ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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phase10 信奉者たち(前編)

「どうも腑に落ちないな」

『だろうな。まぁ、狂人の戯言だとでも思えば良い』

 

 元から理解など望んではいなかった。それでも、ささやかながら落胆している自分に、女は気づく。

 ひょっとしたら、一縷の望みでも賭けていたのか、と。

 だが、帰ってきた言葉は意外なほど真剣だった。

 

「いや、理解していない訳じゃない……つまり、人が人を殺さない理由は『生物』としての種族保存における忌避本能に由来するもんだ、と言いたいんだろ」

『……突然物分りが良くなったな。おい、どうした? 何だか嬉しいような……気色悪いような心地がする』

 

 いつもなら犬の如く噛みついてくる皮肉も軽く流される。ほんの数日だが若干精神的に成長したらしい。

 

「それは……悪いことじゃないように思えるんだ。『殺人行為は悪である』ってことを、根本的に肯定している……はっきり、あんたが思ったよりもマトモそうで安心してる」

『お前、私のことを何だと思っていたのだ?』

「いい年こいて発想が十代中頃の変態外道鬼畜ババア」

『流石に怒るぞ』

 

 だけどな、とそこで青年は言葉を濁した。

 

「納得することはできない」

『なるほど。続け給え』

 

 やはり青臭い。予想出来ていた回答だが悪い気はしなかった。若者など、この位青くって潔癖症で丁度いい。下手に達観している風を装う子供など面倒な上に扱いずらい。

 そこで、かつて出会った少年の顔が、ふと脳裏浮かんでくる。子供のくせに達観した風を装い……結局は子供のまま、一人で啼いていたクソ餓鬼を。

 

「ああ……納得は・できないんだ」

 

 それは、選んで発した言葉のようだった。

 女の口元が緩む。いつものような皮肉気な笑みや自嘲ではない、割と自然に出た微笑だった。

 

 どうやら、こいつは思っていたよりも優しい性根の持ち主らしい。

 

「もし……もし、人間が人間を殺さない理由が単なる『偏食』なんだ、ってアンタが言うとおりならば……人が正しくあろうとしたものは、どこに行けばいい?」

『……前頭葉随意筋保持者にしてはよく考えたな』

「倫理、道徳……それこそ、古代から続く神話や寓話……あと、何だったか……聖書? だっけ。それ以外にも人類が積み上げてきた法典は……『正しく』あろうとした証は何になればいい? 生き方や善悪の判断、詰まるところ『正義』ってヤツが全部遺伝子やらDNAの塩基配列やらに組みこまれたモンだったなら……生きるってことは何になるんだろうな」

『さぁ……知らんよ』

「プログラミング通りに動くだけの、茶番か?」

 

 本当は答えが分かっている癖に、あえて疑問にして口に出す。

 

「そうじゃねぇだろ」

『……』

 

「人は選べる。たとえ遺伝子や環境や使命や責任。内外問わずやたら多い要因の入り混じっていく中で……それでも考えて、より自分が正しいと思える選択が、出来るはず」

 

 出来た、はずなんだ――言葉の外側でそう言っていた。

 

 嗚呼、やはりこいつは馬鹿なのだ。

 優しく、素直で、そして愚かだ。いっそ清々しいほどに。

 

『……あぁ、そうだな。きっと、それを意思と人は呼ぶのだろう』

 

 スピーカー越しにも伝わってくる、多分、今自分の発した言葉により……自爆して傷ついてしまった青年へと語りかける。勿論、慰めるつもりなど毛頭にもない。

 

『正しくあろうと、思い、悩み、思考する『意思』と選択を決定し、実行し、進もうとする『意志』それこそが、人間に与えられた最大の武器なんだ』

 

 

『――だが』

 

 

 

 

 

      ◇◆◇

 

 

 

 

 

 世界が神に喰い荒らされて、祈りも救いもなくなった世界において。

 

 それでも『神』へと祈ろうとした人々が居る。

 

 

 喰神教。

 

