TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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 次のテイルズが、エクシリアかゼスティリア関連にしか思えて仕方ない私です。
 ペルソナ5・KH3が楽しみです。


第八話:城塞都市セントビナー

 

現在、とある草原

 

 同日の深夜、ティアが目を覚ますと迎えたのは満点の星空であった。微かな熱気に横を向けば焚火が用意されており、自分の頭には敷かれる枕代わりの布と掛け布団の布があった。

 自分が横になって寝かされている事に気付き、同時に自分がルークを庇って倒れた事を思い出す。怪我の場所である腕も僅かにズキズキと痛んだ。

 すると、今度は焚火とは逆の方向から何やら暖かい風と気配を感じた。なんだろうと、ティアは怪我を庇いながら反対側を見ると、そこには――。

 

「……zz」

 

 寝ているルークの顔が至近距離にあった。先程からティアが感じた暖かい何かはルークの寝息だったのだ。

 

「えっ……ええッ!?」

 

 ルークとはいえ、異性の顔を至近距離にあった事、そして何故にルークが自分の隣で寝ている事に驚きながらティアは顔を真っ赤にして思わず上半身を起き上ってしまう。

 すると、その声に気付き寝ずの番をしていた三人がティアに気付いた。

 

「目が覚めた様だな」

 

「先に言っておきますが、傷は浅いですよ。良かったですね」

 

「まあ、命に問題がなくて良かったよ」

 

 ティアが声の方を振り向くと、そこにはフレア・ジェイド・ガイの三人がなにやら円になる様に座っていたのだが、ティアはまだガイを知らない。

 

「あ、あの……そう言えばあなたは?」

 

「ん? ああ、覚えてないか。俺はガイ・セシル。ファブレ家の使用人さ。まあ、宜しく頼むよ」

 

 その事を聞いた瞬間にティアは再び思い出した。ヴァンを襲撃した時に確かにいた顔であると。

 

「私はティア・グランツ。そうなると、あなにも迷惑を掛けてしまったわね」

 

「いやいや、ルークが無事だったし、詳しい事はフレア様から聞いたよ。……それに謝るならバチカルの奥様に謝ってやってくれ。ルークがいなくなって体調が優れないんだ」

 

「そんな……」

 

 目的はヴァンだけだったのだが、ティアは自分の襲撃によって起こった影響が思った以上に広がってしまっている事を知った。ティアは直に知る事はなかったが、母親と言う者が子供を心配するのは当然の事だろう。

 ティアが自分の責任を深く感じてしまっていると、フレアが口を開いた。

 

「言っておくが、母上は元から身体が弱い。今回の事はルークの一件が重なってしまっただけに過ぎない。――だから、そう気負う事はない。無事にバチカルまでルークを連れて行けば良くなるだろう」

 

「ですが、実際にはルークだけではなく貴方も――私は貴方達のお母様から息子を二人も……」

 

 ルークだけではなくフレアもその息子なのだ。二人も息子が同時に目の前から消えたならばショックの強さも余程のものだろう。

 だが、そんなティアの言葉を聞いた当のフレアは特に気にしていない様に小さく笑った。

 

「親からの愛など、俺はとっくに卒業している。母上の一番の特効薬はルークだけだ。――こう言う立場上、親子の関係など時に邪魔になる。上司と部下の関係の方が気楽だ」

 

「そんな事……」

 

 いくらなんでもそれは悲しすぎる。フレアの言葉にティアはそう思ったが、それを聞いていたジェイドが口を挟む。

 

「親子関係は文字通りその家庭によって異なるものです。私達が口出す事ではないでしょう。――それよりも、あなたが一番気になっているのは隣にいるルークの事なのでは?」

 

「あっ……いえ、その……なんでルークが私の隣で寝ているのでしょうか?」

 

 ティアが気になるのはやはりそこであった。一体、自分が気を失っている間に何があったのかとティアが思っていると、ガイがそれに答えてくれた。

 

「君が倒れた後、ルークがずっと背負ってここまで運んで来たんだ。自分が寝るまでは看病もしていたよ」

 

「ルークが……?」

 

 ティアは少し意外だった。あんなに我儘を言っていたルークが自分の看病をしてくれていた事が。

 

「君が庇って傷付いた事をルークは気にしていた。……あの子は確かに世間知らずで我儘だが、ただ純粋なだけなんだ。寝るまで付きっきりで看病をしていたのがその証拠だ」

 

 なんとなくだが、フレアの言葉を聞いたティアは少しだがルークがどのような人間なのか分かって来た様な気がした。

 時には我儘を言うが、他愛もない物に目を輝かせるような幼い子供の様な一面もあった。思い出せば、ルークはずっと屋敷内で軟禁生活をしていたのだ。

 文字通り、純粋過ぎるが故の行動であり、周りの大人達がルークにどの様な影響を与えてたかも分かる。

 

(バチカルまでだけど、もう少しだけあなたの事が知れれば良いけど……)

 

 自分が巻き込んだ形でルークとは旅する形になったが、ティアは少しでも自分の知っている知識等をルークに教えられれば良いと思った。

 ルークは純粋だ、それ故に自分が知らない事があり過ぎている。誰かがちゃんとルークに良い事と悪い事を教えてあげなければならないのだ。

 ティアは最初はルークに持っていなかった感情が今は自分にある事を感じ始めていた。

 

