ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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泥臭い戦闘を自分なりに書いてみた心算の21話です。




phase22 あなたが人生に裏切られても (後編)

「あいつまた……神威さん! 悪いけど援護頼む!」

 

 目の前にアーサーさんの赤い髪が躍った。

 スナイパー銃をかまえたまま……奴は突っ込んでいく。

 

「了か……ってアーサーさん!? 後衛……後衛が前に突っ込んだ!? ど、どうなってるの……これが最前線の戦闘スタイル!?」

「マジかよ……」

 

 化け物相手には前衛とか後衛とかもうどうでも良くなるらしい。

 

 突撃していくオリガちゃんがステップ中に捕食形態を呼び起こす。

 私のウェアラブルデバイスに捕食形態が表示される――制御ユニット『シュトルム』。加速しながら捕食できるというプレデターフォームだった。

 

 当然その後バースト。

 

「オリガ! 前出過ぎだ下がれ!!」

「と、言われましても!」

 

 すごいアラガミの前でどなりあってるよあのひとたち(錯乱)。

 

「こいつの弱点が前にあるのがいけないんですよぉぉおおお!!」

「もっと狙い方ってモンがあるだろうが!!」

 

 

「アラガミの所為なのねそうなのね!!」

「つーか、普通に喋ってんだなーあいつらヤベ―な……ははっ」

 

 思わず突っ込んじゃった。ロミオ先輩は死んだ目で笑っている。でも手はちゃんとリロードしてガンガン撃ってる。

 

 オリガちゃんは巨大なクレイモアを振るいつづけ、アーサーさんは精密狙撃を繰り返している。後ろのミサイルポッドや頭頂部の兜、狙うべき場所をちゃんと狙って狙撃。

 果たして効いているのかいないのか……よくは分からなかった。

 

 すると、端末に文字が表示された。

 

 

 

 

 information>>テスカトリポカが怒りで活性化

 

 

「……マジデスカ……!?」

 

 活性化、その名の通りオラクル細胞が活性すること。

 アラガミ界のバーストモード。

 つまり……一定時間、強くなる。

 

「活性化……。……来るぞ! 防御体勢! シールド展開!」

「は、はいっ!」

 

 ロミオ先輩の直感は完全に当たっていた。

 

 自然現象ではありえないような、毒々しいまでに鮮やかな薄紫色の煙幕が立ち込める。

 コレは見て分かる。

 ……あの光は、ヤバい。

 

「オリガちゃん! アーサーさん!」

 

 『旧型』の……特に装甲のついていないアーサーさんに防御手段はない。

 だが、そこは何というか……しっかり彼は退避していた。

 

 ……問題は、クレイモア使いの少女の方。

 

「大型攻撃来るよっ! 退避か装甲展開急いで!」

「待ってましたぁ!」

「はい!?」

 

 耳を疑うとはまさにこのことだ。

 

「オリガちゃん!?」

 

 その時、テスカトリポカの……変な緑顔が、パッカリと開いた。

 

 機械質な外見とは文字通り裏腹に、装甲の内側は真っ赤な生肉だった。

 そして……ぬらっとしてて、酷く生々しい特大レバーの中に埋もれている、逆にメタリックな……

 巨大なミサイルが見えた。

 

 

 

「……」

「ここだぁああああああ!!」

 

 彼女は高熱の吹きすさぶ嵐のなかに、そのまま突貫していった。

 

「オリガちゃん!?」

「……」

 

 あの高熱はヤバい。……見ればわかる。

 なのに、彼女は熱さなんぞ感じないかの如く、まっすぐに突進していく。

 確かに……装甲部分で覆われていない、内部は今なら手薄だ。つまり……。

 

 今なら致命傷を与えられる。

 

 与えられる……けど……

 

 

 

 どう考えても、自分目がけて飛んでくるデカいミサイル相手に吶喊するとか正気じゃない、と思う。

 

 

 

 

 飛んでくる巨大ミサイルを彼女は身を低くして走り込み、紙一重のギリギリところで躱した。

 その結果。

 オリガちゃん目がけて飛ぶハズだったミサイルは、撃墜目標を失い、そのまま指定された弾道通りに飛んでいく。

 つまり……!

