TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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もっと自由度のあるテイルズ・ワールドがしたいと思う今日この頃。


第十三話:ケセドニア襲撃

 ディストとの密会、そして目撃者の始末を終えたフレアはケセドニアの人混みに混じり、アスターの屋敷の前へと辿り着いた。

 流通拠点とはいえ砂漠の中の街。しかしアスターの屋敷はそんな事を忘れてしまう程に緑が溢れ、癒しの様に噴水が湧き出ていた。 

 そんな何度か訪れた屋敷の中をフレアは使用人に案内され、やがて客室へと姿を現した。

 すると先に訪れていた者達であるルーク達が一斉にフレアの姿を捉えた。

 

「兄上! 流石に遅いぜ!」

 

「ハハッ……それはすまなかったなルーク。しかしアスターに迷惑を掛けてはいまいな?」

 

「ぐっ……会ってすぐにヒデェ!」

 

 フレアの言葉にルークは拗ねた様な表情を浮かべ、フレアはそんな弟の様子に微笑ましく笑いながらティアへ視線を移す。

 するとティアもその意図に気付き、頷きながら椅子から立って二人の下へと向かう。

 

「今回はご心配される様な事をルークはしておりません。どちらかと言えば静かな方でした」

 

「それって褒めてんのか?」

 

 ティアの言葉に納得してないと言う様な表情をルークは浮かべるが、ティアの言葉にガイを始めとしたメンバー達も頷いている。

 どうやらルークの態度の基準を理解した様だ。

 

「ハハハ! 強いて言うなら……危うく【漆黒の翼】に財布を掏られそうになった位だな」

 

「なっ! おいガイ!?」

 

 ガイの言葉にルークは慌てた様子で怒った様に地団駄を踏む。

 一応、兄に今回は全く汚点を付けなかった事で褒めてもらおうと思っていたルークだったが、所詮は盗賊如きに良い様にされた事がフレアにバレて面白くなかった。

 最悪、また注意されるともルークは思っていた。

――のだが。

 

「……そうか、大事に至らずに済んで良かった――だがルークよ。そう言う事はすぐに言って貰いたかった。俺も分からなければお前を守ってやる事が出来んからな。……無事で良かった」

 

「!……あ、兄上……」

 

 そう言ってポンッとフレアから頭に手を置かれたルークは照れ臭そうに顔を逸らす。

 置かれた手から感じる心地よい暖かさが伝わり、尊敬している兄から心配されている事が分かって嬉しさと恥かしさが交差する。

 

「あ、兄上! 俺はそこまで子供じゃねって!?」

 

「ハハハッ! それはすまなかったな」

 

 周りの視線を気にしながら手を軽く払い、ルークは兄に抗議するが誰が見ても照れ隠しにしか見えなかった。

 そんな弟の姿にフレアも笑みを浮かべながら謝ると、先程のルークの言葉を聞いていたティアが彼に近付いた。

 

「子供じゃないなら馬車や船の中での復習が出来るわねルーク?」

 

「いっ! それとこれとは……!」

 

「ほう……俺もルークがどれ程成長してるか知りたいものだ」

 

 ティアの言葉に表情が固まるルークであったが、そこにフレアの言葉が背後から放たれて逃げ場を失ってしまう。

 

「あ、兄上~!」

 

「そうやってすぐに逃げようとしないの! それじゃあ始めるわよ?――音素の6属性の種類は?」

 

 兄に抗議なのか助けなのか分からない様な言葉を呟くルークだが、有無を言わさないティアの言葉に逃げられない事を悟った。

 思い出せば馬車の中で教えられてやると言ったのは自分であり、兄に良い所を見せたいプライドで立ち向かう事を決めた。……と言うよりも諦めた。

 

「え~と! 属性だろ!?……確か、火・水・風・光・闇……確か……”土”か?」

 

「正確には”地”ね。テストだったら良くて減点。最悪は0点よ?」

 

「なぁぁぁぁぁ!!? 殆ど一緒じゃねえかよ!?」

 

――一緒だ!

 

――一緒じゃない!

