TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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投稿が遅くなりました(;´・ω・)

出張・休日出勤が六月中に多くあり、書く気力がありませんでいた(´;ω;`)


第十四話:同位体

 現在:戦艦イフリーナ【客室】

 

 現在、シンクの攻撃から逃げ切れたルーク達は戦艦イフリーナの一室で休息をとり、それぞれの疑問などについて話し合っていた。

 

「イフリーナって……戦艦の事だったんだな」

 

「あぁ。フレア様が任されたキムラスカが誇る最新鋭艦だ。火力と速さが売りだが、殆どはバチカル港に停泊してるから観光名所みたいにもなっているんだ」

 

 イフリーナが分からなかったルーク。彼にガイがこの戦艦の事を説明し、ルークは兄の戦艦だと分かって頻繁にキョロキョロと辺りを見回す。

 

「……なんかタルタロスとは違ぇんだな。イフリーナの方が部屋が豪華だぜ」

 

 ルークはそう言って己が座るソファを揺らすと、そのソファからは確かな反発力と柔らかさが感じ取れる。

 しかし、そんなルークの言葉にジェイドは溜め息を吐きながら首を横へと振った。

 

「この戦艦がおかしいだけです。タルタロスは実用性を求めて作られましたのでね」

 

「言ってくれるな死霊使い」

 

 どこか勝ち誇った表情でジェイドに言われ、フレアはやや表情を曇らせる。

 

「いえいえ……お互い様と言うやつですよ」

 

「……ひとつ言っておくが、この内装は俺の趣味でもなければ指示でもない。……内装に関しては”ナタリア”が主に指示を出していた」

 

 フレアは思い出すように目を閉じながらそう言うが、何故か表情はやや険しくなっている。

 そしてそんなフレアの言葉に、げっ……とルークは呟き、あぁ……とガイは納得した様に苦笑していた。

 

「でも僕は好きですよ? こういう内装は僕からすれば新鮮です」

 

「う~ん。確かに良い素材や装飾が使われている……少し位は削ってもバレないか」

 

「アニス……聞こえてるわ」

 

 フレアとジェイドの会話を聞いていたイオンは、周りを見ながらそう言って用意されたお茶を口にする。

 そんなイオンの隣では周りの装飾をネコババしそうなアニスをティアが目を光らせる等、メンバー達がそれぞれの事をしていると、ジェイドが本題を切り出した。

 

「ところでガイ。先程、アスター殿から渡された解析結果はどうなりましたか?」

 

「ん?……あぁ、それが烈風のシンクに襲われた時に一部失くしちまったんだ……残ったのはこれだけだ」

 

 ガイは申し訳ない、そう呟きながらジェイドへと解析結果の資料を手渡し、ジェイドはそれを素早く見始める。

 

「いえいえ……六神将相手にここまで守りきれたのですから上々ですよ」

 

 ジェイドはガイへそう言って解析結果の資料を見ていると、ある所で目が止まる。

 それは”同位体の研究”と記されていた部分だった。

 

「同位体の研究?……3.14159265358979323846……これは”ローレライ”の音素振動数でしたか」

 

「ど、同位体? それにローレライやら音素振動数やら何言ってんのか訳分かんねぇぜ……」

 

 一般的な知識が欠けているルークにはこの時点で何が何だか分からず、既に降参だと言わんばかりに声にもやる気がなかった。

 そんなルークにティアが額を抑えながら溜め息を吐く。

 

「ローレライの事は馬車の中で教えた筈よ?――ローレライは第七音素の意識集合体の総称だと」

 

「補足すれば意識集合体って言うのは……音素が一定数以上が集まると自我を持つって言われていて、その自我を持った存在の事を言います」

 

 ティアの言葉にアニスは少しだけ付け足す様にしてルークへ伝える。

 一定数以上の音素を集まれば自我を持ち、更にその存在の力を借りれば高等譜術が使えると言われている。

 しかし、普通に考えればそれ程までに濃度の高い音素を維持できる者はそうそういない。故に研究で立証されていても殆どの者が易々と使える様なものではないのだ。

 

「みゅっ? 音素はしゃべるんですの?」

 

「ハハハ……それは分からないが、それぞれの意識集合体には名前があるんだ。第一音素がシャドウ・第二音素がノームで後は……」

 

 そこまで言ってガイは口を重くする。どうやらど忘れしてしまった様だが、意識集合体については研究者や譜術師等以外にはあまり縁がないので仕方ない。

 だが、そんなガイの言葉を引き継ぐようにフレアが口を開く。

 

「第三音素がシルフ・第四音素がウンディーネ・第五音素がイフリート・第六音素がレムと言われている。これらの意識集合体はローレライと違い、その存在は確認されていると聞く」

 

「えっ? ローレライは存在してねぇの兄上?」

 

「……いや、そもそもローレライに関しては存在するしない以前の問題だ」

 

「存在云々の前に観測自体がされていないんです。ただ、他の音素にはいるのだから第七音素にもいるのではないかと言う仮説だけです」

 

