ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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フライアにあの騎士がやってきます。

そんな19話です。




phase19 北と東の神機使い達

「はいはーい! おでんパンの配給でーっす!!」

「皆さんどうぞー! 並んで下さー……じゃないよナナちゃん!? そんなものあげちゃ駄目ーーーーっ!!」

「えー? なんでー? 皆すっごく喜んでるのに!」

 

 

 

 

「おでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんでででででででで……」

「おでんパン……オデ……スキ……おでんパン……タベタイ……」

「かゆ……うま」

「せんせー……ぐすっ……お兄ちゃんが……先週から……人間の言葉を喋らないの……!」

 

 

 

 

「ほら」

「遅かった!! 遅すぎた!!」

 

 開幕おでんパン……ではなく、現在のこの状況を整理すると。

 受け入れた避難民の皆さんの食糧配給中である。予想していた通り、若干の物資不足は否めない。

 

 と、いうのも事前情報と食い違っていたから。

 

 集落規模から予想していた避難民人数よりも、はるかに多くの生存者が居たのだ。人類としては喜ぶべきところなのだろうが、フライア的には何と言っていいのか……。

 仕方ないので、現在フライアは期限ギリギリの非常食を出したり、あんまり美味しくないオートミールの連続だったりだ。正直、私たち戦闘員も最近は3食合成ミートペーストばかり食べている。コレが冗談じゃなくマズい。

 ロミオ先輩なんか死にそうになっているし、ナナちゃんですら思わず閉口するレべルだ。食事中、誰かが口を開けば、大抵はこのミートペーストへの文句が出てくるという素敵な有様。なので最近は食事時間はできるだけ各自バラバラに、速やかに無言で終わらせることが奨励されている。

 ……凄いのは、ブラッドのゴリラ採用枠であるギルさんが一切文句を言わないということ。フライアに転属されてイキナリこの扱いなのに、舌打ちひとつ漏らさずに全部平らげる。

 一度だけ、「平気なんですか」と質問したこともあるけど、食えるだけマシだと全く邪気のない瞳で答えられた。

 年長者としての意地なのか、それともただ単に底抜けに性格のいい人なだけなのか……。もしかしたら前の職場ではもっとひどいモノばかり食べていたせいなのか。真実は不明のままである。

 謎と言えばナナちゃんも、そうだ。

 

「ねぇナナちゃん。そのおでんパン……どこから湧いてくるんだろー……?」

「え? 企業秘密だよそんなの~! 教える訳ないでしょー」

「……」

 

 とまぁ……毎回こんな感じだ。聞くな、答えないから。と言外に告げられている気分になる。

 こうしてネバーエンディング・おでんパンのお蔭で食料は大丈夫かなーという気もするけれど……。

 ……ブラッド、まだまだ謎が多い。

 

「……ねぇ、唯ちゃん」

「何でしょうナナちゃん」

「あのですねー、唯ちゃんは、色々一生懸命で馬鹿正直だと思うから言うんだけど」

「ちょっと」

 

 口ケンカなら3割引きで買うよ。

 

「あのね、おでんパン……さ」

「その化学兵器で、もう無差別攻撃するの止めなよ。人道に対する罪だよ」

「受け取る人と受け取らない人、が居るでしょ?」

「……そうだね」

 

 よく見て見るとそうだ、と気づく。

 受け取る人、食べる人。奇声を発しながらフラフラと歩きまわる人。おでんパンの禁断症状に苦しんでいる人……。色んな人間がいるけど、一定数受け取らない人というものが居るようにも見える。

 

「その違いって、何処だと思う?」

「……本能的な危険察知能力?」

「バカにしてるの?」

 

 失敬な、割と本気だ。

 

「あのね、大抵の人は素直に受け取ってくれるか、あとは笑ってツッコんでくれるんだ。……だけどね、受け取ってくれない人って偶に居るの。そうゆう人ってね……」

 

 ナナちゃんの目は蹲ったままの人を見つめていた。

 

「何かに、追い詰められている気がする」

「……」

 

 何故か、思い出されたのはギルさんだった。

 あの時は気にも留めていなかったけれど、彼は――角が立たないように、すごく上手く断った。

 ただ遠慮しているだけなのか、アフリカ大陸にかつて生存したと言われている野生生物バリの生存本能で危険回避したのだろうかと思っていたけど……そんな見方もあったのだ。

 何かに追い詰められているのだと――考えることもできたのだ。

 

「……あのゴ……人も……」

 

 ナナちゃんは答えない。というか、あえて無視されている。

 

「……」

 

 でも、それだってどうしろと言うのだろう。

 今日や昨日に出会った人に何ができるって訳でもない。第一……私にそんな力などない。

 

「何でそんなこと私に言うのかな……」

「えへへ。なんとなーく、伝えておきたかっただけだよ~あんまり深く考えないでね」

「……」

「でもね、放っておくと1人で勝手に背負い込んで……取り返しのつかないことになりそーじゃない? 私そんなのは嫌だなって思うんだ。……だから唯ちゃんも、気が向いたらでいいから、できるだけ気にかけてあげて?」

 

 深く考えるなと言う方が無理だ。

 

 あのゴリラが何を背負っているのかは分からない。何が彼を追い詰めているのかなんて全然見えない。

 ……何ができるのかも、分からない。

 私にできることは、今のところ――アラガミを倒すことだけ、なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「全員、集まったか」

 

