TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~ 作:四季の夢
同日
現在、新鋭艦タルタロス【とある一室】
あのフレアとジェイド達マルクト側との一件の後、ルーク達はタルタロスのある一室に連行されていた。
ルーク達三人、イオンとアニス、ジェイドとマルクト兵二名の計八名がいるが連行と言っても武器は疎か、拘束されている訳ではない。
信用をとるためかどうかは分からないが、ルーク、ティア、フレアの三名は、その一室のソファに腰を掛けており、出された飲み物に口を付けずに睨めっこを続けながらジェイドからの問いに答えていた。
フレアとルークの本名を始め、ティアが神託の盾騎士団である事や今回の事は事故に近く、敵対行為ではない事を伝えて行く。
途中、ルークが昔にマルクト側に誘拐された事をダシに文句を言うが、ジェイドはそれを先代が勝手にやった事だと一蹴し、ルークとジェイドの間には溝が深まったり等もした。
それを知らなかったティアが一人、驚きの顔をしていたのは、それを見ていたフレアだけしか知らない。
そして、一通り聞き終えるとジェイドはやれやれと言った様に眼鏡を指で上げた。
「ファブレ公爵家の御子息達に神託の盾騎士団員……事故で超振動が起きたといえ、中々にお目に掛かれない組み合わせですね」
嫌味なのかどうかは分からないが、ジェイドが面倒そうに見えるのは間違いではないだろう。
イオンはジェイドの態度に焦ってしまい、アニスはアニスでフレアとルークが公爵家の息子と分かった途端に態度を一変し、クネクネと気味の悪い笑顔をしていた。
「公爵~玉の輿~へへ……!」
「アニ~ス。涎が出ていますよ。……ですが、狙うならば兄の方が良いですよ? なんせ、彼は伯爵の地位もあれば土地も所有してますからね。一体、どれだけのガルドを隠し持っているのやら……」
「¥¥¥!!?」
ジェイドの言葉がクリティカルヒットしたらしくアニスの頭はショートし、目も口に出す言葉も既に金一色になっていた。
そんな守護役に対し、イオンも彼女の性格を知っていたらしく苦笑だけで済んでいる。
しかし、そんな会話でもルークの興味をそそるもがあったらしく、ルークは隣で優雅に出されているお茶を飲んでいる兄の方を向いた。
どうやらフレアは、アニス達の先程の話は聞くにも値しないと判断していたようだ。
「兄上って伯爵だったんだ……」
「陛下から名誉称号として頂いたものだ。……まあ、それでもファブレ公爵の息子として見られる事の方が多いがな」
国家功労者にはフレアが言う様に、名誉称号として爵位を与えられる事はある。
勿論、フレアは最初から伯爵の爵位を頂いた訳ではなく、最初は子爵から始まって現在に至っており、陛下や父から土地を貰う事もある。
流石に土地の広さ等はファブレ公爵には及ばないが、その広さと利益は貴族の中でも上位にいる。
だからと言って、フレアはその事を鼻に掛ける気も無いため殆どを内緒にしているため、ルークが全く知らなくても問題はない。
「フレアさまぁ~! 私、料理とか上手なんですよぉ~?」
アニスはあからさまな猫撫で声を出しながらフレアへと近付き、目をパチクリしながら、これまたあからさまなアピールをする。
ルークもキャラの変わりように引いており、ティアも所属は違えど同じ騎士団に所属している事もあって恥ずかしそうに顔を下に向けていた。
「料理ならば今のコックが気に入っているのでな。すまないが、間にあっている」
アニスのアピールに全く動じず、フレアは片手で制止した。
「そう言う意味じゃないのに……残念ですぅ。ねえ、ルーク様!」
今の話題では駄目だと判断したアニスは、空気が悪くなるのを阻止するかの様に素早くそのままの勢いでルークの傍へとすり寄った。
「うわッ!? な、なんなんだよ、お前!? 服が伸びんだろ!」
「ちょっ! ルーク!? ……タ、タトリン奏長!!」
ルークにすり寄り、服を掴むアニスを引っぺがそうとルークはするが、アニスの力が見た目に似合わない程に強く、尋常ではなかった。
やがて、アニスはルークに抱き付き、それを見ていたティアは流石にそれはやり過ぎだと判断してルークと共にアニスを剥がそうとするが、何故かアニスは剥がれない。
(そこまで金に執着するか……アニス・タトリン。その執念は恐るべしか)
弟のピンチだが、そんなに長くは続かないだろうとフレアは思っており、ポットの紅茶を自分で注ぎ足してもう一度味わっていた。
そして、そんな訳の分からない状況が少し続いて行くと、ジェイドがルークへ声を掛けた。
「止めさせても良いのですが、その代わり……お願いがあるのですが?」
イラつくルークを余所にニコニコしているジェイド。
その言葉は確かにルークの耳へと届いた。
「分かった! 分かったから! こいつをなんとかしろよ!!」
「では、交渉成立ですね……アニ~ス」
「は~い! ……まあまあか」
手応えの評価を胸にしまい、アニスはドス黒い顔を隠しながらルークの傍を離れた。
ようやく軽くなり、鬱陶しいのがいなくなった事でルークは一息ついた。
「ご主人様、大丈夫ですの?」
「……ブタザル。お前がいたか」
ミュウの存在をすっかり忘れており、ルークは首を下に向けてしまう。
アニスは鬱陶しく、ミュウはうざい。
ルークにとっては苦にしかならない状況だった。
「それで、お願いを聞いて頂けるのでしたね?」
「ああ? ……あぁ、なんか言ってたな。俺に何を頼みたいんだよ?」
先程での後で機嫌が悪いルーク。
ジェイドとの約束も半場忘れており、ルークは怠そうにジェイドへ問いかけた。
「正確に言えばフレアとルーク。御二人に頼みたい事です……では、イオン様。詳しい事はお任せ致します」
どうやらイオンも関係あるらしく、ジェイドがイオンへ説明を頼むと、イオンは静かに頷いた。
「実は、御二人にお願いがあるんです」
(……これは、俺も聞かねばならないな)
イオンの纏う雰囲気が導師のものになった事を悟り、フレアはカップを置いてルーク達とイオンの言葉に意識を向けるのだった。
▼▼▼
イオンの頼みは単刀直入に言えば、キムラスカとマルクト両国の和平のために国王の縁者であるフレアとルークに取りなおしてもらいたいと言う事だった。
嘗て、両国で起こった大きな戦争『ホド戦争』から僅か15年しか経っていない中、両国の関係は険悪であり、小さな小競り合いが日夜起こっている一触即発状態。
