TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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第二話:タタル渓谷

 現在、??? 

 

 意識が朦朧とする中、フレアがゆっくりと眼を開けると視界いっぱいに夜空に輝く星が出迎えた。

 

(こ、ここは……外なのか? 一体、何処に……)

 

 フレアは覚醒し始める意識と共に辺りを見て現状を把握し始める。

 吹き行く夜風によって鳴る葉の音色や虫の声が響き、少なくともここがファブレ邸ではなく何処かの森か何かだと言う事だけは分かった。

 

(確か俺は……賊と戦い、そこにルークが……っ! そうだ、超振動が起こったのか)

 

 漸く事態を把握したフレア。

 何故、超振動で屋敷の外に飛ばされたのかは分からないが、起きてしまったものは仕方なく生きていただけでも儲け物。

 しかし、そこでフレアは更に重要な事に気付く。

 そう、先程の賊であるティア、そして弟のルークの安否だ。

 フレアは少しフラつきながらも立ち上がり、ルークの名を呼んだ。

 

「ルーク! どこだッ! いたら返事をしろ!」

 

 夜の森でフレアは弟の名を呼んだ。

 それは中々に危険な行為だが仕方のない事だった。

 フレアは失う訳にはいかないのだ、”今は”まだルークを……。

 魔物や賊の類を呼ぶ可能性はある中、暫くフレアが叫んでいる時であった。

 彼の背後から聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「兄上ぇぇぇ!」

 

「ルーク!?」

 

 声の方を向くと、そこにいたのは弟のルークであった。

 嬉しさと安心の表情で走ってくるルークの姿にフレアもまずは安心し、一呼吸入れた。

 

「無事だったか、心配したんだぞ?」

 

「それは俺もだって! って言うか兄上……此処は何処なんだよ? 外の世界なのか?」

 

 屋敷に幽閉されていたルークにとって、屋敷の外は見る物全てが新鮮であり、こんな森は疎か、近くにある川すら見た事もない。

 だからだろう、不安の感情に隠れてわくわくした気分が見え隠れしている。

 そして、そんなルークからの問いにフレアはまずは頷く事にした。

 

「外の世界には違いないが、此処が何処かと言われればそれはまだ分からん。似た様な場所なら幾らでもあるからな」

 

「兄上でも分からないのか……あっ! でも兄上! 俺、さっき海を見たぜ!」

 

「海……か」

 

 ルークの言葉にフレアは再び考える。

 海と言う事は色々と場所を絞れるが、情報にしてはやはり弱い。

 このオールドラントで海沿いもまた少なくなく、キムラスカ領なのかマルクト領なのかさえ判断できない。

 超振動で飛ばされた経験が無い為、どれ程飛ばされたのかも予想できず答えはでない。

 イフリートと通信する手も考えたが、わざわざその為に通信するのは恐れ多いと言うか情けないと言うか、少なくとも力の無駄遣いに思い、それは最後の手段にする事にした。

 フレアは予定外の事態に溜息を吐こうと肩を落とした時だった。

 

「ルーク!? 突然、走ったらあぶないわ!」

 

 ルークが来た方から声が聞こえたと思えば、走って来たのは公爵邸の侵入者であるティアであった。

 その姿にフレアは右手を腰のフランベルジュに掛け、臨戦態勢を取る。

 

「貴様……あの賊か?」

 

「あ、あなたは屋敷の……」

 

 フレアの存在に気付いたティアの表情が強張る。

 先程、戦った相手が目の前にいるのだ。

 フレアもティアもお互いに緊張感が流れる中、ルークが二人の間に止めに入る。

 

「ああ、兄上は知らないよな。こいつ、ティアって言うんだって……俺をバチカルまで送ってくれるってさ」

 

「なに?」

 

 どうも状況が中途半端にしか分からないフレアは二人に聞く事にすると、二人はここまでの事を説明した。

 超振動で飛ばされた事、その責任を果たす為にティアがルークをバチカルまで送り届ける約束をした事など、出来る限りの事を二人と言うよりも特にティアが説明するとフレアも漸く事態を理解する事が出来た。

 

「……以上の事より、この度の事は全て私の責任です。その為、弟様の事は必ずやバチカルまで御衛いたします」

 

「侵入者をすぐに信用しろと?」

 

