ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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phase02 おでんパンとブラッド隊員

『と、いう訳で訓練を開始する。指導教官はブラッド隊長、おはようからお休みまで暮らしを見つめるジュリウス・ヴィスコンティが第二監視室からお送りいたします』

「よろしくお願いします!」

 

 トレーニングルーム、というよりは実験室か試験室といった風情の場所。ばりばり鋼鉄製のその場所に押し込められては改めて、私の存在は『兵士』というよりは『兵器』に近いのだろうと実感する。

 それが少し悲しくもあり、誇らしかった。

 

『そう固くなることはない……とは言っても無理だろうから、まずは軽く準備運動と行こう。光学表示されている周回走路が見えるだろう?』

「はい!」

『1周400メートルある、神機展開状態で走ってみてくれ。準備ができ次第計測を開始する』

「了解しました!」

 

 床には光学表示でサーキットが描かれている。こりゃ競技場みたいでかなり本格的。

スタート兼ゴール地点と反対側の200メートル地点には旗を模した立体ホログラムが投影されている。わざわざフェンリルのオオカミ紋章が入っているあたり、流石は技術開発移動要塞といったところだろう、無駄に芸が細かい。

 そこで、先ほどからの疑問を口にしてみることにした。

 

「あのー……隊長」

『どうかしたのか?』

「なぜ先ほどから地味に詳しい音声解説が入るのですか?」

 

 うちの隊長、ジュリウス=ヴィスコンティが押し黙った。

あ、ひょっとして聞いちゃダメだった系なことだったのだろうか?

 

『実は……ブラッド部隊はまだ開発途中にある『最新型』のゴッドイーターの部隊だ。そのためのすべての記録……バイタルや基本的な身体データ、オラクル濃度から浸食率、適合値。そして訓練内容は全て記録される、ので、こんな感じになっている』

「あぁ……さいですか」

 

 そんなことだろうと思っていた。

こうやって細かいところもちゃんと教えてくれるあたり、やはり隊長は良い人だ。ガチガチの軍人然としていないところも安心感がある……というのも、ここに来る前の速成訓練ではかなりゴッツイ人に鍛えられたからだ。マジでウジムシ野郎呼ばわりされるのはキツかった。3か月前まで『カタギ』だった私としては筋肉ダルマ隊長じゃなくて本当に安心したのである、更に個人的な見解をぶっちゃけてしまうと……隊長が超絶イケメンであることはとても嬉しい。

人格、容姿、戦技において優秀な完璧超人! という感じの人だ。

 ……何か致命的な欠点があったような気もするがそれは放置、むしろ封印しておく。

 

「それでは……ブラッド‐03、神威 唯、訓練を開始しますっ! ……で、良いんですよね隊長!?」

『話が早くて助かる』

 

 マイクの先で、隊長が笑ったような気がした。

音声が記録されているのであれば映像も間違えなく残るだろう。なら、妙なことはできない。後々入ってくるだろう後輩隊員や未来のブラッド隊員たちも参考にするかもしれない資料になるんだから!

 と、そこまで考えてラケル先生の言葉とほほえみがフラッシュバックした。

 

『あなたの犠牲は、未来永劫……語り継がれていくことでしょう』

 

 未来永劫、語り継ぐ……

 

 刹那、脳にひらめく、ある最悪の思考。

 

「た、たたたたた隊長……!」

『な、何だ? どうかしたか!?』

「い、今……今、思いついちゃったんですが……あの、あの……確認してもよろしいでしょうか!?」

『……いいだろう、来い』

 

 怖い、聞きたくない。

けど現実から逃げないと私はもう決めたのです。変わるのだって決めたのだ。

だから問おう、なけなしの勇気を振り絞って

 

「適合試験もアーカイブに保存されていますでしょうかっ!?」

『……そうだ』

「無編集!?」

『無編集』

「全部!? モザイクもなしで!?」

『……あぁ、そうだ』

 

 その時、私の膝から下は力を失った。

崩れ落ちる体を支えられず、両手が前に出る。つまり脱力し、四つん這い状態。

 

「うわぁああああああぁあ!」

 

 魂からの叫び、激しい慟哭が訓練室に響き渡った。

 

「なんで……どうしてっ!? どうしてぇええええ!」

 

 こんな話ってない、こんなことが起こり得ていいのだろうか、あっていいはずがないじゃないか。

圧倒的な不条理――自分の力ではどうにもならない、運命。

私は呪った。その時、この世界を――フライアを、呪った。

安っぽくて幼稚な憎悪だとは分かっている。自分勝手でありふれた呪詛だとは理解している

けど……止まらなかった。

 わざわざコマメに記録する制度さえなければ……こんな思いはしなくてよかったのに。

 