両国の国民ですら薄々と開戦が近い事を悟っているが、イオンの話ではマルクトの現皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世は全面戦争が起こる事を阻止するために、和平の親書を送る事を決意したとの事。
しかし、たとえ和平の使者として行くにしても敵国の使者の立場が変わる訳でなく、ピオニー皇帝は中立であり平和の象徴であるイオンにも協力を要請したが、やはり敵国なのは変わる事はない。
国境を越えるのは難しく、最悪その場で戦闘が起きて全面戦争の幕開けになるかも知れない。
ジェイドもイオンも、そこで悩んでいた時に現れたのがフレアとルークの二人だった。
「……そう言う訳で、御二人に戦争を阻止する為に協力をお願いしたいのです」
「ハッキリ言って此方はあなた方、御二人の”地位”を利用したくて堪らないんですよ。それを利用するだけで。どれだけ事が楽に進むかは分かりきっていますのでね」
「……本当にハッキリと言ってくれる。マルクトは余程、戦争がしたくないのだな」
誰も言葉には出さないが、キムラスカとマルクトの総戦力を比べるとキムラスカ側が有利なのが事実。
十五年前のホド戦争から現在の小競り合いを含めても、マルクト側の方が被害が多く、今現在で開戦すれば有利なのはキムラスカだ。
そんな事をフレアが今言ったのは、少なくとも好き勝手に自分とルークを利用できると思うなと言う威嚇行為でもあった。
「その点は私個人の意見を言う訳に行きませんので黙秘させて頂きますが、先程の言葉を取り消すつもりはありません。……我々にあなた方の地位を利用させて頂きたい」
「チッ! ……おい、おっさん! いい加減にしやがれ! 地位地位って、それが人にモノを頼む態度かよ! せめて頭を下げんのが礼儀だろうが!」
ジェイドの態度にとうとうルークの堪忍袋の尾が切れ、ルークはジェイドへ食って掛かった。
正直ではあったが少なくとも、ジェイドの態度と言葉は人に頼む態度でなければ信用を得ようとしたものではなく、ルークは我慢ならなかったようだ。
「ルーク!? 落ち着きなさい! 戦争が起きるかどうかの問題なのよ!?」
「うっせえ! 関係ねんだからティアは引っ込んでろよ! ……それに、こいつの態度は最初から気に入らなかったんだ。人を見下した態度ばっかとりやがって!」
(……それは否定しません)
ルークの言葉にジェイドは心の中で頷いていた。
少なくともジェイドからすれば、箱入り息子とはいえ情勢などを知らな過ぎているルークは何もしなくてもそう見てしまうのだ。
「では、どうすれば承認して頂けるのでしょうか?」
「さっきも言ったろ。頭を下げんのが礼儀だってな!」
最早、ジェイドが態度に示さない限り承認する気はルークにはないようだ。
態度に関してはどちらにも言える事だが、少なくとも頼みごとをしているのはジェイドの方であり、ルークは己の態度を改めるつもりは全くない。
居合わせている兵士二人からもルークの態度に段々と焦りが生まれ始めており、それを察したティアがフレアへ助けを求めようとする。
だが、フレアは再びカップに口を付けて一休みしており、雰囲気だけならば他人事だ。
だからと言って何とかしろなど言える立場でもなく、ティアはどうすればよいか必死に考えるが、少なくともフレアの意識と眼光はこの部屋に訪れてから一回もジェイドから離していない。
先程アニスをジェイドが仕掛けた様に、フレアもまたルークで様子見をしていたのだ。
そして、ジェイドがルークの言葉に笑みを浮かべて頭を下げようとした時、フレアは動いた。
「止めておけ、ルーク。己自身の意志で下げぬ頭に意味などはない」
「……」
ジェイドの動きが止まった。
ただ頭を下げる事自体はジェイドにとっては何とも思わない行為だ。
自分の意志よりも国の意思を優先させる軍人中の軍人ジェイド・カーティスは、ここで頭を下げるだけでルークの機嫌とプライドを刺激すれば即解決なのは読めていた。
しかし、ルークとは違うフレアが、ジェイドの軽く見ている頭下げを許さない。
一人の男、軍人、貴族、このどれに対してもジェイドの行動を受けてはならない。
望まなければ非公式でもある現状だが、少なくとも今は自分達が自国の代表だ。
決して弱き部分を見せてはならず、舐められてもならない。
「で、でもよ兄上。このおっさんの態度、俺は許せねえよ……」
「気持ちは分かるが落ち着くんだ、ルーク。望まぬとはいえ、この場限りでは国の代表は俺達だ。此方も相応の覚悟で挑まねばならない。……すまないが、俺に免じて引いてはくれないか?」
フレアがルークを正す様に優しく言いながらその顔を見た。
「……あ、兄上がそこまで言うなら」
これがフレア以外だったらそうは行かなかったであろうが、ヴァンと同じぐらいに尊敬している兄の頼みにルークが断る事はしない。
寧ろ、兄から引いてくれと頼まれたのが嬉しく、機嫌は一気に好調なっていた
逆に難しい表情をしているのはジェイドだ。
ルークさえ落とせばフレアは何とか出来ると踏んでいたのだが、それを阻止する形でフレアに防がれてしまった。
すると、ジェイドはこうなると下手な行動は逆に場を悪化させるだけと判断し、視線をイオンへと移し、イオンはそれに頷いた。
「フレア、ルーク。どうかお願い出来ないでしょうか。戦争が始まれば多くの人が危険に晒されます」
「ミュウもお願いするですの。ご主人さま、フレアさん。誰かが傷付くのはもうイヤなんですの!」
「お前等は森に引っ込んでれば良いだけだろ?」
ミュウの言葉にルークは怠そうに返し欠伸した。
少なくとも、ルークも戦争は嫌だがチーグル達に被害があるとは全く思っていなかった。
「導師イオン。俺達は断る気はありません。ですが、事態はそう簡単ではなく、俺とルークが取り次いでも和平の可能性は低いと思われます」
「ほえ? どうして?」
アニスが首を傾げた。
両国の関係が悪いとはいえ、最も近い縁者で王位継承権も第三位と第四位のフレアとルークが進言しても何とも思わないとは考え難いからだ。
「誠に言いずらいのですが、陛下が最も信頼している現在の相談役はローレライ教団の大詠師モースなのです。大詠師はキムラスカ上層部でも有名な戦争推進派であり、陛下もそれに肯定的です」
「やはり、面倒なのは大詠師派ですか……」
ジェイドは今までの最大級の溜息を吐いた。
導師派と大詠師派の対立は深く、そのトップ同士が戦争を賛成反対の対極の考えをしている。