 フレアの眼光がティアを捉える。

 残念ながらフレアはルークとは違い、そんなすぐに相手を信用してはいけない生き方をしてきている。

 その為、侵入者のティアをすぐに信じろと言うのは無理と言うものだ。

 だが、その事に関してはティアも理解しているらしく、フレアの言葉にすぐに頷いた。

 

「すぐに信用して頂こうとは私も思ってはおりません。ですが、私の標的はヴァン・グランツのみ。それだけは信じて欲しいんです……」

 

「……」

 

 ティアのその言葉にフレアは彼女の瞳をジッと見つめた。

 先程のルークと自分に関しては本当に申し訳ないと思っているのは伝わっていたが、ヴァンの名前を出す時の彼女からは絶対的な敵意が読み取れる。

 本当ならばそう信用は出来ないが、いつまでも此処にいる訳のもいかない為、フレアはヴァンに関してだけは信用する事にした。

 

「……良いだろう。責任を取る者や結果を出す者を俺は特には言わん。もし、ルークをちゃんとバチカルまで届ける事が出来れば、今回の一件を不問にして頂く様に父上へ言ってやろう」

 

 これはフレアからティアへの取引とも言える内容であった。

 今回の罪を不問にしたければルークを守れ、遠回しにティアへそう言っているのだ。

 そうする事でティアのルークへの価値観は大きく変わるであろう。

 例えティアが何かしようモノならば、フレアが自身でいくらでも対処できるのもフレアの強みである事は二人は気付く事はなく、ティアはフレアへ頭を下げた。

 

「寛大な処置に感謝致します」

 

「……それは屋敷についてから聞こう。それと、自己紹介がまだだったな。俺の名はフレア、フレア・フォン・ファブレだ」

 

 その名にティアは疑問の表情を浮かべた。

 

「フレア……? 何処かで聞いた様な……」

 

「なあ、いつまで話してるんだよ……兄上もティアも早く行こうぜ」

 

 話していた二人を他所に、ルークの我慢が限界に来たのか文句を言い始める。

 屋敷の中での軟禁生活は外出の自由はなかったが、少なくともそれ以外に関しては不自由のない暮らしであったのは変わりない。

 欲しい物は与えられる、そんな生活をしていたルークにとっては冒険心くすぐる今の状況に我慢等は無理と言うもの。

 そんなルークの様子にフレアとティアは互いに頷くと、ルークを連れて森を進んで行くのだった。

 

 ▼▼▼

 

 三人が暫く森を歩いていた時であった。

 ルークは夜風の寒さに悪態をついていた。

 

「うぅ~さみぃ……早く屋敷に帰りたいぜ……」

 

「思ったよりも広いわね……最悪、今夜中には出られないかも知れないわ」

 

「マ、マジかよ……最悪だ……」

 

 ティアの言葉に先程の元気は無くなってしまった様で、ルークは肩を落としながら項垂れる。

 勿論、ぶつぶつと文句も忘れずに。

 そんな弟の姿にフレアはやれやれと笑みを浮かべると、静かに第五音素を集め出した。

 

(第五音素よ……我が名の下に集まれ)

 

 心の中でフレアが第五音素に命を下すと、目には見えないが第五音素が三人を包み込むと体が暖かくなって行く。

 その事で最初に反応したのは勿論の事ルークであった。

 

「あれ? ……なんか暖かくなった気がするな。これなら大丈夫そうだ。とっととこんな森を出ようぜ!」

 

 何故、暖かくなったのかさえ疑問に思わないルークはそのまま一人で歩いていってしまう中、ティアは視線をフレアへと向けた。

 

「第五音素の扱いが上手いんですね」

 

「それ程でもない。君こそ第五音素は扱えるだろ?」

 

 ティアに対して冷静に笑みを浮かべながらフレアは返答する。

 第七音素以外は鍛錬で何とか出来る物だが、第七音素は素質を必要とし尚且つ素質があっても扱いが難しい物だ。

 その為、第七音譜術士のティアならば第五音素の扱い位はできるのが当然と言える。

 しかし、そんなフレアの言葉にティアは首を横へ振った。

 

「いえ、譜術としてではなく音素だけを……それもあんな短い間に適温にするのは余程、第五音素を使いこなせなければ難しい筈です」

 

 ティアの言う通り、音素力にも使われている第五音素だが使い方を間違えれば暴走し、それを人に直接放てば暴走した第五音素による人間爆弾にも成りうる。

 それはどんな音素にも言える事だが、扱いを間違えればただの凶器にもなる。

 その為、音素を譜術としてではなく直接、針の穴を通す様に操る者は数多くない。

 

