TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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第一話:幕開けと侵入者

【キムラスカ・ランバルディア王国】

 

 現在、王都バチカル【貴族住居区】

 

 巨大な譜石の落下により発生したクレーターを利用し作られた王都、要塞都市バチカル。

 クレーターを利用している為、山の様な高低差のある都市であり、頂上に王宮が存在している。

 一般の者が住む城下町から見れば、王宮は霞む程の高低差のある為に人々は天空客車や昇降機を利用しこの都市を行ききしている。

 一件、不便な都市と思う者もいるが天空客車や昇降機、娯楽施設である闘技場等も手伝い観光客が後を絶たないが、この都市の最大の首都防衛にうってつけだと言う事。

 視界は広く、敵が来るであろう場所も限られており、周囲には新型の譜業砲が首都防衛の為、いつでも発射可能な状態で佇んでいる。

 それ故の要塞都市であり、その中でも安全な場所である上層部は貴族や王族の住居区である。

 そして、上層部の中で最も王宮に近い場所にその屋敷は存在していた。

 私兵の白光騎士団が門を守り、見上げなければ全体を見る事が叶わない程に巨大な屋敷こそがファブレ公爵邸である。

 

「……」

 

 そんなファブレ公爵邸、己の実家でもある場所の門の前でフレアは静かに見上げていた。

 実家に帰って来た事で感傷に浸ってる訳でもなく、その瞳は何処か冷たいモノ。

 まるで、軽蔑の様にも見えるその瞳。

 フレアが暫く屋敷を見上げていると、門番の白光騎士がフレアに気付いた。

 

「これはフレア様! 門の前で如何なされました?」

 

「ん? ああ、すまない。少し、感傷に浸っていた様だ。……父上達は?」

 

「応接室にてお待ちですよ」

 

 白光騎士は道を開け、フレアはファブレ公爵邸へ足を踏み入れた。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、ファブレ公爵邸内。

 

 屋敷内に入ったフレアを出迎えたのは執事のラムダスとメイド達、そしてフレアの父であるファブレ公爵のコレクションの様になっている戦利品等の武器や防具の数々。

 メイド達はフレアへ一礼すると再び己の仕事へと戻り、執事のラムダスだけが残り、フレアへ近付く。

 

「フレア様、旦那様がお待ちでございます」

 

「ああ、応接室にいるのだろ。すぐに向かう」

 

 ラムダスにそれだけを伝え、フレアは応接室へ向かおうと足を進めようとする中、ラムダスがフレアを呼び止める。

 

「フレア様、少し宜しいですか? おぼっちゃま……ルーク様の事なのですが……」

 

「ルーク? ルークがまた何かしたのか?」

 

 ルーク・フォン・ファブレ。

 ファブレ家の次男にし、王位継承権第四位を与えられし少年。

 フレアの弟だが、十歳の頃に敵国に誘拐された事があり、その時のストレスが原因で記憶喪失になってしまった経緯を持ち、それが原因で軟禁生活を余儀なくされている。

 その事が原因で昔はブウサギを逃がす、父親の服を全て新品のメイド服にする等の悪戯を画作し、屋敷から抜け出そうとするも全て失敗。

 因みに、現在は十七歳になっている。

 そんなルークがまた何かやらかしたのかと思い、フレアはそうラムダスへ聞いたがラムダスは首を横へと振った。

 

「いえ、そうではないのですが……ルーク様は何度ご注意致しても、庭師のペールに御言葉を掛けるのです。あの者とは身分が違うと伝えているのですが……」

 

 そう言ってラムダスは溜め息を吐いた。

 ファブレ公爵の息子であり、王位継承権も与えられていると言うだけでも他の貴族よりも地位は高い。

 将来的にはキムラスカを背負う事になる。

 しかし、軟禁し大事に守られてきたルークにはそんな自覚はなく、身分関係なく誰にでも話し掛ける。

 それがルークの優しさなのはラムダスも分かっているが、己の立場を分かって貰いたい。

 誰彼構わず考え無し話していれば、身分の低い者から嘗められる可能性もある。

 そして、そうなれば必ずルーク、強いてはファブレに悪影響を与えるのは目に見えている。

 ラムダスはそれを心配し、兄であるフレアに直接言って貰いたいのだ。

 しかし、ラムダスの考えとは裏腹にその話を聞いたフレアは、顔を険しくする処か楽しそうに笑いだした。

 

「ハハハ! ルークらしいな。それが、あの子の優しさだ」

 

「フ、フレア様……しかし、いくらなんでもルーク様はご自分の立場を……」

 

