ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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お待たせしました。

ついにあの人がフライアにやって来る18話です。







突撃! 隣のサテライト編
phase18 ギルバート・マクレイン


「新しいブラッドのメンバー?」

 

 レア・クラウディウスは妹の私室兼研究室にて一緒に巨大画面を眺めていた。

 傍らには彼女の最愛の妹、あまり似ていないとよく言われるラケル・クラウディウスと車椅子が存在する。

 

「えぇお姉様、今日から編入してもらう予定です」

「ギルバート・マクレイン……どこかで聞いたことのある名前ね」

「恐らく……査問会の議事録では?」

 

 レアは手を顎に当てて少々記憶を探る。

 

「――思い出したわ3年ぐらい前だったかしら? 『フラッキング・ギル』……『上官殺しのギル』ね」

「えぇ……そして彼は『あの』査問会に一時拘留されていたとか」

「……そんな……やっぱり……」

「本当に……」

 

 ラケルはくすり、と小さく妖艶に笑んだ。

 

 

「『あの』査問会収容施設で……正気を保って居られるなんて……どれ程の逸材なのでしょう……? 楽しみですねお姉様……?」

 

「……ラケル……」

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

「隊長ー? 何見てるんですか?」

「隊長隊長ー。唯ちゃんが気にしてるよー?」

「気にしちゃ悪いのかな……!」

「べっつにぃー? というか唯ちゃん、何で目が据わってるのー?」

 

 目なんか据わってない大丈夫大丈夫。……なのに何故でしょうか、この娘じっとりとした半目で私を見てくるではありませんか。

 嫌な予感がするので、さっさと隊長に目を逸らす。

 

「と、というかもう! 隊長は何を見ているんですか?」

「あぁ、先ほどラケル先生から賜った新しい隊員の情報だ。今回適合試験を終えて、編入してくるらしい」

「て、適合試験……」

 

 フラッシュバックするのは嫌な思い出。

 

「新しい子ー!? やったね隊長! 家族が増えるよ!」

 

 ひゃっほーい、と両手を挙げて喜んでいるナナちゃんだが、隊長はやや苦笑気味な表情を浮かべている。

 

「子、と言うよりは……年齢だけで言うならば誰よりも年長者なんだがな」

 

 と、ナナちゃんと二人で文章だらけの資料を覗く。性別男、名前は多分英語読みでギルバート。年齢は……

 

「22歳……って随分と……」

 

 祝! ブラッド部隊2人目の二十歳超越者。

 

「かなり大人って感じだよね。何だろー? お兄さん的な? お兄ちゃんって呼んじゃう? 呼んじゃう?」

「ナナちゃん……」

 

 きゃっきゃ、とナナちゃんはとっても可愛らしく、かなり喜んでいる。

 恐らく彼女は、今度来る新入り隊員氏がお兄さん枠であると全く、これっぽちも、一ミリたりとも疑っていないみたいだ。

 

 だからこそ、言うべきことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実際のお兄ちゃんなんてロクな物じゃないよ」

「……唯ちゃんの闇は深かった」

 

 

 失敬な。闇なんて深くない。

 ただ事実を述べたまでのことだ。

 

 

 

「……お兄ちゃん、か……」

「……隊長?」

 

 何か隊長が感慨深そうに呟く。

 ははぁ、と何となく察しはついた。情報が正しければジュリウス隊長はラケル先生の運営している孤児院の出身。となると、彼の人生で『お兄ちゃん』扱いされていた時間が存在した……という可能性も無きにしも非ず。

 懐かしい思い出が蘇ってきたのかもしれないなぁ、なんて考えてみる。

 

 

「俺も呼んでみようかな」

 

「……なっ!?」

「……え」

 

 畜生外れ申した。

 

「俺とて、偶には年長者に頼ってみたくなる時もあるさ……って何だその反応は」

 

「い、いやその……」

「隊長ーー! ……二十歳過ぎた男のお兄ちゃん呼びって一体何処の世界の誰が得をすると思ってるの? 害悪でしかないんだからっ!」

「そ……そうか……そう、なのか……」

「そうだよ! 自分のキャラを客観的に把握できないんですか?」

「言いすぎだよナナちゃん……」

 

 あからさまに落ち込む隊長。

 ここはフォローを……と、思いつつも少しだけ私も期待してみたかったりする。

 ……隊長だって、きっと色々大変なのだ。

 まぁ……大変な理由は主に私のせいでもあるんだけど……。

 

「でも良いかもしれませんね、お兄さん役」

 

