TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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第四話:聖獣と獣女王

 食料の町エンゲープの朝は早い。

 日が昇り始める時間には既に仕事に取り掛かる者達がいる。

 畑、家畜、仕入れ、エンゲープの住民にはやれねばならない事が多く存在する。

 そして日が昇り、朝を迎えれば今度は買い物客や他の町の行商人達がエンゲープへ訪れ、再び活気あるエンゲープの姿となるのだ。

 そんな時間のエンゲープの町から北に、ある森があった。

 通称【チーグルの森】と呼ばれるその森は、ローレライ教団の象徴となっている聖獣チーグルが生息している事から地元の者達はそう呼ぶ。

 その森の中を、ルーク・ティア・フレアの三名は周りに注意しながら進んでいた。

 

 

 現在、チーグルの森

 

 昨日、泥棒扱いされたルークの独断により、ルーク達はチーグルの森へとやって来ていた。

 目的は只一つ、チーグルがエンゲープから食料を奪った証拠を手に入れ、とっ捕まえてエンゲープの住人につき出す事だ。

 しかし、それはあくまでルークだけの目的のため、ティアとフレアの二人は真面目に証拠を探している訳ではない。

 どちらかと言えば、またルークが何か仕出かすのではないかと、そちらの方を心配して意識を集中させていた。

 

「あぁ! クソッ! なんでこんなに木や葉っぱがあんだよ! ペールだったらこんな庭にはしないぜ!」

 

 チーグルも証拠も見つからない中で、草木に行く手を阻まれているルークは森に対して無茶苦茶な文句を言い放つ。

 森は貴族の庭ではないのだから整備されている訳がなく、それを聞いていたティアは心配そうにルークを見ていた。

 

「もう、本当に大丈夫かしら。あの調子じゃあ、チーグルが生息していると言われる森の奥には到底辿り着くことは出来ないわ」

 

 チーグルが生息しているのは基本的に森の奥だ。

 序盤のほうで文句を言っていては辿り着く事など出来る訳がない。

 しかし、ティアの不安をよそにルークは木々を薙ぎ払い突き進んで行く。

 あんなにも靴が汚れるやら言っていたのに、一体なにが彼をそこまで突き動かすのかティアには分からず、無意識にフレアの方を振り向くと、フレアは何やら地面に落ちている木の実などを眺めていた。

 ティアはその行動を不思議がり、フレアに問いかける。

 

「あの、何をされているのですか?」

 

 ティアの言葉にフレアは地面に落ちている木の実を拾い上げると、辺りを見回しながら呟いた。

 

「……妙だな」

 

「……?」

 

 フレアの呟きの意味を理解できず、ティアが首を傾げているとそれに気付いたフレアが手に持っている木の実をティアに見せた。

 

「この木の実はオールドラントならば何処にでも実る物だ。主に、草食系の魔物が好んで食べる物なのだが……普通に実っている。寧ろ、豊作だ」

 

 フレアの言葉を聞き、ティアも辺りを見回すと周りにはフレアの見せた木の実が沢山実っている木を始め、周りにはキノコや野草等も沢山生えていた。

 

「確かに豊作ですね。ですが、それが何か?」

 

「少なくとも、草食のチーグル達は食糧に困る筈はないと言うことだ。しかし、チーグル達は人里に下り、食料を盗んでいる」

 

 フレアの言葉を聞き、ティアは何かに気付いた様にハッとした。

 

「まさか、チーグル達の身に何か起こっているのでしょうか?」

 

「断言は出来ないが、その材料はまだある」

 

 フレアはそう言うと何かに気付き、とある雑草の茂みの下へ向かう。

 その後をティアも追い、フレアは歩きながら話を続けた。

 

「昨晩、宿屋の店主に話を聞いた。どうやら、盗まれた食糧の中には”干し肉”等の保存食も含まれていた様だ」

 

「干し肉? ですが、チーグル達は……」

 

 草食のチーグルが肉を食う事はない。

 雑食ならば話は別だが、チーグルは完全な草食の魔物。

 そのため、犬歯等は退化しており、肉などは全く食べないと言っても過言ではない。

 ティアはその事を言おうとするが、フレアは汚れなど気にせず茂みを払うと、払った場所にしゃがみ込み、そのある一点を見つめた。

 

「確かにチーグルは肉を食わない、が……」

 

 フレアがそこまで言った後、ティアは彼が何を見ているのか気になってその場所を覗き込むと、そこにあった物を見て我が目を疑った。

 

「こいつ等は食うだろう」

 

 フレアが示した場所にあったのは、明らかにチーグルとは思えない大きさの足跡であった。

 その数はとても多く、何度も同じ場所を踏んでいるものもあり数えきる事はできそうにない。

 だが、分かるのはこの足跡が出来て間もない事、そして少なくとも爪の後もある事から肉食の魔物の物であると言う事ぐらいだ。

 

「これはどう言う事なの……?」

 

「……今言えるのは、この森は危険かも知れないと言う事だ」

 

 明らかに通常で出来るとは思えない足跡の数。

 その数と迫力は進軍の足跡と呼べる物だ。

 チーグルの森と言う名に相応しくない足跡に、二人の警戒心が強くなった時だ。

 

 ズドォン──ー! 

 

 フレア達から少し離れた場所から鈍い爆発音の様な物が聞こえ、辺りにその振動が響いた。

 同時に、二人はある事実にも気づく。

 

「ルーク!?」

 

 気づけばいつの間にかルークの姿がなかった。

 二人は互いに顔を見合わせると、急いで音の発生源へと急いだ。

 二人とも動きは悪くなく、木々をノンストップで駆け抜けてゆき、目の前に巨大な倒れた大木を飛び越えた時だ。

 その前方に見覚えのある赤い髪の少年と、なにやら小柄な人物を見つけた。

 

「ルーク……と、あの方は」

 

「導師イオン!?」

 

 ルークと共にいた人物、それはローレライ教団の指導者である導師イオンその人であった。

 イオンは弱っているのか、ルークから肩を借りている状態であり、フレアとティアは急いで二人と合流を果たす。

 

「ルーク!」

 

「あっ! 兄上! ティア! 一体、どこに行ってたんだよ!?」

 

「それは此方の台詞よ。良いから状況を説明してちょうだい!」

 

 ティアの迫力に押され、ルークは渋々だが現状の説明を始めた。

 フレアとティアが探索していた時、ルークはそれに気付かずに突き進み続けていると魔物に囲まれているイオンを発見したとの事。

 そして、それを見たルークは助太刀しようとしたのだが、イオンの周りに光る陣の様な物が発生したと思いきや、彼を取り囲んでいた魔物達が消し飛んで現在に至るとルークは説明した。

 

「そんな……ご無事ですかイオン様!」

 

 顔色が悪く、ルークに肩を借りているイオンにティアは心配して声をかけた。

 すると、イオンはティアの言葉に反応して小さく頷いた。

 

「大丈夫です……少し、ダアト式譜術を使いすぎただけなので」

 

 ダアト式譜術。

 それは、ローレライ教団における最高クラスの譜術を指し、それは歴代の導師のみに継承されていると言われている。

 

(ダアト式譜術には大量の第七音素を消費すると聞く。レプリカ導師では荷が重いか……)

 

 フラついているイオンを見詰め、フレアは品定めするかの様な目で彼をジッと見ていた。

 すると、イオンはルーク達の姿に見覚えがあり、それを思い出した。

 

「あなた達は確か、昨日エンゲープで……」

 

「ああ、ルークだ」

 

「フレアと申します。導師イオン」

 

 自己紹介するルークとフレア、その二人の名前を聞いたイオンは頷いた。

 

