ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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強いものも、弱いものも
強くなりたかった者も、強く有りたかった者も
誰かのために、と戦う16話です。



phase16 血の覚醒

 

 

『悲しいお知らせだ。今日でカウンセリング教室も最終回となりました』

「え? え……あ、あぁ、そっか今日で最後か……」

『何だ残念なのか? もっとしたいのか? ん?』

「いえ、もう……もう結構です」

 

 正直うんざりだった。思わず敬語になるほどに。

 

『私個人としてはもう少し続けてもいいんじゃないかと思ったがな……まぁ、いい。診断書には書いておいてやったぞ。〔従順ではないが最低限の社会規範に従わせることは可能〕だと』

「俺の扱いそんなもんなのか……」

『嗚呼、神機には適合しても、社会不適合者がまた一人世間に巣立っていくなんてな……本当に世界は理不尽だ』

「テメ……社会不適合者って……え? 神機適合……?」

 

 一瞬耳を疑った。

 

『実に嘆かわしい事だがお前に適合する神機が見つかったらしい。それでもってソレは最新型であるらしい。でもって、まだ開発途中であるらしい、よって司法取引が勝手に完了されたぞ。これで貴様も出所だ畜生が』

「選択権はないのか!?」

 いざとなったら出るところ出る。

 

『有るわけなかろう。お前の罪は世の中を騒がせたことと、純粋な軍規違反……は撤回されたか……そして生きていることと存在していること、ついでにこの世に生まれてきたこと位だろう』

「さりげなく全否定なのか!?」

『せいぜい充実したモルモットライフを満喫し給え、それがお前の有用性だ』

 

 やはり、いくらか柔らくなったと言え基本的に傲岸不遜な姿勢は変わらないようだ。

 

 だが、これで最後なのだ、と思うと、この女にはひとつだけ聞いておかねばならないことがある。

 

「なぁ……あんた。教えてくれないか? 何で俺に構った?」

『……始めに言っただろうが、神機使いの心理というものに興味があるのだと』

「言葉を濁すんじゃねぇよ。あんたが何してブチ込まれたのかは知らねぇけど……あんたも何か抱えてるんだろ?それを問いただす気はないが……だけど、教えてくれ。どうして俺だった?」

『……』

「俺は珍しい事案かもしれない……だが、『逆』は珍しくもなんともねぇだろ。――それが原因で今ブチ込まれてるヤツだって居るだろ? でも、なんで……俺だったんだ?」

 

 介錯など珍しくもなんともないハズだ。むしろ、神機使いとしては当然だ。

 ただの気まぐれだと言われればそれまで、特に意味など存在しないのかもしれない。ならば、それでいい。

 

 だが、どうしても問いかけたくなったのだ。

 

 何を考えていたのか。こいつの抱えるモノは、何なのか。

 

 

 

 

 

 

   □■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、具体的に何を!? すれば! いいんでしょうか!?」

「前方、オウガテイル5体! 脚部と鬼面尾集中射撃で足を止める!」

「りょ、了解!」

 

 指示待ち部下ですいません……。

 こんな切羽詰まりすぎた状況下では網膜投影によるポイント指示は間に合わないらしく口頭での指令になる。神機の銃口と視覚を直結、連結完了。

 

「当たって!」

 

 比較的肉質の薄い(ハズの)脚部を狙い撃っていくと、巨大な頭部に重量が偏っているオウガテイルの身体が傾げて転倒する。まだ息がある一体に躓いた後続のアラガミが転倒。密集時によくあることらしい。

 そのまま掃射を続けていくと半分は金属音と共に弾き飛ばされるが、残りは眼球や甲殻の隙間から頭部へと入り込みアラガミを浸食していく。

 着弾、と共に体液が宙へと散花した。

 

「後方10時方向! 距離150ザイゴード! 爆裂弾行けるな!?」

「はいっ!」

 

 弾倉を開ける。バレッド――神機内部のオラクル生成記憶素子――を組み込む。炎系爆裂弾、と表示されたソレを装填。

 ジャキリ、という小気味いい音が弾がしっかり入ったことを示す。

 

