ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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※原作キャラ崩壊注意、おそらくかつてないほど崩れています。



phase06 来る、きっと来る (後編)

『えー、と、いうわけで始まりましたね香月さん。第一回合同戦闘訓練です』

『合同って言っても二人だけだけどねー。えーっと、レオーニさん。ここで注目すべきはブラッドー01と03、つまりジュリウス隊長と神威 唯ちゃんの神機形状ですねー』

『二人とも長刀・突撃銃とのことで、同型の武器が二つ並ぶと実に壮観です。どちらも特殊部隊ブラッド専用装備クロガネ系ですからね』

『さてさて、どーなることでしょうか!? それじゃあ、まずは固定型オウガテイルいってみよーっ!』

 

 お二人が楽しそうで何よりです。

 けどやることはしっかりやってるから、文句はないし言えない。隊長に至ってはなんだか楽しそうにしていらっしゃるんだけどコレって全部アーカイブに残るんだよね、それでいいのかブラッド、それでいいのかフライア。

 とか思っているうちに疑似アラガミがせりあがってくる。

 

「まずは見ていろ」

「はい!」

 

 隊長の長刀が掲げられ、袈裟掛けに一閃。たった一撃で固定オウガテイルをブチ殺した。

ちらっ、とこちらを振り向いてやってみろ、とか促すが……ぶっちゃけ強すぎてあんまり参考にならないなぁ、というのが私の本音。隊長には悪いけど。本当申し訳ない。

 

「い、いきますっ!」

 

 私は神機の近接部位、大剣を構える。

刀身150センチメートルの黒色の金属とオラクル細胞の化合物を腕輪越しに操作していく。やることは単純。目の前に向かって振り下ろすだけ。

 

「当たっ......てっ!」

 

 これは鉄のカタマリだと思い込み、標的に向かってフルスイング。しかし、腹立つことに神機は全然違う方向に勝手に行こうとなさりやがる。

 結果またしても、床にめり込む黒い剣。

 

「……はぁ」

 

 今、床に共感できた。無数に傷の刻まれたそれは、まさに私の心の状態だ。

 

『お、おう……』

『どんまいどんまいーめげないでもう一回いってみよーっ!』

「そうだよね……うおっし!」

 

 今度こそ、と意気込み上段に神機を構えて、下ろす。力にブレはないのだが、何故か神機が嫌がる様に標的アラガミから逸れていく。

 

『マジかよ……先輩びっくり』

『先輩、ちょっと黙ろうか。唯ちゃん、ファイトだよー!』

「だよね……うん、そうだよね!」

 

 そろそろ心が痛くなってきた。けど、意外にもジュリウス隊長からは怒声も罵声も指摘もない。何故か何も言わないということはこのままナナちゃんの言う通りにやっていけばいいというお話だろう。

 そのあたりのことは、一時置いておいて、今は改善点を考えてみる。結果からすれば一度目より二度目のほうが右側にずれているので、できるだけ左寄りに動作を繰り出してみればいい。

 

「とか考えているだろう」

「え、なんで分かったんです?」

 

 ヤレヤレを透過し、最早呆れ気味といったうちの隊長。

心なしか、頭の上のバナナに似てるポニーテールもしょんぼりしている。新しい発見だ。

 

「頼む、お前が神機に合わせてはまるで意味が無いんだ……」

「す、すみません……」

 

 そう言えば、前回も言われていた。『お前が神機に合わせていてはまったく意味が無い』と言われていたのをすっかり忘れていた。これじゃ神機に完全に合わせていることになっている。

 

『んー。そーだなぁ……んじゃあ、唯、じゃないブラッド‐03。ちょっとそれ喰ってみて』

『捕食形態だよーがんばってねー』

「あ、はい! ブラッド‐03了解」

 

 って言ったものの、実は捕食なんてやったことはない。どうすりゃいいの、と隊長に救援要請信号を送ると、すでに行動は開始されていた。早速実演して下さるらしい。ゆっくりやってやるから、ちゃんと見てろ、と言う風に神機の柄頭に左手を沿え、神機の刀身を命なきホログラムに押し込む。神機と人体の接続部分、琥珀色の指令細胞核の周辺に黒い細胞が収束。やがて集まったオラクル細胞たちが黒い筋繊維を形成、一本一本線のように細いそれらが集まり刀身を包み込む様に分かれていく。出来上がったカタチは黒い獣の顎にも見えた。

 これが、捕食形態にして一説によると人造アラガミ『神機』の真の姿……であるらしい。

 

 神機には現在四つの形態がある。

一つ目は、今まさに超難儀している近接戦闘形態。アラガミを切断し貫き叩き砕く為の武器。平たく言えばデカイ剣や槍やハンマーになる。二つ目は銃形態。アラガミに対する銃攻撃を加えることができる火器。基本的には後衛であり、遠距離攻撃や強化、回復などの前衛戦闘員への補助も可能とする。三つ目は装甲展開形態。形態と言っていいのかは微妙だがとにかく盾が出てくる。私にとっては生命線。

 そして、四つ目がこの捕食形態。

 

 こうやって改めて見れば見るほど不思議な武器だ。全体的に黒い筋肉っぽいし、琥珀色の指令細胞郡はむき出しだし、金属部分と生体部分の融合したところはまるで『木の根』が這っているかのようにさえ見える。

 

「どうだ? やってみろ」

「は……はい」

 

 とは言ったものの。

初めての捕食形態展開なので、かなりハラハラする。見様見真似の隊長のモノマネをするべく、左手を柄のところに押し当ててみる。すると、琥珀色の核が眩い光を放った。くるくると何かが動きだし、周囲に黒い靄――オラクル細胞が凝集しだす。そのあまりの速度に慌てふためく私。

 

「え、ちょっと早っ……」

「落ち着け」

 

 冷静そのものと言った様子の隊長さんが近くに居て本当に良かった。全く説明がつかないことだが、この人が傍に居てくれるだけで不思議と自信がついてしまう。何故か怖いこともどうにか出来てしまう気にすらなる……うん、万一しくじっても、きっと助けてくれそうだし。

 ……さっぱりと介錯されそうな気がしないでもないけど。

 