大詠師派は妨害をしようとすれば、少なくとも教団内のゴタゴタで和平が泥沼化する可能性もあるあらだ。
イオンもアニスも、思う事があるのか下を向いてしまっていた。
「はぁ~あのおっさんもしつこいんだよね。なにが大詠師派よ……本当に迷惑」
「ちょ、ちょっと待って下さい! モース様はそんな人ではないわ!?」
周りと愚痴るアニスにティアが慌てた様子で異議を申し立てた。
すると、その様子にアニスは一瞬驚いたが、何かを思い出すと残念そうに顔を下に向けてしまう。
「そ~だった。ティアさんって確か大詠師派でしたね……ショック~」
「ち、違うわよ! 私は中立です! だけど、モース様が戦争を起こそうとしているなんて信じられません!」
モースの直属の配下であるティアを大詠師派と思ったアニスだが、ティアは両手を使ってそれを否定するも、少なくともモースの事に関しては否定しなかった。
一体、ティアにはどう写っているかは分からないが、少なくとも戦争を起こす様な人ではない様だ。
「理想と現実は違う物だ。……どちらが真実なのかは君自身の目で見るんだな。でなければ、君はそこで止まるだろう」
「……兄さんみたいな事を」
ティアの言葉は小さくて聞き取れなかったが、フレアの言葉にティアはそのまま顔を下に向けてしまい何も言わなくなってしまう。
その隣ではルークが一人カップのお茶を呑み、冷たくないと文句を言っているとジェイドがある提案をする。
「一旦、部屋から出て外の空気に触れましょう。煮詰まってはどうしようもありませんからね」
この一室に入って一時間近くになるが、なんせ空気が重ければ話の内容も重い。
精神的にも全員の疲労は思っているよりも大きかった。
「そうですね……少し、気分転換してから話の続きをしましょう」
「俺も賛成。つうか、戦艦の中とか初めてだし見ても良いよな?」
「流石に立ち入り禁止の場所はありますが、それ以外の場所ならば構いませんよ」
敵国の王族であるルークには流石に何かあるかと思いきや、意外にもジェイドはあっさりと承認した。
少しでも信用を取るためなのか、それとも見られて困る所はしっかりと隠しているからなのか、ジェイドの視線にはフレアも入っている事から二人へ対して言っている。
「そうか。ならば、俺は機関室辺りを見に行くか」
「っ!?」
堂々と機密のある場所を見に行くとフレアに宣言され、同室していた兵士二人は思わず怯んでしまった。
この新型戦艦タルタロスは言わば、マルクトの技術の集大成でもある。
音機関に関してはキムラスカの方が遥かに上だが、譜術に関してはマルクトはキムラスカよりも進んでいる。
譜術を応用して戦艦の装甲を譜術に強くし、砲撃の火力も申し分ない。
そのため、上官であるジェイドが許可したとはいえ、不安を拭い切る事はできないのだ。
そして、そんなフレアにジェイドは悪戯をする子供を叱る様に言った。
「悪い人ですね……責任者の前で堂々と侵入宣言されるなんて」
「ふっ、流石に冗談だ」
フレアは冗談交じりに可笑しそうに微笑むが、その場で聞いていた全員の顔には書いていた。
いや、本気だった……と。
そんな事があるなか、一同は静かにその場を後にして外へと出て行くのだった。
▼▼▼
現在、戦艦タルタロス【通路】
景色が素早く左から右へと移動して行く。
それに伴い風も強いながらも、額の汗が蒸発する事で心地よく感じられる。
白銀に輝く戦艦、それはルークにとっては新鮮そのものであり、ルークは手すりに両腕を置いて身を乗り出して景色を眺めていた。
「ス、スゲェ! 俺、戦艦なんて初めて乗ったぜ!」
「ル、ルーク! 危ないわよ!? 身を乗り出すのはやめなさい!」
目を輝かせ、純粋な子供の様な危なっかしいルークをティアは止めた。
その姿は危ない事をする弟を注意する姉の様にも見え、一瞬でも目を離せば本当に落ちてしまいそうで、
肝が冷や冷やさせられる。
フレアの言う通りで本当に保護者の様だが、ルーク達を巻き込んだのは自分なのだと言う事はティアは忘れてはいない。
しかし、それを除いても目を離せなくなっているのも事実であるが、それを苦に感じる事は不思議となかった。
これが一体、どういう意味の感情なのかは今のティアには分からなかった。
「良いじゃねえか。そんな簡単に落ちねえだろ?」
一体、その自身と根拠は何処からでるのか、ティアの心配を他所にルークは止めようとしない。
「ルーク様。本当に危ないですから……」
「落ちたら大変ですよ」
アニスとイオンもルークを止め、三人からの言葉に渋々だが手すりから手を離した。
「チッ……わ~たよ」
「はしゃぐのは構いませんが本当に落ちたりはしないで下さい。あなたに万が一があれば、あの焔帝が本当に暴れかねないので」
反省の色はないルークの姿にジェイドも呆れた様に溜息をし、その口調には勘弁してくれと言う感情も含まれていた。
そして、そんなジェイドの言葉にルークは気付いた。
先程までいた筈の兄フレアの姿が何処にもいないのだ。
「あれ? 兄上は……?」
「フレアでしたら先程、少し一人で風に当たりたいと言って甲板に向かいましたよ」
そう言ってイオンが通路の奥へ視線を向けると、背中全体を隠せる程に長い赤い髪が揺れ動くフレアの後姿があった。
更にその後ろにはジェイドの命令なのか、兵士二人が監視の様に距離を一定に保ちながらフレアの後ろを付けている。
「一応、敵船なのによく一人で行けますね……」
「私も一人で行けますがね」
「確かにジェイドなら出来そうですね」
フレアの行動に信じられないと言うアニス、そのアニスの言葉に胡散臭い笑顔を浮かべるジェイド、そしてそのジェイドの言葉に迷いなく頷くイオン。
良くも悪くもバランスが良い三人なのかも知れない。
ただ、ジェイドがその方が効率が良いと判断して他人に合わせているだけかも知れない。
「ん? ……ルーク?」
ジェイド達の話を聞いていると、ティアがルークの様子に気付いた。
フレアの後を追うかと思いきや、ルークは黙って兄の後姿を見詰めてはいるが追う素振りは見せない。
「どうしかしたの? あなたの事だから、お兄さんの後を追うとばかり思ってたけど……?」
「ああ、だけど兄上だって一人になりたい時ぐらいあんだろ。兄上は仕事とかライガの交渉で疲れてると思うしよ」
「意外ですね~あなたにそんな気配りが出来るなんて」
最早、無礼としか言えない発言をルークに言うジェイドだが、ルークはフンッと一蹴してジェイドを無視する。
「おやおや、随分と嫌われたものです」
