機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-08「南海に輝く宝珠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が降って来る。

 

 ある意味幻想的とも言える言葉であるが、同時にそれはこの世に地獄が現出した事をも表す。

 

 無数に降り注ぐ灼熱と化した火の玉。

 

 それらが地上に落ちる度、地獄は口を開いて行く。

 

 落下した場所は一瞬にして閃光に呑まれ、生き物も、無機物も、隔たりなく飲み込んでいく。

 

 落下地点から放射状に衝撃は放たれ、その場を中心にあらゆる物を吹き飛ばし、薙ぎ払って行く。

 

 生きている者は、誰もいなかった。

 

 被害はそれのみに留まらない。

 

 地球の7割が海となっている関係で、破片は海面に落下する物も少なくない。

 

 衝撃は海水を撹拌し、巨大なうねりとなって沿岸部へ押し寄せる。

 

 想像を絶するような高波が、巨大な顎となって沿岸線へと迫り、そこにあるあらゆる物を容赦なく飲み込んで行く。

 

 逃げ遅れた者は容赦なく、災禍に飲み込まれて行く。

 

 まさに、この世の地獄だった。

 

 その地獄をモニター越しに眺めながら、ロード・ジブリールは不機嫌さを顔に張り付け、グラスの中のブランデーを傾けていた。

 

 ここはジブリール専用の地下シェルターだ。

 

 シェルターと言っても、その敷地面積は豪邸と見紛う程に広く、調度品にも贅が尽くされている。やろうと思えば数万人単位で人間を収容できるだろう。

 

 このシェルターを、ジブリールは1人で使用していた。

 

 彼は怒りに震えていた。

 

 今こうしている間にも地上が破壊され、何千、何万という人々の命が失われている事が、ではない。

 

 そんな物はいくら失われようが知った事ではない。むしろ多少減ってくれた方が、後々統制もしやすいと言う物だ。

 

 彼は、彼自身が、このような災厄に対して、臆病者のように地下に押し込められていなければいけない現状に対して怒っていた。

 

 いったい誰の為にこうなった?

 

 決まっている。あのソラのバケモノどものせいだ。

 

 コーディネイターがあんな物を宇宙に造るから。否、そもそも奴等が存在するから、自分がこのような目に合わなくてはならない。

 

 この屈辱は、誓って必ず返してくれる。

 

 愛猫の背を撫でながら、ジブリールは己の内に暗い炎を宿していた。

 

 

 

 

 

 そのユニウスセブン落下の光景は、最前まで戦闘を行い、今も軌道上にとどまっているガーティ・ルーからも確認する事ができた。

 

「うわッ マジでスゲェ・・・・・・」

 

 展望ルームの窓に張り付いて、アウルが呆然と呟く。

 

 ある意味ここは特等席だ。

 

 ここは、ユニウスセブン落下の状況を俯瞰して見る事ができる、唯一の場所である。

 

 落下した場所からは無数の炎が走り、まるで模様のように広がっていく。

 

 ある種幻想的な光景であるが、あの炎の中では今まさに、多くの人々が命を落としているのだ。

 

「くっそォ!!」

 

 スティングは苛立ちと共に、掌を拳で殴りつけた。

 

 この災厄に際し、もはや自分たちにできることは何もないという事実が、彼にとっては悔しいのだ。

 

 ステラもまた、彼等の横で呆然とその光景を眺めていた。

 

「死ぬの?・・・・・・みんな死ぬの?」

 

 みんな死んだ。

 

 あいつ等が落とした炎の中で、みんな死んでしまった。

 

 あいつ等のせいだ。あいつ等のせいで、みんなが死んでしまったんだ!!

 

 ステラが言う「あいつ等」の中には、この災厄を必死に止めようとした者たちもおり、むしろステラたちの方こそが、そんな彼らの邪魔をしたのだ。

 

 つまり、ステラたちも、この地獄の演出に一枚噛んでいるのだが、そんな事は彼らは考えることもできないだろう。

 

 コーディネイターは悪である。と教育されて育ってきた彼等にとって、その結論に行きつくのは、ある意味当然であると言えた。

 

 

 

 

 

 計器が、大気圏を抜けた事を告げる。

 

 同時にスタビライザーを展開。インパルスは空力を受けて、落下速度を減殺する。

 

 ユニウスセブンの破砕とミネルバからの砲撃を辛うじて脱し、インパルスは地球に到達していた。

 