 笑うフレアにラムダスは言葉を詰まらせてながらも、少しでもルークに何か言って貰おうと説得しようとするが、フレアはゆっくりとラムダスに背を向ける。

 

「分かった。俺からも少し言っておく事にしよう……」

 

 そう言ってフレアは応接室へと向かう、真剣ながらも黒い表情を浮かべながら。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、ファブレ公爵邸【応接室】

 

 応接室の前に付いたフレアは扉をノックすると中から、入りなさい、と言う父親であるファブレ公爵の声を聞くとフレアは応接室の中へ入る。

 応接室には豪華な装飾が施されたテーブル、そしてフレアから見て左側にフレアとルークの母親であるシュザンヌが、そして真正面の席に堂々と椅子に腰かける父であるファブレ公爵がいた。

 

「遅くなり申し訳ありません、父上」

 

「いや、構わん。まずは座りなさいフレア」

 

 父の言葉にフレアは黙って頷くと、母に向かい合う形で腰を掛けると早速、ファブレ公爵が口を開いた。

 

「まずは長旅、ご苦労であった。……で、カイツールの周辺はどうであった?」

 

「はい。国境周辺及び、マルクト側も可能な範囲で見てきましたが、今の処は情報にあった様な不穏な動きはマルクト軍には見られません。国境警備の兵からも最近の状況を聞き、これと言った変化もないとの事……」

 

 つい先日、フレアは休戦状態となっているマルクト帝国と繋ぐ国境の砦、カイツールへと派遣されていた。

 理由は最近、マルクト側に不穏な動きがあると聞いた為にある。

 最近のインゴベルト六世はダアトの大詠師モースの言葉に流されている所があり、今回もモースの言葉があっての派遣なのだとクリムソンもフレアも分かっていた。

 

「うむ、アルマンダインからも特に報告もない。やはりお前を派遣したのは早計であったか……」

 

「場合によってはマルクトを刺激しかねないので、予定よりも早めに撤収したのですが……」

 

 偽りの情報を鵜呑みし、何も起こっていない所でわざわざ問題を起こす様な事をする理由はない。

 ましてや、休戦中とはいえ何かの拍子で開戦してしまう程に緊迫しているマルクトが相手では尚の事。

 そんなフレアの考えを察してか、クリムゾンも静かに頷く。

 

「いや、その事は特に責める事ではない。寧ろ、最善の行動だ。……だが、陛下には伝えねばならんな。フレア、お前も後で共に城へ来なさい」

 

 クリムゾンの言葉にフレアも頷こうとするが、そんなフレアの言葉を遮る形で先に口を開く者がいた。

 フレアの母、シュザンヌであった。

 シュザンヌは夫であるクリムゾンの方を見て、非難めいた口調で言った。

 

「まあ! あなた……フレアは長旅で疲れているのですよ? 少しは休ませてあげなければこの子は倒れてしまいます!」

 

「母上。俺も、もう二十五です。そんな子供ではなく、自分で体調管理もすれば、受けた任務の報告もする義務があります」

 

 フレアはシュザンヌの言葉に対し、苦笑しながらも母が傷付かない様に返答する。

 我が子を大事にするがあまり、親馬鹿の部類に入る言動や行動してしまうシュザンヌ。

 フレアが剣を持ち、戦う職に就く事になった時も夜が明けるまで説得された事もあった。

 しかし、誘拐され記憶も失ったルークにはそれ以上に心配し、ルークが剣の稽古をするのも反対な程。

 

「何を言ってるのです、フレア。幾つになっても貴方は私達の子に変わりはないのですよ? やはり、屋敷を出ずに此処に残ってくれていれば……」

 

「その辺にしなさい、シュザンヌ。お前は少し甘すぎる、フレアは陛下から爵位も与えられているのだ。受けた期待の分、フレアは応えなければならんのだ」

 

「ですが……」

 

 夫の言葉に納得できないのか、シュザンヌはまだ何かを言おうとする。

 そんな両親の光景にフレアはやれやれ、と肩の力を抜いた時であった。

 

「失礼致します」

 

 応接室に一人の男が入って来た。

 身の丈は高く、顎鬚に凛々しい顔。

 髪は長髪だが、後ろで一纏めにし腰には剣を指している。

 

(ヴァン謡将……?)

