「くっ……はぁっ……はぁっ……!」
戦場で、少女は苦悶の声を上げていた。
「うっ……は、はやく……しなきゃ……!」
重たい足を引き摺って行く。
もう少し。
もう少し。
あと、一歩。
あと……一歩だけ。
重たい体に鞭を打ちながら、血を流している心を励ましながら。
一歩ずつ、着実にと進んでいく。
「……がんば……らなきゃ……!」
皆頑張ってるんだから。
……私も、やらなきゃ。
……それで、皆で……。
……帰るんだ。
口の中で、自分にしか聞こえない声で、反芻しながら。一歩一歩確実に、と進んでいく。
目指す先は――歌声の聞こえてくる場所。
避難場所の……スピーカー。
「お母さん……私……頑張るからね……!」
少女――香月ナナは、覚悟を決めた様にきゅっと一度だけ目を閉じ……。
……再び、世界をその瞳に映す。
「みんなと一緒に……帰るんだから……っ!!」
あの、何気ない……日常へ。
ナナは大きな神機の銃口を真上に向けた。
取りつけられているのはショットガン――至近弾で大きな威力を発揮する型の銃。
だからこそ、遠距離攻撃は叶わなかった。
だが、もう遠距離での狙撃を行える仲間はいない。
だから――避難経路の途中に陣取っていた自分が往くべきなのだと判断した結果だった。
聞こえてくる歌声から、必死に意識を逸らす。
震えていた。
怯えていた。
だが……逃げなかった。
コレが、香月ナナの闘いなのだと――強く、強く心に刻んでいたから。
「うぁああああああああああああああああああああああ!!」
雄たけびを上げながらナナは引き金を引き絞る。
装填されているのは、任務前にシエルから渡された必殺のバレッド。
息も止まるような――一瞬、されど永遠のような時間が過ぎ去る。
刹那。
熱によって溶解した支柱が折れる。
その真上――スピーカー本体は無残にも砕け散っていた。
光と熱、そして物体エネルギーと化した必殺BB弾が――荒ぶる神の魂の如く、スピーカーを引き裂き、焼き払い、その灰燼すらも残さず捕食した。
バックブラストが地面に巨大な空洞を穿つ。
数秒後。
砂塵が吹き抜け、開いた光景には……。
もはやスピーカーは存在しなかった。
「やった……! やったよ……皆……! 私……できたよ……!」
少女はそう呟くと。
さっさと神機を回収し、走っていった。
▼▼▼
「あなたは……!」
「……アンタ……神機使い……」
忘れるものか。
思い出したコイツ……そう、コイツは……!
上から落ちた私を助けてくれて、神機を回収してくれて。
……で、その後有無も言わさずさっさと私をネモス・ディアナ警備兵に引き渡しやがり。
神機を持ってってトンズラかましやがった野郎だ。
恩と怨嗟が50対50という超微妙な位置。
「あの時の腐れ眉毛!!」
「……」
青年は頭から血を流しつつ、全く表情を変えずに。
持っていたアタッシュケースを上げ
そこで燃え盛っている炎の中にと、力の限り投げ込もうとした。
「あ……あぁ、これはこれは! 尊い眉毛の命の恩人様ですねお久しぶりです、再会出来て恐悦至極に存じます恩人様に於かれましてはご健勝の程お慶び申し上げます!」
「……」
青年は神機を炎の中に投げ入れるのを辞めたようだ。
……超短気じゃんこの人超怖い。心狭い。
マジ怖い。
「……誰? コイツ?」
「えっと……自称沼ボチャした私を助けてくれた……? 人っぽいです」
「…………分かった」
ロミオ先輩は痛む胃を抑えつつ警戒したような面で何となく胡散臭げなものを見るような視線。
そこで、腐れ眉毛男……もとい命の恩人は膝をつく。足元にじんわりと血の水たまりが形成された。
あぁ、キツそうこの人……と、いう訳で近くにあるあまり熱くなさそうな石にそっと寄りかからせ……ここは同性であるロミオ先輩が傷の具合を確かめ、軽い消毒と止血を施す。
えっと……回復錠って、一般人にも効くんだっけ……?
「唯……」
「何ですか」
くいっくいっ、とロミオ先輩。
よく見るとハンドサインを出していることに気付いた。
以下、ハンドサイン会話。
≪コイツお前に何したの?≫
≪だから、沼、落ちた、助けた、この人≫(不慣れなので単語の羅列)
≪……最初?≫
≪最初、ここ……爆心地……来る、前≫
≪コイツ、お前、助けた……のは分かった。
……で? なんで神機とお前は別個になってんだよ?≫
≪全部コイツのせい≫
≪……つまりこの眉毛がお前を警察(?)に突き出して神機持ってトンズラしやがった野郎?≫
≪そう、それ≫
≪……≫
≪傷、深い、多分。回復錠、渡す、治す、ほうがいい?≫
≪…………いや、いいよ≫
≪ファ!?≫
≪勿体ないじゃん使わないよ。神機泥棒に慈悲なんかいらない≫
≪この腐れ外道ニットがぁ!!あんたはそれでも人間かぁ!? 大賛成、です!!≫
≪なんで悪態付くときだけ無駄に上達してんだよ……≫
「……で、恩人デコ助野郎様……。あなたは何しにここに来たんですか」
「……」
恩人様は何も言わない。
だが、その眼光はかなり鋭かった。
……まるで何かを値踏みするような視線が、そこにはあった。
だが、今更何をと思う。
なぜなら……もう彼の中でとっくに答えは出ているハズなのだ。
「……ソレを、私に渡すつもり……だったんでしょう?」
「…………あぁ、そうだ」
全く悪びれもせずに肯定。
そこに見透かされたことへの動揺や驚きはない。また、否定もしてない。
……つまりは予測の範囲内だった、という事だろう。
最初あった時からちょっと思っていたことだけれど……。
……この人、かなり頭が切れる。
だから余計なことは言わないでおこうーと本当に本気でそう思った。
今までの自分の言動とかをざっと確認してみる。
……大丈夫、問題ない。
「ここに来たってことは、私の居場所を知っていた。で、神機をわざわざ『一般人』でも持てるようなアタッシュケース型にしているということは運搬することを予測していた。
……もしあなたが、神機を装甲壁か何かの一部にするつもりなら……そんな形にはしないハズでしょう。
それか、極東支部に引き渡すつもりだった……という可能性もありますけど」
「……否定はしない」
嫌な言い方だ。
さっきから分かるようにこの人の発言には……一切『嘘』は入っていない。
だが、口数が少ない。
ともかくこの言い方からすると……最悪の場合。
たとえば私が神機を使えるような状態じゃなかった場合とか、そもそも生きていなかった場合とかも考えていた――という受け取り方も出来る。
つか絶対考えてやがるなコイツなら。
「……ネモス・ディアナの襲撃が起った時、あなたはこう考えたんだ。
『極東の神機使いだけで足りるのか』――って。
だけど、そんなときにちょうどいいのが一人居る――って。どうせなら『使ってやろう』と思った。それで神機を私に渡そうと……持ってきた――違いますか?」
「……ああ」
で、予想外の誤爆に巻き込まれて傷だらけになっている――ということだろう。
逆に、そこまでしてでも私を『神機使い』として『戦力』として見ていた……ともいえる。
……今までそこまで期待されたことなんかないからちょっと嬉しい。
ここでロミオ先輩を見る。
目が合った。
そして、首を縦に振る――信用してもいい、という意志表示。
そう、もしこの仮説が正しいのならば。
恩人様は、私に神機を運んできた。
神機を使ってアラガミと戦うことを期待している。
つまりゴッドイーターとして『使う』ことが目的。
この2点から予測すると。
恐らくは……多分……。
このアタッシュケースに爆弾は仕掛けられていないハズ!!
私だってあんまり頭は良くないけれど学習するのだ……そう……学習の学習を。
さっきの爆弾魔の件もあって、この街の人間は基本信用できないということをようやく悟った。
認めましょう……極東は、地獄。
コイツら地獄の住人悪鬼羅刹の類。
散々嵌められたんだから当然警戒するに決まっている――爆弾という存在そのものに。
ここまで嫌われてるとは思わなかったよ!!