 久しぶり、ロビーブリーフィングだ。

 中央の巨大画面に映像が浮かぶ。

 

 ……見たところ要塞の様な……かなりデカい。作戦区域の映像の様だった。

 

「旧支部建設予定区になる」

「きゅ……旧」

 

 まるで意味が分からない。

 ナナちゃんとロミオ先輩のコンビも同じような感じらしく、どうやらあまり理解が追いついていないご様子だ。何だ私だけじゃなかったんだ良かったー……などという、妙な安心感。

 

「昔そこに支部が建つ予定だった場所……だろ?」

 

 意外なゴリ……ギルさんから、予想外なお言葉が放たれた。隊長がこくり、と頷き肯定する。

 

「その通りだ。流石だな、ギル」

「……古巣でも似たような話を聞いた」

「ちょっとー? 訳わかんないよー? 隊長! 私たちにも分かるように言ってくださーい!」

 

 危うく成人組だけで話が進むところだった。

 ……というか、ギルさんの『古巣』って一体……。

 

「よくある話だ。フェンリルの本部と世界各地に点在する支部――更にその支部の管轄で一部民間人や傘下企業を疎開された……小規模のアーコロジーを建設する話があったんだと」

「つまり、ミニチュア版な支部……?」

「ん? 待てよ? あった……?」

「過去形だねー……」

 

 ナナちゃんの指摘でやっと気付く。

 きっと、収容人口に限界が来たからそれを移転……だとか逆に壁の外の人類の救出とか、或は此処、フライアみたいに研究系だけを独立させた形とか……色々と思う所はある。

 が、肝心なのは過去形だってこと。

 

「大半は資金難で書面の時点で立ち消えになっているっつー話だがな……現存するものを目で見るのは流石に俺も初めてだ」

「へぇー……流石玄人サンは違うなーよぉ~っくご存知で凄いなー。フェンリルのまっ黒そうな黴臭そーな陰気臭ェ所も5年も神機使いやってりゃそうなっちまうのかあーあーあー」

「ちょ……やめて下さいよ先輩ぃ……!」

 

 ロミオ先輩は殴られたことがよっっっっっぽど気に喰わないのか、イチイチイチイチイチ何か言わないと気が済まないらしい。

 仲良くしろとは言わないからせめて、皆が一緒なときにやる必要はないんじゃないデスカネ。ねぇ、先輩。

 が、反するギルさんの反応はと言うと……。

 

 

「誉めたって何も出さねぇぞ?」

 

「……」

「……」

「……あー……つづけてジュリウス」

 

 

 こくり、と隊長が首を縦方向。つまりは重力に従う形で振る。

 何か目が『仲良しなんだな』とかちょっと嬉しそうな気がするけれど放っておく。

 

 

「大方はギルの言った通りだがひとつ訂正するならば……この立ち消え原因、それは資金難ではなく『エイジス計画』だ」

「エイジス計画……ですか」

 

 またそれかぁ……。

 すげーデケー計画だった、ということは知っている。その裏で何か色々あったらしいという黒い噂も聞いていたけれどそれじゃあ不満も持たれるだろう。

 仮に、そのミニ支部が出来上がっていたのならば、技術だって前に進んでいたかもしれない。

 救われていた誰かが……居たのかもしれない。

 

「それよか本当に恐ろしーのはさー……よくコレ位でっけーモンを放置できていた、ってことだよな。単純計算で3年放置してたんだろ? 普通有り得ねえって」

「やだな~先輩。そんなの決まってるじゃない! きっと工事とか~計画とか~……関与した人たちが皆謎の失踪を遂げ……」

 

 聞くんじゃなかった。

 

「うわぁぁぁ! 言-うーなー! それ以上言うなーー!! 分かったよもう! 分かったからぁ!」

「失踪……行方不明……ま、またなの? また硝煙臭いお話が!? もうやだぁーーーー!」

「落ち着け唯! そうと決まったわけじゃない!! ってかお前らも何か言えよ!?」

 

 その矛先は辛気くせーフェンリルのキナくっせー部分を知っているであろうマクレイン隊員に向かってシマッタ……!

 

 

 

 

「あぁ……きっと関わった奴らが全員……物凄く口の固い連中だったんだろうな。そうとしか考えられん。コレほどのモンを隠……ん? 何だお前らどうした?」

「……」

「……」

「……」

 

 この人……本当に、優しいんだな……。

 

 

「ギルさん……ギルさんが居て、本当に良かったぁっ……!」

「は?」

「お前のコト、ちょっとだけ尊敬するわ。そうゆうトコだけな。心から」

「ねぇねぇギルー? 今まで~一体どんな人生送ってきたのー?」

 

 今だけでも、一瞬だけでも、人間の正しさを信じてみる気持ち……忘れかけていた何かを取り戻させてくれたギルさん……ありがとう。

 まぁ、掘れば人骨がザックザク出てきそうな予感はするんだけどね。

 

 

「……で、つまりはそこの奪還だ。先遣隊がその場所を陣取っている……が、包囲されたという情報が入った」

「はぁ……」

「一か月にも渡る籠城戦をしており今のところ大きな戦闘は見られない、とのことだ。我々のすべき点は2つ」

 

