ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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極東導入編と言う名のオリ展。








phase45 おいでよ、女神の森①

「ゆぅうううぃいいいいいいい!?!?」

「副隊長ー副隊長ーー!」

「聞こえてるかーーきこえてるならーー! 返事しろぉおおおお!!」

「副隊長ーー! 副隊長ーー!」

 

 イキナリ開いた穴の淵から深奥を覗き込むようにして、ロミオとシエルが叫んでいた。

 隣に居るナナは比較的冷静そうな眼差し、更にギルバートに至ってはフライアへ打電を開始している。

 

「あー……駄目だ……どうしよう……アイツ……本当…………有り得なさすぎる!!」

「度を越したドジは超迷惑だよね~」

「ふくたいちょー! ふくたいちょーー!!」

「ああああ! シエルすてーい! ステイ!! ほら、コレ唯の!! ……朝使ってたタオル……」

「ふくたいちょぉおおおお! ハグゥ! くんくんくんくんくん……」

「……シエル、お前……変わっちまったな……。うん……まぁいいや……あーーもうどうしたらいいんだよコレーーー! なぁ、ナナぁ!? 何か考えない!?」

「あのね、先輩……ひとつだけね~、さっきから考えてたことがあったんだけどね」

「お、おぉ!? マジでか! 言ってみ!?」

 

 少女の紅を帯びた目の色は真剣そのものだった。

 ロミオは思わず喉を鳴らす。

 

 このナナという娘は……普段はおでんパンとおでんパンと飯、三度の飯より飯が好き、という腹ペコガールではあるが……実のところ、直感が鋭く、どこか聡いところがある。

 だからこそ、何か有用な案があるのではないか……とロミオは期待と懇願と焦燥の入り混じった目を向けた。

 

 あのね、先輩。とナナの唇が告げる。

 

 

 

 

「ここで副隊長がリタイアしたら……繰り上がりでロミオ先輩が副隊長に昇進するんじゃないかな~……って思ってたんだ~!」

 

 

 

「あー……同期で入ってきた友達というか仲間というか、血よりも濃い絆で結ばれた家族の安否を心配するどころか助けようって気にもならねぇんだな、流石はナナだよ!」

 

「やだなー先輩ったら~~。あのねーそしたらねー。同じ現象が起こるんだったら~~次は私がブラッド隊の副隊長ってこともあり得るのかなーってちょっと思っちゃっただけなんだからーー!」

 

「香月さん……君は……何と戦っているノデスカ!?」

 

「アラガミ」

 

「そうだな……それもあるけどオレ、ナナが別の何かを目指している様に思えるんだけど……ナナ怖い……」

 

「副隊長を! 一心不乱の副隊長を!!」

 

「シエルは心配なのは分かったからちょっと落ち着いてまず人間としての健康で文化的な最低限度の尊厳から思い出せ!!」

 

「そんなもの! 今の私には必要ありませんとも!!」

 

「一番忘れちゃいけないことなんだよぉおおおお!!」

 

「シエルちゃんおでんパン食べるー?」

 

 

 混迷に向かって全力疾走していく状況を収めたのは意外――もしくは必然的にギルだった。

 腐ってもブラッドの最年長だ。ついでにキャリアは部隊内で2番目に長い。

 

「落ち着けお前ら。今ジュリウスに連絡した所だ。腕輪から発生するパルス信号をフライアの方で逆探しているらしい……それに、この高さからなら落ちても死なねぇよ」

「なら副隊長は……嗚呼……良かったぁ……」

「……おい、ナナ何してんだ」

「…………えへへへ~べっっっつにー? なんでもないよーー? ふーん……この高さ、からじゃ……落ちても殺せないんだーと思ってねー……」

「お前ギルの背後に回って何しようとしてたの!?!?!?」

「…………何もしないよ~~やだなーロミオ先輩ったらーーっ!」

「ナナぁ!!」

 

 物騒な桃色少女をスルーしたギルが端末を覗き込み、舌打ちを漏らす。

 

「……チッ……駄目だ、反応がない。……もしかしたらビーコンが破損したのかもな」

「おぉー。流石は唯ちゃんー!」

「どうゆう奇跡だソレ!?」

「もー……わ、私なら直覚能力で副隊長の居場所を突き止められますのに!! あの方が何処にいるのかイッパツで分かりますのに!」

「無理すんなよシエル……まだ血の力目覚めたばっかなんだからさ……」

「もー……」

 

 シエルの『直覚』能力は左右の距離では広域の索敵を可能とするが、残念ながら現時点では上下にはあまり役に立たなかった。

 

 

「まァ、何とかなんだろ」

「オイコラぁ! 思考停止してんじゃねーよゴリラ!!」

「してねぇよ、アイツは生きてる。で、あとは情報を待つしかねぇだろうが」

「だ……だけどさ……! ……もしかしたらケガとかしちゃってるのかもしれないじゃん……? ここ極東だろ? 小型種だって硬いのに……そんなんだったら危ないだろ!」

 

「さっきも言ったがこの位の高さならゴッドイーターなら転落した所で死ぬような距離じゃない。

 

 

 ……肋骨2,3本は逝くだろうがな」

 

 

 

「それヤべェじゃねーか!!!!」

「結構クセになるんだぜ?」

「テメェの性癖なんか聞いてねーよ!! 死んどけこの腐れ変態!!」

「永久凍土にでも埋まってなよ~~」

「八寒大地獄直葬ですも」

 

 部隊員から浴びせられる罵声だが、ギルバートには全く響いていないようだった。

 傷ついてもいないし、嬉しくもなさそうだ。

 

「隊長からの通信だ。『戻って来い』……だそうだ。帰投するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「な、なななななな……何でもしますから! い、命だけはぁ!」

「……」

 

 状況を整理しよう……。

 

 死んだと思った。大落下したのだから。

 それが何故か自分は生存しており……多分オラクル様の影響を受けて細胞レベルで強化されまくった身体のお蔭だろうが……落下地点が偶々池――どっちかと言うとドブだった。故に地面に叩き付けられるよりかは幾らかマシな結果になったからだろう。

