ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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phase04 来る、きっと来る (前編)

美しい花園だった。

緑色の若草が広がり、図鑑や資料越しにしか見たことの無い美しい花々が咲き誇る。ふと、見上げた空はどこまでも青く澄んでいて、降りしきる雨に磨きぬかれた後のように雲ひとつ存在しない。

 

 悲しいほどに、綺麗な空と花畑。

 少女は自分の唇から無意識に歌が零れ落ちるのを感じる。

趣味と実益を兼ね、音楽に対する勉学は人並み以上には積んできたつもりだ。厳格に行動を規制する父親もそれをだけは許してくれた。即興で作り上げためちゃくちゃな音節を踏みながら、少女は思いをはせた。

 

 思えば、物心ついてからあまり自由な人生ではなかった。

母親を失ってからは、ずっとひとりぼっちで父の帰りを待っている日が多かった。父親を恨んだ時期もあったが、最早それは過去の話。今となっては何となく理解できる。

 父はただ、守りたかっただけなのだ。

 幼い頃より父は自分とは比べ物にならないほど色んなものを失ってきた。住まう家や町、今まであった平和な日常、祖母即ち父の母親にあたる人物、そして妻。次々失われていくものの中で多分、実の娘だけでも守りたかったのだろう。自分を幾重にも囲う家の柵は、言うなれば小鳥を入れるための鳥篭。

 

 分かっていた。自分は父にとっては小鳥でしかない。

何も見ず、何も成せない、鳥篭の中の小鳥。ただ美しく囀るしか能のない哀れな鳥。守られることしか存在価値のない――どこまでも、弱くて哀れな存在。

あふれ出した小さな笑みはそのまま自嘲となって零れ落ちていった。

 

 それでも、と少女――葦原ユノは思う。

 

 歌だけは自由だから。

 歌うことだけが、私の自由だから。

 そこでなら、声を翼に変えてどこまでも、どこまでも羽ばたいて行ける。

 たとえ、偽りの翼を太陽に蕩かされてもかまわない……この瞬間だけは、本物になる。

 

 どこか陶酔したような極地で、彼女の中の感情が弾ける。

 

狂おしいほどの渇望、世界に対する絶望と嘆き、そして、それでも光が欲しいと望む蒸留されたまっさらな希望。覚悟と後悔、悲しみと喜び。溢れ出る思いを言葉に重ね、その輝かしい旋律で彩る。

 

 嗚呼……よく歌えた。

 

 誰も聞いてくれずとも構わなかった。ただ、今ここで起こった夢のような瞬間を胸に留めておこう。とユノは諦めを含んだ様な晴れやかな笑顔を浮かべた。苦しいことも、悲しいことも、一人ぼっちの寂しさも、全て優しい歌声に流してしまおう。そうすれば、少しだけ世界は明るく自分に微笑んでくれるのだから。

 寂しくも浄化された心地で、清廉な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 

「……失礼、盗み聞きするつもりは……ありませんでした」

「……だ、誰!?」

 

 聳え立っていた木の陰から男の声が聞こえた。まさか、こんな場所に人がいたなんて! とユノは羞恥でほんのり頬を紅く染める。

 

「誰も居ないと思ってのにっ……!」

 

 恥ずかしさを隠すため、うっかり人を責める形になった。木陰の人物は少しだけ戸惑っていたが、やがて申し訳なさそうな表情を浮かべて姿を現した。

 

 そこに居たのは、はっとするような美青年。

 

「……っ!」

 

 陽光を受けて輝く髪は、淡く、青年自体が光輝いている錯覚さえ覚える。涼しげに切れ上がった瞳には、純粋な感動が織り込まれていた。瑞々しいすべらかな肌はまだ大人になりきれていない幼さを残している。戦士の逞しさと貴人の秀麗さ、そして少年のあどけなさがちょうどよく交じり合っていた。今まで出会ったことの無いほど端整な青年の登場に歌乙女は息を呑む。

 頭頂部から足の先まで、打ちしびれるような甘い感覚が彼女の体内を駆け巡っていた。

 

「失礼しました……あの……」

 

 何と言ったらいいのだろうか、と青年はすこしだけ言葉に迷う。

 

「まるで……胸に染み入るような、歌でした」

 

 どきり、とした。

同時に、胸の内からふつり、ふつりと何か温いものが湧き上がってくる。

何もできない、何も見えず何も成せない……そんな自分の無力さを嘆き世界に憧れる拙く未熟な歌曲。

……の、はずなのに。

 