 ルークのローレライへの疑問。それにフレアとジェイドが応えてあげると、ルークはその答えに感心する様に頷いた。

 

「へ~皆、よく知ってんな?」 

 

 自分は殆ど知らなかった知識。それを周りの人間が易々と答えているのだ。基本的に自分に問題があるとは考えないルークからすれば、周りの人間が物知りに見えてしまう。

 故に、そんなルークの様子に周りの人間全員がルークの言葉に苦笑していた。

 

「まぁ……本当は常識なんだけどな」

 

 ガイはそう言って苦笑する。

 実際、ガイの言葉は正しく、幼い子供が学校で最初に習う様な知識なのだ。

 それ故に、周りの人間からすればルークが知らな過ぎるのだと思っている。――ティア一人を除けば。

 

「ふふ、良いのよ。これから色々と覚えて知って行けば良いのだから。私もバチカルまでの残り短い時間、出来る限りの事は教えてあげるつもりよ?」

 

 そう言うティアも、最初は周りと同じ様にルークを世間知らずの貴族としかティアも見ていなかった。

 気に掛けていたのもフレアからの条件を守る為。ルークをバチカルまで連れて帰り、己の罪を許してもらう事だけの為だった。

――だが、旅の途中でティアは色々と知ってしまう。

 マルクト側の誘拐によるストレスでの記憶喪失。それは歩き方すら忘れる程の重症だった。更に言えばティアがずっと気になっていたルークの”日記”もある。

 日頃から持ち歩いている故に超振動で飛ばされた時も所持していた日記帳。それを旅の途中でも欠かさず書いている事が気になってティアはルークに聞いた事があり、その時の言葉が彼女の印象的に残った。

 

『再発するかも知れねぇからって、書く事を義務付けられてんだよ。こうやって書いとけば、また記憶が無くなってもマシだからな』

 

『色々と覚えなきゃなんねぇ事が沢山あったんだよ……”親の顔”とかな』

 

 ガイの言う通り、そう言っていたルークからは気にしている様子は微塵もなかった。

 過去は要らない。そう言った通り、ティアが知る限りではルークが過去を欲する様な気配はなかったが、ティアがルークに感じた事は他にもある。

 

――軟禁されていたとはいえ、ルークは余りにも知らな過ぎている。

 

 最初は誘拐以外では貴重な第七音譜術士だからと思っていたティアだが、ルークは第七音譜術士としては疎か、一般的な知識すら知らなかった。

 いくら勉強嫌いでも意図的に誰かがしなければ、こうはならない。

 

――このままではルークは本当に何も知らず、誰かの都合の良い人形の様になってしまう。

 

 その考えはティア自身が嘗ての自分と重ねたのか定かではない。

 しかし、ティアはルークの事を少しずつ知れた事で気付く事が出来た。

 

――ルークはただ、本当に知らないのだと。分からないだけなのだと。

 

 エンゲーブでの買い物もそうだ。馬車での値段も、額は聞いた事があるが自分で払った事がない。

 だがルークの周りは彼が何か言えば文句なしで与えていたのだろう。公爵と言う地位もルークの金銭感覚を狂わせている。

 でなければ馬車代の三万ガルドに、たかがとは言わない。

 そんな周りの人間。周りの環境。その全てがルークに知識を与えなかった。

 

 そこまで理解しているからだろう。ティアの言葉はまるで見守る様な温かな優しさが籠っており、ルークもティアが周りとは違うと感じているのか、彼女の言葉に照れを隠すように頭を掻く。

 

「……まぁ、ティアのは今までの家庭教師共と違って分かりやすいしな」

 

「おいおい、ローレライの事は忘れてただろ……」

 

 ルークの言葉に苦笑しながらガイは呟いた。

 すると、余計な事を言うなと言わんばかりにルークは抗議する。

 

「だぁぁぁ! ガイは黙ってろっつうの!?」

 

「へいへい」

 

 大声を出しながらガイへ言い放ったルーク。

 しかしガイからすれば慣れた光景でしかなく、まるで手の掛かる友人に相槌を打つかの様に慣れた様子で返事を返す。

 すると、その光景にティアが楽しそうに笑ってしまう。

 

「ふふふ……!」

 

 ティアも分かったのだ。どれだけ叫んでいようが今のルークのはただの照れ隠しであり、同時に悪戯を隠す子供と同じなのだと。

 しかし、そんな事を思われているとは露知らずのルークはティアが笑った事に更なる講義を始めた。

 

「なっ、なに笑ってんだよ!? 人の事を笑うのはイケない事だって母上が言ってたぞ!」

 

「はいはい」

 

 伊達に濃いルークの傍にいた訳ではない。

 何故かミュウを振り回しながら抗議するルークに対し、ティアは手の掛かる子供をあやすかの様に返事をし、どう見てもティアがルークの扱いを理解している事に周りが分かった瞬間だった。

 