 眼下は海だ。上空から見ると、何処までも青い景色が広がっている。

 

 まさに見渡す限りの大パノラマというべきだが、その状況を楽しんでいる暇は無い。

 

 アリスは懸命に計器を操作し、シンの乗ったザクを探す。

 

 アスランのセイバーはPS装甲を持っているので大丈夫だろうが、ザクはそうはいかない。

 

 一応、ザクも単独で大気圏突入ができる設計ではあるが、それは「できるかできないかで言えば『できる』」という程度のしろものでしかない。あんな物で積極的に地球にダイブしたい奴は誰もいないだろう。加えて、あれほどの悪条件下の突入だ。無事であるかどうか疑わしい。

 

 懸命にザクの姿を追い求めるアリス。

 

 やがて、見付けた。

 

 インパルスの下方に、落下していく濃緑色の機体が見える。

 

 落下の衝撃で損傷したのか、片足を失っている。更に推進機も損傷したらしく、スラスターが稼働している気配が無い。

 

「シン!!」

 

 インパルスのスラスターを吹かし、急いでザクへと近付いて行く。

 

「シン、返事してッ シン!!」

 

 必死に呼びかけるアリス。

 

 やがて、

 

《・・・・・・ス・・・・・・アリスか!?》

 

 やや調子が悪い通信機から、聞き憶えのある声が流れて来た。

 

 思わずアリスは、涙が零れそうになる。

 

 無事だった。生きていてくれた!!

 

「待っててシン、今行くよ!!」

 

 スカイダイビングの要領で身を躍らせ、一直線にザクへと向かうインパルス。

 

 やがて距離も詰まり、聞こえてくる音も明瞭さを増す。

 

《よせ、やめろッ インパルスの推力じゃ、2機支えるのは無理だ!!》

「そんなの、やってみなくちゃ判んないでしょ!!」

 

 叩きつけるように言い放つと、アリスはインパルスの腕を操作してザクを捉え、抱き寄せるようにして支える。

 

 途端に、凄まじい荷重が機体に掛かる。シンの言うとおり、いかにフォースシルエット装備のインパルスでも、別の機体を支えて飛ぶのは難しいのだ。

 

《アリス!!》

 

 シンが声を上げる。

 

 だが、アリスは手を離す気は無い。

 

 彼を死なせたくない。ただ純粋な想いだけで機体を支え、落下を食い止めようとしている。

 

 だが、その間にもザクとインパルスはもつれ合うようにして落下していく。

 

《アリス、もう良いッ 手を離せ!!》

「離す、もんかァー!!」

 

 叫ぶと同時に、推力を全開まで上げるアリス。

 

 しかし、それでも僅かに落下速度を緩める程度の効果しか無い。そもそも、先の戦闘と大気圏突入で、インパルスのシステムにも若干の異常が生じている。その為、カタログスペック通りの性能が発揮できないのだ。

 

 機体を包む振動が大きくなる。

 

 その中で、

 

「ごめんね・・・・・・」

《え?》

 

 突然のアリスの言葉に、シンは思わずモニターに移る少女の顔を見た。

 

 そんなシンの瞳を、アリスは真っ直ぐに見詰めて言う。

 

「この前は、あんな事言っちゃって」

 

 その言葉でシンは、アリスが出撃前に悶着の事を言っていると察した。

 

 今にも泣き出しそうな少女の顔を、シンはじっと見つめる。

 

 普段の言動が男の子っぽいアリスが、今は何だか、とても小さな女の子のように見えてしまう。

 

「ほんとはね、判ってたんだ。ボクも、ヨウランが言った言葉は言い過ぎだったと思ってた。けど、あんな風に言われちゃったら、つい・・・・・・アスハ代表にも、ひどいこと言っちゃって・・・・・・ボク、最低だよね・・・・・・」

《・・・・・・もう、良いよ》

 

 アリスの言葉を遮るように、シンは優しく言った。

 

「シン・・・・・・許してくれるの?」

《あの時怒ってたのは確かだけど、そんなの今更だろ。それに、そんな事をズルズルと引っ張るのは性に合わないしさ。カガリだって、もうそんなに気にしてないだろうし》

 

 そう言って、シンはアリスに笑い掛ける。

 

 それに釣られるように、アリスもまた笑顔を浮かべた。

 

