TALES OF THE ABYSS~猛りの焔~   作:四季の夢

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遅くなっております!
はっきり言って仕事が忙しいのだ!!
休みが無い……今回、GWが二日とれただけでも奇跡だぜ(;'∀')
だが、ペルソナもアビスも失踪はしません。失踪したらまけだからさ!

これからも時間が掛かると思いますが、よろしくお願いします♪


第十一話:密談

 

 フレア達とアリエッタの決着がついた頃、下の階で戦っていたジェイドとシンクにもその余波である大きな揺れを感じ取っていた。

 

「あっちの勝負もついたみたいだね。まあ、アリエッタにしては頑張った方か。――僕もそろそろ引かせてもらうよ」

 

「させると思いますか!」

 

 逃げようとするシンク、それを阻止しようと槍を構えて飛びあがるジェイド。

 二人は交差し、鋭い金属音が発すると同時にジェイドはそのまま膝を付いてしまう。

 

「ぐっ……油断しましたか……」

 

 シンクからのダメージの方が大きかったのか、ジェイドは膝をついたまま槍を杖の様にして身体を支え、その姿に特に傷を負っていないシンクは見下す形で笑みを浮かべた。

 

「無理しないでよ、いくらあんたでも封印術を掛けられてる状態じゃ本気を出せなくて大変だろ?――それじゃ、時間がないから今回はこのまま引かせてもらうよ……死霊使い」

 

 シンクは馬鹿にした様な口調で柱から柱へ飛びあがると、そのままコーラル城の外へと出て行ってしまう。

 その場に残されたのは怪我を負ったジェイドだけ……かと思われたが。

 

「……行きましたか。さて……」

 

 先程までシンクの攻撃で苦しんでいたと思われていたジェイドだったが、先程の様子とは変わり、最初から怪我などしていなかったかの様に平然と立ち上がる。

 

「戦いには負けましたが……”勝負”には勝ちましたね」

 

 そう言って笑みを浮かべるジェイドの手には、シンクが持っていた筈のディスクが握られていたのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、コーラル城【バルコニー】

 

 戦闘が終わり、イオンのお願いによってティアはアリエッタの容体を確認すると、安心した表情を浮かべた。

 

「大丈夫、どうやら気を失っているだけのようね」

 

 その言葉にイオン、そしてルークも安心した表情をする。

 ただでさえ普通の人間の命を奪えないルークにとって、実力が高いと言ってもアリエッタは小さな少女にしか見えず、死んでない事に心の中の不安が消えて行った。

 

「……さて、ではそろそろ戻ろうか。――君は歩けるか?」

 

 フレアはアリエッタを抱え上げながらルークと同じ人質になっていた整備兵へ声を掛けると、整備兵は静かに頷いた。

 

「は、はい……私は大丈夫です。本当に……ありがとうございます!」

 

 整備兵がイオン達へ大きく頭を下げると、そのタイミングでジェイドと光焔騎士数名がバルコニーへと入って来た。

 

「フレア様! 大きな揺れがありましたがご無事ですか!?」

 

 主を心配する騎士、その騎士の姿に主であるフレアは静かに頷いた。

 

「ああ、この通り人質は無事だ。アリエッタの身柄も確保した以上、コーラル城から撤退する……全隊、撤退!」

 

「ハッ!」

 

 騎士達はフレアの言葉に応え、整備兵を連れてこの場を後にした。

 これで残ったのはフレアとルーク達、そしてアリエッタのフレスベルグとライガのみとなったが、ジェイドがフレアの腕の中で眠るアリエッタの存在に気付く。

 

「……まだ息がありますね」

 

 ジェイドはそう言うと槍を出現させ、その手に持ってフレアへ近付こうとした事でジェイドが何をしようとしているのか皆は気付く。

 

「おいッ! 戦いは終わったんだぞ!? 無抵抗の奴に何しようとしてんだ!」

 

「無論、止めを刺すんです。ここで下手に見逃せば再び彼女は我々に牙を向けるでしょうからね」

 

 食って掛かったルークの言葉をひらりと交わし、ジェイドは更にフレアへ近付く中、イオンがジェイドの前に出て止めに入った。

 

「待って下さいジェイド! アリエッタを殺さないで下さい! 彼女はダアトで償わせます!」

 

「……今のダアトでは期待はできませんよ?」

 

