Chaos;an onion HEAD   作:変わり身

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第一種接近遭遇 編

麻帆良女子中等部校舎、最上階。

 

好奇心旺盛な生徒達ですら滅多に訪れないその場所に、麻帆良学園長の執務室はあった。

広大なスペースに気品ある調度品。そこにある全ての物が上質な物ばかりであり、高貴な雰囲気が漂っていたが――女子中等部という位置的なミスマッチが本来あるべきその鋭さを削いでいる。

 

そして、そんなどこか緩んだ室内に二つの人影が立っていた。

一人は四十代程度に見える老け顔の男。そしてもう一つは最早人かどうかも怪しい風貌をした老人であった。

喩えるならば、日本妖怪の総大将ぬらりひょん。異常に長い後頭部と節ばった手足、蓄えられた豊かな髭と妙な貫禄がそれを想起させた。

その老人は男から某かの報告を受けているようで、濃い色の茶を啜りつつ耳を傾けている。

 

「――ふむ、ではネカネ君に関してはそう問題は無いようじゃの」

 

「ええ、むしろ僕以上に良くやってたと思いますよ。女の子ですし、いっその事担任を任せちゃっても良かったんじゃないですか?」

 

「これこれ、あのクラスの担任は高畑君じゃろうに」

 

高畑と呼ばれた男の冗談交じりの言葉を軽く咎め、老人は苦笑する。

しかし高畑の言い分も分からない訳ではない。彼は仕事上海外への出張が多く、クラス担任とは名ばかりと言っても過言ではなかった。

中等部全体の指導教員であるしずな先生のサポートを受けなければ、クラスその物を放置したままだったかもしれない。

その事が分かっているのか老人もそれ以上は何も言わず、咳払いを一つ。

 

「まぁ、それに彼女の本業は医療魔法士じゃ。あまり慣れない事をさせて支障を与える訳にもいかん」

 

「単なる付き添いという事もありますが、体の事もありますしね。余り重いのはいけませんか」

 

「うむ。何より儂の腰もお世話になっとるからの。ちと甘くともバチは当たらんて」

 

――魔法。成人をとうに越えた男性二人が話す話題としては不釣り合いなものであるが、感じるべき違和は極自然に受け入れられていた。

 

老人――――麻帆良学園都市学園長、近衛近右衛門は高名な魔法使いである。

日本における魔術師集団、関西呪術協会の長を代々務める近衛家に生まれながらも相反する西洋の魔法を極めた奇人であり、その流れを汲む関東魔法協会の頂にまで上り詰めた老獪。

かつて魔法世界で勃発した大戦にこそ参加しなかったものの、残した逸話は数知れず。日本や諸外国を始め、魔法世界にも影響力の及ぶ正真正銘の偉人である。

 

……そして当然ながら、そんな大物が学園長を務める麻帆良が極一般的な学校である訳も無し。

普通の生徒が普通の生活を送るその裏で、地球で活動する魔法使い達への支援も行う。麻帆良とは魔法世界側にとっての拠点の一つであった。

とは言っても一般生徒を軽んじている訳では無く、むしろ気づかれない範囲で魔法を利用しての生活支援も行っている。

 

魔法という常識外の存在の秘匿や多少の融通はあれど、驕りや傲慢は少ない。半ば一方的ではあるが、魔法世界と現実世界が共存した場所とも言えよう。

呪術的な防御結界も施され、物理的にも政治的にも簡単に手を出す事の出来ない一種の不可侵領域となっていた。

その多くは良識ある優秀な魔法使い達のおかげだが――彼らを集め、教えを説いたのはこの老人。

近衛近右衛門の名は、関係者の間では畏怖と信頼を持って轟いているのだ。

 

「いやー、にしても若い子の治療は良いのう。一層腰が元気になりよる」

 

「……それ、セクハラになりません?」

 

……まぁ、今現在においてはその貫禄は大分デチューンされているものの。さておき。

 