「なら、仲直り、だね」

《ああ》

 

 シンがそう頷いた時だった。

 

 ガクンと言う衝撃と共に、落下速度が緩やかになる。

 

《なごんでいるところ済まないんだが、2人とも、そのまま海面に激突するつもりなのか?》

 

 見ればいつの間に来たのか、アスランのセイバーがインパルスとは反対側からザクを支えるようにしてスラスターを吹かしていた。

 

 モニターには呆れた調子のアスランの顔が映っている。

 

「隊長!!」

《アスラン!!》

 

 声を上げる2人。

 

 何となく、さっきの恥ずかしいやり取りを聞かれた気がして、揃って顔を赤くする。

 

 そこへ、上空から巨大な影が迫ってくるのが見えた。

 

 ミネルバだ。

 

 女神の名を冠する戦艦は、落下するシン達を救うべく、ゆっくりと彼等に近付いて来た。

 

 

 

 

 

「ローマ、上海、ゴビ砂漠、ケベック・・・・・・」

 

 椅子に座った男は、足を汲んだまま湯が無手付きでティーカップを口に運ぶ。

 

「・・・・・・フィラデルフィアに、大西洋北部もだ」

 

 デュランダルは淀みない口調で、それらの地名を読み上げていく。

 

 それらは今回の事件によって、ユニウスセブンの破片が落下した地域である。

 

 甚大な被害だ。落下地点は元より、その周辺への被害も相当な物になっている。

 

「死者の数はまだまだ増えるだろう。痛ましい事だ」

 

 独り言のように発せられた言葉はしかし、同席しているもう1人の少女へと向けられた言葉だ。

 

 可憐な少女である。見れば万民が、美しいと認めるであろう少女だ。

 

 少女は机の上に置かれたチェスの駒を、その細く美しい指で取り、優雅な手つきで動かす。

 

 その様子を微笑みながら見詰めるデュランダル。

 

 少女の持つピンク色の髪が、肩から流れるように落ちていく。

 

「何にしてもこれからだな。大変なのは・・・・・・」

 

 その言葉は紛れも無い哀惜であり、本心からの同情でもある。

 

 しかし、それを告げたデュランダルの顔には、不自然な微笑が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザク、インパルス、セイバーを回収する事に成功したミネルバは、そのまま太平洋へと着水。その進路を、一路オーブに向けていた。

 

 理由としては、無論、カガリの存在が大きい。

 

 カガリを国元へ送り届けるのはもちろんだが、彼女はミネルバの補修と補給をオーブで請け負うと申し出たのだ。

 

 カガリとしても、自らが乗艦し、そして地球を守る為に戦ってくれたミネルバの事を多少なりともねぎらってやりたいという気持ちはあった。

 

 もっとも、あれだけの大惨事の後である。オーブが無事であると言う保証は無いし、そうなるとカガリとしてもミネルバどころでは無くなるかもしれないが、そうなった場合でもせめて補給だけはどうにかしてやるつもりだった。

 

 そのミネルバの甲板で、手すりに寄り掛ってアスランとカガリが潮風に身を任せていた。

 

「・・・・・・・・・・・・そんな事があったのか」

 

 アスランから話を聞いたカガリが、沈痛な表情で言った。

 

 ユニウスセブンを落としたテロリスト達。

 

 彼等と戦ったアスランは、どうしてもその時の最後のやり取りを思い出さずにはいられなかった。

 

『なぜ気付かぬ!! 我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しきものであると!!』

 

 テロリストの男が最後に放った言葉が、アスランの心を縛りつけていた。

 

「勿論、父上がやった事を今更肯定する気は無い。父がやった事は、決して許される行為ではないからな」

 

 己の正義を盲目的に信じ、ナチュラルを全て滅ぼそうとしたアスランの父、パトリック。

 

 その考えに共鳴できなかったからこそ、アスランは前大戦時、ザフトを抜けてL4同盟軍に身を投じたのだ。

 

「父は父、俺は俺と割り切り、今までやってきたつもりだった。だが、あんな風に面と向かって言われると、やはりどうしても、な」

 

 そう言って、自嘲的に笑う。

 

 仕方ない、と思う。

 

 前の戦争の時、アスランは口では父と決別し毅然とした態度をとり続けていたが、心のどこかでは最後まで父の事を想い続けていたのをカガリは知っている。

 