「ルークにフレアですね。古代イスパニア語でルークは『聖なる焔の光』。フレアは『猛りの焔』と言う意味です。良い名前ですね」

 

「野蛮な名前でしょう」

 

 小さく笑いながら己の名前にそんな事を言うフレアだが、イオンは首を横へ振った。

 

「いえ、僕は逞しい名前だと思いますよ。フレア」

 

 イオンは純粋にフレアの名前を褒めた。

 すると、それから間もなくイオンは再び何かを思い出し、もう一度口を開く。

 

「思い出しました。その声は、昨日フードを被っていたのは貴方ですね」

 

「はい。昨日は、あの様な姿で失礼致しました」

 

 そう言ってフレアはイオンに頭下げたが、イオンは慌ててそれを制止させた。

 

「その様な事で頭を下げないで下さい。少なくとも、僕はその様な事は気にしません」

 

「……」

 

 フレアはイオンの言葉に何処か意外そうな表情をし、彼を見詰めた。

 そして、二人との挨拶を終えた事でイオンの意識は今度はティアへと向けられる。

 

「あの、あなたは? 見た所、神託の盾(オラクル)騎士団の方の様ですが」

 

「はい。私は大詠師モース旗下・情報部第一小隊所属、ティア・グランツ饗長でございます」

 

(グランツだと……!)

 

 ティアの長い自己紹介に反応したのはイオンではなく、その隣にいたフレアであった。

 フレアは己の感じた疑問を胸にしまい、僅かに目を細めてティアの出方を伺う様に意識を彼女へ集中させる。

 

「グランツ? ……ああ! あなたがヴァンの妹ですね。噂は僕の所にも届いてますよ」

 

 驚きと嬉しさの両方を表情に出しながらイオンはティアへ言うが、その直後にティアへ詰め寄る者がいた。

 言うまでもなく、それはルークだった。

 ルークはティアへ詰め寄ると、そのままの勢いで彼女の両肩を掴み、彼女へ問い詰めた。

 

「ハァッ!? お前、師匠の妹なのかよ! だったら、なんで師匠の命を狙う様な真似をするんだ!」

 

 不愛想な侵入者、しかも尊敬している師匠の命を狙っている女が実はその師匠の妹。

 その事実はルークには到底理解する事が出来ないもの。

 ヴァンの襲撃も感情に入っているが、ルークには何故、血の繋がった家族を殺そうとするのかが分からない。

 何にも染まっていないルークだからこその考えだが、状況が読めないイオンはルークの言葉に困惑していた。

 しかし、当のティアはそんなルークの問いかけに顔を逸らしてしまった。

 

「……ごめんなさい。それは言えない」

 

「なっ!? お前、俺と兄上は巻き込まれてんだぜ!? 事情ぐらい説明しろよ!」

 

 チーグルの一件で只でさえ腹が立っているルークに、ティアの態度は火に油を注ぐ形となってしまった。

 説明しないティアにルークが更に詰め寄るが、ティアは黙秘で応える。

 まるで自分が無視されている様にも感じてしまい、ルークの怒りがピークに達したまさにその時だ。

 

 ポフン! 

 

「……あん、なんだ?」

 

 何かが上から降って来て、それはそのままルークの頭に落ちた。

 木からでも落ちたのかも知れないが、少なくともそれは軽かったためルークに怪我はなかった。

 しかし、フレアやティア、イオンでさえも突然の事に固まってしまっていた。

 

「な、なんだよ皆。一体、何を見てんだよ!」

 

 誰も何も言わない事で恐怖を覚えてしまうルーク。

 そんなルークを可哀想に思えたのか、フレアが静かに口を開いた。

 

「……ルーク。静かにだ。静かに頭のモノに触れてみろ」

 

「……」

 

 自分だけが見れない恐怖に胸に抱くルークだが、このまま終わるのは負けた気がして納得できない。

 ルークは意を決して右手を頭の物体に伸ばし、少しずつ近づけた行った。

 そして、その距離はあと少しと言う所まで来ていたのだが……。

 

 ひょい──-! 

 

「……」

 

 何かが頭の上を動き、自分の手を避けた事実にルークは黙ってしまう。

 動いたと言う事は生き物だろうが、噛み付きもしなければ引っ掻く事もしない。

 ルークは少し積極的に攻めようと、今度は左手を素早く頭へ伸ばした。

 

 ひょい──-! 

 

「……」

 

 またも躱されてしまった。

 まるで好き勝手されている様でイラついてきたルークは、両手を頭に伸ばした。

 しかし、これはルークが仕掛けたフェイントだった。

 ルークは頭の物体が避けようと動いたタイミングを見計らい、頭を思いっきり前に振ると、その勢いで頭の物体が落ちてしまいそうになる。

 しかし、物体も必死の様で最後にルークの髪の毛を掴んだ事で、ルークの顔に張り付く形で落下してルークと物体は対面した。

 そして……。

 

『ミュッ?』

 

 フワフワした毛触りが顔に触れる中、ルークは大きな二つの目と対面する。

 

「うおぉッ!!?」

 

 突然の事でルークは思わずそれを払ってしまい、ルークに払われた黄色い物体は地面に綺麗に着地したものの、鳴き声をあげながら逃げだした。

 

『ミュウ~!』

 

「あ! チーグルが逃げてしまいます!」

 

「ハァッ!? あんなミュウミュウ言ってるブタザルみたいなのがチーグルなのかよ!」

 

 小さくミュウミュウ言っているの納得できるが、何故にブタザルなのかは誰にも分からなかった。

 しかし、そんな事はどうでも良いとばかりにルークはすぐに逃げたチーグルを追いかける。

 

「あの野郎! 盗人の罪だけじゃなく、俺の頭に乗っかりやがって! とっ捕まえてやる!」

 

「あ! チーグルに乱暴しないで下さい!」

 

 今にも乱暴しそうなルークをイオンが止めるが、既にルークは皆よりも突き進んで行ってしまっており、イオンの言葉は耳にすら入っていない。

 

「ちょっ! ルーク!?」

 

 ティアとイオンは慌てて、ルークの後を追って行く。

 一瞬、フレアが冷たい瞳をして何かを考えていた事に気付かずに……。

 

 

 ▼▼▼

 

 結果から言えば、チーグルには逃げられたがルークはすぐに見つかった。

 地面に散りばめられているリンゴの上でルークは倒れていたのだ。

 

「ルーク。大丈夫か?」

 

 フレアが心配し弟に駆け寄ると、ルークは不満そうな顔をしながらもすぐに立ち上がった。

 

「ああ兄上、俺は大丈夫だけど……って~! 何かに躓いちまった」

 

 おそらく、ルークが躓いたのは地面のリンゴだろう。

 立ち上がって不満そうにリンゴを睨むルークだが、そんなルークの言葉を聞いていたイオンが何かに気付いてリンゴを一個拾い上げた。

 

「これは……エンゲープの焼印ですね」

 

「となると、やはりエンゲープから食料を奪ったのはチーグルになりますね」

 

 焼印が入ったリンゴが森の奥にある筈もなく、イオンの言葉にティアが頷いた。

 これでチーグルが食料泥棒なのは間違いなくなったが、問題はそのチーグル達が何処にいるかと言う事だ。

 残念ながらルークが追いかけていたチーグルの姿は既にない。

 また探索から始めまるのかと思い、ルークが怠そうな溜息を吐いていた時だった。

 フレアがキョロキョロと辺り見回していると、何かを見つけたらしく、その一点を見詰めながら指をさした。

 

「見つけたぞ。おそらく、あの大樹だ」

 

「大樹……?」

 