「ま、とにかくやってけそうなら何よりじゃ。高畑君も先輩教師として指導するのじゃぞ」

 

「すぐに追い抜かれそうですけどね。……それで、学園長。あの娘の事なんですが……」

 

先程までと打って変わり、真面目な様子で高畑は言い淀む。

その顔には困惑とも悲痛ともつかない表情が浮かんでおり、余り良い報告ではない事が伺えた

 

「……うむ、芳しくないかの。やはり」

 

「ええ、ちょっと……どころじゃないですね。かなり」

 

ポリポリ、と。高畑は後頭部を引っかきつつ、気まずげに目を逸らす。

学園長も予め想定はしていたようだが沈んだ様子であり、重苦しい雰囲気が室内へと充満。精神的に作用する重力が二人の心を押し潰した。

そうして暫く言葉の無いまま数刻が過ぎ。やがて高畑が大きく溜息を吐き、学園長へと向き直る。

 

「やっぱり、今からでもイギリスに戻してあげるべきなんじゃないですか。幾ら試練といえど流石に」

 

「そうは言ってものぅ。本人がやる気である以上、儂らに出来るのはそのサポートくらいの物。そして現時点ではこの状況が最善と言わざるを得んのじゃよ」

 

「……強がっては居ますが、二人とも絶対に離れないでしょうしね……」

 

もし引き離せば、壊れてしまう――高畑はそう呟いて再び大きく息を吐き、学園長の机に置かれた書類へと目を向ける。

そこには今しがた話題となっていたネカネ君――ネカネ・スプリングフィールドの写真が貼られた詳細情報が記載されており、その下にもう二枚別の書類が重ねられていた。

 

一枚は赤毛の少女の写真が貼られた物。そしてもう一枚は写真の貼られていない、先の二つに比べ随分と情報量の少ない物。高畑は学園長に断りを入れ、その二枚を手に取った。

最早何度読み返したか分からない物であるが、それから与えられる感情は何一つとして変わらず胸を刺し、色褪せる事もない。

 

「……出来る事なら、強くあって欲しい物です。彼女も、彼も」

 

「うむ、六年前の傷は未だ痛みを保っとるようじゃ。潰されぬよう、少しでも癒えるよう。我々で支えねばならんの」

 

二人はそう頷くと、心の裡で改めて決意を固める。

 

――アンナ・ユーリエウナ・コロロウァ。ネギ・スプリングフィールド。

そう名前の書かれた二枚の書類が、高畑の手の中でカサリと揺れた。

 

 

 

 

「よーし、じゃあ長谷川はこの飾り付けよろしくねー」

 

ぱさり。差し出した掌の上に、折り紙で作られた飾りが乗せられる。

まぁよく幼稚園児が作っているような輪っか状の紙を繋げたアレだ。よく見れば糊付けや紙の切り口等作りが甘く、ガキどもの作るそれと同じように手作り感満載の一品。

「……」一応物づくりが趣味の内に入っている私としては妙な憤りが込み上げるが、無駄に論争する意味もないのでグッと我慢。素直にクラスメイトからの指示に従う事にする。

 

(よくやるよな、こいつらも)

 

私が何をしているのかと聞かれれば、歓迎会の準備と答える。

今日から新しく赴任したネカネ・スプリングフィールド先生を快く迎えるため、ささやかながらパーティを開くのだそうな。

正直面倒臭い事この上ないが、クラスの殆どは乗り気であるようだ。祭り好きも良い加減にしろよ全く。

 

(……にしても、ネカネ先生ねぇ)

 

窓際に飾りをペタペタしつつ、今日の事を思い出す。

 

 

『――外国人の先生だああああ!』

 

『何人? 美人!? 日本語ペラペラ! 知的美人!』

 

『え、何歳ですか!? ってか包容力凄い感じるのに儚いよ! 何か力込めたら折れそうだよあの人!』

 

