「最近さ、ちうタン更新少ないね。忙しいのかな」
「テストか何かじゃない? 多分中学生くらいだろうし」
「いや、今の時期的に春休みだろ。旅行か何か行ってるんじゃねーの」
「そんなイベントあったら何かメッセージ残してくと思うんだけどなぁ」
「ま、詮索はよしとこうぜ。最低限のネチケットだ」
「ちうタンの正体は栃木県宇都宮市の女子高生だよ、俺見たもん」
「言ってる傍からこれでござる」
「適当な事言うなって、本気にする奴居るんだから」
「きっと事故で見られた顔じゃ無くなったんだろ。いい気味だ」
「もしくは特定されて●●されたのかもしれんぜwww」
「引くわ」
「ちうタンのキツキツ肉壷焼きおいちかったおwww」
「 スンマセン、
直ぐに片付けます
∧_∧
(´Д`)
--=≡ / ヘ
|| ||
-=≡ /\\/\\
/ =ヽニ)∧ニ)∧
-= / /\∥( ・ω・`)
-// /∥( つ旦O
/ / / ∥と_)_)
Lノ (_◎ニ◎ニ◎ニ◎ 」
「まーた何時ものお客さんかよ、削除先生お願いしやーす」
「通報ボタン十六連打、俺のマウス無事死亡」
「削除先生『らめええええこわれちゃうにょほおおおおおお』」
「儲サンちーっすwww今日も信仰ごくろうさんでーーーーっすwwww」
「ホントうぜーバカが多くなってきたな」
「有名になるって辛い事よね」
「ネットに顔晒してるって事は、つまりヤられる覚悟できてるって事だろw」
「見てろよ、絶対特定してやっからwwwスーパーハッカー友達だからwww俺www」
「友人はスパハカ。そろそろ使い古されてきたよなー」
「そんでお前らに見せてやるよグチャグtっtっっっっっっっっっっっっっっっっっっt」
「お?」 「キタ?」
> 【☆まじかる♪でりーたー】「わるーいコメントは削除しちゃうゾ☆」BANG!【降臨☆】
「キターーーーー!」 「先生だーーー!!」 「先生ーー! 俺だー! 結婚してくれー!」
>(削除対象コメントです)
「ザマァ」
>(削除対象コメントです)
>(削除対象コメントです)
>(削除対象コメントです)
「残念ながら見えまっすぇーんwww」
「多分これ今PCの前で歯ぎしりしてんだろなw」
>【☆まじかる♪でりーたー】「いい加減やり過ぎなので天罰てきめん☆」【アク禁完了☆】
「あ、切れたw」
「良かった、これで解決ですね」
「でもまぁ、実際何もないと良いけどな」
「こんな奴も結構居るからなぁ、ちょい不安だ。特定ダメ、ゼッタイ」
「ちうたーん! 何時も見てるからなー! 負けないでくれよー!」
「俺も見てるぞい、更新はよ」
「ちう様ー! 我等鼠の七部衆もみておりますぞー!」
「何だよ七部衆ってw」 「ハハッ」
「ちうたーん! 俺だー! 結婚してくれ――――……
……………………
…………
……
…
・
「…………」
……しねーよ、と。そう一言だけ、呟いた。
*
――通常、麻帆良は凶悪犯罪の類とは殆ど無縁の街である。
傷害、窃盗、暴行、殺人――連日世間を騒がせている胸糞悪い出来事も、この学園都市では全くと言って良い程起こりえない。殺人は元より、それ以下の犯罪であってもだ。
学園都市に住む学生達に「そういった性質」を持っている者が少ないという事もあるのだろうが、最たる理由としてはセキリュティの強固さが挙げられるだろう
とは言っても、街中に監視カメラが張り巡らされていたり、学舎に入るのにも一々認証が必要なシステムがある等といったものでは無い。
無論それらも高いレベルにはあるが、もっと原始的な人力に寄るものの功績が大きい。
――学園広域指導員。学園警備の大半を担う教師達の事を、私達はそう呼んでいる。
西に困っている生徒がいれば急行し、東に泣いてる生徒が居たら駆けつける。北に悪事をしそうな生徒がいれば未然に防ぎ、南に暴走するメカがあれば問答無用に大撃破。
簡単に言えば物凄く強い見回り先生、と言った所か。自分でも何言ってんだかわからんけども、そうとしか表現できないので仕方ない。つーかメカって何だよマジでさぁ。
これって「普通」教師が兼任する仕事じゃなくね? 指導員に武力求めてそれが発揮される学校施設ってどんな世紀末よ?
