TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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遅くなり申し訳ありません。
また、今回は少し話が短いのでこちらは二話投稿致します。


第五話:焔帝と死霊使い

 同日

 

 現在、チーグルの森『ライガの巣』

 

「守護極炎陣!!」

 

 守護方陣を元に第五音素を加えた発展技『守護極炎陣』。

 それはフレアを中心とした炎の陣であり、高く天にまで昇って赤き柱となった。

 巨大な丸太程の巨大さを持つ火柱はライガの巣を照らし、やがて静かにその勢いは消えて行き、後に残されたのは先程と同じ場所に立っているフレアだけだ。

 フレアの周りだけが型どった様に綺麗な円の形で焦げており、森に燃え移る事は勿論、その陣の範囲外の物には一切の被害はない。

 あれだけの威力にも関わらず、余計なものには一切の被害を出させない。

 その凄さに気付けたのは、この中ではティアだけだった。

 

(なんて第五音素……あれだけの音素なら、暴発してもおかしくはないわ)

 

 もし、真似しろと言われても、これ程まで音素を扱えるの者は数少ないのが分かる。

 少なくとも、ティアは自分じゃ出来ない事は分かっている。

 しかし、ティアが色々と考えているそんな時だ。

 同じ様に呆気になっていたルークが何かに気付き、その場所を指さした。

 

「おい、見ろよあれ! クイーンが……」

 

 ルークの言葉にティアとイオンもその場所を見ると、そこにはフレアの目の前で震えあがるライガ・クイーンの姿があった。

 先程の攻撃はクイーンに当たらなかったものの、その巨大な炎はクイーンに恐怖を植えつけるのに十分な力だった。

 只でさえ、火事で住処などを失っているクイーンにとって炎への恐怖感は他の魔物よりも強かったが、同時にフレアとの力の差を思い知らされた事も大きい。

 自然界では力の序列が物を言う為、最初の凶暴さはなくなり、借りてきた猫の様に大人しくなってしまう。

 

『グルル……!』

 

「ふっ……ミュウ、もう一度だけ訳を頼む。今度は落ち着いて交渉できるだろう」

 

「は、はいですの!」

 

 フレアの声に慌ててミュウはルークの肩から降り、フレアへの下へとモフモフと走って行き、そのままフレアの肩へと乗った。

 フレアもそれを確認し、ミュウが頷くのを確認すると、静かにその口を開いた。

 

「クイーンよ。もう一度だけ言う。この森はお前達には適していない。新たな住処となる場所を教えるので、そこに移ってもらいたい。……こちらも、次は見逃せないのでな。よく、考えてくれ」

 

「みゅ、みゅみゅう!」

 

 フレアの言葉を先程と同じように一言一句そのまま伝えるミュウに、クイーンも今度は咆哮をあげずに聞き続け……そして。

 

『グル……』

 

 その頭を静かに下げるのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 揉め事があったとはいえ、交渉はなんとか終える事が出来た。

 緊張の糸が切れたのかルークは座り込んでしまい、イオンも冷や汗を隠せない。

 そんな二人をフレアとティアがケアをする中、ミュウはクイーンに新たな森の場所を説明していた。

 

「みゅうみゅうみゅみゅう!」

 

『……グルル』

 

「みゅみゅう!?」

 

 しかし、何かをクイーンに言われたのか少し困った顔にミュウはなり、休んでいる皆の下へと戻ってくる。

 それを暇だったため、ずっと見ていたルークがミュウに声をかけた。

 

「おい。クイーンは今度、なんて言ってんだ?」

 

「クイーンさん、卵が孵化するまで待って欲しいって言ってるですの。 卵がもう孵って、移動は危ないですの!」

 

「そんな……いま、産まれたらエンゲープが危険では?」

 

 ライガ側が移動を承知しても万が一の事はある。

 もし、なんらかの拍子で村を襲ってしまえばこれまでの事が無駄になる。

 

「別に良いだろ。産まれたら移動してくれるって言ってんだから。それに、俺も産まれるところが見たいんだよ。屋敷の中じゃ、こんなのは見れないからな」

 

「……僕も、実は少し見てみたいです」

 

「万が一の時は俺が対処する。今回は二人の経験のためと思って大目に見ようじゃないか」

 