 

 フレアは男の名を内心で呟く。

 ヴァン・グランツ、ローレライ教団の導師を守護する騎士団である神託の盾(オラクル)騎士団の首席総長である。

 若くして総長になっただけに、その剣の腕前も高く、ルークに剣の稽古も伝授している。

 その為、ファブレ公爵邸にいても何ら問題もない人物なのだが、今日は稽古の日ではない。

 

「突然の来訪、失礼致します……公爵、公爵夫人、フレア様」

 

「ヴァンか……今日はどうした? ルークの稽古の日ではない筈だが?」

 

 単刀直入にヴァンに聞くクリムゾンだが、ルークの稽古の話も出た事でシュザンヌの表情は少し暗くなる。

 どうやら、ルークの稽古についての話だけでも嫌な様だ。

 

「はい。実は先程、ダアトから火急の知らせが私の下に届きました」

 

「火急?……詳しく聞こう。まずは腰を掛けなさい」

 

 クリムゾンの言葉にヴァンは一礼し、フレアの隣の席に腰を掛けるとダアトからの知らせを説明し始めた。

 

「……導師イオンが行方不明との知らせが届きました」

 

「っ!? なんと……!」

 

「まあ……!」

 

 突然の事にクリムゾンもシュザンヌも驚きを隠せない。

 ローレライ教団のトップでもあり、今の世界にとって平和の象徴とも言われている導師が行方不明は余程の事態と言っても過言ではない。

 誤報の可能性も考えられるが、首席総長であるヴァンに知らせが来た時点で真実と思ってよいだろう。

 驚く両親の反応をよそに、フレアは特に何も言わずに現状を静観する。

 

「その為、私は捜索の任に就くためダアトに帰国しなければなりませんので、ルークの稽古が出来なくなりました。今日はその報告に……」

 

「……そうか」

 

 ヴァンの話に何か考え込むクリムゾンだが、シュザンヌはルークの稽古が出来なくなると言う言葉を聞き少し嬉しそうだ。

 そんな中、フレアは隣に座っているヴァンへ視線を向けた。

 

「……どうかなされましたか?」

 

 視線に気付いたヴァンがフレアへ問いかけるが、フレアは瞳を冷めた風にしながら顔を逸らした。

 瞳もいつもの綺麗なものに戻っている。

 

「いや、なんでもない」

 

 それだけ言ってフレアは口を閉じるが、ヴァンは何か言いたそうだったが同じ様に口を閉じる。

 そして、そんなやり取りが起こった事にも気付かず、暫く考えていたクリムゾンが口を開いた。

 

「まずはルークも呼ばねばな」

 

 そう言うとクリムゾンは使用人を呼ぶ鈴を鳴らしラムダスを呼ぶと、ルークへ応接室に来る様に伝える。

 ラムダスもそれに頷き応接室を出ていった。

 そして、ラムダスが部屋を出て少し経った後、部屋にノックが響く。

 

「失礼しま~す。只今、参りました父上」

 

 ノックの返事も待たず、怠そうな口調で応接室に入って来たのは、腰まである赤い髪と緑の瞳が目立ち、腹だしファッションと言う貴族とは思えない程にラフな格好の少年ルーク・フォン・ファブレだ。

 公爵とはいえ、実の父に対して口調がなっていない態度にフレアは小さく楽しそうな笑みを浮かべた。

 そんな息子の態度に小さく溜息を吐くクリムゾンだが、話を進める為、特には何も言わなかった。

 

「……うむ。座りなさいルーク」

 

 父の言葉に怠そうにヴァンの隣に座ろうとするルークだが、目線にヴァンとフレアが入った瞬間、目の色を変える。

 

「ヴァン師匠! 兄上!」

 

 座りながら、ヴァンとフレアに目を輝かせるルーク。

 父親の反応とは違う物に、どれだけ二人がルークに信頼されているのかが分かる。

 

「師匠、今日は稽古の日じゃないすよね? 兄上も、当分は帰れないって……」

 

「任務が速く終わってな。それで、今日は父上達に報告を兼ねて寄ったのだ」

 

 嬉しそうな表情の弟に事情を説明する。

 ルークにとって兄フレアとの関わりは、この軟禁生活の中でも数少ない楽しみの一つ。

 その為、フレアがバチカルを離れている時は残念な思いの反面、土産話やお土産が楽しみだったりしている。

 だからなのか、ルークはフレアがクリムゾンへの報告については興味なさそうにしている。

 

「ふ~ん……それよりも、兄上! 外の世界について聞かせてくれよ! 今回は凄い魔物とか倒した? お土産は!?」

 

「ハハ、少し落ち着きなさい。後で聞かせてやるが、今はヴァン謡将の話が優先だ」

 

「あっ……そう言えば、師匠はなんで今日来たんですか? 今日は稽古の日じゃあ……」

 

