ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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ハマくんさん、田中太郎130232さん、評価ありがとうございました!















phase30 雪華

 ツン、と鉄の錆びたような臭気が鼻についた。

 

 

 

 

 

 それが何であるのか……は言うまでもない。問題はその量が尋常じゃないということ。

 赤い水たまりが広がっていた。

 周囲の朽ちかけたコンクリートの建物や壁を遮蔽物にしつつ点々としたその跡を追う。

 

 

 ……間に合わなかったのかもしれない……。

 

 

 頭を巡るのは最悪の予感。

 どくんどくん、という自分の心拍数ばかりが嫌に耳につく。合わなくなる歯の根を無理やり噛みしめながら一歩一歩、のこされた血痕を辿っていく……。

 たまにどう見ても血以外の何か……同色系の固形物が転がっているようにも見えるがあえて無視。この先に行けば嫌でも目にすることになるだろう。

 

 

「オリガちゃん聞こえますか……!? 聞こえてたら応答してください……!」

 

 返ってくるのは雑音。

 だんだんと荒くなってく呼吸を抑え込む。

 何慌てているんだ……まだ決まった訳じゃない。

 そう、まだ……。

 

 ……まだ……。

 

 

 

「オリガちゃん……!」

 

 

 血の跡はどんどんどんどん濃くなっていくように見えた。

 一体これはどこまで続くんだろう。

 ……いつまで、続くのだろう……。

 

 嫌な汗が背中を濡らす。

 一歩ずつ慎重に動かしていたハズの足が、どんどん速くなっていく。

 廃墟の中を駆け抜けていく。

 

 

「……応答してください!!」

 

 通信機の音量を最大値にまで上げる。どんな小さな音でも聞こえるように、と。なのに、鼓膜を叩いてくるのは雑音だけだった。

 

 そして、目の前が突然開ける。

 

 

 開けた場所……のハズだった。

 

 だが、その地表はかなり不自然に抉れており、そして何より赤く湿っていた。

 一面の赤い大地を目を見開くと……『それ』が目に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ赤に濡れた……オリガちゃんの神機が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ……!!」

 

 悲鳴を上げそうになる口を片手で押さえた。

 足が無意識に後ずさることを選択する。勝手に動いた下半身は細かく震えていた。だから当然、もつれて転倒する。数歩下がったところに尻もちをつく――という形になった。

 

 ああ、ダメだ。こんなんじゃ……。

 こんな所で……腰を抜かしている場合じゃないんだ。

 そう……そんな場合じゃ……ない……のに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神威さんそこからゆっくり右側にスリケツで進んでいってください!いいですか絶対それ以上下がっちゃ駄目ですよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 するとイキナリ、後ろから破壊音。

 急いで振り向くと壁をぶっ壊してのオウガテイル登場。

 ビビる私。だが、さっきの通信を思い出して右側へとゆっくりケツをスライドさせて……。

 

 

「って間に合わないぃいいい!!」

 

 折角の助言へガン無視を決め込み、かなり無様な姿でオウガテイルを回避しようと試みる。だがしかし、その瞬間……。

 

 

 凄まじい爆音と共に、地面がイキナリ吹き上がり、黒い土が空へと舞った。

 

 

 無論、オウガテイルはその場で爆散。その場で奮闘していた私の全身に生暖かいものが降り注ぎ、一部が口の中に入る。

 

「…………にがい……」

 

 ごっくん。

 何となく、全体的に粘性は高めだった……というか大丈夫なのかなコレ……。控えめに言ってとても美味しくないし、とても体に悪そうな味がした。

 

 そこで横からコツン、コツン、と小石をぶつけられるような感覚に気づく。

 

 

 

 

「神威さん! こっちですよ! 神威さん!」

「……アレ!? オリガちゃん!?!?」

「何ですかその幽霊でも見たような顔はー! こっちに来て下さい!」

 

 元々なんだったのかもう全然分からない遮蔽物に隠れながら、オリガちゃんが来い来いと手招きをしている。カサカサいいながらそちらへ向かい、同じ様に身を低くした。

 

 

「来てくれたんですね! ……ありがとうございました!」

 

 少女はいつもの様に弾けるような笑顔を浮かべる。

 

「来てくれて嬉しいです神威さん……ってー言いたいところですが……大丈夫ですか!?」

「…………はい……」

「怪我してませんか!? スゴイ血ですけど……」

「うん……大丈夫……。……これ…………返り血だから、全部」

「あ、なら大丈夫ですねよかったー」

 

 はいどうぞ、と言ってハンカチをオリガちゃんが差し出してくる。ここは彼女の好意に甘えて、顔を拭う。これで酷い外見が……多少はマシになったハズ……なったと思う……………そう信じたい。

