ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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※原作キャラ崩壊注意


phase01 ピクニック隊長

終業のベルが鳴る。

 教師が教科書を閉じ、荷物をまとめて教室から出ていく。それを見送った制服姿の少年や少女が廊下や窓際、あるいは誰かの机の周りに集まっておしゃべりを始める。

ノートを片手に授業の疑問点を話す優等生もいれば、放課後の部活動について語らう体育会系の男子、昼寝にいそしむ生徒に手をつなぎあってひそひそ語らう恋人たちが居た。

 私は、何となく窓の外を見る。

とても、『世界は終わった』なんて信じられない、平和すぎる日常だった。

 

 

 

 

 はっ、と目が覚める。

飛び込んできたのは教室のLED灯ではなく、それ自体が発光する、見慣れない白くて清潔な天井だった。何が起こったのか理解ができない、だからしばらくぼーっと上を見上げる。

すごいきれいな天井だ、シミの数を数えることすらできない。

 

「思い出した……」

 

 神機適合通知が来たんだっけ、

それで両親を説得して、兄と半分ケンカ別れして、高校を一時休学扱いにしてもらって、『フライア』に来たんだった。

 それで確か……、とここまで考えて自分の右手を見る。

そこには白と黒と金。それで構成されたゴッツい腕輪がしっかりと嵌っていた。

 

「あぁ……これで、私も『ゴッドイーター』かぁ……」

 

 なんだか実感が湧かないなぁ、と思う。

けど、モノは慣れ様だろう、うん、きっとそうだ。そうゆうものだ。

……むしろ強引にそう思っておこう、とりあえず一応。

 

 

「目が覚めたようですね」

「ひぇっ!?」

 

 すごく聞き覚えのある声が、カーテン越しに発せられた。

柔らかな女の声。透き通るようで少し籠っている、儚げなのにどこか怪しい音色。

きゅらきゅらきゅら、という謎の音と共に声の主が近づいてきた。

 

「そんなに慌てなくとも……」

「え!? えぇーっと……先生、ですか?」

「先生……、そうですね……、そうとも、呼ばれます」

 

 肯定とも否定ともつかない返答。私は「お医者様ですか」という意味での先生と問うたのだがそれはどうも違うっぽい。白いカーテンがさっと引かれ、女性が姿を現した。

 

「……あ」

「どうも、こんにちわ」

 

 思わず声が出てしまった。

とても綺麗な人だった。けど、年齢不詳。なぜか少女にも老女にも見えるからすごく不思議だ、いや美人なんだけれども。

 青い瞳と流れる金髪はフランス人形(見たことない)の如し、きっとそれなりの格好をすれば映える髪と目の色だ。……なのに着用するのは高そうだけど、造形といい色彩といい喪服っぽかった。

 

 けど、私が受けた第一印象はその不思議な美貌でも、上品な喪服(みたいな服)でもなく、彼女が腰かける車椅子の存在だった。

 

「あぁ、やはり気になりますか……この椅子のことですね」

「え……えっと……ごめんなさい、はい」

 

 女性はそっと手すりに触れた。

 

「何とコンソール式でほぼ全自動で動きます。ついでにテレビもエアコンも手元の装置で遠隔操作できるというスグレモノなのですよ」

「凄いですね!?」

「ついでに素材にもこだわっています……手すりはオーク材、クッションは低反発素材を中に入れその表面をカシミヤ貼りで……」

「本当にこだわりますね!?」

「えぇ、私は愛着を持って長く使うタイプですから……」

 

 女性はにこり、と少女の笑顔を向けた。

 

「ラケル・クラウディウス、と申します。……こちらのフェンリル極致化技術開発局で副開発室長を務めておりますわ……」

 

 脳天に一撃。

 

ちょっと待ってと、言わんばかりに私の思考が空白になり、記憶が検索される……恐らく、漂白された変な表情になっているんだろう。

 