 どうやらルークとイオンの好奇心は高く、もう産まれるまで待つ気満々の様に意識を卵に集中している。

 それをフレアも察しているらしく、冷静な笑みを浮かべながらティアを説得した。

 その結果、三人から言われたらティアも断れず、溜息を吐きながら頷くのだった。

 

「はぁ~。もう、別に良いけど、ライガを刺激するような真似をしては駄目よ」

 

「だとさ、イオン」

 

「あなたに言ってるのよ!?」

 

 自分がターゲットとは決して思わないルークにティアの喝が飛ぶ。

 そんな光景をイオンとフレアは眺めており、一同は卵が孵るのを待つ事となった。

 

 ▼▼▼

 

 その頃……。

 

 現在、チーグルの森の近辺。

 

 白銀の戦艦タルタロスの甲板に二人の人間が立っていた。

 一人は十歳前半と思わしき小さな少女でピンク色の神託騎士団の制服を着こなし、その背中には独特なセンスを醸し出す奇妙な人形を背負っている。

 突起なのか角なのか分からない耳らしきものに、ボタンで作られた瞳、そして縫い合わして作られた凶悪な笑みを人形は浮かべていた。

 そして、もう一人の大佐と呼ばれた男はマルクト軍服を身に纏い、眼鏡に長髪といった外見の男。

 その男こそ、ローズ邸でフレアへ挨拶をしたジェイド・カーティスその人であった。

 二人は何やらチーグルの森を見詰めながら会話をしている。

 

「きゃわわ~!? さっきの火柱なんだったんですか大佐!?」

 

「……ライガ・クイーンと思わしき咆哮が聞こえたと思った矢先、あれ程の第五音素。おそらく、戦闘を行っているのでは?」

 

 驚き叫ぶ少女とは裏腹に、ジェイドはまるで見慣れているのではないかと思う程に冷静に言った。

 

「もう! なに呑気に言ってるんですか! あそこにイオン様がいるかも知れないんですよ!?」

 

「おそらくいるでしょう。イオン様はチーグルの事を気に掛けていましたから」

 

 またも平然と言い張るジェイドの言葉に、少女の顔からは血の気が消えてしまい始めた。

 

「うそ……ぎゃあぁぁぁ!!? どうしよう! 導師守護役なのにイオン様の傍を離れるなんて……もう! 給料でなかったらどうすんのよ!?」

 

「アニス、落ち着いて下さい。それに、そこは嘘でも給料ではなくイオン様の安否を心配するべきでは?」

 

 ジェイドの言葉に少女改め、アニスは大きく溜息を吐いた。

 

「でも、イオン様が本当にあそこにいるとは限らないし……ハァ。もう、どうするんですか大佐?」

 

 確かにアニスの言う通り、先程の火柱が発生した場所にイオンが本当にいる保証はない。

 しかし、ジェイドにはイオンがいると確信があり、一息つくとアニスに背を向けて歩き出した。

 

「アニ~ス! イオン様を迎えに行ってきますので、留守番頼みますね」

 

「えぇ!? ちょっ、大佐!?」

 

 アニスは慌ててジェイドの後を追い掛けようとするが、それよりも先にジェイドが口を開いた。

 

「アニス。タルタロスを森の入口に止めさせておいて下さいね。それと……兵士も数名お願いします」

 

「はぁ? なんで、兵士も……?」

 

 タルタロスは迎えの為とはいえ、なんで兵士までかはアニスには分からなかった。

 しかし、それを聞く前にジェイドはパパッと行ってしまい、結局は甲板にアニスだけが残されるのだった。

 

 ▼▼▼

 

 そして、話は戻ってルーク達は……。

 

 現在、チーグルの森『ライガの巣』

 

『ミュア~!』

 

『ミュア~!』

 

 あれから少し経ち、無事に卵からライガの赤ちゃんが孵った。

 その数は全部で三匹おり、クイーンに甘える様に鳴き声を上げ、クイーンもそんな我が子の傍に顔を寄せていた。

 そして、そんな生命の誕生にルークとイオンは何気に近くでそれを眺めていた。

 

「すっげえ! 本当に卵からライガが出てきたぜ」

 

「魔物とはいえ、命が産まれると言うのは……良い物ですね」

 

 一瞬、イオンの顔が曇った様にも見えたが、誰もそれに気付く事はなく、イオンもすぐに表情を戻していた。

 また、最初はティアも二人に危険性を言って距離を取る様に言ったが、クイーンが許可しているのか、ライガの幼体はルークとイオンに気付いても鳴くだけで特に危険性はなかった。

