TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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遅くなりました……本当に……(;´・ω・)


第十二話:流通拠点ケセドニア

 

 

 フレア達は翌日の早朝、ケセドニア行きの連絡船へ乗り、カイツールを後にした。

 今はメンバー達皆、各々の時間を連絡船の中で過ごしている。勿論、フレアも客室を出て連絡船の中を歩いていた。

 フレアには目的があり、その場所に行く途中で船を警護する光焔騎士達に会う度に敬礼や声を掛けられていた。

 

「フレア様、どうかなされましたか?」

 

「いや少しアリエッタの様子を見に行こうと思ってな。流石に昨日から何も食べていないのは拙かろう」

 

 フレアはそう言って目の前の光焔騎士に自分の後ろを見せた。そこには料理と生肉を載せたサービスワゴン、それを押す船員の姿があった。

 

「そうでしたか。……ですが力を封じているとは言え相手は六神将とその魔物。私も付き添いを……」

 

「いや、お前達は船の警備に集中してもらいたい。大詠師派が導師とアリエッタ奪還を狙っているかも知れん。――海の上とて油断してくれるな」

 

「はっ!」

 

 フレアに敬礼で返し、光焔騎士は別の場所の警護へと向かうのを確認すると、フレアは付き添いの船員に頷いてアリエッタを入れている客室へ向かった。

 

「ゴクッ……」

 

 時折、船員が息を呑む音が聞こえる。よく見れば冷や汗などが流れており緊張しているのが分かる。

 拘束しているとはいえ、相手は六神将と魔物だ。軍港を襲撃された事もあってか、船員は万が一の不安に呑まれてしまっていた。

 当然、フレアも気付いており、アリエッタの部屋の前に着くと船員の方を向いた。

 

「ご苦労だった。君はここまでで良い」

 

「えっ……ですが……?」

 

 流石に途中で仕事を放りだすのも拙いと思い、船員は逃げたいと思う反面の葛藤であたふたするとフレアは安心させる為に笑顔を向けた。

 

「流石に魔物もいる。一船員である君にそこまでさせられんよ。……仕事で不安ならば、弟達にデザートでも届けてあげてくれ」

 

「は、はい! ありがとうございます……!」

 

 フレアから新たな仕事を受けた船員は嬉しそうな表情を隠す間もなく、頷きながらその場を去って行った。

 これで不安要素も邪魔者も誰もおらず、フレアはノックして扉を開ける。

 

「失礼する……」

 

「!?……だ、誰……ですか?」

 

 アリエッタはベッドの上で腰を下ろしていたが、フレアが入って来た事でビクッと体を震わせる。

 そんな彼女の様子を見て、フレアはサービスワゴンを部屋に運んだ。

 

「あっ……」

 

 やはりお腹は空いていたのだろう。彼女の表情はどこか暗く、泣き疲れている様子もあったがそれ故に食事に反応してしまった。

 勿論、部屋の隅で体を縮こまっているライガとフレスベルグも肉に目を奪われていた。

 

「昨日から何も食べていないのだろう? それでは体がもたない……」

 

 フレアはアリエッタにそう言いながら二匹の拘束具を外し、その目の前に特大の生肉を置いた。

 突然に現れる極上の餌に二匹は今にも喰らい付きそうになったが、最後の理性を使ってアリエッタの方を向いた。

 

「食べてもいい……です」

 

 アリエッタの許可を得た二匹は素早く肉にかぶり付き、フレアはアリエッタの手錠を外すと彼女の前にも食事を置いてあげた。

 しかし、アリエッタは一向に食事に手を付ける気配はなかった。

 

「どうした……?」

 

「イオン様……ひぐっ……!」

 

 やはりイオンの事が気になって仕方ない様だ。アリエッタは思い出したように涙を流し始め、その様子にフレアも対応に困る。

 

(イオン……お前の忘れ形見は少々、扱いに困るな)

 

 後々は自分の手中に収めたいが下手な事を言って更に泣かれても困る。ただでさえ食事をしておらず、表情は気分のせいもあって、やつれても見える。

 フレアは今は亡き親友に愚痴りながら、目の前の少女への突破口を考え始めた。

 

「イオン様……どうして……どうして……アリエッタの事、捨てた……ですか……! どうしてアニスなんか……!」

 

「泣いてもいても今は仕方ない。……まずは落ち着きなさい」

 