「あぁ、そうだろう?」

「そんな上手くいくかな~?」

 

 

「ともあれ、そろそろフライアの方へ移っている頃だろうな……エントランスに行ってみるか?」

 

 

 

 

 

 ……という、私たちの願望は脆くも崩れ去ったりした。

 バキィ! とどう考えてもヤバい音と共に、私たちが見たものは……。

 

「い……てぇ……! いきなり殴ることないだろ!」

 

 あの人当たりの良いロミオ先輩がぶん殴られて、尻もちをついている姿だった。

 

「……」

「うわっ!? ロミオ先輩大丈夫!?」

 

 速攻でロミオ先輩へと駆け寄るナナちゃん

 ……ほらね、だから言ったでしょ……期待なんかするもんじゃないって。

 そして、恐らく一番期待していたであろう人は。

 

 

「…………状況を説明して欲しいな……」

 

 ほら、もう地獄のような顔をしているじゃないですか。

 言わんこっちゃない。

 恐らく彼がさっきまでの期待の新人氏、ギルバートさんだろう。まずデカい。とても大きい。目測で軽く180センチ以上はあるであろう長身と筋肉質な体。そして紫色の上着を着ている野郎……じゃなくって、青年だった。

 第一印象を率直に言うと……怖いんですけど……この人……。

 

 デカいし、ロン毛だし、顔に傷まで付いてるし……しかもロミオ先輩殴打してるし……。

 正直思ってたよりヤバいのが来ちゃったような気がする。

 ギルバートさん、は隊長の方へと向き直った。

 

「アンタが隊長か? 俺はギルバート・マクレイン、ギルでいい」

 

 やはりというか、外見からある程度想像出来ていた通りの腰に来る低音ボイス。

 

「このクソガキがムカついたから殴った……それだけだ。懲罰房でも除隊でも勝手にしてくれ」

 

 じゃあな、と告げた後ギルバートさんは踵を返し去って行ってしまった。

 階段の下からチン、と言う軽い電子音。……これは、昇降機を使用したと考えていい。

 

「……」

「……あいつの元居た場所とか……聞いただけだよ!……アイツ、短気すぎるよ……」

「どうせロミオ先輩がしつこく聞いたんじゃないの?」

「そ……そうかもしんないけどさ……だからって普通殴るか!?」

「普通じゃないねー……多分ね、聞かれたくなかったんだよー」

「そ、そんなの分かるかよ!」

 

 ロミオ先輩とナナちゃんの会話がトントン拍子に進んでいく。

 いや、気持ちは分かるけど……

 ジュリウス隊長が深く、本っっっっ当に深くため息をついた。

 

 

「今回のことは不問に処す。たが、戦場に私情を持ち込まぬように関係を修復しておけ」

「えーーーー! ムリだよあんなの!!」

 

 殴られたことがすっかりトラウマになっているのか、ロミオ先輩はぶんぶんぶんと頭を横に振って全力で否定する。

 

「……ナナ、唯。お前たちもサポートしてやってくれ、いいな?」

「りょーかいでーす!」

「えぇ!? 私もですか!?」

「……頼んだぞ」

 

 そりゃないですよ! 隊長!!

 ……という心の声が届くわけもなく最早死にそうになっているヴィスコンティ隊長は落ち込んだまま一人、昇降機に乗った。

 去り際に、仲間とは……もっと良いものなんだ……とつぶやいた声はまさに悲壮感に満ち溢れていた。

 そんな寂寥さえ漂わせる背中へとロミオ先輩は愚痴をぶつけた。

 

「無理だって! あんな暴力ゴリラとなんてやってらんないよーー!!」

 

 

 

 そのゴリラ、という単語にナナちゃんはぴくり、と反応した。

 

「ちょ、ロミオ先輩……! 暴力ゴリラって……! やだもー! あっははははは!」

「ゴリラ……って……酷過ぎやしませんかね!?」

「うっせーゴリラだよあんなの!」

 

 ムキになってロミオ先輩は思わずゴリラ連呼。

 

「なんで連呼するんですかー!? ゴリラって……もう……ぷっはははははははっ!」

「駄目だよナナちゃん、笑いすぎだよ……!」

「そう言う唯ちゃんこそ、なんだか肩がピクピクしてるんだけどー?」

 

 し、してないもん……。

 

「だって新入隊員さんがお兄ちゃんキャラかと思ってたらゴリラキャラだったんだし! ぷぷっ……! コレは唯ちゃんの鳥キャラと双璧を成すネタになるよきっと!」

「まだ覚えてたのその鳥ネタ!?」

「聞いてないの~? 唯ちゃんすっかりチキンで定着してるよあだ名!」

「嘘……でしょ……!?」

 

