ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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ロシア支部編、もといオリ展編最終回です。



ご愛読ありがとうございました。







※原作キャラ崩壊注意、もう原型留めてません。








phase33 冬の終わり

「何をやっとるか貴っっっ様ぁぁぁぁあああぁあああぁぁああああああ!!」

「もぉぉぉぉしわけございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 公開土下座INフライア。

 

 

 

「P-66を……貴重なP-66型偏食因子を……既存の第一世代に投与だと!! 結果が出たから良かったようなものの!! 万が一! どう責任を取るつもりだったのか聞かせてほしいものだなぁぁあああ!?」

「ご、ごごごごごめんなさい! ……全然考えてませんでしたぁ……。失敗したら……死なばもろともで……」

「今すぐその希望を叶えてやることも可能だぞ!?!?」

「す、すすすすみません! ごめんなさいごめんなさい申し訳ありません!! な、何でもしますからぁぁぁぁ……!」

「何でもするのか? あぁあああ? 何でもするのかぁああ? 貴様に出来ることなどタカが知れているだろうがぁ!? 貴様自分のしでかしたコトが分かってるのかァァアアアア!!??」

「分かりません!!」

「考える振り位したらどうだ!?」

「無理です!!」

「大概にせんかァアアア!!

 いいか……神威。貴様はこの『ブラッド』の――ひいては『フライア』の専売特許を勝手に持ち出した挙句、無謀な賭けに出て、しかも! 最悪こんな訳も分からん場所で部隊全員を失うところだったんだぞ!?!? 貴様らに一体いくら注ぎ込んでいると思っとるんだ!?!? えぇ!? 貴様の内臓まで身売りしたところで到底賄えるカネじゃないんだがなぁああああああ!!」

「幸いこの歳まで大きな病気したことありません! な、何とかならないものでしょうかぁ……!?」

「そんなもん大した資産価値はない!!」

「生まれてきてすみませんでしたぁぁあああ!!」

 

 

 最早何を怒られているのかさえ定かではない。

 

 まぁ……うん、でも分かってた。分かってたよ……。

 あの時はああするしか思いつかなかった――と、言ってみたところで実は他に手はいくらか存在したような気もする。

 そして、局長の言ってることは正しい。

 自分が浅はかでした……はい。

 

 

「何かあると必ず貴様が絡むなぁ? えぇ!? 本来ならここで懲罰房へぶち込んでやる所だぞ……」

「ちょ……懲罰……!?」

 

 そんな怖いものまであるのですかフライア。

 大体懲罰房って一体何するところなんですか!? 

 

 …………あとでシエルちゃんにでも聞いておこう。

 

 

 

「まぁ……ですがグレム局長? ここはお怒りを収めては頂けませんか……? この子はこの子なりに……努力したのですわ? 確かに至らない点もあったことでしょう……そして、貴方への損害も少なくなかったこと……この私から謝罪させていただきます……」

「先生ーー!」

「ラケル博士……」

 

 キコキコキコーという車椅子音と共に隊長の女神登場。

 ……私にも救いの慈母に見える。

 

 

「ですが、幸いおっしゃっておられるのでしょう……? ロシア支部の支部長も……一旦保留、と。機密事項にして下さる……とか……」

「……本当にそうなるなら良いのですがな」

「……」

 

 

 あの後。

 オリガちゃんとヘルマンさんの二人の神機におこった『異常』とその結果覚醒したブラッドアーツ……についてロシア支部長に対し皆で隠蔽しようとした――が、『こんなん俺らが対応できねぇよ!!』とおビビりなさった『スネグーラチカ』の野戦整備士さんたちが密……報告しやがり、緊急会議が開かれたらしい。

 

 結果、ロシア支部上層部の判断はこうなった。

 

 

 何が何だか分からない。

 だが、解析するだけの技術力ない。

 まぁ、取りあえず使えれば何でもいい。

 ので、今まで通りで続投。

 

 全てのことは黙ってろ……。

 

 

 

 ……すぐ、この一件に関与した全ての神機使い、技術スタッフ、オペレーターから偵察班にまで箝口令が発令されただけで終わった。

 何かレア博士やらフライアの交渉コーディネーターやらが色々やっていたらしいけど、その辺のことは一兵卒の私なんかには到底理解できない世界の話になる。

 

「……我々フライアに課せられてた『使命』でもある……『感応種』の討伐の成功……コレは十分に功績と言って宜しいのではありませんか……?」

「ラケル先生……でもそれほぼ偶然でもう一度同じコトをやれって言われてもできる自信な…」

「拒否権があると思っているのか貴様ぁ!!」

「ひぃいいいい!?」

 

 そんなコト言われたって紛れもない事実だ。

 

 先の戦闘は本当に死にもの狂いだったし……実際私が、というよりはオリガちゃんとアーサーさんで倒したようなもんだったし……。

 

 

 確かに結果だけ見れば『ブラッド隊員が感応種討伐に成功』ということになる。

 

 フェンリルの報道には、フライアとロシア支部の共同作戦に於いて、フライア所属の特殊部隊『ブラッド』が感応種討伐に成功、と言った形で掲載されるらしい。

 ブラッドの名前を一躍売る好機だとここぞとばかりに乗っかる局長が流石すぎた。

 

 ……嘘は言ってないけど…報道の真実なんてそんなもの、という事だろう。

 

 

 …………いっそフェンリル官報なんかやめて堂々と虚構官報に改名でもすればいい。

 

 

「……そして……予想外の発見もありました……『彼』の尊い献身と自己犠牲の精神は、今思ってもこの胸の内の高鳴りを抑えきることができませんわ……ふふふふふふ……」

「……哀れな男だったな……」

「新たな発見には常に犠牲がつきものです……ふふ、うっふふふふふふ……あぁ、ですがこの胸に源泉のごとく溢れ出る新たな沼……いえ、聖泉を与えてくれましたわ…………こうはしてはおられません……わたくしも来るべき夏の『祭典』の準備をしなければ……」