「ジェイドの言い方が悪いからですよ……ですが、ルークは本当にフレアが大好きなんですね。ローズ邸でもフレアの言葉に素直でしたから」
ジェイドを軽く注意するイオンは、今の気づかいとローズ邸での事を思い出し、ルークへと言った。
周りが言っても止めないか渋々文句を言って止めるのがルークだが、フレアの言葉には基本的に素直であり、寧ろ直過ぎるくらいだ。
「ああ、兄上は強いし俺に優しいからな。任務から帰ってきたら外の話や土産もくれるし、ヴァン師匠がいない時も相手してくれんだ。……まだ、一本も取れてねえけどな」
屋敷の中で娯楽と言うものは本やチェス位しかない。
日記は趣味だが読書は別ものであり、余程ハマらない限りルークは最後まで読まない。
何より、日頃の鬱憤は身体を動かすのが最大のストレス解消であり、ヴァンの稽古やフレアの土産話などで今まで軟禁生活を耐えられたと言っても過言ではない。
「でも、少し素直過ぎる気もするわ。もう少し、自分の意見も持たなきゃ駄目よ」
「良いんだよ。兄上の言う事は正しいんだ。間違ったら教えてくれるし、正しい時は褒めてくれる。兄上が間違った事、言う訳ねえだろ?」
何の迷いも感じられない口調でルークは言った。
しかし、そんなルークの言葉を聞いた事でティアの不安は更に強くなる。
(……昔の私みたい)
嘗ての自分、現実を知らなかった自分、優しく辛い事が無かった世界。
傷付く事は殆どないが、今思えばあら程に苦しい世界はないとティアは自分の過去を思い出していた。
そんな中、ルークの言葉を聞いていたジェイドの顔を少しだけ強張っていた。
「あなたは、兄に人を殺せと言われてもそう思うんですか?」
「ハァ? 兄上がそんな事を俺に言う訳ないだろ」
先程と変わらないルークの返答に、ジェイドは何か言おうとしたが諦めた様に首を横へと振った。
少なくとも、付き合いが無いに等しい自分達が何を言っても無駄だと判断したようだ。
(やっぱり、兄から攻めるべきか? いや、世間知らずの弟を集中的に攻めれば玉の輿は……)
不穏な空気の中、アニスだけが自分の欲望の策を練っていたのだった。
▼▼▼
現在、戦艦タルタロス【甲板】
ルーク達が会話をしている頃、フレアは一人甲板の手すりに上半身を預け、景色を眺めていた。
周りの兵士はそんなフレアに警戒心を隠せず、何か言いたそうにしているが問題を起こす事を避ける為に我慢している。
監視の二人も祖国の仇敵が戦艦の中を移動しているのは好んでおらず、纏う気配はとても強い。
そんな目立つ気配は監視としては不合格であり、フレアはとっくに気付いている。
自分の立場を考えれば考えるよりも先に分かっていた事だった為、フレアは周りを無視していた……と言うよりも、考え事の方に集中していた。
(やはり和平か……予言に従い国民を見殺しにした癖に今になって予言に抗うか)
フレアは小馬鹿にする様に声を出さずに笑った。
フレアにとっては、今のマルクトの行動が滑稽に見えて仕方ないからだ。
そして、暫く考えている中、次にフレアの脳裏に浮かんだのはイオンであった。
(レプリカの行動力には驚いたが、無策な行動力には流石の死霊使いも手を焼いている様だな。……ライガとの一件で分かったが所詮はレプリカ。全てにおいてオリジナルである”アイツ”に劣っている)
住処を焼かれ、子供が産まれる時期のライガにただ立ち去る様な事を言って納得する訳がない。
聞いている方が情けない無策な考えと行動。
フレアにとってはそれが許せなかった。
自分の”親友”と同じ姿をしながらも、あんな情けない策などをするイオンが。
(フッ……まあ良い。死霊使いがいる間は従うとしよう。ヴァンからはセフィロトの封は全てが開錠されていないとも聞いている。あの”時期”が来るまではルークもレプリカ導師も守らなればな)
”他の物を犠牲にしても……”
そう呟く、焔帝の慈悲なき笑みを見た者は誰もいなかった。
(……戻るか)
そろそろ良い時間と判断し、フレアは身体を起こした。
遅かったらジェイドに何を言われるか分からなければ、自分がいないのを良い事にルークに何か言うかも知れない。
自分がいない時の保険はあるが、やはり心配だ。
フレアはここまで来た時の道を戻り始めた。
ヴィ──! ヴィ──!
まさにその時だった。
突如、艦内全体に警報が鳴り響く。
甲板の兵士達も慌てた様子で持ち場に移動を始め、フレアも思わず足を止めてしまった。
誤作動かとも思ったが、いつまで経っても警報は止まず、フレアの纏う雰囲気も鋭いものへとなって行く中、甲板にいた一人のマルクト兵が前方を指さして叫んだ。
「ま、魔物だ!! グリフォンやライガの群れがこっちに来るぞ!?」
「何故、魔物が徒党を組んで襲ってくる!? 縄張りに侵入したのか!」
前方には空を覆い尽くす魔物達の群れが飛翔していた。
巨大な鳥類の魔物”グリフォン”は両足や背中にライガを乗せ、真っ直ぐにタルタロスへ迫って来ていた。
その圧倒的な数にマルクト兵は怯んでおり、フレアもその軍団を眺めていた。
(確かにライガは稀に他の魔物と組んで狩りをするが、自分よりも遥かに巨大な戦艦を襲う事はない。なによりも、あの動きは……)
目の前に迫る魔物の群れは明らかに動きや並びに無駄がなく、まるで統率された軍隊の様であった。
フレアは冷静に相手を観察していると、グリフォンの背中に人影がある事にも気付いた。
「あれは、まさか……」
フレアが何かを言おうとした瞬間、空を覆う魔物の群れがタルタロス上空に飛来し、ライガが厄災の如く降下して来た。
「て、敵襲!! 武器をとれ!! 迎撃し──ー!」
マルクト兵が叫んだ瞬間、真上からライガの爪が襲来しマルクト兵の命を狩り取った。
「なっ! この魔物が!!」
仲間の死にマルクト兵の一人が剣を抜き、ライガへ斬りかかろうと構えた。
しかしその結果、背後を疎かにしてしまい、そのマルクト兵の背後を一閃する光が走る。
「グハァ!! ……な、なんだと……! な、何故……オラク……ル兵が……」
マルクト兵はそのままこと切れ、その遺体をティアとアニスと同じ模様が描かれた白い甲冑を身に纏った兵士”オラクル兵”が見下ろしていた。
「オラクル兵だと! ええい! 導師イオンは渡さん!!」
手すり側にいたマルクト兵が迎撃態勢をとるが、その直後にグリフォンの突撃を受けてそのまま手すりから落ちて行った。
その様子をフレアは一人、慣れた様に見ながら考えていた。
(戦艦を襲うとは……ヴァンも苛立っている様だな。……ん?)