 精密狙撃は苦手だが、とにかく当たればいいのだ。

 吐き出された弾丸が回転しながら突き進み、射線上のザイゴードの上半分……浮遊の為のガスが溜まっている、球体部の方を抉り抜く。

 遅れて爆裂系のモジュールが動き、『中』で破裂。炎がザイゴードが体内に蓄えている浮遊の為のガスへと引火し、より大惨事になって爆散した。

 あ……だから、爆裂弾を指示されたのか、と少し遅れて理解が追いつく。

 

 一方隊長は地上の小型種を討伐している様だった。

 白いオウガテイルや、その堕天種……緑色の毒々しい昆虫みたいなものがドレッドパイク。それら数体へと斬りかかっている……かと思いきや、柄を引いて捕食形態を展開。

 黒い『アラガミ』が剣を飲み込み、伸びて、周りを一気に喰らっていく。

 

「……!?」

 

 信じられないけど……捕食形態を展開したままの状態でアラガミを斬っていったのだ。

 一瞬だけ肉を削がれて赤黒い断面図を見せていたそれらがものの数秒で完全に沈黙して黒い粒子を上げていく……討伐の証だ、つまり……コアを一瞬で抜き取ったということだろう。

 ピンポイントでの指令細胞群の剥離と捕食。

 『アラガミ』の生態と緻密な剣技の成せる荒業。

 

 行ける、と思った。

 きっと……生き残れる。

 そんな根拠の定かではない希望が芽生えてくる。

 

「前方距離300……オウガテイル通常種、堕天種……20は固い……か」

 

 だが、行くしかない。と決意を込めた声が響く。

 

「確実に、だが、足を止めていくだけでいい! 行くぞ!」

「了解!」

 

 暗視モードで目視確認すると……本当に言われた通りに20体ものアラガミがひしめいている状況が認識できた。よくもまぁ……こんなに集まったものだ。

 もしかしたら……これは異常状態なかもしれない、などという一抹の不安がもたげる。

 今はその解答なんか分からないけど。

 

 神機にオラクルを注ぎ足す。

 175発分が追加されたことを視認して高威力系のバレッドを装填。安全装置を下ろし、アラガミの大群に向かって突っ込んでいく。

 

 隊長の方はもう既に突入し、真正面から長刀で千切っては投げ、更にぶった切るというゴリ押し戦法を取っている。

 ていうか……もうそれしかないんだけど。

 

 だが私はまだ近接形態が使えない、だから打てる手は限られてくる。

 ……だから迷うこともない。

 

「同じことをやるだけ……!」

 

 低姿勢を保ちつつオウガテイルの側面へと回り、脚部と鬼面尾を狙って撃つ。

 吐き出された弾丸は確かに鈍い音と共に着弾し、肉を抉るが、空いた風穴はまだ湯気の上がっている内に埋もれて再生していく。

 一発一発が軽いことは百も承知だ。

 だったら手数で攻めるまで。

 

「――っ!?」

 

 その時、一体のオウガテイルが尻尾から、槍の穂先のような細胞群の塊が飛んでくる。

 鋼鉄並の硬度を誇るソレが投擲されるのだから当たれば痛いでは済まないだろう。ほぼ直感で身を捻って、避けた。

 ゴキっ、と何かが砕ける音が耳奥を打つ。

 

 直後、横で結っていたハズの髪が肩へとかかった。

 

 髪を留めていたサイドクリップが砕け散った音だった。特に痛いとか掠ったとかはない。

 ……けど、コレがあと数センチズレていたら……と思うとヒヤリとする。

 

「これ……気に入ってたんだけど!」

 

 一応、家族から貰ったモノだったし。

 しっかりと握り込んでいた柄を持ち替えてアラガミを思いっきり

 

 フルスイング。

 銃の使い方としては確実に間違っている上に、下手したら曲がる可能性もあるから絶対に優秀な神機使いは真似しないことを祈ろう。 

 けど、やっぱり流石は神機。打撃でもちゃんとアラガミに届く。

 地面は居れた骨片や歯片。血や肉の欠片に塗れていた。

 

「……やった、かな……?」

 

 夜闇のせいだろう。

 暗くて視界は黒一色に塗りつぶされている。光の吸収性の高いオラクル細胞とウェアラブル端末の恩恵でかろうじて視界は確保されている。

 が、アラガミを見分けているのはサポートデバイスのオラクル濃度解析機能によるものだ。

 それが残数ゼロを指し示す。

 とりあえず……一波超えたところ、だろう。

 