『え、あの、皆おちつ、』

 

……やめよう。自己紹介後に起こった喧しい質問責め情景を思い出し、軽く頭痛。

美形ではあったが男じゃないのにテンション高かったなぁ。まぁ騒げりゃ何でもいいんだろう、きっと。

しかしあいつらの騒ぐ気持ちも分からんでもない。容姿の事もそうだが、パッと見隙がないというか――優しさは感じるのだが柔らかすぎないというか。

ともかく不思議な雰囲気と魅力のある先生だと言う事だ。ううむ、上手く言えん。

 

「……ま、それでも普通っぽいから良いけどな」

 

「え? 何か言った?」

 

いいや別に。どこからか耳ざとく聞きつけてきたクラスメイトにそう返し、次の作業へと移る。

確かに外国人という事や、松葉杖を突くような身体障害があったりと「普通」では無い要素はある。

しかしそれは「異常」と呼ぶべきものではなく、まだ現実的な要素のはずだ。というか、それらを「異常」だなんて言ったらその方が「異常」だろうよ。

それに担任では無く影の薄い副担任。赴任時期的にもおかしい所はなく、私としてはそれ程気を割く必要性もない。

 

「……ふぅ、こんなもんか」

 

そうこう考えている内に飾り付けが終わり、手持ち無沙汰と相成った。

教室を見回しても特に手伝いを必要とするところは無いようで、これで仕事は終わりという事にして良いだろう。多分。

罪悪感に駆られているのか鳴滝姉妹と春日が人一倍ちょこまか動いているのを眺めつつ、手近な椅子に腰掛けホッと一息。休憩タイム。

頬杖を付きぼーっとする。

 

「…………」

 

ふと、今朝の事が気になった。

そう言えば先生の言がある前に、パソコンの画面に変なものを見たような気がしたんだっけ。

唐突に思い出した衝動のまま鞄からPCを取り出し確認してみたが、気になる物は見受けられない。サイトの新しいギミックだったのだろうか、まさかウイルスなんて事は無いだろうけど。

 

「……無いよな?」

 

や、別に変なサイトとか……見てなくもないが、じっくりとは見てないし。いやでも、迷惑メールとか結構来てるよな。

思えば入れておいた先生はちょっと前に期限が切れていた気もするな。安心とは言えんか。

次々と心当りのような物が浮かび、ちょっぴり不安になりPCをさする。ううむ、情報強者として情けない。

 

「どったの長谷川ー、何かソワソワしてるけど」

 

「ああいや、何でもな――」

 

焦りかけた私の様子に疑問を持ったらしい裕奈に返しかけ、止まる。……待てよ? これをきっかけにすればこの場から抜けられるんじゃないか?

別に私としてはネカネ先生と触れ合いたい訳でも歓迎会を楽しみたい訳でもなく、ただ周囲に迎合したまま手伝っていただけだ。

それを抜けられる免罪符を利用が出来たのなら、それを使わない手はあるまい。私は告げかけていた言葉を取り消し、裕奈の疑問にノッた。

 

「いや、少し心配事があってさ。ちょっと落ち着かないというか……」

 

「ふぅん、そうなんだ。……あ、じゃあ歓迎会どうする? 余裕て言うか、時間とか」

 

「そこら辺は大丈夫だと思うんだが――――、……いや、悪いけど一応ちょっと抜けさせて貰っていい? 空気読まずにスマンけどさ」

 

「多分平気だと思うけど……うーん、残念だけど切羽詰まってるんならしょうがないね。準備だけで終わるなんて災難ですにゃあ」

 

「本当だよ。まぁとりあえずネカネ先生によろしく頼む」

 

「おっけー! 余ったお菓子取り置きしとくよー!」

 