フレアは自分の周りを見ると、周りをライガとオラクル兵が、上空をグリフォンが取り囲んでいた。
既に甲板のマルクト兵は全滅しており、甲板にいるのはフレア呑みとなっていた。
ジリジリと距離を詰めるオラクル兵とライガ。
そんな中でフレアは丁度、目の前にいたオラクル兵を見つけ、一応尋ねる事にした。
「投降する……と言えばどうなる?」
「目撃者は消す……それだけだ。この戦艦にいた事を後悔するんだな」
オラクル兵は感情が無い様な感じに言った。
それは妥当な言葉だった。
導師イオンの奪還が目的なのは間違いないが、マルクトにこの襲撃を悟らせない為にイオンを除いた者を皆殺しにする気なのだ。
この襲撃が公になればマルクトとの戦いは避けられない。
ならば、目撃者を生かしとく理由はない。
「なるほど。確かに目撃者は必要ないな……だが!」
フレアは素早くフランベルジュを抜きながら後ろに身体を回し、そのままフランベルジュを振り下ろした。
振り下ろされた事で生まれる赤の一閃は、そのままフレアの背後に迫っていたオラクル兵を襲い、オラクル兵は糸が切れた様に崩れ落ちた。
「こちらも死ぬ訳にはいかんのでな。抗わせてもらおう……死ぬ覚悟がある者のみ来い。殆どが火葬になってしまうがな」
フレアの瞳と声は非情と思えるほどに冷たく、それはオラクル兵達へ伝えられた。
その言葉にオラクル兵と魔物達も殺気を放ちながら構え、数的には圧倒的不利の中でフレアと神託騎士団の戦いの幕が上がった。
▼▼▼
現在、戦艦タルタロス【通路】
フレアと神託の盾騎士団が対峙していた頃、タルタロスの通路でルークは壁に寄り掛かる様に座り込んでいた。
身体は微かに震えており、恐怖がルークを蝕んでいる。
その原因は、ルークの目の前で血まみれで倒れている男にあった。
一般の大人の倍はあるであろう体格のその男の名はラルゴ、知る者からは通称『六神将・黒獅子ラルゴ』と呼ばれる男だ。
神託の盾騎士団の六人の師団長達、彼等を人々は尊敬と恐れを抱き、そう呼んでいる。
その内の一人が今、目のまでジェイドに槍に刺されて倒れたのだ。
「こ、殺した……ひ、人を……!」
ルークにとって一番悪い事、それは命を奪う事であり、その最たるものが人の命を奪う事だ。
絶対に許される事ではなく、自分にとって一番縁遠いものだと思っていたが目の前で膝を付いているジェイドは容易に人を殺したのだ。
「
ジェイドは血の付いた槍を掴みながら額の汗を拭い、足元に落ちている小さなサイコロの様な箱を睨み付けた。
それは、ラルゴがジェイドに使用した兵器であり、他者の譜術と身体能力を抑え込む力を持った物だ。
小さな見た目とは裏腹に、これ一個作るのにマルクトの国家予算の10分の1の費用を必要とされており、その威力は絶大で譜術士殺しの兵器とも言われている。
それが、まさにジェイドへ使用されてしまったのだ。
「カーティス大佐! ご無事ですか!?」
「なんとか、イオン様を逃す事は出来ました。……しかし、彼には少々刺激が強すぎた様ですね」
ティアの言葉に冷静を装うジェイドの視線の先には、未だに震えているルークとそれを心配するミュウの姿があった。
それを見て、ティアはルークの傍に寄った。
「ルーク……大丈夫?」
「ご主人様……」
一人と一匹の言葉、それにルークは顔を上げた。
「ティ、ティア……死んでるのか、その男……?」
「……ええ、死んでるわ。あなたには辛い事かも知れないけど、これが今の現実よ。……立てる?」
心配するティアの言葉にルークは頷きはしなかったものの、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「一応、大丈夫そうですね。ならば、早速ですがブリッジへ行きますよ。このタルタロス、みすみす渡す訳には行きませんのでね」
「えっ? ちょっ……待てよ! まだ兄上が……」
「あなたのお兄さんも恐らくは交戦状態と思って良いわ。心配なのは分かるけど、どの道ここから移動しないといけないのよ」
ティアは説得する様にルークへ行った。
あのフレアがこの襲撃に気付かないとは考え難く、ルークが加勢に行くと言っても確実に足手まといなのは目に見るよりも明らかだ。
そのため、ティアはルークが何か言う前にジェイドへ頷き、その手を離さない様に手に取ってジェイドと共に走り出す。
(兄上……ヴァン師匠……俺、どうすれば良いんだ)
ティアに引っ張られながら、ルークはこの場にいない者達へ助けを求めたが、それに答える者はいなかった。
▼▼▼
現在、戦艦タルタロス【甲板】
火だるまの死体、鎧ごと斬られて死んだ死体。
それらはフレアを中心に存在しており、その数は既に10を超えていた。
そんな嘗ての同胞の変わり果てた姿にオラクル兵は疎か、火に怯えて戦意を喪失し始めていた魔物達はフレアから距離を取り始める。
「まだやるか?」
フレアは鬱陶しそうにオラクル兵達へ告げた。
当初、数人の兵がフレアへ挑んだが、一瞬で火だるまにされてしまった。
その火によって魔物達は戦意を失い始め、魔物が戦わない事で一般の兵達も前に出ようとしない。
そこで次に出てきたのは、神託騎士団のエリート兵であるハイオラクルナイトと呼ばれる者達がフレアへ挑む。
一般兵とは違い練度が高い兵達だが、彼等もまたフレアの前で屍となっている。
(ヴァンの部下とはいえ容赦はせん。兵だろうが魔物だろうが、話が通じないならば斬るだけだ)
クイーンとの一件とは違う現状ではフレアとて手を抜く気はない。
向こうは確実に自分を殺しに来ているが分かり、下手な同情は招くのは己の死だけなのをフレアは分かっていた。
しかし、まがりにもオラクル兵であり、恐怖で震えながらも武器を構えて戦おうとするオラクル兵達。
だが最後の一歩が出ず、魔物同様に動けずにいたのだが、フレアもルークと合流しなければならないため、フランベルジュを構えた時だ。
