ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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お久しぶりになって申し訳ありません。


お風呂回完結編です。


phase24 あの日見た荒神の行方は結局誰も知らない

 

 局長が撃破されて後……何事もなかったかの如く粛々と温泉会は続くのだった。

 

 

 

 乳白色のお湯に足先から浸していく。

 

 嬉しいことにこの温泉は本物。 

 今の時代、ほとんどの大衆向けの入浴施設は、大抵はアルカリ性の冷却水を沸かしたお湯に合成入浴剤使用の温泉しか入れないのだからこうやって本物の温泉に入ったのは……記憶に残っている限りだとかなりご無沙汰になる。

 

「このお湯でお肌すべすべになれそうだねー」

「このところガサガサだったもんね……」

 

 主に前回の寒波出撃の際の乾燥と低温度のせいで。

 だが、今は戦場も戦闘も忘れて、こうやって呑気に温まっていたい。

 ナナちゃんが大きく腕を伸ばした。

 

「ナナちゃんって……肌、綺麗だよね……」

「えへへへへー。そうー? 私は唯ちゃんの色白の方が羨ましいよー? こればっかりはどうにもならない」

 

 いかにも健康的、な血色のいいお肌を見つめる。

 肌理が細かくて赤ちゃんみたいだ。確かに肌色だけならメラニン色素というレベルの含有量は私の方が少なくは見えるが、生粋の極東系の肌の綺麗さには到底敵わない。

 

「お母さんはもっと白かったんだけど……」

「へぇ~そうなんだ。遺伝子の神秘? それともイタズラ?」

「……うぅ……ナナちゃんはどうだった訳……」

「私? 私はねー」

 

 急にナナちゃんが頭を、正確には後頭部を手で押さえた。

 

「あ、あれ……? 私の……お母さん……」

「あ……」

 

 いくらか動揺した彼女を見て、私はやっと自らの過ちに気が付く。

 そうだった。うっかりしていた。

 ……つい忘れがちになるのだが、一見エリート部隊と巷で呼ばれる『ブラッド』は、実はほとんどがマグノリア=コンパスという孤児院出身だということ。

 孤児院ということは……

 

 ……つまり、そうなのだろう。

 

 世間知らずで甘ったれの私でも最近やっと分かってきたことがある。

 今のこの世界で、親が居て、家族をひとりも失っていなくて、毎日食べるものにも寝る場所にも困っていない、そして何よりアラガミに怯えなくていい……そんな『当たり前』で『普通』な世界で生きている人間なんて、実はごく一部だったということに。

 

「ご、ごめんねナナちゃん……! その……」

「うーん……実は私よく覚えてないんだよねーお母さんのことー」

「え?」

 

 一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべたナナちゃんは、すぐにケロっと戻った。

 

「お父さんなんか全然だし、お母さんのこともおでんパン以外はあんまり覚えてないんだー。

 二人が死んじゃったとき……私……そんなに小さかったのかなー?」

「……そう……なんだ……」

 

 そんなことって、あるのだろうか。

 何かひっかかるものを感じながらも、結局は何も言うべきことが見つからなかった。

 

「どうなんだろー? まー今度ラケル先生に聞いてみるよー!」

「……そうだね………ん?………ラケル先生……?」

 

 ……そう言えば何故、彼女は今ここに居ないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、みんな楽しそうに……。……ところでグレム局長が先ほど医療班の皆さんに運ばれていきましたが……それもまた、やがては来るべき最後の『晩餐』にともされるべき生贄の子羊……と言ったところなのでしょう……」

 

 

 

 

 

 ご降臨……なすった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼、それにしても……私の子供たちが、肌をさらしたあられもない姿でこうして乳白色に浸かっているというこの状況は素晴らしいものね……そう思いません? お姉様」

「え? え、えぇ、そうね……ラケル」

 

 レア博士……貴女という人は……

 

 ……まぁいいや。

 

 ツッコミたい衝動はここは押さえて放置して、完全密封にしておく。

 なぜなら、今は――それよりも突っ込まないといけない事象があると、考えたからだ。

 

 

 ラケル先生の水着……

 

 

 ……それは……

 

 

 

 低露出だった。

 

 

 

