1
武蔵から発艦したオーブ軍がユニウスセブンに取り付き、作業中のザフト軍を援護していく。
翼を持った機影が、次々と機首を翻してユニウスセブンへと降下していく。
戦闘機のようなモビルアーマー形態に変形可能な機体は、オーブ軍が戦後になって実戦配備したムラサメである。従来の主力機であるM1アストレイと比べても、機動性や武装など、あらゆる面で凌駕している機体である。
ユニウスセブンへと取り付いたムラサメの姿に、それまで一方的にザフト軍を蹂躙していたジン隊にも動揺が走る。彼等としても、地球軍やザフト軍の妨害は予想していたのだろうが、ここでオーブ軍が出て来るとは思ってもみなかったのだろう。
ユニウスセブンに向かうオーブ軍中で、1機だけカラーと形状の違うムラサメがある。
他のムラサメが白、赤、黒のトリコロールであるのに対し、その機体だけは赤の部分が青に変更されている。また翼は取り外され、その部分にはレールガンと照準用センサーが増設されている。
正確に言うとこの機体はムラサメでは無く、その派生形のオオツキガタである。
ムラサメを宇宙専用に最適化した機体で、宇宙空間では不要となる翼を廃し、代わって火力と索敵能力を強化した機体である。
「第2、第3小隊は引き続きザフト軍の護衛を。第1小隊はあたしに続いて、ジン部隊を排除するわよ!!」
《了解!!》
オオツキガタのコックピットに座す少女は、自身も部隊の先頭に立ちながら指示を飛ばす。
ライア・ハーネット二尉は元ザフトの軍人であったが、オーブ近海の戦闘で撃墜されたところを救助に来たオーブ軍によって救われ、その後オーブに帰属したと言う異色の経歴がある。
ヘルメットに包まれたその顔には、僅かな焦慮と、若干の回顧が入り混じっているのが見える。
元来、細かい事にはこだわらない性格の少女ではあるが、そのような事情がある為、他の者達に比べればザフト軍に対して思い入れが強かった。
それだけにザフト軍支援と言う今回の任務は、ライアにとっても複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
ライアのオオツキガタから攻撃を受け、今にもゲイツ隊に取り付こうとしていたジンが吹き飛ばされる。
そのライアや、尚も単独で奮戦するキョウの活躍に続き、他のムラサメ隊も次々とジン隊を押し返して行く。
それに対し、ジン隊は統制に乱れが生じ、個別に戦闘を強いられていた。やはり、キョウが緒戦でサトーを撃破した事が効いているらしい。
オーブ軍が援護に入った事で、作業に専念する事ができるようになったザフト軍の機体は、ユニウスセブン地表に設置したメテオブレイカーを起動して行く。
そしてついに、1基のメテオブレイカーを起動させる事に成功した。
撃ち込まれたメテオブレイカーは、そのまま地中を掘り進み、規定深度に到達したところで起爆する。
変化は、劇的だった。
メテオブレイカーが炸裂したユニウスセブンの大地は、4軍の一同が見ている目の前で、それまでにないほど強烈な振動を起こし、見事なまでに真っ二つに割れたのだった。
《グゥレイト、やったぜ!!》
反動でまき散らされる岩塊を回避しながら、喝采を上げるディアッカ。
その傍らでは、イザークもその様子を見守っている。時間はかかったが、どうにか第1段階成功である。
と、その時、
《だが、まだまだだな。もっと細かく砕かないと》
その的確な発言に、とっさに機体を振りかえらせるイザーク。
そこには、ミネルバ隊に所属する深紅の機体。セイバーが、割れたユニウスセブンを見下ろして佇んでいた。
流石は、同じセカンドステージシリーズと言うべきか、カオスや他の機体と似通っている部分が多い。
だが、イザークが驚いたのは、そんな事では無い。
発せられた声その物に、聞き憶えがあったのだ。
「き、貴様、アスラン!?」
《え、マジで!?》
ディアッカも同様に、驚いた声を発する。
かつての同僚であり、一時期はイザークの副官も務めていたアスランが、その後いろいろな役職を転々としているのは知っていた。その全てが、アスランの能力を飼い殺しにするような閑職で会った事も。
それだけに、この場でモビルスーツに乗って現われたのは予想外だった。
と、その時、更に、3人の会話に割って入ってくる声があった。
《あれ、その声、もしかして、アスラン?》