 

 だけど楽観はできない。

 当たり前のことだけどアレだけバカスカ撃ち続けちゃったことによりオラクル内蔵量の残りがとても少ないのだ。あれだけ貰ったのに……とも思うけど、そもそも一体どれ位戦っているのかが、もう体感的に分からない。

 

 ただ……ずっと、たった一つの知らせだけを待っている。

 

 

 

 

 

『繋がった……! ――こえますか!? 聞こえ――すか!? ブラッド!』

 

「……フランさん?」

 

 雑音だらけの通信が割って入ってきた。

 感度は最悪……だから、かなり音量を上げざるを得なかった。ざりざりという音が痛い位に鼓膜を叩く。

 でも、聞かなきゃ……駄目だから。

 だって……ずっと、コレを待っていたんだから。

 

 

『良かった……! ……民間人の収容が――了しました――――――収容が完了しました!! 2人とも今すぐに撤退を――!』

「……っ!」

『そっちにもうすぐ――――合流します! だから早く撤―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランさん……直ぐ撤退は……無理だよ」

『――な』

「前方……大型種です」

 

 よくよく振り返ってみれば……変だった。

 

 アラガミの来襲位ならば考えられる。

 けど、こんなに大群が一気に集まるなんて通常では有り得ない。数が多いとは思っていたけど、やっぱり普通じゃなかったんだ。本当にそれこそ。

 

 

 ――何かの『意志』が関係して居ない限り。

 

 

「……これが……」

「感応種……」

 

 

 

 夜闇の中でもハッキリと浮き上がるのは、赤。

 

 それが、青い月と対を成しているようにも見えた。

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

「オラクル反応……!? 高い……! まさか……コレは……!」

 

「現場のブラッドは何を!?」

 

「今あの2人が迎えに行きました! 全員で合流ならば或は!」

 

「ブラッドー01バイタル低下! 恐らく何らかの負傷を負ったものかと!」

 

「新兵と2人だけじゃ危険過ぎる!」

 

 

「待って下さい……コレは……中型種接近!? 速い……!」

 

 

 

「いや……この『アラガミ』は……」

 

 

 

 

 

   ▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 信じられない光景を見た。

 

 普通に生きていたら……あのまま、もし、適合通知なんて来ないで、普通に進学して、普通にフェンリル関連の職について……引かれたレールの上の人生を歩んでいたら。

 不満やどうしようもない無力感を抱えながらも、とりあえずは衣食住に困ることのない壁の中の恵まれた生活を送っていたならば。

 あのまま、望まれた通りに嵐吹く世界へと歩きださなければ。

 

 きっと絶対に見ることのないような光景を。

 

 

 

 

「隊長!!」

「……」

 

 隊長の傷はどう好意的に見てもかなりの重傷だと分かる。掌や腕にオラクル細胞の杭が貫通している。

 軽く言ってスゴイ痛そうだが、冷静に考えてみるとコレではもう、近接戦を行うことは不可能に見える。取りあえず手持ちの回復錠を噛み砕いているが、どう考えても回復どころか止血すら間に合っていない。

 

「鎮痛剤を……」

「いや……打つな……動かせなくなる……」

「でも……!」

 

 かなり痛いのだろうが、歯を食いしばって耐えている……様に憶測してみる。正直貫通しているから風穴があいているのだろう、皮膚の上からは血が溢れて地面には血だまりを作っている。

 まるで、腕一本分の血液全てがまるで一気に失われていくかの様に。見ているこちらの方が脱力してしまいそうな光景だった。

 

 それでも、目を逸らさずにはいられない。

 そうでなければ、見ることになるからだ。

 きっと暫くは目に焼き付いて離れてはくれないだろう、光景を。

 

 

「……見届けよう、きっと、それだけが……俺たちに出来る事なんだ」

 

 きっと、それが唯一の。

 

 

 

 

 

 信じられない、光景だった。

 常識外れだらけのゴッドイーター達の世界の中ですら、異端中の異端なのだろうと予測はつく。

 信じられはしない、信じたくはない。

 

 だが、痛いほどに――理解はできた。

 何が『ソレ』をそこに留めていたのか、を。

 

 

 

 それは、崩れる寸前の形をした――アラガミだった。

 

 

