機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-09「迫る激震」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国に帰って真っ先に見せられた物が、こんな物だとは思わなかった。

 

 提出された書類を机の上に置きながら、カガリは憮然とした表情を隠さずにいる。

 

 執務室に入ったカガリにウナトが提出した書類は、被害状況の報告書でも、復興計画の草案でも無く、大西洋連邦から提示された新たな同盟の締結案であった。

 

「いったい何を考えているんだ、こんな時に? 今は被災地の復興と、救援こそが急務のはずだろう」

「こんなときだからですよ、代表」

 

 口を開いたのはタツキ・マシマと言う首長の1人だ。

 

 先のオーブ防衛線の折、当時、国を支えていた首長たちの大半がマスドライバー・カグヤの自爆と運命を共にした。また、ホムラ以下生き残った首長たちも、「敗戦の責任を取る」と言う形で首長の座を退いてしまった。

 

 彼等に代わって急速に台頭してきたのが、当時は下級士族でしかなかったセイラン家である。セイラン家、特にウナトが宰相に就任した後、彼等は主要な閣僚の座に、自分達の息のかかった者に据えて行った。

 

 今閣僚の座を占めている者達は、全員がセイランの「身内」と言って良い。

 

 マシマもその1人だった。

 

「それにこれは大西洋連邦との、ではありません。呼びかけは確かに大西洋連邦から行われておりますが、それは地球上のあらゆる国家に対してです」

「道理に合わない事をするから、世界中を巻き込んでやろうと言う訳か。連中のやりそうなことだな」

 

 カガリは椅子に乱暴に腰掛けながら、皮肉るように言った。

 

 善行は単独でもやれるが、悪行は仲間を欲する。とは、誰が言った言葉だったか?

 

 かつてその手を使って強引に地球上の国家をまとめ上げ、プラント侵攻を行ったのが他ならぬ大西洋連邦だ。よく言えば堅実な手段だが、悪く言えば二番煎じで使い古されている。

 

 マシマは更に続ける。

 

「約定の中には無論、被災地への援助、救援も盛り込まれております。これはむしろ、そう言った活動を効率よく行えるよう、結ぼうと言う物です」

 

 それだけの筈が無いだろう。

 

 と、カガリは心の中で突っ込みを入れる。

 

 それだけで済むなら、そもそも同盟なんて必要ない。NPOの復興支援事業でも大々的に立ち上げれば良い話だ。

 

 大西洋連邦の魂胆が、戦力をかき集めて再びプラントに対して戦争を起こす事である事は、火を見るよりも明らかだった。

 

「ずっとザフトの艦に乗っておられた代表には、いまひとつ御理解いただけないのかもしれませぬが・・・・・・地球の被った被害は、それはひどい物です」

 

 カガリが黙っているのを見て、ウナトが口を開いた。

 

 コンピューターが操作され、ディスプレイには地球の被害状況が次々と映し出される。

 

 破片の直撃を受けて、穴の開いたクレーター。倒壊した建物、住む家や家族を失って彷徨う住民たち。

 

 想像を絶する絶望的な地獄が、そこにはあった。

 

「そして、これだ」

 

 そう言ってウナトが指し示した画像を見た瞬間、カガリは思わず目を見張った。

 

 何とそこには、ユニウスセブン落下に関与したと思われる、漆黒のジンの映像が映っていたのだ。

 

「我等、つまり、地球に住む者は皆、既にこれを知っています」

「馬鹿な!!」

 

 冷やかに話すウナトに対し、カガリは思わず声を荒げる。

 

「こんな物、一体どこから出て来た!?」

 

 カガリには思い当たる節があった。恐らく、例のボギーワン。ガーティ・ルーが送ったのだ。以前から懸念した通り、あの艦が大西洋連邦所属の艦であると仮定すれば、全てにつじつまが合う。

 

「大西洋連邦からです」

 

 予想通りの声は、ユウナから発せられた。

 

 彼は先程の軽薄な態度とは裏腹に、居住まいを正した調子で言う。

 

「だが、プラントも既に、これは真実であると大筋で認めている。代表も御存じですよね?」

「これはほんの一部のテロリストの仕業だ。現にデュランダル議長やミネルバ、それにザフト所属の部隊は破砕作業に尽力している。だからこそ、被害はここまで小さくする事ができたんだぞ」

 

 もし彼等がいなかったら、自分は再びオーブの地を踏む事ができなかったかもしれない。

 