突如、フレアの上空から声が響き渡る。
「クズがッ! たった一人相手になに手間取ってやがる!!」
怒号と共にフレアへ迫る剣。
フレアは咄嗟に上空に払う様にフランベルジュを振り、その上空からの剣撃を弾いた。
「チッ! ……外したか」
「……ほう。これは珍客だな」
防がれた事で悪態をつく者を見て、フレアは意外そうな表情を浮かべた。
赤ワインの様に濃い赤の長髪、凛々しく整った顔立ちをし、ルークと瓜二つの顔をした男は自分を見下す様に見詰めるフレアを睨み付けていると、周りの兵が叫び出した。
「アッシュ様だ! アッシュ特務師団長が来て下さったぞ!」
「『鮮血のアッシュ』隊長が来て下さった! これで戦えるぞ!」
「……フンッ」
調子にのった様に騒ぎ出す部下の姿に六神将が一人、鮮血のアッシュは鼻で笑って一蹴した。
どうやら部下の為に来た訳ではなさそうであり、アッシュの意識は周りから目の前のフレアへと移っていた。
「なんで、あんたが此処にいる?」
「さあな。遊覧とでも思えば良い」
フレアはアッシュの言葉に興味無さげに言うと、敵国の戦艦で遊覧する馬鹿がいる筈もなく、アッシュはイラついた様子で剣をその場で振った。
「チッ……まあ、良い。どの道、あんたはここで終わりだ。せめて、楽に死なせてやるぜ」
挑発する様な小さな笑みをフレアへ向けるアッシュ。
だが、その表情とは裏腹にその瞳にはフレアへの敵意と憎しみが感じ取れる程に険しかった。
そんなアッシュの負を知ってか知らずか、フレアの表情は一切変わらずに興味が失せた様に無表情であった。
「”燃えカス”に出来るのか? その程度の腕で?」
「ッ! ほざけッ!!」
その言葉とほぼ同時にフレアへ剣を向けて迫るアッシュ。
風を斬りながら迫る鮮血の剣に、フレアは冷静に片手で受け止めた。
「……やはり、所詮は”燃えカス”。ヴァン以下の腕では俺に傷も付けられんぞ?」
「クズが! お前等、誰も手を出すな!!」
一人で倒したいのか、周りの部下に援護を禁じさせたアッシュはバックステップで一旦、距離を取った。
「……今のが俺の本気だと思ったか? 実力なんぞ、殆ど出してもいねえよ!」
「無駄話に付き合って欲しいのか? 良いだろう、付き合ってやる」
アッシュの言葉を一蹴するフレアに、アッシュは剣を構えて再度突っ込んだ。
「ふざけやがって!!」
アッシュの剣を再びフランベルジュで受け止めるフレアだったが、その力は先程よりも強くなっていた。
(……実力が以前よりも上がっているな)
意外そうな表情でアッシュの実力を感じたフレアだが、それでもフレアは片手で受け止めていた。
その姿にアッシュは再び舌打ちをすると、剣を連続で斬り付けはじめた
「でぇぇりゃあぁぁぁぁ!!!」
高速何度も放たれる斬撃がフレアを襲う。
一件、自棄になっている様にも見えるが、その一撃一撃は重く、確実にフレアを捉えていた。
「……」
しかし、そのアッシュの斬撃をフレアは後ろへ下がりながらも、流す様に剣で受け止め続けた。
いくら強く、早い斬撃でもフレアの技量はそれを超えており、受け止めきれないものではない。
だが、それはアッシュにも分かっていた事であり、一瞬のフェイントを入れてアッシュは仕掛けた。
「そこだ、双牙斬!」
剣へ力を込め、下から上へ斬り上げるアッシュ。
その威力はルーク以上であり、その直撃を真正面から受けたフレアの動きが鈍り、僅かに隙が生まれた。
「グッ……!」
(っ! ……もらったぜ!)
フレアの隙を見逃さなかったアッシュは斬り上げた勢いを利用して高く飛び、第三音素を剣へ纏わせた。
すると、剣から雷が発生し、アッシュは真上からフレア目掛けて剣を振り下ろす。
「襲爪雷斬!!」
アッシュの雷を纏った剣撃が空中よりフレアへ迫ろうとした。
すると、フレアはフランベルジュを両手で掴んで掲げ、譜術の為の詠唱を唱え始める。
「切り裂け、闇の爪撃……シャドウエッジ!」
詠唱によってフレアの中心に第一音素が発生すると、その第一音素はアッシュの真下に集まり影を作り始めた。
すると、その影から真っ黒に染まった剣が飛び出し、アッシュを襲う。
「なッ!? ……クソがぁ!!」
予想外の反撃に空中にいたアッシュは行動を制限される中、フレアへ攻撃する筈だった襲爪雷斬をアッシュはシャドウエッジへぶつけた。
その時の衝撃によってアッシュは吹き飛ぶものの、譜術の直撃を回避する事は成功して受け身を取りながら地面に着地する。
だが、フレアはそんなアッシュを逃さない。
「……シャドウエッジ」
再び次々と地面から飛び出す影の剣は、追尾する様にアッシュを狙って飛び出してゆく。
「ハッ! そんな下級譜術、いつまで通用すると──ー」
走りながらシャドウエッジを回避し続けるアッシュは、出方を見ようとフレアを見た。
そこには、突きの構えをとって確実に自分を捉えていたフレアの姿があった。
「炎龍槍!」
フレアはアッシュ目掛けて突きを放つと、そのフランベルジュの先端から炎の竜が飛び出し、アッシュへ槍の様に突撃して行った。
「チッ!」
舌打ちをしながらも、その攻撃に対しアッシュは足の速度を上げ、回避力を更に上げると横へ飛び込んで炎龍槍を避けた。
そして、行き場をなくした炎龍槍はそのままアッシュがいた場所の後ろへ飛んで行き、その周りにいた兵ごと爆発した。
「ぐあぁ!?」
「クソッ……!」
アッシュはその様子に苦虫を噛んだ。
だが、それは別に兵が巻き添えになったからではない。
軍人なのだからそれぐらいの覚悟はあるのが普通と思っているアッシュにとっては、兵が死んでもなんとも思ってはいない。
苦虫を噛んだのはその威力が原因だ。
その場に残っていれば、確実に自分がどうなっていたかは想像できる。
(あの男……俺を殺す気で放ちやがった。……クソが!)