「まあ、実際にやろうとしていたのは、気を失ったあなたの口にありったけのグミを詰め込もうとしていただけなのですがね」

 

「……」

 

 それを言わなければ気持ち良く終われたのに。

 ジェイドの言葉にティアは空いた口が塞がらず、フレアとガイも呆れた表情でジェイドを見た。

 

「旦那、あんた……良い性格をしてるな」

 

「いや~照れますね」

 

 誰も褒めてはいないのだが、ガイの皮肉を華麗に躱すジェイドに誰も何も言えなかった。

 最後の最後で良い話で終わると思ったのだが、ジェイドによってそれを壊され、彼の素敵な笑顔を見ながらティア達は夜を過ごすのだった。

 

▼▼▼

 

 

 それから翌日、皆が起きてからジェイドは昨晩の内に話しあっていた方針について話し始めていた。

 

「――以上の事より、まずはアニスと合流しましょう。アニスとはマルクトの基地で落ち合うように伝えてありますので、一番近いセントビナーへ向かいましょう」

 

 【城塞都市セントビナー】

 マルクト軍で嘗て元帥を務め、ジェイドの師匠でもある老マクガヴァンが街の代表を、息子のグレン・マクガヴァン将軍が指揮するセントビナー駐屯軍が存在する街である。

 巨大な大樹と城塞によって守られ、共に生きているこの街で、生きていればアニスと落ち合う予定だとジェイドは説明をする。

 

「ならば急いだ方が良い。神託の盾(オラクル)騎士団の狙いは親書の奪取。マルクト関係の都市を集中的に探索しているだろう」

 

「ええ、セントビナーには老マクガヴァン元帥がおりますから、神託の盾も強攻策には出ないと思われます。しかし、アニスの件がありますので急ぐに越したことはないでしょう」

 

 フレアの言葉に頷くジェイド。その後、これからの戦闘時について以下の様に説明をする。

 

 前衛・ジェイド・フレア。

 中衛・ガイ。

 後衛・ティア・ルーク・イオン。

 

 前衛を最大戦力の二人にする事で敵の大半を撃破。何かあった時の為にガイは後衛との間に配置。最後にティア、そしてイオンの護衛として一番戦う可能性が低い後ろにルークを配置。

 これは、昨夜フレア達三人が話しあった結果である。人とは戦えないルークを考え、その場所が一番の安全に近い所と判断してそうなった。

 皆もその説明に頷き、さあ出発しようとした時であった。後ろにいたルークが待ったを掛けた。

 

「まっ! 待ってくれ! 俺、考えたんだけど……俺も戦わせてくれ!」

 

 必死さが読み取れるルークの声にティアが驚きながらも反論する。

 

「ルーク!? あなたは民間人なのよ? 仕方なかったとはいえ、あなたを戦わせた事もいけなかったのに。――民間人を守るのは軍人の仕事、屋敷に着くまで私が命を賭けてあなたを守るから、あなたは戦わなくても良いの」

 

「か、勝手に決めんな! 俺だけ黙って後ろで見てるだけなんて出来ねぇよ! 俺も戦う! 命を奪うのは怖いけど、俺が何もしないで誰かが傷付くのは嫌なんだ。頼む! 俺も背負わせてくれ!」

 

 ルークの意志は固く、ティアは自分では抑えられないと判断した。ガイもこんなルークを見たのは初めてらしく、どうすれば良いか悩んでいる。

 ジェイドは既に答えが決まっている様な冷静な表情をしているが、兄であるフレアの意志も聞きたいのか彼に視線を向けた。 

 同時に他のメンバーもフレアへ視線を向け、皆の意図を理解したフレアがルークの前に出た。

 

「お前の意志の固さは良く分かった。だが、ルークよ……命を背負うと言う事はお前が思っている以上に苦しい事だ。どこで恨まれるかも分からず、見ず知らずの者から復讐されるのも珍しくはない」

 

「……でも、俺は戦いたいんだ兄上! 無力なのは嫌なんだ!」

 

 珍しい事に、フレアの言葉にもルークは自分の意志を主張した。昨日のティアの一件が多少でもルークに影響を与えたのだろう。

 その光景が珍しいと分かっているからか、ジェイドも意外そうな表情でルークを見て口を開いた。

 

「あなたも戦力と数えますよ?」

 

「……ああ!」

 

 ルークのその言葉を聞き、フレアを含む全員が仕方ないと言った表情を浮かべる。そして、フレアはさりげなくガイへ近付いて耳打ちした。

 

「俺も意識は向けとくが、何かあればフォローを頼む」

 

「……了解です」

 

 ガイも最初からその予定だったらしく、フレアの問いに静かに頷いた。

 本当ならば反対するべきなのだが、これ以上の出発の遅れは神託の盾に時間を与えるのと同じで自分達が不利になる。

 フレアはルークの言葉に肯定する形を取りながら、彼への注意も強くすることにしたのだ。

 

「分かったわ……でも、良い? 私があなたをサポートするから無茶だけはしないで」

 

「分かってるって! しつこいな……」

 