 ―― 低露出だった。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬ナナちゃんと同じ系統かな……? と思えるようなスクール水着にも似た形状にも見える。だけど胸のところは大胆にアレンジされておりラケル先生の貧……ちょっとお上品な、つつましやかなその場所をきゅっと締め上げるかのように上に寄せてあげてある。

 黒色統一された配色もあいまって、普段から限界まで漂白されたかのように白い肌ときっくりとコントラストを形成。

 さらに下半身はパレオをあしらっているので、低露出。

 あくまで出している部分は二の腕と胸元だけであり……ラケル先生のまとう上品さや可愛らしさを損なうわず、程ほど妖艶にかつエロく見せているという奇跡の組みあわせだった。

 

 すごーい。一体誰が選んだんだろうこんな水着どこにあったんだろーもしかしてこの日の為に作ったのかなだとしたら本当に凄いなでも奴ならやりかねないから否定できないところがまた……。

 

 

 

「唯ちゃーん? もしもしー? 大丈夫~? やだ、ちょっと白目剥いてるよ!? のぼせちゃったのー!?」

「あー……ゴメンネ……ナナチャン……今ちょっと見たくもない現実から目を全力で逸らしてるンダー」

「逃げちゃ駄目ー!」

 

 逸らしたくもなるわ。

 

 だってさぁ……。

 

 ……だって、さ……。

 

 

 

 

 

 

「病的にまで細すぎると言っても過言ではない、少女のような幼女のような無防備な二の腕」

「……お、おう」

「更に衣服に包まれながらも、今は形が露わな胸から腹部にかけてのライン……起伏に富んでいない曲線」

「…………あぁ」

「透けそうで、透けない。体の線を極限まで露わにし……隠す。見えそうで見えない」

「…………」

 

 

「あぁ先生……! 最高です……先生!!」

 

 ロミオ先輩が絶望しきった顔をしていた。

 一方我がブラッド隊の隊長は小刻みに震えつつ、ガックリと膝をつき天を仰いでいる。

 そのままのけぞって頭でもブツケテ昇天でもすればいいと思いました。

 

「ジュリウス……」

 

 ニットならぬ、水泳帽な先輩は顔を覆ってぼやく。

 

 

 

 

 

 

 

「そして深い襟刳りから晒された真っ白な肌……あの下にもうラケル先生のラケル先生があるのかと思うと……くっ……静まれ俺の愚者の空母……落ち着けヴォリーショナル……!」

「……おい」

「そうだ、統制だ……統制すればリンクバーストなど……っ!」

「お前……分かってるだろうな……? こんなところでバーストLv3解放してみろ……いくらテメェがイケメンでエリートでも社会的に死ねよもう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……やっぱり……ですよねー……デスヨネーー!」

「なかなかできることじゃないよねぇー」

 

 やっぱり、隊長がお選びになられたのですね。流石です。

 さすが隊長です(白目)。

 

 

 

 

「うっわ……うわぁ……頑張ってロミオ先輩……」

「というかねーああやって隊長を甘やかしてるのも、私ね、どうかと思うんだわー」

「ナナちゃん、ソレ言っちゃったら終わりだよ」

 

 

 

「ナナ……あまり……彼らのことを突き放してはいけませんよ?」

 

 交戦外のラケル先生が会話へと乱入。

 

 

「先生、こんなこと言うのもアレですが貴女聖母ですか!? 貴女はあのバナナ乗せたド変態に視か」

「ゆいちゃーんーゆっちゃいかーん」

「……んされてるんですよ!?」

「おい」

 

 ラケル先生はまぁ、と白魚の様な手で口元を抑えてコロコロと笑った。

 普段つけているベールが存在しない分、いつも秘されている少女のような……無垢なお顔がよく見える。 

 

 

「……あなた達ブラッドは家族。そこには共に戦う戦友として……そして、来るべき世界、次なる世界への『道しるべ』……そう、新世界の『秩序』を表すP-66偏食因子の体現者として血より濃い絆で繋がっているのですよ?」

 

「はぁい、分かってますよー先生ー」

「ラ、ラケル先生……」

 

 ですが、とラケル先生は続けた。

 