 大画面に図と映像が表示される。

 映像の方はリアルタイム送信なのだろう、支部の外壁を思わせる巨大なアラガミ装甲の一部が喰われて穴が開いており、そこに申し訳程度に旧型の電磁バリアが張ってあった。

 更に、その背後には万が一に備えてか備え付けの自走砲や戦車で戦線が築かれている。

 何が問題かは一目瞭然だ。

 

「この穴を塞げば良いと?」

「あぁ、そうだ」

 

 ロミオ先輩やギルさんの表情に硬いものが混じった。

 多分、私も似たような顔をしているのだろう。

 穴、と簡単に言ったけれど……これはかなりデカい。色々なアラガミが散々食い散らかした後何だと思う。所々溶解しているし、断面図もぐっちゃぐちゃになり果てている。

 こんなデカい穴を人力で塞ぐのはかなり……。

 冗談みたいだけど、それでこそ巨人みたいな……。

 

「巨……? そうだ、神機兵……!」

「あぁ、そうだ」

「おい、マジか……」

 

「言いたいことは分かるが続けるぞ。我々が行うべきは2つ。1つはこの『内部』に人員と物資を供給、つまりはこの壁の中に兵員を送り込むことだ」

 

 その兵員って間違えなく我々のことですよね、隊長……。

 

「2つ目は修復作業のオラクルリソースの提供と採取――結局はいつもと同じさ。アラガミを狩ってコアを採取する。それだけだ」

「……はい」

「何だかなぁー」

「隊長ーなんでそんなの引き受けたのー……?」

 

 いや……まぁ、多分本部からの命令だから拒否権なんかないのだろうけど。

 

 

 

「本来ならば、支部になるはずだった場所だ。立ち消えになったとは言え、基本的な設備は整っているだろう。……であれば」

「あっ」

「……そっか、それなら……!」

 

 そのままサテライトに転用できる――と、いうことだ。

 

 今フライアは……半分は私のせいなんだけど……大量に難民を引き連れている状態だ。ちょっと前に色々あって、人乗せて……ついでにその話がどっから広まったのか、フライアを頼ってくる人間も集まるようになっている。

 今のところはそれで何とかなっているかもしれないが、いつか絶対に――限界が来る。

 

「この『領土』を人の手に奪還した暁にはフェンリルが今乗せている避難者全員の居住許可が下り、ここをサテライトとして正式に認める、という話を取り付けた。……ここまでだ、俺たちに出来る事は」

「……はい」

「流石隊長! すごい! 何時の間にか問題が解決ー!」

「そんなこと……いつやってたんだよー」

 

 勝手な話、かもしれない。

 ……でも、本当にここまでなのだ。私たちが……フライアのゴッドイーターが、『彼ら』の為に何かができるのだとしたら。

 とりあえずの安全と、食料の配給。フェンリルの発行する身分証明書。

 いわば、籠の中の鳥になれと言ったようなものなのかもしれない……けど。

 

 何かを選ぶには――まず、生きなければならないのだ。

 

 

「ただ一つ、『不安要素』があるので通達しておく」

「ふ、不安要素……」

 

 また不穏な言葉が……!

 隊長がそんなネガティブ単語言うんだからよっぽどのことではないかと思うけど……でも、負けてなんかいられない。おっしゃ来い! 不安要素なんか受け止めてやりますとも!

 とか決意を固めていたんだけども。

 

 

 

「発案、計画、協力、提供……ロシア支部……」

 

「……」

「……」

「……」

「……そうか、分かった…」

 

 

 私の決意、一気喪失。

 

 

「無理です!!!!」

「オブラートオブラート!!」

「お、おでんパン食べて落ち着かなきゃ……!」

「だ、だって相手は『あの』ロシア支部ですよ!? 超絶ブラックで有名なロシア支部ですよ!? いいえ、ブラックなんてもんじゃないよ、あそこはむしろダークネス!!」

「分かったから落ち着け! オレだって泣きてーよ!! ってかダークネスとか言うな! 忘れられなくなっちまうだろ!」

「だ、だって……! だって相手は! あの……! 3年前にいち早く新型を導入しておいて真っ先に極東に研究者ごと持っていかれたロシア支部ですよ!?」

 

「た、確かにそうだけどさ……! でもほらアレだよアレ! 相手が――例え極東のパシリになり下がっててエイジスん時に絞られるだけ絞り取られていたあのロシア支部だとしても!」

 

「何かねーやだねー……だって~……ロシアと言ったら『あの』びみょーな結果に終わった大掃討作戦の場所でしょー? ……それよっか、ロシアの美味しいものってー何だろー? ピロークとか、ピロシキかな?」

 

「極東やアメリカに次ぐ激戦区のひとつと聞いてるぜ。兵員の腕は確かなんだろ? そいつらと合同なら心強いな」

 

 ギルさんだけが、ロシア支部の肩持ってる。

 

「……総員気持ちは分かる……とりあえず、遺書の準備は忘れるな以上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  と、言われても……だ。

 

「遺書……なんか書けないってば……」

 

 目の前の白紙を見つめながらぼやく。

 一応、フランさんから便箋と手引きは貰ってきたけれど、考えてみたら私に財産はほとんど存在しない。あってもフェンリルの条項に従って遺産分配や遺品、そう言ったものは未成年の場合大抵は全部親元か肉親、保護者に行くようになっている。

 特に私の様な両親が健在な場合は確実に親。

 一応渡したくないモノ……つ、机の中の2段目の引き出しに入っているものとか……ターミナルのデータとか、そうゆうものは、もし私が戦死した場合には、一時的に指揮官(この場合はピクニック隊長)の管理下で処分してくれるらしいし、選ぶものもない以上特に書くこともない。