 ティアの言葉に鬱陶しい様にボヤくルークだったが、その表情はこれから先の見えない戦いに緊張している様にも見えるのだった。

 メンバー達は若干の不安を覚えながらも、セントビナーへの道を急ぐのであった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【周辺】

 

 フレア達はセントビナーと目の鼻の先まで到着していた。

 ここに来るまでに穴無しの魔物や盗賊と戦闘を数回したが、魔物はフレアがフランペルジュの第五音素で威嚇し、夜盗の方はジェイドが脅した事で逃げ出して行った。

 一部の盗賊がそれでも襲ってきた時はフレアとジェイド、そしてガイが斬り捨てたりし、ルークも多少は交戦する程度で済んだ。

 そして、セントビナーと城塞を壁伝いに歩いて行くフレア達だったが、城門が見えた瞬間、ジェイドとフレアが全員を制止させた。

 

「止まって下さい……!」

 

「神託の盾だ」

 

 二人の言葉に城塞の陰から城門をガイも同じように覗き込むと、そこでは神託の盾騎士団が検問を行っていた。

 商人・街の住人お構いなしに立ち止らせており、他国の街での行動とは思えない程の厳重さであった。

 

「なんてこった。検問して俺達を探し出す気だぞ」

 

「困りましたね……」

 

 ガイとイオンもあまりの厳重さに苦い表情をし、それを聞いたティアもガイ達の後ろから一歩近付いた時だった。 

 ティアが一歩近付くと同じタイミングでガイが一歩移動し、ティアから距離を取ったのだ。勿論、ガイ自身は未だに門の方を見ている為、背後を見ていない。

 まるで後ろに目でもあるかの様に綺麗に動いたガイ。ティアも偶然と思い、もう一度一歩踏み出した。

 すると、またガイが一歩移動する。しかも、今度は微かに振り返っている為に完全にティアを意識しての事だと分かった。

 

「……なに?」

 

 流石にこの行動は何なのかと思ったティアはガイに疑問の声を放つ。何もしていないと言えば自信はないが、少なくともガイには直接的な害は与えていない。

 今の行動に納得できる理由をティアは説明して欲しく、ガイへ今度は一気に近付いた。

 しかし……。

 

「……!」

 

 ティアが一気に近付くと、これまたガイは綺麗に距離をとってしまい、二人の距離は全く縮まらない。

 

「あの、私なにかしたかしら?」

 

「い、いや……別に君がどうこうと言う訳じゃないんだが……」

 

 どこか歯切れが悪いガイの言葉。身体も若干震えており、冷や汗で顔はビッショリだ。まるで怖い者を見る様な様子にティアは本当に分からず、頭を抱えそうになった時だった。

 一部始終を見ていたルークがティアへ話し掛けた。

 

「ああ、ティアは知らないよな。こいつ、『女嫌い』なんだよ」

 

「お、女嫌い……?」

 

 ルークの言葉にティアは呆気になりながらガイの方を向く。その瞳はどこか引いており、少し距離を取る感じになっていた。

 女嫌い、と言う事はつまり、異性に興味がないとも取れる。そう言う人もいるとは話には聞いていたティアだったが、実際に見ると普通で驚いてもいた。

 すると、そんなティアの引く様な感じと興味深い感じの視線に気付いたガイは、力強く反論した。

 

「いやいや! 待て待て待ってくれ! 君は誤解している!? 俺は女性が大好きだ! おい、ルーク! お前、また誤解する様な発言を!」

 

「だって本当じゃん」

 

 どこが違う! そんな感じに力強く開き直る様なルークの言葉にガイも更に反論するが、その必死さが逆に誤解を強くしてしまった。

 

「い、良いのよ? 好みは人ぞれぞれなのだから、私がとやかく言う事は……」

 

「いやいや! 良くないぞ! 誤解したまま終わらせないでくれ!」

 

 流石に異性に興味がないと思われるのは心外らしく、ガイは必死に弁明する。

 しかし、既にティアは自己完結に入っており、このまま話が終わりそうになった時だった。

 

「ガイは女嫌いではなく、『女性恐怖症』だ」

 

 助け舟を出したのはフレアだった。ようやく自分に味方してくれる存在に、ガイは本当に嬉しそうにフレアを見た。

 そして、そのフレアの言葉にティアもようやく反応を変えた。

 

「女性恐怖症……?」

 

「身体の震え、冷や汗、一部身体の硬直。まあ、症状からして間違いなさそうですね」

 

 ニコニコしながらそう付け加えるジェイド。その表情からもっと早く気付いていたのだと分かる。

 

「なにかあったんですか?」

 

「い、いえ……実は原因が分からないと言うか……思い出せないと言うか……まあ、結局、女性は大好きだけど近付かれるとちょっと辛いんだ」

 

イオンの言葉に悩む様にガイは呟く。彼自身も本当に原因が分かっていない様で、どうすれば良いか、しかし原因は分からないと言う悪循環に陥っている様だ。

 すると、そんな様子を見ていたティアは、ガイの行動を理解した事である提案を出した。

 

「私を女と思わないで良いのよ?」

 