 

 

「えへへーありがとうございます~……それでオリガちゃんは大丈夫!? 酷いことされてない!?」

「平気です~。ちょっと腕のところ切れちゃいましたけど回復錠イッキコレ一本! で何とか治しましたよ!」

「神機は!?」

「駄目でした~~……やっぱ全然動きませんです、すみませ~ん……えへっ♪」

「で?」

 

 オリガちゃんは全く悪びれもなく、けろっと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ので、もう邪魔なんで放置してきちゃいましたっ!」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「あー! ドン引きですかー? 人の事をドン引きしたみたいな目で見て~~! ドン引きですね! えぇそうですね! 分かりましたよはい!」

「いや……いえ……違います……あの…………凄いですね……はい」

 

 

 役に立たないとばかりに投げ捨てたのですか!? 神機を!?

 

 ハッキリ言って神機なしでゴッドイーターって一体どこまで戦えるのでしょうか!? 

 そんなオリガちゃんですが、右手には自動小銃……自動小銃!?

 

 

「ま、まさかAK……」

「あとこの辺地雷かなり埋まってるんで気を付けてくださいね。役に立たない神機に誘引フェロモンぶっかけてデコイにしてるんですけど……効いてるのかなぁ、アレ」

「……」

 

 

 ここに来る途中で見た景色を思い出す。

 一面、血化粧された世界――やっぱりアレはアラガミのだったんだ。

 きっと美味しそうな臭気ムンムンのフェロモンに引っかかって……神機に向かって一直線に走って……文字通りに地雷を踏みまくった結果だろう。

 

 ……と、同時に私がおそらく無事にここまでこれたのは……アラガミ様たちの尊い犠牲のお蔭様……。

 

 

 

 …………この世界にもう祈る神なんて居ないけれど思わず合掌。もしかしたらその地雷、私が踏んでいたかもしれない。危うく味方に挽肉にされるところだったよ!!

 

 

「よく戦えるね!? よく戦おうって気になれるねオリガちゃん!?」

「あったりまえですよ~~! 大体、ナイフと手榴弾、ついでに小銃さえあればオウガテイル位なら何とかなりますって!!」

「……御冗談を……?」

「冗談じゃナイデスヨー。ひょっとして神威さん素手での対小型種相手の訓練してないんですかー?」

「なんでするんですか!?」

「だって神機動かなくなったら困るじゃないですか?」

「動かなくなったら!?」

 

 もしかしてロシア支部はその優れた先見の明で、感応種が現れても大丈夫なように準備をしていた……!?

 という、私の甘い予測は、オリガちゃんによって粉々に粉砕された。

 

 

 

 

 

「そうですよ! 神機なんて整備不良や物資不足で! 皆! 1回2回動かなくなったことありますってば!」

 

「あるのーーーー!?」

 

 

 

 

 どうやら私はまだロシア支部をナメていた……! そうナメきっていた!

 そうここはロシア支部。アラガミも人間も両方喰うか喰われるかのギリギリの場所。

 だから慌ててないんだこの子……と、直感した。絶対コイツ過去に神機が急停止したことある系女子だ。

 

「……で、このトラップにあの感応種が引っかかってくれれば……って思ったんですけど中々そうはいきませんね」

「そうだね……だけど、不幸中の幸いまだ捕捉はされてない……今からコッソリ撤退すれば……」

「何言ってんですか! 今なら背後から狙って撃てばイケますって!」

「どうしてそんな好戦的なの!? 何が貴女をそうさせるの!?」

「絶対ブチ殺す……あの鳥女……」

「鳥の話はやめて」

 

 

 

 脱線しそうになる会話を戻そうとする。オリガちゃんには悪いが、ちゃんと生きててくれて本当に良かった。そして、もう戦いはここまでだ。オリガちゃんの気持ちは分かる。飢えに耐えかねたアラガミが玉砕覚悟で偏食因子を齧るようなこの地で物資が何よりも大切だということは……何かもう色々理解した。

 だから何と引き換えてでもアラガミ装甲壁を死守したいのだろう。しかし、この感応種――イェン・ツィーが存在し続ける限り、きっとその感応種が色々と食い荒らしてしまう……しかも、レーダーを狂わすアラガミが居るならば再びこっちが予測して捕捉するのはかなりの難易度になる。

 だから、今ここで討ち取りたい……というのが、オリガちゃんの思い、そして願い。

 