 既に話している通り、現在のダアトの事実上の支配をしているのは大詠師モース。

 大詠師派である六神将を素直に裁くとは到底ジェイドには思えない事であり、イオンの言葉でもジェイドは賛成の意志を見せようとしていなかった。 

 すると、それを見ていたフレアがようやく口を開く。

 

「いえ、導師イオン……アリエッタの身柄はバチカル到着までキムラスカが拘束させて頂きます」

 

「!……正気ですか?」

 

 フレアの言葉に反応したのはイオンではなくジェイドであった。

 このタイミングでそう言うのならば、アリエッタを自分達に同行させると言っている様な物だからだ。

 単純にリスクが大きいが、フレアはそれも百も承知だ。

 

「無論、責任は俺がとる。アリエッタの身柄もバチカルに到着次第、ダアトに渡す様に話も通しましょう」

 

 マルクトとの問題の方が優先順位は高く、色々と問題を抱えている以上、六神将とはいえ一人の軍人の処遇などどうとでも出来るとフレアには確信があった。

 そしてアリエッタの身柄がキムラスカに長く拘束はされないと言う言葉に、最初は不安がっていたイオンの表情も明るくなる。

 

「フレア……ご迷惑をお掛けします」

 

「頭をお上げ下さい、導師イオン。どの道、ここでダアト側にアリエッタを簡単に渡せばアルマンダイン伯爵も黙ってはいないでしょう。少しでも早くバチカルに到着出来るように俺も精一杯なだけです」

 

 頭を下げるイオンを止め、そう言ってフレアが次に見たのはフレスベルグとライガだ。

 二体は流石に自己回復が早いらしく、その身体は静かに起き上がらせていた。

 

「うおっ! こいつら、もう立ち上がってんぞ!」

 

「ルーク、あまり声を出して刺激しないようにね」

 

 驚くルークをティアが落ち着かせるが、二体の魔物はルークの声に刺激される様な事はなく、アリエッタを抱えたフレアの方を向き唸り声を発した。

 

『グルルル……!』

 

 二体は今にもアリエッタを取り戻そうとフレアに飛び掛かりそうな勢いだったが、標的である当のフレアは小さな笑みを浮かべながら二体の瞳をしっかりと見据えた。

 

「そう唸る事はない。彼女の安全は保障する……君達が牙を向けなければだがな」

 

『……!』

 

 フレアの声を聞いた瞬間、ライガとフレスベルグは己の中の野生に警報を鳴らされた。

 フレアの声は優しく、他のメンバーは特に気にする様な事はなかったが、ミュウに通訳されなくとも二体はフレアのその瞳に写る”力”に恐怖したのだ。

 食物連鎖の上位にいる二体だが、それ故に備わった生存本能がフレアに逆らう事を止め、二体は声を落として抵抗の意志を消す、

 そんな姿にフレアも満足だった。

 

「良い子だ……」

 

 二体が抵抗の意志を消し、ようやくこの場が完全に収まるとルークは怠そうにフレアへ言った。

 

「あぁ~やっと終わったぜ。……兄上、俺もう疲れたよ、早くベットで寝てぇよ……」

 

「そうだな、恐らくは出発は明日になるだろう。今日はカイツール軍港で早めに休息しよう。――入口に光焔騎士団の馬車がある、それで帰ろう」

 

 ルークが徒歩で帰る気が無いのは目に見えており、馬車と言う言葉を聞いてルークは少し元気を取り戻した。

 

「じゃあ早く行こうぜ! 帰りは兄上も一緒だよな!?」

 

「分かっている、今日は頑張ったからな。色々と話をしよう」

 

「やった! じゃあ俺は先に行ってるぜ! イオンも行くぞ!」

 

「は、はい!?」

 

 余程に嬉しいのか、ルークはイオンの手を握ってそのままこの場から出て行ってしまい、ガイやティア達が慌てて後を追い掛けようとする。

 

「ルーク! お前、道が分からないだろう!?」

 

「ルーク!! もう無理しないの!」

 

「ちょっ、ルーク様もイオン様も待って下さいよ~!?」

 

 皆、ルークとイオンの後を追ってこの場を出て行き、その場にいるのはアリエッタと魔物を除けば、またフレアとジェイドの二人だ。

 

「……どうなっても知りませんよ?」

 