 とんでもない無茶ぶりであった。容姿・スタイル、このどちらも普通よりも上質なティアを見て誰が女じゃないと意識できるのだろうか。

 実際に女じゃなければ、そっちの方が怖いが、ティアの言葉に全員が同じ思いを胸に無言でティアへ視線を向ける中、それに気付いていないティアはガイへそう言って再び近付いた。

 

「ヒィ……!」

 

 案の定、ガイはティアが近付いて来た事で悲鳴を上げて身体を震わせた。その姿は産まれたての小鹿の様であり、その姿を見たティアは溜息を吐き、諦めた様にガイへ言った。

 

「分かったから……私からは極力近付かない様に気を付けるわ」

 

「す、すまん……」

 

 ガイはティアに申し訳なさそうに頭を下げた。

 その様子から見てもガイ自信が女性恐怖症を治したいと思っている事が分かる。

 

「では、冗談はこの位にして、どうやって検問を突破するか考えましょうか」

 

「おい!? 俺にとっては死活問題なんだぞ!」

 

 己の女性恐怖症を冗談扱いされたガイは、ジェイドへ抗議するが当のジェイドは笑いながらそれを流す。

 

「HAHAHA! 若いって良いですね」

 

「あんた、話聞いてたか!?」

 

 ああだこうだと、ジェイドへ抗議し続けるガイ。そんな中、ずっと門の方を見ていたフレアに動きがあった。

 

「ん?――あの荷馬車は……」

 

 フレアの視線の先に入ったのは、エンゲーブのマークが入った荷馬車がオラクル兵に止められていた光景であった。

 

「エンゲーブの者です。食料を配達しに来ました」

 

「うむ、話は聞いている。……まあ、通って良いだろう」

 

 流石に世界各国に食料を流通しているエンゲーブには強く言えないらしく、オラクル兵はなんとかなる、と言った様な感じに荷馬車に通行許可を出した。

 元々、何度も言うがここはマルクト領の街。検問だけでもギリギリなのに食料まで何かすれば、ダアトとマルクトも間で外交問題は待ったなしだ。

 

「あんがとー。――ああ、後からもう一台来ますので宜しくお願いします」

 

 荷馬車の男はオラクル兵にそう言って街へ入って行った。そして、それを聞いていたフレアと、ガイをスルーしながら聞いていたジェイドは互いに顔を見合わせて頷き合うのだった。

 

▼▼▼

 

「おやおや! なんだい、そんな事かい。それだったら私達に任せなさい!」

 

 フレアとジェイドが目を付けたのは、エンゲーブから後から来る荷馬車だ。

 そして、それを聞いた二人の言葉を元に道を少し戻ると話の通り、セントビナーへ向かって行く一台の荷馬車を発見出来た。

 フレア達はその荷馬車を止めると、乗っていたのはエンゲーブの代表であるローズであった。ローズは突然出て来たメンバー達に最初は驚いたが、事情を話すと深くは聞かずに了承してくれた。

 その、あまりの話の分かりやすさはフレアですら驚いてしまう程であった。

 

「宜しいのですか……?」

 

「こっちも漆黒の翼の件でルークさんを犯人扱いしちゃったからね。それに、皆さんが村を出た後を境に食料泥棒がなくなったんだよ。――みなさんなんでしょ、解決して下さったのは?」

 

 なんという理解力。旅人が村を出たからと言って問題を解決したとは普通は思わないだろう。

 フレアはジェイドが何か言ったと思い、彼の顔を見るがジェイドは首を横へ振って否定する。どうやら、本当にローズ個人の理解力の様だ。

 

「おばさん、あんたスゲェな……良く分かったな?」

 

「ハハハ! なあに、畑仕事してれば誰でも身に付くもんさね。――さあ、乗って下さい」

 

 ルークの言葉にローズは笑いながら応えると、皆は荷馬車の中へと入り、ローズはセントビナーへ荷馬車を走らせた。

 その中で、ルークはガイと話をしていた。

 

「なあ、ガイ? 俺、屋敷に帰ったら畑仕事してみようと思うんだ。あんな、おばさんが身に付くんだから俺だって」

 

「ハハ……な訳ないだろ」

 

 ルークの言葉にガイは苦笑しながら応えてあげたのだった

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【市街】

 

 あの後、特に何事もなくルーク達はローズのおかげセントビナーに入る事が出来た。

 そして、ルーク達は荷馬車から降りると年長者であるジェイドがローズへ礼を言った。

 

「ありがとうございます。助かりましたよ」

 

「アハハ! 別に良いって事ですよ。皆さんの旅の安全を祈ってます」

 

 ローズはそう言ってセントビナーの市街へと消えて行き、ジェイドはメンバー達にこれからの事を説明し始めた。

 

「……では、これからの事を言いますよ。まずはセントビナーのマルクト軍駐在基地に向かいます」

 

「そこでアニスと合流する予定なんですよね?」

 

 イオンの言葉にジェイドは頷いた。

 

「ええ。神託の盾の様子を見る限りでは、おそらくアニスは捕まってはいないでしょう。駐在基地にいるのか、既にセントビナーを出たか。――このどちらにしろ、アニスに関する何かがある筈です」

 

「それと、周りはオラクル兵が監視しているから下手な行動は慎むべきね。出来るだけ目立たずに行動しましょう。――分かったわね、ルーク?」

 