 黒い霧のようだったそれが、ぶくり、と水ぶくれのように膨張する。核部分から徐々に膨れ上がっていき、柄の上部にまで伝染していく。一言で言うなら……グロい。神機が黒い膿痂疹でみっしりと埋め尽くされ、さらに膨れ上がっていく。

 

「うえ……」

 

 そこから急に粘性のある液体が吹き零れた、最早何なのかなど知りたくも無い。

 悪臭というよりはどちらかというとガソリンや石油のような匂いを放ち幾つもの黒い筋が延びていく。あっという間にたくさんの膿胞(っぽいもの)が破れ、幾つもの紐状のオラクル細胞が伸びる。ものの十数秒ほどで全て寄り集まり、やがて竜か、獣の顎部のような形を成した。

 

「よし、いいぞ」

「そ、そうでしょうか……?」

 

 これが捕食形態というヤツらしい。顎の下にはボットボト液体が溜まっている、確実に違うとは思うがビジュアル的には神機さんの涎に見えないことも無い。

 

「このまま捕食だ」

「え? こ、これで良いんですか? いいんですね。大丈夫ですよね?」

「ああ、問題ないやってみろ!」

 

 隊長さんからゴーサインが出ました。行くぞー私やるぞー、と意気込んでいく。

伸びきった黒い筋肉の塊っぽいそいつをズリズリ引きずりながら擬似アラガミまで持っていく、という戦場で確実に駄目な姿勢。捕食圏内に入り慎重に狙いを定める。

 

「喰らってっ!」

 

 神機は無反応だった。

 

「ほ、ほらぁ!」

 

 食べるんですよー! ここですよー! 神機の柄を左右に激しく揺すってみるがテコでもこやつは動こうとしない。いつもの私ならばここで困り果てて引き下がるところだが、そうは問屋がおろさない。今回だけは退いてやるわけにはいかないのだ。

 

「食べなさいっ! こらぁ! たーべーるぅーのー! 捕食捕食!」

 

 捕食形態の顎の下を足でガンガン蹴り上げてやる。神機に痛覚があるのかは不明だけどなんらかの刺激にはなることだろう。やっと観念した(?)神機が伸びていく。良かった、やっと言うことを聞いてくれるんだ……と安心した……私が甘かった。

 

「ちょ、うわぁああぁ!」

『うぉお!?』

『わわわー』

「なっ……!」

 

 神機さんが伸びる。まるでゴムのようにしなやかな伸縮性を実現。優れた弾性能力を存分に行使し口を大きく広げ、鋭い牙で喰らいつく!

 

 床を。

 

 神機が伸びきった状態で神機を掴んでいた私の体は当然のように引っ張られ軽々と持ち上げられる。あっという間に地面から足が離れて体が宙に浮く。

 

「えええええええ!?」

 

 神機の咬合力ってすごいんだなぁ~……これ、何Nくらいあるんだろうな……。

神機を手放せないということはもしかしたら悲劇なのかもしれないよね。ロミオ先輩、ナナちゃん、隊長。神機の核部分と腕輪は神経レベルで接続されている、と説明はされたが、当事者たちにとっては黒くてぐにぐにした気持ち悪いものが腕輪と繋がってるなーくらいの感覚で。

 それがどうやら生体組織であるらしくて。

 当然、理論上、そう簡単には手放せない。少なくとも、私個人の意思では無理っぽい。

 本当、世界って……理不尽……。

 

『飛んだぁあーーーー! ブラッドー03神威隊員飛びました! 軽く4メートルは飛びました!』

『そして、そのまま叩きつけられたぁーー! コレは痛い! 痛そうです神威隊員!』

『ゴッドイーターで良かったですねぇ香月さん、オラクル強化していなかったら大怪我だった所でしょう』

『本当ですよレオーニさん。しかし衝撃は大きかったことでしょうねぇ……これは立てるのか!? 立てるか! カムイ隊員!』

 

「た、立てますですよ! 立てますんですからね……!」

 

 激痛は後からやってくる。痛いんじゃない、もう何か頭がグラグラする。平衡感覚がイカレており、かなりふらふらの両足で立つのもやっと、という状態。頭上には星がきらめき、ひよこがピヨピヨと舞い遊ぶ黄色のパレードが展開されていることだろう。痛む後頭部を押さえつけながら神機をしゅるしゅると戻していく。結局捕食しなかったね……このポンコツ神機ちゃん……。

 

「なるほど、問題点が明確に分かった、これ以上なくハッキリと」

「あ、そうですかー……どうもですー」

 

 鉄面皮崩さないんですかね、隊長氏。でもカッコいい

 

「原因は神機の好き嫌いだ」

「……は?」

 

 思わず聞き返した。冗談ですよね? という意味合いを込めて隊長を見ると、やっぱりそこには大真面目顔。表情から読み取れる事柄としてはこれは確実に冗談ではない、という事実。

 

「……えっと?」

「偏食因子のせいではないが、ガチで神機が偏食しているとは……ははっ、興味深い事例だな」

「……」

 

 ちょっと何がおもしろいのかさっぱり分からないぞ私は。

 

「神機には多かれ少なかれ『偏食傾向』というものが存在する、といった話は実は所々で持ち上がっている」

「はぁ……」

「それはあくまで適合者不在の神機、神機の拘束フレームなし状態で捕食形態での実験だが多かれ少なかれ確認は出来ているらしいな。コクーンメイデン種を好んだり、荷電性のアラガミだけを好んだり、という性質だ。面白いヤツだと盾部位や腕甲などの固い部分は徹底的に捕食しなかったという事例もある」

「……へぇー」

『ナナみたいに大喰らいのヤツも居たりしてな~』

『え~? 何でも食べて沢山食べられるのが一番偉いと思うけどー?』

『何だよその最強神機……お前並みに食べる神機とか……想像したくねーわ』

『褒め言葉なのだ~』

 

 そういえば昨日、奢ったんだっけ先輩。この反応を見る限りでは、やはり私は間違っていなかった。

 