 

 

 

 

 

 ……私の方へと真っ直ぐ飛んできたのだった。

 

 

 

 

 ガツン、と腕が抜けそうになる程の衝撃が軽めの装甲を襲う。

 

「くっ……熱っ……」

 

 ブスブス、と何かが爆ぜるような音がしているが多分それは気のせいだろう。

 もしかしたら金属が沸騰している音なのかもしれないが、多分気のせいだろう。

 神機がガタガタと震えているし、コアがピカピカと助けを求めているように光っているけど……神機に意識なんかあるわけがないから気にしない。

 髪の毛の焦げる嫌な臭いが鼻孔を突いた。

 何かこの間から戦闘のたびに髪が犠牲になっているような気がする。

 

 一方ロミオ先輩は頭のニット帽を必死に庇っていた。

 

 出すもの出した後、暫く手薄になっていたテスカトリポカの『中』に、オリガちゃんの武器……思いっきり貯めていたバスターソードの専用技――チャージクラッシュが炸裂する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーサーさんの……馬っっっっ鹿ヤロォォォォオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 オリガちゃんの気合いと共に、高密度で圧縮されたオラクルがテスカトリポカの前面装甲を確かに砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……

 ………………おい……」

 

 アーサー・クリフォード氏、男泣き。

 

 

 

 

 到底大丈夫に思えない彼女を、私は走って回収しに行く。

 

「だ、大丈夫……!?」

 

「な、何とか……ありがとうございます……」

 

 息も絶え絶え、になりながら何とか返事をするオリガちゃんに手を貸して起き上がらせる。

 ……やはり大丈夫なんかじゃない。

 炎熱と爆風に燻された地面ですら、まだ熱く、歩く度に靴の裏の耐熱ゴムが溶ける。

 

 軽く見ただけでも、神機を持っている方の腕が……ひどい事になっていた。

 右脚からは嫌な臭いがする、恐る恐る目を向けると、大やけどが目に映った。

 彼女は回復錠を飲み込むが、あまり効いていない。

 ひょっとしたら……『効きにくい』体質なのかもしれない。

 

 

「……立てる? 行くよ!」

「は……はい! 大丈夫ですよ慣れてますんで!」

 

 言いたいことは色々あったが……今は何も言えなかった。

 追いかけてくる小型ミサイルたちから、今は頑張って彼女を庇いながら逃れる。

 両脇に付いている箱みたいな物体――ミサイルポッドから、順次小型弾が射出されていた。

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

「ん? 隊長ー? ロミオ先輩見えたよーっ!」

「む……何? 何か叫んでいる様だな……? フッ、この騎士、エミール・フォン・シュトラスブルクの眼力を以てすれば読唇術など……『ヤベェ、来るぞ避けろ』……?」

「何が来ると言うんだ……キルゾーンには左右からのアラガミ除けに15メートル級の鉄筋コンクリートが立ち並ぶ場所を選んでいる……はず…………だが………………」

 

 

「……おい……何か煙見えないか……?」

「……香月、胸は保護しておけ」

 

 そして彼らが目にしたモノは。

 

 

 元住居に使われていたであろう共同住宅用の建物が、バッタバタとなぎ倒されていく光景だった。

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

「や、やっと辿りつきましたよ!」

「こりゃ凄いですわー……コイツ一匹のせいで地形変わりましたわー」

「ビルばっかぶっ壊しやがって勿体ねえなクソ!! 人間と違ってアラガミ様はゼータクだな畜生!!」

「オレは何も見てないオレは何も見てない……」

 

 破壊神テスカトリポカ。

 コイツが一体現れれば周囲が焼け野原になるの意味が身に染みて理解できた。

 

