機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-11「孤軍の仔獅子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジブリールは不機嫌な苛立ちを隠しきれずに、血色の悪い顔を歪めている。

 

 無理も無い。

 

 満を持しての開戦。

 

 第一撃での、圧倒的な勝利。

 

 憎き空のバケモノ共を、核の炎で焼き尽くして一層。

 

 その後は自分達のしたいように世界を作る。

 

 そのような夢想を抱いてスタートしたプランはしかし、その第1歩目でものの見事に躓いてしまったのだから。

 

 勇躍して出撃した宇宙艦隊は、ザフト軍に撃退されておめおめと逃げ帰ってきた。しかも、核攻撃部隊であったクルセイダースは、よりにもよって「自分達の核」で一掃されてしまったのだ。

 

 そして今、ジブリールは糾問される立場に立たされている。

 

《冗談では無いよ、ジブリール。いったいなんだね、この醜態は?》

 

 モニターの中で、老人の1人が軽蔑を隠さずにぶつける。

 

 それに賛同するように、更に声が続いた。

 

《しかしまあ、物のみごとにやられた物だね》

《ザフトのあの新兵器は、いったい何だったのだ?》

 

 敗北した地球軍艦隊だったが、主力軍は殆ど損害らしい損害を受けていない。

 

 その為、第2軌道艦隊司令官レイモンド・クラーク少将指揮の元、月軌道まで撤退。そこでザフト軍の追撃に備えて待機している。

 

 しかし、それでも、緒戦の第一ラウンドで敗れたという屈辱感は聊かも薄れはしないが。

 

《意気揚々と宣戦布告して出かけて行って、鼻ッ面に一発食らってスゴスゴと退却か。君の描いたシナリオはコメディなのかね?》

 

 居並ぶ面々は、ジブリールに対する侮蔑を隠そうともしない。

 

 かつては飛ぶ鳥を落とす権勢を示したブルーコスモスも凋落し、今は彼等老人達が運営する組織の下部組織に過ぎない。

 

 彼等「ロゴス」こそが、この世界の真の支配者であり、旧世紀から連綿と続く陰謀を影から操り続けて来た黒幕なのだ。

 

 彼等にしてみれば、ジブリールもまた働く「手足」に過ぎない。切り捨てようと思えばいつでも切り捨てられると言う訳だ。

 

《これでは大西洋連邦の「小僧」も大弱りじゃろうて》

《地球上のザフト軍拠点攻撃に向かった地上部隊も、未だに待機命令のままなのだろう?》

 

 彼等にしてみれば、地球圏最大国家である大西洋連邦の大統領ですら小僧呼ばわりである。もっとも、現大統領ジョセフ・コープランドはロゴスの後押しで大統領の椅子を手に入れただけの小物である。特に目新しい政策を打ち出す訳ではなく、ロゴスのご機嫌伺いと、企業献金の計算に熱を上げているだけの俗物であるから、『小僧』と言う表現は、正鵠を射たものであるが。

 

 とは言え、ジブリールのプランでは本来、プラントを壊滅に追いやった後、カーペンタリアやジブラルタルと言ったザフト地上軍基地に総攻撃を掛け「残敵掃討」を行う予定であったのだ。

 

 それがプラント攻略失敗により、全て頓挫してしまっている。

 

《勢い良く振り上げたこぶし、このまま下ろして逃げたりしたら、世界中の笑い物ですよ》

《さて、どうしたものかの?》

《我等は誰に、どう言う手を打つべきかな? ジブリール、君にかね?》

 

 案に、ジブリールを切り捨て、他の者に首をすげ変えようとかと脅しているのだ。

 

 確かに、この世界の真の王である彼らなら、文字通り指先一つでジブリールの存在を消し去る事ができるだろう。

 

 屈辱に震えるジブリール。

 

 元来、プライドの高い男である。

 

 緒戦の敗北、プランの頓挫、そして老人達からの糾弾。それらは、どれ一つ取っても、ジブリールにとっては耐え難い屈辱であった。

 

 何故、このような事になった? 決まっている。あのソラのバケモノ共のせいだ!! あいつらが余計な手段を用いて邪魔をし、自分の美しいプランをめちゃくちゃにしてくれた。だから今、このような無様な羽目に陥っているのだ。

 

 全て、コーディネイター共が悪い。大人しく、核の炎に沈んでいれば良かったものを!!