 

 と、なると。

 

「やっぱここ……」

 

 つまり、本当の意味での遺書。

 家族に遺したい言葉はあるか、ということ。

 

「……」

 

 ……どうしよう、ない。

 

「……仕方ない、例文集からランダムに組み合わせて……」

 

 まず、書き出しを選ぶ。①に書いてあるお父さん、お母さん~の文章を記入。

 次に18ページまでめくり、2段落目を選ぶ。そして次は27ページ目の3段落目を……。

 

「ねぇねぇ! 唯ちゃーん! 書いたー? 見してー!」

「ナ、ナナちゃん!? ナニヲイッテルノ!? あなたは!?!?」

「良いじゃん~」

「ちょ……」

 

 ひょいっと、とても身軽なナナちゃんは私の手からいとも簡単に手紙を奪ってキラキラと必要以上に輝く目で一読する。

 そして、案の定。

 

「……なにこれぇ」

 

 非常につまらなそーな顔になる。

 当たり前だろう、だってソレ、至極適当に書いているんだから。面白くも何ともないと思う。

 

「ちょっと唯ちゃん? コレは幾ら何でも酷いんじゃない?」

「だ、だって……何書けばいいのか分かんないし……お金とか物とかないし……」

「だからって遺された文章がこんなってさー……ちょっと唯ちゃん? 真面目に死ぬ気あるの!?」

「ないよ!?!?」

 

 当たり前だが、私は出来るだけ死にたくないのだ。

 絶対死なないという自信なんかないし、強い意志もないけど、死にたい訳なんかない。

 それが人間、というか生物だと思う。

 

「唯ちゃん、ってさー。基本的に悲観的でマイナス思考でずるずるウダウダグタグタの根暗っ子だけどさー、変なところで楽観的だよね~。というか甘いよー? 自分は死なないって思ってるんでしょーどーせ。そうゆうの『油断』って言うんだよ?」

「うっ……」

 

 当たってる……ような気がする……。

 

「そんな風に甘えてていいと思ってるの? そりゃ私たちは隊長とかーラケル先生とかー局長とかに甘えていい立場だよー? 責任とかまだそんな背負わされてないんだから」

「……はい」

 

 確かにそうなんだよなぁ、まさに……この状況。

 前だって勝手に一人で突っ走って……結局は皆に助けに来てもらった。後先考えないで痛い目に遭ったのは私もだけど……巻き込んだ結果色々迷惑かけちゃったのだ。

 で、しかも今度はその事態の収束まで隊長にやってもらう始末。

 本当部下思いな組織だよフライア。

 

 

「だけどさ、やっぱり自分の命は別じゃない? 自分の命に対して責任を取れるのって、やっぱり自分自身だけ……なんじゃないかな?」

「……はい」

「だから、真剣にならないとね! 隊長みたいにみんなの命背負ってる訳じゃないんだもん! それにね、唯ちゃん」

「……」

 

 

 

「死ぬことから目を逸らすことはね……生きることから逃げることと、同じだって思うんだ」

 

 

「……うん」

 

 ……やっぱり、ナナちゃんはしっかり考えている……。

 ただのおでんパン娘だと思っていたけれど、それだけじゃない。意外としっかりしてるし……周りの事だって、本当はすごく良く見ているんだ。

 自分のことばかりで手一杯な私とは、大違い。

 

 ……と、こうやっていつもの自己嫌悪に陥りそうになる。

 反省と自己嫌悪は違うのに、なんでいつもこうなっちゃうんだろうか。

 

 

 

 

 

「で~私のはコレー」

「い、良いよナナちゃん……そう簡単に人に見せるものじゃないでしょ……そうゆうの……って!? え!?」

 

 

 口では嫌と言いつつも、身体は実に素直だった。

 

 そこには、ハッキリと書かれていたのだ。

 うっすら桃色に染めてある紙に、赤いインクで……あまり綺麗ではない字が――いや、狂乱一歩手前、とても精神的健常者が書いたとは思えないような絶妙な狂気具合で乱舞している。

 

 

『世界が、おでんパンと笑顔で溢れますように……。』

 

 

 右下には幼稚なタッチだけど、何故か虚ろな眼差しを持った人々がおでんパンらしき物を笑顔で飲み込んでいるという更に怖いイラストまでついている。

 

 

 

「どうしたのコレ!?!?」

「これがね……遺したい、大切な言葉」

「真剣に向き合った結果がコレ!?!?」

「うん!」

 

 何か色々大絶滅してる。

 

「私が死んでも……おでんパンには生き残ってて欲しいんだ。おでんパン食べて、笑顔になれば、きっとみんな幸せになれるんだよ」

「そ、その笑顔死んでるよ……!?」

「そして世界がおでんパンと笑顔に溢れればきっとみんなアラガミなんか怖くなくなるんだよ? そのまま笑顔で総員突撃~一挙殲滅~~こうして世界に平和が戻るのでーす!」

「何その光景!? 世界の終末!? 人類の終焉!?!?」

「未来を切り拓くのはいつだって人の意志なんだからっ!」

「そんなナナちゃんの歪んだ遺志に支配された世界なんか見たくないんだけど!?」

「……そのためにはもっと、おでんパンを改良しないと……こんなんじゃまだまだだよー……シアワセが足りてない」

「ま、待って!? 待って下さい!? どうしよう……私、人類の未来の為にも……このまま貴女を放置しちゃいけない気がする……!?」

「そんなことないよ?」

「あるよ!」

 