 

 

 お説教は終わりですよ、とラケル先生が視線で伝える。

 グレム局長の気が別の方向に向いたことを見計らい、戦域を離脱した。

 

 

 

 

 ――私は、アレだけのことをやらかしたにも関わらず……私がグレム局長に怒られる――というだけの拍子抜けするほどの甘い裁定になった。

 

 ラケル先生やレア博士をはじめとして……多くの人間に庇ってもらった。

 ロシア支部側にも多大な迷惑をかけたことだし……きっと、もう二度と来るなと思われていることだろう。

 

 だからコレ以上問題を起こさないうちにさっさとトンズラかます。

 

 

 ……んだけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得いかねぇええええええええ!!」

 

 アーサーさんが荒ぶっていた。

 

 

「アーサーさん抑えてー抑えてー!」

「何でだよぉ……! うぅ……何だよぉおおお! クソぉぉぉー……! だってさ……! だってさぁ!! 納得いかねえよ!! ヘルマンもオリガもブラッドアーツって何だよ二人して畜生ぉぉぉ……!」

 

 そう、アーサーさんは……。

 

 

 

 遠距離型にはブラッドアーツとかそうゆうものは顕現しなかった。ばかりか、神機も通常制御のままになった。箝口令を敷かれた二人とは違い、アーサーさんは本当の本当に……何も変わらないまま、今後も泥沼の闘いを続けていくことになる……。

 

 

「いいじゃないッスか~! アーサーさんには狙撃があるんですから! 感応種戦はパルス域外から狙撃しまくればいいんですよ!」

「アレ結構大変なんだよボケェ! 遠距離狙撃ナメんなよゴルァァアア! なんで俺は近接型に適合しなかったんだよチクショー……」

「えぇー? でもー? カッコよかったですよー? あの狙撃ーー? お蔭様で! 助かっちゃいました~

 ですから次からは~……」

「え……? 何だよオリガ……イキナリブッ込んでくるなよ……! そりゃ助けたかったけどさ……」

 

 

 

 部下から煽てられたことが嬉しいのか……それとも、実は単細胞なタイプなのか、アーサーさんの顔が髪と同じく、赤くなる。

 

 だけど、彼は気づかない。

 

 ……オリガちゃんが、中年以下にデレることなど――――ありはしないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠距離型は遠距離型なりの仕事をしていただければいいと思いまぁぁあああぁぁぁぁあぁす!!」

「オリガてめぇえええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいじゃん……お前なんかまだマシじゃん…………せいぜい、『覚醒』しちまった部下二人と仲良くやってろよなぁ……」

「うぐっ……!」

 

 

 

 

 そして、もう一人。暗黒オーラを発する……。19歳男性。

 

 

 

「何なの……本当おまえら何なの……!? オレさぁ……1年先にブラッド居るのに……頑張ってんのに……!血の力って何だよ……ブラッドアーツとか本当に何……」

「落ち込まないでーロミオ先輩! 大器晩成なんだよ! 主役は遅れて来るんだからっ!」

「このままオレは……終わるんだ……」

「もー……何言ってんの~? おでんパン食べて先輩!」

 

 

 ……ロミオ先輩は落ち込んでいる。とてもとても、落ち込んでいる。

 なぜならブラッドアーツ、先、越されたから。

 ……実は、今回の一件に、箝口令が出されることになった最大の理由がここにある。

 

 

 

 

 

 ブラッドアーツって……『既存』の奴らでも、使えるんだぁ……と。

 

 

 

 

 この発見は誰にとっても全く不本意だった。恐らく、当人たちも……

 

 

 今生き残れれば何でもいい力を! そん時だけでいいので我に力を! ――という感覚だったのでここまで事態がこじれると誰も思ってなかったのだ。

 

 

 そして、その誰も予想してなかったとばっちりを受けた人たちがここに。

 

 

 

 

「もう皆滅びればいい」

「世界が憎い」

「何もかも消え去るがいい」

「そして世界の終焉を」

 

 

 

 

 

 

 ダ、ダークサイド……ダークサイドフォールン……?!

 

 

 

 

「……」

 

 

 という、ダークネス19歳×2の横に腰かけているのは我らが隊長。ジュリウス隊長。

 

 

 この人も今すっっっっごい不機嫌そーーーーな顔をしている。

 元が無駄に良いだけに、いかにも冷徹そうなエリートっぽくて正直……怖い。

 

 

「隊長……あの……迷惑かけて……本当すんませんでした……」

「あぁ……副隊長か、気にするな。仲間は支え合うものだ……迷惑だなどと思ってないさ……お前が責任を感じる必要はない」

「……」

 

 アレ……? ……なんか…優しい……?

 絶対不機嫌だったから厳しいことのひとつやふたつ、いやむしろ罵声の嵐を浴びる覚悟は出来ていたのに、かけられた言葉はとても優しかった。

 

 

 

 ……凍るような感覚が背筋を伝う……。

 

 

「す、すみません! 私が勝手に動いたばっかりに皆を危険に……」

「気にするな、自分の信じる行動をした結果だろう? その選択は間違っていない」

「でも……! でもっ!! そのせいで……そのせいで……! ギルさんが……あんなことに……!」

「……ギル、か……」

 

 

 ジュリウス隊長は…‥どこか遠くを見た後。

 

 ……まるで、懐かしむような声で、優しく言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな奴も居たな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立っているのもやっとの疲労の中ロミオは、確かに仲間が降下してくる気配を察知した。

 正面に立ちふさがる赤い化け物――ラーヴァナのせいで、依然として通信障害は回復しない。

 

 周囲には毒煙が立ちふさがるせいで、更に視界が確保できない状況――オペレーターからの指示もなく、データリンクもない。

 

 だが、その中にあっても……直感で悟った。

 

 仲間が来た――と。

 

 

 

「……ギル……?」

 

 

 

 

 

 

 お前なのか?

