「天才かぁ……」
ロミオの人生において、その言葉が似合う人物はただ一人、先輩にして尊敬する隊長たるジュリウス=ヴィスコンティだけだ。勿論、彼は努力をしない人物ではないこともよく知ってい熟知している。
ただ、どうにもロミオにとっては……というか多分大多数の人間にとって、めんどくさくて苦しくて仕方のない『努力』を全く苦にしない人種であるらしい。そのせいか、多少人の痛みに鈍いところがある、とロミオは分析している。
結果、出入りの本部職員や多少交流のある他支部のゴッドイーター達からは「いけ好かない男」「傲慢な奴」「有能だが冷徹なエリート」だと思われている節があった。
だから何だ、とロミオは思う。
確かに、ジュリウスは人の痛みに鈍い。しかし、心がないわけではない。むしろ逆。
ただ、誰よりも優しく、高潔だからこそ、人の愚かさや醜さ、弱さが理解できないのだ。なら、それでいい。
少しだけ寂しい気もするがそれこそがジュリウスの美点であり、同時に最大の欠点と言える。
ならば、自分が補ってやればいい。
弱くて愚かなロミオ・レオーニが強くて気高いジュリウスに対し、唯一誇れること。
弱いからこそ、分かること。
「見極めてやりますか、人間の器ってヤツを!」
ジュリウスは賢いがアホの子なのだ。
自分が賢いから他人の愚かさに気付けない男なのだ。根っからの善人であり、多少浮世離れしているからこその孤高の天才。そんな無垢な正義漢を守ってやらねばならない。
ロミオは寝台から飛び起きると、橙色を基調とした上着に袖を通す。室内でも気にせず缶バッジのついたキャップをかぶり、あっちこっち好きな方向を向く柔らかな金髪を帽子の中へと収納。鏡でちゃんとキマってるか判断すると、一部のフライア女性職員の間で定評のある『天使の笑顔』を浮かべて言った。
「待ってろよー、後輩っ娘たち! ロミオパイセンが今行くぞー!」
つまるところ、自分はジュリウスが大好きなのだ。そして創設者にして後見人、現在直轄の上役であるラケル先生のことも、大好きなのだ。
ブラッドは『家族』であり、自分の大事なかけがえのない『居場所』なのだ。
それを守るために自分は努力をする。できる努力は惜しまない……ただそれだけだ。
だから、暗い気持ちで這い回るのは弱くて狡い、自分だけでいい。
一瞬だけよぎったそんな気持ちを、ロミオは無理やり振り切って進む。
***
「唯ちゃんハマりすぎー。君もおでんパンのファンになったのかな?」
「パン、タベタイ。オデンパン……ホシイ」
ロビーでは異次元の会話が繰り広げられていた。
「片言になってるよー? 怖いよゆいゆい~」
「おでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんでででん」
「何かに憑かれているのですかあなたは」
「だって、訓練終わりにはコレが一番!」
「段々わかってきたね~」
えへへ、と笑う私。
そんな私だが、内心焦っていないわけではない。
ここにきて早二週間、私は何とまだ神機を振っていない。
「ナナちゃん……訓練どう? ジュリウス隊長、けっこースパルタじゃない?」
探るように聞いた私に対し、ナナちゃんは子猫のようなくりっとした瞳で見返してくる。
「うんー、すっごく大変だよ。隊長さん、超絶イケメンだけど容赦ないんだよね~。絶対Sだよあの人」
「いやSかどうかは分かんないけど」
「私まだうまくブースト起動できなくってさー、何回もしくってるんだわー」
「……えマジで」
誰でも覚えがあるだろう、勉強しない仲間だと思っていた友達が実はテスト勉強していたときの、あの気持ち。
あのレベルの衝撃が私の脳天に直撃打撃をくわえた。
「ナナチャン……聞いていいデスカ? 貴女は候補生の新入生ジャナイノデスカ?」
「ゆいゆい、また片言になってるんだけどおでんパンが足りてない? それと、私は新入生だけど~、マグノリア=コンパスってとこで訓練受けてたから意外と大丈夫なんだなこれが」
「マグノリア=コンパス……?」