 ナナちゃんは一体どんな闇を抱えているのでしょうか。

 甚だ疑問ですね。

 

 このままじゃいけない、と思ってナナちゃんの手を掴んで走る。

 

「隊長ーー!? 聞いてくださいこの女……!」

「何-? 何なのー!?」

 

 ガツン、とアポなしで隊長の私室へと突撃強襲。

 ブリーフィング中だったのか、ロミオ先輩も居た。二人で文章をつっつき合っている。

 

「あ、会議中でした……? 失礼しましたぁ!」

「センパーイ!」

「何だよお前ら……どうしたんだよ……」

「何かトラブルか?」

 

 いや、そうゆう訳じゃないんだけど…‥。

 とも言いにくい。ここはテキトーに理由を構築してみる。

 

「あの……すみません隊長、遺書が全然書けなくて……」

「そうなんですよ隊長ー! 唯ちゃんってばひっどいんだよー? 例文集丸写ししようとしてたんだよ!」

「あとナナちゃんの遺書が間違えなく倫理的な理由から検閲対象で!」

「何だよその倫理的な理由って……」

 

 ロミオ先輩がジト目で呆れたようにつぶやく。

 その現実を突き詰めるべく、ナナちゃんの手紙を見せることにした。

 

「ちょ、やーめーてー! やめてよ唯ちゃんっ! ……は、恥ずかしいよー!?」

「今更……何を言っているのです? さぁ、見ちゃってください先輩!」

「や、やだー!」

 

 嫌よ嫌よも好きの内!

 さっきとは打って変わって無駄に絡みついてくるナナちゃんを抑え込みながら先輩に用紙を見せつける。

 ロミオ先輩の翡翠の目が馬鹿らしそーにして、それを一読。次に驚愕、やがて恐怖へと塗り替えられていく。この人割と感情がすぐに表情へと変換されるから百面相みたいで面白い。

 

 

「……燃やそう、ジュリウス」

「何故だ、良いと思うが?」

「先輩……酷いっ!」

「良かったぁ……信じてましたよロミオ先輩!」

 

 急に不自然に涙ぐむナナちゃんは放置。

 どうせお得意点なウソ泣きでしょ。人の涙腺がそんなにご都合主義な訳がない。

 

「コレやべぇよ……!? 読んだ人間の精神を間違えなく浸食する力があんぞコレ!? 悪いことは言わねーから書き直せ! もう頭から離れないんだけど!? 今日の悪夢はコレで決定なんだけど!?」

「ですよね!?!? ですよねー! やっぱりそうだよナナちゃん……! 正義は勝つ! だから人は明日を信じ! 正義が負けないからこそ前を向いて生きれるんだよ!!」

「人のこと悪の大魔王扱いして~……いいもん! 明日の唯ちゃんの朝ご飯に下剤混入しちゃうんだから!」

「ご、ごめんなさい言い過ぎましたぁ! 何でもするからい、命だけは!」

 

 と、色々やっている間にも隊長は何故か真顔のまま、ナナちゃんのを見つめていた。

 不意に、何か思いついたように閃く顔つきになる。

 

「……分かったぞ、ナナ。挿絵の右下の人物だが腕が3本生えている。これでは、まるでアラガミだ。修正しておく様に」

「……はい」

 

 黙ってれば絶世のイケメンなのに……。何かもう……。もう……。

 

「で、お前の方はどうなんだ」

「……あ、私ですか……その……書けなくってちょっと……」

「書けない? なんでだよ?」

 

 ロミオ先輩があっけらかん、と言う。

 

 

「あまり難しく思い詰める必要はない。……遺したい言葉を書けばいい。たとえ、自分が居なくなった後でも……誰かへと伝えたい言葉を書けばいい」

「……って言われても」

「というかお前家族居るんだろ? じゃあ家族に向けて何か書けばイイじゃん」

「そんな……カンタンに言わないで下さい……」

 

 むしろソレができなくて困っているのに。

 だが、そこでふと思う。

 先輩達はラケル先生の運営する孤児院出身だと聞いた。……と、いうことは家族や肉親はもう、この世には存在していないということだろう。

 もしくは、もう手紙を出せるような状況ではないと。

 

「先輩たちは……先輩たちのは、あの……どこに届くんですか」

「オレらの分ー? そらマグノリア・コンパスだろ」

 

 やっぱ孤児院に行くのか。

 ……そっか、やっぱそうなんだ……。

 

「ってことはナナちゃんのそのヤバイのを夢も希望も未来もある無限の可能性を秘めている子供たちに見せると言うの……!?」

「なにがもんだいかな? よくわからないよ?」

「それだけじゃねぇよ、きっと未来永劫語り継がれていく類のシロモノだっての」

「やだ~そんなの本望だよーー!」

 

 ……それはあかん。あかんよナナちゃん……。

 隊長が、やれやれ、と仕方なさそうに笑う。

 

「ロミオ、ナナ。少し待ってやれ。こいつは俺たちとは事情が少々異なる。……確かにすぐに死後のことを考えろと言われても困惑するのは当然だろう。……急ぐ必要はないさ」

「そーそ! いざとなったら代筆だ!」

「遺書ですよね……?」

「知ってるかーない話じゃないんだぞー? 適合試験時の事故って死んじゃった人の代わりに代筆するって話もあるんだぞー」

 

