

 

 もはや戻る事も叶わなくなった。

 

 しかもこちらは戦艦1隻。対して地球軍艦隊は空母4隻を含む大艦隊だ。

 

「・・・・・・進むしかない、と言う訳ね」

 

 迫りくる地球軍艦隊を双眸で睨みつけ、タリアは言い放つ。

 

 良いだろう、ならばとことんまでやってやろうじゃないか。

 

「全砲門開け、モビルスーツ隊発進!! 前方の地球軍艦隊を抜ける!!」

 

 絶望的な戦いが、幕を開けた。

 

 

 

 

 

「アリス・リアノン、コアスプレンダー、行きます!!」

 

 ミネルバの中央カタパルトから、小型戦闘機が射出される。

 

 更にそれを追って、チェストフライヤー、レッグフライヤー、そして高機動戦用のフォースシルエットが射出される。

 

 今回の任務はとにかく、海域を突破するまでミネルバを守りきる事にある。それまでの間に敵機をミネルバに近づけさせないようにする為の装備としては、フォースシルエットが最適だった。

 

 空中で4機が合体。インパルスが形成される。

 

 更にミネルバから、セイバーが飛び立ってくるのが見える。

 

 レイのザクファントムと、ルナマリアのザクウォーリアは、甲板に飛び上がっている。この2機は空中戦能力が無い為、ミネルバ艦上にて稼働可能な砲台としての役割を担う事になる。

 

《インパルス、セイバーは、なるべく艦から離れないように交戦してください!!》

「了解!!」

 

 スピーカーから聞こえて来たメイリンの声に叩きつけるように応じると、アリスは機体をミネルバ上空へと移動させる。

 

 それと同時にミネルバが両舷の主砲と、前部甲板に備えつけた副砲を発射して、迫りくる地球軍艦隊に応戦を開始する。

 

 そこへ、群がるようにしてジェットストライカー装備のウィンダムが迫って来る。

 

「ミネルバは、やらせない!!」

 

 アリスは叫ぶと同時に、インパルスを駆って前に出る。

 

 同時にビームライフルを発射。

 

 2機のウィンダムが、エンジンやコックピットを撃ち抜かれて海面へと落ちて行く。

 

 更にアリスはインパルスのビームサーベルを抜き放つと、敵編隊のど真ん中に斬り込んだ。

 

 そのあまりの加速の前に、地球軍の対応が一瞬遅れる。

 

 その隙にアリスは、ウィンダム1機を袈裟掛けに斬り捨て、更に1機のコックピットを刺し貫いて撃墜する。

 

 アスランもまた、ビームライフルで的確に射撃してウィンダム3機を撃墜。

 

 更に、セイバーを戦闘機形態にすると、高機動を発揮してウィンダムの背後へと回り込み、スーパーフォルティスビーム砲を発射。ジェットストライカーを破壊して撃墜する。

 

 更にアスランは、セイバーを人型に戻してビームサーベルを抜き放つと、インパルス同様に地球軍の中へと斬り込んで行く。

 

 圧倒的多数の敵を相手にする場合、距離を置けば火力を集中される為、却って危険である。それよりも、敢えて敵中に飛び込んでしまった方が、敵は同士討ちを躊躇って攻撃を控える事があるので安全である場合が意外に多いのだ。

 

 勿論、それをやるには、敵に囲まれても戦い抜く度胸と、絶対に敵の攻撃を食らわないだけの技量が必要になるが。

 

 アスランは元より、アリスもまた複数の戦闘経験を経て、歴戦のパイロットに追随できるだけの技量を持つに至っている。これだけの大軍を相手にしても、一歩も退かずに戦う事ができた。

 

 ルナマリアとレイもまた、ミネルバを守るべく奮戦している。

 

 レイの白いザクファントムは突撃銃を撃ちながら甲板を駆けまわり、取り付こうとする地球軍機を叩き落としている。

 