傍らで見守っていたオーブ軍のオオツキガタから、驚いたような少女の声尾が発せられた。
その声もまた、アスラン、イザーク、ディアッカにとって聞き憶えのある声である。
「まさか貴様は、ライアか!?」
図らずも、旧ザラ隊の4人が一堂に会した事になる。
《いや~、懐かしいね。こんな所で会うなんてさ!!》
《まったくだ。どうなっちゃってんの? 今日は同窓会かよ?》
妙になごんだ調子で会話を始めるライアとディアッカ。何やら、地球滅亡のシナリオが進行している現場とは思えない空気である。
《今はそんな事言っている場合じゃないだろ》
そんな2人の様子に苦笑しながら、アスランは窘めるように言う。
そうしている間にも、パックリと割れたユニウスセブンの様子を見て、怒り狂ったジン部隊がこちらに向かって来ているのだ。
だが、アスランの声に反応したのはライアやディアッカでは無く、なぜかイザークだった。
「いちいち命令するなッ 今は俺が隊長なんだぞ!!」
《いや、今は俺も隊長なんだが?》
《因みに俺もだぜ》
《あッ あたしもあたしもッ オーブ軍のだけど》
軽口を言いあいながら、再び臨戦態勢を取る、旧ザラ隊の4人。
ディアッカのザクとライアのオオツキガタが、先制の一撃で先頭のジンを吹き飛ばすと、そこからイザークのザクと、アスランのセイバーが近接武装を手に斬り込んで行く。
迎え撃とうとするジン。
しかしその前に、セイバーの剣とザクの斧がそれらの機体を切り裂いて撃墜する。
ジン部隊も確かに歴戦のパイロットではあるのだが、アスラン達もザフト最強と謳われたクルーゼ隊でエースを務めていた者達である。腕前においては彼等に引けを取らなかった。
ユニウスセブンが真っ二つに割れる様子は、進撃する武蔵からも確認する事ができた。
さすがはザフトの技術。侮れるものではない。もし敵の妨害が無かったら、もっと早い段階で作業は完了していただろう。
だが、まだ塊は大きい。もう少し砕かないと地表への被害は極限できないだろう。
ユニウスセブンの状況を見て、ユウキは決断した。
「総員に告ぐ。これより、本艦より向かって右側の塊を、ユニウスセブンα、左側をユニウスセブンβと呼称する」
更に続けるユウキ。
「本艦はこれより、ユニウスセブンβに対し、艦首回転衝角を使用した破砕作戦を実行する!!」
武蔵の艦首には、巨大な回転式の衝角。つまり、ドリルと、それを補助する為の無限軌道が備えられている。これのおかげで武蔵は、1番艦の大和よりも全長で50メートル程大きくなっている。
本来なら敵要塞の深部に侵攻したり、地上においては敵中枢へ地下から侵攻する為の装備だが、こうした場面にも使用できない訳ではないだろう。
「艦首、72式超大型回転衝角、始動準備!!」
「エネルギー回路接続確認、システムコネクト!!」
「目標、ユニウスセブンβ!!」
「諸元入力、ターゲットロックオン!!」
「艦首、PS装甲、起動!!」
次の瞬間、変化が起こる。
武蔵の艦首に備えつけられたドリルが、それまでの無機質な灰色から深紅へと染まっていく。
艦首の衝角は、破砕作業を容易にする為にPS装甲を採用しているのだ。普段は電力を食う為OFFにしているが、使用する時はこうしてPS装甲を起動し、強度を高める事で破砕作業を容易にする仕組みになっている。
その武蔵が進む先には、尚も地球へ向けて落下しようとしているユニウスセブンβの姿がある。
「メインエンジン全開、ロケットエンジン点火、武蔵、全速前進!!」
「艦首、超大型回転衝角、始動!!」
武蔵はその特異な戦術を成立させる為に、メインエンジンの他に、補助用のロケットエンジンも搭載し、瞬発的な加速力と馬力を強化してある。その為、1番艦の大和よりも速度、出力の面で勝っていた。
突撃を開始する武蔵。同時に艦首のドリルが唸りを上げて回転し始める。
接近する巨大な戦艦の影に気付いたジン部隊が、慌てたように砲門を向けて来る。
しかし、
「全砲塔、撃ち方始め!!」
迎え撃つように、ユウキが命じる。
武蔵は上部甲板に備えつけられた砲門の内、前方に指向可能な主砲6門、副砲3門、更に後部のミサイル発射管からミサイルを一斉発射する。
勿論、ジン部隊は戦艦の遅い攻撃に当たる程間抜けではないが、その統率を乱して道を開くには充分だった。
「突撃!!」