ナナちゃんは小さなお口をあ~ん、とお開けになると、そのまま猛烈な勢いでおでんパンを吸引した。
最早パンを飲み込んでいた。ごっくん、という間違ってもモノを咀嚼した後の音じゃない効果音が聞こえてくる。
「そーだよ。マグノリア=コンパス。児童養護施設……平たく言うと、孤児院っていうのかな~。親に死なれちゃった子とか、色々事情のある子たちが集まってるところ。あ、実はね、ジュリウス隊長とかも同じところ出身なんだって!」
「そ、そうなんだ……」
「うん、だけどねー、見たことはなかったんだー。施設って言っても結構広いところだから。でも隊長は有名な人だったから名前だけは知ってたかな。マグノリア=コンパス一の絶世の美少年が居る~って女の子たちで見に行ったこともあるんだ。手土産にバナナ持ってね」
隊長……あんた珍獣扱いされてるよ……。
「そんな人が隊長さんだっていうから、世の中何があるか分からないよね~」
「へぇ~……ナナちゃんも隊長もそうゆう場所出身なんだ……ってことは神機にも慣れてるんだ……」
「まあねー、そうゆうのは結構本格的だったし、ラケル先生曰くね、『才能のありそうな子』は皆受ける訓練だっていうから。本当超スパルタ体育」
「え? ラケル先生?」
ナナちゃんが目をぱちくりさせる。キョトン、とした顔が抱きしめたいくらい可愛らしい。
「あ、忘れてた。マグノリア=コンパスを作った人ってラケル先生とお姉さんのレア先生らしいんだよね。二人とも超美人なんだよ!」
「……マジですか」
今、2つの事が分かった。
『ブラッド』隊長のジュリウス隊長と、隊員四号のナナちゃん。この二人はラケル先生の養護施設から来ている。そこで多分、それなりの訓練を受けてきた……らしい。話を聞く限り、割と小さいころから。
私がのうのうと学校に行っている間にもこの人たちはゴッドイーターになるべく訓練に励んでいたのだ。その差は、決して簡単に埋まるモノではない様に思えてしまう。
目の前に居るはずのナナちゃんや、隊長が、急に遠い人に思えてきた。
そして、もう一つは。
ジュリウス隊長のご心酔っぷりの謎のルーツが分かった気がした。
1ミリくらい、ほんのうっすら、上辺だけ、本当は知りたくもないことだったけど。
「つまり……隊長が、ラケル先生が大好きなのは……母親のような存在だからってことでいいのかな……」
「あ、ゆいゆいも、話したんだ。隊長と」
「うん。熱くて重い愛を語られたよ……」
「そうだね……普通に気持ち悪かったね……」
ナナちゃんも会話選択肢を間違えてしまったらしい。ラケル先生の魅力についてたっぷり二時間語られた組なのか、彼女らしくもなく、何かを諦めたような、妙に大人びた眼差しで遠くを見ていた。
「……でも、それ以外は完璧なお人だから。ちょっと天然入ってそうだけど」
「うん……そうだよね! 欠点の一個や二個スルーできなくってゴッドイーターはやってられないもんね!」
「で、ですよねーー!」
「うんうん!」
何となく空寒い空気が流れている。
考えてみたらあの隊長さん、性格良いし、頭よさそうだし、強いし、神々しいまでの美形だけど……
「忘れよう、ナナちゃん」
「そうだね……そうだよね! 聞かなかったことにしよー! ラケル先生がらみの話題をこっちから振らなければ問題なんだもんねっ!」
「そうそう! 前向きに行こうよ、前向きに!」
私たちはおでんパンを貪りながらお互いに励ましあった。すると、昇降機の側から一人の人間が歩いてくる。室内であるにもかかわらず、缶バッチのついたニット帽をかぶった少年の姿だった。
「あー、アラガミ討伐大変だったなー大変だったなー」
どうやらゴッドイーターであるらしい。あんな小さい子でもゴッドイーターやってるんだね、と何故か微笑ましい気持ちになる。
「私たちも頑張らなくっちゃね」
「そうだね……」
私は、ナナちゃんの言葉に素直に頷けなかった。
焦ってない振りをしてはいるものの、正直キツい。まだまともに神機さえ振れていない。決心するのが遅すぎたのかもしれない、と早くも後悔が湧き上がってくる。