……上手に嘘をつくコツは、一旦相手の提案に乗りかけつつも残念がって断る事である。

いい具合に話の流れをコントロール出来たと私はほくそ笑み、こちらに手を振る裕奈への挨拶もそこそこに静かに教室から抜けだした。

そうして他のクラスメイトに捕まらなかった事に安堵していると、廊下の奥から二つの人影が向かってくるのが見えた。主賓を呼びに行く役の神楽坂と、件のネカネ先生だ。何やら会話をしていてこちらには気づいていないらしい。

 

危ない危ない、こりゃもう少ししたら時間切れだったな。私は彼女に見つからないよう身を縮こませ、足早に階段へと向かったのだった。

 

 

 

麻帆良にはそれなりに大きな商店街がある。

学生手帳に書かれた文言では「広大なスペースに立てられた購買棟」との事らしいが、街道に沿って様々な種類の店舗が立ち並ぶ光景を見ているととてもそうは思えない。

販売しているものも多岐に渡り、文房具やスーパーは勿論、本格的な飲食店やカフェを含んだ食堂棟、電気屋まで存在し、「学生に必要と思われる品」を販売してくれている。大抵の物はここで買い揃える事が出来るだろう。

 

「……さて、到着と」

 

で、まぁ。今回私が用があるのはとある電気屋。電球を始めとした生活用品からPC機器まで幅広い品を取り揃えている私行きつけの店だ。

 

……何を買い求めるのかって? これまでの流れからウィルス対策ソフト以外ねぇだろ。

本当は学外のそれ専門の店やネットで見繕った方が良いんだろうが、外出許可を得るには予めの申請が必要だし、通販は届くまでにラグがある。

一先ずはチェックが出来るソフトがあればそれでいいと妥協し、いそいそと店の扉を潜った。

 

「パソコン関係は確か二階だったよな……」

 

電球、掃除機、暖房器具。それらが並んだコーナーを抜け、エスカレーターに乗って上の階へ。

少しばかり探すのに手間取ったものの、会計ソフトやネトゲのパッケージが並んだ棚に目当ての物を発見。暫く値段と性能を見比べ睨めっこ。

スタンダードな先生か、それとも安価な別の奴か。うーむ、悩みどころである――――と。

 

「……?」

 

……何か、小さな違和感を感じた。

 

「ん、あ?」

 

何がと聞かれると非常に困るのだが、何だろう。私の気づかない何かが、気づかない内に変わったような雰囲気がしたのだ。

自分でも何がなんだか分からないし、「普通」ではないとも思う。しかし小骨が喉に引っかかったが如く些細でイラつく違和感が神経を逆なでし、物凄く気持ちが悪い。

何だ、何なんだこの感覚は……? 

無性に落ち着かない精神の中、私は何かを探すように周囲を見渡し――そして、気づいた。

 

――目の前にある棚の並びが、先程までとほんの少しだけ変わっている。

 

「…………?」

 

会計ソフトとウィルス対策ソフトの間にあった、とあるネトゲのパッケージが消えていた。

咄嗟に自分の持ったソフトのパッケージを確認するが、当然それは違うもの。床にも、棚の裏を覗いても落ちてはいない。

見間違えじゃない、さっき確かにあった事は確認していた。視界の背景でその存在を主張していた。他の客も周りにおらず、誰かが取った気配も感じなかったのに、消えている……。

…………は?

 

「……うーわ、キッモ」

 

悪寒が背筋を駆け上がる。

……取るに足らない。それこそ勘違いで済ませられるレベルの些細な出来事だ。

しかし「普通」を信条とする私にとっては、その小さな「異常」はこの上なく不気味な事象と映っていた。やっぱ精神病のケがあんのかな。

私は咄嗟に値段の安い方のソフトを棚に戻し、早くこの場を去ろうとレジに向かう。

 

「――――」

 

――そして、立ち去るその一瞬の間。何か蒼い棒が視界を過った気がして足を止めた。

 

「……?」けれど瞬きの後には既に跡形もなく消えており、何も見えない。

……こりゃ精神科じゃなく眼医者か? カツカツとローファーを鳴らしながら、気分の悪さに胃元を抑えた。

 