 そして、保護者枠であるフレアとティアは、そんな二人の後ろでそれを眺めていた。

 

「元気に産まれて何よりだな」

 

「か、かわいい……」

 

 先程まで危険が云々と言っていたティアだが、つぶらな瞳と無邪気に鳴くライガの幼体に目を輝かせていた。

 なんだかんだで可愛いは正義と言う事の様だ。

 そして、ライガの幼体を眺めて数分後、幼体も鳴き止むとクイーンは一匹を噛まない様に口で咥えた。

 すると、何処からともなくライガやライガルも周囲から現れ、残った幼体を咥えるとクイーンの後を追う様に移動を始めた。

 ルーク達はその後ろ姿を眺め、やがてクイーン達の姿が見えなくなると一息入れた。

 

「……ハァ。これで解決なんだよな?」

 

「ええ、少なくともチーグルやライガ、そしてエンゲープにも被害はない筈よ」

 

 ティアは頷いてルークに説明し、イオンもそれに深く頷いた。

 

「本当にあなた方には助けられました。フレアも、今回の交渉お疲れ様です」

 

 ローレライ教団最高指導者からの言葉に、フレアも深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。ですが、結局は俺は最後に力でクイーンを屈服させました。そう思うと、素直には受け取れない自分がおります」

 

「……ですがフレア。今回の事で犠牲がでなかったのも事実です。少なくとも、それについてはお互いに喜びましょう」

 

 そう言って笑顔をフレアに向けるイオン。

 ようやく事が終わり、ルークは疲れて欠伸をした時だった。

 

「本当にその通りですよ。……少々、勝手が過ぎましたね、イオン様」

 

「っ!?」

 

 自分達しかいない筈の空間に突如、聞き覚えのある男の声が響いた。

 その声の発生源は背後からであり、四人と一匹が背後を振り向くと、そこにいたのはジェイド・カーティスその人であった。

 

「あいつ確か、昨日、屋敷にいた……」

 

「……マルクトのジェイド・カーティス大佐」

 

 ルークとティアもジェイドの事を思い出し、フレアは一人、そんなジェイドの登場に驚く事はせず、冷めた瞳で見つめる。

 だが、イオンだけはまるで悪戯がバレた子供の様に顔を下に向けており、ジェイドはそのままイオンの前まで移動して口を開いた。

 

「らしくありませんね、イオン様。……その顔色から察するに、医者から止められていた力も使いましたね」

 

「……すいません。チーグルは教団の礎の一つ。その不始末は僕が取らなければならないと思って」

 

 イオンなりに今回の一件を解決したかったの既にルーク達は知っている。

 それで、イオンが一人だけで今回の事件を解決できたのかと言われれば辛いが、少なくとも責任者としての任をイオンは果たそうとしたのだ。

 そのため、少なくともルークにとっては今更になって来て、いきなり偉そうに説教を始めるジェイドが気にいらなかった。

 

「ですが、結局は一般人も巻き込んだ。只でさえ目立つ事は控えて頂きたいのです。最悪、ダアトとマルクトが──ー」

 

「おい、おっさん! イオンだって謝ってんだろ。……許してやれよ」

 

 そう言ってジェイドの言葉を遮ったルークは、そのまま背を向けてライガの巣跡を出て行ってしまう。

 それに気付き、慌ててティアとミュウもルークを追って行く中、ジェイドはルークの後姿を見ながら意外そうな顔をして驚いていた。

 

「意外ですね、ローズ邸で見た感じでは巻き込まれた事を愚痴ると思っていたのですが……」

 

「ルークは優しいんです。彼等は僕の事を守って頂きました」

 

 イオンの言葉にジェイドは興味深い表情で聞いており、イオンもまたルーク達の後を追って行く。

 交渉が終わった事をチーグルの長に伝えなければならないからだ。

 そして、この場に残ったのはジェイドとフレアの二人だけ。

 そんな二人の空間の中、ジェイドはやれやれと言う様に溜息を吐いた。

 

「はぁ……そろそろ収めて欲しいのですが。その、”殺気”を……」

 

「……」

 

 澄ました笑みを浮かべてフレアの方へ振り向くジェイドに対し、フレアもまた黙りながら冷静な笑みで返した。

 