「ゆいゆい? 大丈夫? なんか元気ないぞー?」
「え……? そ、そんなことないですよぉっ!?」
「そう? おでんパン要る? 元気になるよ~~」
「もらう」
しまった、ナナちゃんに察せられている。頑張って隠しているつもりなのだが、どうにも顔に出てしまっていたらしい。出会ってまだ数日しかたっていないけど何となくわかる……ナナちゃんはすごく、優しいいい子だ。余計な心配をかけたくないし、心配されたくない。
自販機の方から、先ほどのニット帽の少年が歩いてくる。
「すっげー疲れたー大変だったなー あーあーあー新設されたばかりの特殊部隊もラクじゃないなー」
確かに、何か狡いなぁ、とは思う。
ジュリウス隊長もナナちゃんも、幼いころから訓練していれば敵う相手ではない。
でも、やはり見捨てられたくはない。見放されたくはない。
やっと選んだ自分の人生なのだ……私には、もう、ここにしか居場所がないのだ。
また昇降機の方から、少年が歩いてきた。
「アラガミ退治大変だけど仕事だからなーはやく新人来ないかな~。この辺りに居るって聞いたんだけどなー」
何だか大変そうだ。ゴッドイーターは慢性的に人手不足だとは聞いていたけど。この少年ですら自分の部隊の人数不足をを嘆いている、それほどまでに足りないらしい。ゴッドイーターは、たとえ『なりたい』と願う者が居たとしても現実には適合する神機がなければ意味を成さないのだ。
一説によると、ゴッドイーターよりも神機のほうが大事にされている側面もあるらしい。『人』の補充はいくらでもきくが、神機は決まった量しか生産できず、さらに言えばカネがかかる『高級品』だからだ。それなのに、持ち主の現れない神機は多くあり、神機に適合できないゴッドイーター候補も少なくはない……フェンリルの抱える矛盾の一つだった。
誰もがなりたいモノになれる世界ではない。
「気付けよお前ら!!」
突然、ニット帽がキレた。
「い、いきなり何ですかぁ!? 不審者氏ですか!? 警備員さん呼びますよ!?」
「通報した」
ナナちゃんは、ちゃっかり防犯ブザーを引き抜き済み。
「判断早っ!?」
「マグノリア=コンパスの教えその4~『1秒判断が遅れれば、1秒命の危険が迫る』ゆいゆいも覚えておくと良いよー」
「うわわわわ、分かったよ! 不審者じゃないよ! オレは怪しいものじゃないよーー!」
「大抵の不審者はそう言うんだよね、私は小事に惑わされないよー信頼に足る証拠を見せてくーだーさーい」
「えぇ……!?」
たじろぐニット帽の不審少年。改めてみると、かなり愛嬌のある顔立ちをしている。濃い金髪の巻き毛と碧玉の瞳が
ぴったりと似合っており、一見すると少女にも見えるほど輪郭がやわらかい。あの隊長とは別方向での美形認定が下りるだろう……なんてこったフライアは美男美女の巣窟なのか。今のところ(富田警備員以外は)出会った人すべてが美形にすぎる。
「そ、そうだ。ホラこれ~、見てみ? 見てみ!? ブラッド特製! フライア印のP-66アームドインプラントです!『P66偏食因子』を媒介とした、神機に対する神経信号の伝達と神機使いの神経に接続された神機の『オラクル細胞』の制御を担っているスグレモノだよ! 無くすと死ぬアイテムだよ!」
必死の少年が指し示すそれは、ゴッドイーターの証たる『腕輪』だった。白と黒を基調とした色合いは間違えない、私たちの(入る予定の)部隊、ブラッド配色だ。
「あ、本当だ。じゃあ、もしかして隊員さんだったりしますかー?」
「そうだよァ!!」
「うわ……す、すみませんでしたっ!」
反射的に頭を下げる。権威に弱弱な私の唯一の特技です。はっとしたナナちゃんはぺこり、と頭を下げてニコっと困り顔で笑い、舌まで出して見せた。あざといですねそして可愛いですね畜生が。
「改めて初めまして~ブラッドー04 香月ナナですっ! よろしくお願いします、先輩っ♪」
「あ、同じくブラッドー03神威 唯です!」
ナナちゃんの自己紹介に便乗する私!