ユウキの命令を受け、更に加速する武蔵。
その回転する艦首部分が、ユニウスセブンの凍った大地に突き刺さった。
轟音と衝撃が、無音の宇宙空間へと響き渡る。
武蔵の艦首がユニウスセブンにめり込んだ瞬間、そこから大きな亀裂が放射状に広がっていく。
武蔵はいかに地球圏で最大クラスの戦艦とは言え、ユニウスセブンの巨大さとは比べるべくもない。本来であるなら艦首ドリルで掘削したとしても、巨大な穴を掘るだけに終わってしまうだろう。
しかし、ユニウスセブンは、血のバレンタインにおける核攻撃や、約3年に渡る放置による経年劣化、更には先のメテオブレイカーの爆破により、構造自体がかなり脆くなっていた。
そこへ武蔵のような巨大な物体が突っ込んだ為、各所で崩壊現象が起こり、構造を保てなくなったのだ。
「出力全開、押しきれ!!」
ユウキの指示が鋭く飛ぶ。
武蔵は更に、ドリルと無限軌道を限界まで使用して掘削していく。
それに伴い、ユニウスセブンでは連鎖的に崩壊が起こる。
かつてオーブ軍の戦艦クサナギが、コロニーを維持する建材であるメタポリマーストリングに絡まり、宇宙空間で座礁事故を起こした事があったが、武蔵はストリングその物を、脆くなったユニウスセブンの建材から引き剥がす形で進んで行く。
そしてついに、構造が限界に達したユニウスセブンβは、その巨体から悲鳴のような軋みを上げて崩壊、更に細かな瓦礫片となって落下していく。
粉々に粉砕される、人工の大地。
そして、砕けた大地の中から、巨大な戦艦が姿を現わした。
誰もが趣味武器と思い、一部からは税金の無駄とさえ言われていた武蔵だが、ここに来て、その存在価値を大々的にアピールした事になる。
《す、すごい・・・・・・》
あまりの突拍子の無い光景に、思わず誰もが唖然として成り行きを見守るしか無かった。
しかしこれで、ユニウスセブンの破砕作業は半分が完了した事になる。
もう半分。これさえ砕けば、地球への被害は極限できる筈だ。
しかし、尚も諦めない者達がいる。
オーブ軍の参戦により甚大な被害を被りながらも、ジン隊は尚も執拗に食い下がって来る。
大きく数を減らしながらも、巧みにメテオブレイカーに近付いて破壊していく。
その様は、既に妄執と言っても良いレベルで食い下がって来る。
勿論、オーブ軍もザフト軍も懸命に防衛に当たっているが、ジン隊の行動は殆ど狂信者と言うレベルであり、攻撃を受けても構わず突っ込んで来ては、砲撃を集中される者。殆ど損傷し、原形をとどめていない機体で突撃する者が続出する。中には、体当たりを仕掛けてムラサメやゲイツを、自身もろとも撃墜する者までいる。
その為、ザフト軍やオーブ軍の兵士達の中には恐慌に陥る者まで現れていた。
そして更に、相変わらず執拗に攻撃を仕掛けて来る、カオス、アビス、ガイアの存在もいる。
未だに事情を了解していないスティング達は、ジン部隊が数を減らした事でオーブ軍やザフト軍に攻撃を集中し始めている。その為、損害は更に増えようとしていた。
だがその中でも、エース達の奮戦によって状況は徐々にオーブ、ザフト連合軍側に傾きつつあった。
2
キョウが操るストライクイエーガーは前線に立って奮戦していた。
両手に構えたビームライフルで、向かって来るジンの武装を、手足を吹き飛ばして行くストライクイエーガー。
それでも相手が止まらないと見るや、キョウは素早く敵機の後ろに回り込み、ライフルを放ってスラスターを破壊した上で、ジンを氷の大地へと叩きつける。
圧倒的な戦闘力である。
歴戦のパイロット揃いであるジンが、苦も無く倒されて行く。
ジン隊もストライクイエーガーが強敵と見るや、残り少なくなった戦力を1機に集中して来る。
四方からストライクイエーガーを取り囲もうとするジン。
だが、キョウはモニターに素早く目を走らせると、ストライクイエーガーの前腕の裏、人体で言うと尺骨に並走する形で装備された対装甲実体剣を抜き放つと、素早い剣さばきで、またたく間に2機のジンの両腕と頭部を斬り飛ばす。
ストライクイエーガーの剣に斬り裂かれ、戦闘不能になるジンが続出する。
しかしジン隊は諦めない。大破した仲間達にも構わず、ストライクイエーガーを屠るべく、カービンや重斬刀を手に迫って来る。
対して、手にした対装甲実体剣を投げつけるストライクイエーガー。