 

「ふざけた事をおっしゃいますな!!」

 

 ジブリールは叩きつけるように叫ぶ。

 

「この戦争は、これでますます勝たねばならなくなったと言うのに!! 我等の核を一瞬にして消滅させたあの兵器!! あんな物を持つバケモノが宇宙にいて、一体どうして安心できると言うのです!?」

 

 核兵器を自爆させる事ができる兵器。

 

 もし報告通りだとしたら、コーディネイター共は現在地球にある核も、自由に起爆できる可能性すらあるではないか。

 

 勿論、これは事実無根である。実際の話、ニュートロン・スタンピーダーは試作品レベルであり、とても兵器としての蛮用に耐え得る物では無い。しかも、その貴重な試作品まで失われてしまった為、また一から作り直しと言う有様だった。

 

 もし今、再度の核攻撃を掛けたとしたら、今度こそプラントは壊滅の危機に陥る事だろう。

 

 もっとも、それはジブリールには知る術の無い事であるが。

 

「戦いは続けますよ! 以前のプランに戻し、いや! それよりももっと強化してね!! 今度こそ奴等をたたきのめし、その力を完全に奪い去るまで!!」

 

 傷付けられた己のプライドと、敵への憎悪をたぎらせて叫ぶ。

 

 だが、ジブリールはまだ気付いていなかった。

 

 彼の中では早くも「目的」と「手段」が入れ変わりつつあると言う事に。

 

 

 

 

 

 世間がブレイク・ザ・ワールド、そして地球連合軍によるプラント侵攻、通称「フォックスノット・ノベンバー」で揺れる中、カガリは孤独な戦いを強いられていた。

 

 彼女が身を置く戦場は、銃弾もビームも飛ばない会議室で行われている。

 

 だが、陰湿さと言う意味では、実際の戦場が温く思える程だった。

 

「ダメだ」

 

 居並ぶ閣僚達を前にして、カガリはにべもなく言い放った。

 

「冗談じゃない。こんな同盟、締結できるか」

 

 ブレイク・ザ・ワールド以来、カガリは八方手を尽くし、開戦を阻止するための努力を重ねて来た。

 

 しかし、それらの努力はついに身を結ぶ事は無く、地球連合は一方的な理由で宣戦布告。そして核攻撃と、最悪のシナリオを刻もうとした。

 

 幸いな事に、核攻撃は防がれ、地球軍も今は月まで退却しているが。だが万が一、核攻撃でプラントが壊滅していたらと思うと、背筋が寒くなる思いである。

 

 そして、大西洋連邦は対プラント戦を見据え、地球の各国に対し、同盟締結を呼びかけて来たのだ。

 

 呼びかけて来たと言えば聞こえはいいが、これは明らかに武力を背景とした恫喝である。従わない国は、武力で持って対応する、と。

 

「それにしても、一方的に難癖をつけて宣戦布告って言うのは、大西洋連邦のお家芸だな、最早」

 

 かつて大西洋連邦に、一方的な理由で国を焼かれた身としては、そう想いたくなるのも無理は無い。

 

 もっともカガリの今の言葉は、半分以上がウナト達に向けた皮肉であるが。

 

 驚いた事に、この段に至ってもウナト以下の閣僚達は、大西洋連邦との同盟に固執しているのだ。

 

「それについてですが、代表に一つ、お伺いしたい事がある」

 

 そう言ってウナトは、机の上に投げだすように1枚の写真を投げ出した。

 

