ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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グダグダのオリ展がやっと終了致します。

本当に、本当に、ありがとうございました!


phase17 ブラッド

 

『お前が……一度だって言い訳をしなかったからだ』

 

『"己は悪くなかった、仕方のない事だった"と、一度たりとも自分を正当化していない』

 

「……できる訳、ねぇだろ」

 

『……そうか』

 

「……自分しか、自分の身を愛してやれないこの世界において……その自責はあまりにも正しい、正しいすぎるが故に痛々しい」

 

『『神機使い』は……『神託』が選ぶ『人間』というものは、皆多かれ少なかれその素質を持っているのだな。人間などという生き物は、どこまでも未完成でありながら世界の不完全さを指摘し、そこを責め立て、辛い苦しいと不満を吐き散らす――そんな愚かさを踏みしめて尚、前へと進む……ような『強さ』があるのだと思うがね』

 

『だが、そんな汚泥の中の煌めきなんぞ知ったことかと、神は言う。選んでくれぬと、神託は告げる。なればこそ』

 

『世界に残るのは、痛々しいほどの清らかさを持った者だけになる』

 

 

『それは、笑えんな。笑えぬ喜劇で、泣けぬ悲劇だ』

 

「……それでも、前に進むしかないさ……それしかできないんだ」

 

『全く……これだから、神機使いという奴らは……いいだろう、己を取り戻したければ、試してみるのも良いだろう。弱さと強さを抱えていくも良し、弱さを強さに変えていくも良し、だ。どこまでも混沌とした己の魂一つで、この整然とした世界へ挑戦してみせろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それこそが、神を喰らう者――『ゴッドイーター』だ、行って来い。ギルバート・マクレイン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   □■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気中に拡散しているオラクルさえもが、震えているような気がした。

 それは、ただの現象に過ぎない。

 だが、何がそうさせたのか。

 

 ――ジュリウスは知っていた。

 

 

「血の力……」

 

 オラクル細胞……世界を喰らう荒ぶる神々が下す――人への『神託』。

 自らが『捕食』し『思考』する万能細胞を持つ異形達。

 そんな存在――アラガミに対し立ち向かうのではなく『受け流す』ことを選んだ人類は考えた。

 

 そこに一つの方向性を作ってやればいい、と。

 

 『捕食』の方向性を指定するものが『偏食』。

 初めに人類はより多くのアラガミが『食べたくない』と思われる物を塗り固めて作ったアラガミ装甲壁を作り……そして、ゴッドイーターの人間である部分がオラクル細胞に捕食されないように調整する仕組みへと応用される技術――偏食因子の開発の基礎理論を確立した。

 そして、

 

 ――『それ』はもう一つの可能性。

 

 

 

「ついに、覚醒したか……!」

 

 

 感応現象――オラクル細胞同士の共鳴反応。

 

 まだアラガミとは到底呼べないような細胞株から大型アラガミに付き従う小型種、ひいては、アラガミと同じオラクル細胞を摂取した人類――第二世代のゴッドイーター達にすら顕現した事象。

 神機などは所詮アラガミであり、それを制御する人間の側も――オラクル細胞を以てアラガミを操っているに過ぎない。

 

『偏食』で『捕食』を押さえつけ、

『意志』で『思考』を伝達する。

 

 その実現こそが――第三世代の成すべきこと。与えられた使命。

 

 意志を与えられた細胞は思考し、形を変幻させていく。

 より強く、より遠く、その『意志』に従い寄り添う様に。

 

 

 それが、ブラッドアーツ。

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

  ……。 

 

 ナンカデタ……。

 

 

「……えっと」

 

 この土壇場で拝み倒した結果突如として必殺技が発動した――で、いいのだろう……多分。

 願った奇跡が本当にアッサリと降りてくるとビビる、という当たり前の事実を今更だが私は思い出す。

 無我夢中のがむしゃらで振り抜いた刀身は空を引き裂き垂直の傷を白いアラガミへと確かに刻んでいた

 

 ……ので。

 

「ウォォオォオオオオオオオオオン!!!!」

 

 

 神はやはりキレられ、活性化なさっておられます。

 

 

「や、やっぱり……!?」

 