「……」

 

 何時か見た……まっ黒になったシユウ変異種の姿だった。

 

 

「隊長……アレは……」

 

 夜闇でもハッキリと浮き上がるのは赤。

 神々の王、とでも言うべきその狼の如きアラガミは、あくまで美しい。

 自然に淘汰され、選別され、磨き上げられていったが故の完成度なのだろう、だからこそ、そこには一片の穢れもなく、ただただ崇高さだけが存在する。

 それに対しているのは……何処までも歪な存在。

 

「……『あの』人は……」

 

 黒い羽根が空を横切った。

 だが、その刃は届きはしない。

 偽りの歪んだ『神』が本当の神に……届くことなどない、などとあざ笑うかのように。

 代わりにぼとり、と身体が欠けて堕ちてゆく。

 

 既に手足は無い様に見えた。

 毒々しいまでに赤い血が流れて、溶けていく。

 

「……アラガミだ」

「……」

「今は、アラガミだ」

 

 もう戻れない。

 戻れはしない。

 

 黒いシユウの身体がぐずぐず、と崩れていく。

 やがて、体躯を支えることすら叶わなくなったのか、膝が折れてそこから液状の黒いオラクル細胞の固まりが噴出し、ぼとりと足が欠けた。

 グラつく己を支えながらもそれでも会敵することをやめようとはしなかった。

 

 そこでやっと理解する。

 もう、とっくに、限界など超えていたのだと。

 

 

「何のために……」

 

 アラガミには知性がある。

 だが、それは人ほどの複雑さはない。

 だからこそ、奇異だったのだ。

 

 人は、一体どこまで人で在れるのか。

 神に姿が堕ちたとしても……人は人で在ることはできるのか。

 

 

「どうして……」

 

 引き裂いたのは、巨大な爪だった。

 白い狼の爪が黒い鳥人の肉を削ぎ抉る。

 何かが混ざり、ぐちゃりと濡れるような音と共に、上半身と下半身がハッキリと分かたれたのを目撃した。

 

 ――終わったのだ、と思った。

 

 

 その時。

 

 雲が切れて……かなり傾いた青い月が煌々と空を照らす。

 明るすぎる月光に照らされて、シルエットだけじゃない、黒いアラガミの姿が浮き彫りになった。

 

 きっともう、戦える力は残っていないのだろう。

 

 だが、飛ばされた上半身はまっ黒な腕を伸ばしていた。

 

 ――――フライアへと。

 

 

「……え……?」

 

 

 重い腕が溶けた。

 肉がじくじくと溶解していき、ほぼ液体に成り果てて零れ堕ちる。

 その先に現れたのは紛れもない。

 

 

 

 ……人の手と、赤い腕輪だった。

 

 

 

 

「……!」

 

 

 ――――『彼』は、この為に、生きていたのだ。

 

 

 ずっと。

 自我すら崩壊しても。

 

 

 

 白いアラガミが、その手すら飲み込もうと歩を進めていた。デカすぎる前脚が大地を踏みしめ、古代神話にでも出てきそうなシルエットが青い月に照らされて浮き彫りになる。

 白く、淡く、輝く神の姿は息を呑むほど美しかった。

 

「食べ……」

 

 ダメだ。それだけは駄目だ。

 その思いだけが強く脳を沸かす。

 

 何もかも、奪われてきたじゃないか。

 何もかもをも、食べられてきたじゃないか。

 誰もが大切な人を奪われて、住むべき国も追われて。病気になったら追い出されて……

 

 

 帰るべき場所さえも、失って。

 

 

 もうコレ以上何も失いたくなんかないんだ。誰だってその気持ちは変わらない筈だ。

 もう、これ以上。

 

 ――帰りたいんだ、とあの子は言ったのだ。

 

 死に追いつかれてしまうことが怖いと、あの子は言った。

 

 だから……

 

 

「届いて……!」

 

 距離自体は大したことは無い。

 気持ちにためらいが無かった……と言うと嘘にはなる。

 『この距離』を延ばすことは不可能じゃないハズだ。この神機様は訓練室ではロクに言うことも聞かない癖に無駄に伸びて下さるんだから。

 

「届いて……! 届いて!」

 

 柄を無茶苦茶に引っ張る。

 両側からせり上がってくる黒い筋肉束。浸食する様に其れは黒い銃身を飲み込んでいく。

 捕食形態が起き上がってくる。

 

 

「届け!!!!」

 

 

 偶には強い思い、なんてものにも応えてくれるらしい。

 

 筋繊維が伸び、ゴムの様に大きく伸長する!