「ああ、ナナの言う通りだ……神機に好き嫌いなど、不要」

「……そう、でしょうか?」

「こいつらは生体兵器ではある、生きている武器ではある。……だが、自由意思など不要だ。本当の所をいうと個性も要らん!」

「断言した!? 何だかブラッドの存在意義と大いなる矛盾を感じないような気がしないでもないのですが!!」

「事実だ、元々ゴッドイーターの存在意義はまずアラガミを駆逐すること、と同時に倒したアラガミから核を摘出すること。その他研究材料ともなる素材を調達することにある。好き嫌いなどというアホみたいな理由でそれを疎かにすることはできない」

 

 それは、人間側の勝手な言い分じゃないかな……。

 

「実験の臨床に使われ、データを確保の為だけに散々弄ばれた神機だって今では立派に適合者が見つかって捕食に従事している、それが大人になるという事なんだ」

「神機にも人にも生き辛い時代になりましたね……」

『一億総没個性時代……』

『世知辛いねーロミオ先輩』

 

 夢も希望もありゃしねえ。やはり世界は残酷だ。

 

「話は戻るが、神機の偏食傾向……もとい只の好き嫌いが、適合すると極力まで抑えられるのはなぜだと思う?」

「えー……」

 

 知らないってば。

 けど、ここで黙ったままというのは一番良くない行為だと思われるので、何かそれっぽいことを考えてみる。

 

「えーっと……好きに変わる瞬間というやつですか……? ほら、成長すると嗜好が変化する人っていうのがごく稀に存在するじゃないですか……!」

「残念不正解だ。ロミオ君、座布団一枚取っちゃいなさい」

『いや……座ってねーだろ元々』

『そうですよー大喜利スタイルならもっと面白いこと言ってからにしないと!』

『ナナ……お前も推奨してんじゃねぇよ!』

 

 どうしてここまで言われなきゃいけないんだか分からない。私が何をしたというのだ。

 嫌いなものが好きになったりその逆もまた然りなんてよくある話ではないか。大好きだったのにその分無理になったり、ちょっと気おくれしていたのが実は好きだったと気づいたりすることは。

 

「正確には、神機の好き嫌いなど体質的なモノなので基本治りませんし、治ってなどおりません。奴らは嫌いなものでも全力で左右に頭を振りつつ涙目で口の中に強引に突っ込まれる異物を咽びながら飲み下しているといったところが正解だ!」

「酷くないですか!?」

「お前は人類かアラガミのどちらの味方なんだ? 神機など詰まる所は制御されたアラガミ。……アラガミに慈悲など、不要」

『なんか……オレの知らないジュリウスがそこに居る気がするんだけど……』

 

 ロミオ先輩がぼそっと漏らしている。

 

「何故アラガミが自らの偏食傾向を無視できるのか、それは一口に言うならば神機使いが己の『意志』の力で神機をねじ伏せるからだ。それこそが意志の力……なのに、お前はやはり神機を甘やかしている……!」

「ひっ……」

 

 や、やっぱり怒ってたよ……。流石の隊長も怒ってたよ!

隊長から発せられる謎のオーラ、とも呼ぶべき超弩級の圧力。

 

「ご、ごめんなさい! すいません隊長そんなつもりじゃないんです! 自分でも良く分かってないんです! 甘やかしてるつもりはないんですけどこんな風になっている訳です本当すんません!」

「言い訳は結構」

 

 ばっさりと切り捨てられた。私、渾身の言い訳フェイズだったのに。

隊長はそう仰せになると、腰から下げていた何やら機械の部品、らしきものを取り出し、私の神機に固定。え、何するの何してんの、と思っているうちにアレヨアレヨとデッカイホチキスで機物を神機本体に縫い止めていく。その都度どっばどばと、異臭のする黒っぽいタール状の固液共存状態物質が流れ出し、神機はびくびくと震えて、時折大きくのぞける。さぞ痛いんでしょうねぇ……。

 

「多目的追加拘束フレームを付けさせてもらった。神機の制御を限定する。デメリットとしては近接戦闘部位への変形と補食形態が使用できなくなる。だが、これで制御は楽になったはずだ」

「あー……ありがとうございます」

 

 銃形態と化したまま固まっている神機、未練がましく何やら黒い筋繊維っぽいものが纏わりついているがあまり気にしないことにした。上部についている持ち手を持つと、先ほどよりかは幾分か重くなっていることを実感する。

 

「ロミオ、出してくれ」

『はいよー、疑似ガミ様召喚!』

『撃っちゃいなよー神威隊員』

「了解!」

 

 標的に標準を合わせて引き金を引く。

発射口から勢いよく、強襲系の軽い弾丸が飛び出て、空中を切りダミーアラガミへ着弾。

 

「当たったぁ! 当たりましたぁー! やったぁ!」

「ああ、いい感じだ」

『全弾命中。撃破成功だよー』

『やるじゃん唯ちゃん』

『そうそう、やればできる子じゃんお前~……ん? 誰か来たみてーだな』

 

 撃破された偽アラガミが引っ込んでいく。今のところで一番いい手ごたえだ。達成感を込めて隊長の方を見つめると、良くやった、と言いたげな微笑が浮かべられていた。

 

「良くやったな」

「はい! ありがとうございました!」

 

 だが、と彼の表情が微かに険しくなる。

 

「現時点でお前はコアの摘出ができない、だから基本的にはアラガミに対する『決定打』がない。また、銃撃を主軸とした戦闘になるためどうしても後衛系の戦い方になる。言いたいことは分かるな?」

「……はい」

 

 分かっている。隊長はあえて口には出さないが、こう言っているのだ。

いつまでも、この調子では困る、と。

 とりあえず、戦うには戦うことができる状態だが、彼の言った通りに私には『決定打』がない。核の摘出ができない以上戦闘終了後必ず隊の中の誰かの手を煩わせてしまうことになるのだ。それだけじゃない、前衛も後衛もこなすことのできる神機使い――それが第二世代以降の強みであったハズ、その為の最新鋭だったはず。

 これでは本末転倒になる。ここで情けないまま終わるか……何か突破口を開くかは、全て己次第であるという訳だ。

 

「前に進むのって……ラクじゃないですよね」

「そうだな」

 