 フレアは泣き出すアリエッタを落ち着かせようと、ハンカチで彼女の目元を拭いてあげようとしてあげた。

 しかし、アリエッタは構わないでほしいと言わんばかりにイヤイヤと首を振って拒絶する。

 いくらライガクイーンとの一件があったとはいえ、イオンの事となればフレアの優先順位など高が知れているのだ。

 

(本当にどうしたものか……)

 

 いよいよフレアも追い込まれていると、アリエッタは再びイオンの事を話しながら泣き始めた。

 

「イオン様……優しかった……字や言葉も教えてくれて……本当にいつも……優しかった……! 会いたいよ……イオン様……!」

 

(……俺もさ)

 

 互いに預言によって命を弄ばされ、その事もあってフレアとイオンは親友となれたのだ。歳は離れていたが、預言の事に対する恨み言などに歳は関係ない。

 互いに密会の形が多かったが、それでも互いに楽しんでいた。預言や互いの立場を忘れる事ができ、フレアも当時は心の底からの本物の笑顔が出来ていた。

 

『このお菓子……余ってるなら貰ってゆくよ。導師守護役を一人だけで待たせてるからね』

 

(そんな事もあったか。今思えば、あの菓子は彼女への土産だったか……)

 

 フレアは嘗て親友が言っていた言葉を思い出す。

 親友との時間の時、フレアは貴族御用達の菓子をよく持参しており、帰りになると余ったお菓子をよく持ち帰っていた。

 当時、導師守護役を一月も経たずに解任していたイオンが、ずっと仕えさせていた事を思えばやはりアリエッタの存在はオリジナルのイオンにとっても大切だったのだとフレアには分かった。

 やがて、アリエッタの話を聞いていたフレアの中に消した筈の感情が蘇り、切ない表情で口を開く。

 

「ああ……本当に優しかったなイオンは。時折、寂しそうな目をしながらも……あいつは決して口にはしなかった。弱い部分は絶対に見せなかったよ……」

 

「!……イオン様の事、知ってる?……ですか?」

 

 フレアにとってこれは無意識の呟きに過ぎなかったが、アリエッタにとってはそうではない。

 大切な人の事を知っている。それが限られた人にしか分からない情報ならば当然だ。

 

「ああ、俺とイオンは親友だった。……イオンは時折、君を置いて一人で出かける時があった筈だ。……俺と会っていた」

 

「た、確かにイオン様……アリエッタを置いて何処かに行く時があった……です。でも……」

 

 それだけでは真実には足らないようだ。アリエッタは信じると疑いの狭間で悩む様子でフレアを見詰め、フレアはその視線に小さく微笑んだ。

 

「イオンのお土産は美味しかったか? 貴族御用達の菓子だ。季節の果物や焼き菓子、そしてケーキ……覚えはないかい?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アリエッタの記憶が呼び起された。

 

『これは僕の親友から貰ったものさ。……アリエッタ、君へのお土産だ』

 

「あっ……」

 

 アリエッタは思い出した。付いて行くと言っても唯一イオンが許さなかった外出の後、必ずと言っていい程、イオンは自分にお土産を持ってきてくれた事を。

 食べた事のない様な輝いたお菓子ばかり。自分が食べている姿を見て優しい表情で見つめるイオンの姿を、彼女は忘れる筈がない。

 

「あなたが……イオン様の……」

 

「ああ……」

 

 アリエッタの問いにフレアは頷いた。しかし、同時にある策が過った。

 魔物と心を通わせる能力が欲しいフレアにとってアリエッタは親友の形見でなくとも欲しい駒だが、今はヴァンに利用されており、すぐには手に出来ない。

 だが、自分がヴァンには持っていないカードがあるとすれば話は変わるだろう。イオンの事はヴァンも知っているが、ヴァンとイオンは協力者であって友ではなかった。

 ならば、アリエッタを自分に率いれる力をフレアが使わない訳がない。

 

(イオン……俺はもう手段を選ぶつもりはない。己の計画の為ならば親友だろうが……思い出だろうが……お前の模造品だろうが利用する)

 

 心の中のフレアの表情はとても冷たい影の表情だが、アリエッタに向けるのはルークに向ける様な優しい表情だった。

 

「……少し、イオンの事を話してあげよう。少し長くなるが……君は食事をとるから丁度良い」

 

「はい!……です」

 