 私が今居るこの場所はフェンリル極致化技術開発局、通称『フライア』。なんでも極致化計画――人類を生態系の頂点へと返り咲かせる為の計画――の一環として、具体的には二つのプロジェクトが研究、開発されている……らしい。残念ながらこれは速成教育でされたデータベースのお勉強内容だ。

 一つは神機兵。

『神機』でできた戦闘型人型ロボット、みたいなモノだと思っている。正確にはやはり生体兵器だろうからロボットとは言えないのかもしれないが。

 もう一つが『ブラッド』。

私が適合したP-66偏食因子を持つゴッドイーターたちによる特殊部隊。第三世代型とも呼ばれ、既存の第一、第二世代型の神機使いとは一線を画す……予定、だ。

その発案者にして主な研究主任こそが、フェンリルの誇る最高頭脳を持った才女、ラケル・クラウディウス博士。

……つまり、この目の前におわす車椅子の貴婦人は極致化計画の実行者であり、副室長であり、すごくエラいお方であり……私の人生初の『上司』にあたる人なのだ。

 考えがまとまった。

 

「失礼いたしましたぁ!」

 

 私はあわてて飛び起き、足元に散乱していた(とは知らなかった)無数のコードに足を引っかけ、何の素材でできているのか不明だがきれいに滅菌された床へと見事転げ落ちた。

こちーん、と素敵な音が響く。

 

「……まぁ」

「う、うぅ……」

「大丈夫ですか?」

 

 ぜんぜん、だいじょうぶじゃ、ない。

とても痛い……痛かった。ゴッドイーターになったからと言って痛みに強くなる訳ではないらしい。非常に残念なお知らせだ。

 

「あの、クラウディウス博士……」

「まぁ、他人行儀な……これから長く付き合うのですよ? どうぞ、『ラケル先生』とでも呼んでいただけませんか?」

 

 あなたが神か。お優しさが目に染みる。

 

「じゃあ……ラケル先生、あの、私一体……」

「あぁ、貴女はあの後……」

 

 ラケル先生はほわり、と中空を見つめ、歌うように語り始めた。

 

 

「痛みと衝撃とあと色々あって痙攣をおこし失神」

「あ、や、やっぱり……」

「そしてその際、みごとな世界地図を描くことに……」

「……」

 

 何を言われたのか理解できなかった。

 

 一瞬だけ

 

「ぎゃぁあああああああっ!?」

「盛大にバシャーっと、でしたよ。大きな大きな水たまりが……」

「ぁぁあああああぁ」

 

 聞くんじゃなかった。

いや、待とう。あの適合試験は冗談じゃなくやばいって、ゆえに私だけじゃないはずだ、うんきっとそうだうん。

 一縷の望みをかけて、ラケル先生を見つめる。

 

「おかげ様で次からは防水処置を施すこととなりました。何しろ今まで派手にやらかす適合者はいなかったものですから」

「うわぁあああああああああああ……」

「何も恥じ入ることはございません……」

 

 何がおもしろいのか、クスクスとお笑いになるラケル女史。

 

 

「あなたの犠牲は、未来永劫……語り継がれていくことでしょう」

「語り継がないでくださいよ!!」

 

 この人絶対楽しんでる……!

今分かった、この怪しげで美しい年齢不詳の美女はかなりのサディストだ。だとしたら私はフライア生活一日目にして既に毒牙にかかっている……!

 

「今更ですが、体の調子はその後いかがでしょう?」

「は、はい……生きてます」

「そうですね、悪いものはみんな流れていったのでしょう……」

「ひぃいいいいいっ」

 

 もうやめてァ!