 

 来てくれたのか……?

 

 

 

 青紫色のカラーリングが施されたクロガネの槍、黒腕輪、黒い制服――ブラッド正式装備。

 背中の狼をはためかせ――長髪が、靡く。

 

 

 

 ……なびく、はず…………だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだ……お前……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭部に、神機兵の頭がついていた。

 

 

 頭部に、神機兵の頭がひっついていた。

 

 

 

 

 半ば狂気じみたその武装に――ロミオは困惑する

 

 

 

 

「え……!? えぇ!? ギル!? お前ギル!?!? それ……ゴリ……ゴリ……!?」

 

 

 

 得意のツッコミすら入れられなくなりつつあるロミオへ。

 

 『ソレ』手を伸ばして、制した。

 

 ……分かっている、何も言うな。何も……とでも言うかのように。

 

 

 

 

 

「今の『私』はギルバートではない――――」

 

 

 一人称まで変わってる。

 

 

「おい!? 何言ってんだよギル!?!?」

 

 

「否――――……今の私は――――! 私は――――!! マスク・ド・ゴリラ!!」

 

 どがっしゃぁーーん。

 

 という、特に意味のない大爆発。それが誘爆した地雷によるものなのか、それともヘリからの追撃だったのかはこの後(特に誰も気にしなかった為)誰にも知られることはなかった。

 

 

『今の爆発によりラーヴァナがビビりました! 通信が何故か回復!? 現場ブラッド応答願います』

 

 

「え……? ……え? 何が起こってんの……ブラッドー02……理解不能……」

「ロミオ?! 無事か――――……と……何だその変態は!?」

「オレが聞きたい!! オレが聞きたい!! オレが!! 聞きたい!!!!」

 

 

『元ギルバートさんです』

 

 

「元ギルバート……だと……!?」

「じゃあ今は何なんだよって話だよなぁ……!」

 

 

 良い年こいた男二人の困惑に対し、更にもっと良い年こいた男が神機兵マスク・オン・ザ・マクレインな状態で答える。

 

 

「またの名前を!! 『性義の味方・ゴリラ仮面』!!!!」

 

 

 

 

「ギルぅぅぅ……!」

「ギル……最早聞こえてはいないと思うがひとつだけ言っておく……今頃、お前の親は泣いているぞ」

 

 生きていればの話だがな、と。ジュリウスは会ったこともないミスター&ミセス・マクレインのことを思い浮かべる。

 ……が、想像力に乏しい青年は特に思い浮かぶことは何もなかった。

 

 

「一体何があったんだ……?」

「ナナのせいじゃないかなぁ……アイツに盛ったりしたから……」

 

『ちょっとーー? 私はギルのゴハンにトリカブトを入れただけですー! こんなになるなんて聞いてないよ~~!』

 

「やっぱナナのせいじゃねえか!!」

 

『ロミオ先輩ー! 何そのトリカブトに対する風評被害~~!』

 

 

 

 

 ※立派な犯罪なので、良い人間は絶対に真似をしないで下さい。

 

 

 

 

 

 

『ふふふ……ふっふふふふふふふふふ…………! ジュリウス……ロミオ……シエル……何も恐れることはありません……そう、クジョウ博士の毛根程にも!!』

 

 

「ラケル先生!?」

「先生!?」

「先生!先生! あぁ先生!」

 

 

 それは、浅くて――少ない。まばらな、毛根――――の比喩。

 

 

 

 

『……ギルは今『覚醒』を果たしたのです……そう、大体こんな感じで。

 

 私はギルの横たわる部屋へと訪れました……青ざめ、額に汗を浮かべ……苦悶の表情を浮かべる『彼』に向かって……私は問い、かけたのです。

 

 ――――力が、欲しいですか……? ――――と。

 

 

 その代償が安くないということはギルにも分かり切っていたことでしょう……。

 嗚呼、ですがしばらく迷った後、ギルは選んだのです……。

 

 

 ――――それでも、仲間を救えるなら……迷いはない、と。

 

 

 ――――二度と、大切な人を失う訳にはいかない……と。

 

 

 

 かくて私は『兜』を授けたのです……戦う為に、守り抜く為に……そしてその結果! 見事にギルは才能を開花させました……やはり古き世界に伝わりし『伝承』は本当だったのですね……!

 

 仮面ヒーローはやたらめったら強い、という伝説は!!』

 

 

 

 

「ラケル先生……」

『言っている意味が』

「……分かりませんけども……?」

 

 

「流石完璧な理論ですラケル先生。おっしゃる通り何の異論もありません――が……」

 

 部下たちの困惑をよそに、一人だけ冷静なジュリウスが謎の仮面、自称『マスク・ド・ゴリラ』という世にも奇妙な生物を眺める。

 

 

 

「……ギルだった頃の理性もどっかに吹き飛んでいるようにお見受けします」

 

 

『理性など本能の前では無力ですよジュリウス……。さぁ! さぁ! マスク・ド・ゴリラ!! ――世にあまねくすべての『救済』を求める人の前――! 目の前の焔獣を蹂躙するのです!! れっつらごーーぅ!』

 

「了解した――お婆ちゃんは言っていた……食事の時間には神・降・臨だと!!」

 

 

 

 

 

「神様の居ない世界で祈ったりなんかしちゃ駄目なんだよぉ……!」

『お婆ちゃんって誰ーー!?』

「も……もも?」

 

『細かいことは気にしたら負けですよ私の愛しい子供たち……? さぁ神機を……闇と闇と闇の力を重ね合わせ!! 今こそ『真の姿』へと解き放つのです!!』

 