その一撃を肩に受け、2機のジンが立て続けにバランスを崩す。
その隙にストライクイエーガーが接近、両手に抜き放ったビームサーベルを振るい、ジンの戦闘力をあっという間に奪い去ってしまった。
目を転じれば、接近してこようとしているカオスに対して、肩を並べて迎え撃とうとしているセイバーとザク・イザーク機の姿があった。
普段は相性が悪い(と言うより、イザークの方が一方的に突っかかる)事が多いのに、一度連携すればこれほどピッタリ息の合う2人と言うのも珍しいだろう。
向かって来るカオスの兵装ポッドに対し、セイバーがアムフォルタスを放ち撃墜する。
カオスを操るスティングは慌てたように、ビームライフルを構えるが、それよりも一瞬早くイザーク機がビームアックスを構えて斬り込み、カオスの右腕をライフルごと斬り飛ばす。
とどめとばかりにビームサーベルを構えて接近したセイバーが、カオスの左足を薙ぎ払う。
恐ろしい程に息の合った連携プレイだ。スティングには、手も足も出す余裕が無かった。
完全に戦闘力を奪われたカオスは、そのままフラフラと離脱していく事しかできなかった。
アスラン達の奮戦する場所とは逆の位置では、ザク・アスカ機がアビスと交戦している。
激烈な砲撃を行い、空間ごとザクを薙ぎ払おうとするアビスに対し、シンは巧みに機体を操って回避、射程に入ると同時に背部に背負ったブレイズウィザードから、一斉にファイアビーミサイルを発射する。
螺旋を描くようにして飛んで行く、無数のミサイル。
しかし、
「へっへー、そんな物に当たるかよ!!」
アウルの嘲笑と共に後退しながら、アビスは砲撃を浴びせて、飛来したミサイルを次々と撃ち落として行く。
この程度の攻撃を回避するくらい、アウルにとっては朝飯前、と言ったところか。
吹きあがる爆炎に向けて、アウルは更に砲撃を加えようとした。
その時、
正にその爆炎を突く形で、ビームトマホークを構えたシンのザクが斬り込んで来た。
「貰ったァァァァァァ!!」
「クッ こいつ!?」
ザクの推力を全開にした突撃を前に、一瞬怯むアウル。しかしすぐさま、迎え撃つべくビームランスを繰り出す。
長柄の槍を繰り出すアビス。
それに対してシンは、ザクを一旦降下させるような機動を取らせると、下から斬り上げるようにして斧を振るい、ビームランスの柄を斬り飛ばしてしまった。
「なァッ!?」
驚き、とっさに後退を掛けようとするアウル。
しかし、シンはそれを許さない。
アビスが後退するよりも早くザクを前に出し、再びビームトマホークを一閃する。
その一撃は、アビスの左肩をたたき割るようにして切断。そのまま斬り飛ばしてしまった。
「クッ こいつゥッ 覚えてろよ!!」
シンの攻撃の前に、片腕では敵わないと踏んだのか、アウルはアビスのスラスターを全開にして後退していく。
対してシンも、それを追おうとはしない。厄介な強敵を撃退できた。今はそれだけで充分だった。
「すごい・・・・・・」
その様子は、インパルスに乗ったアリスからも確認できた。
彼女自身、奮戦して3機のジンを撃墜、あるいは撃破する殊勲を上げていた。
しかし、ある意味それ以上の戦闘が眼下で展開されていた。
アーモリーワンではあれだけ苦戦させられた敵が、目の前で次々と戦闘不能にされて行く。
その光景に、アリスは圧倒されていた。
「あれが・・・・・・ヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの力なんだ・・・・・・」
イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、アスラン・ザラ。
彼等がヤキン・ドゥーエ戦役において常に最前線で戦い、そして多大な戦果を上げた事はアリスも知っている。
今まさに、伝説の再現がアリスの見ている前で行われていた。
そしてシン・アスカ。アリスと同い年の少年が示す戦いぶりもまた、アリスにとっては驚愕その物だった。
あれだけの技量を持ち、量産機単独でアビスを退ける程の実力。
アリスとてザフトで赤服を纏い最新鋭機であるインパルスを任された実力者だが、正直、シンと対峙した時、彼と同等に戦えるかどうか自信が無かった。
と、
《アリス、何をしている!!》
作業中のレイから、叱責に近い声が飛んで来た。
《作業はまだ終わっていないんだぞ!!》