 ジェイドはフレアが抱えるアリエッタを見て、少し呆れにも近い表情で溜息交じりに言うと、フレアは小さく笑みを浮かべ、少し歩いてジェイドの横で止まった。

 

「こちらにも事情があるのだよ。――まあ、どちらにしろ手札が尽きている貴様に何の発言権もはないがな。忘れられては困るが、こちらはそちらへの貸しは無いようなものだぞ?」

 

 本意でないにしろ自分達が領土を無断で侵入したのは確かだが、フレア達は身の安全を保障してもらう代わりに自分達の地位を使わせると取引をしている。

 しかし、現実は見の保証どころか危険な状況に巻き込まれているだけであり、取引では契約の内容が全てのフレアにとっては既にこの話は破綻しているようなもの。

 表では戦争を止める為に協力だが、己の計画に今は都合が良い、ただそれだけでしかないのだ。

 それはジェイドも本心では察していたらしく、その言葉に無言で眼鏡を指で上げる。

 

「……」

 

「フッ……まあ安心はしろ死霊使い、少なくとも導師もいる、陛下との謁見は約束しよう。――だが、あまり こちらのやる事に口出しはしないでもらおう。キムラスカの上層部にも戦争推進派は多い、その者達に邪魔はされたくなかろう」

 

 フレアはそれだけ言うとその場を出て行き、二体の魔物もその後を付いて行く。

 ジェイドは一人、その場に残されたがすぐに追うようにしてその場を出て行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在、カイツール軍港【アルマンダイン伯爵の執務室】

 

 アリエッタとその魔物を捉えた一同はカイツール軍港へと帰還を果たし、人質とルークの無事にアルマンダイン伯爵は大いに喜んでいた。

 

「ルーク様! よくぞご無事で!?」

 

「ああ、わりぃな心配かけた」

 

 怠いのと眠いのでやる気なくルークはアルマンダイン伯爵へ返答する。

 自国の者でも流石に失礼な態度だが、そこはアルマンダイン伯爵であり、気にした様子はなかった。

 それどころか誘拐されてさぞ疲れたと察してくれたらしく、ルークへ休む様に言ってくれる。

 

「ルーク様、今日はどの道、船の出港は出来ません。お疲れでしょう、部屋を用意しておりますのでお休みください」

 

「マジ! 助かったぜ……」

 

 ルークはそう言って兵士に部屋の場所を案内され、その場を後にした。

 他の者達、特にアルマンダイン伯爵に嫌味を言われたイオンとジェイドも続くようにして部屋を出て行く。 

 すると皆が出て行く中、ガイがフレアだけが動かない事に気付く。

 

「おや? フレア様はお休みにはならないのですか?」

 

「ああ、アルマンダイン伯爵と少し話がある。ガイは皆の事を頼んだぞ」

 

「かしこまりました」

 

 そう言ってガイもその場を後にし、残されたのはフレアとアルマンダイン伯爵、そして数名の兵士のみとなった。

 

「色々と迷惑を掛けたなアルマンダイン」

 

 場に限られた者のみとなるや、フレアの口調が変化した。

 大人っぽく、重くハッキリとした口調でアルマンダイン伯爵へ声を掛けるが、その言葉遣いにアルマンダイン伯爵が特に気にした様子がない所を見ると、立場はフレアの方が上だと分かった。

 

「……えぇ、まさかこの時期にマルクトからの和平、そして神託の盾の強襲とは」

 

「和平についてはまだ曖昧だが、マルクトも”例の日”が近いのを知らぬ筈もないだろう。――重要なのは『アクゼリュス』への事が記されているかどうかだ」

 

「!……えぇ、そうでしたな」

 

 フレアのその言葉に我に返ったかの様にアルマンダイン伯爵は顔つきを変えた。

 鉱山都市【アクゼリュス】は、両国にとってこれから先の重要な場所である。

 いや、実際は更に重要と言えるかも知れない、国の行く末ではなく”世界の行く末”程の規模に。

 

「まあ、そんなに気にする事はないさアルマンダイン。少なくとも明日、俺達がこの場を離れれば神託の盾が軍港を襲撃する理由はなくなる。……向こうは少々、導師の行動力に驚いているだけの様だからな」 

 

「その行動力を世間では無謀とも呼びますがね」

 