 それは流石に嫌だと言うか……。

 

「ほーら、もういいでしょ! 唯ちゃん。もうお邪魔タイムは終わりだよー? じゃー失礼しましたー!」

「気にすんなよ。イキナリ言われて書けるもんじゃねーよな普通は。……さージュリウス続けるぞ」

「頼む」

 

 ナナちゃんに背中を押されて部屋を後にする。

 先輩と隊長はこれからブリーフィングを再開するらしい……そうだ、暇なのは私たちだけなのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「フェンリル極致化ぎじゅじゅ……くっ、また噛んだ……!」

「よし、分かった……落ち着けジュリウス、お前は何でも憎ったらしい程やればできる奴だ……慌てず騒がず冷静にもう一回行こう」

「分かった……、……よし、フェンリル極致化技じゅちゅか……! クソっ……」

「……なー、もう諦めて最初からフライアで良くね……?」

「駄目だ、初対面が大切なんだ……ここでコケたらまるで意味がないんだ」

「……じゃ死ぬ気でやれ」

「フェンリゆ極致化技術開発局所属『ブラッド』……言えたぞロミオ!!」

「言えてない。おしい」

「何……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……うわ」

 

 何やってんでしょうかね、彼らは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、フェンリルの居住区画に戻ってきた。

 いつ見ても本当にここはスゴイ。何だって町を丸ごと一っこブチ込んでいるのだから。少し前まで、かなり瀟洒な感じの街……という雰囲気だったこの場所も。

 

 今じゃ人口過多で何となくゴダゴダしている。

 そこらへんに段ボールだのコンテナがごった返していし、フェンリルマークの輸送ケースも転がりまくっててどれが開封済みなのかもよく分からない。

 ……まぁ、忙しいのは誰だって同じということの証左だろう。

 

「で、まだ1ミリも進んでない進行状況~」

「言わないでよぉ……」

 

 だって書けないもんは書けない。

 

「本当に? だって唯ちゃんこの間死にかけてたでしょー? あの時も何も思い浮かばなかったとか?」

「……」

 

 ……何も考えてなかったなぁ。

 

「はぁ……万策尽きちゃったねー……」

「……」

 

 ナナちゃんが今の状況を明確に言語化した。

 二人揃って長椅子に腰かけつつ、何となくぼーっとしていると、足元にコロコロと何か転がってくるような物体を発見。足先を見ると小ぶりで、固くて、金属質な物体が目に入る。

 ……間違えない、コレは……。

 

「スタグレ……」

 

 どっかしらに転がってるな、コレ……。

 一応武器なのだから、そんなに転がってて良いものではないハズだけど……。しかし、ここが研究施設兼軍事基地なのだということを考えれば……。

 ……いや……やっぱ、鑑みても、アウトだと思う。

 

「すいませーーん! ソレ拾ってくださーー……あ、何だ唯さんとナナさんだー」

「何だって何……ってアレー? 健太君ですか!?」

「何だかお久しぶりだね~はい、おでんパン!」

「いらない」

 

 あっさり、おでんパンを拒否されたナナちゃんはショックを受けたらしく、袋ごと遥か彼方まで逃げていってしまった。

 その拒否権を発動できた子こそ……。いつぞやの黒蛛病の少年、如月健太君だった。

 電動車椅子の扱いがすっかり板についてきたらしい。ただし、服装はもう病院服ではなく、普通の服になっている。

 だけど、手や腕は未だに包帯でぐるぐる巻き。

 ……と、いう事は『そう』なのだろう……まだ。

 

「君こんなとこに居て大丈夫なの……!?」

「全然平気ですよ? 何かここの所体調が良くて!」

 

 にっこりと笑う少年は快活そうだ。

 ……というか、むしろ健康そうにも見える。

 

「あ、でも接触厳禁ー。唯さんソレ投げてー」

「……はい」

「ありがとうございますー」

 

 下投げでかるーくスタングレネードを投げる。

 それを少年はキャッチ。

 ……かなり回復してるよね、この子……。え、何そうゆうものなの? そうゆうのものなの??

 最後にあった時にはほとんど死にかけていたような気も……。

 

「イワン先生がねー、少しだったら外出ていいって言ってたんだよー。で、先輩さんとかに連れまわして貰ってさー……もうおれフライアのプロだぜ!」

「超回復してる……」

「治ってないけどねー! でも今は色々やることあって楽しいし」

「やること……?」

「うん!」

 

 健太君は首から下げていた紐を上げて、見せてくる。

 その紐の先には……形が崩れて、若干溶けて……それでも何とかして誰かが一生懸命復元したであろう。

 赤い腕輪がぶら下がっていた。

 

「……」

 

 ヤベェ……これ……コレ……!