 さっきから所かまわず小型ミサイルだの爆弾だのをまき散らしまくる――本当に歩く災厄。

 ビルは壊すわ、地面は焦がすわで……あげくの果てには小型のアラガミまですり潰すわ……。

 ……ここまで徹底していると逆に何か凄い、とさえ思える。

 

「ゲホッ……うぅ~……また砂がぁ!」

 

 砂というよりかは、砕けたアスベスト。

 

 ジャリジャリという食感を楽しみつつ、このデカブツを拓けた場所まで誘導した。

 若干高い場所から銃弾の雨がテスカトリポカ目がけて降り注ぐ。

 

「喰らうがいい! 闇の眷属よ!」

「誘導班よくやった! 総員散開!」

 

 怯んで動きが止まった巨大戦車のアラガミ。

 だが、それは次の攻撃の予備動作にすぎないようだった。

 

 またしても、こいつの周りに集まる自然現象じゃ有り得ない光。

 

「またですか……またデスカぁああ!!」

 

 もうやだ……フライアに帰りたい……。

 

 

 

「いや……コレでいい!」

 

 何故かアーサーさんは自信満々だった。

 

 本日2度目のバカっと開き……見たくもないコイツの内部と、そこから湧き出す呆れる程巨大な近代兵器。

 だが、今はさっきと違う。

 これだけ神機使いが四方八方に散開していれば、奴だってどこに狙いを付けるか分からないハズだ。

 

「……」

 

 そのはずだ……った。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 こともあろうに、

 

 極太ミサイルは、

 

 

 私の方へと、飛んできたのです。

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、骨は拾ってください……!」

 

 ひょっとしたらコレが最期の言葉になるかもしれない。

 

 音速並の速さで迫るデカ弾頭。それを回避する手段は……

 

 

 

 地面に這いつくばることしか、できなかった。

 

 

 頭スレスレを――実際にはもうちょっとあったらしいけど――超速度の大人の頭程ある物体が飛んでいく。風圧で頭皮がゴッソリもっていかれるんじゃないか、とさえ思えた。

 

 遥か後方でトンデモナイ爆発音と、何かが崩れ去るような轟音が反響する。

 ……何も聞かなかったことにしよう。

 

 

「怖ぁああ!?」

 

 ガンガン射撃形態に移っている仲間たち。

 よっしゃ、このまま殲滅だ……と思ったところだった。

 

 テスカトリポカが、こっちを見た。

 

 

 

「……あ、あの……」

 

 ロ、ロックオン……?

 結合崩壊し、割れた緑フェイスが私の方をガッツリ向いている……。

 モシカシテ、これ死んだ? あのキャタピラかで轢殺される未来が見える? 大きくなる心拍だけが嫌に耳に響くその時……。

 

 

 奇跡が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!? テスカトリポカが!! 進まないですと!?!?」

「……えっと……何が起きてるんですかね……」

 

 

 目を疑った。

 何だか頑張ってもがいているみたいだけど、そのデカい体が全然ちっともコレッポチも前進していない。

 ……というか……どんどん……沈んで……いってる…………?

 

 特に根拠もなくそう思った。

 

 

「ま、まさか……? まさかのまさか!?」

 

「はっ! このあたりは人間様の土地なんだよ。地質調査はガッツリやってるんだよ!!」

「あぁ……この周辺は泥地帯だからな……」

 

 ドヤ顔なロシア支部の男性陣。

 

「アレ……キャタピラ回ってんのか……そうか……泥に足を取られて回っても進まねぇのか……」

「……履帯の使い方を正しく理解したが故の悲劇だな」

 

 あさながらアラガミ式無限アリジゴク。

 もがけばもがくほど沈んでいく仕様。

 

 

「そう言えば言ってたね~……何で寒波と一緒に出撃なのかって言ってたねー……歩きやすいって……そうゆうことだったんだぁ……」

「ふむ、気候や風土、地形までもを戦術に入れたミゴトな作戦だ……見たか闇の眷属よ! これが人類の力!!」

 