 しかし、そんな中で一人だけそんなティアを見詰めている人物が一人。

 

「……」

 

 その一人であるフレアはただ黙ってティアへ悟られぬように見詰めている。

 だが、その表情は気付く者が見ればどこか目が険しくも見える。

 

 気にいらない。そうとも取れる目で見ているフレアだったが、丁度ジェイドが自分の方へ顔を向け始めた事で誤魔化すように瞳を閉じた。

 

「おや?……どうかしましたか?」

 

「……いや、少々考え事をな」

 

 ティアを見ていた事はバレてはいなかったが、黙って目を閉じていた事をフレアはジェイドに気にされてしまった。

 当たり障りもなくフレアが考え事だと言うと、そうですか……とだけ言ってジェイドは再びルーク達の会話に戻り、その頃にはルークの怒りも収まっていた。

 

「ったく……で結局、同位体ってのは何なんだ? なんかローレライに関係してるっぽく聞こえたけどよ?」

 

「別にローレライだけに言える事じゃないわ。同位体は音素振動数が同じ存在の事よ」

 

「ん?……音素振動数が同じだけでそんな呼ばれ方すんのか?」

 

 なんだそんな事か。音素振動数の事を知らないルークは拍子抜けの様にツマらなそうに呟くが、そんなルークにティアを首を横へ振った。

 

「音素振動数が同じ事が重要なのよ。本来、音素振動数は指紋と同じで他者や他の存在とは決して同じにはならないの。だから同位体と言う存在は人為的に作らなければ生まれないわ」

 

「本来ならば……そうですね」

 

「あん?」

 

 意味ありげに呟くジェイド。彼の言葉にルークはつい釣られしまう。

 

「どういう事だよ? 同位体ってのは自然に生まれないんじゃねぇのか?」

 

「確かに基本的にはそれで合っています。ですが、稀なケースもあるものです。――なにせ、我々の目の前(・ ・ ・)にその存在がいるのですから」

 

 ジェイドの目線はそう言って隣で佇むフレアへと移され、周りの者達も合わせるかの様にフレアへと顔を向け、ルークも何故に兄が見られるのか分からず首を傾げた。

 

「は? なんで兄上を見るんだよ?」

 

「どういう事なんですジェイド?」

 

 イオンも気になり、ジェイドへ言葉の意味を訪ねた。

 しかしジェイドはどうしようかと、言うのを渋っている様にも見える。……と言うよりも、敢えてその様な態度をしている様にしか見えない。

 

「私が言っても構わないのですが、貴方はどうなのですか?」

 

 言わないのならば自分が言う。と言うよりも言いたい。そんなどこか楽しんでいる様な表情を浮かべながらジェイドは、当事者でもあるフレアへと視線を向け続ける。

 あのジェイドからずっとそんな視線で見られているのだ。フレアは負けたと言わんばかりに小さく息を吐いた。

 

「死霊使いめ……余計な気遣いを。軍属ならば知っている者は多い。別に改めていう事ではない」

 

「そうは言いますが……このメンバーの人達は知らない人ばかりですよ?」

 

 ジェイドの言葉にフレアはルーク達を見渡す。

 ガイは知らない筈がなく、自分には振らないでくれと目で語っているが問題は他の者達だ。

 ルークとイオンはともかくとし、困惑した表情をしている様子からティアとアニスの二人も、フレアの事情を知らないのだと察する事が出来る。

 どうやら軍属でもここにいる者達は知らない者の方が多かった様だ。フレアにとっては寧ろ、この反応の方が新鮮であり、思わず笑みが込み上げてしまった。  

 

「ふっ……まぁ隠す事でもないのだがな」

 

 そう言ってフレアは壁から背を離し、一番よく分かっていないルークの方を向いた。

 

「ルークよ。俺の音素振動数はとある存在の音素振動数と同じなのだ」

 

「とある存在……?」

 

「あぁ、そしてその存在の名は……”イフリート”と言う」

 

 そう言った瞬間、ジェイドとガイを除いたメンバー達がざわつく。

 そんな中でルークも、ついさっき聞いた言葉故に先程までよりは理解が早かった。

 

「イフリート? イフリートって確か……」

 

「第五音素の意識集合体の総称よ。……驚いたわ。そんな存在と音素振動数が同じだなんて……でも確かにそう言われると納得だわ。……チーグルの森であれだけの第五音素を糸も簡単に制御しているんだもの」

 

「って言うかイフリートの同位体って……色々とヤバイ存在なんじゃ……?」

 

 ルークとティアの会話を聞きながらアニスは冷や汗を流しながらも、何とか作り笑顔を維持しようとする。

 観測され、その存在も知られているとはいえ意識集合体そのものは、日頃自分達の傍にいる存在ではない。

 どちらかと言えば空想上の存在と言う認識の方が近く、そんなイフリートの同位体であるフレアは一体どういう存在なのかアニスは分からなくなっていた。

 先程までの媚びを売る様な態度から変わり、アニスは表情は変えてはいないものの目は奇怪なモノを見る様だった。

 だが、フレアにとってはそんな目は慣れたもの。この事実を知ってまともに己を見る者等、本当に殆どいなかった。

 故に、フレアからすれば元々、評価の低かったアニスからそんな目で見られても痛くもない。

 