 フレアとは違い、アルマンダイン伯爵のダアト側への怒りは収まってはいない様だ。

 フレアの導師の事の言葉に嫌味をたっぷりと混ぜた声を呟く。

 戦争を止める為とはいえ、その度に他国の軍港が襲撃されたり王族が誘拐されたりする等、被害者側からすればとばっちりも良い所で堪ったものではない。

 国境と目と鼻の先であるこの重要拠点を任されているアルマンダイン伯爵、そんな彼だからこそ今回の一件は人一倍の様だ。

 

「ダアトは昔から他国にばかり迷惑をかけますが、指導者があれでは兵士の暴走も頷けますな」 

 

 そう言ってアルマンダイン伯爵は近くの水差しを乱暴に取るとコップに注いで一気に飲み干した。

 冷静な武人のアルマンダイン伯爵にしてはその行動は珍しく、フレアは小さく笑みを浮かべた。

 

「フフッ、そうだな……だが、少なくとも六神将の一人はこちらにいる。当分は大人しくなると思う事にしよう」

 

「そう願いたいものですな……!」

 

 そう言ってアルマンダイン伯爵は今度は胃薬を口に放り込む。

 アリエッタの譜術、魔物の口や爪も封じて牢屋にいるが彼女に責任能力がないのはアルマンダイン伯爵も気付いていた。

 実行犯と指導者があれで、黒幕の鮮血は姿がない。

 僅か一日の出来事、しかしアルマンダイン伯爵のストレスは一気に溜まうが、その長く辛い一日はようやく終わる事が出来たのだった。

 

「……まあ、今日はお前も休んだ方が良いだろう。では、そろそろ失礼させてもらう」

 

 話も一区切りつき、フレアはそう言って執務室を出ようとした。

 すると、アルマンダイン伯爵は何かを思い出した様にハッとなり、フレアを呼び止めた。

 

「お待ちください、フレア様。危うく伝え損ねるところでした」

 

「なんだ?」

 

 呼び止められた事でフレアも足を止め、その場でアルマンダイン伯爵の言葉を待つと、アルマンダイン伯爵は静かに口を開いた。

 

「はい、実はケセドニアに……」

 

 アルマンダイン伯爵は静かにその内容を話した。

 それは長い内容でないが、フレアが無視できる内容でもなかった、だからと言ってそこまで重要な内容でもなく、話を聞いたフレアは小さな笑みを零してしまう。

 

「クククッ……まさかそこまでしてくれているとはな。陛下とアスターに感謝せねば」

 

「光焔騎士にも感謝をしてあげて下され。あの者達の忠義と行動力は見事としか言えませぬ」

 

 今回の一件や身内の欲目も手伝い、アルマンダイン伯爵は余程に光焔騎士団を買ってくれている様だ。

 そこまで言われればフレアとて悪い気はしないが、彼等の忠義が時に過保護の域に達する事もあり素直には喜べない。

 

「分かってはいるが、彼等は中々に過保護なのだ。優秀故に褒めるタイミングが難しい」

 

「はは、それはフレア様がご心配ばかりかけるからではないのですか?」

 

「からかうな……」

 

 フレアはアルマンダイン伯爵との会話を終え、静かにその場を後にした。

 

 

▼▼▼

 

 現在、カイツール軍港【港】

 

 執務室を出たフレアは夜の港の姿を見ていた。

 兵士達や整備士が不眠で設備などの修理を行っており、夜でも若干の騒がしさがあるが不快な音ではない。

 フレアの光焔騎士達も既に明日の備えての準備を行っており、明日からの護衛に気合が入っているのが分かる。

 ある意味、カイツール軍港らしい光景、そんな光景をフレアは流しながら感じ取っていた。

 

「……ん?」

 

 少し歩きだしたフレアの視界にある人物が目に入る。

 一般兵よりも遥かに大きな存在感、ヴァン謡将だ。

 

「む? これはフレア様……」

 

 傍から見ればフレアも存在感が大きいのだろう。

 こちらから声を掛けるよりも前にヴァンが気付き、フレアへ声を掛けて来た。

 

「既に私の耳にも届いております。アリエッタとシンクの両名と交戦したそうですな」

 

 まるで他人事の様に話すヴァン。

 しかし、その表情には確かな疲労の色が見て取れており、どうやら想像以上にアルマンダイン伯爵からの抗議は加熱していた様だ。

 疲労からか、暇さえあれば一呼吸いれて落ち着こうとしている。

 