 後で聞いた話だが、現在住居区域に一時的に受け入れた『あの街』の人たちがの間ではすっかり鳥子扱いされているらしい。

 ……あそこまで鶏に嫌われる人間も珍しい……と。

 全く失礼しちゃうお話だ。

 

「そんなコト言うんならナナちゃんは猫でしょ!」

「ゴリラや鶏よっかマシですー」

「この……似非猫耳の腹出し腹黒娘!」

「似非……ちょっと、ひどいんだけど? この全自動万年腰引け鶏突っつかれ機!」

「重量級下半身ハンマー!」

「重装甲イカリ肩ゴリラ!」

「見せかけ能天気!!」

「根暗!!」

 

「おい、お前らが関係こじらせてんじゃねぇよ……」

 

 ロミオ先輩が制止の声をあげる。

 

「嫌だなー先輩。こじらせてないよー? これが女の子の慣れあい会話だよ!」

「そうですよ。微妙な冗談を言い合って偶にガス抜きすることによりお互いの関係を深めようとする……あまり効果の見込めないコミニュケーション手段のひとつです」

「……そうなの? なぁそうなの? 仲間ってそんなもんなの?」

「こんなもんだよ」

「こんなもんですよ」

 

 そう言えば、とナナちゃんはそこに来てある事実を一つ思い出す。

 もしくは、そう装った風に尋ねる。

 

「ねぇロミオ先輩、お口大丈夫? 何かさっき顎、折れるみたいな音してたけど平気?」

 

 ……確かにさっきバキィ、ってちょっとヤバげな音が。

 

「そうですよ! 凄い音してたハズじゃ…‥」

「……あ、意外とだいじょーぶだ」

「マジデスカ……!?」

 

 どう聞いても大丈夫な音じゃなかったけど。

 確実にバキってゴキッって……。

 ……ん?

 

「まさか……?」

「発想の転換」

「おい……冗談だ……よな……?」

 

 ロミオ先輩の顔が驚愕から恐怖、そして焦りへと変わっていく。

 自分の罪深さを実感し、改めて怖くなったのだろう。

 あぁ……やっぱそうなんですか……そうなんですか……先輩。

 

「行きます! 神威唯、出撃します!」

「って言ってもどうするの? あの人どこにいるかなんか分かんないよ?」

「……」

 

 ……そうじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? あれ? 君たち……?」

 

「おわぁ!? スタグレおじさん――又の名を富田警備長?!」

「グッドタイミングぅー!」

 

 この人あの撤退戦を無事に生き抜いて……。

 オラクル細胞によって全身強化されてるゴッドイーターでもないのにもう職務復帰してる……。

 

「ハハッ! 僕の躰は鉄壁さ!」

「……あ、はい」

 

 もう……その辺のことは(どうでも)いいや。うん。

 

「ところで、さっきの紫の人。新しい隊員さんじゃないのかい? いやぁ、助かるなぁ! ゴッドイーターは1人居るだけでも大幅に戦力強化に繋がるからね! これは有名な話なんだけど10年前に行われたとある作戦に一般兵とゴッドイーターの共同任務があったらしいんだけどね! その時彼らはたった3人で一個中隊にも匹敵する戦いっぷりを見せたらしいよー! あっはははははは!」

「そ、そんな逸話クラスと一緒にしないで下さいよぉ……」

 

 武勇伝には尾ひれ尻びれがヒラヒラくっつくものだ。誰も頼んでいないのに。

 もしくは、勝手にくっつけられているのかもしれない。

 くっついたヒレの数は、きっと希望を求める人の声。

 

 ――そんな伝説を引き合いに出されるこっちには堪ったもんじゃないんですが。

 

「で、その紫の人何処に行ったか知りませんか?」

「ん? 何? 聞いてないの? 確か庭園……じゃなかったかなぁ」

 

 流石富田健次郎フライア警備長さん。有能で本当に助かります。

 

「よっし……行くよ私!」

「いってらっしゃーい」

「マジで頼んます」

 

 その前にまずは、医務室だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にお花畑に居やがった。

 

 

「……アンタは……さっきの」

「……ど、どーも……」

 

 ギルバートさんは庭園に構築された東屋で長椅子に座っている。デカい人だったけど、こうやって座っていることのよって多少は威圧感、の様なものが緩和されていると思った。

 いつ見たってここは何処か非現実的だ。綺麗で、清廉で、美しい。

 見るべき現実が暴力と捕食と血に塗れている世界なんてのも笑えないけれど。

 いつまでも突っ立ててもアレなので、ギルバート・マクレイン氏の正面にかなり距離をとって座る。

 