 アラガミを崇拝するちょっとアレな連中――と、簡単に言ってしまえればどれほど良いか。祈るだけならばまだしも一部『過激派』はフェンリルを蛇蝎のごとく嫌っており……その嫌い方たるや、一に強奪にに妨害、三四なくて五に爆殺……みたいな感じでとにかく凄まじい。だから、てっきりフードか、覆面かぶってる黒ずくめの怪しい連中がここぞとばかりに大集合している絵図を思い描いていた。

 その割には

 

「意外と……フツー、ですね……」

 

 どうやら自分は身構えすぎていたようだ。

 もちろん、衝撃的と言えば衝撃的ではあったのだが。

 

 私は『人』が住む場所、と言ったら自分が住んでいた支部内の居住区とフライアしか知らないわけだ。外部居住区、という支部の周辺の集落の話は聞いたことはあったけど、実際に行った事などなかったし『壁』――正式名称アラガミ装甲壁の外側になんて、行こうと思ったことさえない。

 

 つくづく、自分の世間知らずっぷりと思い知らされる。私はやはり、何となく皆自分と似たような所で生きているのだろうな、と思っていたわけだ。自分のことは幸運だとか恵まれた方だと言いつつも、他の人間のことなんてこれっぽちも知らなかったのだから。

 

その『町』は人が住めるように多少は整備されているものの、旧時代の建物なんかをほとんどそのまま使っていた。

 そのまま、というから本当にすごい。アラガミの攻撃か何かで穴が開いたままになっているビルや、中途半端に齧られてギリギリのバランスで立っているクレーン車。また、折れた電柱や倒壊した建物、横倒しになった車なんかはどうすることもできず、辛うじて横に除けてある状態だ。

 

 せめてもの救いは――元々、都会であったのか、アスファルト舗装の道路が陥没はひどいものの、何とか『道』として機能している。オラクル汚染のせいで草や木、コケすらも自生できない灰色の街……まるで幽霊の住処のようだった。

 けど、見たところそんだけで、取りあえず何か変な宗教っぽさはない。てっきり昼間からアラガミを模した像か即身仏と化したオウガテイルあたりを皆で拝み倒し、広場でフェンリルの旗を火刑に処している位のことは起こっているんじゃないかと考えていたのに……今から考える赤面モノだ。

 

 ともあれ、そんな街を歩いて歩いてひたすら歩いてたどりついた場所は昔の役所――の一部を改装し利用したっぽい施設だった。喰神教の割には教会が拠点じゃないらしい。中は意外にも綺麗に片付いており、塵は掃き清められ手すりや窓も拭かれていた。寂れた外観の割には中身はきちんと人の手が入っている……って当たり前か、住んでる人が居るんだから。

 

「何というか期待外れというか期待以上というか……」

「フェンリルの庇護外にしては……よく整備されている方だろう」

「あー……そうですか」

 

 やっぱりそうなんだ。

 そして、言葉の裏側から事実を告げている。

 

 『他』はここよりも酷い、と。

 

 一人だけ座っているグレム局長がチラッチラッと左右に目を走らせたあとフン、と鼻で一笑。暇なので心境を察してみる――フェンリルの庇護外にしては綺麗にしてるじゃないか、だが貧相だな。

 こんなところかな。

 

 やがて、扉が開く。

 

「御足労頂き、誠に申し訳ありません」

 

 現れたのは数人、恐らくは代表者とその護衛。

 ひときわ目立つのは女性だった。

 若い、多分20歳をちょっと超えた程度の年齢でしかなさそう。まっすぐで艶やかな黒い長髪に濃い青の瞳。肌は白くて清潔。

 と、いうことは身体を清められるだけの汚染されていない大量の水がきちんと確保できているのだろう。近くにダムか貯水池があるのだろうか? ……グボロ・グボロに注意。

 

「こちらの代表を務めさせていただいてる者です」

「あー……私はフェンリル極致化技術開発局局長、グレゴリー・ド・グレムスロワだ」

 

 名乗る心算はないらしい。

 

「今回は環境調査の為機材設置とこちらからの調査班派遣。その間の住民たちのフライア一時受け入れの件について報告に来たまでだ」

 