(今更、そんな目で見られた所で何も感じはしない)

 

 何も感じないのだ。奇怪な者を見る目。化け物でも見るかの様な視線。

 それらを十年以上前から全てを受けていたフレアの心は既に死んでいる様なもの。

 自国や他国も同位体は”兵器”としか見ていない。

 ”イフリートの同位体”という名の兵器として生きて来たからこその焔帝(・ ・)の名だ。

 だからこそ周りが何と思おうが、それはこれからも変わらないだろう。周りの空気が変わった様な今の状況でもと、フレアは孤独の笑みを浮かべながらそう思っていた。

――すると。

 

「おい! アニス、兄上に変な事言うんじゃねえよ! イフリートの同位体だからって兄上は俺の兄上だ。たかが同位体ぐらいで騒ぐなっつうの!」

 

 周りを一喝する様に空気を変えたのルークだった。

 アニスの言葉に、尊敬する兄へ対する事だった故に悪く言われたと感じ取り、ルークは苛ついた様にアニスを睨む。

 

「うっ……ご、ごめんなさい。ア、アニスちゃんたら悪い子。てへっ♪」

 

 上手く誤魔化そうとするが逆に空気が固まる。

 このタイミングで猫を被るなと、ほぼ全員が呆れた眼差しでアニスを見詰め、アニスも流石に無理があったと沈黙する。 

 そんな中、己を庇ったルークの姿に不覚にもフレアは驚いた様に目を大きく開け、そして視線をルークから外せなくなっていた。

 すると、そんなフレアの様子に気付いてはいないものの、ガイは今のルークの言葉を聞いて困った表情を浮かべる。

 

「まぁ……そうは言うがなルーク。同位体ってのも色々と特殊なんだ。第五音素そのものであるイフリートの同位体である以上、フレア様は特別なんだ」

 

「特別なら凄い事だろ? やっぱし兄上はスゲェんだな」

 

 ルークの表情に迷いはなかった。寧ろ、純粋過ぎる程だ。

 全てが彼からすれば本心だったのだろう。普通ならば色々と悩む様な相手でも、ルークからすれば自分の兄が思っている以上に凄い存在だったと分かったぐらいでしかなかった。

 

「……」

 

 すると、ルークの言葉を聞いたフレアは皆に背を向けて扉から出て行こうとする。

 何も言わずに素早いその動き。それはまるでルークの姿を見ているのが辛く、それを誤魔化しているかの様だった。

 

「おや?……どうかしましたか?」

 

「そろそろアリエッタの様子も確認しなければならん。ブリッジにも顔を出したいしな……丁度良い」

 

 フレアに気付いたジェイド。彼の問い掛けにフレアは背を向けたまま答える。

 自分でも分からない今の表情を誰かに見せたくなかったのだ。

 だが、そんなフレアに気付き、ルークは立ち上がった。

 

「あっ、兄上! 部屋に籠りっぱなしじゃ退屈だぜ……俺、どっか見て回りたい」

 

「そうだな……生憎と前方の甲板は譜業砲の整理で入る事は出来んが、後方の甲板ならば大丈夫だろう。俺も後で向かおう」

 

 ルークにそう言うとフレアは部屋を出ようとするが、今度はジェイドが立ち上がった。

 

「では、私は機関室辺りでも見て来るとしましょう……」

 

「仕返しだな……」

 

 どこかで聞いた事のある言葉に反応しながらもフレアはようやくその部屋から出て行き、その後にルーク達も後方の甲板に向かった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:戦艦イフリーナ【後方の甲板】

 

 ルーク達が光焔騎士に案内されながら後方の甲板に足を踏み入れた時だった。

 甲板から見える景色。その中でケセドニア方面の方を見たガイが異変に気付き、駆け足で近くまで行き、甲板から少しだけ身を乗り出した。

 

「おい! なんだあれは……!」

 

 ガイが指さす方向にはケセドニア方面からイフリーナに向かってくる空飛ぶ”何かの集団”だった。

 離れ過ぎて黒い点にしか見えないが、徐々に近付いて来る事でその正体に皆も気付いた。

 

「あれは……魔物の群れ?――いや神託の盾!」

 

「なんですって……!」

 

 ジェイドの言葉にティアも目を凝らして見詰めると、徐々に近付いて来る魔物の群れ。その背中には確かに武装したオラクル兵達が乗っている事に気付く。

 しかも、そのスピードは思っているよりも早く。既に黒い点にしか見えなかった姿が今では遠目でも姿をしっかりと確認できる程だ。

 ジェイドも既にそれに気付いており、近くにいた光焔騎士に向かって叫んだ。

 

「ブリッジに報告! 敵襲です!!」

 