 だけど、私は反対だ。物資不足は痛いほど理解はするけど……正直勝てる気が全然しない。

 此処に来たのだって……オリガちゃんを助けられればそれで良かった。実際この子はピンピンしてる。このまま退却したい。

 もしかしたら、フライアの装置を使えばイェン・ツィーをキャッチするのはそう難しくないかもしれない……。

 だが、それらはすべて過程の話だった。何となくの想像がつく。オリガちゃんが多分、正しい。

 ……今、この感応種を逃したら次捕捉するまでにかなりの代償を払うことになる。

 

 

 

「……オリガちゃん、ハッキリ言うよ。今この瞬間にも、私たちの隊長は……ジュリウス隊長やアーサーさんは死力を尽くして戦ってる。皆もう余裕なんかない。本当にギリギリの状況だよ。それに、今回討伐すべきと設定された目標数の撃破は『とっくに』終わってる……分かってると思うけど、ソレを踏まえて聞くから。

 

 

 ……オリガちゃん、そこまでして、戦うことに拘る?」

 

 

 オリガちゃんは数秒だけ迷う様に目を伏せた。

 ……が、すぐに私を痛いほど真っ直ぐに見て応える。

 

 

「はい」

「……理由聞いてもいい?」

 

「……私が、今『防衛班』だからです」

 

 

 その声に迷いはなかった。

 会った時に言っていた、アーサーさんの声を思い出す――スネグーラチカは各地の防衛班の支援をするために創設された、遊撃隊である……と。

 

 

「2年前……私の住んでた場所は……今はもうありません。アラガミに装甲壁を破られて……でも疎開もできなくて、なのに難民がどんどん入ってきて……その結果、餓死者と凍死者で溢れかえってしまいました。私の家族もそれで……」

 

「……」

 

「そんな地獄がありとあらゆる場所で繰り返されたんです……。やっと立ち直ったけど、いいえ……人々は今やっと、立ち直ったばかりなんです! もし……また壁が破られれば、『そう』なってしまいます。その場所からまた立ち上がるためには……今度は、前よりもっともっと力が要る。時間も要る。……だけど……今の私たちにそんな力はもう何処にもないんです……!」

 

 ……そうだ。オリガちゃんは前言ってた。

 古い言葉がある、と。『悲しみは海じゃないから、全て飲み干すことができる――』と。

 

 

 だけど、それは簡単じゃない。

 悲しみを飲み干すには……力と時間が要る。

 飲み干せなかった人間はずっとその場所に留まり続けることになる……。

 

 ……悲しみを、飲み干すことができなかった人間は。

 

 

 

「ブラッドの皆さんに迷惑を掛けます。神威さんにも……皆さんにも。だけど……だけど……ごめんなさい。

 いざとなったら見捨てて逃げても構いません。……私は決めたんです。

 ……最後の最後まで、自分らしく足掻ききってみせるって……一秒でも多くの時間を人類に残す為に。

 それが、私のゴッドイーターとしての矜持です」

 

 

 

 ここに来て、私は……本当に、私はやっと気づくことができた。

 

 ……この子の地獄はまだ続いている。

 家族を亡くしたと言っていた、地獄を見てきたと言っていた。そして――その分、人の死を見たんだろう。

 そして、オリガちゃんは……救いを求めて地獄から抜け出すことじゃなくて、地獄の中を進む選択をした。

 

 

 一人でも多くの『誰か』が、立ち直れる様に――――と。

 

 自分を犠牲にしてでも、仲間を犠牲にしてでも、『誰か』を救おうとすること。

 

 

 人類の『盾』に徹するという……固い覚悟がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……了解。じゃあ行こう」

 

 差し出した手を、オリガちゃんが信じられない、と言った表情で見つめた。

 ……ホント、自分でもそう思う。勝算なんか、全くこれっぽちもないのに……。負ければ高確率で死が待っている戦いなのに。

 

 けど、この覚悟だけは無駄にしちゃいけない。

 

 ……私、本当に流されやすい。

 簡単に論破された私の手を、オリガちゃんの手が……しっかりと掴んだ。

 

 

「……はい……はい! ありがとうございます!」

 

 まるで泣くように綺麗に、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、現実問題として……再三言っているが……勝てる見込みは本当に薄い。

 まず携行品がもう限界に近い、取りあえず腰に括りつけているスタングレネードの残数を確認する。

 その時、コツン、と指先に何かが触れた。

 

「……コレって……」

 

 そして思いつく。――ひょっとしたら、打開策になるかもしれない――一つの道を。

 だが……ソレは賭けになる。

 失敗すれば……。

 

 

「もうひとつ、聞くよ、オリガちゃん……」

 

 

 私はそこで――その提案を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここで、死にたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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