 そう考えれば、カガリもぞっとせざるを得ない。

 

 だが、居並ぶ閣僚達には、その事が全く伝わっていないらしい。

 

「それは判っていますだが、実際に被災した何千万の人々に、それが言えますか? 通じますか?」

 

 ユウナが冷ややかに口を開いた。

 

「あなたはひどい目にあったけど、地球は無事だったから、それで許せ、と?」

 

 巧みに論旨をすり替えて来ているな。

 

 カガリは無言でユウナの言葉を聞きながら考える。

 

 ユウナ達が良く使う常套手段だ。どちらかと言えば直情的なカガリを丸めこもうとする時、彼等はよくこの手を用いる。

 

 今回は巧みに思考を誘導し、どうにか件の同盟締結に持って行こうという算段であるらしい。

 

「これを見せられ、怒らぬ者など、この地上にはいる筈もありませぬ」

 

 ウナトが苦い口調で言う。

 

 だが、目の前の彼等は、いったい何を判っているのだろう?

 

 ザフト軍が今回の事件を収める為に、どれだけの犠牲を払ったか。ザフト軍だけでは無い。カガリの指示で出動したオーブ軍も、少なくない被害を被っている。命を落とした者とて少なくは無い。

 

 要するにユウナ達は、都合の悪い事に目を瞑って、自分達に都合のいい道を行きたいだけなのだ。

 

「話は判った」

 

 カガリは椅子を回し、背もたれに深く腰掛ける。

 

「だが、同盟の件は即答できん。後日、改めて議論する事にしよう」

 

 それはカガリにとって、時間稼ぎでしか無い。

 

 味方の少ない行政府の中にあっては、カガリは思う通りに行動する事ができない。国家元首と言っても、半ば以上お飾りに過ぎない事の悲しさだった。

 

 一方のウナトの方でも、一朝一夕でカガリを説得できるとは思っていないらしい。

 

 「御意」と一言頭を下げ、話題は被害状況の報告に移る。

 

 その様子を、カガリはそっぽを向いたまま、それでも耳だけはしっかり向けて聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 折角の新造戦艦が、これでは使い古されたロートル艦のようだ。

 

 ドッグに鎮座したミネルバを見つめ、タリアは重い気持ちになった。もっとも、無理もない話だと理解はしているが。

 

 緊急発進と、それに続くデブリ戦での損傷、更には砲撃を行いながらの大気圏突入。

 

 正直、撃沈しなかったのが奇跡に思えて来る。

 

 図らずもミネルバは、計画段階で期待された以上の戦いぶりを示した事になる。勿論、誰も予想だにしなかったことではあるが。

 

「スラスターや火器は、できればここで完全に直してしまいたいところだけど」

 

 整備長のマッド・エイブスに、そう告げる。

 

 その二つの修理ができれば、取り敢えず不測の事態が起きてもミネルバは戦う事ができる。他にも贅沢を言えばセンサーや装甲も修理してしまいたい所ではあるが、それは流石に、時間的に言っても難しいかもしれない。

 

「折角少し時間がるんだし、モルゲンレーテから資材や機材を調達できれば、何とかなるでしょう?」

 

 自分が無理な事を言っているのはタリアも承知している。

 

 カガリはできれば完全な形で修理をしたい旨を言って来てはいるが、他国の造船所にいつまでも甘えている訳にもいかない。

 

 加えて、カガリの立場の事もある。

 

 どうにもタリアの目には、カガリが行政府の中では孤立気味にあるように見て取れた。

 

 無理も無い。あの気性はどう見ても政治家向きでは無い。そんな中で、彼女が自分の意見を通すのは容易ではないだろう。

 

 世代は違うが、同じ女としてタリアはカガリに同情を禁じ得ない。

 

 カガリの負担を僅かでも減らす為にも、修理を早々に終えたい所であった。

 

「問題は、装甲ですね」

 

 やはり、マッドもそこに考えが行き着くらしい。歪み切った装甲を元に戻すには、相応の手間と資材が必要だった。

 

「モビルスーツの補修もありますから、流石に全部となりますと・・・・・・」

 

 マッドも難しい表情で言う。

 

 その言葉に、タリアも諦めるしかない事を悟る。最優先事項は主力であるモビルスーツ、次いで艦にとって必要最低限となるスラスターと火器の修理。装甲は最悪、一部は未修のままにするしかないだろう。

 

「しょうがないわね。装甲はひどい所だけに絞って、後はカーペンタリアに入ってから・・・・・・」

「それは、お手伝いできると思いますけど」

 