 

 

「――良いでしょうミストレス……ご婦人の要望とあらばお断りするわけにはいかない……それがこの私! マスク・ド・ゴリラぁあ!」

 

 

「もういいよ分かったよ!!」

『もうやだぁ……! 視覚と聴覚の暴力だよぉぉぉ!』

「……!」

 

 

 

 

 

「もしくは『ゴリ仮面』!!」

 

 

 

 

「まさかのリピート!?」

『激し過ぎる自己主張!!』

「……ご、ゴリ仮面! 皆を助けて下さいゴリ仮面ーー!」

「シエルやめろ!! 煽るんじゃねえ!!」

 

 

 

 

 

「ふははははは! 任せろ――この世に! 悪と……不味い飯が栄えた試しなどありはしなぁああい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お前が言うな!!』」

 

 

 亡国の文化を貶すわけではないが、お前の料理だけは絶対許さねえ。

 その洗礼を喰らったロミオとナナ、橙色と桃色コンビは脳裏をかすめてくる忌まわしい記憶を喚起させられていた。

 

 

 

 

「――――神――――機――――変――――体――――!!」

 

 

 

「何だよそれ!?」

『ただ、ヘンタイって大声で言いたかっただけじゃない……?』

「こ、これが……メタモルフォーゼ……!」

 

『ダークヒーローは暑苦しい位が丁度良いのですよ……』

 

 

 カラーリングは紫と黒。

 2Pカラーどころか、どうあがいても正義の英雄にあるまじき配色だが神機兵マスクの前では誰もそんなコト気にしない。

 なぜならそれだけの――顔面破壊力があるからだ!

 

 

 ピカァアアン! とアーティフィシャルCNSが謎の赤色光を灯し、神機を構成するオラクル細胞が赤く尚、紅く染まっていくッ!!

 パワーアップした『ヘリテージス(違法改造済)』は近接形態なのに姿を――変えた。

 

 これではもう『亡き者の遺志を継ぐ戦士の槍』の原型も残ってない!

 

 

 そしてそのかわりにアラワレタのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鞭……」

『うぃっぷ……』

「……正義の……味方の……武器じゃありませんけども……?」

 

 

 

 シエル・アランソンは勘違いをしていた。

 

 鞭は武器じゃない。

 

 断じて、違う。

 

 

 

「どやっさぁああああ!!」

 

 

 変な掛け声と共にラーヴァナへと吶喊していく謎マスク。ああ、ゴリマスク。

 マスク・ド・ゴリラの神機、ヘリテージス(違法改造済)はオラクル細胞特有の謎の伸縮性で無駄に良く伸びる! 伸びきったところでがぶっと捕食! 撓った鞭が空中で孤を描く。 

 いいぞー強いぞーマスク・ド・ゴリラ! たたかえぼくらのマスク・ド・ゴリラ!

 

 

 

 

「嘘だろ!? 一撃かよ!?」

『えぇ!? なんで~~!? ロミオ先輩、状況報告ー!』

「な、何か知らねーけど……神機が鞭型に変形して……物凄いスピードで正面から突っ込んでって……で、ウィップ攻撃がクリティカルで当たって……ラーヴァナの四肢切断……もうなにをいってるのかよく分かんねーな、ごめんな」

 

 ロミオは半ば狂いつつある己を自覚していた。

 

 

『ふふふっ……考えてはいけませんロミオ……全ては束の間、全ては過ぎ去っていく……そう、ロミオ……考えるのではなく、感じるのです! 貴方の一番奥の深くて柔らかいところで!!』

「……何言ってるんですか……? ラケル先生……」

『焦る必要はありません……最初こそ辛くとも、だんだん慣らしていけばいいのですから……だから先生を、信じて……? 想像なさいロミオ。奥の暗くて深くて温かな場所……そう、その深き深奥で……。

 

 

 貴方の中の九歳児が歓んでいるでしょう……?』

 

 

 

「…………べ、べべべべべ、べつに……そんな訳な……!」

『ロミオ先輩スルースキルを忘れたの!? そっち逝っちゃだめっ!!』

「心配すんなー! ナナを置いてオレは何処にも行かないー! ……つーかジュリウス? なんでさっきから何も喋んないんだよーー! お前も一緒に何とかしてギルを正気に戻してくれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………なぁロミオ……?

 

 

『アレ』はもう……ア ラ ガ ミ 化 っ て こ と で い い よ な ?」

 

 

 

 

 

 

「やめろジュリウスぅううううう!!」

 

 

 

 放たれるは、制止の声。

 戦場に舞うは、怒りの鉄槌。

 

 ダンダンダァアン! という――『慈悲の一撃』が――今、響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何してんだアレは仲間だろぉおおおおがぁああああ!!』

『い、いいいいい……今のは誤射だ……! kkkkkk、か、回復なんだ…………! ………次は外さん!!!!』

『……隊長~~! ソレをあんまり刺激しないで!! なんか怖い!!』

 

 

 ……。

 

 

『フハハハハハァ↑!! ……ヘルメットが無ければ即死だったな……。見たかフルフェイスの力!

 イエスふるふぇいす!! ノーモアふるふぇいす!!』

 

 

 

 

『テメェも煽るんじゃねーーよ! 黙ってろこの謎怪人マスク・ド・ゴリラ様!!』

『あああああああうぜえぇえええええ!!』

『隊長キャラーー! キャラ崩壊してるよーー!』

『ジュリウス隊長お気を確かに! 一緒にゴリ仮面を応援しましょう!』

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

『もう畜生……! け、けど好機だ……! マスク・ド・ゴリラ! さっさとラーヴァナからコアを抜いて葬ってさしあげろ! それで任務が終わるから……! あ、あとで一緒に、病院に行こうな……?