 ……冷静に考えてみれば何一つ状況は好転なんかしていないのだ。

 

 背後から冷却バレッドが負傷した片目に浴びせかけられる。

 高い銃声だけがバンバン連続して鳴る。

 

「下がれ!」

「ひっ……!」

 

 けど、白い神様はあんまり気にしないらしい。

 というより……怒りのあまり我を忘れちゃっている……みたいな? 今更だが、もっと殴る場所を考えておけば良かったのかもしれない。などと一抹の後悔をしてみる。

 完全にキレたそいつは、重機のような前脚を振り上げる。

 

「避けられな……」

 

 即座に装甲を展開。

 避けられる余裕がない。軽量級のバックラー盾を出して防ぐ。

 ガキンという大音量と共に、思っていたよりも重い衝撃が押し寄せた。力を流しきれずに、そのまま肩が外れそうになる。

 け、けど……ここで引き下がったら……と、考えるとさっきの決心が脆くも崩れそうだ。

 

「……え……?」

 

 ……熱い? 焦げ臭い……?

 何かトンデモない熱気がじりじりと、目の前に迫ってきているような気がする……。

 

 と、異臭と熱気を嗅覚と触覚で感知していたら急に真っ赤な光と、炎が爆ぜた。

 派手な爆音と共に展開していた装甲の半分が弾け飛ぶ。鋼鉄で出来たハズの固い金属の塊が、軽々と飛翔していくのが妙にゆっくり見えた。

 

「……!?」

 

 悲鳴を上げる暇もなく目の前に迫ってきた爆風に飛ばされた。

 くるりと景色が反転し、衝撃が後頭部から背にかけて走る。少しだけ遅れて、目の前が真っ赤になる。

 

「――っ!!」

 

 息が、出来なかった。

 吹っ飛ばした後追撃してきた前脚が、丁度鳩尾あたりを踏んでいた。というよりかは、押さえつけられていた。

 骨が軋み、肺腑からなけなしの息が漏れていく。

 その癖に、口の中が血の味で満たされている。

 

「ごぼっ……がはっ……!」

 

 内臓の何処かが傷ついたのかもしれない。

 痛いというより、熱い。熱くて熱くてたまらないけど、悲鳴を上げることさえできない。酸素が欲しくて開けた口からは血反吐が漏れた。

 肺が死んだのか、それともただ横隔膜の上にデカいブツが乗っかっているからなのかは分からない。

 というかそんなことより、後一撃、今は押さえてるだけのこの白いアラガミが体重を本気でかけてきたら……今度こそ間違えなく……!

 最悪の予想が多分近未来の予知になるだろうと予測した時、極めて本能に近い場所で何かが動いた。

 

 何とかしなきゃ、とにかく……ココから這い出さないと……、とだけ考える。

 

 確信なんて全く無かったけど、殆ど体が勝手に動いた。

 展開していたシールドがぶっとんだせいで、近接形態の剣になっている私の神機。

 その下には収納された銃が付いている。

 確か、オラクルは……残り、一発分だけ残っていたハズだ。

 

 力が緩んだ一瞬の隙を突いて剣、ではなく、その下の折りたたまれた銃身で砲撃をぶっ放す。

 確かインパルス……インパルス何とか……とか言うヤツだった……ハズ。

 上体を若干浮かせた状態で撃ったので、鈍い音と共に今度こそ肩が外れた。そして体が吹っ飛んだので、辛くもその状況から脱出する。

 

 だが、予想していた衝撃や痛みは来ない。

 何か隊長が受け止めてくれていたらしい。

 今は……あんまり……嬉しくない……。

 

「はぁっ、はぁっ……がはっ、ごほっ……!」

 

 やっと出来るようになった息が散々傷ついた気管へと流れ込み、結果、凄く痛い。

 

「いっ……ぁぁあぁあぁああっ!!」

 

 戦わなきゃ、いけないんだ。と頭ではよく分かっている。

 だけどもう体が動かなかった。

 もう万策が尽きかけた時――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラクル充填率95パーセント……行けるかコレ……まぁいっか……よぉし……当っったれぇええええええ!!!!」

 

 

 

 何処からかロミオ先輩の声が聞こえてきた。

 