 

 と、高台の上からナナちゃん&エミールさんのハンマーコンビがぼやく。

 

 つまり歩きやすい理由は、この泥土の中にある水分が寒ければカチカチに凍って勝手にコンクリートと化すからだ。それをアーサーさんたちは『歩きやすい』とか言ってやがったのだ。

 

 だが、テスカトリポカのさっきの高熱を一気に放出する戦い方で……氷が解けて……。

 

 ……。

 

 機械内部まで泥が入り込み、完全に身動きのとれなくなった宿敵は虚しくキャタピラをぐるぐるぐるぐると同じ場所で回し続けるだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや歩けばいいだろ!?」

 

 ロミオ先輩正論。

 

 

 

「総員神属性バレッド装填! o-アンプルは箱で持ってきた! 打って打って撃ちまくれ!!」

「いやジュリウス……戦法が正しいことは認めるからもっと言葉選ぼう!?」

「奴の息の根を止めてやれ!!」

「だから言い方選べって!」

「黙って撃ってろトリガーハッピー!」

「違ぇよ! アレは撃ってると楽しくなってくるだけだって! 誰でも一度はあるだろ!? ……え? ある……よな……?」

 

「ねぇよ、黙って仕事しろよ変態」

「……あ゛? テメェに言われたくねぇよクソゴリラ」

 

 

「エミール! キャノッォオオオン!!」

「命中~! クリティカルヒット出たよ! もっと撃っちゃってーエミールさん! でもちょっと角度修正かな? 右にあと15度!」

「エミール……ショットォォオオオオ!!」

「次は上方修正~~!」

 

 

 ……今気づいた。

 

 自分……膝……埋まってるんですけど……。

 

 

 

 

   

 

 

   ▼▼▼

 

 

 その後無事にサクッと討伐でき……コア回収にかなり手間取った後。帰投までの時間を各自物資回収にせいを出すことになった。

 ヘルマンさんたちが意気揚々と『モシカシテ袋~~』と言って胸元から何やら取り出したというビックリ事実は……私にとって忘れられない光景となったでしょう……。

 

 みんなとても手慣れているらしく、とにかく使えそうなものは何でも袋に詰めていった。

 

 

 そこでアーサーさんに金属片を拾いつつ、切り出してみる。

 

 

 

「オリガちゃん、いつもあんな戦い方をしているんですか……?」

 

 あの娘はかなり捨て身な戦い方をしていた……そのことを、問いたださずにはいられなかった。

 アーサーさんの顔にやや暗い影が差す。

 

「……あぁ、アイツは元々『そうゆう』所に居たんだよ。けど、辞めろって言っても聞きやしねぇし……」

 

 そこで一度言葉を区切った。

 続く語句を探すかのような間を取る。

 

「……『それ』以外の戦い方を知らねえんだと」

「……」

 

 

「悪り、だけどコレはオレらの問題だから。『ブラッド』の足は引っ張んねーよ。それにさ……

 

 

 オレは……決めたんだ、もう二度と仲間を失ったりしねぇって」

 

 

 アーサーさんは、言い切った。

 何だか、どこか遠くを見ているかのような……それでいて、過去を心底悔やんでいるかのようだった。

 

 オリガちゃんの戦い方は……確かに前衛としては……ある意味『お手本』のような戦い方なのだろう。

 そもそも前衛は身を挺して後衛たちの盾になり、最後にトドメを刺す――捕食を行うことにこそ意味がある。精密攻撃やデカい一撃は後衛の仕事だ。それがゴッドイーターの基礎戦術。

 特に第一世代はその役割区分が明確になる。

 

 ……だからと言って彼女の戦い方はあまりにも正し過ぎる。

 

 

「……」

 

 だが、それに反論するだけの素材を私は現在持ち合わせていない。

 批判するのには……知識や経験がまだまだ足りていないのだ。

 