 

 間違いを認めないルークとティアの言い合いが勃発。

 少しは勉強する姿勢を見せたルークであったが、少しつまずいた結果がこれである。

 

(やれやれだな……)

 

 この言い争いがすぐには終わらないと察したフレアは笑みを浮かべ、その場から素早く離れた。

 流石に大音量の口喧嘩となったその声。それを近くで聞く趣味はフレアにはない。

 そんな事を思いながら移動したフレアであったが、偶然近くにいたジェイドが呆れた様に首を振っているのを見て足を止める。

 

「はぁ……全く、頭痛がしそうな程に低レベルな会話ですね」

 

「フッ……気持ちは分かる」

 

 マルクトどころかオールドラント屈指の譜術士であるジェイドにとって、音素の六属性等は思い出すにも値しない知識であった。

――と言うよりも常識過ぎて考える必要もない程に一般的な知識である。

 それ故にティアは仕方ないとしても、そんな子供でも分かる一般常識に必死になっているルークの姿に呆れ過ぎて頭痛を覚えた様だ。

 

「勉強嫌いのツケが今になってルークに来た様だ」

 

「同じ勉強嫌いでも、その辺りの子供の方が知っていると思いますがね?――ところで、貴方はアスター殿に手土産を選ぶ為に遅れたと思いましたが?」

 

 ジェイドは手ぶらでいるフレアの姿を見てそう言った。

 

「あぁ……その事か。残念ながら中々良い物が見つからなくてな。良い物は既に流れてしまっていた様だ」

 

 ジェイドからの言葉にフレアは残念そうに呟いた。

 ディストとの密会があったとはいえ、フレアも手土産を持って行く気はあったが既に質の良い物は殆どが流れてしまっていた後だった。

 色々と複雑な町とは言え、流通拠点の名は伊達ではない。目利きの者達も多い故、タイミングも悪かった。

 

「幾つかそれらしい物もあったのだが、アスターの趣味に合った物ではなかったのだ。――しかし、これではアスターに申し訳ないな」

 

 そう言ってフレアが一息吐いた時だった。

 

「いえいえ! そんなに気を使われなくとも結構ですよフレア様!」

 

 客室の扉が開き、部屋の中に陽気な声と共に一人の男が入って来る。

 桃色の多い独特なセンスの衣服を纏い、大きな赤っ鼻と三日月の様な髭が目立つその男はフレアの目的の人物であった。

 

「久しいなアスター」

 

「えぇえぇ! お久しぶりですねフレア様! この間は留守にしてしまい申し訳ございません」

 

 アスターの言うこの間の留守と言うのは、前にフレアがカイツール方面に任務として訪れた時の事である。

 地理的にカイツールに寄らねばならなかったフレアは訪れた以上、アスターに挨拶をと思い、屋敷を訪れたがアスターは生憎にも留守だった。

 フレアからしても突然だったとはいえ、多忙の身のアスターにアポイントを取っていなかった故に仕方なかった事だ。

 しかし、やや胡散臭い外見とは言えアスターは商人ゆえに繋がりを重んじる人物。フレアが来た時にいなかった事へ多少の後悔があるのだ。

 

「貴方が多忙なのは皆、知っている事だ。故にそこまで気にしなくても良い。――寧ろ、手土産を用意できず申し訳ない。既に良い物は流れていた様だ」

 

「いえいえ! そんなお気になさらず!……ただ」

 

 気にしない様にアスターは言うが、最後に何か言いたそうに”笑み”を浮かべた。

 そしてフレアもその表情の意味を知っている。アスターの商人としての顔付である事を。

 

「フレア様の領地では良いワインが作られているとお聞きしますが?……ヒヒヒ」

 

 フレアはアスターのその言葉だけで何を言わんとしているのかが理解できた。

 確かにフレアの領地では質の高いワインが造られており、叔父のインゴベルトや父親のクリムゾンからも気に入られている一品だ。

――つまり。

 

「ハハハ……良いだろう。当たり年の一品を送らせて頂く」

 

 アスターの要望にフレアは困った様に笑うが、実際に困っている様子ではなかった。

 それだけの事で済むならば今回の一件は安く解決できたと言えるからだ。

 それにアスター自身もそれだけで満足している様で、フレアの言葉に嬉しそうに笑い出す。

 

「ヒヒヒ! それは楽しみですな!」

 

「”イフリーナ”を入港してもらったのだ。このぐらいでは安い位だ」

 

「いえいえ! フレア様とルーク様の危機とあらば、このアスターも黙っている訳には参りませんので……いつでもお頼り下さい!」

 

 そう言ってアスターが笑いながら頷いた事でこの件の貸し借りは終わりを迎えた。

 しかし、フレアの発した”イフリーナ”と言う言葉にジェイドの表情が若干険しくなる。

 

「まさか……あの(・ ・)イフリーナを入港させていたとは……」

 

「すまんな。俺もその事を知ったのは昨夜の事でな……説明する機会がなかったのだ」

 