 それは戦闘中と思われるモビルスーツが映った写真である。

 

 恐らく、先日のプラント近郊における戦闘で撮影されたのだろう。かなり高速で機動しているらしく、機体のシルエットが殆どぶれている。

 

 だがカガリには、その機体に見覚えがある。宇宙軍所属のキョウ・カリヤ一尉の乗機であるストライクAだ。背中にはブレードストライカーを装備し、接近戦に対応しているのが判る。

 

「これは大西洋連邦から送られてきた写真です。聞くところによりますと、この機体は突如として戦闘に介入し、地球軍の攻撃を妨害して作戦を頓挫させたとの事です」

「ふーん」

 

 カガリは興味無さげに写真を見ながら、生返事を返す。

 

 とは言え、予想した事ではあったが、やはり証拠を完全に消し去る事には無理があったようだ。

 

 そんなカガリの態度に苛立ったのか、ウナトは語気を強めて迫って来る。

 

「良いですか、カガリ様。大西洋連邦は、この機体はオーブの物であると主張し、事情説明と謝罪を要求しているのですぞ」

 

 そんなウナトを横目で見ながら、カガリは尋ねる。

 

「宇宙軍に確認はしたのか?」

「勿論しました。彼等は、そんな事実は無いと言っております」

「なら、それが事実だろ。大西洋連邦には、我が国が関与した事実は無いと回答しておけば良い」

 

 そう言って、カガリは手に持っていた写真をテーブルの上に投げだした。

 

 だがウナトは、更に食い下がって来る。

 

「そんな事が通る筈が無いとお判りになりませんか? 現に大西洋連邦は、このように証拠まで突きつけているのですぞ、それなのに・・・・・・」

「ウナト」

 

 カガリは静かにウナトの言葉を遮り、しかし同時に鋭い視線を向ける。

 

 釣り上げられた瞳からは、鋭い眼差しが光っている。

 

 その眼光に、ウナトは一瞬ひるみを見せた。

 

「ウナト、お前は一体、どこの国の宰相だ?」

「な、何を・・・・・・」

「自国の兵士の言葉を信じないで、なぜお前は他国の主張ばかりを信じるんだ?」

 

 その言葉に、ウナトは一瞬怯む。

 

 確かに、取りようによっては、ウナトはオーブに不利益な情報を鵜呑みにしているように見えるのだ。

 

 だがウナトは知っている。宇宙軍は事実上、カガリが自由に動かす事ができる「私兵」に近い存在であると。

 

 戦後、軍備を立て直す際、セイラン家が出資を行い、オーブ軍の戦力増強につとめた。その為、陸、海、空の3軍は、今ではセイランの息が掛かっている者が多く、要職を占めている。

 

 しかし宇宙軍だけは違う。宇宙軍は、今は亡きジュウロウ・トウゴウ名誉元帥が、その残された命の火を全て注ぎ込むようにして造り上げた軍であり、将官から一兵卒に至るまで「アスハ家への忠誠」を叩き込まれているのだ。その為、やろうと思えば、カガリは自分の私用で宇宙軍を動かす事すらできるのである。

 

 ウナトとしては、この証拠写真を足がかりにしてカガリを同盟締結の方向に説得する予定であったのだが、このままでは旗色が不利となりつつあった。

 

「そんな子供のような事を言うのはおやめいただきたい!!」

 

 鋭い声が、カガリを糾弾するように上がる。

 

 ユウナだ。

 

 彼は普段の軽薄さをかなぐり捨てたように言い放ってから、手に負えないとばかりに大仰な仕草で続ける。

 

「『なぜ』と言われるならお答えしましょう。そう言う国だからですよ」

 

 閣僚達から上がる賛同の声を聞きながら、ユウナは、今度は一転して、あからさまに小馬鹿にしたような声で続ける。

 

「大西洋連邦のやり方が強引なのは、今更代表の御高説を受けずとも、我ら全員、承知しております」

 