 タリアが言い掛けた時、背後から声に遮られた。

 

 振り返ると、モルゲンレーテの制服に身を包んだ、栗色の髪をした女性が立っていた。年の頃はタリアと同じくらいで、物腰が柔らかい印象がある。

 

 女性はタリアの元まで歩いて来ると、優しそうな笑みを見せる。

 

「船・・・・・・特に戦闘艦は、常に信頼できる状態にしておかないと辛いでしょう。指揮官さんは」

 

 まるで、自分も経験者であるかのような物言いに、タリアは若干の興味と警戒を入り混じらせて尋ねる。

 

「あなたは?」

「失礼しました。モルゲンレーテ造船課Bのマリア・ベルネスです。こちらの作業を担当させて頂きます」

 

 そう言うと、マリアはスッと手を差し伸べる。

 

 物腰柔らかく、それでいて人好きさせる、一種のカリスマを備えているような女性だ。

 

 だからこそ、タリアは何を気負う事無く、差し出された手を自然に握る事ができた。

 

「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ」

「宜しく」

 

 握った手は、マリアの笑顔同様に暖かい物だった。

 

 

 

 

 

 結果として、マリアに任せたのは正解だった。

 

 彼女はモルゲンレーテの工廠に掛けあい、必要な資材、人員、工作機器の確保、スケジュールの調整を済ませ、タリアとしては応急修理が関の山であろうと思っていたミネルバの補修作業は、完璧に近い形で行われる事となったのだ。

 

 既にミネルバの周囲には修理用の機械や人員が走りまわり、資材の運び込みが始まっている。

 

 その様子をタリアがキャットウォークの上から眺めていると、当のマリアが苦笑気味に歩いて来るのが見えた。

 

「ミネルバは進水式前の船だと聞いていますが、何だかもう既に歴戦の艦と言った感じになってしまいましたね」

「ええ、残念ながら」

 

 タリアも苦笑して応じる。それはちょうど、先ほどタリアが思っていた事と一緒だったからだ。

 

 元々はインパルスをはじめとした、セカンドステージシリーズの運用実験を目的とした新造戦艦。本来であるなら、就航はもっと先になる予定であった。

 

 である筈なのに、今やザフト軍の中でも有数の歴戦艦になってしまった。

 

「私もまさか、こんな事になるとは思ってなかったんだけど、まあ仕方ないわよね」

 

 緊急発進に続く突然の戦闘。デブリ帯では岩塊のシャワーを浴び、大気圏突入の摩擦に嬲られたミネルバ。

 

 今の荒れ果てた装甲を設計者が見たら、卒倒するのではないだろうか。

 

「いつだってそうだけど、まあ、先の事は判らないわ。今は特に、て感じだけど」

「そうですわね・・・・・・」

 

 タリアの厳しい口調に、マリアも顔を曇らせて応じた。

 

 折角手に入れた平和だと言うのに、またぞろきな臭い匂いがし始めている。確かにこの先、何がどうなるのか判ったものでは無かった。

 

 状況によっては、ミネルバはまた最前線に立つことだってあり得るのだ。

 

「ほんとはオーブも、こうやってザフトの艦の修理なんか、手を貸していられる場合じゃないんじゃない?」

「まあ、そうかも知れませんけど・・・・・・でも同じですわ。やっぱり先の事は判りませんので、私達も今は、今思って信じた事をするしかないんですから」

 

 マリアは、どこか遠くを見つめるような目で言う。

 

「・・・・・・後で間違いと判ったら、その時はその時で、泣いて怒って・・・・・・そしたらまた、次を考えます」

 

 その横顔が、タリアにはなぜか物すごく神聖な物のように思えた。

 

 きっとマリアもまた、かつては指揮官として戦場に立ち、多くの悲劇を経験してきたのではないだろうか。

 

 そのように思えるのだった。

 

 その時、話しているタリアとマリアの元へ、小柄な人影が歩いて来るのが見えた。

 

 モルゲンレーテの作業服を着ているその人物は、子供と思えるくらい小柄であるが、顔は目深にかぶったキャップに隠れて覗う事ができない。

 

 その人物は、トコトコとマリアに歩み寄ってきた。

 

「伯母さま。資材搬入リストの作成が終わりました」

 

 声の調子から、女。それもまだ、年端のいかない少女である事が判る。あまりにブカブカな作業着を着ているため、遠目には男女の区別がつかなかったのだ。

 