……そう考えた事も一度や二度では済まないが、今更麻帆良に「普通」を求めるのが「異常」なのだと諦めた。
実際問題効果はあり、か弱い女子中学生である私にとってはありがたい事なので余り批判できないのが困り所だ。
そう、麻帆良の治安は極めて安定している。少なくとも私の知る範囲内では胸糞の悪い話は聞かないし、いじめ等も無い。
まぁ血気盛んな奴らがストリートファイトしたり抗争モドキをおっ始めたりもするが、それも五分あれば指導員に制圧されるのでノーカンだろう。
本当に、全くもって、概ね、安全なのだ。ここでは大体において悲惨な事件は起きない。
怯える対象なんて殆ど無い。安心して学生生活を送る事が出来る。実際に小学校からここに居る私が言うんだ、間違いない。
……間違いない、筈なのに。
「…………」
キョロキョロ、と。視線だけで周囲を伺いながら、買い物帰りの街道を歩く。
時は春休みの真っ最中。場所は商店街の真っ只中。それなりに広い道を小学生から大学生まで広い範囲の学生達が入り乱れ、密度の濃い人の奔流を作り出す。まるでどこかのテーマパークのようだ。
あちこちで浮かれた雰囲気が放たれていたりもして、皆が皆長期休暇を喜び堪能している事がありありと伺える。年代が違えど学生の本質は変わらないってこったろう。
しかし、そんな賑やかな場所において、むしろ私の警戒心は高まっていた。
(……無い、よな。視線)
友人と連れ添い歩く学生、イチャつきながら歩くカップル、それらを微笑ましげに見る指導員。その全てに含みがあるように見えて仕方が無い。
例の視線――あの陰鬱な視線の主がこの中に居るのではないか。そんな考えがどうしても捨てられないのだ。
無論、被害妄想だとは自覚している。現に今は見られていない訳だし、周囲には視線の主は居ない。これは確かだ。
「…………」
……だが、本当にそうなのか?
居ないから見ていないのではなく、近くに居ながら敢えて見ていない。そんな可能性はないのか……?
例えば、私に気付かれないように。例えば、私を油断させるために。例えば、それと分からぬ内に特定の場所へと誘導させるため、とか。
今現在私の周囲を歩いている多くの学生達が、本当は視線の主の仲間であり、それとなく私を囲い込んで進行方向を限定している。とか――……。
「……は……」
早まる鼓動が鼓膜を揺らし、眼球が微細に震える。
もしそうであったら、私はどうなる? もし連れて行かれたら、罠にハマったら、その先で私は何をされる……?
――「ちう」に向けられた、幾つものコメントが脳裏をよぎる。
「――っ」
体の芯から寒気が昇り、思わず両手で肩を抱く。持っていた紙袋が腹部に当たり、軽い音を立てた。
考え過ぎだ。ただの妄想だ。そう自分に言い聞かせるが、悪い想像を止められない。最悪に至るケースを否定出来ない。
――あの陰鬱な、気持ち悪い視線が忘れられない。
「…………」ゴクリ、と。硬い唾液を嚥下して。私は意を決して足を止め、人の流れを堰き止めた。
「おっとと……」
「…………」
すると周りの学生達は突然の事に驚き、目を丸くして数瞬こちらを眺め――特に何も言う事無く、歩き去っていく。
怪しい動きをする者は居ないか? 視線を這わせてみても、こちらを囲おうと動きを止める者は誰一人として居ない。人々は私を避けてぞろりと進み、新たな流れに変わっていった。
1秒が経ち、2秒が経ち、3秒が経ち、4、5、6――――10秒が過ぎても、何もない。……「普通」、だ。
「っ、はぁ」
だから、被害妄想なんだってば。
あー馬鹿な事をした。頬に上がる熱を感じながら、安堵混じりの溜息を吐いた。
……この頃何時もこの調子だ。常に心の何処かで視線の事を気にかけ続け、それを感じなかったら感じなかったで安心するどころか「何かの前触れなんじゃないか」と一層不安に陥ってしまう。ちょっと神経細すぎるだろう。
大丈夫だ、身バレもしてないし、街の治安はすこぶる良い。そうさ、大丈夫なんだ、安心しろ。何も起こる筈なんて無いのだから――――
「――あら? 長谷川さん?」
「!」
ビクリ。突然背後から声をかけられ、身が竦む。
恐る恐る振り返ってみれば、目に映るのは流れるような金髪と透き通るような青い瞳――ネカネ先生だった。