 ……精神科か、脳外科か……それが問題だ……』

 

『そうだよ早くこんなクソ任務終わらせて帰ろう! もう、こんなの嫌だよ私! お願いマスク・ド・ゴリラー!』

『頑張ってくださいゴリ仮面ーー!』

『……』

 

 

 

 

 なにが、なんだか、わからない……。

 

 

 

 

「フランさぁーん……ブラッドー04からCP…………。一体何がどうしちゃったんですかーギルさんはー!

 ……日ごろのストレスのせいですかー? 向精神薬でも飲ませた結果なんですかー? あんな薬中戦場に連れてこないでくださいよー……このままじゃ全員戦闘恐怖症に罹患しますよーー……!」

 

 小声。

 

 

 

『こちらCP……知りませんよあんなヴァカ……ゴリラマジでキモい……最早ゴリラですらありませんね、ゴリラに失礼ですねこう呼びましょうか――元ゴリラ』

『元マクレインな元ゴリラはよく分かりましたからぁ! 何が彼をそうさせてるんですか……!? ギルさんはあんな人じゃないかったーー……!』

『人の心の闇は深い…………』

『もしアレがギルさんの内に巣食う闇なら、もう救いようがない……!』

 

 

 

 

 

『違いますよ……。ふふふ……恐れることはありません……何も――――そう……何も――。

 

 今のあの神々しき姿こそ……世界の意志。P-66偏食因子の誠の意志……!

 そう――――世界は……求めているのです……! 来るべき『祭典』の2日目の種子を――――!

 たとえ、提供できるものならば、もうネタでもタネでも何でもいいのです!

 

 どんな泥の中であれ……たとえ濁った沼の中でさえ……美しく咲き誇る蓮華の如く――!』

 

 

 

 

 

「フランさん、同時通訳お願いできますか?」

『無理……もう無理……』

「フランさぁん!!」

 

 

 

 

 

 

 

「P-66怖ぁ!? P-66怖ぁああ!?」

『俺は今、フライアという場所の恐ろしさを垣間見た……!』

『イカれてるな』

 

 

 

 超絶ブラック職場を軽く超越したロシア組ですら引いてやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よし、よーしよしよし……良い子だ……マスク・ド・ゴリラ……良い子だから、そのままラーヴァナにトドメを刺すんだ……大丈夫だ、もう悪いジュリウスはお前を撃ったりしない……』

『……』

『――隊長お願い! あと1分でいいから自重して!』

『……』

 

 

 重苦しい沈黙が周囲を包み込む。

 

 ……ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『了解した―――――。これよりラーヴァナ、コア摘出に入る――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……確か、ラーヴァナの弱点は 聴 覚 だ っ た よ な ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

『!?』

『な、何を!?』

『ゴリ仮面が……大量のデカい釘と……ガラス板を持っていますけども……?』

『まさか…………!? 総員!! 今すぐ集音センサーを切れ!! 音量を落とすんだ!! 通信機を切って良い――急げ早くしないと手遅れにな……』

 

「ちょ、現場一体どういう意味でそれ言って――っっ!?」

 

 

 やがて聞こえてくる……音。

 

 それは……基本的に誰が聞いても嫌いな音――。

 

 

 ガラスを釘で引っ掻くという――暴音。

 

 

 

『〇▼%$&%$%◆&$%W#"!?!?!?』

 

 

 

 ここで、アラガミ豆知識。

 

 コンゴウやヤクシャ、などと言ったアラガミは聴覚が非常にすぐれ、また集音性があるため神機を変形させる音でもこっちは居場所をバレてしまう。ラーヴァナもそのパターン。

 あんなにデカい図体なのに、聴覚はすこぶる良い。

 

 きっと、人間なんかよりも――ずっと、ずっとずーーっと……鋭敏な聴覚を持っている……。

 

 

 

 可哀想に、人間でさえキツいのに……ラーヴァナ×3は今地獄を味わっていることでしょう……。

 

 情報によると手足がもう存在しないので……もがくことも、のたうちまわることも。

 

 

 

 

『……ははっ……良い恰好だぜ? そんなにイイのかよ……? 堪え性がねぇな……断面から体液出まくってんじゃねぇか……? このまま失血死かぁ? ほらほらもっと頑張れよ、なぁ……?』

 

 

 

「マスク・ド・ゴリラーーーー!?」

 

 

 ヒーローがそんなこと言っちゃいけない!!

 絶対言っちゃいけない!! 

 情操教育に超よくない!!

 

 

 

 ……でも聞いちゃう……。

 

 

『がぁあああああぁあああ!?』

『うわぁぁぁああああ!? み、耳がぁあああああ!! うわぁああああああああ!! すまない――エリ……ぁぁぁあああっあああああ!!』

 

 

 

『くっ……間に合わなかったかゲルマン組……!』

『CP了解。エミールさん、ヘルマンさん無事死亡確認。急ぎ救護班、収容をお願いします……二人消えましたね……あぁ……いい悲鳴でしたね……』

 

 

 死と破壊の連鎖がノンストッパブル。

 

 

 

 

『そろそろ限界みてぇだなぁ? ……もう、我慢しなくて逝っていいんだぜ……?』

 

 

 じゃあせめて安らかに逝かせてやれよ……どんな死に方だよ……!?