 と、

 

「こら」

 

 マリアは少女の頭を、コツンと軽く叩いた。

 

「今は来客中よ。それに『伯母さま』はやめなさいって、いつも言ってるでしょう」

「すみません」

 

 どうやら、少女はマリアの身内であるらしい。

 

 怪訝な表情で見つめているタリアに気付いたのか、マリアは苦笑しながら振り返る。

 

「あ、すみません。この子、私の姪なんです」

 

 マリアが紹介すると、少女はタリアの前へと歩み出て頭を下げた。

 

「エミリア・ベルネスです」

 

 ひどく、素っ気ない口調の少女だ、という印象をタリアは持った。こう言っては何だが、明るい印象のあるマリアとは対照的なように思える。

 

「タリア・グラディスよ。あなたも、ここの社員なの?」

「はい、造船課に所属しております」

「こう見えて、細かい作業や書類作成は、他の誰よりも役に立つんですよ」

 

 そう言うとマリアは、誇るようにエミリアの頭にポンと手を置く。

 

 まったく印象の違う2人だが何だこうしてみると伯母と姪と言うより、親子のように見える。

 

 きっと何か、そこら辺には他人が踏み込めない事情があるのだろう。と、タリアは察した。

 

 

 

 

 

 久方ぶりにマユ達と一緒にできた食事は、シンにとってとても充実した物であった。

 

 食事は主にラクスが作ってくれているらしいが、マユも積極的に手伝っている姿を見ると、シンとしても何となく誇らしい物があった。

 

 因みにリリアも手伝ってはいるが、主に皿を並べたり配膳したりする掛かりになっている。

 

 彼女の名誉の為に言っておくと、決して料理が下手と言う訳ではない。しかし、他の者達曰く「下手では無いのだけど、ナニカが違う」との事だった。

 

 きっとリリアは、普通の人間よりも味覚が3度くらい明後日の方向を向いているのだろう。と、シンは勝手に納得しておいた。

 

 と、そこへ片づけを終えたらしいリリアがやってきた。

 

「お疲れ様、シン」

 

 リリアはそう言いながら、シンの向かいに腰掛ける。

 

「話は聞いてるよ。大変だったんだってね」

「ああ、まあね」

 

 言いながら、シンは自嘲気味に笑う。

 

 大変だった。確かに。

 

 そしてあれだけ大変な思いをしながら、犠牲を防げなかった事で、否が応でも徒労感が増しているのも事実だった。

 

「そっちも、破片とか降って来て、いろいろ大変だっただろ」

「うん、まあ。でも、オーブに直接降って来た物は無かったから」

 

 言いながらリリアは、視線を子供達のいる部屋の方へと向ける。

 

「マルキオ様達の家が壊れたって聞いた時は、凄く心配したけど。幸い、この家は広いからさ」

 

 ここはカガリが戦後、住む場所を無くしたシン達の為に貸してくれたアスハ家の別荘である。流石は代表首長の別荘であり、ちょっとした豪邸並みの広さがある。

 

 マルキオや子供達、共に暮らしているラクスを収容しても、まだ余裕があるくらいだ。

 

 その子供達も昼間たくさん遊んで疲れたのだろう。ラクスやマユと一緒に今はベッドで眠りについていた。

 

「マユの事も、いつも面倒見てもらって悪いな。仕事も大変なんだろ」

「気にしないで。マユちゃんの事は私がしたいからしてるんだし。それに、仕事も今はひと段落して手が開いてるんだ」

 

 リリアは今、モルゲンレーテの開発部門に所属し、次期新型主力機動兵器の開発に携わっている。元々がヘリオポリスの機械工学系の学生である。アークエンジェルに乗艦した後は整備長コジロー・マードックの下でみっちりと整備に関する勉強をした事も大きかった。

 

「て事は、ライキリの目処が立ったのか?」

「うん。来週には試験運用に入れると思う」

 

 こうやって、国を守る為に剣が、着々と造られて行く。

 

 だが、アーモリーワンでの戦闘が、シンには暗い影を落としていた。

 

 国を強くする為に力を持っても、その力を狙われて戦いになる。

 

 力があるから戦争になるのか、それとも戦争があるから力が必要なのか。

 

 カガリとデュランダルが言っていた言葉を、シンは否が応でも考えざるを得なかった。

 

 そんなシンを気遣うように見ながら、リリアが声を掛ける。

 