「……ハァッ!?」

 

 自分が言われるとは思っていなかったらしく、突然の事にルークは驚きながらティアへ抗議した。

 

「なんで俺だけなんだよ! 皆にも言えよ!」

 

「皆に聞こえるように言ったわよ。それに、この中で一番危なっかしいのはアナタでしょ!」

 

 完全に悪い事をした子供を叱る親子、または姉弟の様な絵図であった。しかし、そうなるとルークが素直に聞く筈もなく、更に反論をする。

 

「俺のどこが危なっかしいんだよ? ここまで至って何もなく来れたじゃねえか」

 

「なにを言ってるの! ここまで来るまでにも危険な目にもあってるでしょ!」

 

 タルタロスでの一件を始め、魔物や盗賊。ここまで来るまでにも危険は沢山存在した。安全の中にいる事で再びルークの中に生まれ始めた油断の文字。

 目の前で見てそれを察したからこそ、その油断の感情を抑制しようとティアはしていたが、助けてもらった相手とはいえ、ルークがそれを理解するかどうかは別問題。

 

「真面目なこと言っててもよ、チーグルやライガの子供を見て、かわいい~……とか言ってたしな。あんまり説得力ないっつうの」

 

「そ、それは関係ないでしょ!? 私が言いたいのは、本当に何かあってからじゃ遅いって言ってるのよ!」

 

 買い言葉に売り言葉。徐々に加熱してゆく二人の言い合いは、このまま行けば確実に神託の盾の勘付かれてしまうのは時間の問題となるだろう。

 それを阻止する為、フレアが二人の仲裁に入った。

 

「二人共いい加減にしろ。その馬鹿げた言い合いで本当に神託の盾に見つかりかねないのだぞ!」

 

「け、けど兄上、この――”メロン”女が……」

 

「あなたの為に言ってるのよ! ――って、誰がメロン女よ!?」

 

 自分のある一点を見ながら言うルークの言葉の意味に気付き、ティアは顔を赤くしながら怒りの声をルークへぶつけた。

 

「メロンはメロンじゃねえか! この冷徹メロン女! 略して”冷やしメロン女”!」

 

「ッ!!?……あ、あなただって”紅ショウガ”とそんな変わらないじゃない!」

 

 大きい事を気にしていたのか、ルークの度重なるメロン発言に最後の一線から出てしまったらしく、ティアは遂に我慢の限界を超えた。

 そんなティアからの仕返しに、ルークも鶏冠に来た。

 

「誰が紅ショウガだよ! 人の容姿で悪口言うのは悪い事だって母上が言ってたぞ!」

 

「先に始めたのはあなたでしょ!」

 

 ここから再び始まる二人の口喧嘩。それを聞いていた仲裁に入った筈のフレアも、あまりのレベルの低さに頭痛を感じながら溜息を吐いた。

 そして、それを見ていたイオンが心配そうにフレアへ声を掛ける。

 

「大丈夫ですか、フレア?」

 

「ええ……今回の一件が落ち着いたら、領内視察の名目で少しバカンスに行く事にします」

 

 少し自分は疲れているのだろう。フレアはそう思う事で僅かな現実逃避で頭痛を治そうとし始めた。

 ジェイドは笑っている為、仲裁する気はまるでない。そんな時、最後の砦であるガイがルークとティアの様子を見て笑いだした。

 

「ハハハ! なんだルーク、もうそんなに言い合える仲になったのか? 羨ましいな、おい。奥様に孫を見せられる日も近いかな?」

 

 そう言って面白おかしく笑うガイであったが、流石にそれは言い過ぎであった。

 笑っている為に気付かないガイの背後に、ティアは静かに近付くと身体を擦り付ける様にガイの左腕を掴んだ瞬間、ガイは悲鳴を上げた。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!?」

 

「私、そう言う冗談は嫌いなのよ……ね!」

 

 そう言い終えると同時に腕に力を更にティアは込め、ガイの恐怖は異常な加速を見せた。

 

「ぐわぁぁぁぁッ!!? 悪かった! 悪かったから離してくれ!!」

 

 ガイの言葉にティアは手を離すと、ガイはそのまま地面に震えながら倒れた。

 ティアはそんなガイを見下ろしながら一仕事終えた様に一息入れ、それを見ていたイオンが何か思いついた様に笑顔を浮かべた。

 

「これならガイの女性恐怖症が治りそうですね!」

 

「荒療治と言うやつですね。いや~羨ましい」

 

「またアンタはぁぁぁぁッ!!」

 

 ジェイドのおちょくる様な言葉に対するガイの叫びがセントビナーに響く中、ルーク達はセントビナーで一番大きな建物である、マルクト駐在基地へ向かうのだった。

 

▼▼▼

 

 現在、セントビナー【マルクト駐在基地】

 

 そこは、一言で言えば基地と言うよりも屋敷と言った方が似合う建物であった。

 家具や装飾、それ以外の物も明らかに高価な材質を使用しており、周りに武装している兵士がいなければ基地とは思わないだろう。

 そして、基地内に入って来たルーク達へマルクト兵は視線を向けて警戒するが、ジェイドの姿を確認すると特には何も言わずに通した。

 その様子にルークは意外そうな感じでジェイドを見た。

 