「フッ、どうやらその様子ではアルマンダインに随分と絞られた様だな」

 

「……ええ、随分と手厳しいものでしたよ」

 

 隙さえあれば介入してこようとする神託の盾、ユリアと予言を盾に大義名分を翳す彼等ゆえに他国の軍人からの評判は悪い。

 手柄を取られるだけならばまだ良い方で、介入した結果、事態が泥沼化したとしても後処理を神託の盾は一切行わず、負担だけを背負わされる将校達の不満は大きい。

 しかし、それでも大きな声で言わないのはやはり予言の影響が大きく、不満を持つ彼等もその恩恵を得ている故に黙っている。

 だからこそ今回の様な状況になればアルマンダイン伯爵の様に不満を持つ者が爆発してしまうのだ。

 だがヴァンも不満があるらしく、その口調には若干の苛立ちも含まれていたが、フレアは全てが自分の許容範囲である事から一切の苛立ちは今はなく、逆に笑みを浮かべた。

 

「ハハハ……苛ついているなヴァン。今回の件、余程に不満があると見える。――アリエッタの件か?」

 

「……分かっているならば説明はいりますまい。あの子の能力は貴重であり、魔物が扱えなくなるとこちらも不都合があるのです」

 

 先程と変わり、ヴァンの口調から攻撃的な感情が含まれていた。

 ご託を並べていようが、ヴァンはフレアがアリエッタの能力を得る為に今回の処遇をしたのだと分かっていた。

 互いに長い付き合いの共犯者、相手の考えている事など想像が容易い。

 

「あまり下手な事はしないでいただけますか――」

 

「黙れ」

 

 その刹那、ヴァンの言葉を遮ったフレアから溢れる怒気がヴァンを襲った。

 常人ならば何が起こったかも分からずに卒倒してしまう程の殺気、寧ろその方が下手に恐怖を覚える事もなく幸せだったであろう。

 

「今回の一連の事態、貴様がレプリカ導師とアッシュの愚行を許したのが原因だろう。自分の責がまるで無いような台詞、気に入らん」

 

「グッ……しかし、私とて行動を制限されている身。あなた様程に自由には動けないのです」

 

「フンッ……まるで子供の良い訳だな」

 

 苦い表情で訴えるヴァンだが、フレアは呆れた表情で返答する。

 

「例えそれが理由にしても、ティア・グランツについてはどう弁明するつもりだ? あの娘を抑制出来たのはお前だけの筈だ」

 

「……馬車でも言いましたがティアに関してはどうとでも修正が効きます。和平の事も内容次第では同じ事」

 

 ヴァンはフレアへ計画に支障がない事をなんとしても理解させたかった。

 実際、それはヴァンのただの良い訳ではなく、そう出来ると言う自信があっての事なのはフレアも分かってはいるが、ここまでの落ち度の事を考えると素直に頷くつもりはなかった。

 

「……」

 

 フレアはヴァンへ特に返答もせず沈黙し、視線を後ろへと向けた。

 ヴァンはその様子にフレアを激怒させたと思い、額の汗を拭いながら口を開こうとした時だ、ヴァンも異変に気付く。

 

「何者だ!」

 

 ヴァンはフレアの視線の先、建物と建物の間の隙間から自分達を観察する様な気配を察し、腕を剣へ伸ばしながら叫ぶと、相手は静かにその姿を現す。

 

「……」

 

「!……ティア、こんな所で何をしている!?」

 

 姿を現したのはティアであった。

 ティアは杖を構えた状態であり、いつでも戦闘の準備が出来ている状態、まるで闇討ちの様な彼女の姿を見て兄であるヴァンは妹へ問い詰め、フレアは特に気にせずに傍観する。

 

「兄さん達こそ、こんな所で何を話しているの?」

 

 ティアの口調には敵意が混じっており、やはり今朝のヴァンの弁明を信じては全くいなかった。

 

「これからのバチカルまでの間の事でヴァン謡将と話していた。アリエッタを捕縛しているとはいえ、他の六神将が襲撃してこない保証はない」

 

 まるで呼吸をするかのように簡単に偽りを吐くフレア、その姿にヴァンは気に入らないと言う思いがあったが、ここで話を合わせなければ面倒になるのは目に見えていた。

 

「そうだ、既に六神将達の行動は私にも把握出来ていない。ならば、私もダアトの名誉回復、そして導師守護と言う本来の任の為、私の力を使って頂ける様に話をしていたのだ」

 