 家族としての情を捨てきれず、しかしだからこそ、決別する道を選んだアスランを、カガリはカガリなりに愛し、そして支えて来たのだ。

 

「なあ、アスラン・・・・・・」

 

 カガリは沈痛な表情のまま、アスランに話しかける。

 

 振り返るアスランは、カガリの顔を見てハッとする。

 

 普段は快活さが取り柄の少女が、何か思い悩むように俯いているのが気になったのだ。

 

「私も、お前に言っておかなくてはならない事がある」

「何だ?」

 

 改まった口調のカガリに、アスランは訝るような顔をする

 

 尋ねるアスランに対し、カガリは難しい表情のまま振り返って口を開いた。

 

「実は今、本国の方で私の結婚話が出ている」

「えッ!?」

 

 絶句するアスラン。

 

 馬鹿な、と思う。

 

 カガリが、結婚など、そんな・・・・・・

 

「相手は、戦後、新たに首長家に昇格した家の跡取りだ。現宰相の息子で、歳は私より4つ上。今は経済関連の閣僚を務めている」

「それは・・・・・・そうなのか・・・・・・」

 

 呆然としたまま、カガリを見る事しかできないアスラン。

 

 そんなアスランから、カガリは僅かに目を逸らす。

 

「すまん、もっと早く言うつもりだったんだが、どうしても言い出せなくてな」

「仕方ないさ」

 

 多分、立場が逆だったとしても、アスランはカガリに言いだす事はできないだろう。むしろ、オーブに着く前に言ってくれた事に、カガリの潔さを感じる事ができる。

 

「それで、その・・・・・・カガリ・・・・・・」

 

 今度はアスランが、言い難そうに口を開く。

 

「君はどう思っているんだ、その、結婚の事について」

「嫌に決まっているだろうッ」

 

 叩きつけるように、カガリは言葉を吐き出した。

 

 思わず、聞いていたアスランがのけぞる程の怒気からも、カガリがいかに、この事態を歓迎していないかが覗えた。

 

「この話はお父様が存命だった頃から出ていてな、本来ならお父様が死んだ事で話は立ち消えになる筈だったんだが、向こうの連中は、逆にお父様が死んだのを良い事に、話を強引に進めようとしているんだ」

「そうだったのか・・・・・・」

 

 言いながら、カガリは大きく腕を伸ばす。

 

「まったく、良い迷惑だよ。連中は口も回るから、あの手この手で私に承諾させようとしてくる。その度に断るのに骨が折れるよ」

 

 そうぼやくカガリに、アスランはクスッと笑みを見せた。

 

「安心したよ」

「何がだ?」

 

 彼氏の暢気な発言に、カガリはジト目になって睨みつける。

 

 だが、アスランは笑顔を崩さずに言う。

 

「君が、その話に乗り気じゃなくてさ」

「・・・・・・当たり前だろ」

 

 そう言うと、

 

 カガリは少し甘えるように、アスランに体を寄せる。

 

 アスランもまた、カガリの腰に手を伸ばし、抱き寄せる。

 

「アスラン・・・・・・」

「カガリ・・・・・・」

 

 互いに瞳を重ねて見つめ合う。

 

 ゆっくりと互いの顔を近付け、

 

 次の瞬間、

 

 視線を感じて、2人は同時にバッと振り返った。

 

 2人が向けた視線の先、そこには、

 

 物影に隠れてこちらを覗う、シン、アリス、ルナマリア、メイリン、ヨウラン、ヴィーノ、あと何故か一緒に、副長のアーサーがいた。

 

「お、お前等ァァァァァァ!!」

 

 恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして怒鳴るカガリ。

 

 アスランの方も、照れ隠しにそっぽを向いている。

 

 カガリに怒鳴られて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく一同。

 

「失礼しました!!」

「我々に構わず続きをどうぞ!!」

「できるか馬鹿!!」

 

 こんな人目の多い場所でイチャイチャしている方が悪い。

 

 とは言え、この間の険悪な雰囲気などどこへやら。いつの間にか、彼等のノリに馴染んでしまっていた。

 

 これもある意味、結果オーライと言うべきかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 無数にあるテレビ画面では、各地の被害状況が伝えられていた。

 

 破片の落下場所には巨大なクレーターが穿たれ、そこから起こった衝撃波により、甚大な被害がもたらされた事が窺える。

 