「分かります。確かに……二人とも、年頃の女の子、だものね? 同世代の男の子たちと向き合うことが少し照れくさいのも理解できないことはありません……えぇ、その様なことは……人類が知恵の実を口にした聖典の時代から紡がれてきた人の営みなのですから……」

 

「いや別に照れてなんかいない……と、思いますけど……」

「本当? ねぇねぇ唯ちゃん本当に?」

「何なのナナちゃんのその喰い付き方!?」

「捕食だよ」

 

 

「だからこうして見ることも出来るのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の子同士って……素敵でしょう?」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

「……」

 

 ナナちゃんが遠くを見る目に変わっていった。

 あぁ、知ってる……この目、みたことある……と私はその時、そう思った。

 

 これは。そうだ。

 

 聞きたくもない言葉、見たくもない現実。受け入れたくない世界……そうゆうものを、受け流す時の目だった。

 

 

「ラ、ラケル……先生……イミガ……」

「分からずとも良いのです。今は、いずれ貴女も目覚める事でしょう……大丈夫、女の子は皆、その『素質』を秘めているのですから」

「……は、はぁ」

 

 ちょっと適当に相槌打ってたらラケル先生の青い目がキラキラと輝きだしてしまった。

 その方向性たるや何だかトンでもない方向に薫陶されている様な気がしないでもない……!

 

「さぁ、考えてみるのです……あの場合、どちらが『受け』なのかを! そして! 『攻め』なのか……もちろんリバ可か否かも含めての私の考察を……」

 

 

 

「トンでもないものを踏んでくれたね……唯ちゃん……この話長いよ~……」

「そ、そうなの……!? そうなの……!?」

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  突如現れた車椅子の金髪美人をカメラでパシャパシャ撮影していた謎の警備員がしょっ引かれていくのをアーサーは見ていた。

 

 

 温泉施設で年相応に騒ぐブラッドや同僚たちを眺めて思う。

 自分たちはまだガキっぽいところもあったのだ、と。

 

 数年前ではこんな光景は有り得なかった。元々侵攻の激しい支部ではあったのだが、エイジス計画協力での物資枯渇、そこから数年間の地獄から……よく立ち直ったものだ、と。

 

 いや、正確には立ち直ってなどいない。――きっと、何一つ。

 

 アラガミを防ぐだけの壁は直った、支部はやっと機能を回復し、人民への配給はようやくマトモに戻りつつある。

 ……だが、失ったものを取り戻したわけではなく――何より、もう取り返しのつかないモノも少なくはない。

 

 

「……これからどーっすか……」

 

 今はオフだと頭では完全に理解しつつも、考えることを辞めるのは出来なかった。

 

 最新鋭の戦力である『ブラッド』が何時までもロシアに留まっている訳がない。今、此処に居るのは大量に乗せた難民をロシア支部に下ろしたいからだ。その任務が完遂しつつある今、彼らが此処に留まる理由はない。だが、アーサーは一部隊の隊長として、フライアが開発している神機兵は欲しかった。

 遊撃隊などを組織しなければカバー出来ないほど、ロシア支部のゴッドイーターは足りていないのだ。

 装甲壁のアップデートもしないといけない、だから、何とかして彼らを引き留める方法はないか……或は、短期間で戦力を増強できるだけの『何か』が得られないか。と。

 

 そこで下卑た思考だと、やや自虐的に苦笑した。

 コレが他人のことだったら最低なヤツだ、と軽蔑していたことだろう。

 一体いつから俺はこんなこと考えるようになったんだよ、と思いっきり笑ってやりたくなる。

 

 

 ……4年前じゃ有り得なかった。

 

 あの頃は、正式な任命もなく、アーサーはリーダーを気取っていただけで……やっぱりヘルマンが居て、ダニエラが居て、後に極東に取られることになった『新型』が居て……そして『彼女』が居た。

 

 

 今でも思う。

 

 もし、あの時、自分がもっと考えていたならば……違う未来があったかもしれなかった。

 今でも自分は、あの頃の様に笑えていたかも知れなかった。

 

 オリガを見ていると、どうしても思い出してしまう。

 

 

 

 

 

 