 嘘である。機会はあったがジェイドにイフリーナの件を言えば多少の面倒が起こったのは明白だった。

 だからフレアは面倒回避の為にそれを黙っていた。

 何よりも協力関係とはいえ、この旅のメンバーは各々の目的があって行動しているに過ぎず、ジェイドも最初に言っていた様に自分とルークの地位を利用したいだけの関係である事をフレアは忘れてはいない。

 更に言えばイオンとティアに関してはどうとでもなると判断しているに過ぎないが、アニスに関してはすぐに私情に走る為、当然ながら微塵も信用していない。

 事実上、ルークは当然とはいえ信用できるのは何とかガイだけなのだ。

 

(お互い様だろうがな……)

 

 向こうもそう思っているだろう。

 フレアが顔には出さない様にしてそう思っていると、先程の会話が聞こえたのだろう。ティアと言い合いをしていたルークが反応した。

 

「ん? イフリーナってなんだ?」

 

「おや? 弟のあなたが知らないとは意外ですね~」

 

 ルークが知らない事が意外だったらしく、ジェイドは小馬鹿にする様に笑みを浮かべてルークへ言った。

 そしてそんな様子にルークも気付かない訳がなく、舌打ちしながら反発する様にそっぽを向いた。

 

「チッ! 知らねえもんは知らねんだよ!」

 

「まぁまぁ……二人共落ち着けって。……ルーク、イフリーナってのはな――」

 

 二人の様子を見ていたガイは苦笑しながら止める様に間へと入り、ルークへ説明しようとした時だ。

 その様子を見ていたアスターがそんなガイに音素盤と資料を手渡す。

 

「どうやら忘れないうちにお渡しした方が宜しい様で」

 

「あぁ! 申し訳ありません……」

 

 手間を掛けさせたと思い、ガイはルークへの説明を中断してアスターへ頭を下げる。

 説明を中断された事でルークは抗議しそうだったが、アスターに迷惑を掛けてはいけないと、フレアの言葉を思い出して踏みとどまる。

 

「いえいえ……」

 

 アスターは気にしていない様子で気さくにガイへ語り掛け、ガイはアスターから音素盤と解析結果の資料を受け取った。

――瞬間、客室の窓が割れた同時に破片と共に緑の閃光がガイへ飛び掛かった。

 

「烈風のシンク!?」

 

 ティアが叫び、ガイはシンクの狙いが自分の持つ音素盤だと感じ取った。

 奪われてたまるか、そう思ったガイは反射的に反撃しようと試み様とした時、自分の置かれた状況も同時に気付く。

 辺りにあるのはアスターの屋敷に合う高級な家具や置物の数々。つまりはとても大きな物も多く、ハッキリ言っていつも通りに動く事は叶わない。

 そしてそれはジェイドも同じだった。援護しようにもガイとシンクが置物や植物と重なってしまい、槍を投げる事は出来なかった。

 ならば横に、咄嗟に横にジェイドは飛ぼうとするがここは戦場ではなく、アスターの屋敷だ。

 アスターの使用人達もおり、しまった、ジェイドがそう思った時にはもう遅い。

 

「くそ!」

 

 この限られた条件の中で六神将を退かせるのは難しいとガイは思っていると、シンクの鍛え上げられた強烈な蹴りがガイの顔を捉える。

 駄目だ。家具が邪魔で避けられない。ガイは反射的に刀で受け止めるが、態勢が悪くそのままシンクが侵入してきた窓。そこから外に吹き飛ばされ、シンクも後を追う様に飛び出した。

 

「ガイ!」

 

「ルーク!?」

 

 我に返った親友の危機にルークもアスターの屋敷を飛び出し、ティアも慌てて後を追う。

 

「アニス、イオン様を! 我々も行きますよ!」

 

「は、はうあ~!? 了解です!――イオン様!」

 

「す、すいません。アスター!」

 

 解析結果を奪われない為にジェイドも急いで飛び出し、アニスもイオンの手を掴んで素早く屋敷を後にすると、残されたのはフレアとアスター、そして呆気になっている使用人だけだ。

 

「フ、フレア様……これは一体……?」

 

「すまぬアスター。厄介事を連れて来てしまった様だ……」

 

 状況が掴めない様子のアスターはフレアに問い掛け、フレアはそれに申し訳ない様に頭を軽く下げると、アスターはフレアの口調から事態を察したのか、落ち着いた様子で頷いた。

 

「成る程……訳ありという事ですな?――ならば後の事はお任せください。後始末は私がお引き受け致しましょう」

 