「思い出したのですが、フレアと言う名前……そして第五音素……あなたはまさか”キムラスカの焔──」

 

 ティアがフレアを見て、そこまで言った時であった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!! なんなんだよコイツッ!!?」

 

 ティアの言葉を遮ったのは先程、先に行った筈のルークだった。

 全力疾走で自分達の下へ向かってくるルークに互いに見合わせて奥を見ると、ルークを追う様に同じように走ってくる巨大な物体がいた。

 それは人よりも少し大きいイノシシの様な魔物『サイノッサス』だった。

 

「魔物か……」

 

「ルーク! あなたは後ろに隠れて!」

 

「これが魔物……って、ハァッ!?」

 

 フレアが魔物に気付くとティアは武器を構え、ルークを後ろへ下げようとする。

 恐らく縄張りを荒らしたのか、それとも足がぶつかったのかは分からないがサイノッサスの怒りは尋常ではなかった。

 息を乱しながらも一心に此方へ突進を仕掛けて来るサイノッサスにティアは反撃しようとした時だった。

 女であるティアに隠れてと言われたのがプライドに触れたのか、ルークは下がる処か二人の前に出た。

 

「ふざけんな! 俺はヴァン師匠の弟子だぞ! 女の後ろに隠れれる訳ねえだろ!」

 

 前に出たルークはそう言って武器を構えるが、その武器に再びフレアとティアは驚いた。

 

「ルーク!? お前、それは木刀だぞ!」

 

「だって兄上、俺はこれしか持ってないし……」

 

「だったら下がってて……実戦は訓練とは違うのよ」

 

 ルークの言葉に呆れた様にティアは呟いた。

 木刀と今までの現状から、ルークが魔物との戦いも何処か訓練と同程度にしか思っていないと判断した様だが、ルークだってティアに反論する。

 

「そんなんじゃねえよ! いつも母上が言ってんだよ……女子供、御年寄りは守ってやれって!」

 

 シュザンヌの日頃の教育がここに来てルークに影響を与えた様だが、言ってる事と見た目があっていない。

 無いよりはマシ程度だが所詮は木刀に変わりなく、何かの拍子で折れるのは目に見えていた。

 フレアは何かなかったかと辺りを見ると、自分のフランベルジュを差す反対側にもう一本だけ剣がある事を思い出すと、それを外しルークへ差し出した。

 

「ルーク、約束の土産だ。これを使え」

 

「土産? これって……剣!?」

 

 ルークはフレアから土産を受け取ると、その剣を抜いて見た。

 シンプルなデザインだが、その刃は綺麗に磨かれており、新品な真剣だった。

 木刀とは違う重さと存在感に思わず息を呑むルークに、ティアはフレアへ抗議する。

 

「正気ですか? 彼は実戦の経験処か屋敷から出た事も無かったのに武器を持たせるなんて……!」

 

「あくまで護身だ。それに真剣ならば何回か持たせた事がある……それにルークは無暗に振り回す程子供ではない」

 

 そうだな? そう言ってルークを見るフレアにルークは呆気になりながらもブンブンと首を縦に振って肯定した。

 

「も、勿論だぜ兄上! 兄上からの土産なんだ……そんな事には使わない!」

 

 ルークはそう言うとその剣を腰の後ろに差すと、自分の利き手である左手で剣を抜いて構える。

 その姿にティアも諦めたのか、溜息を吐きながら杖を構えてルークのサポートと護衛をする為にルークよりも一歩前に出て作戦を説明する。

 

「ルーク、よく聞いて。私が先に攻撃して怯ませるから、その隙にあなたに攻撃して貰いたいのだけれど、あなたは実戦が初めてだから無理なら私が──ー」

 

「よっしゃあ! 俺に任せろ! 兄上にも良いとこ見せるんだ!」

 

 ティアの言葉を遮り、かなりのやる気を見せるルークにティアは心配でならなかった。

 

(本当に大丈夫なのかしら……?)