「……じゃ、じゃあ開けますよ……? 大丈夫だよね? だ、大丈夫だよね!?」
「……」
「何か言ってよ!!」
「いいぞー唯ー! 開けなよーー!」
「ロミオ先輩なんでそんな遠くから!?」
「念のために遮蔽物の影に隠れることによって直撃を免れようかと思います」
「一緒に死んでくれないんですか!?」
「当たり前だよ!! こんな所で死んでたまるか!」
「薄情者ーーーーーー!!」
死んだらロミオ先輩を呪おう。
そう決意を込めながら――開く。
カチリ、という小気味いい音。
ソレは爆薬のスイッチが入った音ではなく――。
アタッシュケースに収納されていた神機が、展開される音だった。
久しぶりの相棒の姿を見て……思わず安堵感がこみあげる。
全く変わらない様に見えたクロガネは――全体的にちょっと変な臭いするしヌルっとしていたけれど、緊張感から解放された今そんなことは些細な問題のように思えた。
「良かったぁ……! 生きてる!! 私……まだ生きてる……!」
その時――ネモス・ディアナの空。
爆炎と煤に塗れ、黒く塗りつぶされた空から。
一筋の光が射す。
「……あ……」
見えたのは、青い空。
どこまでも高く――澄み切った、蒼穹。
その美しさに、ただただ息をのんで……呆然とした。
どうして……ずっと……忘れていたんだろう……。
世界は。
こんなにも。
…………美しい。
「気は済んだか」
「気でも狂ったか」
「……世界は美しい。……けど住んでいる人間はド汚ねぇ!!」
ちょっと生きてることが嬉しかっただけなんだからね、勘違いしないでよね。
「武器ゲット! ではこれから撤収!」
「良かったセーフ、危なかったクソ危なかった」
「コレ持って帰らないと処分される所でした! 本当に、本当にありがとうございました!」
「心配すんな。すぐには死なないよ唯はさ」(人体実験の検体はいつだって足りてないんだからさ)
「実にエゲツない」
そそくさと退散しようとした私たちに向かって、眉毛男は声をかける。
「……待て」
「……」
「……」
……やっぱりな。
「アンタ達に……頼みたいことがある」
「…………」
「…………」
嫌な予感嫌な予感嫌な予感嫌な予感嫌な予感……。
青年は頭から血を流し、ハァハァと肩で息をつく。
やはり赤く染まった腹部を抑えながら、痛みをこらえた表情で……それでも意志の強そうな眼だけはまっすぐに私たちを見つめた。
やがて、苦痛の滲んだ口調で縋るように言葉が発せられる。
「……頼む。……ここを……救ってくれ。……皆を……守ってくれ……」
「いやもう遅すぎるでしょ何もかも」
「気持ちは分かるケドもうボロボロだから諦めよう」
「……と思うかもしれないけど、そうでもない」
下手に+思考な奴だ。
そのまま若干俯いた青年はやがて、ポツリポツリと語り始めた。
「……分かってる…………虫の良すぎる話だって……分かってる。
……だけど、聞いてくれ……。
…………皆、神機使いのことも……フェンリルのことも……心の底だと、納得している訳がないんだ」
「でしょうね」
「まぁ、うん。そうだろうな」
見りゃ分かるわその位。
「だけど…………もう……それしかない。
……神機兵だって…………本当は、ただ……縋りたいだけなんだ」
「は?」
「……そう、だろうな」
「極東支部も……神機使いも……いつ見限られるかなんか……分からない。神機兵も……結局……来なかった……。皆……忘れた振りして……本当は……覚えてるんだ。
だから本当は……怖くて怖くて堪らないんだ。
……不安で不安で仕方がないんだ。
だけど、怯えてばかりじゃ生きていけない。……だから、皆……恐怖を抱えながら、平気って顔しながら……必死になって、生きてる」
「え? え? ん?」
「……そう、だよな……。うん……分かるよ。
……いつ見捨てられるか分かんないって……本当怖いんだよな…………」
「だから……げほっ……。
……だから……頼む……! この街を……皆を……守ってく……」
「え? やだ何でこの人神機兵のこと知ってるの」
「え?」
「……あれ?」
「」(白目)
「眉毛! しっかりしろ眉毛! ごめんな……コイツずっと地下にいたから情報が遅れてるんだ!」
「ちょっと私が悪いんですか!?」
「瀕死の奴が必死こいて願いを託し! 希望を繋ごうとしてるんだから! トドメ刺すな馬鹿ぁ!」
「え、えぇー? だ、だってロミオ先輩そんなこと一言もいってな……」
「……眉毛死ぬなぁああああああ!」
「誤魔化すんですか!? うわ最低だこの人!」
「俺……頑張ったんだ……もう……ゴールしても……いい…………よな……?」
「ざっくり言うと昔フライアから神機兵を送ろうと思ったけどやっぱ無理だったっぽい」
「マジで……? 今明かされるフライアの超不祥事発覚」
「本当にな、オレ全然知らなかったよ」
「…………じゃあ、いっそのこともうココ潰しちゃいません? いい機会だし総統とかいう一番偉い人爆殺すればフライアの不祥事は圧殺でき……」
「だからヤメロっつってんだろぉ!!」
「…………冗談です。ジョークジョーク、HAHAHA……HAHA!」
「…………」
「じょ冗談ですよ恩人様! わ、私たちが総統を爆破するわけないじゃないですかもー! も。もー!」
「今更取り繕っても遅せぇよワザトラシイ」
「(あの爆弾魔忘れたんですか!? 敵って認識された瞬間にコイツが自爆しかねない可能性が微レ存)」
「(さっき確認したけど爆弾は巻いてない。手榴弾の可能性もあるがピンを抜くまでにぶっ殺せば問題ない)」
「(ピン抜くのにそんな時間あるわけないでしょう)」
「(この傷だし、大分失血してるから、何かするつもりなら確実に予備動作が見えるから大丈夫。死後自動爆発する系ならサッサと逃げて、神機のシールド展開すりゃ平気だって)」
す、すごいロミオ先輩……私なんかより、ずっとずっと警戒してるし、対策も立てられている……!
どうやら、ケガ見て血止めしたとき何か必要以上にベタベタしてるなーと思ってたけど、アレ傷見てた訳じゃなかったんだね。爆弾巻いてないかどうか見ていただけだったんだね。
……そして先輩。爆風除けできるのって、最重量級のタワーシールド所持の貴方だけですよね? 私の軽いバックラーじゃ無理ですよね?
とか思ったけど……そこ突っ込んだら今度こそロミオ先輩に殺されそうだったから黙っていた。
「……それ……だけじゃない……アンタ達に倒して貰いたいのは……」
「ん?」
「……?」
「『感応種』――――だ」
「……」
「……」
……え? マジですか……?
□■□
『クッ……何だこいつは!? 何だ……何だコイツは! 何だこいつは!!』
『う、うわぁああああっ!!』
『逃げろ新型!! ここはオレが!!』
『ひっ……だ、だけど……足が……あ、足が……!』
『早くしろ!! 長くは持たない!!』
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
『ちくしょう……ちくしょぉおおおおおお!! ひでぶ』
『あっ……や、やだ……先輩……先輩……開けてよ……目を……開けてよぉ……!』
『…………』(キュピーン)
『や、やめて……! 来ないで……! 来ないでぇ……!! 来ないでよ!! やだっ、嫌嫌嫌……!』
『(無言の歩行)』
『誰かぁ……!助けて……! 助けてよ……! ……ママぁ……! こ、怖いよ……怖いよ……!
お願い……やめて……助けて……死にたくない……死にたくないよ……! きゃぁああああっ! うわらば』
「……なぁ、シエル」
「ギル! 大変です!!」
「……何だ、どうした?」
「この子……この子……! 女の子です!!」
「マジでか」
「コレはとり急ぎ一目で見て分かるようにしなければなりません……。何かいい方法は……も? 何ですかも?
や、やだ……も、もー……くすぐったいですも! でも女の子なら問題ありませんとも! もし性別♂がそんな所触ったら……何ですもー? 首のコレが珍しいのですか……? そ、そんなにペロペロしないで下さいも……。 ……は! ヒラメいた!!」
「なんだ」
「リボンをつけてあげれば解決です!!