「あまり思い詰めないでね。シンが強いのは知ってるけど、あなた1人でできる事は、そんなに多く無いんだから」

「判ってる」

 

 力無く言葉を返すシン。

 

「けど、あのユニウスセブンを落とした連中の1人が言ったんだ。『撃たれた者達の嘆きを忘れて、なぜ、撃った者達と偽りの世界で笑うんだ』って」

「シン・・・・・・」

「俺達は前の戦いの時、戦争を終わらせる為に戦った。けど、またこうしてすぐに戦おうって思う奴等が出て来る。これじゃ、何のために戦ったのかなって、思っちゃうんだ」

 

 あの戦いで命を落とした者は多い。

 

 友人、兄弟、恋人、親。

 

 それらの者達を失い、それでも尚、戦いを欲する者達がいると言うのが、シンには理解できなかった。

 

 いやある意味、失ったからと言うべきなのかもしれない。

 

 シン自身、オーブ戦で両親を失っている。幸いにしてシンとマユは生き残ったが、もしマユまで失っていたとしたら、シンもまた彼等と同じように戦争を欲していたのかもしれない。

 

 その時、扉が開いて香ばしい匂いと共に1人の男が入ってきた。

 

 短く刈った髪を逆立て、よく日焼けした肌を持つ精悍な顔立ちの男である。だが顔の右側には大きな傷があり、右目が無くなっているのが判る。

 

 しかしその傷で、彼に剣呑な雰囲気があるかと言えばそんな事は無く、寧ろ全体から溢れ出る雰囲気は愛嬌のある物だった。

 

 彼の名はアンドリュー・バルトフェルド。かつてはザフト軍において「砂漠の虎」と呼ばれた名将である。

 

 戦後、プラントに戻る事ができなくなった彼もまた、この家で生活していた。

 

 この家には普段、シン、マユ、バルトフェルドの他に、あと2人の人間が生活している。リリアは本来実家の方で生活しているのだが、家が近い事もあり、3日と空けずに泊りに来ていた。今回はシンがアーモリーワンに行くと言う事で、ずっと泊りこんでくれていたのだ。

 

「いよぉ、御両人。新作を作ってみたんだ。ちょっと試してみてくれないか?」

 

 嬉々としてそう言うと、バルトフェルドはコーヒーの入ったカップを3つ並べる。

 

 バルトフェルドのこの趣味も相変わらずだった。

 

「マリア女史には好評だったが、君達は果たしてどうかな?」

 

 そう言うと、バルトフェルドは自分のカップを手にとって口に運ぶ。

 

 そんなバルトフェルドの様子を見て、シンとリリアは呆気にとられる。さっきまでの重苦しい雰囲気が嘘のように消失していた。

 

 もしかしたらバルトフェルドは、それを見越してコーヒーを用意してくれたのかもしれなかった。

 

 コーヒーの香ばしい香りが、良い感じに鬱屈した雰囲気を和らげてくれていた。

 

 笑みを向け合う、シンとリリア。

 

 やがて、どちらからともなく自分のカップを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の事件を受けて、大西洋連邦やユーラシアなど、地球連合を構成する国家はプラントを激しく糾弾する姿勢をとっていた。

 

 曰く、今回の(ブレイク・ザ・ワールドと名付けられた)事件は、全てプラント側の自作自演である。その証拠として、プラントは一切の被害を被っていない。プラント側としては、ユニウスセブンをわざと落とし、それを自分達で破砕して見せる事で状況を有利に運ぼうと画策したのだ。よってプラント側は、速やかにテログループを逮捕、地球連合政府に引き渡す事を要求する。

 

 との事だった。例のジンの写真も、そこで公表されている。

 

 当然、プラント側も反論する。

 

 テロリストグループとプラント政府は全くの無関係であり、テロリスト達は全員、事件のさなか死亡している、と。

 

 しかし、やはり、テロリストグループがジンを使っていたのが痛かった。その為、デュランダル以下プラント最高評議会は粘り強い交渉を続けているが、状況は芳しい物とは言えなかった。

 

 仮にテロリストの1人でも生き残っているなら交渉の余地もあるだろうが、全員死亡しているのでは、プラント政府としても無い袖は振れないわけである。

 

 まさに「死人に口無し」とはよく言った物だ。

 

 しかし、事態はすでに、悠長に構えていられるレベルを逸脱しつつある。

 

 既に月面の地球軍基地では、軌道艦隊が出動準備を終えつつあり、その舳先はプラントへと向けられようとしている。

 