 ――あの日、帰ってこなかったオレーシャ・ユーリエヴナ・パサロヴァを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木製の風呂桶に手ぬぐい、さらには酒まで持ち込んで温泉を満喫しているヘルマンが近くまで寄ってきた。既に酒臭い。というか室温が通常より高い場所で水より気化温度の低いアルコールを持ってきている時点でお察しだ。

 

「何やってんだよヘルマン……テメーは良いかもしんねーけどココにはアルコールNGな未成年だって居るんだからさオイ……ってウォッカ!?」

 

 度数40越えの命の水。

 

 

「臭ぇから寄るな! お前いつものビールは何処行ったんだよ!? 何でビールにしとかねぇの!? 馬鹿なの!? 片目なの!?!?」

「うまいぞ」

「平気か! 冷静か!?」

 

 ゲルマン系は強かった。

 

「欲しい?」

「要らねーよぉおおおお! どうせだったらヴィスコンティ大尉辺りに持っていけ!!」

「拒否られた……」

「あ、ちゃんと持ってったのね」

 

 アーサーはついぞ知ることはなかったが、ジュリウスは実は下戸である。

 ので、アルコール類は一切合切拒否なのではあるが。

 この時点では、酒の力を借りて契約引き伸ばしにしようと思っていたのに失敗した、としか思っていなかった。

 

 

「本当ねーよ……有り得ねぇ……何でお前らゲルマン系だとかスラブ系はみんな酒で解決しようとするんだよ……つかアルコール強すぎるだろ、お前にしろ、ダニエラにしろ、オレ……」

 

 オレーシャ、と言いかけたことに気づき、ハッとして言葉を変える。

 

「は全っっ然信じらんねぇ!! 酒の何が良いんだかサッパリ分かんねぇ!!」

 

 かなり苦しい言語進路変更。

 

「子供の味覚だな……」

「喧嘩売ってんのかお前は」

 

 ヘルマンは居なくならない。それどころか横で手酌で飲み始めた。

 

 

「何かさーこーしてるとさー思い出すよなー色々ー」

「……」

 

 誰が聴いてる訳でもないのに、何故か言葉が止まらなかった。

 

「オリガ、来たばっかの頃ヤバかったじゃん? それが今じゃアレだよ。……何か変な性癖に目覚めてるけど」

「あぁ、変だ」

「立ち直ってるんだとは思うんだけどな。アイツ色々ヤバかったから……」

「……」

 

「色んな所が色々持ち直してきてると思うんだよ。

 だけど、さ……」

 

「……お前は違う、そうだな」

 

「……」

 

 

 何となく目線を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 「見るべきものを、見誤るな」

「……今時流行らない婉曲表現すんな、何が言いたいのかは簡潔に」

 

 思わずムキになったアーサーとは対比的に、ヘルマンの態度は冷静そのものだった。

 

「人は、見たいと願うものを見ようとする。

 だが、現実がそれと同一であるとは限らない。見るべきものを見失えば、取り返しのつかないことになる」

 

 

「……」

 

 隻眼が穴が開くほど見つめてくる。

 ふとアーサーは思った。ヘルマンの過去をよく自分は知らない。

 こいつが語らないから、だが、ひょっとしたら……ヘルマンも昔、見るべきものを見誤り、そしてその結果片目を失うような事態に陥った……などということがあるのかもしれない。

 不思議とそう思えるほどの、力強さが確かにあった。

 

「オリガは、オレーシャじゃない」

「……うっせぇ……分かってんだよ……そんなこと」

 

 オレーシャ、の名を出されたことで胸の奥が痛むのをアーサーは感じた。

 

 確かに一見似てはいるが、改めて見れば全然違う。同じ金髪だがオリガの髪色はもっと薄めだし、目の色だって違う。第一、年齢が異なる。

 かつての戦友――オレーシャが生きていれば、アーサーと似たような年齢になっている筈だ。

 

 

 

「お前は……平気なのか?」

「何故聞く?」

 

 お前は平気なのか、と聞きたい訳ではなかった。

 ヘルマンは恐らく――自分よりも『仲間の死』に慣れている。もしくは、付き合い方を心得ているのだろう。

 アーサーだって神機使いだ。人の死や別離はあの2年前の地獄でそれなりに見てきた。

 

「だから……大丈夫なのか? オリガと『あいつ』は……似てる、だろ……?」

 

 だが、それとは違うのだ。

 

 今でも思う。

 

 

 自分はあの日『何か』大事なものを見落としていたのではないか?