 

 

 

「ウイルス、無きゃ良いけどなぁ」

 

気を取り直しての夕方。

小学生から大学生。幅広い年代層の学生が歩く街道を進みながら、手に持ったビニール袋に目を落とす。

その中身は先程適当に選んでしまったウィルス対策ソフトだ。結局は使い慣れたものを買ってしまった訳だが、まぁ別にいいよな。値段より安全だ。

とりあえず心配事はなくなったと息を吐き、女子寮への道を辿った。

 

「…………」

 

……そうして静かに歩いていると、どうしても気になる物が目に入る。

走り込んでる部活人? 違う。

不良を武力で抑えこんでる指導教師? ツッコミたいが、違う。

いちゃこいてるカップル? 死ねとは思うが、違う。

 

――この麻帆良の象徴とも言える大木。東京タワーと同等かそれ以上に高く聳え立ち、今もなお夕陽の光を遮っている世界樹の事だ。

 

「……チッ」

 

気に入らない。ああ、気に入らない。

脈打つ木肌に、幾百幾千と別れる枝の先に咲く瑞々しい大葉。神秘的であると同時、極めて幻想的な存在だ。

私以外の殆どはこの木の事をすげーすげーと持て囃しているが、明らかにそんなレベルじゃない。世界遺産として厳重に管理されて然るべきモノの筈だろう。

 

それなのにこの街以外では大して知られておらず、ネットでの扱いもまるで誰かに隠匿されているかのよう小さく大きな噂になる事もない。年に何回かは一般にも麻帆良の門を開いているにもかかわらず、である。

 

――おかしいだろう、世界樹という奇異な存在に対しての反応が。もっと騒げよ、静か過ぎる。

 

否、それだけじゃない。この街は規模も常識も住んでいる人間の質でさえも、私の学んだ「普通」とはかけ離れている。

ネットで見る外の世界はもっと落ち着きがあった。もっと狭く現実的なものだった。こんなトンチキ塗れのノーテンキワールドじゃなかった筈なんだ。

つーかさっきの指導教員も何なんだよ普通に生徒殴ってんじゃねぇよそれよりカップル諌めろよ頭湧いてんのか。

何故皆は「普通」なんだ。何故皆は「異常」を疑問に思わないんだ。何故、何故、何故…………。

 

「んぐっ……」

 

ぎち、と。唇を噛み締め目を逸らす。さらりと揺れた明るい色の髪先が、瞼を軽く擽った。

……世界樹という大きな「異常」を見ていると、過去に無理やり押し込めた感情が熱を持つ。それも嫌いな部分だ。

 

私一人が騒いでもどうにもならない事は嫌という程知っている。何時ものように見ないふりして生きればいい。

唇の裏で鉄錆の味を感じつつ、私は最後に世界樹を睨みつけ――目を逸らし。以降は視界に入れないよう明後日の方向を見ながら早足で歩く。

 

あーやだやだ。常識人はつれーわー、マジでー。

……そんな愚にもつかない強がりで自分を慰める姿はさぞ滑稽な事だろう。何かもう逆に悲しくなり、大きな溜息が漏れだした。ちくしょー。

暫く鬱々とした気持ちを抱え、のたりぺったり足を引きずる。

 

「……あん?」

 

そうして商店街を抜け、人気も薄くなった折。

何時もはただ街路樹が整然と並んでいるだけの道に、出店のようなものがあるのに気がついた。

 

「…………」

 

……出店? いや、それ程上等なものじゃないな。

単なる木箱に白い布を被せた簡素な台の横に、やたら綺麗な字で「占います」と描かれた看板が置いてあるだけの店とも呼べないセットである。

看板を見る限り占い屋の一種だろうか。しかし店員らしき影は近くには見当たらない。無人占い機ってか? いやそんなバカな。

 

「……変なの」

 