先輩らしきお人はしばらく放心していらしゃった。
「……センパーイ?」
「あの、生きてらっしゃいますか先輩?」
私とナナちゃんは彼の顔を覗き込む。すると、そこには予想外の喜色の笑み。
「先輩……先輩か、良い響き! よし、後輩たちよ、先輩が質問に答えてあげようっ!……の、前に」
自称ブラッド先輩はニカっと笑った。
「逃げよう……ブラッドの皆で……」
「「了解!」」
***
「そう言うわけで、此処に来たわけですかそうですか」
「だってこちらの香月さんがねぇ、通報しちゃったからねえ……」
「ロミオ先輩が怪しさ全開だったからですー私のせいじゃ有りませーん」
ロビーから逃げた私たちは、第三訓練室に来ていた。
いつも訓練している場所と比べたら、かなり体育館に近い雰囲気であり、正直かなりほっとする。
できることなら、いつもこうゆうところで訓練したい。どこか暖かい色の照明が木板張り風の床を照らしていた。
「じゃ、切り替えていこうー! はい、楽しい質問時間のはじまりだよ!」
「はーいっ!」
ナナちゃんが勢いよく挙手。律儀にロミオ先輩は名指しする。
「ロミオ先輩ー……ラケル先生の年齢は?」
「企業秘密」
即答だった。
「えー、じゃあ……今つけている下着の色はー? ロミオ先輩のスリーサイズは?」
「何その際どい質問!? 君は女の子だよね⁉ 男の下着の色なんか知りたいの!?」
「は、古い古い。ジェンダーフリーのこの時代にそうゆう男女差別的発言をするなんて、イマドキ流行らないよ、おでんパンでも食べて出直しなよ」
「おでんパン?」
ロミオ先輩の翡翠の目が疑念で彩られる。その視線は私たちの手元へと注がれた。
「……」
そして、表情が漂白されていく。
「おいしいですよ?」
「君らナチュラルに食べてるけど……コレ串はどうしてんの……?」
「何の話か分からないね、ユイイ~」
「本当ですよ。細かいこと気にする男はモテませんよ」
「細かい!?!? 細かいかな!?!?」
「串位食べられないで男を名乗ってるの? 股間にクレイモアないの?」
「ショートソードなんじゃないの?」
「君らの中の男性像は本当に人類なのかどうか、よろしいそこから議論しようか!?」
ロミオ先輩のツッコミを軽くスルーし、私が挙手する。ちょっと聞いてみたかった質問を今すべきだろう。
「先輩っ! クラムボンとは何ですか?」
「ケンジ=ミヤザワの伝説の問いかな? 残念だけど2070年代になっても明確な回答が提示されていないんだなーコレが……って、セクハラ質問と答えの無い問いはやめんかお前等!」
おぉう……ノリ突っ込みまでこなすとは
「じゃあ何聞けって言うんですかー? まさか血の力とは何ですか、とかブラッドアーツについて教えてくださいとか聞けと言うのですかー? そんな真面目なノリを誰が期待するというんです?」
「まさかって何!? そうゆう真面目な質問しろよ! 答えられないけど」
「質問時間とは何だったのか」
「もうやめて」
だろうと思った。
『血の力』や『ブラッドアーツ』については意味不明な部分が多すぎる。きっと分からないことのほうが多いのだろうと思っておく。第一、私はまだそんなことを気にする段階に到達できていない。ラケル先生やジュリウス隊長が言うことは、我々『最新鋭』の最新型にのみ理論上発現する固有能力である……らしい。
現状として、その期待に応えるには、私の技量はまだ遠い。