何か通じるものを、見出してくれた人が居る。

 

「……ありがとうございます」

「い、いえ……素直な感想を言ったまでです……」

 

 思わず零れ落ちた笑顔を向けると、青年は少し照れたように目を逸らした。あまり人慣れしていないその様子が、どこか微笑ましく、好ましくも思える。

 花園の向こう側からジュリウス、と名前を呼ぶ柔らかな女声が聞こえてきた。青年はそれに反応し、声の方向へと歩き出す。彼が行ってしまう、と思ったそのとき、ユノの口から無意識に言葉が流れ出した。

 

「あの……また、お会いできますか?」

 

 青年は一度だけ振り返り、不思議そうな顔をした後。ゆっくりと解けるように笑った。

 

「そうですね、また、いつか」

 

 ジュリウス、ともう一度男の名前が呼ばれる。

ユノはジュリウスと舌の上で音を転がしてみた。何だかとっても綺麗な響きだ。

凛々しくて、力強くて、どこか切ない。彼にぴったりの、素敵な名前。

口にしただけなのに、うれしくてうれしくて、何故だが口元が緩みっぱなしだった。

 

 

 

「やだ……私、変なの……」

 

 

 

 

   ***

 

 

「とおりゃぁあああっ!」

 

 重い剣を振り上げて、ダミーアラガミを一刀両断! ……したかったのだが、見事に剣の軌道が逸れる。結果、床に大きな傷跡がまたひとつ、刻まれることになった。

 

「……はぁ」

 

 もうため息しか出ない。ダミーアラガミが霧散していく。

床を見ると、私がここ10日ほどで刻んだ軌跡が一面に広がっていた。ただ、目の前のアラガミ……ともいえないまったく動かない『的』を斬るのにすら、10回に1回当たれば御の字状態に尽きる。

 

『まだ、神機に振り回されている様だな』

「うー……すみません、隊長」

 

 ジュリウス隊長にはガッツリ見抜かれているらしい。本当に彼の言うことはまったく正しい。神機に振り回されている……正解過ぎてぐうの音も出ない。

 実際、神機は軽い。この重い鉄と人工筋肉の塊はどう好意的に見積もっても軽く20キログラムはありそうな代物だ。それをオラクル細胞で強化されているとはいえ、一般的かつ平均体型な女性である私が何の苦も無く持ち上げられるのは、神機自体も『生きている』から。

 神経レベルで接続し、管理されたアラガミを操ること……それがゴッドイーターというアラガミ討伐の専門家。

だけど、ここが若干厄介でもあるのだ。

 

 神機はすなわち、アラガミ。

どうも私はそのアラガミと相性が良過ぎる(と先輩は言ってくれた)らしく彼、もしくは彼女に振り回されっぱなしになっている。神機を持つことはできるし、始めの頃こそちょくちょく痛んだ接続部分も、今ではお互いに慣れたのか、痛みや違和感は感じなくなってきている。ただ、攻撃になると、神機が勝手に動いてしまうのだ。

 

『神機の動きとのタイムラグは短くなってきてはいる……が、お前が神機に合わせているのではまったく意味が無い。問題は神機を制御し、支配することなのだが……難しいか?』

「……っ」

 

 難しいよ。

思わず黒い感情がこみ上げてきそうになる。隊長の様な人間には、きっといとも容易いことなのかもしれない。

神機の制御なんてきっと簡単にできるのだろう。貴方のような優秀な人間には、どうせ分からない。

 私のように、何をやってもダメな奴の気持ちなんて、どうせ分かってもらえない。

 

 一瞬だけ、沸騰した自分勝手な怒りを感知してか、腕輪の嵌る右腕がじんわりと火照った。……この化け物は、こうゆう私の汚い面や負の感情が大好きらしい。何度も何度も感じた感触。そのせいで、毎回毎回軽い自己嫌悪に陥っている。

 

『……今日の訓練はここまでにする。……そうだな、午後の予定は入っていないから、自由に過ごすといい』

「……はい」

『余計なお世話かもしれないがあまり根を詰めるな。たまにはストレスを解消することも大切だ』

「……」

 

 もう、辛すぎて泣けてくる。

隊長は良い人すぎる、優しすぎる。

だからこそ、余計辛いのだ。

自分に自信が無い、私に、少なくとも『今』の私には、隊長に優しくされる価値なんてない。もっと自信があれば、きっとこの優しさを真正面から受け入れられる。何の苦も無く、笑うことができる。