「は、はい!?」

 

 伊達にピオニー陛下の懐刀ではない。ジェイドの気迫に圧され、光焔騎士は急いで近くの連絡管からブリッジへ声を上げようとした瞬間、イフリーナ全てに警報が響き渡った。

 

『各員に報告! ケセドニア方面から多数の魔物の群れを確認! 同時に神託の盾も確認しており、急ぎ戦闘態勢に入り、手の空いてる者は譜業砲の発射準備を急げ!』

 

 警報と共に響き渡る光焔騎士の声と同時、艦内は急激に騒がしく鳴り始めたとルーク達が思った瞬間、巨大な爆音が響く。

 

「なんだ!?」

 

「イフリーナの譜業砲だ!」

 

 大気の音素。又は譜術士達が送る音素を圧縮し、巨大な音素の砲弾を発射する音機関。それが譜業砲である。

 その存在を知らないルークが音に驚き、それを音機関オタクのガイが説明してあげる。

 そんな間に譜業砲は更に発射され、迫って来ていた神託の盾と魔物に次々に直撃し、力無く海へと落ちて行くがそれでも突破して来るオラクル兵もいた。

 まさに決死の覚悟での特攻染みた攻撃にティア達も敵の覚悟に息を呑む。

 

「この砲撃の中を掻い潜って来るなんて……何としてでもイオン様と親書を奪う気ね」

 

「戦艦とは言え俺達は海の上だ。もしかして……敵の狙いはイフリーナを沈めるつもりなんじゃあ?」

 

「いえ……沈めるつもりならば、こんな特攻めいた作戦以外にもやりようは幾らでもあります。他に敵には何か考えがあると……思うんですがどうでしょうか?」

 

 ガイの言葉に少し考え込むようにしながら呟くジェイドの姿にルーク達は首を傾げる。

 ジェイドの割には珍しい姿であり、どこか弱腰に見えなくもない。

 

「ジェイド……どうかしましたか?」

 

「おっさんにしては何か弱腰だな。なんか心配事でもあんのかよ?」

 

「心配事……と言えばそうなりますね。実を言うと、こんな胡散臭い作戦を立てる人物に心当たりがありましてね……」

 

 ジェイドの表情はどこか暗い。と言うよりも面倒そうな表情をしていた。

 今までのジェイドならば任務第一とし、襲撃者である神託の盾へ対して絶対な姿勢で挑んでいた故に皆も違和感を抱いてしまう。

 

「大佐は今回の襲撃犯に心当たりが……?」

 

「まだ断言は出来ません。確信もない以上は今は――」

 

 言うべきではない。そう言おうとしたジェイドだったが、突如としてそれは叶わなくなる。

 自分達の目の前に突然鉄の塊(・ ・ ・)が降って来たからだ。

 

「一体なんだこいつ!?」

 

「音機関……!?」

 

 兄の戦艦に土足で踏み込む鉄塊にルークは怒りと驚きでややパニックになりながらそれを見上げ、一緒に見上げたガイはその形状や周りの構造からこの鉄の塊を音機関と判断した。

 ライガクイーンと同じぐらいの大きさをした球体の身体。大の大人も掴め、八つ裂きにする事が出来るであろうトラバサミの様な腕。

 誰がどう見ても戦闘用の音機関である。

 

「なによこの音機関! 騎士団の新兵器!?」

 

「いいえ! こんな戦闘用の音機関を投入するだなんて話は聞いた事がないわ!」

 

 この場面で自分達の目の前に現れた以上は敵としか思えない。

 だがアニスもティアもこんな複雑な酷いデザインの音機関を知らず、ミュウを抱きながら下がっているイオンも首を傾げていた。

 そんな全員がそんな複雑な気持ちを抱く中、ジェイドだけはどこか酷い顔を浮かべ、同時に目眩を覚えた様に手を額に触れさせていた。

 

「前言撤回。誠に不本意ですが……襲撃犯に心当たりがあります。こんな作戦の実行。そしてこんな音機関を作るのは――」

 

「ハーハッーハッーハッ! ようやく気付きましたか……我がライバル! ジェイド・カーティス!!」

 

 上空から響き渡る他者を小馬鹿にしたような笑い声。

 ルーク達が一斉に声に釣られて見上げると、そこにいたのは自作の宙に浮かぶ椅子に腰を掛ける一人の男。

 神託の盾六神将・ディストその人であった。

 

「……やはりディスト」

 

「あぁ……納得」

 

 ディストの姿を確認した瞬間、ジェイドとアニスの表情が死んだ様に沈黙しながら見上げ続ける中で……。

 

『……』

  

 メンバーとディストをイフリーナの陰から一人の光焔騎士が見ていた事には誰も気付く事はなかった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:イフリーナ【ブリッジ】

 

 イフリーナのブリッジの中にフレアはいた。

 襲撃されているといえ、冷静に対処している騎士達の様子にフレアは特に反応する事はしなかった。

 自分が指示を出すまでもない事が分かっているからだ。

 そんな風にフレアが状況を静観する中、一人の光焔騎士がフレアの傍に寄り耳元に囁く。

 