 そうすればもしかしたら『あいつら』を失わなくて済んだのではないか……?

 

 

 願ったところで何が変わる訳でもないのに、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 だからアーサーは聞きたかった。

 

 ヘルマンはそういった気持ちにどうやって、折り合いをつけているのか――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胸の大きさが全然違うだろう……? 一体どうやったら見間違うんだ……?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルマンは真顔だった。

 それどころか正気か? と問うてきているような声色だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……分かってた……分かってたぜ……そうだよな……お前は……そうだよな…………。

 ……うん、聞いた俺が馬鹿だったよ!! あぁそうだな!! じゃあついでに聞くぞ!! ブラッドの神威さんに見覚えねぇかお前!?」

「……」

 

 ヘルマンは今回は少しだけ黙考。

 顎に手まで当てて……もの凄く真剣に、まるで真理を追い求める哲学者の様に沈思。

 2分ほど熟考した後に答えが出たらしく、口を開く。

 

 

 

 

「この時代にあって栄養分の行き届いた育成環境の良い箱入りだが……どこか自信のないアンバラスさがある……いや、そこがまたいい胸だ……似ている胸はあったが、同じ胸は見たことが無い」

「……信じていいんだな?」

「俺が女の胸を見間違うなど絶対に有り得ない」

 

 自信満々に言ってのける。

 ここまで来れば最早清々しい。

 正直あきれ果てたを通り越し感動すら覚えてきた頃。

 

 

 

 

 

 ……何か見覚えがある浮遊物体がふよふよふよふよ、と風呂の上を漂っていた。

 

 見間違えるはずもない。特に――『神機使い』にとっては馴染みのある――プレデターフォーム。

 

 を、デフォルメしたかのような外見。

 アラガミの癖にどこか愛嬌すら感じさせるソイツが――いつも全然探しても出てこないソイツが。

 大変希少な素材を備えていることで定評があり、その素材の加工次第で――神機や装甲壁の大幅な強化が可能となるソイツが……。

 

 こともあろうに温泉の上にプカプカ浮かんで……あろうことかのんびりー、ゆったりーと温泉に浸かっているように見える……!

 

「……ぁぅ……」

 

 ノボセタのか、思わず幻覚が見えたのかとアーサーは目をこする。

 

 ……幻覚は消えなかった。

 

 どころか、きゅぴぃ~という謎の声まで発しているように見えた。

 何だよアモル……アモルお前……。アラガミでも温泉に入ると気持ち良いんだなー……そっかそっかー……アラガミでも風呂好きって居るもんなんだなー……。

 

 アーサーはそこまで考えて。

 

 

 

 正気に戻った。

 

 

 

「アモルぅぅぅうううううう!!!!」

「きゅぴ……!? きゅ……きゅぅ~~?!?!」

 

 

 

 一攫千金の大チャンス

 

 

 ――到来。

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捕まえろぉぉおおおお!!」

「アモさんや……!! アモさんとアバちゃんや!!」

「生け捕りにしろぉおおおおおおおお!!」

「奴らを生きてココから逃がすなぁあああああああああ!!」

 

 流石ロシアの人たちですね。とても対応が早くて何よりです。

 

 

「どっから湧いたーーーー!?!?」

 

 

 風呂場は今、阿鼻叫喚と化していた。

 

 

 

 さっきまで水着だー温泉だーワイワイきゃいきゃい楽しそうにしていた皆さんが……血相を変えて縦横無尽に動くアラガミを追いかけていた。アラガミも何故か驚き戸惑い、電光石火で人間たちから逃走している。

 

 一応補足しておくと、コレは『アモル』とその亜種『アバドン』というアラガミだ。

 コアから希少な素材が採取できるらしいが、遭遇率が低く、また、出現予測かやり難い。更にはコイツら何と逃げ足がすこぶる早いので広いフィールドでの戦闘中の発見などは逃してしまうケースが多い。

 

 ので、神機使い達からは『幸運のアラガミ』――なんて揶揄されている。

 

 

 お分かりいただけただろうか?