 ルナマリアの赤いザクウォーリアはより長射程のオルトロスを操り、1機ずつ確実にウィンダムを落として行く。

 

 圧倒的多数の敵を前にしても、ミネルバは足を止める事は無い。

 

 既に数度の実戦経験を経て、彼等はザフト最強の称号を戴きつつあったのだ。

 

 

 

 

 

「成程、確かにやるようだな。そこら辺は、ロアノークの報告通りと言う訳か」

 

 旗艦に座乗する司令官は、ミネルバの戦いを見ながら鷹揚に呟く。

 

 あの艦の事は、既に交戦したファントムペイン隊長から報告を受けていた。

 

 あの先制の一撃と言い、単艦での戦闘展開と言い、成程、侮れない者があるのは確かだった。

 

 だが、この程度の事は先刻承知済みだ。その為の切り札も用意してある。

 

「ザムザザーの発進まだか? あまり敵が弱ってからでは、大したデモンストレーションにならんぞ?」

「は、間もなく発進可能との事です」

 

 参謀長が答えて暫くした時、甲板のエレベーターが作動して、格納庫から緑色の機体がせり上がってきた。

 

 大きい。通常のモビルスーツの3倍近い巨体である。形は甲殻類のような姿をしており、突き出した4本の脚にはかぎ爪まで備えていた。

 

 YMAF-X6BD「ザムザザー」

 

 ユニウス条約で兵器保有を制限された大西洋連邦が、ザフト軍のエース機に対抗する為に創り出した大型モビルアーマーである。

 

 その火力は圧倒的であり、1機で戦艦1隻に匹敵するという評価を受けている。

 

 ただし、この機体の持ち味は攻撃力よりも、むしろ防御力の方にある。陽電子リフレクターと呼ばれるシールドを装備し、あらゆる攻撃をはじき返す事ができるのだ。

 

 これはユーラシア連邦所有の宇宙要塞アルテミスが持つ光波防御帯の技術を用いたものであり、兵器としては既に、威力が実証済みの物である。

 

 その禍々しい雄姿を、司令官は満足げに見詰める。

 

「身びいきかも知れんがね、私はこれからの主力はああいった大型のモビルアーマーになると思っているよ。ザフトの真似をして作った、蚊トンボのようなモビルスーツでは無くてな」

 

 その間にも、ザムザザーの発進準備が進められる。

 

《ズールゼロワン、リフトアップ、B-80要員は誘導確認後、バンカーに退避》

 

 やがて凄まじい振動と共に、ザムザザーは蒼空に解き放たれる。

 

 相手はザフト軍の最新鋭戦艦と、その艦載機。新兵器のデモンストレーションの場として、これほど格好な物は無かった。

 

 

 

 

 

 接近する巨大な機影は、ミネルバの方でも捉えていた。

 

 敵の攻撃を食らいながらもミネルバは、少しずつ前進を続け、このままなら突破も不可能ではないかもしれない。

 

 そう思い始めた矢先の状況変化に、誰もが戸惑いを隠せなかった。

 

「光学映像、出ます!!」

 

 メイリンの声と共に、メインスクリーンに不明機の映像が映し出される。

 

 そこで、驚愕の声がブリッジ内に上がった。

 

「何だあれは!?」

「モビルアーマー!?」

「でかいぞ!!」

 

 周囲を飛んでいるウィンダムよりも、明らかにふた周りは大きい。

 

 その姿に、タリアは舌打ちする。

 

「あんな物に取り付かれたら終わりだわ!! アーサー、タンホイザー第2射用意!! あれと共に左前方の敵艦隊を薙ぎ払う!」

「は、はいィッ!!」

 

 タリアの命令を受けて、慌てて指示を飛ばすアーサー。

 

 敵の実力が未知数である以上、最大の攻撃で持って吹き飛ばす。それがベストだった。

 