 もし地球軍が攻め込んでくるならば、ザフトとしても応戦せざるを得ないだろう。そうなると、せっかく勝ち取った平和が、その瞬間に潰え去ることになる。

 

 プラント、そしてザフトとしても、対応を決めなくてはならない時期が迫りつつあった。

 

 デュランダルはあくまでも自分達の関与の否定と、対話による平和的解決を訴えてはいるが、一方の地球連合の背後には、ロード・ジブリール率いるブルーコスモスの姿がある。平和的な解決は絶望的と言える。

 

 そのジブリールは、言葉巧みに現大西洋連邦大統領ジョセフ・コープランドを焚きつけ、世論を反プラントに誘導する一方で、当のプラント政府にも多様の圧力を掛け、徐々に追い詰めつつあった。

 

 今まさに、2年前の事態が再現されようとしていた。

 

 

 

 

 

 活気のある街。

 

 オーブの市街地に出て、アリスが初めに思ったのはそれだった。

 

 ミネルバ入港中は、クルー達には特にする事がある訳ではない。

 

 タリアはアーモリーワン以来奮戦してくれたクルー達を労う意味も込めて、全員に半舷上陸を許可していた。

 

 そこでアリスは、幼馴染でルームメイトのメイリンと共に買い物に出て来たのだ。

 

「おっきい町だね」

 

 隣を歩くメイリンが、周囲を見回しながら言う。どうやら彼女もアリスと同じ感想を抱いたらしい。

 

 彼女は短パンに白いTシャツの上からパーカーを羽織った、私服姿である。

 

 流石にアリスも休日まで軍服を着ているつもりは無いので、こちらも短パンに青いTシャツ、そしてその上から半袖のYシャツを羽織った格好をしている。

 

 オーブは先の戦争の末期に、地球連合軍の攻撃を受けて陥落している。

 

 町は火が落ちたように暗く、建物は崩れ落ち、路地裏のスラムには浮浪者があふれている。そんな殺伐として雰囲気を想像していたアリスたちは、大いに肩すかしをくらった気分だった。

 

 しかし町には多くの人が集まり、真っ直ぐ歩く事もできないくらいだ。

 

 戦後2年。見事に復興を果たしたオーブの姿がそこにはあった。

 

「それでメイリン、今日はどこ行くんだっけ?」

「えっと、まず買い物でしょ。お化粧と、洋服と、あとそれから・・・・・・」

 

 色々と計画立てて来たらしいメイリンが、あれこれと指を折りながら予定を思い出している。

 

 そんな彼女を見ながら歩いていると、

 

 ドンッ

 

「キャッ!?」

「うわッ!?」

 

 横から出て来た人と、アリスはぶつかってしまった。

 

 2人はそのまま、もつれ合うように歩道に倒れてしまう。

 

「イタタタタ、ご、ごめんなさい。ちょっと余所見してて」

「い、いや、俺も、前見てなかったから」

 

 互いに相手に謝罪の言葉を述べ、

 

 そして、目を開いて驚いた。

 

 アリスがぶつかった相手は、彼女が知っている人物だったのだ。

 

「シ、シンッ!?」

「お、お前、アリスか!?」

 

 共にミネルバに乗艦し、一緒になって大気圏突入ダイブまでやった少年が、アリスに覆いかぶさるようにして倒れ込んでいた。

 

「ご、ごめん、すぐどくからッ」

 

 事態を把握したシンは、そう言って身を起こそうとした。

 

 そこで、

 

 ムニュ

 

「・・・・・・へ?」

 

 何やら、好ましい感触が、シンの右の掌に伝わってきた。

 

 あまり馴染の無い、それでいてとても、触っていて気持ちの良い柔らかい感触。何だか放っておくと、いつまでも触っていたくなってくる。

 

 次の瞬間、

 

「や、やァァァッ!?」

「ゲフッ!?」

 

 顔を真っ赤にしたアリスに突き飛ばされ、シンはそのまま背中から仰向けに倒れ、後頭部を思いっきりぶつけてしまった。

 

「イテテ、な、何すんだよ!?」

 

 顔を上げて抗議するシン。

 

 対してアリスは、地面に座り込んだまま、顔を真っ赤にして真を睨みつけている。目にはうっすらと、涙まで浮かんでいた。

 

 そして少女の両手は、自分の胸を押さえるように交差されている。

 

 そこで、シンは自分が何をしたのか察した。

 

 つまり、さっき自分が掴んでいたのは、アリスの・・・・・・胸?