「先にしたのはそちらなのでな。これがマルクト流の挨拶だと思ったんですよ……カーティス大佐」

 

 昨日、ローズ邸にて先に殺気を放って来たのはジェイドからだ。

 そう言いながらフレアは、鋭い眼光でジェイドを見詰めるがジェイドは、おやおや……と言いながら困ったような笑みを浮かべた。

 

「いえ、”昨日”はフードを被っていたので怪しく思ってしまったんですよ。怪しい者から一般人を守るのも軍人の仕事ですからね。職業病と言うやつです」

 

 互いに棘のある言葉の刃をぶつけ合うが、互いの表情は一切変わらず空気もピリピリとし始めた。

 まさに一触即発と言うべき空気であり、フレアとジェイドがお互いに聞き手を動かそうとした時だった。

 全く来ない二人が気になったのか、イオンが戻って来たのだ。

 

「御二人共、どうかなさったんですか?」

 

 直感的に不穏な空気を悟ったのか、イオンはいつもよりも冷静な態度で二人へ問いかける。

 すると、流石に導師の前で殺気を出す訳にも行かない二人は静かに殺気を収め、ジェイドはイオンの方へ振り向いた。

 

「いえいえ! 特には何もありませんよ? 彼とは久しぶりの再会だったので挨拶をしていたんですよ」

 

「ええ。イオン様が気にする必要はありません」

 

 そう言うジェイドとフレアの顔は優しい笑顔だった。

 しかし、その笑顔が優し過ぎて逆に信じる事はできないものであった。

 イオンは知っている。

 付き合いは短いが、ジェイドがこんな笑顔をする時は大抵何かを隠したり、話を変えたりする時だと言う事を。

 おそらく、フレアも似た様な意味合いなのだろう。

 イオンはその事を察すると、そうですか……と言って再びこの場を出て行き、ジェイドとフレアも何も言いはしないがイオンの後を追って行くのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、チーグルの森【チーグルの巣】

 

 ルーク達は無事にチーグルの巣へと戻ることが出来た。

 行きとでは一人多くなったが別に気にする事ではなかった様で、特には誰も何も言わなかった。

 と言うよりも、フレアとジェイドが互いに並んで歩きながら、重い空気を作り出していたのも原因だ。

 互いに警戒しながら、まるで監視しているように意識をお互いに向けている様で流石にルーク達も気まずかった。

 イオンも説教の直後のため言いづらいのか、特には何も言っていない。

 そんなこんなで巣に戻ったルーク達は長に交渉の成功を教え、ライガ達が新たな地へと移動した事を伝えた。

 その事に長達は喜び、これで全てが丸く収まる筈であったのだが、ここで長が皆に迷惑を掛けたミュウには償いのために追放を命じたのだ。

 事態の大きさから見て妥当とも取れるが、ミュウはまだ成獣にもなっていない程に幼い。

 そのため、ティアは長に抗議したのだが、長は永久追放をするつもりはないらしく季節が一巡りする間、ルークに預けると言う。

 しかし、それを聞いていたルークは案の定、長へ猛抗議をする。

 

「ハァ!? なんで俺がこんなのを引き取らなきゃいけねんだよ!」

 

「聞けば、ミュウはルーク殿に命を助けられたと聞く。ならば、追放する間はルーク殿に仕えるのが恩返しとなろう。ミュウもその事は承諾しておる」

 

「みゅみゅみゅ!」

 

 長の言葉に、嬉しそうにルークを見て鳴くミュウ。

 最早、ついてくる気満々の表情だった。

 ルークはそれを見て小さく、いらねえ……と呟くが、そんな弟にフレアは苦笑しながらも肩に手を置いて説得した。

 

「連れて行ってやれ。チーグルは聖獣と言われているからな。少なくとも、迷惑にはならんだろう」

 

「う~ん……兄上が言うなら。まあ、ガイやメイド達への土産にするか。母上の話し相手にもなるかも知れねえし」

 

 ルークが渋々だが承諾すると、ミュウの目は更に嬉しそうに輝き、長はミュウへ餞別としてソーサラーリングを渡し、ミュウはそれを受け取った。

 

「ご主人様ありがとうですの! ミュウ、ご主人様のためにがんばるですの!」

 

「……うぜえ」

 

(可愛いのに……)

 