 きっと、周囲から期待されている前進には全然届いていないだろう。ビビりにビビってやっとおっかなびっくり踏み出した一歩の先でバナナの皮を踏んづけてコケる、位のことをやらかしているのだろう。普通に歩けばものの3秒で進めるはずの場所に、必要以上の労力と時間をかけて辿り着いている感じだ。だけど、コケた分だけ前に進んでいるとは思う。

 そして、立ち上がるときに手を貸してくれる人たちが居る。

 

「私、一人じゃなくて良かったです」

「……」

 

 光の中に無理やりにでも連れ出してくれる人が居る、それだけで、すごく嬉しいような頼もしいような気持ちになる。確かに、見ていると偶にダメな自分を思い知らされてしまうから辛くなるし、苦しくもなるけど。

 

「隊長が居て、ロミオ先輩が居て、ナナちゃんが居て。ラケル先生が居て……それに、ユノさんも」

 

「ユノ?」

「えぇ、そうですよ。葦原ユノさんです」

 

 隊長が怪訝な顔で聞き返す。

無理もない、隊長は『グレム局長結合崩壊の悲劇』を知らないのだから、私とユノさんに接点があることを知らない。きっと彼には想像もつかないことなのだろう。

 

「同じ年なのに、すごい立派な人で、ちゃんとした志があって……カッコいいな、って思うんです」

 

 昨日のことだけど、すごく鮮明に記憶に焼き付いている。あの夕焼けの中の歌は、この先どんな辛いことや苦しいことがあっても、きっと一生忘れられない思い出になるだろう。そんな思い出をくれたあの人に報いるためには、私が少しでもマシなゴッドイーターになるほかない。一応、今のところは。

 

「照れくさいけど、あんな風になりた……」

「ちょっと待て」

「はい?」

 

 少し調子に乗ってしゃべりすぎてしまったのか、隊長は静止の声をかけてくる。

ありゃ、やっちまったーと反省するのは内心にとどめておき、これは多分最初から説明しろってことなんだろう、と辺りをつけてみると。その端正なヴィスコンティフェイスにはなぜかしっかりと意味不明、と刻まれていた。

 

「なんだ、その話は? お前の知り合いがフライアに居たのか?」

「……え? 隊長? 何言ってるんです? ユノさんですよ……」

 

 おかしい。会話がかみ合っていない。というか変な齟齬が生じている。

 

「だって、ご存じでしょ?」

 

 いやな予感がする。

自慢じゃないが、私の嫌な予感や妙な勘は……なぜだか、良く当たってしまうことが多い。

空寒いその感覚を肯定するかのように、隊長の綺麗な唇が開く。

 

 

「ユノ? 誰だ? それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やだなぁ……ジュリウスさん、私のコト、忘れちゃったの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 ロミオ先輩たちが居たはずの第二監視室繋ぎの拡声器からなぜか女性の声が響いた。

その忘れもしない音。透き通るように美しく、人を陶酔させるような美声。

 葦原ユノさんの声。

 

「なんでユノさん此処に……?」

 

『酷いなぁ、ジュリウスさん。私、ずーっと貴方のこと思ってたのに』

「あの、隊長?」

 

 もう何が何だかわからない。だが、ひとつだけハッキリとしていることがある。

 多分、これは良いことが起こっている雰囲気じゃない。

ちょっと助けを求めようと思い、頼りになる人の方を向くと、

 

 そこには蒼白なジュリウス隊長のお顔が。

 

「隊長……?」

「知らない……誰、だ。どちら様だ!?」

『誰って、私ですよ? 葦原ユノですよ?』

 

 うふふふっ、と薄く笑うユノさん。おかしい、昨日と同じハズの人なのに、明らかに笑い方に差異がある。私の知ってるユノさんはこんな悪女のように笑う人じゃない!

 

「ロミオ先輩? ナナちゃん!? そこに居る!? 返事して!」

「ロミオ! 応答しろ、ロミオ! ナナ!」

 

 とっさに私と隊長のとった行動は同じだった。部屋の内部は映像と音声、ともに監視室に筒抜けになっている。なのでこちらからロミオ先輩とナナちゃんに呼びかければ声は届くはずだ。

 

『悪りぃ……ジュリウス、オレ……』

『不覚をとったよ……』

 

「ロミオ先輩!? ナナちゃんっ!?」

「状況報告しろ! ロミオ!」

『状況っつっても……ハハッ、なんだこれオレが聞きたい……』

『えへへへ、ごめんね。捕まっちゃったー隊長』

「なん……だと……!?」

 

 ジュリウス隊長の表情が驚愕に染まる。

大体予想がついた、おそらく先輩とナナちゃんは何故かでノされてしまい、戦闘不能状態でもしかしたら拘束されている恐れアリ。

 

「待ってろ、今助けに」

『ダメだ、ジュリウスっ! 来ちゃダメだ!』

『唯……ちゃん。隊長と一緒に逃げてっ……! うわっ』

 

 この女の目的は、とまでナナちゃんの声がきこえたが、その声がくぐもってしまう。

口の中に何かを突っ込まれたのだろう、むぐむぐと何か抵抗しているように思える。

 

「おい、ナナ!? ロミオ!? 応えろ!」

「た、たたた隊長、いったい何が……?」

 

 とにかくロクでもないことになっていることだけは理解できる。

 

「行くぞ、唯」

「了解です」

 

 神機を構えたまま、私たちは第二監視室へと走る。

 

 

 

 

 

 

「残念だなぁ……でも、きっとすぐ思い出してくれるよね。そうだよね」

 

 ユノはうっとりとした目で夢うつつ、といった風情の笑顔を浮かべた。

 

「それに、きっとジュリウスは来てくれるハズ……あの人が大事な大事な仲間を見捨てたりするわけ、ないもんね」

 

 くすり、と妖艶に笑む彼女の足元にはナナとロミオが簀巻きにして転がされていた。さらに、余計な口答えが出来なくするためなのか、ナナの口元にはおでんパンによる即席猿轡がされていた。人懐っこいネコのような少女はむぐむぐと猿轡を攻略しようともぐもぐと補食してはいるが、いつもの勢いがない。

 