『ブラッド3、神威 唯、立て』

「……隊長」

『立つんだ!』

「……っ!」

『分かる……分かるさ、お前の絶望……かつて俺もこの世を呪い、恨んだことがあった。何故自分だけがこの様な不条理に直面するのだと、嘆いたこともあった』

「……」

『この世の不幸、不条理、不利益は全て当人の努力不足……とは、俺は言わない』

「たい、ちょ……」

『努力で届かないものもある、叶えられない願いもある――それでも人は、思い、願う。過去は変えられないし、消すこともできない、だからせめて――……今は俺と、一緒に進もう』

「……はい!」

 

 分かった。

そうなんだ。

 

過去は変えられないし、消すこともできない。記録映像はそのまま残り続け、音声記録はずっと同じ言葉を紡いでいくのだろう。

どれほど時間が流れても。

 

 だから、せめて

 

もう、絶対に開くことが無い様に、思いっきり厳重にロックをかけてやろう。願わくばエニグマ暗号並のパスワードでも突っ込んでしまおう。

 

「うぉおおおおおおおおおおぉおおおっ!」

 

 怒声を張り上げて、私は走り出した。

 

 

   ***

 

「はぁ……もう、クタクタだよ……心身ともに」

 

 結局、訓練と言っても神機は振り回さなかった。

持って走ったり、跳んだり、回避行動の練習や受け身を反復しただけだ。訓練所でダミー神機(ただの大きい木刀)を使ってやったメニューと大差ない。まぁ、木刀より全然軽かったから振りやすかったけど。

あと、一跳びで3メートルくらい跳躍できたことは素直に驚いた、オラクル細胞超すげえ

 

「……けど、こんなんで大丈夫なのかなぁ……」

 

 何故か一抹の不安が残る。訓練終了後、隊長が何にも言ってくれなかったこともある。

終わった直後は疲労がのしかかり過ぎていてスルーしていたが、時間がたてばたつほど怖くなってくる。

 

「ひょっとして、コレ駄目だったり?……家に帰されたり!?」

 

 やはり貴女はダメな子でした、ハイさようならと言い放つラケル先生。

残念だったが俺はこれから次の適合者の訓練だ、と吐き捨てる隊長の姿が幻視できる――ダメだ、一人でいるとダメだ。タチの悪い悲観的なのに妙に現実味のある妄想が止まらなくなる。これは卑屈でネガティブな私の悪い癖なのだ。

 一人でいると、どんどんダメになっていくのが私なのだ……自覚があるあたり辛い。

 

「おっと、あ、君、例の新人さんかい?」

「え……ってはい! そうです! ブラッド3、神威 唯です!」

 

 本日二度目の自己紹介になる。

声をかけてくれたのは男性。

カーキ色の軍服めいた服装、少々日焼けした肌は浅黒く、服の上からでも分かるほどの分厚い胸板。

筋肉ダルマっぽい体躯とは反して人のよさそうな顔立ちに、眼鏡をかけた男だった。

 

「やぁ、僕は富田健仁郎。フライアの職員さ」

「……お、おう」

「ははっ、覚えなくてもいいよ。ここの警備をやっているんだ。……ま、神機使いが何人もいるのに警備、なんて笑えちゃうけどね」

「は、はぁ……はぁ……」

「あれ? 何か元気ないね……ちょっとお邪魔しちゃったかな?」

「い、いえ! そんなことありませんですよ!?」

 

 図星だ。見た目に反してなかなか鋭いぞこのフライア警備員……!

 

「訓練がイマイチだったとか?」

「……大当たりです」

「あははははははは!」

「わ、笑わないでくださいよ! ってか満面の笑みですと?!」

 

「いやぁ、ごめんごめん」

 

 軽い調子で富田警備員は笑う。

 

「懐かしいなぁ、って思ったもんだからさ。おじさんもこう見えて、昔は色白で細身の美少年だったんだよ? うんうん、そーゆー時は仲間同士でグチりあうに限るね! さっきロビーでドカ食いしていた女の子が居たから行ってごらんよ」

「は?」

「あれ? ブラッド隊員でしょ? 友達じゃないの?」

「……」

 ロビーでドカ食い、というのも気になるが女の子だと!?

これはブラッド隊員だろう、多分。行こう、私。行くんだ!

 

「ありがとうございました富田警備員さん!」

 

 

   ***

 

 ネコ耳……だと……!?

 

「あー、お疲れさまー」

「お疲れ様ですねー」

 

 違った。耳じゃない。髪だ。

それなりに長い髪をヘアピンできれいにまとめ上げているのだ。よって先っちょのところが猫の耳みたいに可愛くなっている。

 

「もしかして~……ブラッドの新入せ……じゃなかった、新人さん~?」

「う、うん。そうだよ。えっと、私、ブラッド‐03神威 唯っていいます、よろしくね」

 

 まさかの本日三回目の自己紹介。

 

「私はナナ、香月 ナナです。ブラッド‐04だよ~、よろしく!」

「宜しくね。ナナちゃんって呼んでいい?」

「よろこんでー!」

 

 ナナちゃんはピョコピョコと跳ねて喜びを表す。クッソかわええわこの子……!