 局長はそこで一枚の書類を手渡す。

 その内容は『さっさと立ち退き署名しろ』だ。女性の左右を固めている護衛たちが露骨に嫌そうな表情をあらわにした。それが人間として正解だろう。

 

「申し訳ありませんが……そちらの要望にはお応えできかねます」

「事前通告はした筈のだがね?」

「えぇ……」

 

 ふぅ、と局長は嘆息する。

 

「町長、我々は何も君たちを見捨てる……訳ではない。ただ、人類の活動圏を広げる、という理念の下に調査をさせて欲しいだけなのだ。住人はこちらで一時的に預かるし、別の支部の受入先にも話は通してある……第一、これだけの人数を『タダ』でフェンリルが受け入れてやると言っているのだが……これ以上何の不満があるのだね?」

「……」

 

 町長さんは何故か無言。

 ……と、いうか局長、ソレ完全に悪役の口調です……。いや、やってることは糞の極みかもだけど……。

 

「『喰神教』だが何だか知らんが、大人しくしている分には特に干渉はせんよ。住人の分の戸籍登録と配給手配の準備はいつでも完了できる状態だ。貴女も長ならば、住民のことを考えてやるべきではないのですかな?」

「……おっしゃる通りですわ」

 

 護衛の皆さんが今にもブチ切れしそうな顔に変貌している。ギチギチを握った拳には血管が薄く浮き出ている……しかし、彼らの事だこちらの警備の人数が見えないわけじゃないだろうし、何よりさっきから私と隊長の右手ばかりを凝視している。

 全身の細胞をオラクル強化された兵士、神機使いだと警戒されている。

 ……あぁ、戦闘術教本ちゃんと読んどけばよかったぁ……。対人戦なんて勝手が分からないよ……。自慢じゃないがこの年齢になるまで殴り合いなんて兄以外とやったことがない。しかも、その兄は妹に叩かれて喜ぶようなヤツだ。変態は討伐数に入らない。

 

「ですが、我々にも意地、というものが有ります」

「……それは、人命よりも大事なものかね?」

 

 人命、という言葉を出されて女町長さんが一瞬だけ怯んだ。……無理もない、相手は人生を二倍ほど生きている何か強そうなおっさんだ。しかも葉巻まで吸っている。

 

「そうは申しておりません……ですが」

 

 机の上に置かれた繊細な手が、きゅっと握り込まれた。

 

 

 

「我々が今日まで守り続けた土地を……みすみすフェンリルに奪われる、そんなこと黙って許す馬鹿がこの地上のどこに居るとお思いですか?」

 

 

 

 せ、宣戦布告きたぁーーーー!

 や、やばい。怖い……怖すぎる。

 

「……あら、うっかり。お言葉が過ぎましたわ……申し訳ありません。ですが、お分かり頂きたい。皆が皆、納得している訳ではないのです。どうぞ誤解なきように。お話自体はとても有難く思います」

「フン……」

「……その証拠として、機材の設置とそちらの調査班の方々の派遣については受け入れを。ただし、我々はこの地を去るつもりはありません」

 

 あ、あれ?

 

「意外に譲歩……?」

「譲歩? いいえ、これは『協力』です。私どもも、フェンリルも『人類』。これがより多くの人のためになるのであれば、これほど勿体ないお話はございません。どうぞ、お役に立たせてください」

「えー……あ、ありがとうございます……」

 

 お前喋んな、との周囲からの視線が痛すぎる。……皆さん、本当すんません。

 

「まぁ、我々も鬼ではない。気が変わったら何時だって受け入れてやろう……おい、帰るぞ」

 

 こうもアッサリ!? と思ったが、取りあえず一時撤退ということだ。

 でも……機材の設置と調査はできるわけだし、これで取りあえずは一件落着。そうゆう方向で考えてしまおう。わーい、帰れるぅー今日のお仕事終わりましたー! 