 フレアが示した場所をルークも遠目に見ると、そこには明らかに森の他の木とは違う雰囲気を纏った巨大な大樹が君臨していた。

 その大きさは少なくとも下手な城よりも高く、大の大人が百人いても囲む事が出来ない程に横にも大きいものだった。

 

「確かにスゲェけど。兄上、あの大樹がどうかし……ん?」

 

 大樹を隅々まで見ていたルークは、その大樹の根元を見ている時に不自然な穴がある事に気付いた。

 

「なんだあれ? 根元に変な穴があるぞ?」

 

「チーグル達は木の幹を住処にしていますから、あそこが彼等の巣なのでしょう」

 

 イオンの言葉を聞き、ルークは納得した様にへぇ~と呟いた。

 それならばこんな所にリンゴが散らばっているのも納得できる。

 

「よっしゃあ! そうと分かればとっとと行こうぜ。ブタザルを全部生け捕りにしてやる!」

 

 巣の場所が分かり、今こそ殴り込みに行くのみと言わんばかりに気合を入れるルーク。

 そんなルークを見て、もう何を言っても無駄なのだと思いティアは呆れ、イオンは苦笑しているがルークは突然振り返り、イオンの方を見て行った。

 

「あ、そうそう。おい、イオン。お前、ちゃんと俺の後ろに付いて来いよ? また倒れたら大変だからな」

 

「なっ! ちょっとルーク! あなた、イオン様を連れて行く気なの? ここは危険かも知れないのよ!」

 

 顔色が悪いイオンを、これ以上連れ歩くのは危険と思ったティアがルークの言葉に反論した。

 導師イオンの身に万が一が起こってはならないのだ。

 だが、そんなティアの考えなどルークに察せる訳もなく、ルークは不満そうな表情をして更に反論した。

 

「こんな顔色が悪い奴を一人で帰す訳にもいかねえだろ。それに、仕方ねえだろ? ここで帰したら絶対に一人で来るぜコイツ。途中でさっきみたいな術を使って倒れられても困るしよ。だったら、俺達が守ってやれば安心できんだろ」

 

 相変わらず口は悪いが、少なくともルークがイオンを心配している事は伝わってくる。

 誤解されがちだが、ルークは基本的に優しい少年だ。

 使用人がミスをしクビになると泣いている時に庇った事もあれば、親が病気になって帰郷したいが仕事が忙しく帰れない使用人を見つけてファブレ公爵に頼んだ事もある。

 基本的に困っている人を無視できないのだ。

 そんなルークの優しさが伝えわったらしく、イオンは嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「守って下さるんですか! ルーク殿は優しい方なのですね!」

 

「ブフォッ! な、なに言ってんだ! 俺は別に優しくねえよ! た、ただ、あまりにもひ弱そうだから俺がわざわざ守ってやろうっと言ってるだけで……!」

 

 ストレートに言われた事があまりにも照れくさかったらしく、ルークは顔を真っ赤に染め上げながら強い口調で言い放つ。

 しかし、誰がどう見ても分かる照れ隠しのため、イオンは気にせずに笑顔を浮かべ、あまりの事にフレアとティアですら笑みを浮かべていた。

 その事で更にルークが文句を言うが皆の態度が変わる事はなく、少しルークの事を理解出来た様で嬉しかったのかティアは優しい笑みを浮かべていた。

 

 ▼▼▼

 

 その後、フレア達はチーグルの巣へと侵入した。

 入口もそうだったが中も意外に広く、薄暗い事を除けばそんなに不便ではない。

 そんな巣の中をフレアが先頭に立ち、その後ろをルークとティアがイオンを挟む形で付いてきている。

 しかし、チーグルが草食とはいえ、森に不穏な空気が流れている事もあって緊張しているのか全員の口数は少ない。

 足音と風の流れる音だけが聞こえる中、降りる様に進んで行くフレア達。

 そんな時、イオンが何か思い出した様に口を開いた。

 

「そう言えば、フレアは魔物について詳しいのですか? 先程もすぐにこの巣を探していた様ですし」

 

(……確かに、森の入口でも木の実とかに詳しかったわね)

 

 イオンの言葉にティアも心の中で頷いた。

 あの木の実がオールドラントに生えている事だけならば良いが、それを草食の魔物達が好んで食べる事などは最低でも魔物についての知識を齧ってなければ分からない。

 足跡を見つけた時もその場所を見つける等、明らかに魔物ついて理解をしている。

 イオンは純粋な興味だが、ティアは純粋な疑問であった。

 そして、そんなイオンからフレアへの問いだったが、それに答えたのは以外にもルークであった。

 

「ああ、兄上は魔物について詳しいんだ。なんか、近頃は魔物の被害が増えてるから、その根本な問題を解決する為に勉強してるって俺に教えてくれたぜ」

 

「魔物の被害が? 本当なんですかフレア?」

 

 兄の事になり自慢げに話すルークと、その話を聞いたイオンはフレアへ再度問いかける。

 すると、今度はフレアが頷いてそれに答えた。

 

「あくまで私が調べられる範囲ですが、ここ数年に渡り魔物からの被害が増えております。農作物を始め、勿論人的被害も……」

 

 畑を魔物に襲われた、旅の最中に魔物からの襲撃にあった等の報告があげられる。

 そう言う問題は基本的には現地で処理するのだが、場合によっては国王が現地に兵を派遣し討伐させる事もある。

 しかし、討伐しても被害は減らず、場合によっては兵が返り討ちにあったなどの事態も起こり、最早、魔物の問題は無視できるものではなくなっている。

 

「兄上も大変だよな。……ハァ、魔物なんかいなければ、兄上だってもっと俺の剣の相手してくれるのに」

 

 フレアが多忙な日々を送っている事をルークも知っているが、それでも兄の外での話や剣の相手をして貰いたい。

 魔物がいなければ兄が自分への事件を割いてくれるだろうと思って言ったのだろう。

 そして、当のフレアはそんな弟の言葉を聞いて笑みを浮かべていた。

 

「確かに、このところ多忙だったからな。お前の相手をしてやれなかった。……そうだ、ルーク。ここで一つ質問しよう」

 

「質問?」

 

 両手を頭の後ろに回し、暇そうに聞いていたルークにフレアは頷くと内容を説明した。

 

「今のオールドラントで最も被害が多いのは、人が起こした事件と魔物が起こした事件、どちらが多いと思う?」

 

「え? 被害が多い方?」

 

 ルークはそう言って足を止めて考え込んだ。

 ティアとイオンもフレアの答えが気になるらしく何も言わないが、同じように足を止めている。

 そして、数秒後のことだ。

 ルークは自分の考えをフレアへ伝えた。

 

「魔物の事件の方が多いんじゃね? さっき、兄上だって魔物の被害が増えたって言ってたし」

 

「確かに、魔物の事件が増えているのは事実だ。だが残念ながら、答えは人が起こした事件の方が多いが正解だ。……俺が調べたモノだけでも比率は6:4の割合で人が起こした事件が多い」

 

「そうな──ー」

 

「えッ! そうなの!?」

 

 予想外だったらしく、驚きの声を出そうとしたイオンの声よりも更に驚いた声をティアはあげてしまった。

 あまりの声に全員が思わずティアの方を向いてしまうが、ティアもティアで恥ずかしかったらしく顔を赤くして逸らしてしまう。

 

「なんだよ、お前。そんな顔も出来んのか?」

 

「べ、別にどうでも良いでしょう……」

 

 ルークは褒めた意味で言ったのだが口が悪い事が災いし、ティアには嫌味にしか聞こえず更に顔を逸らしてしまった。

 自分が褒めたのに相手はそんな態度、ルークは面白くなかった。

 