まぁ気にはなるが、強い興味は引かれない。私はそのままそれらをスルーし、通り過ぎ。

 

「……、……、……」

 

「うおわっ!?」

 

――すれ違いざま、箱の影に隠れるようにしゃがみ込んでいる影を発見し思わず飛び退いた。

 

「な、何だ……?」

 

いやあんまりにも小さくて気付かなかったが、よくよく見れば外国人の少女のようだ。

ツインテールに纏められた赤い髪と少し尖った赤い瞳が特徴的で、着ている真っ赤なローブが神秘的な雰囲気を放っているように感じなくもない。おそらく、将来は相当な美人になるんじゃなかろうか。

 

『明るい、大丈夫、明るい、大丈夫、明るい、大丈夫、明るい……』

 

彼女は何かに怯えたように体を縮め、英語で某かの言葉を呟き続けながら必死に太陽を眺め続けていた。ぽろぽろと涙も零れており、明らかに尋常ではない様子。

「うーわ」何というか、言動や状況から色々と厄介事が透けて見えるわ。横の占い屋セットを見ながら声を漏らした。

こら駄目だ。「普通」ならば、このまま近寄らず知らんぷりするのが利口だろう。誰が好き好んで面倒を背負い込むかよ。鼻を鳴らして歩き去る。

 

『……大丈夫、大丈夫だもん……』

 

「…………」

 

……だが、なぁ。

相手は体を震わせ泣いている子供だ。それを見捨てるのが果たして「普通」の奴がする事か?

私としてはどうしてもそうは思えないし――思いたくはない。それに一人泣いてる女の子とか、見に覚えがありすぎてどうにも、ねぇ。

 

「……はぁ」私は足を止め、大きな溜息を一つ。身を翻して少女の前へと向かった。

まぁ最悪、巡回している指導教員に押し付ければ何とかなるだろう。頭をポリポリ引っかきつつ、柔らかさを意識して声をかける。

 

「あー、と。なぁ、どうしたんだ? どこか体調でも悪いのか?」

 

「!」

 

……どこが柔らかいって? うっせーこれでも頑張ってんだよ。

少女はどうやら私の存在に気づいていなかったらしく、声をかけられたことに驚き身体を跳ねさせた。

そして恐る恐る私に視線を向けると、その動きを止め――

 

『くろく、ない』

 

「んぁ?」

 

何て?

 

『――く、黒くないっ!』

 

「え!? うわ、ちょおッ!?」

 

突然瞳に活力を取り戻し、勢い良く抱きついてきた。

その力と言ったら子供とは思えない程に強く、押し付けられた少女の高めの体温が制服越しに皮膚を温める。いやそれはともかく。

 

「おいどうした!? マジでどこか悪いのか!? なぁ!?」

 

『もーやだぁ! どこ見回しても黒髪ばっかりぃ! ニッポン、アジアなんてもうやだぁ!』

 

「いや英語分かんねぇから! ちょっと落ち着け、服が濡れるッ!」

 

ぎゃーすかぎゃーすか、じたばたわちゃわちゃ。

半ば錯乱した少女を必死で宥めようとするが、聞く耳持たず離れようとしない。つかホントに力強ッ!

そしておしくら饅頭にも似たやり取りをしている中で――私は心の何処かで諦めの声を聞いた。

即ち――――ああ、やっぱり厄介事だった。

 

『ネカネお姉ちゃんはお仕事だし、タクと一緒じゃダメだし! ていうかどっちにも頼っちゃダメだしぃっ! ホント、ホント怖かったぁ……!』

 

「ネ、タク、何? ああもう良いから一旦離れろッ――――!!」

 

色鮮やかな夕焼けの中、少女の泣き声と私の怒鳴り声が空へと轟き消えていく。

それは延々と響き続け、暫くの間止むことがなかったそうな。ド畜生。

 

 

【挿絵表示】

 

 






次は挿絵ない予定なんで、早めに上げますん

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