何というか、そう陽性の美少女、という言葉がぴったりと似あう。それはさておき……

 

「さっきからお食べになっている、それは何でしょう……?」

「あ、これはこれは~お目が高いねっ! お嬢さぁ~ん!」

 

 嫌な予感がする。

 

「お近づきの印におひとつドウゾー。お母さん直伝! ナナ特性のおでんパン! すっごくおいしいから、よかったら食べてよ~」

「おでん……と、パン……を……?」

「だからこそのおでんパン!」

「……」

 

 女は度胸、そうだよね!

 無茶だとわかっていても、ナナちゃんから感じる無言の重圧に負けました。

 

「イタダキマスッ!」

「そーれ、一気! 一気!」

「むごご……」

 

 わぁい、アバンギャルド。

 

「えへへへー、おいしいでしょーう?」

「今、おいしいの基準が無限に広がったよ……」

 

 食欲をそそるカツオの風味と芳醇なパンの織りなすハーモニー。固ゆでの卵と大根がコッペパンにしみこみ、何とも言えない味を醸し出している。

 一言で表すのならば、そう。

 

 味のドッジボール。

 

「わー、完食してくれたっ! あと100個ぐらいあるよ? もっとどうです? ほれぐいっとぐいっと」

「も、もういいよー……っていうかあれ? 私、食べちゃったの……一個? いつの間に……?」

「ほらほら、食べたくなるでしょうあら不思議ー」

 

 ナナちゃんはそう言うとおでんパンを私の手に乗せてくる。

 

「い、いいって、もうお腹いっぱいですぅうううう!」

「んふふ~? そうかなぁ? 本当に、そうかなぁ?」

 

 子猫を思わせる瞳が、すぅと細まった。

悪寒が背筋を伝い……お腹が、きゅう、と音を上げる。

 

「何故!? 怖い、このパン怖いよぉ!?」

「口では嫌がってても体は素直だねぇ~……フッフフフフ、ほらもう、こんなに(おでん)汁があふれてるよぉ~?」

「えぇぇえええぇ!?」

 

 止まらない。

何故かやめられない! 止まらない! ナナちゃん印のおでんパン!?

どうなっちゃってるの、私の体!?

 

「ほ~らほ~ら、お腹いっぱいにしてあげるか・ら・ね? グヘヘヘヘヘ……」

「むぐーーっ、むぐぅううーーーー!」

 

 

 

   ***

 

 

 

「おー、お疲れ様ー。隊長!」

 

 ニット帽をかぶった小柄な金髪の少年がジュリウスに声をかける。

年齢的にはジュリウスと一歳しか違わないのだが、顔立ちと雰囲気のせいで実年齢以上に幼く見える、少年だった。

 

「あぁ……ロミオか」

「いよっす、新人研修中だっけ? オレにも遂に後輩ができるのか-!」

 

 ロミオ・レオーニ、彼こそが第三世代型神機適合者にして――特殊部隊『ブラッド』の二番目の隊員だった。

 

「で? どんな奴よ? ラケル先生は『貴方の大好きな若い女の子二人ですよ』って言ってたんだけど。元気で活発な可愛い系? それともクールで知的な美人系?」

「そう、だな……しいて言うならなんだかとってもアバンギャルドだ」

「なんだそれ」

「1人は同じマグノリア出身だから、後で話してみると良い、お前は人と話すことが得意だから大丈夫だろう……もう一人は、一般からの選出だな」

「へぇー……え、マジ?」

 

 ロミオの表情が強張った。

 

「あのさ……こうゆう言い方すんのはアレだけど……『一般人』がオレらマグノリア=コンパス出身者とやっていける訳?」

 

 マグノリア=コンパスとは、ラケル、レア=クラウディウス姉妹によって運営されている児童養護施設、孤児院だった。そこでは特殊な教育カリキュラムが組まれており、『こんな時代』であっても、そこの児童たちは高度な教育を受けることができる。

 ロミオには悪気はない、ただ、純粋に心配しただけだった。

 後輩の心配顔に、ジュリウスは優雅に笑ってみせた。

 

「あぁ……専門教育を受けてはいないから、多少の齟齬は生じるだろうが……コレを見ろ」

 

 ジュリウスが電子板をロミオへと差し出す。そこには先ほどの訓練結果の数値が淡々と並べてあった。

それを一読したロミオは、翡翠色の瞳を大きく見開く。

 

「……うわ、これ、マジ?」

「あぁ……」

 

 ロミオの目には信じられない、という色が浮かんでいた。

 

「一種の天才だな。思わず嫉妬を禁じ得ない」

「だなっ! 心配はねーか、これなら……なぁ、ジュリウス、オレ興味出てきたわー、こりゃちょっと、先輩っぽく接触してみっか!」

「……好きにしろ。俺は優秀で健気でホタルのように儚いラケル先生へ報告に行ってくる」

 

 ジュリウスのやや過多な修飾語をロミオは持前のスルースキルで無視する。

二人のブラッド隊員は、並んでフライアの回廊を歩き出した。

 

 


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