 かつてない程のデカさを誇る顎が巨大化して、何もない地面を駆ける。

 

 一瞬だけ、こっちが早かった。

 

 黒い顎が白い狼口の鼻先を掠め、人間の腕ごと赤い腕輪を掠めとる。

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごっくん。と確かに脈動した。

 

 

 

 

 

 

「……ちょ」

 

「……オイ……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……オイ」

 

 

 伸びた捕食形態は手元までもの凄い速さで戻ってくる。

 むき出しの琥珀色の球体。もとい指令細胞群が「飲んじゃった」ことを示す。

 

 

「……こ、こらぁああ! ぺっしなさい! ぺっ!」

「お前……お前本当……」

「わ、私だけが悪いみたいに言わないで下さい! 流石に予想外だったんですから!」

 

 神機内のオラクルが急速に増えてバースト。

 

「ひぃいっ!? き、きたぁぁぁっ!」

 

 ひょっとして……消化しちまったのだろうか。

 いやいや、まさかね。

 

 

 マサカネー……。

 はっきりと否定することが出来ないことこそが悲劇。

 

「もうやだこのポンコツ……」

「……」

 

 心なしか神機がずっしり、と心地よい重さを得ている。

 

 そして、徒歩で行くには割と距離の離れている筈の。

 そのアラガミと目が合った。

 

 

「……」

「……」

 

 ガッツリこっち見てますね……。

 いくら私も神機もポンコツとはいえコレは理解できる。

 コレ、完全に、キレてる。

 

「ど、どどどどどどどうしましょう隊長!?」

「落ち着くんだ……今、考えていた退却プランが無に帰した所だ」

 

 それの一体どこに落ち着く要素があるのでしょうか、と今世界に向けて問いたい。

 神機は依然として捕食に満足したのか程よい重さを持ったままだ。

 

「心配ない。……今から、俺が……奴にブラッドアーツを叩き込む」

「それ……何か前聞いたことがあるようなセリフなんですけど……」

 

 確か前はロクな結果にならなかったような記憶がある。

 

 

 

 

 

 

「だから、お前だけでも逃げるんだ」

 

 

「え……」

 

 

 そこで隊長は、何故か余裕すら感じさせるような笑みを浮かべた。

 いつもの様な……この人に付いていけばきっと大丈夫なのだと思えるような微笑みだった。

 

 だけど、今なら分かる。

 

 正真正銘の崖っぷち状態だ。隊長は満身創痍状態だし、神機内のオラクルは枯渇しているし、敵は強そうな上にガチギレして活性化中だ。悪い事が重なりに重なり、相乗効果を生み出している。

 

 でも、そんな状態でも。

 

 『大丈夫』と笑うのだ。

 

 心の何処かに存在する、確かな弱さを押し込めて。

 ……だったら、決まっている。

 

 

 

「隊長……すみません、その命令には従えません」

「……!」

「流石に分かります……そのケガでは満足に戦闘だって出来ません。……だったら、自分が戦います……!」

「待て、無茶だ! お前は……」

「分かっています! 勝てる気なんか空気中に存在する微量オラクル程にも感じていません!!」

 

 そこで、隊長はぐっ、と一瞬だけ口をつぐむ。

 ここまで自信満々に自信ない、と言い切る奴も珍しいんだろう。

 けど、それが『私』だ。

 

 そして……やっぱり私は、ここで隊長を見捨てたくないのだ。

 

 

「だったら逃げろ!! 俺の事はいいんだ、お前だけでも――」

「勝てる気なんかしません!! でも! 救援を待つ時間位なら稼げます!」

 

 嘘だ。

 ……本当は、それだって出来る気なんかしない。

 

「もうすぐ……もうすぐ、必ず来てくれるんです……だから!」

 

 背後で聞こえる制止の声を無理やり振り切って走る。

 目標は目の前の巨大なアラガミ。

 白い狼。

 

 何だか今は、それが死神にすら見えた。

 

 

「だから……!」

 

 