「ご、ごめんッ」
確かに、ぼうっとしている場合では無かった。呆けている間にユニウスセブンが落下したら洒落にならない話である。
そう言うと、アリスは慌てて作業へと戻っていった。
ルナマリアのザクと交戦していたステラのガイアだが、ユニウスセブンが破砕した際の衝撃に巻き込まれる形で一時、自分の居場所を見失っていた。
暫く、誰もいない場所を飛び回っていたが、やがて出くわしたのはゲイツ隊による破砕作業の現場だった。
途端に、ステラの闘争本能に灯が入る。
あいつ等は悪い奴等。これを落とそうとする悪い奴等。悪い奴等は倒さなくてはいけないって、ネオもラキヤも言っていた。
だからッ
「死ねェェェェェェ!!」
ステラの叫びと共に、獣形態に変形し突撃するガイア。
その攻撃を前に、残っているメテオブレイカーが斬り裂かれ、破壊されて行く。
ゲイツ隊もガイアを食い止めようと必死に応戦するが、ステラは足場を巧みに蹴りながらゲイツの攻撃を悉く回避して接近すると、グリフォンビームブレイドやビームキャノンで、メテオブレイカーもゲイツも一緒くたに破壊していく。
こいつ等が悪い。
こいつらがいるから、みんなが死んじゃう。
だから、こいつ等を倒さないと!!
己の中にある感情に任せ、戦場を掛けるステラ。
その時、
疾駆するガイアに立ちはだかるように、両手にビームライフルを構えたストライクイエーガーが対峙する。
「邪魔をするなァァァァァァ!!」
ステラの雄たけびと共にスラスターを吹かし、更に加速するガイア。
対してストライクイエーガーは、両手に装備した2丁のビームライフルを放ってガイアを牽制しようとする。
しかし、
「そんな物にィィィィィィ!!」
ストライクイエーガーの攻撃を、巧みに地面を蹴って回避するガイア。
放たれる閃光は、漆黒の獣を捉える事はできない。
そのまま距離を詰め、斬りかかろうとするガイア。
次の瞬間、
ストライクイエーガーは飛び上がってガイアの斬撃を回避、同時に抜き放ったビームサーベルを振るい、右のグリフォンを斬り飛ばしてしまった。
「クッ このッ!?」
通りすぎながら、舌打ちするステラ。
ガイアは氷の大地に足を着くと、足裏でブレーキを掛け、横滑りしながら停止する。
ガイアはそのまま人型に変形し、ビームサーベルを抜き放つ。まだ戦おうとしているのだ。
しかし、動きはステラよりもキョウの方が速かった。
素早くビームライフルを抜き放つと、早撃ちに近い勢いで発射、ガイアの右腕を撃ち抜き吹き飛ばした。
「クッ!?」
そのあまりの速さに、ステラも呻く事しかできない。
キョウは、そのままガイアにとどめを刺すべく、ストライクイエーガーを前に出そうとした。
その時、
連続して飛来したビームが、ガイアを守り、ストライクイエーガーの進路を遮るようにして駆け抜ける。
とっさにストライクイエーガーを後退させ、攻撃を回避するキョウ。
振り仰ぐ先。
そこには、レーヴァテインを構えたストームの姿があった。
ラキヤは今回、出撃可能な機体が少ない事からガーティ・ルーの守りについており、特に出番らしい出番は無かった。この出撃も戦闘の為と言うより、ステラ達の撤退支援が目的である。
既にユニウスセブンの高度は限界に達しつつある。落下に巻き込まれるのはあまりに危険だった。その為ネオは、帰りの遅いステラをラキヤに迎えに活かせたのだ。
「ラキヤ!!」
歓喜の声を上げるステラ。
ステラにとってラキヤは、優しいお兄ちゃんのような存在。だからラキヤの事が好き。
そのラキヤがステラのピンチに助けに来てくれた。
ステラにとってその事が、何よりも嬉しかった。
《ステラ、今日の所はここまでだよ》
「でも・・・・・・」
ステラは未練がましく、視線をストライクイエーガーに向ける。全力で掛かって仕留めきれなかったのだ。ステラにとって悔しいのだろうと言う事は、ラキヤにも想像できた。
キョウの方でも新手として現れたストームに警戒して、仕掛けてこようとはしない。
尚も迷うステラに、ラキヤは優しく語りかける。
《帰ろう、ステラ。ネオ達も待っているよ》
「・・・・・・うんッ!!」
今度は、ステラも迷う事無く頷いた。
ステラはネオの事も好き。ラキヤよりも好き。
スティングも優しいから好き。アウルはちょっと意地悪だけど、やっぱり好き。
だから、ステラはみんなが好き。