 人的被害も計り知れない。

 

 破片落下の衝撃で吹き飛ばされた者、爆炎に巻かれて焼け死んだ者、崩れた瓦礫の下敷きになった者、襲って来た高波に飲まれて行方不明になった者。避難した先のシェルターごと吹き飛ばされた、と言う者までいる。

 

 だが、モニターの向こうに座る老人達は、何の被害も被った様子も無く、別れる前と同じ、身ぎれいな格好で満ち足りた様子だ。

 

《やれやれ、大分やらたな》

 

 緊迫感のまったく感じない声で、1人が発言した。

 

《パルテノンが吹っ飛んでしまったわ》

「あんな古臭い建物、無くなったところで何も変わりませんよ」

 

 老人のぼやきを、ジブリールは上機嫌でせせら笑う。

 

 実際、彼は機嫌が良かった。何しろ、望んでもいなかった切り札が、舞いこんで来たのだから。

 

 そんな上機嫌なジブリールに対し、1人の男が苦い表情で言う。

 

「で、どうするのだ、ジブリール? デュランダルの動きは早いぞ。奴め、もう甘い言葉を吐きながら、何だかんだと手を出して来よる」

 

 確かに、デュランダルの動きは迅速かつ的確だ。

 

 曲がりなりにもユニウスセブン破砕に成功し、被災した後も迅速な復興支援と救助活動を展開している。

 

《受けた傷は深く、また悲しみは果てない者と思いますが、でもどうか、地球の友人達よ、この絶望の日から立ち上がってください。同胞の想像を絶する苦難を前に、我々も援助の手を惜しみません》

 

 テレビの中でデュランダルが、演説している。

 

 これは良くない流れだ。

 

 今回の騒動を機に、一気に反プラント勢力を纏め開戦に持ち込むと言うのがジブリール達のプランであるのに、このままでは空振りに終わってしまう。

 

 だがそれでも尚、ジブリールは余裕の態度を崩そうとしない。

 

「もうお手元に届くと思いますが、ファントムペインがたいへん面白い物を送ってくれました」

 

 ファントムペインと言うのは、地球連合軍の中で一部の者しか存在を知らない極秘部隊であり、ジブリール達が私的に運用する事が可能な精鋭部隊である。

 

 今回の騒動に際し、中でも最精鋭のロアノーク隊を派遣したのだが、その成果は充分に得られた。

 

《む・・・・・・これは・・・・・・》

《やれやれ、結局はそう言う事か・・・・・・》

 

 送られた画像を見て、老人達は呻き声を上げる。

 

 彼等の目から見ても、その画像は興味深く、それでいて利用価値の高い物だった。

 

 送られてきた画像。そこには、何らかの装置をユニウスセブンに取り付けて操作しているジンや、同様の機体が戦闘しているシーンが映し出されていた。

 

 彼等の正体が何者であるかは知らない。そして知る必要も無い。問題なのは、これが「プラント側の陰謀」を暴く、絶好の切り札になり得ると言う事だ。

 

「思いもかけぬ最高のカードです」

 

 ジブリールは自信たっぷりに言い放つ。

 

「これを許せる人間など、この世のどこにもいないでしょう。そしてそれは、この上なく強い我等の絆となるでしょう。今度こそ、奴等の全てに死を、です」

 

 最後にジブリールは、こう締めくくった。

 

「青き清浄なる世界の為に、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡いグレイの戦艦が、ゆっくりと桟橋に滑り込んで来るのを、居並ぶ者達は遠くに見詰めている。

 

 相当の激戦を潜り抜けて来た事が判る通り、その戦艦はあちこちに損傷が目立つ。

 

 だが、それを見詰める者の内、前列に立った恰幅の良い男は、苦い表情をしていた。

 

 招かれざる客を迎え入れねばならないことに、苦り切っているのだ。

 

「ザフトの最新鋭戦艦ミネルバか・・・・・・姫もまた、面倒な時に面倒な物で帰国される・・・・・・」

 

 この場にいない自国の代表首長に対し、随分と厄介な物を持ちこんでくれたな、と言外に言ったのはオーブ連合首長国宰相、ウナト・エマ・セイランである。

 

 どこか七福神の大黒様を思わせる外見をしているが、その顔にはオレンジ色の眼鏡を掛け、更に眼光鋭く、ひと癖もふた癖も感じさせる容貌だった。

 