 イオンの事になったからだろう。アリエッタは涙を止め、食事を食べ始める。今から話すことはフレアにとっても嘘ではない本当の思い出。

 彼女を騙す事はない。ただ、これが善意かと聞かれればフレアは決して頷く事はしないだろう。

 

(我は焔帝……焔に決まった形などない)

 

 焔は姿を変える。決まった姿がないからだ。

 幻想的な心温まる焔に姿を変える事が出来れば、命を焼き尽くす殺戮の焔にも変わることが出来る。

 故にフレアは彼女の理想の焔に今は姿を変えるのだ。ルークと同じように……。

 

▼▼▼

 

 それから暫くフレアはアリエッタの話し相手をしてあげていた時だ。フレアは突然、目を大きく開けて立ち上がった。

 

「どうした……ですか?」

 

 心配そうにフレアを見上げるアリエッタにフレアは背を向けながら返答した。

 

「少し席を外す。また来るから、少し食べながら待っていてくれ」

 

「……?」

 

 いきなりの事で首を傾げるアリエッタであったが、フレアの話すイオンの事は彼女にとって、とても充実した時間となっていた。

 故に彼女はフレアを疑う事はせず頷き、フレアもそれを確認してから部屋を後にするのだった。

 

 

▼▼▼

 

 ルークは船の甲板で呆然と立ち尽くしていた。

 始まりはいつもの幻聴だったが、そこからはいつもと違う事態を招いた。

 身体が言う事を聞かず、海へ両手を翳して巨大な力の渦が発生し、耳鳴りが聞こえたとルークが感じた瞬間、船に常備された小舟が”消滅”した。

 何が何だか分からない状況の中、ヴァンが異変に気付きルークの下に駆け付けた。

 そして困惑するルークへ、ヴァンは全てを話す事にした。

 

「ルークよ……お前が七年も屋敷に軟禁されている訳が分かるか?」

 

 ヴァンはそう言ってルーク軟禁の理由を話し始めた。それが、偽りを混ぜた歪んだ真実とも知らずにルークも黙って聞いた。

 

 軟禁の理由はルークの安全の為ではなく、超振動を一人で発生させる事が出来る為、守っているのではなく飼い殺しにしようとしている事。

 それは戦争で超振動を利用しようとしている為であり、故にマルクトがルークを誘拐した。

 そして、このままではルークはナタリアとの結婚を機に軟禁場所が城へと変わるだけで都合の良い”兵器”として利用され続けるのだとヴァンがルークへ伝え終えると、ルークは顔を真っ青にして落ち込んだ。

 

「お、俺……兵器として利用されるのか……? もう……外に出る事もなく戦争になったら利用される……! そんなのって……嫌だよ! そんなの俺は嫌だ!!――師匠! 俺、どうすれば良いんだよ!?」

 

「落ち着きなさいルーク。その為にもまず、戦争を回避するのが先決だ。戦争が怒らなければ、お前は兵器として利用される事もない。……それどころか戦争を回避させた”英雄”として人々に認められ、理不尽な軟禁からも解放されるだろう」

 

 ヴァンはルークの肩に優しく手を置き、ルークに安定剤の様に甘い蜜の様な言葉を次々に聞かせる。

 ”英雄”・”認められる”・”軟禁からの解放”などと、何の保証もない言葉にルークはすっかり魅入ってしまった。

 

「え、英雄……俺が……?」

 

「そうだルーク……自信を持て。お前なら出来る……お前は私の一番弟子であり、()の焔帝であるフレア・フォン・ファブレの自慢の弟なのだぞ?」

 

「師匠の一番弟子? 兄上の自慢の弟?……俺が……?」

 

 困惑するルークにヴァンは優しく頷いた。

 

「そうだ。直接は言わんが、フレア様はいつもお前の事を褒めているのだぞ? ――そんなお前が暗い表情をしていてどうする?」

 

「師匠……」

 

 ヴァンの言葉にルークは感傷を受け、無意識に手に力を込めていた。

 そんなルークにヴァンも頷いて返すと、丁度船の汽笛が鳴り、ケセドニアに間もなく到着する事を知らせる。

 

「さあ、間もなく到着だ。……頑張るのだぞ、ルーク。私もフレア様もお前を信じているのだからな」

 

「――はい!」

 

 元気に返事をするルークと共にヴァンは甲板を後にした。――その陰で”フレア”がいた事にも気付かずに。

 

 

▼▼▼

 

 現在:流通拠点ケセドニア

 