「なんだよ、こっちは褒めたてやったのにその態度は! 感情無いんじゃねえのか?」

 

「なッ! 先に言ったのはそっちじゃない! あれのどこが褒めているのよ!」

 

 ああだこうだ、ああだこうだとイオンを挟んで口喧嘩を始めてしまうルークとティア。

 挟まれたイオンもあたふたするが、苦笑しながらフレアへ先程の話の続きを聞いた。

 

「あの、フレア。先程の話なんですが、人の事件の方が何故、そんなに多いのですか?」

 

「人の事件の方は窃盗などを含めたのも原因でしょう。ですが、それでも死者が出た事件は実を言うと人が起こした方が多いのです。盗賊などが最たる例ですが、世界の情勢に不穏になるとそう言う輩が増えます」

 

 フレア達が間違われた漆黒の翼を始め、人の事件の起こしたモノの大半を占めているのは盗賊などだ。

 窃盗を始め、最悪、金目の物だけを奪って殺害等をするものも少なくはない。

 そんな被害があれば、勿論、兵も派遣されるが殺人までした盗賊達は基本的に抗って兵と衝突する。

 その結果は言うまでもなく、盗賊たちが負けて全員が死亡すると言うのが殆どだ。

 

「やはり、そういう者達が原因なのですか。ダアトでも教団の名を借りてお金を騙し取る者達がいると聞きます。……僕がしっかりしていれば良いのですが、情けない話です」

 

「そんな……イオン様のせいでは!」

 

 ティアはイオンのせいではないと否定するが、イオン本人は自分の立場を思ってティアのその言葉に首を横に振ってしまう。

 只でさえ、現在は大詠師派との派閥争いが行われている。

 それも自分の力不足が招いたのだとイオンは思っているのかも知れない。

 

「……ところで、兄上。魔物が原因の被害ってどういうのなんですか?」

 

「よくあるのが農作物を荒らされたり、知らずに縄張りに入ってしまった事で襲われるなどが大半だ。だが、中には人間の子供が幼い魔物に悪戯で石を投げ、その事で親に襲われたなどもある」

 

 後者の様な問題の場合、その子供の親は自分側の非を隠す事が多い。

 その癖に被害を伝える時は大げさに伝えるため、なんだかんだ兵が討伐に派遣される。

 これはフレアの体験談であり、討伐後に街を出た後に再び同じことをして命を落とした者もいる。

 

「全ての事件でそうなっている訳でないが、人が招いたのが原因のも少なくはない。非難されるのを恐れ、それを隠される事でまた事件が起こる。これでは根本的な解決などはできる筈もない」

 

 実際に経験しているからか、そう言うフレアの表情は僅かに暗くなっていた。

 そういう事のせいで根本的に解決が出来ず、フレアは魔物について学んでいるのだ。

 少しでも魔物を理解し、要らぬ被害を招かない様に。

 そして、そんな話を聞いていたルークが考えながら話し出した。

 

「なんかそう思うと、魔物の方が気の毒に感じんな。なんだかんだ人間の方が自業自得だって事だろ?」

 

「けれど、実際にそうじゃなくても魔物の被害はあるわ。それに、たとえ人間側に非があろうがなかろうが危険と判断したらどんな魔物も倒すべきよ」

 

 人間側にも非がある事を言うルークだったが、ティアはそれを踏まえても何か起きてからじゃ遅く、危険と判断したらどんな魔物も倒すべきだと主張した。

 しかし、そんなティアの言葉をルークは非情と受け取ってしまう。

 

「なんだよそれ。それが子供でも危険だったら殺すのかよ? 本当は危険じゃなかったらどうすんだ! 可哀想だろ!」

 

「甘いわね。そんな事を思って戸惑ってる間にこっちが殺されるかも知れないのよ。それに万が一子供でも、親を此方が殺していたら倒すべきね。生き残って人間に復讐するかも知れない……」

 

 ルークはルークで魔物の気持ちになって言うが、ティアもティアで正論のため否定はできない。

 また、この時フレアは静観する事を決めていた。

 まさかこうなるとは思っていなかったが議論する事は良い事であり、自分やヴァンにはすぐに頷くルークにとっては良い経験になると思っているからだ。

 だが、ルークからすればティアが何とも思わずに命を奪うと言っている様にしか思えず、ティアを軽く睨み付けた。

 

「この、冷血女」

 

「……なんて言おうが勝手だけど、忘れないで。タタル渓谷であなたも魔物を倒している事に」

 

「……ッ!」

 

 痛い反撃を喰らってしまい思わずルークは顔を背けてしまった。

 良かれと思って言った事がそのまま自分に帰ってきてしまったからだ。

 

「お、俺だって……好きでやった訳じゃない。あっちが襲って来たから……」

 

「別にあなたを非難する気はないわ。あれは正しい行動だったもの。……けれど、わすれないで。此方がどう思うが、魔物側が問答無用に襲ってくる事もあるって事に」

 

 ティアはそう言うとルークは何も言わなくなった。

 同時にティアもルークが軟禁生活をしていた事を思い出し、少し言い過ぎたと思ったがルークは既に前を向いており、話し掛けずらかった事もあって何も言わなかった。

 そして、話が途切れた事でフレアは再び足を進め、それにルーク達も続いて行くのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、チーグルの森【チーグルの巣】

 

 フレア達が進んで行くと、やがて大きな空間に出た。

 そこは天上も広く、日も空間の隙間から差している。

 フレア達は不思議そうな気分で辺りを見回していると、その空間の中央には言うまでもなく沢山のチーグル達がフレア達を見て鳴いていた。

 

『ミュウミュウ!』

 

『ミュミュウ!』

 

 明らかに威嚇の鳴き声なのは分かるのだが、所詮は手のひらサイズのチーグル。

 何匹いようが怖くはなく、寧ろ微笑ましい姿だ。

 しかし、そんな事を続けている姿に苛立つ者が一人、ルークはうざい様に群がるチーグル達に怒りを露わにした。

 

「だあ! うぜえんだよ! なにが、ミュウミュウ……だ! おらぁ! 適当に一匹捕まえてエンゲープの連中に突き出してやる!」

 

「ああ! ルーク、ちょっと待って下さい!?」

 

 今にも飛び掛かりそうなルークをイオンが慌てて止めに入るのだが、本来ならティアが止めに入りそうなのだが当のティアはチーグルの群れの中でしゃがみ込み、幸せそうに和んでいた。

 

「か、かわいい……」

 

 日頃のクールな表情は何処へやら、今のティアは幸せによって表情がだらけきっていた。

 しかも、彼女の表情には書いていた。

 もう、いつ死んでも良いと……。

 怒るルーク、それを止めるイオン、骨抜きにされたティア。

 そんな混沌としたメンバー達をフレアが一人眺めていた時だ。

 

(……ん?)