 霞みがかった視界に僅かに走る一直線の光が見える。

 それは高く高く……本当にとっても天高くまで登っていった。

 そして……。

 

 わずか0.5秒後。

 

 とてつもなくデカい青い何かが……空から重力に従って墜落する。何故か全く、1ミリたりとも関係ないのに『それ』は隕石を思わせた。

 地球上での万物の法則に従った『それ』がミゴトに落下し目標である白いアラガミへと直撃。

 少し遅れて、爆裂と粉砕の音の洪水が起こる。

 超低温の波が白いアラガミを覆い、僅かに急所を外れて逸れる。

 そして激突。

 周囲に巻き起こる噴煙でさえ低温なのか、周りの地面が凍り付く。僅かに生えていたコケや折れた電柱、コンクリートなどの過去世界の遺産を凍えさせて砕く。その辺一帯が気が付いたら冷凍庫状態になっていた。

 

 何だか凄すぎる氷結系のバレッドは

 冷凍した肉や体液、甲殻さえも氷の欠片にしてまき散らす。

 

 更に、凍結バレッドが――多分、その白いアラガミの本来の属性であるのだろう――炎熱と反応を起こし急激に熱されて気化していく。液体をスルーした急激な気化は、爆発という形になった。

 一瞬にして、籠手のだった甲殻と共に前脚の片方を消失した白いアラガミは憎悪と憤怒の籠った声で朗々と吠える。

 

「ギャォォオオオオオオオォォオン!!」

 

 

 

 

「効果大だよ! 今の内に回収しよっ! 先輩!」

「お、おう……おう? やっべ……今確実に目ェ付けられたわ……あいつに……」

「もう二度と遭わないんだから大丈夫だって! 隊長ーーーー! 唯ちゃん! 早く早くっーー!!」

 

 隊長が私を抱えたままで走り出す。首根っこ掴まれているという人権もへったくれもない輸送方法。

 ……ああ、やっぱりお荷物で本当にすいません……隊長……でも、何故かさっきまで痛かったり扱ったり苦しかったりしたけれど、何か今はもう……感覚が鈍くなってきておるのです。

 

 ってコレはヤバいってば。もしかしてもしなくてもコレはかなりマズいよ、マズい!

 

「よっこいしょ……っと。さぁ、見てなさい! 通常兵器だって役に立つんだから!」

 

 ナナちゃんが元気よく……声を上げて、なんだか物騒な代物を肩に担いでいる。

 ……何か見たことあるなぁ……アレ……昔の戦争映画みたいなヤツで…………対戦車用の何か……みたいな……?

 

「連続スタングレネードで逃げるよーーーーっ!」

「おっし! ナナ! やったれ!!」

「了解!」

 

 ナナちゃんが絶賛再生中のアラガミ目がけて、スタングレネードを至近距離で打ち込んでいく。

 スタングレネードはそうやって使うものじゃないけど、効いているから結果往来というヤツだろう。物理的に加速を加えたことにより殺傷能力が高まった閃光弾が、アラガミに突き刺って爆ぜる。

 スタングレネードの光はアラガミ、ひいてはオラクル細胞の活動を一時的に停止させる効果を持っている。

 そして、どうやらその効果はばつぐんのようだ。

 

 もう何だか色々あって殆ど感覚が消失している背中がひんやりとした金属質な何かを掴む。硬さと素材の雰囲気からコレは軽トラックか護送車の荷台だろうと察しをつける。

 かなり泥や血で汚れたロミオ先輩と、ナナちゃんの姿が見えた。

 しかし、彼らはぎょっとした顔で私を見返す。

 

「お前……」

 

 分かってますよ……。

 さっきから、妙な異臭が鼻につきまくっている。肉の焼ける臭いだとか、髪の焦げる悪臭だとか、が。何処が痛いのかももう良くは分からない。激痛で何度も意識は飛びかけているが、ケガは見ないように意識する。

 

 小心者の私のことだ。きっと傷なんか見たら卒倒だろう。

 ……見なくても何かもう意識ぶっ飛びそうだけど。

 

「……水……」

「ごめん。そんなもん、ない」

「……」

 

 ひどい。

 