 フレアの言葉に今度はヴァンの方へ顔を向けるルークに、ヴァンは頷いた。

 

「稽古ならば後で見てやろう。だが、その前に教えとかねばならん事がある」

 

「教えとかねばならない事……?」

 

 呟くルークにヴァンは再び頷くと、視線をクリムゾンへ送るとクリムゾンは頷き説明を始めた。

 

「ルークよ。実はヴァン謡将は近々ダアトに戻らねばならん事になった……」

 

 クリムゾンは先程の話をルークへ話した。

 導師イオンが行方不明な事。

 それによって信託の盾騎士団の総長であるヴァンに捜索の命が届き、ダアトに帰国しなければならない事をルークへ包み隠さず話した。

 だが、ただでさえ兄フレアや仲の良い使用人のガイが屋敷や街を離れるだけで文句を言うルークである。

 案の定、話が終わると同時にルークは抗議し始めた。

 

「えぇッ!! 嫌だよ俺! 稽古はヴァン師匠じゃなきゃ嫌だ!」

 

「我慢してくれルーク。私の留守の間は部下を送る」

 

 ヴァンがルークを宥めようと最善の案を出すが、残念ながらルークは納得せずに抗議を続ける中、クリムゾンは呆れた様に溜息を吐いた。

 

「いい加減にしなさいルーク。辛抱する事も覚えなばならん」

 

 親らしいしつけの言葉がルークへ投げられる。

 しかし、それとほぼ同時にルークへの擁護の言葉も投げられた。

 

「まあ、あなた……ルークが可哀想だと思わないのですか! この子は誘拐され、怖い想いもして記憶も……うぅ」

 

 擁護の言葉を投げ掛けたのは予想通り、シュザンヌであった。

 危険な事は止めて欲しいが、息子の好きな事はやらせてあげたいと言う、なんとも複雑な親心。

 そして、昔の事を思い出したのかシュザンヌは涙まで流してしまう。

 

「は、母上……泣く事まではないのでは?」

 

「フレアの言う通りだ。シュザンヌよ……お前は少しルークに甘すぎるのではないか?」

 

 そうは言うものの身体の弱い妻にそんな強くは言えないクリムゾンは、それだけを言って妻を悲しませない様にするのに精一杯だった。

 そして、そんな両親の様子をつまらなさそうに見詰めるルークの頭に、ヴァンは手をポンッと置くと立ち上がった。

 

「そう言う事でありルークよ、今日はとことん稽古に付き合ってやるぞ? 私は先に中庭へ向かおう」

 

「ほう、ならば俺もルークがどれ程、腕を上げたか見させてもらうとしよう」

 

 そう言ってヴァンに続くようにフレアも立ち上げり、二人は応接室を出て行く。

 

「ああッ! 師匠……兄上……」

 

 哀しそうなルークの叫びは扉に阻まれ、ヴァンとフレアに届く事はなかった。

 

 

 ▼▼▼

 

 現在、ファブレ邸【中庭】

 

 ファブレ邸でも自慢の中庭へヴァンとフレアが足を踏み入れると、中庭の中央には二人の先客が立っていた。

 髪が薄く年配の老人と金髪の青年、庭師のペールと使用人のガイだ。

 二人はヴァンとフレアに気付くと、頭を下げて一礼しペールは再び仕事に戻り、ガイは立ったままだ。

 

「お疲れ様です、フレア様、ヴァン様」

 

 目上の者に挨拶をするガイだったが、ヴァンとフレアは鼻で笑った。

 

「フッ……ガイ、今ここにいるのは俺達だけだ。その呼び方は皮肉にしか聞こえないぞ?」

 

「ええ、お戯れを……”ガイラルディア”様」

 

 そう言ってフレアとヴァンは、背を向けて庭の手入れをしているペールへ視線を向ける。

 今の話を聞こえているであろうペールだが、聞いていない、寧ろ何も起こっていないかと錯覚させる程に反応せず、黙々と手入れを続ける。

 そんなペールに笑みを浮かべる二人に、ガイは先程の言葉に首を横へ振った。

 

「……御二人とも、今の俺はファブレ家の使用人ですよ」

 

 おかしそうに笑みを浮かべながらそう言うガイだが、その瞳は使用人とは思えない程の眼力だ。

 そんなガイにフレアは、そうか……とだけ更に笑みを返すと、標的を背を向けているヴァンへ変えた。

 

「ヴァン。今回の一件も計画の内か?」

 