 

 気付けば、チーグル達が自分の傍にも来ている事にフレアは気付いた。

 相変わらず怒った顔でミュウミュウ鳴いているチーグル達。

 威嚇しているのは分かるが、意識してもやはり微笑ましい光景にしか見えない。

 そんな光景にフレアは少し悪戯心が沸き、チーグル達の前に一歩足を前に出した。

 

『ミュッ!?』

 

 一斉に動きを止めるチーグル達。

 そんな中でフレアがまた一歩近付いた時だった。

 

『ミュ、ミュウゥ~!!』

 

 一斉にフレアから逃げ出すチーグル達。

 やはり、威嚇したとて草食のチーグル達だった。

 

(可愛いものだ……)

 

 先程まで威嚇していたが、すぐに一斉に逃げ出してしまうチーグル達にフレアが微笑んでいた時だった。

 チーグルの群れの真ん中から声がフレア達へ掛けられた。

 

「お主ら……その服の模様はダアトのものか? すると、ユリアの縁者か?」

 

 よわよわしい年老いた声の発生源の方をフレア達は一斉に向くと、そこにはよぼよぼとしているが明らかに周りのチーグル達とは雰囲気が違う一匹のチーグルがいた。

 そのチーグルは金色に光るリングを杖に様に持ち、フレア達を見詰めている。

 

「僕はローレライ教団の導師イオンです。そのソーサラーリング……あなたは、チーグル族の長ですね?」

 

「いかにも。ワシがこのチーグル達の長じゃ。そして、このソーサラーリングはユリアとの契約に与えられた物じゃ」

 

 ソーサラーリングは特殊な力を持つリングであり、ユリアとの契約によってチーグル達に与えられたものだ。

 本来ならば、人語が話せないチーグルが人語を離せるのはこのリングの力あっての事だ。

 しかし、そんな事はルークにはどうでも良い事であり、ルークは長に詰め寄った。

 

「おい! お前らエンゲープで食料奪ったろ! それで俺がどんな目に遭ったか!」

 

「ルーク! 話がズレてるし、それはあなたの自業自得でしょ!」

 

 またも揉めはじめるルークとティア。

 イオンが止めに入ろうとするが、どうせすぐに収まる事を知っているフレアがそれを止める。

 

「……なるほど、それでワシらを退治しに来たか」

 

 ルークの様子からそう察したらしく、チーグルの長はフレアとイオンへそう言った。

 しかし、その様子は至って冷静である事から遅かれ早かれ覚悟をしていたのがフレア達に伝わった。

 だが、確かに被害があるが目的は対峙ではないため、フレアが首を横に振りながら長へ話し掛ける。

 

「いや、我々は確かに食料が盗まれた一件で来ましたが目的は退治ではない。森は豊かで食料に困らない筈にも関わらず、あなた方は食料を盗んだ。基本的に食べない干し肉等も一緒に……」

 

「……」

 

 フレアの問いに長は黙ってしまうが、その表情は明らかに何かを隠している顔だ。

 しかし、フレアが攻撃を緩める事はしなかった。

 厳しい瞳で長を見詰め続けるフレア。

 それが少し続いて行くと、長は根負けしたのか頭を下に向けてしまった。

 

「隠し通せぬな……実は……」

 

 長はゆっくりと事の経緯をフレア達へ教えた。

 全ての始まりは一匹のチーグルが北の森で火事を起こしたのが始まりであり、北の森を全焼させてしまった事だった。

 そのチーグルは仲間達から怒られたが、その代償は思ってもみないものであった。

 北の一帯を住処にしていた肉食で凶暴な魔物の代名詞『ライガ』が、住処を失った事でこの森に移り住んだ。

 しかも、ライガ達は火事の原因をチーグルだと既に知っていたらしく、チーグル達を餌にするのが目的して大移動して来たとの事。

 

「餌にされぬよう、食料を提供する事で何とか勘弁してもらっているが……我等の用意する餌ではライガ達は満足できなかった」

 

「それでエンゲープの食料庫から奪ったのね……」

 

 ティアの言葉に長は力なく頷いた。

 

「食料がなければ、我等の仲間がさらわれて喰われてしまう」

 

「……なんて酷い事を」

 

 チーグル達に同情するイオン。

 しかし、同じく話を聞いていたルークはそんなイオンの言葉を笑い飛ばした。

 

「ハッ! 家を焼かれたなら誰だって怒るだろ? こいつらの自業自得じゃねえか。弱いもんは喰われる、自然の摂理だっつうの」

 

「ですが、それは純粋な食物連鎖とは言えませんよ」

 

 ルークの言葉にイオンが更に反論する。

 純粋な弱肉強食とは言えない今回の一件に、イオンはライガを何とかしようと思っている様だった。

 だが……。

 

「ライガ側もそう思っているだろう……突然に住処を焼き討ちされる。それも純粋な自然の摂理とは言えん」

 

「えっ……?」

 

 フレアがイオンの言葉に意を唱え、イオン達がフレアの方を向くのだが、フレアは何か考え事をしているらしく下を見ながら黙っており、イオン達が自分を見ている事にも気付いていなかった。

 どうやら、先程のイオンの言葉が考え事中に耳に届き、無意識に反応してしまってらしい。

 それにルーク達も気付くと、一旦フレアは置いとくとしたティアがルークへ今後の方針を聞いた。

 

「ルーク。これからどうするつもり?」

 

「ああ? ……なんか、もうどうでも良くなった。帰って宿で休んで、明日にでもカイツールに行こうぜ」

 

 チーグル達が遅かれ早かれライガに罰せられると思った事で熱が冷めたらしく、ルークは欠伸をして今にも帰りそうな勢いであった。

 そんなルークをイオンが慌てて止めに入る。

 

「ま、待って下さい! このままではエンゲープの村にも被害が出てしまいます!」

 

「あんな村どうでも良いし。それにあそこは食料の町って言われてんだろ? 事情を話してチーグル達に食料を渡せば良いじゃねえかよ」

 

「エンゲープの食料は世界中に出荷されてるのよ。そんな事したら、どっちにしろ食料の流通に影響がでるわ」

 

「ああ!? じゃあ、どうすんだよ! 俺の考えばっか否定しやがって、もうお前等で決めてくれよ」

 

 もう、とっとと帰って休みたいルークは自分の案が否定された事でイオンとティアに丸投げする事を決め込んだ。

 怒りは収まり、兄の前で良い所を見せられず、もうルークにとってここにいる意味はないのだ。

 

「……ライガに、この森から立ち去る様に交渉してみましょう」

 

「チーグルの誰かに訳してもらえれば何とかなるかも知れませんね」

 

 イオンとティアはライガとの交渉を提案した。

 ソーサラーリングを使えばチーグルにライガの通訳をしてもらえる。

 二人はそう思い、イオンはその事を長に伝えると長は頷いた。

 

「分かった。ならば、交渉に同行するモノを呼ぼう」

 

 長はそう言うと、同行するチーグルを呼ぶために群れの中へ入って行く。

 これで方針は決まり、イオンが一息ついた時だった。

 

「お待ちください、導師イオン」

 

 考え事をして黙っていたフレアがここに来て口を開き、イオンへこう言った。

 

「交渉は俺も賛成ですが、交渉材料はどうするおつもりですか」

 

「交渉材料……ですか?」

 

 オウム返しの様に聞き返すイオンに、フレアは頷いた。

 

「今回の一件、エンゲープの事はライガが原因ですが、更にその根本的な問題はチーグルが起こしてしまったのは事実。只でさえ卵が孵化するであろうこの時期で警戒心が高まっている中、ただ立ち去れなどとクイーンが聞く筈もない」

 

(ふ、孵化? クイーン?)