「……私は反対です」

 

 ティアの否定、それを聞いたヴァンはやれやれと言う様に首を振った。

 

「ティア、お前はまだそんな誤解を……」

 

「何が誤解よ! 六神将の動きも兄さんが指示してるとしか思えないわ! 戦争を起こそうとしてモース様にその罪を擦り付けようとしているんじゃないの!?」

 

「……言った筈だ、六神将は全員が大詠師派だと、ならばモースの直属の部下であるお前も同じ事が言えるのではないか?」

 

 ヴァンは反論した、大詠師派である六神将、そしてそのトップである大詠師モースの直属の部下であるティアにも疑う余地はあると。

 

「わ、私は中立よ! 派閥争いで本来の任を忘れる様な事はしないわ!」

 

「私が知らぬと思ったか? お前がモースの指示によって何かを探していると言う事を」

 

「そ、それは……今回の件と関係はないわ。内容も機密故、一切の開示はしない」

 

 結局は互いに揉めるだけだで解決や和解への進展はしなかった。

 フレアもそんな事だろうと思って特に言葉を挟まなかったが、あまりにも予想通りであった事で時間を無駄にしたと感じてしまう。

 だが、場の空気が悪い方向に向かっているのは流石に無視できず、このままではティアがヴァンへ攻撃するのは時間の問題だと判断し、フレアは二人の間へと入った。

 

「双方、その辺にしておけ……この場を再び戦いの場にするつもりか? 個人の面倒事に他国を巻き込まないでもらおうか」

 

「ですが……!」

 

「君も立場を思い出せ!……まだ、君は襲撃犯であるのには変わりないのだぞ?」

 

「!?」

 

 珍しく声を荒あげるフレアにティアは反射的に黙ったと同時に自分の立場を思い出す。

 ルークの護衛を終えなければ自分にそんな自由はない、それを認識したティアはようやく冷静になると、それを確認したヴァンは静かにその場を後にしようとする。

 すると、それにティアが気付いた。

 

「待ちなさい! ヴァン!!」

 

「今、お前がしなければならん事は私に怒りをぶつける事か? ルークをお屋敷まで守り通す事が目的の筈だ。フレア様から頂いた慈悲、無駄にするな」

 

 ヴァンはそう言い残しその場を去った。

 残されたのはフレアとティアの二人、冷静に傍観を通したフレアは納得していない表情のティアの肩に静かに手を置きながら語り掛けた。

 

「君も今日はもう休め。今日だけでも色々とあった……明日に響く」

 

「……ご迷惑をお掛けしました」

 

 ティアは静かに頷きながらそう言った。

 一見、迷いしか見えないティアだが、ヴァンへの敵意は消える様子を見せない。

 二人にどんな出来事があったのかはフレアには分からない、と言うよりも興味もなく、ヴァンが何かしくじったのだろうとだけ感じていた。

 

「やはり、兄妹の争いにしては普通ではないな。バチカルについてからで良ければ相談にのるが?」

 

 あまりの事に同情して手を差し出すフレアの行動、しかしそんな訳がなく、これはフレアの自分に都合の良い未来への布石に過ぎない。

 だが、ティアからはすれば前者の様に感じてしまうのだった。

 

「いえ、前に言いましたが、これは私の問題ですから迷惑をこれ以上……」

 

 王族とのパイプが出来るならばティアからすれば心強いが、それは本人の望む事ではない。

 ティアはフレアからの提案を断った。

 

「……そうか、それで良いならば良いが、何かあるならば気楽に相談すると良い。今までは楽観的だったが君とヴァンとの事、俺から見ても普通ではない」

 

「はい、ありがとうございます……」

 

 二人はそう言うと自然に歩きだし、ルーク達が休んでいる部屋へ間もなくと言う所でティアがフレアへ今まで気になっていた事を尋ねた。

 

「あの、一つ良いですか? ルークの事で……」

 

「む? またルークが何かしたのか?」

 

「いえ……何故、ルークはあそこまで知識がないんですか?」

 

 ティアが尋ねたのはルークの知識、いわゆる一般常識の無さについてだった。

 

「……それはルークが家庭教師を毛嫌いしていたからだ。あの子は自分の好きな事しかしたがらなかった」

 