コレをこうしてくるっと回せば…………完璧です!!」
「可愛いな」
「可愛いです……! か、可愛いですっ……! あぁもう食べちゃいたいですもーー!!」
「じゃ捕食」
「プレデターシエルと化しても……悔いのない人生でした!! むしゃぁ!」
「きゅっきゅっきゅーー」
「ふわぁあああ! 柔らかい!! ぷにぷにですも!!」
「ところでシエル」
「何でしょう」
「……今……ジュリウスが順調に虐殺をして回っている訳だが」
「はい」
「……ひとつ聞きたい」
「…………はい」
「お前、この『クレイドル』についてどう見る?」
「……クレイドル……『ゆりかご』でしょうか……」
「……さっきの無線通信、聞こえたよな? あいつらはこう言っていた『こちらクレイドル』だ。
普通は部隊名なんか付かないんだ」
「も? ……ですが、私たちは普通に『こちらブラッド』など言いますが? またロシア支部の彼らにも『スネグーラチカ』という部隊名が付いていたハズですが」
「……あぁ、その2部隊には共通項があるだろ?」
「…………『特殊部隊』……もしくは『特別行動を行う部隊』……という、ことですか?」
「そうだ。ブラッドは第三世代神機使いの育成及び臨床実験という実験部隊としての特殊性。スネグーラチカは広域作戦運用時の仲間の支援という特異性……。即ち両部隊ともいわば神機使いとしてはイレギュラーな存在である……ことは分かっているな?」
「はい」
「その時点でこの『クレイドル』もまた特殊な存在……極東の特殊部隊であると考えられる。
そして、もう一つの疑問点。コイツらはコールサインを使わなかった」
「……」
「コールサインは『フリップ化』するために――オペレーターや司令官、及び現場の戦闘員同士の通信に齟齬が発生しないためにつけられている。
特にブラッドまさにソレだ。また、他部隊と合同作戦を行う場合――『コイツはどこの誰か』を一発で見分ける手段としても有効だ。ソレを使ってないとすれば他部隊との合同作戦を行うことが無い部隊、もしくは通信や指揮系統において混乱が生じることがない……と考えられるだろ。
ただ、コレに関しては100パーセントとは言い切れない。
どこでもやっていることだが特に極東地域では部隊編成がカッチリと型に嵌っちゃいないらしい。
神機の貸し借りが多すぎてイチイチコールサイン呼びしている方が余計混乱しやすいという可能性がある。だからコレを言い切ることは出来ない」
「……ギル。先ほどから聞いていて思ったのですが。
……極東支部に関して随分とお詳しいですね?」
「……」
「確かに貴方はブラッドの中で、隊長に次いで実地経験があります。また、神機使いの世界の知識については隊長すらも凌駕する。
今のが一般論だ、と言われれば反論はできませんが……極東支部の情報に随分と精通しているように私には見えました。
……どうなのです?」
「……一般論も含めた俺の憶測だ。あくまで仮説、予想の域の話でしかない」
「それは…………嘘ですね」
「……!?」
「私の『知覚』能力を甘く見てもらっては困ります。
貴方の些細な動揺など、よく『観れば』分かります。
……ギル、貴方が隠していることなど……私にはお見通しです!」
「…………じゃあ何だ? 俺が……何か……隠している、とでも?」
「えぇ、そうでしょうとも」
「…………」
「ギル……貴方は……かねてより世界最強と謳われる『極東支部』に強い強い関心を持っていた!! そうですね!?!?」
「……………………」
「えぇそうでしょうとも! そうですも! きっと夜な夜なコッソリ端末で極東支部の情報を漁りに漁って憧れを抱いていたのですも! こうすれば極東行きになった時のフライアで、貴方が声高に極東行きに賛成していた理由も得心がつきますも!!
ギルは極東大好きゴリラだったんですも!!」
「………………………………………………………」
「……もー? ……ま、間違えてしまったでしょうか……私……?」
「……ば、バレちまったかーしょうがないーーさすがシエルだすげぇじゃねえか(棒)」
「も、もーー! やりました!!当たりました!! 大丈夫です、ご心配なく! このコトがバレたら可哀想なのでコレは私とギルだけの秘密にしておいて差し上げますとも!」
「あぁ……助かる、ありがとう」
「礼には及びませんも!
も。
ナナさんを捕捉しました。至急回収に向かいましょう!」
「了解」
「……あ……ナナさん……もしかして……!
この子を食べちゃったりはしませんよね!?」
「ナナならやりかねん」
「もー! どうしましょう……は、早く隠さないと……! そ、そうだ後ろのトランクに……!
ごめんなさい……ちょっと狭いけど我慢してくださいね? 後で必ず助けてあげますから……!」
「じゃ行くぞ」
▼▼▼
「か、感応種……」
「……」
寒くないのに、寒気が奔る。
この人……なんでそんな言葉知ってるの……? 極東の常識なの!? 何なの!?
……とりあえずここで取るべき行動は。
「か、かんのーしゅって何だろー? ロミオ先輩知ってますー?」≪話、合わす、先輩と私≫
「いや知らねぇな」≪それは流石に無理あるよ……≫
「あははは……」
「……嘘だな」
「」≪バレタ≫
「」≪だから言ったじゃん! だから言ったじゃん!!≫
「……アンタ達が何者なのかは聞かない。だが……極東の神機使いじゃないのは……確かだ。
多分別の支部から来た神機使い」
「……」
「……」
「アンタを助けに来た仲間の神機を見れば分かる。……二人共新型だ。そんなのは極東だって珍しい」
「…………」
「…………」
「そして腕輪が違う……神機使いの腕輪は皆赤い。他の場所のは知らないが……極東の神機使いは皆、赤い」
「………………」
「………………」
「だがここまでなら、アンタ達がただの神機使いでこれから極東に派遣される途中に運が悪かった……とも取れる。だが、最初に会った時……アンタは言った。
『私の神機はよく機能不全に陥るものだ』と」
「…………………………」
「…………………………」
言った。
言ったよ。
必殺のあることないことゴッチャ混ぜで適当なことガンガン言って相手を混乱させよう戦法で口走ったよそれっぽいことを。
「普通の神機使いは『機能不全』なんて言葉は使わない、大抵は整備不良か、ジャムった、って言う。
そもそも機能不全と言う言葉自体が最近使われ始めたものだ。
……『感応種』が現れてから」
思い出したのは、ロシア支部で共闘したオリガちゃんだった。
あの子は確か言ってた……イェン・ツィーの感応波を当てられて、彼女の神機が動かなくなった時だった。
『神機なんて整備不良や物資不足で! 皆! 1回2回動かなくなったことありますってば!』
…………。
あ。
「『機能不全』って言葉を使うのは俺が今まで見てきた限りだと『感応種』と戦ったことがある奴だけだ……極東支部じゃ原則、対感応種には曹長格以上の神機使いが4人か3人で当たるようになっている。
でもソレだけだとまだ弱い。アンタが……実はベテランの神機使いで、何年も別の支部で戦ってきた優秀な人材だから引き抜かれた、って可能性が捨てきれない。
だから聞いた」
「…………………………………」
この人と最初に会った――装甲車の中での会話を思い出す。
コイツ言ってた。
神機使いになって、どれくらいだ?
『ゴッドイーター』になって、どれくらい経つ?
……その質問の意図が私には分からなかった。
ただ、『戦力』として判断されるかどうか……を見極める為だけのものだと……思っていた。
だから……。
正直に……答えた……。
「神機使いとしてやっと新兵を脱した程度の奴が『機能不全』という言葉を知っている――つまりは、感応種と交戦経験がある。更には極東とは別の場所から来た極東支部とは違う腕輪を嵌めている。そしてどう見ても新品なのに、やたら高品質な神機。それも『新型』……この3点から」
「……………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………」
「アンタ達は対感応種の為に結成された神機使い――――もしくは、ソレに近いものだ」
こ、コイツ……。
SUGEEEEEEEEEEE!?
「(ば、バレたー!? な、なんで!? 忍者なの!? アイエエエエ!?)」
「(rrrrrr冷静になれ……! なんだコイツ……この推理力凄すぎるわ)」
「(たったアレだけの情報量から正解に辿り着くとか)」
「(だから頭の良い奴と会話する時には気を付けろとアレ程。だがコイツの直感はマジ半端ない……本物だぞ)」
「(どうしよう先輩……)」
「(コレ爆弾警戒してたオレ達馬鹿じゃね? こんな頭の回る奴が自爆とか爆破とか安易な手に頼る訳ないんだよなぁ……)」
「(激しく同意)」
「(まぁ取りあえずさ……)」
頼んます、ホント頼んますよロミオ先輩……!