 ミネルバの艦首ハッチが開き、再びタンホイザーの巨大な砲門が姿を現わす。

 

「照準、敵モビルアーマー!!」

 

 砲身が光り輝き、エネルギーが充填されて行く。

 

「撃てェェェ!!」

 

 閃光が解き放たれ、奔流が海上を疾走する。

 

 戦艦ですら1撃で撃沈できる砲撃。これを受けて無事でいられる機体は存在しない筈。

 

 ザムザザーの後方にいた駆逐艦が数隻、一緒くたになって吹き飛ばされるのが見えた。当然、その光の中で、件の機体も消滅しているはずだった。

 

 やがて、閃光も晴れる。

 

 そこで、

 

「そんなッ!?」

 

 タリアは我が目を疑った。

 

 何とそこには、無傷のままこちらに向かって来るザムザザーの姿があったのだ。

 

 陽電子リフレクター。現在考え得る限り、最強の防御障壁は、タンホイザーの一撃すら耐えきって見せたのだ。

 

「取り舵20!! 機関最大!! トリスタン照準、目標、左舷敵戦艦!!」

 

 自身の焦りを隠すように、タリアは大声で命令を伝える。

 

 だが、どうする?

 

 敵はこちらの最大の攻撃すら跳ね返したのだ。と言う事は、現在の装備では歯が立たない事を意味する。

 

 打開策を見いだせないまま、甲殻類を思わせる巨体は、急速にミネルバに迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍本部に到着すると、カガリは足早に司令部を目指した。

 

 中に入り、絶句する。

 

 そこはまるで、スポーツ観戦の場であるかのように暢気な空気が流れていたのだ。

 

「いや、でも凄いですね、あの兵器は」

「まさか、陽電子砲を跳ね返しちゃうとはな」

 

 兵士達が気楽な調子で声を上げている。

 

 彼等の後ろではユウナも、これまたくつろいだ調子で観戦していた。

 

「何をしている、お前達!?」

 

 押し殺した怒りを声に乗せて発するカガリ。

 

 その声に、ようやくカガリがいる事に気付いた兵士達が、慌てて立ち上がって敬礼をする。

 

 ユウナも驚いたように振り返った。

 

「カガリ!?」

「ユウナ、なぜ私の許可も得ずに、護衛艦隊を出動させた!?」

 

 その言葉を聞き、

 

 ユウナはやれやれとばかりに肩を竦める。

 

 その軽薄な態度からは、「何だそんな事か」とばかりに、カガリを小馬鹿にしたような態度が見て取れる。

 

「なぜって、当然じゃないか。領海の外であんな戦闘が行われているんだ。警戒の為に軍を出動させるのは当然だろう?」

 

 しらじらしい事を言う。

 

 もっともらしい事を言っているが、カガリに一言の断りも無く出動を命じている辺り、確信犯的に事後承諾を狙ったのは間違いない。

 

 既に戦闘がはじまり、オーブ国内に戦闘が飛び火する可能性がゼロでない以上、カガリとしても今更、艦隊を引き揚げさせる訳にはいかないのだ。

 

 その間にも、モニターの中でミネルバが苦戦を続けている。

 

 地球軍機の攻撃を受け、対空砲を撃ち上げながら必死に回避運動を行うミネルバ。

 

 その姿に、カガリは涙が出そうになる。

 

 このままでは、ミネルバが沈んでしまう。あそこにはタリアが、アリスが、そしてアスランがいると言うのに!!