 持っているスタングレードを全弾ぶっ放したのかナナちゃんがふぅ、と一息ついた。

 もうアラガミの反応はない。

 

 隊長が何処からか酸素マスクと吸引機、あと簡易キットを持ってくる。

 ってか……あるんだ。

 じゃ何で水積まなかったのか……。

 

「大丈夫!? 唯ちゃん! 何か死にそうになってるよ!」

「お、お水くださ……」

「具体的に言うと右半分がこんがり……」

「言うなよナナ!」

「…………水……」

「良かった……全然聞いてない。もう大丈夫だかんな! フライアの支援砲撃で回りのアラガミ一掃してあるからな! すぐイワン先生に治してもらおうぜ! な?」

「……………………み……ず……」

「唯ちゃん! 死なないで! しっかりして!」

「…………み……」

 

 ふと、手に何か異物感。

 何かと思ったら人の手だった。ちょっと大きくて、固くて、ゴツゴツしてる、男の人の手だった。

 そうだ、この手には覚えがある。

 

「大した奴だ……よくやった」

 

 入隊してから初めて……やっと褒めてもらえた様な気がした。

 張り詰めていたものがゆっくり、ゆっくりと解けていく。

 

 

 

 正しくはなかったかもしれない。

 100パーセントな正解でも、満点解答でもはなかったかもしれない。

 理想なんかまだ見えないし、綺麗でもカッコよくも何ともない――けど。

 やっと自分の足で、歩き出せた。

 ……そんな気がした。

 

 

 

 泥まみれで、血みどろだけど。

 

 きっと、これが私の――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それからというもの、唯ちゃんは……一週間の爆睡をやらかしました」

「並のゴッドイーターでも有り得ねえような驚異的な回復力を見せ、普通に直しても全治1か月かかりそうな負傷を軽く3日で治したクセに……そのあとはゴロゴロゴロゴロ……」

「テコでも起きなかった唯ちゃん。何をしても全然起きなかった唯ちゃん。3日間は皆すっごい心配したんだよ? だけどね、5日目になったら何で起きないんだろう、ってなって……6日目には何かもう皆どうでも良くなってきて……」

「その分仕事増えるし、出撃増えるし、ぶっ壊した神機と一度解体した分の修理費を隊のみんなでワリカンして……」

「高くついたよねー」

「大体お前ら助けに行くのだって車ボコボコになったし……」

「状況報告は隊長一人でやってたよね」

「ジュリウスだって大怪我してたのに無理して次の日出撃してさー」

 

 

 

 

「……ずびばぜん……!!」

 

 ナナちゃんとロミオ先輩によるコンボ精神攻撃だ。

 必殺、事実連打! それだけなのに、心はしくしくしくしくと痛くなる。

 物理的に早くも胃が痛い。

 

「わ……私のバカ……なんでそんなに……!」

「凄かったよ~眠ったように、死んでたよ!」

「本当本当! 人が働いてんのにすやすやとなー」

「もう許して下さい…………」

 

 自分で自分を責める前に他人二人からゆっくりじっくり責められちゃっている。そんなアットホームで素敵な職場ですが私はギリギリ元気です。

 

「本当にすみませんでしたからぁ!」

「ねぇねぇ、知ってるー? 唯ちゃん。人ってね、口先だけだといっくらでも謝れるんだよ~?」

「え……じゃ、じゃあ……何をしろと言うのですか香月さん……!?」

「決まってるでしょ!」

 

 ナナちゃんはにっこり、と零れるように笑った。

 

 

 

「本当に申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいなら……人は何処でだって謝罪ができるハズなんだからっ!」

 

「鉄板!? 鉄板なの!? 鉄板の上で土下座なの!?」

「ん? 何でもするって言ったよね?」

「助……助ケテ先輩……! そんな死に方嫌だぁぁぁ!」

「おい! ナナ言い過ぎだってば!! つかお前もそんなにビビるなよー泣くなってー冗談通じないな本当。お前にそんなことさせる訳ないだろ?」

 

 と、いつも通りな人懐っこいロミオ先輩の笑顔が……

 

 

「今んところな」

「ひっ!?」

 

 ……一瞬消えたことは私は生涯忘れることはできないでしょう。

 人は、笑いながらも激怒できるのだという。

 そんな事実と、共に。

 