「それで? アンタはオレ達に何をして欲しいんだ?」
「……」
「推理は分かった。……だけど、それでオレ達に何を要求するんだ? 仮にオレとコイツが……その対『感応種』用のゴッドイーターだとして、お前は何をしてほしい?」
とりあえず目的を聞き出す先輩。
ここから取引かな……?
「……アンタ達がココに来たコトを誰にも言わない。証拠も消す」
「……いや、別に? オレ達実は極東支部に行くことになってるんだなコレが。……だから、別にお前に存在がバレたところで痛手はないよ?
……と言うか近いうちにバレることだし」
強がってる……。
ロミオ先輩超強がってる!
神機を持つ手がガッタガタに震えている……!
眉毛青年は、その綺麗な緑色の目を――すっと細めた。
表情筋に従い太い眉毛が険しく下がる。
「……ハッタリだな」
「……」
コイツ……心理学の心得でもあるのか……?
「……極東支部に行くってところは本当だ。だけど、少なくとも『今この瞬間』に此処に居ることは隠しておきたいんだろ? ……違うか?」
「…………」
「…………」
大正解だよ畜生が。
「……悪い、言い方がキツくなった……。俺からの要求は――願いは、たった一つだ。
この周辺に一匹いる感応種を……倒してほしい」
「……そいつはどんな奴?」
「デカい。……2階建ての建物の天井くらい……そして早い。あと……口がデカい」
「……描けるか?」
青年は近くの石ころを拾って地面に絵を描いてみる。
……クソの役にも立たなかった。
絵心ない。
本当。
絵心ねぇなコイツ!!
小さな子供が見たら泣き出すレベル。
ここが喰神教教団ならすぐに司教様が飛んできて悪魔祓いをなさるレベル。
「神機使いも歯が立たない……もう、何人もやられてる……。
……俺の…………家族も……」
「……」
「……」
家族も、と口にした時、どちらかと言えば平坦な口調で話していたハズのその声が……薄く滲んだ。
同情はする。
――――同情、は。
「だから……頼む…………!
こんな状況…………覆してくれ!!」
私たちが言うべき言葉は――――ひとつ、だった。
もう、心は――決まっていた。
「善処します」
「考えます」
「「現在の装備では討伐は大変困難だと判断したので、また今度」」
つまりイイエです!
だってそうだもん。
私たちがそもそも極東に来た理由っていうのはグレム局長が言うには神機兵のデータを取るためということと、ブラッドの部隊運用としての実績作り、それだけだ。同情はする、可哀想だとは思う。だけどソレだからって言って助けてやろうという意思はあるけどそんなもん嫌だわ。私たちとしては一刻も早くここで神機兵データ集めて部隊実績作って退散したいというのが本音。じゃなきゃこんなアラガミ動物園なんか誰が来ると思っているのか。好き好んでこんな場所来る奴要る訳ねぇだろ冗談じゃない。
第一感応種だって極東支部対処できてるじゃん? 黒蛛病だってヤバいけど何とか対策できてるじゃん?
私たちが行かなきゃいけないのは本当に感応種がどうにもならない場所とか、黒蛛病患者を壁の外にポイっとしたり、アラガミに喰わせることで感染源を絶つっていう方法しか取れないような人達の居る場所じゃないかと思う。確かに極東は大変だとは理解している。
でも、何とかなっているからわざわざ強化する必要もないでしょう。
それにネモス・ディアナだって装甲壁自前で作れる集落だし、紛いなりにも『あの女』の恩恵もそこそこ受けているハズだろうし。
何で『ブラッド』が『フライア』という動く支部に所属するのか――私たちは、その意味をようやく分かりかけてきたのに。
「…………」
「分かって下さい。貴方のこの変な呪いの絵だけだと明らかに情報不足です、コレで戦おうなんて手の込んだ自殺はフェンリルでは推奨されていません」
「……ついでに、オレたちには仲間も居る。この2人だけじゃ目に見えて戦力不足。だから一旦ここは退避する。
……出来る限り討伐できるようにはするよ。約束する」
ロミオ先輩は目を合わせていなかった。
守る気ない約束ですね分かりました。
「(スマン、唯。ここまでだ! オレ頑張ったけど……オレにできるのはここまでだ!)」
「(よ、よくやったんじゃないですか? 何かこの人も納得したみたいな顔になってますし)」
「(むしろコレは仕事をやり遂げた男の顔をしていると思う)」
「(あれ? ……そう言えばこの人超重症……!? これひょっとしてこのまま逝っちゃう? 逝くの? 逝っちゃうの? 何か表情安らかなんですけど!?)」
「(……コレで……満足したぜ……みたいな?)」
「(じゃこのまま放置すれば昇天?)」
「(だから何でそうなるかな……唯の心荒んでるな)」
「(数日間のブラック労働は私を変えてしまいました)」
「(あっそ……でも目の前で死なれたら寝覚めが悪いし……ここで放置するくらいならいっそ楽に……。
……楽……に……ん? アレ? あ、そうだ……『慈悲の一撃』……)」
「(と、トドメいっちゃう? トドメ刺す? ロミオ先輩遂に人殺し!?)」
「お、おい! しっかりしろよ!! ダメだよ寝ちゃダメだって!! 早く!! コレを口に入れるんだ!!」
「ろ、ロミオ先輩それ」
「お前こんな場所で死んでいいのかよ!? お前は……お前は……こんな所で終わっていい人間じゃないだろ!?だから食えって!! 食って……生きろよ!! お前は――お前は――――!
誰かが託した命なんだろ!?」
「……」
「だからしっかり生きろ! 簡単に諦めんなよ! 足掻いて、足掻いて足掻いて必死になって……そんでもって生きなきゃいけないだ!! 誰かに繋いでもらった命なら……簡単に捨てちゃいけないんだ! 満足して死ぬな! 死にたくないって、絶対死ねないって……そうやって生きるために、もがいてみせろよこの大馬鹿野郎!!」
「……!」
「自分の生き死にぐらい――――覆せ!!」
「……お、うぉおおおお!」
な、流れが……!
変わった!
「おでええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!!」
「ああああああああ! い、行っちゃったぁあああああああああ!」
「……これでいいのだ」
「良くない!! 何してんだよ信じてたのに! 信じてたのに!!」
「面白ければよかろうなのだ」
「重傷のまま何も解決してないのに走ってっちゃいましたよあの人!? しかもあの炎の中に!!」
「火葬の手間が省けるんじゃね」
「ダイナミック燃身自殺だーーーー! こんな……こんな死に方……あんまりだよ……! 悪い人じゃなかったのに……! めっちゃ怖かったけど悪い人じゃなかったのに……!」
「……ま、ナナ曰く『人をコロコロするような物質』は入ってないっぽいから大丈夫じゃない? いままで発狂したヤツは何人も見てきたけど死んだ奴は1人も居ないじゃん? 平気だよ多分。
あと何か生存本能全開になるっぽいからしばらくの間生きてられるだろ、あんな感じで。それまでにどっかで処置して貰えればワンチャンあるってば」
「すごくか細い彼の生存率」
「運が良ければ隙を突いて生き延びろ」
「ああやっぱり運次第……。じゃあ先輩、一緒に祈りましょう……その幸運を……」
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:(訳:神の子羊、この世の罪を取り除き給う主よ)」
「dona ei requiem.(訳:彼に安息をお与えください)」
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:(訳:神の子羊、この世の罪を取り除き給う主よ)」
「dona ei requiem sempiternam.(訳:彼に永久の安息をお与えください)」
「南無三。じゃあ行きましょう!!」
「よっしゃ死の都から脱出だーーーー!!」
▼▼▼
「お母さんお母さんお母さん……」
「ナナさんしっかりしてください!」
「……前方200メートル、ロミオと副隊長を発見した。回収する」
と、いう訳でやっと合流できた。
「あとは……ジュリウスだけ……か」
「それが一番問題なんですも」
「隊長~……どこに居るのかさっぱりだよー……」
「……ジュリウスェ……!」
「隊長……!」
ギルさんが連続打電を試みているが一切効果はないっぽい。
だろうなー……。うん……そうだろうなー……。
だって隊長。
今ちょっとヘヴン状態なんだもん。
「……放置するわけにもいかない、どうする?」
「だよねー放っておくと壁壊してネモス・ディアナ住民を無差別殺人しかねないもん今の隊長~」
「まさか。ジュリウス隊長がそんなことするハズがありません」
「……いや、分からん。やるぞ……『今』のジュリウスなら……やるぞ……!」
「…………悪い方に考えよう」
もし隊長がネモス・ディアナで無差別殺人でも起こしたらそれこそ今度こそフライアとブラッドの終焉な気がする。
……いっそこのことそうなる前に私たちで壁をぶち壊しアラガミを流入……。
「論外」
「何も言ってないじゃないですか」
「お前の考えることはだいたいわかる」
「あ、じゃあロミオ先輩ー」
「却下」
「何にも言ってないのに~~」
「ロミオ先輩そうゆうの良くないと思います」
「どうせ君らまた人殺そうとしてたんだろ分かります流石に」
「いいじゃないですかロミオ先輩さっきワンキルしたんですから」
「やだ嘘!? 唯ちゃん詳細詳細~~! 祝! ロミオ先輩童●卒業!」
「あいつは死んでない! 生きてるよ多分生きてるってば!」
「なんだロミオ……お前もついに殺ったのか」
「やってねーよ!! テメェと同じにするんじゃねぇ!!」
「もー」
シエルちゃんが一人困ったようにオロオロしていた。
と、途端に彼女から厳しい声が飛ぶ。
「敵接近! 2時方向距離300……!? も!? は、早い!」
「……え」
「嘘」
「おぅー……マジデスカー!」
「各員神機展開! CPOより総員に告ぐ! これより対アラガミ戦に入る! 状況開始だ!!」
「「「「……」」」」
「スマン間違えた。ピクニックだ!!」
「「「「了解!!」」」」
とは言ったものの。
「何でだよ畜生ー!」
「皆~! 私銃ボロボロ~」
「わ、私の銃も……申し訳もありません!」
戦力……。
急いでべ●ベットカーから飛び降りてみたけど、実際戦えるのは――ロミオ先輩と私とギルさんみたいだ。
シエルちゃんとナナちゃんは銃……というか神機の破損が酷い。
何やったらそんなになるの一体こいつらなにしてたのネモス・ディアナの中どうなっちゃってんの。
……もう想像もしたくない。
「ああああ! もう! 何でこんな所にアラガミが……!」
「……この感じ……気を付けてください! 皆さん! 感応種です!!」
「嘘だろ」
「冗談キツイっすよ……」
「シエルはウソつきません!!」
「え~? シエルちゃん本当~~? シエルちゃんはウソつかないんだー。ふーん。
……隠し事もしないんだーー……」
「……も」
「……なんで後部座席でもぞもぞ言ってるんだろ~ね~~? 不思議だね~~!」
「…………もーーーー!!」
「ナナちゃん心理戦は後にして!!」
時と場合を選んでくれナナちゃんよ。
あぁ、もう、ともうずいぶんと長いコト調整していないハズの神機をガタガタと調べる。
……意外なことに、きちんと『手入れ』されていた。
細かい所はフライアには及ばないが……素人がやったにしては上出来すぎる調整だ。下手な整備員よりもずっと上手いかもしれない。
私は確信した。
大丈夫、これなら……戦える。
即座にバレッドを装填し、銃攻撃をしようと弾倉を開けた。
その時、驚愕の事実が目に入る。
なぜか……満タンになっている…………弾倉。
そこに入っていたのはオラクルバレッドでは…………なかった。
そう。
これは。
開封済み誘引フェロモン×13
あぁ……うん、どーりでさっき、ヌルっとしてるなーと思ったんだ。
ちょっと変な臭いするなぁ~……って思ったんだーーよーーねーー……。
「あ、あ……」
「あいつ……あの……あの……!」
誘引フェンロモンとは。
人工的に合成されたフェロモンの一種であり、アラガミに対し発動。
アラガミを一定時間引きつける能力を持つ。
主に、誘導や、一時的に『注意を引きたい』時に使われるものである。
つまりはスタグレ同様、高価ではあるもののその気になれば、一般人でも入手可能なアイテムの一種……
「「あんの野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
あのクソ野郎ハメやがったぁああああああああああああああああ!!
そりゃそうだよね!! 爆破するよりこっちの方がずっとずっと効率的だよね!! そうだよね! 外部から来た存在しない神機使いがアラガミおびき寄せてくれるんだからね!!
払う報酬一切なし! 仮に死んでもそもそも『いない』ことになっているんだから関係なし!!
アイツが散々あんなこと言ったりやったりしてたけど……要は効果が効いてくるまでの時間稼ぎだったってことでしょ見事に嵌りましたよド畜生が。
「畜生がぁああああああああああああああああああ!!」
「あいつ殺すあいつ殺すあいつ殺すあいつ殺すあいつ殺すあいつ殺すいつか殺す絶対殺す……!」
「何が覆してくれだよ!! 最初から殺意MAXだったくせに……! 大した役者だなあの腐れ眉毛」
「刻んでやる刻んでやる刻んでやる刻んでやる」
「もうなにもしんじない」
しかも絵心ないから全然似てない。
目の前に現れたソレは……ザックリ言うと。
デカいアバドン。
何か緑色っぽい。
デカいアバドン。
だがしかし、この巨躯で機動性は通常種と変わらない。
「クソ速すぎる!」
「ふぇぇ……目が足りないよぉ……」
「ギルがまた戦闘不能に! 行きます! リンクエイドしに逝きます!」
「シエルちゃんやめといた方がいいよー? そう言ってシエルちゃんも戦闘不能になったじゃない~」
「もー……」
「じゃあナナちゃんが行けば!?」
「やだ。生理的に無理」
「あぁ、クソもう! さっさと起きろギル!!」
「スマン……直撃くらっちまった」
「頑張りましょうギル! 肋骨が全滅する前に隊長が来れば私たちにも勝機はあります」
「上等だ。肋骨全滅も一興だな」(本気)
「うわキモ……もう隊長どこにいるんですかぁ!! 早く来て下さいよぉ……!」
「駄目~~……どこに居るのかさっぱり分かんないし、打電しても全然答えないや……ははっ」
「ジュリウス……」
「駄目だ当たらねぇ……! あいつ速すぎる……!」
「それは残像だ」
「今の誰だ!?」
「わ、私じゃないよ~……?」
「も! 副隊長っ!!」
シエルちゃんに呼びかけられた時――。
「っっ!!」
そこには超高速に加速しまくったアバドン(感応種)が……!
ダメだ、コレはぶつかる。シールド展開を急ごうと思ったけど間に合わない。
まぁ当たっても多分死なないからいいか……問題はどれだけ負傷するかだけどそこは運次第だよなぁ……と諦めかけ痛いの我慢しようと目をぎゅっとつぶった時――。
「副隊長っ!」
「シエルちゃん……!?」
シエルちゃんが……まるで私の盾になるかのように……私とアバドン(感応種)の間に……!
「シエルちゃん! シエルちゃん! 何で私なんかの為に――! シエルちゃん……!
……あれ……? 意外と大丈夫?!」
「もー? あれー? あんまり痛くありませんも? あれ? あれ?? もー?」
「うん分かったから立とう、シエルちゃん。まだ奴のバトルフェイズは終了してないからね」
「了解です」
シエルちゃんは直撃したにも関わらずビックリするほど無傷だった。
なんでだやっぱりアバドンだからか……? 攻撃力低いのかな……? とりあえずシエルちゃんを立たせて移動しようと私は腕を貸す。シエルちゃんが顔を赤らめながらそれを取る。
と、同時に。
服が……正確には、コルセットの上に着ていたブラウスが……こう……はらり、と。
まぁ……。
……うん、そうゆうことだよ。 ……うん……。
「!?」
「!?!?!?」
「う、うわぁああああ! オレ見てない!! 何も見てない!! 見てないからぁ! 何も! 見て!! ないからぁああああああ!!」
「し、シエルちゃんー……!」
「や、やだ……副隊長! み、見ないで下さいっっ!!」
「気にすんなもう何回も一緒にシャワーしてるでしょ!!」
やっぱりおっきいなぁ……。
じゃなくて。
私は即座に来ていた鶏臭いツナギの上をシエルちゃんに被せた。これで下はもうタンクトップ1枚だけだ。
今のは攻撃か? それともただ本当にカスっただけ?