「予定通り……死神ディストとルーク様達が接触。そのまま戦闘を始められました」

 

「……時間通りだなディストは。――お前達は取り零したオラクル兵を排除後、後方の甲板に向かいルーク達と合流しろ。俺も後で向かう」

 

 それは本来ならば異常な会話であった。

 自分達の戦艦が襲撃され、その主犯が今まさにルーク達と戦っているにも関わらず、フレアも光焔騎士達も誰も焦る様子もなければ助けに行こうとする動きもない。

 囁いているとはいえ、その会話は他の光焔騎士にも聞こえている筈だが誰も動かない。

 まるで最初からこの襲撃の結末を知っていたかのように……。

 

「さて……俺も動くか」

 

 そろそろ艦内で自分も動かなければ、事の終わり次第にジェイドに何を言われるか分かったモノではない。

 所謂、アリバイ作りをすれば後でなんとでも言える。

 

「ディスト相手とはいえ、今の死霊使いがどれ程まで戦えるかも見物だな」

 

 色々と話は聞いていたが、封印術に掛かったジェイドの実力をフレアはまだちゃんと見ていない。

 故にフレアはそう言いながら僅かに口元を上げ、微笑むようにそう呟いてブリッジから出ようとする。

 すると、そんなフレアの下に一人の光焔騎士がブリッジの扉を開けて近づいてきた。

 慌てている様子はなくとも、どこか光焔騎士がやや平常ではない事を察したフレアは何かがあったと思い、その騎士の言葉に耳を素早く傾けた。

 

「フレア様。……左舷から神託の盾が接近。特徴から”六神将”であるとの事です」

 

「ほう……二つ名は?」

 

 ディストからは他の六神将が共に攻めるとは聞いていない。

 シンクが乗り込んだ可能性もあるが、その割には作戦も変わらずフレアは腑に落ちない。

 ならば考えられるのは、その六神将の独自の判断しかなかった。

 

 そして、フレアの問いに既に目星が付いていた様だ。光焔騎士はすぐにその問いに応えた。

 

「”鮮血”です」

 

「……またアイツか」

 

 度重なる奇襲。

 最早、アッシュがヴァンからの命令に従っているとは思えない。

 完全に個人の判断で動いており、明らかに何かを企んでいるとフレアは察した。

 

(やはり”計画”の事が漏れたか……?)

 

 アッシュがヴァンから離反する真っ先の理由。それは彼等は企てている計画しかないとフレアは真っ先に思い浮かべ、険しい表情のままブリッジを後にした。

 

 

▼▼▼

 

 現在:イフリーナ【甲板(前方)】

 

 イフリーナの甲板。そこは特にフレアを妨げる様な物は何もなく、広々とした空間であった。

 当然だが、ルークに前方の甲板に入れないと言ったのは嘘である。

 ディスト達とそう計画していたのだから当たり前だ。

 だからこそフレアもここに来る予定はなかったが、同じ様に予定のない客の出迎えをする為にここにいる。

 

「……」

 

 甲板に立ちながら、艦内が静かになったのをフレアは感じ取った。

 残存のオラクル兵は皆、狩り尽くしたのだろう。

 やや強い風を受け、長く赤い己の髪を靡かせながらフレアは静かにその時を待つ。

 残りの敵戦力であろうディストはルーク達が戦っている中、フレアは自分の戦う相手が目の前に降りてきた事で静かにその存在に近付くと、その存在である”鮮血”は鋭い眼光をフレアへ向けた。

 

「焔帝……!」

 

「またお前か……」

 

 怒りを纏ったアッシュに対し、フレアは焔帝の名には似合わない冷静な口調で返す。

 

「一体、何をしに来た? ディストの手助けではあるまい?」

 

「ハンッ! 当たり前だろうが。俺の目的は――テメェだ!!」

 

 アッシュはそう叫んだ瞬間、素早く剣を抜刀してフレアへ迫り、両手でその剣を振り落とす。

 だが、フレアは無駄のない動きでフランベルジュを右腕で抜刀し、アッシュの怒りを乗せた一撃を受け止める。

 

「ぐっ!?」

 

 受け止められた衝撃でアッシュの表情が歪む。

 踏み込みは全力であり、両手で重い一撃をアッシュは放ったつもりだった。

 しかし現実は非情。その一撃はフランベルジュを持つ右腕だけで受け止められ、そこからビクとも動かない。

 この細く見える腕のどこにそんな力があるのか、アッシュは困惑すると同時に恐怖する。

 自分とフレアの力の差。感情的とはいえ、その実力差を潜在的に悟ってしまったからだ。

 

「無駄が多いな。――動き(・ ・)思考(・ ・)も」

 

 フレアの呟き。それを聞いた瞬間、アッシュは腹部に衝撃を感じ、そのまま体が宙に浮いた感覚を覚えた。

 世界が周り、気付いた時にはアッシュは甲板に背を強く打ち付けていた。

 