 全身が痛いには痛いが、動かせない程の怪我ではない。

 ……動きたくない程の疲労はあるけど。

 多分、察するにこの目の前の青年に助けてもらったのだろう。

 つまり、私は今助けてくれた人に対して命乞いをしている。

 

 ……命乞いをしている。

 

 

 

「……何でもするのか……?」

「…………はい」

 

 って言っても限度はあるんだけどね。

 

 

 

 

「じゃあ……くつかえしてくれ」

「…………は?」

「靴返してくれ」

「……えっと……?」

 

 一瞬覆してくれ、と言われているのかと勘違いをしてしまった。

 どうやら寝込んでいた私の……枕の代わりにしてくれていたらしい。地味に親切な対応だった。

 ……ちょっとクサ……へ、変な臭いするけど。

 

「……どうぞ……ありがとうございました」

「……あぁ」

 

 ……そしてまた無言。

 あまり喋らないタイプの様だ。平素ならば、むしろ好ましく思えるだろう。

 

 

 ……でも今は喋って欲しい。マジで心から。

 

「えーっと……? 私は……」

「……アンタは上から落ちてきた。それで、溺れてたから、助けた」

「……あ、ありがとうございました……」

 

 だから上半身脱いでるんですね彼は。

 腹や肩にデカいサンマ傷が見える。かなり古いものらしく、痕は残っているものの体格はかなり鍛えこんであると見えた。体躯は細身ではあるものの貧弱そうには見えない。

 ……と、いうことは、この青年は栄養衰弱状態ではないということだ。このご時世で栄養失調に陥っていないということは、もしかしたらフェンリルの配給を受けられる立場の人間であるということなのだろうか。

 何となくそう考えた。 

 

「……そうだ、神機……!?」

 

 アレ放っておいたらヤバいって……!

 一応アレだってアラガミ。日ごろから逃げる機会を伺っていたようだから運が良ければ隙を突いて野生に返るかもしれない。

 そうなったら今度こそクビ……もとい、偏食因子投与停止処分だ……!

 

「神機は拾った」

「はぁ!?」

「アンタの神機は、拾った」

 

 青年は事実を二回ほど繰り返した。

 別に音波として聞こえなかったわけではない。ただ、脳が情報処理を拒否したのだ。

 

「え……? 拾ったって……」

 

 当然だが、神機は武器というより生体兵器、つまるところアラガミである。

 好き嫌いしやがったり、勝手にビビってシールド開閉したり……挙句の果てには何だか最近ヘソを曲げたりでとーっても個性的で素晴らしいとは思う。

 ……じゃなくて。

 

 アラガミだから当然適合者以外の人間は捕食するし、一応この子(?)の適合者な私ですら偏食因子が尽きたらモグモグされる運命だ。

 だから普通の人間が何の特殊処理もない状況下で触ったりなんかしたら……あっという間に元人間なもみじおろし一丁の擦り上がりという結果になるかもしれない。

 

「沈んでいたから、縄で引っかけて取った」

「……」

「コアと接続部位の下。そして先端の六角金属部。ブレードタイプだとそこは触っても大丈夫だ。だから回収できた」

「……凄いですね!?」

「よく……やる。神機の回収依頼を受けたこともある」

 

 何なんだこの人……。

 

 あと、そろそろ服着てくれないかな……。

 

 別に……今更……男の上半身など見ても何とも思わないけど、ビジュアル的に凄く寒そうだ。

 改めて見ると、その整った面立ちが明らかになる。

 植物を思わせるような深い緑の目と視線があった。まだどこか子供っぽい、あどけなさを残しつつ落ち着いた雰囲気のある人だ。年齢は恐らくひとつかふたつ上だろうと思われるが、どっしりと構えた隙の無さが一回りほど大人びて見えた。

 

 ……と言うのは実は二の次で、正直本当のところ眉毛太いなコイツ、と真っ先に思ったのだけど。

 あとデコ広いなー髪質剛毛だなー……って位。

 

 

「……」

「……」

 

 ……駄目だ全然情報がひきだせない。

 

 何か喋らなきゃ……。

 

「えっと……今車の中……ですよね……」

「……ああ」

 

 運転してるの誰!?

 

「こ……これどこ向かってるんですか……!?」

「……」

 

 無言。

  

 ……よくよく考えたら怖くなった。

 もし、極東支部にこのまま直送されるんだとしたら……私……ブラッドと合流できるのか。

 考えてみたら単独行動は危険極まりない。

 最悪神機取られてそのままポイっとされる可能性が大……!

 

「あ、あのゥ……じ、神機って……私の神機って……返して貰えるのでしょうか……!?」

「…………」

 

 やっぱり無言。

 だが、あからさまに目を逸らすという態度。

 結論。

 

 

「か、返してくれないんですね!? や、やっぱり!! そうですね分かりましたァア!!」

「……」

 

 

 

 あっ……。

 

 これ終わった……かも……。

 

 

 

 

 

「い、いいですよーいいですよー!! あの神機ロクでもない神機なんですからぁ!! 好き嫌いは激しいし適合してもいう事なんか聞かないし挙句の果てにはよく機能不全に陥るスゲェ代物なんですからぁ!! 誰にでも使えると思ったら大間違いです! 大体! 適合したハズの!! 私にだって!! 使いこなせてない!!!!」

 

 言ってて悲しくなってきた。

 太眉男子も唖然としている。

 

「……え?」

「あんなもの分解したところでマトモな装甲壁になればいいですね! というかなればいいと思いますね!! ひょっとしたら周囲の装甲壁素材をバリバリに食って被害拡大しかねませんからぁ!」

「……」

「シールド勝手にカパカパするしー捕食しなくていいのに勝手にしまくるしー!しかも食べたコアが全部回収されちゃってますから素材なんか引っ付いてないし多分テンデ役に立たないと思いますけどね!!」

「……」

 

 必殺、適当な事の集中砲火。

 とにかくどうでもいい情報をそれっぽく喋って相手を混乱させてみようとかいう、底の浅い考え。

 そんな論法が効く相手かどうかは良く分からないが、何か彼は黙ってしまった。どうせ出まかせだとバレるのは時間の問題だろうが、今この瞬間神機使いが言っていることを無碍にスルーは出来ないハズ……!