 ルークが習い事で未だに続けているのはヴァンとの剣の稽古のみ。

 誘拐される前から続けられていた習い事も含め、他の習い事は長続きせず全て辞めている。

 酷いものに至っては一日どころか半日もたず、ファブレ家とも長い付き合いをしていた者でさえルークの我儘とやる気の無さに匙を投げるレベルであった。

 そんな事が続けばファブレ公爵も諦めがつき、ルークのやりたい事だけをさせる事にしたのだ。

 好きな事であれば、ルークも問題は起こさず公爵自身に恥が振りかかる事はないからだ。

 

「母上は笑って許していたが、父上は時が流れるにつれて諦めた。……情けない話だ」

 

「……子供でも知っている事すらもですか?」

 

「……なに?」

 

 ティアの言いたい事が自分の思っている事と違う、彼女の口調も含めてフレアは気付く。

 気にしなければ気づかなかったであろう事、彼女はルークの安定剤、そして彼女のルークへの価値観をあげる為にルークへ近付けた。

 だが、彼女が優秀な事にフレアが自覚するのが遅れた事が今の事態を招いたのだ。 

 

「音素はこの世界の源。その最低限の知識や扱い方はどんな環境で育てられても、生きて行く中で自然と身に付く物です。火は暖かいが障ると危険、水は必要な物だが川や海では危なくもなる。それぐらい小さな子供でも知っている事をルークは知らないんです。――周りの人達が彼に意図的に教えない限り」

 

「……何が言いたい?」

 

 フレアの視線が鋭いものへと変化し、その眼光がティアへと放たれる。

 だが、ティアはそれに怯むことなく話を続けた。

 

「ガイに聞きました。ルークは誘拐されたから軟禁生活を送っていると。しかし、それでも自分が第七音譜術士である事も知らないなんてありえない。……ルークが軟禁されている本当の理由は第七音素に――」

 

 パン……パン……!

 

 ティアの言葉は突然に鳴らされたフレアの拍手によって遮られる。

 

「素晴らしい……そこまで考えていたとは、君は俺が思っていたよりも優秀な様だ」

 

 フレアは小さく笑みを浮かべながらティアへ拍手を送る。

 純粋に評価しているのか、単に馬鹿にしているのか、どっちにも取れる態度だったがフレアのその言葉にティアも考えが確信に変わった。

 

「それじゃ、やはり!」

 

「――そこまでだ」

 

 ティアが追究しようとした瞬間、彼女の首にフレアのフランペルジュが寸前で止められる。

 黙れ、それ以上の言葉は許されない、そうティアも瞬間的に察し、冷や汗を流しながら静かに口を閉じるのを確認するとフレアは話し始めた。

 

「ティア・グランツ、君は優秀だ。だが、視野が狭いのが傷だな」

 

 フレアはそう言うとフランペルジュを鞘へと納めた。

 それによってティアも一息つけ、フレアはティアに背を向けながら更に語る。

 

「ティア、君は意図的にルークが知識の制限をされていると判断した。しかし、それはルークに最も近い者達が行っていると言う答えになる。つまり、貴族……いや王族だ」

 

「やはり……!」

 

 ティアはフレアの言葉にそう呟くが、フレアは静かに溜息をはく。

 

「そこまで分かってるなら察せると思うがな……」

 

「……?」

 

 ティアはフレアの言葉の意味を理解出来なかったが、すぐに理解する事になる。

 

「王族の秘密、それが一軍人が介入出来る領域ではないという事に……」

 

「!?」

 

 王族が隠している、それは即ち国ぐるみであると言う事。

 そんな最重要の機密、それにユリアの子孫とはいえ一軍人のティアが踏み込んで良いものではない。

 

「今回の事は聞かなかった事にしよう。……だが、君はモースの部下だ、場合によればあるいわ……」

 

「……?」

 

 背を向けたまま呟くフレア、それが聞こえたティアはその意味を理解できず困惑した表情をしていた。

 モースも何かしら関係しているのか、だとすれば遅かれ早かれモースには会わなければならないティアにとってはそれがチャンスのタイミングになると察した。

 少なくともモースが自分の事を高く評価してくれているのも都合が良かった。

 

「今日はもう休むべきだな。これ以上は明日に響く……」

 

 フレアはそう言って歩き出し、その後姿をティアがただ見詰める事しか出来なかったが、その表情には何か決意が宿っていた。

 

 

End


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