 

 そんなカガリを見て、ユウナはへらへらと笑いながら言う。

 

「大丈夫だよカガリ。領海の外と言ってもだいぶ近いからね。護衛艦隊には、ミネルバが侵入したら、威嚇射撃を行うように言ってある」

「ユウナ!!」

 

 もはや、隠しようの無い怒気を込めて叫ぶカガリ。

 

 だが、そんなカガリに対しても、ユウナは軽薄な態度を崩さない。

 

「それが、オーブのルールだろう?」

 

 他国の侵略を許さず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。

 

 オーブの最も基本となるルールであり、先人達が命がけで守ってきた崇高な理念。

 

 それさえ、この男は自分達の利益の為に汚そうと言う事らしい。

 

 その時、オペレーターが報告を発する。

 

「ミネルバ、領海線へ更に接近。このままいけば、あと数分で侵犯します!!」

 

 それに対して、ユウナは信じがたい命令を平然と飛ばした。

 

「警告後威嚇射撃。領海に入れてはならん。それでも止まらないようなら、攻撃を許可する!!」

「ユウナ、貴様!!」

 

 今にも彼に掴みかかろうと前に出るカガリ。

 

 だが、そんなカガリを制するように、ユウナは態度を豹変させて叩きつけるように言った。

 

「国はあなたのオモチャじゃない!! いい加減、感傷で物を言うのはやめなさい!!」

 

 まるで主演男優のような毅然とした態度。

 

 ハッキリとした物言いに、その場にいた軍人たちはユウナの事をある種尊敬した目で見つめる。

 

 だが、

 

「そうとも、ユウナ。お前のオモチャでもないぞ」

「グッ!?」

 

 当のカガリに決め台詞を混ぜ返され、ユウナは言葉を詰まらせる。

 

 確かに、半ば本決まりとは言え、まだ締結した訳でもない条約を履行しなくてはならない言われはオーブには無い。ましてか、代表首長の承認なしに護衛艦隊を動かしたのは、完全に越権行為である。ユウナ達の行動は、拡大解釈すれば国家反逆罪にも問える行為であろう。

 

 言ってしまえば、今回の戦闘にユウナがオーブ軍に出動を命じたのは、地球軍に対する「おべっか使い」みたいなものだった。

 

 にらみ合うカガリとユウナ。

 

 だが、この場にいる大半の軍人は、セイランの肝いりで軍に入った者も多い。2人が争った場合、ユウナに味方するであろう者達ばかりである。

 

 そして、その間にも、洋上では激しい戦いが展開されていた。

 

 

 

 

 

 オーブ第1護衛艦隊を率いるホウジ・マカベ一佐は、今年で52歳になるベテラン提督である。

 

 ベテラン、と言えば聞こえはいいが、これまでの海軍人生の大半をデスクワークで過ごして来た人物であり、艦隊勤務に付いた事は殆ど無かった。

 

 それが戦後になって、セイラン家の後押しもあり、艦隊司令官の職に付いた訳である。

 

「よーし、威嚇射撃の後、攻撃開始だ。よく狙って当てろ。向こうは地球軍の相手をしなくちゃならないんだ。こっちを撃ってくる余裕なんてないんだからな!!」

 

 揚々とした調子で指示を飛ばす。

 

 彼にとって、今回の任務は実弾演習みたいなものである。しかも、相手はリモコンで動かす標的では無く、実際に戦闘をしている敵艦なのだ。

 

 これほど実戦的で、尚且つ心躍る演習も無いだろう。

 

 彼の中で、相手が地球を、ひいてはオーブを救ってくれた英雄艦であるという認識は無い。

 

 ただ、セイランの命令だからやる。それだけの話であった。

 

「全艦、砲撃準備完了しました!!」

「よーし、撃ち方始めだ!!」

 

 意気上がるマカベの命令に答えるように、砲撃を開始するオーブ軍艦隊。

 

 その砲門が向けられた先には、損傷を負いながら奮戦しているミネルバの姿があった。

 

 

 

 

 

 ミネルバに取り付こうとしていたザムザザーに、いち早く地球軍の包囲網を抜けて斬りかかるインパルス。

 

「やらせない!!」

 

 アリスの声と共に、ビームサーベルを振るうインパルス。

 

 しかし、ザムザザーは、その巨体からは想像もできないような機敏さで、インパルスの斬撃を回避してしまった。

 