 

 と、いつも通り後ろ向きな思考を煮詰めていると、アーサーさんが唸っていた。

 もしかしてまた怒らせちゃったのかも!? と不安がこみあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なー、神威さん? アンタさ、前にロシア支部来たことない?」

「……はい?」

 

 

 

 

 出てきたのが質問でスゲェ安心した。

 ざっと記憶を探してみる。

 

 そりゃ子供の頃――今ほどアラガミがヤバくなく、一時の騒ぎも収束していた頃――世界各国を飛ばされまくった両親にくっついて、兄と二人で色んな場所に行った記憶がないこともない。

 だが、年齢が二ケタになる頃にはすっかり定住していた。親――特に父親とは数年マトモに会うことさえ出来なかった時期もあるが、基本的に支部内の『家』と学校、その他内部の居住区から出たことはない。

 

「すみませんが……もう覚えてないって位子供の頃にはあるかもですけどー……」

「えー……じゃー違うよな……何か、オレ神威さんの顔に見覚えがあるんだわー……まぁ全然思い出せないんだけどな!」

「もしかしたらスンゴイ子供の頃か何かにどっかですれ違ってたのかもですか?」

「うーん……何かそんなロマンチックなのじゃなくって……まぁいいや。多分オレの気のせいだわ忘れて」

「ですねー!」

 

 多分きっとそうだろうという事にして私は疑をぶん投げることにした。

 オリガちゃんが何か見つけたらしく、こっちに手招きしている。

 

 

「神威さーん! 皆さぁーーん! 何か凄いのありましたよ! 見て見てくださいーー!」

 

 

 一体何を見つけたのでしょうね彼女は……。

 どーせロクなモノじゃないよね……と期待しないでおいたけども、彼女が見つけた『それ』は、思っていたよりも遥かにちゃんとしたものだった。

 

 

「……石? 碑文?」

「持って帰れないかなーコレー」

「無理じゃないかな……って何に使うの!? え?! 持って帰るのコレ!?」

「いや、だって? こんなもんでもバリケードとかの代わりに置いておけば役に立ちそうじゃないですか!」

「……」

 

 既に市街地戦を始める気満々だよこの子……?

 

 一体ロシア支部とは何なのでしょう。この間から文化の違いを思い知らされるようなことばかりです。

 今まで自分がいかに視野の狭い人間だったかをよくよく思い知らされます。

 ですが、こんな世界知るんじゃなかったと後悔している自分も確かに心の右端あたりで体育座りしています。

 

「何書いてあるんでしょーね? コレ」

「何か……詩、かなぁ……?」

 

 あまり文学には明るくない。特に異国の文化には。

 もっと勉強しておけば良かった……! と心そこから後悔する瞬間である。

 後からゾロゾロやってきたブラッドの仲間たちがその石を囲み始めた。

 

 ロミオ先輩やナナちゃんが慣れないキリル文字を目で追う。

 意外なことに、真っ先に解読したのはギルさんだった。

 

 コイツ……まさか文系だったのか……!?

 一抹の予感と共に、程よく響く低音ボイスが朗読を開始した。

 

 

 

 

 

 

 もし、あなたが人生に裏切られても

 悲しんではならない、怒ってもならない

 あるがままを受け入れなさい

 喜びの日は、きっとまたやってくる

 

 

 

 

 

 

「何だよギル。知ってたのかよ」

「すっごーい! ロシア語知ってたの!?」

「いや……何だ……? 勝手に頭に……」

「ってかまだ続きありますよねギルさん! 続き続き! お願いしますー!」

「オリガちゃん何気喰い付き強い!?」

 

 

 

 

 心は未来を向いて生きている。

 たとえ、今は辛くとも

 全ては束の間、全ては過ぎ去っていく

 全てが終わった時

 苦しみさえも愛おしくなるのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ドM……?」

 

 