もしそうだとしたらこのアバドンの殺傷力は大したものだ。やっぱり偶然直撃しなかっただけ――かなりの力はあると思っていい。シエルちゃんの服は一見薄そうにみえるけれど、実は防熱、防刃繊維を織り込んである高級品。多分拳銃の弾(種類にもよるけど)位ならば防ぎそうなレベルでの防御力がある……。
それをあの一瞬で切り裂いた――のだとすれば。
改めて敵の脅威を認識した私は冷汗を覚える。
……あまり攻撃的じゃないからか……手数は少ないけど、一撃でも貰ったら相当ヤバい……。
……油断は、できない――と。
恐怖と畏怖の入り混じる視線をアバドン(感応種)へと向けると――。
そこにはもっしゃ、もっしゃと白い『何か』を捕食するアバちゃんのお姿が。
「……」
布きれに見える。
ぬののふく、みたいに見える。
絶妙なフリフリ具合がシエルちゃんのお洋服と似てない……こともない。
うん……シエルちゃんのお洋服……と……言い切れないことも……ない……。
その瞬間。
直撃の割には信じられない無傷、一撃で有り得ない程の面積を抉った攻撃、なのにその下の肌は無傷――。
という……謎が、一直線に、つながった。
「あ……ああああああ……!」
「うっそ……」
「そんな……偏食傾向が……存在するなんて……! やっぱり極東は魔境ですも!!」
「ギルさぁあああん! 早くシエルちゃんに上着を……うわ駄目だあいつもう喰われてやがる」
「ここで……負ける訳には――行かねぇんだよ!!」
「男の半裸なんて誰得」
「ラケル先生がいらっしゃったら鼻血ぶーですともえぇ」
「やっぱあの人よくわかんないよ……っ! やぁあああ! 来ないでぇえええ! こっち来ないでぇえええ!」
「ロミオ先輩! 見て……凄い! 唯ちゃん……アバドンと追いかけっこしてる!!」
「すげぇ……早すぎて逆にゆっくり見えるぜ……」
「ギャシャァアアアアアアアアアア!!」
「嫌ぁあああああああああ! ごめんなさいごめんなさいだからやめてぇえええ!食べないでっ! たべないでよぉおぉお! 食べちゃ嫌ぁあああああ!」
「きゅ~~♪」(ムッシャムッシャ)
「あああああああああああああっ!!」
「副隊長ーーーー!!」
「シエルちゃん行っちゃダメだよっ! あ、だめだもうおそい」
「シエル……ぐすっ……ちゃん……!」
「副隊長……! あの時――あの時は――! 貴女が助けてくれました……! だから……だから……! 今度は……わたし……が……!!」
「もう……シエルちゃんの……ばか……」
「副隊長……せめて……いっしょに……」
「…………ごめんね……うん。でも……ありが……とう……」
「ギャッシャァアアアアアアアアア!!!!」
「ナナ、コレ着てろ」
「え? い、いいの? ロミオ先輩……上着脱いだら一枚だけになっちゃうよ……?」
「もうあいつらは手遅れだ。だからオレは、せめてナナだけでも……助けたい」
「……ロミオ先輩……」
「それにオレは男だからさ。……別に大したダメージはないよ」
「……えへへっ! ……先輩、ダメだよコレ……短いから……お腹、隠れないよ……」
「(あの眉毛の家族……コレの被害に遭ったのかよ……こんな変態アラガミの…………)」
「あ、ギルまた死んだ」
「ギルもう行くなぁ! それ以上ズボンが破れたら流石にヤバいよ!」
「大丈夫だ……俺は……まだ…………戦える!!」
「コレ以上は見たくもないもの見えそうだね~」
「一番防御力が高い奴は一体何処で何してるんだあのピクニックは」
「……ねぇ、ロミオ先輩? 神機がまともに起動してるってことはさ~~……まだBB弾持ってるよね?」
「うん、入れた。……だけど今ぶっ放したら唯とシエルに……」
「…………悲しいけどね、必要な犠牲って……あると思う……」
「撃たねーよ!?」
「誰もシエルちゃんたちに撃ってなんか言ってないでしょー! もうロミオ先輩ったらぁ! どうしてそんな酷いことが考えられるの!!」
「え? マジ? ……ごめんごめん悪かったよ。何かいい手あんの?」
「決まってるでしょ! あのね~その銃口をね~~ちょっとだけ右にズラすとね~……あと8秒後くらいにチャージグライドして突っ込んでくるから丁度ジャストポジションに……」
「期待したオレが馬鹿だった」
何だかロミオ先輩とナナちゃん楽しそう……。
現在徹底抗戦中につき、とりあえず足とか腕とか喰われても良い箇所を差し出しつつ、腹(の布)裂かれたり、足(の布)が付け根ぐらいまでザックリ言ったりしてるけど何とかまだ貞操は守っています。
でもそろそろ限界が……! と、まで来そうになったその時。
響く。
聞くものの気さえも――狂わせるような絶叫が。
轟く。
この空と地を揺るがすような鬼哭が。
「これは……!」
「来たぁ!」
深い悲しみと怒りと狂気に満ちた。
慟哭が。
「どぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「「か、勝ったぁああああああああ!!」
一撃必殺!
必殺のブラッドアーツ、ピクニック斬りが炸裂ぅ! そのオラクル刀身は大しておいしくもない服をもっしゃもっしゃしていたアバちゃん(感応種)を切り裂き、切り刻み、一瞬にして空中の塵へと帰したのだった。
ダストトゥーダスト。
やった勝った! 2人戦闘不能で大丈夫かと思ったけど何とかなった!!
だが、私たちは知っている。
……コイツがここで止まる訳がないと――――いう事を。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「こ、こここここ怖い……!?」
「マジアラガミ化かと思いましたも……」
「クソ……! 隊長!! 目ェ覚ませ!!」
「あ……はは……ははははははっ! ハハハハハハァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「アイツ……笑ってやがるぜ……」
「マジ発狂したウチの隊長に勝てる気がしない件について」
もう……皆……死ぬしか……ないじゃない。
「各員シールド展開!! か、勝てないこんなの倒せない!」
物理的にも心理的にも無理だぁ……こんなのぉ。
「隊長! ジュリウス隊長!! 目を覚ましてくださいも! 私ですシエルですも!」
「……」
「シエルちゃんの声なら……! 付き合いの長いシエルちゃんの声なら……!」
「隊長! マグノリア=コンパスで護衛対象だった仲ではありませんか!! 楽しかったですよねあの日々は……毎日サブマシンガン分解したり! 組み立てたり! ナイフ研いだりしたじゃありませんか!」
「……」
隊長の動きが……止まったぁ!
いいぞシエルちゃんすごいぞー! かっこいいぞー!
それにしても今明かされるマグノリア時代。小学校1年生くらいの女の子と5年生くらいの男の子が二人仲良くならんで銃の分解だとかナイフの研磨だとか……。
もうキリがないから突っ込まないけどね。
「……」
「隊長!」
「あ……」
「隊長!!」
「ガガガガガぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
じゅりうすには こうかは ない ようだ。
「…………私の……マグノリア=コンパスでの……楽しかった……日々が……」
「軽く全否定……」
「私は……私……は……今まで……一体…………一体……」
過去を全否定されたシエルちゃんは、白目を剥いて昏倒した。
すぐさま、着せかけた服を脱がして、上にまた掛けたという行為をとれた自分は我ながら英断だったと思う。
よくやった私。
「ジュリウス……テメェ……!!」
「……」
キュピーン、という音が相応しい様に、神機兵のゴリラマスクの目が赤く光を放つ。
先ほどまで咆哮を上げていたにも関わらず、今度は無言。
そのまま鋭い殺気を纏い――神機をゼロスタンスへと構える。
激高したギルさんが隊長に向かってフル出力オラクル充電中。
ちなみに今この状況でマスクしてるのは隊長だけです。
皆ネモスディアナ脱出の際に脱いでますあんなクソマスクは。
「だらしねぇ! ジュリウス……そのマスクに操られて……! 『そう』なってんだろ!!」
「お前が言うな!!」
あの惨劇を忘れたとは言わせんぞ、初代マスク・ド・ゴリラ。
「……さっさと正気に戻してやる」
「……」
ギルさんの槍からは黒いオラクル。
隊長の剣先には白いオラクルがそれぞれ刀身を包み込むかのように収束。
そして。
槍と長剣――両方の『統制』を司る、アーティフィシャルCNSが――琥珀色に、輝くその一瞬。
チャージグライドとブラッドアーツがぶつかり合う。
「ぐ……ぉおおおおおおおおおおおおっ!」
「だぁああああああああああああああああああ!!」
あれ……? なんだろう……何気に熱い展開じゃ……?