 

 後衛の自分よりは初戦闘とはいえ、剣を持つルークを前衛にした方が良いと思っての作戦だったが当のルークを見ると心配になり、やはり自分が戦った方が良い気がしてきた時であった。

 後ろにいたフレアがティアへ言った。

 

「まずはやらせてあげてくれ。おそらく、バチカルに戻るまでは何度か戦う事になる。ならば、僅かでも実戦をつませたい。それに、もし何かあれば俺と君が助けてやれば良い」

 

 現在地は分からなくても、バチカルに戻るまでには魔物と戦う機会は必ずあるだろう。

 ならば、いくらヴァンから稽古してもらっていると言えど経験が無いのは変わりなく、少しでもルークに経験をつませ最低限は自分を守れる様にフレアはしたい。

 

「確かにそれは私も賛成ですが……あなたは戦わないんですか?」

 

 今の状況の中、少しでも戦力を増やしたいティアにとってはルークに経験を積ませる事は賛成だが、魔物が襲ってきている中で剣を抜かないフレアにティアは少し不満気に言うと、フレアは笑みを崩さずに返答する。

 

「初めての実戦だからな……弟に花を持たせてやらねば」

 

「……」

 

 何かあれば共に守れば良いと言っときながらのこれである。

 やはり貴族の考え方は自分達とは違うのか、そうティアが思った時であった。

 サイノックスが自分達の方に目掛けて突進してきた。

 風の切る音を発しながらの突進、その速さと重量から計算しても直撃を受ければ只ではすまないのが分かる。

 

「ど、どうすんだ!? 早く隙を作れよ!」

 

「分かってるわ」

 

 慌てるルークとはよそにティアは冷静に杖を構える。

 構えた杖の先端に音素が集まりだすとメロン程の大きさの球体となり、ティアはその音素の球をサイノックスへ放つ。

 すると、ティアの攻撃をサイノックスは躱す事無く額に直撃するとスピードが落ち、動きが鈍り隙が生まれた。

 

「今よルーク!」

 

「う、うおぉぉぉぉッ!! 双牙斬ッ!!」

 

 ティアの声に応え、ルークは怯んだサイノックスに一気に近付くと剣を下から上へ動かし、強烈な一撃を与えると

 サイノックスはそのまま吹き飛ぶと地面に激突しその動きを止めた。

 初めての実戦、初めての感覚と手応え、そして初めての勝利にルークは緊張で乱れた呼吸のまま嬉しそうに腕を空へ上げた。

 

「ハァ……ハァ……よっしゃあッ!! 勝ったぜ!」

 

 完勝だった事も助け、ルークは嬉しくて堪らず先程まで自分に下がる様に言っていたティアへ近付き言った。

 

「ほら見ろ! 俺だって戦えるだろ! こんなのだけなら魔物だって楽勝だっつうの!」

 

 まさか、たった一回、しかもそれ程に強い訳でもなかった魔物を一匹倒しただけでここまで天狗になるとは思っていなかったらしく、ティアは呆気になりながらも溜息を吐いてしまう。

 

「はぁ……調子に乗らないの! 今の相手はまだ弱い魔物の部類よ。初めての実戦での勝利に喜ぶのは仕方ないとは思うけど、これから先も今回と同じ様にいくとは限らないわ」

 

「なんだよ別に……勝てたんだから良いじゃんか?」

 

「ルーク!」

 

 全く自分の言った事を理解していない事にティアはルークが貴族とは忘れ、純粋に叱りつけた。

 実戦で一番怖いのは今のルークの様な自惚れや慢心だ。

 しかも、今は魔物が相手だから戦えているが、きっと相手が人間ならばルークは戦う事は出来ないだろう。

 先程出会ったばかりだが、ルークのこれから先がティアは心配でならなかった。

 だが、そんなティアの叱りにもルークは見向きもせずに背中を向けてしまう。

 どうやら、先程のティアの言葉で拗ねてしまった様だ。

 そんなルークの姿に再び溜息を吐くティア、そしてそんな二人をフレアは何も言わずに見ていた。

 

(二人とも下手な兵士よりは良い動きをする。……ルークに至っては、ヴァンも何だかんだでちゃんとした稽古をつけていた様だな)

 

 先程の戦いでのルークの動きを見ていたフレアはそう感じていた。

 プライドでもあるのか、ヴァンもレプリカとは言えちゃんと稽古していたと言う事実が少しおかしかったのだ。

 心の中で小さくフレアは笑っていた……その時であった。

 ガサリ、とフレアの右側の木々と草むらが騒ぎ始めると同時に、強大な黒い塊がフレアへ襲い掛かる。

 それは、先程倒したサイノックスとは別のサイノックスであり、突然の事態にルークとティアも反応が遅れてしまった。

 