 味方怖い……やべぇコイツマジヤバい……。マスク・ド・ゴリラ怖い……。

 

 

 

 

 

 

 

『録音準備は!? この素材を逃す手はありません! 音声加工、音コラ、人力……幾らでも方法はあるのです! これを私のジュリウスに掛け算すれば……! 私のユートピアが……完全なる薔薇の園が! 新たなる世界――聖域が完成するのです!』

『この暴走俺が止める……』

『ま、待てジュリウス、マスク・ド・ゴリラの様子が……!?』

『やっとこの悪夢が終わるよぉ……』

 

 

『フッハハハハハハ……ひでぶ!』

 

 

 

 

「な、何……?」

 

 

 何か今、成人男性の断末魔が聞こえた気が。

 

 

 

 

 

『ギルぅううううう! しっかりしろギル!! 死ぬなよぉ! こんな所で死んじゃ駄目だってば!』

『ギル大丈夫か……? ――――見る影もない……!?』

『何それ見たいー』

 

 

「ギルさんどうなったんですか!?」

 

『クッソこのマスク外れねぇ!? なんでだコレ……うわぁ首に直接接続されてやがる!?』

『……一人でも欠けたら……意味がないんだ……』

『ジュリウス! 諦めて殺すな!!』

『何だか……ミイラ化してっていませんか……? ひっ……!?』

 

 

 

「ギルさん大丈夫!? え? ミイラ!?」

 

 

 高すぎる代償……。

 

 

「何したんですかラケル先生!?」

 

『別にちょっと……その……――――オラクル細胞が人体、特に脳――精神感応を起こすという研究はご存知ですね……? 神機接続ですらそうなる可能性を秘めているのですから……直接頭にブッ込めばどうなるかな~っと……うっふふふふふふ。

 予想外の素晴らしい結果に流石の私と言えど鼻血を禁じえ゙ま゙ぜん゙……ご、ごちそうさまでした……!』

 

 

 

「全部おまえのせいかぁぁあぁあああ!」

『やめろブラッドー04、ラケル先生に罪はない!』

「抜かせブラッドー01! そう思ってるのは今この瞬間!! 全世界で!! 貴方だけだ!」

『当然だ! 俺はたとえ世界を敵に回してでもラケル先生の味方をする』

 

 

 

 つまり、洗脳だとか薬物投与によるヘブン状態だとかじゃなく。

 文字通りの人体改造……もとい脳改造……。

 

 今その代償で死にかかっている……と……。

 

 

 

『神機を離せば何とか……駄目だ外れないよ!!』

『ど、どどどどどどうしましょう……!?』

『かくなる上は……ロミオ向こう側から引っ張れ、行くぞ……せーのっ!』

 

 

 べりべりべりぃ! 

 

 ……という、世にも奇妙な音が、私の耳へと聞こえてきたのでした……。

 

 

 

 

『……取れたな』

『あー……人の手の筋肉の構造がよく分かる……』

『か、皮が……皮膚が……!』

 

 

『なにそれすごーーいっ!』

 

 

 

 

「言わないで下さいぃいいいい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第二次共同防衛戦】

 

 

 

 

 

 戦果報告:コンゴウ17体 

      ヤクシャ12体

      ヤクシャ・ラージャ 3体

      その他中型種 多数

 

 

      オウガテイル測定不能

 

      感応種イェン・ツィー コア摘出成功

 

      

      防衛ラインの維持――成功

 

 

 

 

  

 

 損害報告:軽傷1名

      重傷8名(内2名意識不明)

      重体1名

 

      

 

   

 

 

 

 

 追記事項:もうこんなメチャクチャなオペレート二度とやりたくありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良い奴だった。だが残念だ。今頃…………地獄の業火で焼かれている頃だろう」

「ギルさぁん……!」

 

 

「いや落ちつけジュリウス、ギルは死んでない」

 

 ライトサイドに帰ってきたニット帽先輩。

 

「次はどんな人が来るんだろうねー! 楽しみ~~!」

「ナナ、サラッと怖いこと言わない。ギル生きてるから」

「……誰が来たって同じだよ……」

「唯、だからギル死んでねぇからぁ!!」

 

 

 ロミオ先輩だけが、あのクソゴリラを弁護している。

 

 

「でも原隊復帰の目処立ってないって言う……? もう、きっと帰ってきませんよ……現世に」

「治るって絶対! ギルと先生を信じろよお前ら!」

 

「ロミオ先輩~~! ギルはねーきっとねー……この世界をアラガミから救うために天が使わしてくれたゴリラなんだーーって考えればいいよ…………? だからね……。

 

 

 ……天に返品する時が来たんだよっ! えっへへへへへ~~!」

 

 

「ナナやめろ笑顔でそんなコト言っちゃ駄目だ!落ち着けお前はそんな奴じゃなかった!」

「そうだ、ナナ。アレは絶対地獄逝きだ…………天国の扉など叩ける訳がない」

「ジュリウスまでどうしちまったんだよぉ!? 部下に優しい上官っていう外面どこに置いてきたんだよ!?」

 

 

 

 

 

「……奴には同情はする……あの献身っぷりも評価はする……だが……俺が……! 俺が許せないのは…………!

 

 

 

 

 

 

 

 ラケル先生の手で頭を撫でまわして貰った!!!! という一点だ!!」

 

 

 

 

 

「「そこ!?」」

 

 

 

 

「文字通りの洗脳など……羨ましすぎる……」

「え……エェーー……? わかんない……オレにはちょっとわかんねぇなー……ははっ……ちょっと離れてくれジュリウス」

「隊長あたまおかしいよー!」

 

「…………………………選ぶなら俺を選んでほしかった」

「退くわ」

「キモいわ」

「………唯?」

「……隊長が良いんならそれでいいんじゃないですかもうどうでもいいよ類人猿も女神も局長も」

「………唯……!」

「おい」

 

 

 もう、何も怖くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もー……あ、繋がりました……! こちら現場のシエルです。装甲壁閉鎖完了しました。隊長、及び副隊長に報告します』

「終わりましたかー! ありがとうございましたシエルちゃん!」

「終わりましたかーー! はいはーい繋ぎますよーー! 最後のお別れも言えないなんて寂しいですもんねー」

 

 