 

 突然に分からない事を次々と言いだすフレアに、ルークは首を傾げてしまっているが、フレアの言葉の中に聞き捨てならない言葉がある事にティアが気付いた。

 

「ちょっ! ちょっと待って下さい! 卵が孵化するって……!」

 

「多少のズレはあるだろうが、基本的に卵が孵化するのは今の時期の筈だ」

 

 平然と言い張るフレアの言葉を聞き、ティアは信じられないと言った感じに額に手を当てるとイオンの方を向いた。

 

「イオン様。交渉は止めに致しましょう。卵が孵化するとなれば交渉以前の問題です」

 

「なに言ってんだよ。なんで孵化するなら交渉を止めるんだ? それに兄上の言っているクイーンってのもなんなんだよ?」

 

 自分で言っときながら交渉を中断すると言うティアにルークは不機嫌そうに詰め寄った。

 先程からどうも自分だけが取り残されている気がし、帰れそうで帰れないなどが原因でルークは気に入らなかったのだ。

 そして、フレアとティアはそんなルークに説明するために口を開く。

 

「ライガの群れは雌が中心となる女王社会だ。そして、その群れの中心となっている女王を『ライガ・クイーン』と呼ぶ。クイーンは強く、成獣のライガの数倍の強さは持っている」

 

「そして、そのライガの子供は人間を好むの。だから繁殖期前には人の住む周辺のライガは狩り尽くすのが常識なのよ。……こうなってしまえば、もう交渉するよりも卵ごと倒すしかないわね」

 

 周辺にいる繁殖前のライガは全て狩り尽くす。

 これは世界的に見ても常識なものだ。

 子供が産まれれば、その子供の餌として町や村をライガは襲うとされており、それは身の安全を守るものとされた行為だ。

 しかし、世界的に常識とは言えルークには頷けるものではなかった。

 

「おい! 無抵抗どころか産まれてもいないやつを殺すのかよ!? 可哀想だろ!」

 

「あなた、まだ分かってないのね。それだけライガは危険なのよ。退治しないと、被害が広がるだけだわ」

 

 ライガは犬や猫とは違う。

 肉食、凶暴、人が恐れる要素を持って襲ってくる。

 ティアはルークのそんな言葉をただ甘いだけと判断したために否定するのだ。

 

「だったらなんでチーグルを贔屓すんだよ! 同じ魔物なんだろ!?」

 

「危険度の問題よ。チーグルとライガ、どちらが危険かは子供でも分かるわ。……気持ちは分かるけど、被害を出させないためには卵ごと退治するしかないのよ」

 

 そう言ってルークを説得するティアだったが、気持ちは分かる等の言い方は聞き飽きており、ルークの心には届いていなかった。

 ルークは自業自得なら何も言わないが、何の罪もないモノに手を出すと言う行為が嫌なのだ。

 産まれてもなく、手すら出せないのに命を奪う……卑怯な真似としか思えない。

 ルークは納得できないと言った表情でティアを睨むが、ティアもこれは譲れず、ルークの睨みを受け止めた時だ。

 フレアが二人の間に入る。

 

「落ち着け二人とも。ルークも、まずは落ち着くんだ。ティアの言う通り、ライガの危険性は高い」

 

「だ、だからって、兄上は何の罪もない卵を壊せるのか!?」

 

 フレアは自分の肩を持つと思っていたルークにとって、兄の言葉は予想外であった。

 逆にティアは自分と同意見だと思い安心するが、フレアは今度はティアの方を向いた。

 

「そうは言っていない。ティアの言葉にも問題はある」

 

「えっ!?」

 

 自分の言葉に問題があるとは思っていなかったティアはフレアの言葉に驚き、フレアはティアへ頷いた。

 

「俺は魔物の事を調べている。勿論、ライガの事もだ。……それで俺はライガの被害の多い村や街を調べたが、その村や街には共通点が存在していたんだ。それは、その村や町は嘗てライガ達を駆除した事があるってことだ」

 

「ライガを駆除ですか? ……ですがフレア。そう聞くとまるでライガの報復の様に聞こえます」

 

 イオンの言葉にフレアはその通りと言う様に頷いた。

 

「俺はそう思っています、導師イオン。そして、俺は一つの仮説を考えました。ライガが村や街を襲ったのは報復行為であり、その報復によって手に入れた”人”と言う戦利品を巣に持ち帰り、幼い子供に食べさせた。すると、その味を覚えたライガはやがて成長し、また人を襲う。……俺はそれがライガの子供が人を好むと言う風潮を生み出したと思っています」

 

「そ、そうだぜ! 味を覚えたならそうなっても仕方ねえ! さすが兄上だ!」

 

 弟としてフレアの言葉に賛成するルークだが、ティアは納得できなかった。

 

「そんなの憶測です。たとえがそれが真実だったとしても、ライガが人を襲うのは間違いありません」

 

「確かに危険な魔物だ。……だが、駆除した所ばかりにライガの被害が集中しているのも事実。それでは根本的には解決はできない。今回の様なライガ側に非が無ければ尚更だ」

 

 それはライガだけに言えた事ではないが、フレアは無暗に魔物を駆除するのには納得していない。

 勿論、襲われればフレアも身を守るために戦い、害獣となるものも倒す。

 しかし、魔物の中には人にとっては毒である野草を食べたり、水を綺麗にしたりするものも存在する。

 全ての魔物を危険と判断してはいけないのだ。

 人もまた、魔物によって助けられている事を忘れてはいけない。

 

「なあ、イオン? お前はどっちの意見に賛成なんだよ」

 

 ルークが考えていたイオンへ問いかけた。

 三人が話していた間の時間があれば多少は答えが出ている筈だ。

 そして、ルークの言葉にイオンは頷いた。

 

「確かにティアの意見は間違いではありません。ですが、ルークとフレアの考えも分かります。僕も本当ならば争いは避けたい。……ですから、僕は交渉する事にします」

 

「よっしゃあ!」

 

 まずは問答無用で卵を壊さなくて良いと分かり、ルークはガッツポーズをする。

 フレアも頷いて賛同し、ティアもイオンの言葉に反論はこれ以上できなかった。

 

「イオン様が仰るなら私に言える事はないけど、交渉材料はどうするつもりなんですか?」

 

「新たな住処の提供……それしかあるまい」

 

 腕を組みながらフレアは皆へそう言った。

 餌などの事は根本的な解決にはならないため、これしか倒す以外の答えはない。

 しかし、問題はそんな都合よく新たな住処が見つかるかと言う事だ。

 四人は口には出さないが、それしか手が無いと言う事も分かっており考えていた時だ。

 同行者を連れ、長が四人の下へと戻って来たのだ。

 

「うむ。遅くなったが……同行者を連れてきたぞ」

 

「そんな事より……おい、何処かに土地はないのかよ? それを交渉材料にするんだ」

 

 長の言葉を飛ばし、ルークは長へそう言い放った。

 長も最初はルークの言葉に理解が遅れたが、顔をイオンへ向け、イオンがそれに頷くと静かに長も頷いて状況を察した様だ。

 しかし、たとえチーグルでも知っているかは怪しい。

 既にそんな土地があったらライガと交渉しているであろうからだ。

 

「うむ。それならば、良い森がある。あそこならば、そんなに周りにも自然にも影響は少ない筈だ」

 

「やっぱり、そう簡単には……って、あるの?」

 

 長の言葉にティアは思わず聞き返してしまった。

 まさか、こんな簡単に言われるとは思ってもみなかったからだ。

 

「そんな森があんなら、なんでライガに言わなかったんだよ。教えれば、エンゲープの食料を奪わずに済んでんだろ?」

 

「ライガが提示したのは食料じゃったからな。土地の事は一切触れられていなかった」

 

 つまりは、聞かれなかったから教えていなかった様だ。

 そんな長の言葉に言ったルークも思わず言葉を失っていた。

 

「それでは、この子に場所を教えてやらねばな」

 

「この子?」

 

 フレアが呟き、長がそれに頷くと、その後ろから一匹のチーグルが出てきた。

 まだ子供なのだろう、長と比べてもそのチーグルは一回り小さかった。

 

「この子が火事を起こしてしまった同胞でな。それではミュウよ、同行役は任せたぞ」

 