 ユウナの「演説」に対して、カガリは無言のまま聞き入っている。

 

 その様子に、どうやらユウナはカガリの反論を封じたと判断したらしい。更に言い募って来る。

 

「しかし、だから? ではオーブは今後、どうしていくと代表はおっしゃるのですか? この同盟をはねのけ、地球の国々とは手を取り合わず、宇宙に遠く離れたプラントを友と呼び、また地球で孤立しようと言うのですか? 自国さえ平和で安全ならば、それで良いと、被災して苦しむ他の国々に手すら差し伸べないとおっしゃるのですか?」

 

 閣僚達は皆、ユウナの言葉に聞き惚れている。

 

 流石はセイラン家の跡取り。たとえ相手が代表首長であっても言うべき事はキチンと言う。やはり、オーブの未来を託せるのは彼しかいない。そして、彼に付いて来た我等の先見に狂いは無かった。

 

 そんな視線を受けるユウナ。

 

 だが、当のカガリは一切感動せず、冷ややかな視線をユウナに向けた。

 

「話をすり替えるな、ユウナ。そのやり方が間違っているから賛同できないと言っている。災害救助の為に協力体制を組むのは結構だ。むしろ、こちらから提唱したいぐらいだ」

 

 カガリは更に眼光を強めるようにして、言葉を続ける。

 

「だが、それがなぜ、プラント攻撃に繋がる? 優先すべきは被災者の救助と復興だろう。そこら辺をはき違えているんじゃないのか?」

「ですから、それは、ユニウスセブンを落としたのが、ザフトであるから!!」

「あれはザフトじゃないと、何度も言っただろ。むしろ我が国は、大西洋連邦とプラントに中立ちして、その事を主張すべきじゃなかったのか?」

 

 それにカガリとしては、大西洋連邦よりもプラントの方がまだ、同盟相手としてふさわしいと考えている。

 

 確かに、大西洋連邦の国力は強大であり、攻め込まれれば脅威だろう。

 

 だが、ユニウス条約の条文の1つに「各国が保有する戦力は、人工、GDP、失業率等のパラメータによって算出される」とある。これは平たく言えば「人や生産力が多い国ほど、多くの戦力を持てる」と言う意味であり、一見すると、大国である大西洋連邦が有利なようにも見える。

 

 事実、プラント在住のコーディネイターの中には、この条文に不満を持つ者も多かったらしい。この条約締結を阻止できなかった事が、アイリーン・カナーバ率いるプラント前政権が総辞職する直接の原因になったのは記憶に新しい事だ。

 

 しかし裏を返せば「たとえ大国であっても、一定以上の戦力は持てない」事を意味する。つまり、たとえ大西洋連邦であっても、前大戦時のようにおおっぴらな戦力増強はできなくなっているのだ。

 

 そして、ここが重要だが、ザフトの持ち味は元々少数精鋭主義であり、量より質を重視している。ザフトは少数戦力であっても、高い戦力を期待できるのだ。

 

 勿論、この条約は開戦と同時に無効化されている。いずれは地球軍の戦力は増強されるだろう。

 

 しかし大西洋連邦の物量が物を言い始めるのは、まだだいぶ先の話だ。それを考えれば、大西洋連邦と同盟を結ぶメリットは、皆無ではないにしてもだいぶ薄くなってくる。

 

「それではまた、国を焼くのですか? ウズミ様のように」

 

 発言したのはタツキ・マシマだった。

 

 しかし次の瞬間、

 

 まるでマシマを射殺すかのような鋭い眼光が、カガリの双眸から放たれた。

 

 その眼光に射竦められ、マシマは「ヒッ」と喉を鳴らし、冷や汗を流しながら沈黙する。

 

 父を悪く言う事は許さない。カガリの眼光は、そう語っていた。

 

「しかし、下手をすれば、再びそのような事にもなりかねませんぞ」

 