「な、なぁ。ユノさん? なんでこんなことをするんだよ? ついでに言うとオレはあなたのファンなんだ。いい機会だからこの帽子にサインでもくれない?」

「うふふっ、応援ありがとう。サインならいくらでもお応えします。だから、もう少し大人しくしててくれると嬉しいなぁ」

 

 そこでユノは這いつくばるロミオの帽子に装着された缶バッジを軽く指で突く。爪と金属が触れ合い高い音が儚げに鳴った。

 

「君の事は知ってるよ? ロミオ・レオーニさんですよね? ブラッドの……ジュリウスのブラッドの、記念すべき第二号隊員」

「ま……まだ、候補生なんだけど……なんだけど、なぁ~オレ」

「大丈夫だよ。すぐ正式隊員になれるって。ゴッドイーターとしてはけっこう優秀なんだよね? でも、さっきのはいただけないなぁ」

 

 清らかな乙女の微笑みで無言の重圧を発する歌姫を見、ロミオは自分の表情筋が硬直していることに気づく。

 

「だから、ちょっとお仕置きだよ?」

「な、何を……!?」

 

 一瞬広がった青年の怯え、を見逃すユノではなかった。

幼い頃からあまり自由な生活ではなかった、しかし父親に付き添ううちに少女の中で磨かれた特技がある。権謀まみれの中で育てば、人の表情を読む観察眼は鋭く磨かれ、研ぎ澄まされるのだ。

 そんなユノと元々表情を隠すことが得意ではないロミオの差は、圧倒的だった。

 

 たとえるならば、ディアウス・ビターとそのへんのミジンコ。

 

「うふふふっ、コレ、な~んだ?」

「そっ……それは!」

「私のファンだって言ってくれてありがとう。後でサイン、お応えしますね。だから~……電脳アイドルのシプレグッズなんていらないよね?」

「な……っ!」

 

 ユノの手にはいつの間にか握られていたブリキ製のバケツが存在していた。その中にはロミオがひっそりこっそり収集していた電脳アイドル、シプレのプロマイドやカード。歌乙女の反対側の手が優雅に伸びていき、引き金を、引く。

 チャ●マンの。

 

「わぁあああぁぁあ!!!!」

「ふふふっ、やだ、そんなこの世の終わりみたいな断末魔……素敵だね」

 

 紅く燃え上がるシプレグッズ、炭と化していくロミオの夢。何故か作動しない火災報知機に何故かハッキングされている監視網。悪夢のような現実だった。

 ロミオの中で灰燼に帰していくのはシプレへの幻想だけではない。実在の歌姫ユノへの、夢幻だった。青年にしては愛らしい翡翠色の眼から、光がだんだんと消え、寂寥と絶望で沼のように濁っていった。

 

「さて、と……次は貴女だよ? 香月さん」

「……何をするつもりか知らないけど、私はそう簡単には屈したりはしないよ」

 

 いつの間にかおでんパンによる即席猿轡を攻略したナナは、じっとりと冷や汗の滲んだ笑みを貼り付ける。

 

「あまり強がらないほうがいいと思うのだけど」

「虚勢も張れないような先輩とは一緒にしないでよね……?」

 

 ナナの空ろな強がりを、見下したユノは琥珀色の瞳を細め、微かに笑う。

 

「じゃあ……ちょっと本気出しちゃおっかなぁ」

 

 ユノが手に取ったのはナナの魂、もとい精神的な支柱ともいえる……おでんパンが大量に詰まった袋だった。

 

「それ、はっ……!」

「物資不足でも簡単に作れる合成小麦のコッペパン。しかも半分は改良トウモロコシ粉を使用してるらしいね? 能天気に見えても意外としっかりしている貴女にぴったり」

「何を……!」

 

 ナナの背中に戦慄と悪寒が走った。

 何故、この女はそんなことを知っているのだろう……という薄ら寒い疑念。ロミオのこともあり、彼女はブラッドの情報を調べ抜いてきた上でここに来ている。という事実。

 

「……知ってる? あのね、押しつぶして薄い破片状にしたトウモロコシを牛乳に浸して食べる、欧州や北米での伝統的な朝食があるんだよ」

「……それと何の関係があるのかな……?」

「それは、自分の目で、確かめてみれば?」

 

 ユノの優雅な微笑みと共に、片手に掲げられていた牛乳瓶が傾く。少女の赤みを帯びた目が大きく見開かれる。

そして残酷なまでの遅さで白濁した液体がおでんパン袋に投下されていく。

 

「やめて……やめて、やめてえぇえええぇえ!」

「って言われて、やめる人、いるかな?」

「嫌、嫌嫌っ……やだ、やだよ……おでんパンが、おでんパンがぁああっ!」

 

 大粒の涙をぽろぽろと零し、哀願する少女の悲鳴は悲痛なものだった。まともな神経を持つ人間ならば耳を覆ってしまうほどの絶叫だが、世界的な歌姫、葦原ユノの鋼鉄の心は一ミクロンたりとも動くことは無い。

 

「もうかけないで! 牛乳をかけないで! おでんパンが……お母さんが……」

「ごめんね、私も、もう、許してあげたいんだけど……」

 

 あふれ出した微笑みには少しも、謝罪の意思は含まれていなかった。

 

「牛乳瓶はもうひとつ、あるから」

「や、やだぁああああぁっ!」

「シプレ……シプレぇ……オレの、給料……努力と時間と資金がぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って具合に何だか偉いことになってますですよ!?」

 

よくよく考えたら傍聴は可能だったり。無線が生きているからロミオ先輩やナナちゃんとの連絡は取れるはずじゃないか……とか思っていた自分が甘かった。練乳をかけまくった苺のごとく、甘かった。

 とりあえず、近くの一室に入り安全を確保した私たちはここにて絶賛待機中。

 なお、今この瞬間も耳元からは今でもナナちゃんと先輩の断末魔が聞こえている。

 

『お母さん……おかあさぁぁぁああああああん!おかあさぁぁぁああああああん!』

『夢だそうだこれは夢なんだオレがユノさんと二日連続で会えるとかそんなクソ幸運有り得ないってそうだこれは夢だ夢なんだ不幸で幸せな最高の悪夢なんだマジウケるわくっそ笑えねぇあっはははは醒めろ醒めろ醒めろ醒めろ……』

『おがぁあああああざぁああああああん!おがぁあああああざぁああああああん!』

 

 阿鼻叫喚の二重奏。特にナナちゃんの方が何かやばい。やばい通り越して怖い。

マグノリアコンパスという児童擁護施設別名孤児院に居たって言っていたからこのお母さんとやらはもうこの世に居ない誰かさんなんだろうが……考えたくないけど幼児退行でも起こしているのでしょうかね。弱りました末期です。これはもうダメかもわからんね。

 

「い、一体何が起こってんの……!?」

 

 コレは本当にユノさんなのか?