 

 

「……ひとつ聞く」

「……何でしょう……」

 

 答えると思ってんのか。

 

 ……と、一瞬よぎったが。質問する姿勢は非常に真摯だった。真剣そのもの、と言った表情に悟る。コレは多分嘘をついたらバレるだろうな……と。

 

 

「アンタ……神機使いになって、どれくらいだ?」

「……」

「『ゴッドイーター』になって、どれくらい経つ? ……答えたくないなら、いい」

 

 ……。

 

 ……質問の意図が掴みかねます。

 そんなコト気にしてどうするんだろう、と思うが……。

 ……考えられるのは戦闘員として使えないかとか思っているんだろうなーという可能性だけだった。

 

 じゃあ嘘をつく理由もないからここは正直に言う。

 

 

「……1年」

「……」

「…………ほ、本当は、今やっと脱新兵した位ですっ……!」

「…………分かった」

 

 ……今の返答で間違えてはいないよね……?

 

 

 

 するとイキナリ、ガコンという何かが開くような音。

 車……というか装甲車の外側から聞こえてくる。

 装甲って言うくらいだからソコソコ分厚い金属か何かで構成されている(ような気がする)……ということは、かなりデカい何かが開いたんじゃないかと……。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 経験則上デカい何かって『アレ』しかないんだけど……。

 

 

 

 

 

「……あの……貴方……極東支部の人……ですか……」

 

 青年は少しだけ暗い表情で答えた。

 

「違う」

 

 僅かな沈黙。

 その後、再び口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『第一サテライト』……。

 

 俺達の町は……『ネモス・ディアナ』――――だ」

 

 

 

 

 

 力強い声と共に告げられたその名は。

 

 ……どっかで聞いたことがあるような気がするけど思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サテライト拠点(3回目)

 

 ここでは神機使いはやたらと嫌われる。

 コレだけ覚えた。

 

 つまり、この状況――――命の、危機……!

 

 

 いや、でも……まだ行ける! 私はまだコンテナの荷台! 装甲車のお荷物!

 ウンテンシュさんが黙っててくれさえすればワンチャン……!

 

 

「おかえり~~調達班~~パパっと手続き~~して~~入って~~おいしいごはんが待ってるよ~~」

「ただいまーー。手続き終わったーー。あとなー、コゾーがなーー。

 

 神機使いーー拾ってーきーたーぞーー」

「マジかよ~~スゲ~~」

「マジだー」

 

 

 

 ……神よ……。

 

 この世に慈悲はないのですか……?

 

 

 

 

「なんで即バレしちゃうんですかぁああああ!!」

 

 畜生がぁあああああ!!

 

 

「まかせれ~~今~~通報した~~」

「すげーー仕事早いなー流石だわーじゃあオレ帰るわーー」

「どうもネモス・ディアナ警備隊です。荷台を開けて下さい」

「どうもコンニチワ。さっさと神機使いを降ろしてさしあげろァ!!」

「つーるーせーつーるーせー」

「うわぁああああああああ!? もう縄があるーー! な、縄が用意されてるーー! ちょ、ちょっと待って下さい何でもしますから命だけはぁあああああ!!」

「うわクっサ……心配しなくて大丈夫ですよ、この縄はですねー……特殊繊維を用いておりまして無理やり引き裂こうとすると手が千切れる仕様になっておりますので」

「あくしろよ!」

「こーしゅーけー。こーしゅーけー」

「やめて下さい助けてぇええ!! 首縄が断頭台と大差ないのってどうあがいても死じゃないですかヤダぁあああああ!」

 

 つい助けを求めてさっきまで密室で二人きりだった青年を縋るような目で見る。

 上半身脱ぎだったハズの太眉イケメンは何故か一瞬で服を着ており、袖は腕まくり……しかもマスターロールにしている。

 しかもちゃっかり助手席に乗っていた。私を見ると若干憐れむような眼差しを一瞬残した後何故かGJ!と親指を立てやがり。

 ……走り去っていった。

 

 私の……神……機…………。

 

「持ってかないでーー!!」

「連行します」

「直送します」

「直葬です」

「あ、や、やったー直死じゃない!! と、とりあえず生きてるーー!!」

 

 こうして私は鬱血寸前にまで腕に縄を巻かれまくり、やたらガタイのいいオッサン×3に担がれて、何か凄そうな所に連れていかれたのでした。

 

 そこにはまたしても眼鏡をかけたオッサンの姿が。

 

 年齢的には……うちの父親と同じ位な……ような気がする。

 やたらと厳しい顔つき、ピンと伸びた背筋、折り目の正しい服装に、全身から発せられるオーラの様な何かが彼を間違えなく偉そうな人であるということを感じさせた。

 コレはそう……グレム局長とか隊長とかと同じ人種だ……!

 

 だが、どこか……まるで専門分野に特化した系統の知性というか……神経質そうで潔癖的な印象を抱く。

 

 そう……何となくだけど。

 

 研究者に多いタイプ、なような……感じがした。

 

 

「……君は……」

「……?」

 

 その眼鏡の男性は私の顔を見るや否やで一瞬はっとしたような表情を浮かべる。

 だが、すぐに無表情を決め込み、元の厳めしい顔つきに戻した。

 

「私はこのネモス・ディアナの総統を務めている。……見たところゴッドイーターと見受けた。貴官の所属と階級を名乗り給え」

「……」

「……と、言っても素直にいう訳がない、か――。

 いいだろう。こちらも少し情報を開示しよう」

 

 すると、オッサンはイキナリ端末を起動させ、電子文書を開いた。

 一読して絶句する。

 

 それは……ココに来るまでに散々格闘させられた『極東支部』の書式の証明書だった。

 見ただけで悪寒が奔る。体が拒絶反応を起こしていた。

 ……と、今はそんな場合じゃないから……青ざめて、脂汗を流しながらも何とか文章を読み取っていく。

 

 そして、一番下の署名欄には二人分のサインがあった。

 

 独立支援部隊『クレイドル』のアリサ・イリーニチナ・アミエーラとか言う……おそらくはゴッドイーターで『クレイドル』所属であろう神機使い、ロシア系っぽい女性の名前と。

 