 長はそう言うと持っていたソーサラーリングをミュウと呼んだチーグルに渡すと、ミュウは頷いてソーサラーリングを受け取った。

 しかし、サイズ的に持てないらしく、ソーサラーリングをお腹に填めてようやくルーク達の下へとやって来た。

 

「ぼく、ミュウと言うですの! よろしくお願いするですの!」

 

 高く幼い声を発しながらルーク達に挨拶をするミュウ。

 しかし、その声や喋り方、小さい事が災いしてルークは我慢ならなかった。

 

「うざッ!?」

 

 最早、無意識に叫んでしまう程に我慢ならなかったルーク。

 そんな突然のルークの叫びにミュウもまた驚いてしまう。

 

「ミュッ!? ごめんなさいですの! ごめんなさいですの!」

 

「だあぁぁぁぁ!? うざいんだよ!」

 

 喋り方が火に油を注ぐ形となり、またしても叫ぶルークをフレアとティアがどうどうと、馬の様に落ち着かせる。

 それを苦笑しながら見ていたイオンは、静かにミュウに近付くと自分の手のひらに乗せた。

 

「それでは、ミュウ。お願いしますね」

 

「はいですの! 任せて下さいですの!」

 

 イオンの言葉に自信満々に頷くミュウ。

 その様子にまたルークがイラついてしまうが、ティアがそれを止めながら三人と一匹は静かにチーグルの巣を出て行く。

 だが、フレアだけは一人その場で足を止め、イオンの後姿を見つめていた。

 その表情は文字通り感情がなく、先程までとは考えられない程に冷たく見える。

 

「……やはり、所詮はレプリカか」

 

 そんなフレアの呟きは隙間風やチーグルの鳴き声に掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。

 そして、フレアもルーク達の後を追う様に巣を後にするのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 ルーク達はチーグルの巣よりも更に奥へと進んで行く。

 ミュウの案内の下にライガ達の巣を目指すが、日の光も少なくなって行き、周りはジメジメと薄暗くなって嫌な気配が四人と一匹を襲っていた。

 周りの木々には獣の爪痕が刻まれており、周りからは獣の喉を鳴らす音が耳に入ってしまう。

 おそらく、監視役のライガル達が見張っているのだろうが、チーグルがいる事で食料の話だと思って近付かないのかも知れない。

 敵意と殺気は放たれているため、油断は出来ないのは変わりないのだが。

 そして、暫く進んで行くと巨大な岩や木々に囲まれた穴の前に辿り着いた。

 

「こ、ここがライガさん達のお家ですの……」

 

 巣の前とはいえ、恐怖でミュウは震えていた。

 穴から流れてくる風の音が獣の声に聞こえなくもないが、実際に穴からは威圧感が感じられる。

 クイーンはここにいる、そうフレアも直感的に感じ取り、三人の方を向いた。

 

「では、俺が先頭を進みますので、その後ろをルーク、イオン様、ティアとします。……頼むぞ」

 

「はい」

 

 フレアからの目線に応え、ティアも頷いた。

 万が一が起これば、冷静に動けるのは三人の中ではおそらくティアだけだろう。

 ティアもその意図を読み取っており、それに頷いたのだ。

 

「大丈夫だろ。兄上は凄いんだって。クイーンだかなんだか分かんねえけど、兄上が交渉してくれれば速攻解決だっつうの」

 

 フレアにヴァンと同じぐらい信頼しているルークにとっては、フレアがいる時点で安全圏にいる様に思えてしまっている。

 兄上がいればなんとかなる、そんな考えがルークの中に存在しているのだ。

 だが、フレアはルークのそんな言葉に真剣な表情をして言った。

 

「そんなに甘くはない。確かに、交渉で解決できる事を望んでいるが、クイーンが凶暴なのは間違いない。交渉が決裂し、ライガが襲って来た時のために覚悟は決めとくんだ」

 

「大丈夫だって! 俺、兄上を信じてるからよ!」

 

 ルークは満面の笑みでフレアへそう返した。

 真剣な事を言ったつもりだったが、ルークのそんなまさかの返しにフレアも思わず笑みが漏れてしまう。

 そして、フレアは一息いれるとルークの頭に手を置いた。

 

「……ならば、俺はその信頼に応えねばならんな。ミュウ、通訳は頼む」

 

「はいですの!」

 

 ミュウはそう言うとぴょんと飛び、フレアの肩へと飛び乗った。

 その事でルークがミュウに勝手に乗るなと文句を言い、フレアがそれを笑いながら正している。

 そんな光景をティアは何処か懐かしそうに、そして同時に悲しそうにも見える表情で見ていた。

 

「……」

 

「ティア……どうかなさいましたか?」

 

 ティアの様子に気付いたイオンが彼女に近付いて話を掛けると、ティアは慌てて首を振る。

 

「い、いえ……ただ、ルークは自分のお兄さんを本当に尊敬しているのだと思いまして」

 

「ええ、それは僕にでも分かります。あの二人には、僕とティアが知らない二人だけの絆があるのでしょう」

 

 自分達には少し棘があるルークも、フレアの言う事は基本的に素直で肯定的だ。

 少し肯定的過ぎるとも思えるが、それはルークがどれだけフレアを信頼しているかの証とも言える。

 それはティアも分かっているが、同時に少し不安そうな表情をする。

 

「でも、少し心配でもあるんです。ルークが、まるで昔の自分の様に見えてしまって……」

 

「もしかして、ヴァンとの事ですか? あなたがヴァンを殺そうとしたと、ルークが言ってましたね」

 

 イオンは森で出会った時のルークの言葉を思い出し、それをティアへ問いかけた。

 しかし、ティアは表情を暗くして顔を下へ向けてしまう。

 

「すいません。これは私とヴァンの問題なんです。……他の人達をこれ以上、巻き込む訳には行かないんです」

 

 そう言うティアをイオンは心配そうに見つめるが、フレアが進む事を目でティアに伝えると、ティアも頷いてイオンと共に進んで行くのだった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、チーグルの森【ライガの巣】

 

 穴を通って行くと、フレア達はやがて大きな空間に出る。

 先程までジメジメとしていたが、この空間は木々や葉っぱの隙間から光が差していて日当たりは良い。

 空間自体もチーグルの巣よりも広く、ライガの巣と言われても納得できる。

 

「意外に広いんだな……ライガの巣も」

 

 興味深そうに辺りを見るルークであったが、突如、目の前を歩いていたフレアが止まる。

 思わずぶつかりそうになったルークは、フレアへ問いかける。

 

「ッ! 兄上、一体、ど──」

 

「喋るな」

 

 フレアの言葉はぴしゃりとルークの言葉を遮った。

 真剣な口調のフレアに、ルークも何かを感じ取って言う通りに黙りながらメンバー達の様子も見る。

 ミュウはフレアの肩でガタガタと震えており、毛が電動ブラシの様に動いている。

 後ろにいるティアとイオンも、フレアの横から何かを見ており険しい表情をしている。

 ルークは一体、皆が何を見ているのかとフレアの背後から覗き込んだ。

 すると、前方には巨大な岩があった。

 

(なんだ、あの岩?)