「ッ!? 兄上ッ!!?」

 

「いけないッ!!」

 

 叫ぶ二人だが、サイノックスは既にフレアに近付いており向かっても間に合わない。

 ルークは思わず目をつぶってしまう。

 だが、当のフレアは己の危機にも関わらず慌てずに冷静、それどころか笑みを浮かべてすらいた。

 

「甘いな」

 

 そう呟くとフレアは、己の右手に第五音素を集め、そしてサイノックスが間合いに入った瞬間サイノックスの右脇腹へ拳を放った。

 

「爆炎拳ッ!」

 

 フレアの拳がサイノックスへ当たった矢先に爆発を起こし、そのままサイノックスは絶命し地面に倒れた。

 

 

 ▼▼▼

 

 先程の戦い後、三人は再び森を歩いていた。

 時には川があり、ルークが靴が濡れると文句を言うのも何とか宥めながらも進んで行く。

 

「なあなあ兄上。さっきの技ってどうやったんだよ!」

 

「まあ、色々だ……」

 

 進む中で主な会話となっていたのは先程の戦いでの事であった。

 フレアがルークを褒めた後、先程のフレアの技はなんだったのかとルークの質問攻めに合いながらもフレアは笑みを浮かべながらそれを流して行く。

 その度にルークがブウサギみたいにブウブウ言うが、それに対してもフレアは笑みを浮かべて聞くだけだった。

 

「でも、音素の扱いもそうだけど……さっきの動きは見事としか言えないわ。私にだってさっきの様な動きは真似できないもの」

 

「当たり前だろ! 兄上は凄いだぜ! なんでも出来るし、前には巨大な魔物を倒した時の話を聞かせてくれたんだぜ? お前なんかに真似できる訳ねえだろ」

 

「ルーク……その言葉を否定するつもりはないけど、それはあくまで貴方のお兄さんの功績なのであって貴方の功績ではないのよ?」

 

 ルークの言葉遣いもそうだが、内容も他人の評価ばかりを自慢げに言っているだけなのがティアは気になった。

 このままでいては他人からの評価も下がるだけで、余計な敵も作りかねない。

 なにより、これではルークの為にならない。

 そう思っての言葉だったが、ティアの言葉にルークは首を傾げた。

 

「あん? 別に良いだろ? 兄上は……オ・レ・の兄上なんだからよ」

 

「……そう事を言いたいんじゃなくて」

 

 仕方ないとはいえ、全く話を聞いて貰えない事に何度目かも分からない溜息をティアは吐いてしまう。

 そんな時、フレアが自分を見ている事にティアは気付く。

 

「あの、何か……?」

 

「いや、僅かな時間で、すっかりルークの保護者だなと思っただけだ」

 

「ほ、保護者って……」

 

 思わず顔を赤くしてしまうティア。

 保護者はどちらかと言えばフレアの方だが、ティアはむず痒い言葉になんて言えばよいか迷ってしまっていた。

 そんなティアをフレアは小さく笑っていた時であった。

 

「出たぁ!! 漆黒の翼だッ!!?」

 

 突然の通り魔的な叫びに何事かと、ルーク達は声の方を見るとそこには一人の中年の男が震えあがっていた。

 一体、何の騒ぎなのだろうと三人は互いに顔を見合わせると、明らかに山賊とも思えない男に年長者のフレアが代表し声を掛けた。

 

「もし。一体、何を振えているのかは分からないが……俺達は貴方の言う漆黒の翼などと言う者ではない」

 

「ひ、ひぃぃぃぃ……って、あれ? ほ、本当か……?」

 

 フレアの言葉に恐る恐ると顔を上げる男は、ゆっくりとフレア達を見た。

 

「い、いやぁ……すまなかったな。漆黒の翼はここら辺で悪さをしている三人組の盗賊で……あんた達は……三人?」

 

 漆黒の翼の説明しながらフレア達の人数を数える男だが、三人である事に気付くと再び動きを止め、そして。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁッ!! やっぱし漆黒の翼だッ!!?」

 

 再び頭を抱えて叫んでしまった。

 今日は厄日かもしれないと思うフレア達は、男が落ち着くのを待つことにした。

 

 

 ▼▼▼

 