 バーストモードはまだ続いている。

 神機が金色に輝き、今まさに活性化しているということを主張している。

 その銃口を。

 

 真っ直ぐに、アラガミへと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「怖いよね……」

 

 紛れもない、むき出しの本音がぽつりと零れた。

 怖い、本当に怖い。

 足がガクガクと嗤っている。腕が細かく震えているせいで、狙いが定まらない。

 いっそ何もかもを投げ捨てて一人で逃げ出したくなる衝動が、さっきから胸の中で痛いほど悲鳴を上げている。

 バーストモードによって活性化し、僅かに回復した神機の内部情報が、あと一掃射だけ撃てると教えてくる。

 

 

「死にたくないよね……」

 

 怖すぎて膝がわらってる。息ができない位に肺腑が詰まる。

 生物としての直感で悟った――力の差は歴然だということを。

 

 死にたくない。

 死にたくない。 

 ……死ににたくは、ない。

 

 

 

 

 ……だけど、

 

 

 

 だけど、それ以上に……強い気持ちが今は在る。

 

 

 

「死なせたくないよね!!」

 

 

 不思議と、神機が軽かった。

 あれ程いうことを聞いてくれないハズだった私の武器が。

 今は体の一部であるかのように操作することができる。神経という神経が結合し、繋がり、そして意思が伝達される。

 

 もしかしたら皆、自分の利己主義を押し付けているだけなのかもしれない。

 生き延びたかった人も、死にたかった人も。強くなりたかった人も……強くなろうとしている人間も。

 たとえ、『それ』が自我の押しつけ合いだとしても。

 『自分』が無いよりは何万倍もマシなハズだ。

 

 

「立場が離れていてもいい、相手の考えていることが良く分からなくても、空回りで終わったとしても……自分のできるこ精一杯のことをやれば良い!」

 

 

 右手の腕輪が軋むような音がする。

 神機が、ガタガタと震えて、振り動く。銃身の奥から、黒い人工筋肉の塊が伸縮して、絡まって、蠢く。その都度発信される脈拍や鼓動が確かに伝わってくるようだった。

 もしかすると暴走寸前と言ったところなのかもしれない、という可能性がふと浮かぶ。

 

 ――――知ったことか。

 

 それ位やらなければ何ひとつとして救えはしない。奇跡でも何でも起こさない限り助かりはしない。

 だから……迷っている暇はない。

 

 

 

 

 ひとつだけ、ある。

 

 この状況を覆せるかもしれない、そんな力を。

 

 ひとつだけ、確かに知っている。

 

 

 

『長期使う予定のない即席追加部品だから内側からの力には弱いかもしれないね』

『神機を構成しているオラクル細胞が一気に常識外の活性化をするとか、極めて特殊な活動をするとか、その辺ね』

 

 

 そんな力を……確かに、私は知っている。

 

 

 

「『皆』を守りたい!!」

 

 

 無駄に終わるかもしれない。

 何も、できないかもしれない。

 

 だけど、もうこれ以上。

 

 何も出来ないままで終わっちゃいけない、とだけ……それだけ、だった。

 

 

 

 

 ――弱い自分が、嫌だった。

 

 

 何をするのにも、自信がなくて……臆病で、何をやっても駄目な自分が本当に……本当に嫌いだった。

 何も自分で決められない生き方ばっかの、何も見ようとせず、何も成せない自分が……嫌だった。

 

 だから、欲した。

 

 力じゃない、強さでもない。

 そんな具体的で即物的なモノじゃない。

 

 そんなカッコつけた偉そうなモノじゃ……なかった。

 

 

 

 

 バキバキと、内部の何かが壊れていく……いや、『喰われていく』ような音が聞こえた。

 神機の配列が一気に書き換わるような感触がする。

 

 そして、銃口が縮小し折りたたまれて、代わりに下側に付いていた『刃』の部分が起き上がる。

 立ち上がった大剣を構えて、アラガミと真正面から向き合った。

 そこで、恐怖に怯えている自分の理性を、宥めるように勇気が覆う。

 

 

 

 

 

 そうだ。

 

 ただ……

 

 私が……欲しかったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それだけじゃないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、この瞬間生きると決めた。

 

 

 

 これは、紛れもない自分で掴みとった私の意志。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長と一緒に……帰るんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ゴメン、エミール……

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