「そんなッ 速い!?」

 

 逆にザムザザーは4本のクローを展開し、インパルスに掴みかかって来る。

 

「クッ!?」

 

 その一撃を、辛うじて回避するインパルス。

 

 そこへ、同じように包囲網を抜けたアスランのセイバーがやって来る。

 

《アリス、攻撃を集中する。合わせろ!!》

「は、はい!!」

 

 アスランの指示に答え、アリスはインパルスのビームライフルを構える。

 

 セイバーもアムフォルタスを跳ね上げ、2門の砲口をザムザザーに向ける。

 

 同時に迸る閃光。

 

 しかし、インパルスとセイバーの砲撃は、ザムザザーの展開する陽電子リフレクターに阻まれてしまう。

 

 タンホイザーの攻撃すらはじき返した無敵のシールドを前に、モビルスーツの火力ではどうにもならなかった。

 

「そんなッ!?」

 

 愕然とするアリス。

 

 しかし、そこへ追いうちを掛けるように、更に驚愕の事態が起こる。

 

 コックピット内に、バッテリー切れが迫るアラートが鳴り響き始めたのだ。

 

「バッテリーが、もうッ!?」

 

 その間にも、ザムザザーは搭載した全火器を用いてインパルスに砲撃を仕掛けて来る。

 

 間一髪で上昇し、回避するインパルス。

 

 凄まじい砲撃は、それだけで海面を断ち割り、水蒸気爆発を盛大に起こす。

 

 インパルスやセイバーなど、セカンドステージシリーズは全てVPS装甲を採用し、装甲強度を調節する事でバッテリーの長時間保持を可能としている。しかし、それでもやはり限界があった。

 

 このままVPS装甲がダウンすれば、その瞬間、インパルスの撃破は免れないだろう。

 

 その時、ミネルバの周りに、地球軍艦隊の物とは異なる水柱が立ち上るのが見えた。

 

「あれはッ!?」

 

 声を上げたアリスの見ている先では、砲撃を繰り返すオーブ艦隊の姿がある。

 

 オーブは盛んにミネルバに対して、砲撃を繰り返している。その動きは殆ど、領海から追い払おうと言うのではなく、地球軍と共同でミネルバを撃沈しようとしているかのような動きだ。

 

 このままでは、ミネルバが沈む。

 

 そう思った瞬間、

 

 強い衝撃が、インパルスを襲った。

 

「あうッ!?」

 

 とっさに機体を立て直そうとするアリス。

 

 しかし、できない。

 

 この時インパルスは、ザムザザーのクローに右足を掴まれていたのだ。

 

「しまったァッ!?」

 

 とっさに抜けだそうともがくアリス。

 

 しかし、インパルスとザムザザーではパワーが違いすぎる。推力を全開にしてもロックされたクローを外す事ができない。

 

《アリス!!》

 

 アスランのセイバーが、援護に入ろうとするが、すぐに数機のウィンダムに阻まれて身動きが取れなくなってしまう。

 

 そして、

 

 恐れていた事態が起こった。

 

 それまで鮮やかなトリコロール色をしていたインパルスの装甲が、水を引くように鉄灰色へと戻っていく。

 

 フェイズシフト・ダウン。

 

 それは同時に、インパルスのバッテリーが危険領域に入った事を意味する。

 

 装甲の守りを失ったインパルス。

 

 その足を、ザムザザーは容赦なく食いちぎる。

 

 まっさかさまに海面へと落ちて行くインパルス。

 

 これで終わり?

 

 こんな所で、終わりなの?