 オリガちゃんが、画面を操作し、中継映像を出す。

 

 何ということでしょう、少し前まで戦場だったその場所。装甲車や戦車、自走砲だらけだった装甲壁が今では匠の技によって綺麗に修復されている。

 

 

 

 

 それは希少種なアバドンとアモルの特殊なコアのお蔭だったりする。

 

 

 ……そう、私たちは『あの日』……見てしまった……。

 

 

 あの日、アーサーさんがホクホク顔で、アバちゃんとアモさんを回収して回っていたこと……。

 

 …………数日後、装甲壁の中から『ぴぎゃー』とか『ぷぎゃー』とか『きゅぴぃいいい』とかいう……ちょっと可愛い……断末魔が聞こえてきたこと……。

 

 

 

 何かどっかで見覚えのある尻尾が、壁にめり込んで、しばらくもぞもぞ動いていたこと……。

 

 

 ……………やがて動かなくなり静かに飲み込まれていったこと……。

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――まぁ、壁が修理できたんなら何でもいいよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

『唯さーーん! ナナさーーん! 先輩さーーん! 会長ーーーー!!』

「健太君……」

「お、元気になってるじゃん!」

「結局、先生の車椅子1個持っていかれたねー……まぁ、いいんだけど」

 

 腕やら足やらを包帯でぐるぐる巻きにした車椅子の男の子が手を振っていた。

 でも……その手あまり振らない方が良いと思う。その子の周辺だけ不自然に場所が広がっている。未だに彼は接触禁忌であることには変わらない。

 その首には……半分以上が溶けかかった、神機使いの腕輪の破片が吊るされている。

 

 ……とても、大切そうに。

 

 

 

 

 

 だが、残念ながら目に入ったのはソレだけじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

「おでん…………パン……!」

 

 

 おのれナナちゃんめ……。

 

 そこに居る全員がおでんパンを手に持っている……。

 

 

 

 

『おでんパンだよーーみんな持ってるよーーほらーー』

 

 

『おでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんでででででででで……』

『オデパオデパオデパオデパオデパオデパオデパオデパオデパオデパオデパオデパ』

『おでぇん……おでぇ……お……で…………』

『おにぃちゃん! おにぃちゃん! おでぇん』

 

 

 

「うわぁぁぁ……間に合わなかったっ……!」

「改良型、おでんパンMark-2。結果はそこそこ……っと」

 

 

 

 

 

 

『サテライトありがとうございましたーー! コレでようやく生きる道が拓けたってもんだぜーー!』

「……そ、ソウデスカー……。それは何よりです……」

『みなさん、せーのっ!』

 

 

 ありがとう、の大合唱が響く。

 

 ……あの時、フライアが受け入れて……ここまで運んできた人達。

 もう、彼らは難民じゃない……明日からは『ロシア支部第一サテライト』の市民として――正式に登録される。

 このサテライトの防衛はしばらくはアーサーさん達がやってくれるらしい――けど、壁に穴を開けるレベルのアラガミは大方、先日狩りつくしたので……アーサーさん達も少しは休める、と喜んでいた。

 

 サテライトは独立自治が認められているから、ここではDNA登録や支部の内部や外部居住区ほど監視や統制も厳しくはない……だが、その分、外部居住区よりはアラガミの襲撃率も高い。

 

 

 

 危険はある。

 

 それでも生きることを選択したのだ――――今、そこに居る誰もが。

 

 

『会長ー! ここでお別れですがおれはココで可憐で気高く、知的で蛍の様に儚いラケル先生の素晴らしさを皆に伝えていきます!!』

「ちょ……!? 隊長この子に何教え込んだんですか!?」

「期待しているぞ、同志」

『はいっ!!』

「だから何やってんですか!?!?」

 

 

 この世界にまたひとり、感染源が増えた瞬間だった。

 

 健太君の後ろには、黒髪の女性が――結局最後まで名前聞かなかったけど――暫定『ハカセ』さんが寄り添っていた。

 ……あの人が一緒なら多分大丈夫だろう。

 以前偏食因子の研究を行っていた人だから――きっと、今度こそ……。

 

 

 

『こちらシエル今から帰投します……え? あ、あの……? こ……困ります私……私……!』

『おでえぇえええええええん!!』

『おでんパンおでんパンおでんパンおでんパンおでんパンおでんパン!!!!』

『おぉぉぉおでぇえええん! ぱぁああああん! おでぇええええ! んぱぁあぁあああん!!』

『ひっ……きゃぁぁああああああっ!?』

 

 

「シエルちゃんーー!?!?」

「ぉおおおおい!? 大丈夫かーー!? シエル!? シエーーーール!?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。焦らないの先輩っ♪ きっとそのうち帰ってくるからねー

 

 ……そのうち、ね」

 

 

 

 

 

 

 

「……アーサーさん、見ましたか……アレが私たちがこれから守っていく…………サテライトの……ひとたち……? っすよ……」

「……何か大丈夫そうだな、うん。この際だから有給消化しようぜ」

 

 モニターを見てドン引きしていたロシア勢が正気に戻りそうになった所に、ナナちゃんの黒い影が伸びる。

 

 

 

 

 

 ―― 逃 が さ な い よ …?   と。

 

 

 

 

 

「はい、オリガちゃん。これ、おでんパンだよ」

「……ひっ……?!」

 

「前は受け取ってくれなかったでしょー? 見逃すとおもったーー? えへへっ! 