先ほどから良く似た声質の女声が聞こえるのだけど、おかしい。おかしすぎる。きっとコレは別人だようんきっとそうなんだよ! とやや強引に叫ぶ私の(良)心を、冷たい理性が水を挿してくる。そうだよ、だってユノさんに決まってるじゃない、こんな声の人他にいる訳ないじゃない、と。

 

「あの、隊長どうしましょうか……って!?」

 

 助けを求めた頼りになる人は、薄暗い小部屋に申し訳程度に設置されていた机のしたで、膝を抱えて蹲っていた。亜麻色のバナナ髪がちょこんと膝から生えていてなんか可愛い。

 

「何してるんですかぁ! 貴方がそんなことでどうするんですかーー!」

「思いだしたんだ……あいつだ……あいつが……あいつが……」

 

 その場で隊長の体が大きく誤作動する。ものすごい激しい上下運動。勿論、決して卑猥な意味じゃない。机の下で体育座りのまま超高速で上下にガタガタ揺れている様な怪奇現象に色気を感じるような人類が居たのならば、きっとそれはこの世界が次のステージに進んだということになるだろう。思うにアラガミは居なくなっていないし、世界は荒廃したままだし、人間は今日も頑張って生きている。良かった世界は安定の崖っぷちだ。

 

「そんんな、ばばばばばばば馬鹿なここここここことが、あああああああってたまるかかかか、かかk……」

「隊長、人間語が大絶滅しています」

 

 そりゃあもう、爬虫類の時代の終焉並に。

 

「す、すまない……な、なにか袋か何かないか? もうすぐ過呼吸発作が来る……!」

「あ、はい。どうぞこれ、その辺に落ちていた薄汚いポリエチレン袋です」

 

 緊急時、自分以上に動揺している人が居ると案外落ち着くものだ。身を以って体験した。しかも、いつもキラキラしていて落ち着きのある年上の成人男性がここまで取り乱している状況でここまで冷静である自分にびっくり。

 そしてコイツの慌てっぷりにがっくり。

 

「あのしつこさ……あの、手段の選ばなさ、間違え、ない。あいつだ……あいつだ……!」

「分かりました。あいつです。あいつですね。はい、なので隊長、分かりやすく、ゆっくりと話してください」

 

 過呼吸発作を圧殺した隊長はまだ、ひぃひぃ言っている。傍には薄汚れたポリ袋がある……あの袋の中に顔を埋めれば……などというアホくさい考えは今はやめよう。

 

 今は。

 

「以前、このフライアに怪奇現象が巻き起こった。……というか俺に」

「でしょうね」

「初めは電子通信だった……『またお会いしたいです』という感じに綴られていた常識的な文章だった」

「……」

「俺はただの間違いだと思ってスルーした」

 

 それだ。

 

「だが一ヶ月にもわたり、どんどん文章の内容が濃くなっていった。基本的には『会いたい』という意味合いなのだが、どうも妙だと気づいたときには、何故か俺と家庭を築いた後のリアルな将来設計まで書かれていた。ちょっとした小論文並みの文章量で」

「……」

 

 ということは、全部読んだのだろう。その小論文を。

 生真面目すぎると、こうゆう所にも苦労するらしい。いかにもジュリウス隊長らしい要領の悪さだ。

 

「あの、アドレスの変更などは?」

「知っているとは思うが、フライアの端末情報は簡単には変更できない」

 

 何その新情報。

 

「が、やった。してもらった」

「マジですか」

「なのに絶対に届いてきた。酷いときには五分おきに送信がされていた」

「……」

 

 今背筋が凍った。ぞくっと冷たい何かが背骨を這い上がってきた。

 

「そこで俺は物理的に端末を破壊するという緊急措置を取らせてもらったのだが」

「やりすぎです。どう考えてもやりすぎです」

「当時はちょっと病んでいてな……今から考えると愚行だったとしか思えないがその時の俺は大真面目だった。神機でブラッドアーツならば一撃破壊が可能だ。『端末しかぶっ壊しませんから! 他に危害は一切加えませんから! 私ならできます! この極め抜いたブラッドアーツの精度ならば!』必死に叫ぶ俺を見たときの……富田警備員の顔を忘れられない」

「さいですか……」

 

 きっと黄金にきらめく汚物を見るような眼差しを向けたんだね。

 

「その時期になってやっと、俺の精神状態が末期だったということに気づいてもらえたんだ。病室に連行される間際に渾身のピクニック斬りで端末を再起不能にしたが」

「やったのですか……」

「無論だ……だが、今度は非通知電話がかかってくるようになった」

「は?」

「端末とは別途で回線を引いてあるだろう? 緊急通信用の、あそこから『もしもし? どうしてお返事くれないのですか? 誰かがきっと邪魔しているのですね』といったニュアンスの声が……」

「な、なんで……? え? ナンデ?」

 

 怖い。なにそれこわい。

 

「それ以外にも丁度その頃から頼んだ覚えの無い小包が送られてきたり、部屋に何故か盗聴器が仕込んであったり、極め付けには桃色のカラーインクで書かれたノート一冊分の好きという単語……が、単語が……!」

「……こわい」

「……結局、マイゴッデスラケル先生の出向に逃げるように着いていき事なきを得たようなものだ。あのお方がいらっしゃらなければきっと俺は死んでいた」

「……」

 

 隊長の過去は壮絶だった。

 