勝敗は――うん。
やっぱりギルさんの負けだった。
ギルさん無事死亡。きっと大地のぬくもりを感じていることだろう。
そんなことしている間にそそくさとシエルちゃんを引きずって逃げた私はロミオ先輩の背中に隠れていた。
「何とかしてくださいお願いしますロミオ先輩!」
「お、お願い~先輩~~! あんなん勝てるわけないじゃん!」
「……」
「あのピクニックと1年何とかやってきた先輩ならできるでしょ!!」
「そ、そうだよ~~! あとで何でもするから~~!」
「…………」
ロミオ先輩が、何か覚悟を決めたらしく。
ガチャリ、と神機を銃型ブラストへと変形させる。
「……なぁ、ナナ……唯」
「な、何~?」
「何ですか!?」
「味方に撃っていいのは――『回復弾』だけ……だよな」
「……うん」
「まぁ……常識的には」
「まさか先輩……」
「……え? ちょっとそんな……まさか……マサカネー」
ロミオ先輩射撃体勢。
「……仕方ないんだ。コレは、仕方ない事なんだ……うん、そう。仲間を守るためなんだ。せめて……残ったお前らを守る為なんだ……。
だからコレは違うんだ……そう、そう……コレは……!」
「やめて!! やめて下さいロミオ先輩!! そんなことしちゃいけない!!」
「唯ちゃん! ロミオ先輩の邪魔しないで!!」
「心配すんな……オレが、やる……」
「だって……! だって! ナナちゃん!! このままじゃ…」
「そう、『このままじゃ』私たちあの狂った隊長に八つ裂きにされちゃうの!! だから……だから仕方ないの!! ロミオ先輩だって本当は辛いんだよ!? だって……だって! 隊長と一番一緒にいたのは先輩なんだって、唯ちゃんも分かってるでしょ!?」
「でも……! でもだからってこんなのって……! こんなのって……!」
「……じゃあ、他に代案があるの?」
「……」
「……分かってるよ。うん。だからね……。せめて……最後まで、ちゃんと見てよう……」
「…………ナナちゃん……」
「や、やだなぁ……唯ちゃん……なんで泣いてるの?」
「…………ナナちゃんだって……泣いてるよ……」
ガチャリ、とロミオ先輩が標準を定める。
「これが……オレの…………! 俺達の……!
『回復弾』だぁああああああああああ!!」
▼▼▼
「どうしてこうなった」
「コレにはその……深い訳が……深淵なる因果律がその……」
「全部ギルのせいだよ」
「え? 俺?」
あれから数日後。
意識不明昏睡状態で担ぎ込まれた集中治療室から帰還してきた隊長のベッドの横で皆揃ってデブリーフィングをやっていた。
隊長は全身包帯のミイラ状態で。
腕を足を固定していて。
顔にはいくつかガーゼをはったような凄い状態だったけど。
一応元気そうだった。
……少なくとも生き死にの境をさまよってる感じではない。
「あの時……神威技官の自爆煙が見えた所から覚えていないんだ。
……あの煙はかなりまずかった。あれだけ高く上がっていたんだ……視覚優性型の遠方の大型、中型種ならばまず気づかないはずがない。……アレで近辺のアラガミを集めてしまったのかと予測できたが……お前達、大丈……」
「……」
「……」
「……」
「……もー……」
「……夫じゃなかったんだな」
あぁ……隊長、分かってたんだ……。
シラフだと頭は切れるし強いしBAと統制持ってるから凄く頼りになるのにな……。
非常に残念だ。
そうゆうところ嫌いじゃないけどね、むしろ好きだけど。
「おい、隊長、大体なんであの時発狂した? お前があんな風にならなかったらこんなことにはならなかったハズだろ」
「全くですも」
「黙れ貴様らに分かってたまるかいつの間にか個人情報を正確に入手されている恐怖が分かるか、俺の過去はマグノリア=コンパスに於いては抹消され親戚を脅して口封じさせているんだぞなのにどっから漏れた個人情報があの女の恐怖が分かるかあの女のあの女のあの女のうわぁああああ」
「隊長! これ水です!」
瀕死の重傷人になんてこと言うんだこのゴリラは。
「……そんなの、アイドルなら当たり前だろ?」
「も……もー? ギルが何を言っているのか理解できない件について」
新解釈:アイドルなら当たり前説。
「で、ナナは一体どうして」
「過去のトラウマ。コレ以上は答える気ないよ。はい終了」
「……そうか……分かった」
ナナちゃんはギルさんと視線を合わすことはなかった。
「……ひとつ聞きたい」
「どうぞ」
「何でしょう」
「まぁ言いたいことは分かるけどさ」
「もーー?」
「このバナナうめぇな」
「お前達……何故……全員揃いも揃ってトレーニング用ウェアなんだ……?」
そう、私たち、今。
絶賛全員トレーニング用のクソダサいジャージ着用中なのです。
幸いしにて任務はないし、あの地獄の書類記入も終わったので、座学とかデスクワークとかトレーニングだけだからコレで何とかなっている。
まぁそれには対して深くもない理由がある訳だが。
そう。
服が。
全滅したのだ。
服は……犠牲になったのだ……変態アバドンの犠牲にな……。
「その――今、全員……服が無いんです」
「は?」
「もちろんジュリウス隊長のもです……下以外消し炭になったので……」
「……え?」
「今日は隊長、アンタにそれを相談しにきた」
「ねぇ隊長……この後さ……極東支部にさ……行くんだよね~……? どうしよう……」
「…………」
隊長の顔面は蒼白。
荒ぶる心拍数。
「……確か、予備のフェンリル士官用と下士官用制服があったハズだ。それを倉庫に取りに行けば……」
「……それですが、実は……」
「アーサーさん達が持ってっちゃったらしくて……」
「……」
それは私たちも思いついたことだ。
倉庫に行けば確か予備の士官制服があったハズ! と思ったけど……まぁ見事にもぬけの殻だったという訳だ。
やっぱ年中物資不足で喘いでいる奴らは違うね。抜け目なさすぎて怖い。
一体奴らのせいでいくつ備品がなくなったことやら。
「…………じゃあ被服科であまり布を貰って速攻合成……」
「隊長……ちょっと前に、壁外非保護……もとい『ロシア支部第一サテライト拠点』の人達乗せてたでしょ?