アッシュの剣を持つ手に力が入る。
だが、それは怒りによっての筈だが表情には微かに悲しみもあった様に見えた。
「闇龍槍!」
「っ!? ちくしょうが……!」
フレアからの第一音素の龍槍を背後に飛んで回避すると、今度はアッシュが剣を掲げて詠唱を唱え始める。
「全てを灰塵と化せ……!」
アッシュの周辺に大量の第五音素を集まり出した。
その第五音素はやがて巨大な塊となり、それがフレアの上空に集まるとアッシュは譜術のトリガーを引いた。
「エクスプロード!!」
アッシュの声と共に巨大な豪炎が空からフレアへ放たれ、そのまま降り注がれようとしていた。
全てを焼き尽くす上級譜術エクスプロード、その威力は先程フレアが放ったシャドウエッジと比較にはならない威力の譜術だ。
その威力は凄まじく、タルタロスでも多少の被害が出るだろう。
「アッシュ隊長! まだ我々が!?」
「だったらとっとと逃げとけ! 邪魔だ!!」
周辺にいた部下たちの言葉に一喝するアッシュ。
しかし、その中で一番危険なのは真下にいるフレアだ。
だが、フレアは動こうともせず、寧ろ何処か失望した表情で上空のエクスプロードを眺めていた。
「この俺に第五音素を使うか……愚か者」
フレアはそう言って左手をエクスプロードへと掲げると、エクスプロードは徐々にその姿を第五音素へと戻って行き、その第五音素はフレアの手に集まり出した。
「なんだと、俺のエクスプロードが……ッ!? ──しまった! 奴はイフリートの!?」
アッシュは頭に血が昇っていた事で失念していた。
目の前の男が敵国からなんて呼ばれ、なぜ恐れられているのか、その正体を。
「今更だな。俺の前では全ての第五音素の支配権は俺にある。……真の第五音素を味わえ」
無関心の如く表情を変えずにフレアは、左手を掲げたまま詠唱を始めた。
敵の詠唱は阻止するのが戦いの鉄則だが、周辺の第五音素が強すぎてアッシュは近づけない。
「焔よ、我が力と成りて敵を貫け……フレイムランス!!」
フレアの手の第五音素は巨大な炎の槍となり、周囲を焼きながら進むその槍はアッシュへと放たれた。
「グゥッ!! ……ガアァァァァァッ!!?」
フレイムランスはアッシュをそのまま包み込み、大きな爆発を生んだ。
その爆風によって周囲に炎の雨が降るが、フレアが手を横へ振って払うと炎は音素となり肉眼では見えない程に濃度が薄まって行く。
そして、爆発のよる煙も晴れて行くと、その真ん中でアッシュは一人剣を地面に突き刺しながら膝を着いていた。
その外見は所々焦げたりしており、肩で息をしていてアッシュへのダメージの大きさが分かる。
「ほう。直撃だけは避けたか……此方とて、お前にはまだ死なれては困るのでな。手加減をしたので当然でもあるか」
「ハァ……ハァ……! クソ……がッ!!」
アッシュは大声を発しながら無理やり立ちあがるが、ダメージは大きかったらしく再び膝を着いてしまう。
だが、心は折れておらず、見下しているフレアを力強く見上げた。
憎しみ、怒り、悲しみ等の感情を混ぜた瞳で見上げるアッシュに、フレアは顔色一つ変えずに口を開く。
「まだそんな目が出来るならば大丈夫だろう。……では、俺はアイツ等と合流しに行く事にしよう。お前等の兵も戦意を失った様だからな」
「なんだと……!」
フレアの言葉にアッシュはイラつきながら周囲に目を向けると、オラクル兵達は身体を震わせて二人から距離を取っていた。
「し、師団長がまるで赤子……!」
「魔物も動かない……俺達がどうこう出来るレベルじゃない!?」
アッシュが敗北している事が余程堪えたのか、オラクル兵達の士気は無いに等しかった。
自分達よりも強く、神託騎士団の最大戦力である六神将と呼ばれる六人の師団長。
その一角が容易に目の前であしらわれている。
彼等にとっては悪夢でしかなかった。
そして、そんな部下たちの不甲斐無さにアッシュは苛立ちを隠せなかった。
「クソッ! それでも軍人か……!」
「一部の戦力でしか成り立っていない様な軍隊など、所詮はこの程度。ヴァンと六神将でしか成り立っていないのだよ」
フレアはそう言い捨てると、アッシュに背を向けて歩き出した。
それに合わせる様にオラクル兵と魔物は避ける様に道を開け、最初の勢いなどは既に死んでいる。
「……そんなに、あの”レプリカ”が大事か?」
肩で呼吸をしながら呟いたアッシュの言葉に、フレアの足が止まった。
アッシュの方を振り向きはしなかったものの、僅かに纏う雰囲気に乱れが生じたのにアッシュは気付き、ここぞとばかしにフレアへ言葉をぶつける。
「答えろ……! あのレプリカがそんなに大事か!?」
「……お前がヴァンに心など許さなければ、今あの場所にいたのはお前だった。……それだけだ」
フレアは顔だけを横へ向け、目だけで膝を着いているアッシュを見た。
先程まで、感情を封じているかのように冷静な口調のフレアだったが、その言葉だけはどこか優しい口調でだった。
それはアッシュも感じ取ったのか、少し驚いた表情をする。
「……後ろがガラ空きだね、焔帝!」
「ッ!」
だがその突如、フレアの死角から謎の声と共に衝撃が走った。
フレアは咄嗟にフランベルジュで防ぐが、鈍器か何かで殴りつけた様な衝撃に地面を擦りながら吹き飛ばされる。
そして、その様子にアッシュはフレアを吹き飛ばした相手を気に食わなさそうに見上げた。
「チッ! ……シンクか」
シンクと呼ばれた人物、それは緑色の髪を上に上げた感じの長髪をした人物であった。
細い身体と鳥の嘴の様に尖った仮面を付けている為、一見性別が判断しずらいが体形から察するに男と分かる。
「何してんのさ、アッシュ? お前、さっき散々言って独断で挑んだ癖になに返り討ちにあってんの? それとも、本当の燃えカスにでもなりたかった訳?」
一人で戦っていたアッシュに対し、仲間とも思えない様な馬鹿にした口調で言い放つシンクと言う男。
そんな言葉にアッシュも言い返せないらしく、小さく舌打ちするだけで済ませていた時だった。
先程、不覚を取られたフレアもシンクを捉えた。
「シンク? ……貴様がシンクか。神託の盾騎士団・第五師団長兼参謀総長。……『烈風のシンク』」
「へぇ……僕を知っているみたいだね。キムラスカの焔帝──フレア・フォン・ファブレ」
互いに初対面の二人だが、互いの武勇などは嫌でも耳に入ってくる。
フレアにとってはヴァンの部下である六神将全員に会っている訳でもなく、面識は以外にも無いに等しい。