 極東支部支部長、ペイラー・榊……その人の名前だった。

 

 

 

「見て分かっただろうが、我ら『ネモス・ディアナ』は極東支部との防衛上の提携をを結んでいる。極東から防衛の為に神機使いが派遣され、我々はその物資供給や補給を支援している」

「……」

「故に――ネモス・ディアナは神機使いを『保護』するということを私が保障しよう。……コレで警戒を解いて頂けたかな?」

 

 確かに――筋が通る。

 極東支部の支部長の署名まで見せつけられた証明書まで突き出されては何も言えない。嘘をついているようには見えないし……多分、コレは本当のことだろう。

 だが、ひとつだけひっかかることがある。

 

 ……だけど、その疑問を口に出すのは憚られた。

 

 

「どうしてもと言うのならば今防衛にあたっているクレイドルの神機使いの名簿一覧を見せようか? 何ならその全員と今この場で連絡を取ってもらっても構わないが」

「い、いえ! ……そ、そんなことしなくても……」

「……それとも、貴君は神機使いではないのか?」

「……は!?」

「私はただ所属と名前を名乗って欲しいとだけ言っている。それすら出来ないということは――何かネモス・ディアナに危害を加える心算でここに来たのか、それとも――そもそも神機使いというのがネモス・ディアナに入りたいがための狂言か……と疑わざるを得ない。その確認、何より君自身の身の『証明』の為に名前を教えてほしいと言っているのだよ。

 

 

 ……見たところ神機使いに必要な『腕輪』も何か違っている様だ……」

 

 痛いところを気付かれた。

 

「え……こ、コレはその……!」

「神機使いは新型、旧型と問わずにその全ては『赤い腕輪』をしていると記憶しているのだがね? 貴君のそれは黒い腕輪の様に見える。

 ……何、自分の身に覚えがなければ堂々と名乗ればいい、それだけではないのかね?」

「……」

 

 うぅ……この揺さぶり怖いよぉ……!

 

 緊張感で胃がキリキリと締まってくる。おなかいたい、もうはきそう。

 

 

 ……まぁ……でも……。

 サテライト拠点が神機使いが欲しいっていうのは、分かる話だし……一番近い極東支部と繋がっているとしたら、順当ではあると思う。

 だったら……信頼しても、大丈夫――――だよね……?

 

 少なくとも所属と階級と名前を名乗るだけなら問題ないハズ――。その他何一つ喋らなければ良い……ハズ。

 

 そう考えて言うことにした。

 

 

 

 

 

「わ、私は……フェンリル極致化技術開発局所属『ブラッド』の神威唯です……腕輪が黒い理由は訳あって話せませんが神機使いです……! 持ってきた神機がその証拠です! えぇっと……こ、コレで信じて頂けましたでしょうか……!?」

 

 驚きの黒さ。

 ぜんぜん、しんぴょうせいが、ないよね。

 

 だ、だって全く見知らぬオッサンに対しての自己弁解なんか慣れてない……! 腕輪が黒い理由は一般人に対しては守秘義務の範疇!!

 言わなくたって問題ない!!

 

 

 尚、総統と名乗ったオッサンはその丸い眼鏡を反射させて腕を机の上にのせ、顎の前で手を交差させている。

 

 

 

「失礼……今、フェンリル極致化技術開発局……と……言ったかね? 私の――聞き間違いではない、かねーー?

 もういちど所属を……尋ねても、良いかな……?」

 

「は、はい……フェンリル極致化技術開発局……通称『フライア』ですけど……あの……何か……?」

 

「そうか。

 

 

 

 ……そうか……」

 

「あ、あのー……?」

 

 

 オッサンのタダならぬ様子を感じ取ったが

 

 

 ――なんかもう既に手遅れっぽかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端に扉が開き、さっきの警備隊っぽいやたらガタイのいい筋肉ダルマ×3が突入してくる。

 

 

 あ……これ……ヤバいやつだー……。

 

 

 

「残念だ……非常に残念だよ……そうか、フライアの連中か……奴らめとうとう……こんなものまで……送り込んでくるとはな……! どこまで我々を愚弄すれば気が済むのか……!」

「な、なんのお話ですかぁ……!? し、知らないんですけど……私知らないんですけど!?」

 

「立ちなさい」

「フライアは黒……はっきりわかんだね」

「懺悔しとけや懺悔」

 

「だから何で!?」

 

 誰も説明してくれない。

 

 

 

「黙れ! フライアの犬め!! コレだからフェンリルは信用できん! 大っ嫌いだ!! バーカ!!」

 

「フェンリルに対する深刻な風評被害!?」

 

「チクショーめーー!!」

 

「ペン投げないでーー!」

 

 

 

「おい小娘気を付けるんだ……総統閣下は只今相当かっかなされているぞ!!」

「こんな時に反応に困る上手い事は言わないで下さい!!」

「警戒したのは良いけど、嘘吐く用意が足らんかったー」

「処す? 処す?」

 

 

「独房に突っ込んでおけ」

「了解致しました」

「えぇええ!? そんな急展開に付いていけない……! 心が付いていかない……!? ま、待って下さいーこれからエゲツないこととか、40時間連続尋問とか、同じ質問ばっかするアレとか睡眠時間切りつめる奴とか太ももの下に手置くヤツとかやるんでしょーー!? な、何でもゲロりますから命だけはぁああああ!!」

 

 

 

 ……こうして、私は。

 

 

 …………カビ臭いし、何か湿っぽい。鉄格子の入った部屋に、ブッ込まれた。

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ……な、なんで私ばっかこんな目に……! ……隊長……隊長ーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   □■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が連行された後の部屋にて。

 

 集められた評議会の一部の重鎮達と、筋肉ダルマ×2と眼鏡の総統――葦原那智は、微妙に重々しい空気の中で黙り込んでいた。

 口火を切ったのは筋肉ダルマその2。

 短い髪に、鍛え上げられた肉体――そして体にぴったりとした服を着た三十路の男だった。

 

「いかがなされるおつもりですか? 総統」

「公開処刑に決まってんだろハゲ」

「……」

 

 葦原那智は黙っていた。

 