 それから少し経った後、漸く落ち着いた男に誤解を解く事が出来、三人は話を聞くと男は馬車をしており、此処には水汲みに訪れたのだと言う。

 そして、馬車の言葉にティアは首都にも行くのか聞くと首都は終点だと男は言うと、三人に安堵の息を吐いた。

 

「た、助かった……!」

 

「これで帰れるぜ……」

 

(確かに……まずは一安心か)

 

 一時はどうなるかと思ったが、事態は早くも収拾できそうだ。

 安心する三人だったが、男は料金の話を始める。

 

「乗せるのは良いが、一人1万2千ガルド……三人で3万6千ガルドになるが大丈夫かい?」

 

 その男の言葉に三人の動きが止まった。

 

「た、高い……」

 

 ティアは思わず俯いてしまう。

 1万ガルドなど、使い方によれば一月の生活費にも十分な額。

 余程な贅沢をしなければそうそう無くなる額ではなく、そうそうポンッと出せる金額ではない。

 そんな額を要求されるのは首都まで余程遠いのか、どちらにしろ地の利のない自分達ではどうしようもない。

 だが、そんな時でも何とも思っていないのがルークだ。

 ルークは余裕だと言わんばかりに男の前にでる。

 

「なんだよ、たかが3万ガルドじゃねえか? そんなの兄上がポンッと出してくれるぜ。なあ、兄上?」

 

 そう言ってルークはフレアを見ると、フレアは自分の財布を見ながら黙っていた。

 いや、黙るざる得なかった。

 

(1万7千ガルド……足らん)

 

 フレアに、今手持ちのポケットマネーと言う現実が襲い掛かり、フレアは静かに首を横へと振った。

 

「すまない……1万7千ガルドしかなかった」

 

「えぇッ!! なんでだよ兄上!」

 

 フレアが払えないとは微塵も思っていなかったルークは兄の言葉に驚きを隠せずに叫んでしまう。

 

「本来なら、今日は商談もなければ遠出するつもりも無かったからな……」

 

「……すいません」

 

 その言葉に原因であるティアが気まずそうに頭を下げる。

 自分がヴァンを襲撃をしなければ、こんな事にはならなったと分かっているからだ。

 

「ならおっさん。首都についたら父上が出してくれるから、まずは乗せてくれよ」

 

「おいおい……こっちは先払いって決めているんだ。乗り逃げされるのも珍しくない世の中だしな」

 

 どうやらちゃんとした考えを持っている様で、男は先払いを譲らない。

 

「うむ。気持ちは分かるが、そこを後払いにしてもらえないか? 首都へついたら倍払う」

 

「嬉しい申し出だけど、やはり無い金よりはある金の方が信用できるからな……」

 

 中々の商売魂である。

 これで食い付いてこない相手との交渉は困難な部類だが、フレアとて頭の固い貴族達と商談をしてきている。

 フレアは夜の森で交渉する事になるとは思わなかったが、持久戦になるのを覚悟した時であった。

 

「……あの、これでは駄目ですか?」

 

 ティアは馬車の男に、先程まで彼女が付けていたネックレスを差し出していた。

 夜でも分かる程の輝きを見せる宝石が、ティアのネックレスの中で己の存在を象徴する。

 

「はあ~。これは中々の宝石だな。これなら文句はないが、本当に良いのかい?」

 

「はい……お願いします」

 

 ティアは頷くと男は、分かった、それじゃあ乗ってくれと、だけ言うと馬車の方へと歩いて行くとフレアはティアへ近付き声を掛けた。

 

「良かったのか……どうしようもなかったとはいえ、あれ程の宝石は貴族の中でもそうそう手に入らない代物だ」

 

「はい……今回の事は私の責任ですから、あなた達はお気になさらず……」

 

 そうは言うが、やはりティアの顔は何処か暗く晴れなかった。

 やはり何か訳ありかとフレアは思ったが、早く屋敷へ帰りたかったルークは気にせずに馬車の方へ向かって行く。

 

「何してんだよ? とっとと来いよ。兄上も早く来てくれよ!」

 

 一人でいるのは不安なのか、それとも暇のかは分からないがルークがフレアとティアを呼ぶと、ティアは頷きながら馬車の方へ向かい、フレアも自分だけが行かない訳にも行かず馬車の方へ歩いて行くのだった。

 そして深夜、馬車の中で三人は静かに眠りについていった。

 

 

 End


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