 

 視線は意識せずに、先程までいた国へと向けられる。

 

 オーブ。

 

 カガリはきっと、今回の戦いに関与していないのだろう。

 

 だからきっと、今も自分達を助ける為に戦ってくれている。

 

「・・・・・・ボクが死んだら、カガリは泣いてくれるかな?」

 

 きっと泣くだろう。

 

 あのどこまでも真っ直ぐな性格をした年上の友人は、友達の死に際し涙を流す事ができる少女なのだ。

 

 そして・・・・・・

 

『約束する・・・・・僕は必ず、君のもとへ帰って来る』

 

 かつて聞いた事がある言葉が、脳裏の中に響き渡る。

 

 そうだ、あの約束。

 

 あれがまだ果たされていない。

 

 だから、自分はいつまでも、待っていなくてはいけないんだ、あの人を!!

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 アリスの中でSEEDが弾けた。

 

 

 

 

 

「こんな所で、死んでたまるかァァァァァァ!!」

 

 残ったエネルギーを、全てスラスターに叩き込み急上昇するインパルス。

 

 同時に、叩きつけるようにしてマイクに叫ぶ。

 

「メイリン、デュートリオンビームッ レッグフライヤーッ ソードシルエットをッ 急いで!!」

《は、はいッ》

 

 突然のアリスの指示に、メイリンが上ずった声で返事を返す。

 

 その間にもインパルスは、向かって来る地球軍の攻撃をかわしながらミネルバを目指す。

 

《デュートリオンチェンバー、スタンバイ。測的追尾システム、インパルスを捕捉しました!!》

 

 メイリンの声が響くと同時に、インパルスはミネルバに前面に滞空する。

 

 そのミネルバの艦橋左側から、一条のビームが放たれた。

 

 これこそが、分離合体機構と合わせて、ミネルバがセカンドステージシリーズの専用運用艦と呼ばれる要因だった。

 

 ミネルバから射出されたビームを、インパルスは額にある受信機で受け、インパルス内部のM2コンバータで電力に変換されて、パワーアキュムレイターが蓄えられる。

 

 これにより、インパルスを始めとしたセカンドステージシリーズは、母艦に戻る事無くエネルギー補給が可能となるのだ。

 

 バッテリーが全開になり、装甲が再びトリコロールに染まる。

 

 同時にアリスは、もう1本のビームサーベルを抜き放ち、今にもミネルバに取り付こうとしていたザムザザーに斬りかかった。

 

 横薙ぎに一閃する刃が、ザムザザーの「前脚」を一撃の元に叩き切る。

 

 無敵に思えた陽電子リフレクターだが、弱点もまた存在している。

 

 高出力のシールドであるが故に莫大なエネルギーを食う為、いかに大型機でも長時間の連続展開ができないのだ。

 

 そして、そこを突いて懐に飛び込めば、後は単に鈍重なだけのモビルアーマーと変わらない。

 

 ビームサーベルを装甲に突き刺し、そのまま一気に斬り下げた。

 

 その一撃により、ザムザザーは機体を真っ二つにされ、炎を上げて爆散する。

 

 その隙を、アリスは逃さない。

 

「ミネルバ、レッグフライヤーとソードシルエット!!」

 

 アリスの声に弾かれるように、シルエットフライヤーと、新しいレッグフライヤーを射出するミネルバ。

 

 同時にアリスも、片足を失ったレッグフライヤーと、背中のフォースシルエットをパージする。

 

 新たに飛んで来たパーツと合体するインパルス。

 

 その胸部装甲は赤く染まり、背中には巨大な大剣が背負われた。

 

 エクスカリバーを抜き放ち、地球軍艦隊の巡洋艦に降り立つインパルス。

 

 そのまま大剣を一閃し、艦橋を切り裂く。

 

 爆炎に飲み込まれる巡洋艦。

 

 更にインパルスは、並走していた戦艦に飛び乗り、その砲塔を容赦なく斬り捨てる。

 

 弾薬庫に火が入り、爆発し沈没する戦艦。

 

 そしてインパルスは、更に次の艦を目指す。

 

 それは、旗艦である空母だった。

 