 

 そんな『幸運のアラガミ』が……浴場という、閉鎖空間で……大量発生する、その意味が。

 

 

 

「そっち逝ったぞ!」

「逃がすな! 殺せ!」

「ヒャハー!! 汚物は消毒だァー!!」

「チケット置いてけ! チケット置いてけ!!」

 

 

 ……と、言う風にみんな自分のキャラさえ忘れて捕獲にフォーカスしてしまった模様。

 

 

「何かやたら寄ってくるんだけどーー!!」

「ヒャッホー! 超絶ラッキーぃー!」

「……まるでピクニックだな……!」

 

 何でこの状況に順応できるのブラッド。

 せめてロミオ先輩だけは常識人だと思ってたのにぃ!!

 そして隊長にとってのピクニックって……ピクニックとは一体何!?

 

 

「チッケットォ~♪ チッケットォ~~♪」

 

 ロシア勢はもっとすごかった。

 

 金髪ツインテール、巨乳なスラブ美少女オリガちゃん。彼女は、とても上機嫌そうに……鼻歌を奏でながら、とびっきりの笑顔を浮かべて、アバドンをその辺にあった鈍器でボコボコに殴打している。

 返り血()らしきものが水着は顔に飛び散っている分、かなり……怖い……。表情一切変えてないところが怖い……。

 さらに隣に死屍累々の山を築き上げちゃっている辺りもう完全にホラーの類だ。私は、その恐怖映像を見なかった事にした。

 

 アーサーさんも完全に捕食者の目つきだったし、ヘルマンさんは今そこで二匹のビチビチビチビチと、尻尾を振り回しているアバドンを両脇に抱え込んでいる。

 ……何だか凄く絵になっている。

 

 

「ふっ、コレは僥倖……! ユッタリゆっくり禊を楽しみたかったのだろう闇の小悪魔共! ところが残念無念。今……店の前に立ちし、月と金貨の契約者と見えぬ富と引き換えに!」

 

「つ、つまり……月給で店番やってるバイトさんからfcで買った……?」

 

 そんな舌鋒絶好調・フォン・シュトラスブルクな……!

 

「エミール・バインドォ!!」

「あ、網……! オラクル繊維合成の網……!?」

 

 それは。

 隊長が温泉卵用に使ってた網だった。

 

 

「どうだ動けまい闇の小悪魔よ! なぬっ……う、上目遣い……涙目……だと……!?」

 

 網の中のアバドンが、最後の抵抗を試みたらしい。

 ……人間の良心に、賭けてみることにしたらしい。

 

「こ、これではまるで……この僕が……悪……!?」

 

 頑張って騎士の魂……!

 

「だ、ダメだエミール! 惑わされるなエミール! むぅ許せ闇のちびっこい眷属! 貴様に罪はないが僕は騎士……正義を遂行するためには、無慈悲と言えど……あ」

 

 

 するっ、と何かが抜ける音。

 その進行方向に偶々私が存在したことが、多分、いけなかったのだろう。

 ぽすっという軽めの衝撃と共にヌイグルミの様なアバドンが

 

 顔面に激突した。

 

 しかもコイツら意外と力が強い。

 

「う、うわっ!?」

 

 しかも後方にあったのはお湯だった。

 何でこうもギリギリの水際で戦ってたんだろう……私たち……。頭を床に打ち付けることだけは回避できて良かったぁー、と喜ぶべき場面なのかもしれないが、そう呑気なことも言っては居られなかった。

 

 

「ご、ごめんなさゴボボボボ」

「キシャァアアアアア!!!!」

「ア、アバドーン!?!?」

 

 アバドンが闘争本能をむき出しにした!

 

 おかしい、絶対に何かがおかしい……だってアバドンはきゅいっ♪て鳴く神なハズなのだ。

 でも今何か変な鳴き方しませんでしたか。しましたね。聞こえました。意外でしたね。

 

「ひっ……ご、ごめんなさ……」

「ギャジャァアアアア!!」

「い、痛い!? え? 何で?! どうして痛いの!? 噛んだ!? アバドンって噛むの!?!?」

 

 一体全身の半分が顎関節な体型のどこにそんな力が!?