 文句を言うルークの後ろでティアが心の中で呟きながらも、愛でる様にミュウを見詰めていた。

 そして、一通り説明が終わった時だった。

 ジェイドが眼鏡をいじりながらルーク達へ呼びかけた。

 

「報告は終わった様ですね。では、そろそろ行きましょう」

 

 勝手に仕切るジェイドを気に食わなそうにルークは思い、ティアも何処か警戒の色を隠せなかった。

 そして、ジェイドの言葉にイオンは頷き、長の方を向いた。

 

「……分かりました。では、僕たちはこれで失礼します」

 

 イオンが頭を下げると、長を始めとしたチーグル達も全員が頭を下げ、イオン達は巣を後にするのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 それは、ルーク達がチーグルの森の入口付近まで来た時の事だった。

 ルークが自分の周りをウロチョロするミュウにイラついていると、前方から小さな子供が走って来ている事に気付いた。

 

「おい、なんかこっちに来るぜ?」

 

「あの服は……導師守護役の様ね」

 

 神託(オラクル)に所属しているだけあり、ティアはその服装にすぐに気付いた。

 元々、導師がいる時点で近くにはいるとは思っていたが、イオンは自分の導師守護役の目まで欺いて森に来た様だ。

 それを証拠にその守護役であるアニスは足に急ブレーキを掛け、息を乱しながら丁度イオンの前で止まると顔を上げてイオンの顔を見る。

 そのアニスの表情は頬を膨らませており、いわゆる御冠状態だ。

 イオンも自分の行動に非がある事を分かっているらしく、何処か困った感じに苦笑しているがアニスのお説教は始まってしまう。

 

「もう! イオン様! 勝手に森に行っちゃうなんて! 本当に心配したんですからね!?」

 

「……すみません、アニス。どうしても気になってしまいまして」

 

 イオンの言い分はもう全員が知っているが、守護役であるアニスにしては堪ったものではないのだろう。

 アニスは周りに気にすることなく説教を始めようとするが、それより先に口を開いたのはジェイドでだった。

 

「ところでアニス。頼んでいた事はしてくれましたか?」

 

「あっ、は~い! 言われた通り、タルタロスを入口に移動させましたよ! ……兵士も一緒に」

 

 アニスがそう言い終えた瞬間、辺りの森の草むらからマルクト軍の軍服を来た兵達が飛び出し、そのまま武器を構えながらルーク、ティア、フレアの三名を取り囲んでしまった。

 取り囲む兵から少なからず敵意が感じられ、突然の事態にルークも困惑を隠せなかった。

 

「おい! これはなんの真似だよ!?」

 

 今にも飛び掛かりそうなルークだが、それをティアが辛うじて止めるとティアもまた疑問であったらしく、ジェイドを睨みながら真意を説いた。

 

「これはどう言う事ですか?」

 

「実は一昨日、正体不明の第七音素が放出されました。……その犯人はあなた方ですね?」

 

 ジェイドは確信しているかの様にハッキリとした口調で三人に言い放った。

 元々、マルクトの譜術の研究は進んでおり、タルタロスのレーダーにでも一昨日の超振動の反応を捉えたのだろう。

 普通に見れば敵国からの攻撃にも見えなくはなく、マルクトが反応するのは当然と言えるが、そんなジェイドの言葉や周りの状況に至ってもフレアは一人、冷静に沈黙しながら状況を見ていた。

 

「……」

 

 フレアの雰囲気は、まるで獲物を狩るために爪を砥ぐ様な雰囲気に似ている。

 また、今の状況に対してイオンは混乱しており、アニスは他人事の様にニコニコして見ていた。

 イオンとアニスは蚊帳の外の様な状況だが、当事者であるフレア達の周りの空気は重く、囲む兵が一歩だけ距離を縮めた時だった。

 フレアはルーク達の盾になる様に前にでた。

 

「少し待っていただきたい。その正体不明の第七音素の正体は、確かに我々だ。……故に、此方は抵抗する気もなければ非も認める」

 

「……ほう」

 

 フレアの言葉に、ジェイドはルークの時の様に意外そうに呟いた。

 そして、それと同時にフレア達を囲んでいた兵の一人が気付く。

 

「た、大佐! コイツ、フレアです! キムラスカの”焔帝”……フレア・フォン・ファブレです!」

 

「フレアだと!? 何故、敵国の王族がマルクト領に!?」

 