どうやら私と同じく買い物の途中だったらしく、杖を突く手とは逆の手に買い物袋が握られている。……その柔らかい雰囲気に、警戒心が弛緩していくのが分かった。
「ネカネ先生……? あ、っと、どうも。……偶然ですね、こんな所で」
「ええ、そうね。長谷川さんもお買い物?」
「まぁはい。服の買い出しに、ちょっと」
正確にはコスプレ用の小物素材なのだが、馬鹿正直に言う必要もあるまいさ。さり気なく紙袋を背に回し、適当に誤魔化しつつ流れに従いその隣を歩く。
流石に先生相手に「偶然ですねハイさようなら」は失礼だろうしな。何より身障者であるのだし、可能な限り付き添うのが「普通」だろう。
……別に現状1人が心細いとか、そんな理由では無い。無いったら無い。
「えっと……荷物持ちます? 別れるまでは持ちますけど……」
「え? ……ふふ、ありがとう。でもこのくらいなら大丈夫よ、軽いものばかりだもの」
私の提案をネカネ先生は笑って辞退し、軽く持っていたビニール袋を掲げてみせた。
その中に入っていたのは、小さな懐中電灯とそれに使うであろう電池だけ。確かにこれくらいなら私が持つまでもなさそうに見え、「分かりました」とだけ返しておく。
……にしても、懐中電灯ねぇ。先生目も悪いっぽいし、夜間用かな。
そう思いながらビニール袋を見ていると、私の視線に気がついたのか軽く補足説明をしてくれる。
「ほら、もうすぐ大停電があるでしょ? 混む前に早めの用意をしとこうかと思って」
「……あぁ、そう言えばプリント貰いましたね。もうすぐでしたっけ」
大停電。
麻帆良全域の電気供給が一部施設を除き強制的に止まり、短い時間都市としての機能がほぼ完全に停止する。毎年2回ずつある大規模メンテナンスの日だ。
正直それどころでは無かったので忘れていたが、そうか、そろそろだったっけか。
脳みその片隅に追いやられていた記憶が蘇り、めんどくせーと心の裡で呟いた。私も準備しないとなぁ。
蝋燭……いや、せっかくだしアロマキャンドルでも買ってみっかな。こんな時でもないと蝋燭なんて使わないし――――と。
「……あれ」
「どうかした?
「いえ、そう言えば先生蝋燭買って無いんですね。懐中電灯で代用するんですか?」
「……え、えーと……そ、そうなのよ……ね。あはは……」
特に深い意味の無い、思いつきが滑り出ただけだった。
しかしネカネ先生は気まずげに口篭ると、後ろめたい物があるかのようにそっと視線を逸らす。あれ、何かマズイ事言ったか私。
そうして訳が分からないまま先生を見ていると――やがて「長谷川さんなら、アーニャ知ってるし……」と呟き、観念したかのように喋り始めた。
……いや別に問い詰めてた訳じゃ無かったんだけどな。嘘がつけない質なんか、この人。
「……他の子達には内緒にして欲しいんだけど、私達停電の間は寮じゃなくて別の場所で過ごす事になってるの……」
「はぁ」
「それでその場所が……えっと、非常用の電気が通る所で……ね?」
「……あー、成程。アンナの件もありますもんね」
ネカネ先生の言葉を全て聞くまでも無く、大方察した。
停電とくれば当然大きな明かりが無くなる訳で、そうなると闇が濃くなり黒色恐怖症のアンナが酷い事になる。
おそらく学園長にでも頼み込み、特別な計らいを受けたという事だろう。もしかしたら学園長の方から提案があったのかもしれない。あの人スケベ爺って噂だし。
先生の足の件もあり私としては妥当な判断だと思うが――まぁあんまり吹聴する事でもないのか。事情を知らずに見れば贔屓とも受け取られかねんし、後ろめたさを感じるのも分からんでもない。
「皆には不便をかけるのに、私達だけズルい事して申し訳ないとは思うんだけど……」
「いえ、まぁ……私じゃなくても責める事は無いと思いますけど」
相応の理由もあるし、うちのクラスの連中なら恐縮せずとも大丈夫そうなもんだが。
そう言うと先生は少しだけ茶目っ気を出し「じゃあ大っぴらに自慢しちゃおうかしら」等と冗談を言う。いやぁ、それは流石に顰蹙買うと思います。あいつらでも。
「まぁ私は停電中殆どその部屋に居ないと思うから、大目に見てくれると嬉しいわ」
「居ない……? 仕事か何かあるんですか?」
「ええ、広域指導員の見回りをお手伝いしようかなって」
「え」
指導員の手伝い……? その身体で暗い中歩くの?