 うっかり発した言葉に、仲間たちがガクリと脱力。

 

 

「お前なぁ……!」

「神威さん……」

「これ提案なんだけどね、もう唯ちゃんね、黙ってた方が良いと思う……」

「そ、そこまで言わなくても……! だ、だって!」

 

 わざとじゃない。

 ただ、本当に心底……一瞬頭をよぎっちゃった考えがソレだっただけだ。

 苦し紛れにギルさんを見る。

 

 

「受け取り方なんか人それぞれだろ。あんまり……誉められたもんじゃないけどな」

「ギルさん……!」

 

 マジでギルさんが良い奴で良かった……!

 本当に良かった……!

 

 

 

「そんな包容力のあるギルに提案。ちょっと口と鼻以外で呼吸して何秒生きれるかという人類の為になる実験に協力してみるとフェンリル本部から死亡保障と言う名の賞金が出るってよ」

「遠慮しとく、そう言やロミオ……呼吸と言えばお前の吸ってる酸素勿体ねぇな」

「……おいゴリ助表出ろ」

 

「ちょっとー。何でそんな鼻息荒いのー? もー、仲良くしなよーー!」

 

 

 オリガちゃんがやや呆れたように、私たちを見ていた。

 

 

「何というか……まぁ、皆さん強いんですけどね~……」

「うぅ……」

「でもまぁ……気取ってないって方向性で考えましょー! そうゆうのって大事ですよ大事!」

 

 もう無理やり言ってる感満載だ。

 

 

 

 

 

「っていうか、そもそも無理ありますってば! ……苦しみが愛しくなる時なんて、来るわけないのに」

 

「……」

 

「私別にドMじゃありませんし~……まぁ将来的に目覚めない可能性も無きにしも非ずですけどね!! 苦しい事とか悲しいことって続きすぎるともうどうだってよくなっちゃいません? そんなことよっか、毎日生き残ることに必死だと苦しいとか悲しいとか言ってられなくなりません? そーゆーもんですって!」

「……そう……なのかな……」

「私はそうだと思ってます。ロシアにはこんな諺があるんですよ」

 

『悲しみは海にあらず、すっかり飲み干すことが出来る』

 

 オリガちゃんはそう言った。

 

 

「苦しみとか悲しみなんてカパカパ行っちゃいますよ! 飲み干せば何も辛くないって!」

「……」

 

 

 

 明るい彼女が、なんだか痛々しかった。

 この娘は……。

 

「そんなことよりも、自分の中は楽しい思い出でいっぱいにしときたいんです。そうしたら、たとえ居なくなっても……頑張って生き残ろうって気にもなりますって」

「……そう、だね……」

 

 一体、この娘は

 

 

 

「だから、楽しい思い出作りたいなー……と提案しましたところ!」

「……オリガちゃん……」

 

 

 

 今までどれ程の悲しみを飲み干してきたのだろう……。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「温泉施設の使用許可が下りましたよーーっ!!!!」

 

 

「……オリガちゃん……ってぇぇええええええぇ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

「悲しみは海じゃない! ので! 全部水に流しましょーー!!」

「何を言ってるの……!? 今話がどう動いたの……!? 分かんない……オリガちゃんが何を言っているのか私には分からない!!」

「混浴ですよ! 神威さん!!」

「ハァ!?!?」

「大丈夫ですよ。ちゃんとヘルマンさんが場所抑えたのでー」

「不安要素しかないよ!?」

「楽しみですね!」

 

 

 

 

「待って……待って! ちょっと待って!? 私の意見を聞いて下さいオリガ・アンドレーヴナさん! 