あの人たちをね、乗せた時、本当にボロボロの服着てたから……ね?」
「……」
そう、それも皆で知恵を出して思いついた。
被服科で何か布っぽいものが余ってればシエルちゃんがお裁縫上手だって言うからその……。
で、結果。
『第一サテライト』が完成したとき何かプレゼントしてやりたいなーと思っていたらしいフライアの有志がボランティア活動の一貫ということであまり布で服を作ってあげたらしい。
何だかんだで結構布は余っちゃうっぽいし、このままだと燃料になるんだから、ということで全部使ってしまったという訳だ。
だからそんなもんねーよ、と言われたのだった。
「………………もうこの際、一般職員とか警備兵の制服をそれっぽく改造……」
「……あぁ、それな。『極東』入りしてすぐ……アラガミの襲撃を受けたことをおぼえてないか?」
「………………………あぁ、あったな……そんなことも……」
「そうやら、一般職用の制服倉庫が『やられた』らしくてな……。それに、その後大幅に人を減らしただろ? そん時に昇進したのが結構居たらしい。だが、急な昇進で制服が変わるが揃えられないと言われた奴らが、じゃあ持参するからと……。……おびただしい数のネクタイだけが残ってた」
「……」
本当にあった怖いフライア。
「……駄目だ……もう俺達に……打つ手は…………ない……」
「そんな諦めないで下さい隊長! もうどうしたらいいか分かんないから貴方にこうやって相談してるんです!」
「誰か人数分で同じ服を持っている奴はいないのか?」
「私ふんどしなら持ってるよ~~」
「着ないから!」
「……」
「わ、私も……その……レオタードなら……持っていますとも!」
「女子はギリギリアウトとして男にレオタードはキツすぎる……!」
「隊長意外と似合うんじゃない~?」
「ナナちゃん……! な、何言ってるの!?」
「そうだナナ……残念だがこの傷は当分消えないだろう……。そんな体で露出度の高い服を着ると……」
「隊長……着る事自体は嫌じゃないんですね……」
「……」
「ギル、お前も何かないか?」
「そうだ、縄で服を作ろう」
「馬鹿じゃないのか」
「野生に帰れ」
「滅ぶがいい」
「……」
「冗談だ」
「あ?」
「あっそ」
「ギルは今から1時間呼吸禁止ね!」
「……」
ひとしきりギルさんを弄った所で。
私たちは気づく。
さっきから……具体的にはトレーニングウェアの下りから、全く会話に参加していない人が居ることに。
「ロミオ先輩、なんか静かですね?」
「どうしたの~? お腹減っちゃったの~?」
「お腹痛いんですかロミオ?」
「……なぁ、お前さ…………わざと?」
「何を言ってるんだロミオ」
「真剣に考えてるだろうが」
「…………え? なにこれ? ひょっとして間違ってるのはオレの方なの?」
「何ですか」
「じゃあ言いなよ」
「自白すれば今なら命だけは助けてやりますも」
「さぁ言えロミオ!!」
「バナナうめぇ」
ロミオ先輩は微妙な顔つきで、またしてもお腹――恐らくは酸液を含む消化器官の上あたりに手を置いている。
あの喀血の後遺症に苦しんでいるのだろう。イワン先生からお薬貰っていたけど……。
「……ブラッドの……制服じゃ……駄目なの…………?」
「!?」
「!?」
「!」
「!!」
「も」
「何だよその反応は!?!?」
「も、も……盲点でしたも!!」
「その発想は……なかった!」
「何で!?」
「だってあの制服だよ!? あんなピッチピチのキツキツのレザー着るとか……死んだ方がマシだよ!!」
「お前に人としてのプライドはないのか……?」
「そこまでか!? なぁそこまでか!? 上にサーコート着るだろ!! まだいいだろ!!」
「だが背に腹は代えられん。仕方ないが……ここはロミオの言う通りだ……腹括ろうぜ……皆」
「あ、あんな恥ずかしい服を……! もう一回着るなんて……!」
「副隊長のボディラインが……! ふ、副隊長のお胸から腰にかけてのウェストラインが……! なだらかな曲線が……! あ、鼻血ですも」
「大丈夫だシエル、ここは医務室だ。倒れても問題ない」
「何を想像して鼻血出したのかは聞かないでおいてやる」
「私おでんパン持っていくね」
「ジャージで出るよっかマシだろ……というか特殊部隊制服なんだからソレで出席すんのが正解じゃないの…?本来なら」
「あぁ、あの服は戦闘も考慮してあるから……万が一戦闘状況が発生した場合にも対処がしやすい。その観点で納得してくれ……」
「……制帽、被ってくか……顔見られない様にな…………」
「そこまで嫌か!?」
「当然だろ、公開処刑なんざ……どんな羞恥プレイだ……」
「おいゴリラ……実は内心楽しみにしてんだろ……!」
「私は楽しみですも!」
「……何が……ねぇシエルさん何が……?」
「それは…………当然! 副隊長が嫌がりながらも制服に屈服していく涙目なお姿を見るのがとてもとても楽しみなんですも!!」
「ゴファァツ!!」
「「ろ、ロミオ先ぱぁああああああああい!!!!」」
こうして。
ロミオ先輩が丁度良く吐血した辺りで――みんな覚悟を決めたらしく。
私たちは。
あのフェンリル公式セクハラ制服を身に着け――――晴れて、極東へと入るのだった。
狂気に満ちた――ネモス・ディアナの横を通りすぎながら。
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↓↓↓以下、作者によるおまけ↓↓↓
あとがきっぽいので苦手な人はプラウザのバックボタンを押さずに、
このままスクロールしてください。
ネモス・ディアナ編 キャラまとめ
・葦原那智
コミックス -the 2nd break-.に登場。
歌姫様の父君です。
ネモス・ディアナをまとめあげる相当出来る総統で、家族に対し素直に愛情を伝えられない不器用な人です。
主人公のことを内心助けてやりたいと思ってました。
が、この場合の助けるとは『GEの過酷な運命から救ってやる』ことを意味するので、もし主人公が彼に何でもいいから助けてくれと縋って居たら問答無用で神機を叩き折られていました。
元フェンリルの研究者でエイジス島建設にも関わっていた様です。
・警備その1
丁寧語の奴。
ネモス・ディアナ普通の人代表でした。
主人公には人間的に同情しつつも、立場的に仕事はこなすし、自分の命が一番大事。
毒にも薬にもなりません。本名は鈴木。
・警備その2
淫●語のヤツ。
スパイでした。
フライアから送り込まれた工作員で、2年前から潜伏していたという設定です。
議会を説き伏せるなど、一応仕事はしています。
もし、誰も主人公を回収できなかった場合神機のみを回収し、主人公を口封じするという任務を背負っていました。ホモでした。本名は田中。
・警備その3
爆弾魔。
外の人嫌い&GE嫌いの奴で主人公のことをマジでぶっ殺そうとしていました。
ちなみに、19歳、179センチ、銀髪青眼の超美形です。
本名はスタニスワフ・ノヴァク。
ホモに掘られました。
・高峰さつき
フライング登場。 -the 2nd break-及びGE2、GE2RBの登場人物です。
ハッキング返ししました。
・葦原ユノ
今回最大の罠。
出現条件は『ネモス・ディアナ内部の公共電波を乗っ取ること』でした。
コレはかつて非常事態において、ネモス・ディアナ全体がユノの歌声によって落ち着いたという過去から、いつでも流せるようにと、中央PCにあらかじめレコーディングされていたコンサート内容のものです。本人が降臨したわけではありません。
効果はジュリウスが発狂、ユノにトラウマを持つブラッド構成員が一時的戦闘不能に陥ります。
・空木レンカ
恩人様、デコ助眉毛。もしくはあの野郎。
GEA世界の主人公様です。
世界線が異なると言う作者の俺ルール設定の為、この世界では18歳になっています&ネモス・ディアナの一員として日々外界に出てはサルベージを営んでいる様です。
善良な一般市民の皮を被った策士でした。
装甲車の中で言った主人公の出まかせは「どーせ嘘八百ならべてんだろーな」とスルーしていましたが、気になる単語はちゃんと拾ったようです。
主人公の気づいた通り、神機にフェロモンを塗りたくっていました。
ちなみに、主人公は何らかの理由で神機を使えない、と判断した場合には問答無用で神機を時限爆弾付きで街の外に射出、アラガミを誘導して爆破する予定だったようです。
GEA本編でもレンカ君はメンタルバリ硬のとても頭の良い子だったので、アホの作者には個人的に好きだけど書きづらかったキャラでした。多分もう当分出てきません。
違う世界線での「もし…」の公式主人公を出してみたかった、というだけの理由で出しました。
公式主人公が違う生き方をしていたら…を書くのはとても楽しかったです。そんな彼らを想像してみるのもいいのかもしれませんね。
は? 神薙? 誰それ?(煽)
加賀美隊長の立場を奪った奴なんか知りませんね。
以上です。
今回は作者は書いてて非常に楽しかったです!
ご愛読ありがとうございました!
次回から極東&ギル編に本格的に入っていく予定ですがシリアスにしようとしていたギル編を全く考えられていないので多分結構先になるかと思います。
今更ながらギルさんで遊び過ぎたことを後悔しています。
私、待ってたんだよ。
「貴女何しているんですか……動いちゃダメですって!」
まって。
「待つ……何を? 大丈夫ですよ……誰も何処にも行きませんよ……?」
行かないで。
……行かないで。
……もう……私を置いて……いかないで。
「……鎮静剤を」
「え? ……ですが……」
「微量なら構わない、打って。…………こうでもしないと……この娘は………」
………………ごめんなさい。
あなたを守るって……もう二度と、フェンリルの奴らに利用させたり……しないって
……誓ったのに。
……決めたのに。
「お願い……動かないで……。
……貴女は…………貴女は……もう……!」
……今だって、すぐそこに……。
…………居るのに……。
「………………ギース……」
……会いたい。
…………届かない。
…………お願い…………。
行かないで