 そうだ、やってしまえと一部の評議会の重鎮達からも声が上がる。

 今でこそ――極東支部の神機使い達が防衛するようになっている。そして、一部の住人たちは彼らにこころを許し、受け入れている。

 ……だが、それはあくまでも一部の話だ。

 

 受け入れた振りをしている者、仕方のないことだと今までのことを水に流した振りをした者も居る。

 

 だが、誰もが受け入れられたわけではない。

 

「待て、冷静に考えてみろ。……そんなことをしたらフェンリルが黙っていない!」

「バレなければいい。あの小娘は『女神の森』には来なかった。数日後、アラガミに返り討ちにあったゴッドイーターの死体が上がる……よくある話じゃないか」

「……だが、利用価値があるんじゃないか?」

「だから何だ! 忘れたのか! フライアの連中には――――!!」

 

 白熱していく議論には、感情論が入り込んでいた。

 無理もない――那智にしてもフライアには煮え湯を飲まされた――と思っている。

 

 だが、個人的な思いは違う。

 

 その時、ゴホン、と咳払いが聞こえた。

 

 

「……申し訳ありませんが、少し宜しいでしょうか?」

 

「おい、お前――ただの警備の分際で――」

「いや、構わんよ……何でもいい、言ってみ給え。たしか君は――以前、フェンリルの警備隊をやっていた……と言っていたな?」

「……はい。その通りです」

 

 ムッキリマッチョな警備兵その2は重々しく慇懃に頷いた。

 

「私から見させていただきますと……あの少女は恐らくゴッドイーターになってから日が浅く見えます。恐らくは新兵、もしくはそれに毛が生えた程度のキャリアした持たないでしょう。尋問したところで、大して役に立つ情報を引き出すことはできないか……と」

 

「……根拠は?」

 

「強いて言うならば、勘というヤツです。

 具体的に言うならば、立ち振る舞いや肝の据わり方を見ていれば分かります。歴戦のゴッドイーターはもっと隙がない……もしくは、あえて隙を作り『獲物』を誘い込みます。更には、猜疑心というよりも『怯え』や『恐れ』の方が濃く見えました。

 ……断言しましょう、アレは仲間の死というものを見たことが無いのでしょうな。

 となれば、恐らくは徴兵されたばかりの新兵。そんな新兵に『フライア』の責を問うことはあまりにも筋違いでは、と考えます」

 

 一理ある、と那智は考えた。

 

 だが、評議会のメンバーからはあからさまな非難が上がる。

 

 

「……だからと言って、フライアを許すとは一言も言いません」

 

 

「なっ……!?」

「お、おう。そうだ君、分かってるじゃないか!」

 

 

「当然です。奴らはソレだけのことをした……! その落とし前は何としても付けるべきです。

 

 私が申し上げているのは『フライアの責任を取るのがあんな新兵一人』であることが納得できねぇ、と言っているだけです。そんな安いモノだと思われたくはない」

 

 

「あぁ、そうだ」

「……そうだ、ならば、『アレ』は生餌として飼っておけばいいではありませんか?」

「フライアから打診があった時――相手方に突き出して、その時それ相応の者に、相応しい振る舞いをして頂くとしよう……もし、フライアが無視を通すというのなら――」

「もしくは極東支部に突き出してやるのも一手だな……」

 

 とりあえず生かして飼っておこうと言う方に話が流れていっていた。

 

 

「だが……その間あの神機使いとやらはどうする? 誰かが監視下に置くのか?」

「アラガミでも狩らせておくか?」

「馬鹿が、その間に逃げられるに決まっているだろう」

「いっそ薬漬けにでもしておくか?」

「貴重な薬剤をそんなことに使えるか! ただでさえ薬を無駄食いする奴がいるのだぞ?」

 

 アーデモナイ、コーデモナイという意見が飛び交う中。

 再び警備兵その2なオッサンが口を開く。

 

 

 

 

「……どうせならば、監禁中に『女神の森』の住人達の為に役に立ってもらうというのは如何でしょうか?

 なぁに、フェンリルお得意の奉仕作業というヤツです。

 

 ……どうです? 健康で、体力のありそうな、若い娘ではありませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   □■□

 

 

 

 

 

 

 

『えぇええ!? そんな急展開に付いていけない……! 心が付いていかない……!? ま、待って下さいーこれからエゲツないこととか、40時間連続尋問とか、同じ質問ばっかするアレとか睡眠時間切りつめる奴とか太ももの下に手置くヤツとかやるんでしょーー!? な、何でもゲロりますから命だけはぁああああ!!』

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「嗚呼……副隊長……」

 

 

 冷静に考えてみたら盗聴は可能だったりした。

 

 なぜなら副隊長の腕輪には盗聴k……音声記録用の素子が仕組まれていたのである。

 それを逆探し、こうやって再生機につなげれば、ブラッド全員に盗聴が可能。

 

 なので、副隊長の――つまりは唯の泣き言から何からは、全てブラッドへ筒抜けだった。

 

 

 

「……おい…………マジかよ……ナニシテンノアイツ……」

「言葉にできない」

「捕まっちゃったー」

「……しかも……よりによって……」

 

「なんて薄情なブラッドですも!? 副隊長がお可哀想ですも……副隊長、さぞ心細いでしょう……嗚呼、泣き出してしまいました……可哀想に」

 

「気にすんなよ。アイツのことだし、どーせすぐ泣き止むよ」

「私は泣き疲れて途中で爆睡に一票~」

「そ……そんな……、ナナさん! そんなの……そんなのっ……可愛すぎます!!!!」

「シエルちゃん、何がいいのか、私ぜんぜん分かんない」

 

 

 シエルだけが、(下心見え見えで)唯の身を心配していた。

 

 

 

 

「で、どうするー隊長ー?」

「どうもこうも……助けに行かなきゃヤバいだろ。そうだよな!? ジュリウス?」

「……」

「あの……調べた情報によりますと……この『女神の森(ネモス・ディアナ)』というサテライト拠点は極東支部と提携関係にある様です。ですので、ココはどうでしょうか……極東支部を通して、副隊長の身柄を解放してもらうというのは……」

「んー……それな、オレも一瞬考えたけどさー……」

「駄目だよそんなの」

 