「……いえ、今回の事は此方とて予定外の事。時期が迫る中、全くレプリカと言う”物”は余計な事ばかりする」

 

 鬱陶しい様にそう言うヴァン。

 また、フレアとヴァンの会話にガイとペールは沈黙を貫いたまま距離を取る。

 これはフレアとヴァンの会話だと自覚しての事だからだ。

 そして、ヴァンの言葉にフレアは背を向けたまま意外そうに言った。

 

「ほう、レプリカ導師にそれ程までの自我と行動力があるとはな……」

 

 フレアは”今の”導師と顔を合わせた事が無い。

 しかし、それを含めたとしてもフレアの口調は何処か楽しそうにも見える為、その言葉の内容は実際は微塵もそう思っていないのが分かる。

 それはヴァンも同じ事であった。

 

「確かにあのレプリカはオリジナルとは似ても似つかない性格ですが、只でさえ体力面で”劣化”しております。導師守護役(フォンマスターガーディアン)の協力があっても、それ程までの行動力はあるとは思えません」

 

 導師守護役、女性のみで構成された文字通り導師を守る者達の事を指す。

 構成メンバーは三十人程だが、時期性で交代される為に導師の傍にいる者は基本的には一人だけ。

 体力面で劣化し、しかも今の”現状”の導師をダアトから連れ出せるとは思えない。

 しかし、現に導師はダアトから消えているのは事実。

 

「……軟禁していたと言う割に、こうも簡単に逃げられるとはモースも情けない事だ」

 

 フレアは今此処にいないある男を非難した。

 大詠師モースはローレライ教団所属の男であり、彼の肩書である大詠師は導師の次に権限が強い役職だ。

 しかし、現在は改革的な導師派と保守的な大詠師派と派閥争いを行っているローレライ教団にて導師派は圧倒的な劣勢に立たされており、事実上はモースが教団のトップだが、導師として必要な素質である第七音素をモースは扱えない事も原因で完全に導師派も教団も掌握しきれない原因となっている。

 そんなモースを非難するフレアにヴァンも頷く。

 

「それは私も同意見ですが、元々あの男を信じていた訳ではありますまい」

 

「当然だ」

 

 迷いなく即答するフレアに、ヴァンは少し苦笑するが自分も同じな為に特には何も言わなかった。

 そんな中、フレアはヴァンの方へ振り返った。

 

「まあ、導師達の事は計画に支障がないならば、お前のいない間は俺やガイに任せれば良い。それよりもヴァン、”アレ”はどうなった?」

 

 先程の話を終わらせ、フレアは目付きを険しくしヴァンへ問いかけると、ヴァンもその意味を理解しているらしくヴァンは静かに頷くと何処からともなく一本の剣を取り出し、フレアへと手渡した。

 持ち手の部分や柄の部分が炎をイメージしたかの様なデザインの剣だが、肝心の刃の部分は何やら青い文字が刻まれた布によって包まれている。

 その剣を受け取ったフレアは、その剣をまじまじと見つめた。

 

「これがそうか……」

 

「ええ、嘗て……創世暦時代に第五音素の意識集合体『イフリート』が作ったとされる魔剣”フランベルジュ”。言われました通り、ザレッホ火山にて発見致しました」

 

 オールドラント最大の火山地帯”ザレッホ火山”は未だに溶岩活動もあり、第五音素が多く存在し、それを好む魔物が数多く生息している場所だ。

 その場所へヴァンは部下を引き連れ、フレアとの契約を果たす為に火山へ行き、魔物と環境に苦戦しながらも魔剣を入手する事に成功した。

 そんなヴァンの話を聞きながらもフランベルジュを見つめるフレアに、ヴァンは声を掛けた。

 

「ご安心を、その剣は本物ーーー」

 

「本物だ」

 

 ヴァンの言葉を遮り、フレアはフランベルジュの刃を包む布へ触れる。

 青く光るフォニック文字が刻まれている布は厳重に刃を抑えているらしく、布そのものを引っ張ってもビクともしなかった。

 

「お気を付け下さい。騎士団の中で腕利きの譜術士十人に封印を施させましたが、それでも完全には力を抑えられてはおりません。気を抜けば、その剣の第五音素が暴走し持ち主すら焼き殺します……」

 