 そういえば前に言っていた気がする。かつてこの世を呪い、恨んだことがあり、何故自分だけがこの様な不条理に直面するのだと嘆いたこともあった、と言っていたような気もする。納得の絶望だ。そこから立ち直ることができたことは素晴らしいが、如何せん立ち直り方がクソ……いや、少し変わったお方なんだな、と改めて実感。

 とはいえ、いま驚愕の事実を知ってしまった。

 

 もし、それが全て過去にあった事実なのならば、今私たちはとんでもない『敵』を目の前にしている。

最も厄介なのはヤツが人間だということだ。それも怪物並みの精神を持った人間であるということだ。

 話して落ち着いたのか、ジュリウス隊長の顔には色味が戻ってきている。

 

「巻き込んでしまって、すまない」

「いえ……これも同じ隊の仲間の話なのですから……隊長。行きましょう」

「え」

 

 そうだ。行くしかないのだ。

 私は隊長の背後に屈みこむ。思ったより広い背中だが、この状況ではとても小さく見えた。

 

「隊長は言ってくださったじゃないですか。過去は変えられないし、消すこともできない、だから」

 

 腕輪の嵌った右腕を伸ばし、隊長さんの左手……の、袖を掴む。

チキンでビビリなどうしようもない私ができる最大限の歩み寄りだった。ここで手を握るくらいの度胸があれば、今頃人生困っていないのだけど。

 

「せめて――……今は、一緒に行きましょう」

 

 ロミオ先輩とナナちゃんを助けに。

 

 きっと隊長は一人で無理して抱え込んでいたのだろう。この人のことだから、外面完璧超人のジュリウス隊長だから、誰もがきっと誤解してしまう。こいつなら大丈夫だろう、と。

 けど、違ったのだ。

 隊長は確かに才色兼備で文武両道だけど、加えて部下思いの女神信者だけど。決して冷酷な人ではないし冷徹にだってなりきれない。一応普通の人間並みの心の弱さだってちゃんと持っている。だから他人の弱さだって理解できない人なんかじゃない……ほんの少しだけ鈍感だけど。

 

 だから、この人が隊長で良かった、なんて思えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジュリウス? なぁに? その女……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

 

 ユ ノ さ ん の 声 が し た。

 

 

 

「ごめんなさい、ちょっと強引だったかもしれないけど……わたし、貴方とお話がしたかっただけなんです。ただ、あの時の、お礼を言いたくって……」

「な、なんのことですか!? 私は知らないのですが!?」

「た、たたたた、隊長ぉ……!」

 

 さっきでっかいこと言ってみた私の声帯が蚊の鳴くような声に超変化。

 

「もう……やだなぁ……ジュリウスっ? 忘れちゃったんですか? 私たち、出会ったじゃないですか、あの日、フライアの、庭園で」

「フライア? 庭園? 人……? だめだ心当たりが多すぎる……」

「も、もー隊長ったたたらぁ~……ピ、ピクニックもほどほどにして下さいよ……」

「ふふふふふっ……浮気性なのかなぁ? ちょっとそれ、許せないんだけど?」

 

 言いがかりにも程があるんじゃないでしょうか。

と、口に出すほど愚かじゃない私……いや、違う、口にすら出せない。オラクル細胞を練りこんで作られたはずの鋼鉄製の扉越しに伝わってくる。

 

 現象的にはただの空気の震えにすぎない。『人の想い』を増幅して、遠隔にも伝達する。

 

 殺気と愛情というヤツが

 

「一緒に居るの、唯さんだよね? 神威 唯さんだよね?」

「ひっ……!」

 

 もうやだ漏らしそう。訓練前にトイレ行ってて良かった。

 

「だって声がしたもの。それにその呼吸音はなにか張り詰めている時特有のものだよね。あと、貴女は緊張状態だと声のトーンがそれはもう、上がっちゃう系女子なんだね」

「そ、そそそそそれはもう」

 

 歯の根が合わない。ガチガチと口周りだけの痙攣がおこる。もう分かってるよこの殺気は真正面から私に向けられているんだって分かっているよ! 足がすくんでガクガクと勝手に動く。胃や肺といった人体の内臓が皮膚と乖離し、自分が収縮していくような感覚を覚える。

そして寒い。手や足が凍りつきそうだ。

 

 そこで、ユノさんから発せられる瘴気(仮命名)が、少しだけ和らいだ。

 同時に、口調がどこか切実で必死なものへと変わる。

 

「あのね、ジュリウス。迷惑だったりしたらごめんなさい……最初はただ、お礼が……お礼が言いたかっただけなんです。私、自由も自信も無くって……ただ、殻に籠もって悲しい、苦しい、寂しいって泣きながら歌ってるだけの、何も出来ない女の子だった」

 

 お見受けしたところその頃のユノさんはもう何処にもいらっしゃらないのではないでしょうか。

 

「そんな私が、勇気を持てたのは……貴方が、歌を褒めてくれたから。庭園で歌った私の歌を、貴方が、褒めてくれた……それだけで、私。強くなれたんだよ」

「申し訳ありませんが記憶にございません」

「……」

「……」

 

 もう、この色男さん……どうしようもないね。

 

「どうして即答するんですかぁ!? もうちょっと考えてから喋ってください!! 発言は吟味してください!」

「だって本当に記憶がないのだから仕方ないだろう!? 悪いが優秀で健気でホタルのように儚い上に知的で気高いラケル先生光来の前後に起こったことはあまり記憶が残らないんだ!!」

「ああああ、もう! この際だから言ってやります! このラケル先生信奉者!! 本当気持ち悪いわ!!」

「フッ、まるで褒め言葉だな!!」

「変なところで精神力が強すぎます!!」

 

 本当どうしようもないね。

 

「じゃなくって! どうしてこのストーカー……ならぬ純情乙女の純愛を踏みにじるような真似をしたのですか! 酷すぎます隊長! このままだと本当にあなた死にますよ!?」

「……」

 

 隊長が本気で悩んでいる。何を悩んでいるのかサッパリだけど何だかすっごく悩んでいる。

 秀麗な眉間に皺が刻まれている。

 

「ジュリウス……さん。どうして……嗚呼、私、私……」

「ユノさん……」

 