機体を翻して、ガイアはユニウスセブンから飛び去っていく。
それに合わせるように、ストームもまた踵を返す。
離脱していく2機。その姿を、キョウはユニウスセブンに立ったまま見送る。
元より今回の出撃は戦闘が目的では無い。向こうが退却すると言うなら、こちらは追う道理が無かった。
と、離脱するストームが、一瞬振り返ってストライクイエーガーを見詰めて来る。
一瞬、
カメラ越しにラキヤとキョウの視線が交錯する。
しかし、それだけだった。
やがてストームとガイアは、速度を上げて離脱していく。
それと同時に、氷の大地が不気味な鳴動を始めた。
3
スチールブルーの戦艦から信号弾が上げられ、徐々に後退していくのが見える。
その姿を確認し、デュランダルが安堵の声を漏らした。
「良かった。どうやら、信じてくれたらしいな」
「・・・・・と、いうより、高度のせいかもしれません」
デュランダルの言葉に対して、タリアは難しい表情で答える。
そこでカガリはハッとしてモニターを見る。
高度。
つまり、ユニウスセブンは既に、阻止できる限界点を越えて大気圏まで降下してしまっていると言う事だ。
ガーティ・ルーは地球の引力に引かれて艦が落下してしまう事を危惧して後退したのだ。
こちらも既に限界だった。モビルスーツ隊は未だに現場で作業をしているが、このままでは彼らまでユニウスセブンの落下に巻き込まれてしまう。
タリアは決断する。
それはかなり危険な賭けではあるが、現状で取る事のできる最良の、そして最後の手段だった。
「こんな状況で申し訳ありませんが、議長と代表にはボルテールと武蔵に、それぞれ御移り頂けますか?」
「え?」
いきなりの要請に、カガリもデュランダルも思わず顔を見合わせる。この状況下で他艦に移れと言うタリアの真意を測りかねたのだ。
そんな2人を前にして、タリアは毅然として言い放つ。
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界まで艦首砲による対象の破砕を行いたいと思います」
「えええッ!?」
アーサーが驚いて、素っ頓狂な声を上げる。
他のクルーもまた概ね同じような気持ちらしく、驚いた顔をタリアに向けていた。
しかしタリアは、その考えを翻すつもりは無い。現状ではもう、これしか取れる手段は無いのだ。
「どこまでできるか判りませんが、でもできるだけの力を持っているのに、やらずに見ているだけなど、後味悪いですわ」
デュランダルはこの危難に際し、自ら陣頭指揮を執るべく現場に駆け付けた。
カガリもまた、自国の宇宙戦力を呼び寄せてザフト軍に協力してくれた。
それぞれができる事をしている今、タリアもまた彼等に倣おうと思ったのだ。
「タリア、しかし・・・・・・」
デュランダルが、気遣うようにタリアを見やる。
そんな彼に対し、タリアは明るい笑顔で返す。
「大丈夫です。こう見えても私は運の強い女です。お任せください」
確かに、ミネルバには大気圏突入能力が備えられている。しかし、それはあくまでもフルスペックの状態でだ。先の戦闘で中破の損害を受け、それを補修しただけの状態で、果たして額面通りの性能を発揮できるかどうか。
しかしそれでも、今はやらねばならなかった。
「すまない、タリア・・・・・・ありがとう」
やがて、デュランダルの方が折れた。今この場で、目の前の女性を叛意させる事はできないと悟ったのだ。
「いえ、議長もお急ぎください」
そう言うとタリアは、ボルテールと武蔵にそれぞれ、2人の移送を通達するよう命じた。
だが、それまで黙って聞いていたカガリが、思いつめた顔でタリアの前に立った。
「すまないグラディス艦長。迷惑でなければ、私をここに残らせてくれないか?」
その言葉に、タリアだけでなくデュランダルも驚いてカガリを見た。
現状でミネルバに残ると言うのは、あまりにも危険すぎる。命の保証はできないし、もし彼女に万が一の事があれば、オーブと言う国の崩壊にもつながりかねないのだ。
だが、カガリは固い決意を滲ませて言う。
「アスランも、シンもまだ戻らない。ザフト軍の皆も。それにミネルバがそこまでしてくれると言うなら、私も共に見届けたいのだ」
カガリには後悔があった。なぜ、出撃前に、彼等とあのようないざこざを起こしてしまったのか、と。