「すまぬ……!」

 

 アスターのその言葉にフレアも急いで飛び出し、屋敷を後にすると後ろからアスターの声が届く。

 

「これからも何かあれば私にお頼り下さいませ!」

 

 

▼▼▼

 

 一足先に屋敷の外に出たガイとシンクは街に出ても戦いを続けていた。

 片手に音素盤と解析結果をもっている事で本領を発揮できないガイ。そんな彼に怒涛の如く連撃を繰り出して行くシンクに、ガイは防戦を強いられていた。

 

「くっ! しつこい!」

 

「ふんっ! 悪いけど、お前には貸しがあるからね……!」

 

 シンクはそう言って自分の仮面に触れる。その触れた場所には斜めの傷があり、それはコーラル城でガイに付けられたものだった。

 

「まぁ……あくまで目的はそれだけどさ。だから――とっとと寄越せ!」

 

「くっ!」 

 

 再び烈風の猛攻がガイへ矛先を向け、ガイも受け止めようと構えた時だった。

 

「ガイ!」

 

「ルーク!?」

 

 追いかけて来たであろうルークに意識を奪われた事で、ガイに確かな隙が生れてしまった。

 それをシンクは見逃さず、無駄のない動きでガイを横切った。

――瞬間、ガイに異変が起こる。

 

「つっ!?」

 

 右腕に走る突然の痛み。その痛みに釣られ、反射的に音素盤と解析結果の資料の一部を落としてしまった。

 まずい、直感的に危機を抱いたガイは他の資料だけでもと残りの資料を胸に寄せた。

 

「チッ! 全部は奪えなかったか……!」

 

 資料も奪いたかったらしく、シンクが再びガイに攻撃を仕掛けようとした時だ。

 

「させない!」

 

 ティアが杖から音素の玉を放ち、シンクは回避する為に後方へ飛ばざる得なくなった。

 だがそこは六神将。回避したとはいえ、すぐに態勢を整えている。またすぐにガイの資料を狙おうとするが、その直後に今度は音素の小さな爆発がシンクを包むようにして発生する。

 

「町で戦えば迷惑です! ここは退きましょう!」

 

「港へ走れ! そこにイフリーナがある!」

 

 軽い譜術を放ちながら現れるジェイドとフレアはそう叫びながらルーク達に指示を出し、ルークやガイ達も一斉に港へ駆け出した。

 

「逃がすか!」

 

 まさに神速の様に逃げ出すルーク達との距離をシンクは詰める。

 しかし、ジェイドとフレアは近くに置かれていた木箱の山を槍とフランベルジュで斬り捨てると、木箱は崩れてシンクの前に廃材の山を作り出した。

 

「くそ!?」

 

 流石のシンクもこれには足を止めるしかなかった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:ケセドニア【キムラスカ側・港】

 

 その頃、キムラスカ側の港では光焔騎士が一人、フレア達が追われているとは露知らずに港で立ちながら待ち続けていた。

 遅いな。光焔騎士はそう思い、流石に掛かり過ぎている事に不安を抱きながら己の背後に存在する一隻の戦艦(・ ・)を見上げる。

 

 それは目を奪われる様な金色で周りが装飾され、焔の様な赤等で多く染められている。

 先端には獣とも人とも違う存在(・ ・)が飾られており、上品さを兼ね備えている中で確かな”力”を示していた。

 

「後はフレア様達さえ来ていただければ……」

 

 命令通り、既にアリエッタと魔物は一足先に乗船させている。

 エンジンも作動しており後は主であるフレア達が乗船すればすぐにでも発進できる。

 

「まだかなぁ……」

 

 光焔騎士は一人、そんな事を呟いた時だった。

 町の方、つまりは港の入口から何やら叫び声の様なものが響き渡る。

 

「急げぇぇぇぇぇ!!」

 

 怒号の様にも聞こえるその声の方を向くと、そこにいたのは全力で自分の下へ走って来るルーク達だった。

 そんなに急がなくとも……。追われているとも知らず、ルーク達が時間を想って急いでいると思った光焔騎士。彼は背筋を伸ばして己の任を全うしようとルーク達に礼をした。

 

「ルーク様! 皆さま! 既に船はいつでも出航可能でございます。入口はあちらの方から――」

 

「んな事よりも早く出せぇ!!――追われてんだ!!」

 

「えぇっ!?」

 

 自分の存在を無視して示した入口へ駆け出して行くルーク達。その姿と声にようやく事態を理解した光焔騎士だったが、同時にある事にも気付く。

 