 

 

 

「あらあら……仲がいいのは良い事だけど、あまりはしゃぎ過ぎると傷が開いてしまいますよ?」

「……ラケル先生……!」

 

 病室のドアがつーーっと開き、黒いドレスの車椅子博士が舞い降りた。

 少しだけ遅れて、いつものバナナ頭が入ってくる。少し前と全く変わらない……私たちのブラッド隊長だ。

 良かった……ちゃんと二足歩行している。二本のすらりとした長い足で立っている。

 決して、四本足なんかじゃない。

 四本足なんかじゃない。

 

「さぁ、全員揃ったところで……。改めて」

 

 ラケル先生かキコキコと車椅子を回し、私の真正面へと向き合った。

 

「おめでとう、ついに『血の力』に目覚めましたね……ジュリウスに次いで貴女が二人目……と言いたいところですが」

「……はぁ」

「ぶっちゃけ、貴女の、『血の力』。分かりません」

 

「……」

「……」

「……」

「で、デスヨネー……デスヨネ……はぁ……」

 

 そうだよね……。

 あの時……私は……本当にただガムシャラでとにかく必死なだけだった。死にたくない、死なせたくない、そんな思いばかりでいっぱいになって。

 ただ、強く、本当に強く願ったのだ。

 

 帰りたい、帰るんだ、と。

 

 けどこの有様だよ……ケッ。

 

「だがブラッドアーツ自体は発現している。今はそれで良しとしよう」

「そうだよ! 唯ちゃんにしては凄いって! 自信持って! ね? そうでしょ先輩」

「え……? お、おう……そうだよな……。……うん、おめでと」

「……どうも」

 

 そうだ。良いところだけを見よう。もうこの際都合の悪いことは全部忘れて良い所だけ見て生きよう。そうしよう。

 

「順番に説明することと致しましょう……まずは……そうですね、貴女と……私のジュリウス、二人が相対したアラガミ……」

 

 ラケル先生の手にしていた端末が光り、そこから立体映像が投影される。病室ベットのシーツの上に、小さなアラガミが出現。

 忘れもしない、すっかりトラウマな白い狼型のアラガミだ。

 

「コレは『マルドゥーク』、暫定的に『感応種』と呼ばれています」

「……マルドゥーク……」

「出典は古代バビロニアの旧き神。大洪水が起きた時、方舟を造らせ人類を救ったと言われる古神エアの子。そして、古代の神々の王」

「あれ? 洪水の時に方舟を造ったのって確かノアっていう人間じゃなかったっけー?」

 

 ナナちゃんが可愛らしくコクビを傾げた。

 

「それは旧約聖書の話だ、ナナ。堕落した人類に対し神々が怒り洪水を起こした、だが方舟により洪水を生き延びたノアは神から新たな秩序を授かり人類の第二の始祖となった……という話のことだろう?」

「あ、それそれ! 流石隊長!」

 

 思い出したーと言って納得したらしく、ナナちゃんは頷く。

 ぴょこん、と似非猫耳が揺れた。

 

「洪水神話は世界各国に古くから伝承されてきました……そして、その原因と人の救済方法は多岐にわたります。神から人へと下される神罰であったり……はたまた悪神による単なる逆ギレであったり……もちろん、ナナが言っていたものもありますよ? ……一番有名な洪水伝承でしょうね……」

「……」

 

「アラガミのソースを知ろうとすることは良い事ですよ……? でも今は、話を戻しましょう。 この『マルドゥーク』及び『感応種』は新種のアラガミ。強い『感応現象』によって他のアラガミを支配、統制することを可能とするのです。神機使いの使う神機は言わばアラガミの一種。よって第二世代までの……現在既存のほぼすべてのゴッドイーター達には抗う術は……有りません。言うなれば……」

 

 ラケル先生は意味深の言葉を区切った。

 緊張感で、生唾を呑む。

 

 

「まるでアラガミのピクニックの様なのです」

「ありがとうございました」

 

 隊長の謎の感謝。そして無駄に満足そうな車椅子の淑女。

 ……何ですか。何気に実はラケル先生も満更でもないんですかそうですか! お幸せにぃ!