 そんなマシマを援護するように、ウナトが会話に滑り込んで来た。

 

「代表、平和と安全を望む気持ちは、我らとて同じです。だからこそ、この同盟の締結を、と申し上げている」

「・・・・・・・・・・・・」

「大西洋連邦は何も今、オーブを同行しようとは言っていません。しかし、このまま進めばどうなると思います? 同盟で済めば、まだその方がいいと思いませんか?」

「思わないな」

 

 ウナトの言葉に対し、カガリは間髪いれずに返事を返した。

 

 まるで、答は初めから決まっているとでも言いたげな言葉に、思わず一瞬、ウナトは次の言葉も忘れて黙ってしまう。

 

 それをみて、カガリも反論に転じる。

 

「それで、今度は大西洋連邦が命じるまま、対ザフトの戦争にオーブ軍を派遣しようと言うのか?」

「な、何もそのような事は・・・・・・」

 

 言葉を詰まらせるウナト。

 

 ウナトも勿論、その可能性は充分に考慮していた。大西洋連邦と同盟を組むと言う事は、つまりそう言う事なのだ。かの国が軍を派遣しろと命じてきたなら(その場合でも、「要請」と言う形は取るだろうが)、オーブとしては従わない訳にはいかなくなる。

 

 しかし、派遣されるのは「軍」であり、「国民」ではないし、「オーブの国土」が戦場になる事は無い、と心のどこかで思っていたのは事実だ。

 

 ましてか、ここでカガリがその事を指摘して来る事は、完全に計算外だった。

 

「忘れるな。そうやって派遣された先で戦争に巻き込まれ、死んでいく兵士も、オーブの国民だと言う事を」

 

 国とは土地や名前を指すのではない。そこに住む国民こそが「国」なのだ。

 

 オーブ軍の兵士も、自国の民を守る為に戦い、その為に命を掛けると言うなら、まだ納得できる物もあるだろう。

 

 だが、他国の、それもかつてはオーブを蹂躙した国の言いなりになって、何処か遠くの地で果てるとしたら、

 

 それはあまりにも報われ無さ過ぎではないだろうか。

 

 

 

 

 

「カガリ!!」

 

 なんら実りの無いままに会議が終わり、閣僚達がぞろぞろと出て行く中、ユウナは1人抜けだして、カガリに駆け寄ってきた。

 

 例の軽薄な笑みを向けると、さも優しげに語りかける。

 

「大丈夫か? 大分疲れているみたいだけど」

 

 相変わらずなれなれしい態度に、カガリは反射的に嫌悪感を抱くが、取り敢えずその事はおくびにも出さない。

 

 そんなカガリに、ユウナは更に続ける。

 

「さっきは悪かったね。でも、あそこできちんと君に意見の言うのが、僕の役目だ」

 

 そんな事、頼んだ覚えは無いのだがな、とカガリは心の中で突っ込みを入れる。

 

 黙っているカガリに対し、ユウナは気を良くしたのか、更に言い募る。

 

「大丈夫だよ、皆も判っている。ただ、今度のこの問題が大きすぎるだけだ。君には」

 

 まるでカガリを子供扱いするような言い草に、カガリはムッとする。

 

 カガリがソファーに腰を下ろすと、ユウナはそれがさも当然であるかのように、カガリの隣へと腰掛ける。

 

「可哀そうに、君はまだ、ほんの18歳の子供だと言うのに」

 

 その子供に負担を掛けているのはお前だ、と余程言ってやりたかったが、黙っていた。疲れているので。

 

「でも、大丈夫だよ。君には、僕がついているからね」

「ユウナ」

 

 剣呑な声を言葉にして、カガリは口から絞り出す。

 

 いい加減、忍耐も限界だった。これ以上、この猫なで声を聞いていたら、目の前の男を殴ってしまいそうである。

 

 それでなくても、会議のせいで苛立ちを募らせているのだ。これ以上、ストレスがたまれば、禿げてしまいそうだった。

 