「へぇ~ジェイドって凄いんだな」

 

「いえいえ、そんな大層な人間ではありませんよ私は」

 

 平常運転でそう言うジェイドだったが、途中で明らかに偉そうな軍人とすれ違うと、その軍人はジェイドに気付き、これでもかと言う程に立派な敬礼を送った。

 

「説得力が無さ過ぎるだろ……」

 

「本当に大した男でなければ、ここまでキムラスカ軍が手こずらされる訳がないだろ」

 

 苦笑いするガイに、フレアも呆れた様に笑みを浮かべて言った。

 フレアがマルクトに大打撃を与えている様に、ジェイドがキムラスカに与えた打撃は半端ではない。キムラスカの将軍が二人で指揮する大部隊を、ジェイドが指揮する少数で壊滅させた事もある。

 その為、マルクトでフレアが恨まれるように、キムラスカでのジェイドへの恨みはかなりのモノだ。――と言っても、ジェイドがキムラスカを訪れる事はまずあり得ない。

 そんなあり得ない『皇帝の懐刀』とも言われているジェイドがキムラスカに向かう分、マルクトの和平は本気とも分かる。

 そんな事をフレアは考えていると、やがてメンバー達は大きな扉の前に到着するとジェイドが扉をノックするが返事はなく、ジェイドは何の迷いもなく扉を開いた。

 その中の部屋は大きなデスクや周囲の地図などが配置されている、いわば司令室の様な部屋。そんな部屋の中で二人の人物が言い争いを行っていた。

 

「で、ですが、これ以上の干渉には皇帝陛下の御許可が必要です! 予言を詠まない等と言われでもすれば、マルクトとダアトの間で国際問題が――!」

 

「この大馬鹿もんが!! なにが国際問題じゃ! 勝手に兵を配置して検問までされおって、更に情報開示じゃと? そんなモノする必要はないじゃろうが!」

 

 ルーク達が見た光景、それは、イオンと身長がどっこいどっこいの顔が白い髭で覆われている小さな老人が、自分よりも偉そうな軍服を纏う一人の男に怒鳴りつけている光景であった。

 そう、何を隠そうこの小さな老人がマルクト軍・元”元帥”の地位にいた老マクガヴァン。その隣にいる男が息子のグレン・マクガヴァン将軍だ。

 老マクガヴァンは部屋にジェイド達が入って来た事にも気付かずに、息子もマクガヴァン将軍に更に怒鳴りつけた。

 

「お前も分かっている筈じゃろ! ダアトの連中が介入すれば、収まる物も収まらなくなる。奴らの介入で『ホド戦争』がどれだけ悲惨になったか忘れたか!」

 

「……で、ですが」

 

 父でもある老マクガヴァンの言葉に、マクガヴァン将軍は言葉を詰まらせた。そのタイミングにがベストと判断し、ジェイドは老マクガヴァンへ近付き、声を掛けた。

 

「失礼致します」

 

「ん?……んん!? おお! ジェイド坊か! どうしたんじゃ突然!」

 

 老マクガヴァンはジェイド達に気付くと、ジェイドをジェイド坊と呼び、まるで孫を見たかの様に嬉しそうに喜んだ。

 先程の怒りも既に吹き飛んでおり、ジェイドも元気そうな師の姿に笑顔で頭を下げた。

 

「ご無沙汰しております。老マクガヴァン元帥」

 

「ほっほっ! 儂は既に退役した身じゃよ。お主こそ、その若さで大将にも成れるものを、また昇進を断ったそうじゃな。――しかし、本当に今日はどうしたんじゃ?」

 

 世間話をしながら本当に意外そうにジェイドを見詰める老マクガヴァン。この場所を訪れるとは微塵にも思っていなかった弟子が訪れるだけでも驚きだ。

 そう思いながら老マクガヴァンは、ジェイドの後ろにいるメンバー達に視線を向けて行くとフレアと眼があった。

 

「ん?……んん!? お主は……」

 

「……ご無沙汰しております。老マクガヴァン元帥殿」

 

 フレアと眼が合った老マクガヴァンは更に意外そうな表情を浮かべると、フレアが自分の名を呼びながら頭を下げた事で、目の前の青年が自分の思った通りの人物だと確信した。

 そして、フレアが頭を下げると、老マクガヴァンはこれまた楽しそうに笑い出す。

 

「ほっほっ! やはりあの坊やか。大きくなったのう! 今でも活躍している様じゃな。噂は儂にも届いておるぞ」

 

「恐縮です、老マクガヴァン元帥」

 

 まるで孫と会ったかの様に嬉しそうな老マクガヴァン。フレアもその言葉に文字通り、恐縮する様に頭を下げた。

 自分の意志で下げぬ頭に意味はない。そう言ったフレアが目の前の小さな老人に頭を下げている。ルークはそんな兄の姿に驚いて傍にいたティアに耳打ちした。

 

「なあ、ティア? あの小さな爺さんって凄い奴なのか?」

 

「私もよくは知らないから、詳しい説明は出来ないわ。けど、名前は聞いた事はあるわ。――老マクガヴァン。嘗てはマルクト最強の譜術士と言われた方よ。多分、あなたのお兄さんとは戦場で会ってるのだと思うわ」