 その横には、軽薄そうな紫色の髪をした若者が立っている。

 

「仕方がありませんよ父上。カガリだって、よもやこんな事になるとは思ってもいなかったでしょうし」

 

 一国の主に対し隠しきれない侮蔑を込めて言ったのは、ユウナ・ロマ・セイラン。ウナトの息子である。つまり、彼こそが、カガリの婚約者、と言う事になるのだが。

 

 独善的で甘ったるい笑みを顔に張り付かせて、ユウナは父の方を見やる。

 

 一見すると落ち着いているようでも、その顔は隠しようのない軽薄さが滲んでおり、彼がこれまで失敗する事無く、何不自由ない人生を過ごしてきた事が覗えた。

 

「国家元首を送り届けてくれた艦を、冷たくあしらう訳には行きますまい。今はね」

「ああ、今はな」

 

 ウナトも意味ありげに呟き、停泊位置に進むミネルバを見詰める。

 

 確かに今、彼等を邪険にするのは国際的にも体裁が悪すぎる。何しろ、向こうはこの未曽有の大災害から地球を守った英雄だ。形だけでも遇しないわけにはいかないだろう。

 

 だが、それもオーブ国内にいる間だけの話だ、何れ彼等は、この国を出ていく。その後でどうなろうが、それはウナトやユウナには与り知らぬ事だった。

 

 やがて、完全に停止したミネルバから、見慣れた金髪の少女が下りて来るのが見えた。

 

 そこで、ユウナは飛び出していく。

 

「カガリ!!」

 

 感極まったように、駆け寄っていくユウナ。

 

 少女の方でも、近付いて来るユウナの存在に気付いて振り返る。

 

「ああ、カガリ、会いたかった!! とっても心配したんだよ!!」

 

 駆け寄ったユウナが、カガリを抱きしめようと両手を広げ、

 

 そして、

 

 

 

 

 

 スカッ

 

 

 

 

 

「へブッ!?」

 

 一瞬早く、カガリが身を翻した為、ユウナはそのままつんのめり、顔面からアスファルトに突っ込んでしまった。

 

 呆気に取られる一同。

 

 そんな中カガリは白々しく、足元のユウナを見下ろして声をかける。

 

「ああユウナ、すまない。つい本能的にやってしまった」

 

 つまり、本能的に彼を避けていると言う事か。

 

 とは、その場にいた全員が同時に心の中で入れた突っ込みであった。

 

「お、お帰りなさいませ、代表」

 

 衆人環視の中で晒された息子の醜態に冷や汗を流しつつ、ウナトはカガリに声を掛ける。

 

 対してカガリは、内心の感情を表に出さないように注意しながら向き直る。

 

「私の不在中は苦労を掛けたなウナト。それで、国内の様子はどうだ?」

「ハッ 幸い、破片は我が国へ落下する事はありませんでした。しかし、沿岸部分は高波にさらわれた場所も多く、それらの救助作業に全力を上げているところです」

 

 どうやら、直接的な被害は避けられたらしい事に、カガリはひとまず安堵した。

 

「判った。詳しい状況や、復興計画の草案はでき次第、私の方へ回してくれ」

「判りました」

 

 ウナトは頭を下げると、今度は居並ぶミネルバのクルー達に向き直る。

 

 その視線を受けて、タリアとアーサーは一歩前に出た。

 

「ザフト軍艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」

「同じく、副長のアーサー・トラインであります」

「オーブ連合首長国宰相、ウナト・エマ・セイランだ。このたびは代表の帰国に尽力いただき感謝する」

 

 そう言って、笑顔を見せるウナト。

 

 しかしタリアは、ウナトの目が全く笑っていない事を見抜いてた。

 

 この手の人間は、表面上の言葉と、裏の言葉を使い分けて来る。その事をタリアは、デュランダルとの付き合いで承知していた。

 

 だからこそ、タリアも表面上は友好に応じる。

 

「いえ、我々こそ、不測の事態とはいえ、アスハ代表にまで多大な迷惑をおかけし、大変遺憾に思っております。また、このたびの災害につきましても、お見舞い申し上げます」

「お心遣い痛み入る。ともあれ、まずはゆっくり休まれよ。事情は承知しておる。クルーの方々も、さぞお疲れであろう」

 

 友好的な言葉であるが、言質を取らせるような事は一切言っていない。どうやら、このウナト・エマ・セイランと言う男、なかなかのタヌキ親父であるらしい。

 