……でも、できない。

 

 だから、変な作り笑いで誤魔化すしかない。空元気でうそをつくしかない。

自分自身の心さえ、誤魔化してしまうしかない。

 

「もう、ストレス過多ですよ~……、ナナちゃんにおでんパン貰ってきまーす」

『食いすぎるなよ』

「わ、分かってますですよ!?」

『それと、心が折れそうになったらフライアのゴッデスこと優秀で健気でホタルのように儚く美しいラケル先生のプロマイドを眺め……』

「お疲れ様でーす、お先上がりマース」

 

 話が長くなりそうだったから、逃げることにする。

本当にうちの隊長はコレさえなければ完璧なお人なのに。ちょっと天然ってるとこまで入れて、完璧超人なのに実に勿体無い。

 

 常に輝きを放つ美貌と、戦士に相応しい潔さ、指揮官としての有能さ、多少ズレてはいるがユーモアをそこそこ嗜む堅物さ加減……何よりも、仲間を大事に思ってくれている優しさと強さ。簡単に言えば、神話や物語に出てくる勇者の条件を全て持ち合わせている様な気がしないでもない。

 

「……」

 

 

 あぁ、そうか。

だから少し、寂しいんだ。

 

 

「まぁ待て話をし…」

「なんで出て来るんですか」

 

 オチがついたと思ったのにィ!

が、第二監視室から出てきた隊長の顔はいつになく険しい表情が刻まれていた。

 

……どうやら私に対しての堪忍袋がついに破裂したらしい。

 

「前から聞いてみようとは思っていたのだが……お前に『覚悟』はあるか?」

 

 雷が来るか! 落ちてくるか! と戦々恐々としていた割には、意外に静かな声を向けられて、ちょっとだけたじろぐ。……で肝心な話の中身は何だっけ。

 

「覚悟……?」

「そうだ。神を薙ぎ倒す覚悟、そして人々の盾となり、剣となる。人類最後の砦である覚悟が……お前にあるのか?」

「……」

 

 ある。有るには有る。

だが、自信が無い。あまりにもぼんやりとし過ぎている実体の無い霞か霧のような甘ったるい感情。

そんなものを覚悟と呼べば、今度こそ、簀巻きにされてフライアから叩き出されてしまうでしょう。

 

「……」

 

 だから、黙るしかない。

 

「恐らくは、あまり実感がないだろう。それならそれで良い。別に否定はしない。……だが、お前が神機に振り回される理由は……『そこ』にあるんじゃないのか?」

「……」

「よく考えてみるんだな。結局、自分のことは自分にしか決められないんだ……いい加減、お前に甘い顔ばかりしてやる訳にもいかない」

「……はい、すみません。隊長……」

 

 しょげこむ私。

自分でも嫌になる程豆腐メンタル(※豆腐のようにすぐに砕ける脆くて未熟な精神のこと)で情けなくなる。

隊長は少しずつだが成果はあがっていると言ってくれるが、まだまだ期待された分には遠いのだろう。隊長は俯く私の肩を叩いてくれる。そして片手に何かを握らせてくる。

 遠くなっていく、亜麻色の髪を見つめながら、やはり泣きたくなってきた。

 あの人は絶対に振り返らない、しっかりと前を見据えて歩いていける強さが眩しい。そんな光が、時分の心の中の影を痛いほどに照らしてくる。如何に私自身がダメな存在なのか、っていつだって思い知らされているような気分に陥る。

 

 悔しさと情けなさを抱えたまま、ふと、握りこんだ左手を開いてみると

 そこには、光り輝くラケル先生のプロマイドがあった。

 

 

 

 

   ***

 

 

 

「お、おつかれー」

「ユイユイお疲れ~、今日もシゴかれたっぽい顔してるねー」

 

 最早お約束のたまり場と化した中央ロビーにロミオ先輩とナナちゃんが自動販売機の傍でまったりとしていた。確か、ロミオ先輩の方は単独任務があったハズだ。このところ、ナナちゃんにしろ自主訓練が多く、どうも私が隊長を借りっぱなしで非常に申し訳ない。

 

「疲れたよ~……」

「だよねー。あの隊長に付きっ切りで鬼指導されてるんだもんね~、私だったら参っちゃうよ」

「あいつ色々容赦ねえからなー。お前も限界だったら、ちゃんと言えよ?」

「あはは……善処します」

 

 ナナちゃんからおでんパンを受け取りつつ、生返事を繰り出す。

実を言うと、隊長の言葉が頭の中でぐるぐると回っている。さっきからずっとそればかりに気を取られてしまう。

隊長の言う『覚悟』とは何だろう?