「お前の言うとおり、私は疲れている。だから、1人にしてくれないか?」

「あ、ああ・・・・・・ごめんよ、カガリ」

 

 低気圧を無理やり押さえつけたようなカガリの剣幕に気圧され、ユウナはスゴスゴと退散していく。

 

 それでも部屋から出て行く間際に「そ、それじゃあね、カガリ、何かあったら呼んでね」と言い置いて行くあたり、根性が据わっていると言えなくもないが。

 

 ユウナが出て行ったのを確認したカガリは、

 

「ハァァァァァァァァァァァァ」

 

 盛大な溜息と共に、恥も外聞も無くソファーに身を投げ出した。

 

「つ、疲れたァァァァァァァァァァァァァ」

 

 全身から迸る、圧倒的な疲労感に抗う事ができなかった。

 

 とは言え、

 

 天井を仰ぎながら、カガリは心の中で呟く。

 

 この流れは止められそうにない。

 

 オーブ政府は最早、同盟締結一色である。反対しているのはカガリ1人くらいの物だ。

 

 閣議の場にあって、カガリは孤軍でしか無い。その事を嫌という程に思い知らされてしまった。

 

 カガリはポケットにしまっておいた、件の写真を取り出す。

 

 ストライクA。彼女が派遣を命じた機体だ。

 

 地球軍のプラント核攻撃を察知した時点でカガリは「オーブの介入が気付かれないように、密かに地球軍の核攻撃を阻止」と言う命令を宇宙軍に下したのだが。

 

「まったく・・・・・・もうちょっとバレないようにできなかったのか?」

 

 溜息交じりに言うが、こればかりはいまさらどうしようもない。

 

 今回の派遣が相当な綱渡りだと言う事はカガリも自覚していたし、自分の立場をいかに危うくする行為であるかは自覚している。

 

「私がこうしていられるのも、もうあまり長くは無いかもしれないな」

 

 漠然と考えた事を口にしながら、カガリはそっと目を閉じる。

 

 次の予定まではまだ時間がる。今は少しだけも、眠りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書を読み終えて、ユウナは小さく息をつき、父の方を見やる。

 

「もはや、待った無しですね」

 

 ザフト軍が動いている。

 

 宇宙艦隊は次々と拠点を出港し、集結を始めている。先のプラント攻撃に対する報復行動に出るであろう事は、充分に予想できた。

 

 最早。この流れは止めようの無い場所まで来ているのだ。

 

 因みにこの情報は、まだカガリには伝えていない。彼女に伝えるのは、事態が完全に取り返しがつかない所まで行ってからだった。そうでないとまた、小癪な手段で邪魔されかねなかった。

 

 息子の言葉に、ウナトは頷くと、逆に尋ねる。

 

「大丈夫か?」

 

 主語は省いての質問だったが、ユウナには父が何を尋ねたいのかすぐに判った。

 

「カガリはああ見えて、思っているほど馬鹿じゃない。ただ、子供なだけなんだよ」

 

 明らかに、カガリを侮蔑したような言い草だが、当然とばかりにウナトは息子を咎めようとはしない。この程度の事は、この親子にとって日常茶飯事だからだ。

 

 こう言っては何だが、ユウナはカガリの事を気にいっている。確かに、少々小うるさい所もあるし、性格はガサツその物だし、色気は全くない子供だが、あれは磨けば光るタイプだ。

 

 何より重要なのは前大戦の英雄であり、最大首長アスハ家の後継者と言う点だ。それさえあれば、他の事など歯牙にもかける必要が無い。

 

 ユウナは自分に自信を持っていたし、自分ならカガリを御せるとさえ思っていた。

 

「大丈夫ですよ。私がちゃんと躾けますから。結婚の事もありますしね」

 

 結婚。

 

 カガリがかたくなに拒み続けている結婚話も、この親子にとっては既に決定事項として扱われていた。

 