 ヴァンは冷静にフレアへ説明をした。

 引き連れ行った部下のオラクルナイトも無警戒でその剣に触れてしまい、溢れ出て来る第五音素を制御できずにそのまま死んでしまった。

 だが、そのオラクルナイトも決して未熟な訳ではなかった。

 寧ろ、音素の扱いには長けていた方であったがフランベルジュの持ち主に与える第五音素が桁違いな為、余程の熟練者でなければ扱いは難しい。

 フレアでも本当に扱えるのかどうか、ヴァンは疑問すら覚える程に。

 そして、ヴァンがそんな事を思っている事を知ってか知らずか、フレアはフランベルジュを横に向け、左手で刃に触れた時であった。

 封印を施していた布が一瞬にして燃え、抑えられていた刃がその姿を現した。

 

「これが魔剣と言う物か……」

 

 フレアは予想以上の力に思わず呟くが、その声は冷静そのものだ。

 まるで炎その物を刃にしたかの様なフランベルジュの刃。

 その刀身は見る者に息を呑ませる程の存在感を出し、炎の様に力強く、ルビーの様に美しい剣であった。

 だが、力を解放されたフランベルジュは刃が露出した事で膨大な第五音素が溢れだす。

 それは肉眼で直に見える程であり、その第五音素はそのままフレアの周りを包み、ヴァン達は思わず身構える。

 

「いかん! 第五音素が暴走する……!」

 

 手入れをしていたペールですら作業を中断し、目の前の現状の危険さを理解する程であり、ヴァンとガイも身構えたまま動けずにいた。

 

「マズイ! 屋敷内の者達に避難を!?」

 

「フレア様!!」

 

 辺りの空気の温度が上がっているのを直に感じ、この庭に第五音素が異常に集まっている事に二人はそのまま息を呑んだ。

 だが……。

 

「大丈夫だ」

 

 周りの声など気にせず、フレアは顔色一つ変えてはいなかった。

 それどころか、フランベルジュの力に笑みを洩らす程だ。

 すると、フレアの周りに集まっていた第五音素が弱まり始め、軈てフランベルジュの中へと消えて行った。

 最悪の事態の回避、そしてその回避させた力にフレアを除く三人は静かにフレアを見つめていた。

 

「悪くない……イフリートがこれを俺に使わせたがっていた訳も頷ける」

 

 そう言ってフランベルジュを見つめるフレアは、そのまま瞳を閉じると心の中で己の半身とも呼べる者の名を呼んだ。

 

(イフリート……)

 

 その名を心の中で口にすると、フレアは自分の中から熱い何かが込み上げて来るのに気付く。

 そして、頭の中に声が響いた。

 

『フレア……我ガ半身……!』

 

 どちらかと言えば男に近い低い声、だが、それは人の声ではないと言う圧倒的な威圧感も同時に放たれている。

 そんな声の主イフリートに、フレアは慣れているのかすぐに返答した。

 

(イフリート……フランベルジュは俺の手にある。この魔剣を収める為の鞘を)

 

『分カッタ……我ガ作りシ剣……ソレを収メル鞘を送ル……』

 

 イフリートの声に、フレアは左手を翳すと第五音素が左手に集中し、それは軈て一つの形となる。

 それは赤く、焔の様な色合いの鞘であった。

 フレアはフランベルジュをその鞘へ差すと、先程までフランベルジュから漏れていた第五音素が完全に遮断され、庭は何事もなかった様な静けさを取り戻す。

 そして、その光景にペールとガイはフレアの力を知っていても驚きを隠せず、ヴァンも先程の己の考えが阿保らしく思ってしまう。

 

(流石は……イフリートの同位体か。私とした事が今になって再度自覚させられるとはな)

 

 戦う事を生業としている者、特に軍属の者は皆が知っている。

 ファブレ家・長兄、フレアの音素振動数が第五音素の意識集合体のイフリートと同じ振動数である事を。

 本来ならば同じ音素振動数を持つ者は存在しないのだが、フレアはその例外の一人。

 音素力や譜術に用いられている第五音素だが、それは第七音素とは違い鍛錬すれば誰でも操れる一般的な音素の為、イフリートの同位体だからと言って何が出来るのかと言う疑問を持つ者も少なくない。

 ただ噂では、オールドラント中の第五音素を操れる、フレアの前では第五音素を用いた譜術は使えない、エネルギーである音素力、その中で第五音素を燃料にしている音機関を止められる等、諸説が存在する。

 だが、フレアは剣・武・譜術に長け第七音素の素質も持っており、この若さで数々の武功を上げているのは彼の才能とイフリートの存在が大きいのは間違いない。

 そして、その恐ろしさもヴァン自身も身を持って知っていた。

 

「その様な事が出来るのでしたら、フランベルジュをイフリートから受け取れば良かったのでは?」

 