 

「唯さんと会長さんが一生懸命取り返してくれたんだろー? これ、父さんのだって!」

「……あ、あの……健太君……こ、これ……これね……私…」

 

 

「ありがと、唯さん」

 

 

 

「……」

 

 罪悪感が昇り飛竜……。

 だってコレ……パクッとしちゃったブツであり……。

 ……そして……その……。

 

「アラガミに捕食されてたのを取り返してくれたんだよね! ありがとう!」

「……………………イイエ、ドウイタシマシテー……」

 

 ……そうゆうことにしておこう。

 真実は海ではないから、全て飲み干すことができるのだ。喉元過ぎれば熱さも苦さも全部忘却することが出来る。

 それに、形見になった腕輪を大切そうに持っているこの子が相手に真実を告げることは、今は保留しておこう。

 ……それでも良いハズだ。きっと。

 

 

「帰ってきたときはバラバラで、すっげー落ち込んだけどさ……ハカセがさ! 治してくれたんだ!」

「ハカセ……?」

「うん!」

 

 フライアで博士、と言えそうな人物を思い浮かべてみる。まずは、我々ブラッドのオーナーにして、発起人。マグノリア=コンパス創設者でブラッド3人の育ての親、そして……隊長の女神。ラケル先生。

 次にそのお姉さんで神機兵の開発部長をやっているらしい……少し前に局長の局部にローキックかました美女、レア博士。

 私がパッと思い浮かべることのできる人物はその2名くらいなものだけど、その他技術職は白衣の人間も多いし……この少年から見れば皆どいつもこいつも『博士』に見えるのだろう、とも思う。

 

「ハカセは色々教えてくれるしー世話んなってるんだーおれー」

「……そうなの……?」

 

 神機兵の実験投入の迫るこのクッソ忙しい状況下で病気の子供の相手をしてあげられるような聖人が……正直フライアに存在しているとは思えない。

 じゃあ一体……と考えてみる。

 

「何か教えてもらってるの?」

「うん、ハカセ凄いんだー。大人だし、綺麗だし、美人だし。あと優しいし。ラケル先生の次位に凄い人だって思うよ」

「……」

 

 既に精神汚染済み……こっちは……もう手遅れ、なんだ……。

 

「スタングレネードの構造とか教えてくれたんだ! あと『へんしょくいんし』? だっけ……? 何かそうゆうのも色々教えてくれるし」

「……」

 

 何か段々心当たりが付いてきた。

 

 その予想に違わず、一人の女性が姿を現す。

 ……やっぱり、20才を少し過ぎた位の黒い長髪に青い目の女性だった。

 

「ハカセだよー唯さん」

「……お久しぶりですね……」

「……はい」

 

 そうだ。

 彼女は……元々、フェンリルの科学者だったのだ。

 

 

 

 

「……あの時は……助けて頂いてありがとうございました」

「い、いえ……その……何かすいませんでした……」

 

 ……簀巻きだか何だか色々ひでぇコトしたような気がする。

 そこからしばらく、間が開いてしまう。

 極めて近い距離に居るのにお互い黙ったまま、というのは余程信頼し合っている仲でないと不安を催す。

 特に……女にとってその沈黙時間は腹の探り合いだ。だけど、この人とはもう、そんな勘繰り合いなど繰り広げたくはない。

 と、いうか、相手はフェンリル本部相手に自分の生死すら隠して生き延びてきた人間。勝てる気がまるでしない。

 

 

「あの……色々、不自由何かはありませんか? 大変じゃありませんか?」

「……いいえ。むしろ前よりもずっとずっと、安全で安心ですよ……皆にとっては」

 

 その声色はどこか寂しそうだった。

 

「全員分に配給が来る。アラガミに襲われなくても良い。子供たちには……初歩的な教育まで受けさせてもらえる。大人だって……手が足りないからでしょうが……仕事を貰える。元々、皆さん我流で通してきた所が多かったですから、ちゃんとした機会に恵まれて前を向き始めていますよ」

「……」

 

 フライア……スゲェな。

 

「皆もう、迷いながらも自分の道を見つけている様です」

「……そうスか……」

 

 この人は、どうなのだろう、と思った。

 

 流石におでんパン測定なナナちゃんじゃなくても分かる。

 この人も、確実に何かに追い詰められている側の人間だ。

 

「あの子は強いですね……」

「……」

「さっさと病気を治して……故郷に帰るんだと言っていましたよ。……それが当面の目標だと」

「……」

 

 黒蛛病の死亡率は……現段階で100パーセントと言われている。

 その事実が深く胸に食い込んでくる。

 

「幸い、あの子の進行具合は……過去の罹患者のデータと照合しても遅い様です……その原因は、恐らく」

「……原因?」

 

 戻ってきたナナちゃんがおでんパンを無理やり健太君の口の中に突っ込もうとしていた。

 車椅子の健太君は必死にディフェンスしようとしている。

 そんな戯れる2人を、少しだけ遠くから見つめつつ、彼女は口を開いた。

 

 

 

「あの子は……生まれながらにして、偏食因子を持っている」

「……はぁ!?」

 

 

 静かにしろよ、と言わんばかりの冷たい眼差しで射すくめられ、開いた口を慌てて閉じた。

 

「恐らくはP-53型。……冷静に考えれば、たった十代前半の子が、『壁』の外に追い出されて生きていける確率はごく低い……ですが、事前にアラガミの危険を察知できるとしたら? そして……生まれつき、並の人間よりも身体能力や生存能力に長けていた、としたら」

「……」

「聞いてみたのです。……あなたの御父様が、いつから神機使いだったのか、と」

「……」

「あの子は応えました。『ずっと』そうだった、と」

 

 そんな衝撃の真実を聞かされても……。

 困る、というか怖い。

 ……聞くんじゃなかったぁ……。

 