心の中で大号泣していると、ラケル博士は何か思い出したように告げる。

 

「そうですね、体調が良いのであれば本日は『フライア』を回ってみてはいかがでしょう? これから過ごす場所ですからよく知っておくのも良いと思いますよ。お勧めは上層部にある庭園ですね」

「庭園……?」

 

 そんなものまであるのかと少々度胆を抜かれる。豪勢な設備だとは思っていたのだが、庭園なんていうものまで作ってしまうとは恐れ入った。

 

「明日からは訓練でしょうから……いつ行くのです? 今でしょう!」

「行ってほしいんですか貴女は?!」

「ちなみに庭園にはトイレも完備されていますからご心配なく」

「何を心配しているんですか!!」

 

 この博士は、割と性格はよろしくない方の方なのかもしれない……、と先行きが不安になる私であった。

 お兄ちゃん、ゴッドイーターは辛いことの連続みたいです。

 

 

   ***

 

 

 

 花園、という言葉がぴったりだった。

浮世離れレベルならば私の居た場所とどっこいどっこいだろう。色とりどりに咲き乱れる花々は割と希少種も含まれていたりする。恐らくは本物だろう。

硝子を透過する陽光の先には透き通るような青空が広がっている。その下には丁寧に手入れがされた芝生が続く、小高い丘の上には一本の樹木が佇む。その下に、一人の人間が座り込んでいた。

 

 とんでもないイケメンがそこに居た。

 

 光の当たり方によっては金髪にも見える亜麻色の髪。切れ長の瞳に通った鼻筋、均整の取れた鍛え上げられた体格を貴族的な衣服で包んでいた。彫刻と見まごうほど整った横顔は青い空を見上げていた。絵画の様な光景に、私はつい言葉を失った。

 

「あぁ。適合試験。お疲れ様」

 

 予想にたがわず半端ない美声だった。ゆっくりと座れと手で示してくる。

 

「色々あったが……まぁ、とりあえず終わって何よりだ」

「はいっ!」

 

 適合試験、もう思い出したくもない。

ちょっとしたトラウマである。できたらもうあの部屋は二度と見たくもないし、ドリルは絶対やりたくない。何しろ絶叫して泣いて喚いて気絶したのだから……アレ?

 

「『色々あった』って……もしかして貴方は……あの適合試験をどこかで見……」

「ぁ」

 

 背筋が冷たくなる。

 

「……そういえば、まだ、名乗っていなかったな……俺はジュリウス・ヴィスコンティ……その、お前がこれから配属される『ブラッド』の……隊長を、つとめている」

 

 完璧に整ったお顔には苦い表情が浮かんでいた。美形はどれほど変な顔をしていても様になる。こんなステキな人が隊長なんてとっても嬉しい、このまま金色の翼が背中から生えてスタミナが減らない高速移動を実現し、あのきれいなお空まで飛んでいけたらいいのにっ!……きっと花畑のせいだろう思考までもが薔薇色になっている。

空を飛んでいた頭が現実世界へと帰還する。

 

「見てたんですか!? アレを!? あのドリルを!?」

「あ、あぁ……その、隊員の適合試験を見学しておくべきだと思って……」

「どこまで!?」

「……全部」

「うわぁああああぁ……」

 

 私に突き付けられたのは、どこまでも残酷な事実だった。

 

見られていたのだ、これから共に戦い、共に学び、また教え導いてくれるであろう、先達兼上司に。

ドリルにビビって泣きわめく無様な醜態を

じたばた暴れまわる情けない姿を

そして何より……

 

「あああああああ」

「俺も初めて見たのだが……適合試験で気絶することは時たま――あるらしい。そう気を落とすな、人生は長いさ」

「もう死にたくなってきました」

 

 断言しよう、間違えなく第一印象は最悪だ。

ちなみにこの時の私は知る由もなかったのだがラケル先生と隊長は別室で二人で私の適合試験を見守ってくださっていたらしい。

「あなたに洗礼を施した時とそっくりですよ」とラケル先生が仰せになった直後、私がド派手にブチかましその後二人の間に何とも言えない沈黙が流れたという話である。

 

「えー……ここはいい場所だろ?」

「はい……はい……そうですね……ステキナ場所、ココ、イイ場所デス」

 

 ほぼ自動的に頷く私の胸中は恥ずかしさで一杯だ。やばくなったからもう逃げたい、そんで隠れたい、運がよければ不意をついてぶっ殺したい。主に過去の自分に。ジュリウス隊長は(あえて)表情を変えないまま話を続ける。

 

「その……気晴らしに今のうちにフライアを見て回ると良い、明日からは訓練漬けになるからな」

「ラケル先生も同じことを言ってやがりました」

「もうラケル先生には会ったのか?」

「えぇ、はい、うん」

 

 ジュリウス隊長が知らないということは先ほどラケル先生と出会えたのはたまたまお見舞いに来てくれただけなのか。これは幸運なのか不運なのかよく分からない。もしかしたら、今までラクして生きていた分のツケが一気に回ってきているのだろうか?