 

 ルークにそう説明するティアだが、強ち間違ってはいない。寧ろ、ほぼ正解の答えだ。

 それは嘗て、フレアが前線に立ち、イフリートの同位体としての力を駆使してマルクト中隊を壊滅させた時、彼の前に立ちはだかった人物こそ老マクガヴァン元帥であった。

 そして、フレアを始めて追い詰めた人物でもある。焔帝をあと一歩まで追い詰め、フレアに死を感じさせた初めての男。

 フレアがイフリートの力を解放しなかったら、フレアは今ここにはいなかったと断言できる。

 焔帝を追い詰める事が出来る男、それが目の前の小さな老人の正体。

 

「?……父上。その者は一体?」

 

 フレアと会話している父の姿に息子のマクガヴァン将軍が反応をした。

 意外にも、名前は聞いているが実際に姿まで知っている者はいない。フレアをマクガヴァン将軍が見た事のないように、キムラスカの将軍でジェイドの姿を知らない者も珍しくはない。

 それを分かっているからか、老マクガヴァンはフレアの名前を出してややこしくなる事を避けた。それどころか、目の前の問題から意識が離れた息子に喝を飛ばした。

 

「お前が気にするのはそんな事じゃない筈じゃろ! 神託の盾をなんとかせんか!」

 

「それは、私達が街を出れば済む問題ですよ」

 

 ジェイドの言葉に再び意外そうな顔をする老マクガヴァンだが、ジェイドがフレア、そして導師イオン達と共にいる事を考え、すぐに納得した表情を浮かべた。

 

「……成る程のう。他言無用……と言う事じゃな」

 

「……御理解の程、感謝致します。――ところで、導師守護役の小さな子が此処を訪れませんでしたか?」

 

「それならば、手紙を預かっておりますよ。カーティス大佐」

 

 ジェイドの言葉に反応したのは、老マクガヴァンではなく息子のグレン・マクガヴァン将軍だった。

 どこか、嫌味・皮肉めいた口調でジェイドに応えるマクガヴァン将軍。何故、彼がジェイドに対してそんな態度を取るのか、意外にもそれは有名な話であった。

 

(グレン・マクガヴァン……哀れな男だ)

 

 その理由を知っているフレアは心の中でそう呟くが、マクガヴァン将軍を見る瞳は明らかに冷めた物だ。

 『グレン・マクガヴァン』――偉大な父『老マクガヴァン』を父に持つ男。彼自身も優秀で、能力・人望共にあり、己の力で将軍まで上り詰めた男でもある。

 しかし、その評価は本人の望む物ではなかった。父は偉大な軍人、その弟子であるジェイドは『優秀』では太刀打ちできない『天才』だった。

 マクガヴァン将軍も自分に才がなければ納得もできたが、残酷にも彼は普通の者よりも優秀だった。父とジェイドに比べれば大したことのない才能。

 そんな、中途半端な優秀さ故に彼は、父に劣等感、ジェイドにも同じ様に劣等感、そして嫉妬の感情を抱く事となってしまった。

 しかも、この事は意外にも一部の軍人の間では有名な話であった。ジェイドの部隊が近くにいた時、マクガヴァン将軍の指揮が悪い等、そんな事があった為に察した者達も少なくない。

 実際、キムラスカでの危険度も退役した老マクガヴァンに対しての方が強く、実際の戦場でも将軍であるマクガヴァンよりも、いち大佐であるジェイドの方へキムラスカは注意を向けるのが常識だ。

 それ故に、ジェイドへ棘があるのは仕方ない事でもあった。それを知っている為、フレアは憐れんだのだ。

 

「念のため、中身を確認させてもらった」

 

「ええ、別に構いませんよ。見られて困る事は書かれていない筈ですから」

 

 棘のあるマクガヴァン将軍の言葉に、ジェイドは特に気にする様子もなく手紙を受け取る。その無傷な様子のジェイドにマクガヴァン将軍は少し悔しそうであった。

 しかし、ジェイドはそんな事も気にせず、アニスからと思われる手紙を読みはじめた。だが、ジェイドはすぐに読み終えてそのままフレアへ手渡した。

 

「どう言う事だ?」

 

「アニスと例の物は無事の様です。知りたい事は分かりました……残りはあなた達宛てですね」

 

 それだけ言ってジェイドは再び老マクガヴァンと話し始め、フレアは受け取った手紙を読みはじめた。

 そこには以下の様な内容が記されていた。

 

 ・自分と親書は無事である事。(神託の盾の襲われて怖かった(きゃぴ☆ )

 ・セントビナーに来たが、神託の盾が集まり始めた為カイツールに向かう事。(アニスちゃん頑張ったよ♪)

 ・フレアとルークへのラブレターらしき言葉の数々。(これが全体の8割を占めている)

 

「……」

 

 最早、重要な部分を見つける方が難しい濃い内容の手紙であり、マクガヴァン将軍の機嫌が悪いのもジェイドだけのせいではなかった様だ。

 そんな手紙をフレアもジェイドと同じ様に短時間で見るのを止めると、そのままルークへ手渡した。

 