 

「しかし、これらはそう……P-53型の投与者『のみ』に見られている現象……ならば異なる偏食因子P-66ならば、と……また感応現象の延長である血の力であれば対抗することのも可能ではないかとの仮説が打ち立てられていましたが……図らずとも、貴女が証明してくれたようですね」

「……はい?」

「貴女は、これまで倒せないとされてきた敵に、一太刀を入れることで……ひとつ、常識を覆してみせたのです」

「……」

 

 ちょっと待って。

 

 

 

 

「……私……が……?」

「はい」

「……私なんかが……?」

「その通り」

「……」

 

「おい、そこは素直に喜んだって良いんだぞ……?」

「そうだよ! スゴイじゃん!唯ちゃん!」

「この私が……人から手放しで誉められるなんて……? これは、ゼッタイ近未来ロクなことがないことの前兆……!?」

「幾らなんでもその解釈は後ろ向き過ぎるな」

「幸せに……慣れてないんだね……」

 

 憐れむような眼差しを向ける似非猫耳。だけど本当のことだから反論の隙が1ミクロたりとも存在しない、から何も言い返せない…‥!

 

「……ふふふっ、じゃあ今から聞かせる少しだけ悪いニュースを聞いても動じませんね?」

「ほ、ほらぁ! やっぱり来た! キマシタヨー!」

「いや……何で嬉しそうなんだよ」

「うーん……不幸じゃないと安心できないから?」

 

 何とでもホザけですよ、このブラッドのムードメーカコンビが!

 別にそれほど悪い知らせでもないのですが、とラケル先生は絶やさぬ微笑に少し苦いものを交えつつ、その知らせとやらを告知してくる。

 

 

「残念ですが……服が完全におしゃかになりました……」

 

 

「……」

「…………それは」

「……何というか……」

「ご愁傷さまです……」

 

 

「……」

 

 

 明日から

 何着て生きろと

 言うのですか。

 

 

 

「服が……爆死……?」

 

「いや、でも……えー……唯の身代わりになってくれたと思えばさ!」

「そ、そうだよ! 服なんか幾らだって作れるじゃないー! この機会にさーもっと可愛い服にすれば? 何なら私が選んであげ」

「う……ううん……いいよ大丈夫……だた……」

 

 ガツンと頭を一発喰らったような大衝撃。

 心の中じゃ既に大号泣。

 

「両親が……出征前に買ってくれたもの……だったから……」

 

 

 

「……」

「……まぁ」

「……ごめん」

「悪かった」

 

 

 

 

「で、でも大丈夫! し、仕方ないよねー……ちゃんと防刃とか色々調べて……お父さん元技術系だったからそうゆうの詳しくって……あははっ……やだ、何で涙が出てくるんだろ……あれ? あれ……?」

 

 

「泣け。泣いていいよ……今だけな」

「ご両親の愛が守ってくれたのですよ、貴女を」

「そうだよー!」

「うぅ……」

 

 そのまま私は、暫く撃沈した。

 

 

 

 

 

「その代わりと言っては難なのですが、ブラッドの制服がやっと出来上がりましたよ。ジュリウス?」

「ここに」

「そうそう! お前が寝てる間にな! 遂に制服が仕上がったんだって! やっと特殊部隊っぽくなってきたよな!! あとジュリウスごく自然にテーブルの代わりになるの止めろよな」

「却下だ。こうすれば合法的にラケル先生に背中を触れてもらえるだろう?」

「真顔で何かカマしてんだ」

「愛だ!」

「」

 

 即答だった。ロミオ先輩も思わず言葉を喪う。

 なるべく隊長の方を見ないように、っと心がけて真正面のラケル先生を見つめることに集中する。

 ……心なしかまるで女神の様にに見えた。

 

 ラケル先生の手が……伸びて触れるか触れないかのスレスレで綺麗に折りたたんである制服を手に取る。

 何か変な声が聞こえたのはこの際だから無視。何も聞かなかったし聞こえなかった。

 ラケル先生が両手で丁寧にその制服を私へと差し出す。

 

 

 

 改めてになりますが、と彼女は前置きして。形の良い唇を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、ブラッドへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




















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