 何となくやさぐれて濁った私の目をまっすぐに見ていたのは

 

 どこか熱っぽいジュリウス=ヴィスコンティ氏の蕩けそうな瞳だった。

その視線に一瞬だけドキッとなってしまう。

 

「あの……何でしょうか?」

「最高だと思わないか」

「は?」

 

 今、異次元の言葉が聞こえたような気が

 

「あぁ、すまない。ラケル先生のことなのだが」

「あ、あぁ……ですよねー」

 

 隊長は恥ずかしがるように口元に手を持っていくと、すぐさま強引に鉄面皮に戻る。さっきの妙な眼差しは私の錯覚だったようだ。ラケル先生の話だっけ?

 正直あまりいい印象は抱けない。

ふわふわした人だなと思うし、すこしあやしくもあるし、何を考えているのか全く読めない。底が知れないから怖い…まぁ、一番の原因は適合試験のアレなんだけど

しかし、ここは伝統奥義『TATEMAE』を発動。

 

「そうですね…あまり、博士っぽくない人だと思います……あ、いい意味で。心配してわざわざ病室まで来てくれるような人だし、色々話してくれるし……いい人だと思います」

 

 嘘はついていない。実のところ私はラケル先生を信じてみたいのだ。

ちょっとズレているが悪い人じゃないと思いたいのだ。私のことをおちょくりつつも気安く接してくれるのはその証明なのだと憶測しておく。

 そう思い、隊長の顔を見ると

 まるで子供のように純真無垢な美貌がきらめいていた。

 

 すげえ近距離で

 

「そうだろう!?」

「……」

「俺もそう思う。あのお方は……優秀で健気でホタルのように儚く気高い女性だ。綺麗だしかわいいしイイ匂いもするし、何しろあの独特の雰囲気がたまらない。極限まで細微に作ったような金細工の髪、陶器のような肌、濃い碧玉の目……俺は初めて彼女を見たとき思った、女神様がここに居る、と」

「……」

「お前が共感を覚えてくれて……嬉しい。一年前から在籍してる候補生が居るのだが、何故か全然会話が噛み合わなかった。それどころかしばらくの間は俺と目が合っても音速で逸らされていた。今では分かりあえているが……初対面でこの気持ちを理解してくれたのは、お前が初めてだ」

「…………」

 

 ジュリウス隊長の長い指先が私の手に触れる。手袋越しに生きた人間の感触がはっきりと伝わってきた。

 そう、彼は理想の美青年を模したホログラムでも、中世の職人が神を映して作った彫像でもない。

 確実に、生きている人間なのだ。

 

 だってこんなに生き生きとしているんだもの。

 

「……………………」

「同じ思いを共有できるのは良いものだな……共感、か。今まで蔑ろにしていたがこれからは評価を改める……言わせてくれ……ありがとう……っ!」

 

 ジュリウス=ヴィスコンティ氏は何故かうっすら涙ぐんでおられた。

 

 そんな彼には申し訳ないが私は半分くらい話を聞いていなかった。なぜなら、彼の唇が紡ぐ言葉が理解できなかったから。多分、難しいことは言っていないのだろう、心地よい美声と聞き取りやすい口調は魅力的だ。

それでも。

その旋律と律動、心と言葉は右の耳から左の耳へとすり抜けていくのだ。

現象的にはただの空気の振動に過ぎないのだから仕方ない、いや、もしかしたら人智の及ばぬ領域の話をされているのかもしれない……。

 

 

 

 結局このあとジュリウス隊長のジュリウス隊長による講義は長々と2時間続いた。

 

 


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