「俺の処分が決まったのか?」

 

 ギルバートさんの目は、真剣そのものだった。

 考えていれば5歳ぐらい上なんだよなぁ……この人。

 隊長より大人な人なんて今までの人生にそもそも関わったことがない。学校は同年代ばかりだったし、親はまた違うし。仲間として接するのは、恐らく彼が最年長だろう。

 ……富田警備さんは別枠。

 人見知り数値最高潮で、何とかギルさんへと言葉を向ける。

 

「あ……貴方の処分はですね……ロミオ先輩との関係修復です……!」

 

 下手したらこっちが殴られかねない。

 そんな思いがふと浮かぶ。あのロミオ先輩をぶん殴った奴が相手だ。

 でも、と自分に対し言い訳をする。

 大丈夫、ゴッドイーターと言えども人間。感応種マルドゥークの炎パンチよっかマシなハズ……。

 

「ハッ! そりゃあ、良い」

 

 ……。

 

 ……あ、アレ……?

 

 

「あのジュリウスって隊長に頼まれたんだろ? ……案外世話焼きだな」

 

 このゴリラ……。何て綺麗に笑うんだ……。

 とても優しい、というか無邪気過ぎて一瞬ビビった自分が恥ずかしい。

 

「あの……ロミオ先輩も軽いノリだったかもしれませんけど……きっと、悪気があったわけじゃないですから! だから……その……」

「ん? あぁ。ロミオって言うのか、アイツ。配属早々につまらないもの見せて悪かったな」

「いえ……」

 

 ロミオ先輩の名前も知らないうちから殴り飛ばしたんかこの紫ゴリラ。

 だけどこの人、なんだか悪い人には全然見えない。というより今まで少しだけ会話を交わしてみて抱いた印象は……。

 

 このゴリ……人……メチャメチャ良い性格なんじゃないだろうか。

 

 何故か警戒できない。ある意味圧倒的制圧力……!?

 初対面にも関わらずガンガンツッコミが(心の中でとはいえ)入れられる。

 

「あのゥ……何か問題があったらいつでもドウゾ。私なんかで良ければ……応えられる範囲であれば……」

「……隊長に似て、お前もお節介な奴だな」

「……すみません」

「責めた訳じゃねぇよ」

 

 そんなこと顔を見ればわかる。

 嘘でもお世辞でもない、心の底から本当にそう思っている――どこまでも澄み切った目だった。

 だからこそ、何か罪悪感が増す。

 

「なんにせよ、俺は俺の仕事をこなすだけ。物事は単純明快だ」

「……」

 

 かなり割り切ってるなぁ……このゴリ……人。

 ベテランさんというのは本当らしい。

 

「あの時は変な流れになったから改めて言わせてくれ。俺はギルバート・マクレイン」

 

 知ってます。すみません。

 隊長がコッソリ資料を見せてくれたお蔭なんです。

 ……まぁ、今のご時世大抵の人のデータは中央データベースに登録されているんだけど。アーコロジー社会を成立させるためには完全管理が必要不可欠。身体データから履歴まで事細かく記載されている。

 そして、それらは厳重に管理されているので一般的には覗くことなどできはしない。私たちがカンタンに閲覧できる理由は極めて単純にして明快だ。

 ゴッドイーターだから。

 それだって規制がかなりかけられた状態で、だ。階級が上がってくれば各種権利は解放されるらしいのだけど。

 

 

「ブラッドになったのは先日だが、神機使いとしての経歴は……5年程ある。槍はそれなりに使う」

「槍ですか」

 

 出た。ポールタイプ。

 制御機構が私や先輩や隊長の使うブレードタイプよりもメンドクサイ奴だ。ナナちゃんのハンマーに次ぐ2人目のポールタイプ登用。

 実際使用されるのを見たわけじゃないから何とも言えないが。

 

「私は……ブラッド隊員の神威唯です。神機使いになったのはつい最近で、長刀、アサルト、バックラーです」

「……」

 

 ギルバートさんがそこで何故か目を見開いた。

 一瞬だけ固まったように一時停止する。

 

「……あ、あれ? 何か違いました? あ……ロングブレード、アサルト、バックラー使用です?!」

「いや、そうじゃない。……そうじゃ、ない」

 

 何かあるのだろうか。

 ……現時点で深く詮索はしないでおく。

 

「えっと……色々あると思いますけど、宜しくお願いしますね! マクレインさん!」

「堅苦しいのはゴメンだ。名前で良い」

「……じゃ、ギルバートさん」

 

 マクレイン氏はそこで何を思ったのか庭園の上――つまり、雲一つない空を見上げる。

 

「……ギル、って呼んでくれないか」

「……は?」

 

 まさかのニックネーム強要……?