その方がフレアにとっても都合が良いのも理由であり、表上はその方が便利なのだ。
フレアにとっても、そして六神将達にとっても……。
「援護か、それとも笑いに来たか……!」
「後者は面白そうだけど、生憎とそんなに暇じゃないさ。……ラルゴが導師達を逃がしたらしくてね。あんたにはブリッジに行ってもらうよ。流石にそれぐらいは出来るでしょ?」
挑発交じりのシンクの言葉を聞き、アッシュは納得していない顔だったが、今フレアの相手を出来る程の余力がないのは自分自身が分かっていた。
すると、アッシュは小さく舌打ちをして左手を空へと掲げると、グリフォンの一匹がアッシュの下に降り、アッシュはグリフォンの足を掴んだ。
歩くよりもグリフォンで一気に移動する方が速いと判断したようで、フレアはフランベルジュを構える。
「愚か者め。そんな事を聞いて見す見す逃す敵がいるものか。……高き天より──ー」
ルーク達の下へ行かせる訳にはいかず、フレアはアッシュごと空を占領するグリフォン達を一掃しようと詠唱を始めた。
その周りに集まる第五音素はとても濃度が濃く、先程の譜術の比ではなかった。
「レイジ・レーザー!!」
「む!? ……クッ!」
しかし、詠唱はフレアの背後から放たれた一筋の光線によって回避しなければならなくなり、詠唱は中断を余儀なくされた。
フレアは横へ飛んで攻撃を回避し、その隙をついてアッシュはブリッジがある更に上の方へと飛んで行ってしまう。
その光景をフレアは険しい表情で見つめ、そのまま己に光線を放った者を振り返って視界に捉えた。
「貴様……」
「この状況下で詠唱とは、我々も甘く見られたものだな……フレア・フォン・ファブレ!」
フレアへ二丁の銃口を向けながら話しているのは、長い金髪を後ろに纏めたスタイルの良い女性だった。
しかし、女性とはいえその態度と雰囲気は凛としたものであり、存在感はシンク同様にただの一兵卒とは比べられないものだ。
そして、フレアはシンク同様にその女の事を知っている。
「魔弾のリグレット……」
神託の盾騎士団・第四師団長兼主席総長付きの副官の肩書を持ち、六神将の一角『魔弾のリグレット』と呼ばれるのがその女の正体だ。
「リグレット。導師達はどうしたのさ?」
「先程、導師守護役と分断に成功した。最早、時間の問題だろう。一番厄介と思われた死霊使いもラルゴが力を封じた今、最も危険度が高いのは……お前だ、フレア・フォン・ファブレ!」
リグレットはそうフレアへ言い放つと同時に、銃を連射しながらフレアへと接近して行く。
周囲の音素を圧縮し弾にするリグレットの譜銃には事実上、弾の制限は無いに等しい。
無限の弾丸が接近すればする程、フレアへの着弾時間が早まっていった。
勿論、リグレットにもリスクはあるが彼女に迷いはなく、フレアもフランベルジュで銃弾を薙ぎ払って対処するが、リグレットにその僅かに生まれる隙を突かれ接近を許してしまう。
「……投降するならば良し」
「……」
リグレットは二つの銃口をフレアの顔面に、フレアはフランベルジュをリグレットの首へと向け合う形となった。
状況ならば五分五分と言ったところだが、リグレットはフレアに投降を呼びかけたがフレアはそれについては黙りながらも、ゆっくりと口を開き始めた。
「目撃者は皆殺しなのではないのか?」
「投降しなければそうなる。……選べ、投降するかここで死ぬか!」
フレアへ険しい表情で訴えるリグレットだが、フレアはその言葉を聞いて可笑しく感じてしまった。
マルクト兵には投降など呼びかけなかったにも関わらず、師団長が自分には投降を呼びかけているのだ。
フレアがその事が可笑しく感じてしまう中、フレアは彼女の指に赤い宝石が埋め込まれた指輪がある事に気付く。
すると、フレアは小さな笑みを浮かべながらリグレットの瞳を見つめた。
「お前にそれが出来るのか……ジゼル?」
「……ッ!」
言わば、文字通りの優しい表情の甘い笑顔をリグレットに向けるフレア。
すると、それを見たリグレットからはあからさまに動揺が生まれ、思わず目をフレアから逸らしてしまう。
そんな隙をフレアが見逃す筈もなく、フレアは第五音素を纏わせた左手の拳をリグレットの腹部へと放つ。
「剛・爆炎拳!」
「ガハッ!?」
大きな爆発の拳が直撃し、リグレットはそのまま大きく吹き飛んで壁に激突しそうになったが、オラクル兵二名が飛んできたリグレットを受け止める。
「師団長!?」
「ご無事ですか!?」
リグレットを心配し声を掛けるオラクル兵に、当のリグレットは服などが焦げ、乱れた呼吸をしながらもゆっくりと一人で立ち上がる。
しかし、ダメージはあったらしく片手で腹部を抑えながらフレアを睨んだ。
「クッ……不覚をとったか」
(貴様の代わりは既に見つけた。ヴァンを殺せなかった貴様に用はない)
フレアは心でそう呟きながら、冷めた瞳でリグレットを睨み返した。
その眼にリグレットは睨み続けるが、その眼は何処か悲しそうにも見える。
「リグレット! あんたまでなにやってんのさ!? 邪魔になるならアッシュと一緒にブリッジに言ってくんないかな!」
六神将二人の不甲斐無さに怒るシンク。
参謀総長とも言われてるだけあって、思った通りに事が動かなければいい気はしない様だ。
そして、そんなシンク達を見ながらフレアも冷静になって考え出す。
(アッシュならばともかく、他の六神将は今はルークを殺せない筈だな。セフィロトの封も今回で解くならば、これ以上は俺も戦う理由はない)
これ以上の戦闘は六神将も殺しかねず、セフィロト等の封を解くにも支障を来すのはフレア的にも得がない。
フレアはそう判断すると早速行動に移し、近くの手すりから下を見た。
(艦内の通路に繋がっているな……)
下を見ると少し下の方に通路が剥き出しになっている箇所があり、フレアはそのまま手すりに身を乗り出した。
すると、それにシンクが気付いた。
「逃がすと思ってるのか!」
「……フッ」
フレアは小さく笑うと、そのまま手すりの向こうへと落ちて行った。
「じ、自殺!?」
「そう思うならお前は無能だ! 艦内に逃げたんだよ。……数名は僕と来い! 残りはあと始末だ!」
シンクの言葉にオラクル兵達は気を入れ直すと、シンクと兵士達はそれぞれが艦内へと走り去っていった。
シンク達はフレアを探す為、兵士達は残りのマルクト兵を狩るために。
そんな光景を一人、フレアは手すりに掴まりながらその様子を見ていたのだった。
End