 息子は代表首長の夫として顔を売り、父は宰相としてそれを補佐する。これで、オーブの覇権はセイランの物となる。それで、自分達の人生はバラ色となる筈だ。

 

 それは既に確定された未来である。

 

「いい加減、自分の立場ってものを自覚してもらわないと、ね」

 

 軽薄に言ってのけるユウナ。

 

 そこには一国の主に対する敬意など、微塵も見出す事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 奇妙な通信をミネルバが捉えたのは、修理も完了したある日の事だった。

 

 通信担当のバートに呼ばれ、タリアが通信機に近付くと、聞き慣れない男の声が聞こえて来ていた。

 

《ミネルバ、聞こえるか? もう猶予は無い。ザフトは間もなく、カーペンタリアとジブラルタルに降下作戦を開始するだろう》

「秘匿回線なんですが、さっきからずっと・・・・・・」

 

 バートの言葉を聞きつつ、通信機からの声に聞き耳を立てる。

 

《そうなればもう、オーブもこのままではいられない。黒に挟まれた白い駒は、ひっくり返って黒になる。脱出しろ。ミネルバ、聞こえるか?》

 

 また、繰り返しになる。

 

 確かに、先日の一方的な宣戦布告以来、地球軍は宇宙艦隊でプラント本国を攻撃する一方で、地上軍を派遣して地球上に2つしか存在しないザフトの拠点である、カーペンタリアとジブラルタルを包囲しているのは知っている。

 

 もしザフト軍が事を起こすなら、まずこの2か所を敵の手から解放する筈であった。

 

 そして、もう一つの気になる言葉。「黒に挟まれた白い駒は、ひっくり返って黒になる」。それはすなわち、地球上で孤立したオーブが、地球連合の側に回る可能性がある、と言う事を示唆しているのではないだろうか。

 

 興味が引かれた。この人物は何者で、どんな目的があって、自分達にこのような事を言って来るのか。

 

 タリアはマイクを取ると、それを口元に持って行く。

 

「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ。あなたは? どう言う事なの?」

 

 突然タリアが答えた事で、向こうも意表を突かれたのだろう。一瞬沈黙した様子だったが、すぐに笑みを含んだ声が聞こえて来た。

 

《おお、これはこれは、声が聞けてうれしいね。初めまして》

 

 相手はおどけた調子で言った後、すぐに本題に入るようにきりだしてきた。

 

《どうもこうも、言った通りだ。のんびりしていると面倒な事になるぞ》

「匿名の情報など、正規軍が信じる筈ないでしょう。あなたは何者? その目的は?」

 

 鋭い口調のタリアに、相手は沈黙する。

 

 得体の知れない人間の情報を、軽々しく信じることはできない。タリアは、これで相手の出方を見るつもりなのだ。

 

 ややあって、返事が返ってきた。

 

《アンドリュー・バルトフェルドって知ってるか? これは奴からの情報でね》

 

 その名前を聞き、タリアだけでなくバートや、傍らにいるアーサーも驚愕の声を上げる。

 

 アンドリュー・バルトフェルド。

 

 それは前大戦におけるアフリカ方面軍指揮官の名前であり、四足獣がたモビルスーツ、バクゥを操れば敵なしとさえ謳われた男だ。呼ばれた通称が「砂漠の虎」。

 

 有名なエル・アライメンの戦いでは、精強を誇ったユーラシア連邦軍戦車部隊を破り、アフリカにおけるザフト優勢を確立した。その後、戦争中期に起こったタルパティアの戦いにおいて、彼のアークエンジェル隊と交戦。当時、地球軍最強と謳われたシルフィードと激突して敗北、重傷を負ったものの奇跡の生還を果たし、最新鋭戦艦エターナルの艦長に抜擢された。

 

 しかしそれもつかの間。彼はラクス・クライン率いる叛乱軍に身を投じ、そのままザフトを脱走してしまったのである。

 