「ぐぁっ!」

 

 身体から酸素が飛び出して行く。

 受け身すら取れず、そのダメージがそのまま自分に降りかかったアッシュだが、彼もまた強い意志を持ってフレアの前に立っているのだ。

 大の字に倒れながらも、アッシュは静かに何やら呟き始める。

 

――氷の刃よ 降り注げ。

 

 それは詠唱。青き水の光を放ちながらアッシュの身体を青き譜陣が展開される。

 そしてその譜陣から発せられる第四音素の光は急激にアッシュの真上に集まり、それは一つの大きな球体となった。

 

「水の譜術?……いや、あれは氷か」

 

 アッシュの生み出した球体からは潤いよりも、辺りを凍てつかせる冷気が溢れていた。

 タルタロスで学んだ事でアッシュがフレアへ第五音素を使用する事はもうないだろう。

 そして、その球体が一段と輝きを増した瞬間、アッシュの譜術は完成した。

 

「喰らいやがれ!!――アイシクル・レイン!」

 

 

 球体から放たれる氷塊。それは鋭利な形になっており、大の大人を容易に貫けるほどの大きさだ。

 それが10発以上も同時に放たれ、文字通り雨の様な勢いでフレアへと向かって行く。

 

「第四音素の上級譜術……だが、まだ粗い」

 

 フレアは左腕を目の前に翳すと、辺りに黒い音素が発生する。

 闇を司る第一音素。その譜陣も同時に展開し、フレアは素早く詠唱を唱える。

 

「降り注げ 悪魔の聖槍――デモンズ・ランス!!」

 

 フレアが詠唱を唱えてから術の発生。それはアッシュに比べれば間が殆どなかった。

 己へ向かってくる氷槍。それへ飛び込むように放たれる闇槍。それをフレアは全てコントロールし、闇槍を全て氷槍へ一発も漏らさず相殺させた。 

――否、相殺で終わらず、数発はそのまま氷槍を砕いてそのままアッシュへ向かって行く。

 

「なっ!?」

 

 目の前の脅威を前に、アッシュは身体に鞭を打って立ち上がり、剣を己に襲い掛かるデモンズ・ランスの残りを払う様に振る。

 

「このっ――!」

 

 弾くなりして己の左右にそれる闇の槍。その全てを避ける事は不可能であり、アッシュは急所でなければ多少のダメージも辞さない覚悟だった。

 右腕、左足、脇腹を掠って行く中、汗が流れ、髪型が崩れようともアッシュは必死に目の前の攻撃に耐えて行く。

 そしてとうとう最後の一発。それ目掛けてアッシュは大きく剣を振り上げた。 

 

「くそがぁ!!」

 

 振り下ろされる一閃。真っ二つに割れる闇槍。

――そして、その割れた間から飛び込んできたのは”紅”だった。

 

――剛・魔神炎。

 

 強烈な剛炎が壁の様に高く、凄まじい勢いでアッシュへ迫る。

 

「っ!」

 

 アッシュは右へ飛んだ。殆ど無意識、反射的に避けただけだった。

 しかし炎を回避できたのは事実。すぐさま呼吸を整えて反撃しなければ危機は去らない。

 震える拳を握り締め、アッシュは己に言い聞かせるように立ち上がり、顔を敵である男へと向けた。

――瞬間、フレアの言葉にの顔は既に目の前(・ ・ ・)にいた。

 

――遅い

 

「!?」

 

 まるで自然の音の様、気のせいだと錯覚させるような声がアッシュの耳に届いた瞬間、アッシュは右手に強烈な痛みを覚えて剣から手を離してしまう。

 

(一体、何が起こりやがった……!)

 

 この行動も反射的にでありアッシュは自分で動いたのだが、その行動の意味は分からなかった。

 フレアが何かしたのは分かっているが、アッシュは後方に飛んでフレアと距離が離れた事で視界が広くなった瞬間、ある物が目に入る。

 

「折れた剣……!」

 

 刀身と持ち手部分が分かれた剣。

 それは見覚えがあり、自分が使っていた剣だった。その剣が折れている。

――否、アッシュはその剣の折れ方の異常に気付く。

 

(溶けてやがる……!)  