「あれ? どうしたのえーっと……唯だっけ? なんかヘコんでる?」
「おでんパンの食べすぎかな? それとも~、不甲斐なさ過ぎる先輩に絶望しちゃったとか~?」
「え、エェーー!? ちょ、やめろよー不安になるだろ!」
「なれば?」
私の負のオーラは凄まじい様だ。
「……あの、先輩。私、ですね……まだ、ここに着て、一回も神機振ってないんです。これって、コレって」
言葉の途中で涙が混じってくる。出している言葉よりも、ダメ出しされた記憶や、こじれた思いが上回ってしまっている。……伝わるわけないのに。
分かっている、多分伝わらない。だから、呑み込むつもりだった。平気な顔で呑み込んで、ちゃんと聞きたいことだけ聞くつもりだった。今までずっとそうやって生きてきた――ハズだった。
「私、神機使いの才能が……ないのでしょうか……? 今から頑張っても、間に合わないんでしょうか……?」
ナナちゃんや隊長が『つかえる』理由は子供の頃から訓練していたからだ。そこにはきっと途方も無い努力と研鑽があったハズだと思っている。自分が毎日やっている訓練を子供の頃からやっていたのだとしたら……それはすごく、大変なことだっただろう。
けど、環境の違いは言い訳にはならない。私だってダメな環境で育ってきたわけじゃない。むしろ……恵まれていた方だった。だから今まで未来を真剣に考えたことはなかった。
コレは、『やりたいこと』ではなく『できること』しかやってこなかった私と、彼等の差なのだ。
結局……そんな自分自身が不甲斐なく、情けないだけ。情けなくて出る涙ほど惨めなものはない。
でも、やっぱり嫌だ。
自分にしかできないこと。やっと巡り合えたそのキッカケを手放したくない。つき返されたくない。
やっと決めた自分の運命をこんなところで諦めたくない。
「えーっと……オレからするとどの口がほざいてんだ、と思うけど……唯って、隊長から何にも聞かされてない、とか?」
「え?」
「オゥ、ズボシィー」
ロミオ先輩は変なイントネーションをつけて図星、と言った。
「だよなー、あいつそーゆー所あるんだよなぁー……悪いけど教育者的な才能はあんまないね、うちの無駄に男前の隊長さんは」
「……はぁ?」
「まぁ、多分何か理由がありそーだけど……言っちゃお。大丈夫だよ唯。才能あるって、ぶっちゃけオレとか、ジュリウスよっか」
「……」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「えぇええええぇ!?」
「あっははははは……だよなー。オレもびっくりだもーん、あんな適合率見たこと無いわー、んまぁ、神機操る才能はすげー『有る』ってことで、そう思っておきなよ」
「……信じられないんですけど!?」
「まだ、神機振ってないって言ってたよな? それ、ガッツリ理由あるから」
得意そうに、鼻息荒く先輩は語ってくる。
「適合したばっかだと、神機に振り回されちゃうの。剣とか勝手にブンブン言ったり、銃が勝手に吹いたりエライことになるの。ナナだって覚えがあるよなー?」
「うんうん、はじめは大変だよー全然言うこと聞いてくれなくってさー」
「そ、そうなの!?」
「特に適合率高ければ高いほど、そうゆう傾向にあるらしいよ。暴走すると誰も手が付けられないって奴? から徐々に慣らしていくしかないんだよ。人間と似たようなもんだろ」
「……あ」
凄く分かり安いたとえがきた。