 そのバルトフェルドが、戦後、中立国であるオーブに潜伏していたと言うのは、ある意味で自然の流れかもしれなかった。

 

《ともかく、警告はした。降下作戦が始まれば、大西洋連邦との同盟は押し切られる可能性が高い。アスハ代表は頑張っているが、多勢に無勢と言ったところだな。留まる事を選ぶなら、それも良い。だが、後は君の判断だ、艦長。幸運を祈る》

 

 それっきり、謎の通信は切れてしまった。

 

「艦長・・・・・・」

 

 アーサーとバートが、困惑気味にタリアを見詰めて来る。

 

 だが、それらには答えず、タリアは思案を続ける。

 

 先程の通信、あれがもし、本当にアンドリュー・バルトフェルドからもたらされたのだとしたら、かなり確度は高いかもしれない。

 

 それに、オーブに大西洋連邦の圧力が強まっていると言うなら、彼の言うとおり、あまり長居できないのも事実だった。

 

 カガリの事は信用できるだろうが、たとえばあの宰相ウナト・エマ・セイランなどは、腹の内で何を考えているか判らない。最悪、ミネルバを拘束して連合に引き渡すくらいはやりかねない。

 

「カーペンタリアとの通信は?」

「だめです。地球軍側の警戒レベルが上がっているのか、通信妨害がひどく、レーザー通信でもカーペンタリアにコンタクトできません」

 

 つまり現在、ミネルバは孤軍と化しているのだ。

 

 カーペンタリアと連絡が取れなければ、艦隊の支援を受ける事もできない。

 

 ならばますます、行動は早めに行うべきだろう。

 

「良いわ、命令無きままだけど、ミネルバは明朝出港します」

「艦長!!」

 

 途端に、アーサーの声にも緊張が走る。

 

 タリアもまた、てきぱきと指示を下した。

 

「全艦に通達。出れば遠からず戦闘になるわ。気を引き締めるようにね」

 

 

 

 

 

 マイクを置き、バルトフェルドは大きく息をついた。

 

 ミネルバへの通信は、彼本人の手に寄る物だった。

 

 ミネルバに警告を与え、判断を促す。かつては「砂漠の虎」と勇名を馳せた彼にとって、今はこれが、できる精一杯だった。

 

 現状、バルトフェルドはザフトから見れば、裏切り者のお尋ね者である。大ぴらに名乗る事はできないのだ。

 

「彼女、信じるかしら?」

 

 質問は、バルトフェルドの背後から発せられる。

 

 振り返れば、マリア・ベルネスが憂慮を湛えて通信越しのやり取りを聞いていた。

 

 マリア・ベルネス。

 

 本名は、マリュー・ラミアス。かつて戦艦アークエンジェルを指揮し、数々の戦いを制してきた名指揮官である

 

 戦後は、脱走罪に問われる事を恐れ、縁のあるオーブにて偽名を名乗り、モルゲンレーテの社員として働いていたのだ。

 

「さあね」

 

 言いながら、バルトフェルドは肩を竦めて続ける。

 

「ま、大丈夫だろう。彼女、かなり運の強そうな声をしていたしね。君と同じで」

 

 胡散臭そうな目をするマリュー。

 

 とは言え、今はその「強い運」に賭ける以外に道は無かった。

 

 

 

 

 

 この日、プラントは最高評議会議長ギルバート・デュランダルの名において、「積極的自衛権の行使」を正式に発表する。

 

 これは事実上、プラントが地球連合に対して宣戦布告をした事になる。

 

 カガリは最後の希望として、紛争の拡大だけは防ごうとしていたのだが、その望みも今や絶望的となってしまった。

 

 これに伴い、オーブも否応なく戦火に巻き込まれて行く事になる。

 

 その流れは、もはや止めようも無かった。

 

 

 

 

 

PHASE-11「孤軍の仔獅子」

 




3人も主人公がいるのに、1人も出て来ていないという事実(笑

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