 シエルの案を、ナナが一刀両断にバッサリと割る。

 

「そんなことしたら極東支部に介入を許すことになるじゃん、そんなの私は嫌だよー。どうせ唯ちゃん確保したらしたで、ブラッドに返してくれるまで色んなものを要求されるに決まってるよ。相手は黒~~いウワサの絶えない『あの』極東支部だよー? 信用できるわけないでしょ~~? ねっ、ロミオ先輩ー?」

「お、おう……。……べつにオレはそこまで思ってナイけどさ……」

「絶対極東支部に介入されないんだからーー!」

「……もー……。

 ……では、ナナさんは他に代案がおありですか?」

「ないよー。全然ないー。もうどうしよっかー」

 

 ナナの口調はいつもと変わらぬあっけらかんとしたものだった。

 だが、その実内心は装っている程穏やかなモノではない。その証拠に、おでんパンが普段の2倍速のスピードで口に運ばれている。

 その様子を目ざとく見つけたロミオは思った。

 ――コイツもコイツで心配してるんだな。何だかんだでも仲間はやっぱり大事だもんな―――と。

 

 尚、実際ナナの内心に計算されていた『最悪の場合、唯を見捨てていく』という算段をロミオは終ぞ知ることはない。

 シエルはもーもー言いながら慣れない戦略を練っていた。

 ジュリウス、ギルの二人が何か意味のありそうな沈黙を守っている。

 

 

 その時、ガシャンという音と共に、昇降機から一人の青年が降りて来た。

 

 茶色の髪に、セルリアン色の目――今ここに居ない少女と同じ配色。

 彼女の兄――神威ヒロキだった。

 

 ロミオは脊髄反射で悟る。

 

 

 一番来ちゃいけない奴、来やがった――――。

 

 

 

「ひ、ヒロキさん! あの、あのあのー! き、気持ちは分かるケドここはちょっと冷静になって話し合ry」

「ん? 何? レオーニ君? 俺は至って冷静だけど?」

「……本当ッスか……?」

「何だよー疑ってんのかよー? 落ち着いてるってば大丈夫。妹がピンチなんだからさ、ここはお兄ちゃんが落ち着いて無きゃ駄目だろ?」

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

 逆にその落ち着きっぷりが恐怖を催す。

 

 コレはアカン奴だ、とそこに居る全員、シエルやギルですら理解した。

 云わば過冷却状態。

 臨界点を越え、一周し……逆に冷静になっているのだ。

 

 当然、綱渡りは危うい。

 

 

「極東支部と繋がってるとか……まぁ怪しいことこの上ないケド。

 だけど、そんな回りくどいコトする必要はない。上層部にかけあっちゃえばいい」

 

「……」

「……」

「それができたら苦労しませんも」

「お兄さん……疲れちゃってるのは分かるケドさ~……」

「言うなよ、ナナ」

 

 

「聞け。

 

 まず、前提として俺達『フライア』は独立支部。本部所属じゃない。本部の色が濃いっていうだけの、れっきとした支部」

 

 神威兄、至ってまともに落ち着いて話す。

 

「次に『女神の森』は極東支部から『サテライト』認定受けた『自治区』。

 フェンリルに頼らないで自力で装甲壁をくみ上げ、更には独力でアーコロジーを完成させている。スゲェよな。

 ……だが、何だ。情報によるとこう言ってんじゃん。

 

 『女神の森』発足は()()()であり、フェンリル極東支部によるサテライト認可を受けたのは『後』である。

 違うか、隊長さん?」

 

「……違わない」

 

「だとすれば、だ。こう考えることも出来んじゃないかな。

 

『“女神の森”に住んでいるのは極東支部から何らかの事情で出た人間or初めから壁の内側にさえ入れてもらえなかった人間』のどっちかに該当する住人が大半を占めている可能性。

 装甲壁の前で偏食因子のパッチテストやって、受からなかった奴を叩き返す、なんてコトもやってんだろ?」

 

「……」

「……」

 

 全員が息をのんだ。

 

 この世界に於いて――ある程度『常識』になってはいることをアッサリと口にした青年は、特に気に留めることもなく続けていく。

 

 

 

 

 

「まぁいいよ。そんなコトどうでもいい。……ただ、この前提だとオレが『女神の森』に棲んでたらこう思うね。

 フェンリルにも、極東支部にも、その尖兵のゴッドイーター達にも。

 

『昔見捨てといて今更何しに来やがったんだ』とか『どうせまた見捨てられる』とかね。

 ……もちろん表立ってはそんなコト言わない。だけど、思いは消えない。

 

 ……そして、その不信感の向かう先はフェンリル全体よりも、もっと間近で自分たちを見捨てた奴ら――つまりは『極東支部』とその『神機使い達』に向かう」

 

 

 

 人間はより大きく、漠然としたものを憎悪し続けることはできない。

 憎めるのはもっと簡単で身近なモノだろう――と言っていた。

  前支部長シックザールの政策によって路頭に迷った難民たち――謂わばそれが、『女神の森』の実態。

 神威兄はそう言及する。

 

 

 彼らが憎んているのは、極東支部とその手先――なのだ、と。

 

 

 

「だから、ここで俺達が『フライア』と『神機兵』を使う」

 

「……」

 

 他のメンバーがはっとする中。

 ジュリウスだけが、苦い表情を浮かべた。

 けど、お兄様はその変化には気が付いていない。

 

 

「極東支部は信用できない、神機使い達は憎い。なんであの時助けてくれなかったんだ、救ってくれなかったんだ、今更なんだって思いが燻ってる。

 だが、自分たちの安全と命はそんな奴らの『気まぐれ』の上でしか存在しえない。

 そんな状況にさぁ……耐えられるわけがない。

 だから、そこを突く。

 

 今のそんな不安定な奴らにこう言ってやれば良い。

 

 『意志さえあれば、貴方がたは守りたいものを守り抜くことができる。

  最高の自衛手段の提供をしますよ――――』って。

 

 

 その取引と交渉の場の条件として唯ちゃんの身柄を引き渡して貰えばいい。唯ちゃんは帰ってくるし、俺らは有人型のテストパイロット供給源を確保できる。年齢や性別、神機との適合率や偏食因子との相性etcでサンプルが多い方が良いし。悪い案じゃないとおもう…………んだけど……さっきから何か俺の期待してた反応とちょっと違うよーなキガスるなー……。