 オールドラント一の物資が行き来する街、自治区ケセドニア。キムラスカ・マルクト双方の国境が街のど真ん中にあるが、事実上の中立を保っている数少ない場所だ。

 そんな街に船から降りた一同はマルクト側の港に出ると、フレアは共に来ていた光焔騎士団達に素早く指示を出した。

 

「お前達は先にアリエッタを連れてキムラスカ側の港へ向かえ」

 

「ハッ!!」

 

 光焔騎士達はフレアへ敬礼し、アリエッタと魔物達を囲みながら先にキムラスカ側の港へ向かう。

 途中、アリエッタが振り向いてフレアへ視線を向けるが、フレアが頷いて返したのを確認するとそのまま光焔騎士と共に港へ向かって行った。

 そして、フレアの指示が終えると同時、続々とメンバー達が降りてきた。

 

「あぁ~暑いぃ~砂っぽいぃ~イオン様も気を付けて下さいねぇ~」

 

「はい……水分補給が大事になりそうですね」

 

「人混みが多いのですから、その点も注意して欲しいんですがね」

 

 アニスが初っ端から愚痴り、イオンが汗を拭きながら下船し、汗一つ泣かさずにジェイドはすぐにイオンの傍に寄った。

 そして次はルーク達の番だ。

 

「私はここで失礼する。私はダアトへ連絡せねばならん為、共にバチカルへは行けのだ」

 

「えぇ~! 師匠も一緒に行こうぜ!」

 

「我儘ばかりいうものではない。後で私も向かう。――ティアよ、ルークを頼むぞ?」

 

「!……は、はい!」

 

 まさかここで自分に語り掛けるとは思ってもみなかったらしく、ティアは緊張した様に頷いた。

 そしてルーク達との話が終えたヴァンにフレアが近付き、ルーク達の方を向いた。

 

「ルーク、俺もヴァンと少し話をせねばならん。だから先に向かうんだ」

 

「えぇ!! 兄上もかよ~!」

 

「何かあるんですか? 話だけなら別に時間は……」

 

 ガイが疑問に思ったのかフレアへ問い掛けると、フレアはやれやれと言った風に笑みを浮かべた。

 

「どの道、俺はアスターの屋敷に挨拶に行かねばならん。あの男には世話になっている。手ぶらでは行けんさ」

 

「アスター?」

 

「このケセドニアの代表の方よ。両国の輸出品がちゃんと流通しているのはその方のお陰なのよ?」

 

「ふ~ん」

 

 ティアがアスターの事を軽く説明するが、ルークは自分で言った割にあまり興味がなかった。その様子にティアは溜息を吐いたのは言うまでもない。

 

「まあ、そういう事だ。俺もアスターには世話になっているのでな。手土産を選ばねばならんのだ」

 

「けどよ……」

 

「そんな顔をするなルーク。俺もすぐに追い付く。――後で面白いものを見せてやるから我慢するんだ」

 

「面白いもの……?」

 

 フレアの言葉にルークは聞き返すが、フレアは楽しみにしておけと言って内緒にし、そのままルーク達と分かれた。

 残ったのはフレアとヴァンの二人だけだ。

 

「宜しいのですか? レプリカ達から目を離しても……?」

 

「どうせルーク達もアスターの下へは向かう。そこで音素盤の解析をするつもりだろう……すぐに合流は出来る」

 

 何よりも忍び旅とはいえケセドニアと導師イオンの関係は深く、イオンがアスターを無視するとはフレアもヴァンも思っていなかった。

 

「ところでヴァンよ……次の”追って”は誰になる?」

 

「リグレットからの報告ですと……次はディストが仕掛けるそうです。音素盤を取り戻そうとシンクも既にケセドニアに潜んでいる様です」

 

「死神ディストに烈風のシンクか……やれやれ、アスターには迷惑をかけるな」

 

 言葉ではアスターへ申し訳なさそうだが、実際の表情は可笑しそうに微笑んでおり、自分への非が全くないとフレアが確信している事にヴァンは気づいている。

 

「だが、そうと分かっていても仕掛けるのは、おそらく海上だろう……」

 

 フレアはヴァンの近くに寄ると、耳元で小さく囁いた。

 

「……『イフリーナ』がケセドニアに来ている」

 

「!……どうやら、私はインゴベルト達を少し見くびっていた様です」

 

「我が光焔騎士団の事もだろ?」

 