自分が言った事が間違っているとは、今でも思っていない。地球が滅びるかもしれず、それを、まるで厄介事が片付くみたいに言われれば、誰だって怒って当たり前だろう。
だがそれでも、もう少し自分も冷静であるべきだったのではないかと思っていた。
あの時口論したアリスも、まだユニウスセブンに残って作業をしている。彼女達を置いて、自分だけが逃げると言う事だけはカガリにはできなかった。
やがて、デュランダルは納得したように頷く。
「代表がそうお望みであるならば、私の方からは何も言いません。ですがどうか、御自愛だけは忘れないでください」
「ありがとう・・・・・・すまない」
カガリの謝辞に頷きを返し、デュランダルはもう一度タリアに視線を向けて頷き、ブリッジを出て言った。
そのデュランダルに続いて、イレーナも艦橋を後にする。
彼女もまた、タリアに全てを託すような視線を向け、艦橋を後にした。
ミネルバは艦載機収容後、大気圏に突入。艦首砲による破砕作業を行う。作業部隊はただちに退避せよ。
ミネルバから発せられたレーザー通信文には、そのように書かれていた。
既にユニウスセブンは阻止限界点を越え、大気摩擦による崩壊を始めている。これ以上この場に留まるのは危険だった。
最後の塊は、尚も巨大であり、これが大気圏で燃え尽きる事は無いだろう。
しかし、もはや限界だった。
作業に当たっていたゲイツや、支援していたオーブ軍のムラサメも、次々とユニウスセブンから離れていく。
アリスのインパルスも、それに倣おうとした。
だがふと、機体を止めて振り返る。
その視線の先には、まだ氷の大地の上に立つ機影に気付いたのだ。
「あれはッ!?」
深紅の機体、セイバーと、ミネルバ所属のザク。シンの機体だ。
2機は最後に残ったメテオブレイカーに取り付き、起動させようとしているのが見えた。
「ちょ、ちょっと、何やってるの!?」
アリスは慌てて機体を飛ばして近付くと、容赦無く怒鳴りつける。
「隊長も、シンも、帰還命令が出てるんだよ!! そんな事してたら巻き込まれちゃうでしょ!!」
だが、そんなアリスに対して、2人はその場を離れる様子も無く作業を続ける。
《ああ、判っている。だがミネルバの艦首砲と言っても外からの攻撃では確実とは言えない。これだけでも起動しておく》
《あんたは早く戻るんだ!!》
そう言うと、黙々と作業を続ける2人。
アリスは唇を噛む。
この馬鹿2人、どうあってもこの場を離れないつもりなのだ。
あらゆる可能性を信じ、多くの人を救おうとしている。そしてその為なら、自分の命をも危険に晒しても構わないと思っているのだ。
信じられないくらい馬鹿で、そして、尊敬に値する男達だ。
「ああ、もうッ!!」
苛立ったように叫ぶと、アリスはインパルスを勝手メテオブレイカーに取り付き、一緒になって支える。
《アリス?》
「ほら、ちゃっちゃとやって、さっさと行くよ!!」
唖然として声を発するシンに、アリスはぶっきらぼうに言う。
アリスとしても、自分がなぜこんな事をし出したのか判らない。しかし、目の前で命を張る馬鹿2人を見ていると、無性に彼等を殺したくないと思ってしまったのだ。
だが、この時3人とも気付いていなかった。
戦いはまだ、終わってはいなかったという事に。
突如、デブリの影から4機の漆黒の影が躍り出た。
ジンだ。テロリストグループの生き残りが、まだいたのである。
ジンはそのどれもが、手や足、あるいは頭やスラスターが欠損していて、無傷の機体は1機も無い。
だがそれでも、既に自分の身を捨てている者達である。殆どの病的な思いを抱いて、最後のメテオブレイカー発射を阻止すべく現われたのだ。
「クッ こいつら、まだ!!」
アリスが言い放つと同時に、ビームサーベルを抜いて構えるインパルス。
セイバーもビームサーベルを構え、ザクはビームトマホークを抜き放つ。
そこへ3機のジンは、刀を構えて斬り込んで来た。
《我が娘の墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!!》
飛び込んで来たジンを、インパルスの剣が横薙ぎにして斬り捨てる。
だが、
「娘って・・・・・・」
テロリストが放った言葉に、アリスは訝るように首を傾げる。
そこへ更に、別の言葉が叩きつけられる。