 

「大丈夫か!?」

「ヘルマンさ……助け……」

 

 顔から引きはがされるアバドン。何故だか激しく抵抗するアバドン。そして奴から往復ビンタを喰らう私。

 でも諦めが悪いアバドン。ここまで生きることに執着するアバドン。そして腕を噛まれる私。

 

 ……コレってひょっとして……アバドンにも、ナメられているということなのだろうか……。

 

 

「うぅぅ……ひどい……アバドン……ひどい……」

 

 本気で、目の奥と鼻の奥から水分が湧き上がってきた。

 

 ぐしゃりと湿った視界の中で、何故かヘルマンさんの端正な顔一時停止しているのが分かった。

 目線は若干、下。

 

 ……どうしたんだろう……。と疑問に思っていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 若干離れた場所に何か下着にも似た形状のトップスが水に浮かんでいるのがハッキリ目に入った。

 

 

 どうりで。

 ちょっとスースーするなぁ、とは思っていたんだけどね。

 

 

 

 

「いやぁああああああああああああああああ!!!!」

「…………本当に……本当に……ありがとうございました……!」

「見ないで!! 見ないで下さい!! 私を見ないでーー!!!!」

 

 オイ、鼻血拭けよ……。

 

 

 

 

 

「何で……何でいつもいつもこうなるんですかぁ……私は……私は……! 特に悪いことしてる訳じゃないのにぃ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと、浴場に大量発生したアバドンはホクホク顔のアーサーさんが全部回収していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という惨劇もあったけど。

 

 

 

「本日付けでフェンリル極地化技術開発局所属となりました、シエル・アランソンと申します」

 

 今、目の前に居るのは。ブラッド最後の候補生の女の子だった。

 フリルっぽい服装、銀色の髪を二つ結びにして、リボンで結んだ容姿から……ラケル先生とはまた違った系統で人形の様な女の子だった。

 それなのに、表情は硬く、敬礼の動作は一ミリの狂いもなく完璧だった。

 

「ジュリウス隊長と同じく、児童養護施設マグノリア=コンパスにて、ラケル先生の薫陶を賜りました。

 基本戦闘術に特化した訓練を受けてまいりましたので、今後は戦術戦略の研究に勤しみたいと思います」

 

 少し微妙に気まずい間があって、以上です、と締めた。

 

 凄く生真面目な印象――を抱いたが、むしろそれは好感が持てた。

 私も人付き合いは得意な方じゃない。だから、彼女には少しだけ共感を覚えたのだ。

 いきなりソレっぽく挨拶をしろと言われても……無理なものは無理なのだ。

 

 でも、きっと良い子だろうと思う。

 

「よ、宜しくお願いします。アランソンさん。えっと……私、ブラッド第二期候補生の――」

 

 

 

 

 

 

「と、言いたいところですが実は今もう一人、紹介しておきたい方が居るのです」

「ラケル先生……今……私……」

「ふふふっ……唯、話を遮ってしまってゴメンナサイね……でも、貴女も驚くと思いますよ……

 

 

 

 

 

 

 

 だって貴女もよく知っている人なのですから」

 

 

 

「……え?」

 

 嫌な予感がした。

 

 悪寒が足の下から這い上がってくるような感覚だ。

 何故か冷汗が溢れてくる。

 

 そんなハズはない。

 そんなハズは……。

 

 私の知ってる人? 私が『よく』知っている人……? が、配属……? 

 

 

 そんなバカな……そんな……馬鹿な……コトが……あるわけ……あるわけが……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します! 同じく本日付けでフェンリル極致化技術開発局。神機兵開発部兵装チーム配属になりました――」

 

 

 

 

 とても聞き覚えのある声だった。

 

 まるで、世界が自分の味方であると――本気で信じて疑っていないような、自信に満ち溢れた声。

 きっと、コレが夢なら最低の悪夢だ。

 夢なら覚めて……と言いたい。

 

 

 

 

 

「神威ヒロキです」

 

 

 

 

 

 






現実の世界が忙しかったせいで全然書けませんでしたぁああ!!(言い訳)




あとGEアニメ再放送中!!
メテオライト編は3月から!!


GE2コミックス5巻発売中! 
ロミオ先輩が大活躍する巻ですよ!(白目)

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