 フレアの冷たい笑みにヴァンは何も返さなかったが、眉間に皴が寄っていた。

 

「不要な兵を襲撃に使え。後方の甲板にレプリカ導師達を誘導する。導師がどうなろうが計画に支障がないならばそれで良い。だが、俺も死霊使いに目を付けられているのでな……過度な期待はするな。後の事はお前達次第だ」

 

「そのようですな。……では失礼致します」

 

 そう言ってヴァンはダアトの領事館へ向かい、フレアも街の中へと消えて行った。 

 

 

▼▼▼

 

 現在:ケセドニア【裏町】

 

 フレアはアスターへの手土産を買おうと町に出た。――だが、フレアがいるのは土産屋とは程遠い薄暗い裏町であった。

 いくらケセドニアが豊かとはいえ、必ずこう言った場所は存在する。

 服とは思えない、布切れを纏う薄汚れた男や違法商品の密売人等が場違いの姿のフレアに好奇な目を向けるが、フレアは一切の相手をせず、裏町のとある広場で足を止めた。

 

「……」

 

 まるで何かを探る様に黙って立ち尽くすフレアだったが、やがて笑みを浮かべた。

 

「いるのだろう?――出てこい”ディスト”」

 

「なんですか? バレていたんなら早く言って欲しかったですね」

 

 宙に浮いた椅子に座りながらディストはフレアの横に舞い降りた。裏町が嫌なのか、口元にハンカチを当てながら。

 

「既に知っているとは思うが、ケセドニアの港に『イフリーナ』が入港している。海上で攻めるのだろう? 襲撃するならば不要な兵を使え。そして――」

 

「後方の甲板に誘導する……でしょう? 既にシンクを通じてヴァンから連絡が来てますよ。――それに、あなたが私に言いたい事はそんな事ではないのでしょう?」

 

 シンクを通じて渡されたヴァンからのメモ。

それをヒラヒラさせているディストの言葉にフレアは笑みを浮かべる。

 

「分かっているならばそれで良い。――『究極譜業砲・ネロ』と”計画”の進み具合は?」

 

「順調ですよ……シェリダンから誘拐してきた職人達もよく働いています。ネロの方は80%ってところですかねぇ。計画の方も支障はありません。既に必要な情報は揃ってますから、計画の方は時が来るのを待つだけですよ」

 

「そうか、良くやってくれた。……例の資金はいつも通りの日付と場所で良いな?」

 

 流れるように話が進み、フレアがディストへそう言った時だった。ディストの表情が少し変化した。

 

「い、いやぁ……その事で少し相談があるのですが?」

 

「なんだ?」

 

「資金の前借を……」

 

 ディストは先程までの冷めた表情ではなく、冷や汗を流しながら気まずそうにフレアから目を逸らしていた。

 案の定、フレアの目付きも鋭いモノへと変わる。

 

「ネビリム復活への資金援助は貴様との密約で決めていた事だから文句は言わん。……だが、少し額が多いのではないか? つい最近もそう言って払ってやったばかりだろう?」

 

「えっ!……えぇ……そうですが……け、研究とは言うのは日夜、金が掛かるものなのです!……逆に言えば、今まであの程度の資金で研究を進めていたのは私の頭脳あってのこと――」

 

「何に使った?」

 

 フレアの鋭い言葉にディストの動きが止まった。そして錆びた機械の様に体を動かしながら、ようやく白状した。

 

「し、仕方なかったんですよ!? あんなレプリカ導師が逃亡するなんて、ヴァンや貴方にも予想外だった筈でしょう! 急遽、急増で”カイザーディストR”を完成させねばならなかったのです!!」

 

 必死なディストの言葉にフレアは呆れた様に溜め息を吐いた。

 

「またかディスト……資金は考えて使えと言っていただろう?」

 

「うぐっ!……で、ですが研究者として一々、資金の事を考えながら研究はできませんよ!?」

 

「ネロや今までの功績がなければ契約もここまでだったぞ、ディスト?」

 

「で、でわ……!」

 

 その言葉でディストは都合よく聞こえたのだろう。そんな能天気なディストの姿にフレアは思わず笑みが漏れ、静かに頷いた。

 

「分かった。俺達がバチカルに到着次第、いつもの場所に行け。そこで資金を渡す」

 

「おぉ!! 流石はフレアです! モースやヴァン達とは違って心が広い!!」

 

「そうか……」

 