 ゴッドイーターが冗談ではなく死ぬほどやばい職だということは良く分かっている。死ぬことすら仕事の内、とまで言われるレベルだとも分かってはいる。

 だけど、死ぬ覚悟なんて勿論無い。死にたくはないし、痛いのも嫌いだ。仲間……ロミオ先輩やナナちゃん、隊長やラケル先生に迷惑はかけたくないし、勿論嫌われたくもない。

……こう考えると、いよいよ私には何の覚悟もない気がしてきた。

 

「ん~? どうしたのユイユイ??」

「ちょっとねー……はぁ、隊長さんに出された宿題が難しくってー……」

「ハァ? 宿題ぃ? 何だってジュリウスそんなもの出すんだよ?」

 

 そこはかとなく、心配してくれるロミオ先輩。

 

「……ん、けど大丈夫です! 何とかします!」

「おー、気合入ってるね! まー、ユイちゃん頭良さそうだし、心配ないか! ……どっかの頼りない先輩とは違って~」

「ん、だなだな……って、ちょっと香月ナナさん、さり気オレのことバカっていってません? 更に頼りないって断言してません?」

「えー? 私はべつにロミオ先輩の個人名なんか出してませんけどーー? パイセンったら被害妄想強すぎの自意識過剰系男子じゃないですか~?」

 

 墓穴を掘ったロミオ先輩がふぬぬ、と軽い憤怒で顔を紅くする。

 

「ひ、人のあげ足取るんじゃねーよ! 誰が自意識過剰だよっ!」

「ロミオ先輩の足なんか揚げません! 臭そうだし! 足を揚げるならやっぱりタコ!」

「物理的に揚げるの!? 釜茹での刑に処すの!? 怖いよその発想ォ!」

「おいしそうなのに」

 

 やんややんにゃーと絡み合うお二人の姿はとても可愛らしい……まぁ、先輩は年上の男性だけどショタ顔だから、可愛いということで処理してしまおう。しかし、勢いあまって接近するAZATOIナナちゃんにビビった純真無垢顔なロミオパイセンが一歩引く。

 すると、何と言うことでしょう。奇跡か神の悪戯か、今まで影も形も無かったくせにイキナリ階段から人が降りてくるではアリマセンカ!

 

「先輩後ろだ!」

「え? うわぁあーっと!」

 

 手遅れでした。

慌てて先輩を掴もうとし、そのまま連鎖的に私の腕が、目の前の誰かに当たる。

きゃっ、と可愛らしい悲鳴っぽい何か、偉く綺麗な声だなーなどと軽く考えていると、そこには。

 

またしても目もくらむ程の美少女が。

 

 ロイヤルミルクティーとでも言うのか、薄くミルクを溶いた紅茶色の神に、優しい面立ちの『癒し系』っぽい美人さんだった。何処かで見たような顔と服、そして髪だがちょっと思い出せない。その美人さんの顔が、何故か恥ずかしげに赤らめてあった。

 だって、それは、

 

 私の手が、形の良い果実に触れていたから。

 

「ぎゃぁあああああああっ!」

 

 やってしまったぁあああああ!

 神威唯! 17歳! 初痴漢、いやこの場合痴女かなー? どっちでもいいわもう!

記念すべきチカン初体験な私ですが不可抗力です! これは事故なんです! ……という風に頭の中がなんかすごいことになる。そしてとても柔らかい。ふにゃっとしてていいな、いいな、羨ましい。妬ましい。

 

「貴様……何を、何をしているぅううう!」

「ぎゃぁあー! すみません、ごめんなさい! 後で何でもしますからぁ!」

 

 体が勝手に動く。

基礎訓練で鍛え上げた脚力を使い、すばやくバックステップで距離を取る。その後は、銃を構えているときの前転回避の要領で右足から膝を突く。左右両脚を折りたたみ、足先を親指だけ交差させるのがコツ。畳があると思い込み、縁に触れない程度の位置を即座機計算し、手を八の字型に置いた。

 あとは簡単。顔面を地面へと打ち下ろす。

 

「い、命だけはぁあーーっ!」

 