 

 岩の所は光が差しておらず、影であまり分からないがシルエットや大きさから見て岩なのだとルークは思った。

 なんだかんだでクイーンは留守かと、ルークが思った時だった。

 

『グルル!』

 

 ルークは岩と”目”が合った。

 

「っ!?」

 

 思わず叫びそうになり、反射的に自分の口に手を当てるルーク。

 なんで岩に目があるんだと言う疑問があるが、前方の岩には確かに金色に光る鋭い眼光がある。

 だが、ルークの驚きはそれで終わりではなかった。

 

『グルルル!』

 

 なんと、岩から足が生えたのだ。

 前足、後ろ足の四足歩行となった岩は立ち上がり、ゆっくりと自分達の方へ歩いて来る。

 そして、光がその岩を照らした瞬間、ようやくルークはそれが岩ではない事に気付く。

 鋭い眼光と牙、巨大な爪、鮮血の様な美しい毛並、そして、人は疎か成獣のライガを優に超える巨大な身体。

 それは……。

 

『ガアァァァァァァァッ!!!』

 

「っ!! カッ! ……あッ!」

 

 大気と身体が震えがる様な咆哮にルークは声が出せなかった。

 

(こ、これが……ライガクイーン……!?)

 

 自分の想像を超える大きさに息を呑むルーク。

 情けない事に身体も言う事が効かず、ルークは気合で動かそうともするが、それよりも先にフレアが背を向けたまま口を開いた。

 

「では、交渉を始めますのでルーク達はここにいてくれ。行くぞ、ミュウ?」

 

「は、はいですの! い、行くですの……!」

 

 覚悟を決めたらしく、フレアの肩に強く捕まるミュウ。

 ルークも何かを言おうとするが、まだクイーンの咆哮で上手く動けなかった。

 ティアもこれからルークとイオンを守らなければならないため、意識をクイーンに集中して言葉を発さずに杖を構える。

 そして、フレアがクイーンへと静かに、そしてゆっくりと刺激しない様に足を進めて行き、クイーンとの距離が半分ほどになった時だった。

 

『────ッ!!』

 

「みゅッ!? 卵が孵るから、こ、これ以上、近づくなって言ってるですの!」

 

 クイーンが咆え、それをミュウが早速通訳してフレアへと伝えた。

 卵が孵ろうとする時、それはまさにクイーンの凶暴さと警戒心が最も高い時だ。

 流石のフレアの瞳も険しくなり、意識を再度集中させてミュウへ言った。

 

「では、ミュウ。俺が言う事を一言一句、全て伝えてくれ」

 

「は、はいですの……」

 

 ミュウは頷き、フレアの言う事をクイーンへ伝えた。

 非はこちら側にある事を認める中、これ以上の食料の提供は困難である事。

 そのため、新たな住処を教えるのでそこに移ってもらいたい事を伝える。

 

「この森の食料では満足していないのだろう? それでそちらが近隣の村を襲うものならば、遅かれ早かれ滅ぶのはライガ達だ。……クイーンよ。双方のために、新たに住処になる森へと移って頂きたい」

 

「みゅ、みゅうみゅみゅう。みゅうみゅみゅう」

 

 フレアの言葉を通訳し続けるミュウ。

 クイーンも唸りながらも聞いている様にも見える。

 後ろで見ていたルーク達は手応えを感じつつ、状況を見守り続ける。

 しかし……。

 

『────ッ!!』

 

 クイーンは再び咆えた。

 その咆えは強風を生み、フレアは手でミュウ庇いながらミュウへ聞いた。

 

「ミュウ。クイーンはなんと?」

 

 フレアの言葉にミュウは冷や汗を流しながら震え、錆びた機械の様に首をフレアへ向けて言った。

 

「……ぼくたちを、産まれて来る子供の餌にすると言ってるですの」

 

「ハアッ!?」

 

 聞いていたルークが叫んだ瞬間とほぼ同時、クイーンは巨大な爪をフレアへ向けて飛び掛かる。

 

「クッ……」

 

 フレアは険しい表情を浮かべながらも、後方に飛んでクイーンの攻撃を回避した。

 フレアの回避によってクイーンの攻撃は地面を抉り、クイーンの眼光は再びフレアを捉えた。

 だが、先程の回避によってフレアの肩に乗っていたミュウはそのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

「みゅう~!?」

 

「しまった……!」

 

 ミュウは地面に落ちてしまうが、運が悪い事にその真上からクイーンの攻撃の衝撃によって天上の木々がミュウへ振りかかろうとしていた。

 

「ミュウ!?」

 

「チッ……!」

 

 イオンが叫んだ瞬間、ルークはミュウへ駆け出して行き、ミュウに振りかかる木々を剣で薙ぎ払った。

 そして、そのままミュウの頭を掴んですぐに後ろへと戻る。

 

「ル、ルークさん! ありがとうですの!」

 

「ッ! べ、別に助けた訳じゃねえ! えっと……そ、そう! 兄上の邪魔になるからだ!?」

 

 またも顔を赤くして助けた事を否定するルークだが、ミュウは嬉しそうにルークの肩へと乗る。

 その事で文句を言いそうにルークはなるが、今はそんな時でないのは分かっており、特には何も言わなかった。

 

「交渉は決裂ね……イオン様は下がっていて下さい!」

 

 ティアが杖を構え、ルークの横に立つ。

 クイーンは攻撃し、自分達を餌にしようといている。

 最早、交渉の余地はない。

 そして、ティアの言葉に顔を上げたルークの視線の先に巣の中にある卵が目に入った。

 

「卵……少し、割れ掛かってる。もうすぐで生まれるんだ」

 

 新たな命を目前とする中、同時に自分達を殺そうとしているクイーンの姿が目に入る。

 自分は卵を割るのに反対し、交渉する事を進めた。

 ティアの言葉を否定し、自分達に争いの姿勢は見せなかった……なのに。

 

「戦う気はねえのに……なんで分かねんだよ! クソッ!!」

 

 最後は己が死ぬことを恐れ、ルークは剣を抜いた。

 かわいそうだが、自分だって死にたくはない。

 問答無用で魔物が襲って来た場合はどうする? 

 今ならば、ティアの言葉が理解出来る気がする。

 ルークとティアが武器を構え、戦闘態勢に入った瞬間、クイーンと対峙するフレアが手を出して制止させた。

 

「まだだ! クイーンは興奮しているだけだ。交渉は終わっていない」

 

「なッ! 何を言っているんですか!」

 

「兄上が殺されちまう!?」

 

 信じられず叫ぶティア、兄の身を案じるルーク。

 しかし、フレアは二人の言葉に頷きながら笑みを浮かべていた。

 

「ルーク……俺を信じてくれ。お前の兄は、こんな事では終わらんよ」

 

「兄上……!」

 

 兄の言葉に少し冷静になるルークだが、目の前のクイーンの姿ですぐに現実を思い知らされる。

 クイーンの興奮は収まる事を知らず、何度も咆哮をあげる。

 このままでは交渉などできる訳がない。

 それはフレア自身も分かっている。

 

「確かに今のままでは交渉はできない。……クイーンには少々、落ち着いてもらおう」

 

 フレアはゆっくりとフランベルジュを抜いた。

 フランベルジュからは肉眼で見える程の第五音素が剣を包んでおり、ルーク達は息を呑む。

 

「なんだ、あの剣? 燃えてるのか……」

 

「……あの武器から第五音素が発生しているの?」

 

 謎の武器に目を奪われるルークとティアの二人。

 だが、抜刀した事でクイーンの野生に火がついたのか、咆哮をあげながらフレアへと突撃して行く。

 それに対してフレアは、フランベルジュを両手に逆手に持つと、自分の胸の辺りの高さにして刃を下向けにして翳した。

 すると、赤い光が発生し、フレアを中心とした模様が描かれている円となる。

 

『──ーッ!!』

 

「兄上!!?」

 

 咆えるクイーン、叫ぶルーク。

 だが、その時は訪れる。

 

「守護極炎陣!!」

 

 赤い陣からフレアを守る様に炎が発生し、それは巨大な火柱となって天へと伸び、ライガの巣を赤く照らした。

 

 

 

 End


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