 嘗ての恐怖を思い出したのか、少し額に汗を浮かばせながらヴァンはフレアへそう抗議するが、フレアは剣を腰に掛けながら首を横へ振った。

 

「嘗てユリアとその弟子たちは、幾つかの武器の力の大きさに危機感を覚えて封印を施したと言われている。その為なのか、イフリートですらこのフランベルジュに干渉は出来なかった」

 

 フレアはそう言うとヴァンへ振り向き、更に言葉を付け加えた。

 

「どの道、お前には貸しもあれば”先祖”の尻拭いを子孫がしたにすぎんだろう?」

 

「……」

 

 そのフレアの言葉にヴァンは何も言わなかったが、その眼光は鋭く光っており、フレアもヴァンへ同じ眼光で睨み、辺りに不穏な空気を生み出しながら二人が睨み合っていた時であった。

 

「師匠! 兄上!」

 

 中庭にルークが走りながら皆の下へと来たのだ。

 両親との会話が長くなってしまったのか、急いで来たルークだったが中庭の異変に少し首を傾げた。

 

「あれ? なんかこの庭、今日はやけに暑い様な……」

 

 先程の一件を露も知らないルークは気温の異変に気付いたが、その異変も収まり始めていたので首を傾げる程度しか分からない。

 

「走ってきたからじゃないのか、ルーク?」

 

 ガイの言葉に漸く彼にルークは気付いた。

 

「ん? なんだよ、ガイ。どうしてガイまでここにいるんだよ」

 

「いや……ただ、俺も御二人から色々と剣について聞きたくてな」

 

 ガイはルークへ先程の事を隠した。

 理由はただ単に話してはいけない事だからで他ならないからだ。

 

「ふ~ん……でも、ヴァン師匠は俺と稽古すんだぞ? 兄上にも稽古が終わった後に色々と土産話を聞くんだからな。ガイはまた今度にしろよな。なんなら、俺がガイに教えてやっても良いんだぜ?」

 

 親友の言葉に疑うと言う事をしないルークは案の定、ガイの言葉を鵜呑みにしていまい、ガイも親友の顔で笑いながら返答した。

 

「ははは。それは楽しみだが、ヴァン謡将から一本取れる様になってからにさせて貰おう」

 

 ガイの言う通り、ルークは今までの稽古の中でヴァンに一本も取れた事がない。

 別にルークが弱いと言う訳ではないが、ヴァンとはスキルの差があり過ぎており、ハッキリ言えば掠りもした事がないのだ。

 それをルークも気にしているらしく、地団駄しながらガイに抗議する。

 

「う、うるせぇな! 俺はまだ修行中なんだよ……それに今日は凄い調子が良いんだ。今日だったらヴァン師匠にだって勝てるかも知れないぜ!」

 

「ほう、それは私も楽しみだな。それならば早速、稽古に取り掛かろう……まずは準備として素振り開始!」

 

「はい!」

 

 ヴァンの指示に木刀を抜き、ルークは兄や使用人達が見守る中で稽古を始めるのだった。

 屋敷内に招かねざる客が来ている事も知らずに……。

 

 

 ▼▼▼

 

 屋敷内ではある異常事態がおこっていた。

 白光騎士団は疎か、メイドや執事のラムダスですら横たわったり壁や柱に寄りかかったまま一時の眠りに沈んでおり、屋敷内は無防備となっていた。

 そんな中、屋敷内を歩く一人の女がいた。

 顔の半分も覆う長髪で顔は良く見えないが、微かな幼さは雰囲気からみて取れるが杖を持ち武装はしている。

 

「……どこにいるの? 裏切り者、ヴァン!」

 

 彼女の言葉には確かな怒りが感じ取れる。

 ファブレ公爵家に侵入してまでもやり遂げる事、それは生半可なものではない。

 女は辺りを見渡し続けるが、目的の人物は何処にもいない。

 軈て、女の表情に焦りが現れる。

 

「ほ、本当にここなのよね?……間違えてたらどうしよう……」

 

 先程までの強い口調は何処へやら。

 あたふたし始めてしまう侵入者だが、庭の方から何やら騒がしい声が聞こえる。

 女は気になり、そっと窓から庭を覗くとそこには目的の人物の姿があった。

 

 

 ▼▼▼

 

「双牙斬ッ!!」

 

 ルークは木刀を下から上へ振り、訓練用の人形を吹き飛ばした。

 強烈な一撃でバウンドしながら庭の壁に激突する人形を見て、ヴァンは静かに頷く。

 

「良し。少なくとも双牙斬は使いこなし始めた様だな……では、今度は私が相手をしてやろう」

 