 ……ヴィスコンティ隊長ー……?」

 

「……」

 

「……あのー……何か間違っているなら指摘が欲しいんだけど……」

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

「イヤナ予感ががが」

「たいちょー?」

「……」

「どうした、隊長」

「も?」

「…………」

「おい……。

 …………おい、まさか」

「まさかのまさか……!?」

「……」

 

 

 

 やがて何かを振り切るかのようにジュリウス・ヴィスコンティは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ソレ……もう……やった…………」

 

 

 

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「もっ」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の副隊長兄の手は早かった。

 

 まるで見るモノを魅了するかの如く流れるような手つきで腰についた発信機を掴みとり、迷うことなく内線ボタンをプッシュする。

 

「もっしもーし? 格納庫ー? こちら兵装開発の神威です。

 あの急なことで申し訳ないですが今スグ急発進できる神機兵ってありますかね? 出撃ってあと何秒位でできまry」

 

「早まるなヒロキさん!!」

「せいっ!」

 

 シエルの手刀が空を切る。

 幼少期より軍事訓練を受けてきた少女による対人格闘戦技は鮮やかだった。関節を打たれた兄貴の手から発信機が滑り落ち、『切』ボタンが偶々押された。

 そして、連絡手段を失った男の慟哭が響き渡る。

 

 

「だって唯ちゃんがぁああああああああああ! 妹がぁああああああああ!! うわっぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 

「シエルそのまま抑えてろ! ジュリウス!どうゆうコトか説明して差し上げろァ!!」

「了解! 秘儀……卍固め!」

 

 そして、ロミオに促されたジュリウスによる申し訳なさ全開の説明が始まった。

 

 

「……有人の方で今まさに神威技官の言った通りのコトが行われていた。

 極東区域に属する『サテライト拠点』で……まさに搭乗員の募集が行われていたんだ……。その該当地域を精査したところ……完全一致した…………『女神の森』に……」

 

「oh......」

「……で、どうなったんだよ……?」

「もう想像つくね~~」

 

 

 

「あぁ、そうだ。その通りさ……。

 上層部と交渉し、神機兵の搭乗員を募ることまでは成功したらしいが……。

 ……その後の配備には至らず、今ネモス・ディアナは極東支部の『サテライト』として保護下に入っている――――と言えば、分かるな?」

 

 

 

「万策つきたか」

「今、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」

「……副隊長が行方不明になるかもしれない。単独行動になるかもしれない、という所までは予測できていた。

 そして戦闘が不能になる状況に追い込まれているかもしれない――という所までも考えられた。

 だが急に穴が開いて転落したかと思うと、その後よりによって一番フライアと拗れている場所に連行されるだなど、ココまで予想がつくか……!

 

 ……すまない、俺の失態だ……」

「あんま自分を責めんな隊長、アンタは悪くない。

 ……だが、そうなると、今の状況は俺達が思っていたよりもヤベェってことになるな」

 

「その通りですギル……。

 恐らく『女神の森』――少なくとも直接交渉に当たったであろう上層部には、私たちフライアはこう見られているかもしれません……。『約束を破った裏切者』、と。

 そして、私たちの副隊長はそんな場所に、今、捕らわれている……。

 

 間違えありません! コレは……コレは――! 尋問後にエゲつないコトをやられるコース一直線だと思われます! 私は! 思います!! そう、エ●同人みたいな! エ●同人みたいな!!」

 

 

「興奮すんなシエール! なんで嬉しそうなんだよ意味わかんない辞めなさい!!」

 

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「お兄さんも落ち着いてください!! ナナぁ! おでんパン!」

「えーいっ!」

「おでおでおでおでおでぁああああああああああああああああああああぁぁぁああああああぁぁぁああああああああああああ!!!!」

「駄目ー効いてなーい」

「畜生がぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 シエルの妄想だが、現実に実現してしまう可能性さえ考慮してロミオは戦慄する。

 フェミニストという訳ではないが、幾ら何でもそれは哀れ極まりない。

 

 ……けど、内心多分そんなコトにはならねーだろーなー……と薄ら思ってはいた。

 

「多分大丈夫ッスよヒロキさん! な、な!? そ、そうだよな!? ナナ!?」

「えー……私に振るのー? うーん……」

 

 ナナは可愛らしくコクビを傾げて考える姿勢を取る。

 

 

「(そうだな~……別に唯ちゃんが~どうなってよ~とあんまり関係ないけど、PTSDとか患ってたらメンドクサイな~……ただでさえ余裕ない状況なのにそんなお荷物抱えてるメリット皆無だよね~~。

 まぁ唯ちゃんは最悪……として第三世代神機だけは回収しておきたいかな~……とすると)

 

 ……私、何とかして『女神の森』ってところにコッソリ潜入しちゃうのが一番かな~って思うよ~!」

 

 

「ナナ……今……モラルのモの字もないようなコトを考えてただろ!?」

「えー? やだなーそんなの考えてないよー? ロミオ先輩のえっち!」

「変態ロミオです!」

「シエルにだけは言われたくない!!」

「誰が変態ですか! 私は男性には興味はありません!」

「だからこそ尚更タチ悪りぃんだよ!!」

「キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェエエエエエエーーーーッ!」

「ヒロキさん!! 人間としての尊厳を思い出してください!! あとついでに人間語も!!」

 

 ツッコミに息切れしてきたロミオがジュリウスに助けを求めるように叫ぶ。

 お前も何とか言えよ、と。

 

 

「えっ……俺か……? ……副隊長なら大丈夫だろう」

「だよなーオレもそう思うー……けど此処に居る変態(レズ)腹黒(おでん)発狂(シスコン)にも分かり易く言ってやってくれよぉ……!」

「……」

 

 難易度高そうな要求に流石の完璧超人も一瞬たじろいだかに見えた。 

 だが、ココで逃げることはジュリウス・ヴィスコンティのプライドが許さない。

 

 そう……自分は生きることから――逃げはしない!