「貴女には恩があります。ですから……これだけは伝えておきたかった。理論上言われ続けていたけど、その証左がたった数例しかないと言われた……ゴッドイーターの遺伝子と偏食因子。これは間違えなく遺伝します。どちらの父親、母親、染色体由来かは分かりませんが間違えなくDNAを食い破ってでも入り込んでくる。これを、神の祝福と取るか、呪縛ととるかはお好きにどうぞ」

「……じゃ呪縛の方で」

「ブレませんね。そして……フェンリルが、その様な事例をいつまでも野放しにするハズがない」

 

 彼女は、膝の上で拳を握った。

 

「……良くて抹消か。……悪くすれば生きたまま検体にでもされるでしょう」

 

 その目は過去を見つめていた。

 ……以前口にしていた。『抹消』された過去を。

 

「……サテライト拠点なら」

 

 自分の意志とは無関係に口を開いていた。

 ひとつだけ、可能性を思いついたのだ。

 ……浅はかかもしれない、が、今はその可能性に縋ってみたかった。

 

「……独立自治が認められる……らしいです……」

「……」

「そこでなら、きっと……その場所でなら……隠せると思います。あの子のことも……貴女のことも」

 

 彼女の濃い青い目が、驚愕の様なモノに彩られていた。

 だろうな、とも思う。

 

 自分でもビックリなのだ。こんなに強い言葉を吐ける……そのこと自体が。

 ……こんなに強い気持ちで、何かを思えることも。

 

「だから……待っててくれませんか? 私一人じゃ無理だけど……全然、自信なんかないけど……。でも、作って見せますから。あなた達が――生きてて良い、って場所を」

 

 

 その人は、一度だけ何か思いつめたように目を閉じて。

 やがて小さく、お願いします。とだけ私へと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆーいーちゃん? もういいー? 健太君定期検診の時間だってー」

「は、はい! もう大丈夫だよ!!」

「ハカセさんも早くー」

 

 無駄に元気よくおでんパン攻防戦を繰り広げていた二人から、そんな声が響く。

 ハカセ女史が健太君の元へと歩き出す。

 去り際に、彼女は一度だけ私の方を振り向いた。

 

 

 

「何? まーた厄介事に首突っ込んだの唯ちゃん?」

「突っ込んでないよ……っていうかとっくのとうに巻き込まれてるよ。私ら。命令とか任務って形で」

「まーそうだよね! うん! グタグタメンドクサイことは考えずに気楽に行こうよ~」

 

 だってそうでしょ、とナナちゃんは言う。

 

 

「人の『意志』だけは……自由なんだからー」

 

 

 

 

「……そうだよね」

 

 私たちに、自由はない。

 任務にしても、命にしても。

 それどころか、偏食因子なしでは生存さえできずに……神機に食い殺されてしまうことになる。この腕の枷が目に見えるその証拠だろう。

 だけど。

 

 ナナちゃんの言った通りなのだ。

 命と、心。もしくは意志。

 それだけは、自分の自由であり……自分だけの、責任だと思う。

 今、何も持っていない私の……ほぼ唯一の財産として。

 

 

 

 だから、ちゃんと遺しておこうと思う。

 P-53偏食因子の話を聞いて、私の頭の中に浮かんだことは……かなり馬鹿っぽいとは自分でも思うけど、こんなことだった。

 ちゃんと『遺る』んだ――と。

 

 ゴッドイーターが遺せるものはきっと、少ない。

 どんな死に方をしたにせよ……アラガミの餌になったり、神機に捕食されたり……または、いつかの『彼』のような最期だったりするけど……もし、体が帰って来られなかったら、それはそれで……凄く寂しいと思う。

 

 

 この理不尽な世界では、人の命はどうしようもなく軽いけど。

 それでも、何も準備しないで……遺された人たちへと私なんかの命の重みなんか、背負わせたくはない。

 結局、隊長もナナちゃんもロミオ先輩も……フライアに居る皆、結局は凄くいいひとたちばかりだから。

 ……彼らが、そういったものに、追い詰められてしまわないように、と。

 

 

 何となく、そんなことを考えながら……万年筆を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、フライア、エントランスにて。

 

 我々ブラッド一同は――カッチリと制服着用を義務付けられて、整列していた。

 ロミオ先輩曰く――初対面は大事だろ! ……らしい。

 

 やがて、輸送機が3機ほどやってくるのが見えた。

 彼らこそが、今回協力してくれるという、神機使い達だ。

 

 輸送機の舷梯がガンガン、と踏まれていく。

 現れたのは4名の神機使い達。

 思わずゴクリ、と生唾をのんだ。

 隊長が一歩前に踏み出して、お手本のような完璧な敬礼で迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェンリル極致化技術開発局所属『ブラッド』隊長。ジュリウしゅ・ヴィしゅコンティでしゅ」

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

 隊長……噛んじゃった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー……ロシア支部所属特殊遊撃部隊『スネグーラチカ』隊長……アーサー・クリフォードでしゅ……」

「……ヘルマン・シュルツ」

「オリガ・アンドレーヴナ・メドベージェワですー宜しくブラッドの皆さん!」

 

 

 

「僕は栄えある極東支部第一部隊所属……エミール・フォン=シュトラスブルクだッ!」

 

 

 

 鳴り響く不協和音とこみ上げる不安感。

 それだけが、暫くその場を征服していた……。

 

 

 

 

 

 






最新にして原点回帰作。

ゴッドイーターリザレクション

いよいよ明日発売です!! 

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