「適合率ってのは要は、気が合うか、合わないかみたいなモノじゃね? 適合率が高いと潜在率はあるんだよ。だけどさ、イキナリ初対面相手に『一緒に戦え』ってのも無理な話じゃん。一緒にメシ喰って好き嫌いとか、好きな音楽の話とかして、こいつこーゆー奴なんだーってお互い知ってからじゃねぇと無理じゃん。今はそうゆう期間だと思っとけよ」
ナナちゃんが、目をキラキラと輝かせる。
「わー、何か先輩っぽいこと初めて言った!」
「全部ジュリウスの受け売り~」
「ごめん、敬意が吹っ飛んだ」
「え」
快活に笑うナナちゃんを見て、私も思わず笑みがこぼれた。泣きそうになったり笑ったり忙しい奴だなお前、とロミオ先輩もつられて笑顔になる。
「から、さ、もうちょっと頑張ってみろよ。すぐつかえる様になるって。そのうち実戦にも連れ出されるからな~急ピッチだから早い時期かもな~」
その言葉に、新人候補生の私たちは硬直する。
「うわ、や、やっぱり……」
「それは……ちょっと怖いね」
「当ったり前だろ。ブラッドは甘くないぞ、覚悟しておけよ!」
***
「ラケル博士、よろしいでしょうか?」
「どうしました? ……あぁ、貴方ならばいつでも大歓迎ですよ、ジュリウス」
研究室に突入したジュリウスは車椅子の貴婦人に向かって、書類を渡す。
「新人二人のデータですか……定期的に目は通しているけれども、二人とも素晴らしいと思うわ。優秀な子達でとても先が楽しみね」
「本日ご相談したいことは、『彼女』のことです」
「あぁ……3人目の適合者、神威隊員のお話かしら?」
「流石ラケル先生。お話が早い」
必要以上に近寄ってくるジュリウスから軽く距離を取りながら、ラケル=クラウディウスは目の前の書類をめくる。その様子をジュリウスは穴が開くほど凝視していた。
「ジュリウス……それで? 話とは何ですか?」
「……あ、あぁ、すみません」
陶器のように艶やかで美しい肌をうっかり鑑賞していたジュリウスは隊長としての責務へと戻る。
「彼女の神機適合率の高さには目を見張ります。事実、こちら側で立てた予測より遥かに上を行く値を弾き出しております。……えぇ、本当に、この結果を見たときには技術者と医療スタッフ皆で飛び跳ねて小躍りしました」
「それはそれは……え、貴方も?」
「無論です。しかし、こちらの図表を見れば分かる通り」
そこで一息挟み込んだ。
「どうやら……日に日に適合率が上昇している、と言うのですね?」
「はい、技術者たちもテンテコマイで超びっくりしております。そのせいでここ一週間ほど、神機を持たせてひたすら走り回せておりました。結果として、素晴らしい逃げ足を獲得したことでしょう」
「その間にも適合率がドンドン上昇して行った、と……そう、まるで神機を『呼び覚ましている』かの様な」
ラケル博士はそこで謎めいた微笑を浮かべる。
「妖女モードキタァアア!」
「お黙りなさい……そう、神機に対して干渉を行う行動、そして新しい可能性を呼び起こす『波紋』……『波紋』はやがて波となり、そして大いなる大海を揺さぶる『力』となる……言うなれば、新たなる『力』を呼び覚ます……ジュリウス」
「はい」
謎の文言に聞きほれていた彼に、ラケルから撫でるような手がさし伸ばされる。出会ったときと変わらないキメの細やかさを誇る指先から、確かに人の温もりが感じ取れた。
「……『血の力』の目覚め、新たな可能性の覚醒はすぐそこまで来ているのかもしれませんよ……」