 

 と、

 

「ハッ!?」

 

 とっさに振り返るシン。

 

 そこには冷え切った目をしている、マユとリリアの姿があった。

 

「・・・・・・お兄ちゃん、ラッキースケベ?」

「・・・・・・シン、サイテー」

「ち、違うんだッ これはッ!!」

 

 慌てて言い訳するシン。

 

 その後、泣くアリスを宥め、2人の誤解を解くのに一苦労だった。

 

 

 

 

 

 昼時と言う事もあり、カフェテリアは混雑していた。

 

 それでもどうにか5人分の席を確保できたのは僥倖だった。

 

 一通りの買い物を終えた一同は、昼食を取ろうと言う事になり、リリアが行きつけにしているというカフェテリアにやってきたのだ。

 

 勿論、先程の詫びも兼ねてシンの奢りである事は言うまでも無い。なぜかいつの間にか、マユとリリア、メイリンの分まで奢らされることになっていた事には納得がいかないが、これも男の甲斐性なんだろう、と適当に考えて納得しておいた。

 

 そのマユとリリアは、今はメイリンと談笑している。何やら、すっかり打ち解けた様子だった。

 

「妹さん、可愛いね」

 

 向かいに座ったアリスが、そう話しかけて来る。

 

「ボク、1人っ子だから、弟とか妹とか、けっこう憧れるんだ」

「いればいたで、結構うるさい所もあるんだけどさ・・・・・・」

 

 シンは愛おしそうにマユの顔を眺めながら言う。

 

「でも、仕事から帰って来る度にマユの顔が見れば、あの子がいるから俺は頑張って来れたんだ、て思えるよ」

 

 そんな優しげなシンの顔を見て、

 

 アリスはクスッと笑った。

 

「何だよ?」

「いや、シンって良いお兄ちゃんなんだなって思って」

 

 言ってから、少し遠い目をするアリス。

 

「ボクにもね、お兄ちゃんみたいな人がいたんだ」

「いた?」

 

 アリスの言葉に、シンは訝るように彼女の顔を見る。

 

 何か心の底にしまってある物が零れ出たような、そんな気がしていた。それに「いた」と過去形で言った事が気になったのだ。

 

「死んじゃった、ボアズで」

「ッ!?」

 

 息を飲むシン。

 

 つまりアリスの言う人物は、ザフトの軍人で、恐らくは地球軍の攻撃で死亡したと言う事なのだ。

 

 あの頃、シン達が所属していたL4同盟軍は、地球軍の動きを察知していた物の、そのあまりに迅速な行動に後手に回り、ボアズ救援は間に合わなかったという過去がある。

 

 つまり、間接的にだがシン達も、その人物の死に関わっていると言う事になる。

 

「アリス、その事は・・・・・・」

 

 話を聞いていたのか、メイリンが心配そうな顔をアリスに向けて来る。

 

 その顔を見て、アリスはフッと微笑を見せる。

 

「あ・・・ごめん、メイリン」

「ううん、大丈夫」

 

 何か、2人だけに通じる事があるらしい。

 

 他人が入ってはいけないような事なのだろうと思い、シンは話題を変える事にした。

 

「そう言えば、アリスがいっつも着てる軍服って、変わってるよな」

「え、ボクの?」

 

 シンはアリスが、通常とは違う軍服を着ていたのを思い出す。

 

 ジャケットは通常の赤服と同じだが、下はピンク色のプリーツスカートになっていた。たしか、ルナマリアも同じ物を着ていた筈だが。

 

 と、そこでアリスがシンをジト目で睨んでいるのに気付いた。

 

「シン、君ってそう言う所、抜け目ないね。だからラッキースケベとか言われるんだよ」

「いや、そうじゃなくて。 ってか、それ言われたのはさっきが初めてだ!!」

 

 何で服装の話題を振っただけで、そこまで言われなくてはならないのか。

 

 と、隣で話を聞いていたメイリンが、面白そうに笑いながら会話に伝わってきた。

 

「あれって確か、お姉ちゃんとの罰ゲームなんだよね」

「ちょ、メイリン!!」

 

 慌てて幼馴染の口を塞ごうとするアリス。

 

 しかしメイリンは、巧みにアリスの手を逃れる。

 

「アリスってさ、ちょっと男の子っぽい所あるでしょ。だから前にうちのお姉ちゃんと賭けして、負けたら自分と同じ軍服を着るって約束したの」

 