「こ、こいつが……焔帝……!」

 

 最初の兵士の言葉を皮切りに連鎖する様に口を開き出す兵士達。

 困惑、驚き、恐怖、先程よりも強い敵意と言ったあらゆる感情がその場に生まれ始め、ルークは何故、兄の名前が出た事でこんな事になるのか分からず、隣にいたティアへそっと聞いた。

 

「なあ、なんで兄上の名前が出ただけでこんな事になってんだよ? 兄上って、そんなに有名なのか?」

 

「昨日、説明したわよね。あなたの父親と兄であるファブレ公爵とフレア・フォン・ファブレはマルクトにとっては仇敵だって。そして、あなたのお兄さんはキムラスカ焔帝と言われ、マルクトに恐れられているのよ」

 

「キムラスカの……え、えんてい?」

 

 聞きなれない言葉に片言のオウム返しで返すルークに、ティアはやれやれと言った様子で説明し始める。

 

「第五音素の扱いに長け、キムラスカにその人ありと言われている人間の一人よ。……嘗て、フレア一人によってマルクト側は甚大な被害を受けた事あるらしいわ。それが焔帝と呼ばれ、マルクト人に恨まれている理由ね」

 

「……へぇ」

 

 話を大体聞いていた筈のルークだが、ティアの言葉が途中で面倒になってしまい、分かったのは兄は凄く、それでマルクトに嫌われていると言う中途半端なものだった。

 そして、ルークとティアがそんな事を話している間にも兵達の中で怒りが溢れ始めていた。

 導師イオンの前とはいえ、フレアは仇敵だ。

 家族、友人、等をフレアに殺されている者もジェイドの率いている部隊にも所属しており、やがて兵の中で一番若そうな兵士がフレアへ剣を向けて叫んだ。

 

「貴様! 答えろ! 何故、マルクト領にいる! 何が目的だ!!」

 

 若い故に感情を抑えられず、兵士は叫ぶようにフレアを問い質し、周りの兵も思わずその兵へ意識を向けてしまった。

 しかし、フレアはまるで無関心の様に冷静な態度を貫き、視線を向ける訳でもなく沈黙で返す。

 そして、それが火に油を注ぐ形となってしまい、兵士の怒りのボルテージは更に上がってしまった。

 

「貴様! いい加減に……!」

 

「いい加減にするのは貴方ですよ。……兵士ならば感情を抑えなさい!」

 

 ジェイドから言葉が飛び、流石の兵士も思わず口と体の動きを止める。

 本来ならばもっとスムーズに運ぶ予定だったのか、ジェイドの様子は僅かに機嫌が悪そうに見える。

 

「で、ですが大佐……不法入国なのは間違いありませんよ!?」

 

「それはあなたが気にする事ではありませんよ。……良いから黙りなさい。死にたくないのならば」

 

「えっ……一体、なに──ーっ!」

 

 ジェイドの言葉に聞き返そうとする兵士だったが、そこまで言った時、突然唇が切れた。

 兵士の唇は乾燥しており、肌にも違和感を感じる。

 それで兵士達は、ようやく自分達の状況に気が付いた。

 兵士達が自分の姿を見ると、自分の身体から僅かに赤い光の音素が出ている事に気付く。

 

「ジェイド……! これは!?」

 

「ふぃ、第五音素ですの! 兵士さん達の周りに第五音素が発生しているのですの!?」

 

 イオンの疑問を説明したのはミュウであり、目の前の現状にジェイドは溜息を吐きながら犯人の方を見る。

 

「あまり、兵を刺激しないで下さい。此方とて、本当は穏便に済ませたいのですから」

 

「それは此方とて同じことです、死霊使い(ネクロマンサー)殿。ですが、此方も害を与えられると言うならば、守る者のために牙を向けなければならんよ」

 

 鋭い眼光で互いに言葉を交えるジェイドとフレアの二人。

 その様子に空気は異常なまでに重く、兵士も動けず、ルークとティア、そしてミュウも息を呑んでいる。

 それは勿論、イオンも同じで心配して今にも飛び出そうだが、先程まで他人事であったアニスもニコニコなど出来る筈もなく、滝の様な冷や汗を流していた。

 

「抵抗しても、被害が大きいのはそちらですよ?」

 

「戦艦一隻で、俺を止められるとでも思っているのか?」

 