 

……でも、今は大丈夫でしょ? もう、オリガちゃんを追い詰めるモノなんてないよねー。何かに追い詰められてる人ってなんとなーく分かっちゃうんだからねーー!」

 

 

 

「……」

 

 

「もう、だいじょうぶ――そうでしょ?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリガちゃん、頑張って……。

 

 と、心の中で応援を送っていると。どこからともなくヘルマンさんが現れた。

 さっさと帰ってしまったエミールさんが居なくなってから、この人少し寂しそうだ。

 

 だが、今日はこころなしか、隻眼が少し柔らかい表情を作っている。

 

 

 

「……感謝する。ブラッド副隊長。これで……ようやく『アイツら』は歩き出せる」

 

「……」

 

 

 向けられたのは感謝の言葉だった。

 

 

「本当は分かってたんじゃないですか……? アーサーさんが、ずっとずっと『自分』に向けて色々言ってたってことも……オリガちゃんが立ち直ろうともしてないことも……」

 

「……あぁ」

 

 

 

 やっぱり……そうだった。

 

 過去に彼らに何があったのか――結局は分からない。

 だが、見てきたこと、そして聞いたことから察すると――相当な過去があったんだと予測できた。

 

 そして、ずっと傍に居たこの人が……それを分かっていない、訳が無い。

 

 そして、それをあえて放置した理由も――――ちゃんとある。

 

 

 

「全てはあいつらが自分で悩み、そして――どんな形であれ自分自身の力で解決していかなければならない問題だ。諦めることも、忘れることも……或は全てを抱えていくことも。俺ができることは、何もない。

 

 

 ……そうだろう? 神に祈れないこの世界では――――自分を救うことができるのは、自分だけだ」

 

「……」

 

 

 

 だから、何もしなかった。

 

 解決策を提示することは簡単だった……だが、それでは何の意味もない。

 自分を救えるのは自分だけ――――ある意味苛烈ともいえる潔さ。徹底したまでの自己完結。

 

 ……閉じた世界は、まるで……今を生きる人間たちの生き様、そのものにさえ、思えた。

 

 

 そこで、いかにもヘルマンさんは男臭く笑う。

 

 

 

「だが、俺にでも出来ることはある。

 …………あの未熟なくせにお人好しな馬鹿共が、泣きたくなった時に胸を貸してやれる。

 

 …………男の胸など、その程度の役にしか立たん」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

「だが、女は違う」

 

 

 

 ヘルマンさんは愛情さえ感じられるような声色で、続けていく。

 

 

 

「女の胸は『希望』だ。命を繋ぎ、育み癒すことができる未来への希望そのものだ……。今を生き抜くことしかできない、無力な俺たちはせめて……何かを託すことしか出来ん。未来を生み出すことが出来るのは……その時代を懸命に生きようとした人の意志だけだ。だから」

 

 

 とん、と肩に分厚い手が置かれた。

 

 

 

 

 

「……堂々と胸を張れ」

 

 

 

 

 

 私は潜在意識に呼びかける。

 

 ……悪い人じゃない……悪い、人じゃないんだ……そう……そう……だけど…………!

 

 

 

 

 この世には、どうしても分かり合えない類の人間は居る様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……でも、その一切ブレなかった凄い姿勢と完成しきった人生観だけは尊敬しても良い。

 

 

 

 

 

 

 おそらく一生……いや、死んでも、共感はできないんだケドね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おでんでっせおでんでっせおでんでっせおでんでっせおでんでっせおでんでっせおでんでっせおでんでっせ」

 

「オリガぁあああああああああぁぁあああぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「勝った! はい終了ー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

 































「何とか正気に戻れて良かったなオリガ!!」

「は、はい……! うっぷ……」

「行っちまったなーあいつら……」

「ですねー……でもまぁいいじゃありませんか! 色々たっぷり搾り取れましたし!!」

「そういうこと言うかなー……ま、そーだけどなぁ!! 人口も増えたしー、壁も直ったしー! あと技術分けてもらったしー、何か必殺技も習得できたし良かったじゃねーか!」

「はい! 良い事づくしです!! 数年分貯めた幸運が一気に来たー! って感じですよねーー!」

「おっしゃぁーー! 有給行くぞー! 休むぞー!」

「えへへへへ~何処行きますーー? 皆でどっか遊びに行きませんか?」








「――なぁ、オリガ」


「何ですー? アーサーさん」


「オレらさー……すっげーキツかったよなー」


「そーですねー」


「まぁなー……でもさ……頑張ってきたよな、オレたち」


「……そうですねー」


「好きだった奴も、あんま好きになれなかった奴も。仲間も友達も……失って、手放して」


「……」


「けど……立ち止まってる時間も余裕も、なくってさ…………だろ?」


「…………」





























「……キツかったよな」







「…………………………うん」








「辛かったんだよな」














「………………………………………………………うん……」




























「共同墓地に……居るんだろ? ……皆で行こう……ヘルマンも一緒に。
 そんで思いっきり泣いて、思いっきり……悲しんでみようぜ。


 ……そんでさ」




「……」




「悲しみも苦しみも全部飲み干したら、また、しぶとく生きてみようぜ。
 あいつらの為にさ――あいつらのことを……」


「…………」








「死んでも忘れない為に」











 オレたちは『英雄』には成れない。

 世界を救う英雄だとか――皆の希望を背負う救世主だとか、そう言ったものに成ることは――できない。


 だからこそ。


 未来の為じゃない――――『今』を生きていくことができるんだ。




 苦しい今を、過去を抱えながら……生きていくことができるんだ。














 昔、一緒に戦った奴が言っていた。

 古い言葉だとか何とかで。



 
『悲しみは海にあらず、全て飲み干すことが出来る』と。








 きっと、そうだ。



 どんなに悲しくったって苦しくたって、きっと……飲み干すことが出来るだろう。



 だってそうだろ?

 昔の偉い人だって言ってたんだし。










 






 



 心は未来を向いて生きている




 たとえ、今は辛くとも



 全ては束の間、全ては過ぎ去っていく



 苦しみが終わった時












 いつか、その苦しみさえも愛おしくなるのだから。


















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