 と、

 

 ギュ~~~~~~~

 

「メイリンちゃ~ん、余計な事は言わないで良いからね」

「ひたたたたたたたたたたたたッ」

 

 手を伸ばしたアリスに、頬を思いっきりつねられるメイリン。

 

 幼馴染にたっぷりとお仕置きした後、アリスはやれやれとばかりに溜息をつく。

 

「あれ、凄く恥ずかしいんだよね。ちょっと動くとパンツ見えそうになるし。ルナはよく、平気で穿いてられるよ」

「何て言うか、あんたも結構苦労してるんだな」

 

 シンはアリスにちょっとだけ同情するのだった。

 

 

 

 

 

 受話器の向こうの相手から話を聞き、カガリは難しい顔をする。

 

 連日のように揺れ動く世界の中で、カガリは自身の、そしてオーブの進むべき道を見誤らないよう、常に神経をとがらせる日々が続いていた。

 

 大西洋連邦を始めとした連合各国が行うプラント批判。更には、それに伴う例の同盟条約締結の催促。

 

 ウナトやユウナなどは、連日のようにやって来てはしつこく同盟締結のメリットばかり説いて行く。

 

 かつて理不尽な理由でこのオーブの大地を蹂躙し、多くの国民の命を奪ったのは他ならぬ大西洋連邦である。

 

 その大西洋連邦と手を結ぼうと考える事事態、カガリには理解の及ばない事であった。

 

 もっとも、だからと言って、カガリにはセイラン親子を切り捨てられない理由があった。

 

 政策の相違はある物の、ウナトもユウナも閣僚としては有為な人材なのだ。

 

 ウナトは老練な手腕で、海千山千な外交を展開しているし、ユウナは経済閣僚として、「復興まで10年はかかる」と言われたオーブ経済を、僅か2年で復興させてしまった。

 

 また、セイラン親子には今、日の出の勢いがある。仮に彼等を切り捨てるにしても、相応の理由が必要となる。行政府においては孤立無援に等しいカガリには、それだけの力は無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・確かか、その情報は?」

 

 カガリは硬い表情のまま、相手に尋ねる。

 

 相手はカガリ子飼いの情報部員である。

 

 セイラン親子は、カガリに上げられる情報をセーブし、一種の情報封鎖状態を作り上げている。

 

 恐らく意図的にカガリを情報不足に陥らせ、判断力を鈍らせる事が目的なのだろうが、それに対抗する為にカガリもまた、独自の情報網を用意しているのだ。

 

《間違いないですね。月基地に保管されていた核ミサイルが、次々と艦艇に積み込まれています》

 

 相手は海軍情報部のケン・シュトランゼン三佐である。先の戦争では戦艦クサナギの副長も務めた人物であり、カガリが最も信頼する情報部員の1人でもある。

 

「それでプラントを撃つつもりか、連中は・・・・・・」

《でしょうね。しかも期限は近いって、もっぱらの噂ですよ》

 

 ケンは今、大西洋連邦軍に関する噂を集中的に集めている。

 

 何と言っても、件の条約の件がある。カガリとしては同盟撤回か、それが叶わないならば、せめて形骸化させる事を目指したいところである。その為に必要な情報をケンに探らせていたのだが、その結果、入ってきたのは地球連合軍がプラント侵攻に核を用いると言う情報だった。

 

「エルビス作戦の再現と言う訳か。芸の無い連中だが、放置しておく事は出来んな」

《ですよねー どうします?》

 

 軽い口調で言うケンに対し、カガリは暫く考えてから答えた。

 

「判った。その事はこっちで対応する。お前は引き続き、情報収集に努めてくれ」

《了解ッす》

 

 そう言うと、ケンとの通話が切れた。

 

 カガリはそっと受話器を置くと、顔の前で手を組んだ。

 

「・・・・・・・・・・・・ついに、始まるか」

 

 苦い表情で呟くカガリ。

 

 2年前の再現。悲劇の幕開けは、もう不可避な場所まで来ている。

 

 その中でオーブがどのような舵取りをするか、カガリとしても決断せねばならなかった。

 

 ややあって、カガリは再び受話器を取った。

 

「私だ。宇宙艦隊司令部に繋いでくれ」

 

 とにかく、必要な状況は自ら創り出さなくてはならない。その為に打てる手は、全て打っておこうと思った。

 

 

 

 

 

PHASE-09「迫る激震」      終わり

 


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