 タリアから視線を外し、ウナトは再びカガリの方へと視線を向ける。

 

「ひとまず行政府の方へ。ご帰国早々申し訳ありませんが、今は御報告せねばならぬ事も多くございます」

「ああ、判っている」

 

 頷くとカガリは、ウナト達を伴い歩き出す。

 

 その後には、ようやく先程のショックから立ち直ったらしいユウナも続く。

 

 小さくなっていくカガリの背中。

 

 その姿を、アスランは複雑な思いを抱いて見詰めていた。

 

 

 

 

 

 ミネルバを降りたシンは、バイクを駆って海岸線を走っていた。

 

 カガリを送り届けた時点で、シンの役割は終了となる。

 

 その為シンとしては、参謀本部にて任務完了の報告をすると、その足で自宅へと向かっていた。

 

 正直、今回の任務は疲れた。

 

 代表首長の護衛と言う、ただでさえやり馴れない任務であったのに、そこに来て謎の敵の襲撃やらユニウスセブンの落下やらと、あまりにも突拍子の無い事態が続き過ぎた。

 

 今はとにかく、少しでも体を休めたかった。

 

 やがて、岬の向こうから家が見えて来る。

 

 自然、シンの顔に笑顔が浮かぶ。

 

 みんな元気にしているだろうか。確か今は、マルキオ導師の所にいる子供達が、津波で言えをやられて避難して来ているとか。ならばさぞかし、にぎやかになっている事だろう。

 

 やがてバイクは、砂浜の見える海岸線に出る。

 

 そこでシンは、バイクを止めた。

 

 シン達が住んでいる家までは、まだ少し距離があるが、目当ての人物の姿を砂浜に見出す事ができたのだ。

 

 ヘルメットを取ると、万感の思いを胸に抱いて叫んだ。

 

「マユ!!」

 

 砂浜では、たくさんの子供達が遊んでいるのが見える。

 

 その中で、1人、年上に見える少女が顔を上げた。

 

 どうやら、子供達と遊んであげていたらしい少女。長い髪を後ろで束ね、あどけなさの残る顔立ちは、男女の差はあるが、何処となくシンに似ている印象がある。

 

 少女はシンの姿を見付けると、立ち上がって手を振って来た。

 

「お兄ちゃん、お帰りなさい!!」

 

 シンの妹、マユは元気な笑顔を兄に向けて来る。

 

 先の大戦で両親を失い、たった2人だけになってしまった兄妹。

 

 だからこそ、シンはマユの事を何よりも大切に思っていた。

 

 駆け寄ってくるマユの体を、シンは抱きとめる。

 

「お帰り、お兄ちゃん。いつ帰って来たの?」

「ついさっきだ。参謀本部の方に寄って来たから、少し遅くなっちゃったけどな」

 

 今回の未曾有の大災害の後、こうしてマユと再び会えた事に、シンは素直に喜んでいた。

 

 世の中には、永遠に大切な人と会えなくなってしまった人達も少なくない。そんな人達に比べれば、シンは途轍もなく幸運であったと思える。

 

 その時、新たに歩いて来る足音に気付き、シンは顔を上げた。

 

 視線の先には、2人の少女が笑顔で佇んでいた。

 

「お帰りなさい、シンさん」

 

 ピンク色の長い髪を靡かせた少女が、そう言って微笑む。

 

 彼女の名はラクス・クライン。

 

 かつてはプラントの歌姫として名を馳せ、終戦間際には自らモビルスーツを駆って戦場に立った、勇敢な少女である。

 

 そしてもう1人、ラクスと並んで立つ少女に目をやる。

 

 彼女には、出会った頃から世話になりっぱなしで、シンとしては頭の上がらない人物の1人である。

 

 だからこそ彼女は、シンにとって大切な友人の1人であり、妹のマユ同様に守りたいと思える存在であると言えた。

 

「お帰り、シン」

 

 リリア・クラウディスは、そう言ってシンに歩み寄ってきた。

 

 

 

 

 

PHASE-08「南海に輝く宝珠」      終わり

 




マユの年齢ですが、色々と資料を読み漁っても、これは、と思える物がありませんでした。(一番有力だったのが、享年10歳)

そこで、「独断と偏見と諸般の事情」を鑑み、13歳としました。

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