 

 風に乗って流れる不快な異臭。その発生源である折れた剣はまるで溶けたチーズの様に歪んでいた。

 それを理解した時、アッシュは全てを理解した。

 先程の痛み。それはまるで火傷した時の感覚そのものであった。

 つまり、フレアによってアッシュは武器を”溶断”されたのだ。 

 

「なん……なんだ……その剣は……!」

 

 アッシュの意識は溶断を行ったであろう元凶。その赤い魔剣・フランベルジュへと向けられる。

 

「古の時代……創世歴時代にイフリートが生み出した魔剣――フランベルジュだ」

 

 フレアはフランベルジュをアッシュへと向けた。

 今まではイフリーナの鞘。そして戦闘ではフレアによって制御されているとはいえ、フランベルジュは魔剣なのだ。

 どれだけ質が良かろうが、所詮は人が作ったただの剣を溶断するのは容易いどころではない。

 陽炎を発するフランベルジュ。そしてそれを制御するフレア。

 そんな存在を前にアッシュからは冷や汗が止まらない。

 

「魔剣……そしてイフリート……ありえねぇ……!」

 

「結局こうなったか。――とっとと俺の前から失せろ。目障りだ」

 

 アッシュの戦意が消えたのをフレアは感じ取った。

 ならば相手をする理由などありはしない。タルタロスの時と同じであり、何も進歩していないのだから当たり前でしかない。

 

 フレアは冷めた瞳で振り返り、アッシュを見下す。

 

「救えんな……燃え滓」

 

「救えねぇ……だと……! ふざけんな……! ふざけんな! だったらテメェは誰を救うつもりだ!?」

 

 ”アクゼリュス”を滅ぼそうとしているお前達が!!

 

「!……なんだと?」

 

 その場を去ろうとしたフレアの足が止まる。

 今のアッシュの言葉はフレアにとって聞き捨てならない言葉だったからだ。

 

「アクゼリュスを滅ぼす(・ ・ ・)……?」

 

「そうだ! ヴァンがテメェと組んでん事は分かってる! だから応えろ! 何故、ヴァンはアクゼリュスを滅ぼそうとする!!」

 

 アッシュは心の奥に直接語り掛ける様に叫んだ。 

 地に這いつくばりながらも喰らい付こうとするアッシュ。

――だが。

 

「くく……ハッハッハッハッ!!」

 

「!?」

 

 アッシュの言葉にフレアは大きな笑い声をあげ、その姿にアッシュは呆気になった。

 流石のアッシュもこのタイミングで笑うとは思わず、その笑い声も寧ろ清々しい程の笑い声だ。

 

――俺は勘違いしていた様だ。

 

 フレアは己の勘違いによって笑っていた。

 どうやら自分が思っていたよりもアッシュには警戒する価値はなく、ヴァンの言う通り、計画には何の問題はもなかったのだ。

 そうフレアは思いながら、今までの自分の考えが可笑しくて仕方なかった。

 しかし、フレアにとって可笑しくとも、アッシュからすれば受け方は別だった。

 

「テメェ! 何を笑ってやがる!!」

 

 アッシュは鋭い目つきでフレアを睨み付けた。

 先程まで死んでいた敵意も蘇り、今にも噛みつきそうだ。

――その相手がフレアでなければ実現していただろう。

 

「……」

 

 笑うのを止めたフレアは落ち着きを取り戻し、笑っていた事で下げていた顔をアッシュへと向ける。

 そして――

 

「消えろ」

 

「なっ――がはっ!!?」

 

 アッシュの世界が急激に浮かぶ。

 気付けば、自分がフレアの左腕に首を掴まれ、そのまま上へと持ち上げられていた事に気付くが喉に掛かる圧迫感に嗚咽感が込み上げてくる。

 

「ぐっ――おぇ!?」

 

「消えろ燃え滓。何も知らず……そのまま!」

 

 フレアは左腕だけでアッシュをそのまま投げ飛ばし、そのままアッシュの身体は甲板から海へと落ちて行く。

 

「フレア・フォン・ファブレェェェェェェ!!!」

 

 海へ落ちる間際、アッシュの己の名を呼ぶ怒号が響き渡るが、フレアは特に反応なくアッシュが落ちた場所を見下ろす。

 そこには既に波しかなく、このまま海に沈んだとも考えられた。

 

 死んだら死んだで別に構わん。

 

 フレアの表情はとても冷たく、アッシュの事を思いやる素振りなどは微塵もなかった。

 ”計画”の事でアッシュは必要だが、それはあくまでも”ヴァンの計画”でしかない。

 

「計画が早まるが、あの女を焚きつけるか……」

 

 フレアはそう呟き、頭の中で己の”計画”の誤差の修正を考え始める。

 

――ティア・グランツ。バチカルに戻り次第、そちらの方も動く事にしよう。

 

 フレアはそう考えながら静かにその場を去ろうとした時、タイミングを計っていた様に一人の光焔騎士が近付いてくる。

 

「フレア様! 妖獣のアリエッタの件でご報告が……」 

 

「どうした?」

 

「いえ……それが先程の襲撃の件で怖くなったのか、泣き叫んでおりまして……どうしたものかと……」

 

 どうやら先程の襲撃が情緒不安定気味だったアリエッタを刺激したらしく、牢の中で泣き叫んでいる様だ。

 それでどう相手をするか分からず、光焔騎士はフレアへ指示を仰ぐとフレアは小さく笑う。

 

「フッ……また子守りをせねばならないか。あの妖獣の代金は高いものだな……」

 

 そう呟き、フレアは落ち着いた様子でアリエッタの牢へと向かって行った。

 

 

 

END


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