 能天気に騒ぐディストにフレアは深い溜め息を吐いた時だった。

 

「!」

 

「!……おやおや?」

 

 気配を感じたフレアとディストは眼光が鋭くし、広場の片隅に向けると、そこからボロボロのマントを羽織った小柄な男が出てきた。

 

「ヒッヒッ……! そんな目で睨むなよ旦那方……ちょっと商売をしたいだけだからよ……」

 

 男はそう言って薄気味悪い笑みを浮かべながらフレアとディストの傍により、懐から箱を取り出して中身を二人へ見せるとディストはそれを覗き込んだ。

 

「あぁ、これは”ドラッググミ”ですか……」

 

 覗き込んだディストは箱に入っていた紫の斑点が付いた赤いグミを見て不快な表情を浮かべた。

 

「しかも斑点付きの粗悪品じゃないですか……ヤダヤダ!」

 

 ディストは、これでもかと言う程にハンカチを口に押し当て、僅かな半径にも近付きたくないという程に手で払う素振りをする。

 

「まあ、そう言わないでくれよ……粗悪品だからこそ買う奴もいるんですぜ?――焔帝さんに死神さんよぉ?」

 

「……」

 

 男の言葉にフレアは黙り、ディストは面倒そうな表情をあからさまに見せた。そして、馬鹿な人間を見る様な目でディストが男を見た時だ。

 

「……どんな人間に売ってきた?」

 

「へっ……?」

 

 フレアが男に問い掛け、その問いかけに最初は分からなかった様だが男はすぐにピンと来て、それに答えた。

 

「ああ!――ガキから男女関係なく売って来たぜ! 最初は粗悪品だが段々と本物を味わいたくなるんだよ。最近はアスターの奴が厳しくしていて売りづらくなったが、馬鹿なガキに今も売れ――」

 

「もういい」 

 

「グフォッ!!?」

 

 男の言葉は最後までフレアの耳には届く事はなかった。全て言い終える前にフレアの右腕が男の喉元を掴み、徐々に持ち上げて行く。

 元々、小柄だった故に男の足は完全に宙に浮いた。それでも男は最後の抵抗を見せる様にフレアの腕を掴むが、フレアの腕は鉄の様に固く、男は何も出来なかった。

 そして男は耳元でバチッという音を聞いた瞬間、男を”焔”が包み込んだ。

 

「オオォォォォオォォォォォッ!!?」

 

 フレアの右腕の先の火だるまは小さくなって行き、最終的には男の遺体は音素化してそのまま消滅した。

 そしてそんな衝撃的な光景を目の当たりにしたにも関わらず、ディストは特に気にせずにハンカチをもう一枚取り出して口に当て、更に香水を取り出して自分の服に吹き始めた。

 

「燃やすならば先に言って欲しいものですね? 服に悪臭が付いたらどうするんですか?」

 

「そこに落ちたドラッググミの処分は頼んだぞ。俺はそろそろ行く」

 

 フレアは右腕を払うが、その手には一切の火傷も何もなかった。ディストからすれば男の死よりもそちらの方が恐怖するに値し、フレアの言葉に頷くしか出来なかった。

 

「わ、分かりましたよ……ん?」

 

 渋々だがグミを拾うディストは視線を感じ、その場所へ向くとそこにはボロの服を着た女性と少女が震えながら自分達を見ている事に気付く。

 

「あの二人は?」

 

「おそらく、この町で事業に失敗した家族でしょう? 父親は蒸発、母親と娘だけがその日の物乞いで生きているんでしょうね」

 

 フレアの問いにディストがそう言い終えると、フレアはその親子の下へ歩き出した。

 

「あ~あ、怖い怖いですね」

 

 ディストは先程の男同様に消すと思い、面倒そうにグミを摘みながら回収していると気付いた。

 フレアが親子の前で止まっている事に。そして、震える親子の前でフレアは懐へ手を入れると多少の膨らみのある袋を取り出して親子の前に落とす。

 落とすと同時に発せられる金の音。その様子に困惑する親子へフレアは何やらメモを書いて渡した。

 

「その金で身なりを整え、そこに書かれている場所へ行け。”猛りの焔”からの紹介と言えば、住む場所と仕事をくれる筈だ」

 

 そう言ってフレアは親子の下から去って行った。

 

「……何がしたいんですかね?」

 

 その後姿を見ていたディストの呟きだけが、その場に残ったのだった。

 

 

 

END


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