 これは良くない! 良くないよ!? 悲しみしか生み出さない未来が見える……私には未来が見える! 悪いことは言わないからやめておいた方がいいって……え? 隊長……!? な、ナゼココニ……!? 話は聞いたですって……!? 待って下さい何故そんなにノリ気なんですか!? フライア全員参加だから……って知りませんよそんなこと! こうしちゃいられないって……ど、何処行くんですか隊長!? 隊長!! 隊ちょぉぉおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   □■■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほっといてよ……」

 

「放っとけって……お前いくら『ゴッドイーター』でもこの気温でそんな恰好じゃ凍死だろうが!?」

 

「……ほっといて……」

 

「馬鹿が……いいから来い!」

 

 

 強引に掴みあげられた腕から寒風が吹き込んでくる。霜が降りたまつ毛が重かった。

 開けた視界には嫌になるくらいの灰色の空と、どこまでも冷えた固い白い大地。

 吐いた息が白くなって、下に落ちていった。

 この気温だと、ただ馬鹿みたいに息を吸えば喉を傷めて、肺が凍る。

 

 なのに、そいつは、大声を出した。

 

 まるで寒さを吹き飛ばすかのように。腹の底から大声を出した。

 雪の中でもよく目立つ――赤い髪。

 そして右腕に嵌るおおきな……赤い腕輪。

 

 あまりの身勝手さに腹が立った私はそいつを思いっきり怒鳴りつける。

 

「放っておけって言ってるでしょ!! 私なんか……! 私なんか!!」

 

「……おい」

 

「どうせ使い捨てにするくせに!! 皆……リーリャもターシャもヴォロージャもみんな……アンタ達の盾にされて死んだんだ!! どうせそうやってボロ雑巾扱いするんだから声なんかかけて来ないで!! ほっといてよ……私なんか放っておいてよ!!」

 

 カチコチに凍っていたハズの両手を拳にする。

 

 私たちは……正規のゴッドイーターにはなれなかった。

 

 簡単な訓練だけをされて、妙な薬を与えられて、すぐに戦場へと叩き込まれた。

 今ならわかる。

 初めから私たちは生き残りの勘定なんかに入れられていなかったのだ。

 はじめから『全滅』させる為だけの……本当の意味での『人類の盾』で『壁』だったのだ。

 

 

 

 

 

 

「うっせぇ喚くな!」

 

 

 

 掴みあげられた腕から雪の上に投げ飛ばされる。

 最早、冷たさなど感じる余裕もなく……ただ、ただ痛かった。

 

 そいつは怒声を張り上げる。

 

 

「いいか! 簡単に自分のこと傷付けるようなことしてんじゃねーよ馬鹿!! んなことしても誰も褒めねぇし誰も心配しねぇよ。もうガキじゃねえんだ……自分の面倒ぐらい自分でしっかりみやがれ!! ひとりで勝手に死んでんじゃねぇ!!」

 

「……」

 

 

 胸倉を掴みあげてくる。

 結果的に、これでもかという程顔が近づく。

 

 

「いいか! しっかり貰うもん貰ってんだから……勝手に死ぬとか抜かすな!! 拾った命だったら無駄に捨てんな!! テメェが死んだ奴らの分までアラガミぶっ殺す位の根性見せろ大馬鹿野郎!!」

 

 

 

 

 

 

 その時、寒さでカチカチに固まった前髪が風に吹かれて、不意に視界が開けたような気がした。

 

 正規の神機使いだろうソイツは、私の顔を見て一瞬、何か信じられないようなものを見たような表情へと変わる。

 それはきっと、私が疲労やら栄養失調やら睡眠不足やらで酷い顔になっているから、とかじゃない。

 今時のロシア支部所属の神機使いはその程度は常識であり、驚くに値するようなことではなかった。

 そいつの表情は、色々と複雑だった。

 驚愕と衝撃……そして、わずかに歓喜が入っているような気もした。

 

 

 

 

 

 まるで。

 

 そう、まるで。

 

 

 『懐かしい仲間』に再会した―――そんな顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オレー……シャ……?」

 

 

 

 

 

 口にされたその名は。

 どこか似た響きを持ってはいるものの――確かに私のものではない。

 

 

 『誰か』の名前。

 

 

 

 

 

 

 


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