「ルーク、お前宛だ」

 

「え? なんでジェイドの手紙が俺に……」

 

 フレアから手紙を受け取り、ルークはそれを読みはじめるとやがて小さく、ゲッ……っと呟いた。手紙の内容の濃さに引いてしまった様だ。

 その内容を隣で覗き見していたガイはルークをからかい、イオンはアニスらしいと笑い、ティアは同じ神託の盾として恥ずかしそうに下を向いていた。

 すると、老マクガヴァンと話をしていたジェイドがルーク達の下へと戻って話し始めた。

 

「これからの事を説明します。アニスはカイツールに向かった様ですので、我々もカイツールへ向かいます。――しかし、途中にあるフーブラス川の橋は数日前の大雨で流され、壊れてしまっている様です」

 

「ああ、そこなら俺も通ったよ。確かに橋がなかったから、少し迂回して浅い所から渡ったんだ」

 

 ジェイドの説明にガイが応え、その言葉にジェイドは頷いた。

 

「ええ、ですから我々もガイが通った場所を通りたいと思いますので、案内をお願い出来ますか?」

 

「俺は構わない……が、今日はセントビナーで一泊した方が良さそうだな」

 

 そう言うガイの視線は本人には気付かれない様にイオンへと向けられていた。

 良く見ると、イオンの呼吸は小さく乱れており、顔色も良くない。本人は隠している様だが、ガイやフレア、そしてジェイドもそれに気付いていた。

 そして、ジェイドは少し考えるとガイの提案に頷いた。

 

「そうですね。川も色々と危険もあります。万全で向かう為、今日はセントビナーで一泊しましょう」

 

「幸運にも神託の盾はセントビナーの中には入っていない。下手に動くよりは宿で様子見もするべきか……」

 

 フレアも頷き、残りのメンバーにも意見を聞くが、ルークもティアも特には否定はせず、イオンも疲れていた事もあって特には言わなかった。

 そして意見が固まった事でジェイドは老マクガヴァンへ説明をした。

 

「では、我々は明日の早朝にもフーブラス川へと向かう事にします」

 

「うむ、ならば気を付けるんじゃぞ。話によれば、フーブラス川の周辺から瘴気が出ていたとも報告があるぞ」

 

 『瘴気』それは、薄紫色の毒性の気体。短時間と微量で吸い込んでも害は無いとされているが、長時間で多量に吸引してしまえば命の危険がある。

 原因は不明だが、オールドラントの各地で地面から噴出されている所を目撃されており、近年その箇所は増えていると言われている。

 

「分かりました。気を付ける事にします。では、失礼致します」

 

 ジェイドは老マクガヴァンと将軍にそれぞれ頭を下げると、皆と一緒に退室した。

 最後の一人となったフレアも、それに続くように退出しようとした時だった。フレアを老マクガヴァンが呼び止めた。

 

「おお、ちょっと待ってくれんか?」

 

「……どうかされましたか?」

 

 フレアが振り向くと、老マクガヴァンはフレアの顔をジッと見つめており、老マクガヴァンは黙って頷くと一言呟いた。

 

「……早まるでないぞ」

 

「……」

 

 その言葉にフレアは黙ったが、やがて笑顔を老マクガヴァンへと向けた。

 

「仰る意味が分かりませんが、あなたの御言葉を無下には出来ません。――覚えておくことにしますよ」

 

 まるで仮面の様に決められた表情を浮かべながら、何事も無いようにフレアが返答すると、老マクガヴァンの帽子と髭に隠された瞳が光る。

 

「歳を取ると目が衰えて仕方ない……が、儂はそこまでは衰えておらんぞ。初めて出会った時から変わらぬ、お主の瞳の奥、その闇の中に潜む野心に、儂が気付かんと思うたか」

 

 威圧感を混じらせた元・元帥の言葉。父のその様子にマクガヴァン将軍は息を呑むが、同時にその言葉を浴びたにも関わらず、平常心を貫くフレアにも息を呑んだ。

 マクガヴァン将軍は怒気を含む父の姿を見て、今の様な平常心を保った男はジェイドを含めても数人しかいないと思っている。勿論、世界規模でだ。

 マルクトの将軍ですらこの場で冷や汗を掻く中、フレアは特に反応せずに背を向けた。

 

「相も変わらず恐ろしい御方だ。あまり、俺の様な面白味のない若造を苛めないで頂きたい……」

 

「……それはすまなかったの。退役すると、中々に暇なものじゃからな」

 

 そう言ってフレアの後姿を見送る老マクガヴァン。

 だがこの時、老マクガヴァンは気付く事は出来なかった。騒やかな笑みを浮かべていたフレアの表情が今や、ドス黒く、殺意の籠った表情である事に。

 誰も見た事のないフレアの、その表情はこれから先も誰かが見る事はないだろう。フレアがそんな表情を堂々と相手に見せる時、見せた人物は確実に焼き殺されているだろうからだ。

 

(貴方と言い……『カンタビレ』と言い……本当に目障りな人間が多くて困る。――あまり、御老体を焼きたくはないのだがな)

 

 部屋を出て行くフレアの真意を完全に知る者は、まだ誰もいない。

 

 

End


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