 

「…………じゃあギルさん……私のことは是非、神威と呼んでください」

「分かった」

 

 

「唯ちゃーーーーんっ! わー! ちゃんと会えたんだねぇー! 良かったじゃん~!」

「ナナちゃん!? どうしたの!?」

 

 ここでポーン、と昇降機到着音が鳴り響き快活な露出桃色娘がフィンランドに住むという聖なる夜に子供たちに夢と希望を与えに来る伝説の爺にも似た格好で舞い降りる。

 っていうかこの娘絶対来ないと思ってたのに。

 ……もしくはタイミングを読んできたのだろうか。流石ナナちゃん。

 

「こんにちわー! 私、ブラッド第二期候補生香月ナナでーすっ! お近づきの印に~……どうぞ! これ! おでんパン!」

「おでん?」

「き、極東地域に昔伝わっていた伝統料理……みたいなゲテモノですよ!」

「すっごく美味しいから食べて食べて~!」

 

 ぐいぐいぐいっ! と執拗におでんパンを迫る香月ナナ!

 まずい……私とて伊達にフライアで生きてきたわけではない。少なくはない、おでんパンの犠牲者たちを見てきたという過去がある。

 このままじゃ……ギルさんが……!

 

「遠慮しておくよ。ロミオって奴に渡しといてくれ。悪かった、ってな」

「……!」

 

 躱 し た !?

 

 しかも全く悪意のない断り方で!? 上手くいなしたギルさん。

 偶然なのか意図的なのか。恐らくは前者だ。

 

「……ふぅ~ん……? ま、いいやー。ねぇねぇ唯ちゃん! 神機修理終わったってー! 良かったね!」

「え? そっか、今日だっけ? やったぁー!」

「早く保管庫行こう! ロミオ先輩も待ってるんだからー」

 

 ナナちゃんが私の腕輪を掴む。

 視線を合わせて合図する。

 ……やっぱり、ソレか。

 

 

「あの……ギルさん、よろしければコレ……」

 

 そして、ギルさんにソレを手渡す。 

 

 

 

 

 さっき、医務室でイワン先生に貰ってきた、回復錠S×5。

 

 

 だってさっきの音はヤバかったもんね。

 ロミオ先輩は痛くないって言ってるもんね。

 ……さっきから、ギルさん。ポケットに腕突っ込んだままだもんね。

 

 …………つまり、そうゆうことだよね。

 

「お、お大事にぃぃぃぃい!!」

「待ってよー唯ちゃーーん!?!?」

 

 

 黙っててゴメンナサイ……ギルさん。

 色々喋ったけど、本当は。

 

 ソレ持って来た……だけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛む手を擦りながら、ギルバートは端末を掴んだ。 

 そこには一通の電子通信が画面上に表示されている。

 それは昨日の日付。バカでかい船に入る前に受信したモノ。

 送信元、送り主、件名すべてが無記入。だた一つだけそっけない言葉が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『方舟には辿りつけたか? ゴリモット』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……」

 

 ギルバートは苦笑を零す。

 

 この世界は暗くて冷たくて、絶望が形を成し、そんじょそこらをわが物顔で闊歩しまくっている――というのに。

 

 思い起こされたのは5年前の記憶。

 今よりもかなり背の低かった、自分の記憶。

 

 

 

 

 

『わー! キミが期待の新人君? いくつだっけー? やだ17歳!? 若い……! というかクリティカル……!』

『……は?』

『ドストライクだよキミ……! 成長してほしくない! あぁっ! でも成長してほしい……!』

『何……ですか……!?』

 

 

 

 ――そうだ。

 

   『彼女』もそうだった。

 

 

 

『これは鍛えがいがあるよ。良い素材が来たわ……! 初めまして、少年。私はここの隊長だよ! と言ってもこの間なったばっかりなんだけどねー! まぁ、そこは新人隊長と新人隊員。仲良くやろう!』

『……っ! よ、宜しくお願いします』

『名前は……ギルバート……良い名前だねー! じゃあ、こう呼ぼう! よろしくっ! ギル! ようこそ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 お節介なヤツというのは、本当に何処にでも居る。

 

 

 

 

 












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