 

「そうだ……そうゆうコトだったんだ……」

「ユノさん……」

「……」

 

 ユノさんはここでやっと自分の勘違いに気づいたらしい。よくよく考えてみたらユノさんに、あまり悪気はなかったのかもしれない。だって、私は知っている。

 

 ユノさんは、決してそんな酷い人間じゃない。

 

 昨日、庭園で叱られたこと、慰めてもらったこと。あの言葉に嘘はない。

 

 ただ不幸なすれ違いが沢山あって、それがたまたま空回っちゃって、誰も気づくことが無いまま、ここまで着てしまったのだと思う。ならば、今終わらせるべきなのだ。

 

 

 

「私のジュリウスを惑わしているのは、その女なんだね……?」

「……」

 

 

 おっと、勘違いしていたのは私の方だった。

 

「分かった、分かったよ。ジュリウス……待っててね、その女ブチ殺して貴方を正気に戻してあげるから」

「誤解ですぅぅぅううう! 違いますぅううううう! 隊長、隊長助けてください! 私たちブラッドは絆で結ばれた言わば家族なんですよね!? 嫌です怖いです死にたくありません!」

「……」

 

 隊長は黙したまま何も言ってくれなかった。もうどうしたらいいのか分からないのだろう。思考停止って顔をなさっているもの。そんなこんなで、扉越しの殺気が何故だが膨れ上がる。

 

「ねえ、神威さん? 私、本当は貴女と友達になりたかったな……。貴女は悪い子じゃない、だから、きっと理解しあえると思ってたんだけど……悔しいね、世界って残酷だね……」

「落ち着いてくださいよユノさん……話合えば分かり合えるんじゃないでしょうか!?」

「ごめんね……そんな対話系の能力、持ってないんだ」

 

 それは残酷な死刑宣告だった。

 

「ところで、さ、どうして私が今この場所に居られるのだと思う?」

「……」

「ここはフライア、フェンリルの極地化計画、その技術開発をつかさどる移動式支部だよね。……ということは、ここはフェンリルの土地であり、ここに居るのは全員フェンリル職員かその協力者ということになる……さて、私はなぜ、ここにいるのだと思います?」

「協力者だから……では?」

「ふふふっ……違うんだなーコレが」

 

 聴いているこちらの心を抉り取るような声だった。

恐ろしさや恐怖、すぐそこに居るハズのに触れられない空虚。人の心の隙間を暴力的に埋めて、全力で傷付けるような声。せせらぎのような殺気と激しい愛情が同じ場所にある……とすら錯覚させるほどの気迫。

 

「ただいま問い合わせましたところフェンリル司法総合事務局から正式に通達を下りました。特殊技術開発局、移動式支部『フライア』のこの区画は正式に買収が完了。ここは葦原家の私有地となります」

「……は?」

「買ったってこと。ここは私の私有地だよ~、良かった良かった、これで警報機は鳴らないよね? ……ここに『部外者』さえいなければ」

「……」

 

 けたたましく鳴り響く警戒音と真っ赤な光。

 

「な、なんですかこれぇえええ!?」

「部外者は強制排除、だなんてフライアって怖いね」

「えぇえええ!?」

 

 私は咄嗟に部屋から飛び出し逃走を開始。何が起こったのか良く分からないが逃げるしかないでしょうもう。

何故こうなったのか誰もわかりませんが、これはきっと映像記録に残されて……るといいですね。この映像を見た誰かが謎を解き明かしてくれると凄く嬉しいです。それだけが私の願いです……。

 

「邪魔なのはみんな居なくなったね……さぁ、ジュリウスさん、『お話』しましょう?」

「待っ……待ってく……うわぁぁああぁああああぁぁぁ!」

 

 ごめんなさい、隊長。

 弱くてごめんなさい。

 

 

 

 

 

 フライアに帰投したラケル・クラウディウスが見たそれは、自らの愛する子供たちの変わり果てた姿だった。

 監視室にはバケツの中の炭に向かって虚ろな瞳でブツブツと何か譫言を繰り返すロミオ。その近くにはぐっしょり濡れたズタ袋の傍で悲鳴を上げ続けるナナ。始めは何を言っているのか分からなかったラケルだがやがてそれは母親を呼ぶ声なのだと納得する。

 更に進んだ場所には汗だくで床に突っ伏して倒れている唯の姿。彼女の周辺には侵入者用の罠であるはずの、催涙弾ガス噴射装置や警報機、更にはレーザーカッターまで総動員された痕跡が見られた。

事態を確認できず、思わずラケルはいつもの謎めいた微笑を凍り付かせる。

 

「一体……何が起こったと、言うのです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

「大変だった……すごく大変だった」

「はい、もう死ぬかと思いました」

「思い出したくない思い出さないよ……もうやだ、もう嫌。忘れよう忘れよう」

「だが、アレから俺たちは強くなった」

 

 アレから数日間は凄まじい状態だった。ブラッドの四人は一同に会しても一言も何も喋れなかった。お互いがお互いに惨劇を喚起させてしまう引き金になっていたのだ。みんな自室に閉じこもりがちになり、顔を見合わせることすら拒否するようになっていた。

 

 が、いつまでもそうしている訳にはいかない、という事でやがてロミオ先輩とナナちゃんが一緒におでんパンを食するようになり、状況を見かねたラケル先生に全員庭園に集合召集をかけられ無理やり『ブラッド第一回 仲直りピクニック INフライア』に強制参加。こうして私たちは四十五分間無言でおでんパンを口に運び続け、一週間ぶりに会話らしい会話を交わすことができたのだ。

 

「いいピクニックだったな……」

「はい……おいしいおでんパンでした……」

「そうだね……帰ってまた、いつかやろうね」

 

 私たちはあの日の思い出を互いに語り合う。確かに、今の世界は絶望がそこらへんを徘徊しているかもしれない。理不尽とか不条理が飽和状態なのかもしれない。だけど、世界にまだ希望はあるのだと理解することはできた。

 

 ナナちゃんが桃色に塗装されたハンマーを握りこむ。私も強襲銃の持ち手を掴む。

 

 

 

 

「時間だ、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 


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