 互いに一歩も引かない言葉の攻防。

 何故、そこまでして互いに引かないのか、それはフレアとジェイドの二人の関係にあった。

 

(マルクトの焔帝への対抗馬……死霊使い。それが、この人だったなんて)

 

 事情を知っているティアは緊張しながら、その事を思い出していた。

 フレアが戦場に出ると、同じ様にマルクト側から前線に出て来る男こそ、今目の前で自分達を拘束しているジェイド・カーティスだ。

 ライバルと言うべきなのか、二人が互いをどう思っているのかは分からない。

 しかし、少なくとも二人が戦場で何度も命のやり取りをしているのは事実。

 ティアは最悪、今この場でそれが再現される覚悟を固めた。

 だが、その時だ。

 イオンが兵の間を通り、フレア達とジェイドの間に割り込んだ。

 

「二人共、落ち着いて下さい! フレアは音素を止め、ジェイドは皆に乱暴な事はしないで下さい!」

 

 手を広げて両者に言い放つイオン。

 出遅れてしまったアニスは今にも泡を吐きそうな程に顔が真っ青だったが、イオンの表情は険しく、彼の真剣さが分かる。

 

「……ふぅ」

 

「……ふぅ」

 

 イオンの決死の行動が通じたのか、二人は静かに息を吐くと兵から第五音素が消え、ジェイドからも重い雰囲気が消えた。

 そして、全員を覆う重い雰囲気が消えた事でその場の全員が一息つけると、フレアは静かにその頭を下げた。

 

「突然の無礼、大変申し訳ない。……罰するなら俺だけにしてもらいたい」

 

「……いえ、この場に関しては先に仕掛けたのは我々です。……ので、互いに今の事は忘れましょう。……ですが、事情は聞かねばならないので、我々に同行して頂きたい」

 

 今の非を互いには認めて謝罪はするが、マルクト側からすれば第七音素の事まではなかった事には出来ない。

 そのため、キムラスカの侵略行為ではない事を確認するためにも、不法入国してしまっているフレア達から話は聞く事は決定事項だ。

 勿論、フレアもその事は先程で認めているため、ジェイドの言葉に頷いてみせた。

 

「了解した。危害がなければ、ここからはそちらの指示に従おう」

 

「……助かりますね。では、連行しますのでタルタロスに来ていただきましょう」

 

 そう言ってジェイドは兵に指示を出すと、兵はフレア達に近付いて移動の指示を始める。

 連行と言う言葉やジェイド達の態度が気に食わなかったルークが何かを言おうとしたが、ティアが咄嗟にそれを止めた事で何事もなく、フレア達はタルタロスの中へと連行されるのだった。

 そして、そんな後姿を見ながらアニスは額の汗を手で吹きながら安堵の息を吐いた。

 

「はぁ~! な、なんなんですかさっきの……大佐もなんからしくなかったですし」

 

「確かに、感情的でしたね。ジェイドはフレアとはやはり……?」

 

 イオンも二人の関係を思い出したのか、ジェイドにフレアとの関係を聞くと、ジェイドは光の反射で目を隠している己の眼鏡をカチャリと指で上げながら呟く様に口を開いた。

 

「……あの男に人数は関係はないんですよ。どちらかと言えば、まだ私一人の方が戦いやすい」

 

 前半の言葉の意味は分からなかったが、後半は一人の方が身軽で戦いやすいという意味だとイオンとアニスは感じた。

 マルクトをここまで恐れさせるフレアと言う男が凄いのか、そのフレアを一人の方が戦い易いと言うジェイドが凄いのか、アニスは一人混乱する中、ジェイドも足をタルタロスへと向けた。

 

「そろそろ、我々も行きましょう」

 

「は~い! じゃあ、行きますよイオン様」

 

「はい」

 

 そう言い合い、アニスはイオンをタルタロスへと連れて行った中、ジェイドは一人足を止めてその場である記録を思い出していた。

 

(流石に言えませんね……たった一人によって大隊を半壊させられ、戦艦二隻もエンジンを爆発させて大破させられたなのと。それが、当時”八歳”の少年にやられたのならば尚更だ)

 

 ジェイドの心の声を聞くのはジェイド自身だけであり、ジェイドはそのまま感情に蓋をする様に冷めた表情でタルタロスへと向かって行くのだった。

 

 

 End


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