「お待ち下さい、ルーク様!? フレア様は!?」

 

 今、走ってきたメンバーの中にはフレアがいなかった。

 いくら導師がいるとて、自分達はフレアの専属騎士だ。主であるフレアを置いて行ったとあらば末代までの恥となる。

 光焔騎士は何とかしてフレアの居場所を聞こうとした時だった。

 

「構わん! すぐに出航しろ!」

 

 港の方から主であるフレア。そしてジェイドが走って来ていた。

 同時に後方が何やら騒がしく、光焔騎士は時間が無い事を察してすぐに自分も駆け出して乗船口の騎士へ指示を飛ばした。 

 

「急ぎ出航せよ!! 敵襲である!!」

 

「!――了解!――急ぎ出航せよ!!」

 

「皆さま! 此方です!!」

 

 乗船の騎士達はすぐにブリッジに連絡し、同時にルーク達を急いで乗船させた。

 それからすぐに先程の騎士も乗り込み、同時にフレアとジェイドも乗船した瞬間、戦艦はすぐさま動き出した。

 結果、追って来たシンクが到着した時には戦艦は既に港を離れ、ただその後姿を眺める事しか出来なかった。

 

「くそっ……タルタロスの次はイフリーナか」

 

 マルクトとキムラスカの艦を連続で相手する事になった。その事実にシンクは面白くなさそうに近くの木箱を蹴り飛ばす。

 すると、そんなシンクの背後から自己主張の激しそうな笑い声が放たれた。

 

「ハーハッーハッーハッ! ドジを踏みましたねシンク?」

 

「あんたか……」

 

 仮面をしていても分かる程、シンクは鬱陶しそうに後ろにいる相手”死神ディスト”に応える。……一切、見向きもしないで。

 

「参謀総長ともあろう貴方が情けない……しかし! それは仕方ない事です。――あのスーパー陰険根暗ボッチのジェイドと互角に戦えるのはこの私――」

 

 ディストはそこまで言った時に気付く。目の前には既にシンクはおらず、何事もなかった様に港の入口の方へ立ち去ろうとしていた。

 

「待ちなさい! 話はまだ終わっていませんよ!」

 

「ガイって奴は”カースロット”で穢してやったから、後はどうとでも出来る。――そんな事よりも……あんたはしっかりと”フォミクリー計画”の資料を処分してよね? アリエッタがいないから魔物の数も限りがある。タルタロスの時の様にはいかないから……せいぜい死なない様に頑張りな」

 

「ムキィィィ!! 偉そうに!! 復讐日記に付けてやりますからね!! 謝っても許しませんよ!!?」

 

 どうだ怖いだろう、恐ろしいだろう。そんな想いでディストは叫ぶが、シンクにはどこ吹く風でしかなく足を止める事はなかった。

 そんなシンクの態度にディストは再び叫びそうになるが、何とかそれを飲み込んだ。

 

「フンッ! 何がタルタロスの時の様にはいかないですか! 何も知らない(・ ・ ・ ・)とは不便ですね。――既に手は打ってありますよ」

 

 キムラスカ最強の火力を持つ、焔帝の城である戦艦”イフリート・ナタリア”――通称【イフリーナ】は確かに恐ろしい。

 ケセドニア側から強襲するとはいえ、後方からも火力のゴリ押しで撃退されるのが目に見えている。

 タルタロスの時と違い、イフリーナは海上だ。少なくとも強襲部隊を全滅させるまでの力は発揮できる。

 更に言えば乗組員は全てが精鋭の光焔騎士達だ。これを落とすとなるとかなり無理をしなければならない。

 

「――とシンクは思っているのでしょうね。でなければ、あの執念深い参謀が私に丸投げ等するものですか。――ですが……いくらイフリーナとは言えど」

 

 指揮する焔帝も、それを守る”光の焔”も全てが動かなければ(・ ・ ・ ・ ・ ・)意味はない。

 

「……さてと。何も知らない馬鹿な参謀とは違い、此方は手筈通りに行きますか。――ハーハッーハッーハッ!!」

 

 ディストはそう呟くと高笑いしながら椅子を高く跳ばし、その場を後にする。

――それを見られていた事に気付かずに。

 

「やはり……焔帝と繋がってたのはディストの野郎か。……なら俺がするべき事は一つだ」

 

 港の影で呟くは燃え尽きて尚を抗う、燃えカス。

 その燃えカスは無理矢理己を燃やし、再び焔帝へ挑もうその命を燃やす。

 

 

 

END


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