 

 

 

 

 

「副隊長なら大丈夫だろう。俺はアイツを女だと思った事はない」

「は?」

「俺はアイツを女だと思った事はない」

「」

 

 

 ロミオ絶句。

 

 だが、こうかはばつぐんだ。発狂していたシスコンも、暴走していた百合っ子もここで現世に戻ってきた。

 

 

「……えっと……ジュリウス、ソレどうゆう意味……?」

「アレだけ自立心のない奴に魅力を感じたことはない――と言っている。良くて体だけ育った子供……みたいなものだろう」

「…………いや、ソウダケドモ……」

「ある! 一理ある!! 唯ちゃん凄く……ガキっぽい所あるもん!」

「そこが良いんです! そこが可愛らしいんですぅううう!」

「唯ちゃんdisってんじゃーねーぞ糞バナナがぁああああああああ!!」

「だからこそ、成長のしがい……もとい、『伸びしろ』があると言っていい。アイツが実力を伸ばしていくのは見ていて心地の良いモノがある……」

「………………いや、でも……ジュリウス…………。……唯は、一応は、可愛いぞ……?」

「……お前は何を言ってるんだロミオ」

「……いや……その……唯は、結構……可愛いと……思うよ……オレは……」

 

 ロミオが何を言いたいのかまるで理解できないジュリウスは真剣そのものと言った表情で暫し黙考。

 

 

「……お前がそう言うのなら、そうなのかもしれない。だが、人の価値は見た目で決まるモノではない――そうだろう?」

 

「…………」

 

 絶世のイケメンが言うと腹立つ正論だった。

 

 

「副隊長はガキ臭いからそのような危険はないと俺は考える。狼藉を働いた方が萎えそうだ」

 

「分かった。良く分かったよジュリウスありがとう、だけどお前はもう、喋らない方がいい」

 

「……説得しろと言ったのはロミオ……」

 

「いいから! もういいから! だからもう許してやって!! 今この瞬間もアイツは――唯は――! 隊長って、お前の名前を連呼しながら泣いてるんだよ!! 察してやれよ!!」

 

「助けてやりたいとは思っている」

 

「もういいってば!!」

 

 

 副隊長の片思いは全然報われていなかった。

 コレはどっちかが目を覚まさないと駄目だぁ……と、ロミオは死んだ目で遠くを見つめた。

 

 

 その、死んだ目で虚空を見つめるロミオの視界に一人の男の姿が入る。

 長身に長髪――先ほどから何故か寡黙なギルバート・マクレイン、だった。

 何か思いついたのだろう、ギルが伏せていた顔を上げる。

 

 

「なぁ、隊長。その理屈で行くと……副隊長がガキ臭いからそうゆう目には合わないから大丈夫だ――ってことで

いいんだな?」

「……そうだな」

「……なら、お前の論法には一個穴がある」

「……?」

 

 それは、とギルが言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人でもロリコンが居れば、アウトになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

「おい……おい……!」

 

 

 紫ゴリラはロクな事考えていなかったようだ。

 だが、ジュリウスがはっとしていた。まるで「盲点だった!」と言わんばかりの、雷にでも撃たれたかのごとき天啓を受けたような表情そのものだった。

  

 

 

「だってそうだろ? 見た目の発育は良い、だが中身が子供っぽい――コレは有りなんじゃねぇのか?」

「……一般的に幼女を性愛の対象にするのは問題外、倫理的にも社会的にも死ねクソ野郎と思っているが……! ……成年ならば……例え見た目が幼くとも……!」

「あぁ、しかも、体はもう大人――ってのが有り要素だろう。考えてもみろ、子供の顔に大人の身体がくっついてんだ。それでもって精神が子供何だとしたらそれは……」

「しかも実年齢は17歳――2074年現在婚姻すら可能な年齢……! 罪悪感を感じる必要性はない。ならば……」

 

 

「「有りだな」」

 

 

「ねーよ!!!!!!」

 

 

 

 

 神機使いとしても男としても、自分より経験のあるハズの二人のクソのような会話に、常識世界からのツッコミを入れたロミオは、気づくのが遅れてしまった。

 このセリフの意味することを。

 そして、その意味をいち早く理解するモノ共が居ることも。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「分かります! 分かります!! 分かりますとも!!」

 

「あああああああもう面倒くせええええええええええ!!」

「ロミオ先輩ーロミオ先輩ー!」

 

 

 

「何にせよ、無い可能性とは言い切れねぇよ。

 丁度喰い頃で、自分で判断も何もできそうな年齢の奴が、まるで子供みたいに縋ってきたり、やたらと従順だったりするんだろ。そうゆうの有りってヤツが居ない訳じゃねぇだろうが」

「何もない真っ白な状態を染め上げることに快感を感じる奴も居ない訳じゃない、ということか……支配欲の強いタイプなら或は――だな」

「逆も又然り――だろ、まだ人生経験も何もないハズの少女、もしくは幼女がまるで数百年を生きたかのような言動をする――やたら凛々しかったり、タヌキだったりな」

「つまり、幼女であるにも関わらず一筋縄では攻略できないような場所に性的魅力があると言いたいのか?」

「そして、逆もまた然り――だ。

 ……これがどうゆうことだか、分かるか?」

「……いや、分からない」

「俺にも分からん」

 

「何の話してんだテメェら!!!! 両方分かってねーーーーじゃねーーか!!!!」

 

 

 

「俺はロリコンじゃない」

「俺もロリコンじゃない」

「そんなカミングアウトは聞いてねぇよ!!」

 

「ロリコン……? 何だそりゃ変態の一種か? 見たこともねぇよ。妖精か」

「全くだ、そんな奴らが居るから世界は天変地異に襲われ、アラガミは出現し、紅い雨が降り、黒蛛病が蔓延し、人が苦しんでいるんだ」

「最悪だなロリコン」

「居ない方が世の為だな」

「全くだ」

「この世から抹消しよう」

「殺るか」

「皆殺しだ」

 

「何でもかんでもロリコンの所為にしてんじゃねぇぞこの馬鹿(ゴミクズ)共」

 

 

 

 

 

 

 

「ロミオ先輩~……どうすんのコレ~……」

 

「もう…………どうにでもなればいいと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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