「「決まったぁーー! 秘儀! ドゲザ!!」」

 

 フォローをありがとう、ナナちゃん。ありがとうロミオ先輩。

私の生き方は間違っていなかったみたいです。どうか忘れないで、わたしがこの、フライアに居たってことを。

生きてたって、ことを。

 ……冷静に考えたら半分はロミオ先輩の責任じゃないかという気がしないでもないが。

 

「私の娘も大ファンな世界的歌手に超失敬だな貴様! おい、名を名乗れ!」

 

 よく通るデカイ声、高級そうな軍服、やたらと恰幅の良い中年オッサン。

ここまで揃えば誰でも分かるだろう。何度も言う、私は権威と権力には弱い。

 

「は、はいぃっ……フェ、フェンリル極地化開発局ブラッド候補生、ユイカムイですぅ! お願いしますクビにしないでください靴の裏でもなめますから! いっそ踏みつけて!」

「同じくー、ブラッド候補生の香月ナナでーすっ!」

「同じくー、ロミオ・レオーニですっ! 以後身辺警護の任務などありましたら、誠心誠意全身全力で体当たりする所存ですので、以後よろしくお願いしますっ!」

 

 殊勝だなこいつら。営業に余念がないのがとても素晴らしい。というかこんな時に自分を売り込まないでいただきたいですわ、この先輩と同輩め。

 

「すみませんねぇ、ユノさん、何分戦うしか能のない連中でして……」

「いえ、構いませんよ……そして、確か、『ブラッド』とおっしゃいましたか?」

「そうですが……ご存知で?」

「はい、隊長のヴィスコンティさんとは以前……」

「なるほど……」

 

 何故か這い蹲る私そっちのけで談笑が進んでいく。世界の理を見ているような気分になった。

平民が平伏する傍らで雲上人たちは優雅に笑い、話す。分かってたよどうせこれが世界だよはいはい。

 すると、傍らから知的なのに艶めいた女性の声。

 

「……ふふっ、ロビーでは、あまりはしゃがな……ひげぶっ!」

 

 後半、変な音声が入りましたので現状確認のため一時的に起動する私の体。

  紅い髪のちょっと魅惑的な女性がいらっしゃったのは視認した。

なのに、なぜこうなるのだろうか。

 

 奇跡再臨。

今まで影も形も無かったくせにイキナリ階段から女人が滑り落ちているではアリマセンカ!

なぜ何も無いところで足を滑らせたのでしょうかね彼女は、永遠に謎ですね。女性の神秘ということにしておきましょう。

 

「レア博士ぇえええー!」

「きょ、局長ーーーー!」

 

 レア博士という赤毛のちょいセクシーな美女の長い足が、局長、というらしい軍服中年オヤジの踵へとヒット。見事な力加減にて蹴り上げられた巨体が……今、傾く。

 時間がやけにゆっくりと流れていくのを、その場に居た全員が感じた(タキサイキア現象)。

 

 局長の倒れこむ軌道、そして、その先には

 

 四角い机の角が。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああっ!」

「局長ぉおおおおおおおお!」

 

 完璧なまでにクリーンHIT! クリティカル!

倒れこんだ局長のお顔に、机の角が当たらなかったのは不幸中の幸いだった。

机の角が当たった場所は……全ての男の、盟約の場所。エル=ドラド即ち……黄金郷。

 

「きょ、局長の局部がぁ! 大変なことにぃ! 誰かリンクエイドーー! リンクエイドー! ごめんなささささry」

「衛生兵ー! 衛生兵ー!」

「うわっぁあああああ! 局、局長気を確かにっ! 大丈夫ここは局地化開発局ですから! だよなっ、ナナ!?」

「バスターソードが~ショートソードにぃ~」

「むしろバーストしちゃってるよコレ! うわわわわ、こ、これ触らないほうがいいかなぁ!?」

「何言ってんだよ女子!? 局長! 目を開けてくださいっ! 逝くなぁああああああああ!」

「いっそ、もげろ」

「ナナちゃん冗談にならないからやめたげてァ!」

 

 ロミオ先輩に上体を起こされた本日の犠牲者、局長さんが定まらない視線を泳がせる。さしのばされたその手を、ロミオ先輩はしっかりと掴んだ。

 

「ユノ……さん……お見苦しい所を、失れ……」

「「「「局長ぉおおおおおおお!」」」」

 

 それが、彼の最後の言葉になった。

 


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