「な、何をしているッ!? 早く撃ち落とせ!!」

 

 必死になって叫ぶ司令官。

 

 同時に空母からも、一斉に対空砲火がインパルスにめがけて撃ちだされる。

 

 しかし、それらは全て迫りくるインパルスを捉えるには至らない。

 

 飛行甲板に着地するインパルス。

 

 振り上げたエクスカリバーの刃に、艦橋にいた者達は司令艦も含めて全員顔をひきつらせる。

 

 そして、

 

 全てを断罪する一撃が、振り下ろされた。

 

 艦橋ごと真っ二つになる空母。

 

 当然、司令艦を始めとする幕僚達の運命は、考えるまでも無かった。

 

 炎を上げて艦隊を真っ二つに裂かれ、沈んで行く空母。

 

 インパルスは更に、次の艦に乗り移って行く。

 

 もはやインパルスの、否、アリスの猛攻を、止め得る者はいなかった。

 

 あっという間に、地球軍は大混乱に陥って統制を乱す。

 

 脱出するなら今だった。

 

《インパルス、アリス!!帰還してください!!》

 

 メイリンの声に、アリスは我に返った。

 

 どうやら、ミネルバは無事らしい。既に、地球軍艦隊もインパルスの猛攻に恐れを成して撤退を始めている。

 

 スラスターを吹かして、その場を離れるアリス。

 

 目的は達した。今はこれで充分だった。

 

 

 

 

 

 映像の向こうでは、悠然と去っていくミネルバの姿がある。

 

 司令部のモニターで、海戦の様子を見ていた一同は、呆気にとられていた。

 

 ユウナなどは呆然自失の状態であり、常に湛えている、鼻の付く軽薄さすら今は見る事ができなかった。

 

 そんな中1人、カガリだけは口元に笑みを浮かべている。

 

「残念だったな、ユウナ」

 

 皮肉を効かせて、そう声を掛ける。

 

 ミネルバの活躍にカガリは痛快な気分であったが、同時に僅かに苦い物が胸の内にはあった。

 

 あれだけの戦闘力を持つ艦が、今後オーブの敵になるかと思えば、空恐ろしい思いである。

 

 未だに呆然としているユウナを、チラッと睨みつける。

 

 まったく、とんでもない事をしてくれたものだ、こいつらは。

 

 何れこの事が、何倍にもなってオーブに帰って来る事になる。カガリは漠然とだが、そう思わずにはいられなかった。

 

 と、その時、

 

 踵を返そうとしたカガリの目に、複数の銃口を向ける兵士達の一団が姿を現わした。

 

 それらの銃口は全て、カガリへと向けられている。

 

「代表、あなたを拘束させて頂きます」

 

 進み出た、ふくよかな外見の男は、静かな口調で告げる。

 

「・・・・・・ウナト、どう言うつもりだ?」

 

 それに対してカガリも、鋭い眼光で睨み返して尋ねる。

 

「あなたが地球軍の動きをミネルバに伝えた事は判っています。率直に言って、あなたの存在はオーブにとって害にしかならない。よって、本日ただ今を持って、あなたの持つ全権限をはく奪し、御身を拘束させて頂きます」

「・・・・・・成程、そう来たか」

 

 カガリはやや皮肉を効かせて呟く。

 

 どうやらウナト達は、そうとうカガリが目障りと見えて、とうとう実力行使に訴えて来たらしい。

 

 しかし、一見強引に見えるやり口も、この場にあっては有効だろう。何しろここには、カガリの味方は殆どいない。現在のオーブ軍は、6割近くがセイラン派と言っても過言ではない。

 

 「連れて行け」と命じると、兵士達はカガリをグリルと囲んで人の壁を作り、そのまま連行していく。

 

 そこには既に、相手が代表首長である事への敬意は微塵も感じる事ができなかった。

 

 

 

 

 

PHASE―12「覚醒の時」      終わり

 


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