《ここで無惨に散った命の嘆きを忘れ!! 撃った者らと、なぜ、偽りの世界で笑うか、貴様等は!!》
《軟弱なクラインの後継者どもに騙され、ザフトは変わってしまった!!》
向かって来るジン。
その内1機を、セイバーのビームサーベルが袈裟掛けに斬り裂き、更に1機はザクのビームトマホークで真っ向から断ち切られる。
だが、
《こいつら、まさかザフトの!?》
アスランが呻くように言った。
彼等のセリフ。そして「娘の墓標」と言う言葉。
そこから類推される答は1つだ。
つまり彼等は元々ザフトの軍人であり、そして血のバレンタイン事件で大切な人達を失った者達だったのだ。
アリスは動揺する。
彼女は今の今まで、目の前の連中はただのテロリストだと思っていた。悪戯に戦乱を巻き起こし、失われる人命の事を考慮しない卑劣な奴らだと。
だが、彼等には彼等の理由があった。
事を成すだけの理由と、想いが、彼等にはあったのだ。
テロで世界は変わらない。それはこれまで人類が歩んで来た不変の真理だ。テロリストにできる事は、せいぜい世界の歩みを一時的に止める事だけであり、結局は、世界は元の通りの流れへと戻って行くのが常だった。
しかしそれでも、たとえそうであったとしても、取るべき手段がテロしか無い。それが、テロリスト達の実情なのだ。
あいつももしかしたら、そうだったのかもしれない。
アスランはふと、テロリストに身をやつしていたかつての友人に思いを馳せた。
その時、
《なぜ気付かぬ!!》
最後に残ったジンが、重斬刀を手に斬り込んで来る。
サトーだ。
キョウと戦い機体を損傷したサトーだったが、最後まで戦線に留まり続けていたのだ。
既に機体はボロボロだが、それでも残った右腕に重斬刀をしっかりと構えている。
次の瞬間、サトーから発せられた言葉が、アスランの頭を強く殴りつけた。
《我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラの取った道こそが、唯一正しきものであると!!》
「なッ!?」
驚愕するアスラン。
パトリック・ザラ。
アスランの父の名。
かつて最高議長としてザフトを従え、コーディネイター達を際限ない殺戮と戦火に導こうとした父。
彼等は、そんな父の信奉者たちだったのだ。
一瞬、セイバーの動きが精彩を欠く。
その瞬間、ジンが振り下ろした刀が、セイバーの装甲を叩き、機体大きく吹き飛ばした。
その様に、
シンの中で、撃鉄が落ちる。
「お前ェェェェェェ!!」
それは、かつても感じた事がある感覚。
ひさしく忘れていた、あらゆる事象を支配する程の、圧倒的な解放感。
人をして、人から解放された者に与えられた特権にして狂気。
次の瞬間、
シンの中で、SEEDが発動した。
「ふざけるなァ!!」
振り下ろすビームトマホークが、サトー機の右足を薙ぎ払った。
《ぬッ!?》
「あんな物が理想だと!? あんな物が未来だと!?」
後退しようとするサトー機に、シンは更に追いすがる。
「そんな未来なんて、絶対に願い下げだ!!」
最後の一撃が、重斬刀を持ったジンの右腕を斬り飛ばす。
これで終わり。
そう思った。
だが、サトーは最後のあがきを見せる。
《まだだァ!!》
両腕を失い、もはや完全に戦闘力を失ったジン。
だがサトーは、残ったスラスターを全開まで吹かすと、立ち尽くすザクの脇をすり抜ける。
《我等のこの想い、今度こそナチュラルどもにィィィィィィ!!》
その向かう先には、最後に残ったメテオブレイカーがあった。
「なッ!?」
《しまった!!》
シンとアリスが立ち尽くす中、ジンはメテオブレイカーに体当たりを掛ける。
ショックで横倒しになるメテオブレイカー。更に倒れた際にスイッチが入ってしまったのか、内部のドリルが射出されてしまった。
最後のメテオブレイカーが、虚しく失われてしまったのだ。
その時、大地の震動が一段と激しくなる。
同時に、ユニウスセブンの一部を、太い閃光が薙ぎ払って行った。
すぐに、ミネルバからの砲撃であると判る。
もはや発射態勢を維持するのも限界と判断したタリアが、3人の帰還を待たずに、やむなくタンホイザーによる砲撃を開始したのだ。
破砕され、巻き上げられていく破片。
その衝撃に翻弄され、ザクも、セイバーも、インパルスも、重力に引かれて急速に落ちていった。
PHASE-07「破壊される世界」 終わり