「いや……やめといた方が良いんじゃ無いですか。それよりアンナについてやった方が……」
「あら、私だって黒……じゃない、白薔薇男爵って呼ばれて地元では有名だったのよ? アーニャにはタクミが付いてるから、私は外を守らないと」
そう言って「むん」とやる気を露わにする先生だが、ちょっと意味が分からないですね。
つーかそもそも白薔薇男爵て何の事すか。アンナの『悪漢』といい、言葉のチョイスがどっか変だよな。日本語を勉強する過程で何かズレたのだろうか。いやそうじゃなくって。
どこから突っ込んだものやら――かける言葉を探る私の様子を見て、先生は穏やかな笑みを浮かべた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、他の先生と一緒だし、すぐに『終わらせる』から」
「……はぁ、まぁそれなら何もいいませんけど」
『終わらせる』に言い知れぬ気迫を感じたのだが、気のせいかな。アンナの『強い』という評価が脳裏をよぎる。
ともかく、本人がそういうのなら大丈夫なのだろう。私は溜息を一つ吐き、一先ず納得する事にした。
(……?)
……ふと、違和感。
先程ネカネ先生は自分は外を守るだ何だと言っていたが、それだと物騒な意味が付随するように思える。
まるで、そう。何か『敵』となるようなものが居るかのような物言いだ。確かに夜歩きする不良くらいは居るだろうが、学生のノーテンキ加減を考えるとそこまで悪質なものではない気もするし、はて。
「――さて、じゃあここでお別れね。付き添ってくれてありがとう、長谷川さん」
「、え、あ、はい」
そうして考えこんでいる内に、どうやら分かれ道に当たったらしい。その道は教員寮に続くものとは別だったが、多分他に用事があるという事だろう。
先生はニッコリと微笑み手を振って、コツコツと杖を突きつつ静かに歩き去っていく。
「――、――」
「……ああ、はいはい」
……かと思いきや、少し進む度に何度もこちらを振り向きパタパタ手を振ってきたりして、どことなく子供っぽい印象を振りまいてくる。良いから前向いて歩けよ、転ぶぞその内。
ともあれ、私もそれに対して適当に手を振り返しつつ――先ほど途切れた考えを繋ぐ。
「…………」
……思えば、大停電で都市機能の殆どが停止するという事は、防犯機能も相応に低下する事を意味している。
つまりそれは一時的に治安が悪くなるって事だよな?
内部はまだ良いさ。ここの学生はアホばかりだが、質の悪いアホは少ない。しかし外からの悪意に関しては――――
「……アッホくさ」
鼻で笑い、思考を打ち切る。
そんな筈があるものか。例え麻帆良だと言っても、子供を預かる教育機関である以上はそこら辺の警備に手は抜かないだろう。
ネカネ先生も言っていたが、指導教員だって見回りをするのだ。心配する事は無い。無いんだ。無いんだっつーのに。
「んっとに、最近ダメだな。どーも」
考える事考える事、全てネガティブな方面に向かってしまう。
被害妄想、自意識過剰。考え過ぎだと言い聞かせてもそれらは決して止まらない。今だって心の何処かをじわじわと侵食し、犯している。
「……くそ」そうこうしている内に視界からネカネ先生が消え、私は再び一人になって。焦りにも似た苛立ちを感じ、後頭部を掻き毟りながら足早に家への道を行く。
大停電。その単語が、脳裏に反響して離れない。
■
ネカネさんの出番おしまい。