 

 

 とか喜んでた私は……やっぱり、馬鹿だった。甘かった。

 

 

 

 

 

 

 

「何しに来やがった! 狼共!」

「俺らの街から出ていけフェンリル!!」

 

 さっきまで、誰もいなかった大通りに集まる人々。

 そして浴びせられる罵詈雑言の嵐。

 

「さっさと巣に帰れ!」

「そうだ帰れ餓鬼共!!」

「ゴッドイーター何か連れて来るんじゃねえ!!」

 

 うわぁ……嫌われてんなぁ……。今の時代ヘビもサソリもここまで嫌われないだろうに。

 

「また……また、追い出すつもりなんだろ!?」

「ふざけるな!! どこまで追い回せば気が済むんだ!!」

 

 ……また?

 

 気になる単語が耳の奥に引っかかってくる。まさか、とは思っていたが……ここの街の人たちは……

 

「俺たちを散々蔑ろにしやがって……!!」

「支部から追い出して、また更に此処からも追い出そうってのかよ!?」

「冗談じゃないわ……! ただ、ただ……普通に生きていたかっただけなのに……!」

 

 この間、健太君が言っていたことが蘇ってくる。

 

『それで、おれ達の住んでいた区画は……『無事』な人間だけ、残して閉鎖された』

 

『配給に使っていた道が大きな壁とかで遮られて、もう配給車も来なくなって。みんなパニックになって……』

 

 あの子が嘘を言っているとは思えなかったけど。

 そんなことはない……きっと、何かの間違いだ。あったとしても、ごく一部だけの話。

 

 そう、思っていた。

 思いたかった。

 

「ある日いきなり追い出されて、父さんも母さんも死んだんだ!! 食うものが何もなくって弟が死んだんだ! 誰も埋めてやることもできなかったんだ!! 全部全部、お前らのせいだっ!!」

 

 そう叫んだ男の子は、どう見ても神機適合年齢よりも下だった。

 

「また追い出すのか!? また、奪うのか!?」

「もうやめてくれよ……放っておいてくれよ……」

「出ていけ、出ていけよ」

 

 良く見ると怒っているだけじゃない。ある人は泣き崩れそうになっていた。またある人は蒼白な顔でこちらを見ていた。おびえたり、泣かれたり、絶望されたり……している。

 

 ぶつけられる感情が、怒りだけなら……まだマシだったのに。

 

 

 とたんに、後頭部に何か軽い衝撃を感じた。そこだけじゃなく、肩や背中にも何か命中してくる。さほど痛くはなかったが、べちょっとした軽い粘性とものスゴイ悪臭に思わず閉口。そこを触れてみると何故か細かいカルシウム片が。

 

「た、卵!?」

 

 しかも腐ってやがる。臭すぎたんだ。

 わざわざこんな時の為に用意しているのかそれとも偶然か。ベットベトになった髪や服から嫌な汁が垂れていく。不幸中の幸いか隊長やグレム局長は無傷。

 なぜ、私だけ……。

 

「うぐっ……臭っ……」

 

 私にぶつけるくらいなら大地の肥やしにでもした方がマシだろうに。

 

 自慢ではないが、腐った卵をぶつけられるなど生まれて初めてだし、今後の人生でもないと思っていた。と、ショックを和らげるための現実逃避を開始しようとした私の思考を現実は許してくれなかった。

 どうして……どうして、気づかなかったのだろう。

 

 卵がある、という事それが示す事実は即ち

 

 

「コケェエエーーーー!!」

「う、うわぁあっ! ま、待って! ちょ、ちょちょっと待って! 投げたのはあっち!! 投げたのはあっちだから私じゃな……うわぁぁあああぁああ!」

 

 鶏突猛進。

 多分、生みの親であるだろう鶏が強襲してきた。そういえば……鶏見たのも初めてなんだよなぁ……。

 

 もう、怖いの何のって。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいぃ!! あなたの卵のコトは謝りますからぁ!!」

「ゴゲェェエエエエエ!!」

「ひぃぃいいいいいぃっ!! 痛い痛い痛い!!」

 

 しばらく傍観していたうちの隊長が、見るに堪えかねて、羽毛と腐卵臭と謎の粘液だらけの私を何とか救出してくださった。彼の鋼色の瞳には何の感情もなかった。

 

 あぁ……もう……。

 今までラクをしてきたツケが一気に回ってきたのだろうか? 

 

 私の人生……この先きっとこんなんばっかなんだろうな……。

 

 


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