 木刀を手に持ちルークの下に近付くヴァンと、うずうずしながらそれを待つルーク。

 ガイとペール、そしてフレアはそんな稽古の様子を静かに眺めていた時であった。

 

『トゥエ レィ ズェ クロア リュォ トゥエ ズェ』

 

「ッ!? これは……!」

 

「なんだ!……凄い眠気が……!」

 

 突如、庭に歌が流れた。

 心地よき歌であり、透き通る声に心奪われてしまう程に綺麗な歌。

 だが、問題なのはそこではなく、異常なまでの睡魔に襲われると言う事だった。

 ペールとガイは思わず膝をついてしまうが、ペールはその正体に気付いた。

 

「これは譜歌か! や、屋敷に……第七音譜術士が入り込んだのか!!」

 

「くそっ! 警備兵は何をしている!」

 

 ガイは警備兵の不甲斐無さに怒る中、同様に睡魔に襲われていたフレアは庭の隅の柱で動く影に気付く。

 

「そこか!」

 

 フレアは咄嗟に近くにあった予備の木刀を上から下にする様に投げた。

 木刀は回転しながら柱の影に向かい、柱の傍に接近した瞬間、何かに弾かれ地面に落ちると柱の影から一人の女が出て来る。

 

「気配は消していたつもりだったのだけれど、流石はファブレ公爵の屋敷ね……」

 

「お、女ッ!?」

 

 侵入者の正体にルークは驚きを隠せなかった。

 自分の読んでいた物語では侵入者は黒いフードを被った男と言うのがお決まりの展開。

 まさかの出来事にルークが驚く中、ヴァンも侵入者の正体に驚いていた。

 

「ティア!? やはりお前か!」

 

「見つけたわ……裏切り者、ヴァン・グランツ!!」

 

 杖を構え、ナイフを取り出した侵入者ティアはそのままヴァンへ向けて駆け出した。

 それに対してヴァンも自分の剣を抜き、迎え撃つ体制に入ったが、その二人の間に入る者がいた……フレアだ。

 フレアはフランベルジュを抜いてヴァンとのティアの間に入り、互いの剣と杖がぶつかり合う。

 

「賊めが……これ以上、この屋敷で好き勝手出来ると思うな」

 

「ッ! 邪魔しないで、あなた達には危害を加える気はないの!」

 

 武器と言葉をぶつける両者だが、純粋な力ではフレアに分があり徐々にティアは押されて行く。

 その事態にヴァンも二人の方へ叫んだ。

 

「フレア様! お待ち下さい!?」

 

 珍しく少し慌てているヴァンの様子にフレアは珍しくも思ったが、理由はどうであれ侵入者に変わりはないのだ。

 それ故、フレアはヴァンの言葉を聞いても力を緩める事はしない。

 

「黙っていろヴァン。 どの道、公爵邸への無断侵入だ。斬られても文句は……言えまい!」

 

 フレアはそう言うと、互いに武器を弾き、そのまま再び武器をぶつけ合う。

 だが、押されているのはティアなのは変わりはなく、このまま勝負が着くと思われたがこの時、誰もが予想外の事が起きてしまった。

 

「兄上ぇぇぇぇッ!」

 

 ルークがフレアの助太刀の為に二人へ木刀を持ちながら走って来たのだ。

 

「ッ! いかん!」

 

「来るな、ルーク!?」

 

 ヴァンとフレアの言葉が庭に響くが、ルークには届かず、ルークの木刀はそのままフレアとティアの武器へ振り落とされ、そのまま接触した時だった。

 

 バチッ!

 

 刹那、三人の耳に静電気の様な音が聞こえた瞬間、今度は耳鳴りの様な音が発生し、巨大な力が三人を包み込む。

 

「これは!? 超振動……!」

 

「よりによってこのタイミングで……!?」

 

「な、なんなんだよコレはよッ!?」

 

 フレアとティアが事態に気付く中、ルークだけが事態を理解出来ずに困惑していた。

 フレアは何とかルークだけでも助けようとするが、強い力に拒まれ動く事が出来ない。

 そして、その時は訪れてしまう。

 何かが弾けた瞬間、三人の意識は飛んだ。

 

「ガアァァァァァァッ!!?」

 

「キャアァァァァァッ!!?」

 

「ウワァァァァァァッ!!?」

 

 庭の中心で爆発音と悲鳴が響き渡った後、三人がいた場所には何も存在しなかった。

 ただ、一本の光の柱が天に昇って行ったと言う事実だけが残されたヴァン達の目に残ってしまった。

 

 

 End


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